13年ぶりに息子と再会、手を握ると「やめてください」と拒絶され……子どもと生き別れた女性が今願うこと

 『子どもを連れて、逃げました。』(晶文社)で、子どもを連れて夫と別れたシングルマザーの声を集めた西牟田靖が、子どもと会えなくなってしまった母親の声を聞くシリーズ「わが子から引き離された母たち」。おなかを痛めて産んだわが子と生き別れになる――という目に遭った女性たちがいる。離婚後、親権を得る女性が9割となった現代においてもだ。離婚件数が多くなり、むしろ増えているのかもしれない。わずかな再会のとき、母親たちは何を思うのか? そもそもなぜ別れたのか? わが子と再会できているのか? 何を望みにして生きているのか?

第7回 檀恵美子さん(62歳・仮名)の話(後編)

「元夫の家に泊まりに行っていた息子を迎えに行くと、玄関のドアに貼り紙がしてあったんです。そこにはこう書いてありました。『当分の間、旅に出ます。この家には二度と近づくな!!』」

 檀恵美子さん(62歳、仮名)は25年前に起こったことを淡々と語った。以来、彼女は息子と生き別れだ。

「まだ幼かった頃の、愛くるしかった息子に会いたいです……」

 後半では、子どもを奪われてしまった経緯について記す。

前編はこちら

面会交流の後、連絡を絶たれる

――Bさんはわざわざ、檀さんの実家まで追いかけてきたんですね。

 追い詰められた気がして怖くなりました。そこで、子どもを連れて乗用車で実家を出ました。ホテルを2〜3日転々としたんですけど落ち着かなくて。それでそのあと、喫茶店を兼ねている民宿に10日ほど泊まりました。その民宿は一般の道から見えないところに車が止められたんですよ。

――逃避行をされていたんですね。車が見えないとBも追いかけようがないと踏んだのですね。

 そうです。でも10日目ぐらいに、連れ去り前から相談に乗ってもらっていた弁護士から宿に電話がかかってきたんですよ。「ある男性が市の法律相談でやってきて、あなたが言ってる話とそっくりなんですよ」って。私が相談していた弁護士の元を、Bが偶然訪れたようです。

――檀さんは、自分のことだと認めたんですか?

 はい。すると担当弁護士、「Bさんが『戻ってこないか』と言ってます」って言ったんです。それには条件があって、育てるのは私が育てていい。だけど同じ市内に住むことと調停で話し合うことというものでした。それで結局、話がまとまって、Bの実家からかなり離れた団地に息子と2人で暮らすことになりました。

――実際、Bさんに子どもとの面会はさせていたのですか?

 はい。その後、調停をしながら、月に1回会わせていました。スーパーの駐車場で引き合わせて、帰りは私がBの実家まで迎えにいくというものです。私は息子をBにたくさん会わせるつもりでした。

 97年5月に最初の宿泊交流をしたあと、日帰りの面会交流を1回、そして7月に2回目の宿泊交流となりました。それで2度目の宿泊面会の終わりの時間に迎えに行くと家の入り口に貼り紙がしてあったんです。

「当分の間、旅に出ます。この家には二度と近づくな!!」

 それ以降は連絡を絶たれてしまいました。

――相手が子どもを連れ戻すのって「誘拐」じゃないですか? 未成年者略取にならないのでしょうか?

 今だったらそうなりますが、97年当時は親による連れ戻しも罪に問われなかったんです。裁判所に行って「子どもを返せー」と廊下で泣き叫びましたよ。でも取り合ってはもらえませんでした。

 それ以降、「会いたい」と書いた紙を紙飛行機にして家の中へ投げ込む毎日でした。当時はフェンスが低かったので十分に入りました。するとそのうち、紙飛行機が投げ込めないよう、フェンスが3mくらいに高くなっていました。

――民事訴訟は起こしましたか?

 調停から民事裁判になっていきました。そのかいあって、息子がまだ5歳のとき、面会交流が実現して弁護士が相手の家に連れていってくれたんです。最初は机を挟んで息子の喜びそうな話をして、どんどん調子が乗ってきてから、「絵本を読もうか」と声をかけました。息子に選んでもらって、さあ読もうとすると、息子がちょこんと膝の上に乗ってきたんです。

 読み終わって「おしまい」と言って絵本を閉じた後、息子をぎゅっと抱きしめようとしたところ、Bに抱きかかえられて、引き離されてしまいました。そのときの息子の「まずいことをした」というような表情が忘れられないです。私に甘えてしまったことで、父との約束を守らなかった。それで、まずいと思ったんでしょう。息子は片親疎外(別居親を拒絶する状態)にさせられていたんです。

――それからは?

