『24時間テレビ』に登場しない障害者……精神障害や発達障害はなぜいない?

 8月26~27日に放送される『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)。同番組の定番企画として、足の不自由な障害者が登山をしたり、知的障害者の子どもたちがコンサートをしたりといった「障害者が何かにチャレンジする」というコーナーがある。これらが「募金目当ての感動ポルノだ」という視聴者からの批判が出るのも夏の風物詩のようなものだが、不思議なのは、同番組で取り上げられる障害者が身体障害者および知的障害者ばかりなことだ。そこには、うつ病・パニック障害等の精神障害者、ADHD(注意欠陥・多動性障害)・ASD(自閉症スペクトラム)等の発達障害者は出てこない。それはいったいなぜなのだろうか?

 日本テレビに電話でコメントを求めたところ、担当者不在で話を聞くことはできなかった。そこで、精神障害や発達障害の当事者の声を聞いてみた。

 筆者がTwitter上で「#もしも24時間TVに出てくる障害者が全員ADHDだったら」というハッシュタグを作って拡散したところ、「募金が集まらない」「障害者に見えないと苦情が入る」といった自虐的な意見が散見された。もはや彼らは『24時間テレビ』に自分たちが取り上げられることを諦めているのだ。

 精神障害、発達障害のような“見えない障害”というものは地味でわかりづらい。たとえば、うつ病は気分障害の一種で、気分が落ち込み、思考に歪みが生じる。

「物事を楽しく思うことが難しくなり、好きだった趣味などからも興味を失ってしまいます。寝込みがちになって体力が落ちる・不眠等の二次的な障害が発生すると、近場への外出や、上体を起こしているだけでもひどく疲弊してしまうことがあるんです」(うつ病のAさん)

 うつ病患者が『24時間テレビ』で何かにチャレンジするならば、行きたかったという場所へ旅行に行くのはどうだろう? 「うつ病になる前の夢だったんだ」と当人が言うのであれば、夢を叶えてみせてもいいだろう。

「うつ病患者は、調子の良い状態から急に体調が悪化することがよくあり、何度も途中下車を強いられるかもしれません。そうすると、申し訳なくて途中下車のたびにスタッフに何度も謝罪することになると思います」(Aさん)

 うつ病と併発しやすい病気に「パニック障害」がある。突然激しい動悸や焦燥感に襲われるパニック発作が起こり、「同じ発作が起きるのではないか」という不安で、発作を起こした場所に行けなくなってしまう人も多い。

 それならば、『24時間テレビ』のチャレンジコーナーで、パニックを起こした場所を克服する企画があってもいいだろう。

「いつパニック発作を起こすかはわからないので、もし発作を起こしたら、その場所への恐怖はより一層大きなものとなってしまいます。確かにトレーニングを積めば、そこへ近づけるようになると思いますが、もしそれができたとしたら、一見 “普通の人”が目的地まで行けた、という映像にしかならないでしょう」(パニック障害のBさん)

 発達障害だとどうだろうか? ADHDの当事者は、著しく注意力が欠如しており、一般的に整理整頓や片付けが苦手で、定型発達者(発達障害ではない人)の何倍もの労力が必要である。

 ならば、克服企画として、自分の汚部屋を片付けることにチャレンジしたら……?

「ものすごく苦労して片付け、息を切らして掃除機をかけても、やっと一般家庭の“ちょっときれいな状態”になるくらいだと思います」(ADHDのCさん)

 このように、“見えない障害”の当事者が『24時間テレビ』で障害を克服する企画に挑戦したとしても、足に障害のある少年少女が登山をする映像と比べると、インパクトの弱いものになってしまうだろう。とはいえ、それが精神障害者・発達障害者の実態であるならば、ありのままの姿を伝えることで、わかりづらい障害への理解を深めることにつながるのではないだろうか? ありのままの姿を伝えられないのならば、彼らをほかの障害者と同様に扱っており、昨年の『24時間テレビ』のパロディが障害者たちに好評だった裏番組の『バリバラ』(NHK)に、その役目を期待したほうがいいのかもしれない。
(Cyndi)

『黒革の手帖』が現実に!? 客への復讐として “月収400万円”ホステスとなった女性

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座の一等地にクラブ「カルネ」をオープン。先週放送の5話では、元子が銀座のクラブの最高峰である「ルダン」を手に入れるため、オーナーである政財界のフィクサー・長谷川庄治(伊東四朗)と交渉するという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。その人は大きな目が印象的なミユキさん(仮名・31歳)。水商売を始める前はフルタイムでバリバリ働く会社員だったという。

「16歳で家を出て、大阪でアパレル企業のアルバイトを経て正社員になりました。マネジャーを任され、月収は35万円と業界内では高給でした」

 母子家庭だったミユキさんは21歳のとき、「祖父母と暮らしたい」という母のためにマンションをプレゼントした。しかし、そのわずか1年後……。

「祖母が自殺しました。母は幼いころ裕福な家庭で育ち、祖父母よりも家政婦と過ごす時間が多く、わがままな性格でした。母と暮らし始めた祖母は、奴隷のように扱われていたそうです。祖母の相談を、私は仕事が忙しくてなかなか聞いてあげることができませんでした。祖母から最後の着信があった3日後、祖母は遺書を残して自宅のベランダで首を吊ったのです」

■自殺した祖母の気持ちに気づかなかったことを悔やんで生きてきた

 「祖母からの『SOS』に気づいてあげられなかったことを悔やんで生きてきた」とミユキさんは言う。それでも残された祖父と母のために、実家のローンを払い続けた。

「24歳のときにアパレル会社を辞めることになりました。同僚同士の派閥や陰口など、人間関係のトラブルが原因です。他社から引き抜きの話もありましたが、これ以上の昇給は望めないと考え、業界から身を引きました。マンションのローンも含め、これからどうしようと悩んでいるときに声を掛けられたのがキャバクラの仕事だったんです」

 祖父、母、そして自身の生活のためにキャバクラで働くことを決意した。源氏名の「ミユキ」は祖母の名前から付けた。

「水商売には少し抵抗がありましたが、実際に働いてみると、お客さんが自分のために1時間1万円を使うことが、すごくありがたいことだと思いました。昼職をしてお金の大切さを知っていたからかもしれません。ホステスは自分が商品であってマニュアルなどがないので、接客は漫画『女帝』(芳文社)を読んで勉強しました。源氏名に祖母の名前を付けたのは、なるべく自分を嘘で固めたくなかったからで、お客さんを騙すよりも楽しんでもらうことを一番に考えました」

 ミユキさんはわずか2カ月でナンバー(トップ10)入りした。その後キャバクラで初めてのバースデーイベントを行い、ひと月の売り上げは300万円に上った。そして、1人の客と恋に落ちる。相手は3歳年上で、優しい性格に惹かれたという。彼との交際も順調なとき、ミユキさんの妊娠が発覚した。

「彼に報告すると『好きだけど、まだ責任は取れないから堕ろしてほしい』と耳を疑うような言葉が返ってきました。その後、彼とは連絡が取れなくなり、バレンタインの日に1人で堕胎手術を受けました。その時、『もう客は信じない、金のみ搾り取ってやろう』と、客への復讐を誓ったのです」

