
小林政広監督(左)と鈴木太一監督。ふたりは“師弟関係”とは異なる、
Twitterを介した新しい関係性を築いている。
Twitterを介した新しい関係性を築いている。
■ホテルの便せんに綴られたルコントからの手紙 ──小林監督、完成した『くそガキの告白』を観ての感想は? 小林 『くそガキの告白』のチラシにコメントを書いたけど、その通りですよ。あまり期待していなかった(笑)。撮影するというのは知っていたけど、いつまで経っても完成しないし、完成披露の試写もないから、「あぁ、ダメだったんだな。お蔵入りだな」と思っていた(笑)。完成させるのに、すごく時間が掛かったね? 鈴木 はい、撮影は4月に済んでいたんです。でも、悩みながら編集作業を進めている間に、小林監督は『ギリギリの女たち』を8月に撮影して、10月の東京国際映画祭でもう上映していたので驚きました。『くそガキの告白』は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」の締め切りぎりぎりの11月に完成したんです。完成はしたけど、観たのはプロデューサーと編集者ぐらい。DVDを小林監督のご自宅に送っていいものか、ずいぶん迷いました(苦笑)。試写会の開き方も分からず、誰を呼べばいいのか見当がつかないまま、公開直前に2度やっただけですね。2度とも全然、集めることができませんでした。 ──社交辞令ぬきで、『くそガキの告白』に厳しい指摘はありませんか? 小林 あんまりないですよ。面白いシーンなら、いっぱいあるけどね。やっぱり、作品に気持ちが入っているんですよ。やりたいことを全部やったなという感じがします。娯楽作品として上手くまとめているしね。ボクのデビュー作『クロージング・タイム』(96)は、42歳で初めて撮った作品だから想いが強すぎて、詰め込みすぎのホン(脚本)になってしまった。『クロージング・タイム』が「ゆうばり映画祭」で賞をもらった後、『髪結い屋の亭主』(90)のパトリス・ルコント監督が来日していて、講演会でルコントに「ボクのデビュー作です。観てください」と『クロージング・タイム』のビデオを渡したんです。数日後に配給会社経由でルコントからの手紙が届いた。フランス語が読めなかったので、評論家の山田宏一さんのところに持っていき、「何て書いてあるんですか? 読んでください」と(笑)。そうしたら、山田さんが「いいことが書いてありますよ」と手紙を読んでくれた。『デビュー作にありがちな詰め込みすぎで、まるで映画のカタログを見ているかのようだ。これからはその中の1つ1つのテーマを1本の映画にして、突き進みなさい』みたいなことが書いてあった。その点、『くそガキ』は詰め込みすぎになってないし、でも自分の想いは充分に入っている。まぁ、暑苦しいくらいに鈴木監督の想いが入っているけどさ(笑)。 鈴木 キャストが脚本を読んでくれて、より熱く演じてくれたように思います。居酒屋で主人公が大学時代の映画サークルのメンバーから責められるシーンは、小林監督とのTwitterでのやりとりを使わせてもらいました。「そんなんなら、映画やめちまえ」とか……(笑)。 ■映画製作は、すべてが楽しい ──文芸の世界では『作家は処女作に向かって成熟する』という言葉がありますが、映画にも当てはまりそうですね。デビュー作に監督のすべてが詰まっているものですか?鈴木太一監督のデビュー作『くそガキの告白』。
映画監督志望のニート男(今野浩喜)が自分
だけのヒロイン(田代さやか)を見つけ、処女
作へと突っ走る。鈴木監督は借金で製作費を捻出
し、キャストの出演交渉も自分で進めた。
小林 映画の場合は、なかなかそうは行かない。プロデューサーの存在が大きいし、他の人が書いた脚本の場合は特にね。助監督を経て監督になると、自分をどう表現するかよりも、与えられた脚本をいかに商品として形にするかが仕事になるでしょう。まぁ、自主映画の場合だと、デビュー作にやっぱり自分が出ますよ。そこから180度変わることは少ない。それでも、役者が表現するわけだから、100%自分が表現できるわけじゃない。でも、『くそガキ』は、鈴木太一そのものだよね。自分をストレートにさらけ出している。今どき、自分をさらけ出す若者は少ないよ。自分をさらけ出すのは、恥ずかしいし、怖いからね。
鈴木 100%自分というわけでもないんですけど。逆に自分をさらけ出すことが、果たしてお客さんを楽しませることになるのかと脚本の時点ではずいぶん悩みました。そのこともあって、キャスティングはジメジメしないように考えました。主人公(今野浩喜)とヒロイン(田代さやか)は、こちらが演出したというよりも、それぞれ脚本でハマった部分を撮影現場でうまく出してもらったように思います。
