NBAのスーパースター選手だったコービー・ブライアントが、13歳の次女と搭乗していたヘリコプターが墜落し、即死。その夜、開催されたグラミー賞授賞式はコービー追悼式のようになるという悲劇的なスタートを切った2020年。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大やBLMのうねりで、価値観も大きく変わった。
そこで、昨年末に引き続き、ブラックミュージックやヒップホップに詳しいライターの渡辺志保さんと、ゴシップとカルチャーの両視点からショービズ界に斬り込むライター辰巳JUNKさんに、20年前半(1月~6月末)に起こったトピックを振り返りつつ、アメリカの“変化”について語ってもらった。
(前編はこちら:アメリカ「価値観の変化」を読む! オスカー「多様性」スーパーボウル「ジェイ・Zで人種問題回避」 )
TikTok発の楽曲が、ビルボードの歴史を塗り替えた!?
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――今年前半は、なんといってもコロナ禍でエンタメの在り方、意味が問われました。世界中で自粛生活を求められる中、米ネットフリックスが新規有料会員を1,000万人も増やすなど、“巣ごもり系エンタメ”の強さが見られましたが、音楽業界に目を向けてみると「TikTok」人気が目を見張りますね。
渡辺志保氏 (以下、渡辺) アメリカでは今、TikTokでの楽曲の人気が、そのまま音楽チャートに直結しています。その象徴が、昨年のリル・ナズ・Xの「Old Town Road」(※3)で、歴史を変えるほどの大ヒットとなったんです。音楽ストリーミングサービス「Spotify」ではバイラル・チャートという、SNSの人気を反映したチャートがあるんですが、上位楽曲はほぼ必ずTikTokの流れでチャートインしてくる。驚くほど多種多様で、グローバルのチャートにも、日本語の曲や、インドやドイツのアーティストなども入ってる。もはや、言葉や国境の壁がないんです。
アーティストもプロモーションの場をインスタグラムとTikTokや、よりヒップホップ色の強い「Triller」というアプリに移しているように思います。そこで「#~challenge」といったタグを使って、いかに自分の曲を使ったブームを仕掛けられるかが勝負になっている。ドレイクも自粛生活期間中に、「Toosie Slide」という曲をリリースしたのですが、「右足を上げて、左足をスライドさせる」など歌詞が振り付けの説明になっていて、MVも自宅でマスクと手袋を着用して踊っているというもの。TikTokではやらせようという意図が明確でした。トランプ大統領が、中国発のアプリで安全性に問題があるとしてTikTokの使用を禁止しようとしていますが、本当に禁止されたら音楽チャートやマーケティングなども大きく変わってくるはず。
※3 TikTokで同曲に合わせてジュースを飲む「♯YeeYeeJuice」チャレンジや、カウボーイの格好やポーズを真似る「#Yeehawchallange」が大流行。その後、マイリー・サイラスの父で、カントリーミュージシャンのビリー・レイ・サイラスが参加したリミックス版がリリースされ、幅広い世代に支持されるように。米国ビルボード・ホット100で19週連続ナンバー1という、同チャート史上最長のヒット曲となった。
――TikTokで人気となる曲の特徴は?
渡辺 インパクトのあるイントロが重要なのかなと思います。最初の4~5小節のインパクトですね。そして、ポーズのとりやすい音があること。かつ曲の長さは短めで、ダンスや動作をはめやすい構造の曲が求められていると思います。「Old Town Road」も1分53秒とめちゃくちゃ短い曲で、その短さにも驚いてしまいました。
辰巳JUNK氏 (以下、辰巳) ポップジャンルでいうと、よく言われるのはハッピーな曲ですかね。ポップ系チャートヒットもそれに合わせるように、明るくアップテンポになっています。シーン全体のはやりでもあるのでしょうけど、ドレイクの「Toosie Slide」やレディー・ガガ、デュア・リパの新アルバムなど、スターの新作がどんどん明るくなっているとBBCが報告している。アップビートの曲も増えていて、あくまでUKチャートですが、トップ20楽曲のアップテンポ具合は、ここ10年で最高を記録しました。
渡辺 アメリカでのTikTokヒット曲は踊ってナンボですから、そうなると自然にアップリフティングなビートが支持されるんでしょうね。
――明るい曲調といえば、5月29日にリリースされたレディー・ガガの新作アルバム『クロマティカ』も、ポップになったという評判が聞こえていますが、このアルバムの意図・意味をどう見ていますか?
