有吉イジリの“陰の帝王”は夏目三久? 本当は怖い『怒り新党』

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『マツコ&有吉の怒り新党』公式サイトより
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。  夏目三久が怖い。  『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)で有吉弘行に対し、「こわぁ~い」と怯えてみせる夏目が怖いのだ。いまさらその面白さを力説しても仕方ないくらいの安定感と浸透度を持っている『怒り新党』だが、まだまだその進化は止まらない。  もともとは、当代随一の毒舌タレントであるマツコ・デラックスと有吉弘行を組み合わせたら……? という、一見安易な企画から始まったような番組だったが、その思惑を超えて2人の「怒らない」コンビネーションが冴え渡り、深夜から23時台に昇格した。そして、この番組の雰囲気の重要なアクセントになっているのは、間違いなく夏目三久だ。当初は、“マツコと有吉のアシスタントなんだから、スキャンダラスな夏目がピッタリだろう”というような、これまた安易なキャスティングのように思われた。しかし、彼女はそんなタマではなかった。2人の意見に対しても決して流されず折れず、夏目は「違いますね」と笑顔で否定する。  「控室へのあいさつは不要」と2人に拒否されても「私はさせていただきます」と頑なに言ったかと思うと、結局途中から行かなくなり、その理由を問われると「面倒くさくなった」とふて腐れる。そのたびに、マツコと有吉は苦笑しつつ唖然とし、「怒らない」まま許してしまう。なにしろ、「夏目三久なのだから」。そう彼らに思わせてしまう、そんな怖さがあるのだ。  そしてついに、7月4日放送回のオープニングでは有吉が不在のまま始められ、彼の欠席裁判が行われていた。以前も「(イジったりすると)たまにホントにムッとしてるなって顔されますよね。プロなのに!」などと有吉を批評していたように、有吉には「拭えない壁」があるという夏目。「よく人に被害者意識が強すぎるとおっしゃるじゃないですか。あれ、自分ですよね」と本質を突いていく。有吉が戻ってくると、やはり瞬時に怯えた表情に変え、有吉イジりコントへ発展させていく。  彼の過去をイジるというような番組はよく見かけるが、最も鋭利に有吉の本質をイジり始めたのが『怒り新党』であり、アシスタントである夏目三久だったのだ。  そもそもマツコと有吉は、「強固な意志をもとに世の中や人生と戦ってます!」などと誤解されがちだ。しかし、彼らの主張の多くは「斜め」からの視線ではなく、ひどく真っ当な正論だ。たとえば、「何か新しいことをやろうとすると否定から入る日本人の気質が許せない」という視聴者からの“怒りメール”に対し、有吉は「世の中っていうのはそういうもんだからね。そりゃ上の人間は新しい芽を摘もうとするし、若い奴らは反抗していくし、ね」と答える。  マツコも同調し、「自分の理解できないものは恐怖じゃない、みんな。それをうまく理解させてあげられる人が優秀な人なんじゃないの? だから、それができてないってことは、彼の努力も足りないんじゃないの? それをうまく騙すじゃないけど、うまく理解させなきゃいけないわけじゃない、上の人にさ」と続ける。「ジジイころがしがうまい人って見てると、ジジイリスペクトもしてるんだよね。ジジイの面白さだったり、自分たちには持っていない部分だったりちゃんと評価し、尊敬した上でしてるから、ジジイも心開くわけよ。『俺、若い奴は苦手だけど、お前だけは信じられるんだよな』って言わせてる奴いるじゃん」と。  視聴者からのひねくれた“あるある”な社会批判を、「怒らない」代わりにベタな正論で返していくのだ(思えば番組随一の人気コーナー『新・三大○○調査会』も、見落とされがちなベタな王道を再評価する企画だ)。  有吉とマツコはどちらもコンプレックスを抱えながら、それを理論武装する形で自分自身を守っている。それが多くの視聴者にとって自分と重なり共感を呼ぶ。似たもの同士の2人だが、その思考は少しベクトルが違う。僕らはみんなどこかで「自分は他人より物事をわかっている」と思っている。