朝ドラ『舞いあがれ!』スタート、失敗は許されないNHKでも福原遥なら安心?

 福原遥がヒロインを務めるNHK朝ドラ『舞いあがれ!』が、いよいよ10月3日からスタートした。4日の第2話は北朝鮮のミサイル発射による緊急ニュースで放送中止というハプニングも起こったが、ドラマそのものは好感触の出だしとなったようだ。

 黒島結菜がヒロインを務めた前作『ちむどんどん』は、偶然の連続、強引な展開、共感できない人物像――などのオンパレードで、脚本に批判が殺到。Twit…

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Snow Man目黒蓮”低視聴率”の呪縛、“ちむどん”ぶっちぎりで伝説ほか週末芸能ニュース雑話

記者I いよいよ10月に突入して秋ドラマもいよいよ始まりつつありますが、まずは夏ドラマの振り返りから。今年の夏ドラマ、”覇権”となったのはTBS系金曜ドラマ『石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー』だったようで、TVerでもかなりの再生回数を獲得していたのだとか。
 
 
 
デスクH いわゆる弁護士モノとしても鉄板だったし、お仕事ドラマ要…

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『ちむどんどん』評判散々、政治家からも…黒島結菜に“朝ドラヒロイン後遺症”の危険性

 NHK朝ドラ『ちむどんどん』への批判の声が止まらない。

 沖縄方言で「ちむどんどん=胸がわくわくする気持ち」というタイトルの同作は、黒島結菜演じるヒロイン・暢子が沖縄から上京し、料理人を目指す物語。「個性豊かな沖縄四兄妹の、本土復帰からの歩みを描く笑って泣ける朗らかな、50年の物語」(公式HPより)とのことだが、“個性が豊か過ぎる”ヒロイン像は視聴者に受け入れられづらいようだ…

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NHK朝ドラ『舞い上がれ!』ヒロイン予想合戦、小芝風花の名前が浮上したこれだけの理由

 2022年後期のNHK連続テレビ小説が『舞い上がれ!』に決まった。

 同作はオリジナル作品で、大阪・東大阪市で町工場を営む家庭に生まれ育った主人公の舞が、長崎・五島列島に住む祖母を訪ねたところ、広い空に風を受けて力強く舞いあがる「ばらもん凧」に魅了され、空へのあこがれをふくらませる。その夢はやがて「パイロットになる」ことに変化。その後は厳しい現実と向き合いつつも、空へのあこが…

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『おちょやん』井川遥演じた「女優・高城百合子」の事実にびっくり! ドラマでは描けない悲劇の亡命

現在放送中のNHK連続テレビ小説『おちょやん』。ヒロインの千代は、喜劇女優の浪花千栄子さんをモデルとしていて、浪花さんの自伝『水のように』(朝日新聞出版)に登場する人々や逸話を巧みに再構成して出来上がった作品です。そんなドラマの登場人物の“本当の話”を、『あたらしい「源氏物語」の教科書』(イースト・プレス)などの著作を持つ歴史エッセイストの堀江宏樹氏が解説!

井川遥演じた「女優・高城百合子」の事実にびっくり

 NHK連続テレビ小説『おちょやん』の第16週「お母ちゃんて呼んでみ」では、主人公・千代(杉咲花さん)と、その夫である天海一平(成田凌さん)の家庭に、ワケあって松島寛治(前田旺志郎さん)という少年が同居するになるまでの話が描かれました。

 最近の「朝ドラ」成功図式の一つに、「これまで知らなかったイケメン」、もしくは「有名な俳優さんだが、こういう一面があるとは知らなかった」という要素が多ければ多いほうが良い、というものがあります。寛治役の前田旺志郎さんに期待がかかりますが、実在のカリスマ喜劇俳優・藤山寛美(女優の藤山直美さんの父)をモデルにしている時点で、芝居以外は全然ダメな獄道役者になっていくとは思います……。千代も苦労なことですなぁ。

 ……といって、今回描きたいのはそういう話がメインなのではありませんでした。

 女優・高城百合子(井川遥さん)のソ連亡命劇、あれにはびっくりしました。高城はこれまでも、奔放な天才肌の女優として描かれていました。世間とはズレているところが、逆に女優としての輝きにつながっているタイプとでもいえるでしょうか。

 いわゆる社会主義のテイストが入った“赤い演劇”に没入していったのも、高城百合子の、「自分が演じたい芝居だけを演じる」という演劇人としての誇りゆえ、という説明がドラマではなされましたよね。そして、ついに社会主義にまつわるすべてに抑圧的な日本を飛び出し、ソ連に亡命を試みる……。

 そんな彼女にお供のように付き従っていたのが、かつて千代ともあれこれあった小暮さん(若葉竜也)。京都の映画撮影所で、映画監督にはなれなかったあの人ですね。

 そんな高城が、実在の日本人女優・岡田嘉子(おかだよしこ)をモデルにしているとはじめて気づいて、筆者は驚愕しました。岡田嘉子は恋人の男性・杉本良吉とソビエト連邦時代……もっというとスターリンの独裁時代のソ連に日本から亡命してしまった人として有名なんですね。

