2017年に同性婚を認めないことは違憲であるとの判決が下り、19年5月に同性婚が法的に認められることとなった台湾。同性婚合法化から1年で3500組以上のカップルが結ばれたが、国境を越えた複雑な問題にも直面している。
香港東網(6月4日付け)が、中国・マカオ特別行政区出身の男性と台湾人男性のカップルの婚姻について報じている。ともに台湾で生活を営んでいたという2人が、同性婚が合…
2017年に同性婚を認めないことは違憲であるとの判決が下り、19年5月に同性婚が法的に認められることとなった台湾。同性婚合法化から1年で3500組以上のカップルが結ばれたが、国境を越えた複雑な問題にも直面している。
香港東網(6月4日付け)が、中国・マカオ特別行政区出身の男性と台湾人男性のカップルの婚姻について報じている。ともに台湾で生活を営んでいたという2人が、同性婚が合…
日本の国会に相当する台湾・立法院にて、同性婚を容認する特別法が成立し、施行されたのは2019年5月。あれから約1年たった今、台湾はアジア初の同性婚容認国としてどのような変化を遂げたのか。今回は、男性同士の恋愛を扱った台湾映画『先に愛した人』に触れながら考えていきたい。その前に、まずは、同性婚の法制化を促したある事件を振り返ろう。
19年にこの法案が成立した背景には、ある同性カップルの事件があった。「同性愛」に関しては、台湾でも長年議論され続けてきたが、この事件をきっかけに民意が「同性婚賛成」に傾いたと言っても過言ではないだろう。
16年10月16日、フランス国籍を持ち、台湾大学の教授を務めていたジャック・ピクゥ(Jacques Picoux)さんが自殺した。彼は同性愛者であり、その1年前に伴侶のズン・ジンチャオ(曾敬超)さんを病気で亡くしていた。2人は35年間パートナーとして同棲生活を送っていたという。台湾でささやかな家、そして車を購入し、共に余生を過ごそうと誓い合っていた。しかし、フランス国籍を持つジャックさんは、法律上台湾でローンを組むことができなかった。そのため、家も車もズンさんの名義で購入していた。このことが、ズンさんの逝去後、ジャックさんを苦しめることになるのだった。
法律上、ズンさんと婚姻関係を持っていないジャックさんに遺産を継ぐ権利はない。ズンさんの親族は、家や車などを自らの物だと主張し、国も法に従ってその主張を承諾した。パートナーのみならず、お金を出し合って購入した家も車も失ってしまったジャックさんは、2つの台風が上陸したその年に荒れ狂う天気の中、マンションの10階から飛び降りた。
死の直前まで一緒にいたという彼の元教え子は、「先生は絶望の中で『あの家を燃やしてしまいたいよ』と笑っていた。冗談かと思っていたのに……あの財産は先生の物であるべきでした」と涙ながらに話している。
このニュースが現地メディアで報じられると、「こんな悲しい事件を社会は二度と起こすべきではない」という世論が少しずつ形成されていった。LGBTQにも、一国民としての保証や法の庇護が必要であると声を上げるメディアも増えた。そうした気運の中で行われた国民投票によって、「同性婚」を認める法案が可決されたのである。
法案が成立する少し前、18年11月に同性婚をテーマにしたNetflix映画『先に愛した人』(原題:誰先愛上他的)が公開された。
主人公である高校生・チェンシーの父は、自分がゲイだということを家族に告げ、家出する。数年後、父がガンで亡くなったことを知らされるも、保険金の受取人が変更されていることが判明。怒り狂った母親が訪ねたのは、父親の「愛人」で、小劇団の監督を務める男・アージェの自宅だった。母親は「男のお前に保険金を受け取る資格はない」「この泥棒猫!」と怒鳴り散らすも、アージェは「なんのことだ」と素知らぬ顔。その後、母親のかんしゃくに耐えられなくなったチェンシーは、アージェのマンションに転がり込み、行動を共にすることに。「父の愛人」だったという男を通して、父親の本当の姿を目の当たりにする……といった物語だ。
リアルな台湾の街並みを舞台に、同性愛に対する偏見、家族の苦悩を赤裸々に描いた本作は、「異性婚しか認められていない中で、公的な書類もなく、保険金すら受け取れない」という同性カップルが抱えるシビアな現実を突き付けてくる。
中でも、息子が同性愛者だと知らないアージェの母親が「ずっとガールフレンドがいないものだから心配していたの」と悪気なく語るシーンは、「常識」=「異性愛」という固定概念をリアルに示している。そして、「自分の家族が同性愛者だったとしても受け入れることはできるのか」「人々はどこか他人事なのではないか」という問題提起を、観る者に問いかけるようでもある。
本作は、現地の映画ファンからの、「楽しく見終えたはずなのに心から離れない何かがある」「鑑賞時はバスタオル必須」といった評判に後押しされ、中華圏を代表する映画賞である金馬奨に作品賞、主演男優賞、主演女優賞、新人賞、新人監督賞、オリジナル脚本賞、主題歌賞、編集賞、の計8部門でノミネートされた。ヒステリックな母親役を演じたシェ・インシュエンが主演女優賞を受賞したほか、主題歌賞、編集賞も獲得。また、19年の米アカデミー賞国際長編映画賞に台湾代表作として出品もされた。ノミネートこそ逃したが、選考委員会は、本作がジェンダーの多様性とそれをめぐる問題をユーモラスに反映している点を指摘し、「台湾が今まさに向き合っている権利平等のマイルストーンと生命力が示されている」と評価した。現在、日本でもNetflixで視聴することが可能だ。
ジャックさんの事件から4年、法案可決からもうすぐ1年がたとうとしている。『先に愛した人』が多くの観客に観られ、街なかで堂々と手を繋ぐ同性カップルを目にする機会も徐々に増えてきた。また、新型コロナウイルス危機の中で指揮をとり「マスク不足の回避」を徹底したことで、日本でも有名になったIQ180の”天才IT大臣”オードリー・タン(唐鳳)は、自身がトランスジェンダーであることをすでに公言している。これらに鑑みると、本当に少しずつだが、台湾の社会が変化しているようにも思える。
しかし、現行の法制度では、婚姻が成立したとしても血縁関係のない子どもを養子にできないし、同性カップルが子どもを持つための規定も整備されていない。そもそも、同性婚に対する偏見そのものがなくなったとも言い切れない。課題はまだまだ残されている。それでも法制化された以上、台湾の人々はこれからも同性婚、しいてはLGBTQの問題についてさまざまな議論を重ね、考えていくだろう。そうした議論はやがて、日本にもポジティブな影響を及ぼすかもしれない。