そういう「理知的な自分」の代弁者が、「自分磨き」を「泥団子みたいなもんだよね。どんなにキレイに磨いても中身は泥だよ」と断罪する有吉だ。諦観を含んだ厳しさに僕らの優越感が共鳴する。  一方で、僕らは「自分は他人より劣っている」ことに怯えている。そんな「弱い自分」の言い訳をしてくれるのが「全員、同じくらい自分のこと嫌いだし、自分のこと大好きだよ」と諭したり、「人のせいにできないから、ストレスのせいにしてるのよ!」とムキになるマツコだ。弱さを許容する虚勢に僕らの劣等感が共鳴する。  そして、そんな2人を(それに共感し、快哉を叫ぶ僕らを)夏目三久は微笑みながら否定するのだ。恐ろしい女である。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)

有吉イジリの“陰の帝王”は夏目三久? 本当は怖い『怒り新党』

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『マツコ&有吉の怒り新党』公式サイトより
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。  夏目三久が怖い。  『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)で有吉弘行に対し、「こわぁ~い」と怯えてみせる夏目が怖いのだ。いまさらその面白さを力説しても仕方ないくらいの安定感と浸透度を持っている『怒り新党』だが、まだまだその進化は止まらない。  もともとは、当代随一の毒舌タレントであるマツコ・デラックスと有吉弘行を組み合わせたら……? という、一見安易な企画から始まったような番組だったが、その思惑を超えて2人の「怒らない」コンビネーションが冴え渡り、深夜から23時台に昇格した。そして、この番組の雰囲気の重要なアクセントになっているのは、間違いなく夏目三久だ。当初は、“マツコと有吉のアシスタントなんだから、スキャンダラスな夏目がピッタリだろう”というような、これまた安易なキャスティングのように思われた。しかし、彼女はそんなタマではなかった。2人の意見に対しても決して流されず折れず、夏目は「違いますね」と笑顔で否定する。  「控室へのあいさつは不要」と2人に拒否されても「私はさせていただきます」と頑なに言ったかと思うと、結局途中から行かなくなり、その理由を問われると「面倒くさくなった」とふて腐れる。そのたびに、マツコと有吉は苦笑しつつ唖然とし、「怒らない」まま許してしまう。なにしろ、「夏目三久なのだから」。そう彼らに思わせてしまう、そんな怖さがあるのだ。  そしてついに、7月4日放送回のオープニングでは有吉が不在のまま始められ、彼の欠席裁判が行われていた。以前も「(イジったりすると)たまにホントにムッとしてるなって顔されますよね。プロなのに!」などと有吉を批評していたように、有吉には「拭えない壁」があるという夏目。「よく人に被害者意識が強すぎるとおっしゃるじゃないですか。あれ、自分ですよね」と本質を突いていく。有吉が戻ってくると、やはり瞬時に怯えた表情に変え、有吉イジりコントへ発展させていく。  彼の過去をイジるというような番組はよく見かけるが、最も鋭利に有吉の本質をイジり始めたのが『怒り新党』であり、アシスタントである夏目三久だったのだ。  そもそもマツコと有吉は、「強固な意志をもとに世の中や人生と戦ってます!」などと誤解されがちだ。しかし、彼らの主張の多くは「斜め」からの視線ではなく、ひどく真っ当な正論だ。たとえば、「何か新しいことをやろうとすると否定から入る日本人の気質が許せない」という視聴者からの“怒りメール”に対し、有吉は「世の中っていうのはそういうもんだからね。そりゃ上の人間は新しい芽を摘もうとするし、若い奴らは反抗していくし、ね」と答える。  マツコも同調し、「自分の理解できないものは恐怖じゃない、みんな。それをうまく理解させてあげられる人が優秀な人なんじゃないの? だから、それができてないってことは、彼の努力も足りないんじゃないの? それをうまく騙すじゃないけど、うまく理解させなきゃいけないわけじゃない、上の人にさ」と続ける。「ジジイころがしがうまい人って見てると、ジジイリスペクトもしてるんだよね。