書店に並ぶ本の40%が「返品」されている! 数値から見る出版不況

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 書店に並ぶ本のうち約40%が「返品」されている――出版不況と言葉では聞くが、数で見ると改めて驚くものがある。思えば90年代にはよく聞いた『ミリオンセラー(100万部突破本)』という言葉も聞かなくなった。出版販促コンサルタントの山本豊氏に、前編に続き、移りゆく書店の姿について話を聞いた。 ■問屋が最強――「取次無双」な出版業界 ――出版業界は独特ですよね。出版社という本を作るメーカーがあり、書店という小売があり、取次という問屋がある。メーカー、小売、問屋という構造は他業種でも一緒ですが、出版業界は問屋である取次の権限がとても強いですよね。出版社が取次にそれはそれは気を使っているのを見聞きして、取次とはそんなに恐ろしいのかと思ったほどです。日本出版販売株式会社、株式会社トーハンが日本二大取次ですが、ここまで取次が強い背景には何があるのでしょう。 山本 取次は流通を抑えていますからね。例えば出版社が3000部取次に預けると、取次でこの書店には何冊、あの書店は売れるから何冊、と書店に卸す冊数を取次が決めていたんです。出版社にしてみても自力でやるより取次にお願いした方が、取次が長年の実績に基づいたルート、冊数で配本してくれますから。ですが、最近では出版社が書店から受注をして取次を経由して配本する方向へ変わってきています。  また、最近の傾向として取次が出版社から受け取る本の冊数が減っているというのはありますね。かつては3000部引き受けていたのが、今は2000部になるというような。取次からの受注が少ないと、出版社には在庫が残ることになります。 ――なぜ、取次が出版社から受け取る冊数は減っているのでしょうか? 山本 一番大きな理由は返品です。書店からの返品率は上がっており41%とも言われています。 ――書店にある本の半分弱が返品されているとなると、気が遠くなりますね。 山本 返送時の郵送コストは取次が負担しますから、取次にしてみたら返品率の上昇は死活問題です。 ■読書離れの実態を数字で追う~電車で見かけなくなった雑誌を読む人 ――出版不況は、読者側の読書離れもあるのでしょうか。 山本 実際あると思いますね。文化庁の平成25年の調査では1カ月に一冊も本を読まない人が47.5%でした。およそ10年前の平成14年度では37.6%でしたので、年々増えているんです。 ――この文化庁の『国語に関する世論調査』は毎年行われていますが、平成25年度を最後に、1カ月に読んだ本の冊数を聞く質問そのものがなくなってしまっていますね。電子書籍に移っているのでしょうか? 山本 電子書籍というより、ゲームや動画など「本ではない娯楽」へ流出していると思いますね。特に雑誌は厳しいです。電車の中で紙の雑誌を読む人をずいぶん見かけなくなりました。マンガそのものは好調ですが、マンガをスマホで読む人が増え、紙のマンガ雑誌も発行部数を落としています。 ――聞けば聞くほど出版業界に明るい兆しを感じにくいですが、それでも明るいジャンルを上げるとしたら何でしょう? 山本 「児童書」は手堅いと思います。少子化なので、意外なように聞こえるかもしれませんが、子供の数が減り、親が一人の子供にかけられるお金はむしろ増えていますから。 ――確かに、親は子供の未来に対しては切実ですしね。前編で「萌え」が強いとありましたが、「児童書」「萌え」はどちらも「金を出そうと読者(もしくは読者の親)が切実に思える」点がずば抜けているのでしょうね。 山本 一方で、苦しいジャンルはマニュアル系の書籍でしょう。 ――特にIT系だと内容がすぐ陳腐化してしまいますし、ネットでいくらでも丁寧に解説したサイトが今はありますからね。 ■「ウェブ発ベストセラー」はあれど、「電子書籍発ベストセラー」はない ――今は電子書籍のプラットフォームが整って、誰でも電子書籍を発表できるようになりましたよね。こういった電子書籍の状況はどうでしょうか? 山本 電子書籍(※ここでは、紙の媒体で先に出た書籍が電子化したものでなく、電子のみで出版されているもの)は売れていませんね。100冊売れればいい方とも聞きます。そもそも、「大人気電子書籍、(紙の)書籍化!」という話はあまり聞きませんよね。 ――確かに、「人気ウェブサイトのコラム、(紙の)書籍化!」は聞きますけど、「人気電子書籍、(紙の)書籍化!」は聞かないですね。 山本 もともと紙媒体でヒットしたマンガの電子化作品などは伸びていますが、これも、紙の書籍の大幅減少分を補うほどではありません。出版業界は1996年には2兆6千億の市場規模がありましたが、15年には1兆5千億まで下がっているんです。 ――驚きの下がり具合です。書店が減るわけですね。 山本 なかなかベストセラーは出ていないですよね。ビジネス書において最近のミリオンセラー(100万部突破)は『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)くらいですね。 ――考えてみれば本も音楽も、ネットの一般普及が進む前の90年代は「ミリオンセラー」が結構頻繁に出ていましたよね。 山本 そうですね。出版点数自体は増えていますから、何を読んでいいのかわからない、という人も増えているはずです。他の娯楽により読書離れが進み、また、出版点数が増え選択肢が増す中で、ベストセラーは以前より出しにくくなっているとは思いますね。 ――ありがとうございました。 * * *  私自身、著者として本を出している。一冊目は14年に出したので、書店での取り扱いはかなり少なくなってしまっている。よって、いつでも自著を販売してくれるAmazonにはとても感謝している。しかし、Amazonばかりが大きくなる状況には危機感や違和感も覚える。さらに、宅配便の再配達問題に関わる取材をして配送業者の厳しい状況を知り、私は都市部に住んでいて、小さな子供がいるなど買い物に苦労するような事情もないのだから、そもそも通販自体をあまり使わないようにしようと個人的には思っている。なかなか難しくはあるが。  そのため利用しているのが「e-hon」という、オンラインで本を注文し、それを指定した書店で受け取れるサービスだ(書店の売り上げになる)。正直、Amazonで買うよりも手間だ。しかし「あの書店つぶれちゃったんだ、残念」などと、数年間買い物しなかったであろう書店の閉店をつぶれてから惜しむ人を見るとカッコ悪いと思うので、できる範囲で続けていきたい。 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/]) ■山本豊氏 出版販促サポートサイト 出版SPプラス:http://booksales.jp

書店に並ぶ本の40%が「返品」されている! 数値から見る出版不況

