中居正広、SMAP時代の葛藤が「大きく残っている」? 精神科医が退所会見から心理を分析

 中居正広が今年3月末をもって、ジャニーズ事務所を退所すると発表した。2月21日には都内にて記者会見を行い、中居の口から経緯の説明や今後の活動について語られていたが、会場内では何度も笑いが起こり、終始穏やかな雰囲気で進行していたという。時折、中居が“MC”となって記者をイジる場面も見受けられ、ネット上では「すっごく中居くんらしい会見でよかった」「こんなに明るい退所会見ある?」と話題になった。

 また、SMAP再結成の可能性や、メンバーの不仲説など、“否定も肯定もしない”答え方をする場面が多かったことも、ファンの注目を集めた。「中居くんの言葉選びが優しい。再結成の夢はこれからも持ち続ける!」「誰も傷つけない受け答えをしてた中居くん、本当にすごい」との声が上がり、多くのファンがあらためて中居の話術に感心していたようだ。

 一方で、その巧みな話術ゆえ、「中居くんの本心が見えにくかった」「いろいろと完璧すぎて、逆に不安」といった意見も少なくない。中居は会見中、一体何を考えていたのだろうか? 精神科医の木村好珠氏に中居の会見を見てもらい、彼の本心を分析してもらった。

――とても明るい雰囲気の会見となりましたが、中居さんの心理状態はどのようなものだと推測されますか?

木村好珠氏(以下、木村) 中居さんの退所は、SMAP解散、昨年のジャニーさん逝去、嵐の活動休止と、いろいろなことが続いているジャニーズ事務所において、かなりの衝撃だと思いますが、 自身が退所することの余波を少なくするため、なるべく暗いニュースにしたくないという、中居さんなりの配慮が感じられました。会見を暗くしてしまうと、あらぬ臆測がどんどん伝わりますからね。

 人間の心理では、明るいことより暗いことのほうが早く周囲に伝染します。会見そのものを自分でやって、それも笑いに変えてしまう中居さんのMC能力はもちろんのこと、今までお世話になったジャニーズ事務所への配慮も抜かりなく行っている印象を受けました。

――会見中、立ったり座ったりを繰り返しているのですが、これは何かしらの意味があると思われますか?

木村 当たり前のことですが、落ち着かない様子は見て取れます。自分で会見を仕切り、コメントし……と、初めてのことだらけだったのでしょう。中居さんはいろいろな番組でMCをされていて、場を回すことには慣れているし、会見でもそこまで緊張している様子を見せることはなかったですが、この立ったり座ったりを繰り返す行動からすると、本心では不安も緊張もかなりあったのではないかと思います。

――SMAP解散後の自身の精神的状態について、「意欲というか、『よし、次』というような感じにならなかった」と言っていますが、これは具体的にどういった状態なのでしょうか? また、普通の人にも起こり得ることですか?

木村 本人は会見で「(SMAPとして)30年弱やっていたので、燃え尽きではないですけど、次のステップに進むためにはどうしたらと考えてきた」とも言っていますが、これはまさに「燃え尽き症候群」です。誰にでも起こり得ることで、特になりやすい人の特徴としては、今の仕事が好きで、真面目に仕事に向き合っている、高い理想をしっかり掲げている人。また、他人の悩みもしっかり受け止めようとする人にも起こりやすいです。

 職業でいうと、常に笑顔でいる、お客様と接する機会の多いサービス業の人はなりやすいと言われています。まさにアイドルという職業は、これに当てはまるのではないかと思います。逆に言えば、この仕事が好きで、常に真剣に向き合ってきたからこそ、こういった心情が現れたとも言えます。

――SMAP再結成の可能性と、メンバーの不仲説について、否定も肯定もせずに答えていますが、この時の中居さんの表情や仕草から、本心はうかがえますか?

木村 基本的に落ち着いて話している中居さんが、再結成と不仲についての質問時だけ、ほかの部分よりも身振り手振りが大きくなっています。それには、自分の思っていることをより正確に伝えたい、そして、言葉では言い表せない強い気持ちが込められているのではないかと推測できます。不仲説の質問に答える際、目線が何度か左下に向いていますが、 これは過去を思い出しながら、自分の中で対話している時の目線です。SMAP時代に葛藤した出来事などが、 まだ中居さんの中に大きく残っているのかもしれません。

――ほかに、木村さんから見て気になる点があれば教えてください。

木村 退所の経緯を話している場面で、ジャニーズ事務所及びジャニーさんについて話す時に、左上へ目線が行くことが多いです。これは過去を思い出して、 嘘偽りなくお話する時の目線。ジャニーさんと事務所のことが本当に好き、という気持ちが伝わるとともに、会見で語られたことがすべてなのだとわかります

 また、SMAP解散の話の時も、最初に少し伝え方を考えていたようでしたが、そのあとは目線を外さずお話なさっていたので、これも会見で話したことが本心だったのではないかと思います。

■木村好珠(きむら・このみ)
精神科医、産業医、健康スポーツ医。慶應義塾大学病院研修修了後、都内クリニック、静岡赤十字病院で勤務。現在は東北の病院にて常勤医、静岡県内の病院、 東京・金王坂クリニックにて非常勤医。メンタルやストレスに関しての治療を得意分野とし、疲労、更年期の悩みなどに対して、精神薬だけでなく漢方を取り入れて治療を行っている。また、アスリートへのメンタルサポートにも注力し、東京パラリンピック ブラインドサッカー日本代表のメンタルアドバイザーとしても活動中。

ギャンブル依存症は「普通」すぎて気付かない――見えにくい「犯罪率の高さ」と「嘘まみれ」の実態

カジノを含む統合型リゾート(IR)の設置を受け、厚生労働省はギャンブル依存症の治療を4月から公的医療保険の対象とする方針を示した。これにより、「不妊治療は適応外なのに」「花粉症を保険対象にしろ」など、ネット上は意見が紛糾している。しかし、ギャンブル依存症とはそもそもどんな病気なのだろうか? 公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表で、『祖父・父・夫がギャンブル依存症!三代目ギャン妻の物語』(高文研)の著書があり、自身も同依存症だった田中紀子氏に、「ギャンブル依存」の実態について聞いた。

そもそもどこからが依存症?

――ギャンブルや、お酒などほかの依存対象でもそうですが、そもそもどこからが「依存症」なんでしょうか?

田中紀子氏(以下、田中) 依存はガンみたいに「ガン細胞が発生しました」ではないですからね。きっぱりとしたボーダーラインがあるわけではないんです。本人の中で、なにか行動するときの優先順位のトップにギャンブルが来ているような状況や、家族や友人や同僚といった、周りの人が困っているのだったら、それはもう依存症といえるのではないでしょうか。

――家族だけでなく、友達や同僚に対しても迷惑をかけるのですか?

田中 ギャンブル依存の場合、友達や同僚からお金を借りまくってしまう人もいます。よくあるのは同僚のロッカーからモノを盗んだり。会社の印紙とか切手を盗んだりとか。経費を水増し請求したり。学生だと友達同士でトラブっちゃったりするんですよ。学生ローンなんて、あまり借りられないですから、友人からお金を借りてしまい、返済できないから顔を合わせづらく、大学にも行けなくなってしまう。そして大学も中退せざるを得なくなる。

――大学生がギャンブル依存になるんですか?

田中 大学生には多いですよ。パチンコは18歳からできますよね。競馬は20歳以上であれば大学生からできます。大学側もギャンブル依存のことには無知なため、どこの大学にも「競馬サークル」があったりしますから。大学生もタレントの出てくるCMを見て、気楽な「レジャー」感覚で足を運ぶんです。

――ギャンブル依存症の人は、国内にどのくらいいるのでしょうか。

田中 厚生労働省による2014年の調査では、ギャンブル依存の有病率は成人男性8.8%、成人女性は1.6%という数値が出ています。男性は約9人に1人。なので、依存当事者はまったく普通のサラリーマンですよ。「ギャンブル依存」と聞くと、特にギャンブルに縁のない人ほど、ホームレスのような人を想像しがちですが、そんなことはなく、何の問題もないように見える「普通」の人たちが依存を抱えて生きているんです。

ほかの依存症との違いは「犯罪率」「嘘」

――依存症はギャンブル以外にも、アルコールや薬物などもあります。ギャンブル依存ならではの特徴はなんでしょうか?

田中 もちろん、どの依存も根っこでつながっているところはあります。ただ、他者を巻き込む「被害者ありき」という意味では、ギャンブル依存はピカイチだと思います。

 例えばアルコール依存症の場合は体を壊すので、そこで治療につなげるチャンスがあります。でもギャンブル依存は健康を損なうわけではないので、体はピンピンしている。ギャンブル依存症の人間が行き詰まるのは、体ではなく「お金」です。

――そして消費者金融やカードローンに手を出していくんですね。

田中 そうなると家族に嘘をつき続けないといけないわけです。私もそうでしたが、ギャンブル依存症の夫を持つ妻は、みんな「夫に嘘をつかれたことが一番つらかった」と言いますね。私も、嘘をつく夫が二重人格に見えてしまいました。

 でもその嘘はギャンブル依存症という「病気」が言わせているんだとわかってからは、ちょっと楽になりました。愛とは関係ないんです。妻や子どもを愛しているギャンブラーもいます。結核になったら咳が出るのと一緒で、ギャンブル依存症になったら嘘をつくんです。そこを理解することで、何より当事者の家族の人たちが楽になれると思います。

――ギャンブル依存と嘘って、そんなにワンセットなんですね。

田中 ワンセットですよ! 自身の限界を超えた金を集めるためには、嘘をつくしかないですから。また嘘に加えて、先程お話しましたが、他人のモノを盗んだり、会社のモノを横領したり――となったら、これはもう「犯罪」ですよね。ギャンブル依存は他人に被害を及ぼす犯罪に非常に結びつきやすいです。また、1999年に二人の方が犠牲となった池袋通り魔殺人事件がありましたが、犯人の両親は重度のギャンブル依存で、家庭が崩壊していたとも報じられています。パチンコの駐車場で乳幼児が亡くなる事件も後を絶ちませんが、そうした子どもへの虐待や事件の背景に、ギャンブル依存が関係していることもあります。

――はた目には「普通」に見える人たちがそうだとすると、周囲は気付かないですよね。

田中 銀行マンのお父さんの退職金を、ギャンブル依存になった子どもが全部使い切ってしまい、結局、ご両親は生活保護を受けているケースがありました。昔の時代の銀行マンですから退職金も高額だったはずです。でも、生活保護を受ける状況になって、ようやく「ギャンブル依存症問題を考える会」へご相談にいらっしゃいました。

――なぜ、そこまで状況を放置してしまうのでしょうか?

