「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。 「はなはだ簡単ではございますが、うれしい言葉とさせていただきます」 2011年の「日本アカデミー賞」で「話題賞」に輝いたナインティナイン岡村隆史は、その異質な雰囲気にのまれ、そんなワケのわからない受賞スピーチをして失笑を買った。長年、テレビ界の第一線で活躍する岡村でさえ緊張の極致にしてしまう『日本アカデミー賞授賞式』とは、一体何なのだろうか? この授賞式は、1978年の第1回から日本テレビで『日本アカデミー賞授賞式』として放送されている。豪華俳優、映画人が一堂に会すという、テレビ番組としては貴重な映像である。今年の司会は、西田敏行と樹木希林。 「これを頂くと、来年授賞式の司会やらなきゃいけないから……とにかく困りました」 と、昨年の最優秀主演女優賞を獲得した際のスピーチで樹木が語ったように、女性司会者は前年の最優秀主演女優賞受賞者が務めることが通例になっている。今年の番組の冒頭、「“危ない”2人の司会者」と紹介されたが、やはり注目すべきは樹木だろう。というのも彼女は、この『日本アカデミー賞授賞式』で過去、強烈な爆弾発言を連発しているのだ。 それは、07年の『日本アカデミー賞授賞式』。その年は、ほかの映画賞では軒並み『それでもボクはやってない』(周防正行監督)が多くの賞を受賞していた。だが、日本アカデミー賞だけは例外で、最優秀賞を受賞したのは助演女優のもたいまさこのみ。代わりに、日本テレビが出資した『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(松岡錠司監督)が各賞を総ナメにしたのだ。樹木も、同作で最優秀主演女優賞を獲得。だが彼女は、「私なら違う作品を選ぶ」「監督賞は余計ね」「半分くらいしか出演していないのに(最優秀主演女優)賞を頂いてしまって申し訳ない」「帰りたい」「もう酔った」「組織票かと思った」など、奔放な発言を連発した。 実は、樹木は別のインタビューで「監督に殺意が芽生えた」というほど、この映画の演出に納得がいっていなかったのだ。そのため、最後には「この日本アカデミー賞が名実共に素晴らしい賞になっていくことを願っております」と、皮肉たっぷりに締めくくった。 そして、今年の『日本アカデミー賞授賞式』。授賞式が始まる前に「受賞者の方に失礼のないように言葉遣いに気をつけて……」と決意表明する西田を遮って「私に言ってるんじゃないの?」とツッコむ樹木。始まる前から“自由”で不穏な空気を漂わせる。 この『授賞式』で近年、もはや“名物”となっているのがオダギリジョーの“奇抜”なファッション。この日も、言葉では形容しがたい服に身を包むオダギリに、前述の『東京タワー』では親子役で共演した樹木は、お構いなしに切り込んでいく。 「お子さんが生まれたんですけど、こういうファッションを相変わらず守っていくってことは、すごいパワーですよね」 「ダメですよね……」と苦笑いを浮かべるオダギリに、樹木は「いや、ステキなことですよ」と不敵に笑った。 さらに、助演女優賞の蒼井優と助演男優賞の妻夫木聡が福岡出身と知ると「福岡出身は福山(雅治)さんも。いい男いい女ばっかりってことですかね」と突然語りだす。しかし、福山は長崎出身。樹木はリリー・フランキーと勘違いしていたのだ。それを妻夫木に指摘されると、「リリーさんでしたか。あ、じゃあ、違うケースもあるのね」と、どこまでも自由だった。 また、その福山には「世の中には婚期を逃した女性がいっぱいいるのだけれど、何もかもそろっている、白馬に乗った福山さんがいつまでも独り(独身)でいるから、期待を持たせちゃっているからだと思うんだけど」と、独自の理論で女性の晩婚化の“戦犯”に指名。さすがの福山も「これは答えるべきなんですかね……」と言葉に詰まってしまった。 昨今は、秒単位で計算され整備されたバラエティ番組ばかりだ。そこに出演するのは、バラエティを熟知したタレントたち。もちろん、少しでも視聴率を伸ばすための工夫や、視聴者が安心して見られる安定感は大事なことだ。けれど、どこか窮屈で閉塞感を感じてしまうのも事実。『日本アカデミー賞授賞式』には、普段、バラエティ番組に出演するようなタレントはほとんどいない。だから、冒頭に挙げた岡村でさえ、その異質な雰囲気に普段とは違う感じになってしまう。今年「話題賞」に選ばれたオードリー若林も「かつてない場違い感を感じてるんですけれども……」とガチガチに緊張し、司会の2人との会話もかみ合っていなかった。しかし、その厳かで“不自由”な空間の中に、樹木希林のような“自由”な存在が投げ込まれた時の、何が起こるか分からない緊張感やギクシャク感は抜群に面白い。賞の権威だとか正統性だとかはひとまず置いておけば、この『授賞式』の“不安定さ”は、テレビ番組として圧倒的に正しい。そこに、今のテレビの閉塞感から脱するヒントがあるような気がしてならない。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから日本アカデミー賞公式サイトより
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「お笑い界のルールをぶっ壊せ!」嫌われ西野に贈る『ゴッドタン』流のエール
<嫌われ界のパンドラの箱。いろいろ問題あるけれど、理由はともかくマジ嫌い。そこのけそこのけアイツが通る。絡めばお前も嫌われる。呪いの嫌われパンデミック> と紹介されたのは、キングコング西野亮廣だ。今月1日深夜に放送された『ゴッドタン』(テレビ東京系)の名物企画「マジギライ1/5」、記念すべき15回目に満を持して登場したのだ。「マジギライ1/5」は、自分を嫌っているという5人の女性の中から本当に嫌っている一人を見抜けるのか? という企画である。 しかし、この日は何やら様相が違った。「僕自身もなんで嫌われてるか、分かってないんですよ」と西野がMC陣にこぼすと、すかさず劇団ひとりが「調子乗ってっからだよ!」と断罪。劇団ひとり、おぎやはぎはおろか、アナウンサーの松丸友紀までもが、西野が嫌いだと公言するのだ。 「MCのほうが僕を嫌いって、話が違ってくる……」 とつぶやく西野を尻目に、モデルや女優、アイドル、キャバ嬢といった5人の女性たちが登場する。普段であれば5人のうち、本当に嫌っているのは一人だけだから、何人かは「嫌いな理由」を問われると、「顔が嫌い」だとか「生理的に嫌」とか、薄い理由になりがちだ。しかし、さすが『アメトーーク!』(テレビ朝日系)でも「好感度低い芸人」でダントツの強さを見せた「嫌われ界の大物」だ。彼女たち5人から浴びせられる悪口の数々は、どれも芯を食ったものだった。 「自分は『嫌われ界のサラブレッド』じゃないけど、嫌われ界で売れてるって思ってるけど、お前言うほど嫌われ界背負ってねぇからな。嫌われ界で存在感ないから」 「カメラ回ってない時、超普通じゃん。たぶん、『オン・オフはっきりしてる俺、カッコいい』って思ってる」 「応援してるファン無視して、ネットの悪口ばっか意識してんじゃねえよ。ネットとかに書かなくても、応援してくれてる人間はいるんだよ!」 「テクニックがあったとしても、感情がないと思うんだよね」 そんな身をエグられるような悪口にも、西野は怯まない。いや、一見、動揺し傷つき叩きのめされているようにも見える。だが、一方でまったく揺るがない自信もうかがわせる。その危ういアンバランスさが、西野が嫌われる理由であり、魅力でもあるだろう。 続いて「逆に好きな部分」を女性たちから聞き出し、「キングコングで漫才やってる時は西野のこと大好き」「やっぱりMCはうまい」「男の人としてほっとけない。まっすぐだけど不器用」などと褒められた時のリアクションが、そんな西野のアンバランスさを強調し、過剰な自信とは裏腹な、自己承認欲求の満たされなさを浮き彫りにしていく。テクニックだけではない、感情をあぶり出していくのだ。 そしてこの日も決定的な役割を果たしたのが、「マジギライ」のレギュラーである、キャバ嬢のあいなだ。そもそも「マジで嫌い」な人を見抜くという企画に、レギュラーがいるというのはおかしな話だが、その矛盾を抱えてもなお起用したくなるほど、彼女の言語感覚とお笑い脳は抜群だ(第1回に出演した際、あまりの面白さに、この企画のレギュラーに抜擢された)。ある意味で、あいなは『ゴッドタン』を象徴する人物と言っても過言ではない。 「今テレビに出てる芸人さんって、頭いいと思うんですよ。だから、空気読みすぎちゃってるなって。