藤田紀子さん、孫・花田優一さん結婚を祝福!! 「若いうちに結婚することに私は大賛成!」

fujitanorikosan

 10月30日、貴乃花親方の長男である靴職人の花田優一さんが、パーソナリティーを務める『花田優一First Step』(TBSラジオ)で、一般人女性と結婚したことを発表した。優一さんは現在22歳、今年から本業の靴職人に加えてタレント活動を本格化させ、多忙な日々を送っている。そんな中での突然の発表に、世間は大いに驚いたが、貴乃花親方の母であり、優一さんの祖母にあたるタレントの藤田紀子さんも、その1人だったようだ。

「私は家にいられるときは、いつも優ちゃんのラジオを聞くようにしているものですから、そこで結婚を知りました。一番に感じたことは、『うちはみんな結婚が早いなぁ』ということ(笑)。あの子のおじいちゃんに当たる親方(故二子山親方)は、20歳で私と結婚しましたし、お父さんである光司(貴乃花親方)も、23歳で結婚しています。最近は結婚する年齢が遅くなっているので、優ちゃんは早い方だと思います。親や自分の身内の結婚が早いと、きっとそれが自然なんですよね」

 藤田さんは、「若いうちに結婚することはいいことだ」と太鼓判を押す。

「親方と私は、最初に小さいマンションに住み始めて、三軒目にして一軒家を建てたんですけど、親方はずっと『強くなって、絶対に家を建てるんだ』と言っていました。若くして結婚したからこそ、早いうちに目標を立てることができ、その実現のために頑張れたのではないでしょうか。優ちゃんも小さい頃から、そういった感覚を持っていたと思います。だから私は、若いうちの結婚に大賛成。光司は、20歳の頃に婚約をして、破棄になってしまいましたが、当時報道で、私が結婚に反対したなんていわれたことがあるんです。でもこれはまったくのデマ! 私は親方が20歳で結婚したこともあり、『早く落ち着くのはいいことだ』と、光司の婚約がうれしくてうれしくて、一番協力的だったんですよ。私は大歓迎でした(笑)」

 優一さんの結婚に、祖父、父の生き方を受け継いでいるように感じたという藤田さん。最近、優一さんはバラエティ番組などで、貴乃花親方の“厳しい父ぶり”を話す機会もあるが、「とは言いつつ、優ちゃんはお父さんのことを尊敬していると思います。もしかしたら、『お父さんのように、自分も早くに結婚したい』という夢がかなったのかもしれませんね」と微笑む。

 優一さんは今年8月、芸能事務所と契約を結んだことを発表。あくまで靴職人に軸を置きながら、タレント活動をしているが、藤田さんは優一さんの活躍をどのように感じているのだろうか。

「優ちゃんは、靴職人という本業はあるものの、現在おかげさまで、テレビやラジオに出させていただいています。彼自身で言っている通り、職人としては、まだまだこれから力をつけていく身。その前に、彼は恵まれた環境で、職人さんの道とはまた別の体験と勉強をしているんです。それは、今後職人としても生きるのではないかと思います。最近では、彼に対する“妬み”とでも言いますか、悪口を言われることもあるらしく、今回の結婚発表に関しても『どうしてアイドルでもないのに、結婚を隠していたんだ』といった声があったようです。私は、きっとすぐに言えない事情があったんだと思っていますが、優ちゃんには、『あなたは、妬まれるだけのいい人生を送っているのよ』と言いたいですね。それに親の七光りといっても、その子に本当に何もなかったら注目されないと、私は思いますよ」

 そんな、まさに脚光を浴びる中での結婚発表となった優一さん。藤田さんは、当時“角界のプリンス”と呼ばれた二子山親方と結婚した身として、奥さんに対しても、ある期待を寄せているようだ。

「テレビなどに出させていただく環境にいると、やはり浮かれたり、テングになったりということがなきにしもあらずなんです。親がどんなに厳しく育ててもね。だけど、このタイミングで結婚したことによって、奥さんから一番に注意をしてもらえるのではないかと思います。他人からおだてられても、奥さんが『うちの夫、ちょっと調子に乗ってるな?』とビシッと締めてくれるのではないでしょうか」

 また、「優一さんへ結婚のアドバイスを」と尋ねると、藤田さんは「離婚した私がアドバイスなんてできるかしら(笑)」と少し困りつつも、「でも私は、31年頑張りましたからね」と、あらためて“結婚”の大先輩として、「全て奥さんに頼るのでなく、奥さんを労わる気持ちを持ち続けることが、生涯結婚生活を続ける秘訣ではないでしょうか。あのお父さんの息子だから、優ちゃんも、頑固なところがあるかもしれないし、それは仕事にはとても大切なことだけれど、奥さんの話にも耳を傾けてね」とアドバイス。ただその一方で、貴乃花親方から「妹を大切にしなさい」と言われ育った優一さんだけに、「女性に優しく接することができる子かもしれませんね」と期待しているそうだ。

 名前に“優(しい)”という漢字を持つ優一さん。その名付け親は藤田さんだ。姓名学の本を買い、字画などを必死に調べてつけたという「優一」の名前は、「貴乃花親方がちょうど優勝したタイミングだったので“優”という字を。また貴乃花親方にとって初めての子どもだったことから“一”いう字をつけました」とのこと。名付け親としての責任を感じていた藤田さんは、優一さんの結婚について、「順調に育ってくれているんだなぁと思い、ホッとした」面もあったようだ。

 そんな藤田さんに、「ひ孫さんの誕生もあるかもしれませんね」と話を振ると、「そうなるのかな? と思いました」とうれしそうに語る。

「お兄ちゃん(花田虎上)のところの一番上の子も、今22歳なんです。それで、一番下の孫が3歳。2人の息子から、なんと9人の孫ができました。みんなで集まってお食事でもできたら、とてもにぎやかだろうなと思いますね。今、光司とは疎遠になっているだけに、“相手が望まないことを無理やりにはしない”とは思いますが、どうでしょうかね? ただ本当に、こうして家族が増えていくのは、とてもうれしいことですよ」

 終始、喜びにあふれた声でインタビューに応じてくれた藤田さん。優一さんに、“おばあちゃんからのエール”が届くことを祈りたい。

『ガキ使』『有吉ジャポン』にも出演! タレントは全員オネエの“ゲイ能事務所”が好調なワケ

 テレビ業界では、すっかり欠かせないポジションであるオネエタレント。いまやその姿を見ない日はないほどだが、意外にもゲイ向けではない一般メディア向けのオネエ専門プロダクションは、いままで存在していなかったという。そこでゲイの聖地である新宿二丁目から、次世代のオネエタレントを生み出そうと「二丁目プロジェクト」というゲイ能人専門事務所を立ち上げた、NYプロダクションの松林佑典社長に、事務所設立の経緯やタレントの活動内容などについてお話を伺った。

■「二丁目のママを集めた事務所ができたらおもしろいね」

――そもそも、どのような経緯で「二丁目プロジェクト」を立ち上げたんですか?

松林佑典社長(以下、松林) 最初はというか、現在も経営していますが、「NYプロダクション」というグラビアアイドルをメインとした芸能事務所を設立したんです。私はそれまでゲーム会社に勤めていたんですけど、元々起業したいという気持ちがありました。同級生の結婚式で映像ディレクターをしていた友人と再会し、「芸能事務所なら、誰でもできるよ」と言われ、会社を辞めまして、具体的にどうしたらいいかっていう話を、その友人と渋谷のお店でご飯を食べながらしたんです。

 当時の僕は本当に何もわからなかったので、「芸能事務所ってどうすればいい?」と聞いたら、友人は「可愛い女の子がいたらグラビアアイドルになれるよ」と。そこで、食事をしていたお店で働いてた子を指して「あの子は?」と聞いたら、「なれるよ」と言ったので、その場で「グラビアアイドルをやりませんか?」とスカウトして、所属することになったんです。その後、知人から紹介されたイベントコンパニオンの子も入ってくれることになって、芸能事務所をスタートすることになりました。

――そこからなぜ、オネエ界に進出したんですか?

松林 これも最初は、全然そんなつもりはなかったんですよ。それまで単純に新宿二丁目に行ったことがなかったので、一度行ってみたいなとは思っていたんです。それで知人に紹介してもらったのが、よっちゃんというママがいるバーだったんです。僕はノンケなんですけど、よっちゃんにすごく気に入られたんですよね。よっちゃんは、もともと芸能界でスタイリストをしていて、その当時もある芸能プロダクションに所属してタレント活動もやっている人で、その契約が切れるので次の所属先を探してるタイミングだったんです。僕が「芸能事務所をやっている」という話をしたら、よっちゃんが「ダーリン(松林さんの呼称)のところに行くっ!」っていう流れになって、ウチの所属タレントになったんです。そのよっちゃんが、「もっとオネエを集めよう」って提案してくれて。

――よっちゃんさんが旗振り役だったんですね。

松林 「有名なオネエタレントは多いけど、みんな事務所がバラバラ。二丁目のママを集めた事務所はないから、それができたらおもしろいね」っていう感じで。よっちゃんは顔が広いので、いろんなお店を紹介してくれたんですよ。それからは、週6~7ペースで新宿二丁目に通ってスカウト活動。3カ月ほどかけて、15人が所属してくれることになりまして、NYプロダクション本体とは別ブランドの事務所として「二丁目プロジェクト」を立ち上げました。

――スカウト活動は大変でしたか?

