酒鬼薔薇・宮崎勤事件の犯行声明文の“字”はなぜゾワゾワする? 驚愕の筆跡鑑定の世界

 「筆跡鑑定」について前編より、筆跡鑑定人で『自分のイヤなところは直る!』(東邦出版)著者の牧野秀美氏に伺っている。今回の後編では「字も年を取るのか?」「酒鬼薔薇事件など、猟奇殺人犯の犯行声明文はなぜ筆跡がゾワゾワするのか?」についてや、今すぐできる「金のたまる自分の名前の書き方」についてもレクチャーしてもらった。

 字が年を取るのは「省エネ」で書こうとするから

――字も年を取りますよね。自分が学生の頃に書いた字を見ると若いなあ、と思います。
hisseki-kohen-1牧野秀美氏(以下、牧野) 一般的に人が年齢を重ねていくように文字も年を取ります。若いうちは肌に張りや艶があるけれど、年を取るに従って乾燥してしわが増える、文字もそんなイメージです。

 小学生男子の文字と高齢者女性の文字を見比べてみましょう。小学生男子の字は枠いっぱいに力強く書かれ、手の動きもスムーズです。一方、高齢者女性の文字からは思うように手が動かない様子がみてとれます。体力、筋力の衰えに従って文字も、筆圧が弱くなり手を大きく動かさなくても済む書き方になっていきます。

 文字も体と同じように老齢化する、枯れていくのが一般的ですが、小学生男子であっても小さな文字を書いたり、80歳を過ぎた高齢女性でも枠いっぱいの力強い文字を書く人も存在します。これはその人の持つ内面のエネルギー量の違い、体力の違いです。若くても落ち着いて老成している気質の持ち主であったり、高齢であっても心身共に健康で気力に溢れている、若くありたいという気質であったりすることに関係があるとされています。

――男性と女性の書き文字にも違いがありますよね。ただ、男性なのに女性のような字を書く人などもいますが。

牧野 ステレオタイプな解釈ですが「A.筆圧が高い、太い、大きい、角ばっている、一筆書きのような続け字」と「B.筆圧が弱い、線が細い、丸みを帯びている、繊細な続け字」ならAが男性でBが女性、このようなイメージを誰もが思い浮かべると思います。

 ただ、必ずしも文字が男らしいから書き手も男性、女性っぽいから書き手も女性ということにはならず、例外も多いですね。私もかなりの人数の文字を見てきましたが、文字の感じからAが男性、Bが女性というのは思い込みレベルのような気がします。

――あまり男性だからこう、女性だからこうというのはないんですね。

牧野 「豪快(男性的)な気質を持つ人は男女にかかわらずAのような文字を書き、繊細(女性的)な気質を持つ人は男女にかかわらずBのような文字を書く」の方がしっくりきますね。子どもと高齢者の文字でも触れましたが、年齢や男女差でパターン分けされるのではなく、その人の持つ「気質」によってパターン分けされるといった方がピッタリきます。

――宮崎勤の事件や酒鬼薔薇事件など、猟奇殺人犯の犯行声明文はその内容だけでなく、書体も見ていて非常にゾワゾワした記憶がありますが、書体の「何」がそう思わせたのでしょうか?

牧野 宮崎事件、酒鬼薔薇事件ともに、筆跡を隠すための直線的な文字で紙一面埋めつくされています。これらの筆跡を見た瞬間、通常の人であれば無意識が危険信号を出します。ゾワゾワする、つまり落ち着かなさや違和感を持たせ「この文字は危険だ、近寄るな」と知らせているのです。

 筆跡心理学では丸みのない直線的な文字は感情の起伏や情緒性の乏しい気質を表します。通常の神経の持ち主であればこのような文字は書こうとしても書けません。しかし、この2人の犯行文は、明らかに定規を使用、あるいは使用したかのように不自然な筆跡であって、どう見ても自然筆跡の「ひどいクセ字」のレベルではありません。

 このような書体を維持しながら1頁書くことは、「異常とも言える集中力」がなければ無理です。その結果、これらの犯行文からは、そのぎらぎらとした異常な感じの集中力に溢れています。普通の人はそのような異常な集中力から薄気味悪さを感じるものです。

――異常な書体だけでなく、異常な書体で書き続けられる心の在りようが、不気味だと一見して伝わってしまうんですね。

牧野 また、筆跡心理学には「運命を悪化させる書いてはいけない文字の形」というのがあります。文字が右に傾いている右傾文字、下が狭くなっている下狭文字、線と線が衝突している異常接筆や線衝突と呼ばれる文字です。

hisseki-kouhen-2――異常接筆の人はたまに見かけますが、確かに何か危険なものを感じます。右傾、下狭は、ぱっと見普通っぽいものの、やはり何か座りが悪いです。

牧野 これらの文字は普通の人が書こうとしてもなかなか書けません。また、むりやり書いたとしても書いた本人が落ち着きません。これらの文字を書き続けることで運命が悪化してしまうのは「不安定な文字を好んで書き続けるのは、心のどこかにそのような不安定さや異常さを望んでいる部分がある」からだと考えられます。

 人は皆、無意識に自分の性格や気質に応じた形の文字を書いています。ですから文字の書き癖には自分の性格や気質が表れています。文字と心はリンクしていますので文字を変えれば心は変わります。性格を変えることは難しいことですが、文字のちょっとした一部分を変えることはできそうな気がしませんか?

――スマホ、ネット時代でも、クレジットカードの支払いなどで自分の名前なら書く機会は案外ありますし、紙の手帳を使う人なら毎日何かしら書く機会はありますね。

牧野 もちろん、見てまねして書いたからすぐ性格が変わるということではありません。「こうしたい、こうなりたい」というイメージを持ちながら、望む方向へつながっている文字の形をまねして書き続けます。書く機会の多い自分の名前などで練習するのがお勧めです。
hisseki-kouhen-3牧野 一例を紹介します「口」の入り口を開けるパターンですが、下の出口側は閉じるようにしましょう。「口」に限らず「田中」さんや「高橋」さんなら、名字のどちらの文字でも「口」の入り口を開けることができます。入口を開けて、出口を閉めることで「貯まる」ようになれますよ。

――ほかにも「石」「福」「吉」「宮」「崎」「野」など、「口」的なもののある字を含んだ名字は多いですよね。この筆跡改善、やってみたのですが最初はなんだかくすぐったいというか、落ち着かないですね。

牧野 期間は人によりますが、変わるまでは3カ月~1年程度です。意識しなくても改善した筆跡が書けるようになった時、変化した自分を感じることができるはずですよ。
(石徹白未亜)

 

酒鬼薔薇・宮崎勤事件の犯行声明文の“字”はなぜゾワゾワする? 驚愕の筆跡鑑定の世界

 「筆跡鑑定」について前編より、筆跡鑑定人で『自分のイヤなところは直る!』(東邦出版)著者の牧野秀美氏に伺っている。今回の後編では「字も年を取るのか?」「酒鬼薔薇事件など、猟奇殺人犯の犯行声明文はなぜ筆跡がゾワゾワするのか?」についてや、今すぐできる「金のたまる自分の名前の書き方」についてもレクチャーしてもらった。

 字が年を取るのは「省エネ」で書こうとするから

――字も年を取りますよね。自分が学生の頃に書いた字を見ると若いなあ、と思います。
hisseki-kohen-1牧野秀美氏(以下、牧野) 一般的に人が年齢を重ねていくように文字も年を取ります。若いうちは肌に張りや艶があるけれど、年を取るに従って乾燥してしわが増える、文字もそんなイメージです。

 小学生男子の文字と高齢者女性の文字を見比べてみましょう。小学生男子の字は枠いっぱいに力強く書かれ、手の動きもスムーズです。一方、高齢者女性の文字からは思うように手が動かない様子がみてとれます。体力、筋力の衰えに従って文字も、筆圧が弱くなり手を大きく動かさなくても済む書き方になっていきます。

 文字も体と同じように老齢化する、枯れていくのが一般的ですが、小学生男子であっても小さな文字を書いたり、80歳を過ぎた高齢女性でも枠いっぱいの力強い文字を書く人も存在します。これはその人の持つ内面のエネルギー量の違い、体力の違いです。若くても落ち着いて老成している気質の持ち主であったり、高齢であっても心身共に健康で気力に溢れている、若くありたいという気質であったりすることに関係があるとされています。

――男性と女性の書き文字にも違いがありますよね。ただ、男性なのに女性のような字を書く人などもいますが。

牧野 ステレオタイプな解釈ですが「A.筆圧が高い、太い、大きい、角ばっている、一筆書きのような続け字」と「B.筆圧が弱い、線が細い、丸みを帯びている、繊細な続け字」ならAが男性でBが女性、このようなイメージを誰もが思い浮かべると思います。

 ただ、必ずしも文字が男らしいから書き手も男性、女性っぽいから書き手も女性ということにはならず、例外も多いですね。私もかなりの人数の文字を見てきましたが、文字の感じからAが男性、Bが女性というのは思い込みレベルのような気がします。

――あまり男性だからこう、女性だからこうというのはないんですね。

牧野 「豪快(男性的)な気質を持つ人は男女にかかわらずAのような文字を書き、繊細(女性的)な気質を持つ人は男女にかかわらずBのような文字を書く」の方がしっくりきますね。子どもと高齢者の文字でも触れましたが、年齢や男女差でパターン分けされるのではなく、その人の持つ「気質」によってパターン分けされるといった方がピッタリきます。

――宮崎勤の事件や酒鬼薔薇事件など、猟奇殺人犯の犯行声明文はその内容だけでなく、書体も見ていて非常にゾワゾワした記憶がありますが、書体の「何」がそう思わせたのでしょうか?

