「ダメよ~、ダメ、ダメ」 日本エレキテル連合のこのフレーズが、新語・流行語大賞に輝いた2014年。流行語にはノミネートされなかったが、どぶろっくも「もしかしてだけど」の歌ネタで小~中学生を中心に大ブレークを果たした。お笑い芸人発の言葉がひとつもノミネートされなかった昨年と比較すると、お笑い芸人が注目された年といえるだろう。 思えば、今年はテレビのバラエティ番組史に残る激動の年だった。それはなんといっても、32年もの長きにわたり続いた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の終了だ。同じく20年以上の長寿番組だった『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)も最終回を迎えた。ある一時代の終わりを象徴するものだろう。 そんな2014年のテレビバラエティを振り返ってみたい。
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「純度100%のバラエティ、いま日本に何本あります?」『オモクリ監督』がクリエイトするもの
「冒頭でこんなこと言うのもアレですけどね、短命ですよ」 千原ジュニアは新番組の第1回目のオープニングで、そう宣言した。 その番組とは、10月から日曜日夜9時枠でスタートした『オモクリ監督』(フジテレビ系)だ。もともとは、『OV監督』として深夜に放送されていたもので、千原ジュニア、劇団ひとり、バカリズムのレギュラー陣と、ゲスト数人が、「監督」として面白いVTR「オモブイ」をクリエイトするという番組だ。 一口に「面白い」と言っても、笑えるものから泣けるもの、シュールなもの、ひたすらくだらないものまで多種多様。映像も、実写ドラマからアニメ、ドキュメンタリー、バラエティとさまざま。ゲスト監督にはロバート秋山、よゐこ濱口、シソンヌじろうら芸人はもちろん、脚本家の森ハヤシ、ミュージシャンの堂島孝平、俳優の坂上忍、コラムニストの犬山紙子など、ジャンルもバラバラ。 昨今、番組制作コストに視聴率が見合わないからと、コント番組すらなかなか作られない中、「オモブイ」は1本が数分とはいえ、毎回5~6本の短編映画を作っているようなもの。ジュニアの言う通り、「短命」な予感はしてしまう。実際、深夜時代からレギュラー陣は、「予算を抑えよう」と口々にネタにしていたし、ゴールデン進出は驚きだった。 昇格を機に、新しく盛り込まれたものがいくつかある。まずは司会。抜擢されたのは、バラエティ初レギュラーとなる女優の吉田羊。ここに「安定感」ではなく「新鮮さ」を選んだところに、この番組の挑戦的な志しが見て取れる。 そして最大の強化策は、審査員長にビートたけしを起用したことだ。深夜の『OV監督』時代は、先鋭的なことをやりつつも、レギュラー陣3人の力の抜けたトークでほのぼのとした雰囲気が魅力のひとつだった。正直、たけしの加入で、そういった番組のカラーが一変してしまうのではないかという不安もあった。だが、それはまったくの取り越し苦労だった。たけしは基本的にVTRの良いところを褒め、それに加え、映画監督的視点、お笑い芸人的視点を併せ持った「俺ならこうする」という具体的で貴重なアドバイスを送るのだ。だから、嫌な緊張感はない。 たとえば自動車教習所を舞台に、教官が教室に背中から入ってくる「オモブイ」に対し、「カメラワークから言えば、あれは女の子(生徒)の側から見て、教官が立つ画にしたかった。背中からだと、最初から教官が怪しくなってしまう」とか、学校を舞台にした「オモブイ」には、「頭のカット、先生のヨリの(画の)前に教室を映す時、もう先生の声が入っても良かったかな。そうすると、その分だけ時間は短縮できた」というように。 もちろん、アドバイスだけではない。自身の映画制作時のエピソードを饒舌に語ったり、アル・パチーノとロバート・デ・ニーロの「二度見」演技の違いなどを実演したりと、たけし自身も楽しそう。 いまや、ビートたけしがいない『オモクリ監督』は、別の番組になってしまうのではないかと思うほど、重要な存在だ(実際、一度裏番組の関係で不在の時は、やはりどこか物足りなかった)。 また、コーナーが増えたのも変化のひとつだ。『OV監督』のゴールデン進出をスタッフから伝えられた時、バカリズムは「半年後には、ゲームコーナーやってるとか?」と困惑し、ひとりは「あり得るんじゃないの、『OVドッジボール』でしょ?」と笑ったが、今のところ、面白い歌を作る「オモウタ」や面白い一日を作る「オモデイ」などが新コーナーとして放送されている。 そのうちのひとつが、面白いテレビ番組を作る「オモバン」である。千原ジュニアが作った「オモバン」は料理番組。題して「スパイスクッキング」。料理の先生と、アシスタント役のジュニアはまず「牛肉スライス=ドアノブ」「お酒=クロックス」というふうに、食材の呼び名を抽選で決めていく。 今回の料理は「道端アンジェリカのドアノブ巻き」。「6本の道端アンジェリカを用意してます」と言って先生が取り出したのは、アスパラ。「アンジェリカの下の部分は皮も硬いので、アンジェリカの皮をむいてあげてください」と、下準備を進めていく。 「(お湯が)沸いたところに、【疎外感】(塩)を入れますね。疎外感を入れることによって、アンジェリカが色鮮やかになります」 「ドアノブでアンジェリカを巻いていくんですけど、ここで大事なのが【山本太郎の熱い思い】(片栗粉)です。これを薄く塗っていきます。これで、アンジェリカがドアノブから抜けにくくなります」 さらに【クロックス】や【水たまり】【飛車】【広島の2軍コーチ】を入れ、隠し味は【部屋とYシャツと私】。 そして「ドアノブが開くとアンジェリカが飛び出してしまいますので、注意してください」と、丁寧に焼いていく。 このシュールな「オモバン」には、たけしもくしゃくしゃに破顔し、爆笑。次回が予告通り「ボイラー技士のヌーブラ炒め」なのかどうかは別にして、何度も見たい料理番組だ。「オモバン」は、ほかにも劇団ひとりがドラマティックなクイズ番組を作ったり、やりたい放題。そんな彼らなら、仮に「OVドッジボール」を作ることになったとしても、クリエイティブでひたすら面白い“ゲームコーナー”を作ってくれるだろう。 前述のゴールデン進出を告げられたシーンでは、バカリズムや劇団ひとりが戸惑っている中、ジュニアは「いや、いいじゃないですか」と、すぐに態度を改めた。 「純度100%のバラエティ、いま日本に何本あります? その1本を日曜9時で、ねぇ?」 これは間違いなく、挑戦だ。同じような番組ばかり、などと批判を浴びるゴールデンのテレビに風穴を開けようとしている。『オモクリ監督』は、番組の新たなテレビ潮流を作ろうとしているのかもしれない。ならば、この番組を「短命」で終わらせてはいけない。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『オモクリ監督』オフィシャルサイトより