田中 自分や身内の問題を誰にも言えないんです。日本に強い「自己責任論」が大きいでしょうね。それに、ギャンブル依存の啓発教育も進んでいません。うちに来る相談でも、自分の子どもや夫がギャンブル依存症だと思っていない人が結構いるんですが、根拠は「だって、うちの夫や子どもは仕事してるんですよ?」なんです。「うちの子どもは仕事をしていますから、依存症というほどではないと思うんですけれどもね。まあ、ギャンブルの借金は1000万ありますけど」、みたいな相談があったりしますよ。

――田中さんに相談される方は、ギャンブル依存の当事者の親が一番多いんですか?

田中 親と奥さんが半々ぐらいですね。「100万から500万の借金の尻拭いをして気づいた」という方が多いです。以前は、相談に来るまで時間がもっとかかっていたんです。その頃は、親が金持ちでしたから、食い尽くすまで時間があった。でも今の50代は、子どもの借金を尻拭いできるほど、お金を持ってないですからね。

ギャンブル依存者へ絶対にやってはいけないこと

――身近にギャンブル依存の人がいた場合、やってはいけない支援はありますか?

田中 お金を貸すことです。絶対に貸してはいけません。「ギャンブル依存者に金は絶対に貸さない」、これは基礎知識として共有したいですね。そもそも、会社員ならクレジットカードなどを使えば、一時しのぎの借金なんてできますよね。にもかかわらず、人にお金を借りようとするということは、カードで借金ができないほどの状況と考えられます。相当ヤバいですよね。そもそも、社会人になってから、友達に「ごめん2万貸して」って言ったことありますか?

――ないですね……。

田中 普通、ないですよね。しかし、借金の肩代わりをしちゃう人は本当に多い。「嘘をつくのがうまいから、つい貸してしまった」とみなさん言うんですが、そもそも貸さなきゃいいんです。

 身近な人からお金を無心されたら、「あなたが抱えているギャンブルの問題について、何も手助けできない。だから、自分で医療施設か相談機関かGA(ギャンブラーズ・アノニマス、匿名で話すことができる自助グループ)に相談へ行きなさい」と言ってください。相手は必死にいろんな嘘をついてきますが、お金は絶対貸してはいけません。

――適切な範囲でギャンブルを楽しめる人もいる一方で、借金まみれの依存症になってしまう人もいる。この二つは何が違うのでしょうか。

田中 ギャンブルだけでなく、アルコールや薬物を摂取すると、脳内からドーパミンと呼ばれる快楽を感じる物質が分泌されます。依存症はドーパミンの機能不全が原因で、段々と耐性ができて量が増えていき、自分ではコントロールができなくなってしまいます。

 では、なぜ適性な範囲で楽しめる人と、依存になってしまう人がいるのか? これはもう、「病気だから」としか言いようがないと思います。同じような食生活をしている家族であったとしても、脳梗塞や脳卒中になる人もいれば、ならない人もいます。うちはガン家系ではなかったんですが、母親はガンになりました。それについて、「母親は何でガンになったんでしょうか?」と言ったところで、わからないですよね。「なんで?」となったとき、その人のパーソナルな部分に原因を求めてしまうんですが、それは違うと思います。誰だって病気になんてなりたくないんですから。

 ギャンブルをはじめ、アルコールや薬物などもそうですが、それらに手を出すと「一部の人たちはドーパミンの機能が不全になる“依存”という病気になってしまう」という点を、啓発するべきだと思うんです。自分が依存症になるとわかって始める人はいませんから。

子どもは依存症になるリスクが高い

田中 とはいえ、依存の発症に関して、明らかなこともあります。依存者は「年齢が若いうちから手を出している」こと、あとは「遺伝的要素を受けやすい」ということです。趣味や気晴らしの範囲で競馬を楽しんでいたお父さんが、レジャー感覚で中学生の子どもを競馬場に連れていき、馬券を買ってやったりしたところ、子どもが一気にギャンブル「依存」までのめり込んでいき、暴力を振るうようになった。さらに親戚に金を無心したり、人が変わったようになってしまい、ものすごく後悔されていた親御さんもいました。年齢は大きな要素です。

――競馬や競艇は人気タレントを起用したCMでレジャー感覚を打ち出していますが、依存まで発展する可能性がある以上、軽い気持ちで人を誘うのは危険ですね。

田中 結局、ギャンブル依存症になる原因はただ一つ、「ギャンブルをやったから」です。ギャンブルをやらなければ、ギャンブル依存には絶対、なりません。ギャンブルをやった人の一部がギャンブル依存症になるリスクがある、ということなんです。それはあなたかもしれないし、あなたの配偶者、子ども、友人、同僚かもしれないし、誰がなるのかはまったくわからないのです。

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後編(明日24日に公開)では、ギャンブル依存症の治療が4月から公的医療保険の適用対象となった件について、田中氏に話を聞く。

「令和のキャッツアイ」に騒然! 捜査三課の元刑事が語る、連続窃盗犯に“異名”がつくワケ

 1月下旬、東京・新宿区内のホスト男性宅に侵入し、現金約100万円と、ネックレスなど(約140万円相当)を盗んだ20代女性2人が、建造物侵入と窃盗の容疑で逮捕された。女性2人組、かつ同様の窃盗事件を繰り返していたことから、彼女たちは、捜査員の間で「令和のキャッツアイ」と呼ばれていたといい、その“異名”がニュースで報じられると、世間はそのインパクトの大きさに騒然。一時はTwitterのトレンドに上がるほど、「令和のキャッツアイ」は注目を集めたのだ。

 連続窃盗犯に、こうした“異名”がついていることはよくあり、ニュースなどで「風呂屋のミッチー」「ギャン(ブル場)のあぶさん」「デパ地下のさと婆」といった名前を見聞きした人は多いのではないだろうか。しかし、そもそもなぜ捜査員たちは、連続窃盗犯に“異名”をつけるのか? 名づける際のルールはあるのか? 今回、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏に話を聞いた。

“異名”が捜査員の士気を高める

 現職時、「盗犯」を担当する警察本部捜査三課に所属していた小川氏。連続窃盗犯の“異名”は、「捜査する中で自然とつけられるもの」だという。例えば、捜査員が張り込みを行う中、携帯電話で連絡を取り合う際などに、“異名”が用いられるのだそうだ。

「現行犯逮捕のときは別として、捜査員が数カ月かけて行動確認を行うような窃盗犯には、よくつけられますね。なぜかと聞かれると、捜査上、何か特別なメリットがあるわけではないのですが、捜査員の士気が上がることはあります」

 確かに、捜査員の中で“異名”がつけられることで、団結力が高まり、捜査に気合が入るということは想像できる。しかし、窃盗犯以外ではあまり“異名”を聞かないのはなぜなのだろう。

「殺人犯や暴行犯は、次にいつ犯行に及ぶかわからない。しかし、窃盗犯は泥棒だけで飯を食っていることが多いので、釈放されてもまた同じことを繰り返すのです。そういった場合、“異名”があると、捜査員の間で話が通じやすいという面がありますね。窃盗犯のフルネームは忘れてしまっても、“異名”だったら覚えていることも少なくありません。捜査員の間で“異名”を交えながら、『俺、いま〇〇をやってて』『〇〇なら、俺も前担当したよ』なんて、盛り上がることもありましたね」

 一方で、“報道”においては、“異名”が大いに活躍する面があるという。

「今回の『令和のキャッツアイ』の手口は、巧妙なわけでも、最新の技術を用いたわけでもない、大変稚拙なものでした。そのため通常であれば、メディアに大きく報じられるような事件ではないのですが、『令和のキャッツアイ』という“異名”によって、新聞や情報・報道番組で大々的に取り上げられ、事件を風化させずに済んだ。メディアが、警察の広報活動を担ってくれたとも言えますね。つまり“異名”をつけることは、犯罪の抑止にもつながると言えるのではないでしょうか」

 では、連続窃盗犯の“異名”のつけ方には、何かルールはあるのだろうか。

「『窃盗犯の手口+名前』という形ですね。例えば、ズボンの尻ポケットに入った財布(ケツパー)を抜き取る手口を専門とするスリは『ケツパーの〇〇』という“異名”がつけられます。また、神社仏閣の祭礼や縁日などを専門とするスリ(高町師)は『高町の〇〇』、飲食店などの椅子やハンガーにかけられた上着やバッグ類を狙ったスリは『ブランコの〇〇』、日が暮れる頃に灯りのついていない留守宅を狙う空き巣(宵空き)は『宵の〇〇』……といった具合です。窃盗犯の姿かたちを“異名”に取り入れるケースもあって、例えば『メガネの〇〇』『ちょんまげの〇〇』など。まぁ、あまり長々とした“異名”は言いにくいので、もっと簡単に『メガネ』『ちょんまげ』と呼ぶことも多いですね」

 捜査員の間では、「いま誰やってるの?」「メガネだよ」「あぁアイツはいい(ホシだ)ね」などといった会話が交わされているそうだ。こうした“異名”は、一般人からすると独特な慣習に感じるが、「捜査員にとってはあくまで日常的なもの」という。

「窃盗犯に“異名”をつける慣習は、かなり昔からあります。それこそ、皆さん知っている江戸時代後期の有名な盗人『鼠小僧』も、“異名”ですからね。江戸時代中期の火付盗賊改方長官・長谷川平蔵をモデルにした時代劇『鬼平犯科帳』(フジテレビ系)にも、犯行の手口から“異名”がつけられる盗人は数多く登場しています」

 ところで、小川氏にとって、思い出深い“異名”の人物はいるのだろうか。「『先生』という人がいましたね……」。そう切り出された人物は、小川氏が生まれた1961年には、「もう泥棒だった」という忍び込みの大ベテランだそうだ。

「『刑事さん、年いくつなの?』なんて聞かれて、『二十うん歳だよ』と答えると、『二十うん年前は、旭川(刑務所)にいたなぁ』と言われました。『先生』は、いろんなことを教えてくれましたね。忍び込みについても『なんで簡単に入れそうなこっちを避けて、別のほうから入ったか、わかるか』『これには理由があるんだ』と説明してくれ、『なるほど!』と。当時から、本人に直接『先生』と言っていましたが、『先生』が刑務所に入り、出所後にまた泥棒稼業を復活させる頃には、捜査員の間で『先生』という“異名”が飛び交っていましたね。『先生いったぞー!』『先生、今日ここら辺うろちょろしてるよ』なんてね」