――米軍では今年4月からトランスジェンダーの入隊制限を開始。このトランプ政権の政策には大きな反発が起きている。一方で隣国の韓国では兵士の同性愛が禁止され、こちらも人権団体の非難の対象だ。一方で日本の自衛隊では、LGBTへの対応に関する目立った報道はなし。その存在は緩やかに容認されているように見えるが、本稿における取材でさまざまな問題が見えてきた。
今年4月から始まった、米軍のトランスジェンダー入隊制限。米軍では、第二次大戦の頃から続いていた同性愛者の従軍禁止がクリントン政権下で条件付きで解除。オバマ政権下ではトランスジェンダーの受け入れ方針も決定していた。そうした流れにも逆行するトランプの政策は強い反発を呼んでいる。
一方、自衛隊のLGBTへの対応では、ニュースになるようなトピックは少ない。2017年の一部規則の変更で、性的指向・性自認に関する偏見的な言動がセクハラに認定されるようになった程度だ。そのセクハラの注意喚起は、自衛隊のコンプライアンス・ガイダンスにも明記されており、LGBTの存在は自衛隊内で事実上、容認されているようにも見える。 この日米の状況の違いはどう考えるべきなのか。名古屋市立大学人文社会学部准教授で、ジェンダー論、セクシュアリティ論が専門の菊地夏野氏はこう解説する。
「米軍と比較して自衛隊がLGBTに寛容かというと、決してそうは言えません。そもそも米国においてジェンダーやセクシュアリティの問題は、宗教的な信念・価値観に深くかかわるもの。そのため深い議論が長年続いてきました。一方の日本では、LGBT関連の報道は近年増えたものの、メディアも国民もどこかひとごとの雰囲気があります。性別変更にかかわる性同一性障害特例法も、その厳しい要件(婚姻をしている人や未成年の子どもがいる人は申請が認められない)の違憲性を問う裁判が行われているのに、ほとんど報道がありません」
つまり米国は「ジェンダーやセクシュアリティに関する論争・対立が日本より見えやすいだけ」であり、差別的な実態は日本にも温存されているのだ。
では自衛隊内ではLGBTの隊員にどのような対応がなされているのか。陸上自衛隊在籍中に自身のセクシュアリティを自覚し、退職後に性別適合手術を行った松﨑志麻氏に話を聞いた。
「96人の同期の女性隊員には、私と同じFTMの人が7人ほどいて、バイセクシュアルや同性愛の隊員も数名いました。私は広くカミングアウトをしている珍しいタイプでしたが、周囲から特別扱いされることもなく、ごく自然に接してくれる人も多かったです」
ただ、ホルモン治療や性別適合手術の相談をすると、「上司によって対応が分かれる」とのこと。
「理解のある上司のもとでは、ホルモン治療や胸の手術が認められた隊員もおり、航空自衛隊の幹部には性別適合手術まで終えた方もいるそうです。私の場合も、最初の上司は理解のある方でしたが、その次の上司は治療の相談に対して『それだけお金があるなら俺に原付を買ってくれ』と言うような人でした。その上司は私が女性の隊舎に住むことも問題視し、『監視が必要だから一人部屋も認めない』とも言われました」(松﨑氏)
松﨑氏によると、別の部隊に在籍したFTMの隊員には、事実無根の噂や悪口を周囲やネットに広められた人や、「男なら胸や尻を触っても大丈夫だろ」とセクハラをされた人もいたという。ハラスメントは実態として存在していたのだ。また入隊時は全員が基地内で生活する自衛隊では、共同浴場での入浴もハードルになる。
「FTMの人にとっては共同浴場での入浴は苦痛なのですが、下の階級の隊員は個別のシャワーを利用できない駐屯地(陸上自衛隊の基地)もあります。そのため水しか出ない消灯後のシャワーで、こっそり体を洗っている隊員もいました」(松﨑氏)
GID(性同一性障害)の診断やホルモン治療、性別適合手術を行う自由が丘MCクリニックの大谷伸久氏も次のように話す。
「一般企業ではGIDの診断書を提出すれば、トイレや更衣室の問題も対応してくれるところが増えていますが、共同浴場もある自衛隊では柔軟な対応はまだ難しい。また規則に基づいて行動するのが原則の組織ですから、GIDの隊員への対応も部隊内で目立たない範囲で行わなければいけないでしょう。対応が上司次第になるのはそのためでしょうし、当院を利用した自衛隊の方によると、『手術したらクビにするぞ』と言った上官もいたそうです」(大谷氏)
自衛隊はもともと男女の扱いの違いがハッキリした組織であり、「男らしさを中心原理に動く組織」(菊地氏)でもある。「そのため男性から女性へと性別変更するMTFの人は、FTMの人以上に苦労することが多いのではないでしょうか」と菊地氏。実際に松﨑氏の周囲のトランスジェンダーの隊員はほぼ全員がFTM。MTFの知り合いの隊員は、「『なよなよしている』『女とばかり仲良くしすぎ』などといじめの対象になりやすかった」とのこと。ゲイやレズビアンの隊員については「カミングアウトをせずに働き続けている人が多いのではないか」と松﨑氏は話す。
「FTMの隊員が性別変更まで進むのは今も難しいでしょうし、自分らしく生きることをあきらめて自衛隊に残るか、自衛隊を出て性別を変えるかの選択を迫られることになるはずです。私は手術と性別変更のために退職しましたが、自衛隊の仕事は好きで、男性として戻ることも考えました。ただ、問い合わせをすると、『入隊はできても訓練やお風呂等の対応はどうなるかわからない』との回答でした」(松﨑氏)
現状で自衛隊に求められるのは、トランスジェンダーの隊員の入隊や、在籍時の手術・性別変更等への対応について、一定のルールを設けることだろう。
「自衛隊は何から何まで規則で動き、例外を作りたがらない組織です。上に明確なルールができれば、上官によって対応が異なる問題も解決するのではないでしょうか。また『性別を変えてから入隊する』という選択をする人が出てくれば、女子大がトランスジェンダーの入学について検討を始めているように、自衛隊も何らかの対応を始めると思います」(大谷氏)
将来的に幹部になる自衛官の教育などでは、「LGBTについての授業も行われるようになったと聞いています」と松﨑氏。なお日本政府と自衛隊のかかわりにも注視する必要がある。
「政府は女性活躍推進政策のアピール材料として、自衛官の女性比率増加を掲げています。それと同様に社会的なイメージアップ戦略として、自衛隊にLGBTに関する制度を設けたり、採用した隊員を広報宣伝に活用していくことも考えられます」(菊地氏)
ただ、それがイメージアップにとどまるもので、実態が変わらなければやはり問題だ。