制作費は1回1億円! フジテレビが好調『逃走中』をレギュラー放送にしないワケ
「視聴率低迷が著しいうちのバラエティの中では、かなり健闘していると言ってもいいんじゃないでしょうか。視聴率は常に2ケタをキープしていますからね。ゴールデン帯でやるようになってからは、1回の予算は1億円だそうです。これは、バラエティの中では破格ですよ」(フジテレビ関係者) 今月28日に、『逃走中10周年記念2週連続スペシャル』の第1弾を放送するフジテレビ。同局のバラエティの視聴率が軒並み1ケタを記録する中で、同番組は常に2ケタをキープし続けている。 「局内では『レギュラー化しよう』という声も上がったそうですが、この予算でレギュラーをやるのは無理ですし、『縮小して陳腐に見えてしまうのは嫌だ』というスタッフの意見が通り、今後も今まで通りのスパンで放送するそうですよ」(制作会社関係者) 気になる1億円の内訳は……。 「タレントのギャラは、1人30万円くらいじゃないでしょうか。出演者は10~30人ですから、平均するとだいたい1,000万円ほど。中には、30万円では安いタレントさんもいますが、その人たちには『(残りの)ギャラは賞金で持って帰ってください』と説明しているそうです。費用の大半は、カメラと人件費です。カメラ据え置きで80~100台に加えて、タレント1人にディレクターとカメラマン1人がつきますから、人数のかけ方はほかのバラエティの比ではありません。一番多いときで、スタッフは700人くらいいたそうです。撮影は、打ち合わせ込みで4時間ほど。その半分以上を放送しているので、効率はいいんじゃないですかね」(前同・フジテレビ関係者) ドラマでは『ショムニ』や『HERO』など安易な焼き直しに手を染めるフジテレビだが、バラエティ班は必死でアイディアを練っているようだ。『逃走中』オフィシャルサイトより
『ガキの使い』『さんま御殿』名物プロデューサーが語る「視聴者との“握り”ができていないテレビに未来はない」
『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』や『踊る!さんま御殿!!』など数多くの人気バラエティに企画段階から携わり、現在視聴率で独走する日本テレビの屋台骨を長らく支え続けてきた“ガースー”こと菅賢治プロデューサー。会社からの慰留を断り、今年フリーとして活動を始めた彼が最初に手掛けた仕事は、テレビマンとしての知恵や経験を余すことなく詰め込んだ異色のビジネス書『笑う仕事術』(ワニブックスPLUS新書)だった。フリーになったことで見えてくるテレビの、バラエティの現状は? 来るべき未来の姿は? テレビを愛するがゆえのビターな提言も含めて、たっぷり話を伺った。 ――菅さんの『笑う仕事術』を含め、今テレビマンの書く仕事術や企画論が人気を集めています。 菅賢治氏(以下、菅) 僕、それが不思議なんですよ。テレビなんか誰も見ないと言われている中で、今テレビ屋に何か聞いて役に立つのかなって思うんですよ。僕らがやっていることが世の中の役に立つとはこれっぽっちも思ってないですけど、テレビマンとして30年以上やっていたことが何かのヒントになるんだったら、という感じですね。“テレビって、いい加減に作っているんだろう”って思われているところを、ネタばらししちゃいけないんですけど。 ――本当は真剣に真面目に作っているっていうことを。 菅 そう。テキトーにヘラヘラやってて楽しそうでいいよな、でいいんですよ。テレビは。だって、苦労が見えるとうんざりするじゃないですか。 ――2014年の上半期は、ゴールデン(午後7~10時)、プライム(午後7~11時)、全日帯(午前6~翌午前0時)のすべてで全局視聴率1位になるなど、日本テレビは安定して強いですね。 菅 日本テレビには6~7人のド天才がいるんですよ、今ね。これだけの人間がそろってるって、すごいなって思いますよ。僕らが初めてフジテレビさんから四冠を奪取したときに、『エンタの神様』をやった五味一男がいて、『世界まる見え!テレビ特捜部』をやった吉川圭三がいて、『進め!電波少年』の土屋敏男がいて、『伊東家の食卓』の雨宮秀彦がいて、そういう連中がこれだけ集まるってすごいよね、とはよく周りから言われていました。だけど、今はもっとすごい。ぶっちぎりなのも、当たり前じゃないですか? だけどね、テレビって商店街だから。 ――商店街、ですか? 菅 そう。だから一つの局がぶっちぎりになっても、ダメなんですよ。いろんなお店があるから、テレビという商店街にみなさん足を運ぶんです。 ――日本テレビが突出した理由は、どういうところにあると思われますか? 菅 まず、オリジナリティじゃないですか? ほかの真似ではないということ。『ガキ(の使いやあらへんで)』なんか、ホント真似しようがない。僕が企画書を書いた『踊る!さんま御殿!!』にしたって、司会者一人にゲスト12人という形態なんて、それまでどこにもなかった。ゴールデン番組でトークしかやらないっていうのもなかったですしね。 ――当時、東京ではほとんど知られていなかったダウンタウンで企画を立てるなど、菅さんの考えるオリジナリティの源流には直感や勘があるのだと思うのですが。 菅 そんなものはないですよ。僕はすごい人のそばにいたい、それを生で見たい。ダウンタウンに関しては、ツッチー(土屋敏男)が二人の漫才のVHSを貸してくれたのが始まり。衝撃を受けました。なんじゃこの人たちは……と。それでツッチーと二人でダウンタウンに会いに行って、そこからです。二人の漫才を生で見るための番組を作ろうと生まれたのが『ガキ』でした。撮影=梅木麗子
――菅さんは、もともとミュージシャンを目指されていたと本の中でも触れられていますが、自分の中で方向転換はすんなりいったと思いますか?
