筒井康隆の青春SF小説の金字塔『時をかける少女』は、これまで何度も映像化されてきた。代表的なものでいえば、1983年に公開された大林宣彦監督による原田知世主演の実写映画版と、2006年に公開された細田守監督によるアニメ映画版だろう。 そして16年7月より、全5話の連続ドラマとして黒島結菜主演で始まったのが、日本テレビ版の『時をかける少女』だ。 このドラマ版の製作が発表されると、一部でアニメ版が原作だと思っている人がいると話題になるなど、世代によってイメージする“原作”が異なる稀有な作品である。それは、本当の原作である小説版はもちろん、その後に製作された実写映画もアニメ映画も、見る者の心に強く残る傑作だったことの証左だろう。 そして今回のドラマ版は、町並みの美しい風景は大林映画版っぽさがあり、明るくハツラツとした作風は細田アニメ版っぽさがあるように、原作や過去の映像作品のいい部分がバランスよく配合されて作られている。 すべての作品に共通するのが、タイムリープの能力を持ってしまう主人公である少女、彼女を好きな幼なじみの同級生、そして未来人の少年の三角関係が描かれるということだ。アニメ版は、そもそも原作の主人公である和子の姪という設定のため当然だが、このドラマ版でも原作とは一部名前が変わっており、それぞれ芳山未羽(黒島結菜)、深町翔平/ケン・ソゴル(菊池風磨)、浅倉吾朗(竹内涼真)。さらに、原作や他の映像作品でも出てこない相原央/ゾーイ(吉本実憂)という、翔平と一緒に過去にやってきた少女も登場する。 また、自分がタイムリープできるようになった秘密を、大林版では深町にしか、アニメ版では和子にしか相談しないが、ドラマ版では原作同様、深町と吾朗2人に早々に打ち明けている。逆に、原作や大林版では自分の意志でタイムリープするのは最後の一度きりだが、ドラマ版はアニメ版同様、何度も頻繁に自分の意志でタイムリープしている。加えて、ほとんどの映像作品は主人公ひとりの視点で話が進むのに対し、ドラマ版は連ドラという特性を生かし、3人の視点が入れ替わるように、それぞれのモノローグが挿入されている。 もちろん、エピソードもドラマオリジナルのものが付け加えられている。例えば第3話では、青春ドラマの定番である「学園祭」が描かれた。当初、未羽のクラスはクラス発表をしないことに決めた。だが、実際に学園祭を終えると、高校最後の年にそれをやらなかったことを3人は強く後悔した。 そこで、未羽はタイムリープをする。クラス発表をやるよう、クラスメイトを説得するためだ。そしてロミオ役を吾朗、ジュリエット役を相原に配した舞台『ロミオとジュリエット』を上演することが決まる。 だが、ジュリエット役の相原は、破壊的に演技がヘタ。向いてなかったのだ。クラスはバラバラになってしまう。すると、未羽はまたもタイムリープ。「ジュリエットは男がやったほうが面白いのでは?」と提案し、ジュリエット役を深町に替えるのだ。 普通、相原の心情を慮って、たとえタイムリープという武器があっても、彼女がジュリエットのままなんとかしようとするのが、青春ドラマの定石だ。だが、このドラマでは「それでいいの?」と思ってしまうほど、タイムリープはかなり軽く使われる。実は、それがこのドラマの“肝”でもあるのだ。 相原は、代わりに与えられた背景美術で才能を発揮して称賛を浴び、舞台も大盛況。しかし、クライマックスで大きなトラブルが発生する。大事な告白シーンのさなか、天井に挟まっていたバスケットボールが落下し、吾朗の頭を直撃、気絶してしまう。さらに、慌てて駆け寄ろうとした女子生徒がセットに足を引っ掛けてしまい、セットが崩れてしまう。続けて、なんとか成立させようと前に出たジュリエット役の深町の衣装が脱げてしまう始末。クラスメイトが一致団結して作り上げた舞台は、台無しになってしまった。 落ち込むクラスメイトを前に、いつものようにタイムリープしてやり直そうとする未羽。だが、「でも、浅倉くんが気絶する瞬間いい顔してたな」と吹き出す男子生徒がきっかけになって、「翔平くんの最後のキメポーズも最高だった」「おかげで演出を超えたクライマックスだったよ」と楽しそうに言い合うのだ。 そんな光景を見て「このままがいい」と、未羽はタイムリープすることを思いとどまるのだ。 「失敗のない青春に価値はない!」 男子生徒が言うと、「失敗最高!」というコールがクラスを包み込むのだ。 タイムリープが頻繁に軽く行われる設定だからこそ、逆にタイムリープしなかった時の思いに重みが増す。 青春には、失敗がつきものだ。いや、若さゆえの失敗こそが、青春ともいえる。やり直せないからこそのはかなさと煌めきを、やり直せるからこそ逆説的に描いている。 主人公がタイムリープするかのように、作品も何度も何度もやり直されている。何度やり直されても、そのトキメキは損なわれない。青春は、一度きりでは終わらないのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから日本テレビ『時をかける少女』公式サイトより
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“壊し屋”ホリケンも白旗! 『全力!脱力タイムズ』がぶっ壊す、バラエティ番組のルール
「わかんないよなぁ……わかんないんだよ」 スタッフから「OKでーす!」という本番終了を告げる声がかかると、ネプチューン堀内健は疲れ果てた様子でつぶやいた。 その言葉に、それまで笑いをこらえていた、くりいむしちゅー有田哲平をはじめとする出演者たちが、ドッと笑った。 これは『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)の本編終了後、数秒流れるシーンだ。この番組は、有田が「アリタ哲平」としてキャスターを務める“報道”番組である。報道番組らしく、経済学者の岸博幸、アルピニスト・野口健、犯罪心理学者の出口保行といった3人の「解説員」が並び、ゲストと対峙する。 そのゲストのうち1~2人は俳優やアイドルなどで、彼らはたいてい普段はしないメガネなどをかけ、報道番組仕様になっている。今回(15日)はHey! Say! JUMPの中島裕翔だった。そしてもう一人のゲストとして、必ず芸人が呼ばれる。それが堀内だった。 「報道番組に出られたことは?」