牧野 宮崎事件、酒鬼薔薇事件ともに、筆跡を隠すための直線的な文字で紙一面埋めつくされています。これらの筆跡を見た瞬間、通常の人であれば無意識が危険信号を出します。ゾワゾワする、つまり落ち着かなさや違和感を持たせ「この文字は危険だ、近寄るな」と知らせているのです。

 筆跡心理学では丸みのない直線的な文字は感情の起伏や情緒性の乏しい気質を表します。通常の神経の持ち主であればこのような文字は書こうとしても書けません。しかし、この2人の犯行文は、明らかに定規を使用、あるいは使用したかのように不自然な筆跡であって、どう見ても自然筆跡の「ひどいクセ字」のレベルではありません。

 このような書体を維持しながら1頁書くことは、「異常とも言える集中力」がなければ無理です。その結果、これらの犯行文からは、そのぎらぎらとした異常な感じの集中力に溢れています。普通の人はそのような異常な集中力から薄気味悪さを感じるものです。

――異常な書体だけでなく、異常な書体で書き続けられる心の在りようが、不気味だと一見して伝わってしまうんですね。

牧野 また、筆跡心理学には「運命を悪化させる書いてはいけない文字の形」というのがあります。文字が右に傾いている右傾文字、下が狭くなっている下狭文字、線と線が衝突している異常接筆や線衝突と呼ばれる文字です。

hisseki-kouhen-2――異常接筆の人はたまに見かけますが、確かに何か危険なものを感じます。右傾、下狭は、ぱっと見普通っぽいものの、やはり何か座りが悪いです。

牧野 これらの文字は普通の人が書こうとしてもなかなか書けません。また、むりやり書いたとしても書いた本人が落ち着きません。これらの文字を書き続けることで運命が悪化してしまうのは「不安定な文字を好んで書き続けるのは、心のどこかにそのような不安定さや異常さを望んでいる部分がある」からだと考えられます。

 人は皆、無意識に自分の性格や気質に応じた形の文字を書いています。ですから文字の書き癖には自分の性格や気質が表れています。文字と心はリンクしていますので文字を変えれば心は変わります。性格を変えることは難しいことですが、文字のちょっとした一部分を変えることはできそうな気がしませんか?

――スマホ、ネット時代でも、クレジットカードの支払いなどで自分の名前なら書く機会は案外ありますし、紙の手帳を使う人なら毎日何かしら書く機会はありますね。

牧野 もちろん、見てまねして書いたからすぐ性格が変わるということではありません。「こうしたい、こうなりたい」というイメージを持ちながら、望む方向へつながっている文字の形をまねして書き続けます。書く機会の多い自分の名前などで練習するのがお勧めです。
hisseki-kouhen-3牧野 一例を紹介します「口」の入り口を開けるパターンですが、下の出口側は閉じるようにしましょう。「口」に限らず「田中」さんや「高橋」さんなら、名字のどちらの文字でも「口」の入り口を開けることができます。入口を開けて、出口を閉めることで「貯まる」ようになれますよ。

――ほかにも「石」「福」「吉」「宮」「崎」「野」など、「口」的なもののある字を含んだ名字は多いですよね。この筆跡改善、やってみたのですが最初はなんだかくすぐったいというか、落ち着かないですね。

牧野 期間は人によりますが、変わるまでは3カ月~1年程度です。意識しなくても改善した筆跡が書けるようになった時、変化した自分を感じることができるはずですよ。
(石徹白未亜)

 

「この遺言書は本当におじいちゃんが書いたものか?」知られざる筆跡鑑定の世界

 サスペンスドラマで見ることの多い筆跡鑑定。騙す目的で他人が似せようと書いた筆跡をプロは何をもってして、どう見破っているのか? 筆跡鑑定人で『自分のイヤなところは直る!』(東邦出版)著者の牧野秀美氏に筆跡鑑定の現場について話を聞いた。

 婚姻届を勝手に偽造され、知らぬ間に結婚させられているケースも

――筆跡鑑定というと遺言書のイメージが強いですが、そのほかの筆跡鑑定もあるのでしょうか。

牧野秀美氏(以下、牧野) はい、「貸借契約書の鑑定」や、「誹謗中傷文書の鑑定」もあります。子どものいじめ被害、従業員や店舗に対する悪質な誹謗中傷文書、職場の同僚に対する誹謗中傷や暴露文書などの書き手を明らかにします。

――誹謗中傷の場合、「筆跡」のないオンラインのものが多そうな印象です。

牧野 そうですね。ただ、メモや手紙、アンケート用紙の誹謗中傷がまったくないわけではないんです。自分の素性を知られたくない場合、匿名であっても履歴が残るITツールの使用は控える一方で、アナログな手書き文書ならば筆跡さえバレなければ足はつかないと考えるのでしょう。ほか、「遺言書以外の公文書の鑑定」ですね。「婚姻届」や「養子縁組届」などに偽造がないか鑑定します。

――筆跡鑑定は、刑事事件が絡むケースもありますよね。

牧野 はい。依頼者の要望として、「1.裁判所に証拠として提出するため鑑定書を作成してほしい」「2.結果がわかればいいので鑑定書の作成は必要ない」の2パターンがあります。

1のうち、殺人に絡むもの、詐欺、横領、贈収賄、有価証券偽造、公文書偽造などは刑事事件となります。その場合、書き手の特定のほかに状況を特定するための証拠として、科捜研の最新のハイテク装置による解析が適宜必要になります。それにより劣化した文字の復元や、書き足した文字の浮き出し、紙やインクの成分分析、数値化された筆圧の強弱などが明らかになります。それ以外の私的紛争の範疇に属するもの、書き手特定が目的の民事事件は、私たち民間の鑑定人で対応できます。

――筆跡鑑定ではどうやって、他人が欺くつもりで書いた文字を見破るのでしょうか。

牧野 一口に偽造といっても、シンプルなもの(単純に似せて書いたもの)から手の込んだもの(本人の直筆をコピー拡大したものを透写するなど)まであります。単純にまねしたものであれば、見た瞬間にわかることがほとんどです。それは職人の感覚としての直感的なものです。もちろん、直感が間違っていることもあります。だからこそ鑑定を行いきちんとした裏付けを取ります。ぱっと見ではわからない巧妙なものでも、鑑定のプロセスを踏まえていけば明らかになっていきます。

 まず拡大することで違いがはっきりしますし、文字の書き始めや書き終わりの画線、文字と文字の間隔がぴったり同じなど、あまりに似すぎていても不自然な感じを受け、「おや?」と思います。それが見破る第一段階です。

 書き手がどんなに意識して筆跡を似せて書いたつもりであっても、書き癖は必ず露呈します。その箇所が偽造の根拠であると論理的に説明できた時点が見破る第二段階といえます。例として、以下のA~Cのうち2つは同一人物が書いたもので、残りの1つは別人がまねして書いたものですが、まねして書いたのはどの筆跡だと思いますか?

hisseki-1――ぱっと見は、明らかにBだけ書体が違うように見えますが……?
hisseki-2
牧野 答えはAです(B、Cを書いたのが同一人物)。図2の、赤丸で囲んだ部分を見てください。BとCは第3画の最後と第4画の始めが離れています。しかしAは接しています。しかもAの書き手は、下からひっかけるような書き方をしています。この微細な特徴の違いこそ、書き手の持つ筆跡個性の違いになります。

 文字は半ば無意識に書いており、文字に安定して表れる書き手特有の形が、今述べた「筆跡個性」です。筆跡個性は無意識に出てしまうものなので、隠そうと思っても隠しきれません。

