キャベツ枕、手作り目薬――「自然派ママ」炎上、「正義が悪を罰する構図」を小児科医が危惧するワケ

 ここ最近、SNS上で「自然派育児」をめぐる炎上が後を絶たない。子どもが発熱した際、キャベツの葉で頭を包むと毒素が排出されて熱が下がるという「キャベツ枕」、防腐剤の悪影響を避けるために煮沸消毒した容器、水、塩を用いて作るという「手作り目薬」など、いわゆる「自然派ママ」が発信する情報に関し、ネット上で「医学的根拠がない」「危険性が高い」と指摘されるケースが増えているのだ。

 “トンデモ情報”の拡散を食い止められたという点で、炎上は功を奏したと見ることもできるが、そもそもなぜこうした炎上が増えているのだろうか。今回、「パパ小児科医(ぱぱしょー)」の名前で、育児情報サイト「ぱぱしょー.com」を運営し、Twitterやインスタグラムでも情報発信を行っている三重県伊賀市小田町「ゆめこどもクリニック伊賀」院長で小児科医の加納友環先生に話をお聞きした。

「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」の衝撃

 「2児の父親である小児科医」として、日々ネット上で育児情報を発信している加納先生。医師としては、やはりネット上で間違った医療情報を目にすると、「歯がゆい気持ちになる」そうだ。

「例えば、ガン患者さんが化学療法を拒否して、『この水を飲めばガンが治る!』といった触れ込みの民間療法などにハマッていく様子を見ると、どうにか標準治療に目を向けてくれないかと思うものです」

 小児科分野においては、過去に、助産師が新生児に独自の治療を施したことにより、死亡事故につながってしまったケースもあるという。

「最も有名なのは、2009年の『山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故』。標準的な予防を行っていれば防げた事故だっただけに、衝撃を受けました」

 新生児は、血液の凝固因子を生成するために必要な「ビタミンK」が欠乏傾向にあり、出血性疾患(脳出血や消化管出血)を防ぐ目的として、ビタミンKを摂取させなければいけない。しかし、この事件では、助産師が「ホメオパシー(自然治癒力に働きかける治療法)」に基づき、ビタミンKの代わりに「レメディ」と呼ばれる薬(砂糖玉)を与え、それが新生児の硬膜下血腫につながり、死亡に至ったとされており、当時大きな波紋を呼んだのだ。

「実際に、日々の診察の中でも、偏った自然派育児を実践するお母さんに出会い、歯がゆさを覚えることがあります。例えば、ワクチンを接種しないことで感染を広げてしまうケース、抗生剤投与を拒否して重症の肺炎となり入院となるケース、ほかにもアトピー性皮膚炎で、標準治療をすれば改善が見込めるはずなのに断られてしまうケースなどです。そもそも治療を拒否される方は医療現場から足が遠のくものなので、『数』としては少ないほうですが、実際にはもっといると思います」

 では、昨今SNS上で自然派育児をめぐる炎上が増えていることを、加納先生はどのように見ているのだろうか。

「私が情報収集目的でSNSを始めた2016年にも、『これはいかがなものか』と感じる自然派育児の間違った情報が散見されたのですが、特に炎上もせず、放置されていました。当時はSNSをやっている医療従事者はあまりおらず、ここ1~2年で、だんだんと『正しい医療情報を発信していこう』と考える方が増えていった印象。それに伴い、情報が間違っていると指摘されやすくなったのが、炎上増加の原因ではないかと考えます」

 こうした状況が生まれたこと自体は「良いこと」と捉えているという加納先生。しかし、「正義が悪を罰するような構図になってきていることは、いかがなものかと思います」と複雑な気持ちを抱えているという。

「民間療法を勧める人に対して、『お金儲けのための商売としてやっているのではないか』といった指摘が入るケースを見かけるのですが、それはある意味正しい意見ではあるものの、信じている患者さんまでもが激しく叩かれる風潮があります。『病気を治したい』という必死の思いで、でも『化学療法の副作用が怖い』と不安を抱く患者さんに対し、『ヘルスリテラシーがない』などと見下したような言い方をするのはどうなのだろうかと感じるのです。SNSは匿名ユーザーが多く、言い逃げができるため、こうした厳しい物言いになりがちという面はあるのかもしれません」

 頭ごなしに「間違っている」「おかしい」と言われると、心を閉ざしてしまう人もいるだろう。結果的に「正しい情報」が伝わらない可能性もあるだけに、指摘の仕方についても、今後は考えていく必要があるようだ。

 後編では、なぜ自然派ママが生まれてしまうのか、その背景について、加納先生に考察していただく。
(解説=「ゆめこどもクリニック伊賀」院長 加納友環先生/取材・文=サイゾーウーマン編集部)

加納友環(かのう・ともわ)
三重県伊賀市小田町「ゆめこどもクリニック伊賀」院長。2児の父親である小児科医ということから「パパ小児科医(ぱぱしょー)」の名で、育児情報サイト「ぱぱしょー.com」を運営。Twitterやインスタグラムでも情報発信を行っている。
「ぱぱしょー.com」
インスタグラム(@papa_syo
Twitter(@papa_syo222

(後編につづく)

キャベツ枕、手作り目薬――「自然派ママ」炎上、「正義が悪を罰する構図」を小児科医が危惧するワケ

 ここ最近、SNS上で「自然派育児」をめぐる炎上が後を絶たない。子どもが発熱した際、キャベツの葉で頭を包むと毒素が排出されて熱が下がるという「キャベツ枕」、防腐剤の悪影響を避けるために煮沸消毒した容器、水、塩を用いて作るという「手作り目薬」など、いわゆる「自然派ママ」が発信する情報に関し、ネット上で「医学的根拠がない」「危険性が高い」と指摘されるケースが増えているのだ。

 “トンデモ情報”の拡散を食い止められたという点で、炎上は功を奏したと見ることもできるが、そもそもなぜこうした炎上が増えているのだろうか。今回、「パパ小児科医(ぱぱしょー)」の名前で、育児情報サイト「ぱぱしょー.com」を運営し、Twitterやインスタグラムでも情報発信を行っている三重県伊賀市小田町「ゆめこどもクリニック伊賀」院長で小児科医の加納友環先生に話をお聞きした。

「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」の衝撃

 「2児の父親である小児科医」として、日々ネット上で育児情報を発信している加納先生。医師としては、やはりネット上で間違った医療情報を目にすると、「歯がゆい気持ちになる」そうだ。

「例えば、ガン患者さんが化学療法を拒否して、『この水を飲めばガンが治る!』といった触れ込みの民間療法などにハマッていく様子を見ると、どうにか標準治療に目を向けてくれないかと思うものです」

 小児科分野においては、過去に、助産師が新生児に独自の治療を施したことにより、死亡事故につながってしまったケースもあるという。

「最も有名なのは、2009年の『山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故』。標準的な予防を行っていれば防げた事故だっただけに、衝撃を受けました」

 新生児は、血液の凝固因子を生成するために必要な「ビタミンK」が欠乏傾向にあり、出血性疾患(脳出血や消化管出血)を防ぐ目的として、ビタミンKを摂取させなければいけない。しかし、この事件では、助産師が「ホメオパシー(自然治癒力に働きかける治療法)」に基づき、ビタミンKの代わりに「レメディ」と呼ばれる薬(砂糖玉)を与え、それが新生児の硬膜下血腫につながり、死亡に至ったとされており、当時大きな波紋を呼んだのだ。

「実際に、日々の診察の中でも、偏った自然派育児を実践するお母さんに出会い、歯がゆさを覚えることがあります。例えば、ワクチンを接種しないことで感染を広げてしまうケース、抗生剤投与を拒否して重症の肺炎となり入院となるケース、ほかにもアトピー性皮膚炎で、標準治療をすれば改善が見込めるはずなのに断られてしまうケースなどです。そもそも治療を拒否される方は医療現場から足が遠のくものなので、『数』としては少ないほうですが、実際にはもっといると思います」

 では、昨今SNS上で自然派育児をめぐる炎上が増えていることを、加納先生はどのように見ているのだろうか。

「私が情報収集目的でSNSを始めた2016年にも、『これはいかがなものか』と感じる自然派育児の間違った情報が散見されたのですが、特に炎上もせず、放置されていました。当時はSNSをやっている医療従事者はあまりおらず、ここ1~2年で、だんだんと『正しい医療情報を発信していこう』と考える方が増えていった印象。それに伴い、情報が間違っていると指摘されやすくなったのが、炎上増加の原因ではないかと考えます」

 こうした状況が生まれたこと自体は「良いこと」と捉えているという加納先生。しかし、「正義が悪を罰するような構図になってきていることは、いかがなものかと思います」と複雑な気持ちを抱えているという。

「民間療法を勧める人に対して、『お金儲けのための商売としてやっているのではないか』といった指摘が入るケースを見かけるのですが、それはある意味正しい意見ではあるものの、信じている患者さんまでもが激しく叩かれる風潮があります。『病気を治したい』という必死の思いで、でも『化学療法の副作用が怖い』と不安を抱く患者さんに対し、『ヘルスリテラシーがない』などと見下したような言い方をするのはどうなのだろうかと感じるのです。SNSは匿名ユーザーが多く、言い逃げができるため、こうした厳しい物言いになりがちという面はあるのかもしれません」

