先にウェブで発表した作品を、後から紙の書籍の形で販売する「ウェブ再録」。同人誌に限らず商業出版でも見かけるが、そういった作品のAmazonレビューを見ると「タダで読めんじゃん。星一つ」など辛口なものも見かける。一方で「手元に形として残しておきたいから再録はうれしい」と言う声もある。そんな意見の割れる「ウェブ再録」に、ある同人作家(私)が初挑戦してみた。 ■二次創作は、「そのジャンルの第一作」に圧倒的に当たりが多い 私は2012年からはオンライン、15年からはオフライン(実際に紙の同人誌を発行する)でも同人活動を行っている。オフラインでは今までに4冊の同人誌を出しているが、これらはすべて書下ろしの「非ウェブ再録」だった。 そもそも、私自身ウェブ再録は好きな同人作家が出したものでも買わない。普段自分がやらないことを人に勧めてはいけないと思うが、それでも今回ウェブ再録に踏み切った理由は、「オンライン(pixiv)で発表してみたら思いのほか自分に大ヒットしたから」に尽きる。 「オンラインで発表してみたら思いのほか大ヒットしたから」ではない。「オンラインで発表してみたら思いのほか『自分に』大ヒットしたから」だ。私が行っているのは二次創作になる。今まで4冊紙の同人誌を出していて、「1冊目」と、「2~4冊」目がそれぞれ別の原作の二次創作になるが、今回の同人誌からはまたジャンルを変える。 二次創作をしている人には死ぬほどわかってもらえると思うが「そのジャンルの一冊目の二次創作の同人誌」というのは、自分が今まで書いたのを見ても、人の作品を読んだ時でも総じて当たりが多い。やはり処女作はパワーに満ちており、「このキャラクターはこうだと思うんですよ、僕ぁ!」という童貞の鼻息の荒さがたまらない。二次創作の場合ジャンルを変えるごとに「処女作(そのジャンルでは)」になるため、一人の同人作家が生涯に何冊も処女作を出せるという、処女なのにクソビッチというミラクルも起こるのだ。 私もジャンルを変えた現ジャンル一発目を書いてオンライン(pixiv)に上げてみたところ、これがいたく自分的に大ヒット、全米が泣いたのだ。しかし、数値は前ジャンルに比べるとpixivでの反響の数値は初動もその後の勢いも振るっていない。pixivの指標の一つ、ブックマーク数は前ジャンルの半分どころか、クオーター程度だ。それでも自分はこの話が好きだからウェブ再録したいと、ほとばしる童貞力で踏み切ることにした。 なお、私は「自分が買う側なら100%のウェブ再録は好きな同人作家でも、年収が3億あってもきっと買わない」ので、自分がこれなら買うレベルで修正と加筆は結構行った。自分的に大ヒット話の加筆修正は相当楽しかったのでお勧めしたい(私は書いているのが小説だから気楽に加筆修正できるのであり、マンガの人なら相当な労力を要するだろうが)。 ■同人やっていてよかったと思う瞬間~神からのブックマーク ウェブ再録にあたり迷ったのが部数だ。私は今まで4冊の同人誌を出しており、1~3冊目は50部、4冊目は40部刷っている。晴れて2冊目が先日完売したため「50部を1年と少しで完売」が好調時の私のペースだ。ただしこれは「前のジャンルにおいて」であり、ジャンルが変わった今、その情報はさっぱりあてにならない。 pixivの投稿作品やブックマークなどの反響数から現ジャンルの同人人気は前ジャンルほどではないのは分かる。また、twitterでこんなこと呟けば炎上必至だが、「ジャンル内の同人作家としての自分の人気」も部数においては考慮すべきだろう。前ジャンルにいたころ、私のジャンル内でのpixivに投稿した作品のブックマークの集まり具合は「よい方」だった。しかし、現ジャンルでの集まり具合は「ふつう」ぐらいだ。 さらに、部数において考慮すべきは交流の有無だ。私は感想が欲しいくせにオンラインの同人活動はpixivのみで、twitterでの交流は一切していない引きこもり同人だ。理由は「twitterをやっている自分はイケていない」「顔も声も知らない人と交流すると後からヤバいことに気づくことがある」「そもそも自分が欲しいのは交流ではなく作品への感想だった」などが挙げられる。ということでフォロワーさんもおらず、「交流による需要」もない袖は振れない状態だ。 その上ウェブ再録だ。以上、目をこらしても明るい兆しは見えず、「爆死」という言葉が頭をよぎる中、印刷会社には30部で注文した。なお、大抵の印刷会社は20部、10部でも刷れるが、ここまで少部数だと価格は大して変わらない。 なお、「今後このジャンルでどれだけ活動していくか」も部数を決めるにあたって大きな要因だろう。またこのジャンルでイベントに出る予定があるなら、ある程度部数はあった方がいい。しかし現ジャンルは今回の再録の加筆修正を書いたら超すっきりしてしまい、今後も続けていくかは正直微妙だ。そのわりに30部は強気ともいえるが、やっぱりこんないい話書いちゃった以上、10や20部では自分に申し訳が立たないと、結局毎度のパターンで刷ることにした。 この段落と次の段落は自慢になるので舌打ちしながら読むか、薄目で飛ばしていただければと思うが、印刷会社に注文を出したあとイベント用のお品書きを作り、いつもの通りpixivにアップしたところ、「同担で絵もうまければ話もうまい、超絶イケてる二次創作漫画を描く同人作家さん(以下、神)」からお品書きに対しブックマークをもらってしまったのだ。これは同人活動をしている人でないと伝わりにくい感動だと思うが、「庭から石油が噴き出て止まらない」くらいに捉えてもらえれば、おおむね合っている。なお、作品そのものをアップした時はその神からはブックマークはなかったのだ。 マイナージャンルなので、神は単にイベント合わせ(同人用語で、そのイベントに合わせて中的一緒にコスプレをしたり、同人誌を出すことを差す)で同担はおしなべてチェックしていただけかもしれないが、そんなことを確認したところで何になるというのだろう。「神も気に入ってんだ、アタイの話。やっぱりね、アタイも好きなんだ」と鼻の下を人差し指でこすればそれで十分だ。しかし神からブクマをもらった以上、発行部数は30部ではなく300部の間違いだったのではと思ったが、お品書きのトータルのブックマーク数は結局いつも通り一桁で、心の底から追加注文を出さなくてよかったと思い当日を迎えた。 神は通販派の可能性もあるし、私自身、人のお品書きをブクマしたものの買わずに終わるケースはある。よってイベント爆死の可能性はゼロではないものの、神からのブクマである種やりとげたなという思いを抱え、ビッグサイトに向かった。 ■「部数は読めない」&「ジャンルを変えたら前ジャンルは苦戦」 今回のイベントの頒布冊数は以下の通りになった。 【前提条件】 ・同人誌A~Eを制作。全て二次創作。「A」「B~D」「E(新刊)」は元の作品が異なる ・書いているのは漫画でなく小説 ・A~Cは50部、Dは40部、Eは30部刷る ・B~Eを同人誌の販社を通じ通販している(Aも以前はそうしていたが、委託期間が過ぎて今は販売していない。Eは手続き中で販売はまだ始まっていない) 【前回、2017年8月までの頒布冊数】 A 17冊 B 50冊(完売) C 37冊 D 21冊 合計 123冊/190冊 【2017年10月の頒布冊数】 A 17冊 B 50冊(完売) C 38冊(+1) D 22冊(+1) E 11冊(+11) 合計 136冊/220冊 ※実際は印刷会社が何部か注文した分以外の「余部」を渡してくれるが、端数が出るので入れないでカウントしている。 ウェブ再録の新刊(上記における「E」)は、今回のイベントで11冊を頒布できた。今年の春にその前の新刊「D」を初めて頒布したイベントでも頒布冊数は11冊と、蓋を開ければジャンルが変わっても同じだけの数を頒布できたのだ。 現ジャンルはそれまでのジャンルより同人人気は強くなく、ウェブ再録の元となったオンライン上の話のpixivのブックマーク数は前のジャンルの1/4程度なのにだ。今までこの連載では何回か、「完売はわわ(イケると思われる数より全然刷らず、イベント開始1時間程度で完売してしまい、震えるまでの喜びを隠しつつtwitter上でごめんなさい><とつぶやくこと)」をする人をディスってきた。分かっていてやっている不届きな輩には天の裁きが下るだろうという気持ちに変わりはないが、しみじみと部数は読めない。当日、イベント会場から通販の販社へ発送も行ったため手元にはほとんど新刊は残らず、新刊に関しては上々の結果となった。 しかし、ジャンルが変わると前ジャンルの既刊は例えイベントに参加しても、数は一気に動かなくなる。二次創作の同人イベントは「桃太郎は東1ホール」「金太郎は東2ホール」「白雪姫は西1ホール」(例)などジャンルごとに配置されており、私は今回現ジャンルの場所で出たため、なかなか前ジャンルの人には来てもらいにくいのだろう。 ここで問われるのが交流力であり、前のジャンルでイベント参加する人のスペースに自分の本を委託で置かせてもらっている人もいる。これができれば強いが、それに伴う諸々(人づきあい、しかも金銭の授受が発生)が伴う。そもそも私は非交流派なのに自分の本を頒布してほしいだけ人を頼ろうとするなんて、ムシが良すぎて自分の良心が頼む前に割腹自決を選んでしまうだろう。私は飽きっぽくジャンル熱がいつまで続くかわからないので、やはり部数は50部でなく30部でやっていくのがちょうどいいのだろう。 また、前の記事にも書いたが、私の同人活動の力水は読んでいただいた方からいただく感想だ。twitterをやらない分、とっつきにくさはあると思うので「私、感想乞食で~すっ!」とのPRは積極的に行っている。そのせいもあってかイベントでは暖かい感想をいくつか頂けることもできた。11時くらいに「まだ御本があってよかったです」とほっとした笑顔で言われたときは、同人作家冥利に尽きた。来ていただいた方とそんなお話を今回あれこれできたのも楽しかった。 ■同人活動は思いがけない世の中のニーズと、知らない自分の姿をあぶりだしてくれる 今回、ウェブ再録だろうが、そうでなかろうが初動は同じになった現実を受け、しみじみと、自分の当たり前(ウェブ再録は買わない)は人の当たり前と限らないと感じた。 私は以下はやらないが、すべてやっている人をわりとよく見かける。 ①加筆修正のないウェブ再録を出す/購入する ②自分が好きになったジャンル、キャラクターの同人誌は絨毯爆撃で買い占める ③自分で書いた作品を超絶自慢する ①はすでに触れた。②はイベントでそうしている人をたまに見るが、私自身は好みの二次創作作家が書いたもののみ入手できればよく、そのキャラが出ていれば何でも欲しい!とは全くならない。むしろ、好きな二次創作作家が書いた話だから、あまり原作は知らない別ジャンルの同人誌を買ったこともある。 ③は、私自身もこの原稿で散々自作を持ち上げているので正確にはやっているのだが、ここで言いたいのはtwitterやpixivなどで自作を絶賛しちゃう行為のことだ。そんな人いるのかと思った人もいるかもしれないが、結構いるのだ。男性作家をイメージした人がいるかもしれないが、女性作家でも結構いる。 私は自作が最高に好きだが、pixivで投稿時に絶賛はしない。何も言わずに神作をそっと出すのが最強クールな振る舞いであり、私自身そういう神が好きでかくありたいと思うからだ。しかし、自作を臆面もなく絶賛しちゃうタイプの人はそうまでするだけあって上手い人もいるし、そういう同人作家はファンがつきやすい気がする。口数の少ない控えめな人より、自作をいけしゃあしゃあと語る「俺」な方がカリスマ性は宿りやすいだろう。あまりに堂々と自慢しているのを見ると、なんだこいつと思いつつジュンと来るのも否定できない。「な、なんであんないけ好かない奴のこと気になってんの、私」と、読者を少女漫画の主人公状態にさせる「抱いて力」が半端なく強いのだ。いわゆるボーイズラブ界隈においては「攻め(オス側)」の人材不足が叫ばれ久しいが、描いている側が総攻め様だったりするのだ。 しかし、私とて「神が自分以外の同担をおしなべてブクマしていたらガッカリするから見ないようにした」と先ほど白状しており、「俺だけ見てろよ」と壁ドンをするような“俺様ハート”の持ち主なのだ。しかも相手は神だというから我ながらオス臭がえげつない。自慢しい同人作家が苦手なのは同族嫌悪だったのだ。私も今知ったが、自分とて総攻め様要素があったようだ。 同人活動は自分でも知らなかった自分の一面をあぶりだしてくれる。 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])
「5620」カテゴリーアーカイブ
同人イベントで隣のサークルに挨拶したら笑われる? 趣味の集いも殺伐とした時代に……
同人イベントで、隣のサークルに挨拶したら、けげんな顔をされた。そんな体験をめぐってTwitterなどで、さまざまな議論が繰り広げられている。 議論の発端となっているのは、同人イベントで、設営時間中に隣のサークルに挨拶をしたら、けげんな顔をされるどころか、なぜか笑われたという体験を綴ったツイート。 これに対して「自分も同じような体験をしたことがある」という実体験を語る人たちが登場しているのだ。 同人イベントにサークル参加する場合、両隣のサークルに挨拶をするのは、誰に教わったわけでもないけれども半ば常識なのだが、実は、そう思っているのは限られた人々だけということのようなのだ。 ある同人誌即売会スタッフによれば、ジャンルによって常識や慣例はさまざまだという。 「けっこう殺伐としているのは、男性向け18禁ではないでしょうか。売上を追っているサークルは、スタンドでポスターを掲示する時に周囲の迷惑を顧みずに、自分のところだけが目立つような設置をしたりしますよ」 そんな売上重視ゆえの殺伐さに限らず、もともとサークル参加の場合には挨拶するという慣習を知らないという人も増えているという。 「かつては、一般参加にしてもサークル参加にしても、人に聞くとか、そうした情報が載っている雑誌、あとはカタログなんかを読んで、やっていいこと悪いことを学んでいたんだと思います。でも、最近は、そうした経験がなくてもネットで仕入れた知識だけで、同人誌を制作、サークル参加もできますからね」(同) とりわけ、一般からサークルまで参加者が同人イベントのマナーを学ぶ資料として機能してきたのが『コミックマーケットカタログ』の「まんがレポート」。ここでは、現在も人に喜ばれる行為やひんしゅくを買うケースが実体験に基づいて投稿されている。けれども、これすらも、すべてのコミケ参加者が読んでいるわけではない。 「もうネットで調べるだけで、カタログを読まない人も多いですしね……」(同) 本来、ジャンルの相違はあれど同人イベントというのは、広くさまざまな同好の士が集う場のハズ。半日は一緒に過ごすわけだから、挨拶くらいしようよというのは、年寄りのたわ言なんだろうか? (文=是枝了以)
結婚相談所は、二次元嫁を探す場所じゃない!? 「とら婚」ツイートの反響と“リアルオタク”の結婚事情
各所で注目を集めている、とらのあな結婚相談所「とら婚」のツイートに賛否両論が飛び交い、話題になっている。 2月に誕生した「とら婚」は、同人誌ショップ「とらのあな」のグループ企業。「趣味と結婚を両立させる。オタクに寄り添う結婚相談所」として、現在約400人が加入しているという。 問題となったのは、18日に公式アカウントが発した、こんなツイートである。 * * * ①オタク趣味しかない人 ②オタク趣味を持つけど他にもいろいろやっている人 ③オタク趣味を持つけどなんらかのスペックが高い人 選ばれるのは②か③です なので是非自分に「付加価値」を持たせてください それは多ければ多いほどいいです だから、オタク以外のことにも目を向けて欲しいです 引用 https://twitter.com/ToraCon_Akiba/status/909704489568952320 * * * これに対して「それが出来る奴はとら婚に行ったりしない」という批判と「引き出しを増やそう」とアドバイスをしていると好意的に受け取る人まで、多数の意見が寄せられているのである。 本来結婚というものは両性の合意によってなされるもの(by日本国憲法)。実際に、これまで結婚することに成功しているオタクは、ツイートの①~③の、どのジャンルに属している人が多いのか。 自身はディープなオタクだが、ある結婚相談所を利用して「一般人」との結婚に成功したA氏は、自身の体験をこう語る。 「自分は、オタク以外に趣味はないんですが……。最初に登録した時にはっきり言われたのが、“太っていると女性には見向きもされない”と。その頃体重が110キロだったんですが、30キロ以上ダイエットしたら、急に申込みが……」 別にイケメンじゃなくても構わないが、まずはプロフィール写真での見た目が重要ということの様子。ただ、結婚に至るまでのデートの間も、特にオタク話をすることはなかったとか。 「食べ物の話とか、他愛もない話ばかりです。お互いの趣味を許容できることがゴールインできた理由だと思います」(A氏) やはり、趣味の内容よりも相互に「理解」を示し「尊重」することが重要な要素のようである。 一方で「オタクは一般人と結婚すべきでない」と語るのは、オタク同士で結婚したというB氏。 「一般人と結婚したオタクで幸せそうなヤツは、あまり見ませんね。盆暮れのコミケはもちろんのこと、行きたいイベントにも行きづらくなるんじゃないでしょうか」(B氏) そんなB氏も、ジャンルは違えどコミケにサークル参加している者同士で結婚し幸せだったハズだが「子どもができてから、嫁が子ども優先で土日のイベントには、行きづらくなった」と嘆くのである。 ■結婚相手はお前のママじゃない!! では、非オタの女性から見ると、問題となったツイートはどう見えるのだろうか。現在、婚活中だという30代の一般人女性は、次のように語る。 「オタクの人って、自分の趣味に関心が強くて他人が関与する余地なんて、ないんじゃないですか。でも、オタク専門の結婚相談所だからっていっても登録するんだったら、当然、オタク以外の趣味を持つとか努力しますよね……?」 さらに、同じオタク界隈でも20代女性からは、こんな指摘が。 「結婚相手を探すために登録して、自分の趣味を認めてくれなんて意識が一番にある人は、キモいですよね。それって、親の代わりに依存する相手を探しているだけですよね。なので、結婚相談所でそんな相手を求められても……」 さらにオタク界隈では、問題のツイートに対して「毎日、どんな会員の相手をさせられているのだろうか」と、スタッフを心配する声も。ま、なんにしても女性たちに品定めされる覚悟と、自らを変える意志がなければ結婚など考えちゃダメだな、と思うがいかがだろうか。 (文=是枝了以)「とら婚」公式サイトより
コミュ障だって大丈夫! Twitter抜きで同人誌の感想をもらう方法
コミケの叶姉妹のようにファビュラスな行列を作れる同人サークルなどまれで、私も含めほとんどの同人サークルは行列とは無縁だ。しかし、「50人が無言で買う」場合と「買うのは5人だが全員熱い感想をくれる」なら後者の方がいいと私は思うし、そう思う同人作家は少なくないだろう。そもそも金がモチベーションになるほど稼げる同人作家など全体の1%未満であり、たいていの同人作家のモチベーションは読者からの感想だ。ここでは同人作家の力水であり生命線でもある感想獲得のためにしたことと、その成果を数値も含めお伝えしたい。 ■「ツイ廃」はコミュ障どころか「包容力がある」と履歴書に書いていい 現代の同人活動には欠かせないツールはTwitterだ。同じ漫画やアニメのキャラクターが好きな「同担」のつぶやきを見るのは楽しいし、手軽にコミュニケーションができるので感想が欲しいならば本来Twitterは必携のツールだ。しかし私はTwitterをほぼしておらず、自分のペンネームでアカウントを持っていない。 それはなぜか。Twitterはストレスフルだからだ。私とて「同担」の語らいを見たいしあわよくばコミュニケーションがしたい。しかし他人はコントロールできない。同担の「もうほんと〇〇さん(自分以外の同人作家)の書く二次創作って神」とか、同担が他の二次創作作家の話を絶賛しているのを見ると妬ましいやら悔しいやらでものすごく暗い気持ちになるのだ。なお、私はそんなことはしないが「〇〇さんの話が理想!」的なつぶやきに気分を害した別の人が当てつけのような発言をすることもたまにあり、本来楽しみたくて始めたはずのTwitterが地獄絵図になるのはよくあることだ。 Twitterへの依存が強い人が自嘲的にツイ廃(ツイッター廃人)と自称することがあるが、こんな可燃性のあるSNSを長時間使える人は履歴書の長所に「包容力がある」と書いていいレベルだと思う。 そもそも、リアル世界でのコミュニケーション力が「さほど」程度しかない人間がTwitterをしたところでそのコミュニケーション能力は絶対に「さほど」止まりだ。道具は使う人間のレベル以上にはなれない。 また、リアルにしろネットにしろ、コミュニケーション能力が高く生活が充実しているように端から見える人は、人が好きな人が多い。人とつながることのデメリットよりもメリットを大切にできて、さらにそのふるまいに無理をしている感がない「大人ないい人」なのだ。そんな人、私だって友達になりたい。 私は人とつながることの面倒くささや鬱陶しさに着目しクローズアップするタイプだ。ならば「Twitterで同人イベントに参加した際、フォロワーさんから頂いた差し入れのお菓子の山の写真をアップして周囲をうらやま死させたい」という野望を持ってはいけないのだ。スタート地点からすさまじい矛盾が生じているものがうまくいくわけがない。 使いこなせないねたみからTwitterの悪口はいくら書いても尽きることはない(これでもだいぶ字数を削った)。Twitterを使わないのは2017年時点の同人活動において翼の折れたエンジェル状態だが、自分に合わないツールは使いたくない。かといって、悪口を言うだけで何もしないデモデモダッテ野郎が死ぬほど鬱陶しいのは言うまでもないことだ。そうなると感想がほしい同人女がやれることとは何か。 答えは「Twitter以外はものすごく前のめり」だろう。 pixivに作品をアップロードするタイミングや、同人誌を出す都度、私は「感想が欲しい」と口を酸っぱくして言っている。正直最初は「感想乞食と思われたら、恥ずかしいよぉ///」とためらいもあった。しかしよく考えれば感想が欲しくてたまらない感想乞食なのは揺ぎ無い事実だと気づいてからは吹っ切れた。 ■5年目(うちオフライン2年)の二次創作同人作家がもらえた感想の数 そして、以下が私の同人生活5年で得た感想の数になる。 【5年目の二次創作同人作家(私)がもらった文字での感想】 ・書いた話の数…オンラインでは20話、オフラインでは4話。イベントは過去5回参加 ・同人活動をしている友人はいない ・書いているものは漫画でなく小説 ・オンラインはpixivのみ(Twitterや個人サイトでアカウントを持たない) ◆直筆の手紙…1件 ◆メール…2件 ◆pixivのメッセージ…2件 ◆pixivの作品下に表示されるコメント…5件 ◆自分で作った感想フォームから…3件 ◆Twitter(ペンネームでエゴサーチした)…9件 同人誌の頒布部数と同様に、感想がどれだけ来たかというのもタブー視される話題の一つだ。さらに、同人活動の内容は100人いれば100通りなので単純な比較は難しい。ただ、上の数字は自分では「多くはないが、善戦している」とは思う。なお、頂いた感想はすべて暖かいもので、何度も読み返している。 なお、上記の中では「感想フォーム」だけが名乗らずに感想を送ることができる。名乗るのはプレッシャーかもしれないと思い最近用意したが、手軽さからわりと匿名で送ってくれる方がいるのでおすすめだ。 ■pixivでブックマーク数が多い話ほど感想が来るとは限らない~トキの法則~ pixivの人気指標の一つにブックマークがある。ブラウザのブックマークと同じでしおりの機能になり閲覧者は作品についたブックマークの数を確認できる。しかし、「ブックマークを多くもらえる話」と「感想をもらえる話」は私の場合必ずしもイコールではない。書いたもの中には500人以上のブックマークがついている話もあるが、一番感想をもらいやすく感じるのは、50ブックマーク前後の話だ。 これは二次創作ならではの事情がある。私ははまるキャラクターが毎回マイナーな“脇役好き”だ。例えば『桃太郎』の二次創作なら、「桃太郎」「鬼」は眼中なし。「犬、猿、キジ」くらいのメジャーな脇役にはまることもあるが、「桃が流れる川のせせらぎ」クラスにぐっとくるときすらある。自分が脇役好きなので、脇役のスピンオフを書くことが二次創作だと思っていたが、たいていの二次創作において一番人気は主人公を書いた話だ。 やはり桃太郎の二次創作の場合、「川のせせらぎ萌え」で書くよりは「桃太郎萌え」で書いた方がブックマーク数は集まりやすいだろうし、私の場合も500ブックマークを超えた話は「脇役の中では比較的人気のあるキャラクターの話(『桃太郎』なら「犬」レベルでメジャーな脇役)」だった。 しかし「川のせせらぎ」クラスを主役にした超マイナーの二次創作になると、「これしかない需要」というブースターがかかる。カラスとトキなら、トキの方が「なんとかしないとこいつら絶滅する」と周囲は思うはずだ。マイナー萌えは、ブックマーク数はさほど伸びないが、感想をもらいやすいのではないかと自分の経験から思う。 ■感想を送って感想はいらないとすぐに言われた悲しい話をしたい 感想が欲しい人が一番してはいけないのは「もらった感想にガタガタと言うこと」だろう。ここで悲しい話をしたい。私自身感想がほしいので、感想用のフォームを用意している他の同人作家の話に感動した際は、何かの役に立てればと極力感想を送るようにしていた。 ある同人作家の感想フォームから感想を送って間もなく、Twitterでその同人作家が「感想とか、送ってこなくて大丈夫なので……」という趣旨をつぶやいていた。よかれと思ってしたことで公開処刑されてしまった悲しみの深さを想像してほしい。 星条旗を前に誓えるが、感想を送るにあたりウザがられる以下のことはしていない。 ◆感想じゃなく単なる自分語りや日記 ◆返信を過度に要求する ◆仲良くなりたいと擦り寄る ◆長文すぎる ◆他をディスった感想を言う(例:ほかの人の描く桃太郎モノは苦手なのですが〇〇さんが描いたのはすごく萌えました!) ◆なぜか上から(例:ほかの人が描く桃太郎モノは苦手なのですが〇〇さんの描いたのは見れました!) ※上記はあくまで一般的な見解であり、個人的には長文の感想はむしろ大好物だ。 私の感想が何か地雷か逆鱗に触れたのか、もしくは言葉通り感想がいらなかったのか。しかし後者なら感想フォームなど自分から用意してはいけない。デートで、男の腕に胸を押し付けながら歩き、男がいざその気になったら「そんなつもりじゃない!」と怒りだす女のようなものだ。 「表情」「声の調子」がわからないオンライン上の文字のやりとりでは、分かりやすさがリアルのコミュニケーション以上に大切だ。感想がほしい私のようなタイプは「感想ください(pixivのスタンプ以外で)」とPRし、感想が不要なタイプはそれを直接言うと角が立つので「感想はお返事できないので結構です。作品を読んでいただければ」と、やんわりしっかりPRし、感想フォームなどは用意しない。スタンスを言葉と行動で明確にPRすることが読む側、書く側双方の、ひいては同人世界全体の平和につながる。 ■感想以外にも同人誌を書く理由はある 最後に、前回のイベント参加(2017年5月時点)から3カ月たっているが、この間は同人イベントに出ず同人誌の販社を通じ通販を行っていた。この間でどのくらい同人誌が頒布できたか部数の報告をしたい。 【前提条件】 ・同人誌A~Dを制作。全て二次創作。「A」と、「B~D」は元の作品が異なる ・書いているのは漫画でなく小説 ・A~Cは50部、Dは40部刷る ・B~Dを同人誌の販社を通じ通販している(Aも以前はそうしていたが、委託期間が過ぎて今は販売していない) 【前回、2017年5月の頒布冊数】 A 17冊 B 43冊 C 31冊 D 12冊 合計 103冊/190冊 【3カ月後、2017年8月の頒布冊数】 A 17冊 B 50冊(+7冊) C 37冊(+6冊) D 21冊(+9冊) 合計 123冊/190冊 毎日部数の動きを確認したところで動きのなさに暗くなるだけだが、数か月おきに確認するのは励みになっていいものだ。 同人誌Bは50部刷って50部頒布できたので本来完売のはずだが、印刷所は余計に刷った分を「余部」として渡してくれる。それが3部残っているのだ。これが頒布できたら晴れて「完売はわわ」だ。 しかし「完売はわわ」はニュアンスとして「イケると思った数よりはるかに少ない部数を刷り、イベント開始1時間程度で完売してしまって、並んだのに手に入れられず肩を落とす人を尻目に『完売ですごめんなさい><;;」とこみ上げる高笑いを必死でこらえつつTwitterでつぶやくこと」であり、一年と数カ月かけて通販とイベントで50部を完売させた私は「完売はわわ」などではなく「同人よくがんばったで賞」だ。完売したらおいしいものを食べに行きたい。 二次創作は原作の人気に左右されるし、また「原作と二次同人作家の相性」もある。好きな二次創作同人作家が対象とする原作を変えたら「今回は前のジャンルで同人活動をしていたときほど輝きがない」と読者として思うのは残酷だがよくあることだ。私の場合も「同人誌A」と「同人誌B~D」は異なる原作だ。書いている本人としては同人誌A~Dどれも愛しているが、オンライン、オフラインの反響を見ると、私も「同人誌B~D」の方が原作との相性がいいのだろう。 しかし相性のいい現ジャンルなのに、近日出る予定のイベントではジャンルを変える予定だ。気が付いたら同人誌を出したいと思うほど現ジャンルにはまってしまったのだから仕方ない。残念ながらオンラインの反響を見る限り「新ジャンルは現ジャンルよりも同人人気がなく」そのうえ「新ジャンルは現ジャンルより私と相性悪い」のも、現ジャンルにいた方がおそらく感想をもらいやすいのもわかっている。 感想は力水であり生命線だ。感想をもらえない同人活動はむなしい。しかし、感想が全てではなく、そもそも「書きたいから書く」のが同人活動だ。「一冊も頒布できなくてもその覚悟で来たのだからガタガタ言わない」を心に、次回、さわやかに玉砕したい。 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])
見本誌チェックを怠ったツケか? 台湾の大手同人誌即売会で18禁サークルが現行犯逮捕
これは無秩序の結果なのか? 先月28日、台湾で開催された同人誌即売会「ファンシーフロンティア(FF)」の会場で、エロマンガを販売していた現地の同人サークルのメンバーが逮捕される事件が発生した。 逮捕されたサークルは、ホームページで無修正の見本ページを掲載。これをプライベートな事情で争っている個人が現地警察に通報したため、当日、現行犯逮捕されてしまったという。メンバーが連行された後も、ほかのサークルメンバーは、ブースに「作者が逮捕されたため新刊はありません。18禁で何が悪い」というPOPを掲示。参加者にはドン引きされる始末だったという。 多くの日本マンガ愛好者がおり、同人文化も盛んな台湾だが、性表現に対する規制は日本よりも厳しい。しかし、これまで同人のレベルでは、修正を入れ、18禁を表示するなどの配慮がなされていれば、黙認という形で性表現を扱う同人誌も摘発されることはなかった。今回の件は、そうした配慮を行っていなかったことが原因であり、現地でも同情の声はまったく聞かれないという。 しかし、なぜこのような同人誌が堂々と頒布を企図される結果になってしまったのか? 現地の事情に詳しい人物は語る。 「日本のコミックマーケットなどでは、表現の自由には配慮が伴うことを事細かに記しています。ところが、『FF』は“法律に従う”ことを記している程度で、あまり明確に書いていない。それは“創作表現の自由を守る”といったお題目があるからです。そのため、日本のように見本誌を集めてチェックするということもやっていないのです。日本の同人誌即売会に比べて、対応が幼稚だと言わざるを得ないでしょう」 「FF」はこれまで、性表現を扱う同人誌に対しては、性器の修正や18禁表示、袋に入れるなどの指示は行っていたものの、参加者に対して、性表現を行う上で描き手自身も配慮を徹底しなければならないことを周知するのを怠ってきた。その結果が、今回の事態であると考えることができる。 いまや、日本のエロマンガも海外に多くの読者を抱える時代。来るべき児童ポルノ法問題に、こうした事例はどのように影響するのだろうか? (取材・文=昼間たかし)ファンシーフロンティア公式サイトより
吉本芸人ナマモノBL騒動から見えた問題点 “ローカルルール”と“一般人排除”が暗黒の二次元規制を作る?

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「喪服の死神」と異なる“厨二病”な文体──『黒子のバスケ』の新たな脅迫状は模倣犯?
昨年、全国で同人誌即売会の開催中止が相次いだ、人気漫画『黒子のバスケ』脅迫事件。4月、静岡、神戸、金沢のイベント会場に新たな脅迫状が届いていたことが明らかになった。昨年12月まで全国各地に脅迫状を送付した「喪服の死神」が活動を再開させたという説がある一方で、脅迫状の文章の内容から、模倣犯ではないかとの説も強まっている。 「喪服の死神」を名乗る犯人からの脅迫状は、昨年12月を最後に途絶えていた。今年1月には、ネット掲示板「2ちゃんねる」の上智大学スレに犯人一味の1人を名乗る「怪人801面相」なる人物が登場。グリコ・森永事件の脅迫状を模した文面で「わしらとしてはもう関知せん」とする終結宣言を記した。事実、この書き込み以降、新たな脅迫状は現れず、事態の沈静化を受けて、同人誌即売会での『黒子のバスケ』の扱いも復帰の方向へと動いていた。 その渦中で送付された新たな脅迫状に対して、静岡、神戸、金沢の対応は分かれた。静岡と神戸は開催を中止。金沢では警備を強化した上で開催され、大きな混乱もなく終了した。 ■脅迫状の文面から見える模倣犯の可能性 果たして「喪服の死神」が活動を再開させたのだろうか。今回の脅迫状は、従来のものと合致する点と異なる点とがある。合致するのは、静岡、神戸、金沢の施設に届いた脅迫状が、すべて施設近くの郵便局から郵送されていること。そして、会場以外の周辺施設にも半ば手当たり次第に脅迫状が送付されていることだ。わざわざ遠く離れた会場近くまで足を運び脅迫状を投函する偏執性は、「喪服の死神」を名乗る犯人と共通する。 対して、大きく違うのが脅迫状での名乗りが異なる点だ。それぞれの地域の施設に送付された脅迫状は「黒報隊」あるいは、その「別働隊」を名乗っており「喪服の死神」の名前は記されていない。 また、脅迫状の文面も、これまで「喪服の死神」が送付したとされるものと大きく異なる。今回送付された脅迫状では、ネットで見ることができる実在の組織「東アジア反日武装戦線」の犯行声明など、実際に起きた事件で使われたものを模したような文章が使われている。これまで送付された脅迫状でも「喪服の死神」を名乗りながらも、丁寧な文体で記されたものから乱暴な言葉遣いのものまで、いくつかのパターンはあったものの、いずれも自分で考えて書いた文章だと読み取れた。対して、今回の脅迫状では、既存の文章を換骨奪胎してつなげた痕跡が見て取れる。要は、従来の脅迫状に比べて、文章が幼稚かつ「厨二病」的なのだ。このことから、今回の脅迫状はグリコ・森永事件を模した「怪人801面相」の書き込みをヒントにした模倣犯・愉快犯である可能性も大きい(脅迫被害を受けた施設が被害届を提出しているため、文面は掲載しない)。 いずれにしても、脅迫に対する対応は昨年とは大きく違いを見せている。中止に追い込まれる同人誌即売会がある一方で、脅迫に屈せずに警備を強化して開催する同人誌即売会も現れているのだ。つまり、脅迫状によってイベントを中止に追い込むという犯人の目的も、徐々に達成できなくなっている。筆者は4月10日に脅迫状到着の情報を入手して以降、水面下で取材を行っていたが、脅迫状を送付されても「イベントの中止はあり得ない」と判断している施設も多い。卑劣な脅迫は、イベント開催を求める声に、次第に敗北しつつある。 (取材・文=昼間たかし) 【※追記】 昨年、コミックマーケットに対して『黒子のバスケ』をジャンルごと中止することを求めた東京ビッグサイトも5月2日に「万全の体制を整えて対応する」ことを発表している。 http://www.bigsight.jp/info_scc22.html『黒子のバスケ 22 』(集英社)
「喪服の死神」と異なる“厨二病”な文体──『黒子のバスケ』の新たな脅迫状は模倣犯?
昨年、全国で同人誌即売会の開催中止が相次いだ、人気漫画『黒子のバスケ』脅迫事件。4月、静岡、神戸、金沢のイベント会場に新たな脅迫状が届いていたことが明らかになった。昨年12月まで全国各地に脅迫状を送付した「喪服の死神」が活動を再開させたという説がある一方で、脅迫状の文章の内容から、模倣犯ではないかとの説も強まっている。 「喪服の死神」を名乗る犯人からの脅迫状は、昨年12月を最後に途絶えていた。今年1月には、ネット掲示板「2ちゃんねる」の上智大学スレに犯人一味の1人を名乗る「怪人801面相」なる人物が登場。グリコ・森永事件の脅迫状を模した文面で「わしらとしてはもう関知せん」とする終結宣言を記した。事実、この書き込み以降、新たな脅迫状は現れず、事態の沈静化を受けて、同人誌即売会での『黒子のバスケ』の扱いも復帰の方向へと動いていた。 その渦中で送付された新たな脅迫状に対して、静岡、神戸、金沢の対応は分かれた。静岡と神戸は開催を中止。金沢では警備を強化した上で開催され、大きな混乱もなく終了した。 ■脅迫状の文面から見える模倣犯の可能性 果たして「喪服の死神」が活動を再開させたのだろうか。今回の脅迫状は、従来のものと合致する点と異なる点とがある。合致するのは、静岡、神戸、金沢の施設に届いた脅迫状が、すべて施設近くの郵便局から郵送されていること。そして、会場以外の周辺施設にも半ば手当たり次第に脅迫状が送付されていることだ。わざわざ遠く離れた会場近くまで足を運び脅迫状を投函する偏執性は、「喪服の死神」を名乗る犯人と共通する。 対して、大きく違うのが脅迫状での名乗りが異なる点だ。それぞれの地域の施設に送付された脅迫状は「黒報隊」あるいは、その「別働隊」を名乗っており「喪服の死神」の名前は記されていない。 また、脅迫状の文面も、これまで「喪服の死神」が送付したとされるものと大きく異なる。今回送付された脅迫状では、ネットで見ることができる実在の組織「東アジア反日武装戦線」の犯行声明など、実際に起きた事件で使われたものを模したような文章が使われている。これまで送付された脅迫状でも「喪服の死神」を名乗りながらも、丁寧な文体で記されたものから乱暴な言葉遣いのものまで、いくつかのパターンはあったものの、いずれも自分で考えて書いた文章だと読み取れた。対して、今回の脅迫状では、既存の文章を換骨奪胎してつなげた痕跡が見て取れる。要は、従来の脅迫状に比べて、文章が幼稚かつ「厨二病」的なのだ。このことから、今回の脅迫状はグリコ・森永事件を模した「怪人801面相」の書き込みをヒントにした模倣犯・愉快犯である可能性も大きい(脅迫被害を受けた施設が被害届を提出しているため、文面は掲載しない)。 いずれにしても、脅迫に対する対応は昨年とは大きく違いを見せている。中止に追い込まれる同人誌即売会がある一方で、脅迫に屈せずに警備を強化して開催する同人誌即売会も現れているのだ。つまり、脅迫状によってイベントを中止に追い込むという犯人の目的も、徐々に達成できなくなっている。筆者は4月10日に脅迫状到着の情報を入手して以降、水面下で取材を行っていたが、脅迫状を送付されても「イベントの中止はあり得ない」と判断している施設も多い。卑劣な脅迫は、イベント開催を求める声に、次第に敗北しつつある。 (取材・文=昼間たかし) 【※追記】 昨年、コミックマーケットに対して『黒子のバスケ』をジャンルごと中止することを求めた東京ビッグサイトも5月2日に「万全の体制を整えて対応する」ことを発表している。 http://www.bigsight.jp/info_scc22.html『黒子のバスケ 22 』(集英社)
「やっぱり食べ物ネタは鉄板!」初の飲食系同人誌オンリーイベントが開催
同人誌=漫画のイメージが先行しがちだが、実はそうではないのは、イベントに足を運んだことがある人ならば知っていること。コミケでは3日目の「評論」スペースとして知られているが、自分の偏愛するものを同人誌という形でまとめて「布教」する活動は古来(って、どれくらい前だ?)より、ずっと行われているのだ。 そんな中、近年新たなムーブメントを巻き起こしているのが、食べ物を扱った同人誌である。これも古くからあるジャンルといえばその通りだが、いつの間にかオンリーイベントを開催するレベルまで発展していた。 5月3日に開催される史上初の飲食総合同人イベント「グルメコミックコンベンション」。継続的に食べ物を扱っている同人サークルの多くが集まるという、またとないイベントだ。一体どんな同人誌が集まるのだろうか、と参加予定サークルの同人誌を主催者に見せてもらったのだが、驚いた。やたらとデザインに凝っていたり、データが豊富だったり、とにかく「おいしそう」の一言に尽きる。 「飲食系同人誌と一言でいっても多種多様です。マンガや文章を使ったレポや体験系からレシピ系まであります。商業誌顔負けの、デザインに凝りまくった同人誌も増えてますね。中には、4ケタを売った人気サークルもあると聞きます」(主催者広報) こういった同人誌で扱われるテーマは、マニアックかつ誰でも興味を持つものが多い。B級グルメやカフェめぐりなどのお店系、自家製ビールの製造記録などがそれだ。中には、すでに同人誌から一般書籍化されたものもあるのだとか。 やはり、テレビからネットまで、あらゆるメディアにおいて食べ物は幅広く受け入れられる鉄板のテーマ。それは、同人誌においても変わらないということらしい。 ただ、食べ物を扱った同人誌は、まだ数が「爆発的に増えている」とはいえない状況なのだとか。 「お店めぐりでも、レシピ作りでもネタを集めるのに時間がかかるからでしょう。1回出しても、次を作るのはかなり大変だと思いますよ。でも、オタクからそうではない人まで誰でも楽しめるジャンルですから、もっと多くの人に、食べ物系同人誌の存在を知ってもらいたいと思ってます。今回のイベントも、それが目的ですから」(同) 妙なオサレな雰囲気も漂う飲食系同人誌の世界。グルメを自負するなら、参加してみるのもよいかも。 ●グルメコミックコンベンション 日時:2013年5月3日(金・祝) 場所:都立産業貿易センター 台東館5F 主催:グルメコミックコンベンション実行委員会 <http://gurucomi.sakura.ne.jp/>グルメコミックコンベンション公式サイトより
同人誌の売り上げを気にするヤツは死ねばいいと思った……『サンデーまんがカレッジ つくろう!同人誌』
今回、紹介するに当たって再読して、あらためて内容の素晴らしさに気づいた。 『サンデーまんがカレッジ つくろう!同人誌』。タイトルの通り「少年サンデー」編集部による同人誌の作り方をまとめたマニュアル本である。この本が出版された1980年代前半「少年サンデー」が「同人誌グランプリ」なんて企画をやってたのも、今から考えるとすごいことだが、それはさておき、中で記されている内容は現代でも通用することばかり。いや、今から同人誌を作ってみようかという人は、読んでおいて損のない内容である。 さくまあきらが構成を担当しているこの本。当時の人気作家より石ノ森章太郎、新谷かおる、高橋留美子、岡崎つぐおの4人が同人誌時代を語った上で、実際の制作のレクチャーへと入っていく構成だ。 大人気の漫画家たちも同人誌をやっていた! イコール、同人誌はプロデビューへもつながる可能性を秘めている! という夢のある構成だ。 というわけで、夢を膨らませながらページを読み進めていくと……同人誌の第一歩として記されているのは「まずは会員を集めよう」というもの。これは、注目すべきポイントである。今でこそ、個人サークルなんて当たり前になっているけれど、当時は同人誌というのは仲間同士で集まって制作するのが当たり前だったということが見て取れる。なにせ、1行目に「同人誌をはじめるには、まず会員を集めなければなりません」と書かれているくらいだし。 そして、読者層を10代前半あたりに設定しているのか、仲間集めに関する説明がとても丁寧だ。仲間を集める方法としては、雑誌読者欄への投稿が一番早い方法として懇切丁寧に説明されている。さらに、注意事項の説明も微に入り細に入っている。中でも「(雑誌に募集告知する場合)しっかりした書き方をしないと、あっという間に200人以上もの入会希望者が集まってしまうので、注意しないと大変なことになってしまいます」という一文は見事だ。なにせ、夢を持たせながらも「サークルの方向性はちゃんと決めないとグダグダになっちゃうよ」と教えているわけなんだから。注意事項では、募集する人の年齢もちゃんと考えるようアドバイスがなされている。ちょっと引用してみよう。 「せっかく募集しても、入会希望者が5歳も6歳も年上ばかりでは、会の運営はなかなかうまくいきません。できれば、何歳以下の人を募集中と、明記したいものです」 どうだろう。ここで書かれた内容を実践して出来上がるサークルは、かなり「本気度」の高いものではなかろうか。ネタでマニュアルっぽく書いているのではなく、文章の端々から、ぜひサークルを設立してうまくいってもらいたいという執筆者の願いが見えてくる。 これらの記述から見えてくるのは、ここで目指されている同人誌が現在とはかなり異なるということ。会員集めに続いて原稿の書き方、スケジュールの立て方などを解説したあと、「会員紹介のページをどうするか」という項目が設けられていることからも、それは明らかだ。ここで執筆者は多くの文字数を割いて会員紹介の大切さを記す。 「同人誌を読んでいて、この本はいいなあと感じるときは、作品の出来はもちろんですが、会員紹介のページの良し悪しが左右することが多いのです。会員紹介のページが楽しそうで、ていねいに作ってある本は、まずいい本と思って間違いないようです。同人誌というと、どうしてもひとりよがりな作品が、掲載されている場合が多いものです。このような作品が、多く掲載されている本にかぎって、会員紹介のページがなかったり、あったとしても非常に冷たさを感じるページになってしまっているから不思議です。また、同人誌のなかには、絵はうまくないけれど、読んでいてあたたかみを感じる作品が多い本があります。各作家が一生けん命やって、チームワークもいいなあと感じる本もあります。こういう本の場合、必ず会員紹介のページがおもしろいのです」 この記述は、大上段に構えることなく同人誌がどういうものかを示している。同人誌とは本来、コミュニケーションのツールである。同人誌を通じて仲間と研鑽し合うこともできるし、即売会に参加することで同好の士や、いまだ見ぬ仲間との出会いも無数にある。実のところ、人気があるとか売れるとかは同人誌においては、あまり重要な要素ではない。「同人誌とは何か!」みたいに肩肘張って書き記すのではなく、「うまいヘタとか別にして、仲間と一緒にやったほうが楽しいでしょ」と優しく教えてくれる点で、この本の価値は高い。 ■本来の同人誌は、こういうものです ここまで、本の内容を解説するというよりも、べた褒めするようなスタンスで記してみた。というのも、このような懇切丁寧な記述を行っている本が現在では存在しないからだ。この原稿を書くにあたってGoogleで「同人誌 作り方」と検索をしてみて、アレッ? と思った。原稿の描き方(サイズとかなんとか)や、印刷所への入稿の仕方など、技術を解説したものは無数にある。しかし、基礎の基礎……「同人誌とはこういうものですよ」と、教えてくれるようなものは、ついぞ見当たらない。「同人サークル 作り方」とかでも検索してみたのだが、Yahoo!知恵袋などでQ&Aはあるものの、サークルの立ち上げや運営を解説してくれるサイトも見当たらない。 近年では、同人誌を制作するに至る前段階としてネットで絵を公開するなり、同好の士と交流している人が多数派になっている。いわば、同人誌を発行せずとも創作意欲が満たされたり、交流できる場は増えたわけだ。それでも、コミックマーケットには3万を超えるサークルが参加する。そして、その中で儲かっているサークルなんかほんの一部にすぎない。それでも、大勢の人々がサークル参加をしているということは、大多数の人は、わざわざ解説されなくても同人誌はコミュニケーションのためのツールだと理解しているということだろう。 でもやっぱり、そうではない人はいる。昨年、同人誌印刷会社の人から聞いた話だが、ポスターをスタンドの裏表ともに掲示して、背中側のサークルに「ウチのポスターが見えなくなるから、スタンドを立てるな」と要求して揉めたサークルがあったという。 なんだか、理解し難い出来事だが「自分のサークルの売り上げが下がったらどうする。ほかのサークルのことなんか知らない」という主張だったそうだ。この事例は極端だとしても「同人……なんだよね?」と首をかしげることは、日常的にあるのではなかろうか。先月だったか、同人誌が売れなくて死にたがっている人物とやらがネットで話題になったし、売れないマンガ家なんかが、即売会の売り上げで生活費のせせこましい計算をしているのも、よく聞く話だ。 別段、それが悪だとか愚かであるとか批判する気もないが、同人誌なのに人気や売り上げに一喜一憂していて、楽しいのか大いに疑問だ。なにより、そんな意識で作った本なんて、どこか殺伐としていて読者にイヤな思いを与えるのではなかろうか。 前掲の「また、同人誌のなかには、絵はうまくないけれど、読んでいてあたたかみを感じる作品が多い本があります」の一文がすべてを語っている。儲かろうが儲かるまいが、作っていて楽しい、人に喜んでもらいたいという根本的な部分を忘れたものが売れるわけもないだろう。そうした人たちに向けて、書籍でもサイトでもいいから、ちゃんと基本を教えてくれるものは必要なのではないかと、筆者は考える。もっとも、ホントに基本が必要な人は、入門書なんか読まないんだけどネ! (文=昼間たかし/文中敬称略)『サンデーマまんがカレッジ
つくろう! 同人誌』
(小学館、1983年)