だけど西野は、芸人だからこういうことやらなきゃとか、こういうことを芸人でやったら寒い、みたいなのを“壊したい人”なんだと思う。そういう考え方を」 「ライターばりの分析力」と、思わず西野が唸るような的確な批評を、あいなはいつものように繰り広げる。 「だから絵描いたり、芸人さんがやらないところをやってみたりとか。でも、そういう時って(周囲と)ちょっと揉めたりもすると思うんですよ。だけど、それはルールに立ち向かおうとした結果だから別にいいと思うの、私はね。今、タモリさんとか鶴瓶さんとかにもかわいがられてるらしいじゃん。あの二人って、お笑い界のルールを破ってきた人たち。ぶち壊してきた人たち。本人は言わないと思うんだけど、たぶん西野に、同じにおいを感じてるんだと思うよ。だから、かわいがってるんだと思う。タモリさんや鶴瓶さんに認められてるなら(辞めずに)維持すべき。自信持って。そうやってれば、絶対いつかパーンってくると思うから」 それは『ゴッドタン』から西野へ贈るエールであるのはもちろんだが、同時に、ずっと今のテレビのお笑い界のルールの限界に挑戦し続けてきた『ゴッドタン』という番組へのエールのようにも聞こえてくる。 同番組の作家を務めるオークラは言う。 「今まで舞台などでは、いかに成立させるかを考えてネタを作ってきたんですが、『ゴッドタン』では成立してないものをやろうという気持ちがあるんです。ちょっと破壊的なことをやろうって。セオリーとしてやらなきゃいけないをやらないことで、新しいものが生まれる瞬間があるんです」(『お笑いパーフェクトBOOK』/キネマ旬報社) 『ゴッドタン』はいつだってフルスイングだ。だから空振りだってある。悪ふざけが過剰すぎて、面白くなくなってしまう時すらある。そんなことを続けていたら、いつの間にか『ゴッドタン』としか呼びようのない世界観ができ上がっていた。あいなのような番組内スターが次々と生まれるのは、その証明だ。番組の平均視聴率はわずか1%台。それでも、その1%の人たちが絶対に離れず、熱烈に応援し続けている。『ゴッドタン』は周囲の雑音など気にせず、そんなファンに向けて作られている番組なのだ。 頭が悪くてもいい。空気を読まなくてもいい。閉塞感をぶち壊すためには、自信を持ってフルスイングを維持し続けることしかないのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『ゴッドタン』テレビ東京
大食い番組の新境地……『腹ペコ!なでしこグルメ旅』に見るテレ東の“矜恃”とは
90年代後半から一大ムーブメントを巻き起こした大食い番組。火付け役であるテレビ東京の『元祖!大食い王決定戦』からは、ギャル曽根やジャイアント白田など多くの大食いタレントが生まれ、他局も競って大食い番組を放送した。 「タレントではなく素人をキャスティングすることで制作費を抑えられる上、視聴者の満足度も高かった大食い番組は、バラエティのいわば救世主のような存在でした。しかし2002年に番組を真似て給食の早食いをした男子中学生が窒息死し、大食い/早食い番組への批判が殺到、さらに2011年の震災における自粛ムードの波に大食いエンタテインメントはすっかり勢いを失いました」(テレビライター) そんな中、老舗テレ東から新たな大食い番組が生まれ、話題を呼んでいる。それがこの『腹ペコ!なでしこグルメ旅』。ギャル曽根をブレークさせるなど大食い素人のタレント化に長けた同局が、あえて大食い女性だけを招集。サッカーのなでしこJAPANにかけ「大食いなでしこJAPAN」として数々の企画に挑んでいる。過去にグラドルとして写真集やDVDも発売している三宅智子やアンジェラ・アキを彷彿とさせる風貌から命名されたアンジェラ佐藤、一口の大きさは他の追随を許さないロシアン佐藤など、『元祖大食い王決定戦』ではおなじみの面子が顔をそろえる。 「それまでの大食い番組と大きく異なるのが、出演者同士を競わせないところです。あくまで番組の軸はグルメ旅。たくさん食べた者勝ちというシンプルさはありませんが、たとえば激安商店街の大食い散歩、道の駅で人気一位のメニューを予想しつつ大食い、デカ盛り店主との三番勝負など、単体の企画としては既視感はあるものの、それを『大食いなでしこ』という枠で展開することで新しい面白さを見せている。いつもはライバルである大食いタレントたちがチームとして連携し、得意不得意をカバーし合うのもすがすがしい。また半分素人の出演者が多い大食い番組で重要な役割を果たすのがMCですが、ブラックマヨネーズという人選も絶妙でした」(同) 『大食い王決定戦』の司会は「ギャル曽根」「アンジェラ佐藤」など多くの個性的なネーミングを生み出してきた中村有志が長く担当してきた。同番組の成功は、中村の冷静なツッコミとホスピタリティあふれる回しの技術に負う部分も少なくない。ブラマヨは中村が積み重ねた大食い回しの技術に加え、小杉は自ら大食い側に入りスケール感を分かりやすく視聴者に伝え、吉田は番組内での悪役に徹し、結果、大食いなでしこのヒーロー性を高めることに一役買っている。 「『腹ペコ!なでしこ』は大食い番組にとっての命綱である“リアリティ”をあえて脇に置いているようにも見えますね。ブラマヨというキャラクター性に富んだ2人が仕切ることで、一種サーカスを見ているような気持ちにさせられるんです。大食いってもともと、ファンタジーなものですから」(同) 興味深いのは、そうしたファンタジーな世界を演出しつつ、制限時間内で食べきれなかったり苦手なモノでギブアップしたりという「負け」や「失敗」のリアリティは追求しているところだ。「さすがにこれは無理だろう……」というデカ盛りをなんなくクリアするのが大食いバラエティの定石だが、最強のはずのアンジェラ佐藤が最後の最後で時間をオーバーしたり、アゴの弱い三宅智子が肉をかみきれずリタイアしたり、後味の悪い終わり方をする回も少なくない。しかしそれがかえって番組に奥行きを与え、次への楽しみにつながっているのも事実。それは長く大食い番組を作り続けてきたテレ東ならではの「遊び」と言えるのかもしれない。 「他局では冠番組を持つ実力派ブラマヨをMCに起用し、ナレーションは『名探偵コナン』のコナン役でおなじみの高山みなみ。お金をかけるところには、ちゃんとかけてる」(同) まさにテレ東の矜恃、といったところか。 (文=西澤千央)『腹ペコ!なでしこグルメ旅』(テレビ東京)
コンプライアンスをオモチャにする『クイズ☆正解は一年後』の企画力
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。 「矢口真里夫妻!」 離婚する芸能人夫婦を予想するクイズに答えたサバンナ高橋に、スタジオの共演者たちは一斉に「えーー!?」と声を上げた。 「あそこ、なんか安泰っぽいけど……」と、司会のロンドンブーツ1号2号の淳もいぶかしむ。それもそのはず、このやりとりが収録されたのは2013年1月。そして、それが放送されたのが2013年12月30日だったのだ。収録された当時はまだ、あの不倫騒動が起こる前。離婚危機どころか、おしどり夫婦として名を馳せていた。しかし高橋は、番組収録で中村昌也と番組で一緒になった時、「しんどそう」と感じ取っていたという。それが、1年越しの奇跡的な正解を導いたのだ。 「だから僕、ニュースで出だした頃、『当たる! 当たる! 当たる!』って思ってましたもん」 と高橋は興奮して振り返った。 『クイズ☆正解は一年後』(TBS系)はその名の通り、1年前にその後に起こることをクイズとして出題し、予想した答え合わせを約1年後の生放送で行うという、1年がかりのクイズ番組だ。 よく年始めの番組などで、「今年の大予想」などの企画が放送される。「ああ、なるほど、いい予想だなぁ」「当たってたら面白いのに」なんてことを思っても、いつの間にかそんなことは忘れてしまうのが常だが、この番組はそうならないために予想部分を1年間放送せずに寝かす、という選択をしたのだ。収録したまま1年間寝かすということは、なんらかの理由でお蔵入りしてしまう危険性もあり、これまでのテレビのルールからは逸脱している。だから前代未聞だ。番組で「今年、結婚する芸能人は?」という問題も出題されるが、その時はまさか、司会の淳が結婚するとは本人以外、誰も予想だにしていなかったのだ。 演出・プロデューサーは藤井健太郎。司会の淳とのコンビといえば、あの『クイズ☆タレント名鑑』(同)や『テベ・コンヒーロ』(同)でやりたい放題の限りを尽くした組み合わせ。回答者も、おぎやはぎ、オードリー、FUJIWARAら、『タレント名鑑』などでもお馴染みのメンバー。