 頭ごなしに「間違っている」「おかしい」と言われると、心を閉ざしてしまう人もいるだろう。結果的に「正しい情報」が伝わらない可能性もあるだけに、指摘の仕方についても、今後は考えていく必要があるようだ。

 後編では、なぜ自然派ママが生まれてしまうのか、その背景について、加納先生に考察していただく。
(解説=「ゆめこどもクリニック伊賀」院長 加納友環先生/取材・文=サイゾーウーマン編集部)

加納友環(かのう・ともわ)
三重県伊賀市小田町「ゆめこどもクリニック伊賀」院長。2児の父親である小児科医ということから「パパ小児科医(ぱぱしょー)」の名で、育児情報サイト「ぱぱしょー.com」を運営。Twitterやインスタグラムでも情報発信を行っている。
「ぱぱしょー.com」
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Twitter(@papa_syo222

(後編につづく)

ファストファッションとアパレル業界の闇――消費者が考えるべき労働環境のこれから

 短いサイクルでの大量生産・販売によって、流行の商品を低価格で販売するファストファッション。私たちの生活にすっかり定着し、誰しもクローゼットに1着はあるのではないだろうか。前編では、ファストファッションを製造する工場の実態について、『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書)を共同執筆した朝日新聞社の仲村和代記者にうかがったが、今回は消費者が購入時に意識すべき点について聞いてみた。

前編:ファストファッションの功罪――「安くておしゃれな服」を支える過酷な労働環境と大量廃棄

新品の服が10億点も焼却される現実

――私たちの「安く買いたい」というエゴが、こうした状況を生み出しているように感じました。ファストファッションの流行が、日本のアパレル業界にもたらした影響などはありますか。

仲村和代さん(以下、仲村) ファストファッションのおかげで、昔と比べるとはるかに安い値段で、おしゃれを楽しむことができるようになりました。質は多少落ちるかも知れませんが、それでも短い期間で買い替えるものであれば、消費者も特に問題には感じません。むしろ、流行の服を安く買って、どんどん買い替えるような風潮を、消費者自身も歓迎したところがあると思います。体形や好み、流行は変わりますからね。

 服を「1~2年で買い替える」のが当たり前になり、安い価格に慣れた消費者にとって、ファストファッションの2~3倍の価格で販売される百貨店やセレクトショップに置かれているようなブランドは高額に感じるでしょう。一方、こうしたブランドのメーカーも、コストを抑えるためにたくさん発注し、大量の洋服を作る傾向が出てきました。30年前と比べると、消費・購入量はさほど変わっていませんが、生産量は倍くらいに増えています。その結果、服の大量廃棄の問題が発生。コスト削減のため、必要とされる以上の大量の服が作られるようになり余ってしまうからです。

――大量に余った洋服はどのように扱われるのでしょうか。

仲村 一部は在庫処分業者がタグなどを外し、海外に輸出したり、国内で販売したりすることもありますが、かなりの割合が捨てられています。日本国内では、燃えるゴミと同じように、自治体の焼却場などで燃やされているものが多いそうです。また、リサイクルといいつつ、固形燃料として結局燃やされているものも。国が統計を取っていないので、正確な数字は不明ですが、ざっくりいうと年に約40億点の衣料品が作られ、消費量は約20億点なので、その分を引いた20億点が余る計算になります。一度も売れず、場合によっては店頭にすら並んでいない新品の洋服が、年に10億点以上、捨てられているとみられ、つまり新品の服の4枚に1枚は、そのまま捨てられているんです。

――大量に服が廃棄される一方、最近はいろいろな女性誌で、「サステナブル」(持続可能な社会を目指す取り組み)や「SDGs(エスディージーズ)」(注)という言葉を目にします。

注 SDGs:「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で、全ての国連加盟国のリーダーによって決められた、国際社会の共通目標。アパレル業界でも、「SDGs」を目標に掲げ、「衣服のリサイクル」「環境に配慮した工場」「生産量の適正化」という取り組みを行っている企業が出てきている。

仲村 この1年くらいで、ものすごく目にするようになりましたね。「この服はどう作られているのか」「環境汚染はしていないか」を考えようという流れは、すごくいいことだと思います。いろんなファストファッションブランドが出てきて、「安かろう悪かろう」は通用しなくなり、分岐点を迎えているのでは。最近は、「エコ」や「サステナブル」を意識したファストファッションのブランドもあるので、消費者が、「安い」という理由だけで服を買う時代は終わり、“選ぶ”“吟味”する時代になりつつあるのだと思います。

 ただ、SDGsを掲げている企業もいろいろ。理念についてあまり理解せずに、とりあえずアピール材料に使っている企業も少なくありません。消費者は企業の何を信用すればいいのか、ますます悩むと思いますが、「企業が発信することは真実なのか」と常に疑うクセをつけた方がいいと思います。

――生産者の労働環境やエコを意識したブランドなどを、教えていただけますか。

仲村 全ての現場を確かめたわけではないので、具体的なブランド名を私の口からお伝えすることは避けたいと思います。目安にするとしたら、例えば、「どこで作られているのか」「回収した古着をどのように使っているのか」といった情報を企業が開示しているかどうか。より具体的であれば、信頼度も高いと考えていいと思います。最近は、実際に作っている生産現場の人との交流の場などを設けているブランドもあるんですよ。「この人が勧めたから」「こう書いてあったから」という理由でどこかのブランドを買うことより、消費者一人ひとりが、自ら一つひとつ知ろうとする動きこそが、大切なのではないかと思っています。そうやって調べながら、「自分なりに納得のいくブランド」を探す、そして企業に対しても声を届けていく、ということを目指してみてはどうでしょうか。

――もし、企業側が出すデータがウソだったとしても、消費者はわからないですよね。

仲村 確かに、判断は難しいですね。私自身も、すごく悩みます。最近は、正しい情報を開示しているかどうかを判断するシステムを作ろうという動きもあります。また、消費者から「情報を知りたい」「そういった仕組みが必要」という声が大きくなれば、国や機関が動く可能性もあるはずです。企業に直接問い合わせるのも有効な手段ですが、ハードルが高いという人は、まずネットで検索するだけでもいいのでは。その検索ワードの数が集合知となって、企業側に「この世代は、服を買う時に環境問題も気にしているんだな」と伝わるかもしれません。「常に、100%正解」を目指すのは正直、難しいと思う。でも、そういう積み重ねが大事なんじゃないかと思います。

――不況と言われる昨今、収入が増えないなどの悩みを持つ消費者は多いため、今後もファストファッションに一定の需要は見込まれると思います。自分たちができることはなんでしょうか。

仲村 私自身は、ファストファッションブランドがいけないとか、購入してはいけないとか、そういうことは全然思っていません。中には、持続可能性に目を向け、とても力を入れているところもありますし、大事に着て、うまくおしゃれを楽しんでいる人はとても素敵だな、と思います。ただ、とりあえず安いから買って、着なくなったら捨てればいい、という風潮は、そろそろ変わってほしいですね。「エシカル」を打ち出しているようなブランドは高くて買えない、という声も聞きますが、無理をして買う必要はないと思います。消費者の側も、「無理なく続けられる」、つまり持続可能であることが大切だと思います。

 考え方として、目の前の値段ではなく、最終的に何回くらい着られるのか、いわゆる「コスパ」を考えると、買い方は変わるのではないでしょうか。例えば、千円のものを5回着て捨てるよりは、1万円のものを100回着る方が、「安上がり」です。長く着る、という観点で、それに見合った品質かどうかを基準にすれば、意外と「高くない」と感じるかもしれません。そもそも、先ほど大量に服が処分されていると話しましたが、焼却するにも費用が掛かりますし、そのコストが販売価格に上乗せされていると考えると、安いように見えて、結構、消費者は損していると思うんです。アパレル業界は、「新商品を販売するサイクルが短すぎる」とよく言われていますが、みなさんが1着を大切に扱うようになれば、いずれ業界を変えることができるかもしれません。

――1着を大切にすることが当たり前になると、アパレル企業は成り立たなくなる気もしますが……。

仲村 確かにそういう声は多く聞こえてきますね。ただ、アパレル企業に限らず、長年日本企業が続けてきた薄利多売のビジネスモデルは、もう限界に来ているのではないでしょうか。まだ物がなく、人口も増えていく時代であれば、生産量を増やすことがそのまま利益にもつながった。ところが、長い不況が続いてデフレ傾向になり、生産コストや人件費を削り、長時間店を開けることで何とか利益を確保しようとして、企業も、働く人たちも疲弊しています。