ジジイの面白さだったり、自分たちには持っていない部分だったりちゃんと評価し、尊敬した上でしてるから、ジジイも心開くわけよ。『俺、若い奴は苦手だけど、お前だけは信じられるんだよな』って言わせてる奴いるじゃん」と。  視聴者からのひねくれた“あるある”な社会批判を、「怒らない」代わりにベタな正論で返していくのだ(思えば番組随一の人気コーナー『新・三大○○調査会』も、見落とされがちなベタな王道を再評価する企画だ)。  有吉とマツコはどちらもコンプレックスを抱えながら、それを理論武装する形で自分自身を守っている。それが多くの視聴者にとって自分と重なり共感を呼ぶ。似たもの同士の2人だが、その思考は少しベクトルが違う。僕らはみんなどこかで「自分は他人より物事をわかっている」と思っている。そういう「理知的な自分」の代弁者が、「自分磨き」を「泥団子みたいなもんだよね。どんなにキレイに磨いても中身は泥だよ」と断罪する有吉だ。諦観を含んだ厳しさに僕らの優越感が共鳴する。  一方で、僕らは「自分は他人より劣っている」ことに怯えている。そんな「弱い自分」の言い訳をしてくれるのが「全員、同じくらい自分のこと嫌いだし、自分のこと大好きだよ」と諭したり、「人のせいにできないから、ストレスのせいにしてるのよ!」とムキになるマツコだ。弱さを許容する虚勢に僕らの劣等感が共鳴する。  そして、そんな2人を(それに共感し、快哉を叫ぶ僕らを)夏目三久は微笑みながら否定するのだ。恐ろしい女である。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)

「正義は少年ジャンプの中にしかない!?」“絆”を裁く『リーガル・ハイ』の正義

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『リーガル・ハイ』公式サイトより
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。  「喜怒哀楽のすべてを微笑みで表現する男」として名高い堺雅人が、今度は表情を百面相に変えながら、早口でまくし立て、喜怒哀楽を躍動的に演じている。  現在放送中の『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)は、そんな堺雅人扮する百戦錬磨の弁護士・古美門研介と、彼の事務所に転がり込んできた真面目で正義感に燃える黛真知子(新垣結衣)による法廷劇だ。その2人をサポートするのが、万能の事務員・服部(里見浩太朗)。そして彼らと因縁深い宿敵として登場するのが三木(生瀬勝久)。その助手として妖艶な魅力で暗躍するのが沢地(小池栄子)だ。  8:2分けの髪型でおかしな身振りをしながら早口で罵詈雑言を浴びせる古美門のエキセントリックで強烈なキャラクターは、チャンネルをたまたま合わせた者に激しい拒否反応を与えてしまうかもしれない。しかし一方で、瞬時に画面にくぎ付けにさせるような強力な磁力を持っている。早口なのに聞き取りやすく、堺が持つ“品”の良さで嫌な気持ちにならない。むしろ爽快感さえ感じるし、そのセリフひとつひとつは核心を突いた言葉ばかりでハッとさせられる。  例えば、第4話では「日照権」をめぐって、住民側に立つ“人権派”弁護士・大貫(大和田伸也)と対決した。建設会社側の弁護を「お望み通り寝言ひとつ言わせません」と請け負った古美門に、黛は「金の亡者! 悪の手先!」と猛反発。正義は住民側にある、と主張する。そんな青臭いピュアな正義感を振りかざす姿に「ホントに朝ドラの主人公みたいなやつだなぁ」と呆れ、彼女に「朝ドラ」なるあだ名を進呈する古美門。やがて古美門の思惑通り、争いは「日照権を守る」という本質からかけ離れ、泥沼の示談金交渉へと展開していく。「どんな被害に遭っていると思ってるんだ!」と激昂する住民に「(具体的に)どんな被害に遭っているんですか?」と、被害の実態などないことを看破しようとする古美門。「仲良し町内会の化けの皮を剥いでいく」と息巻き、住民たちの“絆”を切り崩していく。その最中、黛は独断でこの訴えの発端となった「生まれてくる子どものために日の当たる生活を」と願っていた主婦に、原告団を抜け、建設計画の変更を求める裁判を起こすべき、と説得を試みる。  