地理テストで「支那」「南朝鮮」と回答、「君が代」唱和を要求……教員を悩ます“ネトウヨ中学生”が増加中!?

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 昨年12月、県立高校に通う男子生徒が、地理の試験で「中国」を「支那」と書いたら不正解になったとTwitterで公表。ネット上で物議を醸した。  この生徒は、支那ソバや支那竹、東シナ海といった表記が一般に使用されており、中国は英語表記でも「China」であることなどから、採点者の教員に抗議。しかし教員は、「『支那』は差別用語に当たる」として、採点を訂正しなかったようだ。  しかし、さらに若い世代にも同様の主張を展開する者たちがいる。神奈川県の公立中学校で、社会科を教える男子教員(44歳)は話す。 「中学校2年生のクラスで行った社会科地理のテストで、『中国』と答えるべき設問にやはり『支那』と回答していた生徒がいたのは昨年末のこと。採点済みの答案用紙を返すと、彼は『中国とは中華民国のこと』と教室で持論を展開し始めた。といっても、確信犯のようで、採点を訂正するようには求めてこず、『公立校は日教組支配だから仕方ないですよね』と、皮肉を言うだけだった。彼は以前にも、『韓国』と答えるべきところを『南朝鮮』と回答し、同じような行動をとっていたので、私も驚きませんでした」  保守というべきか、ネトウヨ的というべきか、こうした主張を繰り広げる生徒は、彼だけではないという。 「彼にはほかのクラスに、同じような思想を持つ仲の良い友人が2人ほどいるのですが、連名で『保守研究会』なる放課後クラブの設立を申請してきたことがあった。それは却下されたんですが、その後も、『毎朝の朝礼時に、なぜ『君が代』を歌わないのですか?』などといった質問をたびたび投げかけてきて、困惑している教員もいる」(同)  この教員によると、保守的な思想を押し出す生徒は以前から存在したという。しかし、違いが見られるのは思想の背景だ。 「これまでも、保守的なスタンスを持つ保護者の影響で、偏った政治的言動をするという生徒がまれにいた。しかし、彼らを見ていると、自らネット上で情報収集したり、生徒同士で互いに感化し合って思想を形成しているよう。彼らのうちのひとりを受け持つクラス担任の教員は、保護者から『親としても困っているので、どうにかしてほしい』などといった相談を受けたそうです。ただ、彼らはみんな、どちらかといえば地味な生徒で、普段の素行には問題なく、教員とはいえ思想に口を出すわけにもいかないので、どうしようもない」(同)   自民党より右寄りに立つ次世代の党は、昨年の衆院選で惨敗を喫したが、現在の中学生が選挙権を得る5~6年後には大躍進するかもしれない!?

ネタにマジレスするなんてカッコ悪い……ネトウヨが大勝利宣言する松江市『はだしのゲン』閲覧制限問題の真相

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はだしのゲン-全10巻
 行政がまさかのネトウヨに敗北か……? 島根県松江市の教育委員会がマンガ『はだしのゲン』について、昨年12月から市内の全小中学校に対して、教師の許可なく閲覧できない閉架措置を要請し全校が応じていた事件が注目を集めている。  松江市教育委員会では、閉架措置を決めた契機として市民の一部から「間違った歴史認識を植え付ける」として撤去を求める陳情があったことを挙げている。昨年8月に行われたこの陳情は、12月に不採択になったものの、市教委は「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンが小中学生には過激」とし、その月の校長会で同作を閉架措置とし、できるだけ貸し出さないよう口頭で求めたとしている。  新聞などの報道ではいずれも「市民の一部」からの陳情がきっかけとなっているが、実は陳情は松江市民が行ったものではない。なんと、遠く離れた高知市在住の人物が行った者なのである。  陳情者は、中島康治を名乗り「中島康治と高知市から日本を考える会」なるブログを運営している人物。ブログ内の記事やリンク先を見るに、正統派のネトウヨ……いや「行動する保守」の人物だと思われる。  松江市の小中学校で閉架措置が行われていることが報じられて以降ブログでは「祝〓ニュース速報」のタイトルで <嘘出鱈目はだしのゲンが、松江市の全小中学校で、自由に閲覧できない「閉架」扱いになったようです。いや~陳情やらなんやらで地味に動き回ってよかったです。>  と記し、陳情書の画像などを公開している。  また、過去のエントリーを見ると、この中島氏は地元高知県でも『はだしのゲン』を学校図書館から撤去するように求める陳情を行うも否決されている。  つまり、松江市教育委員会では陳情が否決されているにもかかわらず「残虐性」を主たる理由として、閉架措置に踏み切ったのである。作品中に描かれた主義主張には、さまざまな意見があるのは確かだ。しかしながら、今回の件は「残虐性」を言い訳にして、特定のイデオロギーに寄った図書を排除しようとする行為いるのだから、トンデモないことである。これがスルーされたら、思想の左右によらず、排除の方便に「残虐性」が使われることになってしまいかねない。  「市民の意見」といいつつも、実態は、遠く離れた土地に住む別の自治体の市民の意見に屈した松江市教育委員会。 「松江市は伝統的に右派的な意識の強い土地です。ですので、こうした意見に応じてしまったのではないか」  と、ある図書館問題の研究者は語る。発端となった陳情者のブログへのアクセスも増えているようで、「市民って松江市民じゃないのか!」と批判が殺到するのは必然であろう。 ■描かれる主張は掲載誌の空気を読んだだけ?  さて、随所に見える「反日(ネトウヨ視点)」的な主張ゆえに、左翼による左翼のためのマンガのように批判される『はだしのゲン』。しかし、この作品が汐文社から単行本として刊行され、現在に伝わるまでには思想の左右を超えた運動があったことは、あまり知られていない。  当初『はだしのゲン』は「週刊少年ジャンプ」1973年25号から1974年39号まで連載(現在の単行本で4巻目まで)された。しかし、集英社は単行本化を躊躇し、原稿は中沢啓治に戻されていた。 「そこで、日本共産党の同調者でもあったマンガ評論家の石子順氏が、共産党系の出版社である汐文社に単行本化を働きかけました。ところが、当初は共産党の関係者は“マンガなんて……”とひどく抵抗したんです。そうこうしているうちに、単行本化の運動は広がっていき、共産党の一部、自民党の国会議員から日学同(日本学生同盟=民族派学生組織)までが参加するようになっていました」  と、当時の単行本化に至る経緯を知る関係者は語る。今では左派の側の伝統的な平和学習教材として使われる『はだしのゲン』だが、それが「たかがマンガ」と軽んじられていたとは驚きだ。  また、前述のように「反日」的なイデオロギーを描いているとされる『はだしのゲン』の単行本化に、保守派や右派までもが参加していた理由はなんなのか。 「単行本で4巻目までの部分で一旦完結していたからです。掲載誌が『週刊少年ジャンプ』だったこともあり、イデオロギー描写は少なく、ひたすら原爆投下後のグロテスクなシーンが描かれています。ですので、思想に関係なく原爆の悲惨さを伝えなくてはならないと一致できたんです」(前同)  現在は全10巻の単行本にまとまっている『はだしのゲン』だが、5巻以降は日本共産党系の論壇誌『文化評論』、日教組の機関紙『教育評論』で連載されたものだ。どうも、中沢啓治もプロのマンガ家ゆえに、掲載する媒体に併せて、そこの読者にウケるように描いたと、推測できる。 「なので『はだしのゲン』は4巻目までと、それ以降は別の作品と考えたほうがよいんですよ」(前同)  もしかして、我々は中沢センセの「ネタ」に踊らされているだけなのか? だとしたら、メディアリテラシーを身につけさせるためにも、ちゃんと小中学生に読ませたほうがよいよネ! (取材・文=昼間たかし)