 しかも朝ドラで描かれたとおり、岡田・杉本の二人を亡命直前まで世話していたのは、千代と一平のモデルである浪花千栄子・渋谷天外の夫婦だったことがわかりました。

 これにはびっくりしました。

 天外は何回か自伝を残しているのですが、岡田と杉本との接点については、なにひとつ書き残していません。しかし、浪花は、岡田・杉本については名を伏せているものの、「天外さん、よく赤(=社会主義者)を連れて帰ってくるんです」「当時は(警察に見つかるかもわからないので)こわかった。この赤の世話、ずいぶんさされ(=させられ)ました」と証言をしています(『渋谷天外伝』)。

 その世話の中には、ロシアはさすがになかったようですが、「満州に逃げたい」という「赤」に、現在の日本円で数十万単位のお金を浪花が用意し、それを「赤」に与えるという慈善活動のようなことも含まれていたようです。

 浪花の証言に岡田のことは一切出てきません。絶対に知らなかったハズはないのですが、語らないところを見ると、当時、天外の妻だった浪花にとって、あまり良い話ではなかったのでしょうね。岡田・杉本のロシア亡命は、岡田の熱望だったらしく、それを天外が陰から熱烈に支援していたとなれば、岡田と渋谷には男女の関係ではないにせよ、もっと濃い絆が感じられ、それが妻としてあまり面白くなかったのかもしれません。まぁ、当然といえば当然です。

 そもそも、史実の渋谷天外・浪花千栄子の暮らす家には多い時には「13人」もの居候がいたらしく、それも「赤」が何人か紛れ込んでも大丈夫という、カモフラージュだったのかもしれません。天外は「レーニンやマルクスは嫌い」と公言していたので、社会主義者ではなかったものの、本人いわく「自由になりたかった」から、社会主義運動家は応援するというスタンスだったようです。

 ドラマでは高城や小暮さんとの縁で、千代の客として現れた二人でしたが、史実では岡田・杉本ともに、天外……つまり、一平ちゃんのモデルの知り合い、もっというと「同志」だったということですね。

 天外は、樺太経由でソ連の国境を超えるという杉本に、「樺太やったら寒いやろう」と特殊な靴(登山靴)とお金をあげたといいますね。

 しかし、この亡命は悲劇にしかなりませんでした。二人は、史実ではソ連の国境を越えた、まさにその日、国境警備隊に捕らえられ、樺太のアレクサンドロフスクに連行されます。ここでソ連秘密警察の前身である内務人民委員部なる組織……つまり、怪しい人間がいたら徹底的に拷問して「吐かせる」ための、日本の「特高」みたいな怖い組織に拘束されてしまいました。

 岡田と杉本は、ロシアのカリスマ演出家だったフセヴォロド・メイエルホリドという人物を敬愛しており、彼の教えを受けたいと言っていたのです。

 これは、彼らにとって最悪に働きます。時のソ連の最高権力者スターリンから、メイエルホリドは「国家に反抗的である」という理由で嫌われており、当局はメイエルホリドに「日本スパイ組織の手先」という架空の罪を被せて処罰しようとしているところだったのです。

 実にまずいタイミングでの亡命でした。

 岡田と杉本、とくに杉本には何日も眠ることが許されず、立たされたままで尋問され、「劇場にスターリンがきた時、テロを行う予定だった」などという調書をデッチあげられてしまうのです。長い間、公式情報では「杉本は監獄内で肺炎のために亡くなったといわれてきた」のに、実際は銃殺されていたことが1989年(平成元年)、はじめて明らかにされました。

 監獄で4年過ごした岡田にも取り調べが1年半続いたそうで、日本で特高から逃げ回る日々のほうがよほどマシだったということなんですね。日本国内では岡田と杉本のロシア亡命を「国境を越える恋」などと、ノンキに騒いでいたにもかかわらず、当人たちは文字通り死ぬ思いでソ連の地で苦しんでいたのでした。

 岡田は生き残り、第2次世界大戦時には病院での強制労働に従事。1940年代の終わりになって、ようやく亡命の目的だった演劇の勉強をモスクワ大学ですることができた……というのです。自分なら、こんなイヤな目にあったソ連からは一日も早く帰国したいなどと思うでしょうが、岡田はソ連の土にかじりついてでも居残りました。それが岡田の「女優魂」だったのでしょうか。

 その後の岡田嘉子ですが、1972年(昭和47年)に、34年ぶりに日本に一時里帰りしたそうです。この時、渋谷天外の楽屋に訪ねてきたそうですね(天外の2番目の妻・渋谷喜久栄の証言)。二人がどういう話をしたのかは、残念ながら伝えられていません。

 岡田はその後も日本には帰らず、モスクワで暮らし続け、1992年(平成4年)、亡くなりました。

朝ドラ『おちょやん』倉悠貴演じるヨシヲは腐りきったヤクザ? 「弟」の名を隠し続けた浪花千栄子の意思

現在放送中のNHK連続テレビ小説『おちょやん』。ヒロインの実父を演じるトータス松本がなにかとネット上で叩かれ、朝ドラ史上“最悪の父親”となりつつある一方で、ヒロインを支えるキャラクターたちの芝居に魅せられる人も増えているよう。そんな登場人物について、『あたらしい「源氏物語」の教科書』(イースト・プレス)などの著作を持つ歴史エッセイストの堀江宏樹氏が歴史背景からひもとく!