 また、“異名”をめぐるこんなエピソードも忘れられないそうだ。

「捜査員と被疑者が、事件に関係する場所を一軒一軒回りながら、犯行を検証する『引き当たり捜査』中、思わずいつもの癖で、被疑者を“異名”で呼んでしまうことがありました。例えば、その人物の“異名”が『ちょんまげ』だったとすると、つい『おい、ちょんまげ!』なんて声をかけちゃったり。そのとき本人から『俺、ちょんまげって呼ばれてたんですか?』『もっとカッコいいやつにしてくださいよ』とクレームが入ったことがありましたね」

 「カッコいい“異名”」として、「せめて『怪盗ルパン』とか」と提案されたという小川氏。その際は、「怪盗ルパンに失礼だよ」と返したそうで、「まぁ本人も冗談のつもりで言っている感じで、笑っていましたよ」とのこと。

「逆に、“異名”を気に入っている奴もいましたけどね。例えば、金庫破りを専門にしている窃盗犯は『金庫の〇〇』という異名がつくのですが、それを『金庫と言えば俺だ』と自慢するように語る奴がいるんですよ。泥棒もプライドがあって、『自分が一番でいたい』と思っているようです。そういえば、『次はもっといい名前をつけてもらえるように頑張ります』と言っていた奴もいましたね。泥棒として“成長したい”という意味だったのか……」

 窃盗犯にとって、モチベーションになってしまっては困りものだが、話を聞く限り、これからも世間の関心を引く“異名”が登場することになりそうだ。

小川泰平(おがわ・たいへい)
1961年愛媛県松山市生まれ。元神奈川県警の部長刑事。現職時は警察本部捜査三課、国際捜査課等で第一線の部長刑事として、主に被疑者の取り調べを担当。2009年、30年勤務した警察官を退職し、犯罪ジャーナリストに。著書に『現場刑事の掟』(イーストプレス出版)などがある。

なぜ「不妊」「不妊治療」はタブーなのか? 「セックスしたら妊娠するのは当たり前」という勘違い

 少子化が叫ばれる一方、「子どもがほしいのに、なかなか授かることができない」という「不妊」の悩みを持つ男女が少なくない現代。2018年1月期には、不妊治療をテーマにした連続ドラマ『隣の家族は青く見える』(フジテレビ系)が放送され話題を呼んだほか、ネット上では不妊治療の保険適用化が議論されたり、女性が不妊治療によって退職せざる得ない事態が疑問視されるなど、「不妊」「不妊治療」は社会的な問題として扱われるようになっている。

 しかし、まだまだ「不妊」「不妊治療」は“タブー”とされる面も強いのではないだろうか。不妊に悩む女性たちが集うネット掲示板を覗いてみると、「不妊治療しんどい」という声が飛び交い、その理由を「不妊であることを周囲に相談できずつらい」「不妊治療をしていると孤独感に苛まれる」とする切実なコメントを少なからず目にする。治療自体の身体的・金銭的負担、仕事と治療の両立といった問題以前に、世間がタブー視することによって、精神的に追い詰められてしまう当事者がいるようだ。

 なぜ「不妊」「不妊治療」はタブーなのか、それが当事者を苦しめる要因になっているのではないか――今回、「“不妊”をもっと“普通に話せること”に」を活動理念の一つに掲げ、現在・過去・未来の不妊体験者を支援する「NPO法人Fine」の理事長・松本亜樹子氏に話を聞いた。

タブーは「不妊は異常」という大いなる勘違いから生まれる

――不妊や不妊治療の当事者を精神的に追い詰めている背景に、これらがタブー視されていることがあるように思うのですが、どうお考えでしょうか。

松本亜樹子氏(以下、松本) 確かにタブー視されていると思います。そのタブーを生んでいるのは、「子どもはできて当たり前」「不妊は普通ではない、異常なこと」という偏見・勘違いによるものではないでしょうか。現在、日本で不妊に悩むカップルは5.5組に1組、また体外受精で生まれている子どもは16人に1人と言われているなど、不妊や不妊治療は決して珍しくないことなのですが……それがまったく知られていないため、当事者が「どうして私は子どもができないんだろう」と思い詰め、かつそれを周囲に話しづらくなって、一人で悩みを抱え込んでしまう状況が生まれているのだと思います。

――松本さんは「Fine」の活動を通して多くの当事者の話をお聞きになってきたと思います。不妊や不妊症への勘違いが、当事者を傷つけてしまうケースも少なくないのではないでしょうか。

松本 「不妊は特殊」という勘違いによって、「かわいそう」「気の毒」と同情されてしまい、それが当事者の精神的負担になることがあります。また、不妊の原因はわからないことがほとんどで、むしろはっきりわかる方が稀なのに、それが知られていないため、「不摂生しているから」「どちらかの体に欠陥があるのでは」「若い頃、女遊び/男遊びをしすぎたのがよくなかった」などと言われてしまうことまである。これも当事者を傷つけると思います。

 おそらく、当事者は周囲に同情され、気を使われるのが最もしんどいように思いますね。例えば、子持ちの友人たちが、自分の前では子どもの話をあえてしない……など。もちろん、思いやりからなんでしょうが、当事者は「気を使わせてしまって悪い」と自分を責めてしまうんです。逆に、「これを食べると妊娠しやすいらしい」「ここの病院がいいよ」など、良かれと思っていろんなアドバイスやおすすめをしてくれることもありますが、これもすでに試していたり、それでもだめだったりするケースが多いので、対応に困るという話はよく聞きます。

――実際に妊娠・出産するのは女性であることから、不妊治療は女性が中心になりがちです。パートナーの不妊への偏見・勘違いが、女性側を苦しめるといったケースもあると思います。

松本 それは本当によくありますね。例えば、妊娠・出産の正しい知識を知らず、「妊娠はいつでもできるから」と、子どもをつくることや結婚自体を先延ばしにして、女性側を悩ませるケース。危機感のなさゆえに、病院に行くことを嫌がる話もよく耳にしますね。

――女性と男性とでは、妊娠・出産の知識に違いがありそうですね。

松本 1年間で自然妊娠する確率、年齢とともに卵子が老化すること、さらには妊娠しても出産できるとは限らないことなど、知らない男性は結構いると思いますよ。あと、近年ようやく「男性不妊」が取り上げられつつありますが、「不妊は女性の問題」と勘違いしている男性は多いですね。「自分に原因はない」と言い張り、不妊治療の検査を受けたがらないというケースは珍しくありません。「『〇〇レディースクリニック』なんて名前の病院は、俺が行くところではない!」と、断固として病院に行くことすら拒否する男性の話も聞きましたね。女性側にとって「パートナーが一緒に病院へ行ってくれるだけありがたい」という現状もあるように思います。あと、パートナーだけでなく、自分の母親と確執ができてしまう女性も結構いるんです。

――親子という間柄から、母親が不妊に対してズケズケと口を出すのでしょうか。

松本 母親自身も娘が不妊であることにショックを受け、「私はあなたを健康に産んで、健康に育ててきたはずなのに」などと口にしてしまうんです。また、どこかで自分と娘を重ね合わせてしまうのか、不妊治療に首をつっこんでくることはよくあって、妊娠に効果的と言われる食料品を送り付けてきたり、病院までついてきたり……心配なのはわかりますが、娘の気持ちとしては、できれば口を出してほしくない。そっとしておいてほしい……そう思う方は多いです。

 そもそも母親って、子どもを産んでいるわけですから、不妊当事者ではないわけですよね。だから、その点を踏まえ、いくら親子といえど、不妊に関してはわかり合えないと最初から理解した上でコミュニケーションを取っていかないと、2人の間に修復できないような亀裂が走ってしまう可能性もあります。母親の言っていることを、聞き流せるなら聞き流し、距離を置けるなら置かないといけません。ただ、不妊に関しては、母親の方が娘との距離感がわからなくなっているケースが多いかもしれません。

――母親もまた、不妊や不妊治療について知らないがゆえに、こうした事態が発生してしまうんですね。

松本 母親の介入によって、パートナーの男性が置いてけぼりになることもあるんですよ。妊娠・出産は、やはりカップル2人の問題であって、親の問題ではない。不妊をめぐる母親との関係に悩む人は、「不妊については、つらくなるのでもう話さないでほしい。自分たちで話し合って決めていくので、見守ってほしい」とはっきり伝えた方がいいでしょう。

――パートナー、母親、友人知人らに不妊や不妊治療の話をできないとなると、あとはもう、当事者同士で悩みを共有するしかないですね。

松本 不妊治療のクリニックへ行くと、自分以外にも不妊の人はたくさんいるとわかりますが、ただ、張りつめたような独特な空気があって、ほかの患者さんに話しかけることはできませんよね。不妊治療を受けている同士といっても、相手がどんな状況にあるかわかりませんから。例えば、隣に座っている患者さんは、妊娠したけれど流産して処置しにきた人かもしれないし、今回が最後と決めて体外受精の結果待ちをしている人かもしれない、はたまたこれから治療を始める初診の人かもしれない。できるだけ近しい状況の人と話せればいいのだけど、人それぞれ状況が違うだけに、当事者同士であっても、おいそれと悩みを打ち明けられないと思います。

 それでもやはり、不妊や不妊治療のことを話す相手がおらず、孤立してしまうことは、当事者にとって最も大きな問題。なかなか難しいことですが、誰かが口火を切ることで、もっと不妊や不妊治療がオープンになってほしい。みんながみんな、気を使い合って黙ったままでは、状況は変わらないので、自分の話せる範囲で自己開示していくことも大切だと思います。「Fine」では当事者を「ひとりぼっちにしない」ための支援も行っていますので、ぜひ気軽に利用していただけるといいなと思います。

――そもそも、なぜ「子どもはできて当たり前」という偏見・勘違いが、これほどまで世間に浸透しているのでしょうか。

松本 日本の性教育が影響していると思います。学校の教科書では「生理→妊娠の仕組み→性病と中絶」と順を追って学ぶと思うのですが、そこに「不妊」がない。「生理のある人がセックスしたら妊娠する」という前提のもと、避妊方法などは教わる一方、「セックスしても妊娠しないことがある」とは教わらないんですね。性に関する話は家族の間でもしにくいだけに、不妊や不妊症への偏見・勘違いは、教育のところから変えていかないと解消しないと感じています。

――確かに、不妊について学校で学んだ記憶はありません。

松本 セックスしたら妊娠“してしまう”というニュアンスで教わった人も多いと思います。日本の性教育は遅れている、アンタッチャブルな分野と言われていますが、今後もっと切り込んでいかなくてはいけないと感じます。不妊に関して言えば、不妊自体や人工授精・体外受精の治療を教えるだけでなく、精子提供・卵子提供によって妊娠・出産する人もいること、さらに発展させて、さまざまな家族の在り方として、養子縁組などについても扱うべきではないでしょうか。海外にはそういったことを教えているところも実際にあるんですよ。

