さらば愛しの格闘技!――格闘家で俳優の“濱の狂犬”こと黒石高大(29)が13日、リングス・前田日明主催の不良系格闘技イベント『THE OUTSIDER 大田区総合体育館SPECIAL』で引退試合を行った。7年半前のデビュー戦で惨敗して以来、着々と努力を重ねて強くなり、アウトサイダーの象徴として人気を集めた黒石だが、ファイナルマッチでは失神負け。試合後のマイクでは「負けて始まって負けて終わるって、ギャグかこの野郎!」と涙声で悔しさをにじませた。だが、最後までギブアップをせず戦い抜いたその勇姿に、会場は拍手喝采。20代のすべてを注ぎ込んだ格闘技に別れを告げた黒石は今後、芸能界で役者として派手に暴れ回ることを約束した。 * * * 「ヤバイ、みんなの顔を見てたら泣いちゃう」 試合当日、会場入りした黒石は、大勢のファンや仲間から声をかけられて、一瞬、感極まった表情を見せた。が、控え室に入ると感傷を振り払うかのように、一心不乱にミット打ちを開始。長い手足から繰り出されるパンチとキックは、実に伸びやかで重量感もたっぷり。数年前のそれとはまったくの別物である。
2008年3月、アウトサイダー旗揚げ興行の第1試合でデビュー。総合格闘技では滅多にお目にかかれないジャーマンスープレックスを食らった末に惨敗した。2回目の出場時は「開始2秒でKO負け」というギネス級のスピード敗北を記録。3回目は入れ込みすぎて試合開始前に相手を殴ってしまいノーコンテスト。しかもこの3試合とも、応援団がリングになだれ込んできて乱闘を繰り広げるオマケ付き。デビュー当初の黒石は、こうした負け方のインパクトや試合前後の騒乱でもっぱら話題を呼んだ選手だった。 しかし、その後は格闘技のトレーニングを本格的に開始。いつしか勝ちを重ねるようになり、17戦7勝7敗2分1コーテンストという五分の星まで持ち直して、この日の引退試合を迎えた。芸能活動に集中するために、断腸の思いで格闘技からの引退を決意。最後の試合は勝ち越しのかかった一戦であると同時に、「この試合に勝てなきゃ芸能界でのケンカにも勝てない」という強い思いを抱いて臨む一戦でもあった。 一方、背中の不動明王をトレードマークとする対戦相手の啓之輔(32)は、26戦18勝8敗という戦績を誇る強豪だ。“キング・オブ・アウトサイダー”の異名を持ち、黒石と共にアウトサイダーを創成期から牽引。「黒石とは戦友だ。ただの友達じゃねぇよ。だから戦う!」と今回の試合を引き受けた。
ミット打ちを終え、控え室で一息ついていた黒石に話を聞く。 ――今日、啓之輔選手とは会いましたか? 黒石 今日はまだ会ってないですけど、前日計量のときに会って話しました。 ――どんな話をしましたか? 黒石 俺ら日本で一番客を入れるコンビなんで、来た全員に好きになって帰ってもらいましょうよ。ちょっとくらいは観客に見せないとダメなんですよ、と。 のちに主催者が発表した入場者数は3,130人。このうち1,000枚近くのチケットを黒石が手売りでさばいたというから、その人気と人徳はたいしたものである。 ――観客に見せないとダメ、とは? 黒石 2ラウンド2分の時点で決着がつかなかったら、手を後ろに組んで、互いに一発ずつ殴り合おうと提案しました。俺のことからまず殴っていいんで、やりましょうと。 ――啓之輔選手の反応は? 黒石 「商売人みたいなこと言いやがって」と笑われました。 有終の美を飾りたい黒石と、黒石に引導を渡したい啓之輔。果たしてどんな戦いになるのか? 大歓声を浴びながらリングインし、レフェリーを挟んで向き合う二人。黒石は今にも突っかからんばかりの勢いでガンを飛ばすが、啓之輔はそれをいなすようにソッポを向く。双方いったんコーナーに下がるが、ゴングが鳴るなり突進し、両者の第一打がリング中央で同時にヒット! 黒石のハイキックが勢いで勝り、バランスを崩した啓之輔が尻もちをつく。