――しかし、Bにはつくりの「子」の部分に大きなハネがあり、AとCにはハネがないのが気になります。

牧野 ここで「個人内変動」が登場します。いくらその人特有の筆跡があっても人は機械ではありませんから、必ず変動の幅があります。これを「個人内変動」と言います。これらを総合的に考えると、この場合はAを書いた人物がCを模写した可能性が大きいわけです。筆跡鑑定はこの「個人内変動」をどう捉えるにかかってきます。マニュアルは存在しない職人の腕の見せどころです。

 個人内変動は、人によって変化の幅が異なりますので、できるだけ同じ文字を取りだしその人の幅を確かめます。また、縦書きか横書きか、書くスペースが広いか狭いか、筆記具は何か、そして、その時の書き手の心情によっても個人内変動は変わってきます。

――遺言書を書く時点で高齢だったり、体調の悪い人が多くなりますよね。それにより字にも変化が出るはずですが、筆跡鑑定ではそれをどう加味していくのでしょうか。

牧野 そうですね。もはや文字を書けるような状態ではないにもかかわらず、家族が半ば強制的に本人にペンを持たせる事も珍しくありません。

 年齢を重ねるにつれ文字も省エネになり、小さく縦長傾向になることが多いですが書き癖は変わりません。ですから病気や高齢であっても書き癖が安定的に出ている状態であれば、「力が入らないため筆圧が弱くなる」「筋肉が硬くなってくるので滑らかに筆が進まず文字の線がぎこちなくなる」などの加齢による要素を加味することで鑑定は行うことができます。
(石徹白未亜)

(後編へつづく)

「この遺言書は本当におじいちゃんが書いたものか?」知られざる筆跡鑑定の世界

 サスペンスドラマで見ることの多い筆跡鑑定。騙す目的で他人が似せようと書いた筆跡をプロは何をもってして、どう見破っているのか? 筆跡鑑定人で『自分のイヤなところは直る!』(東邦出版)著者の牧野秀美氏に筆跡鑑定の現場について話を聞いた。

 婚姻届を勝手に偽造され、知らぬ間に結婚させられているケースも

――筆跡鑑定というと遺言書のイメージが強いですが、そのほかの筆跡鑑定もあるのでしょうか。

牧野秀美氏(以下、牧野) はい、「貸借契約書の鑑定」や、「誹謗中傷文書の鑑定」もあります。子どものいじめ被害、従業員や店舗に対する悪質な誹謗中傷文書、職場の同僚に対する誹謗中傷や暴露文書などの書き手を明らかにします。

――誹謗中傷の場合、「筆跡」のないオンラインのものが多そうな印象です。

牧野 そうですね。ただ、メモや手紙、アンケート用紙の誹謗中傷がまったくないわけではないんです。自分の素性を知られたくない場合、匿名であっても履歴が残るITツールの使用は控える一方で、アナログな手書き文書ならば筆跡さえバレなければ足はつかないと考えるのでしょう。ほか、「遺言書以外の公文書の鑑定」ですね。「婚姻届」や「養子縁組届」などに偽造がないか鑑定します。

――筆跡鑑定は、刑事事件が絡むケースもありますよね。

牧野 はい。依頼者の要望として、「1.裁判所に証拠として提出するため鑑定書を作成してほしい」「2.結果がわかればいいので鑑定書の作成は必要ない」の2パターンがあります。

1のうち、殺人に絡むもの、詐欺、横領、贈収賄、有価証券偽造、公文書偽造などは刑事事件となります。その場合、書き手の特定のほかに状況を特定するための証拠として、科捜研の最新のハイテク装置による解析が適宜必要になります。それにより劣化した文字の復元や、書き足した文字の浮き出し、紙やインクの成分分析、数値化された筆圧の強弱などが明らかになります。それ以外の私的紛争の範疇に属するもの、書き手特定が目的の民事事件は、私たち民間の鑑定人で対応できます。

――筆跡鑑定ではどうやって、他人が欺くつもりで書いた文字を見破るのでしょうか。

牧野 一口に偽造といっても、シンプルなもの(単純に似せて書いたもの)から手の込んだもの(本人の直筆をコピー拡大したものを透写するなど)まであります。単純にまねしたものであれば、見た瞬間にわかることがほとんどです。それは職人の感覚としての直感的なものです。もちろん、直感が間違っていることもあります。だからこそ鑑定を行いきちんとした裏付けを取ります。ぱっと見ではわからない巧妙なものでも、鑑定のプロセスを踏まえていけば明らかになっていきます。

 まず拡大することで違いがはっきりしますし、文字の書き始めや書き終わりの画線、文字と文字の間隔がぴったり同じなど、あまりに似すぎていても不自然な感じを受け、「おや?」と思います。それが見破る第一段階です。

 書き手がどんなに意識して筆跡を似せて書いたつもりであっても、書き癖は必ず露呈します。その箇所が偽造の根拠であると論理的に説明できた時点が見破る第二段階といえます。例として、以下のA~Cのうち2つは同一人物が書いたもので、残りの1つは別人がまねして書いたものですが、まねして書いたのはどの筆跡だと思いますか?

hisseki-1――ぱっと見は、明らかにBだけ書体が違うように見えますが……?
hisseki-2
牧野 答えはAです(B、Cを書いたのが同一人物)。図2の、赤丸で囲んだ部分を見てください。BとCは第3画の最後と第4画の始めが離れています。しかしAは接しています。しかもAの書き手は、下からひっかけるような書き方をしています。この微細な特徴の違いこそ、書き手の持つ筆跡個性の違いになります。

 文字は半ば無意識に書いており、文字に安定して表れる書き手特有の形が、今述べた「筆跡個性」です。筆跡個性は無意識に出てしまうものなので、隠そうと思っても隠しきれません。

――しかし、Bにはつくりの「子」の部分に大きなハネがあり、AとCにはハネがないのが気になります。

牧野 ここで「個人内変動」が登場します。いくらその人特有の筆跡があっても人は機械ではありませんから、必ず変動の幅があります。これを「個人内変動」と言います。これらを総合的に考えると、この場合はAを書いた人物がCを模写した可能性が大きいわけです。筆跡鑑定はこの「個人内変動」をどう捉えるにかかってきます。マニュアルは存在しない職人の腕の見せどころです。

 個人内変動は、人によって変化の幅が異なりますので、できるだけ同じ文字を取りだしその人の幅を確かめます。また、縦書きか横書きか、書くスペースが広いか狭いか、筆記具は何か、そして、その時の書き手の心情によっても個人内変動は変わってきます。

――遺言書を書く時点で高齢だったり、体調の悪い人が多くなりますよね。それにより字にも変化が出るはずですが、筆跡鑑定ではそれをどう加味していくのでしょうか。

牧野 そうですね。もはや文字を書けるような状態ではないにもかかわらず、家族が半ば強制的に本人にペンを持たせる事も珍しくありません。

 年齢を重ねるにつれ文字も省エネになり、小さく縦長傾向になることが多いですが書き癖は変わりません。ですから病気や高齢であっても書き癖が安定的に出ている状態であれば、「力が入らないため筆圧が弱くなる」「筋肉が硬くなってくるので滑らかに筆が進まず文字の線がぎこちなくなる」などの加齢による要素を加味することで鑑定は行うことができます。
(石徹白未亜)

(後編へつづく)

「性病検査を受ける男はカッコいい」AV男優しみけんが語る性感染症予防とコンドームの重要性

 先日結婚した菊川怜の夫に、婚外子が4人いたことが報道され、世間では「なんでこんな男と結婚したのか」などとあきれた声が上がっている。また、W不倫騒動中に授かった第二子が誕生したファンキー加藤について、ネット上では「素直に祝福できない」との声もある。避妊をせずにセックスに及んだことで起こってしまったこれらのトラブル。5月17日に上梓された『SHIMIKEN’s BEST SEX 最高のセックス集中講義』(イースト・プレス)の中で、著者のしみけんさんは「コンドームをつけない男は本当のダメ男」とキッパリ断言する。セックスが仕事であるAV男優の彼が、コンドームによる避妊や性感染症についてどう考えているのか聞いた。

■快楽を優先しすぎて相手への配慮が欠けがちな10代男子

――『SHIMIKEN’s BEST SEX 最高のセックス集中講義』は男女向けのセックスハウツー本ですが、どんな人に読んでもらいたいですか?

しみけんさん(以下、しみけん) 一番読んでほしいのは10代の男の子。10代の男の子って女性への配慮が欠けているがために女性を傷付けて、それがトラウマになってセックスが苦手になるという女性が非常に多いと感じています。

――10代の男の子が、女性に対して配慮が欠けているというと?