――教育以外でも、世間の不妊への意識を変えていく方法はありますか。

松本 国が不妊や不妊治療に関する取り組みを行うことで、人々の意識が変わることはあると思っています。今年の春、厚生労働省が不妊治療と仕事の両立支援のため、企業向けのマニュアルを出すことになったんです。また6月から施行される「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」にも、不妊治療を行っている人に対するハラスメントが対象に入ることになりました。これまで市民権を得ていなかったように思う不妊の当事者の状況が、少しずつではありますが、変わってきたと思います。このように、国側の取り組みがきっかけで、人々が「もしかして不妊の人っていっぱいいる?」「自分の周りにも不妊治療をしている人がいるかもしれない」と気づき、決して特殊ではないという認識が広がっていってほしいですね。

――そうした制度や法律が、「子どもはできて当たり前」の空気をなくし、めぐりめぐって、不妊に苦しむ当事者を救うことにもつながるといいですね。

松本 ただそうなるためには、例えば、会社に不妊治療をめぐる制度ができても、使えなかったら意味がない。不妊治療は生理周期に合わせて突発的で頻回な通院が必要で、クリニックに行くと想定外の通院予定を言われることも多いのに、「不妊治療の休暇制度は1カ月前に申請を出さないといけない」というルールを敷く会社も実際にあると聞きます。せっかく制度をつくってくれているのに、実情に即していないものであると、当事者が使えず、もったいないことになりかねません。何も不妊治療に対して新しく制度をつくってほしいということでもなく、現状の制度を「不妊治療にも」使えるようにしてもらえれば、それでも十分助かる人は多いはずです。また制度をつくること自体より、“風土”が大事という点にも、注視していかなければいけません。せっかく制度があるのに、それを使いづらい風土があっては、結局絵に描いた餅になってしまいます。それが最ももったいないことではないでしょうか。

 社会が、突然ガラッと変わることはないと思いますが、だからこそ、学校や職場でちょっとずつちょっとずつ妊娠の正しい情報、不妊についての啓発を行い、“刷り込み”をしていき、人々の意識が変わっていく……そして、不妊当事者が「自分はおかしい」「人に言えない」と悩むことがなくなる社会になっていってほしいと思います。

松本亜樹子(まつもと・あきこ)
「NPO法人Fine」理事長。一般社団法人日本支援対話学会理事。長崎県長崎市生まれ。コーチ、人材育成・企業研修講師、フリーアナウンサーとして活躍。自身の不妊体験から2004年、「NPO法人Fine」を立ち上げる。著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)がある。

NPO法人Fine
不妊体験者による、不妊体験者のための、セルフサポートグループ。「『不妊』や『不妊治療』が、社会全体にもっと正しく理解され、不妊治療を受けることや、それを受けずに自然にまかせて授かる日を待つこと、また夫婦二人の道を選ぶこと、あるいは養子や里子を迎えることなど、不妊に関わるすべてのことが『ごくありふれた普通のこと』になること」を理想に掲げ、講演会・シンポジウム、勉強会等の開催、カウンセリング事業、公的機関・医療機関等、関係各機関への働きかけなど、不妊にまつわるさまざまな活動を行っている。
連絡先:Eメール npofine@j-fine.jp/Fax 03-5665-1606
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「洗顔ブラシ」「ニキビパッチ」で逆に悪化!?  形成外科医・上原恵理医師が「ニキビケア」を斬る

 雑誌やテレビ番組、インターネットで数多く紹介される“美容法”。その中には、医学的な根拠が証明されていないものや、「むしろ逆効果」というものまで存在しているようだ。

 自身のSNSで、ちまたに広がる真偽不明の美容法に“鋭く”切り込み話題になっている、「表参道スキンクリニック」表参道院の医師・上原恵理先生に、5回に分けて“美容法のウワサ”を斬っていただく当連載。第1回目は「育乳」、第2回目は「鼻が高くなる方法」と「小顔マッサージ」、第3回目は「拭き取りメイク落とし」、第4回目は「ヒアルロン酸やコラーゲン、プラセンタなど保湿成分を配合したスキンケアコスメ」についてうかがった。最終回となる今回は、「ニキビ」に関する正しい知識についてお聞きする。

ニキビは病気でありケガ! 正しい治療法とは

――年齢が上がるにつれ、ニキビの発症する場所が変わってきた気がします。また、「10代は“ニキビ”、それ以降は“吹き出物”」と呼び名が違いますが、ニキビと吹き出物は別物なんですか?

上原恵理先生(以下、上原) 慣用句的に言っているだけで、何も違わない。そもそも、ニキビとは、おでこや鼻にかけてのTゾーン、口元や顎、フェイスラインのUゾーンにできる発疹のこと。思春期はTゾーン、大人になるとUゾーンを中心に発症することが多いので、発症部分は異なります。

 ニキビの直接的な原因は、皮脂の過剰分泌によって引き起こされる毛穴の詰まりです。Tゾーンは成長期のため皮脂が過剰分泌し、Uゾーンは男性ホルモンが優位な状態になり、皮脂が過剰分泌され、それぞれニキビの原因につながります。女性でもストレスや睡眠不足、不規則な生活などによって、ホルモンバランスが崩れると、男性ホルモンが普段より多く分泌されてしまいます。社会人として働く中で、いろいろな負担が肌に影響しているのかもしれません。

――ニキビ用のスキンケアコスメは、デパートやドラッグストアで販売されています。ニキビが発症すると、まずこのような商品を手に取る人が多いと思うのでが、いかがでしょうか。

上原 ニキビは病気! 医薬品でもない、市販のニキビ用スキンケアコスメは意味がありません。きちんと治したいなら、あれこれ市販の商品にお金を使う前に、保険診療が受けられる皮膚科医に行くことをオススメします。皮膚科では、ニキビ治療のガイドラインが決まっていて、さまざまな薬をニキビの状態から処方してくれます。過去のビッグデータをもとに、安全かつ早く治る方法を集めて作られたガイドラインに沿って「この薬がダメならこの薬」というように経過を見ながら、適切な治療を進めていくわけです。なので、ドラッグストアでひとりアレコレ悩むくらいなら、皮膚科に行った方が確実かつ安価に治療できる。日本人はニキビを“青春のシンボル”として捉えがちですが、“病気”であり“ケガ”であるということを認識してほしいですね。

――保険診療の皮膚科にニキビでかかると、「あまり話を聞いてくれない」「ちゃんと患部を診てくれない」という声も多いです。

上原 医者はプロなので、パッと見た瞬間に、ニキビの状態から最適な薬まで、すぐにきちんとした診断ができるんです。患者さんとしては、いろいろと患部の状態を説明したいのかもしれませんが、先生がぶっきらぼうでも、ちゃんとわかっていますから安心してください。

――某ニキビケアブランドでは、購入すると“洗顔ブラシ”がセットだったりします。このようなアイテムを使った方が早く治るんですか?

上原 ニキビ肌は非常に敏感なので、ブラシでの洗浄は絶対ダメ! 治るというより、傷口にさらなるダメージを加えているだけ。また、ニキビを潰すことも絶対にやめてください。そこから雑菌が入り、周囲の皮膚組織にまでダメージを与えたり、痕が残ったり、トラブルを大きくする可能性があります。

――ニキビ痕が残ってしまった場合、治すことはできないのでしょうか?

上原 ニキビ痕になってしまったら、美容皮膚科などの治療に頼るしかないです。内服薬やピーリングは効かないので、レーザー治療が必要になります。私も今、フラクショナルレーザーというニキビ痕の治療を繰り返し行っていますが、ダウンタイムを必要としますし、正直心が折れそうになります。ニキビ痕の治療はそれぐらい大変な上に保険適用外なので費用もかさむんです。早い段階で正しい治療を受けておかないと後悔しますよ!

マスクは雑巾と同じぐらい雑菌まみれ

――ニキビを悪化させないために、気を付けた方がいいことを教えてください。

上原 まずは食生活。脂っぽいものや、炭水化物など糖分が多いものは控えた方がいいです。あと、最近はほどよく皮脂を溶かす“ぬるま湯洗顔”も推奨されています。お湯が熱すぎると皮脂を取りすぎてしまい、かえって分泌量が増えてニキビの原因になるんです。また、「洗顔しすぎ、保湿しなすぎ」の人が多いので、ニキビが生じにくい製品である“ノンコメドジェニック製品”で保湿を適切に行いましょう。それから、ニキビがある時は、化粧をしないのがベスト。もし化粧するのであれば“ノンコメドジェニック製品” を薄く塗るぐらいに留めてほしいですね。また、患部にコンシーラーを塗ったり、韓国などではやっているニキビパッチを貼るというのは、毛穴をふさぐ原因になり、悪化させることもあるので控えてください。

――冬は風邪や乾燥対策のためにマスクをする機会が多くなります。マスクが原因でニキビが増えるってことはあるんですか?