自分の足を引っ張ろうとする黛に「なぜそんなことをした?」と問いただす古美門。「正義を守るため」と答える黛に、古美門は「君が正義とか抜かしているものは、上から目線の同情に過ぎない。その都度、目の前のかわいそうな人間を哀れんでいるだけだ!」「正義は、特撮ヒーローものと少年ジャンプの中にしかないと思え! (略)分かったか朝ドラ!」と言い放つ。  くぎ付けにさせるのは、キャラクターたちの魅力だけではない。たとえば大和田伸也と里見浩太朗が対峙し“助さん格さん”が揃い踏みすると『水戸黄門』のテーマが流れたり、オープニングのタイトルバックが毎回少しずつ変わり、全話通したムービーになっていたりと、至るところに遊び心満載。  さらに、もともとワンシュチュエーションコメディとして企画されていただけあって、メインの舞台となる古美門邸のセットのこだわりは尋常じゃない。和洋折衷絶妙に配置された小道具(片隅にセグウェイまである!)や内装は見るものをドラマの世界に没頭させる。当初は台本になかったという食事シーンも、“人間の欲を否定しない”というこのドラマを象徴するものだ。いちいちおいしそう!  そして、このドラマ最大の原動力は、なんといっても古沢良太の脚本だ。『ALWAYS 三丁目の夕日』『キサラギ』『ゴンゾウ 伝説の刑事』『相棒』『鈴木先生』と振り幅の広い脚本で評価の高い彼の特長は、スピード感溢れた物語展開と伏線が張り巡らされた緻密な構成が両立している点。「ながら見」を許さない、くぎ付けにならざるを得ない脚本であり、まさに『リーガル・ハイ』はその真骨頂なのだ。  脚本・演者・演出が互いに信頼し合い、そして何より視聴者を信頼して作られている。それらが一体になって、ある高みに到達しようとしている。  いよいよクライマックスに突入した『リーガル・ハイ』。その導入である第9話はまさに圧巻だった。今度は公害訴訟。そして第4話とは逆に、住民側の弁護を依頼される古美門。だが、公害被害を訴える老人たちを冷ややかに見つめ「彼らには、‟戦争”と“ズワイガニ食べ放題付きバスツアー”との区別がまったくついていない」と言い放ち、弁護を引き受けることを拒否していた。しかし、三木らとの駆け引きの中で結局その争いに足を踏み入れることになった古美門は、まず住民たちの戦う姿勢を問いただす。「金がすべてではない」「誠意を見せてくれれば(それが相手に手込めにされていると薄々分かっていても)納得する」「“絆”がなにより大事」「なんだかんだでうまくやっていけばいいじゃない」と和解しようとする“善良な市民”たちに、「これがこの国のなれ合いという文化の根深さだ」と吐き捨てる。 「土を汚され、水を汚され、病に侵され、この土地にももはや住めない可能性だってあるけれど、でも商品券もくれたし、誠意も絆も感じられた。(略)これで土地も水も甦るんでしょう。病気も治るんでしょう。工場は汚染物質を垂れ流し続けるけれど、きっともう問題は起こらないんでしょう。だって絆があるから!」  彼らのやりとりに「原発」などの問題を想起させるのは容易だ。でも、それだけではない。思い当たることは、僕らの心の中に無数にある。だから彼の毒舌は痛いし、響く。 「誰にも責任を取らせず、見たくないものを見ず、みんな仲良しで暮らしていければ楽でしょう。しかしもし、誇りある生き方を取り戻したいのなら、見たくない現実を見なければならない。深い傷を負う覚悟で、前に進まなければならない。戦うということは、そういうことだ!」  『リーガル・ハイ』は「絆」などという“美しい”言葉が覆い隠してしまったものを、古美門の罵詈雑言で駆逐していく。僕らの「見たくない現実」を白日のもとに晒す。そして正義の概念を揺るがし、僕らが飼いならしてきた善良な正義の欺瞞を裁いていくのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)

「正義は少年ジャンプの中にしかない!?」“絆”を裁く『リーガル・ハイ』の正義

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『リーガル・ハイ』公式サイトより