 私は精神の調子がもう本当におかしくなってしまって、両親が争うことで息子が悲しい思いをすると思い、月1回の面会の合意書を作って裁判を諦めました。

 合意を交わしたあとに、もちろん何度か電話しましたよ。するとBが冷たい事務的な様子で、「どちら様ですか」と言うんです。私が泣きそうになりながら「子どもに会いたい」とお願いすると、「あなたとは、もう関係ありません」と冷たく言われて、電話を切られました。

 その後ずいぶん時間はかかりましたが、ある意味、吹っ切れたのか、自由になりたくて、東京に出ました。もちろん息子のことは忘れません。会いたくて仕方がなかった。でも、会いたいと思い続けることに、しんどくなってしまったんです。その代わり、「私のような人を出したくない」「人のために頑張ろう」と思うようになって。離婚して子どもに会えなくなった親の相談に乗るようになりました。

――それからは一度も?

 いえ。相談に乗っているうちに、アドバイスしている私が会わないのはヘンな話だと思うようになって。息子が高校2年のときに、会いに行きました。

 高校の修学旅行先である沖縄で、遠くから見つめました。5歳のときから顔は見ていなかったですけど、わかりました。美ら海水族館に行ったんです。2006年のことです。ずいぶん成長したなと思って感慨深かった。でも、声はかけられなかった。

 息子を見て、印象に残ったのは制服の着こなしのダサさ。ズボンをおへそぐらいまで極端に上げていて。そのダサい感じがなぜかショックでした。

――その後、息子さんとは会っていないんですか?

 会いました。そのきっかけとなったのは、翌年の高3のとき。私から調停を起こしました。20歳になって親権そのものがなくなる前に、きちんと会っておきたいと思ったんです。すると、最初の調停の日に、面会交流の代わりに、息子からの手紙を渡されました。生まれて初めてもらった手紙です。

 「大学に行きたいから、そのお金を出してほしい」というものでした。それに加えて養育費。「何年ももらってないからまとめて数百万円分くれ」と。Bは絵が売れなくて生活ができなくなった。なので、息子を大学に通わせるお金を払えなかったんです。

――再会して、言葉を交わせました?

 その後、審判の最後になってやっと息子に30分会えることになりました。裁判所の別室で。11年3月のことです。

 すると開口一番「お金は用意しましたか?」と言うのです。それで、息子にいろいろ質問しました。「どうしてお金が欲しいの? 大学に行きたいなら奨学金もあるでしょう?」などと聞くと、質問にひとつひとつきちんと答えてくれました。そのうちに息子が「連れ去りはいかんよ」と言ったんです。驚いて私はあのときのことを話しました。

「あのとき一緒についてくるか聞いたのよ。そうしたらあなたは『お母さんと一緒に行く』と答えたんだよ」

 息子は驚いてました。少しして気分が落ち着いた頃に、「今までのことは水に流してやる」と言いました。

――5歳以来の再会ですよね。触れ合ったり、抱き合ったりはしなかったんですか?

 できたらいいなって思いましたよ。それで実際、私が手を握って「大きくなったね」と頭をなでようとしたら「やめてください」と真顔で嫌がられました。

――それはつらい。

 5歳のときのかわいさはまったくなくて。背が高くなり、だらしない調子で太ってて。しかもファッションもダサい感じ。正直さえないなーって思いつつも、そこは実の息子だから、会ったときはうるうるしてたわけですよ。でも「お金は用意しましたか」と言ったり、「やめてください」と拒絶されて悲しくなりました。

 「一緒に写真撮ろうか」と言って「裁判所がいいならOK」と言われたのですが、裁判所の調査官に「ダメだ」と言われました。最後には「今まで父さんとおばあちゃんに育ててもらったんだから、これからは恩返ししないとね」と伝えました。

 それで再会が終わったんですけど、お互いの控室が隣同士で、壁越しにBの怒鳴り声とか何かを殴っている音が聞こえてきたんです。Bが感情に任せて暴れてるんだということは直感しました。30分以上ずっとその音が聞こえていました。息子が私からお金を取れなかったことに、怒り狂っていたんでしょうね。昔のことを思い出して恐怖で体が震えました。息子がそんな父親の元で暮らしてきたのかと思うと、かわいそうで仕方がなかった。でも、もう時間がたちすぎてしまいました……。

――とすると、その後、息子さんとは?