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 書店に並ぶ本のうち約40%が「返品」されている――出版不況と言葉では聞くが、数で見ると改めて驚くものがある。思えば90年代にはよく聞いた『ミリオンセラー(100万部突破本)』という言葉も聞かなくなった。出版販促コンサルタントの山本豊氏に、前編に続き、移りゆく書店の姿について話を聞いた。 ■問屋が最強――「取次無双」な出版業界 ――出版業界は独特ですよね。出版社という本を作るメーカーがあり、書店という小売があり、取次という問屋がある。メーカー、小売、問屋という構造は他業種でも一緒ですが、出版業界は問屋である取次の権限がとても強いですよね。出版社が取次にそれはそれは気を使っているのを見聞きして、取次とはそんなに恐ろしいのかと思ったほどです。日本出版販売株式会社、株式会社トーハンが日本二大取次ですが、ここまで取次が強い背景には何があるのでしょう。 山本 取次は流通を抑えていますからね。例えば出版社が3000部取次に預けると、取次でこの書店には何冊、あの書店は売れるから何冊、と書店に卸す冊数を取次が決めていたんです。出版社にしてみても自力でやるより取次にお願いした方が、取次が長年の実績に基づいたルート、冊数で配本してくれますから。ですが、最近では出版社が書店から受注をして取次を経由して配本する方向へ変わってきています。  また、最近の傾向として取次が出版社から受け取る本の冊数が減っているというのはありますね。かつては3000部引き受けていたのが、今は2000部になるというような。取次からの受注が少ないと、出版社には在庫が残ることになります。 ――なぜ、取次が出版社から受け取る冊数は減っているのでしょうか? 山本 一番大きな理由は返品です。書店からの返品率は上がっており41%とも言われています。 ――書店にある本の半分弱が返品されているとなると、気が遠くなりますね。 山本 返送時の郵送コストは取次が負担しますから、取次にしてみたら返品率の上昇は死活問題です。 ■読書離れの実態を数字で追う~電車で見かけなくなった雑誌を読む人 ――出版不況は、読者側の読書離れもあるのでしょうか。 山本 実際あると思いますね。文化庁の平成25年の調査では1カ月に一冊も本を読まない人が47.5%でした。およそ10年前の平成14年度では37.6%でしたので、年々増えているんです。 ――この文化庁の『国語に関する世論調査』は毎年行われていますが、平成25年度を最後に、1カ月に読んだ本の冊数を聞く質問そのものがなくなってしまっていますね。電子書籍に移っているのでしょうか? 山本 電子書籍というより、ゲームや動画など「本ではない娯楽」へ流出していると思いますね。特に雑誌は厳しいです。電車の中で紙の雑誌を読む人をずいぶん見かけなくなりました。マンガそのものは好調ですが、マンガをスマホで読む人が増え、紙のマンガ雑誌も発行部数を落としています。 ――聞けば聞くほど出版業界に明るい兆しを感じにくいですが、それでも明るいジャンルを上げるとしたら何でしょう? 山本 「児童書」は手堅いと思います。少子化なので、意外なように聞こえるかもしれませんが、子供の数が減り、親が一人の子供にかけられるお金はむしろ増えていますから。 ――確かに、親は子供の未来に対しては切実ですしね。前編で「萌え」が強いとありましたが、「児童書」「萌え」はどちらも「金を出そうと読者(もしくは読者の親)が切実に思える」点がずば抜けているのでしょうね。 山本 一方で、苦しいジャンルはマニュアル系の書籍でしょう。 ――特にIT系だと内容がすぐ陳腐化してしまいますし、ネットでいくらでも丁寧に解説したサイトが今はありますからね。 ■「ウェブ発ベストセラー」はあれど、「電子書籍発ベストセラー」はない ――今は電子書籍のプラットフォームが整って、誰でも電子書籍を発表できるようになりましたよね。こういった電子書籍の状況はどうでしょうか? 山本 電子書籍(※ここでは、紙の媒体で先に出た書籍が電子化したものでなく、電子のみで出版されているもの)は売れていませんね。100冊売れればいい方とも聞きます。そもそも、「大人気電子書籍、(紙の)書籍化!」という話はあまり聞きませんよね。 ――確かに、「人気ウェブサイトのコラム、(紙の)書籍化!」は聞きますけど、「人気電子書籍、(紙の)書籍化!」は聞かないですね。 山本 もともと紙媒体でヒットしたマンガの電子化作品などは伸びていますが、これも、紙の書籍の大幅減少分を補うほどではありません。出版業界は1996年には2兆6千億の市場規模がありましたが、15年には1兆5千億まで下がっているんです。 ――驚きの下がり具合です。書店が減るわけですね。 山本 なかなかベストセラーは出ていないですよね。ビジネス書において最近のミリオンセラー(100万部突破)は『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)くらいですね。 ――考えてみれば本も音楽も、ネットの一般普及が進む前の90年代は「ミリオンセラー」が結構頻繁に出ていましたよね。 山本 そうですね。出版点数自体は増えていますから、何を読んでいいのかわからない、という人も増えているはずです。他の娯楽により読書離れが進み、また、出版点数が増え選択肢が増す中で、ベストセラーは以前より出しにくくなっているとは思いますね。 ――ありがとうございました。 * * *  私自身、著者として本を出している。一冊目は14年に出したので、書店での取り扱いはかなり少なくなってしまっている。よって、いつでも自著を販売してくれるAmazonにはとても感謝している。しかし、Amazonばかりが大きくなる状況には危機感や違和感も覚える。さらに、宅配便の再配達問題に関わる取材をして配送業者の厳しい状況を知り、私は都市部に住んでいて、小さな子供がいるなど買い物に苦労するような事情もないのだから、そもそも通販自体をあまり使わないようにしようと個人的には思っている。なかなか難しくはあるが。  そのため利用しているのが「e-hon」という、オンラインで本を注文し、それを指定した書店で受け取れるサービスだ(書店の売り上げになる)。正直、Amazonで買うよりも手間だ。しかし「あの書店つぶれちゃったんだ、残念」などと、数年間買い物しなかったであろう書店の閉店をつぶれてから惜しむ人を見るとカッコ悪いと思うので、できる範囲で続けていきたい。 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/]) ■山本豊氏 出版販促サポートサイト 出版SPプラス:http://booksales.jp

書店が6000店も減少している! 懐かしの「ロードサイド書店」をつぶしたのはAmazonか? 