「ゲイフレンドリーを積極的に打ち出し、パレスチナ人への人権侵害の事実を覆い隠すイスラエルの政策が『ピンクウォッシュ』と非難されたのと同様のことが、自衛隊で起こる可能性があります。また自衛隊とLGBTの関係は、『男性がマジョリティを占める組織にLGBTが参入することで本当に差別はなくなるのか』『そもそも戦闘も行う組織に加わるべきなのか』といった観点や、自衛隊の存在をどう捉えるかも含めて議論すべきです」(菊地氏)
男性原理が強く支配する自衛隊と、LGBTの関係を考えること。それは日本社会の問題点や課題と向き合うことにもなるのではないか。(月刊サイゾー9月号『新・戦争論』より)
この数年でLGBTという言葉がかなり浸透してきた日本だが、LGBTの人々にはまだまだ暮らしにくい世の中ではある。
一方、LGBT人口が約7,000万人ともいわれる中国では、ビジネス業界に一定の規模を持つ市場として認識され始めている。
そんななか、中国最大の同性愛者専用デートアプリ「Blued」運営会社が、アメリカで上場間近だと伝えられた。
「ブルームバーグ」(8月30日付け)によると、中国発の同アプリは世界全体で約4,000万人もの会員を抱え、中国国内の同性愛男性の90%(約2,700万人)が、このアプリに登録しているという。同社は、来年にアメリカ市場への上場(IPO)を目指しており、現在のところ、評価額としての企業価値は10億ドル(約1,000億円)に達しているとされる。
しかし、これまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
Bluedの前身となるゲイ専用コミュニティサイト「淡藍色的回憶」が誕生したのは2000年のこと。創設者の耿楽氏は元警察官だ。自身も同性愛者であったことや、当時、中国国内で性的少数者に対する偏見が大きかったことなどを理由に警察を辞め、自分と同じ立場の人々のための情報サイトを立ち上げたことが起業のきっかけだった。
当時の中国では「同性愛は精神疾患である」と見なされていたこともあり、開設したサイトに対する苦情の声が当局に寄せられるなどの憂き目にも遭ったという。しかしそんな中、08年に転機が訪れる。当時、中国ではHIV感染やエイズ患者数が爆発的に増えており、政府はその対策に頭を抱えていた。耿氏は、そこに目を付けたのだ。
耿氏は自身の運営するサイトで、エイズに関する啓蒙活動を行うことにしたのである。この選択が、同社を1000億円企業へと成長させるきっかけになった。中国国内のエイズ予防センターなどの医療機関と提携し、会員に対してエイズ検査の受診を積極的に呼び掛けたり、医療機関の情報を提供するなど活動を行っていた。こうした活動の結果、12年、耿氏は中国国務院(日本の内閣に相当)からエイズ予防委員会の正式メンバーとして招集を受けたのである。当初、単なる同性愛者の出会い系サイトと見られていたBluedは、中国政府公認のもと、エイズ予防も行う企業となっていったのだ。
現在Bluedは日本語を含め世界11カ国語に対応するなど、世界的アプリへと成長を続けている。日本でもLGBTの社会浸透をビジネスチャンスととらえる企業や起業家が増えれば、彼ら当事者たちにとって、より住みよい社会に近づくきっかけとなるかもしれない。
(文=青山大樹)
――前記事では海外での童話の規制事情を紹介してきたが、実は創作童話や児童文学の締め付けも厳しいみたいで……。
何百年も前の童話の中には今の価値観だと許されないような表現や描写もあるだろう。その結果、前記事でも紹介したような排除運動が起きているわけだが、憂き目にあっているのは童話だけではない。
米国では図書館や学校に対して行政ではなく、保護者がクレームを申し立て、特定の地域だけで禁書にされた創作童話や児童文学がある。わかりやすいのは、人種差別的だという『ハックルベリー・フィンの冒険』や、反キリスト教的だとしてやり玉に挙げられていた『ハリー・ポッター』シリーズだろう。一方で、イマイチよくわからない理由で禁書に指定された本もある。
例えばディズニー映画でもおなじみの『クマのプーさん』は06年にカンザス州の一部地域において「動物が人間の言葉を話すという表現は神への侮辱」という理由で、禁書になっている。また、カンザスつながりでいえば『オズの魔法使い』は「子どもに無利益であり、子どもを臆病にさせる」という理由で、シカゴやテネシーなどの図書館や学校で禁止されたこともある。
さらに、ニューヨークの動物園で赤ちゃんペンギンを育てる2羽の雄ペンギンの実話を描いた『タンタンタンゴはパパふたり』(日本語版・ポッド出版)という絵本は、05年の出版以降、多くの保守的な地域で「LGBTQIA+コンテンツだから」という理由で禁書となった。ちなみに、シンガポールでは14年に国立図書館で破棄処分されている。
そして昨年も同じような理由で、『にじいろのしあわせ~マーロン・ブンドのあるいちにち~』など、LGBT理解と個性の尊重を訴える児童書や絵本が何冊も禁書扱いされた。「宗教」や「教育」という名目なのかもしれないが、大人の思惑で子どもたちから本を取り上げていいのだろうか。
――学校や図書館から童話を取り上げる動きはスペインに限ったことではない。ここでは各地で行われている童話の追放運動を見ていこう。
●ディズニー版ですらNGなの?
カタール
2016年、SEKインターナショナル・スクール・カタールという私立学校に通う生徒の保護者が、学校の図書館に置いてあったディズニー版『白雪姫』は「性的な描写を連想させ、イラストや文章が教育上好ましくない」という理由(どのシーンかは不明)で、カタール最高教育審議会(SEC)にクレームを申し立て、SECは学校側に本を撤去するように命じた。「The Guardian」紙によると、性的、もしくは品位を欠くという理由で、コンテンツに検閲が入ることはカタールでは珍しくないという。
●「相手の同意なしのキス」は有害
イギリス
2017年、ニューカッスルの学校に通う息子が借りてきた『いばら姫』を現代版に描いた児童文学を見た保護者が、同書で描かれている「眠っていて意思表示ができない女性にキスをするという行為は、『相手の同意なしに性的行為に及ぶ』というレイプの根本的問題と重なる」として、学校の教材から外すべきだと主張。ツイッターでも問題のページを開いた写真と「#MeToo」のハッシュタグを用いて問題提起したが、彼女のクレームに対しては多くの反対意見が上がった。
●行政が主導して童話を排除?