 NHK連続テレビ小説『おちょやん』の第12週「たった一人の弟なんや」。かなりびっくりさせられる内容となっていましたよね。

 ヒロイン・竹井千代(杉咲花さん)と弟・ヨシヲ(倉悠貴さん)が久しぶりの再会を遂げるのですが、ヨシヲは相当な外道に成り下がっていたのです。なにより、金のためなら悪事をしても平気という腐りきった男になっているのは、困ったことでした。

 「神戸の会社に勤めている」と語るヨシヲの言葉に、千代は喜びます。しかし、ヨシヲの言葉は全てウソ。実際の彼はヤクザの下っ端で、その頃の道頓堀で恐れられていた放火犯の一人でした。そう知った時の千代の落胆は、見ているだけでもつらいものがありました……。

 ご存じのように、竹井千代のモデルは、昭和時代の大阪で活躍したコメディ女優・浪花千栄子さんです。浪花さんにも生き別れになった弟はいるのですが、自伝『水のように』(朝日新聞出版)に弟の名前は出てきませんし、彼の「その後」に触れた部分も出てきません。

 しかし、浪花さんが後に養女として迎える女性の父親が、この弟なんですね。浪花さんは、何か不都合がある人の実名を世間に公表していません。『水のように』では、父親の本名(ドラマではテルヲ)は出されていませんが、後に公開したようです。それでも、父親が浪花さんの継母として迎えた女性(ドラマでは栗子)の名前と、浪花さんの弟の名前は公開されないままで、伏せられているのでした。

 「一般人だから公開しなかった」というわけではなく、何らかの意思があって秘められている=何らかの不都合があった、と考えるほうが自然でしょう。ドラマのように実物もヤクザものになっていたかは不明ですが、浪花さんが弟の情報を公開したくなかったことは「事実」なんですね。

 さて、ヨシヲがヤクザものであると一瞬にして証明してみせた、一平(成田凌さん)の「水かけ」にはびっくりしましたが、「なるほどね」と思った読者の方も多かろうと思います。水で濡れたシャツからイレズミが透けて見え、それと伝えていたわけですが、歴史エッセイストである筆者は、「本当にあの時代、イレズミはヤクザのシンボルだったのか?」という疑問が湧いてきたので、ちょっと調べてみました。

 「鶴亀家庭劇」のモデルである「松竹家庭劇」が、大阪・道頓堀に誕生したのは昭和3(1928)年の話。昭和初期、「イレズミ=ヤクザ」という公式化された意味は、現代ほど強くはなかったかもしれません。ドラマが史実を反映する必要はないのですが、念のため。

 鮮やかなイレズミの技術が完成したのは、江戸時代以降の話です。ちなみに江戸当時、イレズミ=ヤクザものという公式はまったく存在しませんでした。意外かもしれませんが当時、イレズミは下着の代わりでもありましたからね。

 衣服が非常に高価だったのが江戸時代ですから、水で衣服が濡れる漁師や、汗で着物を汚しがちな飛脚などは、フンドシ一丁で仕事をしていました。「裸を見せるのが恥ずかしいなら、イレズミでも入れればいいじゃない」的な発想で、裸の仕事が多い職業の人ほど、立派なイレズミが入っているケースが多かったようです。

 あとは職人さんなど、「この道一本でオレは食っていくんだ!」という意地を示したい場合ですね。そこから転じて、「○○命」的に好きな異性の名前を腕に彫り込むケースが、男女ともにありました。

 逆に、江戸時代の武士たちはイレズミを入れることを嫌いました。「この桜吹雪に見覚えがねぇとは言わせねえぜ!」と裁きの場で、もろ肌脱ぎになる時代劇の『遠山の金さん』は有名ですが、そのモデルである奉行の遠山金四郎景元は、むしろ「夏でも絶対に肌を見せたがらない人」として有名で、それが「イレズミが入ってるから、それを隠したいんじゃない?」といううわさを生んだ「だけ」なのです。

 また、正義のアウトローとして生きる「任侠」の人たちは、イレズミをむしろ喜んで入れたりするわけですが、悪事中心の「ヤクザ」になればなるほど、イレズミは嫌ったといいますね。そもそも「イレズミ=犯罪がバレて捕まったバカ者」という発想も根強いからでしょう。

 享保5年(1720)年からは、刑罰としてのイレズミが大々的に登場し、それを「黥刑(げいけい)」などと呼びました。カラフルなものではなく、黒一色のイレズミなのが特徴です。

 地方によってはそれ以前から、「こいつは前科者です」と知らせるようなイレズミを入れられる「入墨刑(にゅうぼくけい)」が行われており、日本全国でさまざまなバリエーションがありました。しかも、腕に二本線を入れられるどころか、地方によっては額に「犬」の文字とか「×」などの記号の形の墨を入れられてしまう場合も多々ありました。

 江戸時代には、実は犯罪者以外にイレズミを入れることを禁止する法令が何回も出されていました。明治維新後の明治5(1872)年、イレズミを入れること、また刺青師の客になることの両方を明治政府は禁止しています。

 ところが、この頃から「日本のイレズミきれいですネー」と海外からのイレズミ希望客が日本に殺到し、その中にはなんとイギリスやロシアのロイヤルファミリーの男性まで含まれていたのは有名な話……。そう、日本人には禁止しても、外国人は対象外だったわけですよ。

 ということで、ヤクザものが好んでイレズミを入れるようになったのは、そういう「イレズミ禁止法」が有名無実化していく明治の末とか、それ以降だと考えるのが一般的なのです。

 大きなイレズミが入っていた千代の弟・ヨシヲですが、ヤクザものたちが、仲間意識を高めるべく入れだしたという話が昭和頃から出てきます。ちなみに鮮やかな大きなイレズミは高くつくので(現在でも大きな模様を背中にいれようとしたら、高級車一台分というのが相場)、親分さんが金を負担してやるというケースもよくありました。ヨシヲも、彫り物のお金を親分さんに出してもらっていたのかもしれません。