菅 全然ですよ。テレビは、いつ辞めてやろうかと思っていました。大学も放送学科でしたけど、プロの仕事を教わるものでもないから、いつも失敗して怒られてばかり。ワイドショー番組のD卓に座っているときにも、急に大きな事件が飛び込んできて、台本が一切チャラになってしまったのに、ディレクターである僕が何も指示ができなかったことがありました。でも、その時番組を担当していた加藤光夫プロデューサーの一言でしょうね、今までやってこられたのは。青ざめながら謝る僕に、加藤さんは「生放送のテレビ面白いだろ?」って言ったんですよ。あぁこんな人がいる世界だったら、俺はここで一生生きてやろうと思った。心のどこかでずっと加藤さんに褒められたいっていう、それだけでした。いつもけちょんけちょんだから、たまに「あれ面白かった」って言われると、すっごいうれしかった。僕やヘイポー(齋藤敏豪プロデューサー)は、特にくそみそに言われてましたからね。
――でも、その時は怒られなかったんですね。
菅 普通だったら「バカヤロウ! 辞めちまえ!」ですよ。そう言われて当然くらいのことをしてしまいましたし。あの時は、僕の器ではどうにもならなかった。台本がすべて白紙になるって、経験したことありませんでしたから。だけど、あれで度胸がついたのかもしれない。台本なんて、しょせんいらないものなんだって。それから何年も、僕とヘイポーで生放送やりました。大事件が飛び込んでくるたびに、台本は白紙になる。それをむしろ楽しめるくらいになりましたよ。
――「楽しむ」ということに関していえば、本の中の「仕事は遊びだ」という考え方もまた衝撃的でした。「仕事と遊びを混同するな」と教えられて育ってきた世代にとっては。
菅 真面目にふざけることだと思うんですよ。たとえばこういうインタビューでも、ごく普通の日常を書いても誰も喜ばないですよね。非日常とか、現実離れしてることがあるから面白いわけで。そう考えると、それはもう遊び。仕事という概念の捉え方なのかもしれない。仕事だからイヤなこともガマンしなきゃいけない、真面目にやらなきゃいけない。でも、僕に言わせたらそれは仕事じゃない。遊びだからみんなではしゃごうよ。僕らは正しく「はしゃぐもの」を作るわけですから。それをしかめっつらしながら作ったって仕方ないでしょ。だから、会議はだいたい爆笑ですよ。みんなで、できっこないことを真剣に話し合う。
――会議も長い時間はやらないと。
菅 ヘイポーが1時間もたないから(笑)。ヘイポーとは30年以上の付き合いですけど、本当に一貫してるんです。あいつがテレビに入ったきっかけは、「楽して金もうけて、ちやほやされて、アイドルと結婚したい」。これには確固たるものがある。一切ブレない。最近ヘイポーが「俺2~3日前に気づいたんだけど……アイドルとは結婚できねぇんだよ」って。それに60になって気づくとは(笑)。
――それが真剣だから面白いんですよね。
菅 そう。僕たちは、ふざけたことを考えたりトークしたりするわけでしょ。それは真剣にやらないとつまらない。昔アイドルだったタレントさんが離婚したとしますよね。誰かが「○○さん離婚したんだってね~」って言ったら、それはもうフリ。飲みながら「どうする、お前?」「どうするって……まずは、かみさんに事情話して離婚しなきゃいけないし」っていうのを、本当アホみたいに真剣にしゃべるんです。「そんなことあるわけないじゃん」なんて言ったら身もふたもない。真剣にしゃべってるからこそ、「お前んとこの夫婦関係って、実はそうだったの?」とかバレたり、面白い。
――すごい会話(笑)。
菅 テーマは、なんでもいいんですよ。その当事者に自分がなる。自分が身ギレイになったらアイドルと結婚できる、という大前提でしゃべる。そうするとね、自分でもびっくりするようなフレーズが、自分の口から出てきたりするんです。「あ、俺こんなこと考えてたんだな」っていう、そういう発見も楽しい。
――それが、今まで見たことのない企画につながったりすると。
菅 番組も、特にお笑い番組なら、真剣にふざけることが大事です。そこをチャラくふざけちゃうと、方向性を見失う。
――この本の中でも「昔は視聴者がちゃんとテレビを見下してくれていた」と書かれていて、だからこそ制作側も真剣にふざけることができたのだと思いますが、菅さんは現在のテレビバラエティはどういう状況に置かれていると思いますか?
菅 「視聴者って、今こういうのが好きなんだよね」というような思い上がりも甚だしい、お前に視聴者の何が分かるんだ、みたいな作り方を続けていくと視聴者に舐められますよね。視聴者ってそんなにバカじゃないから、「こういうの好きでしょ?」ってやられると、「うるせえよ」「お前ごときに決められたくないよ」ってなっちゃう。かつては「見下してくれていた」からこそ、腹くくっていろいろなことができたんです。今は何やってもごちゃごちゃ言われます。だけど、そこにすり寄っていっても、何も新しいものは生まれないんじゃないですか? 僕は、テレビという媒体がぶっちぎりでナンバーワンだという事実は、今もこれから先も変わらないと思う。一度に1000万人以上の人が見る媒体なんて、ほかにない。ただ、テレビのすごさは箱としては変わらないけど、内容をいかにその箱に見合ったものにしていくかですよね。今そのソフトがつまらないって言われてるわけだから。そういう責任は、僕を含めて全テレビ屋にあると思う。
――フリーになり、たとえばBeeTVのような新しい媒体でも仕事をされるようになって、テレビはどういう方向に進んでいると感じていますか?
菅 今後はスマートテレビが主流になるんじゃないですか。これからは、チャンネルを自分で選ぶ時代になると思います。僕もひかりTVに入ってますけど、やっぱり見ちゃいますもん。民放とか地上波とか見なくなってるもんな……これはいかんなと思いますが(笑)。別に、スマートテレビがバカみたいに面白いわけじゃないんですよ。ただ、地上波ではできないようなことをやってるなとは思う。BeeTVをやりたかったのは、そういう理由もあります。太田君(爆笑問題)と上田君(くりぃむしちゅー)の二人っきりで番組やるとか(『太田と上田』)、関根さん親子もそれまで二人で出ることはなかった(『発掘!ブレイクネタ 芸人!芸人!!芸人!!!』)から、そういうのがやれるっていうのはBeeTVならではかもしれない。
――テレビがそうやってどんどん自由になっていく中で、かえって視聴者、特に若者たちのエネルギーが一つに集中しにくくなっている側面もあるのかなと思います。菅さんも本の終盤に「若者は健全に世間を恨むべき」ということを書かれていましたが、「健全に世間を恨む」とは具体的にどういうことでしょうか?
