名作『転校生』へのオマージュに終わらない! “入れ替わり”ドラマ『さよなら私』のファンタジーとリアリティ

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NHKドラマ10『さよなら私』
「関わりたくない」 尾美としのりは、それまで「面白いなぁ」と読んでいた『さよなら私』の台本を途中でパタッと閉じて、そう思ったという。  NHKドラマ10『さよなら私』は、人気脚本家・岡田惠和が、40代女性の本音と真の友情を描くドラマだ。主演は永作博美と石田ゆり子。二人は学生時代からの親友だ。仕事のできる夫・洋介(藤木直人)と名門幼稚園に通う息子・健人(髙橋來)がいるという、誰もがうらやむ家庭で専業主婦をしている友美(永作博美)。映画プロデューサーとして第一線で活躍し、独身を貫く薫(石田ゆり子)。それぞれ対照的な生き方ゆえ、いつしか疎遠になっていた。  ある日、もう一人の親友である春子(佐藤仁美)から同窓会に誘われ再会し、二人の親密な時間が再び動き出す。だが、薫の何気ない一言で二人の関係に異変が起こる。それは、春子と友美がお互いの息子の話をしていたときだ。 「(息子が)友美の髪につかまって寝るんでしょ、かわいい」 「え? そんな話……私、したっけ?」  自分が話さなければ知るはずもない家族の話を、なぜか薫が知っている。疑念を抱いた友美は薫の後をつけると、その予感は的中する。薫は友美の夫・洋介と不倫をしていたのだ。  「うらやましかったんでしょ、私が。だから私から洋介を奪おうとしたんでしょ?」と詰め寄る友美に、薫は「あなたの旦那だから好きになったんじゃない。ひとりの男として好きなのよ」と反論し、なおも続ける。 「してないんだってね、子どもが生まれて以来。私とはしてるよ、会うたびに。楽しくセックスしてる」  激高した友美は薫と取っ組み合いのケンカになると、勢いあまって、二人は長い階段を転げ落ちてしまう。  どこかで見たシーンだ。そう、映画『転校生』のように階段から落ちた二人は、同じように心が入れ替わってしまうのだ。 「うわっ、入れ替わりもんか」  尾美が台本をパタッと閉じたのは、そのシーンを読んだときだ。それまでリアリティあふれる大人のドラマという装いだったのに突然、使い古された「入れ替わり」というモチーフが挿入されたのだ。  驚いたのは、視聴者も同じだ。SF的要素が入るなどという気配をまったく感じさせないまま訪れた急展開に、あっけにとられてしまった。言うまでもなく、尾美はそんな「入れ替わり」物語の元祖ともいえる大林宣彦監督の映画『転校生』の主演を務め、「入れ替わり」を経験している俳優だ。だから「1回入れ替わればいいですよね。もうあんまり関わりたくない」と笑うのだ。  入れ替わりシーンでは『転校生』へのオマージュが捧げられていたり、そもそも本作のタイトルが『転校生』の有名なセリフの引用だったりしているので、尾美のキャスティングも当然、それを踏まえたものだろう。本作で尾美は、春子の夫・光雄を演じている。彼もまた、冬子(谷村美月)と不倫している。  これまで、ドラマや映画で使われる「入れ替わり」ネタというのは、『転校生』に影響されてか、そのモチーフのおかしさと相まって、コメディタッチの軽い作品がほとんどだった。だが、本作は「大人同士が入れ替わったら、どうなってしまうか」を深刻に描いている。  たとえば、前述のように薫は友美の夫・洋介と不倫をしている。もちろん、友美と薫の心が入れ替わったことなど知る由もない洋介は、いつものように薫に会いに来て、いつものように彼女を抱こうとする。薫だと思って体を求める夫と、親友の体のまま、引き裂かれるような思いで友美はセックスをするのだ。  一方、薫は友美の息子に対し、次第に“母”としての愛情が芽生えてくる。けれど、どんなに愛情を注いでも、実際は自分の子ではないし、いずれ自分のものではなくなる。そんな当たり前で残酷な現実に、打ちのめされていくのだ。さらに、入れ替わる前に友美が受けたがん検診の結果が届けられる。それは「乳がん」の告知だった。 <もし、入れ替わったままセックスしたら?> <もし、入れ替わったまま死が訪れ(そうになっ)たら?>  これまで描かれていそうで描かれなかった「入れ替わり」物語の「もしも」を丁寧に描くと同時に、それ以上に注力されているのは、二人の40代の女性たちのリアリティあふれる生き方だ。「入れ替わり」というSF的ファンタジーでありながらリアリティを損なわないのは、それ以外の細部が徹底して描かれているからだ。そのひとつのファンタジーが、逆にそれ以外のリアリティを強調するように浮かび上がらせていく。それこそがファンタジーの力だ。  そして『さよなら私』というタイトルも、単に『転校生』からの引用ではない。彼女たちの友情、愛情、葛藤、嫉妬、苦悩を通して、さまざまな意味に入れ替わり、一人ひとりが生々しい存在感を持った、入れ替え不可能な人間ドラマに昇華されているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