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。  「喜怒哀楽のすべてを微笑みで表現する男」として名高い堺雅人が、今度は表情を百面相に変えながら、早口でまくし立て、喜怒哀楽を躍動的に演じている。  現在放送中の『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)は、そんな堺雅人扮する百戦錬磨の弁護士・古美門研介と、彼の事務所に転がり込んできた真面目で正義感に燃える黛真知子(新垣結衣)による法廷劇だ。その2人をサポートするのが、万能の事務員・服部(里見浩太朗)。そして彼らと因縁深い宿敵として登場するのが三木(生瀬勝久)。その助手として妖艶な魅力で暗躍するのが沢地(小池栄子)だ。  8:2分けの髪型でおかしな身振りをしながら早口で罵詈雑言を浴びせる古美門のエキセントリックで強烈なキャラクターは、チャンネルをたまたま合わせた者に激しい拒否反応を与えてしまうかもしれない。しかし一方で、瞬時に画面にくぎ付けにさせるような強力な磁力を持っている。早口なのに聞き取りやすく、堺が持つ“品”の良さで嫌な気持ちにならない。むしろ爽快感さえ感じるし、そのセリフひとつひとつは核心を突いた言葉ばかりでハッとさせられる。  例えば、第4話では「日照権」をめぐって、住民側に立つ“人権派”弁護士・大貫(大和田伸也)と対決した。建設会社側の弁護を「お望み通り寝言ひとつ言わせません」と請け負った古美門に、黛は「金の亡者! 悪の手先!」と猛反発。正義は住民側にある、と主張する。そんな青臭いピュアな正義感を振りかざす姿に「ホントに朝ドラの主人公みたいなやつだなぁ」と呆れ、彼女に「朝ドラ」なるあだ名を進呈する古美門。やがて古美門の思惑通り、争いは「日照権を守る」という本質からかけ離れ、泥沼の示談金交渉へと展開していく。「どんな被害に遭っていると思ってるんだ!」と激昂する住民に「(具体的に)どんな被害に遭っているんですか?」と、被害の実態などないことを看破しようとする古美門。「仲良し町内会の化けの皮を剥いでいく」と息巻き、住民たちの“絆”を切り崩していく。その最中、黛は独断でこの訴えの発端となった「生まれてくる子どものために日の当たる生活を」と願っていた主婦に、原告団を抜け、建設計画の変更を求める裁判を起こすべき、と説得を試みる。  自分の足を引っ張ろうとする黛に「なぜそんなことをした?」と問いただす古美門。「正義を守るため」と答える黛に、古美門は「君が正義とか抜かしているものは、上から目線の同情に過ぎない。その都度、目の前のかわいそうな人間を哀れんでいるだけだ!」「正義は、特撮ヒーローものと少年ジャンプの中にしかないと思え! (略)分かったか朝ドラ!」と言い放つ。  くぎ付けにさせるのは、キャラクターたちの魅力だけではない。たとえば大和田伸也と里見浩太朗が対峙し“助さん格さん”が揃い踏みすると『水戸黄門』のテーマが流れたり、オープニングのタイトルバックが毎回少しずつ変わり、全話通したムービーになっていたりと、至るところに遊び心満載。  さらに、もともとワンシュチュエーションコメディとして企画されていただけあって、メインの舞台となる古美門邸のセットのこだわりは尋常じゃない。和洋折衷絶妙に配置された小道具(片隅にセグウェイまである!)や内装は見るものをドラマの世界に没頭させる。当初は台本になかったという食事シーンも、“人間の欲を否定しない”というこのドラマを象徴するものだ。いちいちおいしそう!  そして、このドラマ最大の原動力は、なんといっても古沢良太の脚本だ。『ALWAYS 三丁目の夕日』『キサラギ』『ゴンゾウ 伝説の刑事』『相棒』『鈴木先生』と振り幅の広い脚本で評価の高い彼の特長は、スピード感溢れた物語展開と伏線が張り巡らされた緻密な構成が両立している点。「ながら見」を許さない、くぎ付けにならざるを得ない脚本であり、まさに『リーガル・ハイ』はその真骨頂なのだ。  脚本・演者・演出が互いに信頼し合い、そして何より視聴者を信頼して作られている。それらが一体になって、ある高みに到達しようとしている。  いよいよクライマックスに突入した『リーガル・ハイ』。その導入である第9話はまさに圧巻だった。今度は公害訴訟。そして第4話とは逆に、住民側の弁護を依頼される古美門。