
日本テレビ 『悪夢ちゃん』
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。
先生 「『自由』とはなんですか?」
生徒 「周りに流されず、自分の考えで行動することです」
先生 「では周りに流されず、自分の考えで学校を休みたいと思いそのように行動することは『自由』ですか?」
生徒 「それは『自由』ではありません。『自由』の意味をはき違えています。それは『自分勝手』です」
先生 「それは不登校です。不登校をすべて『自分勝手』と言ってもいいのですか? その人の悩みや取り巻く環境などを考えずに、それは『自分勝手』だ、『自由』の意味をはき違えているとそのように発言することは、あなたの『自由』ですか、それとも『自分勝手』ですか?」
生徒 「……そこまでは、分かりません」
先生 「そこまでは分からない。自分のことなのに分からない。それが『自由』なのか『自分勝手』なのかさえ分からない。分からなくてもいいんです。そう思うことが『自由』なのです。学校で教わる『自由』とは、むしろ分かることではなく自分の中に分からないと思うことを増やすことです。先生がなんと言おうと、そう簡単に分かった気にならないでください」
これは土曜ドラマ『悪夢ちゃん』(日本テレビ系)第4話冒頭で、5年生の担任を務める主人公・武戸井彩未(北川景子)とその生徒の間で行われた授業である。
日本テレビの「土曜ドラマ」枠(土曜21時)は独特な進化を遂げてきた。特に2000年代以降は、『怪物くん』『妖怪人間ベム』『Q10』『ゴーストママ捜査線』などティーンエイジャー向けでありながら、同時にテレビドラマの表現として冒険的・実験的な作品を数多く放送し、「土曜ドラマ的」と言うしかないファンタジー要素を巧みに利用した独特なジュブナイル作風を築き上げている。
今クールの『悪夢ちゃん』も、その系譜にあたる。
『悪夢ちゃん』は恩田陸の小説『夢違』(角川書店)を原案とする、予知夢を題材としたSF学園ファンタジーだ。「今日も完璧に良い先生をやり切った」と“良い先生像”を演じているが「羊飼いは楽だけど、顔が疲れるのよ」と腹黒い本性を持つ武戸井のクラスに、恐ろしい予知夢に苦しめられている「悪夢ちゃん」古藤結衣子(木村真那月)が転校してくるところから物語が始まる。彼女の見る悪夢に巻き込まれ、それが暗示する悲惨な未来を変えようと武戸井が奮闘していくのだ。
ある日、インターネット上に「わたしの先生はサイコパス」と題されたブログがアップされた。それは、紛れもなく武戸井に対するもので「わたしの先生は、一度もわたしたちに向かって本当に笑ったことがないんです」「好きも嫌いもない。心がないのだから」などと彼女の本性を暴くものだった。
そして、悪夢ちゃんは夢を見る。
それは、武戸井がそのブログを読み上げる生徒を、ガラスの破片でめった刺しにするというもの。そして彼女自身は赤いワニに頭を噛みちぎられ、首がもげてしまうのだった。今のテレビドラマで、このようなバイオレントで残酷な映像を流すことはなかなかできない。特に、大人が子どもを虐殺するなどタブーだ。しかし、それを「夢」というファンタジーで可能にしてしまったのだ。
武戸井は、早くも第3話で自らの本性を生徒たちにカミングアウトする。クリームを塗ると透明人間になり「透明校則」に違反した者に罰を下す、という漫画を描き、それを現実に実行していた生徒に向けて語りかける。
「先生はサイコパスです! 本当は異常かもしれない。そう思って生きてます。あのブログに書いてあることは全部本当です。先生は笑いたくもないし、泣きたくもない。みんなに嫌われないようにしてるけど、好かれたくもない。殺したいけど殺さない。さてどっちの先生が本当でどっちがウソでしょう?」
そして、自分の身体にクリームを塗る。
「先生は消えましたか? 自分を消すことなんてできない。本当の自分なんていない。人間はどこへ逃げようと、自分から逃げることはできないのよ! ウソと本当がクリームのよう溶け合って生きているのが人間だからです! 先生は異常かもしれませんが、それを抑えて生きていくことはできるでしょう」
重苦しい空気に耐えかねて、「透明人間」を自称した生徒をフォローするように、ほかの生徒が「はしゃぎすぎだよ、何が『透明人間はここにいる』だよ」と笑うと、本人も救われたように「そ、そうだよな」と、照れ笑いとも苦笑いともとれる複雑な笑いを浮かべる。それを見た武戸井は「空気を読んで笑うな!」と一喝。「先生もこれからはなるべく無理に笑わないようにします」と。
夢か現実か――。ウソか本当か――。
真正面から表現することがはばかられるような“真実”を、虚実皮膜の世界の中でフィクションの力を駆使して“教え”ていく。
そして、先述の第4話冒頭の「『自由』について」の授業をするのだ。この回のラストシーンは、国語の授業だった。宮沢賢治の『雪渡り』でキツネのきびだんごを食べた四郎とかん子に対して、武戸井は「文部科学省がなんと言おうと」と、キツネの紺三郎を信じたからではなくその場の空気を読んだからだ、と独自の解釈で批判する。
「学校は一人ひとりがほかの人間に囲まれて生きている場所です。その場の空気を読むことも、人間に備わった大事な能力です。世の中を生き抜く術としては大事なことです。しかし、いくら空気を読んだとしてもキツネのこしらえたきびだんごを食べるべきではなかったと先生は思います。おおなかを壊す確率はかなり高かった。それでもみなさんは食べますか? それでもそこまで考えて、私は食べるというのなら、それはあなたの『自由』です」
これを、単なるファンタジーと片付けることは自由だ。けれど、悪夢にその象徴する事象が隠れているように、このドラマから深遠なテーマを読み解くのもまた自由だ。
(文=てれびのスキマ <
http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)
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