“品が良いけど意地悪な女性”という役には右に出る者がいないと言われた女優、野際陽子さんが6月13日、肺腺がんのため都内の病院で亡くなっていたことが伝えられた。 「意地悪なのは役柄だけで、実際には“品が良くて楽しい人”でしたよ」とは、野際さんが出演したトーク番組の元スタッフ。 「一部のスポット出演をしてもらったとき、簡単なセットしかなかったのに、環境に文句ひとつ言わなかったですよ。普通は照明とかが簡素だと、女優さんは映りを気にして一言あったりするんですけど、野際さんはスタッフ対応もすごく良かったです」(同) 10年以上前の作品になるが、ドラマのロケに立ち会った関係者からは「若いアイドル女優が遅刻して炎天下の中で待たされたときにも機嫌を損ねず、むしろスタッフを気遣って仕事をしていた」という証言もあった。 そんな野際さんだが、過去に大物主演女優Mが撮影現場でわがままを言ってスタッフらを困らせていたとき、それを見かねてMを厳しく叱ったという話もあった。 「Mがマネジャーを通じてスタッフに無理難題を突き付け、それが叶うまでは撮影に応じないと言ったそうです。でも、野際さんがMの控室に行ったんです。先輩が後輩の部屋に足を運ぶなんてありえないことで、Mは仰天したんでしょう。態度を一変させて、控室から出てきて撮影を再開したそうです。中でどんな会話があったかは誰も知らないし、野際さんも言わなかったですけど、さすがですよね」(業界関係者) 元NHKアナウンサーだった野際さんは、広告代理店に転職したのち、テレビプロデューサーに誘われて女優に転身した。1966年にパリへ留学していたときは、現地で出会った映画評論家の山田宏一が「すごい美人がいる」と思わず名前を聞いたというエピソードもある。その翌年、帰国するときに野際さんが身に着けていたフランスのファッションが流行したほどだ。 68年のドラマ『キイハンター』(TBS系)の大ヒット後、共演の千葉真一と結婚(94年に離婚)し、38歳で出産。92年のドラマ『ずっとあなたが好きだった』(同)では佐野史郎を演じる息子を溺愛する姑役がハマり、以降はその手のオファーが殺到した。 しかし、2014年にがんと診断され、闘病しながらの仕事となり、倉本聰の脚本作で4月スタートの『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)が最後のドラマ出演となった。こちらは姑役ではなく女優役だったが、闘病のため出演は大幅に制限されてもいた。 以前、芸能記者が再婚の可能性を聞いたときに「デートするボーイフレンド、いっぱいいますから」と笑い、その相手の名前を聞くと、仕事で共演した20~30歳下の若いアイドル男性の名前を次々に出し、「息子みたいなお友達で、ときどき食事に行くのよ」と明るく記者をからかった。 共演者、スタッフのみならず記者からも好かれる大女優の訃報は、友人の黒柳徹子が6月15日に発表した「あなたのいらっしゃらない、この世界は、寂しいです」という言葉通り、多くの関係者が哀悼の意を表している。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)ラヴァンス公式サイトより
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“意地悪な女性”役なら天下一品だった故・野際陽子さん、実際には「優しい気遣いの人」だった素顔
“品が良いけど意地悪な女性”という役には右に出る者がいないと言われた女優、野際陽子さんが6月13日、肺腺がんのため都内の病院で亡くなっていたことが伝えられた。 「意地悪なのは役柄だけで、実際には“品が良くて楽しい人”でしたよ」とは、野際さんが出演したトーク番組の元スタッフ。 「一部のスポット出演をしてもらったとき、簡単なセットしかなかったのに、環境に文句ひとつ言わなかったですよ。普通は照明とかが簡素だと、女優さんは映りを気にして一言あったりするんですけど、野際さんはスタッフ対応もすごく良かったです」(同) 10年以上前の作品になるが、ドラマのロケに立ち会った関係者からは「若いアイドル女優が遅刻して炎天下の中で待たされたときにも機嫌を損ねず、むしろスタッフを気遣って仕事をしていた」という証言もあった。 そんな野際さんだが、過去に大物主演女優Mが撮影現場でわがままを言ってスタッフらを困らせていたとき、それを見かねてMを厳しく叱ったという話もあった。 「Mがマネジャーを通じてスタッフに無理難題を突き付け、それが叶うまでは撮影に応じないと言ったそうです。でも、野際さんがMの控室に行ったんです。先輩が後輩の部屋に足を運ぶなんてありえないことで、Mは仰天したんでしょう。態度を一変させて、控室から出てきて撮影を再開したそうです。中でどんな会話があったかは誰も知らないし、野際さんも言わなかったですけど、さすがですよね」(業界関係者) 元NHKアナウンサーだった野際さんは、広告代理店に転職したのち、テレビプロデューサーに誘われて女優に転身した。1966年にパリへ留学していたときは、現地で出会った映画評論家の山田宏一が「すごい美人がいる」と思わず名前を聞いたというエピソードもある。