米ロック歌手のブルース・スプリングスティーンが、自身の全作品の権利をソニー・ミュージックに約5億ドル(約570億円)で売却したと発表された。2020年12月にはボブ・ディランが自身の楽曲の権利を3億ドル以上で売却しているが、今回のスプリングスティーンの金額はそれを上回り、単独のアーティストによる取引としては史上最大額になるとみられる。
「ディランよ…
米ロック歌手のブルース・スプリングスティーンが、自身の全作品の権利をソニー・ミュージックに約5億ドル(約570億円)で売却したと発表された。2020年12月にはボブ・ディランが自身の楽曲の権利を3億ドル以上で売却しているが、今回のスプリングスティーンの金額はそれを上回り、単独のアーティストによる取引としては史上最大額になるとみられる。
「ディランよ…
時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター・白央篤司が選んでご紹介!
さて師走に入り、2021年もじきにおしまい。今年も食関係の本が数多く出版された。コロナの影響でレシピ本を求めた人は昨年に続いて多かったよう。レシピ以外のものも含めて、心に残る食の本を今回は4冊ご紹介したい。
絵本っていいなあ。そんな気持ちを久しぶりに思い出した。
おいしそうな表紙に惹かれて本を開けば、しょうゆさしが空を飛ぶ。駅弁を買うひとを見かけて「ぼくも のりたくなった」と始まる電車の旅。東京から島根あたりまで、楽しい旅が続いていく。
車窓いっぱいに広がる大河に海原、そして富士山。知らないまちの家並みをぼんやり眺めるのも、列車旅の好きな時間だ。何より見開きで描かれる弁当の数々がなんとも魅惑的で。駅弁を開けるときの期待やウキウキする気持ちがよみがえる。
著者のマメイケダさんは1992年生まれ、高校卒業後に総菜調理の仕事をされてから画業に進まれたとプロフィールにある。旅が好き、食べることが大好きだけど、やっぱりまだ遠出は控えたい……という方にもおすすめしたい一冊。
あまたいる料理研究家の中でも、藤井恵さんはトップクラスの人気を誇るひとりだ。私は彼女の人気の理由をその「堅実さ」にあるとみている。地に足の着いた日本の家庭料理を軸とし、ごく普通の食材と調味料と道具で作れるレシピを常とされ、テクニック的にもある程度の料理経験があれば作れる「ほどよい範疇」をかたくなに守る。それでいて、どこか料理に華がある。
そんな藤井さんは料理研究家になって22年。「このへんで一度、ひと区切りしようかと」思われて、フォトエッセイを作られたようだ。こういう本は正直、「素敵なわたしの素敵ライフ」をごく浅く、軽く紹介して終わるものもなくはない。しかし藤井さんはそんなことはしなかった。
「数年前から、50代という年齢をどうとらえたらいいのか迷っていた」
いつまで、好きなことができるだろう。残りの人生、何がしたいのだろう。
「ここ13年、体のあちこちが順番にトラブルを起こしている」
老いを感じるが、それは誰にでも平等に来るもの。淡々と今すべきこと、したいことを考え、選択していくさまが飾り気のない筆致で描かれていく。
これまでの振り返りも実に率直でおもしろい。ネットであるとき「セレブ料理研究家」と書かれたのを見つけ、「セレブだってさ、笑っちゃう。私の極貧時代を知らないな?」とつぶやくように書く。そこからどうやって現在の「場所」を築いてきたのか。
仕事に没頭したいが子育てもある。夫婦間には「氷河期」もあったと。料理誌編集者とのやり取りで自分の仕事が磨かれていったくだりなども実に興味深い。ともかく率直に、ひたむきにつづられた自分史だった。
料理にある程度慣れて、いろいろ作ってみたい、もっと料理を覚えたいと思う人におすすめしたい一冊。
「塩加減」を知ることが、すなわち料理上手への道だと私は思っている。素材に対してどの程度の塩をして、どの程度調味上の塩気を加えたら、完成の際にちょうどよくなるのか……というのをいかにつかんでいくか。
