男たち女たちはなぜ競うのか? カンパニー松尾がキャノンボール、アイドル、テレクラ、AVを語る【前編】

 AV作品ながら映画館で上映された『劇場版テレクラキャノンボール2013』(14)は記録的な大ヒット、続く人気アイドルグループ・BiSの解散ライブに密着取材した『劇場版BiSキャノンボール2014』(15)はテアトル新宿で上映され、スマッシュヒットとなった。“ハメ撮り”AVの巨匠として知られていたカンパニー松尾は、今や映画シーンでも注目を浴びる存在となっている。そんなカンパニー松尾の最新劇場公開作となるのが、2月3日より公開が始まった『劇場版アイドルキャノンボール2017』。BiS、BiSH、GANG PAREDEというアイドルグループの新メンバーを選抜するオーディション合宿に、カンパニー松尾ら超個性派の映像監督たちが同行。それぞれのアプローチ方法で、独自の映像表現を競い合うというエンターテイメント型ドキュメンタリーとなっている。日刊サイゾー初登場となるカンパニー松尾が、映像監督の“業”が炸裂する『キャノンボール』スタイルについて、プー・ルイをはじめとするアイドルについて、消えつつあるテレクラ文化について、そしてAV業界の現状について語った。

──『テレクラキャノンボール』『BiSキャノンボール』が劇場公開され、大反響を呼びました。カンパニー松尾監督は、どのように受け止めているんでしょうか?

カンパニー松尾(以下、松尾) うれしいですよ。うれしいから、続けているんです。それまでAVでそれなりにやってきたつもりではいましたが、下水道をひたすら走っているような感覚というか、狭くぬるい場所にずっと留まっていた感じだったのが、映画館で大きな反響をもらえて、すごく新鮮だったんです。それまでのAVって“抜く”ためのものだったわけですが、そうじゃないAVを僕は撮り続けて、そのAVのまま劇場公開され、僕がAVの可能性を広げたいと思ってやってきた部分に対して、ちゃんと反応してもらえた。これは、うれしかったですね。映画監督が3~5年がかりで映画を撮る気持ちが分かった気がしました。AVってモニター越しに1人で観てもらうものだったのが、劇場では観客の数だけ笑いが倍増し、驚きの声も大きくなる。『テレクラキャノンボール』を初めて劇場公開したときの興奮が忘れられず、続けているんだと思いますね。

──満席札止めになるほどヒットした『BiSキャノンボール』ですが、人気アイドルの解散ライブ前夜のホテルをAV監督たちが密着取材するという内容は、ファンの間で賛否両論が起きたわけですが……。

松尾 普通に考えれば、大事な解散ライブの前夜にホテルに押し入って、何やってくれたんだってことですよね。しかも、ビーバップみのるはメンバーの1人を朝まで寝かせなかった。でも、BiSってアイドルらしくない破天荒さが売りで人気を得たグループだったわけです。公開当時、濃いファンは「なんでハメ撮り監督と一緒にいるのにSEXしないんだ」と怒った。自分が推しているアイドルが壊れていく様を応援しているコアなファンもいたんです。アイドルにハメ撮りを迫るなんてと怒るファンもいれば、なぜハメなかった怒るファンもいた。両方から怒られてしまった(笑)。

──それでもまた、BiSのマネージャー・渡辺淳之介&スペースシャワーTVの高根順次プロデューサーから、新メンバーオーディション合宿の撮影取材のオファーが届いた。松尾さん以上に面白いドキュメンタリーを撮れる人がいないということですよね?

松尾 いや、そんなことはないと思います。僕より面白いものを撮れる人はいっぱいいるでしょう。でも、どうしてでしょうね? 渡辺さんも、高根さんも、そしてBiSたちも、他の人たちがやらないような面白いことをやりたい人たちなんです、きっと。今はいろいろとコンプライアンスとかがうるさい時代だけど、僕個人はコンプライアンスとかには囚われない人間なんです。もちろん、人間としてのコンプライアンスはありますよ。でも、映像を撮る、ドキュメンタリーをつくるという前提のある限りでは、モラルに縛られていてはつまんないと思うんです。多分、そこを期待されているんでしょうね。

──いわば、撮る側も撮らせる側も“共犯関係”にあるわけですね。

松尾 そういうことだと思います。特に渡辺さんとの関係はそうでしょうね。彼は自分のプロダクションに所属するアイドルたちは決して脱がないと信じているわけです。信じているから、ハメ撮り監督である僕らにアイドルを差し出すことができる。言ってみれば、渡辺さんは最高のM嬢たちを僕らに差し出してくれているんです。やれるものなら、やってみろと(笑)。

──劇場に足を運ぶ観客たちもまた共犯関係となる。

松尾 そうですね。1人で観るより、大勢で観たほうが『キャノンボール』は断然面白いですしね。

■非AV監督が『キャノンボール』に新しい波を起こす!?

 

──今回の『アイドルキャノンボール』に参加した監督たちですが、『テレクラキャノンボール2013』からずいぶん顔ぶれが変わってきました。

松尾 変わりました。『テレクラキャノンボール2013』は僕やバクシーシ山下ら50代の監督、そして40代の中堅監督、30代の若手監督たちの世代間抗争も見どころになっていました。40代のビーバップみのる、タートル今田は『BiSキャノンボール』でも活躍しましたが、今回は2人とも人生いろいろありまして出場していません。その代わりに参戦したのが『遭難フリーター』(09)という社会派ドキュメンタリーで監督デビューした岩淵弘樹、普段はアーティストのプロモーションビデオを撮っているエリザベス宮地という若手の非AV監督たちなんです。今回は『テレクラキャノンボール』ではなく『アイドルキャノンボール』ということもあり、監督の幅も広げています。パンツを脱ぐ脱がないに関係なく闘うことができる新ルールになっています。

──『遭難フリーター』は秋葉原殺傷事件後に派遣社員の苛酷さが社会問題になっていたこともあって、日刊サイゾーでも取り上げました。岩淵監督はその後、松尾さんのいる「ハマジム」の社員になっていたんですね?

松尾 岩淵は派遣社員、介護関係の仕事を経て、2014年ごろかな、「ハマジム」に社員として入ってもらい、ネット配信の業務を担当してもらいました。ネット配信の数字が残念ながら目標値に達しなかったので1年間の契約で終わりましたが、岩淵は非常に仕事ができ、酒癖は悪いけれどとても熱いものを持っている男です。もう1人のエリザベス宮地は社員経験することなく、ずっとフリーの映像監督としてやってきた男。『BiSキャノンボール』ではサポートカメラマンとして入ってもらいました。宮地は中2病より、もっとすごい小6病をこじらせ続けているような男です。会社経験がないこともあって、小中学生の感覚をそのまま持っているわけです。『キャノンボール』は人選が重要ですが、この2人は『キャノンボール』のことをよく理解しているし、心根の部分ではとても健全な人間なんです。それに『キャノンボール』って、例えばSEX自慢のAV男優を参加させても面白くないんです。男優ってカメラをスタートさせ、カットの声を掛けるまでは積極的に動きますが、『キャノンボール』は「スタート」の声を掛ける前から、そしてカットを掛けた後も撮り続けないとダメなんです。AV監督を経験していない岩淵と宮地ですが、彼らにはそれができる。彼らがパンツを脱ぐのか脱がないのかも含めて、今回の『アイドルキャノンボール』の見どころになっていると思います。

──『テレクラキャノンボール2013』で活躍した若手AV監督の嵐山みちるは『BiSキャノンボール』に続いての参戦ですが、わずか数年見ないうちに、頬が痩け、眼光をギラつかせた別人のような外見になっていることにも驚きました。AV業界のハードさを感じさせます。

松尾 今、AV業界は薄利多売の時代になっていて、嵐山みちるは月8本ペースでAVを撮っているんです。月8本ペースは異常です。人間が壊れるペースですよ。普通は半年か1年しか保たないはずですが、彼はもう2年間もそのペースで撮り続けています。アイドルのようなルックスだったのに、忙しすぎて愛嬌がなくなってしまっている。そういった時間の流れも感じてもらえると面白いかなと(笑)。

■アイドル病棟と化した6日間の合宿生活

 

──もはや人間ならざるAV監督や社会派ドキュメンタリーから流れてきた監督たちがカメラで追うのは、彼らとは真逆な清純さを売りにしたアイドルやアイドル候補生たち!

松尾 水と油の関係です。相容れない素材でドレッシングを作ろうっていうんだから、まぁ分裂しますよね(笑)。

──一見、清純で健気そうに見えるアイドルたちですが、彼女たちもまた競い合う。勝利者チームは敗者チームの持ち曲を奪うことができるというルールによって、グループ間で激しい抗争が勃発し、思いがけず大きな問題に発展していく。一度自分が手に入れたものは絶対に他人に渡したくないという、女の“業”を感じさせました。

松尾 アイドルたちの競争意識を煽るために導入された新ルールでしたが、合宿所内が曲奪い合い合戦に向かってしまい、そのことに僕は戸惑ってしまった。でも、そんな予想外の展開のお陰で、もう一本映画が公開されることになったので、結果的には良かったかなと。

──6日間のオーディション合宿はどうでしたか?

松尾 つらかった(苦笑)。近くにコンビニがないような一般の合宿所だったんですが、食事がね。箸が進まない上に、量がハンパなく多い。それを毎朝8時、昼12時、夕方6時と毎日決まった時間に同じメニューを、みんなで食べるという……。刑務所とは言わないけど、軍隊のような生活でした。人間ね、食生活が満たされていないと脳の働きも低下して、闘う気力も湧いてこないんですよ。

──アイドルのオーディション合宿というよりは、隔離病棟のように見えました。

松尾 ほんとそう。合宿所を抜け出して、コンビニまで行って帰ってきた人は、すごく生き生きして戻ってくるんですよ。一度でも外の空気を吸うと、「合宿所には戻りたくない」とみんな思ってしまう。僕も1~2度、コンビニへ行きましたが、セブンイレブンで呑んだコーヒーがすごく美味しかった。合宿所に戻るのがイヤになりましたね。食事のシーンを盛り上げるために激辛のデスソースを用意したんですが、あれもつらかった。カレー好きな僕が食べても、死ぬかと思いましたよ。アイドルたちはがんがんデスソースの入った食事を平らげていましたけど、真似しないほうがいい。彼女たち、最初は嫌っていたのに、途中から進んでデスソースを手にするようになりましたからね。プー・ルイも「あの合宿はおかしかった」と話しています。

(インタビュー後編へ続く/取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)

『劇場版アイドルキャノンボール2017』
監督/カンパニー松尾
出演/BiS、BiSH、GANG PARADE、WACKオーディション参加者、渡辺淳之介、高根順次、平澤大輔、今田哲史、カンパニー松尾、バグシーシ山下、アキヒト、梁井一、嵐山みちる、岩淵弘樹、エリザベス宮地
配給/日活 2月3日より渋谷HUMAXシネマほか全国順次公開中
C)2017 WACK INC. / SPACE SHOWER NETWORKS INC.
http://idol-cannon.jp

●カンパニー松尾
1965年愛知県春日井市出身。テレビ番組の製作会社勤務を経て、AV制作会社で働くようになり、87年に安達かおる率いるV&Rプランンングに入社。88年に『あぶない放課後2』で監督デビュー。全国のテレクラを回った『私を女優にして下さい』や『燃えよテレクラ』は人気シリーズとなる。95年にV&Rプランニングを退社し、フリーのAV監督に。2003年にAVメーカー「HMJM(ハマジム)」を立ち上げ、現在に至る。レース形式でAV監督たちが目的地までのスピードとナンパした女性とのエッチ体験を競い合う『テレクラキャノンボール』は97年からスタート。『テレクラキャノンボール2009 賞品はまり子Gカップ』はその年の「AVグランプリ」にてプレス賞を受賞。『テレクラキャノンボール2013 賞品は神谷まゆと新山かえで』は2014年に劇場公開され、大反響を呼んだ。その他、劇場公開された監督作に『劇場版BiSキャノンボール』(15)、『劇場版BiS誕生の詩』(17)がある。
http://www.hamajim.com/home.php