だから、番組の雰囲気そのままに、ちゃんと予想するだけではなく、チームワーク抜群で言いたい放題、悪ノリを繰り返す。そこにアクセントとして「今が旬チーム」が参加している。「今が旬」といっても、その「今」は2013年1月。流行の移り変わりが早い昨今、1年後の放送日には「旬」でない可能性のほうが高い。幸い今回は、スギちゃん、鈴木奈々、武井壮、レイザーラモンRGはテレビから消えずに残り、中にはさらに旬になった者もいるが、すでに消えてしまっていることさえ考えられる、下世話な興味をかき立てられるキャスティングである。 出題されたクイズは「今年、結婚する芸能人は?」「今年、離婚する芸能人は?」「今年の24時間テレビのマラソンランナーは?」「今年、芸能界で起こる出来事は?」など。冒頭に挙げた通り、「離婚する芸能人」では高橋が見事、矢口真里の離婚を的中させカタルシスを存分に味わったが、もし不正解だったら失礼なだけ。そんな失礼で猥雑な発言が、次々と飛び出すのだ。 「今年、芸能界で起こる出来事は?」のような漠然とした問題では、ボケ合戦に。「LiLiCoが心の健康を崩す」「岸谷五朗が酔って誰かを殴る」「西川史子先生がぼやさわぎ」など、その場のノリで発した1年前の失礼発言を番組は丁寧に蒸し返す。そのさじ加減が絶妙だ。一方で「24時間テレビのマラソンランナー」を「AKBのメンバーでリレー」などという、実際の“正解”よりもいいアイデアではないかというような回答もあって面白い。 そして『クイズ☆タレント名鑑』『テベ・コンヒーロ』イズムを色濃く感じる悪ふざけが極まったのが、「プロ野球日本一になるのはセ・リーグのチームか、パ・リーグのチームか」という2択問題だ。突如、挟み込まれたこのクイズ。チームごとに回答し、外れると「ちょっとした罰」が下されるという。この制作チームの「ちょっとした罰」といえば『テベ・コンヒーロ』で恒例となり出演者に恐れられた、獣神サンダー・ライガーのビンタだ。日本一が楽天に決まった直後、淳とマスパン(枡田アナウンサー)、そしてライガーが集まった。「ちょっとした罰」を執行するためだ。2択問題に不正解だった出川チーム(出川哲朗、いとうあさこ、オードリー)と大久保チーム(大久保佳代子、おぎやはぎ、児嶋一哉)全員に罰を執行するのは「ライガーの負担が大きい」ということで各チーム一人、罰を受ける代表を決めることに。 「何かとコンプライアンスが叫ばれる昨今ですので、ヤラセとか捏造を疑われない公正な方法で決めたいと思います」 と、マスパンが宣言して取り出したのが「こっくりさん」。彼らは大真面目に「こっくりさん」を呼び出すと、3人の指が静かに動き始める。そして指は「か」の方向に向かう。さらに「す」、続いて「が」を指すのだった。「コンプライアンス」を逆手に取った、ヤラセだとか捏造なんてことを言わせない、バカバカしい着地点。 思えばこの番組やこのチームは「コンプライアンス」や「自主規制」、そして「テレビのルール」をいつだってオモチャのようにして遊んで笑い飛ばしてきた。この日も1年後の状況が分からぬままキャスティングしたパネラーゆえ、裏番組出演NGというテレビのルール、すなわち「大人の事情」などで欠席者が出た。すると、そんな状況を逆手に取り、生放送で飛び入り出演してくれるタレントを呼びかけたのだ。その欠席者のひとりが、大久保チームの児嶋。実は、大久保チームでライガーからの「ちょっとした罰」を受けたのが児嶋だった。それを「大人の事情」を盾に放送しないどころか、「無効」として、児嶋の代わりに飛び入りでスタジオを訪れたあかつに改めてライガーの罰執行を命じるのだった。まったく関係がないのに罰を受けることになり、ライガーから「マジで嫌だって!」とあかつが逃げ惑うバカバカしさ―――。 おそらく『クイズ☆正解は一年後』のような企画は、これまでも挙がったことはあっただろう。しかし、テレビ界の常識やルールをそのまま受け入れていたら実現するのは難しい。いかにルールを守りながら、常識を破っていくか。企画力とは面白いアイデアを出すことではない。それをいかに実現するか、だ。規制やルールは決して面白い番組を作る障害になるばかりではない。使い方によっては武器にもオモチャにもなるのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからTBS『クイズ☆正解は一年後』
テレビウォッチャー・てれびのスキマが選ぶ、2013年のテレビ事件簿【バラエティ編】
NHKと日本テレビがテレビ放送開始60周年、フジテレビとテレビ朝日が開局55周年という節目の年ということで、テレビを振り返る企画や番組が多く放送された2013年。NHKと日本テレビの共同特番『NHK×日テレ 60番勝負』では、28年ぶりに明石家さんまがNHKにサプライズ出演。そのサプライズに「今、テレビご覧になってる方は、本当にビックリされていると思う」と興奮するアナウンサーの声を遮り、さんまは言った。「いや、テレビの前の人はそうビックリしてないやろ、テレビやから」。テレビが、何が起きても不思議ではない“何でも起こり得る”メディアであることを端的に表す、さんまのテレビ哲学をはらんだ名言だった。
そんな「何でも起こり得る」テレビで今年、何が起きていたのかをトピックス形式で振り返ってみたい。
1位『笑っていいとも!』終了発表
2位『有吉反省会』など有吉の冠番組急増
3位『YOUは何しに日本へ?』など異形のドキュメントバラエティ台頭
■“普通”の人の日常が面白い!
13年、僕が番組単位でベストバラエティ番組を選ぶとするなら、『YOUは何しに日本へ?』(テレビ東京系)だ。空港にやってくる外国人=YOUに日本に何をしに来たかをインタビューし、面白そうなYOUに密着するというだけの番組。それが毎回、心を奪われる。日本にまでわざわざやってくるのだから、ほとんどの場合、その動機は「好き」だから。好きなことを情熱的に語り、全力で楽しむ姿を見ていると感動してしまうし、こちらまで楽しくなる。しかも、その「好き」が日本に対する感情だから、誇らしい気持ちも芽生えるのだ。またNHK総合の『ドキュメント72時間』や『ファミリーヒストリー』も、“普通”の人たちの日常を切り取るドキュメントだ。いずれも今年シリーズを重ね、強く印象に残った番組だ。前者はある特定の一箇所に密着しそこに訪れる人々の話を聞き、後者はある著名人の先祖(すなわち多くが一般の人)をさかのぼり、彼らがどのように生きたのかを探るものだ。いずれも起用するタレントは最小限なのも特徴的で、切り取り方を工夫すればこんなにも“普通”の人の日常が面白いということをテレビで伝えることができるのだという証明だった。
■有吉弘行の天下獲り
11年から始まった『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)もゲストのいないトーク番組という飽きられやすい形式ながら、完全に安定した面白さで続く中、いよいよ13年は有吉が天下獲りへ足場を固めた年といえるだろう。象徴的なのは『有吉反省会』(日本テレビ系)のスタートだ。96年、同じ日曜22時30分からの枠の『電波少年』で猿岩石としてブレークした有吉。しかし、アイドル的なブレークをしてしまったために、逆に人気が凋落した。地獄を見た有吉は07年頃から、あだ名芸がきっかけとなって再ブレーク。そしてついに17年の時を経て、メインMCとしてこの枠に戻ってきたのだ。今年始まっただけでも『今、この顔がスゴい!』(TBS系)、『有吉ゼミ』(日本テレビ系)、『有吉弘行のダレトク!?』『ひろいきの』『ぶらぶらサタデー「有吉くんの正直さんぽ」』(フジテレビ系)でそれぞれMCを務め、以前から続く『有吉AKB共和国』『もてもてナインティナイン』(TBS系)、『ロンドンハーツ』『くりぃむクイズ ミラクル9』(テレビ朝日系)、『オトナへのトビラTV』(NHK Eテレ)、『ヒルナンデス!』『ネプ&イモトの世界番付』『ウーマン・オン・ザ・プラネット』(日本テレビ)と、レギュラー番組を数多く抱える。しかも、放送時間帯も昼、ゴールデン、ネオプライム、深夜と多岐にわたり、内容も街ぶらロケ番組、アイドル番組から情報バラエティ、お笑い、トーク番組まで幅広い。さらに、役割もMC、パネラーと全方位的だ。その上、準レギュラーや不定期のシリーズ特番もある。今年は『全国高等学校クイズ選手権』(日本テレビ系)のMCまで務めた。完全に中堅芸人のトップという枠を飛び越え、バラエティタレントとして中心的な役割を担うようになったのだ。
■楽しいだけのテレビの終焉?