「どうなっちゃってるのよ、今のテレビ!」『ヨルタモリ』でタモリが“なりすまし”ているもの

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『ヨルタモリ』フジテレビ
「この星のテレビは、タモリがいないと寂しい」  これはサントリーBOSSのCMのコピーだが、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)終了後の、視聴者の「タモロス」と呼ばれる気分を言い当てた言葉だ。もちろん、タモリは『ミュージックステーション』や『タモリ倶楽部』(ともにテレビ朝日系)のレギュラーは続けているので、実際には「タモロス」というのはおかしな話なのだが、やはり30年以上続いた、タモリ=『いいとも』という構図と日常感が、どうしても喪失感を生んでしまっていたのだろう。  そんな中、ついにタモリがフジテレビに帰ってきた。10月19日から、『いいとも』以後、新しいレギュラー番組は初となる新番組『ヨルタモリ』(フジテレビ系)がスタートしたのだ。  これは、とあるバーを舞台にした、タモリと宮沢りえによる番組。タモリに会いに毎回ゲストの芸能人が来店し、ゆる~いトークを繰り広げるという内容だ。実は、タモリと宮沢はかつて飲み仲間だった。それは宮沢が20代前半の頃。よくバーで居合わせ、一緒に飲んでいたという。ある時などは、席が隣になったこともあった。その時、タモリは宮沢のあまりの美貌に思わず「すみません、今から2分間、ジッと見ていいですか?」と断って、2分の間、その姿を見つめたという。そんなふたりの番組がどんなものになるのか、事前情報はほとんどなかった。  番組は、「東京の右半分」(これもタモリが最近ハマっている場所だ)の湯島あたりに、宮沢がママを務めるバーが開店するところから始まる。先客には音楽家の大友良英、自称・漫画家の能町みね子がいる。ふたりとも、自他共に認める重度のタモリフリークだ。すると、程なくしてタモリがやってくる。いや、ただの「タモリ」ではない。関西人の町工場の社長に「なりすまし」たタモリだ。一緒に連れ立った“弟”に、しきりに「体の重心」について説いている。そしてそのまま、ママとゲストとともに突飛なトークを繰り広げる。  話題が「着物」に飛ぶと、「着た時に『女が出来上がった』と思うんです。だから、手順が長いほどいいんです。襦袢着る、あれ着る、紐結ぶ……。どんどんやっていって、スッと見た時に、『女や。私なりの女ができた』と」などと、含蓄のある話を披露するタモリ社長。そして、「一度脱がしてみたいね」とおどける。  やがて、ママが「最近面白いテレビがあるから」とつけたテレビ画面に映ったのは、『世界音楽旅行~スペイン~』なる番組。フラメンコギタリストの沖仁らが演奏している。その演奏に合わせ、どこかで聴いたことがある歌声が聞こえてくる。カメラがその歌い手を捉えると、長髪のフラメンコ歌手、マヌエル・デ・オルテガの姿が映し出される。もちろん「なりすまし」たタモリだ。情熱的なハナモゲラ・フラメンコを、見事に歌い上げている。  さらに『虫ドッキリ(秘)報告』なる番組も始まる。ハエがドッキリにかかるという番組らしい。そのハエの正体は、全身タイツを着て形態模写をするタモリだ。殺虫剤ではなく潤滑剤を浴びせられるハエタモリ。そして、フローリングに足を取られるハエタモリ。そんなシュールな映像を見て、絶句するママ。 「どうなっちゃってるのよ、今のテレビ!」と。  正直言って、バーを舞台に、ゲストを招いたユルめのトーク番組なんだろうとタカをくくっていた。タモリの話をじっくり堪能できるなら、それで十分だと思っていた。しかし、そんな予想は、いい意味で完全に裏切られた。全編にわたって、タモリの「芸」の神髄である「なりすまし」が行きわたった、タモリイズムあふれる番組だったのだ。  『いいとも』以後、タモリの元にはいくつもの新番組の企画が持ち込まれたが、タモリはそれらに納得いかず、断り続けたなどと伝えられている。おそらく、タモリに負担が少ない、ユルい企画が多かっただろう。だが、タモリが最終的に引き受けたのが、タモリにとって最も負担が大きい、タモリの芸に依存した番組だったというのが、タモリの矜持を感じざるを得ない。  よくタモリの本芸は、アナーキーな「密室芸」などと言われる。だが、そうではない。密室芸も、タモリの「なりすまし」芸のひとつの側面にすぎないのだ。事実、「密室芸」は周囲からのリクエストに応じて演じられてきたものだ。そうしてタモリはこれまで周囲に求められるまま、さまざまな「タモリ」像に「なりすまし」てきた。あるときは「アナーキーなカルト芸人」に、ある時は「お昼の顔」に、またある時は「趣味に生きる好々爺」に。いつだって、自分自身を自由自在に変えていくことだけはずっと変わらなかった。  『ヨルタモリ』でも、終始何かに「なりすまし」ている。だから「タモリ」そのものは番組に出てこない。しかし、逆説的にその姿は、若きアナーキーさと力の抜けた老獪さを併せ持った「タモリ」そのものに「なりすまし」ているかのようだ。いや、そうではないのかもしれない。ずっと周囲からの要求通りに何かに「なりすまし」ていたタモリがようやく解き放たれ、ついに本当の意味で自由になって「タモリ」を表現しているのではないか。『ヨルタモリ』はタモリによる、タモリのための番組なのだ。  番組では最後、偉人ユージニス=アフレカヌス(355-420)の名言を引用して締めくくっている。 「物を見ている自分の目を見たことがある者は誰もいない」  全編がタモリイズムにあふれる番組である。だから言うまでもないが、そんな偉人も言葉も存在しない。デタラメの名言だ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

視聴率なんて信用できないと言ったじゃないか! クドカンの真骨頂 『ごめんね青春!』

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日曜劇場『ごめんね青春!』|TBSテレビ
「今は誰とも付き合えない」  関ジャニ∞・錦戸亮演じる教師・原平助は生徒たちに向かって「簡単なクイズ」と称して、そう女子に言われたとき、実際に付き合える確率は何%か、と問いかけた。平助は「とんこー」と呼ばれる偏差値44の男子校の教師。女子との接点がほとんどない「とんこー」の男子生徒たちは「50%!」「だって彼氏いないってアピールじゃん」「だったら80%じゃね?」などと口々に答えていく。  『ごめんね青春!』(TBS系)は、宮藤官九郎が『あまちゃん』(NHK)以来、約1年ぶりに連ドラ脚本を手がける作品だ。初回の視聴率は10.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と決して高いものではなかったが、『あまちゃん』の高視聴率を「たまたま」だと宮藤本人が繰り返していたように、もともとクドカンドラマは視聴率には縁がない。けれど、錦戸をはじめとするキャスト陣の好演、真島昌利による劇伴や主題歌「言ったじゃないか」のハマりっぷり、そしてクドカンの脚本を生かした軽妙洒脱な演出は、まさにクドカン作品の真骨頂。深く愛されるドラマになりそうだ。  『ごめんね青春!』は、平助の母校であり、勤め先である仏教系男子校の駒形大学付属三島高校(通称「とんこー」)と、その隣に建ち、犬猿の仲であるカトリック系の名門女子校・聖三島女学院(通称「さんじょ」)との合併をめぐるコメディドラマである。  冒頭10分、初回とは思えないほどのスピードで、状況設定とキャラ立ちした主要登場人物を次々と紹介していく。満島ひかりと波瑠が姉妹という説得力と、錦戸亮とえなりかずきが兄弟というファンタジーが同居したドラマであること。暴力的なまでに潔癖で勝ち気なヒロイン・満島ひかりと、生徒思いだが気弱な主人公・錦戸亮の対比。過去に何か“事件”があったらしいこと。それに平助が絡んでいるらしいこと。「さんじょ」と「とんこー」の因縁。……などなど、普通なら1話分をかけて伝えるものすごい情報量を、たった10分足らずで終えてしまったのだ。だから、物語は加速するようにどんどんと進んでいく。これまで停滞していた合併話は、3年生の1クラスの生徒を半分ずつ交換し、共学のクラスを半年間「お試し」でやってみる、という平助の提案が採用され、急速に動きだす。  お試しでの共学化が決まり、平助はクラスの生徒たちに、共学のメリットとデメリットについて講義する。そのメリットもデメリットも、平助は「思いつかない」という。なぜなら、自分も男子校しか経験がないからだ。平助は男子生徒たちに語りかける。 「(男子校に)デメリットがないってことは、居心地がいいってことだ。しかし、卒業したら外の世界には女がいる。そんな居心地の悪い世界で、とりあえず脱いで爆笑取れるか?」  そして、平助は冒頭の「簡単なクイズ」を出題したのだ。付き合える可能性のほうが高いと色めき立つ生徒たちを前に、きっぱりと言う。可能性は「0%」と。 「彼氏はいないけど、お前とは付き合いたくない」  それが相手の本音だと。 「だいたい誰とも付き合わないって言った女が、誰とも付き合わなかったことなんかないんだよ。付き合うからね、必ず。お前以外の誰かと!」  と、急に熱を帯びて語る平助。かつて平助は「誰とも付き合えない」と祐子(波瑠)に振られ、その恋を応援してくれていた親友サトシ(永山絢斗)と祐子が花火大会の日、「さんじょ」の礼拝堂の屋上でキスをしているのを目撃した。親友の裏切りと失恋で自暴自棄になった平助は、礼拝堂に向けてロケット花火を数十発打ち込んだ。そしてその日、礼拝堂が燃えてしまう。自分が原因ではないかと思いながらも、その現実に向き合うことができず逃げてしまった。平助はその後悔を抱えたまま、「青春」を卒業できずにいるのだ。そんな自分と重ねるように、生徒たちに呼びかける。 「女子と向き合え! そして冴えない自分と向き合え!」  青春とは、自分には無限の可能性があると勘違いさせてくれる魔法の言葉だ。平助たちが「友達からでよかったら」という返事を「友達」に目をつぶり、「から」を重視して「友達から墓場まで」「結婚を意識してる」と、むやみにポジティブに解釈してしまったように。青春は無責任で無鉄砲に夢中に輝ける時間だ。  一方で、青春時代は、そんな自分がまだ何者でもないという現実を残酷なまでに教えてくれる。本当のことを知りたいと思いながらも、それを知りたくないという矛盾と苦悩に満ちた時間だ。あまりに楽しく、笑えて、そして切ない。それはまさに『ごめんね青春!』そのものだ。青春時代に悔いや思い残しのない人なんて、きっといないだろう。『ごめんね青春!』は、僕らをそんな青春時代にちょっとだけ戻してくれるドラマなのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