「乳がん闘病=お涙頂戴」ムードに違和感! 寛解した女性が世間に“異議”を唱える理由

 昨年6月に亡くなった市川海老蔵の妻・小林麻央さんをはじめ、北斗晶、南果歩など芸能人の乳がん発症が報道されたり、本人がブログや手記などで闘病体験をつづることも少なくない。乳がんの闘病記や関連書籍と聞くと、淡いピンク色や小さな花がちりばめられた表紙の本をイメージする人が多いはず。そして、そうした作品の多くが、ドラマチックに描かれた“感動の実話”をウリにしている。

 しかし、昨年末発売された『女子と乳がん』(松さや香/扶桑社)の表紙は、さわやかな青と黄色、ポップなイラスト。ページをめくれば「わたしと彼女の宗教戦争」「漆黒の黒歴史が爆誕 乳がんヌード」など、ブラックユーモアを交えた乳がん患者の経験談が綴られている。同書は書店ではサブカルチャーの棚に並べられ、乳がんエッセイ界(?)では、異端な存在となっている。

■小林麻央さんのブログを読めない理由

 『女子と乳がん』著者の松さや香さんは、29歳のときに若年性乳がんに罹患し、現在は41歳、寛解。先日まで国際線の客室乗務員として働いていた。前著『彼女失格 恋してるだとか、ガンだとか』(幻冬舎)では、自身の闘病について“治療費”や“治療中のセックスについて”など、これまでにない切り口で若年性乳がんを綴り、話題となった。そんな彼女が2作目の題材に選んだのが、乳がん患者と世の中の間に漂う「違和感」だった。

「本屋で乳がんに関する棚に行くと、必ずといっていいほど淡いピンクの表紙の闘病手記が並んでいます。この棚は『美しい愛のドラマが見たい!』という大衆のニーズを象徴していて、乳がんの当事者とはかけ離れた存在なんです。私は若年性乳がんになって初めて乳がんの棚に行ったとき、愛のドラマと著者のポエムが書かれた手記ばかりで途方に暮れたのを覚えています(笑)」

 乳がん患者にとって、近くて遠い“闘病手記”。それは、乳がんについてのニュースを報道するメディアやマスコミについても同じだった。小林麻央さんの報道についても、松さんは複雑な気持ちを抱いていたという。

「私、麻央さんのブログは一切読んでいないんです。これを言うと『同じ乳がんなのに?』と驚かれるのですが、乳がんだからこそ“読めない”んです。もちろん、麻央さんにはがんばってほしいと思っていましたが、治療中のツラさを思い出してしまうし、治療の経験やがんのステージについて知識があるので、自分も彼女と同じ進行状況になっていたら……と想像してしまい、怖くなってしまうんです」

 その一方で、マスコミによる闘病報道は過熱。連日、テレビのワイドショーではブログが朗読され、闘病中の写真が掲載された週刊誌やネットニュースがあふれた。なかでも、乳がん治療中の女性にとっては、麻央さんの情報をシャットアウトできないツラい状況だったはず、と松さん。

「私の個人調査なのですが、麻央さんのブログを真剣に読んで、ニュースをチェックしていたのはママさんが多かった印象です。彼女を乳がんの女性ではなく“病気になってしまったお母さん”と捉えて、自分に重ねていたのかもしれません。一方、マスコミ側は乳がんのニュースではなく、海老蔵さんと麻央さんというセレブリティゴシップの扱い。麻央さんが伝えたかった“乳がんへの理解”につながったとは、言い難い結果になってしまいましたよね」

 彼女に関する一連のニュースは、乳がんを身近な病気ではなく、特別な愛のドラマの小道具にしてしまったのだ。

 美しい愛の物語ほどわかりやすく、大衆に響くものはない――そのことを松さんが実感したのは、前著『彼女失格』制作中。ある編集者が放ったひと言だった。

「日本人ってかわいそうな話が大好きだから、生きている人の闘病記って売れないんだよね〜」

 松さんは当時を振り返り、「言いたいことはわかるけど、言い方ってもんがありますよね」と笑って話すが、これまでの治療をすべて否定されたようなショックを受けたという。

「たしかに、その言葉に対しては、『ほんとそうですね』としか言いようがないです。でも、マスコミ側にいる人ならば、“売れる”ことの先にある価値を社会に対して投げかける必要があるんじゃないかな、とも思っています」

 耳の痛い話だが、どうしても“わかりやすい展開”に持っていってしまう、根深い職業病がマスコミ側にはまん延している。実際に取材を受けることも多い松さんは、周囲から押し付けられる乳がん患者としてのイメージに、何度か首をひねった経験があるそう。

「麻央さんの訃報以降に受けた取材記事の中で『彼女の遺志を継いで活動している松さん』と書かれたことがあって。いやいや、遺志なんて継いでないし、なんなら私のほうが先に罹患してるよ!? と、思わずツッコんでしまいました(笑)。おそらく、読者に伝わりやすい方向にまとめた結果、“遺志を継ぐ”という表現になったんだろうけど、そこまでわかりやすく感動に持っていかなくても……とは思いますね」

 そうした世間の感覚とのズレや、小さな違和感の集大成が『女子と乳がん』につづられているのだ。

「この本は、私自身をはじめ、これまで乳がんに関わった人たちの“違和感”をまとめた、壮大な愚痴本なんです。この本で誰かの人生を変えられる、なんておこがましいことは思っていないので、読者の方には『あんないい加減な人でも生きていけるんだ』くらいの感想をいただけたら御の字ですね。あくまで、社会の一事例でありたいんです」

 「社会の一事例」となるために彼女が選んだのは、“普通に働くこと”だった。乳がんの罹患、著書の出版など、さまざまな経験を経た後も人生は続く。働かなければ、と奮起し、治療終了後の37歳から先日まで、国際線の客室乗務員として働いていた。

「『病気になったからこそ、自分にしかできないことをしたい』という方もいるのですが、私は病気になったからこそ、普通に働きたかったんです。自分にしかできないことよりも、『乳がんになっても、みんなと同じ普通の人間だよ』ということを伝えるほうが、意義があるように感じています」

 メディアも大衆も「美しい死が尊い」とされる風潮の中で、病後「普通に生きること」を貫く松さん。彼女がしたためた“壮大な愚痴本”は、世の中に違和感や立ち行かなさを感じている人々に、そっと寄り添う一冊となっている。
(真島加代/清談社)

松さや香(まつ・さやか)
東京都生まれ。日台ハーフ。29歳のとき若年性乳がんに罹患し、治療中に編集者、国際線客室乗務員を経験し、現在寛解。ブログやコラムを連載し、著書に『彼女失格 恋してるだとか、ガンだとか』(幻冬舎)、『女子と乳がん』(扶桑社)がある。

もし“文春砲”がなくなったら? 芸能プロ、テレビ局、マスコミ関係者が語る“芸能ゴシップの是非”

 1月18日発売の「週刊文春」(文藝春秋)に看護師女性との不倫疑惑を報じられた小室哲哉が、翌19日に会見を開き、“騒動のケジメ”として引退を発表した。同会見で小室は、2011年にくも膜下出血に倒れ、現在リハビリ中という妻・KEIKOの介護や自身の病気、音楽活動への葛藤を赤裸々に明かし、ネット上では同情論が飛び交うように。一方で「文春」には、「小室を引退に追いやった」などと猛バッシングが吹き荒れることとなったのだ。

 「文春」を批判しているのは、一般人だけではない。ホリエモンこと実業家の堀江貴文は、Twitterで「やっとクソ文春のヤバさが大衆に浸透してきたか。結局こうなるしかないビジネスモデル。誰得と言い続けてきたの俺だけ。(後略)」と過激な言葉でツイート。また米大リーグのダルビッシュ有投手も、21日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した「文春」記者が、「(引退は)本意ではない結果になったなと考えています」と発言したことを受け、「他人のプライベートほじくりまわして『本意ではない結果』って本当に頭大丈夫なのでしょうか?(後略)」と、徹底批判しているのだ。

 16年1月、ベッキーとゲスの極み乙女。川谷絵音の不倫スキャンダルをすっぱ抜いたことから、“文春砲”と呼ばれ出した「文春」。それまで優等生のイメージが強かったベッキーの“裏の顔”は、世間に大きな衝撃を与え、また“不倫は絶対悪”といった風潮が漂い出した。その後、他週刊誌も「文春」を追随するように、芸能人の不倫スキャンダルを盛んに取り上げ始めたが、今回の小室の引退劇により、「不倫は当人同士の問題」といった声が急速に高まっているのも事実だ。中には、「芸能人のプライベートに興味はない」「不倫だけでなく熱愛・結婚報道もいらない」という“芸能ゴシップ不要論”を唱える声も大きくなった。

 では、本当にこの世から“文春砲”をはじめとする芸能スキャンダルやゴシップがなくなったとしたら――果たしてどうなるのだろうか? 今回、実際にスキャンダルを報じる側であるマスコミ関係者、それをワイドショーなどで取り扱っているテレビ局関係者、そしてマスコミから“狙われる側”である芸能プロダクション関係者にインタビューを行い、芸能スキャンダルに対する考えやその是非などを語ってもらった。

 まず気になるのが、週刊誌とは、ある意味“敵対関係”ともいえる芸能プロダクションの意見だ。今回取材を引き受けてくれた某有名芸能プロダクションのX氏は、「タレントに対して、『週刊誌に撮られるかもしれないから、私生活に気をつけなさい』という芸能プロはあると思います」とのこと。

 つまり、週刊誌という存在は、タレントにとって“抑止力”になっているとの意見であり、もしマスコミに追われることがなくなれば、タレントが私生活で“はっちゃけて”しまう可能性もある。ただX氏の事務所では、「一般の社会人としての当たり前のことを指導するだけであって、『撮られなければいい』とは思ってないです。要は(タレント側に)つっこまれどころがなければいいんです」とも付け加える。

 また、熱愛スキャンダルが出ると、ネット上で「そのタレントが出演するドラマの宣伝なのではないか?」と、ウワサが立つこともあり、実際、そうした“仕込み”のスキャンダルも存在するという。芸能ゴシップがなくなると、こうした“宣伝効果”もなくなってしまうが、X氏は「撮られてよかったと思うことはありません」ときっぱり。あくまで「“気持ちの落としどころ”として、『まぁ宣伝にもなったし、いっか』と感じることはあります」と語る。週刊誌側から、掲載のお知らせが入った際、「『今ドラマに出ているので、記事内でそのことにも触れておいてください』と伝えることはありますけれど」という。

 やはり芸能プロにとって、「芸能ゴシップ=不利益を被るもの」であることに変わりはないが、それでもX氏は「週刊誌に“なくなってほしい”とは思わない」と語る。

「芸能スキャンダルは必要悪だと思っています。人は、そういうものを覗き見したくなる生き物ですから、ゴシップを読みたくなって、週刊誌が売れる。そうすると、週刊誌には、タレントの登場するグラビアやインタビュー記事も掲載されているので、そういったページも読まれることになるかなとは思いますね。道徳的な雑誌ばかりだったら、そういったこともなくなりますよ」

 次に話を聞いたのがテレビ局関係者だ。昨今、週刊誌が熱愛スキャンダルや不倫スクープを放ち、ネットの盛り上がりに鑑みて、それを情報番組が取り上げ、コメンテーターが意見を述べ、それがまたネットニュースになる……といった流れが定番となっている。

 小室の引退騒動においては、ネット上で「週刊誌は芸能ゴシップを扱うのが仕事だけど、テレビがそれをわざわざ拾う必要があるのか?」といった議論も勃発していた。情報番組に携わるテレビ局関係者Z氏は、「芸能ゴシップはなくならないとは思いますが」といった前提で、話をしてくれた。

「世の中の人が、芸能スキャンダルを“参考”にすることはあると思います。芸能人の熱愛、離婚、年の差結婚やできちゃった結婚だったりが、“例”になっているのではないか……と。例えば、再婚をしようかどうか悩んでいる人がいたとして、そういった時に、『女優の○○さんは、もう3回目じゃん!』と思えたり、反対に不倫スキャンダルを見て反面教師にすることもあると思うんです。このように名前がある人の私生活というのは、一般人の生活に入り込んでいると感じています」