 一切会っていません。大学も結局行かなかったようです。連絡先を渡しているので、もし何か望むことがあれば連絡してくるでしょうけど、何もありません。私のほうから望むことも特にないです。

 18歳の息子に会ってわかったんです。私がそれまでずっと会いたかったのは、5歳のときの、あのかわいい子どもだったんだと。5歳から18歳までの成長が見られなかったこと、一緒の時間を過ごせなかったことは本当に残念です。死ぬまでずっと、その気持ちは残ったままでしょう。

 私は別れたときに思ったんですよ。「Bら父子よりも、私はずっと幸せに生きてやる」って。だから、お互い楽しく生きればいいと思います。息子には好きに生きてほしい。私は私で楽しく生きてやるからって。

****
 そんな彼女は、同じような境遇の別居親に会って相談にのったり、結婚する前のようにフェスを見に行ったりして人生を謳歌している。コロナ禍になって活動を少しセーブしているようだが、コロナ禍が終わればまた、精いっぱい人生を楽しむつもりなのだという。

(西牟田靖)

米倉涼子の絶叫がムカつく!?なぜ貴乃花を起用?2021年不快なCM総決算

 テレビがメディアの中心であったのは今は昔。とはいえ、ネット上で未だに話題になる「嫌いなCM」の数々。本稿では、いかなる理由によって嫌われているのかを、CM業界の目線から考察していきたい。

 まず挙げられたのが、大量の出稿量によってお茶の間でおなじみとなった楽天モバイルだ。出演者は米倉涼子ほか。

 ド派手なピンク色の画面に立つ米倉の「日本の携帯代は高すぎる!」とい…

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映画『スクール・オブ・ロック』子役、『SATC』スタンフォード、「ローリング・ストーンズ」ドラマー……【2021年に亡くなったセレブ】

 世界中で新型コロナウイルスのワクチン接種が進んだものの、変異株の登場により昨年に同様、パンデミックに苦しめられた2021年。その中で多くの命が失われた。新型コロナ以外でも、著名な海外セレブが惜しまれながら亡くなった。21年に亡くなった海外セレブ10人の人生を振り返りたい。

ケヴィン・クラーク(子役・ミュージシャン) 5月26日死去、享年32

 03年に大ヒットしたミュージカルコメディ映画『スクール・オブ・ロック』のドラマー、フレディ役で一躍有名となった子役。5月26日に交通事故に遭い、亡くなった。

 イリノイ州出身。2歳で鍋を叩き始めるようになり、3歳でドラムキットを演奏し始めた生粋のドラマー。そのせいもあって、演劇の経験はなかったものの、見事『スクール・オブ・ロック』のキャストに抜てきされた。同作は人気コメディアン、ジャック・ブラック演じる名門小学校教師が、厳格な規則に縛られて無気力になっていた子どもたちに、ロックを通して自由と情熱を感じさせるという物語。ケヴィンの迫力満点のドラムは作品にリアリティをもたらし、絶賛された。

 ブロンドのスパイキーヘアが似合うハンサムな少年だったために世界中で人気者になったが、この作品以外は映画にもドラマにも出演せず。俳優ではなく、ミュージシャンの道へと進んだ。

 亡くなる数日前に新バンドの初ライブを行ったばかりで、仲間に「オレたちは絶対に成功する!」と熱く語っていたとのこと。希望にあふれていたが、5月26日午前1時20分頃、地元シカゴで帰宅するために自転車に乗っていたところを、20歳の女性が運転する車にひかれ、病院に搬送されたものの間もなく息を引き取った。

 『スクール・オブ・ロック』で共演したジャックは、インスタグラムに追悼メッセージを投稿。共演時の写真と、近年撮影したとみられるツーショット写真を添えた。ネット上には、彼の早すぎる死を悼む声が続出した。

チャーリー・ワッツ(ドラマー) 8月24日死去、享年80

 イギリスが誇るカリスマ的ロックバンド「ローリング・ストーンズ」のドラマー。がんのために、入院先のロンドン市内の病院で亡くなった。

 ロンドン出身。12歳の時、いとこの影響でジャズに興味を持ち、14歳の時に両親からドラムセットをプレゼントされたことがきっかけでジャズドラマーとしての道を歩みだした。その後、ジャズ・クラブで演奏するようになり、広告会社にグラフィックデザイナーとして就職したあとも、私生活ではドラマーとして活動していた。

 1963年にローリング・ストーンズに加入。独特のドラミングと英国紳士的なルックスで絶大的な人気を博し、「チャーリーのドラム抜きでは、ローリング・ストーンズとは呼べない」と言われるほどに。近年、オンライン動画サービスでバンドやメンバーを追うドキュメンタリーが配信されているため、若者の間でも紳士的でひたむきなドラマーとして尊敬され、新世代のファンを増やしていた。

 若い頃には薬物やアルコール依存症に陥ったこともあるが、見事克服。64年に結婚したシャーリー・アン・シェパードとは「(ツアーで)離れるのがつらい」と泣いたエピソードが残っているほどの愛妻家だった。一人娘がおり、孫も1人いる。

 04年に咽頭がんと診断され、放射線治療を受けて寛解したとみられていた。昨年、世界中のアーティストが参加した新型コロナウイルス対策支援オンラインライブでは、いつも通りに飄々とエア・ドラムを披露してファンを喜ばせていたばかりだった。