とアリタに問われると、堀内は報道番組らしく静かに言う。 「いや、初めてですね。あのー、嫌いじゃないんで。こういうニュース番組というのは。今日は解説員の方もいらっしゃるので、いつもより一歩踏み込んだ意見を、お茶の間に、テレビを通して訴えたいと思います」 スタジオには「天才芸人!堀内健 なぜそんなに面白いのか」と題されたパネルが用意されている。「堀内健の最大の魅力」とか「どんな人?」「やりすぎ!ホリケン伝説」「人生の大ピンチ」などと見出しが書かれ、肝心なところは隠されている。これをもとに、隠されている部分をめくって解説していくという、情報番組でよく見る形式である。 だが、この番組は一筋縄ではいかない。まずは、これまでのホリケンの略歴をまとめたVTRがあると振るアリタ。しかし、流れ始めたのは「日本の論点」と題する「学校のトイレで排便しない小学生」問題を扱ったVTRなのだ。 「一回止めましょう」 アリタは冷静に対処。「これは来週やる予定」だと説明し、あらためてVTRを振る。しかし、流れたのは、やはり同じもの。 「最初から、やり直しましょうか?」と堀内は言うが、「流しちゃったんで、こっちから……」とワケのわからないことを言うスタッフ。アリタが「ホリケンの魅力は、今日は語らない?」と確認するとスタッフがうなずき、パネルはそのまま片付けられていく。 結局、「学校のトイレで排便しない小学生」問題になると、アルピニストの野口は、「ウンチといえば、ベースキャンプですよね」とテーマと関係のない話を語りだす。番組内で「といえば解説」と呼ばれる、恒例の流れだ。 すると、「正気か、お前!」と激高するホリケン。 「打ち合わせ、すごいやったんだよ、これ! おい、アリペイ! ハメやがったな、この野郎! 裏切られた気持ちだよ!」 そんなホリケンにアリタは「手違いですので」と、冷たくあしらうのだ。 このように『脱力タイムズ』は、“トラブル”だったり、解説員がまったく関係ない話をしだしたりと、本来のテーマに全然たどり着かないという報道コント番組である。ゲストの芸人はひとりそれに翻弄され、なんとかツッコもうとする。だが、誰もそのツッコミに対してまともな反応をしてくれず、どんどん追い込まれていく。 バラエティ番組には、ある程度のルールが存在する。こうツッコめば、こういう反応がある。あるいはこうボケれば、こういう反応がある――。芸人たちは、そうしたことを経験則で知っている。だから、自分の言動によって起こることが予測できてしまう。 だが、この番組は違う。「わからない」のだ。「わからない」ことは不安だ。ルールが壊され、追いつめられていく芸人。だから、普段見せたことのないような表情が出てしまう。それがたまらなく面白い。不安定な部分をあえて残し、予定不調和な現実を見せつける。そういった意味では、文字通りの“報道”番組なのかもしれない。 『脱力タイムズ』に以前ゲスト出演した出川哲朗は本編終了後、驚嘆して言った。 「有田……攻めてるねえ」 これまでさまざまな番組において、自由奔放なボケで大暴れしてきたホリケン。いわば“壊し屋”だ。しかし、この番組で翻弄され“壊れた”のは、ホリケンのほうだった。 「アリペイちゃん、今日、オレ何点だ?」 あまりにもいつもと勝手が違いすぎて、自分の出来が「わからない」不安に駆られたホリケンが、思わず有田に尋ねた。 「100点です」 手だれの芸人が経験則で積み重ねてきたルールを壊したときにこそ、その芸人の「全力」が見られるのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『全力!脱力タイムズ』フジテレビ
“壊し屋”ホリケンも白旗! 『全力!脱力タイムズ』がぶっ壊す、バラエティ番組のルール
「わかんないよなぁ……わかんないんだよ」 スタッフから「OKでーす!」という本番終了を告げる声がかかると、ネプチューン堀内健は疲れ果てた様子でつぶやいた。 その言葉に、それまで笑いをこらえていた、くりいむしちゅー有田哲平をはじめとする出演者たちが、ドッと笑った。 これは『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)の本編終了後、数秒流れるシーンだ。この番組は、有田が「アリタ哲平」としてキャスターを務める“報道”番組である。報道番組らしく、経済学者の岸博幸、アルピニスト・野口健、犯罪心理学者の出口保行といった3人の「解説員」が並び、ゲストと対峙する。 そのゲストのうち1~2人は俳優やアイドルなどで、彼らはたいてい普段はしないメガネなどをかけ、報道番組仕様になっている。今回(15日)はHey! Say! JUMPの中島裕翔だった。そしてもう一人のゲストとして、必ず芸人が呼ばれる。それが堀内だった。 「報道番組に出られたことは?」とアリタに問われると、堀内は報道番組らしく静かに言う。 「いや、初めてですね。あのー、嫌いじゃないんで。こういうニュース番組というのは。今日は解説員の方もいらっしゃるので、いつもより一歩踏み込んだ意見を、お茶の間に、テレビを通して訴えたいと思います」 スタジオには「天才芸人!堀内健 なぜそんなに面白いのか」と題されたパネルが用意されている。「堀内健の最大の魅力」とか「どんな人?」「やりすぎ!ホリケン伝説」「人生の大ピンチ」などと見出しが書かれ、肝心なところは隠されている。これをもとに、隠されている部分をめくって解説していくという、情報番組でよく見る形式である。 だが、この番組は一筋縄ではいかない。まずは、これまでのホリケンの略歴をまとめたVTRがあると振るアリタ。しかし、流れ始めたのは「日本の論点」と題する「学校のトイレで排便しない小学生」問題を扱ったVTRなのだ。 「一回止めましょう」 アリタは冷静に対処。「これは来週やる予定」だと説明し、あらためてVTRを振る。しかし、流れたのは、やはり同じもの。 「最初から、やり直しましょうか?」と堀内は言うが、「流しちゃったんで、こっちから……」とワケのわからないことを言うスタッフ。アリタが「ホリケンの魅力は、今日は語らない?」と確認するとスタッフがうなずき、パネルはそのまま片付けられていく。 結局、「学校のトイレで排便しない小学生」問題になると、アルピニストの野口は、「ウンチといえば、ベースキャンプですよね」とテーマと関係のない話を語りだす。