 ただ、昭和初期において「イレズミ=ヤクザもの」と言い切れるかというと、必ずしもそうではなかったようです。江戸時代に引き続き、職人さんにもイレズミ人口が多かったですからね。

 ドラマでは千代の必死の引き止めにも応じず、彼女のもとを去っていったヨシヲですが、今後も登場はあるかと思います。冒頭でもお話したとおり、千代のモデルである浪花さんが、弟の娘を養女として迎え入れ、家を継がせているからです。つまり、弟とは何らかの関係が続いていったということでしょう。

 ヨシヲには更生を期待したいですよね。今のままでは悲しすぎます。なによりヨシヲの騒ぎに乗じて、いつのまにか仲良くなりすぎている一平と千代についてもいろいろと気がかりですが、ついに一平の二代目・天海天海襲名披露の席で結婚してしまいました。

 これからどうなっていくのか楽しみでもあり、怖くもあり……ウォッチを続けていきましょう。

NHK『おちょやん』、篠原涼子の女将は「異常者」だった!? 本当は怖い“芝居茶屋”の児童虐待ぶり

現在放送中のNHK連続テレビ小説『おちょやん』。ヒロインの実父を演じるトータス松本がなにかとネット上で叩かれ、朝ドラ史上“最悪の父親”となりつつある一方で、ヒロインを支えるキャラクターたちの芝居に魅せられる人も増えているよう。そんな登場人物について、『あたらしい「源氏物語」の教科書』(イースト・プレス)などの著作を持つ歴史エッセイストの堀江宏樹氏が歴史背景からひもとく!

 近年まれに見る問題作となっている、現在放送中のNHK連続テレビ小説『おちょやん』。3月5日放送回の視聴率が過去最高の18.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)になったと話題になりましたが、良作になってきている割には寂しいものがあります。

 ヒロイン・千代(杉咲花さん)の毒父・テルヲ(トータス松本さん)のキャラクター設計が問題で、視聴者の見る気が早い時期に失せてしまったのでは、という声が最近は上がっているようなのですが、筆者も同意見です。それについては前回、お話させていただきましたよね。今回は、そのキャラクター設計が逆にうまくいった例について分析してみようか、と思います。

 みなさんご存じのように『おちょやん』の主人公・竹井千代にはモデルがいます。昭和の大阪を代表する喜劇女優である浪花千栄子さんです。彼女には、今回の朝ドラの原作には“ならなかった”、つまり原作とするには悲惨すぎる、『水のように』(朝日新聞出版)という自伝がありました。それでも『おちょやん』は、『水のように』の逸話や、登場する人々のキャラクターを巧みに再構成して出来上がった作品なのですが、その一番の成功例が篠原涼子さん演じる、芝居茶屋「岡安」の女将・岡田シズというキャラではないかと思うのです。

 今回の連ドラのタイトルにもなっている「おちょやん」とは、名前すら覚えてもらえない、店の身分カースト最下層の児童労働者のことです。「よく、そのタイトルにしたなぁ」と筆者はドラマ放送開始時、感心すらしていたものです。

 なぜかというと、道頓堀の芝居茶屋で、おちょやんとして過ごしていた時代の浪花さんは、彼女の人生で確実に最悪の約8年間でした。あまりにつらいので、便所で首を吊ろうとしたこともありました。ドラマでは描かれませんでしたが、お店で飼われていたネコが、何かを察してまとわりついてきたので、自殺は未遂になりましたが……。それくらい、茶屋での労働条件はひどかったのです。

 その芝居茶屋の女将は、浪花さんの自伝『水のように』では、お家はん(読み方は“おえはん”)として登場します。篠原さん演じる女将は、少々キッツイところはあるにせよ、ハートフルな女性です。

 しかし、史実のお家はんはまったく違います。『水のように』には「異常者」として登場していますからね。

 どこが異常かというと、浪花さんを一人前の女中に育て上げなければならないという「教育」の名の下で、「いじめ」を行って、楽しんでいるからです。おちょやん時代の浪花さんはお家はんから、口汚く罵られるだけでなく、「しつけ」と称して、生ゴミを食べさせられていました。

 当時の日本では「食べ物を大事に扱おう」という風潮が、現代以上にありました。それ自体は立派なことです。しかし、お釜を洗うときに、こぼれ落ちてしまう米粒があれば、それをお家はんが目ざとく見つけ、排水溝の「洗いカス」の中に紛れ込んだ米粒を、浪花さんに食べることを強いたというのです。

 しかも、浪花さんが「それ(=洗いカスの中の米粒)を自分の指でつまみ出し、口へ持っていくと、それがノドの奥を通り越すまで」、お家はんは目を冷たく光らせながら、「じっと見つめて」いたそうな。それも、浪花さん「だけ」に行われる「しつけ」だったそうです。

 もし千代=浪花千栄子さんだとしたら、そんな女将のいる芝居茶屋「岡安」の経営が微妙になってきていても「ざまぁみろ!」くらいにしか思えなかったはずです。しかも、おちょやんとしての給料は、例のごとく父親の手に全額渡っているので、いくら働いたところで、1円の稼ぎにすらならないのでした。

