“関ジャニ∞・渋谷すばる退所”に絶望するエイターへ――臨床心理士が「心の回復法」を助言

 4月15日、関ジャニ∞の渋谷すばるが、グループからの脱退、そしてジャニーズ事務所からの退所を発表。同日都内ホテルで行われた会見で、渋谷は「この度、ジャニーズ事務所を辞めさせていただく決断を致しました」と報告し、「この先は、今までの環境ではなく、全て自分自身の責任下で今後の人生を音楽で全うすべく、海外で音楽を学び、今後さらに自分の音楽というものを深く追求していきたい」と退所理由を告白した。

 これまで渋谷を、また関ジャニ∞を応援し続けてきたファンの間には、大激震が走り、ネット上には「ショックすぎる」「涙が止まらない」「すばるの夢はわかるけど、辞めないで」といった悲痛な声が飛び交うことに。発表から数日たった現在でも、ファンはショックから立ち直れず、「もう生きていけない」「この喪失感をどうすればいいのか」「仕事にも身が入らない」「つらすぎて立っているのもやっと」などと、その心中をネット上に吐き出している。

 愛してやまないアイドルが、突然目の前からいなくなってしまう――これは、アイドルを応援する者にとって、いつ何時起こるかもしれない事態。もし、そういった状況に立たされてしまったファンたちは、自分の心の傷をどう回復させていけばいいのだろうか。神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授である臨床心理士の杉山崇氏に話を聞いた。

「突然、婚約破棄された」のと似たような心境

 まず杉山氏は、「アイドルというのは、夢や希望を与えてくれる、つまり暮らしに華を添えてくれる存在」と前置きをして、現在関ジャニ∞ファンが置かれている心理状況について、次のように解説をしてくれた。

「『人は、衣食住が足りているだけでは生きられない。何か酔いしれるものがなければ、つまらなさを感じてしまうもの』というのは、心理学だけでなく、社会学や人類学でもいわれていること。つまり、アイドルとは生きる喜びを与えてくれる存在であり、そのアイドルがいなくなってしまうのは、“生きる喜びのロス”なのではないでしょうか。昔からよく『子どもや孫が生きる喜びになる』といわれるだけに、関ジャニ∞のファンの方は、いま子どもや孫を失くしたのと同じような気持ちになっていると思います。ただ、子どもや孫は裏切ったり、自分の思い通りにならないこともありますが、アイドルは、決して裏切らないで、生きる喜びを与えてくれる存在。ゆえにファンにとって、アイドルはそれら以上に大事な存在になると考えると、突然の脱退・退所で受けたショックの大きさは計り知れません」

 ジャニーズの場合は、アイドルと擬似恋愛をしているファンも少なくない。杉山氏の話に照らし合わせると、生きる喜びを与えてくれた彼氏が突然いなくなったのと同じ状況ともいえるだろう。

「ファンの方は、渋谷さん、関ジャニ∞とともに、自分の人生を歩むつもりで、長年応援していると思うんです。だから、自分の人生の一部を失ったも同然ですよね。たとえるなら、突然、婚約破棄をされた感じなのでは」

 では、ファンたちは、その傷ついた心をどう癒やすべきなのだろうか。渋谷を、そして関ジャニ∞のこれからを、前向きな気持ちで応援したいと思いつつ、深い悲しみから脱せないという人も大勢いるが……。

「心理学では、『悲しむだけ悲しむ』のをオススメする場合が多いですね。心理学用語で『モーニング・ワーク』、日本語では『喪の仕事』と呼ばれているのですが、『悲しむだけ悲しむ』ことにより、その対象がいなくなった人生を受け入れる、言ってしまえば“儀式”みたいなものです。この儀式から逃げ続けていると、ずっとじわじわとした悲しみが続いてしまいます。いまはつらくて、コンサートDVDやテレビ番組を見られない、CDも聞けないという方もいるかもしれませんが、いっぱい見たり聞いたりして、悲しむことをした方がいいと思います」

 渋谷は、7月15日にグループを脱退するため、夏の全国ツアーには不参加となる。ファンの中には、「すばるのいないコンサートを見るべきか否か」と悩んでいる者も少なくない。

「こういう表現がいいかどうかはわからないのですが……“大切な人との死別”と重ねて考えてみると、このコンサートは、“死後から四十九日までの間”と似たようなもの。一般的に、亡くなった方は、49日間この世に漂っているといわれ、遺された人は『いまここにはいないけれど、まだこの世のどこかにはいる』と感じると思うのですが、同様にファンの方も『ステージには立っていないけれど、まだジャニーズ事務所にはいる』と感じるのではないでしょうか。ちゃんと悲しむために、“いる/いないの中間”を受け止める……そういった意味で、ファンの方はツアーに参加した方がいいと思います」

 実際の退所は、それから数カ月先の12月31日だが、「私は、渋谷さんがファンにモーニング・ワークを行う時間を与えてくれたのではないか、と思うんです。単純に契約上の都合によるものかもしれませんけれど、ファンへの愛情を感じました」という。

 渋谷の脱退・退所劇で、よく比較されているのがSMAPの解散だ。解散を最終決定したのはメンバーだとしても、そこに至るまでには、事務所関係者が深く関与しており、いまも多くのファンが「SMAPは事務所に解散“させられた”」と憤っている。一方で渋谷は、自らの夢を追うために脱退・退所の道を選んだ。事務所とメンバーもこれを了承し、会見を開いてファンにもちゃんと報告していることから、ファンは事務所に憤ることすらできないのだ。

「確かに、怒りという感情は悲しみをごまかします。何かに対して怒っているときは、悲しみを忘れられるんです。SMAP解散のときは、怒りという感情に流れたファンの方も多かったと思いますが、確かに渋谷さんのケースでは、怒りの対象を見つけにくい。ただ、受け入れがたい現実を乗り越えていくプロセスには、怒りでごまかすより、切なさを噛み締めつつ、その中に希望を見つけていくのが、立ち直りは早い。渋谷さんが、“怒りの対象を見つけにくくする”ような対応を取ったのも、私はファンの方への愛情ではないかと思います」

 ちなみに、“人生の一部”と思う人が去った際の心の傷は、どれくらいの期間で回復するのだろうか。杉山氏いわく「人それぞれ、また愛情の深さによっても違ってきますが、私の経験値と鬱病の研究によると、2年くらいかかると思った方がいい」とのこと。ただ、先述のように、渋谷の脱退まであと3カ月、退所まで8カ月ある。関ジャニ∞としての渋谷、そしてジャニーズアイドルとしての渋谷をしっかり受け止めつつ、ファンがモーニング・ワークすることで、心が回復する期間は短くなるそうだ。

 渋谷は、自分の言葉で“次のステップに行く”ことをファンに表明した。杉山氏はその点に触れつつ、「ファンの方は『私もすばると一緒に、6人になった関ジャニ∞と一緒に、次のステップに行く。一緒に成長する』と考えると、心の回復につながるかもしれません。渋谷さん、そしてメンバーが、ちゃんと自分たちの言葉で伝えてくれたというのは、ファンの方たちがちゃんと“愛されている”証拠です」と語る。

 今年の12月31日、晴れやかな気持ちで渋谷をジャニーズから送り出せるよう、ファンもいま一度、自分の心と向き合ってみてもいいのかもしれない。

W不倫20年、「妻バレ」しても関係続行――急逝した彼の妻に抱く「罪悪感」

drive-hurin

 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちに折り合いをつけるのは容易でない一方、W不倫の女性にとっては、案外、長期不倫は合理的な関係ではないかと思う。そんな女たちの声を聞いていく。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望
(第3回:「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意
(第4回:不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」
(第5回:W不倫15年、彼が脳梗塞で帰らぬ人に――「彼の最期に立ち会ったのは私」と語る女の胸中

 中部地方のある町に住むヒデコさん(50歳)が、妻子ある2歳年上の男性と知り合ったのは、まさに偶然だった。

「ぼんやり歩いていたのがいけなかったんですが、道ばたで彼とぶつかって。転んで足首を捻挫したんです。彼は病院に連れていってくれ、そこから時々会うようになりました」

 ヒデコさんは22歳で10歳年上の男性と結婚した。親戚の紹介による見合いのようなもので、ほとんど交際もないままに結婚してしまったという。

 不倫の彼であるユウトさんと知り合った30歳のときには、5歳と4歳の子どもを保育園に預けて仕事に復帰していた。

「夫とは表面上、波風は立っていませんでしたけど、それは私が夫に従っていたから。働きながら家事も育児も頑張っていました。夫は親の会社の跡取りでしたから、時間の自由もきくはずですが、時間があれば飲みに行っちゃう。それも仕事だと義父母にも夫にも言われていました。夫の浮気相手が家を訪ねてくることもありましたが、私がしっかりしてないからだと、義母に怒られました。なんでも私のせいなんだ、とつらかったですね」

 どうしてもヒデコさんが働かなければならない経済状況ではなかったが、同じ敷地内に住む義母がお金の管理を全てしていたため、ヒデコさんが自由に使えるお金はまったくなかった。

「子どもと出かければ、かわいい服のひとつも買いたくなるけど、いちいち義母におうかがいを立てなければいけない。それが耐えられなくて、義父母や夫の反対を無視する形で、無理やり仕事に復帰したんです」

 夫の横暴で強引なセックスしか知らなかった

 彼女にけがを負わせた彼、マサトさんは夫と違って女性の気持ちを尊重する人だった。

「本当に大した捻挫ではなかったのに、心配してくれて。家に来て夫にも謝るというから、それは断りました。私が自分で転んでけがしたことになっているから、と言って。それだけで夫婦の仲が伝わったようです。3週間ほどして最後の通院になったとき、わざわざ病院まで来てくれて『今度、快気祝いに食事でもしましょう』と。ただ、夜は私が出られないので、市内のちょっと有名なお店でランチをしようと誘われました。有休をとって、わくわくしながらランチに行ったのを覚えています。そのとき、私はすでに彼のことが好きだったのかもしれません」

 ランチは本当に楽しかったという。恋愛経験もほとんどないままに結婚したヒデコさんにとって、彼との時間は「宝物のよう」だったという。だから、「またランチを」と誘われたときも、断る気にはなれなかった。そして、この2回目のデートで、2人は結ばれる。