今年、なんといっても大きな話題は、30年以上続いてきた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の終了が発表されたことだろう。「楽しくなければテレビじゃないじゃん」という理念を体現するかのように『いいとも!』は、情報番組全盛の平日の昼という時間帯で、何の情報もない、なんの役にも立たない、バカバカしくて不毛で楽しいだけの番組を作り続けてきた。しかし、それが終わってしまう。
折しも「どういう企画会議をしてこれをやろうと思ったんだ?」と首をひねるほど毎回ハチャメチャで意味不明、けれど見ているとただただ楽しかった『ザ・狩人』(日本テレビ系)も、ついに今年終わってしまった。『GARIGARIくりぃむ』『GURIGURIくりぃむ』(テレビ朝日系)と、さまざまに番組タイトルを変えながらも一貫して「くだらない」バカな企画を繰り返していたくりぃむしちゅーのテレ朝深夜番組も『ギリギリくりぃむ企画工場』にリニューアルされると、ゲストの芸能人や一般人の「まいった」話を聞き、一番「まいった」話を決めるという「まいったなぁ互助会」なる「くだらなさ」を期待する視聴者からは「まいったなぁ」と天を仰ぎたくなる番組に変貌してしまった。『リンカーン』(TBS系)が終わり、あのダウンタウンまでも『100秒博士アカデミー』(同)、『教訓のススメ』(フジテレビ系)といった教養バラエティを始めた。こうして「くだらない」「楽しいだけ」の番組が終わってしまう。もはや楽しいだけではテレビ番組は続かないのだろうか?
だが、希望もある。『ゴッドタン』(テレビ東京系)は相変わらずフルスイングでバカ企画を連発し、ついに今年、看板企画である「キス我慢選手権」が、そのまままさかの映画化。『クイズ☆タレント名鑑』の流れをくむ『Kiss My Fake』(TBS系)が始まり、ジャニーズアイドルKis-My-Ft2を隠れ蓑に、やりたい放題やっている。『ギリギリくりぃむ』も年明けにはくだらない企画をやってくれそうだ。また「楽しい」が人の形をしたようなレイザーラモンRGは、いたるところに出没し、くだらない笑いを届けている。そしてコンビとして『THE MANZAI』(フジテレビ系)決勝にも進出した。楽しくなければテレビじゃないのだ。
■総括~境界線からの熱~
印象深いのは、『アウト×デラックス』(フジテレビ系)、『有吉反省会』(日本テレビ系)、『東野・有吉のどん底』(TBS系)といった番組で取り上げられた“境界線”を行き来する人たちだ。彼らの多くは何か「好き」なものに対して過剰な熱量で取り組んだ結果、境界線上に立つことになり「どうかしてる」烙印を押されている。今、そんな「どうかしてる」過剰な熱量の人たちが面白いのだ。『アウト×デラックス』や『ナカイの窓』(日本テレビ系)に出演し、過剰な熱量で「どうかしてる」姿を見せた森脇健児が再び注目され始めたのが象徴的だ。『YOUは何しに日本へ?』のYOUたちも過剰な熱量で楽しんでいるからこそ、魅力的なのだ。ラジオでは、「熱」を掲げるダイノジ大谷が深夜枠のオールナイトニッポンと夕方の帯番組のパーソナリティを掛け持ちするという、タモリ以来(1980年10月~83年9月『だんとつタモリ おもしろ大放送!』と『タモリのオールナイトニッポン』を掛け持ち)の快挙を果たした。この流れがいずれテレビにもやってくるかもしれない。
思えば、今年大活躍した有吉や大久保佳代子、壇蜜らはもともと境界線を行き来していた人たちだ。かつてのタモリだってそうだった。テレビは何が起きても不思議ではない。本流からよりも境界からやってくるほうが、いつの間にか主流のど真ん中に立つことだってある。そんな“奇跡”がテレビを面白くしてくれるのだ。
(文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)
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「伝える力は、伝えたいという愛情に尽きる」生粋の“てれびバカ”西田二郎が語る、テレビの未来
『ダウンタウンDX』(読売テレビ)をはじめ、数々のテレビバラエティを世に送り出しているディレクター、西田二郎。このたび『水曜どうでしょう』(HTB)の名物Dである藤村忠寿氏との対談をまとめた『てれびバカ ツッパリオヤジvs小悪魔オヤジ』(KADOKAWA)を上梓、大きな反響を呼んでいる。今バラエティが抱えている問題点は? これからテレビはどうなるのか? 最前線に立つ西田氏に、その思いを訊いた。
――『てれびバカ』拝読しました。地方局の希望『水曜どうでしょう』の藤村さんと、大阪からバラエティを牽引してきた西田さんの対談とは、かなりのインパクトでした。
西田二郎(以下、二郎) 僕自身、読売テレビというローカル局で『ダウンタウンDX』を20年やらせてもらっていて、はたから見たら中央でやっていると思われがちなんですけど、立ち位置的には藤やんに近いものがある。僕は大阪から番組を全国に放送していて、一方、藤やんは番組販売という形で全国にコンテンツを届けることを「開拓」した人。そういうところで、お互いシンパシーがありましたね。
――「テレビが面白くなくなった」と言われて久しいですが、今日は西田さんが今のテレビをどう捉えていて、その中でどういう立ち位置にいて、未来のテレビはどうなっていくと考えているのか、そのあたりをお伺いしたいと思っています。
西田 まず踏まえなければならないのは、物事は面白くしようとする時点でつまらなくなっているということ。面白いと思ったことを実現していくというのは、その時に見えたものを形にしていく作業なので、実は一秒ずつオモロなくなってるんですね。オモロいものというのは、オモロいと思った時点がピークにオモロい。だから、詰め切らんところで止めることも大切です。僕らはO.A.で、オモロさのピークを取らなアカンわけですよ。だったら、このピークを超える余地を残しておかないとダメ。僕たちの場合はそれがダウンタウンで、ダウンタウンは僕らがどんだけピークでオモロいと思っても、それを超えるだけの余地を絶対に持っている。エンタテインメントの人間は、読めないところを、自分の中に残しておかないといけないんですよ。
――西田さんが担当している『ガリゲル』や『ガリガリゲル』に出演している芸人さんは口を揃えて「西田さんは何を考えているか分からない」と……。
西田 僕ね、芸人さんは安心をさせたらアカンと思てるんです(笑)。芸人さんはクリエイターなんですね。見えてしまったらワクワクしないから、どっか「分からんな」というところを残しておかないと。
――たとえば『ガリガリゲル』の名物コーナー、“アニメ大喜利”は題材もすごくシュールで、MCであるライセンスの2人も「もはやバラエティではなく、ドキュメンタリーです」とおっしゃっていましたが。
西田 大喜利って、芸人さんの本当に面白い一面を切り出す、ある種、聖域なんです。だから、「大喜利やってください」って頼んだことは、実は一度もない。アニメ大喜利は(ライセンス)藤原君にどうしてもやってもらいたかったから、Twitterで「藤原君アニメ好き?」って質問したんですよ。そしたら彼が「ハイ」言うて、大喜利を了承させたというよりは「藤原君が、アニメが好きっていうから」という理由に乗っかった(笑)。たぶん「大喜利してくれへん?」でもイケる話ですけど、やっぱりそれしたらアカンのですよ、自分の中で。
――芸人さんに「なんか面白いことやって」っていうのと同じ感覚……?
西田 カンペ出して「ここでボケて」っていうのと同じ(笑)。うまく言えないんですけど、僕が番組を作る上で大切にしていることって、そういうところ。ノンスタの石田君には『ガリゲル』でおかんをおんぶしてもらったんですけど、その時も「君の中にある家族への思いを考えたときに、石田くんにしかできないことある思うねん。テレビを通じて見せられる親子の関係が」って、延々としゃべって。石田君が「分かります」って共感してくれた後に、「あんな、おかんをな……おんぶしてほしいねん」。
――(笑)
西田 石田君もキョトンですよ。彼にしてみたら、面白い感じでやっていいのか、どうしていいのか分からない。石田君の家族の話聞きながら僕は号泣してるので、どうやらふざけているわけでもなさそうだ。最終的には「なんのことかよく分かりませんけど、頑張ってみます」と了承してくれて。理解できてないと物事が進まないのではなくて、分からへんけど物事が動いていくっていうほうが、僕はステキやなと思うんです。結果「おかんおんぶ」はものすごく反響があって、石田君はレギュラーがバババッと増えたらしいし。
――「おかんおんぶ」はじんわりと泣ける映像なのに、どこか笑っちゃうのが不思議でした。
西田 どう考えたって、やってることはコント(笑)。おかしいんですよ。突然、実家に行っておかん呼び出して、昔の話しながら「おんぶさせてくれへん?」って。まずオモロい世界を作って、その中にホロリとさせる要素を入れるのが通常だとしたら、あれは基本泣かせにかかってる。やり方的に間違ってるんです。
世の中って、なんでも正しいか間違ってるかで判断しがちなんですけど、僕はまず「愛情」ありきで、愛情があれば大いに間違っていいと思ってます。むしろ間違ったほうがいい。「本来だったらこう」っていうのを逸脱すればするほど、愛情の深さは伝わると思うんです。正しいか間違ってるかに終始して愛情がそっちのけになっているコンテンツがたくさん出てくると、人々は面白いとは言いづらくなりますよね。
――コンプライアンスの順守などでしょうか?