オリラジ中田が熱弁「なりたくてなる天狗はいない」 『しくじり先生』の、成功するための教科書

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怖いものなしだった頃のオリラジ
「しくじらないで生きていける人間なんているのか!」  オリエンタルラジオの中田敦彦は、“生徒”たちを前にものすごい熱量で語った。10月2日からレギュラー放送が始まった『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)は、人生を「しくじった」経験がある人を講師に迎え、その失敗から「しくじらないための極意」を学んでいこうという番組である。昨年11月から不定期で放送された3回のパイロット版が好評を博し、レギュラー化したものだ。  たとえば、パイロット版の2回目となる3月14日の放送では、元フィギュアスケート・織田信成が講師として登場。大舞台でしくじってしまった過去を振り返りながら、それを回避する極意を教えた。信成は「20年間、あと一歩のところで天下を取り逃してきたんです」と語り、世界フィギュア選手権(2009年)、バンクーバー五輪(2010年)、グランプリシリーズ中国杯(2009年)を自ら「3大しくじり舞台」と挙げる。そして、それぞれに「ジャンプ一回多く飛んじゃったの乱」「靴ひもが切れちゃったの乱」などと名前を付け、自分の失敗体験を軽妙に語っていく。極めつきは、中国杯での「自分でも信じられ変」。チャップリンを模した衣装の股間のチャックが全開のまま演技してしまったあの事件を、「後にマスコミに『チャックリン』と名付けられた」などとユーモアたっぷりに披露したのだ。信成はこの放送がきっかけになったのか、その後、フィギュアスケート関連以外の番組でもテレビタレントとして数多くの番組で見かけるようになっていった。  そして、レギュラー番組になって初めての講師役がオリエンタルラジオだった。オリエンタルラジオといえば、「史上最速のブレーク」などという肩書で売り出され、デビューしてまもなく、レギュラー番組はもちろん、ゴールデンタイムに冠番組まで作られた。しかし、それも長く続かず、わずか数年で失墜。レギュラー番組は次々と終了し、まさに「しくじり」を経験した。それを中田は「ここまでゴリ押しされて、全部終わったの、おそらく初めてですよ」と自嘲して言うのだ。「ゴリゴリ押しのゴリ終わり!」と。  その後、しばらく低迷し、同期のはんにゃらに逆転されたものの、藤森慎吾の“チャラ男”のキャラなどで再浮上するという上り下りの激しい芸人人生を歩んでいる。こんな経験をした芸人はなかなかいない。だから「この授業は僕らにしかできない」と、中田は胸を張る。  なぜ、「史上最速のブレーク」を果たしたオリエンタルラジオが失墜したのか? もちろん、それにはさまざまな要因があるだろう。だが、中田は潔くたったひとつの理由に集約させた。 「ハッキリ言いましょう、天狗になったんです。ふたりとも!」  当時から「これはもう『現象』」「僕らがこうだからとか、ここでこうしたいからという理由では説明がつかない」(『Quick Japan』Vol.77/太田出版)などと自分たちの置かれた状況を客観視していた中田であれば、“天狗”になってしまう罠を回避できたのではないか、と思える。しかし「なりたくてなる天狗はいない」「天狗には自覚症状がない」と中田は言う。  そして、“天狗”を定義し直す。「天狗とは、特別扱いを当然だと思っている状況」だと。つまり、自分が“特別扱い”されていることが当たり前になってしまうから、“特別扱い”されていることにすら気づかない状態なのだ。  たとえば、オリエンタルラジオのDVD『十』(よしもとアール・アンド・シー)。DVDが売れない、ライブDVDでさえ出すのが難しいとされる時代に、中田は「映像作品を撮りたい」と予算を度外視。かけた予算は映画1本分並み。それが許されてしまっていたのだ。企画会議の中で、中田はこう言い放ったという。 「普通の笑い作りたいんじゃないんだよ、時代を作りたいんだよ!」  その後、中田は次々と番組を失っていく経緯を生々しく講義していく。そして、レギュラー番組を失った“暗黒期”には仕事が「モアハード モアスモール」、つまり「よりエグく、より小規模になります」と、過酷な体験が語られていく。たとえば、ある番組で1年間農業をするという企画があったという。ただ農業をするわけではない。山自体を切り開いていくというものだ。別の番組では韓国の整形ブームを特集した際、中田は実際に手相を整形した。これは想像よりも危険な手術で、完治まで1カ月を要したという。それぞれにキツイ体験であるが、何よりもキツイのが、これらが結局、オンエアされなかったということだ。中田は言う。 「みなさんが思ってるより、下り坂は長くて暗いです」  中田は、かつて自分たちの“現象”を「吉本興業の中での実験」だったと語ったことがある。 「テクニックもキャリアもなくても、それで成立するんだったらビジネスモデルとしては正解じゃないですか。コストがかかってなくてパフォーマンスが得れるわけですから。これが成立したらこれをどんどんやっていくつもりだったんだと思うんです。だけど、それができなかった! 促成栽培ができるもんじゃない。それが芸人なんだ、っていうのを逆説的に証明したのがオリエンタルラジオなんです!」(『ブラマヨとゆかいな仲間たち』テレビ朝日系)  中田のゾッとするほどの冷静さ、客観性が、逆に当時の深すぎる苦悩を物語る。早すぎたブレークによって、オリエンタルラジオはリアルタイムでその苦悩や挫折、迷走や変化、そして成長までも視聴者に晒されるという奇妙な境遇に身を置くことになった芸人である。そしてそれを中田が残酷なほどの客観性と、激しい熱量を両立させながら“解説”する。いわば、オリエンタルラジオは「しくじり」そのものを、“芸”に昇華させたコンビなのだ。だから、これ以上ないほど『しくじり先生』を体現している。実際にその講義は、生徒たちが「何、この教科書?」と唖然としてしまうくらい、素晴らしいものだった。この後、登場する講師たちのハードルが上がりすぎてしまったことこそ、番組の「しくじり」なのではないかと心配してしまうほどに。  最後に中田は「一度しくじった人は『とりあえず、食って行きたい』『かつてライバルだったあいつを今度は応援したい』などと“下方修正された夢”を語り、『今がありのままの自分だ』と、“小さなプライド”を守ってしまいがち」だと言う。「俺は夢に破れたわけじゃないんだ。しくじったわけじゃないんだ。いま少し自分が見えてきたんだ」と。だけど、そうじゃない。しくじってから本当の挑戦は始まるのだ。 「負けてからビックマウスになる勇気」  それが必要なのだ。「自覚的な天狗は、夢の成功者」だと。中田には、いつかもう一度花開いた時に絶対に言いたいという“天狗ゼリフ”があるという。 「普通の視聴率獲りたいんじゃないんですよ、天下獲りたいんです!」  あっちゃん、カッコいいー! (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