「ランチが終わったとき、彼から『もっと一緒にいたい。あなたのことをもっと知りたい』と静かに言われて。私も同じ気持ちだったんです。私が男性とホテルへ行くなんて、あまりに非現実的だったから、部屋に入ってもなんだかピンとこなかった。でも、彼、とても優しかった。夫は自分の欲望を満たすためだけの強引なセックスしかしませんでしたから、こんなに優しくしてくれるんだと感動して、涙が止まらなかった」

 夫が横暴なセックスをしていても、夫しか知らなければ「こんなものか」と受け入れてしまうのだ。セックスは男の欲望を満たすためのものではないのに……。

 その後、月に1度、あるいは2カ月に3度くらいのペースで2人は会った。

「彼に会うたび、私は夫から不当な扱いを受けているとわかるようになりました。同時に、彼のことをどんどん好きになっていった」

 それでも彼女は「逃げの恋愛」をしたわけではない。家のことは、それまで以上にきちんとやった。舅姑にも仕えた。もちろん、子どもたちは彼女にとって一番大切な存在。彼と会う約束をしていても、子どもに何かがあれば、子どもを優先させた。一方で、夫を裏切っているという感覚はなかったという。

 恋愛にのめり込んでいるようで、頭のどこかは常に冷静に日常生活を滞りなく過ごしていた。そんなバランスが崩れたのは、2年後、彼の妻に関係がバレてからだ。

「どうやってバレたのか、はっきりわからないんですが、奥さんに相手が私であることも特定されたようです。うちの夫にも言うと騒いだけど、『とにかくきみの誤解だ』と彼はシラを切り通した。それで、とにかくほとぼりが冷めるまで会わずにおこうということになりました」

 会えないことが、あんなにつらいとは思わなかったと彼女は、当時を思い出したかのように目を潤ませた。

「せめて顔を見たい。どうにか顔を見ることはできないか。当時は、私がまだ携帯を持っていなかったので、公衆電話から彼の携帯にかけていました。2人で考えた結果、それぞれ車で通勤なので、その途中のすれ違うポイントで顔を見よう、と。一車線の狭い道なので、うまくすれ違えれば顔を見ることはできるはず」

 出勤時間はユウトさんのほうが早い。だから、もともとすれ違うことはなかったのだが、ヒデコさんは出勤時間を早め、時間を合わせてすれ違うことにした。真冬だったが、ヒデコさんは窓を開けて走った。窓越しではなく、彼の顔をきちんと見たかったから。彼も同じ思いだったのだろう、開け放した車窓から顔を見つめ合った。

「毎日、そうやって顔を見るだけ。でも、私の誕生日にすれ違ったとき、たまたま道が混んでいてお互いのろのろ運転で、ぴたりと真横で止まったんです。彼が窓からプレゼントを投げ入れてくれた。それが、これです」

 彼女は首にかかるネックレスを示した。小さいがダイヤが煌めいていた。家を出ると、そのネックレスをつけるのが習慣になっていると小さく笑った。

 ずっとそうやって我慢を重ねて、顔を見るだけで満足する日々が続いた。1年後、彼女も携帯を持つようになり、連絡がとりやすくなった。

「お互いに仕事を休んで、遠くで会おうということになって。我慢してきた甲斐があった」

 早朝から家を出て車で1時間半も走った土地で、2人はようやく再会した。その日、彼女は1日中、泣いていたという。

 彼が出張の多い部署に異動になったタイミングで

 ただ、今度バレたらもう会えなくなるという恐怖感は強かったと、ヒデコさんは言う。

「だから会うのは年に2、3回。それも彼の奥さんが実家に戻ったとか、バレそうにないと判断したときだけです。でも会うと彼はずっと私を抱いていてくれた。彼に会うのを楽しみに、日常生活をきちんと過ごそうと頑張っていました」

 バレてから5年後、付き合うようになって7年が経過した頃、彼が出張の多い部署に異動になった。

「そういうことがあるんですね。目から鱗でした。彼の出張先はほとんど東京なんですが、実はその頃、東京で1人で暮らしていた私の叔母が病気で入院したんです。身寄りは私しかいない。だから、叔母の看護ということで泊まりで出かけることができました。叔母が退院してからも、身の回りの世話をしにいくと言って、2カ月に1回くらいは彼と日にちを合わせて会って。叔母は何か気づいていたかもしれない。『私はヒデちゃんがあの家に嫁に行くのは反対だった。幸せになりなさい』と言ったことがありましたね」

 彼が出張で使うホテルの部屋を使うわけにはいかない。彼女は、そこからほど近いホテルに部屋をとり、彼を迎え入れた。

「でも、彼が部屋に泊まっていないのもヘンだから、彼は早朝に一度ホテルに戻って、また私のところに来たり。なんだか楽しかったですね、あの頃は」

 バレないように気を使いながらも、定期的に彼に会える喜びは何も代えがたかったという。

 その後、義父が倒れたり義母が骨折したり、子どもが不登校になったり受験に失敗したりと、いろいろなことがあった。

「どこの家庭にもいろいろなことがありますよね。うちは結局、義父が亡くなって、今は義母だけです。最近は義母も優しくなりました。夫も昔とは比べものにならないくらい、おとなしくなって。子どもたちも、なんとか自分の道を見つけたようです。彼のほうもいろいろあったみたいだけど、それでもいつも話し合いながら、励まし合いながらやってきたような気がします」

 大きな転機があったのは、今から3年前。彼の妻が急死したのだ。心筋梗塞だった。

「さすがに彼も落ち込んでいました。亡くなってすぐ一度会ってから、3カ月くらいは会えなかった。彼の気持ちが落ち着くまで私は待っているつもりでした。もう何かあっても、急に別れるようなことはないと信じていた」

 その言葉通り、彼とはまた会えるようになった。彼は今、上の子が独立して、下の娘と2人で暮らしている。

「だからといって心置きなく会えるようになったかと言われると……。彼は3年たって、なんとか立ち直り、『これからはもう少し頻繁に会おう』と言ってくれたけど、私の方が心苦しくて。奥さんが生きている頃はバレないように会うことで、申し訳ない気持ちを軽減することができたんですが、亡くなってからはかえって罪悪感が募ってしまって。昔、見逃してくれた奥さんの気持ちを考えると、時々胸が痛くなります」 

 それでも、じゃあ彼に会わずにいられるかと言われたら、それは無理だとヒデコさんは言う。そろそろ関係も20年。なぜこれほど長く続いたのだろう。

「相性が良かったんでしょうか。私は今でも、初期の頃と同じように彼が好きです。いや、もっと愛情が深くなっているような気がする。お互いに決して暴走せずに、ゆっくりじっくり付き合ってこられたのは、本当によかったと思っています」

 不倫は長続きする傾向がある。特にお互いに家庭があると、家庭を優先する気持ちも理解しあえるし、相手に無理な要求をすることもない。頻繁に会えるわけではないので、愛情を長持ちさせる。しかも、生活を共にしてないがゆえに、欠点も見えづらい。とはいえ20年だ。生まれたばかりの子が成人するような長い期間である。これほどの間、お互いを思いながら生きてこられたこと自体が幸せではないだろうか。

「そうですね。この先、どうなるかわからないけど、きっとどちらかが死ぬまで関係は続くかもしれません。戸籍上の夫はいますが、私の人生は彼とともにあるとつくづく思います」

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士が劇場版『ドラえもん』に涙、涙……「毎回泣いちゃう」「俺は、のび太」

 10年ぶりに『THE OUTSIDER』へ電撃復帰することが決まった“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(記事参照)。4月28日の試合に向けた最終調整に入る前に、映画鑑賞で最後の息抜きをしてもらおう。編集部からプレゼントされた『映画ドラえもん のび太の宝島』(監督=今井一暁/脚本=川村元気/原作=藤子・F・不二雄)のチケットを握りしめた瓜田夫妻が、チビッコだらけの映画館に入っていった――。

 鑑賞当日は日曜日ということもあって、場内は満員。その過半数が小学生以下の子どもという客層だ。

「この大切な時期に、くだらない映画を見せやがって!」と瓜田から怒られる展開も予想していたが、それはまったくの杞憂に終わった。映画が始まるや否や、瓜田の笑い声が場内にこだまし、終盤になると、瓜田は鼻をすすり出し、ティッシュで涙を拭き始めたのだ。

 この日、誰よりもこの映画を楽しんでいたのは瓜田かもしれない。そう言えるほどの好感触。以下は、鑑賞後のインタビューである。

――いかがでしたか?

瓜田純士(以下、純士) いやぁ、めちゃくちゃ感動しました。

――序盤から純士さんが吹き出しまくっていたから、作品を小馬鹿にして笑っているのかと思いきや、そうじゃなかったようですね。

純士 懐かしさとかわいさで、もう笑いが止まらなくて。どのキャラが何をやってもおかしいし、愛しいんですよ。お決まりのところでジャイアンが文句を言ったり、威張ったり自慢したりも面白いし、展開の強引さすら愛せてしまう。しかも作品全体としては昔と変わらず、愛と勇気と友情を教えてくれる。本当によくできた作品だと思いました。

――『ドラえもん』は、昔からよく見ていたんですか?

純士 子どもの頃から大好きで、テレビシリーズはもちろんのこと、映画もよく見てましたし、下敷きとかも持ってました。今日確信したんだけど、藤子作品って、絶対的な安心感を持って見れるところがいいですよね。たとえば『進撃の巨人』なんかは、見たことないけど、見るとなったら「大丈夫なのかな」と構えちゃうと思う。でも藤子作品にはそういう心配が要らないんですよ。終始、笑いと感動にあふれてるじゃないですか。ちょっと誰かがいいこと言っただけで、すぐにグッときちゃいますよ。

――今回、グッときた場面は?