しみけん 自分中心なんです。10代って、自分が一番かわいいんです。生きているうちに、自分の人生の主人公は自分ではなくて他人なんだなと、世の中のことが見え始めると、愛を振りまけるような人になれるわけですが、僕がそれに気づき始めたのは30代前半でした。

 そして、自分の人生の主人公が自分のままで一生を終える人が本当に多いと思います。給料が多い・少ないにかかわらず、人のために使っているお金がどのくらいあるか見積もったとき、7~8割は他人のために使っていきたいと、僕は思うようになりました。

――しみけんさんが、そのように変わったきっかけはあったのでしょうか?

しみけん 僕は女性関係でよくもめたり、離婚したりしました。そのとき、相手はなぜこういう言動を取るのかと考えていくうちに、「結局、僕が自分中心で考えているからじゃん」と、気づいたんです。それからは、なるべく相手のことを考えて、コミュニケーションを取るようにしていますが、恥ずかしながら今でも、頭ではわかっていても、自分が中心になっているときが多々あります。

 僕、実は女性関係のトラブルで貯金を4回も失っているんです。地位や名誉を全部持っていかれた末に、どん底からはい上がれた人って「ここからもう一度、新しい人生を楽しめる」と思える人たちだと思います。僕もあきらめ半分、そしてもう半分がそう思えたのがラッキーでした。痛い目に遭わないと、気づけませんから。頭を使ってはい上がれる人は、自分が自己中であることに気づけます。本当に頭が良い人は、痛い目に遭う前に気づけるんでしょうけど。

――本書には、コンドームをつける重要性についても書かれていますよね。男性は基本、コンドームをつけたがらない人が多いイメージです。

しみけん そりゃ、気持ち良さが全然違うからです。でも、それって結局、自分中心の考えじゃないですか。自分中心の考えで、相手のリスクを全く考えていない。

――男性にコンドームをつけさせたいとき、どう伝えれば嫌な思いをさせずに済むか、教えてください。

しみけん 「私のこと、大事じゃないの?」と聞くことです。

――でも、そう言うと萎える男性もいそうです。

しみけん そこで萎えたり、ふてくされたりする男はクズだから、切り捨てた方がいいです。また、「今、子どもができたら困るから、コンドームつけてよ」と言っても「いいじゃん、外に出せば」というふうに言われてしまうので、そのような交渉は全く効果がありません。

 ほかにも、好きでもない人からセックスに誘われた際「あなたとは、そういうことしたくないから」と断っても、したくない理由を言っていないので男は引き下がりません。「生理だからダメ」という断り方をしても「生理中ならムラムラしてるんでしょ?」とか「風呂場でやればいいじゃん」とか、生理が気にならない状況下だったらいいのではないかと、不安をどんどん取り除いていく作戦を男は取ります。

 だからそこは、「実は私、セックスに対してトラウマがあるから、時間をかけないと無理なんです」と言えば、申し訳ないことしたなと気づかされるんです。断るときは、ダメである理由をつけてください。

――先日、しみけんさんはツイッターで「男はベッドの中でアホになるというツイートは伸びるのに、真面目な性感染症に関するツイートは伸びない」という趣旨のツイートをされていましたよね。性感染症はセックスをすれば誰でも感染する可能性があるのに、なぜ関心を持つ人が少ないのでしょうか?

しみけん みんな「俺は大丈夫」と、他人事なんです。真面目なことよりも、おもしろいことの方が好き。それを自分がインフルエンサーとして周りにまき散らしている自覚もほとんどありません。自覚がある人は、きちんと性感染症に関するツイートをリツイートしてコンドームをつけますから。

――しみけんさん自身は男優になった当初、性感染症についてきちんと考えたことはありましたか?

しみけん 全くないです。目の前に性感染症を疑うような症状の女性がいても、抗生物質飲んでヤッてましたから。むちゃくちゃだったと思います。

――性感染症について真剣に考えるようになったのは、いつ頃ですか?

しみけん それも30代前半でしょうか。

――男性って、そういうことに気づくのが遅くないですか……?

しみけん 遅いと思います。男はバカなんです。自分が性病にかかっていることを知りながら、セックスして相手にうつしたら傷害で訴えられますが、バレなきゃいいと男は考えています。

――しみけんさんはセックスをすることが仕事なので、仕事をする上で性感染症のリスクがあります。AV男優として、性感染症についてどう考えていますか?

しみけん この世からなくならないなら、付き合い方を考えていけばいいと思います。人は、知識がないと怖がるんです。例えば、お化け屋敷が怖いのはなぜかというと、どこからお化けが出てくるかわからないから。でも「あの角を曲がったところで、お化けが出てくる」とわかっていると、怖くありません。それと同じで、病気も知識を身につければ予防ができるし、万が一感染したとしても、最善の対策ができます。

――先日は、ニコニコ超会議にも参加され、感染症医の忽那賢志先生と共に性感染症についてトークされたんですよね。

しみけん はい。そこで初めて知ったのは、子宮頸がん予防のHPVワクチンは男性にも有効ということです。このワクチンは副作用のニュースもあるので、打つ際はリスクをよく考えた上での接種となりますが、賛成派の医師が多いと聞いたことがあります。

 子宮頸がんの原因は、ヒトパピローマウィルス(HPV)です。まず男性がこのウィルスをもらって、女性に感染するのですが、男性は症状が出ないんです。で、いきなり彼女にヒトパピローマウィルス陽性が出ると、「お前、浮気してんじゃないの?」となりますが、実はもともと自分の方が持っていた可能性もあるわけです。HPVワクチンを打っているとピンポン感染(パートナー間で性感染症を交互にうつし合ったり、繰り返したりすること)を防げるだけでなく、肛門がん、尖圭コンジローマの予防にもなります。

――そのお話を聞いて、しみけんさんはHPVワクチンを打たれたのですか?

しみけん 実は今日、接種する予定だったのですが、ちょうど6日前にA型とB型の肝炎のワクチンを打っていたので、打てなかったんです。次のワクチンを打つためには、1週間空けないといけないそうで。それも新しい知識でしたね。だから、今日は性病検査だけ受けてきました。

――性病検査は、どのくらいの頻度で受けているんですか?

しみけん 2週間に1回です。これは何度も言っていることなのですが、スポーツカーに乗っていたり高い腕時計をしていたりする男よりも、月に1度の性病検査で自分を管理している人の方がカッコいいと。僕もいろいろと高いクルマや腕時計を買ったり、黒いクレカを持ったりしましたが、そんなのハリボテなんです。それらを持っていなくても魅力的である男性の方が、よっぽどカッコいいと思います。

(姫野ケイ)

しみけん
AV男優。1979年9月1日、千葉県生まれ。2017年現在、男優歴19年、経験人数9000人、年間約500本の作品に出演する、正真正銘のトップ男優。他を圧倒する知識と経験で、女優からの信頼も厚い。「しみクンニ」「ロールスロイス」など、オリジナルの技も考案する。クイズ好きとしても知られており、『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)の「地下クイズ王決定戦」では2連覇を達成。著書に『AV男優しみけん 光輝くクズでありたい』(扶桑社)、『SHIMIKEN’s BEST SEX 最高のセックス集中講義』(イースト・プレス)がある。ブログ Twitter‬‬‬‬‬‬‬‬

「性病検査を受ける男はカッコいい」AV男優しみけんが語る性感染症予防とコンドームの重要性

 先日結婚した菊川怜の夫に、婚外子が4人いたことが報道され、世間では「なんでこんな男と結婚したのか」などとあきれた声が上がっている。また、W不倫騒動中に授かった第二子が誕生したファンキー加藤について、ネット上では「素直に祝福できない」との声もある。避妊をせずにセックスに及んだことで起こってしまったこれらのトラブル。5月17日に上梓された『SHIMIKEN’s BEST SEX 最高のセックス集中講義』(イースト・プレス)の中で、著者のしみけんさんは「コンドームをつけない男は本当のダメ男」とキッパリ断言する。セックスが仕事であるAV男優の彼が、コンドームによる避妊や性感染症についてどう考えているのか聞いた。

■快楽を優先しすぎて相手への配慮が欠けがちな10代男子

――『SHIMIKEN’s BEST SEX 最高のセックス集中講義』は男女向けのセックスハウツー本ですが、どんな人に読んでもらいたいですか?

しみけんさん(以下、しみけん) 一番読んでほしいのは10代の男の子。10代の男の子って女性への配慮が欠けているがために女性を傷付けて、それがトラウマになってセックスが苦手になるという女性が非常に多いと感じています。

――10代の男の子が、女性に対して配慮が欠けているというと?