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 2000年には2万店以上あった書店が16年には1万4000店まで減っている――近所の町の書店の閉店などを目にし「書店が前よりも減っている感覚」は多くの人にあるだろう。しかし、こうして数で見ると驚くものがある。そしてこれはいわゆる町の本屋さんだけでなく、紀伊國屋書店新宿南店など、都心の大型書店も含まれているのだ。その要因の一つに当然あるのはAmazonだろう。出版販促コンサルタントの山本豊氏に、移りゆく書店の姿について話を聞いた。 ■2000年時点では、Amazonはまったく脅威だと思われていなかった。 ――00年には2万店以上あった書店が16年には1万4000店まで減っている、というのは衝撃ですね。 山本豊氏(以下、山本) そうですね、後継者不足もありますが、Amazonの影響も大きいですね。 ――Amazonは00年に日本でのサービスを開始し、今や書籍に限らずEC市場を牽引する存在になりましたが、サービス開始時点の段階で、Amazonは書店にどう認識されていたのでしょうか? 山本 Amazonは赤字覚悟で本の送料無料を続けていました。当初は出版社も書店も、このやり方ではもたないと見ていましたね。また、Amazonは外資ですから、出版社にしろ書店にしろ「敵対」とまではいかずとも、「自分たちの土壌に土足で……」のような雰囲気はありましたね。  ただ、その後Amazonが拡大を続けたのはご存知の通りです。書店にとってAmazonはライバルですが、出版社にとってAmazonは販路を広げてくれる存在でもあります。ですが、出版社にしてみればそれまでずっと本を販売してくれた書店への恩義も当然あります。  なので、出版社は表立ってAmazonと何かをすることはせず「書店さんの味方ですよ」というスタンスを取っていました。ですが、そのスタンスも最近そうとも言えなくなってきていますね。 ――書店さんを大事にしていますよ、という出版社の建前もいよいよ崩れつつあるんですね。 ■「Amazonランキング1位」は操作されている? ――山本さんから見て、Amazonのいい点はどこにあると思いますか? 山本 利用者にしてみればいいサービスですよね。品切れはなく、届くのも早いですし。マーケットプレイスでの古本の販売も充実していますよね。 ――マーケットプレイスで、1円で販売されている本はどうやって利益を確保しているのでしょうか。 山本 あちらは送料が一律で257円ですよね。安い配送サービスを利用し、その差額を得ているのでしょう。ただ、当然Amazonも手数料を取るでしょうから、1円本の利益は相当薄いでしょうね。 ――Amazonは本別に売り上げのランキングがついていますが、1位を取ると「ベストセラー1位」のタグが付きます。そのタグやランキング上位の実績欲しさに著者が本を買い占め、ランキングを操作することもあるとも聞きますが……。 山本 一人の方が100冊買っても1カウントにしかならないようですね。「操作」するなら相当大掛かりにやらないといけないでしょう。 ――この「ベストセラー1位」は効力のあるものなのでしょうか? 山本 かつては効力があったと思いますが、今はさほど、という感じですね。内情をわかっている消費者も増えてきましたから。 ■90年代の日本の郊外の風景「ロードサイド書店」は絶滅する? ――書店は上場企業もありますが、最新年度の決算を見ると文教堂が赤字、三洋堂も前年よりも営業利益を落としています。 山本 三洋堂さんは愛知に本社のある書店さんで、いわゆる「ロードサイド書店」の走りですね。 ――東京など車なしでも生活できる都市圏の人にはピンとこないかもしれませんが、私は地方の郊外出身なので「ロードサイド書店」にはグッとくるものがあります。90年代くらいから、地方の郊外にはロードサイドに大型の書店が増えましたね。ネットも普及していなかった時代に、地方でも「文化」を感じる空間でした。 山本 ロードサイド書店は減ってきてしまいましたね。文教堂さんもかつては神奈川近郊でロードサイド店を多く展開していましたが、今は「アニメガ」という店舗形態に力を入れています。アニメガではアニメや関連グッズに注力しており、場所もロードサイドではなく、駅チカだったり、駅ビルのテナントに入っていたりと、路線転換しています。 ――出版不況でも、信者を抱える「萌え」は強いのですね。ロードサイド書店を駆逐したのはAmazonなのでしょうか? 山本 Amazonも当然ありますが、昨今増えたワンストップモールの影響もあるかと思います。それこそイオンのような、一店舗だけですべての買い物が完結するような超大型ショッピングモールの存在ですね。そういった店舗には大型書店も入っていますので。 ――書店という切り口だけで見ても、この20年で随分流通の姿は変わっているのですね。 * * *  なお、Amazonは「法人税を日本に払っていない疑惑」がある。Amazonの16年における日本事業の売上高は1兆1660億(1ドル108円で算出)になる。ちなみに日本経済新聞社のサイトのランキングで調べると、ユニクロのファストリテーリングの16年の売上高は1兆7778億円になり、これは全上場企業中73位になる。  ユニクロを小さくしたくらいの超大企業が日本に法人税を納めていないのは問題だ。しかしAmazonは、そもそも米国にも売上規模の割には法人税をさほど払っていない。Amazonの営業利益率は、16年は3%、15年は2%、14年は0.2%だ。ちなみに楽天の営業利益率は16年は9.9%、15年は13.2%、14年は17.2%になる。Amazonの投資家向け資料を見ると、「短期的な利益よりも中長期的なマーケットでの主導権をつかむための投資を続ける」といった趣旨の記載があり、利益は、徹底的にさらなる拡大のための投資に回す方針なのだ。  利用者にしてみればAmazonは確かに便利なサービスだが、宅配業者の再配達問題などAmazonと利用者「以外」の関係者の疲弊は大きいし、街の書店は6000店が消えて風景も変わった。最後はAmazon以外、草一本も生えてないのかもしれない。 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/]) ■山本豊氏 出版販促サポートサイト 出版SPプラス:http://booksales.jp

書店が6000店も減少している! 懐かしの「ロードサイド書店」をつぶしたのはAmazonか? 

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 2000年には2万店以上あった書店が16年には1万4000店まで減っている――近所の町の書店の閉店などを目にし「書店が前よりも減っている感覚」は多くの人にあるだろう。しかし、こうして数で見ると驚くものがある。そしてこれはいわゆる町の本屋さんだけでなく、紀伊國屋書店新宿南店など、都心の大型書店も含まれているのだ。その要因の一つに当然あるのはAmazonだろう。出版販促コンサルタントの山本豊氏に、移りゆく書店の姿について話を聞いた。 ■2000年時点では、Amazonはまったく脅威だと思われていなかった。 ――00年には2万店以上あった書店が16年には1万4000店まで減っている、というのは衝撃ですね。 山本豊氏(以下、山本) そうですね、後継者不足もありますが、Amazonの影響も大きいですね。 ――Amazonは00年に日本でのサービスを開始し、今や書籍に限らずEC市場を牽引する存在になりましたが、サービス開始時点の段階で、Amazonは書店にどう認識されていたのでしょうか? 山本 Amazonは赤字覚悟で本の送料無料を続けていました。当初は出版社も書店も、このやり方ではもたないと見ていましたね。また、Amazonは外資ですから、出版社にしろ書店にしろ「敵対」とまではいかずとも、「自分たちの土壌に土足で……」のような雰囲気はありましたね。  ただ、その後Amazonが拡大を続けたのはご存知の通りです。書店にとってAmazonはライバルですが、出版社にとってAmazonは販路を広げてくれる存在でもあります。ですが、出版社にしてみればそれまでずっと本を販売してくれた書店への恩義も当然あります。  なので、出版社は表立ってAmazonと何かをすることはせず「書店さんの味方ですよ」というスタンスを取っていました。ですが、そのスタンスも最近そうとも言えなくなってきていますね。 ――書店さんを大事にしていますよ、という出版社の建前もいよいよ崩れつつあるんですね。 ■「Amazonランキング1位」は操作されている? ――山本さんから見て、Amazonのいい点はどこにあると思いますか? 山本 利用者にしてみればいいサービスですよね。品切れはなく、届くのも早いですし。マーケットプレイスでの古本の販売も充実していますよね。 ――マーケットプレイスで、1円で販売されている本はどうやって利益を確保しているのでしょうか。 山本 あちらは送料が一律で257円ですよね。安い配送サービスを利用し、その差額を得ているのでしょう。ただ、当然Amazonも手数料を取るでしょうから、1円本の利益は相当薄いでしょうね。 ――Amazonは本別に売り上げのランキングがついていますが、1位を取ると「ベストセラー1位」のタグが付きます。そのタグやランキング上位の実績欲しさに著者が本を買い占め、ランキングを操作することもあるとも聞きますが……。 山本 一人の方が100冊買っても1カウントにしかならないようですね。「操作」するなら相当大掛かりにやらないといけないでしょう。 ――この「ベストセラー1位」は効力のあるものなのでしょうか? 山本 かつては効力があったと思いますが、今はさほど、という感じですね。内情をわかっている消費者も増えてきましたから。 ■90年代の日本の郊外の風景「ロードサイド書店」は絶滅する? ――書店は上場企業もありますが、最新年度の決算を見ると文教堂が赤字、三洋堂も前年よりも営業利益を落としています。 山本 三洋堂さんは愛知に本社のある書店さんで、いわゆる「ロードサイド書店」の走りですね。 ――東京など車なしでも生活できる都市圏の人にはピンとこないかもしれませんが、私は地方の郊外出身なので「ロードサイド書店」にはグッとくるものがあります。90年代くらいから、地方の郊外にはロードサイドに大型の書店が増えましたね。ネットも普及していなかった時代に、地方でも「文化」を感じる空間でした。 山本 ロードサイド書店は減ってきてしまいましたね。文教堂さんもかつては神奈川近郊でロードサイド店を多く展開していましたが、今は「アニメガ」という店舗形態に力を入れています。アニメガではアニメや関連グッズに注力しており、場所もロードサイドではなく、駅チカだったり、駅ビルのテナントに入っていたりと、路線転換しています。 ――出版不況でも、信者を抱える「萌え」は強いのですね。ロードサイド書店を駆逐したのはAmazonなのでしょうか? 山本 Amazonも当然ありますが、昨今増えたワンストップモールの影響もあるかと思います。それこそイオンのような、一店舗だけですべての買い物が完結するような超大型ショッピングモールの存在ですね。そういった店舗には大型書店も入っていますので。 ――書店という切り口だけで見ても、この20年で随分流通の姿は変わっているのですね。 * * *  なお、Amazonは「法人税を日本に払っていない疑惑」がある。Amazonの16年における日本事業の売上高は1兆1660億(1ドル108円で算出)になる。ちなみに日本経済新聞社のサイトのランキングで調べると、ユニクロのファストリテーリングの16年の売上高は1兆7778億円になり、これは全上場企業中73位になる。  ユニクロを小さくしたくらいの超大企業が日本に法人税を納めていないのは問題だ。しかしAmazonは、そもそも米国にも売上規模の割には法人税をさほど払っていない。Amazonの営業利益率は、16年は3%、15年は2%、14年は0.2%だ。ちなみに楽天の営業利益率は16年は9.9%、15年は13.2%、14年は17.2%になる。Amazonの投資家向け資料を見ると、「短期的な利益よりも中長期的なマーケットでの主導権をつかむための投資を続ける」といった趣旨の記載があり、利益は、徹底的にさらなる拡大のための投資に回す方針なのだ。  利用者にしてみればAmazonは確かに便利なサービスだが、宅配業者の再配達問題などAmazonと利用者「以外」の関係者の疲弊は大きいし、街の書店は6000店が消えて風景も変わった。最後はAmazon以外、草一本も生えてないのかもしれない。 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/]) ■山本豊氏 出版販促サポートサイト 出版SPプラス:http://booksales.jp

なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見た

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 次々と風景を変えていく現代の東京で、よくも、こんな建物が残っていたものだと驚いた。 「カストリ書房が引っ越したそうですよ」  知人からそんな話を聞いて、ようやく取材に出向く機会が巡ってきたと思った。  昨年9月にオープンしたカストリ書房は、各所で話題になっていた。遊郭や赤線、歓楽街などのジャンルを専門に扱う「カストリ出版」が手がけるこの店舗は、すでに多くのメディアによって紹介されている。高尚な物言いをすれば、崇高な性の営み。とはいえ「売春」という公序良俗に相反する猥雑な、体制の埒外にあるものをお堅い新聞や雑誌も盛んに取り上げている。しかも、客の多くを女性たちが占めているという。それも、中には女子中学生もいるというのは、以前に新聞の記事で読んだ。  それは単なるサブカルチャーの1ジャンルなのだろうか。あるいは、喪われゆく風景への郷愁なのか。これまで目を通した多くの記事は、その疑問への解答を見つけようとしていた。  正直なところ、事前にカストリ書房を取り上げている記事のほとんどには目を通したのだが、その答えは出なかった。取材を終えて、この文章を認めている今も、その答えは出ていない。  でも、それは当然のことだ。  ルポルタージュに限らず、人間の興味や共感というものは、なべて「主観」から始まるものだ。だから、人それぞれが感じることに普遍的な解答を出すことなど、おいそれとはできない。  先日、今はテレビ局の報道畑でキャリアを積んでいるS氏と、月島の大衆居酒屋で久々に近況を語り合った。まだ30歳にもなったかならないかという年齢にもかかわらず、北朝鮮やオウム真理教。はるか昔の政治の季節へと興味を向け、私的な時間を削ってでもドキュメンタリーを創り出そうとしている彼は、サラリーマン生活が当たり前の社内においては、明らかな異端。自分の問題意識に心の響かない同僚たちと話を合わせながら、限られた報道の時間で、なんとか自分の主張を照射した映像を挿入しようという日々。そんな生活の中、ハリネズミのようになった心を慰め、互いに次の作品を生み出す原動力を得るために共感しあう会合は、細く長く続いている。そんな人物との久々の語らいの半ばで、こんな会話をした。 「一度、キシナウというところにいってみたいものだ」 「キシナウってどこですか?」 「モルドバの首都だよ」 「何があるんですか?」 「それが、何もないらしいんだ」  モルドバは1991年に独立した新しい国である。元はルーマニアの一部だったが、第2次世界大戦後にソ連領となり、ソ連崩壊後に独立国となった。結果的に独立せざるを得なくなっただけで、訪れた旅行者も、あるのは小さな都市と田園風景だけと語る。そんな中でもなんとかやっているという魅力を語ると、S氏はすぐに共感してくれた。 「そりゃあ、一度いきましょうよ」  同意したS氏は「でもね」と呟いた。 「ここの店で、今飲んでる人で一人もキシナウがなにかわかりませんよ、きっと」 「そんなものかな」 「そんなものですよ」  私は、少し離れた席に座ってる華やかな女性たちのグループのほうをみた。 「じゃあさ、あの女の子たちに<キシナウ知ってる?>と聞いたとして。<あ、モルドバですよね>と答えたらどうする?」  酔いが回っていたのか、少し寝そべるようなだらしない姿になっていたS氏は、ハッと起き上がって、力強く答えた。 「そんなの、すぐに結婚したほうがいいですよ!!」  別にキシナウに限ったことではない。趣味嗜好や思想、セックスのやり方から、物の見方や考え方まで、人は常に共感することのできる相手を求めている。そして、そんな相手に出会えるのは天の采配。わずかな幸運が振り向いた時でしかない。インターネットの発達は、孤独な魂を「自分は一人だけではない」と慰める機会を増やしてはくれた。けれども、それで人は満足することなどできない。  誰もが当たり前のようにSNSを使いこなすようになったとしても、現実を超えることはできない。目の前にいる人の顔を見て、表情の変化や、体温や、香りや、そのほか様々なことを感じながら、話をする時の楽しさや緊張感はスマホの画面に表示された文字の羅列では、決して代替することはできない。そんな距離感で人と話すことは、とても疲れることではあるけれども、そうでなければ得られないものがある。私は、日々の取材の中で、そう思っている。 ■お客様同士が交流が生まれる場として 「お客様と私っていう関係だけじゃなくて、お客様同士の交流が生まれる場が欲しいと思ったんです」  以前よりもずっと広くなったカストリ書房の店内で、店を切り盛りするカストリ出版の代表・渡辺豪は話を始めた。
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 これまでの取材記事の中で、渡辺の顔かたちは見ていたけれども、いったいどんな人物なのだろうかと、様々な想像が浮かんでいた。膨大な知識をとめどもなく話し続ける人物か。あるいは、いま出版している本を除いては、内に秘めた熱いものを表現する手段を知らない、口数の少ないストイックな人物なのか……。  そのどちらでもなかった。  最初に取材の依頼をメールした時、返信の中で渡辺は「弊店でお役に立つようであればお受けしたいと思います」と認めていた。この人物の立ち振る舞いは、その一文のままであった。決して自分のやっている仕事を、ほかの人が目をつけなかった素晴らしい仕事であると誇ることもない。だからといって、媚びるようなところもない。  最初、店に入って挨拶したときに渡辺は「どこに座ってもらいましょうか……」と、一瞬迷った。私が「そこで大丈夫です」と、土間の上がり口のところを指さすと、さっと突っ掛けをどけて、座布団を動かした。ただ、それだけのことなのに、私はすごく丁寧にしてもらっている印象を受けた。  インタビューの中で、まず聞きたかったのは、今回引っ越した店舗で始めた喫茶ルームの試みであった。渡辺が訪問した土地で集めたという貴重な資料を、コーヒーを飲みながら読むことができるという空間。そこには、単なる「交流目的」では表現できないものがあるように思えた。  新しくなった店舗は、もとは皮製品の加工場だった建物だという。  引き戸を開けると広めの土間と部屋。二つある部屋の左の方には、販売している本が積まれている。そして、右の部屋には、昭和レトロな喫茶店にあるようなソファと資料の積まれた棚がある。 「今、資料はどれくらい数があるんでしょう」 「カウントしていないからわからない。ざっくりなんですけど、700~800はあると思うんです」  まだ引っ越しして間もないこともあるが、資料は、私が見た感じでは無造作に積まれているようだった。乱雑ではなく無造作である。その飾らない感じが、なんともいえない心地よい懐かしさを放っていた。そんなことを感じるのは、今の自分が生きている街が、何かとゴミ一つ落ちてない、きれいだけどもせせこましい街だからではないかと思った。  そんな喫茶スペースは、あくまでスペースである。居心地はよいけれども、決して広くはない。小柄な人であっても4、5人も入ればいっぱいになってしまうだろう。でも、以前の二坪しかなかった時よりも、ぐんと店が広くなったことで、今後はイベントの開催も考えていると、渡辺は言う。「あんこが出る」ような、ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれた空間を想像する。それを、渡辺はあえて考えているのかと、後で思った。  それは、インタビューの中で渡辺が、このスペースを作った理由を、こう語っていたからだ。 「前の店舗をやってみて、店主の私のような人間と、まあ一通り遊郭の話をして、すごく楽しかったですという感想をもらうことがすごく多いのですよね。やっぱり、身の回りに話せる、共感できる人がいなかったので、話し相手が欲しかったのでしょう。本屋という看板を掲げているんだろうけど、サロン的な意味合いもあると思ったのです。店に来て、私と話すだけではなく、たまたま来たお客さん同士で話が弾むこともありました。だから、お客様同士の交流が生まれる場が欲しいと思ったのです」
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 単にサロンとしてなら本屋でもよい。けれども、それでは本屋としてはまったく儲からない。そこで考えたのが喫茶スペースというわけである。  けれど、確かに本屋としての収益を考えつつも、そこから生まれる出会いに、ただならぬ期待を寄せているように見えた。 「やっぱり、みなさんTwitterなどを使うだけでは満足できなくて、現実での出会いを求めているでしょうか」  そう問うと、渡辺は少し考えてから答えた。 「文章で自分の想いをまとめるというのは難しいじゃないですか。まして、140字でできるのかな? と思います。でも、会話だったら、多少曖昧な言葉でも意思疎通ができますよね。やっぱり、コミュニケーションの場が必要だと思うんですよ」  それを聞いて、こう思った。  この物静かなで丁寧な好人物は、自分が面白い、興味深いと思うものに他人が共感してくれることの楽しさを知っているのだろう。そして、それをもっと大勢の人に知ってほしいと思っているのだと。 ■旅の中で見える。目には映らない風景  そんな「予断」が確信に近づいたのは、これまでの遊郭探訪について、あれこれと尋ねていた時のことであった。  渡辺が、遊郭をテーマに旅を始めたのは2011年頃からであった。 「毎回、質問は受けるのですけれど、何か衝撃的な理由があるわけではありません。ましてや、自分の親が経営をしていた、みたいな原体験もまったくないんです。ただ、ぼんやり旅行している時に、脇道にそれてみて、面白い空間があると赤線、遊郭だった……」  むしろ、渡辺の原動力となったのは、人生という川の中で感じた流れの変化だった。 「その頃、自分の中に何か趣味をつくってみたいなと思っていました。僕の中では30歳を過ぎて、なかなか趣味をつくるのは難しくなってくるんじゃないかという思いがあったのです。それで、どんな趣味でも10年くらいやれば、何か功績というか残せるかなと思って始めたのです」  旅の話になって、ぐっとインタビューする側とされる側の距離が近づいた感じになった。渡辺の旅のスタイルと私のそれとの間に、似た部分をあちこちで感じたからである。 「旅の時に、旅行のテーマというか、目的をきっちりと決めたりしていないですよね、きっと」 「そうですね、けっこうぼんやりと決めてます」 「サラリーマンの時は、休みの時は必ず旅をしていたのでは」 「ええ、暦通りに休みなので、18きっぷを使いながら旅をしていました。18きっぷ好きの人はみんな持っている気分だと思うのですが、ダラダラ旅をするのがよいのです」 「特に観光地をめぐったりもしないでしょう」 「そうですね、最初は観光地を見ていても、すぐに飽きるじゃないですか。僕が好きなのは、その昔は、賑わっていたんだろうなという駅前。例えば、潰れたパチンコ屋を見ていても面白いんです」  そんな感覚を渡辺は、近年はみんなにわかってもらえるオーソドックスな趣味になったと言う。確かにその感覚はある。郊外にできたショッピングモールに人がごっそりと移動してしまい、休日でも人気のない駅前の商店街。東京オリンピックの頃にオープンして、店主と共に歳を重ねてきたような店。単に「昔はよかった」と懐かしむノスタルジーとは違う感覚。  その光景に、自分の過去と未来とを重ねた時に得られる感情。ポルトガルの人々が表現するところのサウダーデ。青春18きっぷで旅する時、窓から眺める移ろいゆく風景と、物言わぬ土地の調べの中で、ふと心をよぎる内省。そんな感覚を渡辺は興味深く思っているのだな、と思った。  だから、渡辺は数多くの遊郭を回りながらも「ベスト」を語ったりはしない。 「自分の中で思いが残るところは、華やかな建築が残っていたりするところとかではないんです。だから<おすすめの遊郭跡>といわれると困るんです」  これまでも、遊郭や赤線跡をめぐる人は幾人かいた。私の知人の物書きの中にも、そうした本を出版している人もいる。けれども、渡辺の感覚は、そうした先達たちのものとは違っていた。興味を持って以来、あと10年もすれば、現存している建物もなくなってしまうだろうと思い「これはうかうかしていられないと回っていた」と、渡辺は語る。  けれども、そこには単に今は失われた「売春」が行われた地域を訪問して、珍しい建物の写真を収めるというような意識はない。覗き見趣味のようなものや、ノスタルジーを喚起するものとは違う。それを通じた魂の旅を、彼は「面白い」という言葉で表現しているのだと思う。  そのことが端的に現れているのが、カストリ出版で復刻された渡辺寛の『全国女性街ガイド』である。1955年に季節風書店から出版されたこの本は、一部の探訪者の中では知られた本であった。けれども、それをコピーであっても入手するのは困難。全国の図書館でも、所蔵しているのは山梨県立図書館と東京大学農学部図書館だけ。もし、読みたければ、どちらかを訪れなくてはならない稀覯本であった。 「東大の図書館に閲覧しに行くことは、地方の人はできない。そんなことを思って、本をつくったんです」  戦後、売春防止法で赤線が消滅する数年前に出版された本だけあって、記されている内容は、現代に近い。けれども、その資料性以上のものが、この本にはある。それは、この本が単なるデータを記したものではなく、著者の渡辺が実際に現地を訪問して、体験して描いた旅の記録にもなっているからだ。  少しページをめくってみると、著者の率直な気持ちがうかがい知れる記述が、すぐに見つかる。 「押しかけると千円でオンの字、情緒なし」 「ここの方がまだ始末がいい」 「おかいこさんの不振で色里もふるわず」 「早く寝よう寝ようという、ほかに魅力も何もないところを、ちやんと知っている妙な女たちが多い」 「但し、病気には責任が持てない」 「どちらもどっこいですれつからし族。大阪からがたがた来て教育するから一人一人の女の味なんてものはゼロ」 「性情は南国的、愛情はむき出しだから、気取りがなくてよい。性交後のむタバコはうまいという」 「この土地を好き嫌う人が激しいのでもわかるように、女の子にもムラがあって、女の味では採点のむずかしい色里である」  ひとつひとつの色街の記述は極めて簡潔なのに、次第に著者と共に、いや、自分自身が色街を巡って旅をしている感覚を与えてくれる。ここに記されている色街には、もう姿形も失われ、まったく別の街に変貌したところもある。  なのに、この本を通じて読者は、あたかも、それらを訪れて体験したかのような感覚を得ることができるのだ。それと同時に、たとえ何も残ってないとしても、その土地を訪れてみたいという新たな興味も。やはり、それは単なるノスタルジーではない。  そんな旅の果てに、今の仕事へと至った渡辺であるが、読者にも自分と同じ気持ちを持ってほしいとはいわない。 ■100人が読んで20人が行ってくれれば 「あんまり、読者に共感してほしいという意識はないんです。でも、たぶん僕が感じていることは、ほかの人も感じているだろうと思います」  そんな、自分もほかの人も感じているだろう気持ちの中に、渡辺は「フラストレーション」という言葉を使った。  これまで、多くの時間を費やしてきたが、まだ全国の遊郭・赤線跡を網羅することはできてはいない。渡辺によれば、全国に最大で550カ所くらいはあったという。その中には、もうどこにあったかわからないものもある。今は、過疎地となっていて80歳を過ぎているであろう老人に聞いてもわからないところもあるという。  土日の休みのみでは決してすべてを回ることはできない。ならば会社員を辞めよう。今の仕事を始める時に、渡辺はそんな意志も持っていた。けれども、今は少し考えを変えている。 「客商売を始めたら、ホントに出る時間もなくて……。勤め人の頃のほうが回ってますね。これは、自分個人で考えれば残念です。でも、僕が見ない代わりに、100人が本を読んでくれて20人が行ってくれれば、伝播しているとは思うのです」  もう一つ、渡辺が『全国女性街ガイド』のような本を復刻しようとした理由が、一人ではとても調査しきれないと考えたということがある。 「どうやったら、調査できるかなと考えました。それで、調査に有用な一次資料に足るようなものを本を出して、やってもらったほうが進むんじゃないかなと思ったんです」 ■「豊かな時代」への憧れとは違う魅力  取材を終え、店を出て昼間から「お遊びですか?」と声をかけられる吉原を、とぼとぼと歩きながら考えた。取材の中で、これはという言葉を求めつつも、出なかったのである。  私自身が、納得することのできる、カストリ書房に下は中学生から多くの女性たちが集う理由である。客は北海道から沖縄まで、全国各地からやってくるという。それも「7割くらいはビギナー」だという。そして「多くのメディアから聞かれる」という客のタイプ。サブカル的な興味を持っている人よりも、実に「普通のお客さんが多い」と、渡辺は言った。そして、いくつかの取材でも答えている、自分の考えを述べるのであった。  不況の続く現代にあって、豊かで元気のあった時代への憧れ。  果たして本当にそれだけなのだろうか。そうだとするならば、なぜ、その中で「ビギナー」は、カストリ書房を訪れるのだろうか。  取材の日、私は幾分早めに事務所を出て、銀座駅から日比谷線に乗った。何年かぶりに降りた南千住駅前は、記憶の中にあるものとはまったく違っていた。  駅前にそびえるのはショッピングモールを備えた近代的な高層マンション。そこから、山谷を通り抜けて吉原へと向かう道は、記憶の中にあるものとまったく違っていた。  最初にこの街を訪れたのは、もう20年以上も前のことである。話に聞く「金町戦」の恐怖はすでに薄れていたけれども、緊張感は確かにあった。城北労働・福祉センター前で行われる「越年・越冬闘争」。それは、単なる「炊き出し」とは異なる警察権力や、あれやこれやとの対峙戦。あの、ピンと張り詰めた空気。  ドヤ街ならではの独特の雰囲気はない。明治通りに沿ってマンションが建ち、バックパッカーがゴロゴロと車輪の付いたトランクを押している音が目立つ。賑わっていた印象のある、いろは会商店街も歩く人の姿すら、あまり見かけなかった。間もなく取り壊しが決まっているアーケードに掲げられた「あしたのジョーのふるさと」という幕が、余計に寂しさを煽っているように見えた。
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 変わっていくのは、ここに限ったことではない。東京は2020年のオリンピックに向けて、急ピッチで姿を変えている。東京に限らず、日本全国で20世紀の姿は、次第に失われている。  そんな、凡庸な21世紀的なものへと、変わりゆく街の中で暮らす人々は、どこかで「ついていけなさ」を感じているのかも知れない。  でも、そうした中で、なぜ多くの人々が、遊郭や赤線。と、いうよりはカストリ書房に惹かれるのか。  その理由は、まったくわからなかった。  ふと思いついて、カストリ書房のイベントにも幾度か出かけているという知人の女性を呼び出した。  なぜ、興味を惹かれるのか尋ねた時に、彼女はこういった。 「カストリ書房の人、Twitterが格段に面白いよね」 「え、そうなの?」  私は、ポケットからiPhoneを取り出して、カストリ書房のTwitterを開いた。 「違う、そっちじゃない。こっち!」  そういって彼女が自分のiPhoneで見せてくれたのは「遊郭部」というアカウントだった。なるほど、いうなればこちらが個人アカウントかと、すぐに理解した。 「とにかく、センスが違うからね」  いわれるまでもなく、私はこれまでのツイートを追ってみた。  写真も言葉も、センスが独特で、短い言葉の中に研ぎ澄まされた情念があった。 「平成を超え、次の元号を跨ぐ無職」 「ビールグラスに注がれたアイスコーヒーを出す店は信頼できる」  そして、ふっと手が止まった。 「プレシャスなランチにするか」  そう記されたツイートには、いかにもサッシ戸を開くと、タバコをふかしながら新聞を読んでいたオヤジが「いらっしゃい!」と、厨房に立つような中華料理屋の写真が添えられていた。  なぜ、カストリ出版の本が話題となり、大勢の人がカストリ書房へと足を運ぶのか。その疑問が、一瞬で氷解していくのを感じた。 (取材・文=昼間たかし)

渋谷から、またひとつ書店が消える……「ブックファースト」消滅と“渋谷カルチャー”終焉への嘆き

渋谷から、またひとつ書店が消える……「ブックファースト」消滅と渋谷カルチャー終焉への嘆きの画像1
 東急田園都市線渋谷駅と連結している、ブックファースト渋谷文化村通り店が2017年6月4日をもって閉店する。カルチャーの発信地であったはずの渋谷から、またひとつ書店が姿を消す──。  東急文化会館の三省堂書店、東急プラザの紀伊國屋書店、旭屋書店渋谷店、ブックファースト渋谷店、パルコブックセンター……。かつて渋谷駅周辺には、たくさんの大型書店が存在していた。しかし今、そのいずれもが姿を消してしまった。  三省堂書店が入っていた東急文化会館は「渋谷ヒカリエ」となったが、その中に書店はない。紀伊國屋書店は東急プラザの建て替えによって、西武渋谷店パーキング館1階に移転したが、フロアーは縮小してしまった。  旭屋書店渋谷店は30年にわたって渋谷第一勧業共同ビルの地下で営業していたものの、05年に閉店。07年からその跡地に入ったのが、ブックファースト渋谷文化村通り店。大型旗艦店として存在感を発揮していたブックファースト渋谷店のビル建て替えに伴う形での移転だったが、前述の通り、それもあと少しの命だ。  パルコブックセンターもまた、ビル建て替えに伴い休業中。そのほかにも、渋谷駅東口明治通り沿いにあった文教堂渋谷店は10年で閉店。ビルまるごとが書店だった大盛堂書店渋谷本店は05年、43年にわたった歴史に幕を閉じ、今はセンター街の入り口で規模が小さい大盛堂書店渋谷駅前店を残している。  書籍や雑誌の売り上げが減少するとともに、ここ10年ほどで次々と姿を消すこととなった渋谷駅周辺の書店。現在営業している渋谷の大型書店といえば、東急百貨店本店7階のMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店や、前述した渋谷西武1階の紀伊國屋書店渋谷店、渋谷マークシティ1階・地下1階の啓文堂書店渋谷店くらいだ。しかも、かつての大盛堂書店渋谷本店やブックファースト渋谷店のように新刊以外の専門書や学術書が手に入るほどの品揃えではなく、欲しい本がなんでも手に入るとはいい難い状況なのだ。  渋谷で本が買えない時代の到来に、嘆く人も多い。40代の出版関係者はこう話す。 「私たちの世代にとっては、渋谷といえばカルチャーの街。レコードショップと本屋と映画館がたくさんあって、常にいろいろな情報を入手できる街でした。しかし、レコード店はどんどん消え、大型CDショップもタワーレコードくらいで、TSUTAYAのCD売り場もかなり縮小してしまった。単館系の映画館もだいぶ減ってしまいました。そして書店も同様です。単純に出版不況という問題だけでなく、渋谷カルチャーがいよいよ終焉に近づいているような気がします」  また、今の渋谷では漫画を買うのも一苦労だという。 「いま渋谷にあるどの書店も漫画フロアーがとにかく小さい。新刊しか置いていないというのも当たり前で、かろうじて全巻そろえられるのは渋谷TSUTAYAの漫画フロアーくらい。1990年代には渋谷109の5階にあった『旭屋書店コミックシティ』とか、東急文化会館の『三省堂書店コミックステーション』とか漫画専門店も多かったんですが、今や見る影もないです」(同)  パルコブックセンターについては、渋谷パルコの建て替えが完了すれば、営業を再開する予定だというが、それ以外に大規模書店が渋谷に開店する計画は聞こえてこない。 「渋谷で本を探すことは、もうないと思います。専門的な本はネットで買うでしょうね」(同)  ちなみに、ブックファースト渋谷文化村通り店の跡地には、ヴィレッジヴァンガードが渋谷本店としてオープンすることが決定している。業態はかなり異なるが、書店であることには違いない。 「以前のヴィレッジヴァンガードは個性的な品揃えでしたが、全国的に店舗が増えていったことで、個性も薄れていますよね。雑貨についても同様で、ヴィレヴァンでないと買えないというものは減っています。新たにオープンするヴィレヴァン渋谷本店が、個性的な品揃えをして、カルチャーを発信していってくれればうれしいのですが……」(同)  カルチャー発信地ではなくなってしまった渋谷に対する、出版関係者の嘆きは止まらない。

本屋の棚はなぜ頻繁に入れ変わる? 青山ブックセンターさんを直撃取材!

 サイゾーのニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けしちゃいます! ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 「自殺者は部屋が汚い」特殊清掃人を変えた自殺と孤独死のリアル 太陽光発電買取価格引き下げで三菱商事・ソフトバンクに逆風!? グリーの“優れた”ビジネス…新パッケージガチャ、射幸性強くコンプよりお金つぎ込む人も続出 ■特にオススメ記事はこちら! 本屋の棚はなぜ頻繁に入れ変わる? 青山ブックセンターさんを直撃取材! - Business Journal(2月3日)
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うまいこと名前付けたって思ってそうな。
(「Wikipedia」より)
人気放送作家の鮫肌文殊氏と山名宏和氏が、知ってトクもしなければ、自慢もできない、だけど気になって眠れない、世にはびこる難問奇問を直撃解決!する連載「だから直接聞いてみた」。月刊誌「サイゾー」で連載されていた同企画(宝島社より単行本となって発売中!)が、ビジネスジャーナルにて復活!  今週は林賢一氏が、本屋さんの棚替え頻度について不満をぶつけた! [回答者]青山ブックセンター 六本木店 様  ほぼ毎日、本屋に行く。  たしかにAmazonは便利だけれど、やはり本をじかに触れて選書するという行為は捨てがたいものがある。あと単純に本を触るって気持ちよいし。  僕の本屋での行動パターンはこうだ。  お店に入ると、まずは積んである新刊本をチェックする。これは欠かせない。その後、雑誌棚をぶらっと散歩し、定期購読している雑誌が発売されているかをチェック。そして、文庫棚を冷やかす。最後は専門書の棚を散歩する。  みたいな、みなさんも本屋での行動パターンがそれぞれあると思う。そんな習慣が崩れる瞬間が、突然訪れる。  棚が変わっている。  そう、いきなり棚の中身が変わってゲシュタルト崩壊的な悲劇がやってくる。もう、どこがどこにあるか分からなくなる。  棚卸しかと思ったら、本屋では冊数の管理は行き届いているはずだから、どうもそれとは違うはずだ。 「あれ? 文学の棚はどこだろう?」「ん? この棚、新書になったのか」  などなど、新たな情報を頭に入れなくてはならないし、目指す棚を探すだけでも時間がかかる。 「これまでの俺の脳内棚を返して下さい!!!!!!!!」こう本屋の中心で叫びたくなってもしまう。なぜこんなことをするんだ?  そこで【青山ブックセンター 六本木店】に直接聞いてみた。 「よく棚の中身を入れ替えるのはなぜですか?」 担当者 えーっと、今年の1月初めにお店のレイアウト変更を行ったんですが、その件でしょうか? ──はい。A棚はこれまで文学だったのにビジネス書にしたり、B棚はスポーツ本だったのがマンガに変更、みたいな感じの変更って頻繁にありますよね? 担当者 そうですね、大きい変更は年に2回くらいですかね。 ──年に2回? 担当者 そうですね、大きいジャンルの入れ替えというのは、年に2回くらい行ってますね、はい。 ──これって、なぜ入れ替えるんですか? どのジャンルがどこにあるのか分からなくなることがあるもので……。 担当者 はい、申し訳ありません。そうですね、お客さまの流れだったり、反響とかいろいろ細かく毎月分析をしている中で、例えば今回ので言いますと、写真アートとデザインアートを一緒にご覧になる方が多いんですが、元々の場所がスゴくかけ離れていたので、今回は隣同士にしようとか、そういうことが多いですが。 ──常に改善しているってことですか? 担当者 そうですね、改善を。繰り返しになってしまっているんですけど。 ──年に2回くらいやっているから、ちょくちょく入れ替わってるように感じるんですね……。 担当者 はい。ただ、今回1月のレイアウト変更はだいぶ大きなものだったので、お客様にも分かりづらさがあったかと思います。 ──今回の変更のポイントは、どんな所ですか? 担当者 そうですね、例えば文芸書が一括りに変わって、ビジネス書も変わっています。 ──棚の位置を定期的に変え続けていると結局、元の位置に戻るってこともあるんじゃないですか? 担当者 まあ、何年か単位で見るとあるかもしれませんが、数カ月でってことはないと思います。 ──それは結局、元の場所の方が良かったから戻ってくるわけですか? 担当者 そうですね、まあ、話題書とかの動向も年々変わってきますので、それにも応える感じで考えているので、戻るってことはあるかと思います。まあ、本屋に限らずお店の方ではいろいろあると思うんですけど、うちの方は改善としかちょっと言いようがないのですが。日々改善しております。  改善してもらうのはいいことだと思うけれど、ヘビーユーザーにはあまり意味がない。年に2回も変更するのではなく「これがベスト」という配置で長年戦ってほしいものである。  例えば、料理屋さんが年に2回もレシピや味を変更するわけがないように、本屋も棚の変更はすべきではない、と毎日本屋に通っている身としては思ってしまう。  本屋さん! 【ベストな棚の位置を決める会議】みたいのをお客さん交えて公開で行うといいんじゃないんでしょうか、と謎の提案をして今回はドロン。 (文=酒平民 林賢一/放送作家) ■おすすめ記事 「自殺者は部屋が汚い」特殊清掃人を変えた自殺と孤独死のリアル 太陽光発電買取価格引き下げで三菱商事・ソフトバンクに逆風!? グリーの“優れた”ビジネス…新パッケージガチャ、射幸性強くコンプよりお金つぎ込む人も続出 さらに激化? 狙われている日本の水資源 バイアグラを部下に買わせ、愛人の指南で合併を決める大手新聞社長の性癖