一日使える無料乗車券配布で話題沸騰! 23区のローカル線「池上線」でどこへ行く?

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ホームの前一両部分に屋根がなかった五反田駅についに屋根が。池上線が進化してる?
 来たる10月9日(月・祝)。東急池上線が、開通90周年を迎えたことを記念して、始発から終電まで、一日乗り降り無料乗車券を配布することになり、反響を呼んでいる。  東急池上線は、1922年に池上本門寺の参詣客の輸送を目的に、蒲田~池上間で開通。その後、1928年に蒲田~五反田間が開通したもの。当初は、五反田から先、白金・品川間へと延伸することも計画されていたが、計画は頓挫。その後、国分寺方面への延伸も成功せず、現在は東急線の中で多摩川線と並ぶローカル感溢れる路線として営業されている。
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池上本門寺は力道山の墓があることでも有名。石段が地味にキツいので歩きやすい靴で行きたい
 そんな路線で行われる、日本の鉄道史でも珍しい全線無料のサービスは、さまざまな意味で話題だ。まずは、池上線の輸送力の限界。池上線は、車両がわずか3両だけ。果たして、無料ということでやってくる乗客を、どれだけさばくことができるかは心配だ。  もちろん、各駅のホームも3両編成に合わせた狭く短いもの。毎年、池上本門寺のお会式の際には大混雑するが、それを超えた混雑になることは想像に難くない。そんな、池上線始まって以来の一日を、東急がどう乗り越えるのかに、多くの人が注目しているのである。  さて、そうした混雑は承知の上で池上線を楽しみたいという人が、まず考えるのは「どんな観光地があるのか」ということだろう。  これまで、池上線が取り上げられる時に、必ず紹介されるのは、まず戸越銀座商店街。  日本有数の長さを誇る商店街は、多くの総菜屋が並ぶ「買い食いスポット」として知られている。  けれども、ここはあまりにも定番過ぎ。  本当に池上線の真髄を知りたいなら、おすすめなのは旗の台駅から先、蒲田駅あたりまでのゾーンでの各駅下車である。路線や車両のローカル感から東京南部の下町を走る路線と思われがちな池上線。でも、実態は下町っぽい町と、ちょっと高めの住宅地とが渾然一体になった奇妙な町なのである。
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旗の台駅の大井町線側。自由が丘に近いことがウリなのか。改装以来オシャレを目指してる様子が
 例えば、旗の台駅。大井町線との乗り換え駅であるここは、超オシャレタウン・自由が丘まで電車で10分程度にもかかわらず、下町感が全開。おまけに、急行運転の実施を機に近代的につくり変えられた大井町線ホームに対して、旗の台駅は、いまだにホームのベンチが木製の長椅子という昭和の雰囲気全開。こんなギャップが見られるのも、東京でここだけであろう。加えて、駅前から荏原町・中延方面へ伸びる商店街の鄙びた感じは、もっと街歩き系の媒体などで取り上げられるべき逸材だ。
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こちらが旗の台駅の池上線側ホーム。いまだに木製ベンチも。以前は上り線ホームには、立ち食い蕎麦屋もあった
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旗の台駅周辺のうらぶれた下町感は絶妙。まだ「大人の隠れ家」系人種には荒らされていない
 そんな旗の台駅の隣、長原駅を降りて、歩くのも一興だ。この長原駅。駅前は下町っぽい商店街。ところが、商店街から南東方向へ一歩入ると、なんだか立派な邸宅が目立つ住宅街が現れるのだ。ちょっと角を曲がっただけで、ガラリと風景が変わるのには、驚くはず。そんな長原駅からほど近い小池公園からは、さっきまで下町にいたとは思えない風景が広がっていて、驚くことができるハズだ。
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個人商店の数も少なくなって寂しさを漂わせている長原駅周辺の商店街
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その長原駅から徒歩5分あまり歩くと、突然、レイクサイドな高級住宅地が。ここが釣り堀だったのも今は昔
 しかも、開発されてから時間が経っているからだろうか。邸宅もひと昔前の雰囲気があって、味わい深い。ちなみに、小池公園は現在は自然の多い公園になっているが、かつては私営の釣り堀だった場所。住宅街のド真ん中に釣り堀がある光景は相当シュールであった。  このあたり、トボトボ歩いていると、次第に池上線から離れていってしまうが、バスの走る通りに出れば、池上駅前まで移動できるので覚えておきたい。
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迷いながら歩いているうちに見つけた、スゴイ地形に立つマンション。お城みたいでカッコイイ
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さらに迷っているうちにたどり着くわびさびのある風景。沿線にはこんな風景が目白押しである
 このほか、石川台駅や久が原駅なども、池上線を楽しむ上では欠かせない。言っておくが、主な見どころは何もない。単に、23区でも、ちょっとほかとは雰囲気の違う町があるだけ。とりわけ観光地的なところや、グルメスポットなど何もない。
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こういう21世紀的な開発からは遠い風景が魅力。竹の塚や蒲田のようなディープスポットと違いキーワードは「寂」だな、多分
 ただ、多くの地域で土地が山あり谷ありの丘陵地系だったり、迷い込みたくなるような狭い道がいっぱい。お仕着せのガイドではなく、そうした道に迷いこむのが、池上線沿線観光の醍醐味なのである。  この文章を書くにあたって、筆者も千鳥町駅から蓮沼駅まで、池上駅経由で歩くはずが、なぜか多摩川線の武蔵新田駅前にいってしまった。そんな道に迷うことが楽しめる人は、無料乗車券を大いに楽しめるだろう。 (文=昼間たかし)