 テレビという拡散力のあるメディアが、芸能スキャンダルを取り上げることで、それが世間に広まり、人々の価値観を形成するきっかけにもなるということだが、もし芸能スキャンダルがなくなり、芸能人の私生活が閉ざされてしまった場合、Z氏は「モデルケースがなくなって、困るんじゃないかなと思います」と指摘する。

 また、応援するタレントの熱愛スキャンダルにショックを受け、週刊誌を敵視するファンは少なくない。Z氏は、そんなファン心理に関しても言及する。

「心理学について詳しくは言えないですが、人って誰かを好きになったら、『この人は普段何を食べているのかな?』『どこに住んでいるのかな?』『趣味は何なのかな?』といったことを知りたいに決まってるんです。ファンの人が悲しむスキャンダルもあるかもしれませんが、やっぱりマスコミは、ファンの“知りたい”という気持ちに応えるものだと思っています。もしマスコミがいなかったら……一般のファンは何をしでかすか、わからないですよ」

 最後に、タレントのスキャンダルを追う芸能マスコミ側は、その意義についてどう考えているのだろうか。ネットで巻き起こる、週刊誌バッシングに対して「何言ってるんだろうと思う(笑)」と語るのは、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク・神林広恵氏だ。

「“週刊誌の親分”といわれる新潮社の大物編集者・斎藤十一は、『週刊新潮』を新聞とは異なる、“俗物主義”という方針で編集し、“金と女と出世”に焦点を当てていました。人間は俗物であり、そういったものを求めている、と。そこから週刊誌は発展してきた歴史があるだけに、スキャンダルをやるのは、週刊誌ジャーナリズムの必然なんです。なので、『スキャンダルはなくなれ』って、いまさらなぜ? と感じてしまいます」

 これまで、プライバシーの観点から、「芸能人は公人か準公人か」と議論されてきたが、神林氏は「最近ではママタレなど、私生活を売りにする人も増えています。しかし都合のいい部分だけ見せていて、“実像はどうなのか?”という疑問がありますね。そこを担ってくれるのが、週刊誌。ネットには『芸能ニュースは、事務所の発表だけでいい』といった意見もありましたが、都合のいいところだけで知らされて、騙され続けてもいいのか? 本当はどういう人物なのか知らなくてもいいのか? と思います」と、“知る権利”を自ら手放そうとする人々に疑問を呈する。

 続けて神林氏は、最近のワイドショーが「世論形成に大きな影響を与えている」点を指摘し、芸人をはじめとするタレントがコメンテーターとして出演している以上、「その人たちの実像を知ることは重要。そこにもスキャンダルの必要性を感じる」と語る。

「もし、芸能スキャンダルがなくなったら、社会がどんどん閉塞しますよ。さまざまな権力に忖度する記事ばかりが出るようになり、言論の自由が侵されたら、民主主義国家じゃなくなってしまいます。それに芸能人の中で、この人のスキャンダルは報じてもいいけど、この人は報じてはいけないといった線引きをするのも、言論を萎縮させるきっかけになると思いますよ」

 またネット上には、「芸能スキャンダルではなく、政治問題をもっと報じるべき」といった声も出ている。これについて神林氏は、「最近の安倍首相は、よく芸能人と会食をするなどして、交流を持っていますが、一概には言えないものの『芸能人は影響力があることを知った上で、自身の政策に同調してくれる人を増やしているのではないか』とも思うんです。そういった点も含めて、『芸能スキャンダルをやるな』というのは危険ですよ」と語る。

 「文春」編集長の新谷学氏は27日、カンニング竹山との対談において、「表でこの人いいことばっかり言っているのに、実は裏でこんなことやってるんじゃないかっていうのを出したい。それがわれわれの仕事だ」といった発言をしたという。今後もさまざまな芸能スキャンダルが世に放たれるだろうが、それをどう受け取るべきなのかについても、熟考しなければいけないのかもしれない。

実証!!“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士に取材を申し込んで、記者が「遅刻」したらどうなる……?

“キング・オブ・アウトロー”こと作家の瓜田純士(38)が、森羅万象を批評する不定期連載。今回のお題は、松岡茉優が映画初主演を務め、第30回東京国際映画祭で観客賞を受賞した『勝手にふるえてろ』(綿矢りさ原作、大九明子監督)だ。瓜田の苦手なラブコメ分野ゆえ、ただでさえ怒り出す危険性大なのに、記者が上映開始時刻に遅刻する失態まで犯してしまい、ふるえが止まらない取材となった。

 19歳で芥川賞作家になった綿矢りさの恋愛小説を実写映画化した『勝手にふるえてろ』は、「恋愛に臆病で妄想力が強いOLのヨシカ(松岡茉優)が、タイプの異なる男性イチ(北村匠海)とニ(渡辺大和)の間で揺れながら、傷だらけの現実を突き抜ける暴走ラブコメディ」との触れ込みだ。

 アウトローとラブコメ。そのギャップを楽しむ企画趣旨だったが、取材当日はまったく笑えない状況になってしまった。

「とっくにロビーに着いてますけど、どこにいるんすか……?」

 そんな瓜田からのメールの着信音で目が覚めたのだ。時計を見ると18時22分。映画が始まるのは18時30分。ヤバい! 記者は顔面蒼白になった。

 相手が普通の人なら「すいません、寝坊しました。予約番号と暗証番号を伝えますから、機械で発券して先に入場してください」で済むのかもしれないが、相手が瓜田となると、そうはいかない。「なんで寝坊した人間の指図で、俺がそんな面倒くせえ作業をしなきゃならないんだ!」と怒り出し、帰ってしまうのは確実だからだ。

 自宅から映画館までの距離は約800メートル。急げばまだ間に合うかもしれない。いや、間に合わなかったら大変な目に遭う。焦った記者は、「至急向かいます」とだけ返信し、靴下と靴を履く間を惜しみ、裸足にサンダルで氷点下の街へ飛び出した。

 到着したのは18時32分。ロビーに仁王立ちし、鬼の形相で待ち構えていた瓜田から、さっそく雷を落とされた。

「なんだ、その寝癖は! 呼び出しといて寝坊かよ。最低最悪な野郎だな!」

 同伴の麗子夫人もブンむくれだ。

「もう映画始まってんで。ウチ、途中から見るの嫌いやねん!」

 そんな2人に平謝りしつつ、オンライン予約していたチケットを急いで発券し、場内へ滑り込む。のちに劇場スタッフに聞いたところ、「チケットは毎回完売が続いている」とのことで、この日も実質的には満席状態。

 しかし記者は、瓜田の隣に座るのが怖かったため、そして反省の態度を示すため、座席には座らず、通路に座って鑑賞を開始した。どうか面白い映画でありますように……。

 以下は、上映終了後に近所のしゃぶしゃぶ屋で行ったインタビューである。

 * * *

――改めてお詫びいたします。本日は大変失礼いたしました!

瓜田純士(以下、純士) 来なかったらハイキックとパウンドでブッ殺すところでしたよ。

――危ないところでした。

純士 「危なかった」ってのは間に合った人間の言うセリフだろ! 結局、何分か遅刻してるじゃねえか!

――誠に申し訳ございません!

純士 俺はラブコメが嫌いだし、しかも遅刻までされて爆裂ムカついてたから、「よし、ボロクソにけなしてやろう!」と思って映画を見始めたんですよ。序盤はふざけた感じのシーンが多かったから、「こんなもんあと2時間も見なきゃなんないのかよ。ざけんなバカ野郎!」と思った。で、斜め前の通路を見たら、遅刻したバカが座ってる。まさに“蹴りたい背中”でしたよ。ところが悔しいことに、主演の女の子の絶妙なこじらせ具合とか、ニって男の絶妙なイタい間(ま)とかが、嫉妬しちゃうレベルの面白さで。原作がいいのか監督の見せ方が上手いのか、途中からグイグイと物語に引き込まれてしまいました。本物のこじらせ女子には書けない作品というか、本物のこじらせ女子を客観的に見ることができる人のみが書ける作品という印象ですね。すっげえ面白かったです。

――楽しんでいただけて何よりです。『蹴りたい背中』という言葉が出たということは、綿矢りさをよくご存知なんですか?

純士 20代半ばの頃、刑務所に入ってるときに『蹴りたい背中』を官本(編注:刑務所が無料で受刑者に貸し出す本)で読んだんですよ。内容はあまり覚えてないけど、若いのにすごいな、と思ったことだけは覚えてます。あと『インストール』も途中まで読んだけど、今回の『勝手にふるえてろ』は未読です。でもきっと、原作がめちゃくちゃ面白いから映画も面白いんだと思いますね。

瓜田麗子(以下、麗子) ウチはこの映画を見て、ヒロインマジックってすごいな、と思った。あの主役の女の子は最初、アジアンの隅田にしか見えへんかったのに、それが吉高由里子になり、最後は満島ひかりになってたから、すごいよね。どんどん可愛くなっていくねんもん。

純士 その視点なんだな、女子は。俺の視点は違う。あのヨシカっていう主人公は、釣りのおっちゃんに向かって「SNSに何かを書くのは恥」とか言ってたけど、なりすましてた別人のSNSでは自殺をほのめかしたりしてましたよね。そのへんの複雑な人間心理にも焦点を当ててるあたりに感心した。やっぱ俺も物書きだから、原作者の文章はすごかったんだろうな、ってところをまず想像しちゃうんです。ヒロインのビジュアルよりも、これを表現するには原稿用紙を何枚使ったんだろう? ってことを、まず考えちゃう。作者に対する尊敬の念を抱きながら映画を見てました。もちろん、ヨシカを演じた女優もすっごく上手かったですけどね。俺は原作を読んでないけど、きっとあの子は原作を隅々まで読んで、原作者の意図を汲み取って、自分なりに咀嚼して、演じ切ったんだと思う。

――あの子、松岡茉優という売れっ子なんですが、ご存知なかったですか? 映画は今回が初主演ですが、ドラマでは何度も主役を張っていますよ。

麗子 全然知らへんかった。ウチ、ドラマはあんま見ぃへんから。

純士 俺も初めて見たけど、いい女優だね。

麗子 演技が自然やから、肩の力を抜いて見れたわ。

純士 あと、監督の手腕もすごいと思いましたね。

――具体的にはどういう点が?

純士 信号機のメロディや卓球の音を効果的に使ったり、弱ったヨシカがオフィスの廊下を歩きながら壁に向かってアンモナイトを撫でるような仕草を見せたり。とにかく終始気の利いた、飽きさせない描写があったじゃないですか。芸が細かいし面白いなぁ、と感心しましたよ。あと、ヨシカとニが変なクラブで初デートしたとき、ニが反復横跳びを始めるでしょ。それをヨシカが「おいおいマジかよ」といった感じで冷めた目で見てる。ああいう、観客まで恥ずかしくなって冷や汗をかいちゃうような場面が多々あったじゃないですか。そのあたりの表現方法も巧みでしたね。

麗子 ウチも序盤は遅刻の件でイライラして、なかなか集中できへんかったけど、反復横跳びのあたりから作品の世界に入り込むことができた。でもヨシカは、あの男とは幸せにはなれへんと思ったわ。あの男は、追いかけてる自分が好きなだけやから。

純士 結局、出てくる人間はどいつもこいつも身勝手で自己中極まりないんですよ。こじらせた奴って、絶対に自己中なんですよ。それが今回わかったことですね。うちの嫁が言う通り、ニは相手が好きというより、自分が好きだから自分の恋愛を成功させたいだけ。だから相手の迷惑を顧みない。

麗子 ニみたいな男は絶対、相手が振り向いた瞬間に、浮気はするわ、連絡はおろそかになるわ、亭主関白になっていくわ、ってタイプやと思うわ。

純士 ヨシカはヨシカで、常に相手のことなんか考えてなくて、ニのことも最初は「私の世界に勝手に現れやがって!」ぐらいに思ってる感じだった。小さな頃から見下されて育ってきたせいか、「自分のこんなちっちゃい脳内世界を私なりに守って生きてきたのに、その暮らしを脅かす奴が勝手に現れやがって!」という被害者意識を持ってて、相手の心中を読もうとしない。ぶっちぎりで自分脳なんですよ。でもそこが面白かった。

――面白い、というのはどういう意味で?