 しかし、そんな浪花さんが、おちょやんを辞められるきっかけとなったのは、父親(ドラマでは毒父テルヲ)だったといえば、意外かもしれませんね。
ご想像どおり、浪花さんの父親は、娘が心配で迎えに来たのではなく、自分と、彼が惚れている妻(ドラマでは栗子)の生活に金が足りないので、浪花さんを別の奉公先に送り込むことで、金を再度、得ようとしているだけなのでしたが。

 芝居茶屋のお家はんは、おちょやんが一人減るのがもったいないので、浪花さんの父親には抵抗します。おちょやんなんて、最低限の食事と着物、寝場所を与えるだけで、「タダ働き」させられる児童労働者ですからね。しかし、父親はわけのわからない理屈をまくしたて、結局、浪花さんの退職金15円をせしめ、ホクホクしていたそうです。

ーー次回は、千代の弟・ヨシヲについて掘り下げます。

朝ドラ『おちょやん』、ヒロイン実父・テルヲをめぐり炎上連発! トータス松本の“毒父”ぶりは「絶対悪」か「庶民の普通」か?

現在放送中のNHK連続テレビ小説『おちょやん』がなにやら騒がしい。ヒロインの実父を演じるトータス松本がなにかとネット上で叩かれているのだ。朝ドラ史上“最悪の父親”となりつつある、その父親像について、『あたらしい「源氏物語」の教科書』(イースト・プレス)などの著作を持つ歴史エッセイストの堀江宏樹氏が歴史背景からひもとく!

 NHK連続テレビ小説『おちょやん』。ヒロイン・竹井千代(杉咲花さん)の「毒父」テルヲ(トータス松本さん)の大炎上が止まらないのには驚かされるばかりです。トータスさんのご両親が週刊誌の取材に「息子が出てくるのを見るたびにがっかりする」とコメントしたのも「わかる~」というしかないキャラで、もはやトータスさんがお気の毒な気さえしてきます。

 このコラムを執筆中の2月末時点で、最後のテルヲ登場シーンは1月末の第8週「あんたにうちの何がわかんねん!」。借金取りに追われると、娘・千代のタンスをあさって貯金通帳を探したり、その娘から床に放り投げられた小銭を這いつくばって拾い集め、「ほなサイナラ」と出ていくテルヲの姿にドンビキしたのは、筆者も同じです!

 NHKの『おちょやん』公式サイトで連載中の「テルヲのいいわけ」は、トータスさん自ら「一般人には理解し難い!? テルヲの発言と行動を解説」するコーナーなのですが、その「言い訳」が、すでに1カ月近く掲載できていない状態です。

 そして第11週「親は子の幸せを願うもんやろ?」には、「うちのお父ちゃん、ああいう人(=ダメ人間)やろ」という千代のセリフがありました。普通なら回想シーンが挿入される場面でしょうに、それすら出てこない「テルヲ・ドラマ出禁」状態。これはさすがに笑えました。

 また、第12週「たった一人の弟なんや」では、一度も登場していないのに、テルヲは炎上しています。千代が弟・ヨシヲ(倉悠貴さん)と再会できたにもかかわらず、そのヨシヲが度外れの外道になっていたことから、これも「テルヲのせいや!」とネットは炎上しまくりです。テルヲの燃料としてのポテンシャルは桁外れだな、と感心すらしてしまいますよね。

テルヲの「毒」がしんどい

 筆者個人の感想ですが、『おちょやん』には“喜劇”が本当に面白かった時代特有の笑い、涙、そして「毒」なんかもあふれていて、そこが良いとは思うのです。でも「毒」の部分が、クリーンなドラマばかり見慣れたわれわれにはキツいというか、キワを攻めすぎてるというか、要するに見ていて「しんどい」のですよ。

 放送開始直後は、“毒父・テルヲ大活躍”ゆえに、「あ、もう見られないかも」とさえ思っていた筆者でした。それでもなんとか見続けられたのは、作品自体に何か、魅力があったのでしょう。同じような方は多かったらしく、世間評価で見ても、思ったより視聴率は下がらずじまいでした。

 しかし、かなり良い内容になって来ている昨今でも、視聴率が17%前後をウロウロするだけで、NHKの看板番組「朝ドラ」としては低調気味なのも全て、そういう「毒」ゆえではないかと思うのです。その最大の原因が、やはり千代の毒父・テルヲの存在なんだろうなぁ、と感じずにはいられません。

 ただ、テルヲの描かれ方、あれでもNHKなりの配慮がなされてるみたいなのですよ……ということで、今回はトータスさんもまともに援護・言い訳できてないテルヲの「ホントの言い訳」を探ってみようかなぁと思うのです。

 千代のモデルである、浪花千栄子さんの悲惨な自伝『水のように』(朝日新聞出版社)でも、父親はどこに出しても恥ずかしいダメ人間として描かれています。

 しかし、ドラマの千代とは違い、浪花さんは父親に表立って反発することはしていません。浪花さんの父親への思いを端的に記した一言が『水のように』にはあって、それは「昔の謹厳実直な父親に帰ってほしい」という言葉なのでした。

 あからさまに女好きでだらしないテルヲとはちがって、浪花さんの父親は救いようのない貧しい生活ゆえに、ある時期から、“狂ってしまった”といってもよいのです。だからこそ浪花さんはより苦しんだだろうし、つらかったと思うんですけれどね。

