放送作家の深田憲作です。
「企画倉庫」というサイトを運営している私が「あの企画はどこが面白いのか?」を分析し、「面白さの正体」を突き止めるための勉強の場としてこの連載をやらせてもらっています。
今回のテーマは「水曜日のダウンタウンのおぼんこぼん仲直り回」です。…
24時間365日更新されるYouTubeの中でも、特に注目を集めるのが「急上昇」動画。ランキングを見てみると、芸能人や有名人が出演しているのに、意外と世間で話題になっていない“名作(迷作!?)”もチラホラあります。「見逃した!」なんてことのないように、急上昇No.1とおすすめポイントを毎週振り返っていきましょう!
月:指原莉乃「バッグの中身のついでにお気に入りバッグも紹介します!」
火:江頭2:50「今回はもう許さねぇ。お前ら、突撃するぞ。」
水:マフィア梶田と中村悠一の「わしゃがなTV」「【ゲスト:杉田智和】巨大ゲーセンに名物うどん! お腹が空いちゃう杉田さんとの思い出旅【Googleマップの旅】」
木:INI「[INI Holiday] まったり温泉旅 前編」
金:ハロ!ステ「【ハロ!ステ#433】モーニング娘。'22&Juice=Juice 新メンバー発表スペシャル!」
江頭2:50の「エガちゃんねる EGA-CHANNEL」では、無断で「エガちゃんねる割引」を実施している店に「一言物申ーす!」と突撃! 意外な展開に、視聴者から「感動した」とのコメントが相次ぎました。
“あたおか(同チャンネルの視聴者)”のタレコミによると、ある移動式のたい焼き屋が、“あたおか”を対象にした割引を勝手に行っているほか、店頭には同チャンネルのロゴが無断使用されているとか。動画の冒頭から怒り心頭の江頭ですが、その理由は「なんで俺に、先に(たい焼きを)食わせないのか!」ということのようで……。
早速、江頭は問題のたい焼き屋へ。驚きを隠しきれない店主は、江頭に割引を始めたきっかけを告白。過去に立ち直るのも難しいほどつらい出来事があったという店主ですが、「エガちゃんねる」を見始めたことで少しずつ元気になったそうで、“恩返し”として割引を始めたといいます。
そんな店主に、江頭は新商品を作ることを提案し、その場でチーズとカレーが入った「エガちゃんねるスペシャルたい焼き」が完成。そんな優しい江頭に、動画のコメント欄には「無許可使用を怒りに行くんじゃなくて、『俺に先に食わせろ』と言うところがエガちゃんらしい」「笑いながら泣ける動画だった、最高!」「自分も人生のどん底にいるけど、エガちゃんの動画に救われてる1人です」などと、好意的な書き込みが寄せられました。
タレント・指原莉乃が、私物のバッグとその中身を公開。ネット上では、高級アイテムの登場に驚きの声が続出していました。
まずは、「愛用中」だというロエベ、ルイ・ヴィトン、ザ・ロウの高級ブランドバッグを紹介した指原。特に最近はザ・ロウの「マルゴー」という黒いバッグが「すっごいお気に入り」だそうで、「皮が上質な感じ」「(ブランドロゴが主張しすぎず)あんまり嫌味っぽくないというか。だけど上品で」とポイントを説明します。
バッグの中身紹介では、自身がCMキャラクターを務めている「からだすこやか茶W」を真っ先にアピールする抜かりのなさを見せ、その後は、お直し用の化粧品と、ジバンシィのポーチに入れられたおやつを紹介。美容に関心が高いという指原は、クエストニュートリションというメーカーの「プロテインチップス」や、ローソンで買える「こんにゃくグミ」など、ヘルシーな商品をセレクトしているよう。しかし、前者については「紙においしい粉をつけたみたいな(味)」と、微妙な感想を語っていました。
そんな私物紹介がファンを喜ばせると同時に、「マルゴー」の定価は“50万円オーバー”だと話題に。コメント欄には「マルゴー持つなんて、さすが売れっ子!」「私には到底買えない憧れのバッグ」「ザ・ロウ買えるさっしー、かっこよすぎ!」などと、羨望の声が集まっています。
男性アイドルグループ・INIのチャンネルでは、新曲「CALL 119」と「We Are」のミュージックビデオ500万回再生突破記念として、温泉1泊旅行の様子を前後編で公開。ファンから「メンバーがかわいすぎて、ニヤニヤが止まらない」「みんな、本当に仲良すぎ!」などと喜びの声が相次いでいます。
前編では、車で神奈川県の温泉宿を目指すメンバーたち。道中、池崎理人が『鬼滅の刃』のキャラクター・鱗滝左近次のハイクオリティーなモノマネを披露すると、今度は後藤威尊が『ワンピース』のロロノア・ゾロの低クオリティーなモノマネを披露し、車内は大盛り上がり!
続く後編では、温泉宿の足湯や食事を楽しんだ後、和室に布団を並べて就寝。修学旅行のようなシチュエーションにテンションが上昇したメンバーたちは、西洸人の「修学旅行ごっこしようよ」という一言をきっかけに大はしゃぎ。
ノリのいいメンバーたちは、即興で「好きな人とかいるの?」「おい! 何組のヤツだよ?」「順番に言おう!」「俺、2組」「俺も2組なんだよ」「出席番号さ、前半か後半かだけ(教えて)」などと、“修学旅行あるある”ともいえる恋愛トークを繰り広げたのでした。
ジャニー喜多川さんが亡くなってから早3年。7月9日の命日にその功績を偲んで、ジャニーさんと縁が深いアメリカ・ロサンゼルスの「高野山米国別院」にお話を聞いてきました。同院は、僧侶だったジャニーさんの父が戦前に主監を務め、ジャニーさんきょうだいが生まれ育った場所。2019年8月、ジャニーさんが亡くなって1カ月後にジャニーズJr.の美 少年が同地で公演を行い、最近でもTravis Japanが訪れるなど、現在でもジャニーズ事務所とつながりのある寺院です。高野山米国別院の第10代主監、松元優樹さんにジャニーさんや喜多川家にまつわる歴史を聞きました。
・松元優樹(まつもとゆうき)
米国ロサンゼルスの高野山米国別院、第10代主監。1979〜82年まで高野山米国別院に開教師として赴任。その後、シアトル高野山に5年務めて帰国。2020年1月から高野山米国別院で主監を務める。
高野山真言宗の海外布教が始まって、公式には今年で110年になります。1912年、米国へ船に乗ってひとりのお坊さんがやってきました。ロサンゼルスには既に日本人の移民が住んでいましたので、浄土真宗はじめ、さまざまな日本の仏教がロサンゼルスで開教していました。真言宗の教宣に関しては1912年ということになっています。
高野山真言宗の組織は、いわゆる管長猊下(げいか)という宗教上のトップがおりますが、運営側のトップとして宗務総長というお役職があります。その下に、教学部長とか財務部長、法会部長というお役職があり、宗教団体としてのピラミッドができています。それが、高野山真言宗という宗教団体の組織です。
明治期、すでに日本人の海外移民は行なわれていました。中国大陸をはじめ、ハワイ、アメリカ太平洋沿岸地域に進出していた日本人に対し、高野山でもこれらの地域での開教に強い関心を持っていたのです。そこで、時の管長猊下より北米宗教事情を視察と開教を命じられた青山秀泰(しゅうたい)というお坊さんが、1909年(明治42年)、船に乗ってサンフランシスコに上陸したのでした。