しみけん 自分中心なんです。10代って、自分が一番かわいいんです。生きているうちに、自分の人生の主人公は自分ではなくて他人なんだなと、世の中のことが見え始めると、愛を振りまけるような人になれるわけですが、僕がそれに気づき始めたのは30代前半でした。

 そして、自分の人生の主人公が自分のままで一生を終える人が本当に多いと思います。給料が多い・少ないにかかわらず、人のために使っているお金がどのくらいあるか見積もったとき、7~8割は他人のために使っていきたいと、僕は思うようになりました。

――しみけんさんが、そのように変わったきっかけはあったのでしょうか?

しみけん 僕は女性関係でよくもめたり、離婚したりしました。そのとき、相手はなぜこういう言動を取るのかと考えていくうちに、「結局、僕が自分中心で考えているからじゃん」と、気づいたんです。それからは、なるべく相手のことを考えて、コミュニケーションを取るようにしていますが、恥ずかしながら今でも、頭ではわかっていても、自分が中心になっているときが多々あります。

 僕、実は女性関係のトラブルで貯金を4回も失っているんです。地位や名誉を全部持っていかれた末に、どん底からはい上がれた人って「ここからもう一度、新しい人生を楽しめる」と思える人たちだと思います。僕もあきらめ半分、そしてもう半分がそう思えたのがラッキーでした。痛い目に遭わないと、気づけませんから。頭を使ってはい上がれる人は、自分が自己中であることに気づけます。本当に頭が良い人は、痛い目に遭う前に気づけるんでしょうけど。

――本書には、コンドームをつける重要性についても書かれていますよね。男性は基本、コンドームをつけたがらない人が多いイメージです。

しみけん そりゃ、気持ち良さが全然違うからです。でも、それって結局、自分中心の考えじゃないですか。自分中心の考えで、相手のリスクを全く考えていない。

――男性にコンドームをつけさせたいとき、どう伝えれば嫌な思いをさせずに済むか、教えてください。

しみけん 「私のこと、大事じゃないの?」と聞くことです。

――でも、そう言うと萎える男性もいそうです。

しみけん そこで萎えたり、ふてくされたりする男はクズだから、切り捨てた方がいいです。また、「今、子どもができたら困るから、コンドームつけてよ」と言っても「いいじゃん、外に出せば」というふうに言われてしまうので、そのような交渉は全く効果がありません。

 ほかにも、好きでもない人からセックスに誘われた際「あなたとは、そういうことしたくないから」と断っても、したくない理由を言っていないので男は引き下がりません。「生理だからダメ」という断り方をしても「生理中ならムラムラしてるんでしょ?」とか「風呂場でやればいいじゃん」とか、生理が気にならない状況下だったらいいのではないかと、不安をどんどん取り除いていく作戦を男は取ります。

 だからそこは、「実は私、セックスに対してトラウマがあるから、時間をかけないと無理なんです」と言えば、申し訳ないことしたなと気づかされるんです。断るときは、ダメである理由をつけてください。

――先日、しみけんさんはツイッターで「男はベッドの中でアホになるというツイートは伸びるのに、真面目な性感染症に関するツイートは伸びない」という趣旨のツイートをされていましたよね。性感染症はセックスをすれば誰でも感染する可能性があるのに、なぜ関心を持つ人が少ないのでしょうか?

しみけん みんな「俺は大丈夫」と、他人事なんです。真面目なことよりも、おもしろいことの方が好き。それを自分がインフルエンサーとして周りにまき散らしている自覚もほとんどありません。自覚がある人は、きちんと性感染症に関するツイートをリツイートしてコンドームをつけますから。

――しみけんさん自身は男優になった当初、性感染症についてきちんと考えたことはありましたか?

しみけん 全くないです。目の前に性感染症を疑うような症状の女性がいても、抗生物質飲んでヤッてましたから。むちゃくちゃだったと思います。

――性感染症について真剣に考えるようになったのは、いつ頃ですか?

しみけん それも30代前半でしょうか。

――男性って、そういうことに気づくのが遅くないですか……?

しみけん 遅いと思います。男はバカなんです。自分が性病にかかっていることを知りながら、セックスして相手にうつしたら傷害で訴えられますが、バレなきゃいいと男は考えています。

――しみけんさんはセックスをすることが仕事なので、仕事をする上で性感染症のリスクがあります。AV男優として、性感染症についてどう考えていますか?

しみけん この世からなくならないなら、付き合い方を考えていけばいいと思います。人は、知識がないと怖がるんです。例えば、お化け屋敷が怖いのはなぜかというと、どこからお化けが出てくるかわからないから。でも「あの角を曲がったところで、お化けが出てくる」とわかっていると、怖くありません。それと同じで、病気も知識を身につければ予防ができるし、万が一感染したとしても、最善の対策ができます。

――先日は、ニコニコ超会議にも参加され、感染症医の忽那賢志先生と共に性感染症についてトークされたんですよね。

しみけん はい。そこで初めて知ったのは、子宮頸がん予防のHPVワクチンは男性にも有効ということです。このワクチンは副作用のニュースもあるので、打つ際はリスクをよく考えた上での接種となりますが、賛成派の医師が多いと聞いたことがあります。

 子宮頸がんの原因は、ヒトパピローマウィルス(HPV)です。まず男性がこのウィルスをもらって、女性に感染するのですが、男性は症状が出ないんです。で、いきなり彼女にヒトパピローマウィルス陽性が出ると、「お前、浮気してんじゃないの?」となりますが、実はもともと自分の方が持っていた可能性もあるわけです。HPVワクチンを打っているとピンポン感染(パートナー間で性感染症を交互にうつし合ったり、繰り返したりすること)を防げるだけでなく、肛門がん、尖圭コンジローマの予防にもなります。

――そのお話を聞いて、しみけんさんはHPVワクチンを打たれたのですか?

しみけん 実は今日、接種する予定だったのですが、ちょうど6日前にA型とB型の肝炎のワクチンを打っていたので、打てなかったんです。次のワクチンを打つためには、1週間空けないといけないそうで。それも新しい知識でしたね。だから、今日は性病検査だけ受けてきました。

――性病検査は、どのくらいの頻度で受けているんですか?

しみけん 2週間に1回です。これは何度も言っていることなのですが、スポーツカーに乗っていたり高い腕時計をしていたりする男よりも、月に1度の性病検査で自分を管理している人の方がカッコいいと。僕もいろいろと高いクルマや腕時計を買ったり、黒いクレカを持ったりしましたが、そんなのハリボテなんです。それらを持っていなくても魅力的である男性の方が、よっぽどカッコいいと思います。

(姫野ケイ)

しみけん
AV男優。1979年9月1日、千葉県生まれ。2017年現在、男優歴19年、経験人数9000人、年間約500本の作品に出演する、正真正銘のトップ男優。他を圧倒する知識と経験で、女優からの信頼も厚い。「しみクンニ」「ロールスロイス」など、オリジナルの技も考案する。クイズ好きとしても知られており、『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)の「地下クイズ王決定戦」では2連覇を達成。著書に『AV男優しみけん 光輝くクズでありたい』(扶桑社)、『SHIMIKEN’s BEST SEX 最高のセックス集中講義』(イースト・プレス)がある。ブログ Twitter‬‬‬‬‬‬‬‬

DV夫とは関わりたくない。でも、子どもに会えなくてつらい気持ちは想像できる「別れた夫にわが子を会わせる?」

OLYMPUS DIGITAL CAMERAわが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしをし、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第1回 倉橋まりさん(仮名、40代)後編

 倉橋まりさんは、学生時代に知り合った男性と就職後に結婚。仕事は続け、出産後も職場に復帰して、子育てしながら働き続けていた。結婚生活の初期から、DVの兆候があったものの、最初は我慢していたという倉橋さんだったが、たびたび殴られるようになり、夫の浮気発覚を機に離婚を決意。夫の留守中に家を飛び出し、シェルターへ逃げた。

(前編はこちら)

■シェルターでの生活

 倉橋さんが逃げ込んだシェルターとは、いったいどんなところだったのか?