純士 滑稽であると同時に、共感できるんですよ。火事になりかけたシーンなんかは、結構グッときました。あんな小さなライフスタイルだけど、この生活を壊されてたまるかとばかりに飛び起きて、必死で消火するところの奮闘ぶりがよかった。ああいう子たちほど、自分の生活をすごく大切にしてるんだという、生への執着が微笑ましかったですね。

麗子 あの子はあの子で不幸を演じてても、それをすごく楽しんでるんやろうなと思ったわ。

純士 10年間思い続けてたというわりに、おまえの好きってその程度のもんなの? と思えるシーンもあったじゃないですか。現実のショックのほうが、相手を思う気持ちよりもデカかった。つまりあの子は、自分のほうが可愛いんですよ。思い通りにならないことには首を突っ込まないようにしてるだけで、すべて思い通りにいくことだけに手を出す。それが、こじらせた奴の法則なんです。

麗子 ニと一緒やねんな。

純士 そうそう。似た者同士なんです。相手のことを考えずに勝手に変なプレゼントを贈ったり。だいたいやってることは一緒です。それを客観的に描けてる作品だから面白かった。

――そういうタイプの人々を、瓜田さんは毛嫌いするかと思ったのですが。

麗子 確かに。純士が私以上にケラケラ笑ってるから、ビックリしたわ。こういう映画、一番苦手なはずやったのに。

純士 こじらせ女子とか腐女子とかオタクのことを、これまでさんざんバカにしてきたけど、今はそういう気にはなれないですね。ああいう子たちは自分を基準に生きてるから、自分の基準値を上回る面倒な出来事や人に対しては、生理的に受け付けないような態度を取る。「ああ、やだやだ」とか言って。たとえば、このクソ寒い時期に、街頭で上半身裸になって踊ってる外国人がいたら、ポジティブな人や普通の女子は「なんかのお祭りかな? 楽しそう!」となる。でも、こじらせ女子はそうならない。「え、マジないわ」と、いきなり否定するんですよ。その脳が、俺にはものすごくわかるんですよ。

――それはなぜですか?

純士 最近気付いたんだけど、俺も似たような人種だからです。俺は不良の世界で一等賞クラスで輝いてきたんだ、おまえらこじらせ女子や腐女子やオタクどもとは、まったく違うんだ、と自分に言い聞かせてきたけど、実はそいつらに限りなく近かったという(笑)。

――そうなんですか。

純士 身の丈を知って夢を早い段階で諦めてサラリーマンになったりする人が多い中、俺はずっと中2脳でここまできちゃってる。夢を諦めるなんてまっぴらご免だ、俺は結構いい線いってるじゃないか、と。この映画の主人公らはルックスが地味だから妄想だけでとどまってる人たちだったかもしれない。俺も同じ自己中妄想タイプだけど、俺の場合、現実世界でも結構いい線いけちゃったりするから、より分別がつかなくなってるというか、より一層こじれてるんですよ。

麗子 純士はルックスがええから、アウトローのカリスマとか呼ばれるようになったしな。

純士 そういうことなんですよ(笑)。子どもの頃はヤクザを見て憧れてるだけだったのに、俺はルックスがよくてハッタリも効くもんだから、気付いたら街を歩いてる人たちから「そっちの人だよね?」と思われるようになっちゃった。でも元を辿れば単なるアウトローに憧れた子どもでしかなく、ただのアウトローオタクだったんです。俺も奴らも似たような脳内なんですよ。

麗子 純士はオタクっぽい上、人との距離感を測るのが苦手で、すぐ人を拒絶するとこもあるもんな。

純士 そういうこじらせ脳の奴らってのは「初恋の相手を振り向かせたい」とかいう、めちゃくちゃ自分勝手で図々しい願い事を平気で脳内に持ってたりする。しかも、何事も自分の思い通りに行くと思ってるフシがあるんですよ。ジャニオタがジャニーズのメンバーと付き合えるかもしれないとうっすら思ってるようにね。卑下してるようでいて、案外イケてると思ってる。その優越感で生きてるんですよ。だから自分らの考えに反するものたちを、この映画の主人公のように「え、ないでしょ。マジで無理無理!」と平気で排除しようとする。俺もそうだけど、擦れてるんですね。素直じゃないんです。

――なるほど。

純士 だけど映画の最後のシーンで、ヨシカがとうとう人間としての本能的な行動に出たじゃないですか。途中でも何度かそういうシーンがあったかな。「付き合おうか」と言ってみたり、屋上で抱きついてみたり。計3回ぐらい、本能的な行動に出た。こじらせ女子ぶってても、あれが絶対、人間の最終的な行動というか、本音の行動なんですよ。その「普段は自信がないから妄想の世界に逃げ込んでるけど、たまに本音が出てしまう」ところに人間臭さを感じ、同時にシンパシーも感じました。

麗子 こないだ一緒にDVDで見た『モテキ』には全然ハマらへんかった純士が、ここまでこの作品にハマるとはなぁ。どっちも似たような作品やと思うけど。

純士 いや、まったく別物のクオリティーでしょ。『モテキ』は幼稚臭くて耳が痛くなった。でも今日のは、釣り人とか駅員とか隣人とか、ヨシカの周辺人物の描写も出てくるじゃないですか。それが劇団ひとり原作の映画『陰日向に咲く』にちょっと近いタッチだと思った。劇団ひとりは文学的な人だから、周辺人物を上手く描けるんでしょう。ただ、映画の『陰日向に咲く』は面白いか面白くないかで言えば、面白くなかったんですよ。原作はどうだか知らないし、監督の意図も知らないけど、映画の『陰日向に咲く』に関しては、一人称の物語という印象を受けて物足りなさを感じた。「僕は、私は」の世界ね。でも映画の『勝手にふるえてろ』に関しては、登場人物の心を神視点で捉えてるような雰囲気を個人的には感じた。そこが面白くてハマりました。

――松岡茉優が歌うシーンは、いかがでしたか?

麗子 歌唱力がすごかった。あの子がストリートミュージシャンやったら、思わず立ち止まってまうわ。上手いだけやなく、声に哀愁ある。

純士 最大の見せ場というか、伝えたいものが一番出てたシーンだったと思います。脳内妄想の世界が、リアルによって歪められて動揺し、葛藤する。妄想と現実の距離感の違い。そこがこの作品の肝のように俺は感じました。

――石橋杏奈が演じた、くるみはどうでしたか?

純士 秘密を平気でバラしておきながら、相手が怒ると、「私だけは心配してる」「私のせいだったら謝る。本当にごめん」とか重たいことを留守電に残したりする最低な女。ああいう奴って、実際いますよね。特に女子に多くない?

麗子 多い! ええ人ぶって、実は優越感にひたってるタイプ。ウチが今通ってるジムにも1人おるわ。

純士 下手したら女子の5人に1人はああいうタイプなんじゃないかな。あの手の女は嫌いだけど、それをやりすぎない感じでナチュラルに演じた女優はよかったと思います。

麗子 林真須美系女子やな。お日様みたいな顔して人を傷つけるタイプや。くるみ役もそうやけど、全体的にキャスティングが絶妙やったな。

純士 主役の子が地味じゃないですか。昔の深津絵里みたいな。それがよかった。あれ以上垢抜けちゃうと、モテないというのがウソ臭くなる。あと、イチに関してはイケメンで無口だったら誰でもOKかもしれないけど、ニに関してはブサイクでもイケメンでもないあの彼だからこそハマったのかも。身勝手に自分の思いを押し付けすぎるおっちょこちょいなところとかが、すごくよかった。片桐はいりだけは大御所で顔が売れすぎてて少々浮いちゃってた感があるけど、配役は全体的にフレッシュで素晴らしかったと思います。

――今のところほぼベタ褒めですが、気に食わなかった点はありますか?

純士 古代生物についてイチまで詳しいことがあとで判明するというのは、いくらなんでも無理があるかなと思った。学生時代の理科の授業でどっちもアンモナイトへの関心を示した過去があり、そのことをイチもちょっと覚えてた、とかならまだしもね。まあでもそれも全然気にならないレベルです。邦画のラブコメはつまんないと決めつけちゃってるところがあったけど、そういう先入観を持っちゃダメだな、いいものはいいんだなと今回素直に思いました。

――いやぁ、瓜田さんの批評も素晴らしかったですよ。予習せずに1回見ただけでここまで語れる人も珍しいのではないでしょうか。

純士 こうやって俺を褒めるときは、たいてい裏があるんですよ。遅刻の件をチャラにしようとしてヨイショしてるだけだろ? 何事もなかったような顔して鍋をつついてるけど、おまえ、待ち合わせ時間に起きてんじゃねえよ!

――いやいやいやっ、本当にすいませんでした!

純士 「裸足で帰ると風邪ひくから、そこのタカキューで靴下買って帰ったらどう?」と言おうと思ったけど、やめた。おまえみたいな奴は、勝手にふるえながら帰れ!

――ひぃぃっ!

(取材・文=岡林敬太/撮影=おひよ)

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人類はなぜ“大量殺戮”を繰り返してしまうのか? T・ジョージ監督に聞く「虐殺の社会的メカニズム」

 100万人もの市民が殺されたと言われるルワンダ虐殺を描いた映画『ホテル・ルワンダ』(04)は日本を含め、世界各国で予想外の大ヒットを記録した。『ホテル・ルワンダ』の成功によって、アフリカ各国で起きている内紛の実態を世界に知らしめたのが、北アイルランド出身のテリー・ジョージ監督だ。脚本家時代に手掛けたダニエル・デイ=ルイス主演作『父の祈りを』(93)は、テロ容疑で逮捕されたアイルランド青年の冤罪を訴えた実録もので、こちらも高い評価を得ている。数々の社会派ドラマを撮り上げてきたテリー監督の最新作が『THE PROMISE 君への誓い』。第一次世界大戦中にオスマン帝国(現在のトルコ)で起きた、アルメニア人虐殺を題材にした歴史大作だ。150万人ものアルメニア人が犠牲となった20世紀初のジェノサイドはなぜ起きたのか? なぜ人類はその後も大量殺戮を繰り返すのか? 大量殺戮が起きるメカニズムを、テリー監督が解き明かした。

──テリー監督が手掛けた『父の祈りを』や『ホテル・ルワンダ』は感動作として胸に刻まれています。『THE PROMISE』も史実に基づいた大変な力作ですね。

テリー ありがとう。日本に来て、多くの若い記者たちから「あなたの作品に感動しました、刺激を受けました」と言ってもらえる。こんなにうれしいことはありません。きっと、マイケル・ベイ監督には味わえない喜びでしょう。もちろんハリウッドで成功を収めている彼のほうが、私よりずっとお金持ちですがね(笑)。

──確かに『トランスフォーマー』(07)で「感動した!」という人はあまりいないでしょうね。『ホテル・ルワンダ』は渋谷の小さな映画館から火が点き、口コミによって日本でも大ヒットしました。あの映画でルワンダの内情を多くの人が知ることになった。ルワンダの人々、そしてテリー監督にとっても特別な作品だったのではないでしょうか?

テリー 映画は人を動かすパワーを持っていることを改めて証明できた作品でした。『ホテル・ルワンダ』が公開されたことによって、かつて植民地支配していたアフリカで起きた内乱を静観していた欧米諸国も、ダルフール紛争を見逃すことができなくなったわけです。アフリカの惨状を描こうと考えた企画当初は、製作費が集まらず苦労しました。でもルワンダのホテルマンだったポール・ルセサバギナの体験談を知り、「彼こそ、我らが模範とするべきブルーカラー・ヒーローだ!」と感銘し、ベルギーでタクシー運転手をしていた彼に会い、映画化をOKしてもらったんです。主演のドン・チードルたちと「製作予算も少なく、公開規模も小さいかもしれないけど、ぜひやろう」と話し合って完成させました。公開すると、思いのほかの反響でした。ジョージ・ブッシュ大統領(当時)は『ホテル・ルワンダ』を2度も観ており、ポール・ルセサバギナに勲章を贈っています。問題の多かったブッシュ政権ですが、アフリカ外交だけは評価できたと思っています。

──ルワンダ虐殺についてのリサーチ中に、100年前に起きたアルメニア人虐殺について知り、『THE PROMISE』の企画を思い立ったそうですね。大量虐殺を題材にした作品を2本も撮るのは、精神的にも大変じゃないですか?