その方がこの高野山米国別院、初代主監・青山秀泰先生であります。真言宗が北米大陸に初の布教所「米国大師教会」を設立したのが12年(明治45年)ですから、実に3年もの間、苦労を耐えて初志貫徹されたということです。青山先生は1921年(大正10年)に帰国されました。
青山先生の跡を継いで米国大師教会第2代主監に就任したのが高田宝戒(ほうかい)先生という方でした。高田先生は1922年(大正11年)から1924年(大正13年)まで主監をお務めになられました。この方も非常に秀才でして、説教をさせたらほかの宗派の人も敵わないというくらいお話が上手な方だったそうです。
そして、3代目が喜多川諦道(たいどう)というお坊さんです。この喜多川諦道先生こそ、ジャニー喜多川氏のお父さまです。この方の履歴が面白い。
世の中にはいろいろなタイプの人間がいるように、お坊さんにもいろいろなお坊さんがいます。諦道先生は、明治29年に大分県でお生まれになりました。諦道先生が13歳のとき、高野山に登って、お坊さんの修行を始めました。諦道先生のお葬式をしたのは、高野山の山の中にある普賢院様というお寺ですが、この普賢院様に、諦道先生は弟子入りをしました。その関係で、普賢院さんにお葬式をお願いをすることになったんだろうと思います。
諦道先生がお坊さんになった当時の普賢院様のご住職は、重松寛松僧正という方でした。重松僧正はいろいろな政界、財界の方と懇意にされていらしたそうです。その中のお一人が大隈重信さんでした。重松僧正が上京する際には、しばしば諦道先生をお伴としていたようで、諦道先生も、大隈さんから可愛がられていたようです。
そのようなご縁があったことから、諦道先生も胸の内に海外への関心は大きくなったようです。しかも、このような中央政財界の方から「あなたも、一度世界を見てきてはどうか」と勧められ、十分な餞別まで喜捨していただき海外に行く段取りをしました。こうして世界一周の旅の準備も整い、1923年(大正12年)9月15日の船の予約をとり、アメリカに向けて出港することにしていました。
ところが、9月1日に関東大震災が起こったために、諦道先生は一時渡航を延期してお見舞いのために上京されます。この時、永田秀次郎東京市長より犠牲者の供養を依頼され、遺骨を持って高野山までお帰りになったというエピソードが残っています。実際に諦道先生が外遊の旅に出たのは、翌年の1924年(大正13年)の2月でした。
また、こんな話もあります。外遊の準備を進めていた時、大阪の山下敬二郎外事課長という方が喜多川先生の「諦道」という名前を見て、「もしあなたが僧侶であるなら『開教師』の辞令を所持していたほうが何かと便利であろう」と助言をしてくれたおかげで、時の高野山宗務長であった藤村密幢師に願い出て辞令を交付してもらい、渡米したという経緯が残されています。
諦道先生は、サンフランシスコ行きの船に乗り合わせていた米国大師教会信徒の植松磯男氏のすすめで、ロサンゼルスの大師教会に参拝し、高田主監にあいさつをしました。そして、高田先生に手伝いを頼まれてしばらく滞留することになりました。
最初は2〜3カ月のつもりでしたが、高田先生が急に日本へ帰国することになり、「次の先生が来るまで」という約束で大師教会を任せられることに。しかし、なかなか後任者が現れなかったために、諦道先生は一大決心をして大師教会のために尽力することを決め、大阪から栄子夫人を呼び寄せたのです。ここに、喜多川諦道第3代主監が誕生したのです。
喜多川先生は、とにかく非常にユニークな方で、ご自身のことを「ヤクザ」「遊び人」と平気で言う方でした。とはいうものの、それだけにとどまる人ではなかったことは明らかです。そうでなければ、10年間も教会の運営に携わることなどできたはずがないのです。諦道先生の帰国後は、どういう経緯か定かではありませんが、大阪で「杵万」というおかき屋、ぜんざい屋をやったりするほどの方で、ちょっと桁外れな、お坊さんらしくない方ですね(笑)。
諦道先生は、1924〜34年まで10年間主監を務めました。その間に喜多川さんがやったことのひとつに、ものすごく大きなことがあります。それは「グループを作る」ということだったんです。
まず、真っ先に手をつけたのは、諦道先生の主監就任時にすでに衰退していた「大師教会婦人会」を復興させることでした。なんと、喜多川先生は教会で料理講習会を開いたのです。当時、ロサンゼルス第一と言われていた料理人を招き、日本料理から西洋料理に至るまでを講習してくれるというので、あっという間に大人気となり、教会に入り切らないほどの盛況ぶりであったと聞いています。その上達した料理の腕前を披露したのが、日本海軍水兵さんたちへの歓迎・接待会でした。
ロサンゼルスから南におよそ1時間のところに、サンペドロという港があります。そのサンペドロに日本からの軍艦が着く。軍艦が着くと、日系人はこぞって将校さんとか、いわゆる上の位の方々のお接待をしていました。
でも、諦道先生は違いました。高野山の婦人会はペーペーの水兵さんたちを「いらっしゃい。お接待してあげますから、うちにいらっしゃい」と招待していました。だから、その昔、高野山は「水兵さんのお寺」といわれるほどでした。
やがて、この高野山婦人会の奉仕活動は世間が知るところとなり、手伝いを申し出るご婦人方や食材を寄進してくれる人々も現れ、ロサンゼルス日系人社会では名物となっていったのです。この企画、立案、実行によって高野山婦人会が急速に充実していったことは言うまでもありません。
また、「ボーイスカウト第379隊」の結成は諦道先生の大きな功績の一つです。大師教会には信徒の子弟を中心に、青年会、少女会、日曜学校がありましたが、折り目正しい生活と、強い倫理観、責任感を養い、かつ全世界共通の規律によって規制された人種差別のないボーイスカウトのスポンサーになろうと、諦道先生は決心したのです。この隊はのちに、米国中で最も優秀な活動だと選ばれて、アメリカ大統領に謁見をすることになります。
そんなボーイスカウトの晴れ舞台は、2019年に美 少年(ジャニーズJr.)も出演した、リトルトーキョーのフェスティバル『ニ世ウィーク』(二世週日本祭)のパレードで先頭を行進すること。この行進は今でも続いているのです。諦道先生はボーイスカウト379隊の初代チャプレン(宗教的指導者)として名を残しています。
このように、エンターテインメントや、団体を立ち上げこと、人を喜ばすことにものすごく頭の切れた方が、実はジャニーさんのお父さまだったのです。
今ここは「高野山米国別院」という名前で、「米国大師教会」時代から名称と建物が変わっていますけれども、新しいお堂を作ろうというムーブメントを起こしたのも喜多川先生です。
諦道先生を中心に多くの人たちが集まってくるので、お堂が狭くなってどうにもならなくなりました。折りしも米国大師教会の地主であった会社から立ち退きを命じられ、ほかの場所へ移らなくてはならない事態が起こったのです。そして、このリトルトーキョーのど真ん中に土地を求めることになり、そして今「高野山米国別院」というのがここに建っているわけです。
さて、喜多川先生がいよいよ日本に帰ることになると、ものすごい活躍をした方だけに、当然地元の日系人からは惜しまれるわけです。「まだ帰らないでくれ」という署名運動も起こり、アメリカの日系人の新聞「羅府新報」に「温情開教師喜多川師出発。誰からも持たれし親しみ」というタイトルのもとに10年間に及ぶ師の開教生活を讃える記事が新聞に載ったくらい、帰国が悲しまれたそうです。
記事には、「大師教会開教師喜多川諦道師は愈々明日午後四時出帆の秩父丸に乗船,家族同伴帰朝の途に上る事になった。(中略)大師教会の事業は,救済,社会矯風,教育凡百の方面に亘って居るが,水兵の歓迎,困窮者の救助,下町方面の諸問題の解決等謂はば侠客的な潜行運動が多く,それは喜多川開教師の温情主義から発生した救民衆生済度で,在留同胞の実情からして無くてはならない一つの社会運動であった。従って個人的にでも団体的にでも同師の世話を受けた者は少なくない。今回の帰朝に際しても協会員は勿論一般同胞からも惜しまれて,引き止め運動なども起きたが事情止むなく,故国の教化界に入って活動することになったのである」(原文ママ)と載っています。
そして、喜多川さんは日系人社会から感謝状をもらって、秩父丸という船で、昭和8年(1933年)8月26日に長く住み慣れたロサンゼルスに数々の思い出を残して日本に帰ることになりました。
ここに、「高野山米国別院五十年史」というのがあります。その中に、喜多川諦道先生については、何ページにもわたって功績がつづられ、記録が残っています。
終戦から4年後の昭和24年(1949年)、ジャニーさんらきょうだい3人は学業修了のために、またロサンゼルスに帰ってきます。高校を卒業するためですね。それはごきょうだいがアメリカで生まれ、アメリカの市民権を持っていたからこそ実現したのです。そのときに米国別院にいたのが、高橋成通先生というお坊さん。喜多川諦道先生の後を受けてやってきた4代目の主監です。
ジャニーさんきょうだいは高橋先生とも面識があったので、よく別院にも出入りをしていたようです。それは、ジャニーさんの好きな芸能がたくさんあるところだったからです。父・諦道師が心血を注いできた芸能が、その後もこの別院で受け継がれていました。ジャニーさんは別院で催し物があるときは、よくアルバイトとしてステージ周りの手伝いをしていたそうです。
当時、ジャニーさんは、リトルトーキョーで写真館を営む、写真家であり米国別院の信徒である宮武東洋さんの家族と仲が良かったようです。この宮武さんは、戦前・戦中・戦後を通して日系人の写真を撮り続けた人物で、日系人界では名の知られた方です。
宮武さんは人気写真家で、戦後すぐの頃日本からロサンゼルスを訪れた有名人・芸能人のほとんどを撮影していて、宮武さんのアルバムには、1953年に訪米した当時の皇太子(現・上皇)も写っています。ここに、ジャニーさん兄弟と高橋さんの長女、フランセス中村さんが一緒に撮影した写真があります。フランセスさんは父の高橋先生と一緒に、諦道さんのお父様が営んでいたぜんざい屋を訪ねてごちそうになったこともあったそうです。
また、ジャニーさんが渡米した翌年の1950年に朝鮮戦争が勃発するのですが、彼はアメリカ国民として米軍に徴兵されています。その後、朝鮮半島での兵役を終えた後、ジャニーさんはアメリカには戻らず、経由地である日本に残り、そしてジャニーズ事務所を設立したのです。
日系人というのは、戦前・戦中・戦後を通じて人種差別の対象でした。私も40年前にロサンゼルスに来たときに、やっぱり差別を受けました。そういうこともあったので、日系人は戦前〜終戦後、自分たちの文化を外に発信することができなかったんです。
例えば日本の空手、柔道、剣道で「試合をしましょう」「会場を借りましょう」となっても、「日本人には貸さないよ」と言われる。そういうことが続きました。そこで、高野山はどうしたかというと、多目的ホールを造ろうと。試合をやったり、日本の浪花節や三味線のお師匠さんが来たときに披露できるようなステージもあるホールを。
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今、ここの高野山ホールのキャパシティは600人です。ステージがあって、その奥にお堂があります。お堂の前の戸板をパタパタと閉じると、お堂の中は見えない。このステージを使って、例えば浪曲や三味線や歌舞伎などもやっていた。ジャニーさんは、そういうショーがあるときに、ステージボーイとして大道具を出したり、小道具を渡したり、幕を閉めたり、ライティングをしたり、マイクロフォンをセッティングしたりしていました。
その後、ジャニーさんは日本に帰って、テレビ界に進出していくことになるんですけれども。おそらくジャニーさんの血の中には、お父さまのそういう「人を楽します」とか「人を喜ばす」という、その血がそのまま流れていたんでしょう。
また、ボーイスカウトを作ったり水兵さんを招待するくらい、お父さまは若い人たちを集めるのが得意だった。やっぱり影響されていたのかもしれないですね。やはり「血」と言いますか、「DNA」だと思います。
「別院百周年記念誌」には、フォーリーブスが訪問した記録も残っています。美 少年、Travis Japanと訪問が今でも続いているのは、喜多川ファミリーの心の中に、アメリカに対する感謝の気持ちと、米国別院への懐かしい記憶があるからだろうと思います。ジャニー氏、メリー女史とも、アメリカにおける数々の経験や、父親との高野山別院との関係を懐かしく感じていらしたことは確かでしょう。
現在、高野山にあるジャニーさんのお墓は、お父さまの喜多川諦道先生が弟子入りをした普賢院様の管理する墓所の一角にあります。それは取りも直さず、普賢院様と喜多川家との密接な関係の中で築かれたということでしょう。
喜多川諦道僧正というお父さまが、大分県から高野山に登って、そして普賢院というお寺のお弟子となり、そして「世界を見てこい」と言われて、アメリカへ渡った。そこではみんなに慕われて、慕われて、慕われて、そして日本に帰り、今度はその後を追うように、ジャニーさんがアメリカに戻ってきて、そこでさまざまなことを勉強した。そして日本に帰り、彼は花を咲かせた。そして帰ってゆく場所は、お父さんのふるさと、高野山だった。
「阿字(あじ)の子が 阿字の古里 立ちいでて また立ち還る 阿字の古里」という御詠歌があります。「あ」という字、「あ」という音はインド語の母音からきていて、日本語で「あ」は一番最初の音。英語でも「A」から始まります。「あ」という響きには、ものの始まりという意味があるんです。この和歌は「ものの始まりから始まった私たちは、またものの始まりに立ち返っていくのだ」という意味。大分から普賢院、アメリカ、やがて日本で花を咲かせて、また普賢院に帰っていった。すべては縁ですね。
2019年に美 少年が『二世ウィーク』でパフォーマンスをしたときのことです。JA CCC(日米文化会館)という、アメリカで一番大きな日系文化センターに800人が入るホールがあり、音響も素晴らしく、オーケストラもできる設備が整っています。そのホールの庭で、美 少年はパフォーマンスをしました。
JA CCCエグゼクティブアートディレクターの小阪博一さんが「パフォーマンスをするんだったら、高野山米国別院でやったらどうか」と言って、それで美 少年は別院でもやることになったわけです。
本当ならばJA CCCのホールでやれば800人入りますし、音響、照明、全て設備がそろっているからいいかもしれないけれども、ジャニーズ事務所も「高野山でやるんだったら」ということで、音響も照明も外部発注、電気も電源車まで入れて、『ARIGATO KOYASAN』コンサートをやってくれました。
今年は、Travis Japanに『二世ウィーク』へ出ないかとJA CCCがオファーをしましたが、なにかご予定があるのか修行中だからか(笑)、出演はかないませんでした。
私が主監に就任して2年半の間に、ジャニーズ事務所と関係ない若い人たちが、どこから聞いたのか「日本に帰る前にお参りさせてください」とコロナ禍であってもお堂にやってくるんです。「音楽をやってるなら、一度は別院を訪れたほうがいいよ」と言われたと言うんですね。私はホールの明かりをつけて、ステージでトップサスペンション(照明)を浴びさせてあげています。日本の芸能を楽しんでもらおうと奔走した人が作ったステージの上に、あなたは立っているよ、と。
こんにちは、元金融屋事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。
勤務初日。先輩社員の愛子さんから、朝礼前に済ませておかなければいけない掃除箇所や開店準備の仕方を教わっていると、社長が出勤するなり、共に清掃中であった営業社員を集めて言いました。
「M自動車がバックレた。債権は150万。各自役割分担して、早急に保全を図れ」
一体何が起こったのかと困惑していると、先輩が「借りたお金を返せなくなったM自動車が逃げたってこと。これから僕たちは貸した分を回収しに行くんだよ」とこっそり教えてくれました。社長の手には「不渡速報」と書かれたピンクの小冊子が握られており、そこで得た情報をもとに話を進めているようです。
するとまもなく、営業部長の伊東さんが席を立ち、重要確認事項というタイトルをホワイトボードに書き込み始めました。債務者(M自動車)の会社概要をはじめ、社長と連帯保証人の個人情報や所有不動産、売掛先の一覧、車両などの資産状況が詳細に書き出されると、その脇に「担当」と「結果」という枠を設けて表を完成させます。
どうやら連帯保証人は、別所帯で暮らす息子のようで、取引には関係ないだろう子どもが通う学校名、嫁の実家住所までもが確認事項とされており、少し不穏な気分になりました。
「担当の小田は、伊東と会社。佐藤と藤原は社長の自宅、鈴川と田代は保証人関係を洗え。社長本人の身柄を押さえたら、すぐに連れて来い。俺は事務所で登記書類と債権譲渡の段取りをしておくから、弁護士や他業者に介入されたら、すぐに連絡するように」
まだガラケー初期の時代であったため、社員たちは現場までの道程を赤ペンで記入した地図を用意します。また、M自動車から150万円を回収できない場合に備えて、借用証のコピーを用意し、いつでも担保や連帯保証人を取り込めるようにと、まっさらの契約書類と朱肉のセットもあわせてバッグに入れて出動します。手早く準備を済ました社員たちが、あっという間に事務所を出ていくと、ここで初めて社長から声をかけられました。
「初日から不渡が出て、少し驚かせてしまったかな。これが毎日ってわけじゃないから、そんなに怖がらないで大丈夫だよ。みんな揃ったときに、きちんと紹介するから、それまでは先輩の愛子さんに日常業務を教えてもらうように」
私の担当は、営業事務と経理補助。掃除やお茶出しなどの日常業務はもちろん、不動産謄本や信用情報の定期閲覧、印鑑証明の期日管理などが主たる仕事です。見たことのないものばかりで、初めこそ少し不安に思っていましたが、慣れてしまえば簡単なことでした。
いい機会だからと、愛子さんに情報端末の操作方法を教わりながら、M自動車の社長の名前と生年月日を入力して、信用情報を取得してみます。排出されたレシートの上部には、住所、氏名、生年月日、電話番号、勤務先、勤務先電話番号などの情報が明記されており、その下には多くの数字が羅列されていました。
レシートの長さは、与信審査の回数や借入件数の多さに比例し、短いほど信用のある人だと判断されるそうですが、M自動車の社長の信用情報は、素人の私が見ても多重債務者とわかるほど長いレシートで提供されます。
「やっぱりたくさん申し込んでいるわね。ここ数日の信用照会(新規申込や追貸の問い合わせ)を見ると、7件もの業者に新規で申込みして、そのうち1件が実際に貸し付けしてる。これによると保証人も同じ人をつけているようね」
「そんなことまでわかるんですか?」
「これ、全部番号で書いてあるから、何がなんだかわからないでしょ? でもね、見方を覚えてしまえば、いろいろと見えてくるものなのよ」
愛子さんによると、M自動車の社長は返済の遅延などはしてないものの、商工ローン業者やサラ金など、複数の業者から限度額一杯まで借り入れをしているとのこと。大手自動車ディーラーに籍を置く息子も、同様に複数の借り入れがあり、その日付から、父親の資金繰りに巻き込まれている様子が見て取れました。取得した信用情報のレシートを、書類作成に勤しむ社長に見せると、あからさまに顔をしかめながらも、どこか楽しそうにつぶやきます。
「最後に摘まみ(金融業者から借入すること)やがって。これは飛んでいるな」
「飛んでいる?」
「もう夜逃げしてるってこと。不渡を出した翌日にサラ金から借りているから、最後に摘まんだ金を持って、どこかに潜伏しているんだろう」
「夜逃げする人、本当にいるんですね……」
「ああ、たくさんいる……」
昼前になると、現場に向かった社員からの報告が相次ぎ、大体の状況がわかってきました。どうやら借主の社長と連帯保証人である息子は、事後を弁護士に一任して身を隠しているらしく、会社や自宅などの玄関には、担当弁護士の介入通知が貼られ封印されているようです。社長の読み通り、すでに夜逃げしている状態といえ、ホワイトボードに書かれた情報の意味合いが理解できました。
「建物の中に誰もいないのなら、破って入れ」
この時はわからなかったのですが、「破って入れ」という言葉の意味は、弁護士の封印を破って物件を占有しろという意味でした。占有とは、実際に居座って物件を支配することで、賃借権の実力行使というべき強硬手段です。こうなってしまうと、所有者本人はもちろん、第三者の立ち入りは許されません。このようにして手に入れた賃借権を売却、または転貸することで150万円の回収を図っていたのです。
いまこんなことをすれば世間を騒がせるくらいの大事件になるでしょうが、平成16年に改正法が施行されるまでは横行していました。たとえ他業者と城(占有対象物件のこと)の取り合いで警察沙汰になっても、厳重注意、最悪でも書類送検くらいで済まされていたのです。
「“看板”を出したら、応援が到着するまで、誰も入れるなよ」
看板を出すといっても、A3のコピー用紙に社名と電話番号が大きく書かれたものを、玄関に貼るだけのこと。貼り出し方はもちろん、看板に使用される勘亭流の字体が、穢れを外に漏らさぬよう、家人の死を周知させる忌中用紙と同じで、法人の倒産は人の死と変わらぬものだと実感しました。
この日は昼すぎから続々と強面の人たちが会社に集まって、ヤクザ事務所と見紛うくらいの状況になりました。社長と来社された方があいさつを交わしています。
「ご苦労様です」
「おう、お疲れさん。今回も、よろしくな」
企業舎弟ではないものの、ケツ持ちと呼ばれる暴力団関係者との関わりは深く、物件を占有する時や回収現場で大きな揉め事が起きた時には、結束力が強く、集結していました。社長個人の先輩後輩や個人向けの闇金業者など、グループ会社も複数あり、有事には殴り込みにいくような雰囲気が醸成されます。以前、地元の大親分の葬儀を経験していたこともあって私は平気でしたが、普通の人ならば採用を辞退してしまうレベルの環境といえるでしょう。
「念のため、賃貸契約書の写しも持っていけ」
M自動車社長らから署名捺印をもらっていたという白紙の賃貸契約書に、各物件の詳細と特約を書き込んだ社長は、そのコピーと数万円の経費を各グループに持たせて現場に送り込みます。結局、この日はM自動車の会社(工場)と自宅、連帯保証人の自宅を占有することになったようで、社員のみんなは事務所に戻れず、入社の挨拶はできないまま帰宅することになりました。
1日が目まぐるしく、まるでヤクザ映画を見た後のような心境になっていた私は、続きを楽しみに早寝した次第です。
※本記事は、事実を元に再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)
7月5日放送のドキュメンタリー番組『笑いの正体』(NHK総合)で、MCの中居正広がかつて複数回出演したバラエティ番組『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)は「一言一句、全部台本」と明かし、ネットユーザーから驚きの声が上がった。
「フジテレビで1996年10月から2018年3月まで、約22年放送された『めちゃイケ』は、ナインティナイン・岡村隆史と矢部浩之を中心に、よゐこや極楽とんぼ、オアシズといったメンバーが出演していた大人気バラエティ。中居は不定期で『中居&ナイナイ日本一周』という人気企画に出演し、自身のファンや番組ファンを楽しませていたのですが、今回の『笑いの正体』で、『めちゃイケ』は一言一句、全部台本通りのセリフで、リアクションや間の取り方についても、参考VTRが用意されていたと暴露したんです」(芸能ライター)
その上で、「だから僕は『めちゃイケ』、やっていてまったく面白くない」と“ぶっちゃけ”た中居に、ネットユーザーは「みんな楽しそうにしてたけど、全部やらせだったの!?」「中居くんが『めちゃイケ』で見せる素の感じ、好きだったけどな~」といった反応を示していた。
「『めちゃイケ』は平成を代表する伝説的番組の一つといえますが、これまでにもさまざまな“裏話”が明かされ、そのたびにネット上で波紋を呼んでいます。例えば、18年11月に放送された『ジンギス談!』(HBC北海道放送)では、よゐこ・濱口優が『共演者同士が楽屋で話したりしていると、(番組スタッフに)めっちゃ怒られてた』と告白。“面白い話は本番でするもの”という番組サイドの方針だったようですが、本番前にあいさつのため共演者の楽屋へ行くことも許されていなかったとか」(同)
なお、『ジンギス談!』MCのタカアンドトシ・トシも、『めちゃイケ』収録に臨むよゐこ・有野晋哉とメイクルームで会ってもテンションが低かったことを振り返っていた。
「さらに、今年6月放送のラジオ番組『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)では、ナイナイの岡村と矢部が、『めちゃイケ』に不定期出演していた江頭2:50の“流血騒動”を明かしています。フジテレビの局内で江頭を胴上げするシーンで、天井を突き破り流血させてしまったことがあるんだそう。『めちゃイケ』ではいつも体を張っていた印象の江頭も、この時は『マジか』と困惑していたといいます」(スポーツ紙記者)
この流血シーンはオンエアされなかったというが、岡村いわく「江頭さんって、めちゃくちゃ『めちゃイケ』で血出てる」「みんななんかね、どっかでケガしてる。ただ江頭さんが一番多かった」とのこと。ネット上には「危ない現場だな」「面白い番組だったけど、コンプライアンスは完全無視だったんだろう」「さすがに流血沙汰はヤバい」といった声が寄せられた。
「岡村とオアシズ・光浦靖子が19年2月放送の『人生最高レストラン』(TBS系)に出演した際には、『めちゃイケ』最終回後に打ち上げがなかったと告白。岡村が『「めちゃイケ」なんか打ち上げやったことないし。そんな番組だったから』と述べると、光浦も『(深夜放送時代から)25年ずっと一緒にやってきたのに、びっくりしちゃった。「あっ、打ち上げやらないんだ?」って』とコメントしたんです」(同)
また、このところYouTuberとしても活躍している江頭も、昨年11月にサブチャンネル「エガちゃんねる ~替えのパンツ~」で公開した「【相関図】江頭の交友関係をまとめてみた。」という動画内で、『めちゃイケ』の打ち上げは「全然なかった」と発言。
「江頭によると、番組の総監督・片岡飛鳥氏の『甘えが生じる』との考え方により、打ち上げが行われることはなかったそう。ただ、最後の収録時、スタジオで乾杯する程度の『ちょっとした打ち上げがあった』といい、江頭はその際に“仮病”を使って『ちょっと家に来てくんない?』とお願いする形で、岡村の連絡先をゲットし、『ちょっと仲良くなった』とうれしそうに振り返っていました」(同)
終了後もたびたび裏話が飛び出す『めちゃイケ』。視聴者だけでなく、出演者にとっても思い入れが強い番組だったということだろう。
7月11日に投票締め切りが迫った「ジャニーズダンス楽曲大賞2022上半期」。今年上半期に発表されたジャニーズ楽曲の中から、ジャニーズファンの投票によって振り付けやダンスパフォーマンスのベスト1を決定するという企画です。
全17曲の対象楽曲のうち、現在トップに立っているのは、King&Prince「ichiban」。2位にSnow Man「ブラザービート」、3位にはなにわ男子「The Answer」がランクインしています。ジャニーズファンの投票結果も気になるところですが、今回はYouTubeチャンネルも人気のプロダンサーチーム「RAB(リアルアキバボーイズ)」にベスト3を聞いてきました!
・涼宮あつき
RABメンバー。世界的に有名なブレイクダンスの祭典”BATTLE OF THE YEAR”で日本1、国内のB-BOYソロバトルの中でも超ハイレベルな大会”Hook up”で優勝するなど、実力派ダンサー。漫画とアニメが好きで、アニソンでダンスをするA-POPダンスバトル『あきばっか~の』を主催。
・マロン
RABメンバー。声優やアイドルの振り付けや、RABでも振付けを担当している。漫画家としても活動し、『RAB(リアルアキバボーイズ)の日常描いてみた』(ライブコミックス)は単行本化。
・ネス
RABメンバー。A-POPシーンの日本一を決める大会『アキバストリート』を連破、『あきばっか~の』で優勝。タットダンスの日本一を決める大会『ARMS』で優勝し、世界大会DDLでのエキシビジョンバトルでNYに世界進出を果たす。
マロン 1位はキンプリさんの「ichiban」ですね。確実に世界を狙っているな、と感じさせるダンス技術と構成、気合の入りようがちょっとほかの楽曲よりずば抜けてましたね。
涼宮 良い意味でジャニーズっぽくないというか、完全に世界基準という感じでした。僕たちダンサー目線でいうと、すごいコアなダンスの技術も詰め込まれている一曲。それなのに、メンバーがただ振り付けを踊っているわけじゃなくて、“ダンスを踊っている”という感じなんです。
ベースはヒップホップダンスのSWAGといわれているジャンルだと思うんですけど、これがむちゃくちゃ難しいジャンル。めちゃくちゃ見た目がかっこいいので、踊りたいとはみんな思うんですけど、難しくて扱いにくいというか。それなのに、キンプリさんはそれを選んでやって、しかもクオリティがすごく高い。単純に、このジャンルを選んでやっているということ自体がすごいなと思いますね。
マロン ジャニーズさんは、振りをファンと共有するというか、一緒に楽しめる振り付けが多かったイメージなんですけど、今回、完全に突き放しにかかっているなと。アーティストは「憧れ」と「共感」といわれていて、今までのジャニーズさんは「共感」のほうがどちらかといえば強かったんですけど、今回のキンプリは「憧れ」のほうに行こうとしている気がしました。
K-POPの今の勢いに負けないように、「俺たちがイチバンだ」というのをダンスで出そうとしているな、というのがこの一作に表れているなと。そこにKREVAさんの歌詞とかも合わさって。これはダンサーとしてかなり食らっちゃいましたね、正直。
ネス 小手先じゃない感じがすごいというか。ちゃんとダンスを理解して踊っていないと、ここまでにはならないなという感じです。圧倒的なアーティストになろうとしている気合が伝わってきますね。
涼宮 ダンサーから見ても、一般人から見ても「すごい」と思わせるのは、結構難しい。僕らがやっているダンスは、ダンサー向けに踊ることもあれば、一般人に向けて踊らなきゃいけないときもあって、その使い分けがすごく難しいんです。でも「ichiban」は、誰がどう見ても「この人たちはうまいな」と思わせることをやってのけている。それは見せ方がうまいのと、ダンスのショーとしても完成されているのと、さらに歌っていらっしゃるので、パフォーマンスとしてもできている。今までのジャニーズさんにはなかったものを感じました。
ネス そうですね。たしかにSWAGは、手の動きとかはわかりやすいものが多いんですけど、それを上手に見せるのがすごく難しいジャンルなんです。だから、相当やりこまないと一般人にもダンサーにも「うっま!」と伝わりづらいというか。これをアイドルがやってるのは「マジ?」となりましたね。
マロン あとメンバーの平野(紫耀)くんと高橋(海人)くんの存在感がすごい。高橋くんはジャニーズいちダンスがうまいといわれているくらいなので、まずダンサー目線から見てもめちゃくちゃうまいですね。平野くんは存在感がすごくて、たぶん圧倒的カリスマ性。そこがすごく光っている感じがしますね。
涼宮 今までキンプリさんみたいなタイプの人たちって出てきてなかったので、僕らプロダンサーからするといい意味で「商売上がったり」というか。こんな、イケメンでかっこよくて楽曲も良くて、僕たち勝てる要素なくなっちゃうみたいな(笑)。
ネス やめてくれー! みたいな感じ。
マロン 本当そうですね。唯一僕たちが勝てるところがそこだけだったのに、ダンスのコアな技術の部分だけだったのに、そこまで手出されちゃったらもう。
マロン キンプリさんは「突き放すようなアーティスト感」だったんですけど、「ブラザービート」はちょっとマネしたくなるキャッチーな振りと、本格的なダンスの技術がちょうどいいバランスで入っていて、すごく魅力的だなと思いました。ちょっとした振りに見えても、実はボディコントロールが必要だったりするんですけど、見ている側に難しさを感じさせないで、サビは一緒に踊りたくなる。でも、間奏部分はむちゃくちゃ細かい踊りをしたり。見ている側がマネしたくなるし、派手な動きも入っていたりして、エンターテインメント作品としてむちゃくちゃ完成されているものだなと思いました。
ネス メンバーが出ているアニメの『おそ松さん』の実写劇場版でしたっけ?
涼宮 そうそう。実写の劇場版ということで、ハードルもすごく高かったと思うんです。でも、この曲とMVを見たときに、ある種、原作の『おそ松さん』をいい意味で超えている部分もあるなと思いました。ダンス的なジャンルで見ると、ソウルダンスが多く組み込まれていて、ソウルダンスはパーティーダンスともいわれています。どちらかというと「みんなで一緒に踊ろうよ」みたいな、共有的なダンスなんです。そういうことを意識して振り付けで入れているんじゃないかなと思いました。BPMも心地よくて、ソウルステップが映える曲ですよね。
マロン 『おそ松さん』という作品に対するリスペクトをすごく感じる。なるべく『おそ松さん』ファンを裏切らないように、ということはめちゃくちゃ意識しているんだろうと思います。例えば、ちょっと古くさい、昭和くささのあるダンスというか。サビのあの振りは漫画感というか、赤塚不二夫の良い感じのダサさがある。
ネス ジャニーズさんは「国民的アイドル」というイメージが僕の中にあって。世界に向けているのがキンプリさんで、国民みんなに向けて、「国民みんなで盛り上がろう!」という曲が、これだなという印象です。だから、2つはまったくタイプが違って正反対。本当に評価というか、順位をつけられない。どっちも好きですね。
マロン Hey!Say!JUMPさんの「春玄鳥」。この曲は僕が好きで推薦しました。僕、お仕事でいろいろな振り付けを作ってるんですけど、その目線で見て、この作品は構成がむちゃくちゃ良いのと、曲自体も透明感があってとても良いと思ったんです。Hey!Say!JUMPさんって「狼青年」なんかだとヒップホップをがっつり踊ったりして、元々技術が高いと思うんですけど、これはガチな部分とラフな部分がちょうどいい感じなんですよね。腕を振るシーンとか、人によって動かす幅が違っていて、そこにキャラクター性が出てたりする。あと、構成的にちょっと食らうのは、非対称がすごい多いんですよ。
ネス 左右非対称のアシメが多いですね。
マロン どうしても構成を考えるときは、左右対称だったり、ちゃんと真ん中で割れるように作るんですけど、この曲は非対称が目立つ。7人いるメンバーうちの3人がキックをしていたり、こっちのほうでは違うことをやっていたりとか、振り付けを作る側からすると勇気のいることをやっている。そういうのもありつつ、一人ひとりの個性もちゃんと出ているというところで、結構、自分は食らいました。
ネス ダンサーだと振り付けが「そろってない」となるところが、アイドルだから「色が出てる」になってるんだなという感じはすごくありますよね。振りをそろえてない。でも、それがいいんだ、ってなるんですよね。僕としても新しかったです。
涼宮 ダンスが技術志向になっていく中、あくまで自己表現なんだよ、ということを感じてハッとさせられる。例えば、7人のメンバーがほとんど同じ衣装で、ダンスがビタぞろいだと、特定の一人を目で追うことはあまりないですよね。「この人はクールに手を振ってるな」とか「この人は思いっきり手を振ってるな」とか、一人ひとりに目がいかない。「この人好きだな」って、ならないんです。そういう目で見ても、アイドルの中で百戦錬磨という感じはしますよね。タレント力といいますか、個人としてのアイドル力というのかな? そういうものが高くて、それぞれのキャラクターがすごくわかりやすい。
マロン これを見たときに「Hey!Say!JUMPさんのこと好きだな」となったんですよね。踊っているのを見ただけで好きになった、ということのすごさです。技術もあるからこそなんですけど、「見て好きになるダンス」というのは、一番の最高峰だと思います。人が理屈じゃなくて好きになるという、それこそ魔法ですよ。「春玄鳥」にはそれがあったので、これはすごいなと思いましたね。
涼宮 ファミリー感があるんですよね。僕らの世代が見てたジャニーズさんって、見てて幸せな気持ちになるのが魅力で、この曲にはそれがちゃんとある。ダンススキルとしても、次世代の技術も入ってるし。
マロン Hey!Say!JUMPさんは中間ですよね。僕たちの時代でいうと、ジャニーズはSMAPさんとか、V6さん、TOKIOさんを見てきたんですけど、そこと今のキンプリさん、Snow Manさんのちょうど間が、Hey!Say!JUMPさんだと思うんです。そのどちらのニュアンスもちょっと入っている感じがします。ジャニーズのダンスが変わっていく転換期にいたグループだからこそ、Hey!Say!JUMPさんにしか出せない色みたいなのが、逆にあるんだろうなとは思いますね。
マロン またSnow Manになっちゃいますが、「REFRESH」もすごかったですね。振り付けがすごく良くて。大体、サビ振りには激しい動きを出すんだけど、この曲はすごい細かいのを出してきた。あえて引き算を持ってきたというところが、とても良いなと。
ネス 妹がジャニオタで「WESTを見ろ」ってずっと言われていたのもあって、個人的にはWESTさんを応援していたりします。「Mixed Juice」はめっちゃ好きでしたね。僕は手を使うタットダンスをというジャンルをやっているんですけど、この曲は指先まですごくきれいで。 PVの楽しさにも、WEST感がやっぱり出てますね。
涼宮 KAT-TUNさんの「STING」は、僕たちの時代の、小さい頃に見ていたときの“あのジャニーズ”という感じがして、すごい良かったです。懐かしい気持ちになりました。あれはもう、踊りのジャンルでいうとたぶん「ジャニーズ」なんですよね。明確にいうとフリースタイルという言い方になってしまうと思うんですけど。
マロン キンプリさんは、今までのジャニーズになかったやり方を今打ち出そうとしているので注目しています。ついにジャニーズが本格的に世界に照準を合わせてきたか、という感じがしていて。今、K-POP一強だなんていわれている時代だと思うんですけど、そこに一石を投じるようなグループになるんじゃないかな、とわくわくしてます。同じ日本人のダンサーとして誇らしいというか。自分が誇らしいと言うのもおこがましいんですけど。
涼宮 僕はSnow Manさんです。アクロバットな部分と、今までのジャニーズさんの中でも1個とび抜けた技術に注目してます。「ブラザービート」を見て思ったんですけど、デビュー当時、「DD」あたりは、すごく「かましてやる」という感じがしてた。ほかの人たちと差をつけるために、体を張ってアクロバットをやってる印象だったんです。でも、「ブラザービート」はすごく“抜き”が出てきたというか、リラックスした感が出せていた。自然体のダンスが出てくるようになったので、生意気なことを言うと、またここから1個、Snow Manさんは伸びるんじゃないかなと思ってます。すごく注目したいですね。
ネス ジャニーズWESTさんに頑張ってほしいです。僕は「ギャップ」にやられちゃうところがあって。「Mixed Juice」のような元気な曲もあれば、わりとしっとりしたR&Bみたいな曲もあって、幅が広くてギャップも強い。その分、曲によって踊りのジャンルも変えなきゃいけないと思うんですけど、ちゃんと使い分けて踊れている。ジャニーズとしての戦闘力の高さみたいなところを、やっぱり感じますね。バラエティ番組とか見てるので、人としてもすごい好き。タレントとしてすごく応援しています!
涼宮 僕らが最初にダンス始めたのって20年くらい前なんですが、そのときにダンスの手本としてあったのは、ジャニーズさんだけだったんです。ジャニーズJr.さんとか、SMAPさん、嵐さんとかいて。当時、全然ダンスの情報や知識もなかったので、振り付けとかを見よう見まねでやったりとかしてたんですよ。ダンスを始めるとき、ジャニーズさんのダンスは通る道でもある。
そう考えると、今の若い子たちは、キンプリさんを経由してダンスを始めると思うんですよ。最初の入り口の段階で、すごく水準の高いものに触れる。キンプリさんを見てダンス始めるような子たちは、間違いなくこれから世界に通用していくようなダンサーになるだろうと思いますね。
マロン キンプリさんが日本のダンスの水準をぐっと上げているでしょうね、今。
■『SUMMER SESSION RAB IN 日比谷野外大音楽堂』開催!
日程:2022年7月10日(日)
時間:OPEN 16:45 START 17:30 END 20:00予定
場所:日比谷野外大音楽堂
受付URL:
ローソンチケット https://l-tike.com/rab/
イープラス https://eplus.jp/rab0710/
ほか
配信チケット:
ローソンチケットhttps://l-tike.com/rab/
オシャレなグッズから便利グッズまで、思った以上に何でもそろう「スリーコインズ」。「コスパ最高!」なグッズもあれば、「これってどうなの?」なグッズもちらほら……。そんなスリコワールドを、ズボラなアラサー女子がご案内! 私見全開でバシッとレビューしていきます。
便利度:★★★★☆(どこでも置きやすい!)
コスパ:★★★★☆(拡大鏡もついていてお得♪)
持ち運びやすさ:★★★☆☆(少し大きいかも)
出先で身だしなみをチェックするのに欠かせないハンドミラー。でも、いざメイクが崩れていた時、鏡を持ちつつメイク直しをするのは大変ですよね……。そんな悩みを解消できるのが、スリーコインズで発売中の「and us 持ち手折り畳みミラー」です。
同商品は持ち手が折り畳めて、ハンドミラーだけでなく自立ミラーとしても使える一品。さらに持ち手は真ん中が空洞でフックに引っ掛けられ、家用の壁掛けミラーにもうってつけですよ。
サイズは全長およそ23cmと大きめですが、厚さはさほどないため鞄に入れても邪魔にならないかも。鏡部分の直径は約15cmで広々しており、全体をしっかり見られるのも、うれしいポイントです。両面ついているミラーの片方は拡大鏡で、細かい部位まで見渡せるので、よりきれいにメイクを仕上げられそう。
実際にミラーをスタンド状態で置いたところ、安定感は抜群。多少角度もつけられて、自分の見たい部分を簡単に映すことができました。持ち手部分の可動もなめらかで、パっと動かせて気軽にモードを切り替えられるのは助かりますね。
肝心の鏡部分もかなりの見やすさ。特に拡大鏡は毛穴に至るまで自分の肌の状態がハッキリわかり、「もっと肌ケアを頑張ろう!」と一層美意識が高まります。
購入者からも「スタンドと手鏡どちらにもなるのが便利」「視力が良くないから拡大鏡があって重宝してる」と好評の声が多数。3種類のモードでどこでも手軽に使える「and us 持ち手折り畳みミラー」を自分磨きに役立ててみませんか?
※サイズはライターが測っているため、実際とは異なる場合があります。
まるで示し合わせたかのような「同日公開」だ。何がって、ドキュメンタリー映画『アルピニスト』と、アニメ映画『神々の山嶺(いただき)』のことである。
この「断崖絶壁や過酷な環境に挑む登山家もの」という大きな共通点…
7月7日、婚活リアリティー番組『バチェロレッテ・ジャパン』(以下『バチェロレッテ』)のシーズン2がAmazon Prime Videoで配信を開始した。
2020年にスタートした『バチェロレッテ』シリーズは、社会的成功を収めた男性(バチェラー)を、女性陣が奪い合うリアリティー番組『バチェラー・ジャパン』(17年~、以下『バチェラー』)の男女逆転バージョン。今回は、起業家・尾崎美紀さんをめぐり、22~40歳の男性たちが“婚活サバイバル”を繰り広げる。
「『バチェロレッテ』に関しては、シーズン2が始まったばかりとあって、今のところ大きなトラブルは伝えられていませんが、すでにシーズン4まで配信している『バチェラー』シリーズのほうは、週刊誌でやらせ疑惑が報じられるなど、さまざまな問題が勃発しており、ネット上でも物議を醸してきました。今作の『バチェロレッテ』シーズン2はそれら問題をクリアしているのかと、心配になってしまいます」(芸能ライター)
例えば、19年9月に配信された『バチェラー』シーズン3は、3代目バチェラーとなった実業家・友永真也さんが一度は焼き鳥店勤務の水田あゆみさんをパートナーに選ぶも、すぐに破局。結局は、ぶどう農家・岩間恵さんとカップルになる(後に結婚した)という展開でも視聴者から賛否が寄せられたが、同年11月発売の「週刊文春」(文藝春秋)は“台本通り”だったなどと報じた。
「“リアリティー番組”を謳っている以上、台本があること自体おかしいのですが、『文春』は番組関係者への取材をもとに、出演者間の会話などにも筋書きがあり、友永さんがいったんは水田さんを選ぶというのも、実は番組サイドの意向だったと報道。そのほか、エピソード4で友永さんとDJの中川友里さん、歌手の金子実加さんが池に飛び込んだシーンも、台本通りだったと伝えました」(同)
しかしこの報道後に、当時、中川さんはTwitterで「この記事くそカスだなあ まじリアルに現場見てから言えよ」「あれ演技だったら参加女子みんなアカデミー賞だな」(ともに原文ママ、以下同)と反応。「文春」が報じた“やらせ疑惑”を否定したものとみられる。
「同報道を受け、前シーズンで2代目バチェラーを務めた実業家・小柳津林太郎さんも『文春!あれがやらせで、台本があるならば、、、[僕らは名俳優]』とツイートし、ネット上には『演技にしては、たしかに全体的にリアルな番組だよね』『とはいえ、多少の演出はありそう』などと困惑が広がっていました」(同)
一方、最終的に3代目バチェラー・友永さんのパートナーとなった岩間さんについては、全エピソードが配信される前に結末の“匂わせ”となるようなSNS投稿をしていた疑惑も。
「最終エピソード配信前の19年8月に、岩間さんがインスタグラムで公開した写真が、友永さんの地元・神戸のデートスポットではないかと話題に。また、同9月には友永さんの趣味として知られていたゴルフを楽しむ岩間さんの姿も公開されていました。これらの投稿はすでに削除されていますが、ネット上には当時『もう付き合ってるってこと?』『ネタバレじゃん』といったあきれた声が続出したんです」(テレビ局関係者)
さらに、Twitterでは一般ユーザーから友永さんと岩間さんの海外デートを目撃したという情報も寄せられ、「まだ最後まで配信されてないのに堂々とデートしていいの?」「結末わかっちゃってガッカリ」などと落胆する番組視聴者が相次いだ。
また、同11月から配信された『バチェラー』シーズン4に出演した社会学者・松本妃奈子さんは、配信前からTwitterで番組批判を展開した。
「シーズン4は、中国人実業家・黄皓さんが4代目バチェラーを務め、松本さんは配信開始前から、自身のプロフィール動画を“事前に確認させてもらえなかった”と明かしつつ、『不本意な編集』『人権ないん?』などとTwitterで苦言を呈していました」(スポーツ紙記者)
さらに、21年12月配信のニュースサイト「デイリー新潮」にも登場した松本さんは、番組収録のためとはいえ「いきなりスマホを取り上げられて、異国のホテルに10日間も缶詰めにされた」「収録が始まる前から、すでにストレスフルな状態」と明かしたほか、打ち合わせの段階で何度も番組スタッフから「痩せたほうがいい」「お前の水着姿は水着じゃない」などと言われ、「人権的に問題」があると非難したのだ。
「同誌の取材に対し、『Amazon Japan』から回答はなかったというが、松本さんの主張が事実なら、制作体制を見直すべきでしょう。そうでないと出演者があまりにも気の毒ですし、視聴者離れを引き起こすきっかけになりかねません」(同)
『バチェロレッテ』シーズン2では、大きなトラブルが起こらないことを祈るばかりだ。
TBSの小林廣輝アナ(28)が、7月下旬で同社を“卒業”することを発表した。昨年6月にテレビ朝日の斎藤ちはるアナ(25)との熱愛が報じられた小林アナだが、続けざまに複数の女性との関係が発覚。実に“6股”をかけていたとされ、“赤坂のドン・ファン”などと揶揄されることに。このスキャンダル後、『アッコにおまかせ!』などのレギュラー番組を降板していた。
いわば、自身の…
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