番組内で「といえば解説」と呼ばれる、恒例の流れだ。 すると、「正気か、お前!」と激高するホリケン。 「打ち合わせ、すごいやったんだよ、これ! おい、アリペイ! ハメやがったな、この野郎! 裏切られた気持ちだよ!」 そんなホリケンにアリタは「手違いですので」と、冷たくあしらうのだ。 このように『脱力タイムズ』は、“トラブル”だったり、解説員がまったく関係ない話をしだしたりと、本来のテーマに全然たどり着かないという報道コント番組である。ゲストの芸人はひとりそれに翻弄され、なんとかツッコもうとする。だが、誰もそのツッコミに対してまともな反応をしてくれず、どんどん追い込まれていく。 バラエティ番組には、ある程度のルールが存在する。こうツッコめば、こういう反応がある。あるいはこうボケれば、こういう反応がある――。芸人たちは、そうしたことを経験則で知っている。だから、自分の言動によって起こることが予測できてしまう。 だが、この番組は違う。「わからない」のだ。「わからない」ことは不安だ。ルールが壊され、追いつめられていく芸人。だから、普段見せたことのないような表情が出てしまう。それがたまらなく面白い。不安定な部分をあえて残し、予定不調和な現実を見せつける。そういった意味では、文字通りの“報道”番組なのかもしれない。 『脱力タイムズ』に以前ゲスト出演した出川哲朗は本編終了後、驚嘆して言った。 「有田……攻めてるねえ」 これまでさまざまな番組において、自由奔放なボケで大暴れしてきたホリケン。いわば“壊し屋”だ。しかし、この番組で翻弄され“壊れた”のは、ホリケンのほうだった。 「アリペイちゃん、今日、オレ何点だ?」 あまりにもいつもと勝手が違いすぎて、自分の出来が「わからない」不安に駆られたホリケンが、思わず有田に尋ねた。 「100点です」 手だれの芸人が経験則で積み重ねてきたルールを壊したときにこそ、その芸人の「全力」が見られるのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『全力!脱力タイムズ』フジテレビ
ラップは賢くないとできない――『マツコ会議』でマツコが壊す先入観
「お前、うますぎるわ!」 マツコ・デラックスは、黒人ラッパーの流暢すぎる進行に驚愕しながらツッコんだ。 その男の名はACE。彼は、ヒップホップ界隈ではすでに有名な存在だ。『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)では「ラスボス」般若の“通訳”役を務めているのをはじめ、多くのバラエティ番組に出演。CSでは『ラッパー“ACE”の世界をねらえ』(MONDO TV)という冠番組まで持っている。ちなみに『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)にも“終電を逃したラッパー”として密着されたことがある。 マツコは、そんなバラエティ慣れしたACEの、ユーモアを挟みながらわかりやすくラップを解説する姿に舌を巻いていたのだ。 これは、気になるスポットに中継をつなぎ、それを見ながら企画会議を行う『マツコ会議』(日本テレビ系)での一幕。中継先とやりとりをしていく中で、“総合演出”のマツコがテーマを決め、VTRを作り、ホームページで公開するというコンセプトの番組だ。 7月2日放送の回で、下北沢で開催されている「ラップサークル」にカメラが潜入すると、そこで講師を務めていたのがACEだった。 教室のホワイトボードには、こんなふうに書かれている。 今日のご飯は“炊きたて” これが母の□□□□ でも毎日カレーは□□□□ たまには食べたい□□□□ この3つの□□□□に、「炊きたて」の母音「aiae」で韻を踏んだ言葉を穴埋めしていこうという授業である。 ひとりの女生徒は、それを上から順に「愛だね」「飽きたね」「まいたけ」と韻を踏んでいく。「ほかにないか?」とACEが振ると、手を挙げたのは「長老」と呼ばれる生徒。彼が「さじ加減」「なしだぜ」「闇鍋」と答えると、ACEは「ありきたりなのは嫌なんですね。いったい、人生に何があったのか?」と笑わせる。 「やってることは、ほぼ『笑点』よね?」というマツコに、「そうですね、座布団のない『笑点』」とACE。 「なんでそんなにしゃべりうまくなったの?」 「反省文書きすぎたからですかね」 ACEはラップで鍛えられたであろう瞬発力で、よどみなく答えて、芸人顔負けに笑わせていく。 授業は山手線ゲーム形式で韻を踏んでいく課題を経て、フリースタイルのMCバトルへ。ACEは、即興で相手をディスり合うMCバトルは「パンチライン」が大切だと解説。たとえば「でしゃばりすぎ」と相手にディスられたら、それを受けて「お前うるせえよ、“ペチャパイ好き”」と、相手のディスに対し韻を踏んで返すと高評価につながる、と。 番組でもラップの基本授業の光景から見せていたため、ラップをよく知らない番組視聴者でも、授業を受けるように、ラップの仕組みを理解でき、その何がすごいのかがとてもわかりやすい。これまでラップに接する機会があまりなかったというマツコも、感心しながら言う。 「ラッパーって、賢くなきゃできないね」 『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)の「高校生RAP選手権」や『フリースタイルダンジョン』をきっかけに今、ヒップホップが注目されている。雑誌では「サイゾー」、「ユリイカ」(青土社)、「クイック・ジャパン」(太田出版)、「TV Bros.」(東京ニュース通信社)などが相次いでフリースタイルを中心としたヒップホップの特集を組んだ。 たとえば『クイック・ジャパン』(Vol.126)では、いとうせいこうがお笑い芸人との類似性を指摘している。 「お笑いで上に上がるためには、ネタが面白いにはこしたことがないけど、その場その場でなにを言えるかという能力が必要」 それは、まさに「フリースタイル」だ。だから「芸人はそのことに焦って学ばなければいけないし、勝たなければいけない」と、いとうは言うのだ。 確かに、90年代以降、文化系で表現欲のある若者の最大の受け皿はお笑いだったが、それがヒップホップに変わりつつあるイメージがある。