──小林監督はご自身で、企画・製作から作品によっては配給まで手掛けていますね。
小林 仕方なしですよ。引き受けてくれる人がいないから(苦笑)。でもね、最初の頃は、配給や宣伝の仕事も面白くて、「こんな美味しい仕事を他人に任せたくない」と思ってました。美味しいといってもお金になるって意味じゃないよ。自分の映画を撮ることも、編集することも、宣伝することも、映画はすべてが楽しいんです。柳町光男監督は『十九歳の地図』(79)のとき、自分でチケットを100枚単位で売り歩き、2万枚をひとりで捌いたそうですよ。そこまではなかなかできないけど、ボクも『クロージング・タイム』のときは自分で宣伝をやりました。まず酒を呑んで景気づけしてから、飲み屋を回ってチラシを配って、30分ぐらいしてから「今なら、1000円でチケット買えますよ」とね。チケットを買ってくれた人には「じゃあ、一杯呑みませんか?」とサービスしていたので赤字です(笑)。でも、デビュー作って1回限りのものだからね。
鈴木 分かります。今、自分も『くそガキ』のチラシを配っている最中なんです。それまでチラシ配りが楽しいとは思っていなかったけど、小林監督の話を聞いて「あぁ、自分は楽しいから、自分の作品の宣伝をしてるんだ」と思えてきました(笑)。
小林 だから、一度全部やってみると、映画の仕組みがよく理解できますよ。プロデューサーにとっては、都合よくないでしょうね。監督が演出だけでなく、予算の使い道を知ってしまうのはね。お金の使い方を監督が覚えてしまうと、予算を使い切られてしまうようになるから(笑)。
■新人監督が陥りやすい、危険な“アリ地獄”とは?
──7月28日(土)には小林監督の新作『ギリギリの女たち』が公開されます。被災地である気仙沼市でのロケ、キャストは3人の女優だけ、冒頭シーンは35分に及ぶ長回し。異様な雰囲気を感じさせます。長回しは被災地の空気感を取り込むためのものだそうですね。
小林 ビデオで撮ったのは『白夜』(09)以来となる2作目です。デビューからずっとフィルムで撮ってきて、試行錯誤して自分のスタイルを築いてきたんだけど、まだビデオはどう撮ればいいのか手探りの状態。やっぱりフィルムとビデオでは絵の重みが違うんです。今までのやり方ではダメだなと。それでフィルムではできないことに挑戦しようとね。今回は屋内のシーンが多いから、東京のスタジオで撮って、風景だけ被災地に行ってちょこちょこと撮ってきても良かった。その方が楽だしね。でも、被災地でロケ撮影することで、キャストもスタッフも気持ちの持ち方が違ってくるんですよ。数百人、数千人の方が数か月前に亡くなった場所で、噓っこの物語を撮るわけです。それがどれだけ疚しいことなのか、いろんなことを噛み締めながら撮りたかった。まぁ、それはボクの勝手な思い込みかもしれない。空気感なんて、出そうで出ませんよ。舞台挨拶では「空気感を」なんてボクも言いますが、空気感なんて表現しようと思っても表現できないもの。でもねぇ、何というかなぁ、長回しすることで、どんどんドキュメンタリーに近づきますよ。ビデオだから、リハーサルをしっかりやっているかどうかとか、女優が“演じている”感も、すごく出るんです。35分間の長回しは女優たちだけでなく、スタッフも緊張したでしょう。冒頭の長回しシーンだけで、20~30回撮り直しました。最初のシーンで、みんなもうヘトヘトですよ(笑)。 鈴木 『くそガキ』でも長回しを使っていますけど、意味合いもやり方も全然違います。『ギリギリの女たち』の場合、冒頭の長回しシーンで首をつかまれて、あの世界に無理矢理連れていかれた感じがしました。一体これから何が始まるんだろうと引き込まれたんです。3人の姉妹のギリギリ感もすごく伝わりました。『ギリギリの女たち』を観たのが、『くそガキ』の編集がなかなか進まずにモヤモヤしていた時期でしたし、震災直後に『くそガキ』を撮ったこともあり、これからどう世界と向き合えばいいのか悩んでいた自分に、『ギリギリの女たち』はすごく突き刺さるものがありました。 ──鈴木監督、映画監督としてサバイバルしていく秘訣を小林監督に聞いてみたくありませんか? 鈴木 そうですねぇ……。撮りたいものを撮る、というシンプルな気持ちで撮り続けられるものですか? 小林 撮りたいから撮る、というよりも、もう絞り出すように撮っている状態だよ。どっかに篭って企画を考えても、そうそう出てこないよ(苦笑)。自主映画は儲からない。