「売れているものに乗らないスタンスに……」『新・週刊フジテレビ批評』に見る、フジテレビの自己改革

odaibafujitv0930.jpg  ほんの少し前まで、「テレビ」といえば、“フジテレビ的”なものをイメージしていた。見たことのないものを見せ、新しい価値観を生み出してきた冒険と挑戦に、幾度もワクワクさせられてきた。  そんな“黄金時代”が遠い昔のように、いまフジテレビが迷走を続けているように見える。最低限の視聴率が約束される(であろう)過去の遺産を食いつぶすように消費する一方で、新機軸の番組は視聴率が伴わなければ甲斐性なくすぐに打ち切りを決めてしまう。いわば、視聴率に踊らされているかのようだ。  そもそも、あくまでも業界内の指針だった視聴率を、今のように一般の視聴者までもが注目するきっかけを作ったのはフジである。フジ絶頂の80年代後半、自分たちの威光を示すために用いたのが、「視聴率三冠王」という概念だった。これはゴールデン、プライム、全日の各区分を制した時に自称したもので、フジは82年から12年間、民放の「三冠王」であった。しかし、その後、日テレが10年にわたりノンプライムを含めた「四冠王」を奪取。さらに、04年以降はフジが返り咲いたが、11年には再び日テレが勝利。そしてついに、テレビ朝日が躍進。フジは「三冠王」を逃すどころか、民放3位の座に降格した。自らの権威を示すために使い始めた「視聴率三冠王」の概念が、自らの失墜を如実に表してしまっているのはなんとも皮肉だ。  フジには『新・週刊フジテレビ批評』という、自局を自ら批評する“自己批評番組”が存在する。この手の番組は、『はい!テレビ朝日です』(テレビ朝日系)や『TBSレビュー』(TBS系)など各局にも存在するが、それらが月1回や隔週の放送だったり、20分など短い時間での放送だったりするのに比べ、『新・週刊フジテレビ批評』は毎週1時間放送されている。  9月20日、27日の放送では「The批評対談スペシャル」として、識者による対談が長めの時間を割いて放送された。第1弾の20日の放送では、元BPO委員の水島久光氏、放送作家の高須光聖氏、ライターの吉田潮氏、そして『ダウンタウンのごっつええ感じ』『笑う犬の冒険』『トリビアの泉』などフジを代表するバラエティ番組の数々を手掛け、現在はフジテレビ・バラエティ制作センター部長の小松純也氏が顔をそろえ、「バラエティの未来のために」と題し、特にフジテレビのバラエティ番組の今後について話し合った。続く27日の第2弾では、批評家の宇野常寛氏、ドラマ評論家の木村隆志氏、早稲田大学教授の岡室美奈子氏による「今年のドラマを振り返る」鼎談が行われた。  自局の未来を、識者が集まって討論したものが土曜早朝に放送されるという状況を「コントとの設定としてはなかなかのもの」と笑う小松氏。そんなやや引いたスタンスで参加しているかのように見えた小松氏だが、いざ討論が始まると、口調こそ静かで落ち着いていたものの、誰よりも熱かった。  まず視聴者から見た、今のフジテレビの問題点が挙げられていく。  「同じ人ばかりが出ている」「内輪受け」「飽きた」「深夜番組の面白さがなくなった」「保守的」など辛らつだが、ある意味で的確な批判が次々と寄せられていく。ライターの吉田氏も「壮大な内輪受け感がある。それについていけたら面白いが、そうでないと楽しめない。内輪受け感が他局より強い」と指摘する。元BPOの水島氏も、フジのバラエティの特徴を「スーパースター列伝」と形容し、その功罪を挙げる。  それに対し、高須氏が「フジテレビは、演者さんへの愛がすごい」から、良くも悪くもそうなってしまうとフォローすると、いよいよ小松氏が口を開く。 「フジテレビの考え方は人間中心。人間に目を向けることだと、僕らは思っています。その人間の生き様が、世の中にメッセージを発信できるのではないかと。人間中心に作って世の中にメッセージとして伝わるというのが、フジテレビの考え方なんです」  そして「売れているものに乗らないスタンスに、明確に変わろうとしています」と続ける。  視聴率が取れていた時代、フジには“黄金のラインナップ”ともいえるコンテンツがそろっていた。しかし、それは一方で、新人の出る幕がないことを意味していた。新しいことに挑戦する機会が損なわれていた状況の中で、フジは急速に視聴率を落としていった。そんな事態に追い込まれ、慌てて何か新しいことをやらねばとやったことが、小松氏の言葉を借りれば「マーケティングで番組を作る」ことだった。他局のヒット企画や他番組で活躍している人たち、それらを寄せ集めて番組を作っていった。  が、それではうまくいくはずがない。その理由を、小松氏はキッパリと語っている。 「僕らフジテレビは、あんまりそれが上手じゃない。どちらかというと、自分が面白いと思うことを世の中に問うことによって生き永らえてきたテレビ局だから」  前述の通り、90年代半ば、三冠王から陥落したフジは04年に一時的に復活した。その頃、小松氏が手がけていた番組が『笑う犬』シリーズと『トリビアの泉』だった。この2つの番組は、「一個もマーケティングからスタートしていない」と小松氏は胸を張る。 「一人の芸人が、どうしてもコントをやりたいっていうわがままから始まったのが『笑う犬』。『トリビアの泉』は、若いヤツらがこういうことが面白いと思うっていう発想からできた番組」  その熱さにこそ、フジ復活のヒントが隠されているのではないか。小松氏は続けて言う。 「そういうところに立ち返って、自分たちが面白い、世に問えるものは何か真剣に考えてみようっていうのが今の状況」だと。  今のフジの視聴率的な状況は、実は70年代に似ている。あの頃、フジは日テレ、TBSに遠く及ばず、視聴率3位の座から抜け出せなかった。しかし、その反骨精神が熱を起こし、「新しい」ものを作り続けた結果、「新しい」面白さを次々と発見し、フジに黄金時代をもたらしたのだ。今は確かに迷走しているかもしれない。けれど、それが助走ではないと、誰が言い切れるだろうか? 昔の“黄金時代”のフジテレビに戻ってほしいわけではない。僕らは、“新しい”フジテレビが見たいのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