 25歳になったミユキさんは、ミナミのニュークラブ(高級キャバクラ)に移籍する。客を持っていたので時給は8,000円からのスタートだった。

「ナンバー1になるのは嫌だったので、売上げ管理をしながらナンバー2か3をキープしました。ナンバー1になるのは簡単ですが、維持するのが大変なんです。一度トップになっても、落ちたときのプレッシャーに耐えられず辞めてゆく人たちをたくさん見てきたので。また、裏引き(お店を通さずに客から金をもらうこと)やプレゼントは一切もらわず、店でお金を使わせることを徹底しました。目先のお金よりも安定したお給料を求めたので、成績を安定させて、店から良い客を優先的につけてもらうようにしました」

 当時、ミユキさんの月収は150万円以上あったが、半分は親のマンションのローンと仕送りに充て、自分で使うのは最低限の生活費と店の衣装代やヘアメイク代だけで、残りは貯金していた。生活は質素だったという。

■「このまま水商売を続けていいのか」と自問自答

 そんなある日、客から打ち明けられた。

「Aさんというお客さんが、『ミユキに会いたいけど会いに行くお金がなくなったから、借金をして、妻と別れることになった』と店で泣き出したんです。大の大人が泣くなんてよっぽどだなと思い、『こうやって人の人生を狂わせながら生きていっていいのかな』と、仕事に対して疑問を抱くようになりました」

 罪悪感を持ったミユキさんは1カ月の休暇をとった。その間もマメに連絡をくれていたAさんに、少しずつ恋愛感情が芽生えたという。休暇が終わって店に復帰したが、仕事に対する気持ちは晴れなかった。自問自答する中、この月ミユキさんは初めてナンバー1になった。

「ナンバー1になった途端、今までトップだったキャストから嫌がらせを受けるようになったんです。 客席で無理矢理飲ませようとしてきたり、 アフターで客との枕を勧められたり……。数カ月間ナンバー1争いを繰り返した結果、元ナンバー1は逃げるように退店しました。安心もつかの間、今度は自分がナンバー1を守る立場になり、プレッシャーで押し潰されそうになりましたね」

 心のよりどころはAさんだけだった。Aさんと交際し、実家のローンにも終わりが見えてきたミユキさんは「このまま夜の仕事をあがってAさんと落ち着こう」と店を辞める決意をする。ナンバー1を維持して数カ月、ミユキさんの月収は400万円に上っていた。

「店を辞めた後にAさんの嘘が発覚したんです。借金もないし、離婚もしてない。私はただの浮気相手だと知りました。結局、この男も逃げた元彼と同じ……。でも、すべて自分がまいた種なんだ。仕事でしたこと、ついた嘘が、裏切りとして自分に返ってきただけ。自暴自棄になり、ついにパニック障害と診断されました」

 それ以来、ミユキさんは抗うつ剤が手放せなくなった。実家に戻ることも考えたが、ある大衆キャバクラから誘いを受けた。

「今までの店とは違い派閥もなく働きやすいと聞き、しばらく休んだ後に、お手伝いとして働かせてもらうことになりました。以前のお客さんはほとんど切って、抗うつ剤でお酒は飲めないから、時給は3,000円からのスタートでした」

 給料はそれまでの3分の1以下になったが店の居心地は良かった。そんな中、同業の経営者という客に出会う。

「話が合って楽しい人というのが最初の印象です。この仕事を理解してくれて『お付き合いしてください』と言われたのですが、過去の経験からまた傷つくのが嫌だったので、全て話してお断りしようと思いました」

 ミユキさんが彼に全てを話した後、彼の返事は意外なものだった。

「『過去もすべて受け入れる。一緒に住む家も用意して、婚姻届を出したら信用してくれる?』と言われました。しばらく考えて、『この人なら信じられるかも』と思ったんです。そこから彼の宣言通りに話が進み、仕事をあがることになりました。店を辞めるときの貯金は100万円くらい。まさに電撃結婚ですね」

 現在は夫と2人暮らし。パニック障害の症状も落ち着き、好きだったアパレルのネットショップも始めた。水商売の世界に入り、数々の裏切りを経験し、パニック障害を発症したミユキさん。彼女は今、水商売について何を思うのだろうか?

「その世界でしか出会えない人たちにもたくさん出会えましたし、今はホステスの仕事をして良かったと思います。お金は、人が生きていく上で必要不可欠だけど、人を惑わす悲しい道具だとも思います。夜の世界は大金を簡単に稼げるけれど、出ていくのも簡単です。お金が湯水のように溢れ出るものと勘違いすると、痛い目に遭う。水商売は欲に流されず、目指すものや、やるべきことがある人が輝ける場所だと思いますね」
(カワノアユミ)

「男性がコンドーム、女性がピルで対等」避妊を男性任せにしている日本のセックス

 先日、市販(スイッチOTC)化が見送られた緊急避妊薬レボノルゲストレル(商品名ノルレボ錠)。他の先進国ではすでにドラッグストアで販売されており、手に入れやすい状況にある。海外と比べて性に関する健康情報が乏しい日本だが、その現状について、日本家族計画協会理事長・北村邦夫先生に聞いた。
(前編はこちら)

■日本は、女性の性や生殖に関する健康・権利が、ないがしろにされている

――日本女性の避妊に関する知識は、他の先進国と比べると、遅れているのでしょうか?

北村 緊急避妊薬導入の話が初めて僕のところにあったのが、2000年2月。そして、日本で承認されたのが、11年2月23日。11年もかかってしまいました。こんなに時間がかかってしまったのは、開発企業や審査機関の問題があることは否めませんが、日本の女性たちのリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)が、社会では非常にないがしろにされているのではないかと危惧されます。低用量ピルに関してもそうでした。アメリカで承認されたのが1960年ですが、日本で承認されたのが99年で、国連加盟国中最後の承認国となりました。アメリカと比べると40年も遅れをとっています。女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツが軽視されている国、これが日本の状況かもしれません。

 そのような状況の中、フランス・パリとイギリス・ロンドンを訪れる機会がありました。これらの国では緊急避妊薬が市販化されています。そこで、パリの街のドラッグストアに行って「緊急避妊薬をください」と言うと、薬剤師が棚から出して売ってくれました。これと同じように、ロンドンのドラッグストアに行ったところ「男性には売れません。妊娠を継続するか中断するかは、女性にのみ権利があるんです」と言うのです。僕自身の名刺を見せて「私はこういう者で、日本に緊急避妊薬を導入したくて調査研究を進めているところなんです」と言ってもダメでした。

 そこで、同行していた女性に頼んで、一緒に再度ドラッグストアを訪れると売ってくれました。その際、プライバシー配慮のために2人とも個室に連れて行かれ、これがどんな薬でどんな問題点があるかなど15分ほどかけて説明されました。この経験は僕にとって大きな勉強になりました。スイッチOTC化は時代の流れとしては重要ですが、僕がロンドンで経験したように、周囲に声の聞こえないカウンセリングルームを構え、そこできちんと指導がなされるような準備が、とても重要なのではないかと思います。

――現在、日本の婦人科でノルレボ錠を処方してもらうと1回分1万5,000円ほどかかるため、かなり高額に感じます。北村先生が行かれたロンドンやパリの薬局では、費用はどれくらいでしたか?