菅 もちろん法に触れるようなことではなくて、ある程度世間には恨みを持っていたほうがいいと思います。「俺が今パッとしないのは世間のせいだ。よし、見返してやろう」って、それがモチベーションになればいい。もともとテレビって、そうだったんですよ。映画会社受けて落ちた人たちが来たり、ミュージシャン崩れの人がいたり。逆さ言葉なんて、ミュージシャン用語ですからね。そういう吹きだまりの中で世間に対してすねているところが、テレビのエネルギーだったんですよ。何かを恨んでないと、面白いものは作れないと思うんですよ。
――今の若者も十分厳しい状態に置かれていると思いますが、世間を恨む前に、そういうもんだとあきらめてしまうような気がします。もっと恨んでいいんですね。
菅 健康的に恨めばいいんです。ソーシャルメディアの悪いところって、とりあえず発信はできるじゃないですか。言いたいことは言える。それは別に誰に対して言っているわけじゃないし、その発言に対して責任を求められることもない。でもテレビっていうのは、クレジットが流れる以上、自己責任です。変なことしたら、あっという間に干されますし。だからこそ、みんな腹くくって作ってます。チマチマ隠れながら自分の意見を言うなら、自分の職業において発信してほしい。世間に対する恨みのエネルギーを、そっちに使ってほしいと思うんです。“当事者”として。
――外野からのヤジだけでなく、視聴者ももっと“当事者”として積極的にテレビに関われれば、もっとテレビを楽しめるようになれるのかもしれません。
菅 今テレビがごちゃごちゃ言われる最大の理由は、視聴者とルールの“握り”ができてないことなんですよ。「この番組の楽しみ方はこう」っていうのを視聴者と握ってないから、トラブルになる。『絶対に笑ってはいけない』なんて、一件もクレーム来ないですよ。なんなら「ダウンタウンももう年なので、今年からあまりひっぱたかないようにします」ってするほうが、クレームが来るでしょう。一番エラいダウンタウンが一番ひっぱたかれてるから成立してるんです。だから、いじめに見えるわけがない。50過ぎて、昔だったら大師匠って言われる人たちが、アザできるほどひっぱたかれるわけでしょう。そりゃ痛快ですよ。ヒット番組、長寿番組は、ちゃんと視聴者と握れている。“握り”ができれば、番組は勝手に成長してくれます。
――過去のヒット作の焼き直しに頼るなど、いろいろと苦戦を強いられているフジテレビは、そうした視聴者との“握り”が弱くなっていると考えられますか?
菅 たとえば“焼き直し”に関していうと、視聴率が悪くなって終わった番組を焼き直しして一体誰が見るんですか? っていうことです。テレビも60年以上やっていて、オリジナルが難しくなってはきてると思いますけど、でも新しいものは絶対にあるはず。とにかくバラエティは、やっぱりフジテレビがナンバーワンなんですよ。そしてナンバーワンでなきゃいけないんです。テレビがシャッター通りにならないためにも。
(取材・文=西澤千央)
「完全にやりにいった」TBS『水曜日のダウンタウン』の悪意と愛
「完全にやりにいってしまった」 『水曜日のダウンタウン』(TBS系)で、「ストッキング被って水に落ちるやつ、誰がやっても面白い」説を検証するために、ストッキングを頭に被ったままプールのウォータースライダーをすべるという実験が行われた。 アンガールズ田中、髭男爵ひぐち君に続いて、「面白さとは程遠いイケメン俳優でも面白くなれば、“ストッキングで水落ち”の面白さが実証されるはず」だと挑戦したのが、俳優の中村昌也だった。そこで中村は、確信犯的に足を大きく開き、息苦しさを大げさにアピールする過剰なリアクションを取った。その映像につけられたのが、冒頭に引用したナレーションだった。 さらに、一度立ち上がったのに自ら顔をわざとプールに沈めたことを「顔を理由なき二度づけ」と断罪。「とんだ串カツ野郎」とまで言い放った。スタジオのダウンタウンも「これ、悪意あるなぁ」「このナレーションあかんやろ」と呆れつつも、大笑いだった。 『水曜日のダウンタウン』は放送開始当初、「アカデミックでありながら、くだらないトーク&情報エンタテインメント番組」を名乗っていたが、「アカデミック」は回を追うごとに見当たらなくなり、「くだらない」ばかりが目立つようになった。 それもそのはず。かつて「クイズ番組」のかさに隠れ、やりたい放題の限りを尽くした『クイズ☆タレント名鑑』(同)の藤井健太郎が演出兼プロデューサーを務めているのだ。ダウンタウンと藤井Pの組み合わせがどんな化学反応を起こすのか、放送前から大きな注目を集めていた。 番組では、ゲストが持ち寄った「説」をプレゼン、それについてスタジオでトークしつつ、実験などで検証していくという構成。その構成だけを聞けば、確かに「アカデミック」なのだが、その「説」がズバ抜けて「くだらない」。 たとえば、小籔千豊が「みんなの説」として提唱したのは、「ロメロスペシャル 相手の協力なくして成立しない」説。ロメロスペシャルは、「吊り天井」とも呼ばれるプロレスの大技だ。確かに、受ける相手が協力しないと成立しないように見える。「それはダメでしょ、それを言ったらダメ」と関根勤が苦笑いするように、触れるのは野暮な部分だ。 だが、番組は実際にそれを検証する。ロメロスペシャルの使い手のひとりであるプロレスラー、獣神サンダー・ライガーに、抵抗する相手にかけてもらおうというのである。最初の標的になったのは、肉体派芸人のサバンナ八木。何も知らない八木に襲いかかるライガー。スタッフに「逃げて!」「技かけられないで」と言われ、必死に抵抗する八木だが、ライガーは見事技をかけることに成功するのだった。ある意味、感動的なその光景を尻目に、ナレーションは「八木には絶対にかからないだろうとロメロをなめていたスタッフは、徐々に相手を弱くしようと、もう2人、芸人を用意していた」と悪意を隠さない。 おぎやはぎ矢作は、共演していた勝俣州和本人を前に勝俣を絶賛する。誰とでも絡め、トークの引き出しも数多い、と。そして、スタッフのやってほしいことを全部やってくれる“企画成立屋”なのだと持ち上げる。そんな矢作が唱えた「説」が、「勝俣州和 ファン0人」説だ。知名度やスタッフからの信頼は抜群だが、勝俣個人の「ファン」は「人っ子一人いない」のだと。本人を前に、悪意たっぷりに主張したのだ。さらに番組は、その悪意に乗っかり「というわけで、そんな人いるわけがないと思いますが、万が一いらっしゃれば」と、ホームページで勝俣ファンを募集するのだった。 『水曜日のダウンタウン』は「完全にやりにいって」いる。確信犯的に過剰な悪意を思いっきり振りかざしている。よく「お笑い」には、対象個人への「愛」が不可欠だといわれる。果たしてそうだろうか? 