 ハードコアなクライムサスペンスドラマとして人気を博した『THE WIRE/ザ・ワイヤー』(2002~08)のオマール・リトル役で知られる俳優。9月6日、ニューヨークの自宅マンションで遺体となって発見された。死因は、ヘロイン、コカイン、がん疼痛治療に使われるフェンタニルなどの麻薬を大量に摂取したことによる急性薬物中毒だった。

 ニューヨーク州ブルックリン生まれ。高校卒業後、製薬会社ファイザーで働いていたが、ダンサーになる夢をかなえるために退職。ホームレスになりながらも奮闘し、バックダンサーになった。ジョージ・マイケルやマドンナら人気アーティストのバックダンサーを務め、振付師としても活躍。25歳の誕生日にニューヨークのバーでケンカし、かみそりで顔面を切りつけられた痕が残ってからは、ミュージックビデオへの悪役のオファーが殺到。これがきっかけで、2パック主演の映画『ハード・ブレット 仁義なき銃弾』(95)に出演するなど、俳優としても活動するようになった。

 彼の名前を世間に広めた『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は、「米テレビ史上最高のドラマ」と評され、HBO躍進のきっかけをつくった作品。麻薬売人を襲う強盗グループのリーダーで、同性愛者という難しい役を見事に演じ、オバマ元大統領がファンを公言するなど多くの支持を得た。

 その後、薬物がまん延する地区で育つ子どもたちを支援する団体「Making Kids Win」を立ち上げ、熱心に活動。そのため、薬物の過剰摂取で命を落としたことは世間に大きな衝撃を与えた。

ウィリー・ガーソン(俳優) 9月21日死去、享年57

 1990年代に一世を風靡した人気ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(以下、『SATC』)で、主人公キャリーの親友スタンフォード役を演じていた。膵臓がんのため、ロサンゼルスの自宅で亡くなった。

 ニュージャージ州出身。コネチカット州の名門ウェズリアン大学で演劇を学び、イェール大学・舞台芸術大学院で博士号を取得。数多くの映画・テレビドラマに出演したが、『SATC』で演じたゲイのスタンフォード役が当たり役となった。自身はストレートだったが、それを公言するとゲイコミュニティへの侮辱になると思い、同作が放送されている間はセクシュアリティへの質問にはノーコメントを通した。

 今月配信開始された、『SATC』リブート版『And Just Like That…』にも出演。7月に主演女優らとニューヨークでにこやかに撮影している姿がパパラッチされたばかりだったため、訃報はキャストやファンに大きな衝撃を与えた。すべてのシーンを撮り終えていなかったため、このリブート版では「スタンフォードは夫と離婚し、東京に行った」ことになっている。

 結婚したことはなかったが、2009年に当時9歳だった男児を養子に迎え、大切に育てていた。

 18年から高級ファッションブランド「ルイ・ヴィトン」のメンズ・アーティスティック・デザイナーを務めた。心臓血管肉腫のため11月28日、入院していたテキサス州の病院で亡くなった。

 イリノイ州出身。ウィスコンシン大学からイリノイ工科大学大学院に進学し、建築を学んだ。ファッションにも興味を持ち、デザイナーとして活動を続ける中で、ラッパーでファッションラインも手がけるカニエ・ウエストと出会った。カニエとはフェンディで共にインターンとして学び、その仕事ぶりがルイ・ヴィトンCEOのマイケル・バークの目に留まった。

 10年にカニエが率いるクリエイティブエージェンシー「DONDA」のクリエイティブディレクターに就任。13年、自身のハイエンドのストリートブランド「オフ ホワイト c/o ヴァージル アブロー」を設立。18年、ルイ・ヴィトンのメンズウェアのデザイナーに初の黒人デザイナーとして就任と、順調にキャリアを積み上げていった。ヴィトンでの商品はストリート要素が強く、“ラグジュアリーストリート”という新しいジャンルとして認知され、若いセレブを中心に高い人気を得た。ジャスティン・ビーバーの妻ヘイリーのウェディングドレスを手がけたことは大きな話題となった。

 世界規模の家具量販店「イケア」とコラボし、アパートや家具の設計をするなど、建築家/アーティストとしても活躍していたが、19年に心臓血管肉腫と診断される。闘病生活を送っていたが、本人の意思により、亡くなるまで伏せられていた。

Snow Man、2021年ウラ事件簿! ペンライト「白一色」でファン怒り、ミリオン売り上げを「ファンに強要?」炎上録

 2020年1月、SixTONESと合同でCDデビューを果たしたSnow Man。以降、その勢いはとどまることを知らず、21年リリースのシングル「Grandeur」「HELLO HELLO」「Secret Touch」はいずれも大ヒット。12月22日発表の「第54回 オリコン年間ランキング 2021」のシングルランキング部門では、期間内に100.3万枚を売り上げた「Grandeur」(1月20日発売)が1位を獲得した。