松林 よっちゃんにずっと「二丁目受けするわよ~」とは言われてたんですけど、実際に二丁目に通ってると、交差点に立ってるだけで、いきなりキスされたり、エレベーターで2人きりになったときに襲われそうになったりとかあったんで、それなりに大変でしたね(笑)。

――「二丁目プロジェクト」を立ち上げて、反応はいかがですか?

松林 おかげさまで反応はいいですね。それまで、この業界にオネエ専門プロダクションはなかったので、その部分だけでも興味を持っていただけます。「ゆめみすぎこ」は、『有吉ジャポン』(TBS系)や『スクール革命!』(日本テレビ系)でスタジオトークに呼んでいただいてますし、「猛虎」「堂薗」は、『ダウンタウンのガキ使いやあらへんで!』(同)の夏のイベント“絶対に笑ってはいけないバスツアー”で、2年連続でオネエバスガイドを務めさせていただきました。ウチは二丁目で実際にママをやっている人が多いので、トークに長けているというか、場の空気を読めて、笑いを取るのはすごくうまいんですよ。「しゃべれないオカマは、ヤラせないソープ嬢と同じよ」って言ってたのが、すごく印象に残ってます。

――すばらしすぎる名言ですね(笑)。

松林 ただ、いろいろお話をいただけるのは、マツコ・デラックスさんのご活躍とか、先人の方々のおかげだと思っています。テレビの世界で、いわゆる「オネエ」という枠を当たり前にしていただいたから、私たちにも声をかけていただけるというのはありますね。

――“おかげです”といえば、先日『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)に石橋貴明さん扮する「保毛尾田保毛男」が出たことで物議を醸しましたが、社長個人的には、あの一件をどうお考えですか?

松林 僕は今30歳で、保毛尾田さんのキャラクターを知らなかった世代なんですけど、周りであのキャラクターに対してそこまで怒っている方はいなかったですね。これはあくまで私個人の意見ですが、あそこで抗議することで、LGBTは扱いづらいという印象を与えてしまって、“自分たちを認めてほしい”というゴールから逆に遠ざかってしまったように思えます。

――フジテレビ社長が謝罪する事態になりました。

松林 フジテレビさんやとんねるずさんは、ネット界隈から比較的批判を浴びやすい対象になってしまっているのも、炎上してしまった原因かもしれないですね。国民的漫画といわれる『ONE PIECE』(集英社)にもオネエっぽいキャラクターが出てきますけど、今回のような事態になっていないですから。

――最後に、今後の展望を聞かせてください。

松林 イケメンならジャニーズ(事務所)、お笑いならよしもと(クリエイティブ・エージェンシー)のように、「オネエなら二丁目プロジェクト」と言われるぐらいになりたいですね。世間の誰もが知っているマツコ・デラックスさんのようなスターを、二丁目プロジェクトから生み出していきたいです。
(伊藤雅奈子)

二丁目プロジェクト

話題沸騰!『吉田豪の“最狂”全女伝説』吉田豪インタビュー「秋元康は、現代の松永兄弟か」

 徹底した下調べに基づいたインタビューで知られる、“プロインタビュアー”吉田豪氏。その吉田氏の新刊『吉田豪の“最狂”全女伝説』(白夜書房)が話題を呼んでいる。

 かつて空前のブームを巻き起こした、今はなきプロレス団体「全日本女子プロレス」に焦点を当てて、選手や関係者のロングインタビューを敢行。全女のリングの中と外で何が行なわれていたかに迫った濃厚な1冊だ。

 今回、吉田氏にインタビューし、『全女伝説』を出版したいきさつ、全女は何がスゴかったのか、そして現在の女子プロレスとアイドルの関係などについてまで語っていただいた。

──『吉田豪の“最狂”全女伝説』についての話の前に、タイムリーな話題として、吉田さんも当事者の真木よう子コミケ騒動について語ってほしいというリクエストが編集部からありました。

吉田豪(以下、吉田) それ、もう全然タイムリーじゃないし、全日本女子プロレスと真木さんの話はつなげづらいなあ(苦笑)。まだ日野皓正の体罰騒動とかBiSのプー・ルイさんのダイエット騒動とかのほうが、全女と結びつけやすいですよね。人間関係が成立している中だと暴力だとか理不尽なことがいくらでもアリになっちゃうことがよくあって、そのわかりやすいサンプルが日野皓正の騒動であり、プー・ルイさんの騒動であり、そして『“最狂”全女伝説』だと思うんですよ。明らかにやっちゃいけないようなことが行なわれてるのに、やられた側が誰も怒ってないし、むしろ感謝してたりする。

──相手との関係性があるから、一概に判断できない面もある、と。

吉田 まあ、その関係性=洗脳の可能性もあるってことなんですけど(笑)。ブル中野さんに全女=洗脳説をぶつけたら「この洗脳は解けてほしくない」って言ってましたから。疑似家族的な関係だと、理不尽さを乗り越えることで絆が生まれることも多々ある。全女だけでなく、昭和の新日本プロレスや極真空手もそうだと思うんですよ。まあ、全部ボクの本のテーマなんですけど(笑)。

──善悪は別として、コクのあるエピソードが詰まった1冊だと思います。本が出てからの反響はいかがですか?

吉田 この前、この本でインタビューした志生野温夫さん(全女の実況アナウンサー)にイベントに出てもらったら、控室で「この本で吉田さんが松永兄弟に向けるまなざしが温かいことがうれしかった」って最初に言われたのが感慨深かったですね。

──松永兄弟というのは、全女を経営していた、ハチャメチャな一族ですね。

吉田 現在のルールでジャッジしたら、松永兄弟は完全にアウトなわけじゃないですか。選手に金もちゃんと払わない、スターになっても選手に自我が芽生えてきたら平気で切り捨てるし、そのときにヒドいことも言う。でも、志生野さんみたいに中から見た人にとっては、ただの悪人じゃない。小人プロレスの人たちや選手たちへの人情もあるし、最終的に会社を潰しちゃったことにしても、バブル期にすごい稼いだ全女に銀行とか不動産屋とか証券会社とかが群がって、金を貸したり土地や株を売りつけてきて、会社が傾いたら一気に手を引いた、そういう連中のほうが悪いって言ってました。

──そもそも、なぜ全女をテーマにしたインタビュー集を作ろうと思ったんですか?

吉田 「BUBKA」(白夜書房)のインタビュー連載をまとめた本としては、これまでに男性プロレスラー編、空手家編を出していて、「次は女子プロレスラーに絞りましょう」ってことになって。最初は女子プロレス全般でやろうとしていたから、全女以外にも風間ルミさんや尾崎魔弓さんとかジャパン女子プロレス系の人たちにも話を聞いて、それはそれで面白かったんだけど、やっぱり他団体は全女と比べると理不尽のレベルが違うんですよ。狂信的に何かを信じているような集団じゃないから、「これは全女に絞ったほうが面白くなるな」と思って。

──そうした全女の理不尽でデタラメなところを追っていくと、松永兄弟にぶつかるわけですね。

吉田 松永兄弟は“柔拳”っていう、プロレスの原点とも総合格闘技の原点ともいわれるジャンルに関わってた人たちで。万年東一っていう愚連隊の大物に「女子プロはお前らに任せた」って言われた真っ黒なバックボーンがあって、ヤクザとも平気でケンカする人たちなんですよ。腕っぷしも気も強くて、でも基本的には気のいいアッパーなおっちゃん。テキ屋みたいな感じで、いつも会場で焼きそばを作ってて、見たことのないメーカーのジュースを山ほど仕入れてきて全女の会場で売ったんだけど、そのジュースが賞味期限切れだったとか、90年代に入っても、そんなことばっかりやってた人たちなわけです(笑)。そういう人たちがテキ屋のノリでプロレス団体をやったら大成功して、そして崩壊していったという。

 

●秋元康がAKBで女子プロレスにリベンジ!?

 

──『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)の「24時間ラジオ」企画での吉田さん、宇多丸さん、コンバットRECさんのトークで、「現代の松永兄弟は秋元康なんじゃないか」って話が出ましたよね。

吉田 ネットでそんなことを書いてた人がいたんですよ。たしかに全女はフジテレビのスポーツ部じゃなくて芸能部の担当だったから、選手が歌わなきゃテレビ中継ができなかったんですけど、その素人っぽい歌であったり、男女交際を禁止された世界で女子同士を争わせてたり、見ている人たちが「ヤオでしょ」と思っていたら、けっこうガチが混ざってるところとかに共通点がある。どっちもガチが大好きなんですよね。

──全女では一部で結末を決めない形式の試合が行なわれていて、しかも関係者がそれで賭けをしていたという衝撃的なエピソードが『“最狂”全女伝説』に出てきますね。秋元氏といえば、女子プロをテーマにしたAKB48グループ出演のドラマ『豆腐プロレス』(テレビ朝日系)がありました。秋元氏の試みをどう見てますか?