純士 ジャイアンの名言、聞きました? 正確なセリフまでは覚えてないけど、「おいフロック、おまえが弱音を吐くなんて、らしくないぞ」とかなんとか言ってたじゃないですか。ああいう男を見せなきゃいけない場面で立ち上がるジャイアンって、めちゃくちゃ格好いい。ジャイアンが男を売る場面にスネ夫が付き合わされるパターンが特に好きですね。あと、しずかちゃんの根性にも感心しました。

――しずかちゃんの根性? そんな場面、ありましたっけ?

純士 海賊にさらわれたっていうのに、新しい環境にすぐさま馴染んで、厨房で明るく皿とか洗ってたじゃないですか。あの適応力と心臓の強さはすごいですよ。

――奥様は浮かない表情ですが、面白くなかったですか?

瓜田麗子(以下、麗子) めっちゃクオリティーが落ちたと思いました。昔の『ドラえもん』は、もっと内容が濃かったり細かかったりしたと思うんですよ……。

純士 自分が大人になったから、そう思うだけじゃない?

麗子 ちゃう、ちゃう。全体的に、粗くて粗くて。

――どういう部分に粗さを感じましたか?

麗子 子どもがピコポコピコポコ、コンピュータみたいなのをイジってましたけど、タッチパネルの描写が粗くって、どういうキーになってるのかようわからんかったやないですか。あと、ドラえもんがウニョウニョしたゾーンの中に入っちゃって、「危ない!」って言うんやだけど、手を突っ込むのは大丈夫だったりして、あのウニョウニョの正体は一体なんなんやろ? ってのが結局ようわからんかったり。

純士 そういうのはね、藤子アニメに求めちゃダメなんだよ。ウニョウニョの中にいるドラえもんを助け出すとき、ポコって頭が出てきたシーンとか、もうかわいくてたまらなくて笑っちゃったけどなぁ。

麗子 まあそれはええともしても、『ミニオンズ』とか『ポケットモンスター』をパロってるようなシーンも多々あったやないですか。いよいよネタがなくなったのかな、とも思ったわ。

純士 俺はその逆の見方で、「藤子、よくぞ新境地に切り込んだな」と高評価してるよ。今までと同じような繰り返しだと、さすがにファンも飽きるから、世界観を広げるべく、改革に出たんだと思う。洋物や流行り物を吸収した“新・藤子劇場”とでもいうのかな。アジアにとどまってた映画が世界に出るべく、そういう勝負に出たんでしょう。実際、今回の作品で『ドラえもん』は新しいファンを多くつかむと思うよ。

麗子 なんでもアリにもほどがあると思ったけどなぁ。

純士 いや、なんでもアリでいいんだよ。「そんなに便利なもんがあるならもっと早くに出せよ」という飛び道具も『ドラえもん』だから許される。特に今作は劇場版だから、尺の関係上、短縮展開もやむを得ないでしょ。

――テレビ版と劇場版で、内容は大きく異なるんですか?

純士 劇場版はもとから、家族でも楽しめるようなスペシャルな内容になってるんですよ。テレビ版の本来のアニメの殻を破った舞台設定や大仕掛けがあったり。こないだ家で見た作品では、西部劇風のシチュエーションで外国の女の子が『ノビ~タ』なんつってました。そういうのも劇場版ならではの面白さなんですよ。数年前の『STAND BY ME ドラえもん』あたりからは特に、子どもだけじゃなく大人も十分楽しめる内容になってきてると思います。

麗子 『STAND BY ME~』はめっちゃ感動したんやけどなぁ。それに比べると、今回のは特に絵のクオリティーがガタ落ちやったわ。

純士 『STAND BY ME~』は3DCGをゴリゴリに使った特殊な作品だから、絵が違うのは当たり前当然でしょ!

麗子 そうやったっけ? なんでそんなに詳しいん?(笑)

純士 好きだからに決まってるだろ!

――2005年以降、主要キャラの声優が変わりましたが、それについてはどう思いますか?

純士 まったく違和感ないですね。

――序盤はゲラゲラ笑っていた純士さんですが、終盤、泣いていましたよね。“泣きポイント”はズバリ、どこでしたか?

純士 急に背景が切り替わって、挿入歌(ここにいないあなたへ/星野源)が流れたところで泣いちゃった。ぶっちゃけ、ストーリーはあまり関係ない。挿入歌の力です。

――映画の雰囲気だけで泣いてしまう奥さんのことを、これまでさんざんバカにしてきた純士さんですが、今日はご自身も“雰囲気泣き”を?

純士 そうなんですよ(笑)。『ドラえもん』だけは毎回、雰囲気で泣いちゃう。

麗子 私の両脇に座ってた子どもと純士が、ずっと同じところで笑ってて、ほぼ同時に泣き始めたから、めっちゃウケたわ。

――今作は「父と子の関係」がテーマの一つでしたが、そのあたりはいかがでしたか?

純士 俺自身、父親との関係が特殊だったせいか、父子をテーマにした映画が好きで、シルベスタ・スタローンの『オーバー・ザ・トップ』とか、ヒュー・ジャックマンの『リアル・スティール』とか、代表的なのは結構見てるんですよ。ただ、さすがに目が肥えてるんで、そのテーマに関しては今回はそこまで来なかったかな。ゲストに寄せすぎな部分もあったんで。

――ゲストに寄せすぎ、とは?

純士 フロックと父親の関係で泣かせようとしてたじゃないですか。俺、身内贔屓なところがあるから、ドラえもん、のび太、しずか、ジャイアン、スネ夫といったゴールデンメンバーには愛着があって、そいつらが何かいいことをするとすぐに泣いちゃうんだけど、フロックなどの新しい面々には慣れてないから、そこまで感情移入できなかった。とはいえ、感動はしましたけどね。今回、父子のストーリーを見てて思ったのは、「俺はもう、子ども目線じゃないんだな」ってこと。なんやかんやで俺もアラフォーだから、すっかり父親の目線で作品の中の子どもたちを見てましたよ。そういう変化は感じたけども、物語の本質は変わらない。藤子先生の一番言いたいことは、今回もしっかり受け止めたつもりです。

――藤子先生の一番言いたいこと、とは?

純士 のび太って結局、「見てる人みんな」なんですよ。ヒーローに憧れてるけど、見た目も悪くて頭も悪くて意気地もなくて……っていう、多くの見てる人たちそのものなんです。藤子先生はきっと、ずっとそのことを意識して描いてたはず。その冴えないのび太がいつも最後、信じられない勇気を振り絞ったり愛を訴えたりして、ああいうゲスト的な外国人の奴らの心すら打つようなことをやってのけるというのが作品の肝でしょう。今回ものび太が映画の中で、立ち上がる勇気を見せてくれたので、大満足。百点満点です。

――ちなみに少年期の純士さんは、ドラえもんの登場人物でいうと、誰に近かったのでしょう?

純士 のび太ですね。

――てっきり、ジャイアンなのかと思っていましたが。

純士 同級生全員に対して「俺を呼び捨てにするな」と脅したりという、ジャイアン的な行動も確かにしてましたが、俺の内面は昔も今も、のび太なんですよ。

麗子 そやな。のび太を今日見て、改めて思ったわ。純士にソックリやなって。

純士 で、ウチの嫁は、ドラえもんなんですよ。俺、外ではめちゃくちゃ格好つけてるのに、家では嫁に甘えてばかりいますから。足の指をクローゼットにぶつけただけで「救急車を呼んでよ~」と泣きついたり。

麗子 ホンマ、のび太やわ~。でも、のび太と一緒で、純士もやるときはやんねんな。

純士 うん、やるときはやる。

 * * *

 4月28日の『THE OUTSIDER』で、「やるときはやる」瓜田の真価を見せてもらおうではないか。
(取材・文=岡林敬太/撮影=おひよ)

【サイゾー presents『瓜田に勝ったら10万円』開催決定!】
大会名/THE OUTSIDER 実験リーグ
会場/新宿フェイス
開催日時/2018年4月28日(土)13:00開場 14:00試合開始予定
※対戦カード、チケット情報などの詳細はリングス公式サイト(http://www.rings.co.jp)でご確認ください。

※瓜田純士の人生相談「No problem」
https://kinngofoutlow.jimdo.com

※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。
http://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/

7名だけの職業「プロトラベラー」の収入は? ド派手に旅する金銭事情を羽石杏奈さんに聞く

 インスタグラムを見ていると、時折、尋常じゃないハイペースで海外に赴き、オシャレで映えまくった写真をアップしている女性に出くわすことがある。一体、いつ働いているの? 職業は何してるの? そして、そのド派手な旅のお金は、どこから出ているの……? 湧き上がる疑問と嫉妬を抑えるのに筆者は大変なわけだが、実はその中には、「プロトラベラー」として旅行をなりわいにして生きる女性たちが存在するという。「職業・プロトラベラー」とは、いったい何者なのか? 実際に話を聞いてみた。

■ミッションは「旅行に誘うこと」

Processed with VSCO with q5 preset 今回、話を伺ったのは、リアリティー番組『テラスハウス AROHA STATE』(フジテレビ系)に出演していたことでも知られる羽石杏奈さん(23歳)。ハワイ生活で培ったコミュニケーション力と度胸を武器にプロトラベラーとして活動しているという。そもそもプロトラベラーとは、いったいどのような仕事なのだろうか?

「プロトラベラーは、世界中を旅しながら文章や写真を通してSNSで旅先の感動を表現し、海外に興味を持つようになったり、実際に行ってみようと思う女性を増やすことや、旅に誘い、彼女たちの人生を豊かにすることをミッションとしたお仕事です。海外の素敵な場所の写真や、地元のお店を発掘、発信することで、女性たちに『私もここに行きたい、こんな写真を撮ってみたい』と思ってもらうことが目標の1つですね」

 現在7名いるプロトラベラー(R)(※プロトラベラー(R)はミツバチワークス株式会社の登録商標)の主戦場は個人のインスタグラムだが、クライアントの要求するテーマに沿った写真を撮影したり、商品のPRやイベント出演など、企業とのコラボ仕事も多い。例えば、旅行会社「ルックJTB」とのコラボでは、プロトラベラーの視点から見たフォトジェニックなシンガポール旅を提案。同社のパンフレットやウェブ、さらにトークショーなどのリアルイベントを総合的に組み合わせたプロモーション企画を実施し、若い女性にシンガポールの新たな魅力をアピールしたという。

Processed with VSCO with f2 preset また、写真だけでなくブログや、ミツバチワークスが運営する即時的なSNS「Me BTS」で、そのときの生の感情を発信することも、プロトラベラーには求められるそうだ。

「旅先では今日の朝食はコレ食べた、いくらだった、と小さい情報もできるだけ発信するようにしています。1日の更新頻度はバラバラですけど、一応目標とするのは1日にブログ1〜2記事、Me BTSは多いと5回程度。旅の間は、常にスマホが手放せません」

 もちろんそれが仕事なので仕方ないわけだが、せっかくの旅行、スマホなんか置いて、目の前の景色をただ無心で楽しみたいという気持ちになることはないのだろうか?