テリー 映画監督として自分がいつも意識していることは、「みんなを楽しませる映画を作ろう」ということなんです。映画を楽しむことで、観客のみなさんにもさまざまな映画体験をしてほしい。私はこれまで多くの映画にインスパイアされてきました。『アラビアのロレンス』(62)、『ライアンの娘』(70)、『シンドラーのリスト』(93)、『レッズ』(81)、『キリング・フィールド』(84)……。そういった映画を観ることで私自身も主人公と同じような感情を抱き、その歴史を共に生きたわけです。そんな映画体験を、今の観客にもしてほしいという意識で『THE PROMISE』を撮りました。田舎からコンスタンチノープルに上京してきたアルメニア人の医大生ミカエル(オスカー・アイザック)、フランス育ちの美しい女性アナ(シャルロット・ルボン)、そして米国人記者クリス(クリスチャン・ベイル)という3人の恋愛ドラマを観客には楽しんでもらい、やがて彼らが遭遇する大虐殺も主人公たちと一緒に体感してほしい。彼らが抱いた憎悪、怒り、痛み、生きる喜びをみんなにも感じてほしい。そんな想いで撮り上げたんです。

■ヒトラーは言った、「虐殺なんて、誰も覚えてはいない」と。

──ルワンダ虐殺は、植民地時代に宗主国(ベルギー)が統治しやすいようにフツ族とツチ族を争わせたことが歴史的要因としてあったわけですが、アルメニア人虐殺のいちばんの要因は何だったとテリー監督は考えますか?

テリー アルメニア人虐殺のトリガーとなったのは、当時のオスマントルコの与党にいた政治家タラート・パシャや過激な思想を持った哲学者たちが生み出した“空気”でした。オスマントルコはすでに衰退化しており、第一次世界大戦をきっかけに帝国を立て直そうと考えていたんです。その際にスケープゴートにされたのが、オスマントルコ内での少数民族だったアルメニア人でした。非ムスリムである彼らは、国家に対する忠誠心がないと叩かれました。アルメニア人は砂漠地帯へ強制移住させられた上に虐殺され、ギリシア人やシリア人も国外追放されていったんです。ヘイトスピーチによって「あいつらは国家に対する裏切り者だ」と扇動され、排除されていったんです。

──ナチスドイツによるホロコースト以前に起きた、国家による初めての組織的な大量殺戮がアルメニア人大虐殺だったということですね。

テリー そうです。ユダヤ人が虐殺されたホロコーストにも言えることですが、アルメニア人虐殺にも経済的な側面もありました。アルメニア人は商才に優れ、コンスタンチノープルなどの都市部で経済的な成功を収めた裕福な中流階級が多かったんです。アルメニア人を裏切り者扱いすることで、彼らが持っていた土地や財産を奪ったわけです。特定の少数民族に対して、「裏切り者のあいつらは同じ人間じゃない。ドブネズミ、ゴキブリだ」といったヘイトスピーチが広まり、そんなレトリックが非知識層であるマジョリティーを抱き込んで、大量殺戮という大きなうねりが起きる。アルメニア、ホロコースト、ルワンダ、ダルフール……、すべてのジェノサイドに共通する構造です。

──自分が生まれ育った故郷や民族性を大切に思うことは素晴しいけれど、行き過ぎた愛国心、ナショナリズムは恐ろしい事態を招きかねない。

テリー 20世紀初頭、ナショナリズムという考え方がどのようにして生まれ、広まったかというと、過激派によるレトリックのためのツールとして利用されてきたものだったんです。また、私が生まれ育ったアイルランドでもそうでしたが、少数民族は宗教や教育などの自由や平等な市民権を求めるものです。それは自分たち民族の文化を守りたいという自然な気持ちなのですが、国家はそれを危険なナショナリズムだと決めつけ、迫害しようとするわけです。政治的なツールとして利用されるナショナリズムという言葉は、充分注意するべきです。

──100年前に起きたアルメニア人虐殺ですが、過去の悲劇ではなく、現代社会につながる問題でもある?

テリー アルメニア人虐殺の際、オスマントルコ政府は国勢調査の結果を使い、メディアも使い、電話も使い、近代的な軍備も使い、あらゆる最先端のツールを駆使して、大量殺戮を行なったわけです。そういう意味でも、現代的なジェノサイドの始まりが、アルメニア人虐殺でした。それから20年後、ヒトラーも同じことを行ないます。ヒトラーはポーランド侵攻の際にドイツ軍に対し、「アルメニア人殺戮のことを誰が覚えていようか」という言葉を発しています。誰も覚えていないんだから、思いっきりやってしまえとドイツ軍の兵士たちをけしかけたんです。同じようなレトリックで、ボスニアでも、中央アフリカでも、カンボジアのクメール・ルージュでも、ジェノサイドが起きています。そして現在のミャンマーではロヒンギャが迫害され、中央アフリカでの内紛も続いています。ヘイトスピーチによる憎悪の政治が展開されていけば、それがジェノサイドの種となる。そのことには気をつけなくてはいけません。

──『THE PROMISE』はハリウッド資本ではなく、アルメニア人のひとりの実業家の出資によって完成した映画。出資した実業家は映画製作中に亡くなったそうですが、映画が無事に公開されることで、映画監督としての約束を果たすことができたと言えそうですね。

テリー 亡くなった実業家カーク・カーコリアンが、そう思ってくれたらいいなと思います。きっと多くのアルメニア人も、世界中の人々がアルメニア人虐殺について語り始めることを喜んでくれるでしょう。いちばん恐ろしいのは「虐殺があった過去なんて知らない」ということなんです。日本での公開も決まり、プロモーションのために訪ねた日本でいろんな取材を受け、私も多くの刺激を受けることができました。映画をつくり続けてきて、こんなにうれしいことはありませんよ(笑)。
(取材・文=長野辰次)

『THE PROMISE 君への誓い』
監督/テリー・ジョージ 脚本/テリー・ジョージ、ロビン・スウィコード 
出演/オスカー・アイザック、シャルロット・ルボン、クリスチャン・ベイル、ジェームズ・クロムウェル、ジャン・レノ
配給/ショウゲート 2月3日(土)より全国ロードショー
C)2016 THE PROMISE PRODUCCIONES AIE-SURVIVAL PICTURES,LLC. ALL Right Reserved.
http://www.promise-movie.jp

●テリー・ジョージ
1952年北アイルランドのベルファスト生まれ。英国内でアイルランド人が不当な扱いを受けている実情を描いた『父の祈りを』(93)や『ボクサー』(97)の脚本を担当。『Some Mother’s Son』(96)で監督デビュー。続く『ホテル・ルワンダ』(04)は世界各国で大ヒットを記録し、米国アカデミー賞で主演男優賞、助演女優賞、脚本賞にノミネートされた。その後も、轢き逃げ事故で息子を失った被害者側と事故を起こした加害側との葛藤を描いた『帰らない日々』(07)などの社会派ドラマを生み出している。

介護のプロが語る、小室哲哉“不倫の是非”――「異性でなくてもよかった」との見解も

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(前編はこちら)

 前編では、配偶者の介護をする妻、夫に、小室哲哉氏の引退をめぐる「介護と不倫」についてインタビューを行った。後編では、介護の現場をよく知る介護のプロの意見も聞いてみよう。

「つらさを共感してくれるとついフラっと行ってしまうのは当然」
ケアマネ・落合さんの場合

落合和歌子さん(仮名・52)は、訪問介護に長く携わり、今はケアマネジャーとして働いている。

――小室氏の引退劇をどう思いますか?

落合さん(以下、落合) 会見は見たくないし、聞きたくない。「週刊文春」(文藝春秋)はやりすぎですよ。彼らは、重い介護状態やコミュニケーションの取れない人の介護がどれだけ大変かを全然わかっていない。KEIKOさんは高次脳機能障害(※)だと聞いています。まだ若いのに、夫婦としてのコミュニケーションもできないわけですよね。そういう方の取材をすること自体おかしい。許せない。

――世の中では小室氏への同情論も多いようですが。

落合 同情する気持ちはよくわかります。今、高齢者が増えたし、認知症の人も増えて、介護の大変さをわかっている人が増えたからではないかと思います。同情論が多いというのは、高齢社会からすると自然な流れでしょうね。

――配偶者の介護をしている人が、異性に救いを求めるケースは珍しくないのでしょうか。

落合 小室さんの不倫相手は看護師なんですよね。看護とか介護福祉の世界の人は、相手に「共感」するのが基本中の基本。特に看護師だったら、医療についても詳しい。自分を受け止めてくれるうえに、介護で困っていることや疑問に思っていることへのアドバイスもしてくれるとなると、小室さんにとっては大きな救いになったのではないでしょうか。つい、フラッとしてしまうのは当然。入院患者が看護師さんと結婚する例はよくありますが、それと似たような心理状態だと思います。

 もっとも、その看護師の女性に小室さんが言い寄ってきたときに――小室さんが言い寄ったのかはわかりませんが、そうだったとしたら、彼女はプロなんだから抑えるべきだったし、なんで断らなかったんだろうとは思います。相手はお客さまなんだから。もし不倫がいけないことだとしたら、ですが。私は全然いいと思っていますけどね。

――小室氏が言ったような「コミュニケーションが取れないことの精神的疲弊」についてはどう思いますか?

落合 高次脳機能障害の方に関わった経験はありませんが、認知症もコミュニケーションを取るのが難しい病気です。暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりしたのに、相手は全て忘れているし、それを指摘することもできない。先が見えないんです。それも、そういう状態が毎日続く。自分が懸命に相手に尽くしていても、まったく伝わらない。それは介護者にとって、ものすごいストレスだと思います。だから、小室さんの言葉はよくわかる。少なくともKEIKOさんの介護を放り出すことなく、毎日家に帰っているのだとしたら、救いも求めたくなるだろうと思いますね。

――小室氏は、不倫騒動のケジメとして引退を発表しました。今後は、おそらくこれまで以上に介護に専念すると考えられますが、一般の人が介護で仕事を辞めることについてどう思いますか?

落合 私は、利用者さんのご家族がフルタイムで働いていらっしゃる場合、緊急以外の連絡は土日にするように心がけています。ご家族でなければできないことはたくさんありますが、それもケアマネの考え方次第の部分もある。ケアマネによっては、勤務先に頻繁に連絡が来ることもあるでしょう。「私は絶対に仕事を辞めない。介護はできない」と宣言している方がいらっしゃいますが、その方のように「できない」と公言できれば、周りの人の行動や利用できる社会資源も変わってきます。

 といっても、そういう方がいるとほかの家族にしわ寄せがいってしまうのも事実。そのご家族の場合は、子どもさんが「介護できない」というので、90代のお父さんが1人で奥様の介護をすることになっていて、それもどうかと思うのですが……。とにかく、「できない」と言えない人は、1人で抱え込んだ結果、勤務先に迷惑をかけることに耐えきれなくなって辞めることになってしまう。せめて兄弟で分担できれば、負担は2分の1、3分の1になるのですが。私たちの側もご家族を大切にしないといけないと自戒しています。

※高次脳機能障害
脳外傷、脳血管障害(くも膜下出血、脳梗塞など)、脳腫瘍などが原因で起きる認知障害や社会的行動障害。認知障害の症状としては、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害の症状としては、固執性、感情コントロールや欲求コントロールの低下、依存性や退行がある。

 八木美也子さん(仮名・50)は、訪問看護師、高齢者施設などの経験があり、今は脳卒中患者のリハビリ病棟に勤務している。看護師は、小室氏をどう見ているのだろうか。

――小室氏の引退会見をどのように見ましたか?

八木さん(以下、八木) 不倫報道にはまったく興味がなかったんですが、今回取材のためにインターネットなどで調べてみました。KEIKOさんが罹ったくも膜下出血は、脳卒中の中では重症で亡くなる人も多いんです。ネットなどで見た限りでは、KEIKOさんは体のマヒも残っていなくて動けているようだから、くも膜下出血にしては症状が軽い方かなと思いました。それでも、高次脳機能障害ということなので、それまでのKEIKOさんとは別人になっていると思います。基本的人格は変わらないとはいえ、そんな状態のKEIKOさんを小室さんは6年間も介護していたわけだから、偉い。よくやっていると思いますね。

――小室氏が介護に悩んでいたことを初めて知った人も多いようですが、世間の反応についてはどう感じましたか?