吉田 秋元康の数少ない失敗のひとつが、女子プロレスで。ジャパン女子プロレスの立ち上げに関わったけど失敗して、それを引きずってるからリベンジしたがってる説は、前からあったんですよね。

──秋元氏は、キューティー鈴木の名づけ親でもあるんですよね。

吉田 正確にはアップル鈴木と命名したら、「それはない」って文句が出てキューティーになって。この前、神取忍さんから聞いて爆笑したんですけど、神取さんも最初は「ゴッド神取」って名付けられかけたという(笑)。ホントに雑なんですよ。本名が梅田麻里子のプラム麻里子もそうだけど、名前から単純に一文字拾ってるだけで、とにかく安直で(笑)。で、当時秋元康は、全女よりも小さくてかわいいアイドル的な選手を集めたジャパン女子が大失敗して、まあ悔しかったと思うんですよね。

──それで、『豆腐プロレス』でリベンジを狙った。

吉田 ドラマは仕事の絡みもあるから見てたけど、正直、ピンとこなかったんですよね。主題歌のタイトルが『シュートサイン』って時点で深いところまで描くつもりはあったと思うんですけど(「シュート」はガチンコを指す隠語であり、「シュートサイン」はガチでいくぞという合図)、テレ朝で放送して、新日本プロレスとの協力体制があるとなると、そういう部分には触れられなくて、プロレスを真剣勝負のジャンルとして描かざるを得なくなる。つまり『シュートサイン』が存在しない世界の話になってたから、主題歌の意味がわからなくなっちゃったんですよ。

──8月には後楽園ホールで、実際に『豆腐プロレス』のプロレス興行も開催されましたよね。

吉田 思ったより、ちゃんとしてましたね。「さすがに危ないんじゃないか」とか言われてたけど、首から落とすような危険な技は一切出さなかったし、それでいてちゃんとプロレスとして成立させていて、批判されそうなことは回避していた。全女の時代ならともかく、アイドルが普通に試合をするようになった今の女子プロだったらそんなに遜色はなかったと思います。ロープワークは下手でしたけどね。

──48グループだと構成作家などのスタッフに一流の人が入って、大会としてもうまくいきそうな気がします。

吉田 ただ、当日に舞台裏の実況の配信があったんだけど、解説に入っていた48の子とかが「えっ、今のこれ、ガチなんですか?」みたいに「ガチ」って言葉を多用していて、プロレスの会場でそれを言うのはどうかと思いました(笑)。

──他の団体の大会とかだったら、面倒なことになりそうですね。

吉田 プロレスファンはそのあたりすごいデリケートだから、言葉の使い方は気をつけないと。たぶん、そういうことを誰も注意してないんでしょうね。最近は「ガチ」という言葉が一般的になってきてるのはわかるけど、もともとは相撲やプロレスの隠語ですから。須田亜香里さんは「リアルプロレス」みたいな言い方をしていて、それだったら「今までドラマだったプロレスをリアルでやる」ってことで正しい言い方だなと思うんですけど。

日刊サイゾー担当編集 (『“最狂”全女伝説』のカバーのビジュアルを指して)これは紙テープがリングに舞ってるんですか?

吉田 ああ、そういうことも知らない世代なんですね。当時は歌番組でもコンサートでもプロレス会場でも、紙テープが飛び交うのが日常でした。

──若い女性の観客が投げてるんですよ。

日刊サイゾー担当編集 ファンは女性なんですか?

吉田 時代によってファン層が違ってくるのも面白くて。志生野さんが言うには、初めは出世の遅れた中年サラリーマンが下品なヤジを飛ばしていた世界だったのが、山口百恵のライバルみたいに売り出されたマッハ文朱で男子高校生が来るようになり、それがビューティ・ペアで女子ファンに入れ替わり、ミミ萩原でまたイヤらしいおっさんが戻ってきて(笑)。クラッシュギャルズで若い女子だけの世界になったのが、90年代の団体対抗戦時代には男のプロレスファンが大量に流れてきて、その結果、女子プロに入りたいと思う若い女子もいなくなって世代交代もなくなり、ジャンルとして地盤沈下していったんです。

──以前は、女子プロレスラーに憧れていた元ファンという選手がたくさんいましたよね。

吉田 みんなそうでしたよ。ビューティ・ペアに憧れて入門したのがクラッシュギャルズの世代で、クラッシュギャルズに憧れて入門したのが対抗戦の世代で。ただ、最近ちょっと面白いのは、AKBだけじゃなくて、地下アイドルもプロレスをやる流れが出てきてるんですよ。カタモミ女子というグループのメンバーだった中野たむさんは、いま普通に大仁田厚とタッグを組んだりしてますから。彼女が言ってたのが「地下アイドルだとどんなに頑張っても上が見えなかったのが、プロレスだと見えるんです」ってことで。ほかに元LinQの伊藤(麻希)ちゃんとか筋肉アイドルの才木玲佳さんとかアップアップガールズ(プロレス)とか、いろんな人がプロレスをやる流れができてきて。だから伊藤ちゃんにも『“最狂”全女伝説』を渡したんだけど、今のプロレスを楽しく見てる人や、夢を抱いてその世界に入ろうとしている人が、これを読んだら怖くなるんじゃないかとも思って(笑)。

──たしかに(笑)。

吉田 プロレス好きの松井珠理奈さんも「読みたい」って言ってたけど、これを渡すのはまだ早いのかなあって(笑)。声優の上坂すみれさんもプロレスにハマったときに読んだのが、ボクの『喋る!!道場破り』(白夜書房)で。入門編で読むような本じゃないから、上坂さんにも「まだ早いですよ」って注意しました(笑)。

──ともあれ、『“最狂”全女伝説』が面白いのは間違いないです!

吉田 ボクの本の基本的なテーマは、今までの幻想は崩れるかもしれないけど、読んだらまた別の幻想ができるようにすることなんですよ。これも「どうこう言ってもプロレスってすげー!」に着地できるようにしてるんで、読後感はいいと思いますね。
(取材・文=武富元太郎)

●吉田豪(よしだ・ごう)
1970年、東京生まれ。プロインタビュアー、プロ書評家、コラムニスト。徹底した下調べをもとにしたインタビューを行ない、その取材対象は芸能人、スポーツ選手、文化人、政治家などと多岐にわたる。著書に『吉田豪の喋る!!道場破り』(白夜書房)、『吉田豪の空手★バカ一代』(白夜書房)、『人間コク宝』(コアマガジン)、「聞き出す力」(日本文芸社)など。

真木よう子、木下優樹菜、紗栄子……「SNS炎上女性芸能人」たちの共通点とは?

 Twitterやインスタグラムなど、さまざまなSNSが普及した今、誰もが気軽に情報を発信できるようになった。その一方で、新たなリスクとなっているのが、個人に不特定多数からの批判が集まってしまう「ネット炎上」だ。特に、芸能人のSNSは注目度の高さゆえに、その発言や行動が炎上の標的となることも少なくない。というか、とても多い。

 最近でも、女性タレントの木下優樹菜が、歌手・安室奈美恵の電撃引退を受けて号泣する自撮り動画をインスタにアップしたところ、「わざわざ見せるもんじゃない」「安室じゃなくて自分が好きなんでしょ?」などの批判が殺到した。

 木下だけでなく、何をアップしても炎上してしまう“可燃性”の女性芸能人は多い。なぜ彼女たちのSNSは燃え上がってしまうのか、ネット中傷や炎上対応を得意とする、法律事務所アルシエン代表の清水陽平弁護士に話を聞いた。

■他者を利用すると炎上しやすい

「木下優樹菜さんの場合、一般的には、わざわざ泣き動画を上げる必要性を感じられないことが、炎上のきっかけになっていると考えられます。さらに突き詰めると、安室奈美恵さんを利用して自己主張をしているという印象を受け手に与えたことも大きい。本人の意思はどうあれ、他人を利用してアクセス数を稼ぐ形になっていると、炎上につながりやすいんです」

 このように「自己主張が透けて見えたとき」に、ネットが過剰に反応することが多い、と清水弁護士。

「芸能人は自己主張をしなければならない職業なので、仕方がない部分はあると思いますが、主張する方法を間違えると炎上する可能性は高いです。また、木下さんのように、炎上しやすいキャラクターとして認知されていると、ほかの人よりもその頻度は上がりますよね」

 確かに、これまで木下は一般人からの批判的なコメントに対して名指しで反論をして炎上したり、熱が出た子どもの写真をブログにアップして「写メ撮ってる場合かよ」という批判が集まるなど、炎上案件には事欠かない。

「一般人への反論コメントなどからは、木下さんの大人げない態度も感じられますが、炎上キャラになってしまうと、彼女を批判する目的でSNSを見る人も増えるので、ささいなことでも批判を集めることが多くなってしまうのです」と、清水弁護士は語る。

 SNSが燃えているのは木下だけではない。女優の真木よう子は主演ドラマの視聴を土下座でアピールする動画をアップしたり、同人誌即売会「コミックマーケット(以下、コミケ)」に参加するためにクラウドファンディングで寄付を募った件などで、立て続けに炎上した。

 モデルの紗栄子は撮影禁止のプラダ店内で撮った写真が炎上したり、熊本地震に500万円を寄付した振込明細をインスタにアップしては炎上と、頻繁に燃え上がる「炎上女王」と化している。炎上芸能人たちには、どんな共通点があるのだろうか?