計量するのではなく、自分なりの「ひとつまみ」を体で覚えていきましょう、というのが本著の狙いだと私は見た。最低限の塩分で、存分においしさを引き出す、演出する。そのための格好のドリルである。
著者の荻野恭子さんは世界65カ国以上を訪ねて現地の方々に料理を習い、研究を続けてきたベテランの料理研究家。書内でも各国の料理が紹介されている。
「料理は、子育てに少し似ていると思います。子育ては見守ることがいちばんたいせつで、へたに手を出しちゃいけない。料理も同じで、なにかを焼くときはあんまりさわらないほうがいい。じっと見守って。でも、じっと見てばかりもいられないから、目を離す勇気も必要」という言葉は至言だ。
今年の7月に紹介した作品の続巻。
病を抱え、フルタイムの仕事が難しくなった主人公・麦巻さとこ。転居して知り合った周囲の人々から良い刺激を受け、薬膳に興味をもっていく。第2巻では生きる強さを少しずつ取り戻し、年下の人間を気遣う大きさも見せる。
「(昼に食べた)カレー、少し重かったかな。夕飯はお粥にしとこか」
なんてセリフがサラッと入ってくるところに、この漫画の価値を思う。自分の体の声に耳を傾けられ、日々の食事のバランスを考えられる。これこそが養生の基本、人生で早いうちに身に着けたいスキルだ。
さとこはこの後お粥を作って、自分なりに良いと思う野菜をトッピングする。まずは無塩で味わい、次に塩気のあるおかずと共に楽しむ。彼女が大事にしたい「食の豊かさ」があざやかに描かれていた。
白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。郷土料理やローカルフードを取材しつつ、 料理に苦手意識を持っている人やがんばりすぎる人に向けて、 より気軽に身近に楽しめるレシピや料理法を紹介。著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』など。
「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます! 前回からは、秋篠宮家について振り返っています。

――秋篠宮さまといえば、過去は“やんちゃ”だったけれど、現在は落ち着いて、地に足のついた生き方をなさり、しっかりした意見を述べられる方というイメージが強いです。
堀江宏樹(以下、堀江) 私もそうだと思っています。ただ、平成初期から秋篠宮さまをめぐるマスコミの報道を見ていると、現在の眞子さんバッシングへの伏線の存在も感じずにはいられないのですね。
たとえば「週刊ポスト」1989年4月7日号(小学館)の「新天皇夫妻を悩ます『礼宮(あやのみや)の反抗』」という記事は、今読んでもかなりショッキングでした。
戦後日本で、皇室史上はじめての“民主的”な家庭教育をおこなった「新天皇家(=現・上皇さまご夫妻)」。戦前の皇室に生まれた皇子・皇女がたは、兄弟姉妹をそれぞれ隔離して赤の他人である傅育官(ふいくかん)らによって育てられてきたのですが、戦後、はじめて一つの家庭として「家族団欒のなかで兄弟が仲良く一緒に育つ」教育が実施されました。
同記事の「宮内庁OB」の主張をまとめると、兄の浩宮さま(現・天皇陛下、当時・皇太子殿下)にだけは「帝王教育」が実施されていました。また、割り振られる皇族費の額の違いなどから、ご自分との「身分差」の存在に礼宮様は「ショック」を受け、ノイローゼ気味になるほど悩まれた、などといっているのですね。
それで、秋篠宮さまには「皇籍離脱願望」が生まれた……などと、攻めたことが書かれていますね(笑)。
――報道当時、秋篠宮さまは23歳にあたりますね。大学を卒業した翌春です。当時の礼宮さまは「口髭をたくわえたり、ブレスレットをしたまま宮中行事に出席してみたりと、やりたいことは遠慮なく実行」ともありますね……。