オーストラリア
2017年、メルボルンがあるビクトリア州政府は、学校や幼児教育にジェンダーバイアスを見直す教育プログラムの一環として、教室内にあるおもちゃや絵本の中に、男女のステレオタイプを助長するようなものがあれば排除すると、一部報道で伝えられた。このプログラムが実行されることで『シンデレラ』、『美女と野獣』、『ラプンツェル』などの童話が教室から撤去されると問題視されたが、州政府は「童話を締め出すことはあり得ない」と説明した。
●そもそも禁書が多すぎる!
米国各地
上のコラムでもいくつか紹介しているが、米国では図書館に対して、「この本を置くな」と市民団体からクレームが寄せられたり、学校が指定する課題図書にも「こんな本を子どもに読ませるな」と保護者が噛みつくことがあり、これまでに数多くの本が禁書扱いされてきた。童話もご多分に漏れず、90年にはカリフォルニア州の2つの校区で『赤ずきん』の「子どもなのにワインを持っている」イラストが問題視されて禁書となった。(月刊サイゾー7月号『ヤバい本150冊』より)
東洋一のゲイタウンとして名をはせた「新宿二丁目」。東西約300m、南北約350mという狭い区画の中には、雑居ビルが建ち並び、300を超えるゲイバーやレズビアンバーが店舗を構えている。
戦前には遊郭が栄え、戦後は赤線・青線地帯だったこのエリアは、いつの間にかセクシュアルマイノリティが集う街へと変遷した。その事実を知っている人であっても、現在の新宿二丁目を“二丁目”たらしめている歴史的背景を熟知している人は少ないだろう。
ベールに包まれた街の秘密を、膨大な資料に基づいてひもといた書籍が『新宿二丁目』(新潮新書)。自身も新宿二丁目でゲイバーを営む、著者の伏見憲明氏にインタビューを行い、いまなお新陳代謝が進む摩訶不思議な街の実態に迫った。
■ひと昔前は隠れるように歩き、忍び込む街だった
――LGBTタウンとして知られてきた新宿二丁目ですが、最近はヘテロセクシュアル(異性愛者)の男女も気軽に訪れることができる街に変容している印象です。
伏見憲明氏(以下、伏見) ええ、だいぶ変わりましたね。ひと昔前は、誰にも見られないように、店と店の間を小走りで移動する人が少なくなかった。隠れるように飲んで隠れるように帰る、そんな街でした。かつては、店の中は満席でスゴい熱気に包まれていましたが、外はがらんと誰もいない雰囲気でした。90年代後半まではそんな感じですね。現在は週末、とりわけ夏場なんか通りに人があふれているけど。
――著書『新宿二丁目』では、繁華街であるだけではなく、多様性や包摂を体現している街と表されています。雰囲気は変わっても、その本質は変わっていない印象ですか?
伏見 そうですね、というか、新宿自体が吹きだまりみたいな街ですからね(笑)。多様な人が集まって同じ空間を共有するわけなので、個人の感覚、趣味、主義主張だけ押し通すと、居心地が悪い。時には対立しても、譲り合ったり、我慢したり。だからこそ、新しい出会いから何が生み出されるんですよね。その積み重ねが、新宿二丁目の輪郭を形成してきたのだと思います。
――なるほど。ちなみに、2018年の東京レインボープライドでは、浜崎あゆみさんが新宿二丁目への思いを語って話題になりました。伏見さんもゲイバーを経営されていますが、女性一人で来店するお客さんも少なくないですよね。
伏見 ゲイバーといえば、かつては男性同性愛者が恋愛やセックスの相手を見つける場所でしたけど、いまや恋愛もセックスもマッチングアプリで調達できる時代ですからね。なので、男性同性愛者がゲイバーを訪れる動機も変わってきている気がします。バーもゲイ相手の商売だけでは、なかなか店が回らない。そうした変化を受けて、女性も足を踏み入れやすくはなっていますよね。
――ヘテロセクシュアルの女性は、もちろん恋愛やセックス目当てではないわけで、そうなると何を求めて足を運んでいるのでしょうか?
伏見 強いて言えば、“行き場のない何か”を抱えている人が多いような気がします。“オンナ”というジェンダーに違和感を持っていたり、オンナとしての商品性を競い合ったりするのに疲れているように見えます。だから女同士でいるよりも、ゲイが中心の空間のほうがリラックスできるのかも。ゲイバーは、たとえ女性が裸になったとしても「あ、服着てもらえますか? っていうか勘弁してください」と言われるような場所ですからね(笑)。性的に見られないことによる心地よさを求めているのかもしれません。
――ゲイバーは、ジェンダーに起因する疲れが生じない空間ということですか?
伏見 そう思います。というか、女同士って人間関係が大変じゃないですか。油断できないところがあるでしょ? じゃあ、対男性でいいかっていうと、それはそれで性的な記号としてのオンナ性を意識せざるを得ない場面も多い。いろいろ消去していった結果、ゲイが多い空間が一番楽じゃない?って(笑)。女性からすると「所詮オカマだろ?」だし、ゲイも「所詮オンナだろ?」って、お互いそこそこ馬鹿にし合っているがゆえの、均衡が保たれている気がしますね(笑)。差別ゆえの対等。
――絶妙なあんばいの人間関係ですね。
伏見 人間関係で一番難しいのは、実は“対等な関係”だと思うんです。上下関係やジェンダー規範に沿って行動しているほうが、案外楽なんですよね。それに比べて、対等性を維持することって思いのほか大変。女同士だと対等でいることに神経質にならざるを得ないし、対男性ならジェンダー的な気配りも求められる。だから、ある意味、“どうでもいい関係”が楽なんですよ。ゲイバーに来店した女性にとって、隣に座っているゲイは、どうでもいい関係でいられる相手。ゲイという記号性を媒介にすることで、難しい人間関係から解放されて楽になれる女性が多いのかなと思います。ただ、どうでもいいから、雑なコミュニケーションでOKっていうわけにもいかないところが難しいけど(笑)。
――とはいえ、ノンケNGのゲイバーも少なくありません。ちなみに、伏見さんのお店「A Day In The Life」は、さまざまなセクシュアリティの人を寛容に受け入れていらっしゃいますよね。
伏見 誰にでも開かれているってわけでもないですよ。ゲイバーがすべての人を受け入れたら、ゲイバーでなく、ただのバーですからね(笑)。やはり“特別な空間”でないとつまらない。ちなみに、僕の見立てですが、席の半数はゲイで埋まっていないと面白くならないかな。カクテルと同じで、何をベースにするかで、空間の面白さや個性が出るんですよね。なので、うちは、一応ゲイが主役というのを建前にしている。あとは脇役。それを排除だと言われても、「会員制なので」というスタンスを取ります。ちなみに、初来店の女性のお客様には、「“ブス”って言われても“下女”って言われても、それを楽しんで受け入れられますか?」って聞いて、ゾーニングというか、ふるいにかけていますね(笑)。
――ゲイバーとしての個性を保つためには、排除と寛容のバランスが大切だということですか? お客さんの中には、“二丁目らしいコミュニケーション”を求めている人も多いように思いますが、二丁目にはユーモラスでウィットに富んでいる、特異なコミュニケーションのありようが存在していますよね。
伏見 そうですね。たとえば、勤め先や肩書、どんな車に乗っているかとか、つまり自分がどれだけ勝ち札を持っているかに左右される“マウンティングのコミュニケーション”で成り立つハイソな街もありますが、その点、二丁目って世間的なヒエラルキーはそれほど重要ではない。どんな大会社の社長も、フリーターも、同じ空間にいて違和感がありませんから。
女性もどれだけきれいかとか、おしゃれかで評価が上がるわけでもなく、むしろレベルが低ければ低いほど面白がられるわけです。たとえば、「アンタ、ほんとにブスね!」って言われて、どう返すかがむしろ大事。「これでも整形してるんです!」くらいネタで言ってほしい(笑)。だから「お金持ちのお嬢様です」ってアピールされても、「へぇー……」みたいな感じ? 自虐のコミュニケーションっていえばいいのか、“負け札をどれだけ楽しめるか”に根差したコミュニケーションが受け継がれているんですよね。
――それを面白がれる人が集う場所って、肩の力が抜けるというか、無理したところで見抜かれるからこそ心地よいのかもしれないですね。特異であり、希有な街として、いまもなお存在感を放つ二丁目を、伏見さんも著書で「生きることを共有する場であった」と回顧されていますが、それはつまり、どのような場所でしょうか?
伏見 いまでこそ、LGBTフレンドリーな人も増えましたけど、僕が若かりし頃なんてセクシュアルマイノリティであることを、家庭や職場で大っぴらにできない時代でした。正直な自分をさらけ出せなかった時代、「本当の自分」で生きることができたのは二丁目だったんです。でも、僕自身、最初から好きだったわけではないですね。
――それは、なぜでしょう?
伏見 僕が初めて足を踏み入れたときは、あまりにも性的な街で、ゲイにとっては、それはそれで闘いがあるんです。ゲイバーの扉を開くと、あからさまに値踏みされましたからね。イケメンだったらいいけど、僕みたいなブスはあっさり終了。闘う前に試合が終わってるもんだから、「揚がっちゃってるわよね~」なんて言われて「天ぷらホモ」とか、4年に1回しかチャンスがないからって「オリンピックホモ」とか、ヒドいあだ名付けられちゃって(笑)。本当にモテなかったので、二丁目に足を運んでも、つらかったし面白くなかったんです。
――いまはどうですか?
伏見 大人になると、ブスにはブスなりの楽しみ方があることがわかってきます(笑)。また、不思議な出会いやワクワクすることが自然と生まれるところに、面白みを感じられるようになりました。
――たとえば、どのようなことでしょう?
伏見 最近デビューしたドラァグクイーンのユニット「八方不美人」も、うちの店でたまたま飲んでいた作詞家の及川眠子さんの、「楽曲を提供するわよ~」なんてひと言がきっかけで生まれたり、うちの店長のこうきが絵本を出したときも、やっぱりうちで飲んでいた中村うさぎさんが「文章を書くわよ~」なんて言ってくれたことで刊行が決まったり。あと、うちは「生産性を上げなきゃ」ってことで、店で男女の出会いをアシストすることもあるんですよ(笑)。僕自身おせっかいな仲人ババアの趣味があって、それで自分の快楽を満たしているだけなんですけどね。
――集う人の価値観が変わると、ひいては街も変わりますよね。伏見さんは、これからの二丁目を、どのように展望されていますか?
伏見 確実に、「ゲイの街」ではなくなっていくでしょうね。いまの流れに従って、男性同性愛者の出会いの場としての機能は縮小し、女性や外国の方が増えて、本当の意味で多様な街になると思います。
あと、現在二丁目全体がビルの老朽化による建て替え期に差し掛かっているので、家賃の上昇も予想されます。うちみたいな小さなスナックだと、いつまで商売を続けていけるのかなとは思いますね。料金を高く設定しないと商売が成り立たなくなると、二丁目の文化も変わっていくと思います。かつての赤線・青線地帯からゲイタウンに変貌を遂げたのも、数十年とたたないうちですから、仕方ないとうえば仕方ないですよね。街は、そうやってどんどん変わっていくものなのかなって思っています。
(末吉陽子)
伏見憲明(ふしみ・のりあき)
作家。1991年、『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房)でデビュー。『魔女の息子』(河出書房新社、第40回文藝賞受賞作)、『欲望問題』(ポット出版)など著書多数。最新刊は『新宿二丁目』(新潮新書)。2013年、新宿二丁目にゲイバー“A Day In The Life “を開店。
・アデイonline
親子たるもの無償の愛で結ばれるものだと信じて疑わない人は、いまの世の中にどれほどいるだろう? 過去最多を更新し続ける国内の虐待件数を目の当たりにすると、どうやら必ずしもそうではないらしいと気づいてしまうものだ。
しかし、これほどまでに成育過程で親の愛を刻めなかった人も珍しいかもしれない。新宿二丁目のゲイ・ミックス・バーで働きながらイラストレーターとしても活躍の幅を広げている、こうきさんである。
「平手打ちをはじめとする日常的な暴力とネグレクト」「自室は小鳥やハムスターの飼育部屋」「汚物を見るかのような目線を向けられる」「高校卒業と同時に無言で持ち物を捨てられ、ホームレス生活を余儀なくされる」ーー両親から凄惨な虐待を受けてきた。
学校では動物臭いといじめられ、ゲイであることをアウティングされ、高校卒業後は公園で寝泊まりしていた時期もあった。自身のセクシュアリティから新宿二丁目にたどり着き、心ある人たちに救われた。が、いまでも自分の中にくすぶり続ける“怪物”と戦っている。
そんなこうきさんの体験をもとにした絵本、『ぼくは、かいぶつになりたくないのに』(日本評論社)が2018年12月に発売になり、話題を呼んでいる。文章はエッセイストで小説家の中村うさぎさんが担当、絵はこうきさん自身が描いた。
1月10日には、出版を記念して「居場所・つながり・新宿二丁目」をテーマにコミュニティセンターaktaでトークイベントが開催された。こうきさんをはじめ、中村さん、熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)、マダム・ボンジュールジャンジさん(コミュニティセンターaktaセンター長)が登壇。こうきさんが働くバーのママでもある、作家の伏見憲明さんが司会を務め、愛や他人とのつながりについて、それぞれの観点から語られた。そのハイライトを紹介したい。
親の愛情を知らずに育ったこうきさんは、「高校時代から寂しさを埋めるように、体のつながりにのめり込んでいった」と振り返る。しかし、セックスだけの関係にもむなしさを感じるようになり、仲間づくりのためHIVをはじめとしたセクシャルヘルスに関する情報を発信するaktaでボランティアをするようになる。そこでの活動を通して伏見さんに誘われ、バーに勤務、さらにそのバーの常連である中村さんとも知り合った。
伏見さんと中村さんの後押しもあり、クラウドファンディングで自らの生い立ちを描いた絵本を出版することになったという。ここでは絵本の細かい描写は控えるが、なんともかわいらしいタッチの絵でありながら、おどろおどろしく、筆者はページをめくるごとに背筋がゾッとするトラウマ級の感覚を抱いた。