「彼女たちに共通するのは“常識の欠如”です。何をもって常識というか、という問題もありますが、一般的な意味での常識に欠ける点があるとツッコまれやすいです。たとえば、『コミケは商業目的ではない』という暗黙のルールがあり、多くの人が自費で参加しているのに対し、真木さんはクラウドファンディングで資金集めをしてしまった。このことが業界の常識から逸脱してしまい、炎上につながりました」

 紗栄子のプラダ店内での撮影も、ルール違反という意味で常識から外れているために批判が集まったと考えられる。そのほか、ネットは“金のニオイにも敏感”と、清水弁護士は指摘する。

「お金のことは妬みの対象になりやすいです。真木さんはクラウドファンディングを使って楽をして儲けようとしていると捉えられてしまいましたし、紗栄子さんのケースは、ねたみの対象になり得るハイブランドでの買い物をしていること自体が妬みの対象で、そこに撮影禁止というルール破りが加わって、叩きやすい状況が生まれました」

■他者の目が入らないSNSによる、芸能人の炎上リスク

 炎上にもめげず、SNSで発信を続ける炎上タレントたち。名前を売るための炎上商法という見方もあるが、そこまで考えた上での行動とも思えない。

「炎上を繰り返す人は、投稿してもいい内容か否かを、判断できていない印象を受けます。そもそも芸能人の生活は、一般人の生活とはかけ離れている部分もたくさんあると思うので、一般的な常識から外れてしまうのは仕方がないことではありますが……」

 これまで漠然としていた芸能人の価値観と一般人の価値観の違いが、SNSという本人発信のツールを得たことで、より明確になったのだ。

「SNSが出てくるまで、芸能人の生活は、テレビや雑誌などを通してしか垣間見ることはできませんでした。メディアを通すということは、同時に他人のフィルターを通すということ。途中で誰かが『これは表に出せない』と判断すれば、世に出ることはありません。しかし、本人の意思で発信できる現代は、ある意味で彼女たちの本質が出てしまうと考えられますね」

 もともと「嫌われがち」な女たちが、ナマの自分自身を不特定多数に披露したら、多くの反感を買うのは当然といえば当然。彼女たちが炎上をさけようとするなら、SNSをやめるしかないのかもしれない。

清水陽平(しみず・ようへい)
2010年法律事務所アルシエンを開設。ネット中傷の削除・発信者情報開示請求や、ネット炎上対応などを得意分野とする。著書に『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル第2版』(弘文堂)、『企業を守る ネット炎上対応の実務』(学陽書房)などがある。
法律事務所アルシエン

真木よう子、木下優樹菜、紗栄子……「SNS炎上女性芸能人」たちの共通点とは?

 Twitterやインスタグラムなど、さまざまなSNSが普及した今、誰もが気軽に情報を発信できるようになった。その一方で、新たなリスクとなっているのが、個人に不特定多数からの批判が集まってしまう「ネット炎上」だ。特に、芸能人のSNSは注目度の高さゆえに、その発言や行動が炎上の標的となることも少なくない。というか、とても多い。

 最近でも、女性タレントの木下優樹菜が、歌手・安室奈美恵の電撃引退を受けて号泣する自撮り動画をインスタにアップしたところ、「わざわざ見せるもんじゃない」「安室じゃなくて自分が好きなんでしょ?」などの批判が殺到した。

 木下だけでなく、何をアップしても炎上してしまう“可燃性”の女性芸能人は多い。なぜ彼女たちのSNSは燃え上がってしまうのか、ネット中傷や炎上対応を得意とする、法律事務所アルシエン代表の清水陽平弁護士に話を聞いた。

■他者を利用すると炎上しやすい

「木下優樹菜さんの場合、一般的には、わざわざ泣き動画を上げる必要性を感じられないことが、炎上のきっかけになっていると考えられます。さらに突き詰めると、安室奈美恵さんを利用して自己主張をしているという印象を受け手に与えたことも大きい。本人の意思はどうあれ、他人を利用してアクセス数を稼ぐ形になっていると、炎上につながりやすいんです」

 このように「自己主張が透けて見えたとき」に、ネットが過剰に反応することが多い、と清水弁護士。

「芸能人は自己主張をしなければならない職業なので、仕方がない部分はあると思いますが、主張する方法を間違えると炎上する可能性は高いです。また、木下さんのように、炎上しやすいキャラクターとして認知されていると、ほかの人よりもその頻度は上がりますよね」

 確かに、これまで木下は一般人からの批判的なコメントに対して名指しで反論をして炎上したり、熱が出た子どもの写真をブログにアップして「写メ撮ってる場合かよ」という批判が集まるなど、炎上案件には事欠かない。

「一般人への反論コメントなどからは、木下さんの大人げない態度も感じられますが、炎上キャラになってしまうと、彼女を批判する目的でSNSを見る人も増えるので、ささいなことでも批判を集めることが多くなってしまうのです」と、清水弁護士は語る。

 SNSが燃えているのは木下だけではない。女優の真木よう子は主演ドラマの視聴を土下座でアピールする動画をアップしたり、同人誌即売会「コミックマーケット(以下、コミケ)」に参加するためにクラウドファンディングで寄付を募った件などで、立て続けに炎上した。

 モデルの紗栄子は撮影禁止のプラダ店内で撮った写真が炎上したり、熊本地震に500万円を寄付した振込明細をインスタにアップしては炎上と、頻繁に燃え上がる「炎上女王」と化している。炎上芸能人たちには、どんな共通点があるのだろうか?

「彼女たちに共通するのは“常識の欠如”です。何をもって常識というか、という問題もありますが、一般的な意味での常識に欠ける点があるとツッコまれやすいです。たとえば、『コミケは商業目的ではない』という暗黙のルールがあり、多くの人が自費で参加しているのに対し、真木さんはクラウドファンディングで資金集めをしてしまった。このことが業界の常識から逸脱してしまい、炎上につながりました」

 紗栄子のプラダ店内での撮影も、ルール違反という意味で常識から外れているために批判が集まったと考えられる。そのほか、ネットは“金のニオイにも敏感”と、清水弁護士は指摘する。

「お金のことは妬みの対象になりやすいです。真木さんはクラウドファンディングを使って楽をして儲けようとしていると捉えられてしまいましたし、紗栄子さんのケースは、ねたみの対象になり得るハイブランドでの買い物をしていること自体が妬みの対象で、そこに撮影禁止というルール破りが加わって、叩きやすい状況が生まれました」

■他者の目が入らないSNSによる、芸能人の炎上リスク

 炎上にもめげず、SNSで発信を続ける炎上タレントたち。名前を売るための炎上商法という見方もあるが、そこまで考えた上での行動とも思えない。

「炎上を繰り返す人は、投稿してもいい内容か否かを、判断できていない印象を受けます。そもそも芸能人の生活は、一般人の生活とはかけ離れている部分もたくさんあると思うので、一般的な常識から外れてしまうのは仕方がないことではありますが……」

 これまで漠然としていた芸能人の価値観と一般人の価値観の違いが、SNSという本人発信のツールを得たことで、より明確になったのだ。

「SNSが出てくるまで、芸能人の生活は、テレビや雑誌などを通してしか垣間見ることはできませんでした。メディアを通すということは、同時に他人のフィルターを通すということ。途中で誰かが『これは表に出せない』と判断すれば、世に出ることはありません。しかし、本人の意思で発信できる現代は、ある意味で彼女たちの本質が出てしまうと考えられますね」

 もともと「嫌われがち」な女たちが、ナマの自分自身を不特定多数に披露したら、多くの反感を買うのは当然といえば当然。彼女たちが炎上をさけようとするなら、SNSをやめるしかないのかもしれない。

清水陽平(しみず・ようへい)
2010年法律事務所アルシエンを開設。ネット中傷の削除・発信者情報開示請求や、ネット炎上対応などを得意分野とする。著書に『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル第2版』(弘文堂)、『企業を守る ネット炎上対応の実務』(学陽書房)などがある。
法律事務所アルシエン

月100万円の愛人報酬、港区マンションのプレゼント――20代女子「職業:愛人」の実態

aijin-04main 昨今の愛人は「会うたびに1回5万円もらってる」といったドライな関係が多い。お金持ち男性に寵愛され贅を尽くした生活を送る愛人は、近年は存在しないのだろうか? と思っていたところ出会ったのが、なんとマンションを買ってもらったり、月額100万円越えのギャラを取るツワモノ愛人たちだ。彼女たちは、一体、何をお金に変えたのだろうか?

 お金で2人の距離感をコントロールする男

 まず1人目は、愛人歴6年になるユカリさん(仮名、26歳)。最初に「パパ」ができたのは、銀座のクラブでバイトをしていた時だった。

「いわゆる太いお客さんという人です。銀座デビューしたばかりのヘルプ時代でしたので、自分のお客さんではなく、ママのお客さんでした。銀座のクラブって、お客さんを持っているママなど、『売り上げホステス』が下に何人かヘルプを抱えているんです。私が働いたお店だけかもしれませんが、ヘルプには役割があって、飲み要員、枕要員、ママの右腕……といった具合に、外見や年齢、性格などでそのポジションが決まってました」

 そして、お客さんと寝ることに抵抗のなかったユカリさんは、色恋担当のいわゆる「枕要員」になったのだという。

――枕営業って、あんまりいいイメージがないですよね。

「どうなんでしょうね。私から見ると、そうでもないと思いますよ。単なる適材適所というか……。どんな仕事でもそうですが、自分の売りになるものって大事ですよね。私は大学生で出勤もそんなに多くできなかったので、それでも稼ごうと思ったら、枕って案外都合が良かったんです」

――ママのお客さんが、その後パパになったということですが、どんな流れで交際することになったんですか?

「学生生活との両立が大変だったので、休みの期間や、学校が少し暇な時期に働いて、(学業が)忙しい時期は休むという感じで、ちょうどお店をお休みしている時にママから連絡があったんです。デビューして3~4カ月の頃でしたね。『私のお客さんで、お付き合いしてくれる女の子を探している方がいるの。タイプを聞いたらユカリちゃんがピッタリだと思って……。イヤだったら断っていいから、一度、一緒にお食事でもしない?』と言われ、食事に行ったら『この人ならいいかな』と思えたので、お付き合いしてみることにしたんです」

――お相手はどんな人ですか?