「行政が一時保護を委託している民間シェルターで、外観は、鉄筋コンクリートのきれいな建物でした。三食つき、室内に風呂やトイレ、テレビが備わっていました。殴られたり、追いかけられたりする心配は当分ありません。かといって、シェルターでの生活が楽かというと、むしろその逆でした。なんといっても、人間的な生活ができないことがつらいんです。

 あてがわれた部屋は、壁紙にしろ、寝具のシーツにしろ、ボロボロでした。まともな机すらありませんし、スマホは使えません。居場所漏洩防止のため、警察を出発するときに電源を切られ、シェルターに着いたときに没収されたからです。おまけにパソコンやWIFIルーターも没収されていました。そんな状態ですから、文書を作成したり、調べ物をしたりすることができず、テレビを見るか、寝るぐらいしか、することがありませんでした。

 無料なので文句は言えないですけれど、食事もよくなかった。あまりおいしくなかったし、食器が粗末なんです。精神を病んでいる人や小さな子もいるので仕方ないのかもしれませんが、おままごとのような粗末なプラスチックのものを使わされました。

 そんな生活でも、大人である私は我慢できますが、かわいそうなのは私についてきた子どもたちです。友達に挨拶すらできないまま、突然、お別れすることになったわけです。シェルターには勉強を教えてくれる先生代わりのお兄さんがやってきましたが、それまで通っていた学校には、もはや通えないのです。それに、食べ物も、私が作った体に良いご飯を食べさせたくて仕方ありませんでしたが、それもできませんでした」

 シェルターの生活に耐えかねた倉橋さんは、ほかに落ち着き先を探すことを決意する。

「私はシェルターのスタッフに『引っ越し先を探したいから、パソコンとWIFIルーターを返してください』とお願いしました。その結果、1週間ほどでシェルターを出させてもらえることになったのです。そして、そのまま引っ越し先に考えていた土地へ移動し、安いホテルに子どもたちと滞在し、そこで家が見つかるまで過ごしました。

 私たちのように1週間で退所するというのは、特例の措置のようでした。通常、裁判所から保護命令(DV加害者が被害者へ近づくことを禁止する命令)が出るまでシェルターで過ごすので、2週間くらいは出られないそうですから。私はシェルターでの生活がこたえたのか、ホテルに着いてすぐ、熱を出して寝込みました。気合で1日で治しましたが、体重は激減していました。

 現地では、すぐに市役所に連絡し、経緯を説明して、いろいろと相談に乗っていただきました。こんなときに頼りになるのは、やっぱり役所ですよね。

 仕事の面接なども並行してやっていたんですが、ノマドワーカーは大変ですね。履歴書ひとつ送るのも大仕事です。スーツもメイク道具もなかったですし。そんなこんなで、やっとこさ、アパートを契約しました。預金が300万円ある証明書を銀行からとれれば、無職でも契約できるというD社(建設会社を兼ねる賃貸大手)で決めたのです。前に住んでいたアパートは両親に鍵を開けてもらい、引っ越しの見積もりと立ち会いも両親に頼みました。予想外に高い引っ越し料金でしたが、仕方がありませんでした」

■長びく係争

 一方、別離を突きつけられた夫はその後、どういった行動に出たのだろうか?

「私と子どもが家を出るとすぐ、夫は財産隠しを始めました。カードの盗難届を出して、私が持っているカード類を使えないようにしたんです。そうやって私や子どもたちを兵糧攻めにする一方、自分は贅沢をして遊んでいたそうです。とにかく家に戻ってきてほしかったということなんでしょう。

 そんな夫に対し、私は離婚調停と婚姻費用調停(別居中の生活費を分担するための調停)を起こしたのです。復縁する気は、まったくありませんでしたから。早く関係を清算したかった。すると夫は夫で、面会交流調停を起こしてきました。夫はずっと『子どもに会わせろ』の一点張り。それしか自分に主張できることがなかったせいもあると思います。

 調停は1カ月に1回くらいでしょうか。居所がバレては困るので、会わせるのは無理だと思っていましたし、子どもも夫と会うことを嫌がっていました。しかし裁判所は長い期間会わせていないという、調停の記録しか参考にしないですからね。子どもが嫌がっているというこちらの意見は完全にスルーで、意味がありませんでした。調停にしろ、後の審判にしろ、会わせなければいけない雰囲気でした。

 調停を重ねるうちに、私のほうも少しは折れることも必要かなと思うようになりました。調停を始めて3回目くらいのときでしたか。『調査官立ち会いの下でなら会わせます』と言ったんです。家に帰ってそのことを子どもに伝えたら、大ブーイングでしたけどね。それでも、『もう決まってしまったから』と子どもたちを無理やり次の調停に連れていき、別れてから初めて、子どもを夫に会わせました。

 調査官は面会の様子を見て和やかだと思ったようですが、子どもたちの心は別のところにありました。内心、夫に気を使っていて、『触られるのも嫌だったけど断れず、つらかった』と後から言われました。調査官は、そんな子どもたちの本心を見抜けていませんでした。これが、後の審判に影響することになり、大きな失敗でした。

 夫のほうは一貫して『毎月、面会交流をさせろ』と主張していました。それに対し私は『年3回(春休み、夏休み、冬休み)なら、なんとかできると思う』と答えました。しかしこれも失敗でした。実際には、夏休みと冬休みは子どもが忙しくて難しい。遠いので宿泊も必要なんですが、その時期は宿も取りにくい。でも、このときの調停の記録が審判にも影響してしまい、後に年3回の面会ということで審判が出てしまいました」

 面会交流が決定したことがきっかけで、夫から、何らかの支払いが行われるようになったのだろうか?

「夫からの婚姻費用は、一向に支払われる様子がありませんでした。しかしそれでも、私は2度目の面会交流に応じました。この面会交流では、弁護士が見つけてくれたDVに詳しい交流支援業者に立ち会ってもらい、子どもたちを守っていただきました。

 私が面会に応じたのは、『北風と太陽』(イソップ寓話)の太陽と同じです。夫を喜ばせることで、夫も譲歩してくるんじゃないかと思ったんです。事実、会わせることで、態度は軟化しましたね。『子どもに会えてうれしいので、婚姻費用を振り込みます』と言って、結局は振り込んでくれましたから。

 問題は子どもの気持ちです。子どもに会えなくてつらい気持ちは想像できるので、母親が夫を嫌っているというだけの理由で夫に子どもを会わせないというのは、私もひどいと思います。だから私も、子どもたちを説得しようとしているんですが、子どもたちが父親を嫌がっているんですよね……。そんなわけで、3度目の面会は実現していないんです。

 調停の申し立てをしてから2年近く。今月、ようやく離婚が成立しました。安月給ですが、お金には困っていません。婚姻費用と慰謝料も入りましたし、貯えもありますから。それにしても、夫がいない生活は、自由でとても楽しいものですね!

 今後、夫とは金輪際、関わりたくないです。見つかったら、何をされるかわかりませんからね。連絡は弁護士を通じてのみです。そんなわけですので、面会交流は、やらないで済むならしたくないです。そのほうが、私も子どもたちも平穏な日々を送れますから」

西牟田 靖(にしむた やすし
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

DV夫とは関わりたくない。でも、子どもに会えなくてつらい気持ちは想像できる「別れた夫にわが子を会わせる?」

OLYMPUS DIGITAL CAMERAわが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしをし、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第1回 倉橋まりさん(仮名、40代)後編

 倉橋まりさんは、学生時代に知り合った男性と就職後に結婚。仕事は続け、出産後も職場に復帰して、子育てしながら働き続けていた。結婚生活の初期から、DVの兆候があったものの、最初は我慢していたという倉橋さんだったが、たびたび殴られるようになり、夫の浮気発覚を機に離婚を決意。夫の留守中に家を飛び出し、シェルターへ逃げた。

(前編はこちら)

■シェルターでの生活

 倉橋さんが逃げ込んだシェルターとは、いったいどんなところだったのか?

「行政が一時保護を委託している民間シェルターで、外観は、鉄筋コンクリートのきれいな建物でした。三食つき、室内に風呂やトイレ、テレビが備わっていました。殴られたり、追いかけられたりする心配は当分ありません。かといって、シェルターでの生活が楽かというと、むしろその逆でした。なんといっても、人間的な生活ができないことがつらいんです。

 あてがわれた部屋は、壁紙にしろ、寝具のシーツにしろ、ボロボロでした。まともな机すらありませんし、スマホは使えません。居場所漏洩防止のため、警察を出発するときに電源を切られ、シェルターに着いたときに没収されたからです。おまけにパソコンやWIFIルーターも没収されていました。そんな状態ですから、文書を作成したり、調べ物をしたりすることができず、テレビを見るか、寝るぐらいしか、することがありませんでした。

 無料なので文句は言えないですけれど、食事もよくなかった。あまりおいしくなかったし、食器が粗末なんです。精神を病んでいる人や小さな子もいるので仕方ないのかもしれませんが、おままごとのような粗末なプラスチックのものを使わされました。

 そんな生活でも、大人である私は我慢できますが、かわいそうなのは私についてきた子どもたちです。友達に挨拶すらできないまま、突然、お別れすることになったわけです。シェルターには勉強を教えてくれる先生代わりのお兄さんがやってきましたが、それまで通っていた学校には、もはや通えないのです。それに、食べ物も、私が作った体に良いご飯を食べさせたくて仕方ありませんでしたが、それもできませんでした」