 『水のように』の記述とその行間から読むと、浪花さんの父親がおかしくなったのは、妻(浪花さんにとっては生母)を失ってからのようです。大半の日本人にとって結婚が「個人」の問題になったのは、実はごく最近のこと。『おちょやん』の舞台である20世紀初頭では「家のために」、もっというと、「自分の生活を立ち行かせるために」結婚するのが庶民の普通なのです。

 そういう結婚は愛情の結果ではないので、年齢やステイタスなど、条件面のすり合わせだけでほぼ、決まります。大事なのは、結婚して同じ家に住んで家賃や生活費を折半できること。そして、子どもが生まれたら、幼い頃から働かせ、自分たちの生活を少しでもラクにすることなんですね。

 浪花さんの父親は、鶏のヒナを売る薄利多売の零細行商人でしたが、ある時期までは真面目だったようです。ドラマのテルヲのように、骨の髄まで遊び人ではないんですね。その真面目だった父親が、貧しさゆえに妻を病気で失い、生きていくには再婚が必要となり、周囲に焚き付けられて妻さがしに出掛けた先で見つけたのが、浪花さんのダメな継母(ドラマでは栗子)だったのです。

 推測ですが、浪花さんの父親は、このとき、生まれてはじめて“恋の味”を知ってしまったのだと思います。恋など一度も知らぬまま死ぬ貧しい庶民は、当時でもザラにいました。だからこそ浪花さんの父親は、子どもなんかほったらかし、水商売あがりの二番目の妻(浪花さんにとっては継母)にのめりこみ、彼女の命令であれば、愛娘であるはずの9歳の浪花さんを、奉公に“売り飛ばして”平気なのでした。

 どうでしょうか。まだチャラついているテルヲのほうが、悲惨さという点では、全然マシじゃないですか?

 ドラマのテルヲにせよ、史実の浪花さんの父親にせよ、最低なのは、幼い子どもが親に抱く無心の愛情を悪用、奴隷として扱って平気なことなんですけどもね。まぁ……残念ながら、これも20世紀前半くらいの日本の貧しい層では当たり前のことなのでしたが。

 姑が、自分が嫁時代にされてきた嫌がらせを、息子の嫁に行うって聞いたことありませんか? あれと同じようなことを、親が子ども相手に繰り返しても全然、おかしくはなかったのです。

 だから、テルヲ(および浪花さんの実父)の本音の言い訳としては、トータスさんがいうように「テルヲはピュアすぎて」とかではなく、「オレだってちょっとくらいは楽しい思いしてもええやろ! オレも子どもの時には親に尽くしてきたんやし!」の一言に尽きると思うのでした。

 まぁ、通じない言い訳ですけれどもね~(笑)。

 テルヲのキャラは、橋田壽賀子先生の連続テレビ小説『おしん(1983〜84)』の父・作造(伊東四朗さん)からインスパイアされたそうです。『おしん』放送当時、作造へのバッシングはテルヲほどはありませんでした。要するに「あー、こういう父親ありがち……」と受け入れられていたのです。

 テルヲ大炎上を見ていると、親が「まとも」なのが日本では普通になっていることがわかり、逆に「良いことじゃん」などと筆者は感じてしまいます。「絶対悪」としてのテルヲの評価は、ここ40年ほどの人権意識の向上の証明といってもよいでしょうし。

 生活破綻者のキャラがドラマに出てくるのはアリだと思うんです。でも、悪役を通り越して、ダメ人間であることのまともな言い訳すらできないキャラは、現代人の目にはきついですねぇ……。女優になりたいという娘の夢さえ、テルヲは踏みにじって去っていきましたし、あれは言い訳すれば済まされるレベルの話ではありません。

 ダメ人間でも、なにか夢、目標があるかどうかで、救いがあるかどうかが決まるような気がします。って、それは千代が恋をする一平ちゃん(成田凌さん)のことなんですけれど(笑)。『おちょやん』観察日記は、次回に続きます!

『おちょやん』トータス松本の「児童虐待」ぶりに批判噴出! 浪花千栄子の実父「激ヤバ」ぶりを暴く

 11月30日より放送がスタートしたNHK朝の連続テレビ小説『おちょやん』。『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』(TBS)の主演や、NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』への出演などの活躍で知られる杉咲花がヒロイン・竹井千代を務め、父親役にトータス松本、のちの夫役に成田凌など、豪華なメンバーが出演している。

 今作『おちょやん』は、昭和の名脇役女優・浪花千栄子さん(1907―73)の人生をモデルにした作品だが、初回放送後、トータス演じる父親についてネット上で「クソ親父」という声が続出。公式サイトの人物説明によると、「酒もばくちも、女も好きなトラブルメーカー」「養鶏で生計を立てているが、鶏の世話や家事も娘の千代にまかせっきりの駄目な父親。見えっ張りだが気が弱く、世渡り下手」とあり、実際、第1話では酒におぼれて子どもたちを数日間放置するシーンが描かれた。

 この行動に、視聴者から「結構、本格的なネグレクトで胸が痛い」「こんなの児童虐待だろ」「父親のクズさはマジで毒親。途中イライラして最後まで見れるか心配なくらい」といった批判や嫌悪感を訴えるコメントが噴出しているのだ。

 しかし、実在のモデル・浪花の実父も「ものすごいダメ男」だったというのは、歴史エッセイストの堀江宏樹氏。浪花の自伝『水のように』(六芸書房、1965/現在は朝日新聞出版刊)に記された内容は、「最近の朝ドラでは“映像化不可”なヤバいシーンが頻発」しているのだという。一体、『おちょやん』のなにが「ヤバい」のか? トータス演じる父親以上に実父はダメ男だったのか? 