「自分で事業をしていらっしゃる方ですね。奥さんもお子さんもいる方で、普通に素敵な年上の男性でした。お仕事で成功していて尊敬できるので、自分にとって勉強になるかもしれないなという気持ちもありました」

 その男性は、スラリとした長身のモデル系の美女がタイプで、そんな女性と食事をして、デートを楽しんで、一晩を共にしたいという願望を持っていたそうだ。しかし、そんなにダンディなナイスミドルなら、いくらでも相手を見つけられそうなものだが……。

「そういう方って、女性にお金を払わなきゃいけないっていう気持ちを持っているんですよね。本気で恋愛もできないし、家庭を壊すことも考えていないから、お金を相手の女性に渡すことで一定の距離感を保つというか、安全を確保しているところもあると思います」

 関係にお金を介在させることで、自分は家庭や仕事を守る。そして、対価を支払うことで、相手の女性の一番いい時期を奪う。それは男のズルさだが、そのズルさを、いくらなら許せるのか? これこそが愛人交際にOKを出すかどうかの分かれ道になるのだろう。

 金額は決めていない。体だけが目的ならOKしない

 一体いくらなら愛人交際を許すのか聞いてみると、金額ではなく、相手の男性がどういう人なのかによるという。

「その人が、ただ単純に私を性の捌け口と思っているならOKしないです。私が相手のことを尊敬できて、人間的に愛情が持てるかどうか、そこが一番大事だと思っています。もし、すごく尊敬できて、この人と一緒の時間を過ごしたいと思えるなら、月に5万円でも全然OKです」

――では、お金が一切なかったら?

「それはないですね。お金をいただかなくてもお付き合いできるのは、やはり本気で好きになった相手だけです。結婚を考えるくらいの人じゃないと……タダはないかな」

 ちなみに、一番安い相手を聞いてみたら、月に10万円ほどで、月に1~2回会う間柄だという。一番お金を使ってくれている人は、月に100万円以上、お小遣いやらプレゼントやらでユカリさんにつぎ込んでいたそうだ。

 同じように、高収入男性ばかりを相手にしている職業愛人の女性ナナミさん(仮名、25歳)にも話を聞いた。聞けばナナミさんは、パパが買ってくれた港区のマンションに住んでいるという。

「マンションをいただいたのは、たまたまなんですよ。相手の方は不動産関係のお仕事をしているので、常に、土地の売買をしている人だったんです。ちょうど私がOLになったばかりの頃で、一人暮らしを始めたいなと思っていた時に、知り合いから紹介されたんです」

 一人暮らしをしたいから不動産会社の人を紹介してもらった。そのときは、良い物件を少し安く借りられたらいいなという気持ちだったという。しかし……、

「『〇〇あたりに住みたいんですよね』と相談したら、なぜか『買ってあげるよ』となりました。その代わり、付き合ってほしいと言われました。マンションは、もちろん私の名義になっています。なので、将来誰かと結婚してこの家に住まなくなったら、賃貸に出すこともできます」

――その人とはどんな愛人契約ですか?

「だいたい週に1~2回会って、食事して、セックスして……という感じですね。旅行に行ったこともあります」

――月のお手当はないの?

「マンションを買ってもらったので月のお手当というものはないですが、例えば海外旅行に一緒に行ったら、『これで好きなお土産買っていいよ』とクレジットカードを渡してくれたりします。あと、友達と旅行に行く時などに、『ハイ』と10万円くらいくれることもありますね」

――リッチだねえ。

「そうかもしれませんね」

 マンションを買ってもらい、たびたびお小遣いをもらうようになったナナミさんは、つらい仕事をする必要もないと思い、勤めていた会社を辞めてしまう。最近は、時折、六本木のラウンジで働いているという。その後、お店で知り合った男性とも愛人関係になり、今では、常時3~5人の相手がいるという。

「私を見て、『私も愛人やりたい』っていう子もちらほらいるんですが、大抵、長続きしないですね」

――どこが違うんですか?

「お金が目的になっちゃダメだと思う。あくまでも恋愛の延長線上というか……愛情がゼロじゃダメなんですよね。愛情が先にあって、お金は後から付いてくるもの。でも、お金がないと付き合えないというのは、一番最初の段階で相手に理解してもらわないとダメだと思います」

――具体的な金額を提示するんですか?

「いえ、セックスする前に、プレゼントやお金をもらうことで、『そういう関係』を定着させる感じです。だいたい紹介が多いので、そもそも相手は、お金がある程度かかることを意識しています。最初は食事だけのデートを何回かして、お互いに気に入ったらセックスありのデートになるんです。このあたりは普通に彼氏彼女になるのと同じです。ただ、食事だけのデートの時に、プレゼントを買ってもらったり、タクシー代をもらったりして、お金を毎回もらうことを当たり前にしてしまうんです」

 一度習慣になったことは、なかなか変えられないという心理を上手に使うことが、愛人交際で「しっかりとお金を得る」ためのコツのようである。

 男性の心理をこれだけ把握していると、将来はいい人と結婚できそうな気がするが、それがそうでもないようだ。

「少し前までとある企業の御曹司と付き合っていたんです。彼は地方在住の方だったので、東京に出張で来る際は、いつも私のマンションに泊まって、ここから出勤するというくらい、お互いに本気になっていたんです」

――なんでダメだったの?

「彼、既婚者だったんですよ。奥さんも子どももいて……。まだ結婚して日も浅かったので、家庭を壊すことはできないという空気がありました。だから、自分から身を引いたんですよね。私といても、今ある家庭の幸せを壊すことはあっても、それ以上の新しい幸せは作れないじゃないですか」
 
 普通に考えれば優しい心の持ち主なのかもしれないが、その男性と恋愛が盛り上がっている中でも、ナナミさんは、彼と会わない日には別の愛人とデートして体を重ねているのである。ナナミさんが手に入れたいのは、愛情なのだろうか、お金なのだろうか。

「最近、わからないんですよね。パパ的な人とセックスするときは、やはりそこで頑張らなきゃいけないから、すごく尽くすんです。相手が何を求めているかに合わせて、痴女になったり、M女になってみたり。でも、『相手に合わせるだけのセックス』は、彼氏とはできないでしょ。だけど、最近、相手に合わせて演じるセックスばかりしていたから、だんだん自分の素を出し合うようなセックスができなくなってきちゃったんです」

――将来結婚して、子どもを持って……という生活はイメージできますか?

「自分がそういう幸せな生活を手に入れることを望んでいるかどうかも、わからないんですよね」

――愛人で稼げなくなったら、何をしようとか考えているんですか?

「そうですね。最近は、『パパがほしい』という、私よりもう少し若い子を見つけてきて、『愛人が欲しい』という男性をマッチングさせるお仕事でもしようかなと考えているんです」

 それは世の中では管理売春というのではないだろうか……と喉元まで出かかった。一人暮らしをしたいというきっかけから愛人業に足を踏み入れたナナミさん。人がなにを「幸せ」と感じるのか他人が口出しすることではないが、彼女の描く将来像に不安を覚えてしまった。

(オフィスキング)

きゃりーぱみゅぱみゅ、人気低迷で引退説も……「原宿KAWAiiカルチャー」は終わったのか?

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 奇抜なファッションと独創的な世界観で、「原宿KAWAiiカルチャー」のアイコン的存在ともいわれるきゃりーぱみゅぱみゅ。海外にも熱狂的なファンを持ち、世界を股にかける活躍をみせる彼女だが、ここ最近は人気に陰りが見え始め、引退説まで飛び出しているという。

■たった半年でCDの初動売り上げ枚数が半減

 きゃりーが歌手デビューを果たしたのは、2012年。ファーストシングル「つけまつける」は、初動売り上げ枚数1万3,100枚という大ヒットも然ることながら、邦楽アーティスト史上最多となる73カ国で楽曲配信されたことも、当時大きな話題となった。

 その後も出すCDは次々と飛ぶように売れ、「ファッションモンスター」や「にんじゃりばんばん」「インベーダーインベーダー」など、CMソングにも数多く起用されるように。15年3月発売の10枚目シングル「もんだいガール」までは、1万枚を超える初動売り上げ枚数をキープし続けてきた。

 しかし、同年9月発売の11枚目となるシングル「Crazy Party Night~パンプキンの逆襲~」では、突如として初動売り上げ枚数が半減。その年の瀬には、3年連続出場していた『NHK紅白歌合戦』の出場も逃し、そこを境に、CDの発売ペースも売り上げ枚数も、右肩下がりの状況が続いている。

■「原宿KAWAiiカルチャー」とは?

 きゃりーの人気と共鳴するように、「原宿KAWAiiカルチャー」のブームにも変化がみられるように。

 「原宿KAWAiiカルチャー」と聞いてまず思い浮かぶのが、カラフルでポップな色遣いにグロテスクな要素も取り入れた、奇抜で個性的な青文字系の女の子ファッションなのではないだろうか。音楽界では、きゃりーを筆頭に、近藤夏子、赤い公園、パスピエらが“原宿系”と称され、イベント『HARAJUKU KAWAii!!』に出演、また「Zipper」(祥伝社)「mer」(GAKKEN PUBLISHING)「NYLON JAPAN」(カムエル)といった雑誌が、このカルチャーを若者世代に広める一端を担っていた。日本のサブカルチャーを世界に発信していく安倍内閣のプロジェクト「クール・ジャパン」の一環として海外にも打ち出され、きゃりーは「原宿KAWAii大使」として貢献している。

 このカルチャーの仕掛け人は、きゃりーのアートディレクターも務める増田セバスチャン氏で、日本文化として世界へ広めるきっかけを作ったのも彼である。それらの活動が実を結び、17年度の文化庁文化交流使にも選ばれたほどだ。

 きゃりーと増田氏両者の働きかけにより、一時は若い世代を中心に一大ブームも巻き起こした「原宿KAWAiiカルチャー」。しかし近年は影を潜め、この言葉自体、耳にする機会も減っているような状況だ。

 一部で“歌手引退説”もささやかれるようになった、きゃりーぱみゅぱみゅ。その人気低迷の背景には、「原宿KAWAiiカルチャー」自体の衰退も関係しているのかもしれない。そこで、伊藤忠ファッションシステム株式会社ナレッジ室で、生活者とファッションの関係性を切り口に、世代ごとの消費動向を分析している中村ゆい氏に、「原宿KAWAiiカルチャー」ブームの移り変わりについて話をうかがった。

――「原宿KAWAiiカルチャー」の全盛期は、いつ頃だったのでしょうか?