西田 そうですね。でもそれに限らず、「テレビは分かりやすくするべき」という考えに従っていった結果、まったく心に響かないものになってきているともいえる。逆に間違っていたって、伝わるときは伝わります。伝える力というのは、理論性や分かりやすさに答えがあるんじゃなくて、本当に伝えたいという愛情に尽きると僕は思ってるんですね。ただ当然視聴率の問題もありますから、そのバランスは保たなければならないですが。
――『ダウンタウンDX』は、そのバランスが絶妙だと思います。
西田 DXの「スターの私服」は、数字という面で番組にものすごく貢献してくれています。どうしてあのコーナーが数字を獲れるのかというのは、あとからなんとでも言える。だけど、あのコーナーの前まで、そんな企画は存在しなかったんですよ。たとえ思いついても、先ほどの正しい間違ってる理論にのっとると「ちょっと弱いんちゃうんか」とか理屈をつけられて、実現には結びつかないんです。でも、僕はどうしても見せたかった。ダウンタウンに見せたかったんです。ダウンタウンにスターの私服見せたら、さぞかし戸惑うやろなって。
――領域が違いますから。
西田 (想像できないから)面白くなるという予感があったんです。周りのスタッフは「ダウンタウンは(服に興味ないから)オモロいこと言わへんのちゃう?」「それより、まずあの2人はやれへんやんか」って心配してましたけど。拝み倒して、とにかく一回だけはやってもらいました。やっぱりあの2人すごいですから、面白くしてくれたわけですよ。でも終わった後「もう二度とせえへんからな、二郎!」って浜田さんに言われて。
――どう説得したんですか?
西田 プロデューサーのせいにしました。「勝田(P)が、テレビ人生をかけて“スターの私服”がやりたいらしいです!」と(笑)。「オマエ……ほんまアホやなあ」って言いながらもやってくれました。ダウンタウンは。
――『てれびバカ』の中でも「『ごっつ(ええ感じ)』や『ガキ(の使いやあらへんで)』と同じことをやっても仕方ない」と書かれていました。
西田 そうです。『ごっつ』に関しては、あの番組がゴールデンに行くときに、当時フジの社屋があった駅全面にポスターが貼ってあったんですね。それを見て「駅全部にポスター貼ってもらえるんや……」と全身の力が抜ける思いでした。ポスターだけでもスゴいのに、チャンネル合わせてこれから毎秒驚愕するなんて、僕の気が持たない。結局O.A.を見ることはできませんでした。まぁ、しんどかったですよ。僕ら世代で『ごっつ』見てないテレビマンなんていませんから。だけど、かえってそこを異質に感じてもらえたのはラッキーでした。だからDXは少々ダウンタウン的でないものも認めるべし、と思ってくれる番組になったと思います。
――ダウンタウンの番組がたくさんできていく中で、DXが長寿番組たり得たというのはまさにそういう理由でしょうか?
西田 まぁここに至るまでに紆余曲折もあって、僕自身がダウンタウンの番組を見ることを禁忌にしたわけですけど、ダウンタウンのことは理解しないといけない。そのために僕はどうしたかというと、「浜田さんになる日」「松本さんになる日」を決めて、その日はひたすらツッコミを入れたりボケ倒したりするんです。もちろん全部ドンピシャにできるわけはないんですけど、せめて「これ言うんちゃうかな」っていうポイントくらいはつかめるようになる。ダウンタウンというフレームが身についたと信じられたんです。これがあればどんな企画を立てる上でも(ダウンタウンが)気色悪いことにはならないという確信が持てたんです、まぁ、自分の思い込みですけど。中身じゃなくて、枠。メロディじゃなくて、リズム。
――『ザ・狩人』もフレームだけあって、あとは自由に芸人さんが音楽を奏でるような番組ですよね。
西田 『ザ・狩人』の場合は、藤井(隆)君が持ってるメロディをテレビで出し切ることをメインに考えていますね。それは本人の希望でもあったので。こちら側からの発信だけではあそこまで飛びきれない(笑)。これは芸人さんがクリエイターであるという一つの証左でもあるかなぁと。なんかやってみな分からへんというフレーム感の中で、藤井君がやってみたいと思うことをスタッフと一緒にハーモニーとして奏でていくことだと思うんです。芸人さんはリズムではなくメロディで勝負する人が多い。要するに「何を言ったらオモロいか」にこだわるのが芸人さん。僕ははたから「芸人さんが歌いやすいリズム」しか考えない。
――今、テレビにおいて芸人さんがそうしたクリエイティビティを発揮できる場が少なくなっていて、その一つの要因として芸人が飽和状態になっている、中堅~大御所が詰まっていて若手がなかなか出られないなどと言われています。西田さんは、その状況をどうお考えですか?
西田 それは芸人さんの数的な問題ではない気がしてます。20年前でもテレビには出ないけど寄席でめっちゃオモロい芸人さんはいたし、芸人の数が少なかったからテレビに出やすかったわけでもない。これは上岡龍太郎さんが言っていた「テレビ芸」というものだと思うんですけど、テレビへの向き不向きですね。テレビにおいてウケる話術であったり、やり取り。そもそもテレビというフィールドで活躍しなければ(芸人として)成立していないという考え方がどうなのか。僕はいいと思うんですよ、テレビじゃなくても、成り立つ経済圏があれば。テレビ以外でやっていける軸というものがあれば、誰もテレビに見向きもしなくなりますよね。だってそうでしょう、オモロいこと言うても一瞬にして食い散らかされてしまうんですよ、テレビは。さだまさしさんはめっちゃオモロい話するけど、テレビでは出しません。それはテレビが消耗するメディアであり、みんなのイメージに既視感を与えてしまう、神秘性がなくなってしまうから。だからテレビはその代償として、ほかよりも高いギャラをいただけるともいえる。つまりは芸人さんの数の問題ではないと思いますよ。
――芸人さんがテレビに出るというのは、常に脳みそを全国に晒しているようなものなんですね。
西田 ホンマですよ。国民の皆さんはね、芸人さんはスゴイと、もっと思わなアカン。最近、オモロいことを言ってくれるのに慣れっこになってはいませんか? 僕ね、文化を支えるのは芸人やタレントじゃなくて、ユーザーだと思うんです。かつては城主というパトロンがいて、芸術家を保護していたでしょ。今パトロンは国民、ユーザーなんですよ。それなのに、みんな支えることからは逃げようとする。オモロそうな可能性のあるヤツは長い目で見守っていかんと。その猶予期間が文化を深くさせるんです。今はなんでもその日暮らし的に判断してしまって、一回見ただけで「オモンないな」とか平気で言うでしょ。これは芸人さんが増えたことの一つの弊害で、素人なのに笑いを評価する風潮ができてしまったんですね。どんなに芸人さんが頑張っても、受け皿であるユーザーがそれを受け取るだけの文化的素地がなかったら何も育たないですよ。
――見る側の歩み寄りが大切だと。
西田 僕ね、今こそ若い世代がSNSの力を発揮するときだと思うんです。SNSを使って煽って盛り上げて、大人がまったく理解できない同世代のスターを作り上げるんです。それこそ間違ってたっていい。なんていうか、見る側の人間がもっとテレビに近づいてきてほしいんですよ。もう作り手側のアプローチはやり尽くしましたから。それが未来の正しいテレビのカタチじゃないでしょうか。
(取材・文=西澤千央)
●にしだ・じろう
1965年生まれ。大阪府寝屋川市出身。読売テレビのチーフプロデューサー・演出家。『ダウンタウンDX』や『ガリゲル』などの人気お笑い番組を多数手がける。
『80年代テレビバラエティ黄金伝説』が教えてくれる、“破綻”がテレビにもたらす福音