松木安太郎の“応援解説”が冴えわたる!『不躾ですが、ドキドキな発表の瞬間立ち会わせて下さい。』

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『不躾ですが、ドキドキな発表の瞬間立ち会わせて下さい。』テレビ東京
「韓流スターと葉月里緒奈ってところかな」 「もうちょっとナチュラルメイクのほうがいいんじゃない? 皮膚呼吸できなそうだなぁ」 「二人は愛し合ってるねえ」  A級プロダンサーを目指す男女ペアを見守りながらも、矢継ぎ早に発せられるサッカー解説者・松木安太郎のナレーション。そのVTRを見ながら、MCのサンドウィッチマン・富澤は思わず吐き捨てた。 「集中できないよ、VTRに!」  それでも松木は止まらない。いよいよA級がかかった競技会に挑むペアの緊張感あふれる姿を「静かに見守りましょう」とナレーションを入れたわずか数秒後には、「よーし! ここ頑張りましょう!」と口を開く。  これには伊達も「いや、『静かに見守りましょう』って言ったじゃねーか!」とツッコみ、富澤も「5秒もたたないうちにしゃべりだしたよ」とあきれていた。それだけではない。時には、ナレーションを忘れ、拍手までしてしまう始末だ。  これは、『不躾ですが、ドキドキな発表の瞬間立ち会わせて下さい。』(テレビ東京系)という長いタイトルの番組の一幕。テレ東では『YOUは何しに日本へ?』の成功もあり、この手の素人インタビュー&密着番組が急増している。特に月曜23:58からは1カ月ごとに番組を変える、いわば“お試し”枠とあって、手間はかかるが予算はかからない『家、ついて行ってイイですか?』『新婚さんに「結婚を決めた一言」聞いてみた』『卒業文集の夢、叶いましたか?』などの名作が次々と誕生している。『家、ついて行ってイイですか?』などは、ゴールデンタイムで特番にもなった。  『不躾ですが~』はそのタイトル通り、ある人たちの「ドキドキな発表の瞬間」に密着するという番組である。その“応援ナレーター”が、松木である。  松木のサッカー解説といえば、熱くポジティブでテンションが高いことでおなじみだ。 「あっ! PKだろ! 倒してないか、今?」 「ハンドじゃないか? ハンドだよねえ? ハンドだよー!」 「ふざけたロスタイムだなぁ」 「シュート打て、打てっ!」 と、中立的解説とは無縁の暑苦しい応援解説。それが一部サッカーファンからは不評を買っていたが、一方で、その「分かりやすさ」は普段サッカーを見ない層がサッカーを見る機会となるワールドカップなどの場面では大いに注目された。今では、日本代表戦に松木の解説がないとなんだか寂しいと思ってしまうほどだ。  そんな松木解説は、バラエティ番組にも飛び火。『ケータイ大喜利』(NHK総合)では「サッカー中継。『ちゃんと解説してください…』松木安太郎さん、何と言った?」などと大喜利のお題となり、視聴者から寄せられた回答を実際に読むという大役を果たしている。松木解説は、番組屈指の人気「声のお題」となっているのだ。  そんな松木の“応援解説”に注目したのが、『不躾ですが~』だ。下着モデルのオーディションや76歳のボディビルダーの大会挑戦、9歳のピアニストのコンクール、足掛け26年、49歳で弁護士を目指す司法試験の合格発表など、ドキドキの発表の瞬間に挑む真剣な人たちを、松木が熱く、それでいてどこかふざけて応援する。そして、その挑戦VTRと松木の応援ナレーションの両方に対し、適度な距離感でツッコミを入れたり、素直に感想を言い合うのがMCのサンドウィッチマンだ。その三位一体の構造が絶妙だ。  ボクシングのプロライセンスを目指す33歳の青年がいた。彼の名は上原裕三。すかさず、「上原裕三くん、名前は野球っぽいけどね」と、松木のいらないナレーションが入る。プロテストは、33歳までという年齢制限がある。だから、これが最後の挑戦だ。  「33歳っていうと、俺引退した歳だよ」と松木。思わず伊達が「ナレーションの手数多すぎるわ!」とツッコむ。  これまでの人生で、いろいろなことから逃げてきたという上原。“やり遂げた”ことが一つもなかった。だから、プロテストに合格すれば、自分が変われるのではないかと、挑戦を続けてきたのだという。 「わっかるなー!」 と、真剣なトーンの上原と対照的な軽いリアクション。もちろん松木である。いよいよプロテスト当日、多くの受験者がいる控室の映像を見ながら「ファッションでは負けてないぞ、頑張れ!」「まず髪型が強そうだよね」などと軽口を叩くナレーション。上原が心境を語りだすと「ちょっと揺れながらしゃべるところがあるよね」なんて言っている。ついに、最後のテストであるスパーリングに向かう真剣な表情がアップで映し出されると「彼はホント、キレイな奥二重だよね」。  いざスパーリングが始まると、そこはスポーツ解説者。 「消極的だなぁ。ストレスたまる試合だね」 「気持ちで負けるな!」 「いやー、いいパンチ入ったね! リプレイ見よう、リプレイ!」 「そう、前へ前へ!」 と、的確で熱い解説が入っていく。  スパーリングの勝敗とプロテストの合否は無関係とはいえ、相手からダウンを奪い、リタイヤに追い込んだ上原。その表情は、充実感でいっぱいだった。合格すれば自分が変われるかもと語っていた上原は、合格発表を待たずに“やり遂げた”実感を得て言った。 「人生、変わった気がします!」  そんな姿に、富澤は涙を浮かべるのだった。  どんどんと複雑化する世の中で、提供されるコンテンツに対して、われわれはとかく斜に構え、ひねくれた見方をしがちだ。けれど、一方で単純に笑いたいし、単純に泣きたいし、単純に楽しみたいとも思っている。松木の“応援”は、いわば“オヤジ”を具現化したものだ。目の前のことに脊髄反射的に反応し、たとえ頭の中で複雑なことを考えていたとしても、実際に出てくる言葉は、ごくごく単純でシンプルな言葉ばかりだ。言ってみれば「バカ」な言動だ。けれど、そんな“オヤジ”を誰しもが自分の中に飼っているし、どこかで憧れている。バカになって素直に楽しむこと。松木は、そんな世の中の見方を“応援”しているのかもしれない。「よーし、出しきれよ! 全部出し切れ!」と。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