 そこで今回、放送前に掲載した堀江氏による『おちょやん』解説記事を再掲。放送開始第1週のこの時期に、ぜひお読みいただきたい。


(初出:2020年11月21日)

朝ドラ『おちょやん』、原作NGになった「ヤバすぎる」ストーリーとは!? NHKヒロインの「ドス黒い」人生

「私の記憶はドス黒い汚点」。

 浪花千栄子さんは、自らの若き日々をそう言い切ります。まず、父親がものすごいダメ男なんですね。「鶏のヒナを売り歩く行商人」というニッチな職種なんですけど、浪花さんが9歳の時に、おそらくは芸者あがりの、だらしない後妻にメロメロになってしまいます。

 後妻が浪花さんと弟につらく当たるので、「こんな家にはいられない!」となった二人は家から逃げ出し、山で迷います。夜も更け、おなかも空いてきます。

 すると何処からか、嗅いだこともない甘い良い匂いが漂ってくるではありませんか……。

 二人はフラフラと匂いに惹かれて小屋に忍び込み、そこにあった「何か」を手当り次第に頬張ります。それは人生で未経験どころか、まるで異次元のおいしさで、もう手が止まらない。しかし、そこに小屋の持ち主のおじいさんが異変に気づいてやってきて、二人は見つかってしまいます。

 二人が頬張っていたのは、豚のエサでした。正確にはおじいさんが、町のパン屋で廃棄される食パンの耳を、豚のエサとするために買ってきて、豚用に準備していたのに、空腹の二人が豚小屋に乱入、豚からエサを奪って食べてしまっていた、という。まぁ、朝ドラにはできないですよね……。

 おじいさんは二人に同情してくれましたが、ダメな父親の心根が変わることなどありません。

 小学校に通えたのはたった2カ月のみ。再婚した継母に嫌われ、父親は実の娘を後妻の言うがまま、わずか9歳で大阪・道頓堀の芝居茶屋に売り飛ばしました。どんな貧乏な家でも12歳までは家に置いておくのが普通だったそうですが……。

 こうして、浪花さんの「おちょやん」時代の開幕です。

 そして、この「おちょやん」自体が激ヤバなんですわ。

 NHKの公式サイトでは「“おちょぼさん”がなまった大阪ことばで、茶屋や料亭などで働く、小さい女中さんを意味」するとごまかされていますが、実情は、店の労働者カースト最下層の児童労働者です。児童福祉法なんて存在すらしなかった時代の産物ですね。

 「トメ」とか「ウメ」とか、そういう名前で呼ばれさえせず、そもそも名前を覚えてもらえることが期待できない。一律、「おちょやん」として呼ばれ、こき使われ、布団で寝させてもらうわずかな時間以外に、まともな休憩時間がない。それこそ、「私が死んでも代わりはいるもの」(『エヴァンゲリオン』 綾波レイ)的な存在でしかない。

 取替可能、存在価値が低いので、大事になどされません。休憩しようと思ったら、便所で仮眠するしかない。いうまでもなく、当時のトイレは汲み取り式。悲惨すぎます。「おちょやん」は、「名前を失った少女」と考えてもらって結構かと思います。

 自分を押し殺し、奉公し続けるしか生きる術のない、それは苦しい日々だったようです。しかし、芝居に興味を持ちはじめた浪花さんは、文字さえ読めない自分から脱却するべく、独学で漢字を勉強しはじめます。それも汲み取り式の便所の個室で、でした。

 『水のように』には何回も自殺未遂のシーンが出てくるのですが、やっぱり「おちょやん」時代にもそういう気持ちになってしまうことがありました。

 原因はわずか2銭のことです。店の人から買い物を頼まれ、オツリの2銭を不注意で失ってしまいます。2銭を自分のフトコロに入れたと疑われることがイヤだったので、自殺しようと浪花さんは心を決めたのでした。

 首吊の場所として選ばれたのは、やっぱり便所……。しかし猫が何かを察したらしく、便所に乱入、まとわりついてきたので自殺しなくて済んだらしいのです。それ以来、浪花さんは猫を大事にしたそうです……。

 このような「ドス黒い汚点」ばかりの記憶が惜しげもなく披露されていくわけです。

 その後も続くわ続くわ、苦労の日々。「おちょやん」時代を抜け出し、あるご家庭の女中になったときも、給料はすべて先払いで、例のダメな父親が持って逃げた後だったりしたのです。悩んだ浪花さんは、

「そうだ、京都へ行こう」(原文ママ)

 と思い立ったのでした。

ーー後編に続きます

『おちょやん』トータス松本の「児童虐待」ぶりに批判噴出! 浪花千栄子の実父「激ヤバ」ぶりを暴く

 11月30日より放送がスタートしたNHK朝の連続テレビ小説『おちょやん』。『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』(TBS)の主演や、NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』への出演などの活躍で知られる杉咲花がヒロイン・竹井千代を務め、父親役にトータス松本、のちの夫役に成田凌など、豪華なメンバーが出演している。

 今作『おちょやん』は、昭和の名脇役女優・浪花千栄子さん(1907―73)の人生をモデルにした作品だが、初回放送後、トータス演じる父親についてネット上で「クソ親父」という声が続出。公式サイトの人物説明によると、「酒もばくちも、女も好きなトラブルメーカー」「養鶏で生計を立てているが、鶏の世話や家事も娘の千代にまかせっきりの駄目な父親。見えっ張りだが気が弱く、世渡り下手」とあり、実際、第1話では酒におぼれて子どもたちを数日間放置するシーンが描かれた。