「芸能界一肌がキレイなのは綾瀬はるか」説という一般的にも興味を惹きそうな説から、「理科室の人体模型ただのインテリア」説という、うっかり社会の闇に切り込んでしまった「説」、「鎖鎌 最弱」説というマニアックすぎるものまで検証される「説」は多種多様で統一感がない。 だが、これらに一つ共通点があるとすれば、それは「説」を唱える人が、真剣にその現象を「面白い」と思っているということだ。番組は、その「面白い」を丁寧に形に変えていく。この番組が対象に向けるのは「悪意」だ。けれど、「面白い」ことに対する愛情は深い。勝俣本人に対してではなく、「勝俣のファンがいない」という現象自体を愛し、それを最大限面白く表現しようとする努力を惜しまない。いわば対象ではなく、現象にこそ愛情を注いでいるのだ。結果として、その対象も輝きを放つ。 『水曜日のダウンタウン』は「藤井Pとダウンタウンが組むと『悪意』が倍増され、『面白い』に変換される」説を実証し続けている。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『水曜日のダウンタウン』TBS
「失敗こそが人生さ」開き直った『バイキング』の新たな船出
『笑っていいとも!』の後番組ということで何かと注目される『バイキング』(フジテレビ系)だが、視聴率では苦戦が強いられている。そんな中でも、サンドウィッチマンの「地引き網中継」をはじめ、圧倒的なデタラメっぷりの月曜日は各所で絶賛されている。 だが、月曜日だけではない。その余波は、徐々にほかの曜日にも広がっている。たとえば、藤あや子がゲスト出演した火曜『バイキング』(5月13日分)。レギュラーの友近に代わり、観客席には“大物演歌歌手”水谷千重子が。そのまま番組に参加してデタラメなコメントをし続け、「なんてったってアイドル」を演歌調で歌ったり、やりたい放題だった。 そして、おぎやはぎが司会を務め、唐橋ユミ、美保純、ケンドーコバヤシ、川栄李奈(AKB48)、関口メンディー(GENERATIONS、EXILE)、やしろ優、森泉がレギュラーという異色のキャスティングで、お笑い好きから最も期待されていた水曜日。放送開始当初は、正直、おぎやはぎの持ち味である“いい加減さ”が乏しく、メチャクチャなキャストも生かされていない、おとなしい印象を受けた。だが、回を重ねるごとに、それぞれの個性がかみ合い始めた。 その起爆剤になったのは、バナナマン設楽統だった。 『バイキング』は、5月5日~9日までを「スペシャルウィーク」と銘打ち、キャンペーンを行っていた。その週の水曜『バイキング』にゲストとして登場したのが、おぎやはぎと若手時代から苦楽を共にした盟友の設楽だ。放送前、設楽が司会を務める『ノンストップ!』に、番宣を兼ねておぎやはぎが出演。そこで「スペシャルウィークで設楽さんがゲストって、弱いかも」とおぎやはぎが口走ると、設楽は「俺、行かねーぞ! 行かねえからな! もう行かねえ!」「うるせえな、メガネ、メガネ!」と悪態をつきながら、「だったら直太朗、呼ぼうよ」と提案した。 直太朗とは、もちろん森山直太朗。小木が直太朗の姉と結婚しているため、直太朗は小木の義弟に当たる。その直太朗を急遽、電話で呼ぼうというのだ。 そして、『バイキング』のオープニング。矢作に「(直太朗)来るの?」と問われた小木は「今確認したら、向かってるって」と答えると、「『さくら』とか『夏の終わり』とか、いいとこだけ歌ってもらおう」などと勝手なことを言う設楽は、カメラに向かってさらに「日村も来なよ!」と呼びかけた。 まさに、深夜ラジオのノリだ。もともと、直太朗と設楽は誕生日が同じという縁で、『JUNKバナナマンのバナナムーンGOLD』(TBSラジオ)に毎年、ゲスト出演してもらっている仲なのだ。 番組開始から10分ほどで直太朗が登場した。「遅いよ、バカ」と兄貴風を吹かす小木。「急に電話があって、義理の兄から」と状況を説明する直太朗。「俺はイヤだって言ったんだけど、そうしないと設楽さんがすごい怒るって(笑)」。「じゃあ、歌っていく?」「行っちゃう? 駆けつけ『さくら』」と、軽く歌うよう振るおぎやはぎに寝起きの直太朗は応えて熱唱するも、その途中で小木は「やめろ!」と制す、雑な扱い。さらに、「水曜バイキングの歌、作ってよ」と矢作が言うと、小木も「やる? どうする?」と追い込む。直太朗は「無理ですよ。正直、この番組に思い入れがないんで」とぶっちゃける。「正直言っていいですか? すげぇ、イヤです!」。 それでも仕方なく了承した直太朗は、レギュラー陣から歌詞になるようなフレーズを出してもらい、即興ソングを作り始めるのだった。 「呼ばれた! 呼ばれた! どうしよう!」 『バイキング』のオープニングで、自分の名前が呼ばれたことに慌てた日村。実は、日村は『ノンストップ!』も見ていて、自分ではなく直太朗の名前が呼ばれたことに悔しがっていたという。すぐに着替え、番組終了15分ほど前にスタジオにやってきた日村。手土産まで持参するという、完璧なパフォーマンスだった。その翌日深夜の『バナナムーンGOLD』では、呼びかけに即座に応じた日村の行動を「さすがだな」と絶賛した設楽に、日村も「愛情感じましたよ」と褒め合い、冗談っぽく笑っていたが、実際そういったムチャぶりにも即座に対応する柔軟さが、面白さにつながっていくのだ。 「即興ソングを作って」というムチャぶりをされ、時間内にそれを作り上げた直太朗も同じだ。そのタイトルは「いつか必ずつかメンディー」。レギュラーの関口メンディーが、番組内で多用するフレーズを使ったタイトルだ。 「お昼の荒波に飛び出した 水曜バイキング♪」と歌い出すと、一気に森山直太朗のステージへと変わる名曲だった。 この翌週の放送では、メンディーのダイオウイカ捕獲ロケに小木が志願し、ダイオウイカこそ釣れなかったものの、巨大なアブラボウズを釣り上げたり、ケンドーコバヤシと唐橋ユミに仕切り役を任せた新コーナーができてケンコバがイキイキとふざけ出したりと、どんどんデタラメっぷりが増してきている。直太朗は「いつか必ずつかメンディー」で「失敗こそが人生さ♪」と歌った。 番組開始当初、失敗を恐れ、何重にも保険をかけた企画が多かった。だが、それは逆に番組のダイナミズムを奪ってしまった。せっかく頭のおかしなキャスティングをしているのだから、それをそのまま生かせばいい。そう開き直ることこそ、成功への近道だと、この2週の水曜『バイキング』は確信させる放送だった。そして、それは『バイキング』の新たな船出を予感させてくれるのだ。 「ダイオウイカよりでっかいハート いつか必ず つかメンディー♪」 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからフジテレビ『バイキング』番組サイト
「これで大義名分ができた」いいとも“後番組”『バイキング』低迷は予定通り!?
『笑っていいとも!』の後番組として1日にスタートしたフジテレビ系『バイキング』が超低空飛行を続けている。1日の初回視聴率こそ6.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録し、同時間帯でトップとなったが、それはあくまで視聴者の“味見”だった。その後は4.5%(7日)、4.4%(8日)……と下降線をたどり、ついには9日放送で3.1%という絶望的な視聴率を叩き出してしまった。 これは、同時間の日本テレビ系『ヒルナンデス!』やTBS系『ひるおび!』の半分程度の数字。だが、同局関係者は「ハナから視聴率が悪いことは想定済み。むしろ、制作費を『いいとも』の半分程度で抑えていることに意味がある」と、まったく動じていない。 同番組はMCとレギュラーが曜日ごとに代わるが、その顔ぶれは司会に向いているとはとても思えない「EXILE」のTAKAHIROをはじめ、江角マキコや石田純一の娘でモデルのすみれ、素人感丸出しの“ビッグダディ”林下清志など、ビミョ~と言うほかない。これに、芸能プロ幹部は「タモリさんに敬意を払い、SMAPの中居正広や笑福亭鶴瓶、さまぁ~ずなどの人気者がこぞって新番組出演を断った。逆を言えば『バイキング』は“捨て駒”。早々に視聴率低迷を理由に打ち切りとし、そのあとの新番組でフジテレビは勝負を賭ける算段だ」と明かす。 『バイキング』の現出演者には、たまったものではないが……。笑いと情報をとりホーダイ!バイキング - フジテレビ
キング・オブ・スタジオドキュメント『笑っていいとも!』の終わり方
「見たことがないのでわからない」 タモリは「『笑っていいとも!』とは?」という問いに、そう答えた。 思えば、日本に住んでいれば誰もが一度は見たことがあるであろう国民的長寿番組『笑っていいとも!』(フジテレビ系)を見たことがない稀有な人間は、ほかならぬタモリなのだ。そんな番組が、3月31日をもって32年間の歴史に幕を閉じた。 『グランドフィナーレ感謝の超特大号』と名付けられた最後の特別番組には、歴代レギュラー陣77人あまりが集まり、そのラストを見届けた。番組の終盤には、現レギュラー陣からタモリへ感謝の言葉が贈られたが、そのスピーチで「バラエティって非常に残酷なものだなとも思います」と涙ながらに話したのは、SMAPの中居正広だ。 映画やドラマ、ライブでは、終わりはあらかじめ決められている。ゴールを目指して進むことができる。しかし、バラエティにゴールはない。「バラエティは、終わらないことを目指して、進むジャンルなんじゃないか」と中居は言う。だから「バラエティの終わりは……寂しいですね」「こんなに残念なことはないと思います」と声を詰まらせた。 2013年10月22日、その中居の目の前で『いいとも』の終了が発表されたのを境に、8000回目の放送でとんねるずが不定期レギュラーになったり、現役の首相が「テレフォンショッキング」に出演したりと、『いいとも』は“お祭り”騒ぎに突入していった。こうした終わり方は、何事にも執着しないタモリにとって本意ではなかったかもしれない。もっといつも通りの『いいとも』のまま、淡々と終わらせたかったかもしれない。けれど、タモリはこれまでの感謝を込めるかのように、その神輿に乗った。このお祭り騒ぎのさなか、タモリはずっと気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。 「一番思い描くイメージは、タモリさんの照れ笑い」と、爆笑問題・田中裕二は『いいとも』のイメージを一言で表現した。そうなのだ。だとすれば、この終焉も平常通りといえば平常通りだ。かつて相方の太田光は『いいとも』を、「タモリさんをいかにみんなで楽しませようか」という番組だと形容している。 「みんながタモリさんを喜ばせたい。それは出演者、プロデューサー、ディレクターだけじゃなくて、美術、音声、カメラさん、技術……みんながタモリさんを喜ばせたいの。みんなタモリさんが大好きで」(TBSラジオ『JUNK爆笑問題カーボーイ』より) だから、グランドフィナーレの後半を丸々、タモリへの感謝のスピーチに充てたのはごく自然なことだったのだ。そして、タモリはそれを最高の照れ笑いを浮かべながら聞いていた。タモリの「照れ笑い」こそが『いいとも』が32年間も続いた秘訣なのだと、田中は続ける。 「ずーっと恥ずかしがってやってるじゃないですか。それが僕大好きで。ギネスに載って、8000回以上、32年間やってる司会者がずっと慣れてないんですよ、『いいとも』に。でも、じゃなきゃ長続きしなかったのかなって僕は思いました。慣れて、こなして、慣れっこになっちゃったら多分つまらなくなると思うんですよ」 最初から最後まで、『いいとも』はタモリの「照れ笑い」を映し続けてきたのだ。 そのスピーチの冒頭、田中は「最後の最後に奇跡的なすごいことが起こっちゃって」「ホントに予想だにしなかったことがここで起きて最高でした。でも、それが『いいとも』の生放送の一番いいところだなって」と、グランドフィナーレ前半で起きた“奇跡”を振り返っている。 番組は明石家さんまがゲストとして登場し、『いいとも』屈指の名物コーナー「日本一の最低男」が復活した。当然のように2人のエンジンがかかり、30分以上話し続けているところに、「長い!」とツッコミながら入ってきたのがダウンタウンとウッチャンナンチャンだ。 さらに“奇跡”は続く。 松本人志が「とんねるずが来たらネットが荒れるから」などと笑わせているうちに、とんねるずも乱入。かつて、「第3世代」のトップと称された3組がそろい踏みを果たしたのだ。 まだまだ“奇跡”は続く。 ダウンタウンとは「犬猿の仲」などとウワサされる爆笑問題まで入ってくる。 「もう一回言うけど、ネットが荒れる!」 と、松本はあらためて叫んだ。 さらにナインティナインも加わり、同じ画面、同じ舞台にタモリ、明石家さんま、笑福亭鶴瓶、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、爆笑問題、ナインティナインというお笑いのレジェンドたちがそろうという、ありえない“奇跡”が起こったのだ。同じ画面にいるだけではない。太田のボケに浜田雅功がツッコミ、そのボケに松本がかぶせる。そんな夢のようなやりとりが実現した。 「何かが起こりそう」な「今」を映すのが「テレビ」だ。そして、それは『いいとも』そのものともいえる。『いいとも』だから、そして何よりもタモリがそこにいるからこそ、「何か」は実際に起こったのだ。『いいとも』のような長い歴史のある番組であれば、名場面は数多くある。グランドフィナーレに、そういったVTRで過去を振り返ることもできたはずだ。けれど、『いいとも』は「今」にこだわった。途中グダグダになってしまう場面があったとしても、すべてを「生放送」の醍醐味で乗り切った。まさに「スタジオドキュメント」。