江頭2:50を最も輝かせる『「ぷっ」すま』というホーム

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「この中で死にます! そういう画が見たいんでしょ?」  7月26日に放送された『武器はテレビ。SMAP×FNS 27時間テレビ』(フジテレビ系)に“乱入”した江頭2:50は、目の前に用意された自分が潜るための水槽を指さしてそう宣言した。そして、それに「えー」と反応した女性客に「だから伝説作れないんだよ!」とツバを吐き捨てた。  江頭がその潜水対決の対戦相手に指名したのは、やはり草なぎ剛だった。 「今から14年前、『「ぷっ」すま』で共演して以来の長ーい付き合いなんだよ。しかーし! その『「ぷっ」すま』でずーーっと思ってたことがあるんだ。俺とお前はかぶってるんだよ!」   江頭は、今後の『「ぷっ」すま』の出演権、果ては自らの芸人生命を賭けて“ライバル”草なぎと対戦。そんな江頭にとって、安全を考慮して決められた1分30秒という制限時間は、やはり短すぎた。草なぎも江頭も制限時間を潜り切り、その後も潜り続ける二人をライフセーバーが制止する。しかし、江頭はその救出の手を最後まで拒んだ。結果、二人の対決はドローに終わった。  戦いを終えた江頭は「(『「ぷっ」すま』に)出させてくれるよね?」と草なぎに問うと、草なぎは「いいよ!」と軽い口調で即答。江頭は「あ! 『「ぷっ」すま』のPと飲みに行く時間だ!」と言い残し、嵐のように去っていった。  いま最も江頭2:50を継続的に光り輝かせている地上波のテレビ番組は、間違いなく『「ぷっ」すま』(テレビ朝日系)だろう。番組に初登場したのは先の本人の発言通り、14年前の2000年2月29日だった。  「命がけレシピ対決」という企画で、ユースケ・サンタマリアとレギュラーを賭けて対戦したのだ。  「こいつ嫌いなんだよ、九州から出てきてテンションだけで生き残る! (俺と)かぶってるんだよぉ」と、この時はまだ、江頭の標的は草なぎではなく、ユースケだったのだ。この対戦に勝利した江頭は、実はわずか2週間であるが「ナギガシラ」として番組の“レギュラー”になっている。  その3年後の03年、思わぬ形で再び「ナギガシラ」が復活する。ユースケがインフルエンザで番組を欠席。その日、ゲストとして途中“乱入”予定だった江頭が、その代役を務めたのだ。  しかし、ボケが必要なクイズに、早々に正解してしまうなど気合は空回り。 「俺、間違ってるでしょ? 誰か言ってくれよ! ホント、俺分からなくなってるんだよ!」 「今日、俺、雰囲気悪くして……ごめんなさい」 と、弱々しく反省するなど、自分では散々な出来だったため、以来「レギュラーになりたい」と口にすることはなくなったという。もしかしたら、それがその後の『アメトーーク!』(同)で飛び出した、それ自体が伝説の名言「1クールのレギュラーより、1回の伝説」につながったのかもしれない。  『「ぷっ」すま』での江頭は、まさにその名言を地で行く活躍を見せている。特に彼の本領が発揮されるのが、人気企画「ギリギリマスター」だ。ある事柄をいかに限界寸前で止められるかを競うこの企画に、江頭はたびたび“問題”として登場する。江頭がどこまで記録を伸ばせるかを、回答者が見極めるのだ。  これまで江頭は「ギリギリリンボーダンス」「ギリギリ人間ブリッジ」「ギリギリ運河渡り」「ギリギリダンクシュート」などに挑戦。そのほとんどで、「俺は驚かせてナンボじゃ!」という言葉通り、予想をはるかに超える超人的な記録を叩き出す。そして、スタジオにいる全員が驚きと歓喜で「ドーン!」と拳を突き上げる、異様なテンションの空間に変えるのだ。笑いと驚きが共存することこそ、江頭の真骨頂だ。  8月29日、9月5日の放送は「イカ部」。イカを愛する草なぎがイカを釣る、という企画だ。『27時間テレビ』での“約束”を果たすかのように、そこに“乱入”した江頭。江頭は「イカ部」そっくりの番組企画「エガ部」を立ち上げたという。 「このエガ部は、YouTubeで番組を持つためにいま動いてるんだよ!」  全員からツッコまれると「YouTubeはなんでもあり!」と叫びながら、やはり大暴れし始める江頭。実にイキイキしている。  江頭はかつてインタビューで「こんなこと言っちゃダメなんですけど」と前置きしつつ、「正直な話、いっぱい仕事が来たとしても選ばせてもらって」いると明かしている。なぜなら「キンタマ据わってる人としかやりたくない」からだ。彼が「無茶」をして笑いを取っても、それが使われなければ「俺の存在価値はなくなる」と。(「hon・nin」Vol.05/太田出版)  そんな江頭が“選ぶ”数少ない番組の一つが『「ぷっ」すま』だ。そして、江頭の「無茶」を誰よりも爆笑しているのが草なぎだ。彼は江頭が“暴走”しても、決してありきたりのツッコミで止めようとしない。いきなり、江頭がタイツを脱いでバリカンで陰毛を剃り始める暴挙に出て、他の共演者が呆然となりその行動に引いていても、草なぎだけは屈託なく笑っている。また「物件拝見トレジャーバトル」などでよく見られる草なぎとの相撲対決も、いつだって“ガチンコ”勝負だ。だから、江頭は思い切り戦うことができるのだ。まさに江頭にとって、『「ぷっ」すま』は“ホーム”なのだ。  江頭はかつて、この番組のカメラの前で堂々と宣言した。 「これからも俺、命を張っていくから、殺していい! ちゅうか殺せ! 死ぬトコ見たくない? いいよ、俺(の命を)差し上げる!」  江頭は信頼するスタッフと共鳴するライバルがいるからこそ、命がけで“伝説”を作ることができるのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