「ネトウヨ」なんて存在しない!? マスコミの“勘違いスパイラル”に惑わされるな!

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 「ネトウヨ」という言葉の認知度が上がっている。「ネット右翼」のことで、匿名掲示板の「2ちゃんねる」などで、エセ右翼的な投稿を連発している人たちを指す。有名人やマスコミは、“ネトウヨがネット上で暴れており、手が付けられない”といった論調の発言をすることが多い。  ネトウヨのイメージは、2ちゃんねるが大好きで、オタクで、現実社会とのコミュニケーションが取れない人たち、といったところだろうか。「年収200万円以下の下層」とさえ言う人もいる。実際、これらのイメージは大きく間違っている。ネットの流れは、世間一般の流れと、それほど乖離しているわけではないのだ。  SNSの普及を皮切りに、一般の人がネットに書き込むことは当たり前になっている。ユーザーは、学生から社会人、社長から自営業者まで、まちまちなのだ。悪名高い2ちゃんねるも、盛り上がったスレッドを編集した「まとめサイト」のおかげで広く使われるようになった。Facebookと同レベルのユーザー数がいるというウワサもある上、女性のユーザーも増えている。ごく一部がネトウヨとしてくくっているような勢力は、実は普通の人たちなのだ。  先日の衆議院総選挙の前、ネットで安倍晋三氏を援護する声が高まった。そのため、ネトウヨを味方に付けた自民党は負ける、という意見がマスコミ側から出た。結果はご存じの通り、自民党の圧勝。ネットの流れと同じ結果が出ている。  もちろん、ネトウヨの定義にぴったりの手が付けられない輩もいる。思考停止状態で、聞くに堪えない幼稚な持論を連発。仕事をせずに、掲示板に張り付いている。とはいえ、それはごく一部で、こういう人たちが存在するのは現実社会でも一緒だ。関わりを持たなければいいだけ。掲示板なら、NG設定にして表示しなければいい。  ネットの流れが正解とか、ネットユーザーのほうが賢いというつもりもない。現実社会の世間とまったく同じなのだ。わかりやすいネタがあれば飛びつくし、自分の意見をゴリ押ししようとする人もいる。これは、テレビの内容を鵜呑みにする人やマスメディア側が世論を誘導しようとするのとまったく一緒。ただし、従来はマスメディアで簡単に誘導できた世論が、なかなか思い通りに動かないということはあるだろう。ネットでも眉をひそめるような投稿を見かけるが、そんな意見はスルーされ、消えることが多い。もちろん、ねつ造やデマも多いが、テレビや新聞も同レベルだ。  つまり、ネトウヨは存在するが、それは現実社会でエセ右翼がいるのと同じ。ネットの流れにレッテルを貼っても、それは問題から目を背けていることにしかならない。自分を攻撃する相手を貶めたいというのは理解できるが、意見を提示したいならもっとうまいやり方がいくらでもある。ネトウヨ叩き発言をして反発を呼び、勉強不足と見下してさらに反発を煽るのは賢くない。マスコミの世論誘導技術は芸術の域にあるが、すでに20代ではテレビよりネットを使っている時間のほうが多い。自分の意見を世間に提示したいなら、ネトウヨを民意と読み替えるほうが、失敗する確率を抑えることができるというわけだ。 (文=柳谷智宣) 「賢いネットの歩き方」過去記事はこちらから