上原 マスクが原因でニキビができやすくなるのは本当。マスクが擦れることによって肌に負担がかかりますし、ニキビ以外に肝斑の原因にも。また、マスクは時間がたつと、汚れた雑巾と同じぐらい雑菌まみれになるので、それがニキビの傷口に入り込むという危険性があります。マスクを着用するなら、こまめに取り換えることを心掛けてほしいですし、1度使った物を使い回すなんてもってのほかです! 職業柄、マスクを使用していますが、1日に5枚以上取り換えていますよ。

――ポリウレタン製のカラフルなマスクが流行していますが、こちらは繰り返し洗濯して使用できるようです。それでも不衛生なのでしょうか。

上原 我々が手術で使用する衣服や器具は、200度くらいで加熱し、特殊な機械を用いて殺菌、滅菌処理をします。そこまでやらないと殺菌できないので、洗濯したぐらいでは繊維の奥の菌は死にません。また石鹸カスもニキビの原因につながることがあるので、洗濯して再利用するのはやめた方がいいです。使い捨てマスクより高額だからもったいないと思う人もいるのかもしれませんが、肌のことを考えたらオススメできない商品。極論、パンツを顔に乗せるとしたら、新品と使い古しどっちがマシですか? と考えるといいかもしれませんね。

上原恵理(うえはら・えり)
2006年群馬大学医学部医学科卒業後、同年東京大学医学部附属病院研修医として勤務。08年に東京大学形成外科医局、10年帝京大学医学部附属病院を経て、18年より表参道スキンクリニック勤務。豊胸や乳房再建の最先端術式を数多く手掛けており、美容外科医の目線から、症例や美容法に切り込んだSNSが話題に。『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)や多数メディアに出演するなど、活動の場を広げている。

表参道スキンクリニック表参道院
Twitter:@dr_uehara
Instagram:スキンケア・痩身専門 @eri.uehara
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映画『キャッツ』の猫は、なぜ「不気味」で「気持ち悪い」のか? 認知心理学の研究者が考察

 現在、大ヒット公開中の映画『キャッツ』。1月25~26日の国内映画ランキング(全国週末興行成績・興行通信社提供)で初登場1位を獲得した同作は、もともと1981年にロンドンで初演された大ヒットミュージカルで、日本においては「劇団四季」が長年上演している作品として広く知られる。映画版のメガホンをとったのは、『英国王のスピーチ』や『レ・ミゼラブル』などで高く評価される監督、トム・フーパー氏とあって、『キャッツ』にも期待が高まっていたが、日本での大ヒットとは裏腹にその評価は散々のようだ。

 というのも、昨年12月、英米で一足早く公開されると、さまざまなメディアや専門家から、「映画の大部分がホラー、かつ忍耐力テスト」(米ロサンゼルス・タイムズ)、「これまで見たことのないような不浄なポルノに遭遇した気分」(米ニューヨーク・タイムズ、カイル・ブキャナン氏)といった辛辣な批評が続出。こうした反応が日本にも伝わると、トレイラーを見た人たちから、「猫が不気味」「気持ち悪い」「ゾッとする」など、ストーリー以前に、猫たちのルックスに恐怖心を抱く声が飛び交ったのだ。映画公開後も、レビューサイトに同様のコメントがいくつも並んでいる状況にある。

 同作では、CGによって、人間を猫のように見せているのだが、なぜ人は『キャッツ』の猫を不気味に感じるのか? 今回、認知心理学を専門とする九州大学 基幹教育院 自然科学実験系部門 准教授・山田祐樹氏に見解をお聞きした。

■『キャッツ』に登場するのは、猫なのか人間なのか?

 今回の取材にあたり、『キャッツ』のトレイラーを見たところ「確かに不気味」と感じたという山田氏。これにはいわゆる「不気味の谷現象」が関係しているようだ。

「『不気味の谷現象』というのは、端的に言うと『ロボットの外観が人間に近づいていった際、ある地点で、観察者に否定的な感情が生じる現象』です。この研究はかなり前から……それこそ世にアンドロイドが出回る前から行われており、現在では、『不気味さ』を感じるアンドロイドがメディアに取り上げられる機会も増えています。そんな中、私たち心理学者は少し前から、なぜ『不気味』と感じるのかの研究を始めたわけですが、今のところ完全な結論は出ていない状況で、さまざまな研究者が議論を重ねている段階です」

 そのため、なぜ『キャッツ』の猫を不気味に感じるのかについても、「あくまで我々の考えに落とし込んで説明していきます」とことわった上で、人は「対象が、『既存のカテゴリ』に分類できないとき」に、嫌悪感を抱くと解説する。

「映画版『キャッツ』の猫は、CGがうまく作られすぎているため、猫なのか人間なのか、見る人の『既存のカテゴリ』にうまく分けられないため、不気味と思うのではないでしょうか。例えば舞台だと、“人間”が主体で、衣装やメイクなどによって猫を演じている。逆に、動物が主人公のディズニー映画などだと、“動物”が主体で、演出によって人間っぽく振る舞っている。それがわかりやすいんですよね。しかし『キャッツ』の猫は、どのように既存のカテゴリに振り分けるかは個人差があるものの、『どちらに分けていいかわからない』と感じる人が多かったと考えられます」

 また、『キャッツ』の猫は、本物の猫のように身をくねらせる動きをする一方、人間のようにダンスをするシーンもある。猫と人間は現実世界に存在するものだけに、「『猫ならこういうふうに動くはずだ』『人間ならこういうふうに動くはずだ』と明確な予想ができる。にもかかわらず、『キャッツ』の猫は、その明確な予想に合っているような、合っていないような微妙な動きをする」ため、これまた人を困惑させるそうだ。

「そう考えると、映画『アバター』のナヴィも、公開当時『不気味』と言われましたが、ナヴィはいわゆる宇宙人で、彼らが現実世界に存在しているところを見た人はいないので、彼らの動きに明確な予想ができない。そのため、『宇宙人とはこういうものなんだな』と判断し、不気味さを感じず、受け入れたという人もいたように思います」

 ただ、こうした「不気味の谷現象」には、個人差があると付け加える山田氏。元からどういう態度で見ているかによっても感じ方が異なるという。

「例えば『アンドロイドが社会に参加すること』に対し、人それぞれ異なる倫理観や問題意識を持っていると思うのですが、アンドロイドと交流することに否定的な態度を持っているかによって、どれほど不気味に感じるかも変わってくるようだ、という研究結果があるんです。意外にも人の意見の違いというのは、感情の違いにも影響を及ぼすもののようですね」

■『キャッツ』がゲームであれば、ある程度受容された?

 では、『キャッツ』の猫が「不気味」と言われないように、制作側は何をすべきだったのだろうか。

「人間か猫か、どちらかの特徴を増やすことだと思います。ただ、不気味さを回避するために、作品の狙いが台無しになってはいけないと思うので、難しいところですが……」

 また山田氏は、そもそも「映画」ではなく「ゲーム」の世界であれば、ある程度受容されたのではないかと考察を広げる。

「ゲームにあの猫が登場する場合、ヴァーチャルリアリティの世界という、大きな世界観の中で生きているものと見られやすいのではないでしょうか。映画は一般の世界に近いと言いますか、特に『キャッツ』は舞台が『ロンドンの街』という実在の場所。そのため、より人に『この猫たちが現実世界にいるはずがない』と感じさせるのだろうと思います」

 一方で、見る側が「慣れる」ことはないのだろうか。上映時間中、ずっと猫を見ていると、「不気味だと思わなくなる」ことも考えられるが……。

「多分あると思います。実際に、映画『キャッツ』で実験しないと、正確なところはわからないものの、アンドロイドでは『慣れはする』という結果が出ている研究があります。この『慣れ』にはいくつかの種類があり、1つが『不気味の谷現象』そのものに慣れてしまうというもの。最初は『不気味』だと思っていても、長い時間見ていることで、その『不気味さ』に慣れるのです。2つ目は、1つ目との違いを説明するのがなかなか難しいのですが……例えば、アンドロイドを人間に容姿を近づけていく中で、『人間に比べて目が大きすぎる』『そんな目が大きい人間はいない』という理由から、『不気味さ』を感じることがあるものの、長い間見ていると、そうした“特徴”を知覚することに慣れるというもの。こうした『慣れ』が、一つに限らないところで起きるのです」

 どれくらいの期間で「慣れる」かは、まだわかっていないそうだが、「昔、多くの人に『気持ち悪い』と思われていたCGが、『慣れ』によって、今ではそう思われないケースもあるのではないか」と山田氏。こうした「慣れ」が社会レベルで起こり、ゆくゆく『キャッツ』の猫が「不気味ではないもの」として受け入れられる……そうした現象が「起きてもおかしくはない」と結論付けた。

■それでも『キャッツ』がヒットしているのはなぜ?

 そんな「猫が不気味」「気持ち悪い」「ゾッとする」などと散々な言われようの『キャッツ』だが、映画自体は大ヒットしている。山田氏はこれを「怖いとわかっていてホラー映画を見るのと同様に、その『不気味さ』が直接自分自身に害を及ぼさなければ、『見たい』と感じる人はいるでしょうね」と語る。

「私は、『トライポフォビア』の研究も行っているのですが、これはブツブツの集合体を見た際に『気持ち悪い』『不気味』と感じる現象のことを指します。芸術家・草間彌生さんの作品も、こうした特徴があるものの、それを芸術レベルにまで昇華している。一見『気持ち悪い』『不気味』と感じるものでも、それによって注目を浴び、なおかつ芸術的なバックグラウンドがあると、逆に『良いもの』と評価されることがあるのです。『気持ち悪い』『不気味』とは、その対象物を目立たせるシグナルになると思います」

 『キャッツ』の猫たちも、この“シグナル”を放っているのかもしれない。

山田祐樹(やまだ・ゆうき)
九州大学 基幹教育院 自然科学実験系部門 准教授。専門分野は認知心理学。「気持ち悪さと幸福感」「心理的な時間と空間と数の形成」「注意と意識」といったテーマでの研究を行う。

抗議団体はトップレス集団以外も! フランスのフェミ事情を『私のおっぱい戦争』リリ・ソン氏に聞く

 29歳で乳がんと診断されたことをきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設し、のちに、そのブログがミシェル・ラフォン社からコミックとして出版されたフランスのコミック作家、リリ・ソンさん。2019年には、日本語版の『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』(花伝社)が刊行され、同作で「女性の体」や「女らしさとは何か」といった問題について表現している。前編ではリリさんに、自身がフェミニズムを意識するようになったきっかけや、フランスにもある「完璧な母親像」についての見解をお聞きしたが、後編ではフランス人女性が行う抗議運動に関して話をうかがった。

(前編:『私のおっぱい戦争』リリ・ソン氏に聞いた、フランス人も悩む「完璧な母親像」「女性らしさ」とフェミニズム

流行の話題として扱われてしまうフェミニズム

──フランスでは女性誌の記事などでも、「フェミニズム」といった言葉がごく普通に登場すると聞きました。フランスではフェミニズムの主張や意義などが、一般に浸透しているのでしょうか?

リリ・ソンさん(以下、リリ) 確かに、フランスの女性誌はフェミニズムについて語り、誌面にはフェミニストたちが使う言葉も登場します。でも、私に言わせれば、女性誌は“闘っている”のではなく、単に今はやりの話題に乗っているだけ。フェミニズムの記事と同時に、女性は痩せているべきだとか、ムダ毛のないスベスベした肌でないとダメだとか、ダイエットすべきだとか、セックスの場面では相手の言うことを聞かなきゃダメだとか、さまざまな規範を女性に押しつけ続ける記事を掲載しています。

 現実問題、2019年には、DVなどが原因となって女性が殺害された「フェミサイド(※1)」が145件も起きているんです。また、政府は、女性支援団体のための予算を計上しませんし、男性の育児休暇の義務化など、政治的措置を取っていません。

 一般の人々も、男女の不平等などの事実については認識していますが、フェミニストの闘いはいまだに非常にネガティブなものとして受け止められることが多いです。家父長制が男性の得につながりますし、男性には自分たちの特権を女性と分かち合う気がないのでしょう。

※1 ラテン語のfemina(女)と-cide(殺す)から作られた言葉で、文字通り訳せば「女性殺人」だが、近年の用法では「女性に対する憎悪による殺人」や「DV殺人」を意味する。

※フェミサイドに抗議するために19年10月5日にパリのモンパルナス墓地で行われたフェメンによる抗議行動。メンバーがゾンビの扮装をし、殺された女性たちひとりひとりの墓石に見立てた板をかかげている

──この「フェミサイド」は、最近、フランスをはじめとする欧州各国で大きな問題となっているようですね。政府も対策を取ると発表していますが、リリさんの周りでも話題になっていますか? また、フランス人の一般的な意識はどうなのでしょうか? 