だが、公害被害を訴える老人たちを冷ややかに見つめ「彼らには、‟戦争”と“ズワイガニ食べ放題付きバスツアー”との区別がまったくついていない」と言い放ち、弁護を引き受けることを拒否していた。しかし、三木らとの駆け引きの中で結局その争いに足を踏み入れることになった古美門は、まず住民たちの戦う姿勢を問いただす。「金がすべてではない」「誠意を見せてくれれば(それが相手に手込めにされていると薄々分かっていても)納得する」「“絆”がなにより大事」「なんだかんだでうまくやっていけばいいじゃない」と和解しようとする“善良な市民”たちに、「これがこの国のなれ合いという文化の根深さだ」と吐き捨てる。 「土を汚され、水を汚され、病に侵され、この土地にももはや住めない可能性だってあるけれど、でも商品券もくれたし、誠意も絆も感じられた。(略)これで土地も水も甦るんでしょう。病気も治るんでしょう。工場は汚染物質を垂れ流し続けるけれど、きっともう問題は起こらないんでしょう。だって絆があるから!」  彼らのやりとりに「原発」などの問題を想起させるのは容易だ。でも、それだけではない。思い当たることは、僕らの心の中に無数にある。だから彼の毒舌は痛いし、響く。 「誰にも責任を取らせず、見たくないものを見ず、みんな仲良しで暮らしていければ楽でしょう。しかしもし、誇りある生き方を取り戻したいのなら、見たくない現実を見なければならない。深い傷を負う覚悟で、前に進まなければならない。戦うということは、そういうことだ!」  『リーガル・ハイ』は「絆」などという“美しい”言葉が覆い隠してしまったものを、古美門の罵詈雑言で駆逐していく。僕らの「見たくない現実」を白日のもとに晒す。そして正義の概念を揺るがし、僕らが飼いならしてきた善良な正義の欺瞞を裁いていくのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)

怖さと面白さが同居した新たな笑い?『テベ・コンヒーロ』の悪意

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TBS『テベ・コンヒーロ』公式サイトより
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。  今、テレビは火曜深夜が騒がしい。  ボビー・オロゴンが、米俵を抱えて東京タワーを往復するというニセ企画でヘロヘロにさせられ、その後、下で待ち構えていたアンガールズ山根に相撲を仕掛けられる。続いてボビーは、ランニングマシンに乗せられ、ヘトヘトになったところでまた山根と相撲。さらに今度は、手錠をかけられたまま山根と相撲。これで終わりと思いきや、うさん臭い催眠術師の催眠術に乗っかり、いや効いてヘロヘロに。自力で立つことができないほど腰砕け状態のまま、また相撲……。    それは名実ともに「新しいクソ番組」が誕生した瞬間だった。  これは「ガリガリがムキムキに相撲で勝つにはどれくらいヘトヘトにさせればいい?」という“疑問”を検証した『テベ・コンヒーロ』での一コマである。  TBSで今年4月から火曜深夜に放送されているこの番組は、3月まで同局で放送され打ち切りの憂き目にあった『クイズ☆タレント名鑑』と同じく、ロンドンブーツ1号2号の淳を司会に、ほぼ同じスタッフが集結して立ち上げられた。  番組名の由来は、プロレスの「トペ・コンヒーロ」という技の名前から。トップロープを飛び超え、リングから場外の相手に向かって前方回転をしながら体当たりする無謀な技だ。ちなみに「テベ」は「テレビ」を意味しており、この番組の意気込みが感じられるタイトルだ。「世の中にあるさまざまな疑問を検証して解決する」という名目で、放送ギリギリの盛大な悪ふざけをしている。  その真骨頂が、5月29日に放送された「コウメ太夫で笑う芸人など存在するのか?」という疑問を検証した「コウメ太夫で笑ったら即芸人引退スペシャル」(タイトルはもちろん、プロレスで橋本真也が行った「小川直也に負けたら即引退スペシャル」のパロディ)だ。放送前にこの企画を報じた「お笑いナタリー」の記事のリツイートが、軽く1000件を超えるという異常事態。深夜番組の一企画が放送前にも関わらずこれだけ話題を集めたのは異例のことだ。