北村 1,500~2,000円くらいだったと思います。日本では、なぜこんなに高いかというと、ノルレボ錠開発の期間が長すぎたからです。その間、開発していた製薬企業は莫大なお金を使っているので、それを回収しなければなりません。医療機関も問屋から1回分1万円ほどで仕入れています。さらに、うちのクリニックでは、1万5,000円の中にピル1シート分を含んでいます。だから、産婦人科がもうけているわけではありません。ピルだって途上国などでは1シート200~300円ほどで手に入りますが、日本は2,000~3,000円します。これも、アメリカに遅れること40年も時間がたってしまったことが影響しているとはいえないでしょうか。

――日本家族計画協会では、緊急避妊に関する電話相談を行っていますよね。

北村 はい。でも、男性から「緊急避妊のできる医療機関を教えてください」と言われた場合、僕たちはパートナーの女性が電話をかけてくるように促します。この薬を飲むか飲まないかは女性の意思です。電話をかけてきた男性はコンドームを使わなかったり、使っていても破れたりしたのかもしれない。だから、大騒ぎをして電話をかけることで自分の責任を回避しようとしているのかもしれませんが、妊娠を継続するかしないかは女性の考え方ひとつなんです。

 僕がサイゾーウーマンの読者の方に伝えたいのは、緊急避妊を考える前に、男性に支配されない避妊法を女性として準備しておこうということです。妊娠経験がなく、どうしても妊娠するわけにはいかない人はピルを、妊娠経験があるけどしばらく妊娠を希望しない人は子宮内避妊具/子宮内避妊システムの使用をお勧めします。日本の8割を超える人がコンドームや膣外射精を避妊法として選択している。これが日本の現状なんです。妊娠は男性の体には絶対に起こりません。にもかかわらず、日本の女性たちは避妊を男性任せにしている現実があります。これを変えることが大事で、「コンドームによる避妊に失敗した場合はノルレボ錠を飲みましょう」というのでは、あまりにものんきすぎます。しかし、ピルを飲んでいても、時期によっては3日以上の飲み遅れや飲み忘れがあると緊急避妊を必要とする場合があります。こういうときのための緊急避妊です。

――妊娠は女性の体に起こるものだから、避妊も女性が主体となってするものだということですね。

北村 うちのクリニックに来ているピルのユーザーには、「自分がピルを飲んでいることを男性には言ってはダメ」と言っています。日本の男性は避妊目的でコンドームを使うことをためらいませんが、それは女性が妊娠したら自分に跳ね返ってくる責任を避ける目的で、自分を守るためです。少なくとも、彼女を守るためにコンドームを使っているとはいえません。だから、パートナーの女性がピルを飲んでいることを公言してしまうと、コンドームを使わなくなってしまう。女性がピルを飲んで男性がコンドームを使う二重防御ができて初めて、対等なセックスが可能になります。性感染症予防には定期的な検査、必要に応じた治療が必要ですが、コンドームを使うことは必須です。女性が男性に公言せずにピルを飲んで男性がコンドームをつければ、男性は一生懸命避妊のためにコンドームを使っているという状況になります。それは女性からしてみると性感染症予防につながります。こういう発想が日本には欠けています。避妊指導というのは、このようなことも含め、地道にきめ細かく行っていく必要があるんです。
(姫野ケイ)

北村邦夫(きたむら・くにお)
一般社団法人日本家族計画協会・理事長。産婦人科医。1951年2月23日生まれ。群馬県出身。自治医科大学一期生として卒業後、群馬県衛生環境部に在籍の傍ら、群馬大学医学部産科婦人科学教室で臨床を学ぶ。

レイプ被害に遭ったら必要なのに、「緊急避妊薬」の市販化が見送られた理由

 7月26日、厚生労働省のある会議で、ドラッグストアでカウンター越しに売られる薬(スイッチOTC薬)の候補に挙がっていた、ある薬の市販化が「時期尚早」として見送られ、ネットでは産婦人科医を中心に話題となった。それは、緊急避妊薬レボノルゲストレル錠(商品名ノルレボ錠)。セックスから72時間以内に服用すれば、妊娠を回避できる薬だ。ノルレボ錠の効果や副作用、スイッチOTC化についての意見を、日本家族計画協会理事長・北村邦夫先生に聞いた。

■排卵を1週間ほど遅らせて妊娠を回避する

――今回市販化が見送られたノルレボ錠は、どのような仕組みで妊娠を回避できるのでしょうか?

北村邦夫先生(以下、北村) ノルレボ錠は、レボノルゲストレルというプロゲステロン(女性ホルモン)製剤です。妊娠は受精した卵が子宮内膜に着床することによって成立し、排卵日と排卵日前の5日間、計6日間の間に起こります。卵子の生存期間は8~24時間といわれていますので、排卵後24時間たってからのセックスでは妊娠しません。一方、精子は3~5日ほど女性の体内で生き続けますから、排卵前のセックスでも妊娠します。排卵日が一番妊娠の確率が高くて、おおむね36%くらいです。

 そして、ノルレボ錠は、排卵前に服用すると排卵を抑制する、あるいは排卵を遅らせることができるため、避妊が可能になります。僕たちの長い研究の結果、ノルレボ錠を服用することで、排卵がだいたい1週間ほど遅れることがわかりました。精子の生存期間は3~5日なので、排卵を遅らせれば、妊娠に直結することはありません。ただ、排卵後ならノルレボ錠を服用する必要がありませんから、排卵前なのか排卵後なのかの判断はとても重要です。僕のクリニックでは、研究の意味合いも含めて超音波などで排卵前なのか排卵後なのかを調べて、服用してもらうかどうかを決めています。

――ノルレボ錠を処方してもらえるのは、避妊に失敗したときや、レイプ被害に遭ったときですよね。

北村 避妊しなかった、あるいは避妊できなかった、そしてレイプされた場合など、いわゆる避妊が適切に行われなかった、あるいは十分でなかった性行為があった場合、72時間以内に1.5mg錠のノルレボ錠を服用することで、約90%の確率で妊娠を回避できます。避妊が十分でなかった場合とは、コンドームが破けたり外れたりしたとき、コンドームが膣内に落ちてしまった、膣外射精で不安だ、などという場合です。

norlevo

――約90%の確率ということは、服用しても妊娠を回避できない場合があるということですか?

北村 例えば、服用前にすでに受精してしまっていた場合は、妊娠する可能性が高まります。着床するのを阻止する役割がノルレボ錠にどの程度あるのかについては、いろいろな議論があり、時期によっては妊娠を阻止できない場合もあるわけです。

 また、ノルレボ錠は排卵を抑制したり、遅らせることで妊娠を回避しますが、一点だけ気をつけなければならないことがあります。排卵を遅らせたがために、ノルレボ錠服用後のセックスで妊娠をする危険性が高まります。先ほども述べましたが、卵子の生存期間は24時間で、精子は3~5日です。ということは、時期によっては緊急避妊が必要なかった人でも、排卵を遅らせたがために、その後のセックスによって受精してしまうんです。我々は、そこを見極めないといけません。

――ノルレボ錠はただ1錠飲んで終わり、というわけではないのですか?

北村 僕はノルレボ錠と一緒に低用量ピルを処方し、翌日から飲んでもらいます。これは「クイックスタート」という飲み方です。低用量ピルは、月経初日から飲むのが一般的ですが、この場合は7daysルールといって「1週間は避妊効果を期待しないでね」と伝えてから飲んでもらうわけです。そして、次の月経がくると妊娠が完全に阻止されたことがわかります。とはいえ、妊娠したか否かを早く知りたいと思うのは当然なので、ピルの1シート目(初めてのピル)は2週間くらいでやめさせます。すると、妊娠していない場合は出血(月経)が起こります。それからはピルの服用ルールに従って、7日間の休薬あるいは偽薬を服用してから、次のシートを続けてもらうことになります。いずれにせよ、ノルレボ錠服用3週間後に来院してもらって、次の確実な避妊法へとスイッチしていくわけです。このような指針をもとに、現在医療の現場では緊急避妊薬を処方しています。

――低用量ピルは、飲み始めに不正出血や吐き気といった副作用が起こることがあります。ノルレボ錠は一度の服用で避妊ができるということですが、その分、副作用も大きいのですか?