無人駅で孤独に過ごすぜいたくな一夜 鉄道旅行の至高の楽しみ方

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 旅行はしたいけれど、カネはない。時間はやりくり次第でなんとかなるかもしれないが、移動にも3度の食事にもカネがかかるもの。とくに無駄に感じるのは宿代である。露天風呂を楽しむとか、上げ膳据え膳で豪華な食事に舌鼓を打つのでなければ、寝るためだけに宿代を支払うのは無駄だ。  そこで挑戦してみたいのがSTB(station bivouac/ステーション・ビバーク)、すなわち、駅寝である。今回、飯田線沿線を旅することになった筆者は、最初から駅寝を前提に旅行計画を作成。途中でくじけないよう、財布の中には2万円だけ。東京駅で「青春18きっぷ」を購入したので、列車に乗ったときにはすでに残金は8,500円。駅寝前提ならば、これくらいで旅の資金は十分なのだ。  正直なところ、最近では駅寝をする人の姿を見かけることは少なくなった。インターネットで簡単に宿を探せるようになり、うまくいけば3,000円台の宿も見つけられるようになったからだろう。それに、終電近くまで乗り降りがある街に近い駅だと、自分が不審人物に間違われたり、危険な目に遭う可能性もある。筆者も、山形県の某駅で寝ていたら、ロータリーは暴走族のたまり場だったらしく、恐怖に震えたことも。  というわけで、まずは駅寝を愛好する人々に伝わる「STB憲章」を復唱して筆を進めていこう。 1 われわれは旅を愛し、旅の原点の「ビバーク」を愛する。 2 駅泊を旨とするが、1宿の義理は欠かさないつもりだ。「最終列車が 出るまで寝ない」「駅舎内で火は使わない」「始発列車が入るまでに去る」「ゴミはきちんとかたづける」。 3 そして人との「出会い」をたいせつにする。 ■秘境駅で夜を過ごしたいのは俺だけじゃなかった  さて、まず1泊目の宿に選んだのは、飯田線の秘境駅として名高いA駅(どの駅かは、空気を読んでね)である。最終電車を降りるときは、まさか誰も降りないだろうと思っていたが、なんと筆者のほかに2人も下車する人影が。先に駅舎に入った2人は早速、長椅子のあたりを確保していたので、まずはこちらからにこやかにあいさつ。お互いに「あれは何者だろう……」と不審な視線を送り合いながら一晩を過ごすのは、よい気分じゃない。大学生風の2人は友人同士のようで、なぜか手に持っていたスーパーの袋からはネギが飛び出していた。偶然出会った人とはあまり交流したくなさそうな雰囲気だったので、こちらからは積極的に話しかけないことにした。2人も気を遣っているのか、こちらが荷物を広げている間に、ホームの端まで移動して酒盛りを始めた。
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アウトドア用のコンロがあるだけで随分と捗るぞ。
使用は駅舎から十分に離れて、火の用心。
 この駅、事前にインターネットで情報を得た限りでは、たまに駅寝をする人もいる様子。深夜には駅の電灯が消えてしまうという情報もあったので、ヘッドライトを頭に装着してから行動を開始することに。まず、駅寝に欠かせないのは、自炊の装備である。筆者が持参したのは5,000円程度で揃う登山用のガスストーブとコッヘルだ。一度買えばそうそう壊れるものでもないので(次第に高級品が欲しくなる人もいるようだが)、重宝する。持参した食料は、白米と棒ラーメン。アウトドアでは非常食のアルファ化米を使う人が多いようだが、やはり米を持参して炊くに限る。棒ラーメンは、100円ショップでも必ず売られているものだが、2食分入って100円なので、貧乏旅行には欠かせない。
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無人駅ながら、駅舎が立派で過ごしやすい。
郵便ポストもあるから、ちょっと便利かも。

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ただし、ちょい広すぎて落ち着かない気も。
 さて、食事を終えて散策もしたら、やることもないので就寝。「始発までに去る」ルールを絶対視しているので、朝は早い。それに、朝もやの中でようやく自分が寝た駅の全貌が見えてくるのが駅寝の醍醐味なのだから。  ……と、目覚めはガサゴソと動く人の音だった。何かと見てみたら、まだ随分と早い時間なのに2人組は起き出しているではないか。見ると、彼らは寝袋は持参しているのに、駅舎のコンクリートの床に敷いているのはハイキングなどで使うレジャーシート……。この駅、ホーム側はドアがなくて、外気がモロに侵入してくる、ただでさえ寒さ対策が必要な構造なのだが……。せめて銀マットくらいは持ってこようよ! ■突然現れた人影  さて2晩目である。実は、伊那市駅の先のどこかの駅で寝ようかと思っていたのだが、田切駅で「登山ですか? 輪行ですか?」と話しかけてきた、地元の人から得た情報で予定を変更することに。筆者が正直に「昨晩も駅で寝たんですよ」と話したところ、「長野県側はもっと寒いし、このあたりは悪いヤツらが多いよ」と指差したのは伊那市駅よりも辰野・岡谷よりのあたり。なるほど、街に近づくに連れて人も増えるし、結果的にトラブルの可能性も高くなるのは間違いない。というわけで、天竜峡駅よりも豊橋寄りの秘境っぽい駅を探すことにする。しかし、情報は少ない。携帯でネットに接続して得られる情報(これだけでも、筆者が最初に駅寝した90年代初頭に比べてものすごい進化だが)は、せいぜい駅舎にドアがあるかどうかくらい。だが、そんな情報でも貴重だ。念のため、終電よりも2本ほど早い列車に乗って、候補地のB駅(『究極超人あ〜る』の光画部がみんなで泊まった駅だよ!)に到着。まったく人の気配はなし。前夜の駅と同じく、あたりは真っ暗である。
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この駅で、かけこみ乗車をする人がいるとは思えないけどね。
 設備的には、昨晩よりも豪華だ。駅舎にドアはあるし、トイレもキレイ。さっそく準備をして、とりあえず終電が過ぎるまで待つことに。と、そこへ突然、自動車の音が聞こえたかと思うと、駅舎の傍に停まるではないか。小心者の筆者は、思わず身を隠す。車から出てきた人も、なんだか恐る恐るこちらを伺っている様子だ。車の中でガサゴソやっている様子なので「何も見ていないことにしよう……」と、気配を消してみる。……保線区の人であった。単に作業着に着替えただけのようで、しばらく線路をうかがうと、また車に乗って去って行った。うーん、この真っ暗な山道を、一人で車でやってきた彼のほうが、よっぽど怖かったはず。  さて、この夜は完全に一人。川の流れを除いてはまったく音がしない、静まりかえった空間で過ごすことになった。これも駅寝の魅力の一つ。最近では、高い山に登っても、頂上は大賑わいだったりして、なかなか自然の中で孤独を楽しむのは難しい。何より、駅寝ならわざわざ岩にしがみついて山に登ったり、必死で自転車のペダルをこがなくても、孤独を楽しめるところへ運んでくれるのが楽だ(いや、もちろん登山も自転車も筆者は大好きです)。とはいえ、やはり一人だと、やることもなくて気がついたら深い眠りの中へ……。
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夜が明けると、目の前には天竜川が流れていた。

 翌朝目覚めて、驚いた。夜の闇でまったく見えなかったのだが、駅は天竜川の雄大な流れに面していたのだ。うん、やはり朝一番の驚きこそ駅寝の醍醐味だ。
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しばし、この風景も独り占めだ。

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天竜峡駅の船頭は外国人でした。
 単に駅で寝る。それだけのことで、ちょっとした冒険気分を味わうことができる、それが駅寝だ。おそらく冬の北海道でもなければ、日本のどこでも駅寝は可能なはず。ぜひ、多くの人々に挑戦してもらいたいものだ。あ、最初にやるなら夏になってからがいいよ! (取材・文=昼間たかし)

これがホントのB級グルメ! 伊那の街でローメンを食す旅

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 とにかく麺類が好きだ。外食はほとんどラーメンか、そば・うどん、あるいはスパゲッティのローテーションだ。そんな筆者がずっと食べたくてたまらないのが、ローメン。写真でしか見たことがない謎の食べ物だ。さまざまな情報を総合すると、マトンの肉を使った焼きそばに、スープが入っていたりいなかったり。……いまいち、ピンとこない食べ物だ。東京にも何軒かローメンを食べることのできる店があるらしいが、基本、居酒屋のメニューの一部という形態らしく、下戸の筆者には敷居が高い。  ゆえに、飯田線の旅において外すことのできなかったのが、長野県伊那市でローメンを食すこと。それに、伊那は古来よりさまざまな作品の聖地である。まず『究極超人あ~る』に、つげ義春『無能の人』(「蒸発」の回を参照)、それに小畑実が「伊那は七谷~」と歌う「勘太郎月夜歌」というのもあった。かくて、期待を持って降り立った飯田線伊那市駅。そこには、昨年旅をした富山県高岡市(記事参照)を超える衝撃が待っていた。  まずは街の散策へ。40リットルのザックは邪魔だ。コインロッカーはだいたい駅前に……ない。駅員に聞くと、 「キヨスクがなくなった時に、一緒に撤去されちゃったんです。ここから100メートルくらい先のバスターミナルにはあるみたいですけど……」  小さいとはいえ、街のターミナル駅にコインロッカーがないことには驚く。桜の名所として知られる観光地・高遠に比べて、観光客も来ない街ということなのだろうか。かくて、そぼふる雨の中をバスターミナルへ。切符売り場の人に聞くと、売店で管理しているとのこと。さっそく、売店のレジに座っている、おばちゃんにコインロッカーの場所を聞いてみる。どの荷物を入れるのか聞くので、背中のザックであると伝えると、 「ああ、それは入らないわ~」  ううむ、ザックを背負ったままの街歩きになるのか? と思いきや、  「ここで預かって置くから。200円ね」。うん、田舎の人は温かい。で、どこに置いとけばいいのかと尋ねると「そのあたり」と、売り場の通路を指す。……預かるというか、見張って置いてくれるわけね。  さて、ローメンを目指して街を歩くが、アーケードのある商店街は、意外にもシャッター通りではない。かなり古くから続いているであろう、オモチャ屋や呉服屋などの店舗も、ちゃんと営業している。ものすごく古めかしい模型屋もあったが、まったくの現役で営業している。やはり、地域の共同体が機能していて「これこれを買うときは、この店」という不文律が残っているのだろうか。そんな街だが、雨のせいもあるのか人通りは少ない。ちょうど高校駅伝開催前だったらしく、試走している高校生ばかりである。
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かなり年季の入った模型店。地域でここだけだったら、かなり儲かるかも。

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これぞ、老舗映画館の趣き。調べたところ、隣の「旭座1」と共に大正時代からの伝統ある映画館だそうだ。

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こんな味のある劇場で『ドラえもん』を観賞できる子どもは幸せだねえ。

 と、歩いていると古めかしい映画館のような建物が。「かつては賑わったんだろうな……」と思ったら、ポスターは新しい! なんと建物の古さ(失礼!)にもかかわらず、バリバリ営業中の映画館であった。さらに、元は三軒並んでいた店舗をぶち抜いたらしきスーパーやら、古本屋と美容院が合体した店など、ありえないほど味のある店舗が続く。その探索の果てにたどり着いたのが、伊那でも一軒しかないという銭湯だ。いや、正確には銭湯ではない。「人工ラドン温泉」である。
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古本屋なのに美容院? と思ったら古本屋の奥が美容院になっていた。

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この説得力のある立て看板。町の本屋さんの鏡である。

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これまた濃厚な味わいの町の電気屋さんである。

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ちゃんと、この街にもゆるキャラがいた!

 恐る恐る扉を開けると、古めかしい銭湯のスタイル。常連しか利用しないのか、ぱっと見で一見とわかる筆者に、番台に座るおばあさんは「うちは暖まるの。ボイラーも直したから」としきりに説明。さて、手ぬぐいは持参していたが、石鹸がなかったのを思い出し、買おうと思ったら 「そういうのはないけど……(番台の下を手で探って)これ、貸してあげる」  と、使いかけの石鹸を渡してくれたのである。うん、やっぱり田舎の人は温かいよ。  しかし、ここは風呂屋なので暖めるのは身体だ。壁には古めかしい「人工ラドン温泉之証」なる額に入った証明書と共に、人工ラドン温泉の入浴方法が掲げられている。まずは身体を洗った後に、白湯に入ってから人工ラドン温泉に入る、という順番だ。ラドンやラジウムを含んだ鉱石を使う人工温泉というものは各地に存在しているけれど、どういう仕組みなのか半信半疑で入浴。確かに、身体の疲れが取れていくような感じはする……?  しかし、この銭湯もとい温泉、市内でも唯一ということもあってか、かなり多くの常連客がいる様子。湯船に浸かりながら、「ワシも若い頃は神戸で船員をやっていたが、今じゃ百姓をやっている……」に始まる一代記を語ってくれたお年寄りによれば、「前は上諏訪のほうにも一軒あったが、今ではもうここだけ」だという。どうも、伊那市内のみならず、かなり広い地域の人々の憩いの場になっているようだ。
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立体版は、ビミョーな感じが。これ、流行ってるの?

■ローメンは難易度の高いB級グルメだった!  さて、ローメンである。まず入ったのが元祖として知られる「B」。ローメンは戦後生み出された料理で、スープに漬かっているものと焼きそば風のものと2種類あるそうだが、元祖の店はスープ系である。大盛りを注文し、料理ができるのを待つ。そして、ついにやってきたローメン。長年、夢見た味についに邂逅できた感動と共にいただきます!……あれ? 正直、脳内に「?」が点灯した。思ったほど、おいくない。おいいラーメンやそば・うどんを食べた時のような「ガツン」と来るおいしさがないのだ。カウンターに置かれた食べ方の説明書きによれば、卓上の醤油や酢、ラー油、ニンニクを好みの量入れて食べるらしい。
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これが、スープ系のローメン。味のカスタムは難しかった……。