そして、放送はその期待を上回る強烈な印象を残すものだった。  コウメ太夫といえば、賛否が渦巻いていた『エンタの神様』(日本テレビ系)をある意味で象徴する芸人である。太夫の格好であるあるネタをリズムに乗せ披露し、最後に「チクショー!」と締めるのがフォーマットだ。「キャラ」「あるある」「リズム」「決めゼリフ」と、これでもか、という安易なパッケージ。当然ながら、お笑い好きであればあるほど、酷評していた。  ゲストの有吉弘行やおぎやはぎも口々に「コウメ太夫で笑ったことなんてない」「そもそも『エンタ』で笑ったことはない」と言い合い、「笑ったら(芸能界を)引退するくらいだ」と企画に乗っかり舞台を整える。  そして実際に現れたコウメ太夫は目を、耳を疑うくらい、想像を超えてヒドかった。奇しくも有吉は途中で「予想を裏切るのが笑い」と言ったが、そうであるならばこれも間違いなく「笑い」だった。  リズムネタなのに最初から字余り、字足らずは当たり前でリズムに乗れていない。あるあるネタのはずなのに、「偏差値の低い学校に入学したら先生がチンパンジーでした」などと「ウソにもほどがある」ネタ。途中、ギターを手にしたりイタコになったりと雑過ぎるネタが続き、極めつけはフリップネタ。民謡「一週間」の節に合わせて「月曜日は離婚通知書がきて~♪」と歌い出すのだが、そのフリップに描かれた絵が落書きレベルでヒドい。いや、もはや怖い。木曜日には「窓から落ちて~♪」とウソが始まり「土曜日ははた~ん~♪」である。まだ終わらない。歌は2番に突入。スリにあって、オレオレ詐欺にあって、ドブに落ちて、雷に打たれ、竜巻にのまれる。「ドブ」である。そして「土曜日ははた~ん~♪」だ(しかも2回目には「はた~ん」も間違えてちゃんと歌えない)。しかし爆笑するしかなかった。  と同時に、芸人としてどこか壊れてしまっているであろうコウメ太夫の、深いようで薄っぺらい闇と虚無感に戦慄が走った。  笑いの世界には、つまらなすぎて失笑する「裏笑い」という種類の笑いがある。企画を聞いた段階で、そういった種類のものを楽しむのだろうな、という予感はあった。しかしそんな生半可なレベルではなかったのだ。「裏笑い」には、ある種の「愛」が確かにある。対象の相手の「かわいげ」を含めて笑うのだ。  しかし、この日の放送には「悪意」しかなかった。  壊れゆく芸人の末路をさらに叩き潰すような、残酷な見世物小屋のような世界。ツッコミという愛では足りない、ゾクゾクするような悪意に満ち溢れていた。罪の意識すら感じてしまう笑い。  そしてその「悪意」は、ただただ「面白い」のためだけに注がれている。結果、「裏笑い」とは質の違う、「怖さ」と「面白さ」が同居した新たな次元の笑いが誕生したのだ。  『テベ・コン』の悪意は伝説を呼ぶ。伝説を見逃したくなければ、火曜深夜にチャンネルを合わせればいい。ただし幾ばくかの覚悟を持って。爆笑しながら自分自身の悪意とも向き合うことになるのだから。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)

怖さと面白さが同居した新たな笑い?『テベ・コンヒーロ』の悪意

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TBS『テベ・コンヒーロ』公式サイトより
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。  今、テレビは火曜深夜が騒がしい。  ボビー・オロゴンが、米俵を抱えて東京タワーを往復するというニセ企画でヘロヘロにさせられ、その後、下で待ち構えていたアンガールズ山根に相撲を仕掛けられる。続いてボビーは、ランニングマシンに乗せられ、ヘトヘトになったところでまた山根と相撲。さらに今度は、手錠をかけられたまま山根と相撲。これで終わりと思いきや、うさん臭い催眠術師の催眠術に乗っかり、いや効いてヘロヘロに。自力で立つことができないほど腰砕け状態のまま、また相撲……。    それは名実ともに「新しいクソ番組」が誕生した瞬間だった。  これは「ガリガリがムキムキに相撲で勝つにはどれくらいヘトヘトにさせればいい?」という“疑問”を検証した『テベ・コンヒーロ』での一コマである。  