それは、こうきさんが幼少期から連綿と続く「ぐちゃぐちゃにしてやる、自分の気持ちをぶつけて破壊するっていう気持ち」を表現しているからに他ならない。中村さんも「こうきくんの絵を初めて見たときに、こういう絵を描くんだと衝撃を受けました。この子の抱えるものに興味を持ち、代弁できたらと思いました」と話す。
また、脳性麻痺で手足が不自由ながら、東京大学先端科学技術研究センター准教授として障害者の差別問題に長年取り組んでいる熊谷さんは、生い立ちは違えど、こうきさんに共鳴すると話す。
「障害者を健常者に近づけることを目的にしたリハビリ施設に通っていたのですが、暴力や抑圧と紙一重の日々。3歳の頃から全部焼き尽くす、夜な夜なかめはめ波(漫画『ドラゴンボール』に出てくるエネルギーを放出する技)で施設を焼き尽くすようなイメージにふけっていました」(熊谷さん)
こうきさんの絵本には、自立を連想させる象徴的な絵がある。家を追い出され、行き場がなくなった当時の自身を描いたものだ。孤独のピークに達しながらも、なぜか安らいだ表情であることをめぐり、トークテーマは「真の自立とは何か」に移っていった。
「こうきくんの両親ほど抑圧的じゃなかったものの、父親とは対立関係だった」と打ち明ける中村さんは、子どもの頃から一日でも早く自立したいと思っていたという。
「自立が人間の最高目標と考えていて、経済的にも精神的にも1人で生きていることに重きを置いていました。でも、病気をしてからは、夫に支えられないとコンビニにも行けない状態。苦しくて泣いたこともありました。そんな時、熊谷さんが『自立は依存先をたくさん増やすこと』とおっしゃっていたのを耳にして、目からウロコでした。依存はいけないっていうけど、ちょっとずつ増やしていかないと、生きるのが苦しくなるんですよね」(中村さん)
また、「俗に言う、普通の家庭に育ち、学校もそこそこ楽しんでいた」と話すのは、aktaを切り盛りするジャンジさん。しかし、トランスジェンダーというセクシュアリティもあってか、「自分が自分として、そこにいない感じ」は常にあったという。
「早くから家を出たいと思っていて、新宿二丁目に来て初めて、ほっとする感覚はありましたね。自分らしく居られる場所が、探しても見つからないなら自分でつくろうと思って、性別やセクシュアリティ、国籍を超えて集まれるパーティを企画するようになりました」(ジャンジさん)
それに対して、親からの深くも重い愛情を受けて、逆に「愛情に殺される」と感じていたという熊谷さん。身体的に介助がない生活は厳しいながらも、1人の開放感を味わいたいと18歳で家を出ることを決意したそう。
「開放感はあったんですけど、依存先が親という1カ所しかないような状態だったので、へその緒を切断したような気持ちでした。ただ、それによって息ができた。外に出たから、いろんな人とつながれました。依存先が少ないと、たとえば暴力を振るわれても逃げ先がないので、いつでもだれでも切れるようにしておいた方がいい。そのため、依存先は増やした方がいい。相反するようですが、自立するためにも依存先は必要になると考えています」(熊谷さん)
三者三様の経験を踏まえて、「自立せざるを得ない不幸もあれば、自立させてもらえない不幸もある」と伏見さん。
熊谷さんのいう“へその緒”とは、つまるところ、愛情に裏付けられた親とのつながりのことだろう。しかし、そのつながりを断ち切ったとき、すべからく穏やかでいられるとは限らない。中村さんは次のように考察する。
「親との太いへその緒があると、恋愛関係などで同じくらい太くて強烈な絆を求めがちですよね。私自身、親から自立した直後は男への依存が強かったと思います。それで最初の結婚にも失敗しましたし。年を重ねたからこそ、他人との太い関係はやめておこうと割り切れますけどね」
捉えようによってはリスキーな依存関係を回避するため、熊谷さんはつながりを分類することを勧める。
「こうきさんがセックスだけの関係だけではなく、仲間を求めたことに近いかもしれませんが、私は生きるために欠かせないつながりと親密なつながりとを区別したいと思っています。私にとって、前者は介助者との関係なので、お気に入りのヘルパーさんを意識的に作らないようにしているんです。でも、生きる上では後者の親密なつながりも欠かせません。それは恋愛や性的に結ばれたいという相手。日本の家族制度はその2つのつながりをパッケージ化していますが、『分けましょうよと』思ってしまいますね」(熊谷さん)
2人のトークを受けて、「そもそも太い関係性にあまり関わってこなかった人生なので、いいなとは思うんですけど、どういうものなのか不思議なので、現実味がないですね」と話すこうきさん。しかし、伏見さんとの“親子関係の再構築”を経て、少しずつ感情に変化が出てきたという。
「僕にとって、こうきは子どもみたいな感覚で、経験できなかった親子関係を楽しませてもらってるんです。ちょっとしたお母さん気分みたいな。ただ、これはバーのオーナーとスタッフという雇用関係があって成り立っているもの。何もないと、ただのうざくておせっかいな“おばさん”ですよね。心配になると電話したり、旅行に連れて行ったり、肉体関係もないのに何やってんだって思いますけど、時給の何パーセントかには、疑似親子費用も含んでいるということで(笑)」(伏見さん)
それに対してこうきさんは、「僕も親がいたら、こういう気持ちなのかな。伏見さんが将来的に歩けなくなったり買い物へ行けなくなったりしたら、僕が手伝おうかなと思っています」と答える。
人は孤独の中では呼吸ができない。へその緒から与えられる酸素が絶妙な配分で胎児を生かしているのに対し、人間同士のつながりは調整が難しい。薄すぎでも濃すぎでも呼吸困難になりかねず、やっかいだ。
生まれながらに親子愛を否定されたこうきさんだが、新宿二丁目で息を吹き返した。それは、偶然の出会いによってもたらされたが、人のぬくもりを諦めなかったからこその必然だったのかもしれない。トーク終了後にあらためて読み返したこうきさんの絵本からは恐怖ではなく、過酷な状況でも生きようとする強さがにじみ出ているように感じた。
(末吉陽子)
親子たるもの無償の愛で結ばれるものだと信じて疑わない人は、いまの世の中にどれほどいるだろう? 過去最多を更新し続ける国内の虐待件数を目の当たりにすると、どうやら必ずしもそうではないらしいと気づいてしまうものだ。