辰巳 全体的にハッピーなアップビート。サウンドはポップだけど、歌詞の内容は非常にパーソナルなもので、性暴力の被害やメンタルの問題について書かれています。ポップな曲を展開していたキャリア初期に暴行やハラスメントを受けた彼女は、ここ数年、ダンスサウンドから離れて内面を掘り下げるようなオーセンシティな世界観になっていた。だけど、「暗い記憶とないまぜとなったポップミュージックを自分の手に取り戻す」というのが、今作の裏テーマのようです。
「ポップを取り戻す」という意志を強く感じさせられる曲が「フリー・ウーマン」。ロックバンド「クイーン」の曲を芸名の由来にするガガは、フレディ・マーキュリーのように雄大なロックオペラみたいな歌い方をする。それを生かして、サビ(コーラス)で盛り上がりを見せる曲なんですよ。最初は歌詞も暗いのに、徐々に盛り上がっていく。そのあたりはシンガーソングライターとしてのうまさを感じます。歌詞を見ても、“例え自信がなくても、私は価値ある存在”といった自己肯定を得る内容で、ガガによると「性暴力の犠牲者」といったラベルからの解放を示す歌だそうです。最後は“ここは私のダンスフロア”だと宣言する、自分のポップサウンドを肯定するような詞になっています。
奇抜で派手な衣装に関しても、スタイリストによると、キャリア初期は自分を守るために顔や体を隠していたけど、今回は顔も肌も見せ、ちゃんと前を見ている。前のアルバム『ジョアン』や主演映画『アリー/スター誕生』のような内省的オーガニック路線を経由したからこその境地だと思います。
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――もうひとつ、コロナ禍の音楽業界で大きな話題となったのが、マルチプレイゲーム「フォートナイト」内で開催された、人気ラッパー、トラヴィス・スコットのバーチャルコンサート『Astronomical』(※4)ですね。
※4 ゲーム内に用意されたコンサートステージが、空から現れたゴジラのような巨大トラヴィスにより踏み潰され、楽曲ごとにフィールドが変化。アバターとして参加した1,200万人以上のユーザーは、火の雨、水中世界、宇宙空間を飛ぶというバーチャル体験を味わうことができた。このビッグイベントはすべてリモートワークにより作成された。
渡辺 今回のパンデミックで、バーチャルと音楽の融合が盛んに行われ、「まだこんな世界が残されていたんだ」というポジティブな発見もありました。その極め付きが、トラヴィスの「フォートナイト」ライブです。これまでのライブ配信、例えばアメリカの最大野外フェス「コーチェラ」などは、ユーザーが生配信中の映像を見てアーティストのパフォーマンスを楽しむだけでしたが、トラヴィスの「フォートナイト」ライブはプレイヤーがゲームの中に入って一緒になって楽しめるという点で、新しい価値観を与えました。
辰巳 「 フォートナイト」でもこれまで“野外フェスを模した”有名アーティストによるバーチャルコンサートはありましたが、今回のトラヴィスは、初めから非現実なものを目指してました。最終的に観客はアバターで宇宙に連れて行かれ、光速で飛ぶという演出です。現実のまねではなく、バーチャルでしかできないことをやった。アバター参加ゆえにユーザー側も「参加した」感を味わえるので、まさに斬新なことを楽しめるイベントだったと思います。
渡辺 ネットフリックスもパンデミック後の早いタイミングで、「ネットフリックスパーティ」というGoogle Chromeの拡張機能をリリースしました。ブラウザ上でみんなが一緒の作品を見て、チャットができるという機能なのですけど。4月前半に世界規模で、みんなでビヨンセのドキュメンタリー作品『Homecoming』を見よう、という仮想パーティが行われた。このように、仮想の世界で一緒に何かをするのが、今年からはやり始めましたよね。トラヴィスのライブのように、さらに素晴らしい技術が重なって、今まで見たことない/感じたことない世界がエンタメ界にやってくるのかなと。