TBSで今年4月から火曜深夜に放送されているこの番組は、3月まで同局で放送され打ち切りの憂き目にあった『クイズ☆タレント名鑑』と同じく、ロンドンブーツ1号2号の淳を司会に、ほぼ同じスタッフが集結して立ち上げられた。  番組名の由来は、プロレスの「トペ・コンヒーロ」という技の名前から。トップロープを飛び超え、リングから場外の相手に向かって前方回転をしながら体当たりする無謀な技だ。ちなみに「テベ」は「テレビ」を意味しており、この番組の意気込みが感じられるタイトルだ。「世の中にあるさまざまな疑問を検証して解決する」という名目で、放送ギリギリの盛大な悪ふざけをしている。  その真骨頂が、5月29日に放送された「コウメ太夫で笑う芸人など存在するのか?」という疑問を検証した「コウメ太夫で笑ったら即芸人引退スペシャル」(タイトルはもちろん、プロレスで橋本真也が行った「小川直也に負けたら即引退スペシャル」のパロディ)だ。放送前にこの企画を報じた「お笑いナタリー」の記事のリツイートが、軽く1000件を超えるという異常事態。深夜番組の一企画が放送前にも関わらずこれだけ話題を集めたのは異例のことだ。そして、放送はその期待を上回る強烈な印象を残すものだった。  コウメ太夫といえば、賛否が渦巻いていた『エンタの神様』(日本テレビ系)をある意味で象徴する芸人である。太夫の格好であるあるネタをリズムに乗せ披露し、最後に「チクショー!」と締めるのがフォーマットだ。「キャラ」「あるある」「リズム」「決めゼリフ」と、これでもか、という安易なパッケージ。当然ながら、お笑い好きであればあるほど、酷評していた。  ゲストの有吉弘行やおぎやはぎも口々に「コウメ太夫で笑ったことなんてない」「そもそも『エンタ』で笑ったことはない」と言い合い、「笑ったら(芸能界を)引退するくらいだ」と企画に乗っかり舞台を整える。  そして実際に現れたコウメ太夫は目を、耳を疑うくらい、想像を超えてヒドかった。奇しくも有吉は途中で「予想を裏切るのが笑い」と言ったが、そうであるならばこれも間違いなく「笑い」だった。  リズムネタなのに最初から字余り、字足らずは当たり前でリズムに乗れていない。あるあるネタのはずなのに、「偏差値の低い学校に入学したら先生がチンパンジーでした」などと「ウソにもほどがある」ネタ。途中、ギターを手にしたりイタコになったりと雑過ぎるネタが続き、極めつけはフリップネタ。民謡「一週間」の節に合わせて「月曜日は離婚通知書がきて~♪」と歌い出すのだが、そのフリップに描かれた絵が落書きレベルでヒドい。いや、もはや怖い。木曜日には「窓から落ちて~♪」とウソが始まり「土曜日ははた~ん~♪」である。まだ終わらない。歌は2番に突入。スリにあって、オレオレ詐欺にあって、ドブに落ちて、雷に打たれ、竜巻にのまれる。「ドブ」である。そして「土曜日ははた~ん~♪」だ(しかも2回目には「はた~ん」も間違えてちゃんと歌えない)。しかし爆笑するしかなかった。  と同時に、芸人としてどこか壊れてしまっているであろうコウメ太夫の、深いようで薄っぺらい闇と虚無感に戦慄が走った。  笑いの世界には、つまらなすぎて失笑する「裏笑い」という種類の笑いがある。企画を聞いた段階で、そういった種類のものを楽しむのだろうな、という予感はあった。しかしそんな生半可なレベルではなかったのだ。「裏笑い」には、ある種の「愛」が確かにある。対象の相手の「かわいげ」を含めて笑うのだ。  しかし、この日の放送には「悪意」しかなかった。  壊れゆく芸人の末路をさらに叩き潰すような、残酷な見世物小屋のような世界。ツッコミという愛では足りない、ゾクゾクするような悪意に満ち溢れていた。罪の意識すら感じてしまう笑い。  そしてその「悪意」は、ただただ「面白い」のためだけに注がれている。結果、「裏笑い」とは質の違う、「怖さ」と「面白さ」が同居した新たな次元の笑いが誕生したのだ。  『テベ・コン』の悪意は伝説を呼ぶ。伝説を見逃したくなければ、火曜深夜にチャンネルを合わせればいい。ただし幾ばくかの覚悟を持って。爆笑しながら自分自身の悪意とも向き合うことになるのだから。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)