「コンビニの店員がアイスケースに入った」「宅配ピザのアルバイトがピザ生地を顔に貼りつけた」「大学生が某アミューズメントパークのアトラクションで迷惑行為」……昨今、急増しているこれら“SNSでの悪ふざけ自慢”。実際に店舗が休業に追い込まれたり、本人も学校を退学になるなど、単なるいたずらでは済まされない事態に発展することも多い。 これらの行為に対して、「最近の若者たちは幼稚すぎる」「ネットリテラシーを知らない」など一元的に断罪することは簡単だ。ただ1976年生まれの筆者にとって、連日メディアを賑わすこれらの自己中心的で稚拙でくだらないイタズラを、他人事のように笑えない。私たちは若者がアイスケースに入るより数倍過激で数倍くだらなくて数倍危険なことを、かつてテレビの向こうに見ていたからである。 『80年代テレビバラエティ黄金伝説』(洋泉社MOOK)のキャッチにはこうある。「早朝バズーカ!マムシ風呂!ポロリ!なんでもアリ!!過激でハチャメチャだったけど、刺激的な番組をもう一度観たい!!」。若者たちを熱くさせた80年代テレビバラエティ。新しいものが生まれては消えていったあの激動の時代を、タレント、番組、スタッフ、テクノロジーなどの視点から多角的に分析したのが『80年テレビバラエティ黄金伝説』である。『オレたちひょうきん族』のような大メジャー番組から、『ハロー・ジャガー』(千葉テレビ)に代表されるローカル魂溢れる局地的番組まで、等しい愛情と尊敬を持って言及している80年代バラエティ愛、いやテレビ愛に満ちたMOOKである。 80年代、すべてがキラキラして浮かれていてバカっぽかったあの時代。テレビで見る大人たちはみな襟を立て、セーターを肩からぶら下げて、よく分からない業界用語を口にしていた。その軽薄さこそがオシャレで、土曜8時に『ドリフ』の6チャンネルから『ひょうきん族』の8チャンネルに推し変することは大人の階段を上ることを意味していた。一方で『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のような泥臭いバラエティも全盛。もっと身近で視聴者を煽りながら、本当とウソの間にあるゾクゾクするような面白さを素人のローカルヒーロー化という形で示したり。ウソだと思っていた大仏魂が近所の団地にやって来て、それを兵藤ゆき姐がリポートしているのを生で目撃した時、一小学生だった私はテレビという化け物に玉砕したのだ。 さて、本書でもかなりのページ数を割いて解説されている「フジテレビバラエティ」、そして「ビートたけし」。当時どうしても下に見られがちだった“お笑い”をテレビのメインに押し上げたのは、間違いなくこの2つのムーブメントだ。『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』などの番組を演出していた佐藤義和氏も本書のインタビューで「そのころお笑いって蔑視されている空気があったから『お笑い番組が世に出るにはどうしたらいいか?』ということを考えて、僕なりに実験をしていました」と語っている。思えば、佐藤氏自身が一般人から「サトちゃん」と呼ばれたり、独特の口調「○○だかだ~」が流行したり、フジバラエティにおけるスタッフのタレント化の先陣を切っていた。この内輪ノリを含め、ちょっと視聴者を突き放すような「この面白さ、分かる?」という挑戦的な姿勢が、『冗談画報』『夢で逢えたら』へと続き、80年代フジバラエティの黄金期を築いたのだろう。 そして「これを今やるのは無理だよね……」という枕詞で説明される80年代過激バラエティの先頭にいたのが、ビートたけし。たけしの実験性とテリー伊藤の狂気がうなりを上げた『元気が出るテレビ』、リアクションを芸として認知させた『お笑いウルトラクイズ』……本書で振り返ると、あらためてたけしの“今まで見たことないもの”への尋常ならざるこだわりを痛感させられる。そして視聴者もそれを期待し、受け入れていたことも。その辺りを片岡鶴太郎はインタビューでこう述懐する。 「芸人は、というか、テレビの作り手も含めて、多くの人に向けてなにかを表現したいという欲を持っている人間は誰しも、どこか破綻した部分を持っているものなんです。でも、その破綻した部分こそが魅力だったりするわけで。80年代という時代は、そのことを認めてくれる人が多かったような気がするんです」 先日、とある中堅芸人さんを取材したときに「中学生くらいのときですね。その頃テレビに出てた芸人たちはホント滅茶苦茶なことをやっていて、それを見て楽しそうだなって。それで芸人を目指したんですよ」と遠い目で語っていたのを思い出した。この本の面白さは、ただ単に80年代を「あの頃は良かった」と懐古するところではなく、80年代のバラエティを通して今のテレビが抱える現実が見えてくるところにある。あの頃、作り手たちはお笑いの地位向上のために戦っていた。もちろん今も面白い番組作りのために戦っている。しかし現代の難儀なところは、テレビの戦うべき相手がハッキリしていないということではないだろうか。局のエライ人たちなのか、予算なのか、視聴者なのか、コンプライアンスという名の世間なのか。そうしてテレビが「破綻」を手放した結果、冒頭の悪ふざけのような「破綻もどき」を若者たちが自作自演しだしたにすぎないようにも思えてくる。 暑苦しくてがむしゃらでデンジャラス、そしてちょっと切ない。80年代バラエティを季節にたとえれば、ちょうど今年のような猛暑の夏か。テレビを取り巻く環境がどんなに変わろうと、テレビにしかできないことがあるということを、この本はあらためて気づかせてくれるに違いない。 (文=西澤千央)『80年代テレビバラエティ黄金伝説』(洋泉社MOOK)
「ダウンタウンの番組が次々と……」『アカン警察』視聴率6%で打ち切り確定か
ダウンタウンがMCを務めるバラエティ番組『爆笑 大日本アカン警察』(フジテレビ系)の低迷ぶりが止まらない。 同番組は、同じ時間帯で平均視聴率15%前後を記録している『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)などに大差を付けられ、先月14日に番組史上最低となる6.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。約1カ月ぶりの放送となった今月11日放送分でも、6.1%と振るわなかった。 番組スタート時は、視聴者の投稿を元に、警視総監役の松本人志などが「アカン」か「アカンくない」かジャッジするスタイルだったが、徐々に内容をリニューアル。最近は、VTRを見ながらの「検証クイズ」が行われ、11日放送分では、ビッグマミィこと美奈子が思う「再婚したい出演者」を当てるクイズのほか、「串揚げを多く食べられる芸能人」「腹筋が多くできる芸能人」をスタジオのタレントらが予想した。 しかし、最近の「検証クイズ」に対し、視聴者から「前のほうが面白かった」「検証クイズがくだらな過ぎて、見る気にならない」といった批判が噴出。番組低迷の要因の一つではありそうだ。 「フジ局内では、9月で打ち切りという話題でもちきり。AKB48の人気メンバーや、ジャニタレがレギュラー出演しながらもこの数字ですから、業界内では『よっぽど内容に原因があるのでは?』との見方が強いようです。最近は、美奈子や、矢口真里の元夫・中村昌也など、話題の人をゲストに呼ぶなどしていましたが、思うような効果はなかったようですね」(テレビ制作関係者) ダウンタウンといえば、同局で18年続いた『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』が昨年12月に終了。90年代には20%を超えていた『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)も時として5%台を記録、『リンカーン』(TBS系)に至っては4%台になることも。 お笑い界でトップに上りつめたダウンタウンも、正念場を迎えているようだ。フジテレビ『爆笑 大日本アカン警察』公式サイトより
『おねラン』でおなじみ”イケメン料理人” 川越達也シェフの本音の本音
【サイゾーpremium】より
──『お願い! ランキング』をはじめとしたテレビ番組にひっぱりだこの、”イケメン料理人”川越達也シェフ。爽やかなスマイルが奥様方に人気なれど、ネットやその他ではいじられ放題、突込みどころ満載にも見える、今まさに旬すぎる料理人だ。代官山でオーナーシェフを務める彼が、わざわざ叩かれながらもメディアに出続ける理由・その旨味とはなんなのか? 本人に直撃した!