「もともと発信することが好きなので、それが苦痛になったことはないですね。飽き性なので、更新の期間が空いちゃうとダメ。スマホですぐに発信することがクセになっている状態を、維持できるようにしてます」

 そのため1カ月単位でのSNSの更新目標を設け、それをクリアできるように調整しているのだとか。ブログは1カ月60記事以上が目標だというから、その頻度はかなりのもの。また実際に海外を訪れる際は、1人旅がほとんどだというから驚きだ。

「クライアントからの案件で何人かの撮影クルーと行くとき以外は、基本的に1人旅です。1カ月の3分の2ぐらいは海外を1人で旅してますが、それも別に苦じゃないですね」

 プロトラベラーとしての直近のスケジュールを尋ねると、3月3〜13日はハワイ、14〜15日は東京、16〜18日は沖縄、19〜23日はグアム、25日にいったん日本へ帰り、26日からポーランドへ向かうという。海外旅行が仕事だなんてうらやましいと安易に思っていたが、よほどアクティブで旅好きでないと、なかなかハードな職業なのかもしれない。それでも自身にとって、プロトラベラーは最高の職業だと羽石さんは語る。

「テラスハウスに住んでいたときに、お姉ちゃんにプロトラベラーのことを教えてもらって。それまで夢とか何もなかったんですけど、『それだ!』と思ってすぐに、プロトラベラーになりたいという熱い思いを長文で会社(プロトラベラーのスポンサーを務めるミツバチワークス)にメールしました。旅する場所や、こういう仕事がしたいっていう願いもできるだけ聞いてくれますし、最高の環境で最高の仕事をしていると思ってます」

Processed with VSCO with f2 preset 毎日、満員電車に押し込められて通勤し、長期休みなんてかなわぬ夢である筆者からすれば、嫉妬の対象でしかない……! そんな思いを込めて「周囲から嫉妬されたり、イヤミを言われたりしないのか」と尋ねると、羽石さんは笑顔でこう語った。

「心の中では何を思われてるのかわからないですけど、実際には『うらやましい』としか言われないですね。でも、この仕事はそう思われることが大事だと思うし、これからも憧れを持たれる職業としてやっていければと思ってます」

 もはや直視するのがまぶしいほど、その実態もキラキラしているプロトラベラー。気になるのは、収入だが……?

「月によって差はありますが、旅費は会社から出してもらい、その旅行にクライアントからのスポンサードをいただくっていう形なので、結局はどれだけ旅に出たかにもよります。すごく稼いでいるわけではないですが、最低でも都内で、普通に暮らせるぐらいの収入。最近は旅行回数が増えて、収入も上がってきています」

 旅好き女子にとって願ってもない職業、プロトラベラー。すでにインスタ女子たちの間では、憧れの職業となりつつあり、最近行われたプロトラベラーのオーディションには、なんと4万5,000人以上の応募が殺到。ダンサーやピアニスト、なかには芸能人の姿もあったという。もちろん、もともとはカメラマンでもモデルでもなかった、素人の女性たちが大半。旅の素晴らしさを伝えることさえできれば、どんな女性でもプロトラベラーになれる可能性はあるわけだ。

 素人だけど、旅に関してはプロ。芸能人でもなければ自分の知人でもない、プロトラベラーたちのその絶妙な距離感が、女性たちに支持されているのかもしれない。現在でも、随時募集中だというプロトラベラー。旅行好きの女性は、目指してみるのもアリかも?
(藤野ゆり/清談社)

TBS・宇垣美里アナを精神科医が一刀両断! ストレス回避法の“マイメロ論”は「鬱になる危険も」

 TBSアナウンサー宇垣美里が、雑誌のコラムで提唱した“ストレス回避法”が話題になっている。災難や理不尽な出来事に遭遇したとき、「私はマイメロだよ~☆ 難しいことはよくわかんないしイチゴ食べたいでーす」とサンリオキャラクターのマイメロディーになりきって、ストレスを溜めないようにするというもので、若い女性を中心に「マイメロ論」と呼ばれ、共感者が続出しているようだ。つまり、“ストレスを感じそうになった時には、自分とは別人格になりきって物事に向きあえばいい”との考え方だが、果たして本当にストレス回避法として有効なのだろうか? そこで、精神科医である高木希奈先生に見解を聞いた。

マイメロ論は鬱になる可能性も

――「マイメロディーになりきってストレスを回避する」という「マイメロ論」は、ストレス回避法に有効ですか?

高木希奈先生(以下、高木) 微妙ですよね……。確かにストレス回避しているものの、単に“現実逃避”しているだけなのでは。根本的な解決にはなっていないので、今後似た状況になったとき、同じような問題を繰り返す可能性があります。それと、マイメロ論の考え方は、精神的に退行しているのも気になりますね。20~30代以上の大人の女性が3~4歳の子どものような思考に戻るというのは、周囲も対応に困るでしょうから、人間関係にも影響すると思いますよ。

――マイメロ論の考え方を続けると、何か良くない影響が起こることもあるのでしょうか?

高木 全てこの思考で逃げ続けてしまうと、少しのストレスにも耐えられないようになって、鬱になる可能性もあると思います。また、別人格の思考を持ち合わせ続けるというのは、「解離性障害」の患者さんと似た状況を意図的に創りだしているということになります。解離性障害は、耐えがたいほどのストレスがかかり続けたことで、自分自身と感情が切り離されてしまう病気で、幼少期からの慢性的な虐待やいじめなどが原因となり、思春期~10代の若い頃の発症が多いんです。それ以外では、事件や事故など解離性障害になりうるほどの強いストレスにさらされ続けることが原因となります。つまりそういう事態にならなければ、マイメロ論の考え方が、解離性障害に移行することはめったにないでしょうが、実際に治療に取り組んでいる患者さんもたくさんいる症状に、なぜあえて寄せていくのだろう……と思ってしまいますね。

――そもそも、ストレスを溜めやすいのは、どんなタイプの人なのでしょうか?

高木 マイナス思考や自己否定感が強い人、完璧主義者や気の短い人、また、他人に気を使いすぎたり人目を気にしたりする人や、プライドが高い人などで、ストレスをうまく発散する術を持たない人です。

――そのような人に、マイメロ論的思考は合いますかね……?

高木 特に、真面目で几帳面、完璧主義者の人がマイメロ論を取り入れようとすると、「マイメロ論のような考え方をしなきゃ」と、余計にストレスを溜めてしまうかもしれません。なので、あまり向かないと思います。

――では逆に、向いているタイプなどはあるのでしょうか?

高木 例えば、他人の言葉を一字一句気にしてしまうくらいあらゆることが気になる人や、全ての出来事をマイナスに捉えてしまうような人には、ある意味有効かもしれませんけれど……どのようなタイプの人であれ、マイメロ論はおすすめできるものではありません。

退行するよりプラスに考える思考を持つ方がいい

――ストレスを溜めやすい人に、有効なストレス解消法はどのようなことですか?

高木 ストレスとの向き合い方は人それぞれですが、趣味や好きなことをするというのは、やはりストレス解消に有効です。また、マイメロ論のように“ストレス回避”としての思考をあえて持つなら、“認知行動療法”の方がいいと思います。精神科の治療でもよく使われている精神療法の1つで、「自分の認知を変えて行動を変えていく」というものです。仕事で上司から仕事を押し付けられた場合、「嫌がらせだ」などマイナスに捉えがちですが、「上司は自分を信頼してくれている」「周りより仕事ができるから私にお願いしたんだ」など、見方を変えてプラスの受け止め方をすることで、ストレスを溜めないようにするんです。

 中には「物事をプラスに考えることが難しい」という人もいますが、ほとんどの人が訓練すればできるようになります。例えば現在、マイメロ論を実践している人は、思考を転換できる術を持ち合わせているともいえるので、認知行動療法が身に付く素質があるかもしれませんよ。

――例えば、先ほどと同じケースで、上司の依頼を断りたいけれど、「能力が低い」と見られたり、嫌われたりするのではないかとの思いから断れず、ストレスを感じる人も多いと思うのですが、その場合はどうすればいいでしょうか。

高木 相手に配慮しながら自己表現できるコミュニケーションスキルを磨く「アサーショントレーニング」です。ムリなお願いは、受け入れてもストレスになるし、断るのも「嫌われるのではないか」「今後の仕事に響くかも」などの思いが働いてストレスに感じますよね。単刀直入に断れば、角が立つこともあります。そんなとき、自分を頼ってくれたことにお礼を述べた上で、できない理由をきちんと説明して断るなど、相手を尊重しながら自分の感情を伝えれば、無用なストレスを溜めずに解決できるようになります。そもそも、その場しのぎでできない仕事を引き受けるのは逆効果です。あとになって「できなかった」では、評価を下げることになってしまいますから。まずは「できる・できない」を正しく判断できるよう、自分のキャパシティをしっかり知っておくことが一番ですね。

――あらためて、若い女性の間でマイメロ論が広まっていることについて、率直な感想を教えてください。

高木 こんな論理が出てくること自体に衝撃を受けました。意図して、解離性障害の状態に、自分を持っていくなんて……って、びっくりしたというのが正直な感想です(笑)。ただ、最近の若い人は、「頑張って稼いで、いい車や家を買いたい!」などの考えがあまりないと聞きます。あえて困難に立ち向かい、それを乗り越えようと頑張るより、イヤなことから逃げることも大事といった感覚が強いゆえに、マイメロ論がはやっているのかもしれませんね。