八木 坂上忍さんが「会見で、小室さんがKEIKOさんの病状を詳細に明かしたのは、どうかと思う」みたいなことを言ったらしいですが、そんなことを言うなよと思います。介護の大変さがわからない人は、何もわかっていない。小室さん自身、ものすごく疲れているんだと思います。高次脳機能障害の方の介護は、それは大変ですよ。ガンなんかだと人格は変わらないので、高次脳機能障害の介護に比べれば全然ラク。先も見えないんです。良くなる人もいるけれど、それも年単位の話。高次脳機能障害という病気自体、まず一般の人はまったく知らないので、そのつらさは想像もつかない。私も長く看護師をやっていますが、脳卒中のリハビリ病棟に来て、初めてわかったくらいなんです。

――どういう障害が出るんですか?

八木 脳の侵された部位によって、症状は全然違います。集中力が極端になくなって、例えば食事をしていても周りの人をキョロキョロ見たりして、同じことができない。身体能力はあるのに、トイレで一連の手順に従って動作をすることができないとか、服の上下、前後がわからない。人の顔を理解する部位が侵されると、顔も認識できなくなる。一見普通に見えても、さまざまな障害が出るんです。

――KEIKOさんもそういう状態であるかもしれない、と。

八木 おそらくKEIKOさんも1日1人で過ごすことができないのではないかと思います。常に誰かが介助しないといけない。それに、身体マヒがなさそうに見えるので、身体機能があまり衰えていないとすると、デイサービスも使えないでしょう。そもそも自分が病気だということもわかっていないかもしれない。とにかく、これまでの人格の部品が欠け落ちたような、まったく違う人になって、見ているのもつらいと思いますし、手もかかる。その点、インスタグラムを見ると、KEIKOさんは服もきちんと着ているし、メイクもしている。自分でできなくなっていると思われるので、小室さんがやってあげているとか、誰かにやってもらっているとしても、少なくともちゃんと気配りはしてあげているのでしょうね。だから、小室さんはよく頑張っていると思いますよ。

――よくやっていたのに、別の女性に目がいったというのは?

八木 すごく孤独だったんだと思う。介護がものすごく大変なのにもかかわらず、一般的な介護をしている人とも、そのつらさを分かち合えない。ただ、小室さんの場合、異性じゃなくてもよかったんじゃないでしょうか。話を聞いてくれる人なら誰でもよかった。たまたまそれが女性で、看護師だったということで。

――身近で介護不倫を見聞きしたことはありますか?

八木 介護する側ではなくて、介護される側の男性が、リハビリのつらさから、不倫相手に連絡を取ったという例はありましたね。で、それが奥さんにバレて離婚。不倫相手も、そういう状態の男性を押し付けられてもいいことないと思ったんでしょう。不倫関係ではないと主張していて。おそらく彼は不倫相手からも捨てられると思う。なんとも悲しい話ですよね。

――介護をめぐる不倫には、男女差ってあるでしょうか。

八木 女性はご主人の面倒をよく見ているケースが多いように感じますね。というのも、女性は友人とかにグチったりしてうまく発散できている。高齢の配偶者や親の介護をしていて、思い余って殺してしまう、などというのはだいたい男性ですよね。コミュニケーションがヘタだし、1人で抱え込もうとする。そのうえ、ほかの人にわかってもらえないとなると、孤独感が強いと思います。だから、小室さんも弱っているときに助けてくれる人がいて、うれしかったんじゃないでしょうか。

――会見で小室氏は、「(引退によって)どれほど生活水準が下がるのか計り知れない」などとも言っていました。介護離職についてどう思いますか?

八木 訪問看護をしているとき、仕事を辞めてしまう男性が結構いました。多いのが、母親と二人暮らしをしている50代の独身の一人息子というパターンですね。デイサービスとか、ショートステイなどといった利用できる介護制度のことをよく知らない男性が多いので、思いつめて、「お母さんの介護は自分がやる」と言って辞めてしまうんです。親を病院に連れていくなどで仕事を休むことが増えると、職場に居づらくなるというのもあるのでしょう。介護休暇が取得できる会社ばかりとは限りませんから。

 でも自分が辞めてしまったら、介護で引きこもり状態になってしまうし、収入が断たれるうえに退職金も年金も減ってしまう。介護はいつか終わるんです。お母さんのことよりも、自分のことを一番に考えていいんだよと言いたい。とにかく仕事は辞めてはいけません。自分が介護費用を稼いで、介護はプロに頼もうと強く言いたいです。

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 介護経験者や当事者、介護のプロの話はどれも考えさせられるものだった。小室氏の不倫報道に対する捉え方はさまざまだったが、人格の変わってしまった家族の介護は想像以上につらいということははっきりわかる。小室氏は、介護に論点をすり替えたわけでもないし、たまたま介護と不倫が重なっただけでもなかったということなのだろう、おそらく。当人にも本当のところはよくわからないのかもしれないが。

介護のプロでも高次脳機能障害について知る人は少ない。八木さんも、「高次脳機能障害についてあまりに知られていないので、何らかの機会にその介護の大変さについて訴えたかった」と言っていた。小室氏の会見が問題提起となったことは確かだ。これがきっかけで、高次脳機能障害について世間の理解が少しでも進んでいけばいいと思う。

 小室氏にも、KEIKO氏にも道が開けますように。

妻・夫の介護経験者は「小室哲哉の不倫騒動」をどう見たか? 「気持ちわかる」本音を明かす

komurokaiken 小室哲哉氏が、看護師との不倫関係を「週刊文春」(文藝春秋)にスクープされ、引退を表明した。

 妻のKEIKO氏は2011年にくも膜下出血で倒れた。“女の人”ではなく“女の子”になった妻の介護疲れから、別の女性に走ったということのようだ。当初は、「闘病中の妻を置いて不倫とは」という批判が目立った気がしたが(「文春」のスクープの意図もそこにあったのかもしれない)、会見後は“介護の大変さ”に同情する声が大きくなっているようだ。

 筆者は20年近く高齢者施設や介護に関わる家族関係について取材してきた。小室哲哉氏の会見をじっくり見てはいないが、コトの次第とKEIKO氏の病気については、おおむね理解している。でも、不倫→引退の構図だったのが、すっかり介護問題に焦点が移ってしまっていることに、うっすらとした違和感があった。芸能人の不倫話には興味はないし、不倫を弾劾するつもりもない。なのに、何だろう、この違和感……と思っていたところに、サイゾーウーマン編集部から「介護と不倫」について振られたので、ちょうどいい機会だと、介護関係者、配偶者の介護経験者に話を聞いてみることにした。

「男に走るか、宗教に走るかは紙一重」
夫を介護する松田さんの場合

 松田聡子さん(仮名・48)は、夫が脳卒中で二度倒れ、生死の境をさまよった。意識が戻った後も、KEIKO氏ほど重症ではないものの、一時は言葉を発することもできなかったという。今は仕事にも復帰したが、以前と同じような業務はできないし、会話もかみ合わない。

――あらためて、大変でしたね。

松田さん(以下、松田) はい。でも小室さんと違って、我が家には娘がいたからまだよかった。1年間は言葉が出にくい障害もあったので、ドリルをさせるなど大変でしたが、私が疲れると娘が夫の相手をしてくれていました。異性に救いを求める時間もないくらい必死でした。

――小室氏の気持ちは理解できますか?

松田 疲労困憊してしまうのはすごくわかる。ただ、小室氏はメンタルが弱いとも思います。夫が最初に倒れたとき、私は40代半ばで生理も止まってしまい、自分が女性でなくなったと思っていたのですが、もし私が異性に救いを求めていたら……その先を想像してみても、将来は何もない。私には支えてくれる娘や両親、友達、犬もいたし、何よりこれまで支えてくれた夫にお返しをしているような気持ちで介護をしてきました。それに、夫は必ずよくなると信じているんです。宗教ではないですが。

――介護疲れから、宗教に走る人の気持ちはわかりますか?

松田 わかりますね。実際、私もいろんな宗教の人に誘われました。異性から誘われたのではなく(笑)。スキがあるように見えたのかも。

――救いを求めるという点で、宗教に走るのと異性に走るのは紙一重ですかね。

松田 そうかもしれません。実は夫の姉は、自身が病気になった側なのですが、男に走った。義姉も(私の夫の病気と前後して、)脳に病気が見つかり、それで義姉夫婦は気持ちがすれ違うようになって、別の男の人のもとに行ってしまったんです。義姉は病気になってもコミュニケーションは取れていますが、メンタルを崩し、義兄も同じように精神的に不安定になったらしく、義姉にひどい言葉を浴びせてしまい、それで義姉が別の男性に走ったようです。

 私は、子育て支援の仕事をしているんですが、結局誰かに依存するのは、その人の成育歴によるところが大きいと思うんです。小室さんや義姉もそうではないかと思います。でも夫婦って不思議なもので、また元に戻ったんですよ。義兄が落ち着いたらしく、義姉に謝って関係が修復しました。

――松田さんが夫を支えて介護を乗り切れているのは、支えがあるからなんでしょうか。

松田 病気と闘っている人や家族はたくさんいます。逃げ場がないのはわかるんですが、小さくストレス発散して、上手に生きることが、結局自分のためになると思っています。

 妻の介護をした男性にも話を聞いてみた。川島栄一さん(仮名・54)は、ガンで10年間闘病していた妻を看取った経験がある。

――小室氏の介護と不倫の話はどう受け止めていますか?

川島さん(以下、川島) 全容を把握しているわけではないんだけど……世間はKEIKOさんを介護する小室氏に対して同情的なんだね。でも俺は、介護と不倫はあまり関係ないような気がしている。する奴はする、しない奴はしない。するヤツって、俺のことなんだけどね。介護に疲れて、女性に走れる、というか相手が見つかるとしたら、まだ恵まれてるよね。介護が始まってからじゃ、そんな余裕はないと思う。その一方で、俺みたいに、前からあった関係だったら、その女性は大きな癒やしにはなる。実際俺も、疲れてる中で本当に癒やされたし、大きな助けになった。

 でも時々、純粋に妻だけを愛して尽くす方が、隠し事もなくてまっすぐに生きられてスッキリするのかなとも思ったりもした。相手の女性には、自分の奥さんがこんな状態で大変だとかは口が裂けても言えないから、双方に隠し事をしているみたいでそこは苦しかったかな。全部打ち明けて慰めてもらう人もいるのかもしれないけど、俺はそれを言ったらフェアじゃないと思っていた。奥さんが亡くなって数カ月たって、初めて言ったな。

――奥さんへのうしろめたさはなかったですか?

川島 ああ、それを言っちゃいけない……。病気前はほとんどなかった。病気後はあった。

――それでも関係を続けるというのは、異性に救いを求めるというよりは、男の性(さが)なんでしょうか。

川島 そうかも。でも、本当の末期、重い介護状態になってからはそんな余裕もなかったのは事実。同時期に、僕の母も重度の介護状態だったから、物理的にもとても無理だった。

――小室氏には、まだ余裕があるということですかね。

川島 うちは、ガーゼ交換とか、毎日してあげないといけないことがたくさんあったから、外泊とかもできなかったし。

――何やかんや言いつつも、ちゃんと介護やっていたんですよね。では、介護疲れで異性に走る男性と女性で、差はあると思いますか?

川島 うーん、それはわからない。ただ、介護で疲れ切った女性に男は寄って来ないとは思う(苦笑)。

(後編につづく)

妻・夫の介護経験者は「小室哲哉の不倫騒動」をどう見たか? 「気持ちわかる」本音を明かす

komurokaiken 小室哲哉氏が、看護師との不倫関係を「週刊文春」(文藝春秋)にスクープされ、引退を表明した。

 妻のKEIKO氏は2011年にくも膜下出血で倒れた。“女の人”ではなく“女の子”になった妻の介護疲れから、別の女性に走ったということのようだ。当初は、「闘病中の妻を置いて不倫とは」という批判が目立った気がしたが(「文春」のスクープの意図もそこにあったのかもしれない)、会見後は“介護の大変さ”に同情する声が大きくなっているようだ。

 筆者は20年近く高齢者施設や介護に関わる家族関係について取材してきた。小室哲哉氏の会見をじっくり見てはいないが、コトの次第とKEIKO氏の病気については、おおむね理解している。でも、不倫→引退の構図だったのが、すっかり介護問題に焦点が移ってしまっていることに、うっすらとした違和感があった。芸能人の不倫話には興味はないし、不倫を弾劾するつもりもない。なのに、何だろう、この違和感……と思っていたところに、サイゾーウーマン編集部から「介護と不倫」について振られたので、ちょうどいい機会だと、介護関係者、配偶者の介護経験者に話を聞いてみることにした。

「男に走るか、宗教に走るかは紙一重」
夫を介護する松田さんの場合

 松田聡子さん(仮名・48)は、夫が脳卒中で二度倒れ、生死の境をさまよった。意識が戻った後も、KEIKO氏ほど重症ではないものの、一時は言葉を発することもできなかったという。今は仕事にも復帰したが、以前と同じような業務はできないし、会話もかみ合わない。

――あらためて、大変でしたね。

松田さん(以下、松田) はい。でも小室さんと違って、我が家には娘がいたからまだよかった。1年間は言葉が出にくい障害もあったので、ドリルをさせるなど大変でしたが、私が疲れると娘が夫の相手をしてくれていました。異性に救いを求める時間もないくらい必死でした。

――小室氏の気持ちは理解できますか?

松田 疲労困憊してしまうのはすごくわかる。ただ、小室氏はメンタルが弱いとも思います。夫が最初に倒れたとき、私は40代半ばで生理も止まってしまい、自分が女性でなくなったと思っていたのですが、もし私が異性に救いを求めていたら……その先を想像してみても、将来は何もない。私には支えてくれる娘や両親、友達、犬もいたし、何よりこれまで支えてくれた夫にお返しをしているような気持ちで介護をしてきました。それに、夫は必ずよくなると信じているんです。宗教ではないですが。

――介護疲れから、宗教に走る人の気持ちはわかりますか?

松田 わかりますね。実際、私もいろんな宗教の人に誘われました。異性から誘われたのではなく(笑)。スキがあるように見えたのかも。

――救いを求めるという点で、宗教に走るのと異性に走るのは紙一重ですかね。

松田 そうかもしれません。実は夫の姉は、自身が病気になった側なのですが、男に走った。義姉も(私の夫の病気と前後して、)脳に病気が見つかり、それで義姉夫婦は気持ちがすれ違うようになって、別の男の人のもとに行ってしまったんです。義姉は病気になってもコミュニケーションは取れていますが、メンタルを崩し、義兄も同じように精神的に不安定になったらしく、義姉にひどい言葉を浴びせてしまい、それで義姉が別の男性に走ったようです。

 私は、子育て支援の仕事をしているんですが、結局誰かに依存するのは、その人の成育歴によるところが大きいと思うんです。小室さんや義姉もそうではないかと思います。でも夫婦って不思議なもので、また元に戻ったんですよ。義兄が落ち着いたらしく、義姉に謝って関係が修復しました。

――松田さんが夫を支えて介護を乗り切れているのは、支えがあるからなんでしょうか。

松田 病気と闘っている人や家族はたくさんいます。逃げ場がないのはわかるんですが、小さくストレス発散して、上手に生きることが、結局自分のためになると思っています。

 妻の介護をした男性にも話を聞いてみた。川島栄一さん(仮名・54)は、ガンで10年間闘病していた妻を看取った経験がある。

――小室氏の介護と不倫の話はどう受け止めていますか?

川島さん(以下、川島) 全容を把握しているわけではないんだけど……世間はKEIKOさんを介護する小室氏に対して同情的なんだね。でも俺は、介護と不倫はあまり関係ないような気がしている。する奴はする、しない奴はしない。するヤツって、俺のことなんだけどね。介護に疲れて、女性に走れる、というか相手が見つかるとしたら、まだ恵まれてるよね。介護が始まってからじゃ、そんな余裕はないと思う。その一方で、俺みたいに、前からあった関係だったら、その女性は大きな癒やしにはなる。実際俺も、疲れてる中で本当に癒やされたし、大きな助けになった。

 でも時々、純粋に妻だけを愛して尽くす方が、隠し事もなくてまっすぐに生きられてスッキリするのかなとも思ったりもした。相手の女性には、自分の奥さんがこんな状態で大変だとかは口が裂けても言えないから、双方に隠し事をしているみたいでそこは苦しかったかな。全部打ち明けて慰めてもらう人もいるのかもしれないけど、俺はそれを言ったらフェアじゃないと思っていた。奥さんが亡くなって数カ月たって、初めて言ったな。

――奥さんへのうしろめたさはなかったですか?

川島 ああ、それを言っちゃいけない……。病気前はほとんどなかった。病気後はあった。

――それでも関係を続けるというのは、異性に救いを求めるというよりは、男の性(さが)なんでしょうか。

川島 そうかも。でも、本当の末期、重い介護状態になってからはそんな余裕もなかったのは事実。同時期に、僕の母も重度の介護状態だったから、物理的にもとても無理だった。

――小室氏には、まだ余裕があるということですかね。

川島 うちは、ガーゼ交換とか、毎日してあげないといけないことがたくさんあったから、外泊とかもできなかったし。

――何やかんや言いつつも、ちゃんと介護やっていたんですよね。では、介護疲れで異性に走る男性と女性で、差はあると思いますか?

川島 うーん、それはわからない。ただ、介護で疲れ切った女性に男は寄って来ないとは思う(苦笑)。

(後編につづく)

「私は悪いことはしていない」——生活保護から抜け出した女性が訴えたいこと

 ブラック企業での勤務によるうつ病、貧困、生活保護、そして生活保護から抜け出すまでの壮絶な体験を綴った『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』(イースト・プレス)を上梓した小林エリコさん。前編では生活に困っている人の相談支援活動を行うNPO法人ほっとプラスの代表で、『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新聞出版)や『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版)の著書もある社会福祉士の藤田孝典さんと、精神障害者をめぐる状況や生活保護の実情について語ってもらった。後編では、現代の貧困問題や当事者の意識について踏み込む。

(前編はこちら)

■3割がケースワーカーの資格を持たないまま働いている

――小林さんの担当のケースワーカーさん(福祉事務所や児童相談所といった公的機関で働く人)はまったく親身になってくれない方と著書にありましたが、なぜケースワーカーによって違いがあるのでしょうか?

藤田孝典さん(以下、藤田) 「社会福祉主事」という資格がある人しか福祉事務所のケースワーカーになれないと、法律で決まっています。でも、実は、社会福祉主事の資格を持っているケースワーカーは全国平均で7割しかいないという調査結果もあり、3割は無資格のまま働いている。自治体の納税課・収税課、土木課から異動してきた人が担当している場合もあります。ケースワーク業務を誰でもできる仕事だと、いまだに思っている役所があるんです。「怠けているだけで、頑張れば仕事なんて見つかるでしょ」とか「頑張って外に出なさい」と、平気で言ってしまう人が配属されていて、要するに専門性が低い。それを今、社会福祉士や精神保健福祉士の資格を持っている人をなるべく配属させようと、厚生労働省や先駆的自治体などは推進しています。

 でも、役所としては、専門職を雇うと福祉の現場でしか回せなくなってしまうので、土木課や水道課に異動できない人を雇うわけにもいかない――という考えから進んでいません。1〜2年したら異動になるという、このお役所文化を、福祉分野だけでもそろそろ変えないといけないと思います。

小林エリコさん(以下、小林) 1つの仕事をずっとやっているほうが、専門性が身についていいはずですよね。

――役所では、ケースワーカーに関する研修は行われないんですか?

藤田 一応研修はやります。僕も福祉事務所向けの研修などで「ケースワーカーは、こうあるべきですよ」という話をしますが、いかんせん今は、公務員削減の一方で、生活保護受給者が増えてきているんです。都市部だと、1人のケースワーカーさんが120〜150世帯担当している場合もあります。厚労省は、標準世帯数といって、1人のケースワーカーさんの受け持ちは都市部では80世帯、郡部では65世帯までが適正な担当ケース数だと決めています。しかし、ほとんど守られていません。

――受給者が増えているということは、貧困層が増えているということですよね。

藤田 貧困が増えているし、40歳以下で精神障害のある方も増えている。長時間労働と低賃金と家族問題ですね。あとは、ストレスによるアルコールやギャンブルへの依存。受給者が増えている一方で、ケースワーカーは増えないのが課題です。

 また、昔の貧困は生活保護でお金だけ渡していれば、地域の人や民生委員さんなど、いろんな方がサポートしてくれていたのですが、現在はお金を渡しても、その人の孤立状況はなかなか解消されません。その分、ケースワーカーがなんでもやらないといけない状態があり、責任感の強いワーカーさんの中には、母子家庭の子どもの勉強を見たり、学校の送迎をしたり、入院患者へのお見舞いをしたり、一生懸命がんばりすぎてうつになる方もいます。

小林 私は病気になってから、ソーシャルワーカー(社会福祉士や精神保健福祉士という国家資格の有資格者の総称)の方と知り合う機会が多いのですが、みなさんすごくお給料が安くて、こちらが申し訳なくなります。病気の人にちゃんと電話をして訪問支援している方々が薄給なのが、すごく心苦しくて。お給料がもっとよくなり、「ソーシャルワーカーになりたい!」という人が増えれば、ワーカー不足は改善されるのではないかと思います。

藤田 本当にそうですよね。今はケースワーカーだけでなく、介護士、保育士も、
非常勤や低所得の方がすごく多いです。福祉事務所にも非常勤の公務員が増えてきました。少し前までは福祉事務所でケースワーカーとして相談を受けて支援をしていた人が、逆にうつになってしまうというのは、全国的に散見されている事例です。

――小林さんの本の中には、ケースワーカーさんが生活保護から抜け出す方法をなかなか教えてくれなかったとありますが、きちんと教えてくれる方もいますよね?

藤田 もちろんいます。ただ、ケースワーカーさん自身もあまり生活保護のことをわかっていない人が多いし、今、ケースワーカーの7〜8割は、経験が3年未満なので、知識や経験があまりないのだと思います。また、みんな総務課とか人事課とか税務課などの花形の課に行きたがって、生活保護課や福祉課に配属されると、すぐに異動願を出す人もいます。なかには嫌々ながら仕事をしている人もいるのが事実ですよね。

小林 生活保護課は、すごく対応がひどかったのが印象的でした。障害支援課だと、書類も「ここに記入してくださいね」などと丁寧に教えてくれるのですが、生活保護課だと書類を投げるように渡されました。課が違うとこんなに対応が違うのかと、驚きました。

藤田 僕もびっくりしました。僕は新宿と府中で、非常勤として福祉事務所に関わっていたことがありました。そのころ、僕は生活保護課の仕事を興味深いと思って取り組んでいましたが、周りの同僚には早く異動したがっている人たちが多かったと記憶しています。なかには生活保護受給者を下に見ているというか、見下しているような人もいて、そんな状況をなくさなければいけないと思います。

小林 積極的に福祉の仕事をしたくない人も世の中にいるのは確かですからね。華やかな職場で楽しくやりたい人もいるんでしょうけど(笑)。でも、藤田さんみたいに志の高いワーカーさんもいるので、希望を持ちたいですよね。

――今回、この対談で小林さんは顔出しをしてくださるとのことで、非常に驚きました。なぜ顔を出そうと思ったのですか?

小林 社会福祉に関するテレビ番組などを見ていると、当事者はたいてい顔から下のみの出演だったり、モザイクなどで顔を隠します。その結果、あたかも犯罪者のように見えてしまい、いつも違和感を覚えていました。隠すことによって、「私は差別を受けるような人間なんです」というメッセージを自ら発信している気がするんです。悪いことはしていないのに悪人みたいに映ってしまうので、私は顔を出していこうと思いました。

藤田 勇気がありますね。

小林 不動産屋が私の本や記事を見つけたら、何か言われるかなとは思いますが(笑)。でも、生きていて恥ずかしい人間なんて、そんなにいないですよ。みんな生きているから、大丈夫です。

藤田 こうやって、当事者の方がどんどん発信できるようになるといいですね。

小林 でも、『この地獄を生きるのだ』のAmazonレビューで、生活保護受給者に対するバッシングは書かれないのが意外でした。私は絶対バッシングされると思い、出版する前から、それは覚悟していたのですが、なぜなんでしょうね?

藤田 最近それを、僕も感じています。2012年から、生活保護に対する市民意識を変えていこうという活動を、弁護士さんたちと続けているんです。正しい情報を伝え、みんな隣り合わせで、いつ生活保護をもらうことになってもおかしくないんですよ――ということを打ち出しています。その結果が出てきているのかな、という印象があります。

 一番ひどかったのは、次長課長の河本準一さんの親が生活保護を受けていたのに対し、政治家も含めて、メディアから一斉に「親の面倒見ろよ」みたいなバッシングがあったことです。当時と比べると貧困の人たちが増えているということもあり、自分の問題だと思う人が増えている実感はあります。だから、もう少し実態を語れる当事者の方たちが出てきてくれれば、もっと状況は変わると思っています。

小林 私もそうなれば心強いです。

藤田 生活保護受給経験のある人のネットワークとか、当事者の人たちのネットワークって、ありませんよね?

小林 精神疾患を持っている方の当事者会はありますが、生活保護の当事者会はないと思います。

藤田 僕の知る限りで、当事者として単著まで出して有効な発信をしているのは、夫からのDV経験があり、精神障害を患い、生活保護を受けていた経験を綴った手記『生活保護とあたし』(あけび書房)の著者の和久井みちるさんと、小林さんくらいです。そういうナマの声が、ケースワーカーや福祉業界、世間一般に伝わるといいなと思います。

小林 支援者や専門家の意見はすごく通るのですが、当事者って意外と声を上げにくい立場というか……。でも、実際の主役は当事者ですよね。サービスを受けている人のニーズが重要だと思うので、この本もソーシャルワーカーの方や福祉事務所の方に読んでもらいたいです。
(姫野ケイ)

小林エリコ(こばやし・えりこ)
1977年生まれ。茨城県出身。短大卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。現在も精神科に通院を続けながら、NPO法人で事務員として働く。ミニコミ「精神病新聞」を発行するほか、漫画家としても活動し、ウェブ上で発表された「宮崎駿に人生を壊された女」が話題となる。同人誌即売会「文学フリマ」にて頒布された『生活保護を受けている精神障害者が働くまで(仮)』を大幅に加筆編集した『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』(イースト・プレス)が初の著書。

藤田孝典(ふじた・たかのり)
1982年生まれ。埼玉県越谷市在住。NPO法人ほっとプラス代表理事。社会福祉士。ルーテル学院大学大学院総合人間学研究科博士前期課程修了。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。生活保護や生活困窮者支援の在り方に関する活動と提言を行う。聖学院大学客員准教授(公的扶助論)。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員(2013年度)。著書に『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』(朝日新聞出版)、『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版)など。

「私は悪いことはしていない」——生活保護から抜け出した女性が訴えたいこと

 ブラック企業での勤務によるうつ病、貧困、生活保護、そして生活保護から抜け出すまでの壮絶な体験を綴った『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』(イースト・プレス)を上梓した小林エリコさん。前編では生活に困っている人の相談支援活動を行うNPO法人ほっとプラスの代表で、『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新聞出版)や『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版)の著書もある社会福祉士の藤田孝典さんと、精神障害者をめぐる状況や生活保護の実情について語ってもらった。後編では、現代の貧困問題や当事者の意識について踏み込む。

(前編はこちら)

■3割がケースワーカーの資格を持たないまま働いている

――小林さんの担当のケースワーカーさん(福祉事務所や児童相談所といった公的機関で働く人)はまったく親身になってくれない方と著書にありましたが、なぜケースワーカーによって違いがあるのでしょうか?

藤田孝典さん(以下、藤田) 「社会福祉主事」という資格がある人しか福祉事務所のケースワーカーになれないと、法律で決まっています。でも、実は、社会福祉主事の資格を持っているケースワーカーは全国平均で7割しかいないという調査結果もあり、3割は無資格のまま働いている。自治体の納税課・収税課、土木課から異動してきた人が担当している場合もあります。ケースワーク業務を誰でもできる仕事だと、いまだに思っている役所があるんです。「怠けているだけで、頑張れば仕事なんて見つかるでしょ」とか「頑張って外に出なさい」と、平気で言ってしまう人が配属されていて、要するに専門性が低い。それを今、社会福祉士や精神保健福祉士の資格を持っている人をなるべく配属させようと、厚生労働省や先駆的自治体などは推進しています。

 でも、役所としては、専門職を雇うと福祉の現場でしか回せなくなってしまうので、土木課や水道課に異動できない人を雇うわけにもいかない――という考えから進んでいません。1〜2年したら異動になるという、このお役所文化を、福祉分野だけでもそろそろ変えないといけないと思います。

小林エリコさん(以下、小林) 1つの仕事をずっとやっているほうが、専門性が身についていいはずですよね。

――役所では、ケースワーカーに関する研修は行われないんですか?

藤田 一応研修はやります。僕も福祉事務所向けの研修などで「ケースワーカーは、こうあるべきですよ」という話をしますが、いかんせん今は、公務員削減の一方で、生活保護受給者が増えてきているんです。都市部だと、1人のケースワーカーさんが120〜150世帯担当している場合もあります。厚労省は、標準世帯数といって、1人のケースワーカーさんの受け持ちは都市部では80世帯、郡部では65世帯までが適正な担当ケース数だと決めています。しかし、ほとんど守られていません。

――受給者が増えているということは、貧困層が増えているということですよね。

藤田 貧困が増えているし、40歳以下で精神障害のある方も増えている。長時間労働と低賃金と家族問題ですね。あとは、ストレスによるアルコールやギャンブルへの依存。受給者が増えている一方で、ケースワーカーは増えないのが課題です。

 また、昔の貧困は生活保護でお金だけ渡していれば、地域の人や民生委員さんなど、いろんな方がサポートしてくれていたのですが、現在はお金を渡しても、その人の孤立状況はなかなか解消されません。その分、ケースワーカーがなんでもやらないといけない状態があり、責任感の強いワーカーさんの中には、母子家庭の子どもの勉強を見たり、学校の送迎をしたり、入院患者へのお見舞いをしたり、一生懸命がんばりすぎてうつになる方もいます。

小林 私は病気になってから、ソーシャルワーカー(社会福祉士や精神保健福祉士という国家資格の有資格者の総称)の方と知り合う機会が多いのですが、みなさんすごくお給料が安くて、こちらが申し訳なくなります。病気の人にちゃんと電話をして訪問支援している方々が薄給なのが、すごく心苦しくて。お給料がもっとよくなり、「ソーシャルワーカーになりたい!」という人が増えれば、ワーカー不足は改善されるのではないかと思います。

藤田 本当にそうですよね。今はケースワーカーだけでなく、介護士、保育士も、
非常勤や低所得の方がすごく多いです。福祉事務所にも非常勤の公務員が増えてきました。少し前までは福祉事務所でケースワーカーとして相談を受けて支援をしていた人が、逆にうつになってしまうというのは、全国的に散見されている事例です。

――小林さんの本の中には、ケースワーカーさんが生活保護から抜け出す方法をなかなか教えてくれなかったとありますが、きちんと教えてくれる方もいますよね?

藤田 もちろんいます。ただ、ケースワーカーさん自身もあまり生活保護のことをわかっていない人が多いし、今、ケースワーカーの7〜8割は、経験が3年未満なので、知識や経験があまりないのだと思います。また、みんな総務課とか人事課とか税務課などの花形の課に行きたがって、生活保護課や福祉課に配属されると、すぐに異動願を出す人もいます。なかには嫌々ながら仕事をしている人もいるのが事実ですよね。

小林 生活保護課は、すごく対応がひどかったのが印象的でした。障害支援課だと、書類も「ここに記入してくださいね」などと丁寧に教えてくれるのですが、生活保護課だと書類を投げるように渡されました。課が違うとこんなに対応が違うのかと、驚きました。

藤田 僕もびっくりしました。僕は新宿と府中で、非常勤として福祉事務所に関わっていたことがありました。そのころ、僕は生活保護課の仕事を興味深いと思って取り組んでいましたが、周りの同僚には早く異動したがっている人たちが多かったと記憶しています。なかには生活保護受給者を下に見ているというか、見下しているような人もいて、そんな状況をなくさなければいけないと思います。

小林 積極的に福祉の仕事をしたくない人も世の中にいるのは確かですからね。華やかな職場で楽しくやりたい人もいるんでしょうけど(笑)。でも、藤田さんみたいに志の高いワーカーさんもいるので、希望を持ちたいですよね。

――今回、この対談で小林さんは顔出しをしてくださるとのことで、非常に驚きました。なぜ顔を出そうと思ったのですか?

小林 社会福祉に関するテレビ番組などを見ていると、当事者はたいてい顔から下のみの出演だったり、モザイクなどで顔を隠します。その結果、あたかも犯罪者のように見えてしまい、いつも違和感を覚えていました。隠すことによって、「私は差別を受けるような人間なんです」というメッセージを自ら発信している気がするんです。悪いことはしていないのに悪人みたいに映ってしまうので、私は顔を出していこうと思いました。

藤田 勇気がありますね。

小林 不動産屋が私の本や記事を見つけたら、何か言われるかなとは思いますが(笑)。でも、生きていて恥ずかしい人間なんて、そんなにいないですよ。みんな生きているから、大丈夫です。

藤田 こうやって、当事者の方がどんどん発信できるようになるといいですね。

小林 でも、『この地獄を生きるのだ』のAmazonレビューで、生活保護受給者に対するバッシングは書かれないのが意外でした。私は絶対バッシングされると思い、出版する前から、それは覚悟していたのですが、なぜなんでしょうね?

藤田 最近それを、僕も感じています。2012年から、生活保護に対する市民意識を変えていこうという活動を、弁護士さんたちと続けているんです。正しい情報を伝え、みんな隣り合わせで、いつ生活保護をもらうことになってもおかしくないんですよ――ということを打ち出しています。その結果が出てきているのかな、という印象があります。

 一番ひどかったのは、次長課長の河本準一さんの親が生活保護を受けていたのに対し、政治家も含めて、メディアから一斉に「親の面倒見ろよ」みたいなバッシングがあったことです。当時と比べると貧困の人たちが増えているということもあり、自分の問題だと思う人が増えている実感はあります。だから、もう少し実態を語れる当事者の方たちが出てきてくれれば、もっと状況は変わると思っています。

小林 私もそうなれば心強いです。

藤田 生活保護受給経験のある人のネットワークとか、当事者の人たちのネットワークって、ありませんよね?

小林 精神疾患を持っている方の当事者会はありますが、生活保護の当事者会はないと思います。

藤田 僕の知る限りで、当事者として単著まで出して有効な発信をしているのは、夫からのDV経験があり、精神障害を患い、生活保護を受けていた経験を綴った手記『生活保護とあたし』(あけび書房)の著者の和久井みちるさんと、小林さんくらいです。そういうナマの声が、ケースワーカーや福祉業界、世間一般に伝わるといいなと思います。

小林 支援者や専門家の意見はすごく通るのですが、当事者って意外と声を上げにくい立場というか……。でも、実際の主役は当事者ですよね。サービスを受けている人のニーズが重要だと思うので、この本もソーシャルワーカーの方や福祉事務所の方に読んでもらいたいです。
(姫野ケイ)

小林エリコ(こばやし・えりこ)
1977年生まれ。茨城県出身。短大卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。現在も精神科に通院を続けながら、NPO法人で事務員として働く。ミニコミ「精神病新聞」を発行するほか、漫画家としても活動し、ウェブ上で発表された「宮崎駿に人生を壊された女」が話題となる。同人誌即売会「文学フリマ」にて頒布された『生活保護を受けている精神障害者が働くまで(仮)』を大幅に加筆編集した『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』(イースト・プレス)が初の著書。

藤田孝典(ふじた・たかのり)
1982年生まれ。埼玉県越谷市在住。NPO法人ほっとプラス代表理事。社会福祉士。ルーテル学院大学大学院総合人間学研究科博士前期課程修了。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。生活保護や生活困窮者支援の在り方に関する活動と提言を行う。聖学院大学客員准教授(公的扶助論)。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員(2013年度)。著書に『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』(朝日新聞出版)、『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版)など。