 また、4月には初冠番組『それSnow Manにやらせて下さい』(TBS系)のレギュラー放送がスタート。グループでの主演映画『おそ松さん』(22年3月25日公開予定)も決まるなど、多方面に活躍の場を広げている。

 しかし、その裏では人気者ゆえのトラブルや、ネガティブな話題も絶えない1年だった。そんなSnow Manやそのファンが21年に引き起こした“炎上”ネタや、物議を醸したトピックを振り返りたい。

Snow Man、新幹線移動でメンバーがファンに苦言

 Snow Manは21年4月~6月にかけて、東京・新橋演舞場と愛知県・名古屋市の御園座にて上演された舞台『滝沢歌舞伎ZERO 2021』で主演を務めた。東京では、新型コロナウイルス感染拡大による影響で、一部公演が中止となるも、続く愛知公演は6月2日~27日まで全て完遂。

 千秋楽の27日には、Snow Manメンバーが新幹線で帰京しようとしていたところ、名古屋駅にファンが集結してしまった。

 駅を利用した一般のTwitterユーザーからは、「名古屋駅に女の子たちの集団。叫び声が響いていて、泣いてるし、飛び跳ねてるし、何事かと思ったらSnow Manの出待ちをしてた」「ジャニーズファンが狭い通路を埋め尽くしてタレントの見送り。タレントを追いかけて数十人がダッシュしていて、ジャニーズが一気に嫌いになった」などと怒りや不満の声が上がる事態に。

 一部ファンによるこうした行為は、メンバー自身も把握していたようだ。

 7月6日、深澤辰哉が公式携帯サイト・Johnny's webの連載「すの日常」で、名古屋の帰りに「沢山の人達が駅に集まっていました」と前置きし、「中には大声を出していたり、人を押しのけたり、危ない行動もあり、正直このままだと、地方の公演が出来なくなってしまうんじゃないかと不安になりました」と告白。

 たまたま居合わせた人にも申し訳ない気持ちになったそうで、「残念だけどマナーが守れてない人はいるので、そういう人達につられないでほしい」と、ファンに理解と協力を求めていた。

 Snow Manファンの行為に関しては、グループ公式のアバター(オリジナルキャラクター)が発端となった騒ぎも勃発。

 このアバターは、イラストレーター・ともわか氏がデザインを担当し、1stアルバム『Snow Mania S1』初回盤B(DVD/Blu-ray)に収録された特典映像「Ⅸ as One ~The Animation~」に登場している。

 ほかにも、所属レコード会社・avex(エイベックス)の公式サイトや、「すの日常」のページにも使われ、ファンの間でも好評だったが、そのファンによる私的利用が問題になった。

 ともわか氏は10月4日午前0時台に「いくつかご報告をいただいているのですが、、SnowMan公式アバターを個人でグッズ化して配布するのはNGです。販売はもっとダメです。個人で楽しむだけに留めておいてください。お願いいたします」「私が言ったところで…っていうのもありますけど。。気をつけていきましょー」(すべて原文ママ)とTwitterで注意喚起。

 実際、SNS上にはアバターのイラストをもとに作ったお手製アイテムの写真をアップしているファンやフリマアプリで売買されるケースもあった。

 あるTwitterユーザーが、“アバターをうちわに書く”といった行為は問題ないかともわか氏に尋ねると、「正直なところ『グレーですね』としか答えられません。例え私が『それくらいいいのでは』と思っても、事務所側がNGとしていればNGですので。『もしかしてダメなのかな』と思うところがあるのであればやめた方がいいと思います」と言葉を選び丁寧に答えていた。

 良識のあるジャニーズファンからは「アバターでグッズを作って売るとか、モラルも教養もない。本当にSnow Manファンって民度低い」「こんな注意喚起をされたことが、情けないし恥ずかしい」と嘆く声が上がることに。

 今後、アバターをベースとした公式グッズが展開される日まで、Snow Manファンは節度を持って個人的に楽しむべきなのかもしれない。

 Snow Manは10月8日~12月26日まで、デビュー以降、初めてとなる有観客コンサート『Snow Man LIVE TOUR 2021 Mania』を開催した。

 全国7都市を巡るツアー中には、ファンを困惑させる出来事もいくつか発生したようだ。

 まずファンの間で問題になったのは、今ツアーのオリジナルペンライト。点灯色は白のみで、メンバーカラーの展開がないことにファンは落胆。

 しかし、Snow Manメンバーは白のペンライトを猛プッシュ。Johnny’s webの連載「すの日常」で「ペンライトで会場中を真っ白に染めよう」「それが俺たちと皆んなと会場を一つに結ぶ大切な宝物になるから」(宮舘・9月15日付)、「みんなとSnow Manで会場を真っ白な世界にするという夢叶えさせてください」(深澤・10月5日付)と呼びかけた。