雑誌「サイゾー」のほぼ全記事が、
月額525円で読み放題! (バックナンバー含む)
川越 「サイゾー」さん、たまにネットで僕の悪口書いてませんか……? ――そんなことはない……と思いますが、本日はよろしくお願いいたします。今はお店「タツヤ・カワゴエ」はお休み中ということですが【4月上旬時点。5月1日より営業再開】、ブログを拝見すると全国を飛び回ってますね。地方の食材の開拓などを考えているのですか? 川越 40代の戦略のひとつとして取り組んでいます。川越達也ならではのもの、今の時代に提案できるものとは何かを考えながら食材を探している感じですね。例えば、乾燥シイタケとか切干大根とか雑穀とか。今は全国に行って生産者の方たちと会っているところです。よくテレビとかで料理人が畑とかに行って、偉そうな顔で葉っぱをちぎってたりするじゃないですか(笑)。 ――『情熱大陸』(TBS)とか『ガイアの夜明け』(テレビ東京)で見たりしますね。 川越 ね? これみよがしにやってるでしょ?(笑) 僕は宮崎で泥臭い生活をしてきたので、子どもの頃からああいう畑の中で育ってきたんですよ。子どもの頃に体感した食材と、30年経った今、どうやって向かい合っていけるか考えているところですね。 ――その宮崎で過ごした幼少の頃から、川越さんは料理人を志していたんですか? 川越 「目指していた」というよりは、「できることを仕事にした」という言い方が正しいかな。子どもの頃はプロ野球選手になりたかったんですよ。でも、体が小さくて華奢だったので、中学校に上がる前ぐらいに限界がわかってしまった。一方で、子どもの頃から手に職をつけようという意識がありました。家は貧乏だったし、自分は勉強ができるわけでもない。身体も小さいし、ほかに秀でたこともなかった。でも、料理のことは、何をどうすればおいしくなるのか、学ぶ前からなんとなくわかるという能力があった。ありがたい”オプション”を身に付けていたんですね。 ――”手に職”を意識されていたということは、同時にお金を意識していた? 川越 やっぱり男の子だから、一発当てるために早く自分の武器を見つけて磨かなければいけないという思いがありました。 ――それはいつぐらいから考えていたことなんですか? 川越 小学校に上がるぐらいかな。仮面ライダーやウルトラマンになれないことはわかっていたけど、いざというときにそういうヒーローになっていたいという気持ちがあったんです。しっかりした強い人間になって、困った人を助けてあげなくちゃ、と。親兄弟も含めて、助けを乞うている自分の身の周りの人たちを助けてあげられる大人になりたかった。そのための武器が、料理の仕事だったんです。 ――以前、別のインタビューで「早くお金を稼いでお袋を救い出したかった」とおっしゃっていましたね。 川越 あぁ、はい。中学・高校時代は家がグチャグチャだったんですよ。親父との確執があったり、嫁姑の問題があったり。……僕、小学校の頃、お袋がばあちゃんの首を絞めているシーンを見ているんですよ(笑)。 ――うわぁ。 川越 もう半狂乱でしたね。ばあちゃんも元気だから応戦するんです。僕は子どもですから母親大好きですし、守ってあげたいという気持ちがありました。でも、その頃の僕は何もできなくてもどかしいわけですよ。だから、自分自身が働ける環境が整ってきた段階で、「よし! あとは仕事頑張るぞ!」と思ったんです。お袋のことを大事にするのはもちろん、いざとなったら親父のことだって面倒見なきゃいけない。川越家で何かあったら、俺が助けてあげられる人間になっていよう、と考えてましたよ。 ――家族を助けるウルトラマンになろうと。 川越 もうひとつ、親戚に障害者が何人かいたんです。特に幼い頃から兄弟のように育ってきた従兄弟が脳性まひだった。俺はこんなに自由に走り回れるのに、彼は歩くことも喋ることもできない。五体満足の俺は彼の分までもっと頑張らなきゃ、しっかり生きていかなきゃ、と思うようになりましたね。だから、自分が大人になったとき、誰が困っていたら「シュワッ!」と手を差し伸べられるような人間になっていよう、と。それが手に職をつけるということだったのかもしれません。 ■「自分の料理教室もトークの練習の場にしていた」 ――宮崎から大阪・神戸を経て東京に進出、今や”川越シェフ”として多忙を極めているわけですが、そこではメディア出演が大きな役割を果たしていると思います。メディア出演の最初のきっかけはなんだったのでしょう? 川越 きっかけというより……きっかけが来たらいいな、と思って常に準備をしていました。何が成功かということについてはそれぞれ考え方がありますけど、僕は有名になりたいと思ってメディアに出たわけじゃなくて、有名にならないと生き残れない時代だと思っていたんです。 ――具体的にはどんなことをしたのでしょう? 川越 28歳で開業した頃は、例えば雑誌の「Hanako」(マガジンハウス)さんや「東京ウォーカー」(角川書店)さんがエリア別のレストランや若手シェフの特集を組むときに、「目黒の学芸大学駅に、若くて頑張ってるシェフがいるらしいよ」と風の噂が立つような準備をしていました。「ティアラ・K・リストランテ」というちょっと長い当時の店名も、誌面に載せたときに「なんだろう?」と目に留まるようにしたかったから。雑誌に掲載する料理も、海老や蟹を使って、実は食べてもそんなに美味しくないんだけど写真映えする見た目の派手な料理を載せてました。で、予約の電話をしてくれたお客さんに素直に言うんです。「すみません、掲載していた料理は雑誌用に華やかにしたものなので、お出しできないのです。その代わり、一生懸命作るので食べに来ていただけませんか?」って。来ていただいたらお詫びをして、代わりの料理で楽しんでいただきました。なかには「なんだ、嘘じゃん」と言う方もいましたけど、人がなんと言おうと店に興味を持ってもらうことが大事だと思っていましたね。雑誌の表紙と一緒ですよ。 ――それも一種のメディア戦略ですね。 川越 次は「若手のオーナーシェフ」として、そういう企画があったら最初に声がかかるような戦略を打ちました。もう、努力ですよね。2週間に1回ぐらい美容室に行って、ちゃんとカラーリングする。帽子なんて被りません。あと、上手くお話ができるように、お店で料理教室も開きました。 ――料理教室でトークのトレーニングをしたんですか? 川越 いろいろな料理番組でシェフが喋っているのを見て、「もっとこう言ったらわかりやすいのに……」と思うわけですよ。だから、料理教室を開いて生徒さん相手に、ちゃんと伝わる言い回しや表情を研究しました。僕はタレントじゃないけど、テレビに出るのならそれはやるべきだと思います。その頃はテレビを見ながら自分に置き換えてシミュレーションしてました。「チャンスが巡ってきたら、よし、みてろよ」っていうような思いでしたね。 ――そもそも、料理人の世界では、メディアに出ることは良しとされるんでしょうか? 川越 ほとんどの料理人――九割九分と言ってもいいと思います――は実はメディアに出たいんですよ。この世界は、自己顕示欲が強い人ばかりなんです。自分の名前を店名にしてみたり、俺の料理はこうだと語ったりするのも、すべて自己顕示欲の表れ。でも、なかなかメディアに出ることはできないから、メディアに出ることは悪だという歪んだ考え方になってしまう。 ――「あいつチャラチャラしやがって」みたいな批判が聞こえてきたりしませんか? 川越 聞こえてきますよ。でも、そんなのが100人ぐらい束になってかかってきても、なんとも思いません(笑)。 ――以前は、「最初の頃は批判がキツかった」ともおっしゃっていたと思いますが。 川越 あぁ、それは、言うなればある種のリップサービス。そういう人たちとは目標が違うとわかっていたので、気にはなりませんでした。彼らの目標は美味しい料理を作りたいとか、自分の料理を評価されたいとか、自分のやりたいことに主軸を置いている。それは全然悪いことじゃなくて、正しい料理人の姿なんですよ。じゃあ僕は何が違うと言いたいか。僕の目標は初めから料理人じゃなくて、ウルトラマンなんです。身内も知らない人もひっくるめて、いざという時には困っている人を助ける大人になるためにこの仕事を選んだんです。 ――現在は料理バラエティーも増えていますし、シェフや料理研究家のような方たちも大勢メディアに出るようになりましたが、川越さんの目にはどう映っているんでしょう? 川越 僕は料理評論家という人たちのやっていることには、あまり賛同できないんですよ。彼らは自分のお店を持っていないでしょう? 僕からすると、それはズルい。僕は自分の店を持って、誹謗中傷されながらも存続させている。「じゃ、あなたたちもお店やってごらんなさいよ? それから評論でも研究でもしなさいよ」と思いますね。自分が作ったものを多くの人に食べてもらって賛同してもらうべきです。 ――じゃ、自分と同じことをしているとは思わない? 川越 思いません。彼ら、彼女たちがやっていることは、まぁ、食べていく術の一つなのかな、と思います。その人たちとケンカするつもりはありませんよ。それはその人たちの生き方だから。でも、食べ歩いて人の店に文句を言う人とかいるじゃないですか? 本当に……いなくなってほしい(笑)。 ――では、「食べログ」のような評価サイトのことをどう思われますか? 川越 くだらないです(即答)。僕は興味もないし、何をわかって書いてるの? と思いますね。人を年収で判断してはいけないと思いますが、年収300万円、400万円の人が高級店に行って批判を書き込むこともあると思うんです。 ――そういうこともあるでしょうね。 川越 ね? でも、そこまでの店にしてきた企業努力や歴史は、あなたにはわからないでしょ? と思うんです。断片的なことを切り取って、「すべて悪」みたいなことを書き込んでいる。僕の店も「水だけで800円も取られた」と非難されることがある。でも、当たり前だよ! いい水出してるんだもん。1000円や1500円取るお店だってありますよ。そういうお店に行ったことがないから「800円取られた」という感覚になるんですよ。だから……残念だな、と思うわけです。あとは、やっぱり何か言いたいだけなんですよ。僕はやらないですけど、一般の人がフェイスブックだのツイッターだのをやるのは、みんな自分の存在を見てほしいわけでしょ? 「食べログ」で鬼の首を取ったような批判を書いている人がいても、結局それと一緒なんだな、と。 ――川越さんがメディアに大量に出てることへの批判もあれば、調理場に「川越ミラー」があっていつも自分の姿を確認しているなんて週刊誌でネタにされたりもするじゃないですか。……実際にあるんですか? 川越 ありますよ(笑)。身だしなみを整えるためにね。 ――川越さんがヘアスタイルを整えてメイクを施しているのも、「自分を見てほしい」人だと思われがちですよね。 川越 はいはい、一般的にね。でも、今までのお話の通り、僕の場合それはツールであってゴールが違うんです。それに身だしなみぐらいは、最低限ちゃんとしておいたほうがいいじゃないですか。同じ料理だって小ぎれいに盛り付けたほうがいいでしょ? ――ちなみにその髪型は天然パーマではないですよね? 川越 美容室に行ってやってもらってますよ。商品パッケージにもこの髪型で出ているから、なかなか変えられなくて。メディアに出るのをやめたら坊主にするかも(笑)。髪型も料理の盛り付けと一緒ですよ。 ――セルフプロデュースにはとことんこだわっていますよね。 川越 逆に、なぜ皆さんはやらないのかな? と思います。料理に100%費やすとして、あと10%ぐらい自分に手間をかければ、評価が広まっていくこともあるんですよ。この前、バラエティー番組で1万人にアンケートを取ったら、僕のイメージの1位は「ナルシスト」だったんです(笑)。僕はナルシスト万歳なんですよ。男性も女性も、全員そうだもん。僕の場合はそれが表面に出ているだけ。ナルシスト分量がゼロだったら、みんな丸刈りで裸ですよ(笑)。 ■「日本の食文化を広げる新しいものを開発したい」 ――川越さんの発想は料理人というより、ベンチャー起業家に近い感じがありますね。 川越 ベンチャーね、なるほど。みんなが普通に食べている麻婆豆腐やハンバーグ、ナポリタンにも、それぞれ人類のどこかに発明者がいたんです。ケータイでも何でも、生活に欠かせないものを作った人がいる。ソフトバンクの孫正義さんとかね。そういった方たちと肩を並べることはできないと思うけど、食の文化において僕が死んだ50年後、100年後に「昔、カワゴエという人がいたから、この料理があるんだよ」と言われるようなものがひとつでも残せたらと思っています。しょうゆやケチャップのように人々の生活に溶け込んでいて、「これを作ったカワゴエという人がいたらしいよ」「だから今の日本の食文化は広がったんだよ」と言われるような料理や調味料、システムをひとつ残せたらいいな、と思いますね。 ――それは壮大な夢ですね。 川越 だから普通の料理人さんとは見ているものが違うんです。ちょっとずつでも、世の中が豊かになるようなものを残していけたら、子どもの頃に思っていた人様のためになる大人になれるかな、と思いますね。 ――ある意味、とても野心家だと思うのですが、”成り上がり”的なイメージを自分に重ねることはありますか? 川越 全然ないです。僕自身はお金に無頓着なんですよ。なんでも手を出すグルメ商人だと思われているかもしれないけど。 ――グルメ商人(笑)。 川越 例えば、店で食中毒を出したら一発で終わりですよ。メディアからも消えることになる。でも、店を閉じたとしても再起まで1年2年は一人ぐらい細々と食べていけるだけの蓄えはあります。そのリスクも常に考えて、気を引き締めて生活しています。みなさんどう思っているかわかりませんが、意外と堅実にやってるんですよ(笑)。 ――ところで、先ほどツイッターやフェイスブックをしないとおっしゃってましたが、ネットもあまり見ませんか? 川越 僕、パソコンできないんですよ。たまにケータイで、自分の名前が出ているネットニュースを見るぐらいですね。 ――今、ネットに川越さんのコラージュ画像が……。 川越 いっぱいあるんでしょ!(笑) 照英さんと一緒だったり。 ――あ、それは見ているんですね。 川越 はい、楽しんでますよ(笑)。作っている人たちにそれは伝えておきたいですね。ただ、ちょっと照英さんに悪いかな? そっちのほうが気になってます(笑)。 (構成/大山くまお)(写真/梅川良満)
川越達也(かわごえ・たつや) 1973年3月7日、宮崎県生まれ。料理人、(株)タツヤ・カワゴエ代表取締役。大阪あべの辻調理師専門学校卒業。大阪・東京のフレンチ、イタリアン、日本料理店で修行し、その後数店の料理長を務める。00年に28歳の若さで目黒区・学芸大学駅前に「ティアラ・K・リストランテ」をオープン。06年、店名を「タツヤ・カワゴエ」とし、東京・代官山に移転。人気店のオーナーシェフとして腕をふるう。『お願い! ランキング』(テレビ朝日)への出演などからメディアでブレイクし、従来の“料理人”のイメージを覆す多彩な活動を行う。 【「サイゾーpremium」では他にもプレミアムな著名人のインタビューが満載です!】 ・大森南朋の兄・大森立嗣がメッタ斬り「日本映画がダメになったのは、客が悪い!」 ・『親鸞』など、宗教を探求する作家・五木寛之が説く "病める時代"における「悪」の思想 ・「ノマドの女王」安藤美冬×「百獣の王」武井壮 ノマドワーカー・サバイバル対談!
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「タレントだけにリスクを押し付け……」“壇蜜、ストーカー被害”でも絶えない自宅公開番組の罪
先日、深刻なストーカー被害に遭っていると、東京スポーツに報じられたセクシータレントの壇蜜。警察への被害届の提出も視野に入れているといい、事態の重さがうかがえる。
原因は、大ブレーク中の芸能人らしからぬセキュリティーの甘い“普通のマンション”に住んでいたことや、本人のキャラクターが親近感を湧かせる点などさまざま挙げられているが、中でも自宅の映像をテレビのバラエティ番組で放送したことが決定的だったようだ。
壇蜜以外にも、芸能人のストーカー被害は、これまでもたびたび報じられてきた。
最近だと元AKB48の増田有華が、「(AKB時代に)留守中に自宅に入られて、写真を撮られました」と告白。メールで自分の部屋の写真が送られてきたことも明かし、その後、送信者のメールアドレスから犯人は捕まったのだとか。まるで故・今敏監督のアニメ映画『パーフェクトブルー』(1998年)さながらの恐怖体験である。
また現在、ドラマやCMに引っ張りだこの女優・比嘉愛未も、数年前に被害を報じられたことがあった。当時の報道によると、ストーカー男は、週3~4回も自宅へ来てはインターホンを押したり、彼女がかかりつけの美容院を訪れては、情報を聞き出していたという。
ストーカー被害は、女性有名人だけではない。6年以上もつきまとわれ裁判沙汰となった歌舞伎役者の市川猿之助や、9年間にわたり被害に遭っていたミュージシャンの久保田利伸など、女性ファンからの被害も多い。
特に壮絶だったのが、スピッツのボーカル・草野マサムネ。数年前、自身を“まーくんの彼女”と思い込んでいるファン女性から、長年にわたり被害を受けていたことが発覚。
その迷惑行為は、ネット上での過剰なつきまといから始まり、使用済み生理用品を送りつける、自宅マンションのインターホンを押し続ける、近所に草野の話を聞いてまわる……などハードなものばかりで話題となった。
有名人のストーカー被害が深刻な問題となるきっかけの多くは、“自宅バレ”が原因。しかし、壇蜜が自宅を公開した『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)や、ゲストの自宅公開をウリにしている『メレンゲの気持ち』(同)をはじめ、同企画が恒例となっているバラエティ番組は少なくない。
「有名人の自宅公開企画は、これまでもテレビ局内外でたびたび問題視されてきました。10年前に比べれば、近所周辺のモザイク処理を徹底するなどの強化がされるようになりましたが、賃貸物件の場合は、ほぼすべての間取りがネット上に公開されてますし、窓の外の風景などいくつかのヒントがあれば特定できてしまうでしょうね。それでも、予算がかからず、数字もそこそこ取れて、何より『●●の自宅を公開!』とナレーションやテロップで煽りやすい。番組側からすると都合のいい企画なんです」(制作会社関係者)
どれだけ都合のいい企画といえども、有名人側のリスクは計り知れない。ましてやブレーク中のタレントともなれば、自宅を知りたい熱狂的ファンも多いだろう。今一度、有名人の自宅公開について見直してもいい時期なのかもしれない。