中村ゆい氏(以下、中村) 12年から15年頃までだと思います。きゃりーぱみゅぱみゅさんのキャリアとリンクする部分がありますね。15年、原宿に、増田セバスチャンさんがプロデュースした「KAWAII MONSTER CAFE」がオープンしたのですが、そのあたりがブームがとても盛り上がりを見せていた時期で、それ以降は時代が変わってきたように感じます。

――時代が変わり始めた理由は何だったのでしょうか?

中村 「原宿KAWAii」の全盛期は、AKB48に加え、ももいろクローバーやでんぱ組inc.、乃木坂46など、アイドルカルチャーもかなり盛り上がりを見せており、15年頃には、女性のあこがれとなる対象が飽和状態となってしまったことが1つ挙げられると思います。同時に、ファッション的にも、「原宿KAWAii」が打ち出していたファンシーでかわいいスタイルが、オシャレではなくなり、少しずつ飽きられ始めたのではないかと。また、当時「原宿KAWAii」を支持していた女の子たちがアラサー世代になり、カルチャーの担い手となる世代が変わったことも関係していると思います。

――今でも「原宿KAWAii」という言葉自体は残っているようですが、実際はどのような状況なのでしょうか?

中村 「原宿KAWAii」は、日本のカルチャーとしてグローバルに打ち出されていることもあり、日本に関心のある外国人に向けた、体外的なマーケティングワードや観光資源としての側面が強くなっている印象を受けます。日本のリアルなマーケット・トレンドとは、もはや別の動きの、グローバルなファッションスタイルやカルチャーになっていると言うこともできるでしょう。それが、今後、新たなムーブメントにもつながっていくのではないでしょうか。

――「原宿KAWAii」は、国内では衰退してしまったということですか?

中村 全盛期に比べると数は減っているものの、いわゆる「原宿KAWAii」のファッションが好きという人は今もいるでしょうし、「原宿 KAWAii」の精神を受け継ぎつつ新たなスタイルのファッションやカルチャーへと進化していると思います。ただ、ストリートでファッションを楽しんでいる人たちにとっては、「原宿 KAWAii」というワードやそこからイメージされるファッションはリアルではなくなっているのだと思います。

 リアルマーケットのファッショントレンドの観点から見ると、10代後半~20代前半の若者を中心に、「原宿KAWAii」のような、かわいらしさを全面に打ち出すようなコスプレ感や“盛る”感覚の強いファッションは、ダサいという認識が強まっており、最近は、スタイルとして面白さやハズしが意識されるようになってきています。「原宿KAWAii」ブームの一方で、ファッショントレンドとしてはジェンダーレスやノームコアも浸透し始めていたので、そのあたりのユニセックスでクリーンな空気感が表立つようになったようです。その一方で、ストリートのムードとしては90年代後半~00年代前半に近い感覚も見られ、「原宿 KAWAii」の原点にあるような、より個性的で奇抜なスタイルに回帰している動きも一部で見られます。かわいいテイストでの統一感よりも、フラットにいろいろなカルチャーをミックスする感覚に軸足が移っているとも言えるのではないでしょうか。

――なぜ1つのジャンルではなく、“いろいろなカルチャーがミックスされたスタイル”が目立つようになったのでしょうか?

中村 「原宿KAWAii」ブームからの時代の変わり目ということもありますが、ブームの発祥のファッションの舞台が、街からインターネットへ移行していることも理由の1つだと思います。「原宿」のようなエリアではなく、インスタグラマーのような人やショップやイベントなどとても局所的な場所から、SNSを経由して同時発生的にブームが生まれている感じがありますね。

――今後、国内で「原宿KAWAiiカルチャー」はどのようになっていくと思われますか?

中村 カルチャーとしてはコアなファンによって脈々と続いていくでしょうし、グローバルな動きとも連動して、さらに新たな動きが生み出されていくのではないでしょうか。ファッションの観点では、従来のような「原宿KAWAii」の世界観でファンシーにかわいらしく統一していくスタイルは、しばらくリアルなファッションの表舞台から下がるのではないかなと思います。ただ、いずれまた「昔、こんなカルチャーやファッションがあったよね」と、「原宿KAWAii」が引き出されて、新たなファッションのソースになることは十分にあるかもしれませんね。
(取材・文=千葉こころ)

きゃりーぱみゅぱみゅ、人気低迷で引退説も……「原宿KAWAiiカルチャー」は終わったのか?

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 奇抜なファッションと独創的な世界観で、「原宿KAWAiiカルチャー」のアイコン的存在ともいわれるきゃりーぱみゅぱみゅ。海外にも熱狂的なファンを持ち、世界を股にかける活躍をみせる彼女だが、ここ最近は人気に陰りが見え始め、引退説まで飛び出しているという。

■たった半年でCDの初動売り上げ枚数が半減

 きゃりーが歌手デビューを果たしたのは、2012年。ファーストシングル「つけまつける」は、初動売り上げ枚数1万3,100枚という大ヒットも然ることながら、邦楽アーティスト史上最多となる73カ国で楽曲配信されたことも、当時大きな話題となった。

 その後も出すCDは次々と飛ぶように売れ、「ファッションモンスター」や「にんじゃりばんばん」「インベーダーインベーダー」など、CMソングにも数多く起用されるように。15年3月発売の10枚目シングル「もんだいガール」までは、1万枚を超える初動売り上げ枚数をキープし続けてきた。

 しかし、同年9月発売の11枚目となるシングル「Crazy Party Night~パンプキンの逆襲~」では、突如として初動売り上げ枚数が半減。その年の瀬には、3年連続出場していた『NHK紅白歌合戦』の出場も逃し、そこを境に、CDの発売ペースも売り上げ枚数も、右肩下がりの状況が続いている。

■「原宿KAWAiiカルチャー」とは?

 きゃりーの人気と共鳴するように、「原宿KAWAiiカルチャー」のブームにも変化がみられるように。

 「原宿KAWAiiカルチャー」と聞いてまず思い浮かぶのが、カラフルでポップな色遣いにグロテスクな要素も取り入れた、奇抜で個性的な青文字系の女の子ファッションなのではないだろうか。音楽界では、きゃりーを筆頭に、近藤夏子、赤い公園、パスピエらが“原宿系”と称され、イベント『HARAJUKU KAWAii!!』に出演、また「Zipper」(祥伝社)「mer」(GAKKEN PUBLISHING)「NYLON JAPAN」(カムエル)といった雑誌が、このカルチャーを若者世代に広める一端を担っていた。日本のサブカルチャーを世界に発信していく安倍内閣のプロジェクト「クール・ジャパン」の一環として海外にも打ち出され、きゃりーは「原宿KAWAii大使」として貢献している。

 このカルチャーの仕掛け人は、きゃりーのアートディレクターも務める増田セバスチャン氏で、日本文化として世界へ広めるきっかけを作ったのも彼である。それらの活動が実を結び、17年度の文化庁文化交流使にも選ばれたほどだ。

 きゃりーと増田氏両者の働きかけにより、一時は若い世代を中心に一大ブームも巻き起こした「原宿KAWAiiカルチャー」。しかし近年は影を潜め、この言葉自体、耳にする機会も減っているような状況だ。

 一部で“歌手引退説”もささやかれるようになった、きゃりーぱみゅぱみゅ。その人気低迷の背景には、「原宿KAWAiiカルチャー」自体の衰退も関係しているのかもしれない。そこで、伊藤忠ファッションシステム株式会社ナレッジ室で、生活者とファッションの関係性を切り口に、世代ごとの消費動向を分析している中村ゆい氏に、「原宿KAWAiiカルチャー」ブームの移り変わりについて話をうかがった。

――「原宿KAWAiiカルチャー」の全盛期は、いつ頃だったのでしょうか?

中村ゆい氏(以下、中村) 12年から15年頃までだと思います。きゃりーぱみゅぱみゅさんのキャリアとリンクする部分がありますね。15年、原宿に、増田セバスチャンさんがプロデュースした「KAWAII MONSTER CAFE」がオープンしたのですが、そのあたりがブームがとても盛り上がりを見せていた時期で、それ以降は時代が変わってきたように感じます。

――時代が変わり始めた理由は何だったのでしょうか?

中村 「原宿KAWAii」の全盛期は、AKB48に加え、ももいろクローバーやでんぱ組inc.、乃木坂46など、アイドルカルチャーもかなり盛り上がりを見せており、15年頃には、女性のあこがれとなる対象が飽和状態となってしまったことが1つ挙げられると思います。同時に、ファッション的にも、「原宿KAWAii」が打ち出していたファンシーでかわいいスタイルが、オシャレではなくなり、少しずつ飽きられ始めたのではないかと。また、当時「原宿KAWAii」を支持していた女の子たちがアラサー世代になり、カルチャーの担い手となる世代が変わったことも関係していると思います。

――今でも「原宿KAWAii」という言葉自体は残っているようですが、実際はどのような状況なのでしょうか?