 シェルターの生活に耐えかねた倉橋さんは、ほかに落ち着き先を探すことを決意する。

「私はシェルターのスタッフに『引っ越し先を探したいから、パソコンとWIFIルーターを返してください』とお願いしました。その結果、1週間ほどでシェルターを出させてもらえることになったのです。そして、そのまま引っ越し先に考えていた土地へ移動し、安いホテルに子どもたちと滞在し、そこで家が見つかるまで過ごしました。

 私たちのように1週間で退所するというのは、特例の措置のようでした。通常、裁判所から保護命令(DV加害者が被害者へ近づくことを禁止する命令)が出るまでシェルターで過ごすので、2週間くらいは出られないそうですから。私はシェルターでの生活がこたえたのか、ホテルに着いてすぐ、熱を出して寝込みました。気合で1日で治しましたが、体重は激減していました。

 現地では、すぐに市役所に連絡し、経緯を説明して、いろいろと相談に乗っていただきました。こんなときに頼りになるのは、やっぱり役所ですよね。

 仕事の面接なども並行してやっていたんですが、ノマドワーカーは大変ですね。履歴書ひとつ送るのも大仕事です。スーツもメイク道具もなかったですし。そんなこんなで、やっとこさ、アパートを契約しました。預金が300万円ある証明書を銀行からとれれば、無職でも契約できるというD社(建設会社を兼ねる賃貸大手)で決めたのです。前に住んでいたアパートは両親に鍵を開けてもらい、引っ越しの見積もりと立ち会いも両親に頼みました。予想外に高い引っ越し料金でしたが、仕方がありませんでした」

■長びく係争

 一方、別離を突きつけられた夫はその後、どういった行動に出たのだろうか?

「私と子どもが家を出るとすぐ、夫は財産隠しを始めました。カードの盗難届を出して、私が持っているカード類を使えないようにしたんです。そうやって私や子どもたちを兵糧攻めにする一方、自分は贅沢をして遊んでいたそうです。とにかく家に戻ってきてほしかったということなんでしょう。

 そんな夫に対し、私は離婚調停と婚姻費用調停(別居中の生活費を分担するための調停)を起こしたのです。復縁する気は、まったくありませんでしたから。早く関係を清算したかった。すると夫は夫で、面会交流調停を起こしてきました。夫はずっと『子どもに会わせろ』の一点張り。それしか自分に主張できることがなかったせいもあると思います。

 調停は1カ月に1回くらいでしょうか。居所がバレては困るので、会わせるのは無理だと思っていましたし、子どもも夫と会うことを嫌がっていました。しかし裁判所は長い期間会わせていないという、調停の記録しか参考にしないですからね。子どもが嫌がっているというこちらの意見は完全にスルーで、意味がありませんでした。調停にしろ、後の審判にしろ、会わせなければいけない雰囲気でした。

 調停を重ねるうちに、私のほうも少しは折れることも必要かなと思うようになりました。調停を始めて3回目くらいのときでしたか。『調査官立ち会いの下でなら会わせます』と言ったんです。家に帰ってそのことを子どもに伝えたら、大ブーイングでしたけどね。それでも、『もう決まってしまったから』と子どもたちを無理やり次の調停に連れていき、別れてから初めて、子どもを夫に会わせました。

 調査官は面会の様子を見て和やかだと思ったようですが、子どもたちの心は別のところにありました。内心、夫に気を使っていて、『触られるのも嫌だったけど断れず、つらかった』と後から言われました。調査官は、そんな子どもたちの本心を見抜けていませんでした。これが、後の審判に影響することになり、大きな失敗でした。

 夫のほうは一貫して『毎月、面会交流をさせろ』と主張していました。それに対し私は『年3回(春休み、夏休み、冬休み)なら、なんとかできると思う』と答えました。しかしこれも失敗でした。実際には、夏休みと冬休みは子どもが忙しくて難しい。遠いので宿泊も必要なんですが、その時期は宿も取りにくい。でも、このときの調停の記録が審判にも影響してしまい、後に年3回の面会ということで審判が出てしまいました」

 面会交流が決定したことがきっかけで、夫から、何らかの支払いが行われるようになったのだろうか?

「夫からの婚姻費用は、一向に支払われる様子がありませんでした。しかしそれでも、私は2度目の面会交流に応じました。この面会交流では、弁護士が見つけてくれたDVに詳しい交流支援業者に立ち会ってもらい、子どもたちを守っていただきました。

 私が面会に応じたのは、『北風と太陽』(イソップ寓話)の太陽と同じです。夫を喜ばせることで、夫も譲歩してくるんじゃないかと思ったんです。事実、会わせることで、態度は軟化しましたね。『子どもに会えてうれしいので、婚姻費用を振り込みます』と言って、結局は振り込んでくれましたから。

 問題は子どもの気持ちです。子どもに会えなくてつらい気持ちは想像できるので、母親が夫を嫌っているというだけの理由で夫に子どもを会わせないというのは、私もひどいと思います。だから私も、子どもたちを説得しようとしているんですが、子どもたちが父親を嫌がっているんですよね……。そんなわけで、3度目の面会は実現していないんです。

 調停の申し立てをしてから2年近く。今月、ようやく離婚が成立しました。安月給ですが、お金には困っていません。婚姻費用と慰謝料も入りましたし、貯えもありますから。それにしても、夫がいない生活は、自由でとても楽しいものですね!

 今後、夫とは金輪際、関わりたくないです。見つかったら、何をされるかわかりませんからね。連絡は弁護士を通じてのみです。そんなわけですので、面会交流は、やらないで済むならしたくないです。そのほうが、私も子どもたちも平穏な日々を送れますから」

西牟田 靖(にしむた やすし
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

初めて殴られたときDVだと気づいた。夫から逃げるためにシェルターへ「別れた夫にわが子を会わせる?」

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしをし、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第1回 倉橋まりさん(仮名、40代)前編

■DVに気づいたとき

「夫のやってることがDVだと気がついたのは、初めて殴られたときでした。『女性を殴るなんてひどい』と思いましたが、その思いを夫に伝えることはできませんでした。怖かったんです。

 しばらくは殴られなかったんですが、半年くらい後に、また殴られました。そのとき私は勇気を出して、『殴るのだけはやめてほしい。今度殴ったら別れる』と夫に言いました。

 それできっぱりやめてくれるのかと思ったら、その通りにはなりませんでした。さらに半年くらい後、また殴られてしまったんです。我慢せず別れればよかったのに、私は別れることはせず、ただ夫に心を閉ざしただけでした。そうして私は、殴る、蹴る、髪を引っぱる、大声で怒鳴る――といった暴力を、半年くらいごとに振るわれ続けたんです」

 倉橋まりさんは、つらい体験の一端を口にした。

「夫と知り合ったのは、私が大学に通っていた頃です。彼は別の大学に通っている人で、頭のいい、優秀な人でした。見た目も格好よかったので、向こうから食事に誘われたときはうれしかった。そのままお付き合いすることになりまして、結局、彼とゴールインいたしました。それぞれ大学を卒業し、就職した後のことです。結婚後、私は家庭に入らず、仕事を続けました。出産後も、職場に復帰して子育てしながら、働き続けたんです。

 振り返ってみると、そういえば結婚生活の初期から、前触れといいますか、DVの兆候がありました。例えば、次のようなことをされたんです。『お前のせいで大変なことになる』と脅されたり、お金(生活費)を少ししか渡されなかったり。長時間説教されたり、『お前は最低だ』と言われたり……。それでも最初は、結婚ってそんなものかと思って我慢していたんです。

 先に申しましたように、初めて手を上げられたとき、夫にやられていることがDVだと理解しました。しかし殴られても、じっと我慢しました。抵抗すればさらに殴られる、ということが予想できたからです」

 暴力を振るわれ続けて、離婚しようという気持ちが高まっていったのだろうか?

「いえ、そうはならなかったです。夫にけなされ続け、自尊心を打ち砕かれてしまっていたからです。『離婚しても、私のような出来の悪い妻では結婚してくれる人はいない。こんな私なのに夫は結婚してくれたのだから、ありがたい』と思っていた。要は洗脳されていたんです。何より夫は稼いでいましたし、浮気もしない。だから私、『子どものためにもと思って、たまに殴られることくらいは我慢すればいい』と自分に言い聞かせていたんです。

 夫は夫で、私が殴られても別れようとしないことから、『こいつは殴っても大丈夫』だと思ったんでしょうね。『なんで殴るの?』と聞いたところ、『おまえしか殴ったことはない。おまえが悪いから殴るんだ』といったことを悪びれずに言われたことがあります。

 では、なぜ離婚したかって? 夫の浮気が発覚したからです。夫は独身と偽って婚活サイトに登録していまして、真面目に婚活している若い女性たちを食い物にしていたんです。人というのは言葉では平気で嘘をつくのですね。夫を人として軽蔑しました。限界でした」

 我慢してでも夫婦関係を維持しよう――。そうした気持ちが彼女の中から消えてしまったのだった。このあと彼女は家を出るという方法で気持ちを表すことになる。

■夫の旅行中に黙って引っ越し

「警察、弁護士(市の無料法律相談で知り合い、そのまま委託)、市役所、行政のDV相談、児童相談所、女性相談センター、小学校、中学校、実家の両親、NPO、民生委員など、別れる直前、あちこち相談に行きました。すべての方が親身に話を聞いてくださったことが何よりうれしかったし、その全員が私の味方になってくれたような心強さがありました。

 具体的なアドバイスを出してくださったのは弁護士さんです。『証拠集めをするように』と言われました。その言葉に従い、写真ですとか領収書ですとか通帳ですとかを、夫が見ていない隙に集めていったんです」

 そうして、倉橋さんは準備を進めてから家を出た。

「夫が旅行に行っている間に、黙って引っ越しました。『とにかく家を出ないことには、DV夫とは離婚の話し合いはできない』とアドバイスされたので。『弁護士と話してください』と書き置きをして。引っ越し先は教えませんでした。

 出ていくとき、『もう無理なので、パパとは別れようと思う、あなたたちは、どちらについていきたいの?』と2人の子どもに尋ねました。すると『ママ』と2人とも即答しまして、それで2人とも連れて行くことにしたんです。そのとき、上の子は中学生で、下の子は小学生でした。

 引っ越し先は、子どもが転校する必要のない、もといた家のすぐ近くでした。転校の説得をする時間がなかったため、子どもにも家出の話はギリギリまで内緒にしていました。相談した人からは、『近所だと、子どもがお父さんに待ち伏せされるからダメだ』と助言されていましたが、私は、『まあ大丈夫だろう』と、甘く考えていたんです。

 案の定、その後が大変でした。夫がストーカーになったからです。実家に連絡されたり、子どもたちを学校帰りに毎日待ち伏せされたりしてしまいました。弁護士から夫に『近づかないように』と警告してもらったんですが、まったく聞く耳を持ってくれませんでした。その挙げ句、夫は子どもを脅して私の住所を聞き出し、『明日ママに会いに行く』と子どもに言ったんです。そう言われて怖かったんでしょう。家に帰ってきて、私に報告してくれたとき、子どもは顔面蒼白でした。

 それを聞いて私、すぐに警察に相談したんです。生活安全課に。すると、親身になって耳を傾けてくれた上に、『今すぐ逃げたほうがいい』とアドバイスされました。さらにはシェルターへと連れて行ってくれました」

(後編へ続く)

初めて殴られたときDVだと気づいた。夫から逃げるためにシェルターへ「別れた夫にわが子を会わせる?」

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしをし、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第1回 倉橋まりさん(仮名、40代)前編

■DVに気づいたとき

「夫のやってることがDVだと気がついたのは、初めて殴られたときでした。『女性を殴るなんてひどい』と思いましたが、その思いを夫に伝えることはできませんでした。怖かったんです。

 しばらくは殴られなかったんですが、半年くらい後に、また殴られました。そのとき私は勇気を出して、『殴るのだけはやめてほしい。今度殴ったら別れる』と夫に言いました。

 それできっぱりやめてくれるのかと思ったら、その通りにはなりませんでした。さらに半年くらい後、また殴られてしまったんです。我慢せず別れればよかったのに、私は別れることはせず、ただ夫に心を閉ざしただけでした。そうして私は、殴る、蹴る、髪を引っぱる、大声で怒鳴る――といった暴力を、半年くらいごとに振るわれ続けたんです」

 倉橋まりさんは、つらい体験の一端を口にした。

「夫と知り合ったのは、私が大学に通っていた頃です。彼は別の大学に通っている人で、頭のいい、優秀な人でした。見た目も格好よかったので、向こうから食事に誘われたときはうれしかった。そのままお付き合いすることになりまして、結局、彼とゴールインいたしました。それぞれ大学を卒業し、就職した後のことです。結婚後、私は家庭に入らず、仕事を続けました。出産後も、職場に復帰して子育てしながら、働き続けたんです。

 振り返ってみると、そういえば結婚生活の初期から、前触れといいますか、DVの兆候がありました。例えば、次のようなことをされたんです。『お前のせいで大変なことになる』と脅されたり、お金(生活費)を少ししか渡されなかったり。長時間説教されたり、『お前は最低だ』と言われたり……。それでも最初は、結婚ってそんなものかと思って我慢していたんです。

 先に申しましたように、初めて手を上げられたとき、夫にやられていることがDVだと理解しました。しかし殴られても、じっと我慢しました。抵抗すればさらに殴られる、ということが予想できたからです」

 暴力を振るわれ続けて、離婚しようという気持ちが高まっていったのだろうか?

「いえ、そうはならなかったです。夫にけなされ続け、自尊心を打ち砕かれてしまっていたからです。『離婚しても、私のような出来の悪い妻では結婚してくれる人はいない。こんな私なのに夫は結婚してくれたのだから、ありがたい』と思っていた。要は洗脳されていたんです。何より夫は稼いでいましたし、浮気もしない。だから私、『子どものためにもと思って、たまに殴られることくらいは我慢すればいい』と自分に言い聞かせていたんです。

 夫は夫で、私が殴られても別れようとしないことから、『こいつは殴っても大丈夫』だと思ったんでしょうね。『なんで殴るの?』と聞いたところ、『おまえしか殴ったことはない。おまえが悪いから殴るんだ』といったことを悪びれずに言われたことがあります。

 では、なぜ離婚したかって? 夫の浮気が発覚したからです。夫は独身と偽って婚活サイトに登録していまして、真面目に婚活している若い女性たちを食い物にしていたんです。人というのは言葉では平気で嘘をつくのですね。夫を人として軽蔑しました。限界でした」

 我慢してでも夫婦関係を維持しよう――。そうした気持ちが彼女の中から消えてしまったのだった。このあと彼女は家を出るという方法で気持ちを表すことになる。

■夫の旅行中に黙って引っ越し

「警察、弁護士(市の無料法律相談で知り合い、そのまま委託)、市役所、行政のDV相談、児童相談所、女性相談センター、小学校、中学校、実家の両親、NPO、民生委員など、別れる直前、あちこち相談に行きました。すべての方が親身に話を聞いてくださったことが何よりうれしかったし、その全員が私の味方になってくれたような心強さがありました。

 具体的なアドバイスを出してくださったのは弁護士さんです。『証拠集めをするように』と言われました。その言葉に従い、写真ですとか領収書ですとか通帳ですとかを、夫が見ていない隙に集めていったんです」

 そうして、倉橋さんは準備を進めてから家を出た。

「夫が旅行に行っている間に、黙って引っ越しました。『とにかく家を出ないことには、DV夫とは離婚の話し合いはできない』とアドバイスされたので。『弁護士と話してください』と書き置きをして。引っ越し先は教えませんでした。

 出ていくとき、『もう無理なので、パパとは別れようと思う、あなたたちは、どちらについていきたいの?』と2人の子どもに尋ねました。すると『ママ』と2人とも即答しまして、それで2人とも連れて行くことにしたんです。そのとき、上の子は中学生で、下の子は小学生でした。

 引っ越し先は、子どもが転校する必要のない、もといた家のすぐ近くでした。転校の説得をする時間がなかったため、子どもにも家出の話はギリギリまで内緒にしていました。相談した人からは、『近所だと、子どもがお父さんに待ち伏せされるからダメだ』と助言されていましたが、私は、『まあ大丈夫だろう』と、甘く考えていたんです。

 案の定、その後が大変でした。夫がストーカーになったからです。実家に連絡されたり、子どもたちを学校帰りに毎日待ち伏せされたりしてしまいました。弁護士から夫に『近づかないように』と警告してもらったんですが、まったく聞く耳を持ってくれませんでした。その挙げ句、夫は子どもを脅して私の住所を聞き出し、『明日ママに会いに行く』と子どもに言ったんです。そう言われて怖かったんでしょう。家に帰ってきて、私に報告してくれたとき、子どもは顔面蒼白でした。

 それを聞いて私、すぐに警察に相談したんです。生活安全課に。すると、親身になって耳を傾けてくれた上に、『今すぐ逃げたほうがいい』とアドバイスされました。さらにはシェルターへと連れて行ってくれました」

(後編へ続く)