その翌年、帰国するときに野際さんが身に着けていたフランスのファッションが流行したほどだ。 68年のドラマ『キイハンター』(TBS系)の大ヒット後、共演の千葉真一と結婚(94年に離婚)し、38歳で出産。92年のドラマ『ずっとあなたが好きだった』(同)では佐野史郎を演じる息子を溺愛する姑役がハマり、以降はその手のオファーが殺到した。 しかし、2014年にがんと診断され、闘病しながらの仕事となり、倉本聰の脚本作で4月スタートの『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)が最後のドラマ出演となった。こちらは姑役ではなく女優役だったが、闘病のため出演は大幅に制限されてもいた。 以前、芸能記者が再婚の可能性を聞いたときに「デートするボーイフレンド、いっぱいいますから」と笑い、その相手の名前を聞くと、仕事で共演した20~30歳下の若いアイドル男性の名前を次々に出し、「息子みたいなお友達で、ときどき食事に行くのよ」と明るく記者をからかった。 共演者、スタッフのみならず記者からも好かれる大女優の訃報は、友人の黒柳徹子が6月15日に発表した「あなたのいらっしゃらない、この世界は、寂しいです」という言葉通り、多くの関係者が哀悼の意を表している。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)ラヴァンス公式サイトより
アスリートの鍛え上げられたボディに大興奮! 黒柳徹子が見せる、天井知らずの“女の子力”
『徹子の部屋』(テレビ朝日系)は長寿番組だ。何しろ、その歴史は41年。おのずと、招かれるゲストも初登場ばかりとは限らなくなる。 出演歴のある芸能人が出演した場合、そのゲストの過去出演VTRを振り返るのがこの番組の常。その際に注目してしまうのが、ゲストではなく黒柳徹子のほうである。というのも、VTRの中でしゃべる徹子は、今よりはるかに滑舌がいいのだ。当然か。徹子は、現在83歳。早口でまくし立てるトークが専売特許であったが、年齢とともにスピードが落ちていくのは仕方がない。 というか、徹子から“早口”のイメージが払拭されてから、その愛され度は増している気がする(かつては、話を振る時点でオチを口にしてしまう徹子の質問法を揶揄する声が少なくなかった)。 ■鍛え上げられたボディに前のめり 4月12日に放送されたゴールデン特番『徹子の部屋 春の最強夢トークスペシャル』の徹子も、チャーミング極まりなかった。 今回は数々のアスリートを番組に招き寄せ、“辛口姉妹”と称したマツコ・デラックスとのコンビで、彼ら彼女らの素顔を掘り下げるコーナーが設けられている。この時の徹子、とにかく体を触りまくるのだ。 最初に登場したアスリートは北海道日本ハムファイターズの大谷翔平で、まずは彼の合コン歴を聞く2人。「女子アナとは食事に行かないほうがいい」「(外見は)いいように見えて、ロクでもない女が多い」と忠告しながら、さりげなく大谷にボディタッチするマツコのその振る舞いが、図らずも徹子の負けん気を着火させてしまった。「どうしてアナタ、お話する時に、いちいち大谷さんに触るの?」と注意しながら、徹子は自分も大谷の腕をなでまくるのだ。しかも、大谷から「ファンの人も体を触りたがる」と聞き出すや、「そういうのは、やっぱりどうかしら」とあきれ顔を見せる客観性のなさ。実に女の子っぽくて、愛らしいではないか。 体操の内村航平と白井健三が登場した時も、女の子だ。初対面の白井に向かって、いきなり「私はあなたのことを知っています」と謎のカミングアウトをする徹子。同コーナーは選手本人に「質問カード」を引かせ、そのカードに記された内容について徹子&マツコが迫るという趣旨なのだが、徹子はいつも当ててもらいたいカードを“チョン”と飛び出させ、ズルして優先的に引かせようとする。仕方なく白井がそのカードを引くと、裏には「徹子の筋肉チェック」と書かれていた。やはり、体に触りたくて仕方がない。当然のように白井の太ももを触り、その張り具合を「プンプンしてる!」と謎の擬音でリポートする徹子。 最後に登場したのは柔道のベイカー茉秋だったが、彼なんかボディタッチするには絶好の素材である。「どこの筋肉が一番すごいんですか?」という徹子の質問にベイカーが「胸筋とかですかね」と返答するや「胸筋!? わぁ……」と目をつむり、「いい?」と、おもむろに胸筋へタッチ。「わっ、すごいわね! やわらかいのの下に硬いのがある」と意味深な表現で報告してくれた。 それでいて負けん気が強いのも、女の子の特徴だ。徹子は世界最高峰のアスリートである内村&白井を前に「私は一日中、鉄棒にぶら下がっていることもできました」と豪語。白井が「僕たちでもできないですね」と感嘆すると、「あっ、できない?」と上から目線で金メダリストのメンツを潰してしまった。 ■徹子には特別扱いしてあげたくなる 何も、徹子はゲストの体に触ってばかりいたわけじゃない。今回はディーン・フジオカとのデートも満喫しており、食事時にはヒューマンビートボックスを駆使してギターを弾くディーンとのジョイントに挑戦。初めは「プッ、プッ、プップップ」とビートを刻んでいた徹子であったが、次第にピースサインを出しながら「ヘイ!」と掛け声を上げてみたり、自由というか完全にルールを逸脱してみせている。これも、特別扱いしてあげたくなる女の子だからこそ許される行いである。 「女子力」という言葉があるが、徹子に関しては年を重ねるに従って「女の子力」が増している印象がある。何をやっても許してあげたくなるから、何事も彼女の世界の中で滞りなく着地できる。まさに『徹子の部屋』である。 (文=寺西ジャジューカ)
「聞き流す名人」40周年を迎えた『徹子の部屋』黒柳徹子の驚異的な純粋さ
今年2月2日をもって40周年を迎え、41年目に突入した『徹子の部屋』(テレビ朝日系)では、2月11日に「祝40周年 最強夢トークスペシャル」と題して、ゴールデンタイムで特別番組が放送された。 この特番ではマツコ・デラックスを従え「徹子とマツコの部屋」として、大谷翔平や吉田沙保里・澤穂希、王貞治といったアスリートたちが出演したが、なんといっても1991年以来、25年ぶりとなる明石家さんまの登場が話題を呼んだ。 黒柳徹子も明石家さんまも、機関銃のような“おしゃべり”が特徴の2人。しかし共演すると、その正反対ともいえるスタンスの違いが浮き彫りとなった。 『徹子の部屋』の黒柳徹子の司会といえば『アメトーーク!』(同)における「徹子の部屋芸人」でも取り上げられたように、“芸人殺し”でよく知られている。 オチを先に言ってしまう。同じ話を何度もさせる。ギャグには基本的に笑わない。いざ、気に入って笑うと、その後、何度も何度も振って、スタジオで黒柳徹子ひとりが笑っている状況になる──など、普通の司会者ではあり得ないような対応で、芸人の良さを消してしまうこともしばしば。 そんな黒柳の司会を、さんまは以前彼女が『さんまのまんま』(フジテレビ系)にゲスト出演した際、「聞き流す名人」と称している。 それを聞いた黒柳は「私は聞き流してませんよ。ちゃんと聞いています」と憮然として反論するが、「聞いてませんよ」と、さんまは改めて続ける。 「僕が今まで人生でテレビ見て、一番おもしろかったのは、『徹子の部屋』の徹子さんとさかなクンの会話」だと。 今回の『徹子の部屋SP』でも、「もう一度見たいシーン」としてさんまが挙げ、それが放送された。果たして、さんまが「永久保存版」というその放送は、確かに戦慄すら走るものすごいものだった。 さかなクンはいつものように、「ギョギョギョ~!」とか「ありがとうギョざいます!」などとさかなクン独特のフレーズを使うが、黒柳徹子はそれには一切触れない。「ありがとうギョざいます!」に至っては、黒柳が聞き逃したと思ったのか、さかなクンは3度も繰り返し使ったが、やはり彼女は完全スルー。 黒柳徹子の無反応に戸惑いながらも一層テンションを上げてしゃべるさかなクンにも、黒柳徹子はまったくペースを崩さないのだ。 そのVTRを見ると黒柳は「悪い? これは悪い? いまだにそんなに悪いと思ってないんだけど」と何が悪いのかわからないというそぶり。 「『何を言ってるんですか?』くらいでもいいんです。『つまんないわよ、それは』でもいいんです。あなた、全部スルーしてましたよね?」 と攻め立てるさんまに対しても、全然納得がいっていない。 「面白くないことを言ったのをフォローしてあげるのが司会者」 というさんまの司会者としての哲学からは、完全に真逆を行っているのだ。 番組では、途中から、やはり25年ぶりとなる所ジョージも「六本木方面とかテレ朝方面が騒がしいなと思って寄ってみた」と登場。 そもそもさんまと所がこの番組に出演したのは、所が司会を務める『一億人の大質問!? 笑ってコラえて!』(日本テレビ系)の特番にさんまと黒柳が揃ってゲストとして出演したことがきっかけだった。 そこで黒柳は「ねえ、今度『徹子の部屋』出てよ」と直接オファー。さんまが流れ上、軽く「いいですよ~」と答えると、その翌日に番組スタッフがやってきて、正式にオファーされてしまったのだ。 「いいですよ」と答えたのは「社交辞令」だったというさんまに、黒柳はキョトン顔。 「ホントにぃ? だって『出ますよ』って言われたら出ると思うでしょう? 考えてもみませんでした」 と言うのだ。さらにスケジュールをやりくりして出演したであろうさんまと所に対し「忙しくないじゃない。だって今言ったでしょ? 『六本木が騒がしいから寄ってみただけ』って」と言う始末。 もちろん、そんなことは、そういう体(てい)で言ったことくらい誰だってわかる。だが、黒柳だけは本気なのだ。 40年間、『徹子の部屋』というトーク番組をやっていて、いや、それどころかテレビ草創期からテレビの世界に身を置きながら、この“純粋さ”は驚異的だ。 何年か芸能界にいれば、いや、いなくてもテレビを見ていれば、気づくであろう「段取り」的なやりとりには一切無頓着。すべてが本気。自分が面白くなければ、それをフォローしたりしないし、自分が面白いと思えば何度でも繰り返す。そこに悪意は微塵もない。 それが黒柳徹子だ。 今は出演者のみならず、視聴者までもが「テレビ的にどうか?」などとメタ視点でテレビを見る時代だ。 そんな中で、黒柳徹子のその真っすぐさは唯一無二なものだ。 さまざまなものを斜めに見ながら面白がるのもいいだろう。けれど、彼女のように真っすぐにものを見るということも、今の時代だからこそ求められているのではないだろうか。 「じゃあ、50周年のとき、また来てください」 さんまは、そう言われ思わず吹き出したが、黒柳徹子は間違いなく本気だ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからテレビ朝日系『徹子の部屋』
『徹子の部屋』40年の足跡に見る、“超人”黒柳徹子の絶対的な人間愛
きらびやかな装飾に彩られた「部屋」。そして、きらびやかな部屋の数百倍絢爛豪華なオーラを放ちながらたたずむ女主人、「徹子」。1976年放送開始、日本テレビ史に燦然と輝く『徹子の部屋』は今年40年目に突入する。招き入れた客人の数、延べ1万人、2011年には「同一の司会者による番組の最多放送回数記録」としてギネス世界記録に認定されている。しかし『徹子の部屋』のすごさは、数字や記録にのみあるものではない。このたび、ぴあから発売となった「『徹子の部屋』40周年Anniversary Book」から、この番組が超人的長寿番組となった秘訣を探りたい。それは一人のテレビタレントが、超人的黒柳徹子となった足跡でもある。 こちらのムック本、表紙の、パンダをチョークスリーパー気味に抱え込んでほほえむドレス姿の徹子が、この本を手に取る者たちを若干威嚇しているが、それにひるんではいけない。巻頭に黒柳徹子本人のスペシャルインタビュー、40年間に登場した全放送ゲストリスト、思い出のゲストプレイバック、スタッフたちの座談会やコメント、『徹子の部屋』ができるまでのドキュメントパート、都市伝説化されているものも含めた『徹子の部屋』トリビアなど、一冊で『徹子の部屋』がこれでもかというほど味わえる。 まずは、40年を振り返るという壮大なテーマで語られるインタビューから。冒頭こそ「私自身が『徹子の部屋』にいるのを“楽しみにしている”」「人間というのはもともと、いい部分を多く持って生まれているんじゃないかと思うんです。(中略)だから番組を観てくださった方から、ゲストの方について“あまり好きなタイプではなかったのだけど、『徹子の部屋』を観て好きになりました!”なんて言われると嬉しいです。その方のいい部分が出たのかもしれないなって」など長寿トーク番組の司会者らしい発言が続くが、やはり徐々に“隠しきれない超人的徹子”が顔をのぞかせる。 普段からおしゃべりなイメージがあるためか「新幹線の車内で、知っている方と偶然お会いしたときのことなんですが、“黒柳さんって無口ですね”って。でもこのときは、ただ単にその方と喋ることがなかっただけなんです。だから私、思わず笑っちゃって。だって“私はずっと窓の外を見ていますけど、これは富士山を見ようとしているんですよ”とか“今日の富士山は綺麗かしら”なんてわざわざ口に出して説明しないじゃない?(笑)」と笑いながら“お前がつまんないだけ”発言。しかし、これが嫌味や皮肉に聞こえないところが、徹子の徹子たるゆえんだ。さらに話がモノホンの徹子の部屋(自宅)に及ぶと「何しろ私のおうちは、物が多くて。“クモの巣城”なので」「今は背中を反る運動ができる機械が玄関に置いてあるので、そこで夜中にトレーニングしているんです。気をつけないと“ふん! ふん!”って声を出していると新聞配達の方が通りかかって、びっくりしますから」。なぜ、玄関にトレーニングマシーン、なぜ夜中に筋トレ……。インタビュアーの「生活していれば、どうしても物は増えますしね」という冷静な受け流しに“徹子の部屋ルール”を見た思いだ。 徹子の、常人には思いもよらないような突拍子もない行動、言動にひるまない、動じないスタッフたちも、おそらく超人徹子に日々鍛え上げられているのだろう。『徹子の部屋』にはおなじみ「編集しない」という掟のほかに、「ピンマイクをつけない」というものもある。これは「ゲストの衣裳をより綺麗に見せたい」という徹子のこだわりであるが、ドラマの撮影などに使われるガンマイクは周りの音も拾いやすいという欠点があるため「カメラを動かすときも音を立てないよう、そーっと動かしていますよ」「技術系のスタッフはこの番組特有の決まり事が多いから、スタッフ間のコミュニケーションを取ることが重要」(技術スタッフ座談会より)なのだとか。そのほかにも「(食事時の)20代、30代男子に負けない量とスピードに店員も目を丸くしていました」「実は、私は見てしまったんです。黒柳さんが、足の爪を切りながら打ち合わせのメモをしている姿を」(番組スタッフコメントより)などなど、もはやここまでくると『徹子の部屋』が『魁!!男塾』にも見えてくる。わしが徹子塾塾長、黒柳徹子であるッッ!!! しかし、そんな黒柳徹子も最初から超人徹子だったわけではない。このムック本には栄えある1976年初回放送(ゲスト森繁久彌)がプレイバックされているが、まだこの頃は昭和のギャグとお色気ネタでグイグイくる森繁を恥じらいつつ受け止める「引き」の徹子だ。それが2013年11月の放送回(ゲスト竹野内豊)のプレイバックを見ると、「ドラマ以外の番組にはほとんど出演することがない」という竹野内を独自のトーク術で翻弄する別人のような徹子がいる。竹野内が、自分からあのバレリーナに扮するCM(東京ガス)の話を振りながら、バレエつながりで中学時代の部活動(器械体操)の話をしだすと、徹子は「話は少し違うんですけど」と愛犬の話題に突然チェンジ。竹野内が尊敬する緒形拳が『徹子の部屋』に登場した際のVTRを何度も紹介し、感極まった竹野内が涙を流すと「あら、あなた涙がいっぱい出てる」「普段はお泣きにならないそうですけれど、ついつい涙を見せてしまった」と確認した直後に「話は違うんですが」と、またもやまったく違う話題にチェンジ。このムックを読むと、ウブな徹子が超人徹子に変貌していく過程がよく分かる。徹子一日にして成らず、である。 「40年間も番組を続けてこられたのは、責任感ではなく好奇心があったから」。黒柳徹子は好奇心に対して、一貫して正直で平等だ。スタッフはみな黒柳を「少女がそのまま大人になったような人」と評している。湧き上がる好奇心に正直だが、そこに下衆さはない。そして正直だからこそ、厳しい。徹子伝説の一つに「子どもが遊んでいたボールが地雷原に入ってしまったとき、地元民すら恐れるその地雷原になんの躊躇もなく入っていきボールを取ってきた」というものがあるが、『徹子の部屋』が40年もの間人々に愛された理由もそんなところにあるのだと思う。黒柳の絶対的な人間愛が、トークという地雷原に躊躇なく踏み込む依拠となる。この聖域なき『徹子の部屋』が末永く続いてくれるよう、願ってやまない。 (文=西澤千央)「『徹子の部屋』40周年Anniversary Book」(ぴあMOOK)
黒柳徹子として生きるための3つの方法 フジ『ワンダフルライフ』(9月14日放送)を徹底検証!
黒柳徹子。1933年8月9日、東京都乃木坂生まれ。現在81歳。53年にテレビ女優第一号としてNHKに入社した日本初のテレビタレントであり、現在に至るまでレギュラー番組を持ち続ける。76年に放送を開始したテレビ朝日系『徹子の部屋』は、今なお続く長寿番組であり、「同一の司会者による番組の最多放送回数」としてギネス世界記録に認定されている。 日本のテレビ史を語る上で、黒柳徹子は欠かせない人物の一人である。日本のテレビ創世記から第一線に立ち続け、なおかつ81歳になる現在も帯番組『徹子の部屋』の司会を務める。今もって過去の遺物などではなく、そのエネルギッシュかつある種エキセントリックな生き方は多くの視聴者の共感を集め、テレビ朝日系『アメトーーク!』では「徹子の部屋芸人」として再評価されるなど、年齢を超えた生き方をテレビのど真ん中で見せつけてくれている稀有な存在である。 黒柳徹子について語ろうと思うとき、まっ先に思い浮かぶ言葉は「自由」の二文字だ。テレビという異常な日常の中で、これほどまでに「自由」を体現しているタレントはほかにはいない。芸人という、いわば埒外の人種に対してさえも圧倒するほどの「自由」をぶち込んでくるから、「徹子の部屋芸人」というコンテンツが成立するのだ。そして、その「自由」さは、我々視聴者にとっての憧れでもある。特に2014年現在のように世知辛く、誰もが空気を読んで生きることを強要される時代だからこそ、黒柳徹子の「自由」な生き方は憧れの対象となる。 フジテレビ系『ワンダフルライフ』は、半年間で終了してしまった薄命の番組だ。9月14日に放送された最終回で取り上げられたのが、黒柳徹子だった。その人選に、制作者の想いがどれほどあったかは推し量るよりほかにはないが、少なくともその最終回は、希望に満ちた最終回であった。ここで語られる黒柳徹子の半生とその人生哲学は、終焉よりもむしろ最初の一歩を感じさせた。黒柳徹子は我々視聴者に、黒柳徹子という一人の人間の生き方を紹介したのだ。 我々は「自由」に憧れる。我々は黒柳徹子に憧れる。それでは、黒柳徹子はいかにして黒柳徹子という人生を生きているのか。その3つの手法を、今回は紹介したい。 <1>黒柳徹子は、大切な言葉を忘れない 『徹子の部屋』がこれほどの長寿番組になっていることからも分かる通り、黒柳徹子は稀代の聞き上手である。それは通り一遍の受け答えができるということではなく、他者の言葉に対して真摯に耳を傾ける能力に長けているということを意味する。事実、彼女の人生そのものが、他者の言葉によって大きく影響を受けている。女優の仕事を始めた当初、個性が強すぎると言われ続けた黒柳徹子は番組のオーディションに合格した際、劇作家の飯沢匡に向かって「個性引っ込めますので宜しくお願いします」と告げたのだが、そのとき飯沢は首を横に振り「君のその個性が欲しいんだ」と伝える。この言葉こそが結果として、黒柳徹子のその後の芸能人生に大きな影響を与えることになった。 このエピソードは飯沢匡の慧眼を確かに伝えているが、しかしそれだけではない。黒柳徹子がこの言葉を聞き、それを大切な言葉だと信じて今に至るまでに忘れずにいるからこそ、意味を持つ。言葉とは、聞く者次第だ。同じような言葉を我々がかけられたとして、その言葉に反応できるだろうか。また、その言葉を50年以上も忘れずにいられるだろうか。黒柳徹子はそれができたからこそ、黒柳徹子で居続けられている。黒柳徹子は、飯沢匡の言葉を自らの人生に投影した。その言葉を信じて生きる覚悟をしたからこそ、彼女は個性という武器を手に入れたのだ。 <2>黒柳徹子は、自分なりのやり方を見つけ出す 『徹子の部屋』で、黒柳徹子が自作のメモを読みながら進行を進めるというのはよく知られている話だが、『ワンダフルライフ』ではライブコンサートの打ち合わせ風景が映される。そこで黒柳徹子が用意しているのは、進行台本を自らの手で書き写したスケッチブックだった。台本にメモ書きするのではなく、進行台本自体を書き写している。これにより、進行の内容や流れを頭の中に叩き込んでいるのだ。 また、トレードマークであるタマネギ頭にも、実は意味がある。司会者として番組に出演する黒柳徹子は、自分の後ろからカメラで撮られることがしばしばだ。そのときのリアクションがテレビの向こうの視聴者にも伝わるよう、首の後ろが見えるように、髪型を上げるという今のタマネギ頭のスタイルに落ち着いたのだという。結果としてヘアスタイルは奇抜なものになるわけだが、それが第一義ではない。視聴者に後ろ姿でもリアクションを伝えたいという目的に添うように、ヘアスタイルを決めているのだ。 黒柳徹子にとって「自由」というのは、何をやってもいいというわけではない。まず確固たる信念があり、その信念に添うならば固定観念や常識を変えてしまえというのが黒柳徹子流の「自由」である。彼女にとって「自由」とは、目的ではなく手段である。やり方は人それぞれにせよ、自身にとって最もふさわしいやり方を自らで見つけ出しているという点こそが重要であり、それは我々視聴者にとっても決して他人事ではないだろう。 <3>黒柳徹子は、リスクを背負って信念に殉じる 『徹子の部屋』の放送が開始した当時、黒柳徹子はまだ女優として活動をしていた。だがある日、自身が酔っぱらい役を演じたテレビドラマを見た視聴者から、普段もよく酔っぱらっているのだと勘違いされるという出来事が起こる。一方で『徹子の部屋』は、自身のパーソナリティを生かしたトーク番組である。このとき黒柳徹子は、テレビドラマで演じた役柄を本人と混同されることを危惧し、その時期から一切のテレビドラマへの出演を断ることを決めたのだった。 かつては週に8本のドラマに出演をしていたほどの女優、黒柳徹子は、そのときからテレビにおいては「黒柳徹子本人」としてしか出演しないと決める。実際にその後彼女が出演するテレビドラマは、本人役もしくは、本人に極めて近い役に限られている。黒柳徹子は自らの意志で、女優からタレントへと転身したのだ。金銭的、あるいは将来的なリスクを考えればなかなかできることではない。しかし黒柳徹子は、そのリスクを背負ってでも、自らの信念に殉じたのだった。 我々は「自由」に憧れる。我々は黒柳徹子に憧れる。しかし、それは簡単な道ではない。「自由」を真摯に求めれば、そこには必ず軋轢や葛藤が生じる。だが黒柳徹子が黒柳徹子として生きるためには、その軋轢や葛藤を乗り越える必要があった。そして彼女は、それをやって見せたのだし、今でもなおそれをやって見せている。「自由」に、あるいは黒柳徹子に、憧れるだけなら簡単なことだ。それを人生で実践できるかどうか。黒柳徹子は、それをやって見せている。彼女の足下はとても軽やかだから、傍目で見ていれば気付くことはないかもしれない。それでも黒柳徹子は、黒柳徹子として生きるために、多くのものを乗り越えてきているのだ。 現在81歳となる一人の人間が、今まさにそうやって生きている。その先人の存在が、希望でなくてなんであろうか。幸いにして、我々にはまだ時間がある。81歳になるまでには、まだ何年かあるだろう。憧れを他人事にしたくないのならば、黒柳徹子という存在は、偉大なるメルクマークとして我々の前に確かに存在しているのだ。 【検証結果】 『ワンダフルライフ』と奇しくも同じ時期、9月13日に放送されたTBS系『世界ふしぎ発見!』では、「黒柳徹子不老不死伝説」と題して黒柳徹子の「ふしぎ」さが紹介された。彼女はミステリーハンターとして楽器・テルミンを学びに行った。「空気をかき回しただけで鳴る楽器なんて、ほかにない!」と笑顔で語る黒柳徹子だったが、実はある。その楽器とは、黒柳徹子自身だ。彼女は空気をかき回すことで、視聴者の心と共鳴する一つの楽器だといえるだろう。その音色がどう奏でられるのかは、我々視聴者次第。しかし少なくとも、その音色の鳴らし方は、誰にとっても「自由」そのものである。 (文=相沢直) ●あいざわ・すなお 1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。 Twitterアカウントは @aizawaaa
『いいとも』黒柳徹子の超音波、『バイキング』謎のメンバー、AKB48姉妹Gゴシップ連発……暴走する芸能人
ベテランデスクTと新米記者Hが、今週の芸能ニュースを振り返ります。 記者H ついに『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が終わっちゃいますね……。こんな日が来るとは……ううう……タモさん……(涙)。 デスクT 毎日『いいとも』見てる人ならともかく、社会人になってからは、大して努めて見てなかったでしょ? どうせ「やっぱりタモリの良さは、『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)じゃないと出ないんだよな~」とか偉そうに言ってた口でしょ? 記者H べ、別にいいじゃないですか……。どうせ僕なんて、大して見たこともない『はなまるマーケット!』(TBS系)の最終回でも泣いた、上っ面だけの男ですよ。 デスクT 『はなまる』の最終回は、安住紳一郎アナが司会の2人の不仲説にぶっ込んでて笑ったよね~(記事参照)。それより、28日にテレフォンショッキングに出た黒柳徹子(80)のトークが面白すぎたよ。だてに40年も『徹子の部屋』(テレビ朝日系)やってないよね。 記者H 僕も見ました。動物と話ができるという徹子さんは、「私、友達のカワウソが上野動物園にいるんだけどね、私が行くとぱーって来てね、フェフェフェフェフェフェフェフェって、1週間にあったことを全部私に話すの!」「飼育員が引っ張っても絶対に動かなかった牛に、『1メートル動いて』って説得したら、1メートル動いたの」「旭山動物園のシロクマのイワンくんが、初めての春に(シロクマのメスの)ルルちゃんを追っかけ回してるの。だから、『追っかけ回すだけじゃなくて、もっと積極的にならないとダメ!』って説得したら、うまくいった」など、数々のトンデモ話を披露。タモリも客席も、大笑いでした。 デスクT 野生のパンダに、お箸を返してもらった話も面白かったよね~。あと、観覧客への100人アンケートで、「頭から飴を出したところを見たことがある人」が61人もいたことに驚いて、「アーーーーーーーーーーーー!! アーーーーーーーーーーーー!! そんなに見てる人がいると思わなかったァーーーー!」と、超音波みたいなのを発した時は何事かと思ったよ。アルタのテナントに入ってるギャルブランドの店員の「徹子マジやべえ」って声が聞こえてきたもん。 記者H 最後のテレフォンショッキングのゲストがビートたけしだと発表された時にも、「ワーーーーーーーーーーーー!! ワーーーーーーーーーーーー!! ヤダーー!」とスパークしてらっしゃいましたよね。 デスクT 『徹子の部屋』は4月から正午にお引越しするみたいだけど、その告知ポスターもなかなかいかすよね(ポスター画像)。『いいとも』の後番組『バイキング』なんて、到底勝ち目なさそうだよ。 記者H 『バイキング』といえば、「半径500メートル以内の日常をエンターテイメントにする生活情報バラエティ!」というキャッチコピーをやたら押してますけど、「半径500メートル」って言葉がピンとこなくて……。ウワサでは、裏番組の『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)を意識した内容になるといわれてます。 デスクT 500メートルって、最寄駅くらいまでの範囲ってことじゃない? なんか田舎に住む人が、「うちの半径500mには、なんもありゃせん」「都会の人は冷たい」とか、ナーバスなこと言いだしそうだよね。でも、月曜日の坂上忍とIKKOの絡みとか楽しそうじゃない? つーか、金曜レギュラーのクリス-ウェブ佳子ってどなた? 記者H 彼女のブログのプロフィールによれば、「VERY専属モデルで2児の母親でありながら、翻訳・音楽関係のライターもこなす。抜群のファッションセンスの持ち主。ご主人はイギリス人」だそうです。 デスクT 非の打ちどころがないな。聞かなきゃよかったよ、くそっ。そんなことよか、今週はAKB48グループの面白ニュースが相次いだよね。ドン・キホーテがAKSを訴えた“ぱちんこAKB48訴訟”(記事)から始まり、NMB48・木下春奈のDQN彼氏疑惑(記事)、SKE48・鬼頭桃菜の“私的Twitter流出事件”(記事)と、本当にAKB48グループはサービス精神にあふれてるよ。 記者H でも、大マスコミは見事にスルーしてますね。この業界の気持ち悪い感じは、いつまで続くんでしょうか……。 デスクT やすすが元気なうちは続くんじゃない? まあ、ドンキとの訴訟が最悪の展開を迎えたら、帝国が崩れる可能性もありえるけど。 記者H ちなみに、TwitterでファンやSKE48を中傷するようなツイートを繰り返していた鬼頭は、25日にGoogle+上で「お騒がせして申し訳ありませんでした」と一行で謝ったようですね。しかし、ネット上では「何に対して謝ってるのか分からないんですけど」「騒ぎになったことを謝罪しただけで、自分がしたことについては謝ってない」という厳しい意見もあるようです。また、同じグループの松村香織が、この騒動についてGoogle+で触れ、「グループトップのグズは言い過ぎヽ(`⌒´)ノ笑」と、我らが「サイゾーウーマン」の記事のキャプチャ画像を投稿してくれています。 デスクT おおお! SKE48の若い女の子もサイゾーを見てくれてるのか。どう思ったかなあ。一応、記事の見やすさや、デザインには気を遣ってるつもりなんだけど、気に入ってくれたかなあ……(モジモジ)。 記者H 気に入るわけないでしょ(笑)!フジテレビ『バイキング』番組サイト
『いいとも』後継MC決定報道で、混迷極める“昼帯”戦線「テレ朝『徹子の部屋』が出し抜く!?」
「まったく取材していない」『徹子の部屋』打ち切り報道に番組関係者が猛反論!!

んも~失礼しちゃうわっ!
『徹子の部屋』打ち切り報道に、番組関係者が猛反論だ。一部週刊誌でテレビ朝日の長寿番組『徹子の部屋』が局内で打ち切りの本格協議に入っていると伝えられたが、当の番組関係者は「取材ひとつしていないガセネタ」と切って捨てている。
6月下旬に報じられた記事によると、司会者の黒柳徹子は現在、車イスで移動するほど足腰が弱っており、78歳と高齢であるということもあり、テレ朝上層部が「番組をいつまで放送するか、打ち切りにする場合の後枠をどうするか」本格的な協議に入っているとされる。テレビ雑誌記者のコメントとして、早ければ来春に打ち切りになるという話も出ている。しかし、当の番組関係者がこれを真っ向否定しているのだ。
「とくに『週刊実話』(日本ジャーナル出版)がひどいんですが、記事を書いている人がまったくの素人。局に電話ひとつ来ていませんし、まったく取材していないと思います。番組の継続を局の上層部が決めることなんてありません。編成局という部署で話し合われるもので、そこでもウチの番組の打ち切りの本格協議なんて現在までされていません。番組スポンサーとの話もあり、来春なんてずっと先のことがいま協議されることもありません。こういう妄想記事を売り物にするんだから、たちが悪いです」(番組ディレクター)
黒柳が車イスで移動していたことは事実だったようだが「負傷の影響というだけ。黒柳さんは局への往復を自分で車を運転しているほどの方。むしろ彼女を直接、見ているのなら、その元気な姿に驚くはず。背筋はいまだにピンとしていますしね」とディレクター。
同番組は長寿番組とあって、スタッフも長く携わってきたベテランが多く、別のテレ朝関係者に聞いてみても「唯一、視聴率に関係なく続けている聖域のようなもので、簡単に打ち切りの話を出せるようなものでもない」という。
「最近の番組ではまずありえないVTRの差し込みなし、録画なのにまるで生中継のような番組作り。経費削減が迫られる現在でも、例えばスタジオに飾られる花が造花ではなく生け花だったり、時代の変化にも変わらないのが売りで、局内では“テレ朝の良心”と呼ばれていますよ」(同)
国民的人気番組だけにできるだけ長く続いてほしいが、激怒したスタッフの言うとおり打ち切り説がガセネタであるかどうかは、今後を見ていくしかない。
(文=鈴木雅久)
「まったく取材していない」『徹子の部屋』打ち切り報道に番組関係者が猛反論!!

んも~失礼しちゃうわっ!
『徹子の部屋』打ち切り報道に、番組関係者が猛反論だ。一部週刊誌でテレビ朝日の長寿番組『徹子の部屋』が局内で打ち切りの本格協議に入っていると伝えられたが、当の番組関係者は「取材ひとつしていないガセネタ」と切って捨てている。
6月下旬に報じられた記事によると、司会者の黒柳徹子は現在、車イスで移動するほど足腰が弱っており、78歳と高齢であるということもあり、テレ朝上層部が「番組をいつまで放送するか、打ち切りにする場合の後枠をどうするか」本格的な協議に入っているとされる。テレビ雑誌記者のコメントとして、早ければ来春に打ち切りになるという話も出ている。しかし、当の番組関係者がこれを真っ向否定しているのだ。
「とくに『週刊実話』(日本ジャーナル出版)がひどいんですが、記事を書いている人がまったくの素人。局に電話ひとつ来ていませんし、まったく取材していないと思います。番組の継続を局の上層部が決めることなんてありません。編成局という部署で話し合われるもので、そこでもウチの番組の打ち切りの本格協議なんて現在までされていません。番組スポンサーとの話もあり、来春なんてずっと先のことがいま協議されることもありません。こういう妄想記事を売り物にするんだから、たちが悪いです」(番組ディレクター)
黒柳が車イスで移動していたことは事実だったようだが「負傷の影響というだけ。黒柳さんは局への往復を自分で車を運転しているほどの方。むしろ彼女を直接、見ているのなら、その元気な姿に驚くはず。背筋はいまだにピンとしていますしね」とディレクター。
同番組は長寿番組とあって、スタッフも長く携わってきたベテランが多く、別のテレ朝関係者に聞いてみても「唯一、視聴率に関係なく続けている聖域のようなもので、簡単に打ち切りの話を出せるようなものでもない」という。
「最近の番組ではまずありえないVTRの差し込みなし、録画なのにまるで生中継のような番組作り。経費削減が迫られる現在でも、例えばスタジオに飾られる花が造花ではなく生け花だったり、時代の変化にも変わらないのが売りで、局内では“テレ朝の良心”と呼ばれていますよ」(同)
国民的人気番組だけにできるだけ長く続いてほしいが、激怒したスタッフの言うとおり打ち切り説がガセネタであるかどうかは、今後を見ていくしかない。
(文=鈴木雅久)