しかし、これほどまでに成育過程で親の愛を刻めなかった人も珍しいかもしれない。新宿二丁目のゲイ・ミックス・バーで働きながらイラストレーターとしても活躍の幅を広げている、こうきさんである。
「平手打ちをはじめとする日常的な暴力とネグレクト」「自室は小鳥やハムスターの飼育部屋」「汚物を見るかのような目線を向けられる」「高校卒業と同時に無言で持ち物を捨てられ、ホームレス生活を余儀なくされる」ーー両親から凄惨な虐待を受けてきた。
学校では動物臭いといじめられ、ゲイであることをアウティングされ、高校卒業後は公園で寝泊まりしていた時期もあった。自身のセクシュアリティから新宿二丁目にたどり着き、心ある人たちに救われた。が、いまでも自分の中にくすぶり続ける“怪物”と戦っている。
そんなこうきさんの体験をもとにした絵本、『ぼくは、かいぶつになりたくないのに』(日本評論社)が2018年12月に発売になり、話題を呼んでいる。文章はエッセイストで小説家の中村うさぎさんが担当、絵はこうきさん自身が描いた。
1月10日には、出版を記念して「居場所・つながり・新宿二丁目」をテーマにコミュニティセンターaktaでトークイベントが開催された。こうきさんをはじめ、中村さん、熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)、マダム・ボンジュールジャンジさん(コミュニティセンターaktaセンター長)が登壇。こうきさんが働くバーのママでもある、作家の伏見憲明さんが司会を務め、愛や他人とのつながりについて、それぞれの観点から語られた。そのハイライトを紹介したい。
親の愛情を知らずに育ったこうきさんは、「高校時代から寂しさを埋めるように、体のつながりにのめり込んでいった」と振り返る。しかし、セックスだけの関係にもむなしさを感じるようになり、仲間づくりのためHIVをはじめとしたセクシャルヘルスに関する情報を発信するaktaでボランティアをするようになる。そこでの活動を通して伏見さんに誘われ、バーに勤務、さらにそのバーの常連である中村さんとも知り合った。
伏見さんと中村さんの後押しもあり、クラウドファンディングで自らの生い立ちを描いた絵本を出版することになったという。ここでは絵本の細かい描写は控えるが、なんともかわいらしいタッチの絵でありながら、おどろおどろしく、筆者はページをめくるごとに背筋がゾッとするトラウマ級の感覚を抱いた。
それは、こうきさんが幼少期から連綿と続く「ぐちゃぐちゃにしてやる、自分の気持ちをぶつけて破壊するっていう気持ち」を表現しているからに他ならない。中村さんも「こうきくんの絵を初めて見たときに、こういう絵を描くんだと衝撃を受けました。この子の抱えるものに興味を持ち、代弁できたらと思いました」と話す。
また、脳性麻痺で手足が不自由ながら、東京大学先端科学技術研究センター准教授として障害者の差別問題に長年取り組んでいる熊谷さんは、生い立ちは違えど、こうきさんに共鳴すると話す。
「障害者を健常者に近づけることを目的にしたリハビリ施設に通っていたのですが、暴力や抑圧と紙一重の日々。3歳の頃から全部焼き尽くす、夜な夜なかめはめ波(漫画『ドラゴンボール』に出てくるエネルギーを放出する技)で施設を焼き尽くすようなイメージにふけっていました」(熊谷さん)
こうきさんの絵本には、自立を連想させる象徴的な絵がある。家を追い出され、行き場がなくなった当時の自身を描いたものだ。孤独のピークに達しながらも、なぜか安らいだ表情であることをめぐり、トークテーマは「真の自立とは何か」に移っていった。
「こうきくんの両親ほど抑圧的じゃなかったものの、父親とは対立関係だった」と打ち明ける中村さんは、子どもの頃から一日でも早く自立したいと思っていたという。
「自立が人間の最高目標と考えていて、経済的にも精神的にも1人で生きていることに重きを置いていました。でも、病気をしてからは、夫に支えられないとコンビニにも行けない状態。苦しくて泣いたこともありました。そんな時、熊谷さんが『自立は依存先をたくさん増やすこと』とおっしゃっていたのを耳にして、目からウロコでした。依存はいけないっていうけど、ちょっとずつ増やしていかないと、生きるのが苦しくなるんですよね」(中村さん)
また、「俗に言う、普通の家庭に育ち、学校もそこそこ楽しんでいた」と話すのは、aktaを切り盛りするジャンジさん。しかし、トランスジェンダーというセクシュアリティもあってか、「自分が自分として、そこにいない感じ」は常にあったという。
「早くから家を出たいと思っていて、新宿二丁目に来て初めて、ほっとする感覚はありましたね。自分らしく居られる場所が、探しても見つからないなら自分でつくろうと思って、性別やセクシュアリティ、国籍を超えて集まれるパーティを企画するようになりました」(ジャンジさん)
それに対して、親からの深くも重い愛情を受けて、逆に「愛情に殺される」と感じていたという熊谷さん。身体的に介助がない生活は厳しいながらも、1人の開放感を味わいたいと18歳で家を出ることを決意したそう。
「開放感はあったんですけど、依存先が親という1カ所しかないような状態だったので、へその緒を切断したような気持ちでした。ただ、それによって息ができた。外に出たから、いろんな人とつながれました。依存先が少ないと、たとえば暴力を振るわれても逃げ先がないので、いつでもだれでも切れるようにしておいた方がいい。そのため、依存先は増やした方がいい。相反するようですが、自立するためにも依存先は必要になると考えています」(熊谷さん)
三者三様の経験を踏まえて、「自立せざるを得ない不幸もあれば、自立させてもらえない不幸もある」と伏見さん。
熊谷さんのいう“へその緒”とは、つまるところ、愛情に裏付けられた親とのつながりのことだろう。しかし、そのつながりを断ち切ったとき、すべからく穏やかでいられるとは限らない。中村さんは次のように考察する。