辰巳 『フォートナイト』の運営も、ゲーム以上の新境地プラットフォームを目指しているようです。まず人気がすさまじくて、昨年、世界的人気を誇るDJ、マシュメロが仮想ライブを開催したんですが、同時期に行われた「スーパーボウル」のハーフタイムショーでパフーマンスを行ったマルーン5より、ビルボードチャートへの影響があったともいわれている。『フォートナイト』内ではディズニーやDC、ナイキといった有名ブランドとのコラボが豊富だったり、人気映画の予告編上映イベントも行われるなど、いまやエンタメ界のパワーハウスになっています。
――全米では新型コロナウイルスによって都市がロックダウンされ、雇用や経済などの格差がこれまで以上に可視化されました。さらには5月末に、黒人男性ジョージ・フロイドさんが警察官による過剰暴力で亡くなり、BLM運動がさらに高まりました。恵まれた環境にいるセレブが、一般市民にどれだけ寄り添えるかが問われていますね。
辰巳 コロナ禍において、世界中の人々を勇気づけるために、ガル・ガドット(映画『ワンダーウーマン』の主演女優)が、セレブ24人を集めてジョン・レノンの「イマジン」を合唱する動画をインスタグラムに投稿しました。昔だったら褒められていたかもしれませんが、「リッチなセレブたちに『パンデミックでも一緒』と言われても」という感じで大炎上しました。
渡辺 「そんな広い家に住んでいる人に、“家の中で自粛して”と言われても」と叩かれていましたね。逆にジェイ・Zやビヨンセ、リアーナはすぐに医療従事者やエッセンシャルワーカーの人たちに巨額の寄付をした。そういうアクションのほうが高く評価されましたよね。
辰巳 BLM関連では、白人セレブたちが「白人に責任がある」と声を上げた、人種差別撲滅運動「#ITakeResponsibility」キャンペーン動画にも、ソーシャルメディアは「そんなことしなくていいから」としらけムードだった。
渡辺 今回のBLMは、これまで以上に白人至上主義や白人特権を問題視しているわけで、そこを逆なでするような行為は、これまでのように「いいこと」とは受け止められなくなっている、という現実があるのかもしれません。
――それは黒人差別への意識が変わってきたことに加え、格差が簡単には解消されない社会になったことが関係しているのでしょうか?
渡辺 “アメリカの社会構造の中に、常に人種問題が組み込まれている”ことがより問題視されているのではないでしょうか。BLMというスローガン自体は、2012年に起きたトレイボン・マーティンの事件(※5)がきっかけで生まれた言葉ですが、白人に対する黒人たちの抗議や暴動はずっと前から、それこそ奴隷制の時代からありました。今回のBLM運動の高まりは、たまりにたまったフラストレーション、黒人たちの「オレたち、私たちはこんなに(抗議活動を)やってきたのに、まだここから議論せねばならないのか」といった、ある種の絶望感のようなものを感じます。マジョリティ側である白人たちも、自分たちの立場、自分たちの行為を見つめ直すフェーズに入っている。だからこそ、白人セレブリティが「どういう発言をするか」「どういうアクションをとるか」が、良くも悪くも注目されているのだと思います。
※5 フロリダ州のサンフォードで、17歳の高校生だったトレイボンさんが、地元の自警ボランティアでヒスパニック系のジョージ・ジマーマンに射殺された事件。ジョージが一方的にトレイボンさんを“不審者”と見なしてつきまとい、口論となった末に銃殺。裁判では、同州の「正当防衛法」に基づき、無罪となった。
辰巳 上層部が白人ばかりの大企業は、黒人の従業員に出世のチャンスを与えずに劣悪な環境で働かせていること、BLM支持を表明しても具体的には何もしてなかったことなど、いろいろな批判を浴びています。BLMの活動家たちが影響力のある人たちに問題を取り上げてほしいと呼びかけていた10年代前半と異なり、今は大企業や有名人のBLM支持が「普通のこと」になりました。だからこそ今回、白人セレブや大企業は、ただ賛同を示すだけでは評価されない状況に置かれたのかもしれない。
渡辺 より具体的な変化を求めるというか、寄付金の額や、企業従業員の人種的比率など、変化やサポートにおける意志をきちんと数値で表明する流れにはなっているのかもしれません。
――同時に、白人セレブの過去の黒人差別言動を問題視し、彼らのキャリアを潰すまで炎上させる「キャンセル・カルチャー」も指摘されていますが、それについてはどう思いますか?