 ただ私からすると、マイメロ論的思考が通用するのは、人格の確立していない10代までじゃないかと思ってしまいます。もし20~30代でこのような考え方をしている方が患者として私のところへ来られたら、マイメロ論的な思考をするよりも、「認知行動療法」や「アサーショントレーニング」をおすすめするでしょうね。
(取材・文=千葉こころ)

高木希奈(たかぎ・きな)
精神保健指定医、日本精神神経学会認定専門医、日本精神神経学会認定指導医、日本医師会認定産業医。現在は、精神科単科の病院で、精神科救急を中心に急性期治療にあたっている。また、産業医として企業にも勤務。著書に『あなたの周りの身近な狂気』(セブン&アイ出版)『精神科女医が本気で考えた 心と体を満足させるセックス』(徳間書店)などがある。
オフィシャルブログ

海外で「日本人はモテる」は昔話? アジア5カ国で働いた元底辺キャバ嬢が語る“夜の景気”

 4月上旬、アジアにある日本人客向け“日本人キャバクラ”の潜入記『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イースト・プレス)が発売された。著者は、歌舞伎町や六本木の元キャバ嬢で、現在は、裏モノ、夜遊びをテーマにしたコラムを執筆するライターのカワノアユミ氏。

 2014~15年に、1年弱をかけ、タイ、香港、シンガポール、カンボジア、ベトナムの日本人キャバクラへ潜入したカワノ氏に、日本人キャバクラは儲かるのか? さらには、かつてアジアで激モテしていたとされる日本人女性の現在の“価値”について、話を聞いた。

■海外で「日本人はモテる」は昔話?

 カワノ氏が初めて海外のキャバクラで働いたのは、2001年のこと。当時付き合っていた彼氏でスカウトマンのケンちゃんに、「お前、香港のキャバクラ行かね?」と“売り飛ばされ”、10日間限定で香港初となる日本人キャバクラのキャバ嬢になった。

「当時は日本人の女の子の価値がすごく高くて、日給3万円。10日で30万円稼げました。1997年に香港がイギリスから返還されたばかりで、夜のお店があまりなかったことも理由かと思います」

 ところが、再び15年に同じ店で働くと、月給約28万円と、3分の1に下がってしまった。

「そこからさらに寮費を引かれ、手元に残るのは18万程度。おそらくですけれど、理由は、ほかのアジア系の外国人の価値が上がったんだと思います。韓国人が整形などで、すごくきれいになったんですよ(笑)。キャバ嬢は、やっぱり見た目が命です。それから、01年以降はお店がだんだん増えてきて、中国人、香港人が働くようになったことも大きく影響していると思います」

 また、現在では香港の物価が上がった一方、日本人駐在員の給料は下がってきて、日本人キャバクラは高すぎて行けないという事実もあるそうだ。

「聞いたところによれば、現地のキャバクラの料金は、“連れ出し”(店外デート)込みで5~7万円が相場のようですね。ちなみに、アジアのキャバクラは、女の子の連れ出しができるお店がほとんど。連れ出しがないお店は、日本人オーナーのお店ぐらいしかない気がします」

■バンコクで初のナンバー1になったポイントは“同伴”

 続いて、“夜遊び天国”として知られ、カワノ氏自身が大好きなタイのバンコクでも、現地初の日本人向けキャバクラへ潜入。

「飛び込みで働き始めました。タイにはカラオケができるキャバクラ店がたくさんありますが、日本人キャバクラは15年にパッポン(バンコクの三大歓楽街のひとつ)にできたのが初だと思います。香港同様、タイも連れ出しが基本ですが、日本人客は色恋関係を求めているのではなく、普通の日本語での会話を求めてるんですよね」

 また、カワノ氏はこのお店で、日本で達成できなかった初のナンバー1にも輝く。そのコツは、「タイの夜遊び教えてあげるよ~」と、客をアフターに誘い出すこと。バンコクの大歓楽街として有名なパッポンのゴーゴーボーイ(ゴーゴーバーの男版)やディスコなどに連れて行った。日本人キャバクラにやってくる客は、ほぼ100%バンコク初心者なのだという。

「タイでは、同伴して、一緒に遊んで、お客さんとの距離を縮めたほうがいいですね。日本では、店外デートしちゃうと、満足して店に来なくなっちゃうんですが、タイを含め、海外だと日本人キャバクラがそこしかないケースが多いので、じゃあ、店に行こうかな、という流れによくなります」

 月給は最高で25万円だったとのことで、物価の安いタイでこれだけの金額をもらえたら、かなりリッチな暮らしぶりが想像できる。

 ところ変わって、シンガポールでは、タイの夜の世界とはガラリと雰囲気が異なる。

「アジアのゆるさがまったくないです。政府が認めた地域以外で売春ができないので、まず日本のような風俗街はもちろん、夜の歓楽街がない。デパートとかショッピングモールがある大通りに、日本食のお店とかがあって、そこの近くに、キャバクラとスナックが数軒、並んでいるぐらいですね」

 さすがは、シンガポール。ゴミひとつ落ちていないクリーンな国のイメージ通り。だが、景気が上り調子で絶好調のため、店にやってくる客の金払いは良いようだ。

「シンガポールのキャバクラは主に接待で使われるため、日本人よりも外国人客が多かったですね。料金もボトル込みで2~3万円と比較的高く、客層も一昔前の歌舞伎町にいそうなバブルな人が多かったです(笑)」

 とはいえ、リッチな生活ができるかというと、そうでもない。理由は物価の高さ。日給約1万円もらえるものの、寮費が1週間で2万5,000円。外食は食堂で850円程度とそこそこするため、手元には残る額は少なかった。

「働いている日本人キャストの女の子は、将来事業を起こすことを考えていて、自分で何かやりたいという子が多かったです。あと、駐在員や現地の社長との結婚、玉の輿を夢見てる人が多いんですけれど、実際、かなう人はあまりいない。結局、日本に帰って、普通の日本人と結婚している子が多いから、そこに夢はないかも(笑)」

 そして、筆者が気になったのは、ここ最近、イオンモールができたり、街が激変しているというカンボジア。

「イオンモールは、お金持ちの人が買い物に行く感じで、周りはそんなに大きくは変わってないんじゃないかな。風俗街は、メコン川沿いに、置屋、ガールズバー、KTV(カラオケ)とかが結構あるんです。ぼったくりに遭うことも多いので、現地に住む日本人は日本人キャバクラか、日本人経営のスナックに集まっていましたね。駐在のお客さんは少なくて、自分で事業を立ち上げているアクの強い日本人が多かったです」

 ベトナムでは、番外編としてハノイの日本人向けガールズバーへも潜入。Tシャツと短パン姿で、女の子10人ぐらいとカウンターに並んで接客した。

「ハノイは夜遊びできる場所がほとんどなくて、22時には街全体が真っ暗になる分、働いていたお店はものすごく繁盛していました。街に日本人の女の子があまりいなくて、『うわ~、日本人の女の子がたくさんいる!』って、すごい喜んでもらえましたよ。お客さんは、出会いがなさすぎて、女の子と話すだけで、明らかに緊張してましたね(笑)」

 ちなみに日給は6,000円ほどで、寮費が1カ月で約5,000円。物価も安いので、なかなか楽しいハノイライフが送れそうだ。

 カワノ氏に聞いたところによれば、アジアの日本人キャバクラは、まだまだひとつの国に1~2軒存在する程度。その上、日本でキャバ嬢をしていた経験者が働いているケースは、極めて少ないという。閉塞感漂う日本に飽きたら、アジアへ飛び出し、現地の日本人キャバクラでナンバー1を目指してみるのも、ひとつの選択かも!?
(上浦未来)

アジア5か国でキャバ嬢やってきました&女のディープ夜遊びガイド
〜『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(カワノアユミ著)発売記念トークイベント〜
4/15(日) なんば紅鶴 19:00~

『女は二度決断する』新しいファシズムは見えない形で近づいてくる!! ネオナチ犯罪映画を撮った独監督が鳴らす警鐘

 ドイツでは海外からの移民を標的にした爆破テロが2000年~07年に相次ぎ、女性警察官を含む10名が死亡。さらにテロリストたちは活動資金を得るために、銀行や郵便局を襲撃した。ドイツ警察は移民系裏社会がらみの抗争と断定したことで初動捜査を誤り、犯人がようやく逮捕されたのは11年になって。捕まったのはドイツ人のネオナチグループだった。ドイツ警察における戦後最大の不祥事ともされるこの事件を題材にしたのが、ファティ・アキン監督の『女は二度決断する』だ。クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09)などで知られるドイツ出身の国際派女優ダイアン・クルーガー主演作で、トルコ移民である夫と息子を同時に失ったドイツ人女性カティヤを熱演したダイアンはカンヌ映画祭主演女優賞を、作品もゴールデングローブ賞外国語映画賞などを受賞している。トルコ系ドイツ人という独自の視点から映画を撮り続けるファティ・アキン監督に、本作が製作された社会背景について尋ねた。

──トルコ系移民二世であるファティ・アキン監督は、『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)ではトルコで起きたアルメニア人大虐殺、今回の『女は二度決断する』
ではネオナチ犯罪を題材にしています。日本では政治色の強い映画は資金集めが難しく、有名俳優も出演したがりません。アキン監督もそういった困難を味わったんでしょうか。

ファティ・アキン(以下、アキン) 政治的なトラブルにぶつかることはそれまでずっとなかったんだけれど、『消えた声が、その名を呼ぶ』のときは難しさを肌身に感じたね。僕がこの人と一緒にやりたいと思って声を掛けたトルコの俳優がいたんだけど、作品内容を知って彼には断られたんだ(トルコ政府はアルメニア人虐殺の事実を認めていないため)。トルコ政府やトルコ国民からの圧が掛かることを考慮してのことだったみたいだね。僕にとっては初めての体験で、驚いたよ。トルコを悪く言うつもりはないけど、トルコに比べると僕が生まれ育ったドイツはタブーと呼ばれるものが少ない、とても自由な国なんだなと『消えた声』のときは改めて思ったかな。

──ダイアン・クルーガーが主演した本作には、そういった難しさはなかった?

アキン ダイアンはカンヌ映画祭のパーティー会場で、初対面の僕にドイツ語で「機会があれば、あなたの映画に出演したい」と声を掛けてくれた。それもあって、今回の脚本は彼女をイメージして書いたんだ。さっきはドイツにはタブーがないと言ったけど、表現や言論の自由が認められているドイツにあって、唯一のタブー的な存在となっているのが“ナチス”なんだ。第二次世界大戦の反省もあって、ドイツの学校教育ではナチスが犯した戦争犯罪について学ぶことが義務づけられているし、今でもナチスものを取り上げる際は慎重にならざるを得ないし、ネオナチもジョークの対象にすることは難しい。でも、映画をつくるって、そういった既成概念を壊すことでもあると僕は思うんだ。ネオナチによる実在の犯罪を映画の題材にしていることに対して一部のメディアから攻撃されたこともあったけど、僕の映画監督としてのキャリアに傷がつくようなことにはならなかったよ。

──ドイツでは言論や表現の自由が守られているとのことですが、そのため鉤十字の旗を掲げたり、ヒトラー崇拝を謳わなければネオナチの集会も許されていると耳にします。実際のところはどうなんでしょうか?

アキン ノー、ノー! ネオナチの集会や活動は、決して認められているわけではないよ。でも、今のネオナチは昔と違って、外見では判断することができない。昔なら髪型や服装を見ればナチかナチじゃないかすぐ分かったけど、今のネオナチは普通のファッションで目立たないようにしているし、法律のことも彼らはすごく研究していて、どうすれば法の網に引っ掛からずに済むのかをよく考えて、巧妙に集会を開いたり、活動しているんだ。ドイツの国会ではネオナチの集会を禁じる法案が何度か持ち上がったんだけど、思想や言論の自由が憲法で守られているため、司法側に反対されて成立しなかったという経緯があるんだ。常識のある人はみんな、ネオナチは認めるべきではないと分かっている。でも、ネオナチは法律の抜け穴を上手にかいくぐって、気が付いたときには我々の前に現われている。そのことはドイツではすごく議論が交わされていて、メディアでも度々取り上げられてはいるんだけど、禁じる手がないというのが今のドイツの状況なんだ。

■現代のネオナチは『バットマン』のジョーカーのよう

 

──夫と息子を爆殺された主人公カティヤ(ダイアン・クルーガー)は、みずから証人として裁判に臨むことに。裁判を傍聴していた被告側の父親(ウルリッヒ・トゥクール)の姿が、とても印象に残ります。いかにも中流階級の真面目そうなお父さんで、何不自由なく息子を育てたはずなのに、息子はヒトラー崇拝者に育ってしまった。加害者家族のやるせなさ、不条理さを感じさせます。

アキン 右翼思想、ファシズム思想の人たちはすべての階級にいると僕は感じているよ。移民ヘイトしているのは、労働者階級だけじゃないんだ。特にネオナチは非常に高学歴で、洗練されたエリート階級の中にもいる。彼らにとってのアイデンティティー・ムーブメントなんだ。さっきも触れたけど、90年代の頃とは違って今は外見からはネオナチかどうか判別できないし、彼らが使うレトリックも以前は論破しやすいものだったけど、より巧妙なものに変わってきている。リベラル系のメディアの中にもネオナチが紛れ込んでいるケースもあるし、左寄りの政党に所属していた政治家が実はネオナチだと正体を明かしたこともある。まるで『バットマン』に出てくる悪役のジョーカーみたいに、普段はその素顔を隠しているんだ。

──本作のドイツ語の原題が「Aus dem Nichts(どこからともなく)」となっているのは、そういう背景があるんですね。

アキン 右寄りのテロリストたちの家族構成を調べてみると、両親は実はリベラリストであることが多いんだ。これは僕の推測だけど、子どもはどうしても自分自身のアンデンティティーを確立したいがために、親からなるべく離れたものを目指してしまうんじゃないかな。若者は特に過激なものへと走ってしまう。ドイツ赤軍派の女性メンバーは、父親が教会の神父だったなんてこともあったしね。僕の家族にもそれは言える。僕の父はすごく保守的な考え方だったけど、僕は若い頃に共産党を支持するなど、父とはまったく異なる政治的思想を持っていた。平穏な家族のもとで育っても、過激な政治思想を持つようになることは、決して珍しいことじゃないんだ。

──中盤まではリアルな法廷サスペンスとして展開しますが、やがて物語は予想外の方向へと振り切っていく。フランス映画の名作『冒険者たち』(67)で知られるロベール・アンリコ監督のもうひとつの代表作『追想』(75)を思わせるクライマックスです。『追想』もナチスが無辜の市民を虐殺した実在の事件を題材にしていました。そういった過去の作品からインスパイアされた部分はある?

アキン ロベール監督の作品はどれも観ているはずだけど……、『追想』は邦題だよね? 意識して撮ってはないけれど、意識下にはあったかもしれないね。ドイツに帰ったら、見直してみるよ。もちろん、僕が撮る映画は古今東西のいろんな作品から影響を受けているよ。ダイアン・クルーガーが夜の街を歩くメインビジュアルはポスターにもなっているけど、『タクシードライバー』(76)の主人公トラヴィス(ロバート・デニーロ)の妹みたいじゃないかい(笑)。ひとりぼっちで歩くダイアンの姿がトラヴィスっぽかったんで、スチールカメラマンに頼んでそのシーンを撮ってもらったんだ。

──『タクシードライバー』のマーティン・スコセッシ監督も、移民二世という立場から現代社会を描いてきた映画作家ですね。

アキン スコセッシ監督の作品は好きだし、彼と同じように僕もアジア映画からはすごく影響を受けている。ダイアンが身体にタトゥーを入れるシーンがあるけど、そのタトゥーはSAMURAIなんだ。ダイアンが演じているカティヤは、言ってみれば現代のSAMURAI。死してなお、忠義を持って仕える。彼女の場合は、家族に対する忠義というわけさ。社会の法律とは異なる、彼女なりの武士道を持っているんだ。テクニカルな面では、照明などは香港や韓国の犯罪映画をイメージしているよ。僕自身はドイツという西側の国の映画監督だけど、ヒップホップがいろんな音楽をサンプリングするみたいに、アジア映画のいろんな要素とドイツ映画とを組み合わせて、今回の映画は撮ったんだ。

──アキン監督が愛する音楽や映画のように、現実世界もいろんな文化が融合しあった豊かな社会になればいいのにと思います。

アキン 本当にそう願うよ。僕たちがつくる映画が異文化間の相互理解や交流に少しでもつながるよう、これからもがんばるつもりだよ!

(取材・文/長野辰次)

『女は二度決断する』
監督・脚本/ファティ・アキン 音楽/ジョシュ・オム
出演/ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・ムリエル・シャクラン、ヌーマン・アチャル、ヘニング・ペカー、ウルリッヒ・トゥクール、ラファエル・サンタナ、ハンナ・ヒルスドルフ、ウルリッヒ・ブラントホフ、ハルトムート・ロート、ヤニス・エコノミデス、カリン・ノイハウザー、ウーヴェ・ローデ、アシム・デミレル、アイセル・イシジャン
配給/ビターズ・エンド PG-12 4月14日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production, corazon international GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH
http://www.bitters.co.jp/ketsudan

●ファティ・アキン監督
1973年ドイツのハンブルクにて、トルコ移民の両親のもとに生まれる。トルコ系ドイツ人同士の偽装結婚を描いた『愛より強く』(04)がベルリン映画祭で金熊賞を受賞。ドイツとトルコを舞台にした『そして、私たちは愛に帰る』(07)でカンヌ映画祭脚本賞を受賞。庶民向けレストランのオーナー兄弟を主人公にしたコメディ映画『ソウル・キッチン』(09)でベネチア映画祭審査員特別賞を受賞し、30代にして世界三大映画祭の主要賞を制している。その他の監督作に、アルメニア人虐殺を描いた歴史大作『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)、青春ロードムービー『50年後のボクたちは』(16)などがある。

『女は二度決断する』新しいファシズムは見えない形で近づいてくる!! ネオナチ犯罪映画を撮った独監督が鳴らす警鐘

 ドイツでは海外からの移民を標的にした爆破テロが2000年~07年に相次ぎ、女性警察官を含む10名が死亡。さらにテロリストたちは活動資金を得るために、銀行や郵便局を襲撃した。ドイツ警察は移民系裏社会がらみの抗争と断定したことで初動捜査を誤り、犯人がようやく逮捕されたのは11年になって。捕まったのはドイツ人のネオナチグループだった。ドイツ警察における戦後最大の不祥事ともされるこの事件を題材にしたのが、ファティ・アキン監督の『女は二度決断する』だ。クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09)などで知られるドイツ出身の国際派女優ダイアン・クルーガー主演作で、トルコ移民である夫と息子を同時に失ったドイツ人女性カティヤを熱演したダイアンはカンヌ映画祭主演女優賞を、作品もゴールデングローブ賞外国語映画賞などを受賞している。トルコ系ドイツ人という独自の視点から映画を撮り続けるファティ・アキン監督に、本作が製作された社会背景について尋ねた。

──トルコ系移民二世であるファティ・アキン監督は、『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)ではトルコで起きたアルメニア人大虐殺、今回の『女は二度決断する』
ではネオナチ犯罪を題材にしています。日本では政治色の強い映画は資金集めが難しく、有名俳優も出演したがりません。アキン監督もそういった困難を味わったんでしょうか。

ファティ・アキン(以下、アキン) 政治的なトラブルにぶつかることはそれまでずっとなかったんだけれど、『消えた声が、その名を呼ぶ』のときは難しさを肌身に感じたね。僕がこの人と一緒にやりたいと思って声を掛けたトルコの俳優がいたんだけど、作品内容を知って彼には断られたんだ(トルコ政府はアルメニア人虐殺の事実を認めていないため)。トルコ政府やトルコ国民からの圧が掛かることを考慮してのことだったみたいだね。僕にとっては初めての体験で、驚いたよ。トルコを悪く言うつもりはないけど、トルコに比べると僕が生まれ育ったドイツはタブーと呼ばれるものが少ない、とても自由な国なんだなと『消えた声』のときは改めて思ったかな。

──ダイアン・クルーガーが主演した本作には、そういった難しさはなかった?

アキン ダイアンはカンヌ映画祭のパーティー会場で、初対面の僕にドイツ語で「機会があれば、あなたの映画に出演したい」と声を掛けてくれた。それもあって、今回の脚本は彼女をイメージして書いたんだ。さっきはドイツにはタブーがないと言ったけど、表現や言論の自由が認められているドイツにあって、唯一のタブー的な存在となっているのが“ナチス”なんだ。第二次世界大戦の反省もあって、ドイツの学校教育ではナチスが犯した戦争犯罪について学ぶことが義務づけられているし、今でもナチスものを取り上げる際は慎重にならざるを得ないし、ネオナチもジョークの対象にすることは難しい。でも、映画をつくるって、そういった既成概念を壊すことでもあると僕は思うんだ。ネオナチによる実在の犯罪を映画の題材にしていることに対して一部のメディアから攻撃されたこともあったけど、僕の映画監督としてのキャリアに傷がつくようなことにはならなかったよ。

──ドイツでは言論や表現の自由が守られているとのことですが、そのため鉤十字の旗を掲げたり、ヒトラー崇拝を謳わなければネオナチの集会も許されていると耳にします。実際のところはどうなんでしょうか?

アキン ノー、ノー! ネオナチの集会や活動は、決して認められているわけではないよ。でも、今のネオナチは昔と違って、外見では判断することができない。昔なら髪型や服装を見ればナチかナチじゃないかすぐ分かったけど、今のネオナチは普通のファッションで目立たないようにしているし、法律のことも彼らはすごく研究していて、どうすれば法の網に引っ掛からずに済むのかをよく考えて、巧妙に集会を開いたり、活動しているんだ。ドイツの国会ではネオナチの集会を禁じる法案が何度か持ち上がったんだけど、思想や言論の自由が憲法で守られているため、司法側に反対されて成立しなかったという経緯があるんだ。常識のある人はみんな、ネオナチは認めるべきではないと分かっている。でも、ネオナチは法律の抜け穴を上手にかいくぐって、気が付いたときには我々の前に現われている。そのことはドイツではすごく議論が交わされていて、メディアでも度々取り上げられてはいるんだけど、禁じる手がないというのが今のドイツの状況なんだ。

■現代のネオナチは『バットマン』のジョーカーのよう

 

──夫と息子を爆殺された主人公カティヤ(ダイアン・クルーガー)は、みずから証人として裁判に臨むことに。裁判を傍聴していた被告側の父親(ウルリッヒ・トゥクール)の姿が、とても印象に残ります。いかにも中流階級の真面目そうなお父さんで、何不自由なく息子を育てたはずなのに、息子はヒトラー崇拝者に育ってしまった。加害者家族のやるせなさ、不条理さを感じさせます。

アキン 右翼思想、ファシズム思想の人たちはすべての階級にいると僕は感じているよ。移民ヘイトしているのは、労働者階級だけじゃないんだ。特にネオナチは非常に高学歴で、洗練されたエリート階級の中にもいる。彼らにとってのアイデンティティー・ムーブメントなんだ。さっきも触れたけど、90年代の頃とは違って今は外見からはネオナチかどうか判別できないし、彼らが使うレトリックも以前は論破しやすいものだったけど、より巧妙なものに変わってきている。リベラル系のメディアの中にもネオナチが紛れ込んでいるケースもあるし、左寄りの政党に所属していた政治家が実はネオナチだと正体を明かしたこともある。まるで『バットマン』に出てくる悪役のジョーカーみたいに、普段はその素顔を隠しているんだ。

──本作のドイツ語の原題が「Aus dem Nichts(どこからともなく)」となっているのは、そういう背景があるんですね。

アキン 右寄りのテロリストたちの家族構成を調べてみると、両親は実はリベラリストであることが多いんだ。これは僕の推測だけど、子どもはどうしても自分自身のアンデンティティーを確立したいがために、親からなるべく離れたものを目指してしまうんじゃないかな。若者は特に過激なものへと走ってしまう。ドイツ赤軍派の女性メンバーは、父親が教会の神父だったなんてこともあったしね。僕の家族にもそれは言える。僕の父はすごく保守的な考え方だったけど、僕は若い頃に共産党を支持するなど、父とはまったく異なる政治的思想を持っていた。平穏な家族のもとで育っても、過激な政治思想を持つようになることは、決して珍しいことじゃないんだ。

──中盤まではリアルな法廷サスペンスとして展開しますが、やがて物語は予想外の方向へと振り切っていく。フランス映画の名作『冒険者たち』(67)で知られるロベール・アンリコ監督のもうひとつの代表作『追想』(75)を思わせるクライマックスです。『追想』もナチスが無辜の市民を虐殺した実在の事件を題材にしていました。そういった過去の作品からインスパイアされた部分はある?

アキン ロベール監督の作品はどれも観ているはずだけど……、『追想』は邦題だよね? 意識して撮ってはないけれど、意識下にはあったかもしれないね。ドイツに帰ったら、見直してみるよ。もちろん、僕が撮る映画は古今東西のいろんな作品から影響を受けているよ。ダイアン・クルーガーが夜の街を歩くメインビジュアルはポスターにもなっているけど、『タクシードライバー』(76)の主人公トラヴィス(ロバート・デニーロ)の妹みたいじゃないかい(笑)。ひとりぼっちで歩くダイアンの姿がトラヴィスっぽかったんで、スチールカメラマンに頼んでそのシーンを撮ってもらったんだ。

──『タクシードライバー』のマーティン・スコセッシ監督も、移民二世という立場から現代社会を描いてきた映画作家ですね。

アキン スコセッシ監督の作品は好きだし、彼と同じように僕もアジア映画からはすごく影響を受けている。ダイアンが身体にタトゥーを入れるシーンがあるけど、そのタトゥーはSAMURAIなんだ。ダイアンが演じているカティヤは、言ってみれば現代のSAMURAI。死してなお、忠義を持って仕える。彼女の場合は、家族に対する忠義というわけさ。社会の法律とは異なる、彼女なりの武士道を持っているんだ。テクニカルな面では、照明などは香港や韓国の犯罪映画をイメージしているよ。僕自身はドイツという西側の国の映画監督だけど、ヒップホップがいろんな音楽をサンプリングするみたいに、アジア映画のいろんな要素とドイツ映画とを組み合わせて、今回の映画は撮ったんだ。

──アキン監督が愛する音楽や映画のように、現実世界もいろんな文化が融合しあった豊かな社会になればいいのにと思います。

アキン 本当にそう願うよ。僕たちがつくる映画が異文化間の相互理解や交流に少しでもつながるよう、これからもがんばるつもりだよ!

(取材・文/長野辰次)

『女は二度決断する』
監督・脚本/ファティ・アキン 音楽/ジョシュ・オム
出演/ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・ムリエル・シャクラン、ヌーマン・アチャル、ヘニング・ペカー、ウルリッヒ・トゥクール、ラファエル・サンタナ、ハンナ・ヒルスドルフ、ウルリッヒ・ブラントホフ、ハルトムート・ロート、ヤニス・エコノミデス、カリン・ノイハウザー、ウーヴェ・ローデ、アシム・デミレル、アイセル・イシジャン
配給/ビターズ・エンド PG-12 4月14日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production, corazon international GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH
http://www.bitters.co.jp/ketsudan

●ファティ・アキン監督
1973年ドイツのハンブルクにて、トルコ移民の両親のもとに生まれる。トルコ系ドイツ人同士の偽装結婚を描いた『愛より強く』(04)がベルリン映画祭で金熊賞を受賞。ドイツとトルコを舞台にした『そして、私たちは愛に帰る』(07)でカンヌ映画祭脚本賞を受賞。庶民向けレストランのオーナー兄弟を主人公にしたコメディ映画『ソウル・キッチン』(09)でベネチア映画祭審査員特別賞を受賞し、30代にして世界三大映画祭の主要賞を制している。その他の監督作に、アルメニア人虐殺を描いた歴史大作『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)、青春ロードムービー『50年後のボクたちは』(16)などがある。

アラーキー告発で「モデルの弱い立場」浮き彫りに――業界のセクハラ横行が問題視されにくい理由

 世界的に有名な写真家・アラーキーこと荒木経惟氏の“元ミューズ”であるKaoRi氏が、ソーシャルメディアプラットフォーム「note」に「その知識、本当に正しいですか?」というタイトルで、荒木氏への告発文を掲載し、世間の関心を集めている。

 KaoRi氏は、荒木氏の被写体を務めていた2001~16年にさまざまな苦痛を経験したといい、その詳細を一つひとつ綴っているが、そもそも最初に違和感を覚えたのは、契約書がなかった点だったようだ。KaoRi氏いわく「それまで海外で一緒に活動したフォトグラファーたちは毎回、撮影同意書があり(中略)出版する場合にもその度ごとに同意書や内容確認が求められていました。ロイヤリティーに関して記載があるものもありました」とのことだが、一方で荒木氏とはこういった契約を一切結ばなかったという。

 それが影響してか、「撮った写真は、事前の報告もなく、いつの間にか私の名前をタイトルにした写真集やDVDにもなり出版され、世界中で展示販売されてゆきました」「撮影は、報酬を得ていたこともありましたが、パフォーマンスなど、無報酬のことも多々ありました」といった事態に発展。

 また荒木氏に「『ミステリアスで、なんでもする女』というようなイメージを公に晒されたことによって、日常生活は長い間、ストーカー被害に悩まされ」るなど、KaoRi氏の日常はどんどん蝕まれ、「あまりのストレスに、街中や飛行機の中で意識を失って倒れたことや、目を閉じたら殺されているかもしれないと身の危険を感じた日も少なくありませんでした」と当時を振り返っている。

 こうしたKaoRi氏の告発には、「モデルの地位はなぜこれほどまでに低いのか?」「モデルは写真家に搾取されるだけの存在に見えてしまう」といった指摘が出ているが、その背景について、弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士が次のように解説してくれた。

「“写真集”は、モデルに何らかの権利が発生するものではなく、あくまでカメラマン、出版社に権利(著作権)があります。モデルは“被写体”という扱いなんです。野良ネコの写真、航空機の写真、自然の風景写真、撮影に同意した一般人が写った街角の写真……いずれもカメラマンが、構図、光源、色彩などを調整して1つの芸術作品である“写真”を創作するものゆえに、『モデルがどうこう言う筋合いではない』というふうになるのではないでしょうか」

 「事前の相談もなく『KaoRi Sex Diary』というタイトルをつけられた」という事態も、こうした業界内の風潮にゆえに起こってしまったと推察される。

 またKaoRi氏は、「たくさんの人がいる前でわざと過激なポーズをとらせて、自分の手柄にするような言動をされたり、撮影と聞いてスタジオに行くと、自分のプロモーションのための取材撮影で、勝手に部外者を入れてヌード撮影を強いられたことも何度もありました」と撮影の強要があったことを明かしている。

 この点に関して、山岸氏は「“撮ってほしくない”にもかかわらず、強要すれば強要罪(刑法223条)が、また性的な意図があれば強制わいせつ罪(刑法176条)が成立するかもしれません」と述べるが、一方で、KaoRi氏が実際に荒木氏を訴えたとしても「“やらざるを得ない状況に追い込まれました”レベルでは、最終的には自身の意思に基づいた行動となりますので、強制・強要には当たらない」(山岸氏、以下同)と判断されてしまうようだ。

 「刑事告訴しようにも、おそらく捜査機関は、『強制されたことにはならない』として受け取らない(事実上の拒否)でしょうし、民事事件として損害賠償などを請求しても、恐らく通らないでしょう」というだけに、法的な観点からも、KaoRi氏がいかに弱い立場に置かれていたかが浮き彫りになってくる。

 KaoRi氏のような事例は、モデル業界、ひいては芸能界で、頻繁に起こっているのだろうか。

 水原希子もKaoRi氏の告発を受ける形で、インスタグラムのストーリー機能を用い、「私も20代前半の頃 ある企業の広告撮影で上半身裸になって手で胸を隠して撮影をする事があったんだけど、その時だけ何故か沢山の男の人、多分上層部であろう20人くらいの社員の人達がスタジオに来て、裸だから撮影中は見られたくないと伝えたけれども、写真を確認しなくてはならないからと言う理由で、結局、仕事だからと拒否できないんだよと言う理由で、沢山の男性に裸を見られる環境の中で撮影を強いられた事があった」と告白。「モデルは物じゃない。女性は性の道具ではない。みんな同じ人間。心を交わし合う事を忘れてはいけない」と訴えている。

 山岸氏は芸能界について「確かにセクハラは横行しています」と言い、しかし「『モデルに肌を露出させ、ポーズを取らせて撮影する』『テレビ映えの確認のために、足の太さを指摘する』『タレントの可能性を探るため(アダルトへの耐性を確認するなど)、ひわいな言葉をかける』……これらが、予め許容されることが盛り込まれた業界」と解説する。

 確かに、芸能界は特殊な世界だ。山岸氏が「ほかの業界、例えば、医療の現場、法律事務所内、コンビニエンスストアのアルバイトとは異なる場面であることを認識しなければなりません」と語り、“強要”という点に関して慎重な姿勢を取っているには、次のような理由があるからだという。

「当職が顧問を務める、あるAV関連会社にも、当初、自ら『AVに出たいです』と地方から出てきた女の子が、撮影を終え、出演料も得た後に、突然『強要されました』などと、うそぶき始めることがあります。ほとんどが、女の子のバックに変な輩がついて金づるを引っ張ろうとするケースです。昨今、AV出演の強要などが問題視されているようですが、今のAV出演契約書は、AV撮影の同意、作品の内容の説明、NG事項の確認、報酬の確認など、それこそ不動産売買の際の重要事項説明のように、細かく20条以上にもわたって構成されているのですが……」

 このように「強要された」とウソをつくケースは論外であるものの、一口に“強要”といっても、事実関係やどういった状況下にあったか、また「その業界にあらかじめ織り込まれている、盛り込まれている要素を無視していないか」を、冷静かつ客観的に見なければいけない……ということのようだ。

 KaoRi氏が荒木氏から受けた扱いは、「その業界にあらかじめ織り込まれている、盛り込まれている要素」だったのか。告発文だけでは判断できない部分があり、また、そもそも外の世界からは業界内のルールはまったくわからないものだ。KaoRi氏が当初驚いたように、海外の写真家からすれば、モデルと契約書を交わさない日本の写真家は“非常識”とみられるケースもあるのではないだろうか。明文化できない、ぼんやりとした業界の空気を大きく変えることは、並大抵のことではないと思われるが、KaoRi氏の告発が、同じような状況に立たされている人たちにとって何らかの希望となること、また業界内が健全な方向に向かっていくきっかけになることを信じたい。

ブランドバッグが“女のレベル”を決める!? 実業家男性の「セリーヌ以上希望」発言がお門違いなワケ

「女性と女性が持つブランドバッグのレベルは大抵相関している気がします。個人的にはセリーヌ以上を希望」

 オンラインメディア運営事業を行う、株式会社The Startup代表取締役の梅木雄平氏のツイートが大炎上を巻き起こしている。梅木氏は、女性の持っているブランドバッグのレベルが、女性のレベルと相関していると述べ、Twitter上で持論を展開。

「多分2018年のアラサー女子の程よい塩梅は、やはりセリーヌなのでしょう。おそらくこれが15‐20年前はヴィトンだった的な」
「アラサーでミュウミュウちゃんは辛い」
「女性の高級ブランドバック序列(独自調べ)
「100万~ エルメス
―――
60万~ デルヴォー、ヴァレクストラ
―――
40万~ フェンディ、ロエベ、シャネル
―――
30万~ セリーヌ、
―――
センス的に微妙~ ヴィトン、プラダ
―25歳まで―
ミュウミュウ
―超えられない壁―
フルラ」

 など、ブランドバッグと、それを持つ女性に対する考察を記した投稿は、瞬く間に批判の対象に。「女性をそんなふうに見ているのは、気持ち悪すぎる」「その人が気に入ったものがいいバッグなのでは」「ブランド物を持つのは自己満足であり、それで人を判断するのはよくない」といった、梅木氏の発言に嫌悪感を持つ声がネット上を飛び交っている状況だ。

 また、梅木氏の「多分、僕のように靴や鞄をがめつく見ている男性ってほとんどいなくて、むしろ女性同士で見られているのだと思います。あの子、30過ぎてまだミュウミュウ使ってるの?的な目で見られているのですよ。女性同士は残酷な世界ですからね」というツイートも、「女の敵は女とむやみに煽っている」などと、火に油を注いでいる。多くの人々が、こうしたブランドものによる女性の値踏み、またそれによって仕掛けられる“女VS女”の構図にイラ立ちを隠せずいるようだ。

 もともと梅木氏は、ネット上では「よく炎上している人」として有名である。2015年、彼が編集長を務めるウェブメディア「The Startup」にて公開された、「『炎上工学』というヒットコンテンツの法則」というエントリーでは、「炎上工学=『多くの人が関心を持ちそうなテーマ』×『極論』」という数式を紹介し、これを用いたコンテンツが話題を集めることを述べている。ゆえに、今回の「女性と女性が持つブランドバッグのレベルは大抵相関している気がします」発言もまた、「意図した炎上発言だった」と見る向きもあるが、その際に名前を出されたセリーヌ、またセリーヌの愛用者は、たまったものではないだろう。

 セリーヌは、1945年に女性実業家であるセリーヌ・ヴィピアナが、夫とともにフランス・パリで“皮革のオーダーメイド子ども靴専門店”を開いたことからスタートしたという。「自分たちの子どものために、職人が作った上質な靴を」との思いが、そもそものきっかけだったという。それが上流階級の人々の間で支持をされ、婦人靴やバッグ、アクセサリー、女性向けの服などの分野にも進出していったという歴史がある。それだけに、「女性のレベルうんぬんという話で語られるべきブランドではない」と指摘するのは、セリーヌとも関わりの深いファッションライターだ。

「セリーヌは、“ミューズ的な女性”がおらず、明確なターゲットを持たないブランドなんです。つまりそれは、『どんな女性にも身に付けてもらいたい』というブランド側の思いによるものと考えられます。セリーヌのバッグといえば、“機能性の高さ”が支持されており、働く女性に人気というイメージも強いですが、一方で専業主婦の方やお母さんにも愛用者は多いんですよ。またセリーヌは、よく“エフォートレス”という言葉で語られ、これは簡単に言うと“頑張りすぎない”“無理してない”という意味合い。そういった点からも、女性のレベルを決める、また女性同士が張り合う“バッグ”の話の例として名指しされるのは、ちょっと違うんじゃないかなぁと思ってしまいます」

 17年末、セリーヌのクリエイティブ・ディレクターを務めたフィービー・ファイロが退任を発表。18年秋冬シーズンが最後のコレクションとなり、現在、店頭に並んでいるのは、彼女の手がけたものとなる。

「彼女がこれまでに手がけたバッグといえば、『ラゲージ』『クラシックボックス』が有名ですね。彼女自身が、デザイナーであり母でありという立場のため、やはり『いろいろな女性に持ってもらいたい』という思いのもとコレクションを作ってきたんです。ファッションジャーナリストであるスザンナ・フランケルは、彼女を『誰かほかの人の目を惹くためのデザインではなく、着る人自身のためのデザイン』と評しており、またセリーヌを着る人は『他人の称賛を浴びるために着飾るのではない。彼女自身の喜びのためだけにそれを着る』とも言っています。今回話題になっているのはバッグではありますが、セリーヌのバッグを好む人は、誰かと競うためじゃなく、自分のためだけに持っていると、私は信じたいですね」

 セリーヌのバッグを愛用する女性たちが、そういったブランドの思いまで熟知しているかは定かではない。しかし、外野から投げかけられる悪意ある視線に屈しない気持ちとともに、セリーヌを持ち続けてほしいと願うばかりだ。