 なるほど、店の調理は基本形で、経験則に基づいて自分が「ウマイ!」と感じるように味を調整しなくてはならないのか。これは難易度の高い食べ物である。結局、十分においしさを感じることができないまま完食。完全敗北である。それでも、長年夢に見たローメン。暗澹(あんたん)たる思いで終わるわけにはいかない。さらにもう一軒、とやってきたのは「U」。どうも居酒屋兼業らしく、入口は難易度が高い。恐る恐る引き戸を開けると、これまた驚いた。やたら客層が広いのだ。座敷には子連れの家族がいるし、カウンターには若者から年配までさまざまな男性客。テーブル席には若い女の子の2人組も。こちらの店、卓上に置かれているのは七味唐辛子のみ。つまり、味は店のほうで調整するということだな、と理解して大盛りを注文。やってきたのは、スープなし焼きそばスタイルのローメン。まず、ソースの香りが鼻をくすぐる。周囲の動きを参考にしながら、適度に七味唐辛子を振りかけて食らいつく……おいしい! ソースの香りとマトンの臭みが調和した天国だ。ああ、大盛りの上の超盛りにしておけばよかったと、多少後悔しつつあっという間に完食してしまった。
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とにかく、自分好みの味になるように勝手に調整して食べるものらしい。

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微妙に難易度が高そうな店だったけど、低かったよ。田舎は温かい。

 このローメンという食べ物、元祖の「B」が作り方をオープンにしていたためか、店ごとに味もスタイルもかなり異なる食べ物になっている。そして、地元民であっても味の好みはさまざまなようだ。帰りに荷物を預けた売店のおばさんに「ローメンを食べて来た」と話したら「Uに行った?」と聞かれた。  かと思うと、駅で話をしたおばさんに「ローメンを食べに伊那に来た」と話すと、「旦那や息子はよく食べに行くけど、私はちょっとねえ……」
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チャレンジ精神をそそられる銭湯。

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時間厳守と書いてあるけど、開店時間に入ったら既に客がいっぱいであった。

 地元民でも好き嫌いの分かれるローカルさ。そして、味の統一感のなさ。最近の町おこしでフィーバーする、ブランド化したB級グルメとは違う。自由度の高さゆえに、一通り味わうには、何日か滞在して、朝から晩まで食べ続けなければならなそうだ。この、適当な感じこそ、真のB級グルメと呼ぶにふさわしい。 (取材・文=昼間たかし)

さよなら119系 浅春の飯田線の旅――雨と涙の下山ダッシュ

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 3月某日、『究極超人あ~る』を見ていたら、急に飯田線に乗りたくなった。折しも飯田線の名物車両・119系が3月で引退するという。かくて、40リットルのザックに寝袋や食料を詰め込んで、自転車も担いでの旅路は東京駅から始まった。  東京駅で「青春18きっぷ」を購入し、熱海行きの東海道線。徹夜明けでそのまま出発したので、少し休みたいと思って贅沢にグリーン車に乗ってみたら、やたらと混雑をしていた。主な乗客は年配の団体。おそらくは伊豆方面への温泉旅行なのだろうと思いつつ目をつむり、気がつくと早や熱海に到着していた。ホームの向かいには浜松行きが待っていたが、以前、慌てて乗車したらトイレ無し車両だった悪夢を思い出し、一本見送って、次の列車に乗車する。  静岡が近づくと、高校生がトイレで一服する姿も見えて、次第にローカルな感じが漂ってくる。「青春18きっぷ」で旅行する者なら誰もが知っていることだが、静岡県は東西に長い。ずっと乗りっぱなしなのは旅行者くらいのものだ。浜松に到着した頃には、もう夕方6時過ぎになっていた。仕事を終えて帰宅する人々の姿も多く見られる。都内ならば、まだ誰もが必死に仕事をしている時間だろう。賃金は安くとも地縁・血縁に庇護されて、夕方には家に帰ることのできる地方在住者とどちらが幸せだろうかと考えているうちに、列車は豊橋駅に到着した。駅構内の立ち食い蕎麦屋で、きしめんを一杯。ようやく飯田線の旅路の始まりだ。乗り込んだ平岡行きは、まだ7時前だというのに最終列車である。
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豊橋駅の立ち食い「壺屋」のきしめん。ただでさえ絶品なのに、刻み揚げがかけ放題
 しばし、都市近郊の代わり映えしない風景が続くが、気がつくと列車はガランとして、時刻表を手にした、いかにもな愛好者ばかりになっていた。途中駅で、高校生らしき二人組と話してみると地元民だそうで、このところは毎週のように飯田線に乗っているという。119系は次々と廃車回送が行われているそうで、もう乗車するのは難しいという話を聞かされる。
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残念ながら、119系じゃなかった……

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飯田線の旅路は長い。中部天竜駅に到着しても、まだ旅は始まったばかりか?
「でも、運転手に聞いたら、えちぜん鉄道に持っていくかもって話もあるんですよ」  といった情報も。飯田線から姿を消しても、二度と乗れなくなるわけじゃなかったらいいかななどと話しつつ列車に戻る。と、ドアが締まり、今まさに走り始めようとした時に「あれ、(対向列車が)313系の音じゃないな……」とつぶやく高校生。そして、向かいのホームに滑り込んできたのは119系。しかし、我々の乗っている列車は無情にも発車していくのであった……。
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この駅をはじめ、為栗とか金野とか難読駅名の宝庫でもある

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終電も行ってしまった小和田駅。いったい、これからどうすればいいんだろうか

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一応、小和田駅に来たらあちこち写真を撮影しないと損だよね
 音で車両を判断できるレベルの高さに、彼らの将来に期待しつつ、この日の旅路を小和田駅で終えた。 ■飯田線の儀式「下山ダッシュ」  翌朝、小和田駅から始発電車に乗り込む。登山に使っている40リットルのザックを背負い、自転車も担いで乗り込めば、車内はやはり鉄道愛好家風の人々がちらほらと。しかし、乗車駅と持ち物は、こちらのほうが妙らしく「この人はなんなのだろう」と、チラ見されている。たしかにザックはともかく、自転車まで持っているのは珍しいかもしれない。
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駅ノートはバックナンバーまで完全に完備。多くの人が降りる観光名所になっている

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夜が明けて、ようやく駅周辺の全貌がわかってきた

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観光気分だけど、夏の北アルプスの登山装備を着込んでなんとか……という寒さです
 『究極超人あ~る』を見ている人ならばピンと来るだろうが、自転車を持参したのには目的があった。「下山ダッシュ」の完遂が、それである。さすがにザックを背負って走るのは辛いので、妥協の産物が自転車である。しかし、天候は最悪。車内アナウンスが「次は下山村~」とアナウンスする頃には大粒の雨が降り始めている。しかし、ここで諦めては自転車を持参した意味がない。慌てて雨ガッパを着込み、ザックを背負う。  駅に到着しても、慌ててはならない。地図を確認しながら、列車が見えなくなるまで見送るのだ。「また20分後に会いましょう」と、つぶやきながら。
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下山村駅8:02。あの列車にもう一度乗るのだ

 列車が見えなくなったら、自転車に跨り、交通ルールを守りながらも猛ダッシュである。目指すは、伊那上郷駅。距離はさほどではないが、下山村駅から伊那上郷駅はすべて上り坂である。次第に雨が強くなってくるし、準備運動もしていないので、自転車とはいえ、筋肉が悲鳴を挙げる。  雨も降っているし、田舎ゆえか車は走っているけれども、歩行者はまったく見かけない。
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伊那上郷駅8:24。あまりに必死だったので途中の写真はナシ
 ザックを背負って、雨ガッパを着込んで必死に自転車を漕いでいる様は、ちょっと異様である。とはいえ、乗り遅れれば敗北感と共に、一時間あまり呆然と次の列車を待たなければならない。必死でペダルを漕いで進めば、さらに坂道はキツくなっていく。「アホらしい、もうやめようかな……」と、半ば諦めそうになったところで、ようやく目の前に線路と踏切が見えた時は、心底ホッとした。こうして、列車到着の5分前に伊那上郷駅に到着することができたのである。
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ありがとう、俺の轟天号
 成功を祝って一人で缶ジュースで乾杯して、20分ほど前に別れた列車に乗車。車掌は「ああ、さっきの人か」といった感じで、一瞥して横を通り過ぎていく。おそらく、この路線に乗務していたら、電車と競争する人なんて、珍しくもなんともなくなっているのだろうか。  飯田線が飯田市内をオメガカーブを描くように走るがために、直線距離で走れば列車に追いつくことができるという「下山ダッシュ」。今でも、自転車ではなく自分の足で挑戦する人は多いというが、最初は伊那上郷駅からスタートすることをオススメする。ずっと下り坂なので、ちょっとは楽なハズだ。 ■今も健在! 元祖「アニメの聖地」  再び列車に乗って次の目的地、田切駅を目指す。ここが、今では知る人ぞ知るアニメの聖地だということは、どれだけの人が知っているだろうか。今回の旅行のきっかけであった『究極超人あ~る』のOVAが製作されたのが1991年。その時に前述の「下山ダッシュ」と並んで登場したのが、この田切駅である。一時は、数多くのファンが訪れたという、まさに<聖地巡礼>の元祖ともいわれる駅である(最近は麻雀漫画『咲-Saki-』の聖地だったりもする)。そして、駅近くの元酒屋だった個人宅では、今でも『究極超人あ~る』の駅スタンプを保管しているという。
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ようやく辿り着いた! ここが元祖アニメの聖地