それが過去にも未来にも執着しないタモリイズムであり、『いいとも』イズムだったのだ。 なんの情報も意味もない、くだらない放送を32年間続けてきたタモリは、ずっと続けてきたいつも通りの締め方で、照れ笑いを浮かべながら最後を締めくくった。 「明日もまた見てくれるかな?」 その瞬間、いつものフレーズが指す対象が劇的に広がった。 『いいとも』がない「明日」も、テレビのバラエティ番組は続いていく。くだらなくて、意味のないお笑い番組は、これからも生まれていくはずだ。番組の打ち上げに参加した笠井信輔アナウンサーによると、タモリによる乾杯の掛け声は「日本のバラエティに乾杯!」だったという。 「答え要りませんが……ちょっと我慢できずに言います。答えは要りません」 抑え気味のトーンで感謝のスピーチを綴っていた香取慎吾は、手を震わせながら言った。 「そもそも、なんで終わるんですか……?」 答えなんて要らない。そんな答えに意味なんてないのだから。でも、伝えずにはいられなかったのだ。 「これからもツラかったり苦しかったりしても、笑っててもいいかな?」 と香取が投げかけると、タモリは即座に優しく返した。 「いいとも!」 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『森田一義アワー 笑っていいとも! 』フジテレビ
妄想が妄想を呼ぶ『久保みねヒャダこじらせナイト』というテレビごっこ
「『笑っていいとも!』が生んだ最後のスター(笑)」 久保ミツロウは時折、そんなふうに「(笑)」付きで呼ばれることがあるが、「(笑)」を取ってしまいたくなるくらい、久保は親友の能町みね子とともにテレビ界で快進撃を続けている。 「破滅の始まりですよ。始まりってことはどこで終わるか、虎視眈々と見てるわけでしょ」 「堕ちた時に何言われるだろうなってことばかり考えますね」 番組初回からそんな後ろ向きな言葉から始まったのが、漫画家の久保ミツロウ、能町みね子、音楽プロデューサーのヒャダインによる『久保みねヒャダこじらせナイト』(毎週土曜日25:35~25:55、フジテレビ系)だ。もともとは、久保とヒャダインで2012年12月から不定期に放送されていた番組に能町が加わり、13年10月からレギュラー化したものだ。3人が生み出す“いい違和感”は視聴者の人気を集め、元旦には『明けましてこじらせナイト』という特番が組まれた。また4月4日には、初の全国放送『こじらせナイト 全国のみなさま初めましてSP』が放送予定だ。 こじらせとは、雨宮まみの著書『女子をこじらせて』(ポット出版)の「こじらせ女子」(自意識にとらわれ、世間でいう“女性らしさ”に抵抗を感じ、生きづらさを感じている女性のこと)に由来する。しかし、この番組タイトルにも、久保と能町は違和感を隠さない。 「こじらせてはいません。これね、自称し始めると非常に面倒くさくなるんで、あくまでも私はこじらせてなどいない。勝手に皆さんが言っているだけで、私はただ自分らしく生きようとした結果がこれであって」という久保に、能町も「『こじらせナイト』とか言ってますけど、しょせん、見てるヒトがこじらせてるだけですから。どストレートです」と同調する。そして久保は「ただヤンチャに生きたいだけ」、『やんちゃナイト』のほうがいいと言うのだ。 「こじらせ」にこじらせている。 この番組は、3人が世の中の“こじらせている”ヒト、モノ、デキゴト……をテーマに語り合うのだが、毎回、考えること、妄想することの快楽を呼び起こしてくれる。 「ひとつ実験なんですけど、これもし歌ってるのが先生だとしたら、結構スゴいことになるなって思ったんですよ」 と、能町が斉藤由貴の「卒業」の歌詞について、主人公は学生ではなく「23~24歳の女性新任教師」ではないかという“新説”を語りだした。 それは、3月8日深夜の放送された人気コーナーの「青春こじらせソング」でのことだった。 「青春時代の名曲をあらためて聞いてみると、新たな解釈を発見することもある」というコンセプトのコーナーで、斉藤由貴の「卒業」が「<泣かないと冷たい人と言われそう>という部分の、すごいドライな感じに妙な違和感を感じる」という投稿があったのだ。それに対し、そのドライさの“正体”を、能町は「女性新任教師説」という妄想で説明したのだ。 歌いだしの<制服の胸のボタンを~>のシーンは、「先生」として見ている。 <人気のない午後の教室で/机にイニシャル彫るあなた/やめて思い出を刻むのは>というのは、先生である以上、学校に残りずっとそれを見ることになるから「やめて」なのだと。<東京で変わってくあなたの未来は縛れない>も、教師目線であると考えるとしっくりくる。 「そうすると<卒業式で泣かないと~>のところがすごく複雑になってきて、<卒業式で泣かないと冷たい人と言われそう>って、先生にとってはおかしなセリフなんですよ。けど、自分の中の他人視点なんですよ。こんなに好きな人が行っちゃうんだから普通だったら泣くよねって言うんだけど、でもとどめなきゃいけないから、こんな恋愛は私別に本気じゃないしって思いながら<もっと哀しい瞬間に涙はとっておきたいの>って言って、泣くのを我慢してるってことになるんですよ!」 久保やヒャダインから「名推理!」「漫画で読みたい!」と絶賛される切ない妄想を能町は即興で繰り広げるのだ。 このコーナーでは過去にも、岡村孝子の「夢をあきらめないで」を「女性が過去の恋愛を上書き保存していく様を克明にあらわした曲」と分析したり、「ゲレンデがとけるほどに恋したい」の歌詞を読んで「広瀬香美はスキー場に行ったことがない」と看破し、狩人の「あずさ2号」を「山岳部の先輩とのBLソング」と大胆に推論、ドリカムの「大阪LOVER」は「愛されていな女の子が主人公」であるとし、ドラマ化するなら「ヒロインはIMALUで、若手芸人と付き合っている」と盛り上がり、その続編「大阪LOVER、ほんで」まで勝手に作ってしまう。 その妄想が妄想を呼ぶ、論理の飛躍と説得力のバランスが絶妙だ。 中でも、YUKIのことを久保が評した「『YUKIは素晴らしい、でも私は醜い』という往復運動こそYUKIの本質」という慧眼は、それに対して「『亜美が好きか、由美が好きか』の往復運動が本質」というPUFFY評と併せて、それだけで新書1冊分になるのではないかという「こじらせ」だ。 さらに、ヒットソングの“隙間”を狙った恵方巻きソング「SETSUBU・ん…鬼っぽい」や、「大型連休に働きたくない君も好きだよ」を即興で作り上げるのも、気鋭のクリエーター集団ならではだ。 自分の価値観を世間が許してくれない時、人はこじらせる。そして、考えすぎて、「どうせ私は」と開き直り、自虐や自嘲に向かってしまう。それもいいだろう。しかし、もう一歩進んで、“ヤンチャ”な妄想を武器に、それに向かい合って乗り越えようともがく術を、この番組は教えてくれる。自分の思うまま、世間との違和感を楽しめばいいのだ。 