「親との太いへその緒があると、恋愛関係などで同じくらい太くて強烈な絆を求めがちですよね。私自身、親から自立した直後は男への依存が強かったと思います。それで最初の結婚にも失敗しましたし。年を重ねたからこそ、他人との太い関係はやめておこうと割り切れますけどね」
捉えようによってはリスキーな依存関係を回避するため、熊谷さんはつながりを分類することを勧める。
「こうきさんがセックスだけの関係だけではなく、仲間を求めたことに近いかもしれませんが、私は生きるために欠かせないつながりと親密なつながりとを区別したいと思っています。私にとって、前者は介助者との関係なので、お気に入りのヘルパーさんを意識的に作らないようにしているんです。でも、生きる上では後者の親密なつながりも欠かせません。それは恋愛や性的に結ばれたいという相手。日本の家族制度はその2つのつながりをパッケージ化していますが、『分けましょうよと』思ってしまいますね」(熊谷さん)
2人のトークを受けて、「そもそも太い関係性にあまり関わってこなかった人生なので、いいなとは思うんですけど、どういうものなのか不思議なので、現実味がないですね」と話すこうきさん。しかし、伏見さんとの“親子関係の再構築”を経て、少しずつ感情に変化が出てきたという。
「僕にとって、こうきは子どもみたいな感覚で、経験できなかった親子関係を楽しませてもらってるんです。ちょっとしたお母さん気分みたいな。ただ、これはバーのオーナーとスタッフという雇用関係があって成り立っているもの。何もないと、ただのうざくておせっかいな“おばさん”ですよね。心配になると電話したり、旅行に連れて行ったり、肉体関係もないのに何やってんだって思いますけど、時給の何パーセントかには、疑似親子費用も含んでいるということで(笑)」(伏見さん)
それに対してこうきさんは、「僕も親がいたら、こういう気持ちなのかな。伏見さんが将来的に歩けなくなったり買い物へ行けなくなったりしたら、僕が手伝おうかなと思っています」と答える。
人は孤独の中では呼吸ができない。へその緒から与えられる酸素が絶妙な配分で胎児を生かしているのに対し、人間同士のつながりは調整が難しい。薄すぎでも濃すぎでも呼吸困難になりかねず、やっかいだ。
生まれながらに親子愛を否定されたこうきさんだが、新宿二丁目で息を吹き返した。それは、偶然の出会いによってもたらされたが、人のぬくもりを諦めなかったからこその必然だったのかもしれない。トーク終了後にあらためて読み返したこうきさんの絵本からは恐怖ではなく、過酷な状況でも生きようとする強さがにじみ出ているように感じた。
(末吉陽子)
伊藤文學講演会山川純一氏の『くそみそテクニック』でおなじみ日本の同性愛雑誌のパイオニアである薔薇族の伝説的な編集長・伊藤文學氏が講演会を開催する。
テーマは「一人ぼっちの人たちをつないで」をつなぐ、だ。講演会のテーマは、月刊サイゾーで連載中のコラムからきたものである。
まだ現在のようにLGBTに理解がほとんどなく、いわゆる同性愛者に対して差別と偏見が横行していた時代から、そういった人たちによりそっていた伊藤文學らしいテーマといえよう。
開催日は12月16日で、会場はホテルニューオオタニ ガーデンコート1階 紀尾井フォーラムだ。主催はアンバーワールドアソシエイツ。
同社代表の林由香里氏は美に精通した女性だが、なぜLGBTに関した講演会を主催したのか訊ねてみたところ、「美しいものにスポットライトを当てたいのです」と、こうした文化に大きな理解力を示していた。
いまではゲイであることがタレント化するなどし、LGBT文化が世間一般に認められ、差別や偏見の少ない時代になってきた。いまの時代を伊藤文學氏はどう考えているのか。ここまでくるのに、彼はどのように偏見と闘ってきたのだろうか。当日はLGBT文化の第一人者として貴重な話が聞けるにちがいない。
チケットはアンバーワールドアソシエイツのツイッターからDMを送るか、電話かFAXにて申込みとなる。
席数は限られたものとなるので、早めに申し込もう。
伊藤文學講演会
「ひとりぼっち」の人たちをつないで
12月16日(日)
ホテルニューオオタニ ガーデンコート1階 紀尾井フォーラム
13時より開演
入場料 2,000円
チケットはこちらからDMを送るか、03-1587-1777まで電話
アンバーワールドアソシエイツ公式ツイッター
https://twitter.com/KohakuAmberAWA
伊藤文學講演会山川純一氏の『くそみそテクニック』でおなじみ日本の同性愛雑誌のパイオニアである薔薇族の伝説的な編集長・伊藤文學氏が講演会を開催する。
テーマは「一人ぼっちの人たちをつないで」をつなぐ、だ。講演会のテーマは、月刊サイゾーで連載中のコラムからきたものである。
まだ現在のようにLGBTに理解がほとんどなく、いわゆる同性愛者に対して差別と偏見が横行していた時代から、そういった人たちによりそっていた伊藤文學らしいテーマといえよう。
開催日は12月16日で、会場はホテルニューオオタニ ガーデンコート1階 紀尾井フォーラムだ。主催はアンバーワールドアソシエイツ。
同社代表の林由香里氏は美に精通した女性だが、なぜLGBTに関した講演会を主催したのか訊ねてみたところ、「美しいものにスポットライトを当てたいのです」と、こうした文化に大きな理解力を示していた。
いまではゲイであることがタレント化するなどし、LGBT文化が世間一般に認められ、差別や偏見の少ない時代になってきた。いまの時代を伊藤文學氏はどう考えているのか。ここまでくるのに、彼はどのように偏見と闘ってきたのだろうか。当日はLGBT文化の第一人者として貴重な話が聞けるにちがいない。
チケットはアンバーワールドアソシエイツのツイッターからDMを送るか、電話かFAXにて申込みとなる。
席数は限られたものとなるので、早めに申し込もう。
伊藤文學講演会
「ひとりぼっち」の人たちをつないで
12月16日(日)
ホテルニューオオタニ ガーデンコート1階 紀尾井フォーラム
13時より開演
入場料 2,000円
チケットはこちらからDMを送るか、03-1587-1777まで電話
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