 9月18日発売の雑誌「non-no」(集英社)のインタビュー内では、メンバーカラーが白のラウールが「俺はペンライトがメンバーカラーで染まるところが見たいな」とコメントしていた。

 こうしたメンバーの働きかけがあったものの、ツアー初日はさまざまな色のライトが光ることに。すると、10月16日に開催された昼公演では、MC中に深澤や渡辺翔太らが「白一色の世界が見たい」「協力してくれるとうれしい」などとあらためてお願いしていたという。

 この訴えに、「Snow Manに白一色の景色を見せてあげたい」「メンバーに言われる前に気づこうよ」と同調するファンもいる一方、「Snow Manの自己満足に付き合わされてる感じ」「グループの公式カラーを白にしたいの? だったらラウールのメンカラを変更するのが筋でしょ」と否定的なコメントが上がり、賛否両論が飛び交うことに。

 特に、渡辺は“白”に強いこだわりがあるようで、自身の誕生日である11月5日の北海道公演でメンバーカラーの青いペンライトを持っているファンを見かけたのか、「こういう日(自分の誕生日)だからいいとかじゃない」「青の人は白に変えてね」と忠告したそうだ。

 次にファンの間で波紋を呼んだのは、ミリオンヒットに関する発言。

 12月1日に5thシングル「Secret Touch」の発売を控えていた中、11月7日に開催されたツアーの昼公演で、「常にミリオン狙ってます」と深澤が発言。コンサート終盤でも岩本照が「一言言いたいことがあるからいいかい?」と切り出し、「今までもいろんな困難乗り越えてきたよな? 準備はいいか? 次もミリオンとるぞー!」と雄叫びを上げていたとか。

 レポートを見たネット上のファンの間では、「ミリオン発言はさすがに冷める。ファンに『買えよ!』って強要してるようにしか思えない」「ミリオンを目指したいだけなら、自分たちのお金で買えば?」「わざわざ宣言したり、ファンを煽るのはカッコ悪い」と失望の声が上がってしまった。

 一方で、12月12日の宮城・仙台公演は異例の事態が発生した。

 現在高校3年生のラウールが「学校の用事」によって30分ほど退場しなければならなくなったといい、その穴埋めでほかのメンバーが外周をゆっくりと回ってファンサービスをする“練り歩きタイム”に。

 この30分を堪能したファンは「メンバーが見える限りのうちわにファンサしてて、幸せな空間だった」「ゆっくり外周を回ってファンサしまくるスーパータイムだった! 最高!」と歓喜するも、後方の席にいた人たちは「アリーナとスタンド前列だけが何度もファンサされているのをずっと見せられて、テンションが下がった」「前方の席にしかファンサしないから、後方は文句祭り。会場内は騒いでるしコロナ対策もクソもない」「普通にMCするか、ゲームコーナーとか、いくらでもやり方があった」と苦い思いを味わったようだ。

 1年の活動を通じて耳目を集めたSnow Man。22年はどんな話題を振りまいてくれるのだろうか?

『まめ夫』『ハコヅメ』『恋です!』…エスムラルダが振り返る2021年のテレビドラマ

 みなさんこんにちは! アタシは新宿二丁目界隈を中心に活動している、テレビドラマ大好きドラァグクイーンのエスムラルダ。

 そんなアタシにとっての2021年のベストドラマは、坂元裕司脚本、松たか子主演の『大豆田とわ子と三人の元夫』(フジテレビ系・4月期/以下、『まめ夫』)。

 『カルテット』をはじめ、世界観やセリフの癖が強い作品が多…

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年間300本以上観る映画ライター・ヒナタカの2021年映画ベスト10

 2021年上半期は新型コロナウイルスの感染拡大および緊急事態宣言のため、首都圏での映画館の閉鎖や時間制限に加え、作品自体の公開延期も相次いだ。10月以降は通常通りの上映形態に戻ったものの、あまり映画館で映画を観なかったという方も多かったのではないだろうか。

 もちろん、その厳しい状況下でも素晴らしい映画がたくさん公開されていた。ここでは、年間300本以上(正確な本数は数えてい…

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「ペヤング」は今年もヤバすぎた──2021年の大ヒット(?)商品を振り返る

 今年も「ペヤング」からは、人気シリーズの「獄激辛」と「ペタマックス」を中心としたイメージどおりの「ヤバい」商品が続出しました。ただ、中には意外(?)に真面目で正統派な商品もあったような気がします。今年も「ペヤング」からは、人気シリーズの「獄激辛」と「ペタマックス」を中心としたイメージどおりの「ヤバい」商品が続出しました。ただ、中には意外(?)に真面目で正統…