事実、このスクールに集まる生徒の多くはごく普通の人たちだ。 かつて「お笑いの学校なんて」と嘲笑されていたお笑い養成所が今では当たり前になったように、ラップの学校にもそんな日が来るのかもしれないし、ラッパーがテレビの世界を席巻する日も近いのかもしれない。 実際、このところさまざまなバラエティ番組で、ラッパーを使った企画を見かけるようになった。とはいえ、まだまだラッパーをうまく生かせず、持て余しているように見える番組が多いが、この企画はそうした番組の中でもラップを知らない人にラップの楽しさを伝えるという点で珠玉の回だった。その大きな要因は、マツコの柔軟さにある。 『マツコ会議』が取り上げるスポットの多くは、若者の流行の最先端だ。そういった目新しいものに対し、僕らは先入観で警戒してしまいがちだ。マツコも一見偏屈に見えるが、その実、自分の先入観を破られることに抵抗があまりない。むしろ、それを楽しんでいるフシがある。そうした場面は『マツコ会議』の中でよく出てくる。もちろん、今回もそうだった。 番組冒頭で、ラップは「反体制的な人たちがやっているイメージ」と語っていたマツコが、素直に「イメージが変わった」と言う。 「高尚なお遊びよね。ものすごく頭使うし、でもやってることは遊びなんだよ。そこがカッコいいと思った」 マツコの柔軟さが、僕らの先入観をも壊してくれるのだ。 なお、現在番組ホームページには、マツコが「なかなかの仕上がり」と評するACEを密着したVTRが公開されている(http://www.ntv.co.jp/matsukokaigi/)。まさに「なかなかの仕上がり」だ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから日本テレビ『マツコ会議』
人類の後輩でいたい――カズレーザーが「カズレーザークリニック」で示す、自然体の知性
メイプル超合金の快進撃が止まらない。 昨年末、「M-1グランプリ」の決勝に出場すると一気に知名度が上昇した彼らは、一度見たら忘れられない強烈なキャラクターを2人ともが持っているという、稀有なコンビだ。 安藤なつは、体重130キロ近い体形で、「性の化け物」を公言し、セフレの存在も認める女芸人。一方、金髪で常に全身赤い服を身にまとうカズレーザーは、及川光博、京本政樹、天海祐希といった「美しい人」がタイプだという、バイセクシャルだ。その恰好は、寺沢武一の漫画『コブラ』の主人公を模したものだ。「ヒーロー」になりたいのだという。 同志社大出身のインテリで、クイズ番組などでも活躍。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のような芸人の力を試される番組に出ても、共演者から「その落ち着きはなんなの? 2世タレント?」と驚かれるほどいつも変わらずほほえみを浮かべ、「肩書さえ気にしなければ、ただの人間ですからね」と、誰に対しても態度が変わらない。あまりにも不自然なキャラクターなのに、どこまでも自然体。言うなれば“超自然体”だ。 そんなカズレーザーをメインに据えたコーナーが、『お願い!ランキング』(同)の「カズレーザークリニック」だ。これまで不定期に3回放送されている企画で、東京大学を中心とした高学歴女子が抱える悩みをカズレーザーにぶつけ、それを解決しようというものだ。 数学オリンピックの金メダリストやルービックキューブ日本一、あるいは高いIQを持つ人たちだけが入れる組織「JAPAN MENSA」の会員といった日本トップクラスの頭脳が「普通の人と会話のテンポが合わない」とか、「勉強に集中しすぎて、部屋の掃除ができない」などといった悩みをカズレーザーに打ち明ける。 そうした悩みにも、カズレーザーはいつもの超自然体で飄々と答えていく。 例えば「女子力の磨き方がわからない」という悩む東大生女子。彼女は周りが男子ばかりゆえ、普通の女子が、男性にモテるためにやることがわからないという。それを探るためにファッション誌を見ずにアニメを参考にしてしまったため、コスプレにハマってしまい、普段からゴスロリ系のファッションをしている。「東大で、女子で、しかもコスプレ好き=化け物」と自嘲する。 それに対し、カズレーザーは「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ。でも、明るく生きてる」と笑い飛ばす。 そして、そもそも「女子力」というのは何かと問う。そこで相方の安藤が「一般的に言われているのが『料理ができる』『飲み会で取り分けができる』」と解説を加えると、「愚問も甚だしいね」と、カズレーザーは持論を展開していく。 「料理ができる女子は、『女子力高い』じゃなくて『料理ができる子』ってカテゴライズされる。取り分けできる子は『気が利く子』ってカテゴライズされる。『女子力が高い』なんて女性はもともといないの。ウソの概念。そんなことを気にする必要ない」 目からウロコ状態の女子大生に、優しく言う。 「モテないって、自分で気を遣ってるだけ」と。 また「プライドが高すぎる」と悩んでいる女子大生には、「好奇心が一番学問を育てる。その次は劣等感だと思う。誰かと並びたいというプライドは、あったほうがいいと思う」と、極めてまっとうなことを語った上で、こう答える。 「あと、そんなに言うほどプライド高くないんじゃないかって思う。本当にプライド高かったら、こんなカメラの前で芸人に悩みを相談しない(笑)」 カズレーザーは、どんな悩みを持っている人に対しても、決してその人を否定することはしない。まず彼は相手の悩みに対して、必ず先に「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ」と言うように、自分の周りにある具体例を自虐を交えて語って、相手に寄り添う。 前述の「プライドが高すぎる」という彼女には、自分には「プライドがない」と言う。「人類の後輩でいたい」と。 「芸人は、プライドがないほうが仕事につながるから」とその理由を語りつつ、でも「ちゃんと研究したり学問を修める人は、プライドがあったほうがいい」と諭す。その上で、相手が抱いている「悩み」自体が、実は思い込みで実態のないものではないかと論理的にその前提を問い直す。 そもそも「女子力」なんてものはあるのか、不都合なほどプライドは高くないんじゃないか、と。そうして、だったらあなたはそのままでいいのだと結論を下すのだ。 ただ単に「そのままでいい」「大丈夫」と言うのは簡単だ。けれど、カズレーザーは自虐でしっかり相手の心を解きほぐし、論理で悩み自体を無効化する。そして、最後に相手を肯定するから、圧倒的な説得力がある。一方で、常にどこか他人事で一定の距離があり、親身になりすぎない自然体の適当さも心地いい。 本当の意味で「頭がいい」というのは、こういうことを言うのだろう。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから三ミュージック公式サイトより
人類の後輩でいたい――カズレーザーが「カズレーザークリニック」で示す、自然体の知性
メイプル超合金の快進撃が止まらない。 昨年末、「M-1グランプリ」の決勝に出場すると一気に知名度が上昇した彼らは、一度見たら忘れられない強烈なキャラクターを2人ともが持っているという、稀有なコンビだ。 安藤なつは、体重130キロ近い体形で、「性の化け物」を公言し、セフレの存在も認める女芸人。一方、金髪で常に全身赤い服を身にまとうカズレーザーは、及川光博、京本政樹、天海祐希といった「美しい人」がタイプだという、バイセクシャルだ。その恰好は、寺沢武一の漫画『コブラ』の主人公を模したものだ。「ヒーロー」になりたいのだという。 同志社大出身のインテリで、クイズ番組などでも活躍。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のような芸人の力を試される番組に出ても、共演者から「その落ち着きはなんなの? 2世タレント?」と驚かれるほどいつも変わらずほほえみを浮かべ、「肩書さえ気にしなければ、ただの人間ですからね」と、誰に対しても態度が変わらない。あまりにも不自然なキャラクターなのに、どこまでも自然体。言うなれば“超自然体”だ。 そんなカズレーザーをメインに据えたコーナーが、『お願い!ランキング』(同)の「カズレーザークリニック」だ。これまで不定期に3回放送されている企画で、東京大学を中心とした高学歴女子が抱える悩みをカズレーザーにぶつけ、それを解決しようというものだ。 数学オリンピックの金メダリストやルービックキューブ日本一、あるいは高いIQを持つ人たちだけが入れる組織「JAPAN MENSA」の会員といった日本トップクラスの頭脳が「普通の人と会話のテンポが合わない」とか、「勉強に集中しすぎて、部屋の掃除ができない」などといった悩みをカズレーザーに打ち明ける。 そうした悩みにも、カズレーザーはいつもの超自然体で飄々と答えていく。 例えば「女子力の磨き方がわからない」という悩む東大生女子。彼女は周りが男子ばかりゆえ、普通の女子が、男性にモテるためにやることがわからないという。それを探るためにファッション誌を見ずにアニメを参考にしてしまったため、コスプレにハマってしまい、普段からゴスロリ系のファッションをしている。「東大で、女子で、しかもコスプレ好き=化け物」と自嘲する。 それに対し、カズレーザーは「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ。でも、明るく生きてる」と笑い飛ばす。 そして、そもそも「女子力」というのは何かと問う。そこで相方の安藤が「一般的に言われているのが『料理ができる』『飲み会で取り分けができる』」と解説を加えると、「愚問も甚だしいね」と、カズレーザーは持論を展開していく。 「料理ができる女子は、『女子力高い』じゃなくて『料理ができる子』ってカテゴライズされる。取り分けできる子は『気が利く子』ってカテゴライズされる。『女子力が高い』なんて女性はもともといないの。ウソの概念。そんなことを気にする必要ない」 目からウロコ状態の女子大生に、優しく言う。 「モテないって、自分で気を遣ってるだけ」と。 また「プライドが高すぎる」と悩んでいる女子大生には、「好奇心が一番学問を育てる。その次は劣等感だと思う。誰かと並びたいというプライドは、あったほうがいいと思う」と、極めてまっとうなことを語った上で、こう答える。 「あと、そんなに言うほどプライド高くないんじゃないかって思う。本当にプライド高かったら、こんなカメラの前で芸人に悩みを相談しない(笑)」 カズレーザーは、どんな悩みを持っている人に対しても、決してその人を否定することはしない。まず彼は相手の悩みに対して、必ず先に「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ」と言うように、自分の周りにある具体例を自虐を交えて語って、相手に寄り添う。 前述の「プライドが高すぎる」という彼女には、自分には「プライドがない」と言う。「人類の後輩でいたい」と。 「芸人は、プライドがないほうが仕事につながるから」とその理由を語りつつ、でも「ちゃんと研究したり学問を修める人は、プライドがあったほうがいい」と諭す。その上で、相手が抱いている「悩み」自体が、実は思い込みで実態のないものではないかと論理的にその前提を問い直す。 そもそも「女子力」なんてものはあるのか、不都合なほどプライドは高くないんじゃないか、と。そうして、だったらあなたはそのままでいいのだと結論を下すのだ。 ただ単に「そのままでいい」「大丈夫」と言うのは簡単だ。けれど、カズレーザーは自虐でしっかり相手の心を解きほぐし、論理で悩み自体を無効化する。そして、最後に相手を肯定するから、圧倒的な説得力がある。一方で、常にどこか他人事で一定の距離があり、親身になりすぎない自然体の適当さも心地いい。 本当の意味で「頭がいい」というのは、こういうことを言うのだろう。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからサンミュージック公式サイトより
オードリー若林が『ご本、出しときますね?』で引き出す、作家たちの素顔
小説家の生態とは、一体どのようなものなのだろうか? 普段なかなか接する機会が少ないため、よくわからない。それを解き明かしてくれるのが、オードリー・若林正恭が司会を務める『文筆系トークバラエティ ご本、出しときますね?』(BSジャパン)だ。 読書家で知られる若林は、私生活でも西加奈子や朝井リョウら小説家と交流があり、よく飲みにも行くという。話をすると、めちゃくちゃ面白い。内容も最先端なことばかり。そこで若林は、小説家を集めてトークする番組がやりたいと、『ゴッドタン』や『ウレロ』シリーズなどで知られるテレビ東京のプロデューサー・佐久間宣行に提案し、実現したのだ。 出演する小説家ゲストは、前述の西や朝井をはじめ、長嶋有、加藤千恵、村田沙耶香、平野啓一郎、山崎ナオコーラ、佐藤友哉、島本理生、藤沢周、羽田圭介、海猫沢めろん、白岩玄、中村航、中村文則、窪美澄、柴崎友香、角田光代といった面々。その多くが、テレビにはめったに出ない人たちだ。 「小説家」や「本」をテーマにすると、どうしても“堅い”番組になりがちだ。しかし、この番組は芸人である若林が聞き手のため、そうはならないで、常に笑いがあふれている。かといって、テレビバラエティにありがちな、わかりやすい笑いだけに走ったりもしない。それは、若林や作り手たちが小説家をリスペクトしているからだろう。 番組では、前半は視聴者や3人(ゲスト2人+若林)から募集したテーマを元にトーク、後半は「私のルール」と題して自分に課しているルールをそれぞれが語る、というのが基本構成。そして最後に、その日のトークに合わせたテーマで、オススメの本を紹介する。ここで重要なのは、若林は基本、聞き手ではあるが、絶妙なバランスで自分の話も挟むことだ。 例えば、売れない若手時代、アナーキーなことをやるのがカッコいいと思っていたが、そんな時代を脱したきっかけになった先輩芸人の一言だとか、もともと自分のモチベーションは「怒り」だが、最近それがなくなって戸惑っているなどという話をする。 すると、ゲストもどんどん話しやすくなっていく。ゲストは小説家だ。決して、トークに慣れているわけではない。「さあ、話して」と言われても、戸惑ってしまうだろう。けれど、若林が自らを積極的に開いていくことで、ゲストも饒舌になっていくのだ。 だから、小説家それぞれの魅力的なキャラクターがあらわになっていく。角田光代が実は「ボクシング歴16年」だという意外な話や、「『Qさま!!』(テレビ朝日系)のオファーめっちゃくる!」「(断っても)なかなかあきらめない」というような、西・朝井の裏話なども飛び出す。 中でもすごかったのは、先ごろも芥川賞候補に選出された村田沙耶香だ。小説家仲間から「クレイジー」と評される彼女は、ウワサ以上にクレイジーだった。 「私のルール」のコーナーで、彼女は「自分に湧き上がった感情、特に負の感情は頭の中で分析し、原形がなくなるまで研究して遊ぶ」というルールを発表した。 学生時代、女生徒たちに嫌われていたセクハラ教師がいたという。確かに、自分の体をぎゅうぎゅうと押し付けてきたりする。当然、嫌悪感が押し寄せてきた。だが、村田は、そこで「本当にこれは正しい嫌悪感なんだろうか?」と立ち止まった。周りのみんながその教師のことを嫌い、セクハラだと言っているから惑わされているだけではないか、と。そんなことを分析しているうちに、嫌悪感がいつの間にかなくなってしまったというのだ。 また、村田は作家だけで生活できるようになっても、週3ペースでコンビニのバイトを続けている。 そこで「ちょっと、こっちこっち」と客に呼ばれ、「なんでしょう?」と近寄ると突然、ギュッと抱きつかれた。事件である。 だが、村田は「気がつかないふりをしよう」と思った。気づいたら「セクハラっぽい雰囲気になっちゃうから」と。いや、「セクハラっぽい」というより、「強制わいせつ」である。さらに、おにぎりを陳列している際、別の客に急に足首をつかまれた。また気づかないふりをしていたら、ほかのお客さんが飛んできて「お前何やってるんだ!」と騒ぎになった。それを「セクハラみたいになっちゃった」とあっけらかんと言うのだ。まさにクレイジー。 よく小説は小説として独立して読みたいから、作家の人となりは知りたくないという人もいる。もちろん、それは読み手の態度のひとつだ。だが、作家の人となりを知ることで作品が立体的に見えたり、それを手にするきっかけになることは少なくない。事実、若林の下には「出版業界のために(なる番組を)ありがとう」という声が届くという。 だが、若林は出版業界のためにやっているわけではない。「俺が楽しくてやってる」と言うのだ。 聞き手が楽しんでいるから、自ずとしゃべる方も楽しくなる。すると、それを見ている視聴者も楽しい。 「俺、とてもじゃないけど、(テレビで)本音言ったら仕事全部なくなっちゃう」と、“本音”をさらけ出す若林に作家たちは共感して、素顔を見せてくれる。 「未知の世界を知ることのはものすごい喜び」と村田は語っているが、まさにこの番組はそんな未知の世界を教えてくれるのだ。 残念ながら、今週(6月24日)放送される回で第1シーズン最終回を迎えるが、まだまだ魅力的な作家が数多くいる。 若林のライフワークになってほしい番組だ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから![]()
「ダブってない、誰とも」R-1優勝者特番『TVの掟』が教える、ハリウッドザコシショウの真価
「アナタ、正気なの?」 デヴィ夫人は、目の前で自分のモノマネだと言われて、意味不明な奇声を上げながら、ワケのわからない動きをするハリウッドザコシショウを見て、もっともな感想を述べた。 それは「R-1ぐらんぷり」優勝者に与えられた冠番組『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)の一幕だ。 ザコシショウのR-1優勝は衝撃的だった。もともとお笑いファンや芸人たちの間では、その実力が認められていたザコシショウ。だが、その芸風は、とてもテレビ向きではないと思われてきたからだ。しかも、賞レースとなればなおさらだ。しかし、いざ決勝に進出すると、会場は大爆笑。圧倒的な力で、まさかの優勝をもぎ取ったのだ。 この優勝は、お笑いファンからは歓迎されたものの、「何が面白いかわからない」と批判する声も少なくなかった。確かに、ザコシショウの人となりや背景などを知っているのと知らないのとでは、あるいは、見慣れているか否かで、感じ方は大きく違ってくるネタだ。初めてこの種の笑いを見ると、どう見ていいのかわからなくて混乱してしまうのは無理もないことだ。 たとえば優勝後、『スッキリ!!』(日本テレビ系)の「クイズッス」にザコシショウが登場した時だ。ひとしきり、得意の誇張モノマネを繰り返すザコシショウ。ここで異変が起こる。 それをスタジオで見ていたコメンテーターの本上まなみが、泣きだしてしまったのだ。 「え? なんの涙?」 「ごめんなさい……何が起きてるのかわからない」 生まれて初めて出会ったものへの衝撃で、恐怖や驚きなどの感情がない交ぜになって、意味不明の涙があふれてきてしまったのだ。 さらに約1カ月後、再びザコシショウが同コーナーに登場し、誇張モノマネの新ネタを披露すると、やはり本上の目からは涙がこぼれてしまう。 「なんですか、その込み上げる涙は?」 と笑いながら問うMC加藤浩次に、本上は苦悶の表情で答える。 「わからないですけど……でも、うれしいです」 「表情と言葉が真逆!」 『TVの掟』は「テレビ的」な振る舞いに慣れていないザコシショウが、ケンドーコバヤシ、陣内智則、たむらけんじ、中川家といった同期の芸人たちから「芸能界で生き残るためにTVの掟を学ぶ」という趣旨の番組である。情報番組リポートやグルメリポート、俳優としてオファーが来た際の演技などを学んでいく。 やはり最初は奇声を上げたり、変な動きをするザコシショウだが、「建物の外観に触れる」「ほどよく自分の話を織り交ぜる」「入り込みで目を引く動きを」「カメラワークしやすい的確なリアクションを」「取材先に失礼なボケはNG」「体験したことは細部まで覚えておく」といった具体的なアドバイスに、もともと持つマジメな資質が現れ、しっかりと応えていく。 それをスタジオで見た関根勤は、手を叩きながら絶賛する。 「ニュースター誕生! のみ込みの早さ、スゴいじゃない」 「ニューウェーブだね! 結局、うまい人はいっぱいいるじゃない。うまい人ばっかりがいてもダメだから」 「ニュースターだよね」 これに対して、真っ向から反対するのはデヴィ夫人だ。 「全然面白くない」 「アナタ、何やってるの?」 「もう、開いた口がふさがらない」 リポートの極意や演技指導などの「TVの掟」よりもむしろ、この2人のリアクションの対比にこそ、ザコシショウがテレビで生かされるヒントが隠されている気がする。ザコシショウの極端な芸には、極端に褒めるか、極端に否定するか、そのどちらかのリアクションをぶつけると、それを受けたザコシショウのかわいげが全開になる。中途半端ではダメだ。デヴィ夫人は『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)で出川哲朗と名コンビとなっているが、もしかしたらザコシショウとの組み合わせは、それ以来のヒットとなるかもしれない。 関東圏では『TVの掟』の直後に、ザコシショウがゲスト出演した『にけつッ!!』(同)が放送された。盟友であるケンドーコバヤシとのトークに花を咲かせ、帰っていったザコシショウに対し、千原ジュニアはこう評した。 「25年間、1ミリも動かず立ち続けるってスゴいよね」 ザコシショウはデビュー以来、テレビに見向きもされなくてもずっと同じ芸風を貫いてきた。そうして長い時間ずっと動かなかったザコシショウに、ようやくテレビが近づいてきた。 辛らつな評価を与え続けたデヴィ夫人もやがて、根負けしたように言った。 「アナタみたいな人がいないから、いいんじゃない? ダブってない、誰とも」 ここまでやっているのなら、認めざるを得ない。ハリウッドザコシショウには、見る者にそう思わせる、長い時間をかけて熟成した意味不明なまでのパワーが宿っているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)
人と人の間の心理戦――『真田丸』のぞっとするほど怖い戦場
「実は、ひとつ気になることがあります」 そう言って、現場に落ちていたひとつの木片を掲げた。そこから真田信繁(堺雅人)は、犯人はケガをしているのではないかという推論にたどり着いた。 使われたであろう道具や、犯行時刻の状況などから、すでに単独犯ではないことも導き出していた。さらに、聞き込みによって、それらに該当するあるひとりの容疑者が浮かび上がってくるのだ―――。 といっても、これは推理サスペンス・ドラマではない。NHK大河ドラマ『真田丸』第20話の一幕だ。脚本は三谷幸喜。自身の名作『古畑任三郎』さながらの推理劇が、突如、大河ドラマで展開されたのだ。 時は天正15(1587)年。天下獲り目前となった豊臣秀吉(小日向文世)。その側室となった茶々(竹内結子)が、待望の第一子を身ごもる。有頂天となった秀吉を、ある日激怒させる“事件”が起こる。城下で、「茶々さまのおなかの子は本当に殿下の子か」と揶揄する落書きが発見されたのだ。 その犯人を探し出すように命じられたのが、本作の主人公・信繁である。信繁は、人質として秀吉の支配下に入り、茶々に気に入られ、そのまま秀吉の馬廻として仕えている。 『真田丸』は、戦国時代真っただ中を描いた作品だ。だが、その花形ともいえる合戦シーンは、これまで数えるほどしか出てきていない。それよりも、どのような策略でもって戦国の世を生き抜いていったか、その謀略と心理戦が丹念に描かれている。 通常、美化されて描かれがちな主人公側の人物の描写にしても、きれいごとで逃げたりはしない。特に父親・昌幸(草刈正雄)は、生き残るためには平気で相手を裏切る。そのためには、身内でさえだます。 しかも、そこに筋の通った考えがあるわけでもなく、終始、悩んでいる。けれど、いや、それゆえ、たまらなく魅力的だ。信繁もまた、その血をハッキリと受け継いでいる。 結局、最有力の“容疑者”だった尾藤道休がシロだと判明する。犯人がわらないまま、秀吉の怒りは収まらず、門番だった十数人が処刑するという理不尽な処置が下される。だが、まだまだ秀吉の暴走は止まらない。 なんと犯人がわかるまで、町人たちからクジで選んで磔にすると言いだすのだ。甥の秀次(新納慎也)が諌めようとしても「お前は何もわかってない!」と、さらに怒りに油を注ぐだけとなってしまうのだ。 よく、秀吉が権力を手にしたから、横暴な性格に変わってしまったなどといわれる。だが、三谷は『真田丸』で、それは違うと、正室の寧(鈴木京香)の口を使って表明している。「みんな、あの人のことをわかっとらんの。殿下は昔と少しも変わっとらん。昔から怖い人でした。明るく振る舞っておるけど、実はそりゃあ冷たいお人」 本作で秀吉は、ひたすら明るく、無邪気な子どものような存在として信繁の前に現れた。だが、そんな明るさとは真逆のぞっとするような冷酷さが潜んでいることが次第に明らかになっていく。そうでなければ、百姓から天下を獲ることなどできないのだ。 信繁は秀吉の暴走を止めるため、一計を案じる。無罪だった尾藤道休が死んだという報を受け、秀吉を欺き、彼に罪を被ってもらおうというのだ。それでも、秀吉は納得しない。「親類縁者、隣人まで根絶やしにしろ」と言うのだ。これに対し、切腹の覚悟で止めに入る石田三成(山本耕史)。幼い頃から長きにわたり腹心として仕えてきた男からの「佐吉(三成の幼名)は正気でございます。乱心されているのは殿下のほう!」という決死の説得にも耳を貸さない秀吉。なんとか寧が間に入ることで、ようやく場が収まるのだ。 この一件だけで、三谷は推理ドラマという遊びを入れつつ、秀吉政権崩壊の「前兆」を見事に描いている。茶々や息子に執着するあまり、信頼してきた部下や身内の言葉も届かなくなり、タガが外れてしまった秀吉。かろうじて話ができるのは女だけ。民の心も離れようとしている。 人間の心こそが最も恐ろしい、とは使い古された表現だが、『真田丸』はそれをぞっとするほどの強度で描いている。 「この子どもの父親は源次郎(信繁)です」 という茶々のブラックジョークも冗談では済まされないほど、死の恐怖が常に漂っている。 『真田丸』が描く“戦場”は、合戦ではない。実際の戦場よりも死が隣り合わせにある、人と人の間の心理戦なのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからNHK大河『真田丸』より
アナーキーで反骨――桂歌丸版『笑点』の“粋”な終い方
番組初回から50年もの間、『笑点』(日本テレビ系)に出演し続けた桂歌丸が、司会から勇退した。 5月22日の放送の「歌丸ラスト大喜利スペシャル」では、歌丸司会最後の大喜利や、新司会者発表ということもあり、大きな注目を浴びた。TOKIOと『笑点』軍団の対決あり、再現ドラマを交えた『笑点』の“ウラ事件簿”ありと、盛りだくさん。 演芸コーナーではナイツが登場し、いつもの“ヤホー漫才”を「桂歌丸」をテーマにやっているところに、なんと本人が登場。「ナイツ」をテーマに、“ヤホー”ならぬ“アホー漫才”を披露したりもした。 だが、そんな見どころの多い各コーナーをしのぎ、その真骨頂を見せつけたのは、やはり番組後半に行われた生大喜利である。 3問行われた大喜利のお題はすべて“粋”。たとえば、2問目はこうだ。 「アタクシは今日で笑点の司会からお別れをするわけですが、『笑点』に涙というのは似合わないと思うんですよね。そこで皆さんね、豪快に笑いながらひと言。アタクシがね、『どうしたの?』と伺いますので、返事を返していただきたい」 『笑点』に涙は似合わない。まさにその通りだ。 それに対する答えも粋だ。たとえば、歌丸と長年にわたって番組で舌戦を繰り広げてきた三遊亭円楽。 「アーハハハ、ワッハハハ」 「どうしたの?」 「笑ってないと涙が出ちゃうんです」 そんな答えに、歌丸は座布団を。 「山田くん、そーっと1枚やってください」 2人の関係性を日本中の人が知っているからこそ胸に響く、この一連の流れの美しさ。50年続く『笑点』は、もはや日本人の日常生活の一部になっている。そこに出る落語家や演芸を見るというよりも、その番組パッケージそのものを見ている。 たとえば、先日放送された『水曜日のダウンタウン』(TBS系)に三遊亭好楽が出演した。「街で『ファンなんです』と声かけてくるファンに限って、たいしたファンじゃない説」を検証するためだ。 好楽が実際に街頭に立つと、すぐに多くの人たちが声をかけてくる。しかし、声をかけてくる人のほとんどが、好楽の名前を知らない。『笑点』の番組自体のファンだというのだ。 実際、好楽の名前を知らなくても、席の並び順はわかる。そんな番組、なかなかない。 大喜利のお題や答えで、政治的な時事をイジることも少なくない。“普通”に見えて、実は“攻めている”。そもそも日曜の夕方にただひたすら大喜利をしていること自体、冷静に考えるとアナーキーだ。 「笑芸人」vol.2(白夜書房)の歌丸インタビューによると、ある時などは、番組スポンサーになりたいという企業がいたにもかかわらず、出演者たちの一存で断ったこともあるという。 落語界のこともよく知らないくせに、やたら口を出してくるというのが理由だったそうだが、それにしたって、スポンサーを出演者たち自身の判断で降ろしてしまうのだからスゴい。ポピュラーの象徴として日本人の心に深く溶け込んでいるのに、アナーキーで反骨。それこそを、人は“粋”と呼ぶのかもしれない。 歌丸は、先ほどの『笑点』と同じ日の『NHKスペシャル』(NHK総合)の「人生の終(しま)い方」にも出演。進行役を務めつつ、密着取材にも応じている。 腸閉塞で入退院を繰り返し、肺にも病気を抱えている。舞台を降りると、すぐに車いすに乗る。体重も、この1年だけで10キロ減ったという。 それでも、高座に立ち続けている。 「アタクシも人生を終うのは、まだまだ80年ぐらい先ですけれども、まぁ、そのときになって慌ててもいけませんですから、いまから真剣に考え始めているんです」とほほ笑みを浮かべ語る姿には、落語家の矜持があふれ出ている。 歌丸は終わらない。 注目された『笑点』新司会者もCMをまたいだり、必要以上に煽ったりせず、あっさりと発表された。 新司会者は春風亭昇太。発表されるとすかさず、後任に本命視されていた円楽から「いくら使ったんだ?」というツッコミが入った。 その人選は意外性があると同時に、納得感もある見事なものだった。実年齢以上に世代交代を大きく印象付け、これから先、何十年も『笑点』は続いていくんだという強い意志を感じる人事だ。 「ここは?」 と、昇太の席を指して新メンバーは誰になるのかを円楽が問いかけると、歌丸は不敵に笑って答えた。 「あ、そこねえ、アタシが座る(笑)」 歌丸のどこまでも“粋”な終い方だった。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから「笑点 第1号」(日本テレビ放送網)