辰巳 そうした炎上やバックラッシュ事象は一つ一つ異なるため、現段階では一概に言えず難しいです。たとえば、6月には大御所白人コメディアンのジミー・キンメルの過去のブラックフェイス(黒人のマネをするために、顔を黒く塗る行為)が騒動になりましたが、このケースの場合、一時的な仕事のキャンセルはあったとしても、問題視される言動が新たに浮上しない限り、キャリアや看板番組がダメになるような長期的打撃にはならないと思います。
渡辺 過去を遡って、何をどこまで批判するのか線引きするのは、本当に難しいですよね。ただ、昔はOKだったものが今ではNGとされていることを踏まえて、自分から真摯に謝罪する姿勢が求められている。前述した「アーバン」の問題もそうですが、企業もひっくるめて、今の時代に合ったスタンダードへとどんどん刷新していく姿勢になっていくのかなと感じます。
辰巳 『風と共に去りぬ』など(※6)、BLMプロテスター側から問題視されたコンテンツを削除や謝罪、修正するといった企業群の素早い対応については、ビジネスとしても、今の時点で軌道修正したほうがよいという判断があるのだと思います。アメリカの多くの主要エンターテインメント企業がターゲットにしたい「都市部の若年層」はマイノリティ人種の比率が増えているし、今回のBLM運動の参加者には若い白人や富裕層も多いとされるので。
※6 白人が黒人奴隷を所有していた南北戦争前、そして戦争後が舞台となっている作品で、登場する黒人奴隷たちが「白人の主人に尽くすことに幸せと喜びを感じているように描かれている」として、上映当時も黒人層から批判を浴びていた。今回のBLM運動や黒人脚本家からの指摘を受け、米動画ストリーミングサービス「HBO MAX」は同作の配信を一時停止。2週間後、映画の冒頭に同作に対する批判と歴史的背景を説明する2つの動画を追加し、配信を再開した。
渡辺 ビジネス的といえば、BLM下において、ヒット曲がラップ一色になったことも興味深かったです。先ほど辰巳さんが解説されたように、レディー・ガガが力強いアルバムを出す一方で、BLMをテーマにした楽曲を発表した若手ラッパーたちも存在感を示しました。
リル・ベイビーやダ・ベイビーといった、普段は社会的・政治的な内容のラップから距離を置いていた気鋭のアーティストらもコンシャスなラップを発表していたし、かねてから人種における不平等さを糾弾していたミーク・ミルら中堅ラッパーも、力強い楽曲をリリースしています。ヒップホップやラップの強さは、社会問題が噴出した時に、すぐにそれを作品にするところ。すぐにアクションをとって自分の意見を表明する、そういったジャンル/カルチャーの強さを見せられたような気がします。
個人的に、20年の音楽シーンは、昨年からの流れを受けて、もっと明るいポップなヒット曲が主流になるのかと思っていました。でも、新型コロナのパンデミックやBLMで、そうではなくなった。ヒットする音楽は時流を映すものなのだと、つくづく感じました。
辰巳 バーチャルで今年6月に開催された、「BETアワード」(黒人や他のマイノリティ人種に贈られる文化賞の授賞式)も素晴らしかったですね。パフォーマンスするアーティスト全員に出したい声明があったそうで、だからこそ緊急事態下のバーチャル開催なのに、これだけ充実したアワードになったのだと思います。
渡辺 「BET」は「Black Entertainment Television」の頭文字で、黒人のためのエンターテインメント・ケーブルTV 局が主催するアワードなんです。今年は、オープニングからプロテストソングとして歴史に残るパブリック・エナミーの「Fight the Power」のリメイク版映像が流れ、その後に、人権活動家である大ベテラン、ハリー・ベラフォンテのスピーチ映像やジェームス・ブラウンの「Say It Loud, I’m Black & I’m Proud」を流し、プリンスが20年に同アワードで披露したスピーチの映像も流れた。ブラックミュージックのヒーローたちがどんどん現れてくる演出で、非常に力強さを感じました。最後はアリシア・キーズが警察による暴行などで命を落とした犠牲者をたたえる新曲「Perfect Way to Die」のMVで幕を閉じた。
今年のBETアワードは、今回のBLMのムーブメントにおける意思表明として、BETの底力を見せつけられたような気がします。今後、アカデミー賞やグラミー賞、MTVのVMA(ビデオ・ミュージック・アワード)において、この社会問題をどのようにアワードに組み込んでいくのか、そういった部分にも注目したいなと思いますね。