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宇垣美里、桑子真帆……女子アナには「ウラオモテ」が必要!? 2021年話題の女子アナを斬る

オンナの花形職業として羨望を集める存在ゆえか、何かと穿った見方をされがちな女子アナ。そんな彼女たちをウォッチし続けるライター・仁科友里が、2021年に話題を集めた女子アナについて考察を繰り広げます。

 毎年12月初旬に発表される、オリコン社主催の「好きな女性アナウンサー」ランキング。ここ数年、盛り上がりに欠けるように感じるのは、私だけだろうか。

 「若者のテレビ離れ」が叫ばれ、女性誌の休刊も相次ぐなど、女子アナをスター化させるメディアのシステムそのものにほころびが出ていることも、このランキングが年々盛り上がらなくなっている原因かもしれない。

 しかし、メディアにとって、女子アナの知名度というのは魅力的なはずで、特に彼女たちの持つ「知的なイメージ」というのは、ほかのタレントと一線を画す大きな武器といえるだろう。では、「知的なイメージ」を保ちつつ、女子アナがさらなる飛躍を遂げるにはどうしたらいいのか。2人の女子アナを例にして、頼まれもしないのに考えてみたい。

宇垣美里アナウンサー(元TBS):「傷つきやすいキャラ」を生か

 宇垣美里アナといえば「コーヒーぶちまけ事件」を覚えているだろうか。

 2018年3月発売の「週刊現代」(講談社)が報じたところによると、当時、レギュラー出演していたTBSの情報番組『あさチャン!』のプロデューサーから降板を告げられた宇垣アナが、激怒してコーヒーカップを壁に投げつけた……という“事件”のことだ。

 しかし、のちに『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で宇垣アナ本人がこの件に言及。このプロデューサーは降板を1~2週間前に告げたそうで、宇垣アナは「もっと先に言うべきだし、失礼」と憤慨。その際、プロデューサーはコーヒーを渡そうとしたが、宇垣アナは「あなたからもらったコーヒーは飲めません」と、その場で流しに捨てただけだと主張し、「コーヒーを“投げつけた”」という週刊誌報道を否定していた。

 さらに、「私とプロデューサーしか知らない話が、どうして外に出るの? TBSの民度が知れる」と古巣を批判。この話を聞いた同番組司会のダウンタウン・浜田雅功も「おまえ、すげーな」と驚いていたが、ここまではっきりと組織を批判する人は少ないと思う。

 おそらく、宇垣アナは自分に後ろめたいところがないからこの話をしたのだろうが、TBS側が聞いたらどう思うのか。決していい気分はしないだろうし、内部での話し合いをバラされるリスクがあるとして、今後、仕事を頼まないと判断される可能性もないとはいえない。

 一方、今年30歳を迎えた宇垣アナは、メンタル面の変化を明かしていた。

 12月26日に配信された「Yahoo!ニュース Voice」の記事では、評論家・荻上チキ氏のインタビューに答える形で、「今まで正論をぶつけることで『言ってやった!』と思っていました。しかし、30歳になって、相手を言い負かして恨みだけが残ってしまっては誰も幸せにならないということに気づきました」と語っている。

 会社員のように組織に属している場合、所属する組織の上司に評価されることは重要だが、フリーランスのように雇用と収入が不安定な立場で安定して仕事をしたいと思ったら、“取引先”と“味方”は多いに越したことはない。仕事だから時には“取引先”との間にトラブルが発生することもあるだろうが、遺恨を残すような言い方をすると、仕事が減ってしまう可能性もないとは言い切れず、自分が損である。

 なので、「自分が正しいからといって、相手をやりこめない」という決意は、フリーランサーとして基本的にはプラスの変化だろう。しかし、ひろゆき氏の“論破”がウケていることでもわかる通り、世間には「相手をやりこめる姿を見たい」人も多くいるわけだ。テレビで堂々と古巣を批判できる宇垣アナの“オンナひろゆき”的な個性は、ほかの誰にも持ち得ない、貴重なものといえるのではないだろうか。

 そんな宇垣アナが急に論破をやめてしまったら、明石家さんまがよく言う「個性死んじゃう」ことになってしまわないか。

 

 それでは今後の宇垣アナは、どんな個性を出していけばいいのだろうか。同インタビューでこんな発言もしていた。

「『あのとき聞き流しちゃったけど、あの言葉に対しては怒ってよかったんじゃない?』と、そのとき怒らずにニコッとしてやり過ごした自分がすごく不甲斐ないと思ってウジウジしたり、一方で(中略)『あの言い方はなかった。もっと丁寧で優しくて人を傷つけない言い方があった』と反省したりするんです」