中村 「原宿KAWAii」は、日本のカルチャーとしてグローバルに打ち出されていることもあり、日本に関心のある外国人に向けた、体外的なマーケティングワードや観光資源としての側面が強くなっている印象を受けます。日本のリアルなマーケット・トレンドとは、もはや別の動きの、グローバルなファッションスタイルやカルチャーになっていると言うこともできるでしょう。それが、今後、新たなムーブメントにもつながっていくのではないでしょうか。

――「原宿KAWAii」は、国内では衰退してしまったということですか?

中村 全盛期に比べると数は減っているものの、いわゆる「原宿KAWAii」のファッションが好きという人は今もいるでしょうし、「原宿 KAWAii」の精神を受け継ぎつつ新たなスタイルのファッションやカルチャーへと進化していると思います。ただ、ストリートでファッションを楽しんでいる人たちにとっては、「原宿 KAWAii」というワードやそこからイメージされるファッションはリアルではなくなっているのだと思います。

 リアルマーケットのファッショントレンドの観点から見ると、10代後半~20代前半の若者を中心に、「原宿KAWAii」のような、かわいらしさを全面に打ち出すようなコスプレ感や“盛る”感覚の強いファッションは、ダサいという認識が強まっており、最近は、スタイルとして面白さやハズしが意識されるようになってきています。「原宿KAWAii」ブームの一方で、ファッショントレンドとしてはジェンダーレスやノームコアも浸透し始めていたので、そのあたりのユニセックスでクリーンな空気感が表立つようになったようです。その一方で、ストリートのムードとしては90年代後半~00年代前半に近い感覚も見られ、「原宿 KAWAii」の原点にあるような、より個性的で奇抜なスタイルに回帰している動きも一部で見られます。かわいいテイストでの統一感よりも、フラットにいろいろなカルチャーをミックスする感覚に軸足が移っているとも言えるのではないでしょうか。

――なぜ1つのジャンルではなく、“いろいろなカルチャーがミックスされたスタイル”が目立つようになったのでしょうか?

中村 「原宿KAWAii」ブームからの時代の変わり目ということもありますが、ブームの発祥のファッションの舞台が、街からインターネットへ移行していることも理由の1つだと思います。「原宿」のようなエリアではなく、インスタグラマーのような人やショップやイベントなどとても局所的な場所から、SNSを経由して同時発生的にブームが生まれている感じがありますね。

――今後、国内で「原宿KAWAiiカルチャー」はどのようになっていくと思われますか?

中村 カルチャーとしてはコアなファンによって脈々と続いていくでしょうし、グローバルな動きとも連動して、さらに新たな動きが生み出されていくのではないでしょうか。ファッションの観点では、従来のような「原宿KAWAii」の世界観でファンシーにかわいらしく統一していくスタイルは、しばらくリアルなファッションの表舞台から下がるのではないかなと思います。ただ、いずれまた「昔、こんなカルチャーやファッションがあったよね」と、「原宿KAWAii」が引き出されて、新たなファッションのソースになることは十分にあるかもしれませんね。
(取材・文=千葉こころ)

「ウチらが一番カワイイし」話題の『異色肌ギャル』をプロデュースするmiyakoの“素顔”に突撃インタビュー!

 今年の6月26日、ツイッターのタイムラインに流れてきた以下のツイートが、私の凝り固まった脳味噌に強烈な衝撃を与えてくれた。

 髪の毛は蛍光塗料で染めたような青にピンク、そして全身の肌は鮮やかな緑色という、二次元の世界から飛び出してきたような巨乳美女が、舌を出してこちらを挑発していたのだ。この女性こそがツイートをしたmiyakoさんだ。

 そこには写真が3枚あり、残りの2枚は明らかに同族と思われる、「肌色」を放棄した異色なギャルの群れ。そんなインパクト抜群のヴィジュアルに添えられた「ウチらが一番カワイイし」というコピーもまた異色、いや出色の出来だった。

 この異色肌ギャルのツイートは1万以上のリツイートを集め、国内外で大きな話題を呼ぶこととなったのだが、個人的にその驚きを大きくしたのは、この緑色の肌を持つ美女と『八潮秘宝館』というディープスポットで会っていたことだった。そのときは高級ラブドールに囲まれていても違和感を感じさせない、いい意味で人形っぽさのある色白の女性だったのに。

 あのときに会ったmiyakoさんが、まさか肌を緑色に染めていたとは。この「異色肌ギャル」は瞬く間にムーブメントを呼び、各媒体のインタビューやテレビ番組の出演、さらには蜷川実花がプロデュースするイベントへの出演も果たした。

 メディアを通じて観る異色肌ギャルのmiyakoさんと、私が記憶しているmiyakoさんの間を埋めたい。そんな個人的な動機で恐縮なのだが、10月20日に歌舞伎町で行われたハロウィンイベントの前に時間をいただき、異色メイク前のmiyakoさんにインタビューをお願いした。

──さっそくですが、まずはmiyakoさんが何者なのかを教えてもらっていいですか?

miyako 元グラビアイドルで、今はモデルや異色肌ギャルのプロデューサーですね。

──やっぱり一般人のかわいさじゃないですよね。ではプロデューサーに聞きますが、この異色肌ギャルというのは一体何者なのでしょう。

miyako いわゆるアメコミとか、ロッキン・ジェリービーンさん(ミュージシャンでもある日本人覆面漫画家)、水野純子さん(コケティッシュでグロテスクな作風の漫画家・イラストレーター)とか、イラストとかコミックの世界では肌色が現実とは違うキャラが普通だったので、それで私がギャルでやってみよ~って趣味で撮影したのが始まりです。

──なるほど、異色肌でギャルになってみようと。すごい発想だと思いますけど、miyakoさんは元ギャルなんですか?

miyako 全然。ただのオタクです。マンガ、ゲームが大好き人間。オタクというか、引きこもりに近いかな。

──具体的にはどんな作品ですか。

miyako ゲームだと、『バイオショック』、『龍が如く』、『クーロンズゲート』、『探偵 神宮寺三郎』シリーズとか。マンガなら『パタリロ』が好きです!

──確かにギャルとは関係ないラインナップですね。まさか『パタリロ』がくるとは。

miyako でもギャルに憧れはあったんです。ガングロとかヤマンバとか。それでトランスを聞いてみたり、「egg」(大洋図書)とか「小悪魔ageha」(インフォレスト)を買ってみたり、そういう努力はしていました。その頃に憧れたギャルをオマージュして、ちょっと異色肌でやってみようと思ったのが2年前です。最初は一人でスタジオを借りて、地味に撮影していました。

──自分の中に眠っていたギャルへの憧れを、得意分野であるオタクカルチャーから「異色肌」と結び付けて、コスプレのような感じで実現させたということですかね。

miyako よしじゃあ今度は一人ではなく、何人かでやろうと思って募集をかけたら、けっこう集まったんです。それで6月に歌舞伎町のバーを借りて撮影をしたら、それがTwitterでバズって、いろんなところからご依頼がきたりとか。

──あの写真の表情、すごくいいですよね。

miyako 「アヘ顔」ですね。あれでバーッといきました。でもこんなことになるとは全然思っていなくて。蜷川実花さんに呼んでいただけたり、カズ・レーザーさんをメイクしたり……良い思い出です。

──いやいや、活躍はまだまだこれからですよ!

──異色肌のメイクは何でするんですか?

miyako 舞台役者とかピエロとかが使うドーランですね。三善(みつよし)というメーカーを使っています。一回のメイクで2時間以上かかるし、やっぱり一回異色肌になるだけでも、すごく体力を使うので、短期間に依頼が重なると、何回も塗っては落としてってなるので、ものすごく大変ですね。塗ってしまうと、ものに触れないとか、着替えもできないとか、そういうのがすごくストレスで。

──なるほど、異色肌になるのも楽じゃないんですね。他のメンバーはメイクや髪型がバラバラなんだけど、グループとしての統一感を感じます。人数が増えると、やっぱりパワーアップしますね。このヴィジュアルは自分たちで考えるんですか?

miyako メンバーがそれぞれ自分で考えますね。ただ、やっぱりなるべくハデにしようとか、色がかぶらないようにしなきゃとかは、こっちで気を付けています。

──そこはプロデューサーの手腕ですね。

miyako ちょっとは、かな。

──この異色肌ギャルには設定とかあるんですか? 宇宙から来たとか、特殊能力で変身しているとか。

miyako 自分のキャラに近いかな。何か架空の存在になりきるというよりは、自分の延長線上にあるキャラクターです。名前もキャラ名とかがあるわけではなく、普段の自分の名前ですね。

──miyakoさん以外のメンバーは、どんな人がいるんですか?

miyako ラブドールと暮らすグラドル、ぽっちゃりアイドル、ストリッパー、漫画家、イベント制作、主婦といろいろですね。全部で10人くらいかな。こんな活動をしているけど、実はオタクでおとなしいメンバーばっかりです。異色肌は自己解放みたいなところが結構あって、あの派手なメイクをすることで、普段の弱い自分からの開放がそこにある。変身すると弱いヒロインが強い魔法少女になるみたいな。でも中には普段から異色肌みたいな子もいるかな。

──なるほど。確かにもともとが強そうな方が混ざってますね。あ、良い意味でですよ。

──外観を変えると、内面も変わります?