 この行動に、視聴者から「結構、本格的なネグレクトで胸が痛い」「こんなの児童虐待だろ」「父親のクズさはマジで毒親。途中イライラして最後まで見れるか心配なくらい」といった批判や嫌悪感を訴えるコメントが噴出しているのだ。

 しかし、実在のモデル・浪花の実父も「ものすごいダメ男」だったというのは、歴史エッセイストの堀江宏樹氏。浪花の自伝『水のように』(六芸書房、1965/現在は朝日新聞出版刊)に記された内容は、「最近の朝ドラでは“映像化不可”なヤバいシーンが頻発」しているのだという。一体、『おちょやん』のなにが「ヤバい」のか? トータス演じる父親以上に実父はダメ男だったのか? 

 そこで今回、放送前に掲載した堀江氏による『おちょやん』解説記事を再掲。放送開始第1週のこの時期に、ぜひお読みいただきたい。


(初出:2020年11月21日)

朝ドラ『おちょやん』、原作NGになった「ヤバすぎる」ストーリーとは!? NHKヒロインの「ドス黒い」人生

「私の記憶はドス黒い汚点」。

 浪花千栄子さんは、自らの若き日々をそう言い切ります。まず、父親がものすごいダメ男なんですね。「鶏のヒナを売り歩く行商人」というニッチな職種なんですけど、浪花さんが9歳の時に、おそらくは芸者あがりの、だらしない後妻にメロメロになってしまいます。

 後妻が浪花さんと弟につらく当たるので、「こんな家にはいられない!」となった二人は家から逃げ出し、山で迷います。夜も更け、おなかも空いてきます。

 すると何処からか、嗅いだこともない甘い良い匂いが漂ってくるではありませんか……。

 二人はフラフラと匂いに惹かれて小屋に忍び込み、そこにあった「何か」を手当り次第に頬張ります。それは人生で未経験どころか、まるで異次元のおいしさで、もう手が止まらない。しかし、そこに小屋の持ち主のおじいさんが異変に気づいてやってきて、二人は見つかってしまいます。

 二人が頬張っていたのは、豚のエサでした。正確にはおじいさんが、町のパン屋で廃棄される食パンの耳を、豚のエサとするために買ってきて、豚用に準備していたのに、空腹の二人が豚小屋に乱入、豚からエサを奪って食べてしまっていた、という。まぁ、朝ドラにはできないですよね……。

 おじいさんは二人に同情してくれましたが、ダメな父親の心根が変わることなどありません。

 小学校に通えたのはたった2カ月のみ。再婚した継母に嫌われ、父親は実の娘を後妻の言うがまま、わずか9歳で大阪・道頓堀の芝居茶屋に売り飛ばしました。どんな貧乏な家でも12歳までは家に置いておくのが普通だったそうですが……。

 こうして、浪花さんの「おちょやん」時代の開幕です。

 そして、この「おちょやん」自体が激ヤバなんですわ。

 NHKの公式サイトでは「“おちょぼさん”がなまった大阪ことばで、茶屋や料亭などで働く、小さい女中さんを意味」するとごまかされていますが、実情は、店の労働者カースト最下層の児童労働者です。児童福祉法なんて存在すらしなかった時代の産物ですね。

 「トメ」とか「ウメ」とか、そういう名前で呼ばれさえせず、そもそも名前を覚えてもらえることが期待できない。一律、「おちょやん」として呼ばれ、こき使われ、布団で寝させてもらうわずかな時間以外に、まともな休憩時間がない。それこそ、「私が死んでも代わりはいるもの」(『エヴァンゲリオン』 綾波レイ)的な存在でしかない。

 取替可能、存在価値が低いので、大事になどされません。休憩しようと思ったら、便所で仮眠するしかない。いうまでもなく、当時のトイレは汲み取り式。悲惨すぎます。「おちょやん」は、「名前を失った少女」と考えてもらって結構かと思います。

 自分を押し殺し、奉公し続けるしか生きる術のない、それは苦しい日々だったようです。しかし、芝居に興味を持ちはじめた浪花さんは、文字さえ読めない自分から脱却するべく、独学で漢字を勉強しはじめます。それも汲み取り式の便所の個室で、でした。

 『水のように』には何回も自殺未遂のシーンが出てくるのですが、やっぱり「おちょやん」時代にもそういう気持ちになってしまうことがありました。

 原因はわずか2銭のことです。店の人から買い物を頼まれ、オツリの2銭を不注意で失ってしまいます。2銭を自分のフトコロに入れたと疑われることがイヤだったので、自殺しようと浪花さんは心を決めたのでした。

 首吊の場所として選ばれたのは、やっぱり便所……。しかし猫が何かを察したらしく、便所に乱入、まとわりついてきたので自殺しなくて済んだらしいのです。それ以来、浪花さんは猫を大事にしたそうです……。

 このような「ドス黒い汚点」ばかりの記憶が惜しげもなく披露されていくわけです。

 その後も続くわ続くわ、苦労の日々。「おちょやん」時代を抜け出し、あるご家庭の女中になったときも、給料はすべて先払いで、例のダメな父親が持って逃げた後だったりしたのです。悩んだ浪花さんは、

「そうだ、京都へ行こう」(原文ママ)

 と思い立ったのでした。

ーー後編に続きます