庵野秀明、山賀博之ら有名クリエイターの裏話だけじゃない! ド直球青春ドラマ『アオイホノオ』

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ドラマ24『アオイホノオ』テレビ東京
「あだち充、俺だけは認めてやる!」 「あだち充、あいつ野球マンガの描き方を全然分かってないんだぁ。ダメだよー。いや、俺は好きだけどさー。俺はあだち充が好きだから、ひいき目で見てやってるから面白いけどさー」  あのあだち充に対してどこまでも上から目線の男、それが『アオイホノオ』(テレビ東京系)の主人公、焔モユルである。  『アオイホノオ』の舞台は「若者のファッションと文化が一斉に花開いた時代」である1980年の大阪芸術大学だ。原作は、島本和彦の自伝的マンガ。だから、あだち充、高橋留美子、石ノ森章太郎、松本零士、永井豪といった時代を彩ったクリエイターたちが実名で登場する。名前だけではない。権利関係が煩雑な昨今、“よくぞここまで!”とうなってしまうほど、彼らの作品や本物の声優を起用するなど、忠実に再現している。  監督・脚本は福田雄一。『勇者ヨシヒコと魔王の城』(テレビ東京系)、『コドモ警察』(TBS系)、『メグたんって魔法つかえるの?』(日本テレビ系)、『天魔さんがゆく』(TBS系)、『裁判長っ! おなか空きました!』(日本テレビ系)、『新解釈・日本史』(TBS系)と、次々と深夜のコメディドラマを量産している売れっ子だ。ある意味、いま最もコンスタントに“コント”を作っている作家ともいえる。そんな福田が島本マンガをドラマ化するのだから、笑えないわけがない。  プロのマンガ家を目指す主人公・焔モユルを演じるのは柳楽優弥。映画『誰も知らない』で、第57回カンヌ国際映画祭「最優秀男優賞」を最年少14歳で受賞するという快挙を成し遂げ一躍注目されたが、以降は決してその注目に値する活躍とはいえなかった。カンヌ受賞から10年、『誰も知らない』の自然な演技とは真逆の、熱い男を演じている。喉仏まで見えてしまうほど口を大きく広げ、血走るほど目を見開き、大量の汗が滴り落ちる。その過剰すぎる顔芸! それと呼応するように張り上げた絶叫。うるさいほどの饒舌な独白。マンガから飛び出してきたようなハマりっぷりだ。  ハマッているのは、柳楽だけではない。彼の同級生として登場する庵野ヒデアキ(安田顕)、山賀ヒロユキ(ムロツヨシ)、赤井タカミ(中村倫也)もまた、ハマりまくっている。庵野とは、言うまでもなく後に『新世紀エヴァンゲリオン』を作る庵野秀明のことだ。山賀や赤井も、庵野ともにガイナックスで活躍するアニメ界における重要人物だ。稀代のプロデューサーとなる山賀は、庵野や赤井の才能をいち早く見抜き、「こいつらは絶対捕まえておこう! そうすれば一生食いっっっっぱくれない!」と、2人を自分のグループに取り込んでいく。モユルは幸か不幸か、そんな天才たちと机を並べることになったのだ。  モユルは、庵野たちが作る作品に打ちのめされていく。たとえば、グループで映像作品を作る課題で、モユルは絵コンテを担当する。しかし、出来上がった作品は自分の絵コンテがまったく生かされていない、どうしようもないものだった。一方の山賀グループは、アンコールが起こるほどバカ受けする『ウルトラマン』のパロディを作り上げた。「完敗です……」と、真っ白な灰になったようにうなだれながら、モユルはその作品の何がスゴいかを的確に解説していく。 「誰もが『ウルトラマン』や『仮面ライダー』のようなヒーローモノを撮ってみたい。でも撮れない。それはなぜか? ハードルが高いんです。まず金がなくて、着ぐるみが作れない。(略)しかーし、(庵野たちは)着ぐるみなんか着ていない、ただのジャージとウインドブレーカーだけ。そこが悔しい! どんな格好をしていようが、カラータイマーをつけてしまえばウルトラマン。そんなにもチャチなのに、チャチに見えない。ちゃんと巨大な感じもする。それはなぜか? 音なんですよ! 『ウルトラマン』に実際に使われている効果音をそのまま使っているんです。単なる子どもがやるようなウルトラマンごっこに本物の効果音。その着眼点! その着眼点がスゴいんです!」  そうやって、庵野たちの才能に傷つくモユル。だがここで、モユルに元来備わっている才能もあらわになっている。それは“嫉妬する才能”だ。ちゃんと嫉妬するには、相手の何が優れているのか見極めることが必要だ。モユルは、相手の作品の何がスゴいのかをハッキリと理解している。理解しているからこそ、自分との差が浮き彫りになり、打ちのめされるのだ。  だが、モユルの才能はそれだけではない。 「他人の作品を過大評価できるということは、俺の器がデカい証拠。つまり、まだ俺のほうが勝っている可能性大!」 「感動せん限り、俺の勝ちだぞ、庵野ぉーー!」 「確かにこいつらは、俺より“先”に行っているかもしれません。しかし、“上”には行ってないんですよ」 などと、ダメな現状をごまかす屁理屈と詭弁を駆使する才能だ。真骨頂は、東京へのマンガの持ち込みが失敗した時のエピソードだ。 「今回は辞退だ! クリエイターたるもの、納得できてない作品は世に出してはいかん!」「一流になる男は納得したものしか出さん!」 などと、トンデモ理屈で言い訳して課題の提出をも見送ったりもしていたモユル。だが、ついに一念発起してマンガを描き切り、友人と共に上京し、出版社に持ち込みをする。しかし、自信とは裏腹に、まったく手応えのない反応しか返ってこなかった。 「完全に東京に打ちのめされたんだ。まったく評価されないマンガを自分が描いていたなんて気づいていなかったし、気づきたくもなかった。持ち込みなんてしなきゃよかったんだ! 東京なんて来なきゃよかったんだ!」 と落ち込むモユルだが、大阪に帰ると一変する。持ち込んだ際、作品をコピーされたという一点だけを拠りどころにして「月間持ち込み大賞」に受賞しているはずだと、周囲に吹聴するのだ。 「俺ってすごいんじゃないか? 持ち込みが大失敗したことを悟られないために、脳みそをフル回転させてでまかせを言ってみたが……全然、でまかせじゃない!」  幾度となくどんなに打ちのめされても、たった一欠片の希望を信じ、何度でも奮い立っていく。  モユルは、どうしようもなく弱い人間だ。けれど、誰よりも熱い。その熱が、自分を強い人間だと自分自身に思い込ませている。ある意味で、それはモユルの持つ特別な才能だ。モユルは自分を“騙す”天才なのだ。その姿は滑稽で、コメディにしか見えないかもしれない。けれど、切ないほど真剣だ。だから笑いながらも、どこか胸の奥が痛くなる。  もちろん『アオイホノオ』は、80年代のサブカル史としても面白い。また、庵野をはじめとする有名クリエイターの裏話的な面白さもある。だが、何よりも、まだ何者でもないにもかかわらず、自分には特別な才能があると信じて疑わないモユルの挫折、葛藤、嫉妬、挑戦を描いた、ド直球の青春ドラマなのだ。  庵野は、前述の『ウルトラマン』パロディが大ウケし、アンコールが起きた時に悔しそうに言い放った。 「ウケようと思って作っているのではない! 感動させようと思ってるんだ!」  それはまさに、『アオイホノオ』という作品全体が発しているセリフではないだろうか? (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

“本当は怖い”博多大吉の愛のムチ 『333トリオさん』の芸人ドリル

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『トリオさん』テレビ朝日
「ホント、30分時間くれれば2人くらい辞めさせる自信がある」  テレビでは見せない、劇場だけの「黒い大吉」があると断った上で、大吉は『333トリオさん』(テレビ朝日系)でそう不敵に笑った。  博多大吉といえば、物腰の柔らかなやさしい人というイメージがある。だが、最近では、これまであまり見せなかった顔をテレビでも時折見せるようになってきた。それは、毒舌芸人としての顔である。その毒舌芸を遺憾なく発揮したのが、『333トリオさん』に出演したときだ。  『333トリオさん』は2010年から始まった、若手トリオ芸人のジャングルポケット、パンサー、ジューシーズがレギュラーを務める深夜番組。毎回、彼らがさまざまな企画に挑戦している。そんな『333トリオさん』の2012年から続く夏休み恒例企画が「大喜利ドリル」である。これは事前にレギュラー陣が大喜利に匿名で答え、その答えを大喜利に定評のある先輩芸人が講師になり品評するという企画だ。12年にはピースの又吉、13年には有吉弘行、そして、今年は博多大吉がその講師役に起用された。  初めに大吉は「大喜利は好み」でしかないから、自分の評価が正解でも不正解でもないと注釈を入れつつ、「ただ一つだけ言えることは、僕はあなたたちより何十倍も稼いでいます」と宣言する。  最初のお題は、「『この占い師、大丈夫?』と疑った最初の一言」。このお題に対し、大吉が気に入った回答はわずか2つ。その後は、「本当に僕、目を疑いましたよ。こんなこと書く人間がテレビに出てるのかと」「大喜利見たことないの?」「努力の跡が見られない」「もうね、読むのが苦痛です」「熱でもあった?」と、大吉の毒舌がどんどん飛び出す、ダメ回答が次々と発表された。  たとえば、こんな回答である。 《何回言ったらわかるんだ! うちは返金とかしねーんだよ……すいません 人違いでした》  これに対し、一瞬絶句した大吉は「逆に聞きたいよ! これなんだ?」と困惑。コントの導入っぽいセリフに「おそらく小さめの劇場で5分から8分のコントをずっとやってる人が書いた」と推測し、こう言い放った。 「企画は大喜利ですから。何をそんな、『自分はコント師です』みたいな、プライドを? そんなプライド出すのは『キングオブコント』獲ってからだというのを言いたいんです、私は!」  さらに、《今日って、4月1日ですよね》という回答には「エイプリルフールでまだ笑い取れると? エイプリルフールで笑い話やってるのって、ホント『ちびまる子ちゃん』と『サザエさん』、この2番組だけですから」とメッタ斬り。「でも、2つとも面白い番組ですよ」と反論されても「出てないでしょ? あなた。(まる子やカツオの)同級生じゃないでしょ?」と、ぐうの音も出せない言葉を返すのだった。 「もうやめてもらっていいですか……?」と意気消沈した若手芸人に、大吉はきっぱりと言う。 「やめません!」  大吉が語るのは、ダメ出しばかりではない。「僕の経験上、『小銭』とかの単語は大喜利で受けやすい」と経験に裏付けられた具体的なアドバイスもしっかりする。「硬貨」よりも「小銭」のほうがウケやすいのだという。「初歩中の初歩」の連想から導き出された回答には、「すぐ思いついたやつは一回消せばいいんです、大喜利っていうのは」と語る。  そして、それは大喜利のテクニックにとどまらない。たとえば、最初の「占い」に関するお題。これに対してまず注意を促したのは、信じている人もたくさんいるから、言葉のチョイスに気をつけないと反感を買ってしまうということだ。つまり、「けなしやすいモノほど、けなしてはいけない」と。これは大喜利だけでなく、芸人としてのスタンスにも通じるものだ。  実際に、その後のお題に対して「ブス」をけなしている回答があった。  「ちょっと毒舌というか、本音でしゃべるほうがいいのかなみたいな感じで書いてしまったのかな?」と、回答者の気持ちを代弁した上で、大吉はバッサリと切り捨てた。 「『本音を出す』ということの意味を履き違えてる!」  けなしやすいモノをけなして、無頼の芸人を気取るのは簡単かもしれない。けれど、今の時代、そんなことをすればすぐに批判の的にされてしまう。本当にその覚悟があるのならいいだろう。けれど、大半は覚悟も矜持もないまま格好を真似ているだけだ。大吉は柔和な笑顔に毒と本音を巧妙にまぶしながら、大喜利を通じて、今のテレビで芸人が生きる道を教えている。大吉の「大喜利ドリル」は、いわば「芸人ドリル」なのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