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ここが元祖、アニメに出た光景

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こっちも同じく
 期待を持って降りた田切駅は、ホームが極端に狭い駅だ。小さな待合室にはタバコの吸い殻が転がっていたので、まずは聖地に到達した感動を味わいつつ、簡単に掃き掃除(ホウキとちりとりは備え付け)。そして、駅周辺を撮影しながら駅スタンプを求めて歩き出す。  事前に、駅スタンプを保管している酒屋は今は商売をやめていて個人宅になっているという情報を得ていたが、元酒屋っぽい建物はすぐに見つかった(今は個人宅のためかネットでも詳細な情報は掲載されていない。もし、これを読んで訪問を決意したならば、自分で調べてほしい)。とはいえ、個人のお宅なので迷惑でないか躊躇しながらドアをノックする。すぐに返事がして、おばあさんが出てくる。 「あの、こちらに駅スタンプがあると聞いてきたのですが……」  と尋ねると、店のほうに回るよう指示され、店だった部分の戸を開けて中に招いてくれた。出してくれたのはスタンプと駅ノート。開いてみれば、今年になってからも10人あまりが既に訪問していた。聞けば、多い時には30人も来たことがあるというし、かつてのブームの時以来、今では子ども連れで訪れてくれる人もいるそうだ。おばあさんも「ああ、“あ~るくん”のファンね」「119系もなくなっちゃうね」と、とても詳しかった。そんな歴史の重みを感じるノートをじっくりと見せてもらったが、誰もが田切駅を訪れた感動を書き記している。
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これが、あの駅スタンプ。今でも大切に使われている

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かつて行われたファンのツアーのポスターも貼られている
 きっと、現在盛り上がりを見せているアニメの聖地も、廃れて誰も来なくなるなんてことはなくて、数が減っても何度も訪問する人は絶えないだろう。
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ここまで来なければ絶対に手に入らない。その苦労が楽しい
 丁重にお礼の言葉を述べて、再び田切駅から次の目的地に向けて列車に乗り込む。こうして綴ると、順調に列車が来ているように見えるかもしれないが、通常の飯田線の運転感覚は1時間に1本程度。それに、全線は乗りっぱなしでも7時間はかかる長大な路線だ。  とにかく、この路線に来ると時間はゆっくりと流れていく。乗っている時も、誰もいない駅で待っているときも。都会でせかせかと過ごしている時には、絶対に味わえない贅沢な時間の使い方が、ここではできるのだ。旅行だからといって、値段の高い旅館に泊まったり、贅沢な料理を食べなくてもよい。流れていく車窓を長めながら、うとうととしているだけで十分に満足することができるのだ。  乗るなり、撮るなり、聖地巡礼なり、多様な楽しみ方ができるのも魅力だろう。『飯田線のバラード』を聞きながら、ずっとこのまま乗り続けていたいと思った。 (取材・文=昼間たかし/次回は伊那市駅に停まります)