 目指す方向のヒントになりそうな話を先日、とあるアパレル関係の方からうかがいました。そこは「長く使える」ことを売りにしているメーカーなのですが、新しくお店を始める時に、「セールはしない」「廃棄を出さない」ことを目標にしたそうです。このため、カラーや柄など種類は絞る一方で、セールをしなくても買ってもらえるような商品づくりに力を入れました。品薄になっても補充はせず、なんとお店を休みにしてしまったそう。おかげで、従業員はしっかり休め、年間を通して考えると、利益も確保できたそうです。売り上げよりも利益(売り上げからコストを引いたもの)に着目すると、商売のあり方も少し変わるのでは。

 大量生産、大量廃棄は、環境への負荷も大きい。目先の業績だけでなく、長い目で見て社会全体の利益を考える姿勢が、企業にも求められる時代になっていると思います。物や人を使い捨てることなく、従業員や環境・社会全体の“幸せ”を追求することが当たり前になるといいですね。

仲村和代(なかむら・かずよ) 
朝日新聞社会部記者。1979年、広島県生まれ。沖縄ルーツの転勤族で、これまで暮らした都市は10以上。2002年、朝日新聞社入社。長崎総局、西部報道センターなどを経て10年から東京本社社会部。著書に『ルポ コールセンター 過剰サービス労働の現場から』、取材班の出版物に『孤族の国』(ともに朝日新聞出版)、共著に『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書)がある。
Twitter: @coccodesho

ファストファッションとアパレル業界の闇――消費者が考えるべき労働環境のこれから

 短いサイクルでの大量生産・販売によって、流行の商品を低価格で販売するファストファッション。私たちの生活にすっかり定着し、誰しもクローゼットに1着はあるのではないだろうか。前編では、ファストファッションを製造する工場の実態について、『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書)を共同執筆した朝日新聞社の仲村和代記者にうかがったが、今回は消費者が購入時に意識すべき点について聞いてみた。

前編:ファストファッションの功罪――「安くておしゃれな服」を支える過酷な労働環境と大量廃棄

新品の服が10億点も焼却される現実

――私たちの「安く買いたい」というエゴが、こうした状況を生み出しているように感じました。ファストファッションの流行が、日本のアパレル業界にもたらした影響などはありますか。

仲村和代さん(以下、仲村) ファストファッションのおかげで、昔と比べるとはるかに安い値段で、おしゃれを楽しむことができるようになりました。質は多少落ちるかも知れませんが、それでも短い期間で買い替えるものであれば、消費者も特に問題には感じません。むしろ、流行の服を安く買って、どんどん買い替えるような風潮を、消費者自身も歓迎したところがあると思います。体形や好み、流行は変わりますからね。

 服を「1~2年で買い替える」のが当たり前になり、安い価格に慣れた消費者にとって、ファストファッションの2~3倍の価格で販売される百貨店やセレクトショップに置かれているようなブランドは高額に感じるでしょう。一方、こうしたブランドのメーカーも、コストを抑えるためにたくさん発注し、大量の洋服を作る傾向が出てきました。30年前と比べると、消費・購入量はさほど変わっていませんが、生産量は倍くらいに増えています。その結果、服の大量廃棄の問題が発生。コスト削減のため、必要とされる以上の大量の服が作られるようになり余ってしまうからです。

――大量に余った洋服はどのように扱われるのでしょうか。

仲村 一部は在庫処分業者がタグなどを外し、海外に輸出したり、国内で販売したりすることもありますが、かなりの割合が捨てられています。日本国内では、燃えるゴミと同じように、自治体の焼却場などで燃やされているものが多いそうです。また、リサイクルといいつつ、固形燃料として結局燃やされているものも。国が統計を取っていないので、正確な数字は不明ですが、ざっくりいうと年に約40億点の衣料品が作られ、消費量は約20億点なので、その分を引いた20億点が余る計算になります。一度も売れず、場合によっては店頭にすら並んでいない新品の洋服が、年に10億点以上、捨てられているとみられ、つまり新品の服の4枚に1枚は、そのまま捨てられているんです。

――大量に服が廃棄される一方、最近はいろいろな女性誌で、「サステナブル」(持続可能な社会を目指す取り組み)や「SDGs(エスディージーズ)」(注)という言葉を目にします。

注 SDGs:「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で、全ての国連加盟国のリーダーによって決められた、国際社会の共通目標。アパレル業界でも、「SDGs」を目標に掲げ、「衣服のリサイクル」「環境に配慮した工場」「生産量の適正化」という取り組みを行っている企業が出てきている。

仲村 この1年くらいで、ものすごく目にするようになりましたね。「この服はどう作られているのか」「環境汚染はしていないか」を考えようという流れは、すごくいいことだと思います。いろんなファストファッションブランドが出てきて、「安かろう悪かろう」は通用しなくなり、分岐点を迎えているのでは。最近は、「エコ」や「サステナブル」を意識したファストファッションのブランドもあるので、消費者が、「安い」という理由だけで服を買う時代は終わり、“選ぶ”“吟味”する時代になりつつあるのだと思います。

 ただ、SDGsを掲げている企業もいろいろ。理念についてあまり理解せずに、とりあえずアピール材料に使っている企業も少なくありません。消費者は企業の何を信用すればいいのか、ますます悩むと思いますが、「企業が発信することは真実なのか」と常に疑うクセをつけた方がいいと思います。

――生産者の労働環境やエコを意識したブランドなどを、教えていただけますか。

仲村 全ての現場を確かめたわけではないので、具体的なブランド名を私の口からお伝えすることは避けたいと思います。目安にするとしたら、例えば、「どこで作られているのか」「回収した古着をどのように使っているのか」といった情報を企業が開示しているかどうか。より具体的であれば、信頼度も高いと考えていいと思います。最近は、実際に作っている生産現場の人との交流の場などを設けているブランドもあるんですよ。「この人が勧めたから」「こう書いてあったから」という理由でどこかのブランドを買うことより、消費者一人ひとりが、自ら一つひとつ知ろうとする動きこそが、大切なのではないかと思っています。そうやって調べながら、「自分なりに納得のいくブランド」を探す、そして企業に対しても声を届けていく、ということを目指してみてはどうでしょうか。

――もし、企業側が出すデータがウソだったとしても、消費者はわからないですよね。

仲村 確かに、判断は難しいですね。私自身も、すごく悩みます。最近は、正しい情報を開示しているかどうかを判断するシステムを作ろうという動きもあります。また、消費者から「情報を知りたい」「そういった仕組みが必要」という声が大きくなれば、国や機関が動く可能性もあるはずです。企業に直接問い合わせるのも有効な手段ですが、ハードルが高いという人は、まずネットで検索するだけでもいいのでは。その検索ワードの数が集合知となって、企業側に「この世代は、服を買う時に環境問題も気にしているんだな」と伝わるかもしれません。「常に、100%正解」を目指すのは正直、難しいと思う。でも、そういう積み重ねが大事なんじゃないかと思います。

――不況と言われる昨今、収入が増えないなどの悩みを持つ消費者は多いため、今後もファストファッションに一定の需要は見込まれると思います。自分たちができることはなんでしょうか。

仲村 私自身は、ファストファッションブランドがいけないとか、購入してはいけないとか、そういうことは全然思っていません。中には、持続可能性に目を向け、とても力を入れているところもありますし、大事に着て、うまくおしゃれを楽しんでいる人はとても素敵だな、と思います。ただ、とりあえず安いから買って、着なくなったら捨てればいい、という風潮は、そろそろ変わってほしいですね。「エシカル」を打ち出しているようなブランドは高くて買えない、という声も聞きますが、無理をして買う必要はないと思います。消費者の側も、「無理なく続けられる」、つまり持続可能であることが大切だと思います。

 考え方として、目の前の値段ではなく、最終的に何回くらい着られるのか、いわゆる「コスパ」を考えると、買い方は変わるのではないでしょうか。例えば、千円のものを5回着て捨てるよりは、1万円のものを100回着る方が、「安上がり」です。長く着る、という観点で、それに見合った品質かどうかを基準にすれば、意外と「高くない」と感じるかもしれません。そもそも、先ほど大量に服が処分されていると話しましたが、焼却するにも費用が掛かりますし、そのコストが販売価格に上乗せされていると考えると、安いように見えて、結構、消費者は損していると思うんです。アパレル業界は、「新商品を販売するサイクルが短すぎる」とよく言われていますが、みなさんが1着を大切に扱うようになれば、いずれ業界を変えることができるかもしれません。

――1着を大切にすることが当たり前になると、アパレル企業は成り立たなくなる気もしますが……。

仲村 確かにそういう声は多く聞こえてきますね。ただ、アパレル企業に限らず、長年日本企業が続けてきた薄利多売のビジネスモデルは、もう限界に来ているのではないでしょうか。まだ物がなく、人口も増えていく時代であれば、生産量を増やすことがそのまま利益にもつながった。ところが、長い不況が続いてデフレ傾向になり、生産コストや人件費を削り、長時間店を開けることで何とか利益を確保しようとして、企業も、働く人たちも疲弊しています。

 目指す方向のヒントになりそうな話を先日、とあるアパレル関係の方からうかがいました。そこは「長く使える」ことを売りにしているメーカーなのですが、新しくお店を始める時に、「セールはしない」「廃棄を出さない」ことを目標にしたそうです。このため、カラーや柄など種類は絞る一方で、セールをしなくても買ってもらえるような商品づくりに力を入れました。品薄になっても補充はせず、なんとお店を休みにしてしまったそう。おかげで、従業員はしっかり休め、年間を通して考えると、利益も確保できたそうです。売り上げよりも利益(売り上げからコストを引いたもの)に着目すると、商売のあり方も少し変わるのでは。

 大量生産、大量廃棄は、環境への負荷も大きい。目先の業績だけでなく、長い目で見て社会全体の利益を考える姿勢が、企業にも求められる時代になっていると思います。物や人を使い捨てることなく、従業員や環境・社会全体の“幸せ”を追求することが当たり前になるといいですね。

仲村和代(なかむら・かずよ) 
朝日新聞社会部記者。1979年、広島県生まれ。沖縄ルーツの転勤族で、これまで暮らした都市は10以上。2002年、朝日新聞社入社。長崎総局、西部報道センターなどを経て10年から東京本社社会部。著書に『ルポ コールセンター 過剰サービス労働の現場から』、取材班の出版物に『孤族の国』(ともに朝日新聞出版)、共著に『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書)がある。
Twitter: @coccodesho

「虐待」はホラーより怖い現実――『たたりちゃん』犬木加奈子が描く“異常なリアル”【『サバイバー』インタビュー後編】

 80年代~90年代、『不思議のたたりちゃん』や『不気田くん』を筆頭に、名作ホラー漫画を多数生み出した犬木加奈子さん。そんな犬木さんは現在、児童虐待をテーマにした『サバイバー~破壊される子供たち~』(まんが王国)を連載中だ。かつてはたたりちゃんと同じ小学生、そして現在は最新作の加虐親と同世代となったいちファンが、ホラー全盛期から現在の活動までをファン目線で聞いた。

インタビューの前編はこちら

――『サバイバー』の反響はどうでしょうか?

犬木加奈子さん(以下、犬木) わたしは大学で漫画の講義をしていますが、その教え子から、「お母さんが『この漫画に出てくるような、ご飯を詰め込んで吐いてしまう子どもを見たことがある。様子がおかしかったから、あの子はもしかしたら虐待を受けていたのかもしれない』と言っていた」と聞きました。それ以外では、わたしのところには感想などは届きませんねえ。言葉にするのが憚られるというか、ヘタなことを言えないのかもしれないですね。

担当編集 サイト上のコメント欄(まんがレポ)には読者からコメントを書いていただいていますが、「面白かった」という表現が使いづらいのかもしれませんね。外部でのインタビュー記事には、おのおのの考えを綴った多くのコメントがついていたので、問題提起的に反響はあったのかなと思いました。

犬木 一番最初にインタビューを受けたとき、「この漫画は、『面白い』と言っていいのか、難しいですよね」と言われて、「ん?」と思ったんですよ。わたしは一応漫画家なので、漫画は本来、「面白くなければいけない」というのが大前提にあるんです。だから、漫画として面白いと思ってもらわなければいけないし、学生たちにも「『ははは』と笑うだけが“面白い”じゃないからね」と教えています。でも、現実をテーマにして、実際に事件が立て続いていて、良識のある人は「面白い」と言うには口が重くなっちゃいますよね。

――主なターゲット層は、「親になったかつての読者」でしょうか?

犬木 そうですね。10年以上描いていなかったから、わたしのことを覚えてくださっているのはかつてのファンの方々だと思うんです。そんな彼女たちはちょうど子育て世代に入っているのかなと、そこに向けようと思いました。

――かく言うわたしも「子育て中のかつてのファン」です。実際に、『サバイバー』を読み自分の育児を顧みるいい機会になりました。実は今朝も、4歳の子どもが「おなかが痛い」と言ってご飯を食べなくて、たまに嘘をつくので今回もそれじゃないかと思って怒って食べさせようとしていたんですよね。そうしたら、さっき保育園から「遊んでいるときに吐いた。胃腸炎の疑いがある」というお迎え要請電話がありまして……すごく反省しています。

犬木 具合が悪かったのね。でもそれはしょうがない! 深く考えすぎて、傷つかないほうがいいですよ。「いい経験をしたな」と思って、ね。親って、そうやって子どもに育てられていくんですよね。わたしも子どもがいるからわかりますが、たいがいの子どもは好きで嘘はつかないですよ。本当に体調が悪いときもあるし、何かしらの原因がある。大人のように、「人を欺いてやろう」って感覚でつく嘘ではないと思います。だんだん小ずるくはなってきますけどね。

――もっと信じないといけませんね……。先生のお子さんは、先生の漫画を読まれるんでしょうか?

犬木 子どもは今35歳なのですが、幼稚園くらいのときに『たたりちゃん』を描いていました。でも「お母さんの漫画は怖いからイヤだ!」と言って、読んでくれなかったですね(笑)。普通に「りぼん」(集英社)や『美少女戦士セーラームーン』(講談社)とかばかり読んでいました。

――一方でお母さんは、わたしをはじめ全国の子どもから愛されていたと(笑)。昔からのファンとしては、今も『たたりちゃん』の頃から、先生はテーマが一貫しているなと思いました。どちらも“いじめ”が共通しています。

犬木 人間の最高の喜びや達成感って、「人間が人間を支配するとき」だと思うんです。そのときの心地よさって、すごいんだと思います。いじめは子どもに限らず、全世代に共通してありますよね。子どもに「いじめはよくない」と言いながら、お母さんたちは“ママ友いじめ”をしているでしょう? 

 わたし、町内会の組長さんなんですが、あっ、組長さんっていうのは町内会長の下で、ゴミ集積場に看板をかけたりいろいろやるんですが、もう……びっくりするの! いろんな人がいるんだってことがわかって! わたしが庭掃除をしていると、ご近所のうわさをブワ――ッ! って言いにくる一部奥様がいて。だからわたしがこういう漫画を描いていることが知れ渡ったら、何を言われるか……。

――そういった日常も漫画のネタになりそうです。

犬木 よく「ご近所のことを描いているんでしょう?」なんて聞かれますが、漫画に反映したことはないんですよ。でも、いつか使えるかもしれませんね(笑)。

――ファンとしては、先生のリアルな日常を知ることができてうれしいです! ところで、『サバイバー』の気になるラストはどうなるのでしょうか。現実をベースにしていますし、『たたりちゃん』のように仕返しして……とはならないかと思いますが。

犬木 リアルを追求している漫画ですが、せめて物語の中だけはスカッとするものがほしいですよねえ。

――主人公に救いがあるのでしょうか?

犬木 『サバイバー』のラストは、本当に悩みました。最終的に、救いもあり、読者に対して投げかける要素もあり……という感じで描きましたが、できていましたか?

担当編集 はい! 最終巻の配信日は3月15日です。

――心待ちにしています!

(有山千春)

厄年は「気にしなくても構わない」!? 専門家に聞く、“語呂合わせ”の成り立ちと重要度

 日本史や世界史で年号を覚える際に役立つものといえば、今も昔も“語呂合わせ”だろう。記憶法としてだけでなく、受験や試合の前に「カツ(勝つ)丼」を食べて、“縁起担ぎ”をすることも。お菓子の「キットカット」は「きっと勝つ」という言葉に似ていることから、「受験に欠かせない“お守り”として受験生の心の支えになっています」と、公式サイトに書かれているほどだ。

 こうした良い語呂合わせ以外にも、「4」や「9」は「死」「苦」を連想させるため、ホテルや病院で「404号室」といった部屋番号を避ける場合がある。また、男性は42歳、女性は33歳とされる「本厄(厄年)」も、「死に」「散々」の語呂合わせだとされている。

 どうして日本はここまで、“語呂”に気を使うのだろうか? 文化の由来が“語呂合わせ”で、それ以上の根拠がないのであれば、忠実に守ったり、気にしすぎる必要もないのでは? そこで今回、語呂合わせの研究を続ける近畿大学総合社会学部教授・石井隆之氏に、その成り立ちや海外との違い、重要度について話を聞いた。

語呂合わせの文化は「漢字文化圏」特有のもの

――日本で「語呂合わせ」が行われるようになったのは、いつごろからですか?

石井隆之氏(以下、石井) そもそも語呂合わせには、「言葉遊び」「記憶方法」「主張」、そして「言霊」という四つの機能があります。「言葉遊び」として一般市民の間で盛んになったのは、江戸時代からですね。代表的な例といえば、「おせち料理」と「鏡餅」。おせち料理に黒豆や昆布巻きが入っているのは、「まめ(豆)に働く」「喜ぶ(昆布)」といった、縁起を担ぐ語呂合わせによるものです。また、鏡餅の上にはダイダイが乗っていますが、あれは「ダイダイ(代々)栄えますように」との願いが込められているから。ちょっと“おやじギャグ”みたいなノリで、面白いですよね。これが「言葉遊び」としての語呂合わせです。

 「記憶方法」は年号や電話番号を覚える時、また、何かを訴える「主張」のためにも、語呂合わせが用いられます。1980年代後半から90年代前半にかけて、「14106(愛してる)」などの“ポケベル用語”が大流行しましたよね。数字の「1」がアルファベットの「I」に似ているので「愛」、「10」は「ten」なので「て」と読ませて「愛してる」とメッセージを伝える。これが「主張」の語呂合わせの一例です。

 日本において最も重視されるのは、「言霊」の発想。先ほど挙げた「おせち料理」と「鏡餅」の例は、おめでたい言葉をモノに当てはめて縁起を担ぐ「言霊」の発想がベースにあり、そのうえで「言葉遊び」をしていることになります。また、男性は42(死に)歳、女性は33(散々)歳を厄年とするのも、「言霊」の発想と関係があります。

――おせちや厄年のように、語呂合わせから文化が生まれる例は、海外にもありますか?