“何やってんだ世代”の意地 南キャン山里×オードリー若林『もっとたりないふたり』の挑戦

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『もっとたりないふたり ─山里亮太と若林正恭─ 』(バップ)
「俺のこと凡人だと思うなよ! 秀才の意地、見せてやるよ!」  南海キャンディーズの山里亮太は『もっとたりないふたり』(日本テレビ系)の打ち上げでそう宣言した。 『もっとたりないふたり』は、山里とオードリーの若林正恭が結成したコンビ「たりないふたり」が、自分たちの「社交性」「恋愛」「社会性」など「人としてたりない」部分を披露し合いながら、それを元に漫才を作っていくという番組だ。もともとこのユニットは『潜在異色』というライブ(のちにテレビ番組化)から生まれた。それが2012年4月から『たりないふたり』という番組として独立。その第2弾が、今年4月から始まった『もっとたりないふたり』だ。  初回は、いまテレビに「漫才がたりない」とばかりに、30分丸々、ふたりの新作漫才を披露。山里と若林という、当代屈指の漫才師のプライドを見せつけるかのようだった。  この番組では新しい趣向として、即興の漫才を作るという企画が数回放送されている。これは、ふたりとも多忙がゆえ「打ち合わせの時間がたりない」という問題を解決するための苦肉の策だったというが、観客が見守る舞台上でふたりが会議し、制限時間の40分を過ぎると、そのまま漫才を披露するというもの。その結果、ふたりの漫才の出来上がっていく過程を生々しく映す、リアルなドキュメントとなっていた。  冒頭に引用した山里のセリフは、企画の2回目の後に行われた打ち上げの際に発せられたものだった。山里は2回目の即興漫才企画の収録を「結局さ、今日の『たりないふたり』は、“笑わせてる若林と笑われてる山里”ですよ。若ちゃんが天才なのはみんな分かってる。山里が秀才だって伝わるにはどうしたらいいか……。今日の中で、正解のツッコミを出すことでしょ?」と振り返ったあと、「秀才の意地を見せる」と宣言したのだ。  若林も山里も本来、お互いのコンビでの役割はともにツッコミ。しかし、もともとはどちらもボケ担当だった。若林は相方の春日を最大限生かすためにツッコミに転身。山里もまた、たぐいまれな「大女」というしずちゃんのキャラクターを引き立てる「気持ちの悪い男」キャラを維持しつつ、自分の人生を振り返り「今まで目の前で笑い声が聞こえるときって、自分がツッコんでるときだ」と気付き、ツッコミ役に回った。その山里のツッコミは、若林をはじめとして、多くのツッコミ芸人に大きな影響を与えた。 「ツッコミで笑いを取ろうっていうのが、めちゃくちゃ増えた。“山ちゃん以前”、“山ちゃん以後”で漫才のツッコミの歴史が分かれている。潮目になっています」  若林はそう、山里のツッコミを評価している。  一方、一般的には“地味”なイメージのある若林。特に、テレビに出始めた当初、オードリーが披露していた漫才は春日のおかしさを引き立てるため、若林が目立つものではなかった。しかし、本来“クレイジー”なのは春日ではなく、若林のほうだ。「たりないふたり」でボケを任された若林は、そのクレイジーさを全開にしている。そんな若林の自在のボケに、山里は翻弄されてしまっていたのだ。  山里の冒頭の宣言を受けて、もともと2回で終わるはずだった「40分間で漫才を作る」企画の第3弾(6月6日深夜放送)が実現した。  若林は悪そうな半笑いを浮かべながら、そのテーマを「実写版『天才になりたい』」にしようと提案した。『天才になりたい』は、山里がかつて書き下ろした本のタイトルだ。「山里“ジーニアス”亮太」と「若林“クレイジー”正恭」の漫才を作ろう、と。  山里は過去の反省を踏まえ、「とんだサイコ野郎だぜ!」「この自由は尾崎豊が求めてないやつ」といった、「若林くん対策ツッコミ集」を準備していた。その中には、自分の中でボツにした「ドクターフィッシュになってかかと食べてやろうか」という、使いどころの分からないものもあった。  設定を王道の「結婚」に決めると、若林は「入場シーン」「司会あいさつ」「ケーキ入刀」「キャンドルサービス」「新郎が手紙を読む」「ブーケトス」と次々と自分がボケる部分をホワイトボードにメモしていき、それぞれの横に「山 セツ」と書き加える。そこに、山里の“センスツッコミ”を入れるということである。ここで打ち合わせ終了のブザー。構成だけは決まったが、具体的なボケやツッコミは一切決まっていないまま、漫才本番に突入するのだ。果たして、ふたりの漫才はただの雑談だったと思えた打ち合わせ中の会話なども伏線に使いながら、進んでいった。  若林は山里にムチャぶりしたり、山里の想像する方向を微妙にズラすトリッキーなボケで、山里を困惑させつつも、そのツッコミとしての天才性を引き出す見事な漫才を完成させたのだった。そして最後のオチは、使いどころが狭すぎてボツになったツッコミ「ドクターフィッシュになってかかと食べてやろうか」だった。  ふたりは以前、自分たちの世代には、ダウンタウンやウッチャンナンチャンのような世代を引っ張るような「突き抜けた存在」がいないと話していた。 「誰も先頭切ってるヤツがいない」 「『何やってんだ世代』なんじゃないか」 「俺たちの世代、がんばらなきゃダメだよな」(『オードリーのANN』)  と、忸怩たる思いを語り合った。自分たちは「無難」にしようとするあまり「何かを起こしそうな気配がない」のではないか、と。だから彼らは決して「無難」ではないこの企画に挑戦しているのだろう。いまや、多くのテレビに出続け、一定の評価を受けているふたり。けれど、山里と若林にとって現状は、まだまだ芸人としての充足感が「たりない」のだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから