
『白ゆき姫殺人事件』 (集英社文庫)
『アナ雪』旋風が吹き荒れる映画界だが、3月末~4月公開の邦画では井上真央、綾野剛の主演の映画『白ゆき姫殺人事件』が大健闘したようだ。興収は『名探偵コナン 異次元の狙撃手』に次ぐ2位で、実写部門では人気シリーズ『チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像』や『神様のカルテ2』を上回り、1位となった。
この映画は、人里離れた山中で美人OLが惨殺死体で発見され、容疑者として浮上したのは行方不明の同僚(井上真央)。そして、これを取材するテレビディレクター(綾野剛)がネットにツイートしたことで情報が暴走し、“犯人”が作り上げられていくというミステリーだが、その背景にあるマスコミの過熱報道、SNSでのウワサ話などの恐ろしさが描かれた問題作でもある。
原作者は『告白』などで知られる作家の湊かなえだが、この作品を書いたきっかけは、意外にも「自身の経験から」だったという。
湊は『白ゆき姫~』執筆の動機について、インタビューなどでこんなふうに語っている。
「知らない間に近所の人や地元の知り合いが、私についての取材を受けていたんです。その時は、みなさんが良いことばかりを言ってくださったから良かったけど、もしこれが殺人事件に関わるなど悪い内容だったとしたら、何を言われるだろうと思って、すごく怖くなりました」(「Movie Walker」より)
こうしたメディアに対する不信、恐怖体験は、『白ゆき姫~』の単行本出版時にも繰り返し語られていたのだが、湊をメディア恐怖症にしてしまったのは、実は女性週刊誌「女性セブン」(小学館)のある記事なのだという。
問題の記事は、「女性セブン」2010年7月25日号に掲載された、「『告白』湊かなえさん子供を寝かせてから書いた24時のミシン台」というもの。
「本屋大賞を受賞した『告白』が映画化され大ヒットし、湊さんの注目度も一段と高まっていた時期のことでした。記事の内容は、淡路島に住む湊さんの知人や友人から彼女の様子などを取材した、“作家の素顔”的な記事。『主婦作家』『ミシン台で執筆』など所帯じみた感じや貧乏くささを強調してはいるものの、美談仕立てで決して悪口やスキャンダルの類いではなかったのですが……」(文芸編集者)
ところが、当の湊はこの記事に大激怒したのだという。
「知らない間に自分の周辺を取材されたことが本当に恐怖だったようで、『こんな田舎の狭い島で周辺取材をされては、プライバシー侵害だ!』『子どもが誘拐されたら、誰が責任取るんだ!』と憤慨。記事中で使用された自分の写真にまで『強い悪意を感じる』と腹を立てていたそうです」(同)
湊の怒りと動揺は大きく、出版各社を巻き込む大騒動にまで発展してしまう。
「『女性セブン』の版元・小学館から湊さんの本は出版されてなかったんですが、他社の担当編集者から、小学館上層部に『湊さんがこんな状態では執筆できない、と言っている。このままだと、本気で作家を辞めてしまうかもしれない。なんとかしてほしい』という苦情が入ったんです」(同)
湊は『告白』がダブルミリオンになり、他作品も軒並みヒットという、出版不況のご時世に貴重な売れっ子作家だ。その湊に“断筆”騒動が持ち上がったことで、当時、出版各社はパニック状態に陥っていたという。
当然、小学館としてもなんらかの対応をせざるを得なくなり、結局、「女性セブン」側が湊の住む淡路島に謝罪に出向いた。
こうした編集者たちの必死の慰留、ケアが功を奏したのか、実際に湊が“断筆”することはなかった。そして体験をもとに2011年4月から連載を始めたのが、現在映画公開中の『白ゆき姫~件』だということらしい。
だが、湊が実際に体験した取材は『白ゆき姫~』と比べれば、至って穏当なもの。いささか対応がオーバーな感じもしないでもないが、しかし、彼女の作品の最大の特徴は、誰にでも起こるかもしれない身近な出来事から、人々の心の闇、裏側をあぶり出していくというもの。そういう意味で、自身の「ご近所ウワサ話取材」という体験に彼女自身が過剰とも取れる反応を起こすのは、その類いまれな想像力のたまものともいえるだろう。
しかも、その体験を後にきちんと作品の中で昇華したわけだから、湊かなえという作家はちょっと面倒臭いところも含めて、今どき、貴重な“作家らしい作家”というべきかもしれない。