石井 まず、「同じ発音の言葉に別の意味が入り込んでいる」という考え方は、漢字文化圏ならではのもの。「4(し)」や「9(く)」の縁起が悪いと言われるのは、「死」や「苦」の漢字に発音が重なるからですよね。よって、漢字を使わない西洋やイスラム圏には、語呂合わせから文化が生まれることはないです。

 一方で、海外にも日本と同じように、「忌み数」といって嫌われる数字はあります。例えば「13」は西洋で嫌われる数字ですが、これはイエス・キリストを裏切った弟子のユダが、「最後の晩餐」で13番目の席に着いたことや、13番目の弟子だったことに由来します。要するに、西洋では「文化やストーリーから悪い数字が生まれる」ということ。「悪い数字から文化が生まれる」漢字文化圏とは、真逆の発想です。

――言語だけでなく、宗教の違いが大きく影響しているのですね。

石井 そういうことです。例えば、キリスト教では「神が言葉を与えた」とされるので、言葉自体に良し悪しがあってはならないですし、勝手に変な意味を与えるのもよくない。なので、言葉を構成する音や文字が特別な意味を持つ「言霊」という発想は、そもそも出てこないのです。

 仏教は特に“因縁”を重視し、「原因があって結果が起こる」という考えがあります。ここに「言霊」の発想を組み込むと、「悪い言葉を口にすると、良くないことが起こる」と考えるようになる。よって「4(死)」や「9(苦)」を避けるようになり、厄年といった文化も生まれるわけです。

――そうなると、仏教徒でもない限り、厄年にあまり深い意味はないように思えます。語呂合わせの文化というのは、どの程度重要視するべきなのでしょうか?

石井 厄年に科学的根拠はありませんが、心理的な効果が非常に高いです。「災いが降りかかる」ことをまったく信じない心の強い人は、厄年を気にしなくても構わないと思います。とはいえ、科学的根拠がないのに、長年続いている文化というものは、厄年に限らず「念のため気にしたほうがいい」というのが、私の考えです。科学的根拠がないということは、「これから根拠が証明されるかもしれない」ということでもありますから。

 先ほども言った通り、厄年は「言霊」をベースにした語呂合わせによるものなので、科学的な根拠うんぬんというより、「人の気持ちにどう作用するか」という問題です。なので、「なんとなく厄年が気になる」ということであれば、お祓いをしたり、お守りを買ったほうが、少なくとも心理的に良い効果があるでしょう。

■石井隆之(いしい・たかゆき)
1956年大阪府生まれ。河合塾英語講師、サイマルアカデミー英語講師、武庫川女子大学・京都橘女子大学・摂南大学非常勤講師を経て、現在、近畿大学総合社会学部教授、京都女子大学・滋賀県立大学非常勤講師、言語文化学会会長、通訳ガイド研究会会長、アクティブ英語クラブ会長、一般社団法人 高等教育国際基準協会代表理事、日本文化体験交流塾理事。主な研究分野は、理論言語学。特に英語と日本語の文法を研究し、言葉の面白さや文化の奥深さなどを発信している。

ファストファッションの功罪――「安くておしゃれな服」を支える過酷な労働環境と大量廃棄

 短いサイクルでの大量生産・販売によって、流行の商品を低価格で販売するファストファッション。私たちの生活にすっかり定着し、誰しもクローゼットに1着はあるのではないだろうか。そんな中、2019年10月末をもってForever 21が日本市場から撤退するなど、ファストファッション離れとも言えるニュースが飛び込んできたが、背景には、ターゲット層だった若い世代の意識が変化し、長く着られるアイテムを選ぶ傾向になったという一面があると言われている。そこで今回、ファストファッションの製造工場の実態を『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書)を共同執筆した朝日新聞社の仲村和代記者にうかがった。

ファストファッションを支えるバングラデシュ女性の苦悩

――なぜファストファッションブランドは、洋服を低価格で販売できるのでしょうか。

仲村和代さん(以下、仲村) 原料を大量に仕入れ、大量生産・販売することで、洋服1枚当たりのコストを抑えているからです。もう一つのカギは人件費。洋服作りの工程は機械化されていない部分が多く、また効率化したいからといってどこかの工程を省くというわけにもいきません。このため、人件費の安い開発途上国の工場で生産することによって、コストカットしています。以前はアパレルの生産拠点といえば中国でしたが、最近はバングラデシュがさらに安い人件費を「武器」に大手企業の誘致を進め、「世界の縫製工場」と呼ばれるようになりました。

 明治時代の日本をイメージしてもらうとわかりやすいと思うんですが、繊維産業は工業が発展する最初の段階で興るもの。アジアの最貧国といわれたバングラデシュで、発展を目指して国を挙げて力を入れたのがアパレル産業でした。そこで強調されたのが、その労働コストの安さ、つまりは賃金が安いこと。それが、安く服を作りたいと考えていた先進国のアパレル企業のニーズと一致したのです。

 バングラデシュの工場では、経験の浅い人でもすぐに働けるように作業が細分化されています。例えば、「ひたすら右の袖のボタン付けだけを行う」という担当の人がいる。このため、1枚の洋服を作るために働く人の数が多くなり、一つの工場へのロットが大きくなります。1人の職人が全ての工程を担うような日本の工場だと、1桁単位の発注も可能ですが、バングラデシュとなると、数千単位での発注が求められる。それでも、日本で何着か作るより、バングラデシュで数千単位で作ってもらう方が、かえって安い、なんてことになるわけです。

 働く側から考えると、さまざまな工程を経験できる機会が得られず、ずっと同じ作業だけ担うため、スキルアップができず、賃金アップにもつながらない、という側面があります。

――13年4月24日、バングラデシュの首都ダッカ近郊の縫製工場が入った商業ビル「ラナプラザ」が崩落し、死者1,100人、負傷者2,500人以上を出す最悪の事故が起こりました。この縫製工場が手掛けていた洋服は、欧米諸国をはじめ、日本人もよく購入するファストファッションブランドのものも含まれていたとか。日本でもこの事故が報道され、話題になりました。

仲村 多くの人が、アパレル業界の裏側を考えるきっかけになったと思います。事故前日、ビルに亀裂が発見され、使用を中止するよう警告が出ていたのにもかかわらず操業し続けたことを考えると、これは“人災”ですよね。工場の責任者を責めるのは簡単ですが、彼らもまたグローバル企業の下請けや孫請け。発注している側のことを見過ごしてはいけません。一度「できない」と断ったり、納期が遅れたりすれば、他社に仕事が流れ、結局、労働者の給料が払えなくなる。安全性に問題があっても操業を続けざるを得ない状況を生み出している企業の側や、それを知らないとはいえ、企業を支持してきた私たち消費者自身のことも、考えなければならないと思います。

――人件費がかなり安いということですが、労働環境はどうでしょう。また、どのような人が働いているんですか。

仲村 80%以上が女性で、時給換算して数十円で長時間働かされ、病気になったらクビになってしまう。農村から子連れで出稼ぎに来ている女性たちもいますが、子どもを預ける場所がないため、3~4歳の子どもを1人で留守番させていることもあります。子どもを地元に残し、1年に一度しか子どもに会えないということもあるそうです。こういった現状を、多くの日本人が知らないのでは。

――そもそも、アパレル業界について深く考えずに、洋服を購入している人が多いのかもしれませんね。なぜ、女性たちは、過酷な労働環境を選ばざるを得ないのでしょうか。

仲村 バングラデシュでは女性の地位が低く、女性が働ける場は家政婦など限られた場所だけでした。縫製工場ができたことで、働く場所ができ、女性の社会進出を進めたというプラスの面があることも事実です。女性たちからすれば、劣悪な環境とはいえ仕事がなくなるよりはマシ、という思いもあるのでしょう。職を失えば、生活が立ち行かなくなり、子どもは学校に行けず、教育も受けられなくなる。「働かざるを得ない」状況なんです。

 ただ、工場内ではセクハラや暴力、給与未払い、劣悪な労働環境など、さまざまな問題が起きていて、彼女たちがそのような問題を訴えることすらできない状況があります。事故後、アパレルメーカーが縫製工場を調査する監視機関を設置するなど、いろいろなムーブメントが起こったものの、現地の方に聞くと、残念ながら現在もあまり状況は変わっていないようです。私たちは彼女たちの存在を忘れてはいけないと思います。こうした実態については、現地で詳しい調査をした茨城大学の長田華子准教授に詳しく教えていただきました。中高生向けにわかりやすく書いた著作もあるので、ぜひ読んでみてください。

――過酷な労働環境といえば、19年6月、NHKのドキュメンタリー番組『ノーナレ』が、愛媛県今治地域の縫製工場で働くベトナム人技能実習生たちの過酷な労働実態を取り上げました。1カ月の残業が180時間を超えるという内容でしたが、バングラデシュでの問題と同様の事案が日本でも起こっているのでしょうか。

仲村 同じような状況は、私たちの身近なところでも起きています。アパレル企業が人件費の安い国に発注するようになり、日本国内の縫製工場はどんどん衰退していった。工賃が非常に安くなり、働いている人たちに十分な給料を支払えません。中には、「技能実習生」という名目で受け入れた外国人を、国が定めた最低賃金を下回る不当な賃金で働かせている工場があり、問題になってきました。残念ながら、セクハラや性的嫌がらせ、給料の未払いなどの問題がある場合も少なくありません。本来、外国人技能実習制度は日本で技術を学び、母国で生かすことを目的としていますが、ひたすら同じ作業をさせられ、技術も身につかない状態で、ただただ安い賃金で長時間労働させているところがある。また、外部との接触を禁止され、日本語もままならないので、自分の置かれた状態が違法であることすら知らなかったり、おかしいと思ってもどこに訴えるのかもわからなかったりします。こうした実情が支援団体などを通じて少しずつ伝えられるようになり、国もようやく、そのような受け入れ団体への監視強化などを盛り込んだ法律を制定するなど、改善に向けて動くようになりました。

後編は3月5日午後9時公開

仲村和代(なかむら・かずよ) 
朝日新聞社会部記者。1979年、広島県生まれ。沖縄ルーツの転勤族で、これまで暮らした都市は10以上。2002年、朝日新聞社入社。長崎総局、西部報道センターなどを経て10年から東京本社社会部。著書に『ルポ コールセンター 過剰サービス労働の現場から』、取材班の出版物に『孤族の国』(ともに朝日新聞出版)、共著に『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書)がある。
Twitter: @coccodesho

「たたりちゃんは私だった」犬木加奈子が回顧する“少女ホラー全盛期”と“いじめの実態”【『サバイバー』インタビュー前編】

 80年代~90年代、全国の子どもたちのハートをわしづかみにしたホラー漫画家・犬木加奈子さん。『不思議のたたりちゃん』や『不気田くん』をはじめとする、一度見たら忘れられない恐怖心煽るタッチで描かれる、哀しく優しいドラマが展開される作品はどれも、大人になった今でも胸を打つ。そんな犬木さんは現在、児童虐待をテーマにした『サバイバー~破壊される子供たち~』(まんが王国)を連載中だ。かつてはたたりちゃんと同じ小学生、そして現在は最新作の加虐親と同世代となったいちファンが、ホラー全盛期から現在の活動までを、ファン目線で聞いた。

過去の自分に向けた「たたりちゃん」

――『不思議のたたりちゃん』には、小学生の頃たいへんお世話になりました! たたりちゃんの、哀しくも優しいあのキャラクターは、どうやって生み出されたんでしょうか?

犬木加奈子さん(以下、犬木) 「ヒット作を出さないと」と焦っていた頃、それまではなかったいじめ自殺に関する報道を頻繁に目にしたことが、着想のきっかけでしたね。

――1986年に起きた、担任までいじめに加担し生徒が自殺した「中野富士見中学いじめ自殺事件」でしょうか。

犬木 同時に、知り合いの漫画家から、「わたしなんか、給食の鍋を頭からかぶせられたことがあったよ」なんて聞いて、そういういじめって、物語のなかの話だと思っていたので「実態はもっと凄惨なのか」とびっくりしたんです。

犬木 わたし自身も学生時代は、自ら積極的に話しかけて友達の輪に入っていけるような、社交的なタイプではありませんでした。だからおのずと、1人でいることが多かったんです。そのときの、“教室にひとりでいる”あの感覚って、いたたまれないんですよねえ。「2人組をつくってください」と言われたときに、ポツンと1人になってしまうのも同じ感覚です。いじめられていたわけではないから、親や先生に言えないですし。

 ちょうど学校の図書館や教室の棚に、漫画が置かれ始めていた頃だったので、「教室で、いじめられている子やわたしのように馴染めない子が、読んでくれるといいな」「現実にはおとなしくて言い返すことさえできない子たちの心が、少しでも晴れるといいな」と思ったことが、『たたりちゃん』を描くきっかけになりました。

 特に休み時間ってつらいじゃないですか。だからその時間だけでも、「たたりちゃん=わたし」が、友達代わりになれればいいなと思ったんです。過去の自分に向けて描き始めたような思いもありましたね。

――友達代わり……だからたたりちゃんって、寄り添うような優しさがあったんですね。いじめられて「たたり~!」と言いスカッと勧善懲悪かと思いきや、いじめる側に対する優しさもあって、単純な“スカッと”ではないところが、大人になった今読んでも面白く読める一因です。

犬木 見え透いている、いかにも作り物のような世界に、昔から不信感を抱いていましたからねえ。「めでたし、めでたし」ではない物語が好きだったんです。だからデビュー当時は、「犬木の漫画は後味が悪い」とはよく言われましたね。

 たたりちゃんは、「たたり~!」をやったあと、反省するんです。それはまさに、当時描きながら悶々としていた自分の姿だと思います。読者の方たちに「仕返しが正義だ」と、物事を短絡的に見てほしくないなと思っていましたから。「仕返しなんて本当はいけないことだよね。わかってる、わかってるんだけどさ……」というたたりちゃんのやるせなさが、読者に響いたのかもしれませんね。

――読者からはどんな反響がありましたか?

犬木 連載で回を重ねるごとに、子どもたちからのファンレターが段ボールで届くようになりました。漫画に対する感想のほかには、「わたしは隣の席のみきちゃんとけんかをしてしまって」など、事細かに自分の悩み事が5、6枚にわたって綴られている手紙も多くて、「子どもたちは話を聞いてくれるお姉さん的存在を求めているのかな」と気づいたんです。それからは、“お姉さん”を貫くために年齢不詳にしました。実際には彼女らの母親と同世代でしたが、それだと子どもたちは、説教を食らっていると感じてしまうかもしれないから、ね。

――連載雑誌は王道の少女漫画誌『少女フレンド』(講談社)ですが、『たたりちゃん』は異彩を放っていました。

犬木 だからわたし、コンプレックスが強いんですよねえ。清く明るい“お少女漫画”のほうが、普通にイメージがいいですからね。『たたりちゃん』のネーム持ち込みも、「講談社で連載は無理だろうな」と思い、最初はほかの出版社に持ち込んだんです。でも軒並み「これはちょっと」と敬遠気味でした。当時のわたしは、『サスペンス&ホラー』(講談社)の連載陣であり89年の創刊時から表紙を描いていて、他社からも毎日のように仕事の依頼がある状況で、なにがなんだかわからないほど忙しくて、「このわたしが描いてあげるのに、どうして断られるの!?」と、思い上がっていたんです(笑)。

 当時のわたし、すごかったんですよ(笑)。担当編集さんから、「講談社の本の中で、5本の指に入る売り上げ」だと言われたこともありました。『サスホラ』の創刊号なんて、実売率が99%だったそうです。

――99%!? 何万部くらい売れていたんでしょうか?

犬木 創刊号が20万部で、そこから積み上げていったようですね。最終的には、当初は「ホラー誌では描きたくない」と言っていた少女フレンドの作家陣たちも、「サスホラで描きたい」と言うようになったそうです。その後、各出版社こぞってホラー誌を作っていましたよね。

犬木 そんな背景もあり、『少女フレンド』で『たたりちゃん』の企画が通ったんですよね。なにより、企画を通してくれた担当編集さんのおかげですね。

――当時、なぜそんなにホラー誌が売れたんでしょうか?

犬木 1955年、ホラー漫画が一斉に消えた時代がありました。悪書追放運動として一斉に漫画がバッシングされ、水木しげる先生でさえ仕事に困っていた時代です。今でいう“コンプライアンス”ですね。そうしたなか、『サスホラ』創刊の80年代後半あたりから、ようやく大手出版社でホラー漫画が解禁になり始めました。それで、子どもたちが一斉に飛びついたんですね。子どもって好奇心の塊だから、怖い話が大好きなんですよ。それでホラー漫画ブームが来たのかなと思います。

――当時、犬木先生の元に、「これはけしからん!」という声は届きましたか?

犬木 なかったですね。そうそう、最近インタビューをしていただく機会があるんですが、必ずインタビュアーの方に「コンプライアンス的な締め付けはありませんでしたか?」って聞かれるんですよ。

――最新作『サバイバー』を連載中ですが、それに関するインタビューですね。児童虐待をテーマにした作品で、子どもへの暴力やネグレクトの末の凍傷での足指欠損など、リアリティのある描写が満載です。こちらはどういったきっかけで描くことになったんですか?

犬木 数年前まで漫画家としての活動を10年以上休養していましたが、その間、図書館で興味を引く本を読みまくっていました。すると児童虐待に関する本に行き着き、読み漁り、平和で淡々とした日常を送るわたしたちには想像を絶する“異常な空間”があるのだと、衝撃を受けたんです。

 そんなときに連載のお話をいただきました。それで担当編集さん(※インタビュー同席)に、「いま児童虐待に関する本を読んでいて、これをテーマにしたい」と相談し、前向きに考えてくださったんです。でも、企画が通るまでに時間がかかりましたよね? しかも、ネームを1、2本描き終えた頃、千葉県の児童虐待死事件が起きたんです。

 これまで、「虐待は経済的に恵まれない家庭で起こりそう」という思い込みがあったかと思いますが、『サバイバー』で虐待をするのは歯医者を営む父親にしました。「知的水準が高く裕福な家でこそ起こっている問題だ」ということを、世の中の人に知ってほしかったという思いがあったから。そんななか、千葉の事件の父親が、まさにそれで。「わたしの漫画ともろかぶっている」と思いながら、過激表現のレギュレーションに引っかかるのではないかとビクビクしながら描いていました。

担当編集 連載相談をしたのが2018年10月で、決定が19年のはじめですね。その直後、1月25日に野田小4女児虐待事件が報道されて。でも『サバイバー』はまったく引っかかりませんでした。

犬木 そうだったんだ!

担当編集 レディコミのように「エンタメとして面白く見せる」という意図ではなく、社会派ヒューマンドラマとして「リアルを見せる」ものだったので。

――“下世話”な切り口ではない、ということですね。

犬木 好奇心そそるグロテスクな面だけを見せると“不謹慎”になるけど、そうではないですからね。

担当編集 先生は、過去の実在事件を細かに調べていて、虐待を受けた子どもの“その後”を受け入れる施設が少ないことを問題視していました。生き残った子がその後どうなるのかって、報道もされませんしね。それが今回の『サバイバー』のひとつのテーマでもあります。非現実的要素を入れず、リアル視点で描いていただいているので、問題はありませんでした。配信前は、会社のほうからはかなり言われましたけどね。

犬木 ごめんなさい!

担当編集 「東証一部に上場している会社が、こういったテーマって、どうなの?」みたいな……。

――どういうことでしょう?

担当編集 電子書籍の販促のカギはバナー広告です。「虐待をテーマにすると、広告出稿先のレギュレーションに引っかかるのではないか?」という懸念があったようなんですよ。実はそれで一度、連載会議でボツになったんです。でも、自分が責任を持つ形で半ば強制的に企画を通したという経緯があります。

犬木 わたしっていつもそうなんです! こんなわたしに作品を描かせてくださって! だからいつも担当さんには頭が上がらないのよねえ。

――先生の漫画は、世に出す意義がありますもん! 

(後編は3月5日公開)

「たたりちゃんは私だった」犬木加奈子が回顧する“少女ホラー全盛期”と“いじめの実態”【『サバイバー』インタビュー前編】

 80年代~90年代、全国の子どもたちのハートをわしづかみにしたホラー漫画家・犬木加奈子さん。『不思議のたたりちゃん』や『不気田くん』をはじめとする、一度見たら忘れられない恐怖心煽るタッチで描かれる、哀しく優しいドラマが展開される作品はどれも、大人になった今でも胸を打つ。そんな犬木さんは現在、児童虐待をテーマにした『サバイバー~破壊される子供たち~』(まんが王国)を連載中だ。かつてはたたりちゃんと同じ小学生、そして現在は最新作の加虐親と同世代となったいちファンが、ホラー全盛期から現在の活動までを、ファン目線で聞いた。

過去の自分に向けた「たたりちゃん」

――『不思議のたたりちゃん』には、小学生の頃たいへんお世話になりました! たたりちゃんの、哀しくも優しいあのキャラクターは、どうやって生み出されたんでしょうか?

犬木加奈子さん(以下、犬木) 「ヒット作を出さないと」と焦っていた頃、それまではなかったいじめ自殺に関する報道を頻繁に目にしたことが、着想のきっかけでしたね。

――1986年に起きた、担任までいじめに加担し生徒が自殺した「中野富士見中学いじめ自殺事件」でしょうか。

犬木 同時に、知り合いの漫画家から、「わたしなんか、給食の鍋を頭からかぶせられたことがあったよ」なんて聞いて、そういういじめって、物語のなかの話だと思っていたので「実態はもっと凄惨なのか」とびっくりしたんです。

犬木 わたし自身も学生時代は、自ら積極的に話しかけて友達の輪に入っていけるような、社交的なタイプではありませんでした。だからおのずと、1人でいることが多かったんです。そのときの、“教室にひとりでいる”あの感覚って、いたたまれないんですよねえ。「2人組をつくってください」と言われたときに、ポツンと1人になってしまうのも同じ感覚です。いじめられていたわけではないから、親や先生に言えないですし。

 ちょうど学校の図書館や教室の棚に、漫画が置かれ始めていた頃だったので、「教室で、いじめられている子やわたしのように馴染めない子が、読んでくれるといいな」「現実にはおとなしくて言い返すことさえできない子たちの心が、少しでも晴れるといいな」と思ったことが、『たたりちゃん』を描くきっかけになりました。

 特に休み時間ってつらいじゃないですか。だからその時間だけでも、「たたりちゃん=わたし」が、友達代わりになれればいいなと思ったんです。過去の自分に向けて描き始めたような思いもありましたね。

――友達代わり……だからたたりちゃんって、寄り添うような優しさがあったんですね。いじめられて「たたり~!」と言いスカッと勧善懲悪かと思いきや、いじめる側に対する優しさもあって、単純な“スカッと”ではないところが、大人になった今読んでも面白く読める一因です。

犬木 見え透いている、いかにも作り物のような世界に、昔から不信感を抱いていましたからねえ。「めでたし、めでたし」ではない物語が好きだったんです。だからデビュー当時は、「犬木の漫画は後味が悪い」とはよく言われましたね。

 たたりちゃんは、「たたり~!」をやったあと、反省するんです。それはまさに、当時描きながら悶々としていた自分の姿だと思います。読者の方たちに「仕返しが正義だ」と、物事を短絡的に見てほしくないなと思っていましたから。「仕返しなんて本当はいけないことだよね。わかってる、わかってるんだけどさ……」というたたりちゃんのやるせなさが、読者に響いたのかもしれませんね。

――読者からはどんな反響がありましたか?

犬木 連載で回を重ねるごとに、子どもたちからのファンレターが段ボールで届くようになりました。漫画に対する感想のほかには、「わたしは隣の席のみきちゃんとけんかをしてしまって」など、事細かに自分の悩み事が5、6枚にわたって綴られている手紙も多くて、「子どもたちは話を聞いてくれるお姉さん的存在を求めているのかな」と気づいたんです。それからは、“お姉さん”を貫くために年齢不詳にしました。実際には彼女らの母親と同世代でしたが、それだと子どもたちは、説教を食らっていると感じてしまうかもしれないから、ね。

――連載雑誌は王道の少女漫画誌『少女フレンド』(講談社)ですが、『たたりちゃん』は異彩を放っていました。

犬木 だからわたし、コンプレックスが強いんですよねえ。清く明るい“お少女漫画”のほうが、普通にイメージがいいですからね。『たたりちゃん』のネーム持ち込みも、「講談社で連載は無理だろうな」と思い、最初はほかの出版社に持ち込んだんです。でも軒並み「これはちょっと」と敬遠気味でした。当時のわたしは、『サスペンス&ホラー』(講談社)の連載陣であり89年の創刊時から表紙を描いていて、他社からも毎日のように仕事の依頼がある状況で、なにがなんだかわからないほど忙しくて、「このわたしが描いてあげるのに、どうして断られるの!?」と、思い上がっていたんです(笑)。

 当時のわたし、すごかったんですよ(笑)。担当編集さんから、「講談社の本の中で、5本の指に入る売り上げ」だと言われたこともありました。『サスホラ』の創刊号なんて、実売率が99%だったそうです。

――99%!? 何万部くらい売れていたんでしょうか?

犬木 創刊号が20万部で、そこから積み上げていったようですね。最終的には、当初は「ホラー誌では描きたくない」と言っていた少女フレンドの作家陣たちも、「サスホラで描きたい」と言うようになったそうです。その後、各出版社こぞってホラー誌を作っていましたよね。

犬木 そんな背景もあり、『少女フレンド』で『たたりちゃん』の企画が通ったんですよね。なにより、企画を通してくれた担当編集さんのおかげですね。

――当時、なぜそんなにホラー誌が売れたんでしょうか?

犬木 1955年、ホラー漫画が一斉に消えた時代がありました。悪書追放運動として一斉に漫画がバッシングされ、水木しげる先生でさえ仕事に困っていた時代です。今でいう“コンプライアンス”ですね。そうしたなか、『サスホラ』創刊の80年代後半あたりから、ようやく大手出版社でホラー漫画が解禁になり始めました。それで、子どもたちが一斉に飛びついたんですね。子どもって好奇心の塊だから、怖い話が大好きなんですよ。それでホラー漫画ブームが来たのかなと思います。

――当時、犬木先生の元に、「これはけしからん!」という声は届きましたか?

犬木 なかったですね。そうそう、最近インタビューをしていただく機会があるんですが、必ずインタビュアーの方に「コンプライアンス的な締め付けはありませんでしたか?」って聞かれるんですよ。

――最新作『サバイバー』を連載中ですが、それに関するインタビューですね。児童虐待をテーマにした作品で、子どもへの暴力やネグレクトの末の凍傷での足指欠損など、リアリティのある描写が満載です。こちらはどういったきっかけで描くことになったんですか?

犬木 数年前まで漫画家としての活動を10年以上休養していましたが、その間、図書館で興味を引く本を読みまくっていました。すると児童虐待に関する本に行き着き、読み漁り、平和で淡々とした日常を送るわたしたちには想像を絶する“異常な空間”があるのだと、衝撃を受けたんです。

 そんなときに連載のお話をいただきました。それで担当編集さん(※インタビュー同席)に、「いま児童虐待に関する本を読んでいて、これをテーマにしたい」と相談し、前向きに考えてくださったんです。でも、企画が通るまでに時間がかかりましたよね? しかも、ネームを1、2本描き終えた頃、千葉県の児童虐待死事件が起きたんです。

 これまで、「虐待は経済的に恵まれない家庭で起こりそう」という思い込みがあったかと思いますが、『サバイバー』で虐待をするのは歯医者を営む父親にしました。「知的水準が高く裕福な家でこそ起こっている問題だ」ということを、世の中の人に知ってほしかったという思いがあったから。そんななか、千葉の事件の父親が、まさにそれで。「わたしの漫画ともろかぶっている」と思いながら、過激表現のレギュレーションに引っかかるのではないかとビクビクしながら描いていました。

担当編集 連載相談をしたのが2018年10月で、決定が19年のはじめですね。その直後、1月25日に野田小4女児虐待事件が報道されて。でも『サバイバー』はまったく引っかかりませんでした。

犬木 そうだったんだ!

担当編集 レディコミのように「エンタメとして面白く見せる」という意図ではなく、社会派ヒューマンドラマとして「リアルを見せる」ものだったので。

――“下世話”な切り口ではない、ということですね。

犬木 好奇心そそるグロテスクな面だけを見せると“不謹慎”になるけど、そうではないですからね。

担当編集 先生は、過去の実在事件を細かに調べていて、虐待を受けた子どもの“その後”を受け入れる施設が少ないことを問題視していました。生き残った子がその後どうなるのかって、報道もされませんしね。それが今回の『サバイバー』のひとつのテーマでもあります。非現実的要素を入れず、リアル視点で描いていただいているので、問題はありませんでした。配信前は、会社のほうからはかなり言われましたけどね。

犬木 ごめんなさい!

担当編集 「東証一部に上場している会社が、こういったテーマって、どうなの?」みたいな……。

――どういうことでしょう?

担当編集 電子書籍の販促のカギはバナー広告です。「虐待をテーマにすると、広告出稿先のレギュレーションに引っかかるのではないか?」という懸念があったようなんですよ。実はそれで一度、連載会議でボツになったんです。でも、自分が責任を持つ形で半ば強制的に企画を通したという経緯があります。

犬木 わたしっていつもそうなんです! こんなわたしに作品を描かせてくださって! だからいつも担当さんには頭が上がらないのよねえ。

――先生の漫画は、世に出す意義がありますもん! 

(後編は3月5日公開)

元依存者がギャンブル業界の“矛盾”解説――IR、厚労省「ギャンブル依存症対策」の“まやかし”

 カジノを含む統合型リゾート(IR)の設置を受け、厚生労働省はギャンブル依存症の治療を4月から公的医療保険の対象とする方針を示し、賛否両論が起きている。この方針の問題点とは何なのか? 公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表で、『祖父・父・夫がギャンブル依存症!三代目ギャン妻の物語』(高文研)の著書があり、自身も同依存症を抱えていた田中紀子氏に聞いた。

今回の厚労省の発表のポイント

――IRと関連し、ギャンブル依存症の治療について公的医療保険の適用対象とする、という方針が発表され、波紋を呼んでいます。

田中紀子氏(以下、田中) マスコミの書き方で誤解されている方も多いと思うのですが、「ギャンブル依存の診断、治療に対する公的医療保険」はすでに適用済みなんです。今回の厚労省の発表のポイントは、グループ療法が新たに保険適用されるという点です。

 私自身は自助グループにも通っていますが、(医療機関による)グループ療法を保険の対象にする、という今回の方針は問題があると思います。

※自助グループ:同じ困難や課題を抱える個人や家族など当事者同士が結びついた集団。問題の専門家はグループに不在で、あくまで当事者による集団であることが特徴。
※グループ療法:同じ困難を抱える患者と、その領域の治療者がひとつのグループとなり、治療を行う心理療法。

――医療機関によるグループ療法は、どういった点が問題なのでしょうか?

田中 まず1つ目は、医療機関等の抱え込みによって、自助グループが衰退してしまうこと。ギャンブル依存症はアルコールや薬物に比べて圧倒的に自助グループが少なく、アルコールの10分の1以下しかありません。ギャンブル依存症から回復し、ギャンブルをやめ続けるには自助グループが必要です。「同じ問題を抱えたほかの誰かを助ける」という役割を果たすことで、自分自身がやめ続けられるという、つまり「助けるものが助かる」という好循環が自助グループにはあります。金銭面からみても、税金はもちろんお金がほとんどかからない最良の依存症の受け皿です。まず、自助グループを育てることこそが日本の課題なのです。

 私自身、30代の若い10年をギャンブル依存に費やし、数千万円を使いました。後悔とか罪悪感で心が押しつぶされそうになるわけです。でも、ギャンブル依存症の人を助けるという使命ができた時に、そのつらい経験が初めて生かされる。見ないでおきたい、忘れたいと思っていた体験が、すごく価値のあるものに変わるわけです。それが、「あのときのことなんて二度と考えたくない」となってしまうと結局ギャンブルでそれを解消するしかないわけです。過去の経験に意義や、役割、使命ができた時に、回復につながるんです。

 2つ目の問題点は、今回の(医療機関による)グループ療法には医療保険が適用される期限が設けられていないこと。これにより、病院の中には「卒業」させず、ずっと患者でいてくれた方が儲かるからと、自助グループと連携しようとしないところがでてきます。自分たちのところで囲い込んでしまおうということです。

――医療費削減は国家的な課題であるはずですが、逆行しているように見えます。

田中 自助グループは、国などの補助も受けず、自立した活動を行っています。私たちもギャンブル依存対策について、「できるだけ社会負担費を増やすな」というスタンスをとっています。まずギャンブル業界がギャンブル依存対策に対する努力を最大限に払ってから、医療費といった社会負担費を増やすべきだと思っています。ギャンブル産業側が義務を果たさないうちから、国民が真っ先に負担するのはおかしいですよ。

 トヨタ自動車が交通事故を削減できるような車を開発するように、自社の産業の負の側面に、もう少し責任を持たせる必要がありますよね。依存症者を大量に生み出すだけの今のギャンブル産業の在り方は間違っていると思います。

――なんで厚労省発表は、今すでにある自助グループの仕組みを活かさなかったんでしょうか?

田中 医療機関に関わらせることで、利権を得る人が政権に近いからではないでしょうか? 私たちのような民間団体や自助グループは政治的な力もないし、政治家にとってもうまみがないですから。私たちの声はヒアリングすら行ってもらえていません。

――ギャンブルだけでなく、依存症に対するマスメディアの取り上げ方に思うことはありますか?

田中 依存症に対するネガティブなスティグマ(烙印)をメディアが植え付けすぎていますね。回復した、立ち直って社会に復帰していく姿を映さないで、問題を起こした時のスキャンダラスなところしか映さない。だから、こんな人たちと一緒だと思われたくないと自助グループや医療機関に行くことに抵抗ができてしまう。

 また、そもそもメディアに取り上げられる依存は「違法薬物依存」が多いですよね。ギャンブルは巨大産業ですから、スポンサーでもある産業に忖度して負の側面である依存症にはあまり触れられないわけです。一方、違法薬物は「産業」ではないから叩きやすい。

――酒もギャンブルも、ゲームや動画などネットのさまざまなコンテンツも、民放メディアにおいて重要なスポンサーですね。

田中 だから違法薬物がスケープゴート的に叩かれているところもあるんです。処方薬や市販薬の依存の方がよっぽど違法薬物の依存より多いんですが、そこは叩かれないんです。製薬産業ですから。

――そうした産業の発展を追い求める一方で、依存に陥った人のフォローに関しては野放し。そういう意味では依存って、個人の問題ではなく、社会の問題ですね。

田中 だから本当にものすごく依存症って、大変なんですよ。
(解説:田中紀子 取材・文:石徹白未亜)