大声援をバックに、倒れた啓之輔めがけて襲いかかろうとする黒石。しかし啓之輔はこれを冷静にガードし、立ち上がる。 黒石は左右のキックを繰り出しながら前進するが、啓之輔のカウンターパンチを食らってよろけた隙に、首を取られて倒されて攻守逆転。
啓之輔がフロントチョークで締め上げると、黒石の抵抗が徐々に弱まり、客席がザワつき始める。結局、黒石はタップをせずにそのまま失神。1ラウンド1分0秒、レフェリーストップであっけなく終幕となった。
やがて意識を取り戻した黒石は、セコンドから説明を受けて悔しそうに苦笑い。 マイクを握った啓之輔は、「格闘技って残酷なものですね」と叫んだあと、「この男がアウトサイダーを引っ張ってきたんで、みんなデカイ拍手をしてやってください!」と黒石にエール送った。いつもはクールでぶっきらぼうな啓之輔だが、この日ばかりは寂しげな表情をたびたび浮かべていたのが印象的だった。
有志一同から花束を受け取った黒石は、感涙にむせびながら四方八方にお辞儀。客席から「泣いてばっかりいるんじゃねぇよ!」とのヤジが飛ぶと、それに応戦するように涙声でマイクパフォーマンス。 「本当だよ最悪だよ、バカ! 負けて始まって負けて終わるって、おまえ、ギャグかよこの野郎! 本当に多くは語りません。ダサかった、弱かった、最後まで弱かった。それを支えてくれて応援してくれた前田日明、アウトサイダー関係者のみなさん、家族、地元の友だちや仲間たち、応援し続けてくれた人たち、本当に心からありがとうございました! とりあえず芸能界で派手にケンカをかましてくるんで応援よろしくお願いします!」
そして、客席にいた母親に向かって「産んでくれて育ててくれてありがとう」と感謝の言葉を述べたあと、啓之輔にも礼を言い、観衆に向かって「押忍! 押忍! 押忍! 押忍!」と挨拶して頭を下げた。 最後は主催者の前田日明がマイクを握り、「黒石、お疲れさん。まぁトンマで、今日の試合も落ち着いていけばできたのに、テンパっちゃって、このようなドジをするんですけど。芸能界に行っても、どうぞ応援してやってください。お願いします」と親心満載のコメントで締めくくった。 * * * 試合の数日後、黒石に電話取材をした。 ――今の心境は? 黒石 心にポッカリ、穴が空いてる感じです。20代のほぼすべて、朝から晩まで情熱を注いできた格闘技がなくなっちゃいましたから。 ――試合の記憶はありますか? 黒石 ありますよ。チョークががっちり決まっちゃって、「あぁ、これは抜けられそうにないな」って。遠のく意識の中、「俺ってダセえよなぁ」って思いました。 ――最後までタップをしませんでしたね。 黒石 チョークで締め落とされるぐらいじゃ死にはしないから、タップはまったく考えなかったです。「落とすなら早く落としてくれよ」って感じでしたね。 ――敗れはしましたが、黒石選手の戦いぶりに感動している観客も多かったです。 黒石 いやいやいや、あんな試合で感動って、どんだけ安く見られてるんだって!(笑) ――悔しいですか? 黒石 悔しいですけど、うつむいたって何も変わらない。だったらもう居直って、前を向いて、突き進んで行くしかないですね。 18戦7勝8敗2分1ノーコンテンスト。格闘家人生は一つ負け越しで終わったが、負けの悔しさを知っていればこそ、これからの演技にも一層の深みが出ようというもの。役者人生はすでに本格始動しており、来年のゴールデンウィーク公開の『テラフォーマーズ』のほか、複数の大作への出演も決まりつつあるようだ。四角いリングから四角いスクリーンに舞台を変えて、黒石は今後も戦いを続ける――。 (取材・文=岡林敬太/撮影=長谷英史)