堀江 かつてはアイドルのような人気を誇り、昭和天皇からは「あやちゃん」、世間からは「アーヤ」と呼ばれておられました。大学時代には“ロン毛”でもあられたようですね。これはただの反抗期というより、“私らしさ”を求めた姿勢でもあります。皇太子殿下の弟宮として、ご自分の主体性を模索する行為だと思いますが……。
ただ、礼宮時代から、秋篠宮さまご自身の“私”偏重をそれとなく指摘する記事も多く出ていたようですね。
――ブレスレットをしたままで宮中行事出席は、ちょっと大胆かもしれませんね(笑)。
堀江 はい(笑)。同記事によると、皇位継承の可能性が低くても、「自由を(天皇陛下や皇太子殿下同様に)束縛されつづけ、しかも与えられる仕事といえば、地方式典での挨拶やテープカットが主といったところ」。そんな「レールにのった人生を強いられたくない」と、当時23歳の秋篠宮さまはお悩みになっておられたのだとか。
――これは、眞子さんにもお父様と同種の葛藤があったのでは、と思われてなりませんね。
堀江 ファッション面での反抗で済めばよかったのですが……。
この記事は礼宮さまの「皇籍離脱願望」に触れつつも、結局は天皇陛下(現・上皇陛下)が伝えた“皇族は天皇を補佐する存在”という鉄則を曲げるつもりはないと書いてはいます。しかし記事は“(自由がないなら)せめて皇太子殿下と待遇を同じにして”という宮さまの“平等願望”にも触れていますね。
――平民でも、長男と自分では親からの扱いが違うと葛藤する次男坊がいるようですが、皇室では残酷なほど明確に差があるわけですもんね。
堀江 そうなんです。秋篠宮家と皇太子家の大きな待遇差が縮まることは、長い間、ありませんでした。「女性自身」2006年10月3日号(光文社)の記事「悠仁さま『子育て』は愛子さまとどう違うの?」では、「天皇皇后両陛下、皇太子ご一家(略)の生活費3億2400万円」に対し、秋篠宮家は「5490万円」という待遇格差(当時)が記されています。
住まいの規模にも格差は確実に見られ、「皇太子ご一家の東宮御所の広さは5460平方メートルで、秋篠宮邸は1417平方メートルと、約4倍の差」などと書かれていますね。
同06年の「FRIDAY」10月6日号(講談社)の「悠仁さま 天皇教育に立ちはだかる『予算格差の壁』」でも、秋篠宮家に支給される「5490万円」の予算が、「未来の天皇」と目される悠仁親王のご実家のステイタスとして適切か? という問題が問いかけられています。
――しかし、この記事によると、当時の秋篠宮さま(元・礼宮さま)は、兄宮との“待遇差”に神経をとがらせている印象はありません。
堀江 そうなんです。逆に、質素な生活を楽しんでおられるように思われます。2LDKSの「こじんまりとした」住宅で、紀子さまとの新婚生活をスタートなさった宮さまは、眞子さま・佳子さまという愛らしいお子様がたを次々に授かりました。
「『子どもも生まれたことですし、大きな家を建てたらどうですか』という人もありましたが、秋篠宮さまは、『いや、やめておきましょう』とおっしゃって、そのまま住まわれていました」とのことで、当時はお幸せそうだったそうです(ウェブサイト「mi-mollet」渡辺みどりさん記事「【秋篠宮家の教育】幼少時は温もりある家に住み、動植物と触れ合う」より)。
――この頃が、秋篠宮家礼賛の全盛期といえるでしょうか?
堀江 はい。どうやら現代の日本人が求める“理想の皇族らしさ”とは、「清貧」に尽きるようですね。そして、当時の秋篠宮家は「清貧ぶり」をうまくアピールできていました。また、2006年といえば、皇太子殿下(当時)が、適応障害を発症なさった雅子さまについて「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と発言なさった事件の翌年にあたります。
思えば、あの事件は大きな波紋を日本中に巻きおこしましたよね。
――私は雅子さまファンなので、心が痛くなりました。
堀江 しかし、この兄宮のご発言について秋篠宮さまは「(皇太子殿下は)発言する前に、せめて(天皇)陛下とその内容について話をして、その上での」意見公開をするべきだったと、批判姿勢を明確になさいました。
また「私は公務というものはかなり受け身的なもの」との姿勢も明らかになさっています。私なりに要約すれば、“海外で活躍したいという願望があってもよいが、国民に望まれたことに応える姿勢こそが、皇族の公務でもっとも大事なのではないか”となるでしょうか。
また、恵まれた環境で暮らしているはずの皇太子殿下による“告発”は、エリート主義的に受け取られたのでしょうか。“優等生”とされつづけた兄宮一家の影に控えてきた“苦労人”の秋篠宮様による発言を、より肯定的に世間は受け止めたようですね。
――たしかに、これを機に秋篠宮さまの印象が私の中でも変わりました。ニコニコしてるだけではなく、はっきり物を言うタイプなんだなと。
堀江 ただ……外務省のキャリアとして活躍なさっていた雅子さまを、皇室に迎え入れた以上、諸外国との“皇室外交”において、存在感を発揮してもらうつもりだったのに、それがお世継ぎ誕生のプレッシャーをかけられる中、うまく実現できない時期が続いた(それが、雅子さまの適応障害発症に結びついた)とする皇太子殿下(当時)のお嘆きも理解できるのですが……。
――皇太子殿下は、幼い頃から“優等生”でいらっしゃったので、そんな方が突然、ネガティブな感情を強い言葉であらわになさったことも、世間に衝撃を与えたのでしょう。
堀江 慎重派の兄宮、やんちゃな弟宮という対立構図は、お二人が幼い頃から、現在にいたるまで何かと踏襲されているのですよね。
しかし、今となってはお二人の立場は2006年前後と完全に真逆となった印象があります。それが、愛子さまのティアラの新調辞退にまつわる賛美にもあらわれていますね。おそらく世間は「さすがは天皇陛下、そしてそのご息女である愛子さま……!」という敬愛の念を強く持ったと思いますよ。
――話を聞いていると、国民とは勝手なものですね(苦笑)。
堀江 現代の日本国民は、皇族に“人間らしさ”よりも“神らしさ”を求めてしまうのでしょう。窮屈な日々に耐え、公務に勤しみ、その結果として支給された高額の皇族費を使って自分だって人並みに贅沢も楽しみたい……などと“人間らしく”振る舞いすぎると、確実に国民の敬愛を失うことになります。
まさに眞子さまのケースですが、貯金1億円の使い方にまで国民がイライラしているのは、高額の皇族費とは、世間一般の給与水準よりもかなり高額であるがゆえに、そこには“神”としての品位を守って生きていただけることを願って国民から渡されたお金であり、「たんなる賃金ではない」という共通認識があるのです。
一方、眞子さんとしては、自分の公務という労働の結果、与えられた対価だとしか考えていないのでしょう。どう使おうと勝手、というのはある意味、正しいのですが。
――国民と眞子さんの主張には最初から認識の食い違い、埋まらぬ溝があった、と。
堀江 国民の要求はもともと理論破綻しているのです。皇族の暮らしぶりに対し、ある種のラグジュアリーというか、身分の高さに伴った特別さを求める一方、「清貧さ」も当然だという。完全に矛盾した要求を突きつけていることがわかります。
こうした経済問題に対し、眞子さんは深くは考えておられないご様子でしたよね。もしくは理解していても、世間の声になど影響されたくないとの思いが強いのでしょうか。
さて、お若いころから“やんちゃ”であり、問題行動も少なからずあったところで、どこかで現実との妥協点を見出し、立派に踏みとどまることができる秋篠宮さまと、世間から暴走ととらえられる言動の末に日本から出て行った眞子さん。実の父娘ですが、皇族としての“器”はまったく違ったといわざるを得ない部分があります。
同時に、秋篠宮様ご自身にも、過去の生き方に照らし合わせると、若い眞子さまの“自由追求”をストップさせることはできなかった。あるいは説得力がなかったのだろうなぁ……とも。
――次回は、掟破りの大学生皇族だった秋篠宮さま、そして紀子さまとの過去を見ていきます!
俳優でミュージシャンのいしだ壱成が12月16日、インスタグラムで「離婚しました。これからは娘のために精一杯生きていきたいと思います」と、自身3度目となる離婚を報告した。
いしだは、ニュースサイト「NEWSポストセブン」に掲載された15日付のインタビュー記事で、離婚理由について「貧困でつらい生活から抜け出せなかった」ためだと説明。職探しをするも採用されず、食費もままならない状態が続いたことで、妻から離婚を切り出されたという。
「俳優・石田純一の最初の妻との間に生まれたいしだは、1992年に俳優デビュー。2003年に元タレントの女性と結婚し、同年に長男が誕生するも、06年に離婚しました。ちなみに、この元タレントは翌07年に俳優の谷原章介と再婚。当時、谷原は結婚会見で妻の連れ子(いしだの長男)について『簡単な問題ではない。次に産まれてくる子との関係もありますし』としながらも、『間違ったことをしたら注意しますし、自分の子かどうかに関係なく、わけ隔てなく考えたい』と語っていました」(芸能ライター)
その後、いしだは14年に11歳年下の一般人と再婚するも、17年8月に離婚。18年4月に24歳年下の女優・飯村貴子と結婚し、同年9月に長女が誕生した。
「飯村と結婚後は、夫婦でメディアに出演。昨年5月には家族で出演するYouTubeチャンネル『いっくん&たぁたんらばらばちゃんねる』を開設しましたが、同9月で更新がストップ。さらに、飯村のTwitterやインスタグラムが今年9月以降に突然削除されたため、ネット上では『何かあったのかな』と彼女を心配する声も上がっていました」(同)
“バツ3”となり、2度の離婚を経験している父・石田を「越えた」と話題のいしだだが、芸能界を見渡すと、3回以上離婚している人も少なくない。
「『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)などに出演する俳優の吉田鋼太郎は、事実婚を含むとこれまで4度結婚。16年に再婚した現在の妻は22歳下で、17年に行われた結婚式には小栗旬、生田斗真、藤原竜也、綾野剛らそうそうたる役者が出席。当時、ネット上で『豪華すぎる』『奥さんがうらやましい』と話題になりました」(同)
そんな吉田と同じく、“キム兄”の愛称で知られるお笑いタレントの木村祐一も3度の離婚と4度の結婚を経験。3度目の結婚の相手はタレントの辺見えみりで、婚姻中は『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)をはじめ夫婦共演も多く“おしどり夫婦”のイメージだったが、辺見は離婚後に発売した著書で、木村が結婚3カ月で浮気していたことを暴露していた。
また、女性では、ハーフモデルのMALIA.が4度にわたり結婚・離婚を繰り返している。
「初婚相手は元日本代表・田中隼磨、2人目の夫は総合格闘家・山本“KID”徳郁さん、3人目は東京ヴェルディの佐藤優平、4人目は元サッカー選手でファッションモデルの三渡洲舞人。MALIA.はこれまでに4子を出産していて、02年に誕生した長男はJリーガーの新保海鈴(レノファ山口FC)で、次男の愛郁と長女のアリアはモデルとして活動しています」(同)
いしだの切ない離婚理由はさておき、バツの数だけ見れば、芸能界においてはそう珍しいことではなさそうだ。
オシャレなグッズから便利グッズまで、思った以上に何でもそろう「スリーコインズ」。「コスパ最高!」なグッズもあれば、「これってどうなの?」なグッズもちらほら……。そんなスリコワールドを、ズボラなアラサー女子がご案内! 私見全開でバシッとレビューしていきます。
便利度:★★★★★(ブラシを使い分けて清潔に♪)
コスパ:★★★★☆(お得感のある3本セット)
サイズ感:★★★★★(握りやすくて力を伝えやすい!)
年末の大掃除に合わせ、便利な掃除グッズはないかスリーコインズの商品をチェックしていた私。「これは普段使いにもぴったり!」と思わず手に取ったのが、「隅洗いブラシセット」です。どれほどの実力を備えたアイテムなのか、さっそく確かめていきましょう。
パッケージに入っていたのは、ちりとり付ブラシ、溝・隙間ブラシ、排水管用ブラシの3種類。アイテムの中で排水管用ブラシが約30(高さ)×2.9cm(直径)と最も長く、排水管の奥までしっかり届いてくれました。
溝・隙間ブラシは柄の前後にブラシがついていて、掃除したい場所の形状に合わせて使い分けられるのがポイント。たとえば柄のつけ根がカーブした方のブラシはシャンプー台の下面、反対側のブラシは浴室ドアのレール掃除などに役立ちますよ。
ちなみに、私が3種類のブラシの中で最も感心したのはちりとり付ブラシです。これまで溝に溜まったゴミを寄せ集められても回収に手間取っていたので、サッシのようなわずかな隙間にスポっと収まる小型のちりとりはまさに“便利”の一言!
すでに同商品を愛用している人からは喜びの声が相次ぎ、ネット上には「コンパクトすぎずグリップをしっかり握れるサイズ感が最高」「ちりとりが便利すぎてサッシ掃除の効率がめちゃくちゃ上がった」「場所に応じて使い分ければいいから掃除がスムーズ!」などの反響が。溝や隙間の掃除に苦労している人は、ぜひ「隅洗いブラシセット」を導入してみてくださいね。
2021年10月にデビューしたジャニーズ事務所の新ユニット「なにわ男子」。紅白には間に合わなかったものの、デビューシングル「初恋LOVE」が初週売上70万枚を超え、配信チャンネルでも軒並み上位を獲得するなどして席巻している。音楽番組やバラエティ番組で日々目にする機会が多くなった彼らだが、今回は出演中のテレビCMについて考察をおこないたい。
まずは森永製菓のハイチュウ。「ハイ…
お笑い界において「外見いじり」や「容姿ネタ」を取り巻く風潮は、ここ数年で大きな潮目を迎えている。コンプライアンスやポリティカル・コレクトネスの観点から、「デブ」、「チビ」、そして「ハゲ」──こうした身体的特徴を使った芸人のネタに向けられる世間の目も変わりつつある。
そんな時代に「ハゲ漫才」と向き合い続けているコンビが、シシガシラだ。これまでとは異なるアプローチで「ハゲ」を笑…
俳優・浅香航大が、12月14日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)の直撃取材に応じている。浅香といえば、かつてジャニーズ事務所に所属し、ジャニーズJr.として活動していた過去を持つ。現在は芸能事務所・A-team所属し、さまざまな作品に出演。「週女」ではタレント・増井みおとの熱愛を報じられているが、業界関係者いわく「今回の報道は、少なくとも浅香にとっては好都合だった」(スポーツ紙記者)ようだ。
「『週女』は今月上旬、増井が浅香の自宅に入る様子をキャッチ。増井はかつてアイドルグループ・PASSPO☆のメンバーとして活動しており、2018年5月のグループ解散後はスリーピースバンド・BabooBeeのボーカル兼ベーシストとして活動しています。記事には、浅香がBabooBeeのコンサートグッズのバケットハットを被っている写真も掲載されました」(芸能ライター)
同誌の直撃を受けた浅香は、増井との交際を否定し、帽子ももらっただけだと説明。記者の質問にしっかり答えながら、出演中の恋愛バラエティ『私たち結婚しました2』(ABEMA SPECIALチャンネル)や、出演映画『あなたの番です 劇場版』(今月10日公開)についても口にしている。
「なお、同誌は双方の所属事務所にも交際の有無を確認していて、浅香サイドは完全否定しているのに対し、増井側は『プライベートのことは本人に一任しております』と曖昧なコメントを寄せており、双方は主張が食い違っています。しかし、2人についてさらに取材を進めたマスコミ関係者によると、やはり両者は現在、交際していないそうなんです」(同)
浅香も増井もファン層は異性がメインとみられるだけに、交際の事実がないのであれば、事務所同士足並みを揃え、ハッキリ否定したほうが賢明のように思うが……。
「以前は交際しており、周囲から見ても『2人は結婚するだろう』と思われていたのだとか。しかし、近頃は関係がうまくいっていなかったそうで、浅香に至っては増井と別れたがっていたようです。そこに突然の直撃取材があり、別れる気満々だった浅香は増井との関係を『友達』と強調。結局、この報道が後押しとなり、2人は破局を迎えたといいます。浅香のほうは、増井との関係解消のきっかけを作り、仕事の宣伝までできたとあって、良い取材だったと思っているのでは」(同)
結果的に浅香をアシストする形となった今回の熱愛スクープ。少なくとも、増井の胸中は穏やかではないだろう。
新日本プロレス、第一次、第二次UWFと活躍し、数々の軌跡を残した前田日明。1991年に立ち上げた「RINGS」は“ひとりぼっちの船出”と称される旗揚げだったが、前田のカリスマ性に加えクリス・ドールマンやWOWOWの援助もあり、次第に格闘技界の中心的存在となっていった。
さらに前田は自ら世界各国をめぐり、ヴォルク・ハン…
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