北村 副作用というと大げさなので、「マイナートラブル」と呼びます。ノルレボ錠が登場するまでは「ヤツペ法」という中用量ピルを使っていた時代がありますが、この場合は吐き気や嘔吐などの症状がありました。しかし、ノルレボ錠に関しては、僕たちの長い経験の中で、吐き気などのマイナートラブルはほとんどありません。

――今回、市販(スイッチOTC)化が見送られたのは「時期尚早」という理由でしたが、なぜそのような意見が出たのでしょうか?

北村 評価検討会議には日本医師会や日本産科婦人科学会、日本薬剤師会などが参加していたと聞きますが、参加された医師の話によれば、産婦人科のグループは非常に前向きな発言をしていたといいます。いささか後ろ向きだったのは、薬剤師会だったようです。薬剤師の教育レベルの状況を見ると、まだ時期尚早だと結論づけたわけです。

――手軽に手に入れられることで性が乱れる恐れがある、といった理由ではないのですね。

北村 僕は、ノルレボ錠を繰り返し使うのをいけないことだとは思っていません。緊急避妊は、早ければ早いほど妊娠率を下げられます。緊急避妊をしたいのに、医療機関が土日で閉まっているという可能性だってあり得ます。

 緊急避妊についての情報を提供しておくことと、本当に必要な人が簡単に手に入れられる状況を作ることはとても大事です。緊急避妊外来を開設しながらいつも思うのは、今でもコンドームに凝り固まっている日本の人たちの避妊法、膣外射精でよかれと思っている人たちの避妊法を大きく変えるきっかけに、ノルレボ錠がなるということです。緊急避妊薬を簡単に手に入れられるのは大事なことだけど、女性が主体的に取り組める、より確実な避妊法へと行動を変容できるかどうか、このあたりがスイッチOTC化に向けた課題のひとつになると思います。

 緊急避妊の情報をメディアが積極的に提供することも大事です。日本では、性犯罪被害者に対する支援事業が行われており、レイプ被害に遭った人は通常1万5,000円ほどかかる緊急避妊が無料です。都道府県によっても違いますが、性感染症の検査や中絶の経費が無料になる地域もあります。この支援事業は平成18年から始まっていますが、あまり知られていません。
(姫野ケイ)

(後編へ続く)

レイプ被害に遭ったら必要なのに、「緊急避妊薬」の市販化が見送られた理由

 7月26日、厚生労働省のある会議で、ドラッグストアでカウンター越しに売られる薬(スイッチOTC薬)の候補に挙がっていた、ある薬の市販化が「時期尚早」として見送られ、ネットでは産婦人科医を中心に話題となった。それは、緊急避妊薬レボノルゲストレル錠(商品名ノルレボ錠)。セックスから72時間以内に服用すれば、妊娠を回避できる薬だ。ノルレボ錠の効果や副作用、スイッチOTC化についての意見を、日本家族計画協会理事長・北村邦夫先生に聞いた。

■排卵を1週間ほど遅らせて妊娠を回避する

――今回市販化が見送られたノルレボ錠は、どのような仕組みで妊娠を回避できるのでしょうか?

北村邦夫先生(以下、北村) ノルレボ錠は、レボノルゲストレルというプロゲステロン(女性ホルモン)製剤です。妊娠は受精した卵が子宮内膜に着床することによって成立し、排卵日と排卵日前の5日間、計6日間の間に起こります。卵子の生存期間は8~24時間といわれていますので、排卵後24時間たってからのセックスでは妊娠しません。一方、精子は3~5日ほど女性の体内で生き続けますから、排卵前のセックスでも妊娠します。排卵日が一番妊娠の確率が高くて、おおむね36%くらいです。

 そして、ノルレボ錠は、排卵前に服用すると排卵を抑制する、あるいは排卵を遅らせることができるため、避妊が可能になります。僕たちの長い研究の結果、ノルレボ錠を服用することで、排卵がだいたい1週間ほど遅れることがわかりました。精子の生存期間は3~5日なので、排卵を遅らせれば、妊娠に直結することはありません。ただ、排卵後ならノルレボ錠を服用する必要がありませんから、排卵前なのか排卵後なのかの判断はとても重要です。僕のクリニックでは、研究の意味合いも含めて超音波などで排卵前なのか排卵後なのかを調べて、服用してもらうかどうかを決めています。

――ノルレボ錠を処方してもらえるのは、避妊に失敗したときや、レイプ被害に遭ったときですよね。

北村 避妊しなかった、あるいは避妊できなかった、そしてレイプされた場合など、いわゆる避妊が適切に行われなかった、あるいは十分でなかった性行為があった場合、72時間以内に1.5mg錠のノルレボ錠を服用することで、約90%の確率で妊娠を回避できます。避妊が十分でなかった場合とは、コンドームが破けたり外れたりしたとき、コンドームが膣内に落ちてしまった、膣外射精で不安だ、などという場合です。

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――約90%の確率ということは、服用しても妊娠を回避できない場合があるということですか?

北村 例えば、服用前にすでに受精してしまっていた場合は、妊娠する可能性が高まります。着床するのを阻止する役割がノルレボ錠にどの程度あるのかについては、いろいろな議論があり、時期によっては妊娠を阻止できない場合もあるわけです。

 また、ノルレボ錠は排卵を抑制したり、遅らせることで妊娠を回避しますが、一点だけ気をつけなければならないことがあります。排卵を遅らせたがために、ノルレボ錠服用後のセックスで妊娠をする危険性が高まります。先ほども述べましたが、卵子の生存期間は24時間で、精子は3~5日です。ということは、時期によっては緊急避妊が必要なかった人でも、排卵を遅らせたがために、その後のセックスによって受精してしまうんです。我々は、そこを見極めないといけません。

――ノルレボ錠はただ1錠飲んで終わり、というわけではないのですか?

北村 僕はノルレボ錠と一緒に低用量ピルを処方し、翌日から飲んでもらいます。これは「クイックスタート」という飲み方です。低用量ピルは、月経初日から飲むのが一般的ですが、この場合は7daysルールといって「1週間は避妊効果を期待しないでね」と伝えてから飲んでもらうわけです。そして、次の月経がくると妊娠が完全に阻止されたことがわかります。とはいえ、妊娠したか否かを早く知りたいと思うのは当然なので、ピルの1シート目(初めてのピル)は2週間くらいでやめさせます。すると、妊娠していない場合は出血(月経)が起こります。それからはピルの服用ルールに従って、7日間の休薬あるいは偽薬を服用してから、次のシートを続けてもらうことになります。いずれにせよ、ノルレボ錠服用3週間後に来院してもらって、次の確実な避妊法へとスイッチしていくわけです。このような指針をもとに、現在医療の現場では緊急避妊薬を処方しています。

――低用量ピルは、飲み始めに不正出血や吐き気といった副作用が起こることがあります。ノルレボ錠は一度の服用で避妊ができるということですが、その分、副作用も大きいのですか?

北村 副作用というと大げさなので、「マイナートラブル」と呼びます。ノルレボ錠が登場するまでは「ヤツペ法」という中用量ピルを使っていた時代がありますが、この場合は吐き気や嘔吐などの症状がありました。しかし、ノルレボ錠に関しては、僕たちの長い経験の中で、吐き気などのマイナートラブルはほとんどありません。

――今回、市販(スイッチOTC)化が見送られたのは「時期尚早」という理由でしたが、なぜそのような意見が出たのでしょうか?

北村 評価検討会議には日本医師会や日本産科婦人科学会、日本薬剤師会などが参加していたと聞きますが、参加された医師の話によれば、産婦人科のグループは非常に前向きな発言をしていたといいます。いささか後ろ向きだったのは、薬剤師会だったようです。薬剤師の教育レベルの状況を見ると、まだ時期尚早だと結論づけたわけです。

――手軽に手に入れられることで性が乱れる恐れがある、といった理由ではないのですね。

北村 僕は、ノルレボ錠を繰り返し使うのをいけないことだとは思っていません。緊急避妊は、早ければ早いほど妊娠率を下げられます。緊急避妊をしたいのに、医療機関が土日で閉まっているという可能性だってあり得ます。

 緊急避妊についての情報を提供しておくことと、本当に必要な人が簡単に手に入れられる状況を作ることはとても大事です。緊急避妊外来を開設しながらいつも思うのは、今でもコンドームに凝り固まっている日本の人たちの避妊法、膣外射精でよかれと思っている人たちの避妊法を大きく変えるきっかけに、ノルレボ錠がなるということです。緊急避妊薬を簡単に手に入れられるのは大事なことだけど、女性が主体的に取り組める、より確実な避妊法へと行動を変容できるかどうか、このあたりがスイッチOTC化に向けた課題のひとつになると思います。

 緊急避妊の情報をメディアが積極的に提供することも大事です。日本では、性犯罪被害者に対する支援事業が行われており、レイプ被害に遭った人は通常1万5,000円ほどかかる緊急避妊が無料です。都道府県によっても違いますが、性感染症の検査や中絶の経費が無料になる地域もあります。この支援事業は平成18年から始まっていますが、あまり知られていません。
(姫野ケイ)

(後編へ続く)

上原多香子、遺族への“慰謝料”は来月時効……逆に“名誉毀損”で200万円請求可能!?

 8月10日発売の「女性セブン」(小学館)で、ヒップホップグループ・ET-KINGのTENNさんが2014年に自死した当時、妻の上原多香子(SPEED)が俳優・阿部力と不倫関係にあったと報じられた。

 「セブン」には、TENNさんの実弟が公表したTENNさんの遺書と、上原が不倫相手の阿部とかわした恋愛感情満載のLINEの内容、上原と阿部の親密さをうかがわせる写真が掲載された。上原の不倫は、家族からしてみれば許されない行為だが、TENNさんが亡くなって3年たってから、遺書やLINE等を公開する行為は、上原に対する名誉毀損にならないのだろうか? また、遺族側がTENNさんの代わりに上原の不貞行為について、慰謝料を請求することは可能なのだろうか? 弁護士に話を聞いた。

 まず、アディーレ法律事務所の吉岡一誠弁護士は、次のように説明する。

「『セブン』の記事の内容は、全体として上原多香子さんが不倫をしたかのように受け取られる記載になっており、これにより上原さんの社会的評価が低下しうると考えられるので、名誉棄損に該当する可能性があります。また、公表された写真やLINEの内容は、上原さんにとって、公にされたくない私生活の事柄であると考えられるので、プライバシー侵害にも該当する可能性があります」

 名誉棄損やプライバシー侵害と認められた場合、上原の精神的苦痛に対する慰謝料額は、数十万~数百万円程度であるという。

「基本的には、名誉棄損またはプライバシー侵害行為の主体は、記事を作成した出版社であり、賠償責任を負うのは出版社になりますが、TENNさんの実弟が提供した遺書や写真、LINEの内容がそのまま掲載されていますし、記事の内容についても了承しているものと考えられるので、TENNさんの実弟も同様に賠償責任を負うことになるでしょう。

 なお、出版社やTENNさんの実弟としては、名誉棄損について、(1)公共の利害に関する事実であること、(2)公益目的であること、(3)真実であること、または真実であると信じたことについて確実な資料・根拠に基づいていると立証することで、責任を免れることが可能であり、プライバシー侵害についても、公表に正当な理由があることなどを立証することで、責任を免れる余地があります」

 また、弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所の中里妃沙子弁護士は、あくまで参考意見とした上で、「遺言の中に、上原さんの評判を落としかねないような事実が記載されていて、義弟がその内容を、遺言を示してマスコミを通して公表したような場合には、義弟に名誉毀損罪が成立します。その場合の慰謝料は、せいぜい200万円が限度です」と述べる。

 では、逆に上原の不貞行為に関して、遺族が慰謝料を請求することはできるのだろうか? 吉岡弁護士によると可能だという。

「TENNさんの遺族は、相続によりTENNさんの慰謝料請求権を承継するため、相続放棄をしていなければ、上原さんやその不貞相手の男性に慰謝料請求をすることが可能です。不貞による慰謝料額の相場は、数十万~300万円程度で、婚姻期間や不貞期間等さまざまな事情から金額が決められます。ただし、裁判上請求が認められるためには、請求をする側が不貞の事実を立証しなければなりません。今回の記事の中で取り上げられていた内容だけでは、肉体関係があったことを立証できない可能性も高く、実際には難しいのではないでしょうか」(吉岡弁護士)

 中里弁護士も、「遺族から上原さんへの慰謝料請求は可能です。とはいえ、時効の壁(3年)がありますので、元夫が上原さんの不貞、および不貞の相手方を知ったときから3年を経過していたら、請求できません」と話す。TENNさんが自殺したのは2014年の9月25日で、遺族がその時に上原の不貞を知ったとすれば、来月、時効の3年を迎えることになる。

 上原は、上演中の舞台が千秋楽を迎える8月18日以降は無期限活動休止に入ると報じられているが、今後、自らの口で事情を説明することがあるのだろうか。

上原多香子、遺族への“慰謝料”は来月時効……逆に“名誉毀損”で200万円請求可能!?

 8月10日発売の「女性セブン」(小学館)で、ヒップホップグループ・ET-KINGのTENNさんが2014年に自死した当時、妻の上原多香子(SPEED)が俳優・阿部力と不倫関係にあったと報じられた。

 「セブン」には、TENNさんの実弟が公表したTENNさんの遺書と、上原が不倫相手の阿部とかわした恋愛感情満載のLINEの内容、上原と阿部の親密さをうかがわせる写真が掲載された。上原の不倫は、家族からしてみれば許されない行為だが、TENNさんが亡くなって3年たってから、遺書やLINE等を公開する行為は、上原に対する名誉毀損にならないのだろうか? また、遺族側がTENNさんの代わりに上原の不貞行為について、慰謝料を請求することは可能なのだろうか? 弁護士に話を聞いた。

 まず、アディーレ法律事務所の吉岡一誠弁護士は、次のように説明する。

「『セブン』の記事の内容は、全体として上原多香子さんが不倫をしたかのように受け取られる記載になっており、これにより上原さんの社会的評価が低下しうると考えられるので、名誉棄損に該当する可能性があります。また、公表された写真やLINEの内容は、上原さんにとって、公にされたくない私生活の事柄であると考えられるので、プライバシー侵害にも該当する可能性があります」

 名誉棄損やプライバシー侵害と認められた場合、上原の精神的苦痛に対する慰謝料額は、数十万~数百万円程度であるという。

「基本的には、名誉棄損またはプライバシー侵害行為の主体は、記事を作成した出版社であり、賠償責任を負うのは出版社になりますが、TENNさんの実弟が提供した遺書や写真、LINEの内容がそのまま掲載されていますし、記事の内容についても了承しているものと考えられるので、TENNさんの実弟も同様に賠償責任を負うことになるでしょう。

 なお、出版社やTENNさんの実弟としては、名誉棄損について、(1)公共の利害に関する事実であること、(2)公益目的であること、(3)真実であること、または真実であると信じたことについて確実な資料・根拠に基づいていると立証することで、責任を免れることが可能であり、プライバシー侵害についても、公表に正当な理由があることなどを立証することで、責任を免れる余地があります」

 また、弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所の中里妃沙子弁護士は、あくまで参考意見とした上で、「遺言の中に、上原さんの評判を落としかねないような事実が記載されていて、義弟がその内容を、遺言を示してマスコミを通して公表したような場合には、義弟に名誉毀損罪が成立します。その場合の慰謝料は、せいぜい200万円が限度です」と述べる。

 では、逆に上原の不貞行為に関して、遺族が慰謝料を請求することはできるのだろうか? 吉岡弁護士によると可能だという。

「TENNさんの遺族は、相続によりTENNさんの慰謝料請求権を承継するため、相続放棄をしていなければ、上原さんやその不貞相手の男性に慰謝料請求をすることが可能です。不貞による慰謝料額の相場は、数十万~300万円程度で、婚姻期間や不貞期間等さまざまな事情から金額が決められます。ただし、裁判上請求が認められるためには、請求をする側が不貞の事実を立証しなければなりません。今回の記事の中で取り上げられていた内容だけでは、肉体関係があったことを立証できない可能性も高く、実際には難しいのではないでしょうか」(吉岡弁護士)

 中里弁護士も、「遺族から上原さんへの慰謝料請求は可能です。とはいえ、時効の壁(3年)がありますので、元夫が上原さんの不貞、および不貞の相手方を知ったときから3年を経過していたら、請求できません」と話す。TENNさんが自殺したのは2014年の9月25日で、遺族がその時に上原の不貞を知ったとすれば、来月、時効の3年を迎えることになる。

 上原は、上演中の舞台が千秋楽を迎える8月18日以降は無期限活動休止に入ると報じられているが、今後、自らの口で事情を説明することがあるのだろうか。

『黒革の手帖』のような“成り上がり”! 16歳から水商売、歌舞伎町で稼いだ「億の金」の行方は……?

 武井咲演じる原口元子が、借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープン。今日放送の第5話では、元子が銀座のクラブの最高峰「ルダン」を手に入れるため、オーナーである政財界のフィクサー・長谷川庄治(伊東四朗)と交渉するという展開だった。

■母子家庭で貧しく、16歳で水商売の世界へ

実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。その人の名は舞さん(仮名・34歳)、和服が似合いそうな、キリッとした美人だ。幼い頃から母子家庭だった舞さんの家は、決して裕福ではなかったと話す。

「地元が神戸で、周りは裕福な家庭が多かったです。中学の同級生は高校から私立へ行き、ブランド物のバッグを持つのが当たり前。私はお小遣いももらえず、家での食事もウインナーと玉子焼きだけなど、質素なものでした」

 家に借金はなかったものの、舞さんの高校の学費を払うだけで手一杯だった。家計の助けと自身のお小遣いほしさに、舞さんが水商売の世界に入ったのは16歳のときだ。

「最初に働いたのは、時給1,800円の地元のスナックでした。私の年齢を知っているのはママだけで、お客さんには18歳と言ってました」

 舞さんは昼は学校、夜はスナックという生活を続けた。お酒も強く、毎日のように出勤。すぐに店にも慣れ、次第に学校へ行かなくなっていた。高校を中退した舞さんはキャバクラへ移り、18歳になると大阪・北新地の高級クラブに入店。そこでの日当は4万円で、当時の界隈ではトップクラスだったという。

「北新地のお客さんはレベルが違いました。見たことないような額のボトルや、キャバクラとは全く違う会話に初めは戸惑いました。会話の内容は難しくてついていけなくても、せめて言葉遣いだけは品良く話すよう努力しました。若いうちにクラブで働いて、水商売の最低限のマナーを身につけられたことは、貴重な経験ですね」

 舞さんがホステスとして安定してきた頃、世の中はキャバクラブームになっていた。毎日のようにメディアで取り上げられる「カリスマキャバ嬢」を見て、舞さんの心境に変化が訪れる。

「東京の華やかな有名キャバ嬢を見て、どうしても歌舞伎町で働きたくなったんです。大阪にお客さんもいたけど、『水商売で一から自分を試したい』と思い、21歳で上京しました。歌舞伎町は当時プチバブルで、裏稼業から会社経営者まで、関西とは全く違う層のお金持ちに圧倒されました。初めてついたお客さんは某有名金融会社の人だったんですけど、無造作に500万円ほどコンビニ袋に入れているのを見て『やっぱり東京はすごいな』と感じましたね」

 しかし、物おじしてはいられない。見知らぬ土地で舞さんが実践した接客は、どのようなものだったのだろうか?

「関西人らしい『明るい接客』を心がけました。私、根はそんなに明るくないんですけど、『人は明るいところに集まる』という言葉があるように、明るく振る舞っていれば、お客さんも来てくれると思うんです。私を指名してくれるお客さんは、ちょっと怖い感じの方が多かったです。カタギじゃなかったり、会社で立場が上の人ですね。そういう人たちは仕事で悩むことが多く、よく相談を受けるんですが、男性が悩みを打ち明けるって、めったにないと思うんです。そんなときは親身になって聞くように心がけていました」

 真面目な性格が通じ、舞さんは歌舞伎町に来てわずか1カ月でその店のナンバー1になり、月収は3桁に上った。

「きっかけは、1人のお客さんが友達を大勢連れてきて、店を私の指名客で埋めてくれたんです。その友達というのも経営者や有名ホストといった方たちばかりでした。皆さんが以後もずっと来店してくださったため、ナンバー1を維持することができました」

 不動のナンバー1になった舞さんは、ニューオープンのキャバクラ「A」にスカウトされる。「A」とは現在も歌舞伎町でトップクラスの店である。オープニングメンバーとして引き抜かれた舞さんに提示された時給は、1万2,000円であった。

「『A』には、各店のナンバー1が引き抜かれていました。皆、容姿も接客もトップクラス。私はそれまで通りの接客を続けましたが、毎日の同伴とアフターは欠かせませんでした。睡眠は1日3時間で、起きている間は、ずっとお酒を飲んでいました」

 「A」入店後、舞さんの月収は300万円を超えていた。しかし、飲み続ける舞さんの体に、ある異変が起き始める。

「ずっとお酒を飲んでいるせいか、体中に発疹が出たり、手の震えが止まらなくなったんです。寝ても疲れが取れなくて、ついに出勤の日もベッドから動けなくなったんです」

 病院へ行くと、「このまま飲み続けると、肝臓病になる恐れがある」と診断された。舞さんは「A」の出勤を大幅に減らし、給料は時給から売り上げ制になった。月に一度は出勤するようにしたが、ほとんど飲めず、収入は減ってゆく一方だった。そんな舞さんを見かねたのが「A」の常連客だ。

「体を壊してから、お客さんたちが経済的支援をしてくれるようになりました。額は1回食事して300~800万円、月平均して1,000万円ほどですね。体の関係はありません。マンションの敷金から引っ越し代まで、生活に必要なものはすべて出してくれた人もいたんです」

 かなりの額だが、「当時の歌舞伎町ではよくある話」と舞さんは言う。もらったお金は何につかっていたのか?

「もらったとはいえ、自分で稼いだお金ではないので、豪遊はしてません。私、もともと浪費するタイプではないんですよ。たまに時計とか大きい買い物はしますけど、あとは貯金していました。国税局が怖いので銀行には入れず、タンス貯金でしたけど、一時は億はあったと思います」

■キャバクラを辞めて始めた事業に失敗

 そんな舞さんは、28歳のときに水商売をあがる決意をしたという。

「28歳で『A』を退店し、貯めたお金でマツエクサロンを開業したんですが、失敗しました。真面目に働くことから長い間離れていたので、いざ社会に戻ろうと思っても、うまくいきませんでしたね。当時、同棲していた彼氏も事業に手を出して失敗し、私が生活費などを工面していたら、貯金も底をついてしまいました。その彼氏と別れ、クラブで働きだしたときに出会ったのが今の夫でした」

 その後、舞さんは子どもをもうけ、主婦として新たな人生を歩み始めている。現在の生活は、世間一般から見ても平均的なレベルだという。貧しかった幼少期から月に何百万も稼ぐホステスの暮らしを経て、舞さんは、お金に対して何を思うのだろうか?

「子どものころ貧しかった分、お金に対してハングリーな部分は、今も変わりませんね。お金に好かれるためにはどうしたらいいのかは、常に考えています。キャバ時代のお客さんには感謝してますし、出してもらって当たり前という考えもありません。今の生活はキャバ時代に比べると質素になりましたが、家族もできて、毎日がすごく幸せだなと感じます」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』のような“成り上がり”! 16歳から水商売、歌舞伎町で稼いだ「億の金」の行方は……?

 武井咲演じる原口元子が、借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープン。今日放送の第5話では、元子が銀座のクラブの最高峰「ルダン」を手に入れるため、オーナーである政財界のフィクサー・長谷川庄治(伊東四朗)と交渉するという展開だった。

■母子家庭で貧しく、16歳で水商売の世界へ

実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。その人の名は舞さん(仮名・34歳)、和服が似合いそうな、キリッとした美人だ。幼い頃から母子家庭だった舞さんの家は、決して裕福ではなかったと話す。

「地元が神戸で、周りは裕福な家庭が多かったです。中学の同級生は高校から私立へ行き、ブランド物のバッグを持つのが当たり前。私はお小遣いももらえず、家での食事もウインナーと玉子焼きだけなど、質素なものでした」

 家に借金はなかったものの、舞さんの高校の学費を払うだけで手一杯だった。家計の助けと自身のお小遣いほしさに、舞さんが水商売の世界に入ったのは16歳のときだ。

「最初に働いたのは、時給1,800円の地元のスナックでした。私の年齢を知っているのはママだけで、お客さんには18歳と言ってました」

 舞さんは昼は学校、夜はスナックという生活を続けた。お酒も強く、毎日のように出勤。すぐに店にも慣れ、次第に学校へ行かなくなっていた。高校を中退した舞さんはキャバクラへ移り、18歳になると大阪・北新地の高級クラブに入店。そこでの日当は4万円で、当時の界隈ではトップクラスだったという。

「北新地のお客さんはレベルが違いました。見たことないような額のボトルや、キャバクラとは全く違う会話に初めは戸惑いました。会話の内容は難しくてついていけなくても、せめて言葉遣いだけは品良く話すよう努力しました。若いうちにクラブで働いて、水商売の最低限のマナーを身につけられたことは、貴重な経験ですね」

 舞さんがホステスとして安定してきた頃、世の中はキャバクラブームになっていた。毎日のようにメディアで取り上げられる「カリスマキャバ嬢」を見て、舞さんの心境に変化が訪れる。

「東京の華やかな有名キャバ嬢を見て、どうしても歌舞伎町で働きたくなったんです。大阪にお客さんもいたけど、『水商売で一から自分を試したい』と思い、21歳で上京しました。歌舞伎町は当時プチバブルで、裏稼業から会社経営者まで、関西とは全く違う層のお金持ちに圧倒されました。初めてついたお客さんは某有名金融会社の人だったんですけど、無造作に500万円ほどコンビニ袋に入れているのを見て『やっぱり東京はすごいな』と感じましたね」

 しかし、物おじしてはいられない。見知らぬ土地で舞さんが実践した接客は、どのようなものだったのだろうか?

「関西人らしい『明るい接客』を心がけました。私、根はそんなに明るくないんですけど、『人は明るいところに集まる』という言葉があるように、明るく振る舞っていれば、お客さんも来てくれると思うんです。私を指名してくれるお客さんは、ちょっと怖い感じの方が多かったです。カタギじゃなかったり、会社で立場が上の人ですね。そういう人たちは仕事で悩むことが多く、よく相談を受けるんですが、男性が悩みを打ち明けるって、めったにないと思うんです。そんなときは親身になって聞くように心がけていました」

 真面目な性格が通じ、舞さんは歌舞伎町に来てわずか1カ月でその店のナンバー1になり、月収は3桁に上った。

「きっかけは、1人のお客さんが友達を大勢連れてきて、店を私の指名客で埋めてくれたんです。その友達というのも経営者や有名ホストといった方たちばかりでした。皆さんが以後もずっと来店してくださったため、ナンバー1を維持することができました」

 不動のナンバー1になった舞さんは、ニューオープンのキャバクラ「A」にスカウトされる。「A」とは現在も歌舞伎町でトップクラスの店である。オープニングメンバーとして引き抜かれた舞さんに提示された時給は、1万2,000円であった。

「『A』には、各店のナンバー1が引き抜かれていました。皆、容姿も接客もトップクラス。私はそれまで通りの接客を続けましたが、毎日の同伴とアフターは欠かせませんでした。睡眠は1日3時間で、起きている間は、ずっとお酒を飲んでいました」

 「A」入店後、舞さんの月収は300万円を超えていた。しかし、飲み続ける舞さんの体に、ある異変が起き始める。

「ずっとお酒を飲んでいるせいか、体中に発疹が出たり、手の震えが止まらなくなったんです。寝ても疲れが取れなくて、ついに出勤の日もベッドから動けなくなったんです」

 病院へ行くと、「このまま飲み続けると、肝臓病になる恐れがある」と診断された。舞さんは「A」の出勤を大幅に減らし、給料は時給から売り上げ制になった。月に一度は出勤するようにしたが、ほとんど飲めず、収入は減ってゆく一方だった。そんな舞さんを見かねたのが「A」の常連客だ。

「体を壊してから、お客さんたちが経済的支援をしてくれるようになりました。額は1回食事して300~800万円、月平均して1,000万円ほどですね。体の関係はありません。マンションの敷金から引っ越し代まで、生活に必要なものはすべて出してくれた人もいたんです」

 かなりの額だが、「当時の歌舞伎町ではよくある話」と舞さんは言う。もらったお金は何につかっていたのか?

「もらったとはいえ、自分で稼いだお金ではないので、豪遊はしてません。私、もともと浪費するタイプではないんですよ。たまに時計とか大きい買い物はしますけど、あとは貯金していました。国税局が怖いので銀行には入れず、タンス貯金でしたけど、一時は億はあったと思います」

■キャバクラを辞めて始めた事業に失敗

 そんな舞さんは、28歳のときに水商売をあがる決意をしたという。

「28歳で『A』を退店し、貯めたお金でマツエクサロンを開業したんですが、失敗しました。真面目に働くことから長い間離れていたので、いざ社会に戻ろうと思っても、うまくいきませんでしたね。当時、同棲していた彼氏も事業に手を出して失敗し、私が生活費などを工面していたら、貯金も底をついてしまいました。その彼氏と別れ、クラブで働きだしたときに出会ったのが今の夫でした」

 その後、舞さんは子どもをもうけ、主婦として新たな人生を歩み始めている。現在の生活は、世間一般から見ても平均的なレベルだという。貧しかった幼少期から月に何百万も稼ぐホステスの暮らしを経て、舞さんは、お金に対して何を思うのだろうか?

「子どものころ貧しかった分、お金に対してハングリーな部分は、今も変わりませんね。お金に好かれるためにはどうしたらいいのかは、常に考えています。キャバ時代のお客さんには感謝してますし、出してもらって当たり前という考えもありません。今の生活はキャバ時代に比べると質素になりましたが、家族もできて、毎日がすごく幸せだなと感じます」
(カワノアユミ)

NMB48・須藤凜々花、騒動後初単独インタビュー「私が卒業後もタレント続ける理由」

 2017年6月17日、沖縄県で行われた『AKB48 49thシングル選抜総選挙』は驚きの連続だった。当日は悪天候によって、史上初の無観客選挙となり、予定されていたイベントも中止に。さらにHKT48・指原莉乃のV3、AKB48・渡辺麻友のグループ卒業発表と波乱の連続だったが、“台風の目”となったのは、自身最高位となる20位を獲得した直後、結婚発表を行ったNMB48・須藤凜々花だろう。

 AKBメンバーやファンのみならず、業界関係者や各メディアからも、須藤の結婚宣言について賛否が飛び交った。その後、須藤は、記者会見でグループ卒業の意向を示していた通り、8月30日の公演をもって卒業することが正式発表された。アイドル人生も残り1カ月を切った須藤だが、8月上旬、東京・AKS本社で初となる単独インタビューに応じた。

「(総選挙で結婚を発表したことについては)『失敗した』とは思いますが、良かった悪かったは置いておいて、自分の中では納得できています」

 終始言葉を選びながら、真っ直ぐとした視線と口調で語った須藤。2カ月前にステージ上で起こった“事件”を振り返った。

■アイドルは「恋愛はしない方がいいと思います(笑)」

――あらためて、総選挙で結婚発表を行ったへの周囲の反響についてどう感じていますか?

須藤凜々花(以下、須藤) どんな反響も受け止めるつもりで言いました。でも、批判が自分だけじゃなく、NMB48のメンバーなど、周りの人にまで向いてしまったり、間違った情報が流れちゃったりしたのには、「ああ……」と思いました。自分に対しての意見は、全部受け止めようと思っていますが。

――アイドルには、「恋愛禁止」という“掟”がついて回ります。今回の須藤さんの結婚発表においても、「結婚って、恋愛禁止の掟を破っていたの?」と指摘する人が多くいました。

須藤 アイドルは、恋愛はしない方がいいと思います(笑)。秋元(康)先生は「“恋愛するヒマがないくらい”頑張って」というスタンスで、私もその通りだと思います。でも今や「アイドル」という言葉自体、その定義が難しくなっている。アイドルといえば、それ(恋愛禁止)が真っ先に出てくるとは思いますが、結局はそれぞれアイドル自身の気持ちだと思います。私たちにしても、「恋愛禁止」とハッキリ決まっているわけではないので。

――須藤さんは、ご自身でもアイドルファンを公言しています。須藤さんの中の“アイドルとはこういうものだ”といったアイドル観を知りたいです。

須藤 グループに加入する前は、若い女の子が自分の人生をさらして戦っているのが、「カッコイイな」と思っていました。アイドルって、批判の余地を与えてしまう存在というか。批判する側でなく、批判される側に自ら立つところが「カッコイイ」と感じていたんです。アーティストや女優さんと比べても、「所詮はアイドル」と見られてしまうので、アイドルというだけで風当たりが強い印象もありましたね。そうやって、いろんな夢を見てデビューしたのですが、実際になってみると、アイドルは想像以上に素敵でびっくりしました。イジメとかあるのかなと思っていたけど、みんな“男前”で。

 ただ、自分自身でもアイドルが好きだったんですけど、それは“自分と全然違うから好き”で、なりたいと思ってたわけじゃない。私は、私を見て、「自分の人生を大切にしよう」って思ってもらえるような、「生き方そのものを見せられるアイドル」になりたいと思っていました。

――「生き方を見せる」は、総選挙での結婚宣言とリンクしていますか?

須藤 そうですね。めちゃくちゃなことをして、すごく迷惑をかけて、しかもそれを承知でやったんですが、自分の気持ちに正直にした行動だったので。「自分の気持ちに正直に」というのは、私がずっと言ってきたことなんです。

――AKBグループには、男女問わず多くのファンがいます。例えば、「こういうファンに対して、自分をどう見せるべきか」というのは意識していなかったのでしょうか。

須藤 確かにメイクひとつをとっても、「こういうメイクは男性が苦手」とか「こういうのは女性向け」とか、いろいろあると思います。でも、私はあまり作らないでそのままでやっていた。そのままで好きになってくれたら、ずっと好きになってもらえるかなと思ったので。

――須藤さんの中では、アイドルでも、“自分の気持ちに正直に”、本気なら恋愛OKということでしょうか?

須藤 いえ、アイドルを辞めてもいいと思って、あの場で言いました。今回、私がしたことにより、アイドルの“グレーな部分”をファンに見せてしまった。もしかしたら今後、“恋愛しながらアイドル”みたいな人が出てくるかもしれませんが、私はクビになって当然だと思います。

――ネット上でも、大議論が巻き起こりました。

須藤 Twitterのリプとか、全部読んでいます。いろんな人が、いろんな感情がぶつけていて。自分のファンの方の中でも賛否両論あって、「りりちゃんらしいね。これからも応援するよ!」と言ってくれる人もいれば、「ふざけんなよ!」って人もいて。ファンの方ではない、まったく知らない人もものすごく怒っていたりして……。

――それでも応援してくれる人たちについて、どう感じますか?

須藤 アイドルとしての私だけじゃなく、私の人生全部にとってこれ以上ない理解者がいることは、すごく恵まれています。私にとって本当にかけがえのない存在です。

――このまま引退してドイツに留学したら、須藤さんに関する情報が、まったく入ってこなくなるのではと不安がっているファンもいます。

須藤 NMBを卒業したら、まず大学に行って、いずれはドイツで哲学を学びたいという夢があって、ファンの方、スタッフの方にも以前から伝えていました。でも、すぐに留学というわけではないです。「哲学者になる」という夢は変わらないので、それに向けて……という感じです。

 そして、卒業後も芸能活動を続けます。今でも応援してくれるファンの方々に、目に見える形で「ちゃんと生きてる」ってことを見せ続けたいです。アイドルとしてはではなく、“タレントとして”。アイドルとしてやり残したことはないですが、NMBに対しては、たくさんやり残したことがあります。NMBは私の青春そのものだった。まだまだ全然貢献できていないので、芸能界引退という考えもあったけど、グループ卒業生として今後も貢献したいと思っています。

――運営から、留意されたそうですが、それでもアイドルを続けるという選択肢はなかったんでしょうか?

須藤 はい。何がしたいのかわからなくなっちゃうな、と思ったので。

――結婚についての話は進んでいますか?

須藤 まだ具体的には決まっていなくて。NMBを卒業してから、あらためて相手の家族の方に挨拶に行く予定ですが、その後についてはそこから相談して決めようとなっています。

 騒動後初の単独インタビューについて「まさか『サイゾー』さんって。(ほかのメンバーも)ざわっとしてました」と笑う須藤。最後に「もし総選挙の日にタイムスリップしても、結婚発表はしていた?」と聞くと、「はい。多分、私は頑固なので」と言い切った姿が印象的だった。