 この発言から考えると、宇垣アナは「傷つけられること」と「傷つけること」を恐れているのではないだろうか。そしてこの「傷つく」ことに敏感なセンスというのは、ものすごい金脈だと思うのだ。一般の女性から見れば、宇垣アナのように恵まれた人でも傷つくんだ、傷ついていいんだと励まされたような気持ちになり、特に同性のファン層の拡大が期待できる。

 実際に仕事で接する人や組織に対しては「相手を言い負かさない、恨みを買うようなことをしない」ことを信条としながら、オモテでは「傷ついた自分」をどんどん出していく。

 12月9日配信のウェブ版「フラッシュ」(光文社)で「本当に性格のいい局アナ」ランキングを発表していたが、ウラオモテをうまく使い分け、周りのスタッフに「テレビではあんなことを言っているけど、すごくいい人だよ」と思われると、さらなる飛躍が期待できるのではないだろうか。

 テレビを見ない人が増え、女子アナの“アイドル化ブーム”が終焉に向かうとするのなら、より存在感を発揮するのは「NHKの女子アナ」ではないだろうか。

 NHKは公共放送であることから、災害時や選挙の際はNHKのニュースを見る人も多いだろうし、ドラマの低視聴率化が叫ばれても、NHKの連続テレビ小説、通称“朝ドラ”は高い視聴率を誇っている。一方、朝の情報番組『あさイチ』で“朝ドラ受け”をした同局の鈴木菜穂子アナウンサーが、衝撃の展開に涙を見せたことがネット上で話題となり、好意的な反応を得ていた。このように、NHKの女子アナが“軟化”する傾向は、今後も続くと思う。

 そんな中、「世界のオザワ」こと指揮者・小澤征爾の息子にして、俳優・小澤征悦と同局の人気者・桑子真帆アナウンサーが結婚を発表した。『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した征悦によると、もともとは両親が桑子アナのファンだったそう。『突然ですが、占ってもいいですか?』(フジテレビ系)に出演した際にも、「初めて目が合った時に、彼女の目の奥にすーっと吸い込まれていく感覚があったんですよ。話す前ですよ」と、家族総出でベタ惚れなことを明かしていた。

 桑子アナにとっても、小澤家の一員になることはプロフィール上の強みとなりそうだし、それこそ「知的なイメージ」が強固になるだろう。だからこそ、気を付けなくてはならないこともある。それは、オトコの影だ。

 写真週刊誌「フラッシュ」(光文社)は今年1月、「セフレ9年 男性が自嘲告白」として、過去に桑子アナと関係があった男性の告白を掲載した。実際に読んでみるとなんてことはない、学生時代の話であり、セフレだった確たる証拠があるわけでもないので、単なる寝言のようなものだと私は感じたが、桑子アナに限らず、こういう報道は出ないに越したことはないだろう。

 また、桑子アナといえば、「言い間違い」が多いことでも知られる。18年の平昌冬季五輪では、「開会式」と「閉会式」と言い間違い、その後、テレビでしばらく姿を見なくなったことから、ネット上では「言い間違いに対する、ペナルティではないか」という臆測が広がった。

 そんな中、プライベートで親交のある俳優・和田正人が「ここにいますよ」と、桑子アナの画像をツイート。桑子アナは遅めの冬休みを取り、休暇を満喫していたというのが真相のようだったが、2人の親密そうな姿から「どんな関係なのか」と疑う声も出た。

 人は誰しもバイアスをかけて物を見てしまう。「言い間違い」だけでもアナウンサーとしてはよろしくないが、ここに「異性の友人と親しくしている写真」が加わると、「仕事でミスをしても気にしないでオトコと遊んでいる」とか「2人は不倫関係なのではないか?」と疑う人も出てくるだろう。

 異性の友人と親しくするなという意味ではなく、ウラで親しくてもいいから、画像などの証拠をオモテに出さないほうがよい、ということだ。桑子アナは判断力が甘めかつ緩めで、そこが人気の秘訣かもしれない。しかし、既婚者となったわけだから、やはり守らなくてはいけない一線もあるはずだ。

 NHK出身、世界のオザワ家という知的ブランドを持つことは、フリー転身の際も大きな武器となりえるだろう。しかし、そういう人の異性問題というのは、必要以上に叩かれやすい可能性もあるので、リスクにもなりうる。気をつけすぎるくらい、気を付けるくらいでちょうどいいのかもしれない。

【まとめ】
 「あの人は裏表がある」という言い方をすることがある。表向きの態度と内面が違うことを非難する意味も含めた表現だが、人前に出る商売の人に「ウラオモテ」がなかったら、やっていけないのではないだろうか。SNSが身近にある現代、はっきりと「ウラオモテ」を作ることが、女子アナのメンタルを守ることにつながるような気もする。女子アナのみなさんにおかれましては、健康に気を付けて、ますますのご活躍をお祈りしたいものだ。

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