リリ 私の周りではとても話題になっていますが、そもそも「フェミサイド」に問題意識を抱えている人たちなので、これが一般的なフランス人の傾向だとは言えないかもしれません。これらの犯罪を矮小化し続ける人たちもいて、例えば、DVによる殺人を「痴情のもつれによる殺人」「愛ゆえの殺人」、ひどい場合には単なる「事故」などと呼んで、三面記事の事件として扱う記者もいます。「フェミサイド」という用語が使われるようになったのは、わりと最近のことですが、こうした正しい呼び名が定着することを願っています。

──「フェミサイド」への抗議行動を、メディアを通して日本から見ていると、上半身裸で胸にスローガンを書いて抗議する女性たちのグループ「FEMEN(フェメン)」の存在感が大きいのかなと思います。特に若い人にとっては、フランスを代表するフェミニストグループと思われているという話もありますが。

リリ 外国メディアがフェメンに注目するのは、挑発的でインパクトがあるからでしょう。ただ、「フェメン」だけが抗議行動をしているわけではありません。フランス国内では、「ヌ・トゥット」や「アン・ナヴァン・トゥット」、「ジョルジェット・サンド」、「フォンダシオン・デ・ファム」、「オゼ・ル・フェミニスム」など、そのほかにも多くのフェミニスト団体が闘っていて、SNSではとても目立つ存在なんですよ。

 しかし先ほど触れた通り、フランスにも、フェミニズムに悪いイメージを抱く人がたくさんいることは事実。フェミニストの活動家を、世界征服を企み男性を服従させようとする過激派とみなし、「フェミニスト」と「ナチス」を組み合わせた「フェミ・ナチ」だと悪口を言う人もいるくらいですから。フェミニストたちも、そのような罵詈雑言に負けないように、声をますます大きくしているんです。

──「フェメン」はトップレスで抗議行動をしていますよね。「胸を見せる」という行為は、男性に“見る喜び”を与えている側面もあるように思います。「フェメン」をどのようにご覧になっていますか?

リリ 私から見ると、「フェメン」は国際環境NGOグリーン・ピース(国際的な環境保護団体だが、一方で過激な抗議活動が批判されている)と同じようなやり方をしているように感じます。メディアや一般の人々の注目を集めるために、インパクトのある行動を取っているのでしょう。「フェメン」は自分たちのメッセージを伝えるために、女性の体を“モノ化”し、その性的な側面を過剰に強調しています。しかも、これがうまくいっているんですよ! でも、裸の胸を見せることで、肝心のメッセージがあいまいになっている場合も残念ながら多いと思います。

──少し前、フランスでは、有名ジャーナリストを含む男性ジャーナリストグループが、同業者の若手女性に対して、インターネット上でハラスメントを行っていたことが暴露され、スキャンダルになりました。今でも、女性や特にフェミニストがSNSで標的にされて攻撃を受けることはあるのでしょうか。

リリ はい、あります。特に、Twitterはひどいですね。Twitterは最も暴力的なSNSだと思います。というのも、多くのフェミニストが、「家へ押しかけて行ってレイプするぞ」だとか「殺すぞ」といった脅迫を受けているんですよ。しかも、彼女たちの家族に対しても脅迫が行われていて、加害者は明らかにやりすぎです。しかし不幸なことにインターネット上でのハラスメントに関しては、司法は大きく遅れを取っています。いくつかの法律が採択されましたが、施行されたものはまだとても少ないのが現状です。

 ただ、喜ばしいことに、現実世界では「シスター・フッド」の精神がどんどん強くなってきているのも事実。フェミニストたちはお互いを守り、勇気を出して一緒に抵抗しています。女性に対する性的暴行に反対するデモや、そうした問題に関する議論もどんどん大きくなってきているので、私も闘いながら解決策を見つけていきたいです。

リリ・ソン(Lili SOHN) 1984年8月29日ストラスブール生まれのフランスのコミック作家。本名オーレリー・ソン。ストラスブール第二大学で応用美術とヴィジュアル・アートを学ぶ。乳がん発覚をきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設。のちに、ミシェル・ラフォン社からコミックとして出版された。2015年、治療終了にともないフランスに帰国。現在はマルセイユに住み、コミックとイラストの制作を行っている。

プレゼント企画
『私のおっぱい戦争──29歳フランス女子の乳がん日記』は花伝社より発売中。
サイゾー・ウーマンの読者2名様に本書を抽選でプレゼントします。
応募締切:2020年3月5日(木)正午まで
※当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます。あらかじめご了承ください。

【応募フォームはこちら】

『女性の死に方』に反映される社会情勢――DVによる死後ミイラ化した女性、家族への「迷惑」を恐れる自死

 12月、兵庫医科大学の法医解剖医・西尾元氏が、新刊『女性の死に方』を上梓した。2017年に刊行された前作『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(共に双葉社)では、法医学の基礎知識や、著者が向き合ってきた遺体にまつわるさまざまなエピソードがまとめられていた。前作では特に、法医学教室に運ばれてくる異状死(死因が明らかでない死)した遺体の7割を占めるという、男性にまつわるエピソードが多く収録されていた。

 ところが今作は、同書のタイトル通り、あえて“女性の死”に焦点を当ててまとめられている。妻との口論の末に自殺した夫や、妻に先立たれ、アルコールに依存した結果亡くなった高齢男性など、一部男性の死についても触れているものの、いずれも夫婦の生活から行き着いたひとつ生死の話として、女性に大きく関わっている。

「私は、これまでおよそ3,000体の遺体を解剖してきました。多い時では、日に3~4人の遺体を解剖することもあります。ゆえに、仕事を全うする、つまりその人の死因解明に全力を尽くしてきたため、基本的にはそれぞれのバックボーンについて深く追求するようなことはしないのが信条です。そもそも、多くの場合、『この人は男性だから』『こちらは女性だから』と、遺体を解剖する上で性別は関係ありません。それでもふと、『ああ、女性らしい死に方だな』『この殺し方は女性ならではだろう』『この子の母親はどんな思いだろうか』と、“女性らしさ”を意識する瞬間がある。本書では、そうした私の記憶に残る、女性にまつわる死の物語をまとめました」(西尾教授)

 西尾教授のいう“女性らしい死”とは、何か。例えば、同書ではこんなケースが紹介されている。

◎パートナーから受けた暴力が原因で亡くなり、ミイラ化した女性
◎親族の家に身を寄せていながら、孤立して亡くなった高齢女性
◎日本では未認可のダイエット薬を個人で輸入し、痩せすぎて亡くなった女性
◎美容整形を受けた翌日にエコノミークラス症候群となり、突然死した女性
◎甲状腺の病気や乳がんなど、女性特有の病気で亡くなった女性

 これらはいずれも男性ではほとんど起こり得ないと感じる「死に方」だと西尾氏は言う。

 上記の例の中でも、筆者が特に考えさせられたのは、「親族の家に身を寄せていながら、孤立して亡くなった高齢女性」にまつわるエピソードだ。82歳の森川富江さん(仮名)さんは、その日の朝、家族と暮らしていたマンションの自室のベッドの上で、息を引き取っていた。救急隊員に連絡をしたのは、同居していた家族だ。その場では死因がわからなかったため、西尾教授のもとに運ばれ、解剖となった。しかし、西尾教授はある異変に気づく。首のあたりに、紐か何かで絞められた痕が残っていたのだ。以下、本書より抜粋する。

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 遺体を間近で見てみると、頸部、首のあたりに赤褐色になっている箇所があった。私の頭の中に小さな疑問が生まれた。

「なぜ、ここが変色しているのだろう」  

何者かによって、森川さんは首を絞められた可能性が出てきた。日本における殺害方法でもっとも多いのは、頸部の圧迫、つまり「絞殺」だ。頸部を数分間圧迫すれば、心臓から脳への血液の流れが止まってしまう。血が回らなくなれば酸素も行き届かなくなるため、窒息死することになる。

 窒息死と診断するためにはその痕跡を見つけることが重要だ。ロープで首を絞められて亡くなった遺体には、ロープの縄目の形がくっきりと残る。森川さんの場合は、圧迫されたことが疑われる部分に、赤褐色の変色が現れていた。

 そして、窒息死すると顔に「うっ血」が現れる。うっ血とは、圧迫された場所で静脈に流れていた血液が滞り、皮膚の表面にその血液の色が浮かび上がってくる状態を指す。頸部には、心臓から脳へ血液を送る動脈と、脳の血液を心臓へと戻す静脈とが並んで走っている。静脈の壁はペラペラで薄く、圧迫されるとすぐに血液の流れが止まってしまう一方、動脈の壁は厚く、少しの圧迫程度では血液の流れが止まるようなことはない。動脈を流れる血液により、窒息死した遺体は圧迫された箇所から頭側にかけて皮膚が赤くなる。そのため、首を絞めて殺されれば、通常、遺体の顔は赤く見える。

 だが、森川さんの頸部には部分的な変色は認められたものの、顔にうっ血はなかった。首を絞めるために使った紐などの痕はもちろんない。首を絞められたかどうか、首に残された赤褐色の変色だけでは決め手に欠けた。

 疑問を抱きながら頭部から足までの観察を終え、今度は森川さんの体を横向きにし、背中を確認した。遺体を起こした瞬間、「死因はやはり窒息死だ」と確信した。森川さんの背中には、何か傷があったわけではない。ただ、足の皮膚にだけ「死斑」が見られたのだ。  これは、死後数時間して現れる紫赤色の変色で、人が亡くなれば必ず現れる現象だ。問題は、その死斑が現れた場所だった。生きている間、人の体には血液が流れている。ところが心臓が止まると、その流れは止まってしまう。すると血液は、地球の重力がかかる方向へと移動していく。例えば、立ったまま亡くなったとしよう。生きている間、心臓のポンプ作用で全身を循環し続けている血液は、その作用が止まった瞬間、重力のかかる足のほうへと落ちていく。

 森川さんの場合、家族の話では「寝ている間に亡くなっていた」はずだった。背中を下にして仰向けで亡くなっていたのだとすれば、胸や腹のあたりを流れていた血液が背中のほうに移動しているはずだ。心臓が止まってから2時間もすれば、背中の表面にその色が現れる。ところがなぜか、森川さんには背中ではなく、足にだけ死斑が見られた。

 これはつまり、森川さんの心臓が止まった時、彼女の体に作用した重力の方向は、頭から足のほうに向いていたことになる。本当は、立っているような状態で死んだはずなのだ。  ここまでくれば、死因は想像がついた。おそらく森川さんは首を吊って亡くなり、その後、寝かされたのだろう。首元の赤い変色も、これで納得がいった。

 その後の警察の調べで、森川さんは浴衣の帯で首を吊って自殺したのだということがわかった。家族は、その悲しい姿を発見した。だが、なぜか一度ベッドに寝かせてから救急車を呼んだらしい。周囲に「おばあちゃんが自殺した」ことを知られたくなかったのかもしれない。

 実は、森川さんが同居していた家族は甥っ子夫婦だった。森川さんにはひとり娘がいた。生涯独身だった60代の娘が森川さんとずっと同居し、介護が必要になってからも食事から入浴まで生活全般の面倒をかいがいしく見ていたという。ところが、彼女が胃の不調を覚えて病院で検査を受けたところ、がんが発覚。かなり進行しており、半年の闘病生活後、亡くなってしまった。ひとりでは生活が難しい森川さんの今後をどうするか。森川さんには妹がいたが、彼女もまた持病があり、介護が必要な状態だった。親族が話し合い、結局、妹の子供の家で同居することになったそうだ。

 亡くなった森川さんのことを、かかりつけの病院の医師がよく覚えていた。お風呂に入っていないのか、体はあまり清潔でなかったらしい。医師には「家ではいつもひとりでご飯を食べている」と漏らしていたそうだ。
**********(引用ここまで)

「女性の平均寿命は男性よりも長く、結婚し、どちらかが亡くなるまで連れ添ったとしても、その後ひとりになる高齢女性は少なくないと聞きます。加えて、最近では、実の子供だとしても、面倒を見てもらうということに引け目を感じる人もいれば、逆にひとりのほうが気楽でいいという人もいる。そんな中、親族に面倒を見てもらうとなると、内心気を使っていたのかもしれません」(西尾氏)

 このケースで西尾教授は、ある興味深いデータを提示している。再び、本書に戻る。

**********

 この一件があってすぐ、私は興味深いレポートを読んだ。東京医科歯科大学が2017年に発表した「同居なのに孤食の男性 死亡リスク1.5倍」という発表資料では、高齢者の孤食(ひとりで食事をすること)は低体重やうつ症状につながる可能性が高い、ということが指摘されていた。この研究では、65歳以上の高齢男女約7万人を3年間にわたり追跡調査し、孤食と死亡についての関係を調べている。「同居で共食(誰かと一緒に食事をすること)している人」の死亡リスクを1とすると、男性については、「ひとり暮らしで孤食している人」の死亡リスクは1.18倍になるという。そして、「同居だが孤食をしている人」は、その死亡リスクが1.47倍にもなるというのだ。

 女性の場合、少し数字が下がるものの「ひとり暮らしで孤食」は1.08倍、「同居で孤食」は1.16倍だったという。つまり、「ひとり暮らしで孤食をしている人」よりも「同居だが孤食をしている人」のほうが、死亡リスクが高いことになる。

 興味深いことに、「ひとり暮らしで共食をしている人」は男性で0.84倍、女性で0.98倍と、「同居で共食している人」よりもリスクが少なかったという。ひとりで暮らし、家族や友人などと食事をするという他者との距離感が、無駄なストレスを避ける上でちょうどよいのかもしれない。

**********(引用ここまで)

 「もともと男性に比べて女性のほうが、社交性がある。私から言わせれば、女性のほうが異状死しないような生き方をしているように思えます。それはつまり、家族に限らず、何かあった時に助けてくれる友人や、様子を見にきてくれる友人との関係を女性たちのほうが日頃から築けているのではないかと思うのです。ただし、だからこそ一層、“孤立”した時の悲しみや寂しさも大きくなるのかもしれません。気を使うくらいなら、ひとりで生活したほうがいい。そう思ってひとり暮らしをし、その末に“孤独死”したと言われても、それが不幸な死だったかどうかは、本人にしか決められないことでしょう」(西尾氏)

 西尾氏は本書の中で、こう締めくくっている。

「死は誰しもに訪れる。しかし“悲しい”死に方を知っておけば、対策を講じ、避けられる不幸もある。本書がその一助になれば幸いだ。そのために、まずは是非とも、今を幸せに生きることに集中してもらえたらと思っている」

『私のおっぱい戦争』リリ・ソン氏に聞いた、フランス人も悩む「完璧な母親像」「女性らしさ」とフェミニズム

 29歳で乳がんと診断されたことをきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設し、のちに、そのブログがミシェル・ラフォン社からコミックとして出版されたフランスのコミック作家、リリ・ソンさん。2019年には、日本語版の『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』(花伝社)が刊行され、同作で「女性の体」や「女らしさとは何か」といった問題について表現している。今回、そんなリリさんに、いまフランスで女性たちを取り巻く状況や、自身のフェミニズムに対しての考えをうかがった。

乳房を取ったら、女らしさもなくなる?

──リリさんは『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』を通して、女性の体や女性性、フェミニズムについて表現されています。まず、リリさんがフェミニズムに出会ったきっかけについて教えていただけますか?

リリ・ソンさん(以下、リリ) フェミニズムを意識するようになったのは、乳がんがきっかけでした。乳房を切除するときに、「乳房を取ったら、女らしさも一緒に切り取られてしまうのかな」「私を女性にしているものって、一体何なんだろう」と考えたんです。

 私は、教育を受けた西洋の白人女性で、どちらかというと豊かな社会階層の出身。がんになるまでは、そのような女性にありがちな“穏健な”フェミニズム意識を持っていました。つまり、自分の特権に浸りきっていたわけです。ですが、病人という立場に立たされたことで、それまでの自分自身の「枠」から外に出て、全てを問い直さざるを得なくなりました。そのとき初めて、社会が女性やその体に対し、規範を押しつけ、母親や妻の役割を求めていること、さらには、男女不平等が生む暴力といった社会の現実に気がついたのです。

女友達の多くが性的暴行の被害に

──フランスのフェミニズムはどのような状況ですか。

リリ カナダに住んでいた14年に乳がんになったので、フェミニズムに関する私の考えは、男女平等がある程度実現されているカナダという国で生まれたと言えると思います。

 私がフランスに帰国したのは15年。その後に起こった#MeToo運動は、性的暴行を公の場で告発するもので、世の中が動き出す大きなきっかけとなったと思います。実際にフランス人の女友達と話したところ、その子たちの4分の3ぐらいは、性的暴行を受けたことがあったと告白してくれました。#MeToo運動は本当に人々の意識を目覚めさせたと思いますが、それは私がフェミニスト活動家で、周りにも似たような考えを持つ女性が多いので、そう感じるのでしょう。なので、みんながみんな、このように考えているとは思っていません。

 それでも、インスタグラムにはたくさんのフェミニスト・アカウントがありますし、女性同士が助け合う「シスター・フッド」の精神も、最近ますます感じるようになっています。例えば昨日の夜、カップルの女性が男性に「さっきすれちがった3人組の男と話していた女の子が無事かどうか、道を戻って見てきて」と頼んでいる場面を目撃しました。

──最近、お子さんが生まれたと聞きました。日本では、母親の家事・育児が一種の愛情表現だとする風潮があり、頑張りすぎてしまう女性が多いです。フランスでそのような考え方はあるのでしょうか?

リリ フランスでも「母親は完璧であるべきだ」という考え方は、まだまだ根強いですね。多くの母親が、自分は完璧ではないと思い、罪悪感に苦しんでいて、私もそうした母親の一人です。私は「完璧な母親像」に抵抗しようとしていますが、そんな私でも悩んでしまうものなのです。

 我が家では、子どもの教育を夫と“平等”に分担しようとしていますが、それでも私自身「母親は完璧でなくてはいけない」という、よくある考えにとらわれ、悩んでしまうことがありますね。日々、完璧な女性像や母親像と、フェミニストであることの間で自分自身が引き裂かれています。でも、一方でそれによって闘う気持ちが強くなっていることも確かです。

──家事の分担や子育てについてお聞きします。リリさんの周りの状況はいかがですか? また、リリさんのご家庭では、どのような工夫をされていますか? 

リリ 10年のフランス国立統計経済研究所の研究によれば、フランスの女性は1週間に25時間を家事と育児に費やしています。一方、男性はたった16時間。1年間に換算すると、女性はフルタイムで3カ月働いたのと同じ時間を家事に費やしていることになるんです。ですが、この傾向はだんだんと変わってきていて、少し前に女性の間で「家事の精神的負担」が大きな話題となりました。女性は仕事をしているときも、余暇を楽しんでいる間も、どんなことをしていても、常に家事の段取りを考えていなくてはなりません。このことを「家事の精神的負担」(※1)と言います。

 そもそも、母親と父親に対するジェンダーのステレオタイプに問題がありますよね。例えば、母親は本能的に子どもの世話をすることを知っていて、父親よりもうまくできる、だとか。こうしたステレオタイプもとても根強いものです。でもいま、フェミニストたちはこれを変えていきたいと思っていますし、多くのパパたちも同じように考えているのではないでしょうか。

※1 家事の精神的負担 具体的にはオフィスで仕事をしながら、夕飯の買い物の段取り、子どものお迎えについて同時に考えなくてはならないという状態が、精神的負担やストレスにつながるといったことを意味する。

──最近、フランスでは、歴史家で男性作家のイヴァン・ジャブロンカが男らしさの歴史を論じた『正しい男たち』(未邦訳)という本が出版されたそうですね。女性の権利を踏みにじらない、新しい男らしさについて考えようという本で、男性たちに向かって特権を放棄し、公正な男になろうと呼びかける内容だと聞きました。2万5,000部も売れたとフランスのメディアで話題になっていましたが、フランスでは、男性の間にもフェミニズムへの関心が広がっているのでしょうか。

リリ 実際にこの本を買っているのが誰なのかは、わからないですよね。女性読者が買っているのかもしれません。でもそれは結局どちらでもいいことだと思います。

 女性読者の一人ひとり、フェミニスト一人ひとりが、近くにいる父親や兄弟、パートナーの男性に影響を与えることができます。一番大事なのは、このように近くにいる人の意識を変えていくことだと思います。私の場合、父とパートナーの考え方が、ものすごく変わりました。

──『私のおっぱい戦争』では、リリさんのパートナー・マルタンさんの包容力のある行動が印象的でした。優しい言葉をかけたり、術後のケアをしてくれたりしていますよね。日本人の女性読者の中では「こんなに優しく、理解がある男性がいるなんて!」という驚きの声が上がっています。一般化するのは難しいかもしれませんが、フランスには、マルタンさんのような優しい男性が多いのでしょうか?