miyako かわいいなー、自分! ってみんなテンションが上がります。その変身が大変なんですけど。

──ちょっと特殊かもしれませんが、理想の自分になるためのメイクなんでしょうね。

──「ウチらが一番カワイイし」という印象的なフレーズとつながってきましたね。

miyako あのツイートをするとき、何かギャルっぽい強い言葉を考えようと思って、ふと思いついたフレーズです。今はみんなの合言葉になっていますね。自己肯定のフレーズ。オタクって基本的に自己肯定力が低いので。

──かわいいとか、きれいだねとか、人に思われるためにやっているのとは、ちょっと違う感じですね。

miyako あわよくば、かわいいって思われたいというのはありますよ。でも、自分で自分がかわいい! と思いたい方が強いです。みんなが自己肯定をできる瞬間が、異色肌になっている瞬間なのかなって思います。

──今後の活動はどんなことを予定しているのでしょう。

miyako また新たに作品撮りをしたりとか、もっとボーダレス的な活動に参加したりとか、みんなを楽しませていけるようなことができたらなーって思っています。自己肯定力をみんなでもっと上げていくスタイルで。ハロウィンが近いので、みんなにも異色肌を試してほしいな。ただ、企業が商用でのパロディはやらないでいただいて……。

 miyakoさんが異色肌ギャルになったのは、ただ目立ちたいからというわけではなく、なりたい自分を積み重ねた結果なのだろう。ちょっと自信を持った状態の自分になるためのコスプレなのだ。

 こうしてじっくりと話を伺ったおかげで、目の前にいた色白のmiyakoさんと、写真で見た緑色のmiyakoさんが、しっかりと繋がって見えるようになった。
(取材・文=鴨野橋太郎)

「ウチらが一番カワイイし」話題の『異色肌ギャル』をプロデュースするmiyakoの“素顔”に突撃インタビュー!

 今年の6月26日、ツイッターのタイムラインに流れてきた以下のツイートが、私の凝り固まった脳味噌に強烈な衝撃を与えてくれた。

 髪の毛は蛍光塗料で染めたような青にピンク、そして全身の肌は鮮やかな緑色という、二次元の世界から飛び出してきたような巨乳美女が、舌を出してこちらを挑発していたのだ。この女性こそがツイートをしたmiyakoさんだ。

 そこには写真が3枚あり、残りの2枚は明らかに同族と思われる、「肌色」を放棄した異色なギャルの群れ。そんなインパクト抜群のヴィジュアルに添えられた「ウチらが一番カワイイし」というコピーもまた異色、いや出色の出来だった。

 この異色肌ギャルのツイートは1万以上のリツイートを集め、国内外で大きな話題を呼ぶこととなったのだが、個人的にその驚きを大きくしたのは、この緑色の肌を持つ美女と『八潮秘宝館』というディープスポットで会っていたことだった。そのときは高級ラブドールに囲まれていても違和感を感じさせない、いい意味で人形っぽさのある色白の女性だったのに。

 あのときに会ったmiyakoさんが、まさか肌を緑色に染めていたとは。この「異色肌ギャル」は瞬く間にムーブメントを呼び、各媒体のインタビューやテレビ番組の出演、さらには蜷川実花がプロデュースするイベントへの出演も果たした。

 メディアを通じて観る異色肌ギャルのmiyakoさんと、私が記憶しているmiyakoさんの間を埋めたい。そんな個人的な動機で恐縮なのだが、10月20日に歌舞伎町で行われたハロウィンイベントの前に時間をいただき、異色メイク前のmiyakoさんにインタビューをお願いした。

──さっそくですが、まずはmiyakoさんが何者なのかを教えてもらっていいですか?

miyako 元グラビアイドルで、今はモデルや異色肌ギャルのプロデューサーですね。

──やっぱり一般人のかわいさじゃないですよね。ではプロデューサーに聞きますが、この異色肌ギャルというのは一体何者なのでしょう。

miyako いわゆるアメコミとか、ロッキン・ジェリービーンさん(ミュージシャンでもある日本人覆面漫画家)、水野純子さん(コケティッシュでグロテスクな作風の漫画家・イラストレーター)とか、イラストとかコミックの世界では肌色が現実とは違うキャラが普通だったので、それで私がギャルでやってみよ~って趣味で撮影したのが始まりです。

──なるほど、異色肌でギャルになってみようと。すごい発想だと思いますけど、miyakoさんは元ギャルなんですか?

miyako 全然。ただのオタクです。マンガ、ゲームが大好き人間。オタクというか、引きこもりに近いかな。

──具体的にはどんな作品ですか。

miyako ゲームだと、『バイオショック』、『龍が如く』、『クーロンズゲート』、『探偵 神宮寺三郎』シリーズとか。マンガなら『パタリロ』が好きです!

──確かにギャルとは関係ないラインナップですね。まさか『パタリロ』がくるとは。

miyako でもギャルに憧れはあったんです。ガングロとかヤマンバとか。それでトランスを聞いてみたり、「egg」(大洋図書)とか「小悪魔ageha」(インフォレスト)を買ってみたり、そういう努力はしていました。その頃に憧れたギャルをオマージュして、ちょっと異色肌でやってみようと思ったのが2年前です。最初は一人でスタジオを借りて、地味に撮影していました。

──自分の中に眠っていたギャルへの憧れを、得意分野であるオタクカルチャーから「異色肌」と結び付けて、コスプレのような感じで実現させたということですかね。

miyako よしじゃあ今度は一人ではなく、何人かでやろうと思って募集をかけたら、けっこう集まったんです。それで6月に歌舞伎町のバーを借りて撮影をしたら、それがTwitterでバズって、いろんなところからご依頼がきたりとか。

──あの写真の表情、すごくいいですよね。

miyako 「アヘ顔」ですね。あれでバーッといきました。でもこんなことになるとは全然思っていなくて。蜷川実花さんに呼んでいただけたり、カズ・レーザーさんをメイクしたり……良い思い出です。

──いやいや、活躍はまだまだこれからですよ!

──異色肌のメイクは何でするんですか?

miyako 舞台役者とかピエロとかが使うドーランですね。三善(みつよし)というメーカーを使っています。一回のメイクで2時間以上かかるし、やっぱり一回異色肌になるだけでも、すごく体力を使うので、短期間に依頼が重なると、何回も塗っては落としてってなるので、ものすごく大変ですね。塗ってしまうと、ものに触れないとか、着替えもできないとか、そういうのがすごくストレスで。

──なるほど、異色肌になるのも楽じゃないんですね。他のメンバーはメイクや髪型がバラバラなんだけど、グループとしての統一感を感じます。人数が増えると、やっぱりパワーアップしますね。このヴィジュアルは自分たちで考えるんですか?

miyako メンバーがそれぞれ自分で考えますね。ただ、やっぱりなるべくハデにしようとか、色がかぶらないようにしなきゃとかは、こっちで気を付けています。

──そこはプロデューサーの手腕ですね。

miyako ちょっとは、かな。

──この異色肌ギャルには設定とかあるんですか? 宇宙から来たとか、特殊能力で変身しているとか。

miyako 自分のキャラに近いかな。何か架空の存在になりきるというよりは、自分の延長線上にあるキャラクターです。名前もキャラ名とかがあるわけではなく、普段の自分の名前ですね。

──miyakoさん以外のメンバーは、どんな人がいるんですか?

miyako ラブドールと暮らすグラドル、ぽっちゃりアイドル、ストリッパー、漫画家、イベント制作、主婦といろいろですね。全部で10人くらいかな。こんな活動をしているけど、実はオタクでおとなしいメンバーばっかりです。異色肌は自己解放みたいなところが結構あって、あの派手なメイクをすることで、普段の弱い自分からの開放がそこにある。変身すると弱いヒロインが強い魔法少女になるみたいな。でも中には普段から異色肌みたいな子もいるかな。

──なるほど。確かにもともとが強そうな方が混ざってますね。あ、良い意味でですよ。

──外観を変えると、内面も変わります?

miyako かわいいなー、自分! ってみんなテンションが上がります。その変身が大変なんですけど。

──ちょっと特殊かもしれませんが、理想の自分になるためのメイクなんでしょうね。

──「ウチらが一番カワイイし」という印象的なフレーズとつながってきましたね。

miyako あのツイートをするとき、何かギャルっぽい強い言葉を考えようと思って、ふと思いついたフレーズです。今はみんなの合言葉になっていますね。自己肯定のフレーズ。オタクって基本的に自己肯定力が低いので。

──かわいいとか、きれいだねとか、人に思われるためにやっているのとは、ちょっと違う感じですね。

miyako あわよくば、かわいいって思われたいというのはありますよ。でも、自分で自分がかわいい! と思いたい方が強いです。みんなが自己肯定をできる瞬間が、異色肌になっている瞬間なのかなって思います。

──今後の活動はどんなことを予定しているのでしょう。

miyako また新たに作品撮りをしたりとか、もっとボーダレス的な活動に参加したりとか、みんなを楽しませていけるようなことができたらなーって思っています。自己肯定力をみんなでもっと上げていくスタイルで。ハロウィンが近いので、みんなにも異色肌を試してほしいな。ただ、企業が商用でのパロディはやらないでいただいて……。

 miyakoさんが異色肌ギャルになったのは、ただ目立ちたいからというわけではなく、なりたい自分を積み重ねた結果なのだろう。ちょっと自信を持った状態の自分になるためのコスプレなのだ。

 こうしてじっくりと話を伺ったおかげで、目の前にいた色白のmiyakoさんと、写真で見た緑色のmiyakoさんが、しっかりと繋がって見えるようになった。
(取材・文=鴨野橋太郎)