でも、自分が権利を持っているわけだから、DVD化されたり、BS放送の放映料などで何とか食べてる。だから、新作を撮り続けないと食べていけない(笑)。次回作はね、早く撮ったほうがいいよ。あまり時間を置くと、欲が出てくる。前作よりもいいものを作ろうと気負いが出てきて、時間を置けば置くほど、どんどん気負いだけが大きくなっていく。「こんな企画じゃ、オレの第2作に相応しくない」とか考えるようになるんだ。自分の中で自分がどんどんエラくなっていくんだよ。 鈴木 それは、リアルに怖いですね……。 小林 新作が撮れないまま、あっという間に10年くらい経ってしまうからね。そうなるのがイヤで、ボクは毎年1本ペースで撮ろうとしているんだ。フランソワ・トリュフォー監督を見習ったんだよ。トリュフォー監督は常にシナリオを5本持ち歩いて、ことあるごとに映画会社に企画を持ち掛けていたんだよ。だからね、鈴木監督も2~3本は企画を準備していたほうがいいよ。 鈴木 はい。そう言われると気負ってしまいそうですが、なるべく気負わずに次の作品に取り掛かろうと思います! (取材・構成=長野辰次)7月28日(土)より公開される小林政広監督
の最新作『ギリギリの女たち』。震災後の気仙
沼の自宅に戻ってきた3姉妹の物語。人生の崖っ
ぷちに立たされた3人が、家族の在り方を見
つめ直す。被災地でのロケ作品だが、近未来の
日本のようでもある。
『ギリギリの女たち』
2011年8月に小林監督の自宅のあった気仙沼市唐桑町でロケ撮影された作品。冒頭35分の長回しをはじめ、全編をわずか28カットで撮り上げている。父の介護を終えた後、保険金を持って海外に出た長女(渡辺真紀子)、東京で結婚した次女(中村優子)、自宅にひとり残された三女(藤真美穂)の再会と葛藤を描いている。
監督・脚本/小林政広 撮影/西久保弘一 出演/渡辺真起子、中村優子、藤真美穂 製作/オールイン エンタテインメント、Grist 配給/ブラウニー 7月28日(土)より渋谷ユーロスペース、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開。http://girigiri-women.com
(c)モンキータウンプロダクション/映画「ギリギリの女たち」製作委員会
●こばやし・まさひろ
1954年東京都生まれ。高田渡に弟子入りし、林ヒロシとしてフォークシンガーとして活動。その後、脚本家に転身。『クロージング・タイム』(96)で監督デビュー。『海賊版=BOOTLEG FILM』(99)、『KOROSHI 殺し』(00)、『歩く、人』(01)で3年連続カンヌ映画祭に招かれる。『バッシング』(05)はカンヌ映画祭コンペティション部門に選ばれた。『完全なる飼育 女理髪師の恋』(03)はロカルノ映画祭特別大賞を受賞。監督・脚本・監督を兼ねた『愛の予感』(07)はロカルノ映画祭史上初となる4冠を受賞している。『春との旅』(10)に続き、仲代達矢を主演に迎えた『日本の悲劇』が公開待機中。
『くそガキの告白』
能書きばかり垂れて、いつまでも映画を撮れずにいる映画監督志望の30男・馬場大輔(今野浩喜)。ホラー映画の撮影現場で純真な無名女優・木下桃子(田代さやか)に出会い、仕事を口実にアプローチを図る。鈴木監督の実生活が投影された青春コメディ映画。入江悠監督の『SR/サイタマノラッパー』シリーズを思わせる、クライマックスの長回しシーンが印象的だ。
監督・脚本/鈴木太一 出演/今野浩喜(キングオブコメディ)、田代さやか、辻岡正人、今井りか、仲川遥香(AKB48)、北山ひろし、高橋健一(キングオブコメディ)、石井トミコほか 6月30日よりテアトル新宿にて公開中。大阪・第七藝術劇場ほか全国順次公開。http://kuso-gaki.com
(c)SUMIWOOD FILMS&Taichi Suzuki
●すずき・たいち
1976年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、ENBUゼミナールに入学し、篠原哲雄監督の講義を受講する。オリジナルビデオ作品『怪奇!アンビリーバブル』シリーズの演出・構成で映像キャリアを積み、その中の一編『闇の都市伝説』(08)が話題に。2008年、短編映画『信二』が東京ネットムービーフェスティバルで「田中麗奈賞」を受賞。2011年にも短編『ベージュ』を発表。長編デビュー作『くそガキの告白』が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で審査員特別賞、シネガーアワードを含む4冠を受賞した。