リリ 笑ってしまうのですが、男性を含め読者のみんな、マルタンの魅力のとりこになるんです。読者は、マルタンの私への関わり方を見て、彼に魅力を感じるようですが、当時の状況を考えてみると、彼の態度はむしろ普通だと思います。

 もしかすると、それは「愛」というものの定義の問題なのかもしれません。誰かを愛していて、その人を失うかもしれないとなったとき、いつも以上に親切で優しくなるのは普通のことではないでしょうか。がんのような経験は、感情を明らかにする“触媒”のようなものだということを忘れてはいけません。つまり、愛情や友情を破壊することもあれば、逆により強固にするケースもあるということです。

 「フランス人男性は優しい」という話ですが、ほかの国と比べて特に優しいとは思いません。でも、「男性はフェミニストであればあるほど優しい」ということだけは確かだと思いますね。また、フェミニズムは男性から男らしさを奪うものといった意見もありますが、そうではなく、むしろより知的で誠実な男らしさをもたらすものだと私は信じています。

――後編は2月6日午後9時公開

リリ・ソン(Lili SOHN) 
1984年8月29日ストラスブール生まれのフランスのコミック作家。本名オーレリー・ソン。ストラスブール第二大学で応用美術とヴィジュアル・アートを学ぶ。乳がん発覚をきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設。のちに、ミシェル・ラフォン社からコミックとして出版された。2015年、治療終了にともないフランスに帰国。現在はマルセイユに住み、コミックとイラストの制作を行っている。

プレゼント企画
『私のおっぱい戦争──29歳フランス女子の乳がん日記』は花伝社より発売中。
サイゾー・ウーマンの読者2名様に本書を抽選でプレゼントします。
応募締切:2020年3月5日(木)正午まで
※当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます。あらかじめご了承ください

【応募フォームはこちら】

『私のおっぱい戦争』リリ・ソン氏に聞いた、フランス人も悩む「完璧な母親像」「女性らしさ」とフェミニズム

 29歳で乳がんと診断されたことをきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設し、のちに、そのブログがミシェル・ラフォン社からコミックとして出版されたフランスのコミック作家、リリ・ソンさん。2019年には、日本語版の『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』(花伝社)が刊行され、同作で「女性の体」や「女らしさとは何か」といった問題について表現している。今回、そんなリリさんに、いまフランスで女性たちを取り巻く状況や、自身のフェミニズムに対しての考えをうかがった。

乳房を取ったら、女らしさもなくなる?

──リリさんは『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』を通して、女性の体や女性性、フェミニズムについて表現されています。まず、リリさんがフェミニズムに出会ったきっかけについて教えていただけますか?

リリ・ソンさん(以下、リリ) フェミニズムを意識するようになったのは、乳がんがきっかけでした。乳房を切除するときに、「乳房を取ったら、女らしさも一緒に切り取られてしまうのかな」「私を女性にしているものって、一体何なんだろう」と考えたんです。

 私は、教育を受けた西洋の白人女性で、どちらかというと豊かな社会階層の出身。がんになるまでは、そのような女性にありがちな“穏健な”フェミニズム意識を持っていました。つまり、自分の特権に浸りきっていたわけです。ですが、病人という立場に立たされたことで、それまでの自分自身の「枠」から外に出て、全てを問い直さざるを得なくなりました。そのとき初めて、社会が女性やその体に対し、規範を押しつけ、母親や妻の役割を求めていること、さらには、男女不平等が生む暴力といった社会の現実に気がついたのです。

女友達の多くが性的暴行の被害に

──フランスのフェミニズムはどのような状況ですか。

リリ カナダに住んでいた14年に乳がんになったので、フェミニズムに関する私の考えは、男女平等がある程度実現されているカナダという国で生まれたと言えると思います。

 私がフランスに帰国したのは15年。その後に起こった#MeToo運動は、性的暴行を公の場で告発するもので、世の中が動き出す大きなきっかけとなったと思います。実際にフランス人の女友達と話したところ、その子たちの4分の3ぐらいは、性的暴行を受けたことがあったと告白してくれました。#MeToo運動は本当に人々の意識を目覚めさせたと思いますが、それは私がフェミニスト活動家で、周りにも似たような考えを持つ女性が多いので、そう感じるのでしょう。なので、みんながみんな、このように考えているとは思っていません。

 それでも、インスタグラムにはたくさんのフェミニスト・アカウントがありますし、女性同士が助け合う「シスター・フッド」の精神も、最近ますます感じるようになっています。例えば昨日の夜、カップルの女性が男性に「さっきすれちがった3人組の男と話していた女の子が無事かどうか、道を戻って見てきて」と頼んでいる場面を目撃しました。

──最近、お子さんが生まれたと聞きました。日本では、母親の家事・育児が一種の愛情表現だとする風潮があり、頑張りすぎてしまう女性が多いです。フランスでそのような考え方はあるのでしょうか?

リリ フランスでも「母親は完璧であるべきだ」という考え方は、まだまだ根強いですね。多くの母親が、自分は完璧ではないと思い、罪悪感に苦しんでいて、私もそうした母親の一人です。私は「完璧な母親像」に抵抗しようとしていますが、そんな私でも悩んでしまうものなのです。

 我が家では、子どもの教育を夫と“平等”に分担しようとしていますが、それでも私自身「母親は完璧でなくてはいけない」という、よくある考えにとらわれ、悩んでしまうことがありますね。日々、完璧な女性像や母親像と、フェミニストであることの間で自分自身が引き裂かれています。でも、一方でそれによって闘う気持ちが強くなっていることも確かです。

──家事の分担や子育てについてお聞きします。リリさんの周りの状況はいかがですか? また、リリさんのご家庭では、どのような工夫をされていますか? 

リリ 10年のフランス国立統計経済研究所の研究によれば、フランスの女性は1週間に25時間を家事と育児に費やしています。一方、男性はたった16時間。1年間に換算すると、女性はフルタイムで3カ月働いたのと同じ時間を家事に費やしていることになるんです。ですが、この傾向はだんだんと変わってきていて、少し前に女性の間で「家事の精神的負担」が大きな話題となりました。女性は仕事をしているときも、余暇を楽しんでいる間も、どんなことをしていても、常に家事の段取りを考えていなくてはなりません。このことを「家事の精神的負担」(※1)と言います。

 そもそも、母親と父親に対するジェンダーのステレオタイプに問題がありますよね。例えば、母親は本能的に子どもの世話をすることを知っていて、父親よりもうまくできる、だとか。こうしたステレオタイプもとても根強いものです。でもいま、フェミニストたちはこれを変えていきたいと思っていますし、多くのパパたちも同じように考えているのではないでしょうか。

※1 家事の精神的負担 具体的にはオフィスで仕事をしながら、夕飯の買い物の段取り、子どものお迎えについて同時に考えなくてはならないという状態が、精神的負担やストレスにつながるといったことを意味する。

──最近、フランスでは、歴史家で男性作家のイヴァン・ジャブロンカが男らしさの歴史を論じた『正しい男たち』(未邦訳)という本が出版されたそうですね。女性の権利を踏みにじらない、新しい男らしさについて考えようという本で、男性たちに向かって特権を放棄し、公正な男になろうと呼びかける内容だと聞きました。2万5,000部も売れたとフランスのメディアで話題になっていましたが、フランスでは、男性の間にもフェミニズムへの関心が広がっているのでしょうか。

リリ 実際にこの本を買っているのが誰なのかは、わからないですよね。女性読者が買っているのかもしれません。でもそれは結局どちらでもいいことだと思います。

 女性読者の一人ひとり、フェミニスト一人ひとりが、近くにいる父親や兄弟、パートナーの男性に影響を与えることができます。一番大事なのは、このように近くにいる人の意識を変えていくことだと思います。私の場合、父とパートナーの考え方が、ものすごく変わりました。

──『私のおっぱい戦争』では、リリさんのパートナー・マルタンさんの包容力のある行動が印象的でした。優しい言葉をかけたり、術後のケアをしてくれたりしていますよね。日本人の女性読者の中では「こんなに優しく、理解がある男性がいるなんて!」という驚きの声が上がっています。一般化するのは難しいかもしれませんが、フランスには、マルタンさんのような優しい男性が多いのでしょうか?

リリ 笑ってしまうのですが、男性を含め読者のみんな、マルタンの魅力のとりこになるんです。読者は、マルタンの私への関わり方を見て、彼に魅力を感じるようですが、当時の状況を考えてみると、彼の態度はむしろ普通だと思います。

 もしかすると、それは「愛」というものの定義の問題なのかもしれません。誰かを愛していて、その人を失うかもしれないとなったとき、いつも以上に親切で優しくなるのは普通のことではないでしょうか。がんのような経験は、感情を明らかにする“触媒”のようなものだということを忘れてはいけません。つまり、愛情や友情を破壊することもあれば、逆により強固にするケースもあるということです。

 「フランス人男性は優しい」という話ですが、ほかの国と比べて特に優しいとは思いません。でも、「男性はフェミニストであればあるほど優しい」ということだけは確かだと思いますね。また、フェミニズムは男性から男らしさを奪うものといった意見もありますが、そうではなく、むしろより知的で誠実な男らしさをもたらすものだと私は信じています。

――後編は2月6日午後9時公開

リリ・ソン(Lili SOHN) 
1984年8月29日ストラスブール生まれのフランスのコミック作家。本名オーレリー・ソン。ストラスブール第二大学で応用美術とヴィジュアル・アートを学ぶ。乳がん発覚をきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設。のちに、ミシェル・ラフォン社からコミックとして出版された。2015年、治療終了にともないフランスに帰国。現在はマルセイユに住み、コミックとイラストの制作を行っている。

プレゼント企画
『私のおっぱい戦争──29歳フランス女子の乳がん日記』は花伝社より発売中。
サイゾー・ウーマンの読者2名様に本書を抽選でプレゼントします。
応募締切:2020年3月5日(木)正午まで
※当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます。あらかじめご了承ください

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