3人が『こじらせナイト』でしているのは、いわば「テレビ番組ごっこ」あるいは「芸能人ごっこ」だ。前出の文に当てはめれば「自意識にとらわれ、世間でいう“テレビ番組(芸能人)らしさ”に抵抗を感じ、生きづらさを感じているテレビ番組(芸能人)」と言える。彼女たちはそんな違和感や抵抗感を抱えたまま、それ自体を“遊び道具”として楽しんでいる。 今、テレビに出ているのは、「空気を読む」プロフェッショナルたちばかりだ。番組を成立させるために秒単位の技術で収めていく。しかし、そればかりでは窮屈だ。だから、彼女たちのような“異端”で、アマチュアリズムを保った人たちが支持されるのではないか。思えば、タモリだってそうだ。番組の成立よりも、自分の興味のあるものや目の前のゲームに熱中したりしている姿がしばしば見られるように、いまだに彼はプロになりきるのを拒否してアマチュアリズムに徹している。 「『笑っていいとも!』が生んだ最後のスター(笑)」である久保も、タモリフリークである能町やヒャダインも、そんなタモリイズムを継承している。妄想とこじらせの往復運動と即興性が、今のテレビに薄れた“いい違和感”を生みだしているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『久保みねヒャダ こじらせナイト』フジテレビ
「やってみよう」内村光良が『LIFE!人生に捧げるコント』に捧げた芸人の矜持
「どうしてその道に足を踏み入れたんだ? お前それで良かったのか? もっと違う選択肢があったんじゃないのか?」 ガウン姿の内村光良が、楽屋でテレビを見ながらセリフの練習をしている。 これは『LIFE!人生に捧げるコント』(NHK総合)で、3月18日に放送されたコント「やってみよう」の一幕だ。 『LIFE!』は、2012年9月にNHK BSプレミアムで放送が開始され、翌年6月から不定期レギュラー化。今年4月からは、毎週のレギュラー化が決まったコント番組である。 出演は、座長のウッチャンナンチャン・内村光良のほか、ココリコ・田中直樹、ドランクドラゴン・塚地武雅、我が家・坪倉由幸、しずる・池田一真の中堅から若手のお笑い芸人勢に加え、西田尚美、塚本高史、星野源、ムロツヨシ、石橋杏奈といった俳優勢が名を連ねている。 作家陣も、内村の盟友である内村宏幸や平松政俊、劇団「ペンギンプルペイルパイルズ」の倉持裕、そして今年に入ってからは「シベリア少女鉄道」の土屋亮一も加わった。出演者も作家陣も、実にバランスのとれた布陣はNHKらしい。 NHKのお笑い番組といえば、数年前までは『爆笑オンエアバトル』を除けば、いわゆる“演芸”番組以外は見当たらなかった。 そんな中で誕生したのが、『LIFE!』の内村宏幸や平松も参加した『サラリーマンNEO』だった。『サラリーマンNEO』は、後に『あまちゃん』でも演出した吉田照幸が監督を務め、生瀬勝久、沢村一樹、中越典子、入江雅人、平泉成、原史奈といった俳優陣が演じたコント番組。04年にスタートすると、現在までSeason 6を放送。11年には『サラリーマンNEO 劇場版(笑)』として、映画公開までされる人気番組となった。 当時、NHKにはコント番組のノウハウがまったくなく、コント番組を多く手がけた作家の内村宏幸らが“先生”のようになって、その方法論を一から学んでいった。それこそ、スタッフの笑い声を入れるのか入れないのかで、激論が交わされたほどだったという。当時を振り返って、内村宏幸は「未開の地に野球を教えに行くみたい」だったと語っている。 この番組を通じてコント番組のノウハウを学んだNHKは、ダウンタウンの松本人志を招いて『松本人志のコントMHK』を作ったり、BSプレミアムでは『七人のコント侍』を不定期で放送し、コント番組の血脈を継承している。『LIFE!』もそのひとつだ。 今、民放では、定期的に放送されるコント番組はほとんどなくなった。作るのに時間がかかり、セットにもお金がかかる上、視聴率も獲りにくい。コントをやる場がなくなるから、コントを作るスタッフも育たない。 しかし、NHKは違う。 民放のように、毎分の視聴率にとらわれる必要はない。また、ドラマの歴史が深く、それらのセットを保存しているので、あらゆるシチュエーションのセットがスタジオのどこかで眠っている。だから、セットにほとんどお金がかからないというわけだ。 逆に、民放のように多くの芸人がひな壇に座るバラエティ番組はやりにくい。同様に、多くのタレントを使ったゲームのような企画も、NHKの雰囲気には合わない。だが、お笑いを“作品”のように作るコントなら、NHK的な価値観を保持しつつ、思いっきりふざけられるのだ。実は、コントこそ、NHKらしいお笑いの形だったのだ。 冒頭のコントは、内村光良による書き下ろしだ。 セリフの練習をしている楽屋のテレビには、次々と刑事ドラマの予告が流れていく。塚本高史の熱血刑事もの、星野源の鑑識もの、西田尚美のインターポールの女刑事もの……。 さらに「50歳と45歳がタッグを組んで難事件に挑む」という塚地と田中の『独身刑事』。予告には「独身(ひとりみ)しか裁けない悪がある―」というコピーが躍っている。そして、ムロツヨシによる『ニューハーフ刑事』。そんな数々の刑事ドラマの予告を見ながら、もう一度男は台本を見つめる。そのタイトルは『全裸刑事』。内村は一瞬迷いの表情を浮かべながら、「やってみよう」と全裸になるのだった。 実はこのコント、もともとは『全裸刑事』ではなく、『大家族刑事』だったという。 撮影時は、まだテレビで流れてくる刑事ドラマの予告はできていなかったので、内村はそれを見ている体(てい)で『大家族刑事』を演じた。ところが、いざ予告ができ上がり、内村のパートとつなげて見ると、『大家族刑事』が『独身刑事』や『ニューハーフ刑事』に「負けている」と感じたのだ。 「仕上がったのを見たら、あまりにも(他が)強烈すぎてこれは『大家族刑事』が霞んじゃう、と。そこで俺が忙しいさなかに考えついたのが『全裸刑事』(笑)。ニューハーフまで行った時に、これを超えるのはなんだろうって考えたのよ。『侍刑事』とか……。でも『全裸』にかなうやつがない(笑)」(内村/スタジオトークより) そうして、最初からすべて撮り直したのだ。 デビュー当時からずっとスタジオコントにこだわり続けた、内村光良のコント職人としての矜持を感じさせる“全裸”だった。 「どうしてその道に足を踏み入れたんだ? お前それで良かったのか? もっと違う選択肢があったんじゃないのか?」 今、テレビを主戦場にする芸人にとって、コント番組は茨の道だ。もっと楽な選択肢はあるかもしれない。それでも内村は「やってみよう」と、スタジオコントをやり続けた。コントができない時期は、挑戦ものの企画などでキャラクターになりきったりして、擬似コントを演じ続けた。自身にとって『笑う犬』(フジテレビ系)シリーズ以来約9年ぶりとなるコント番組『LIFE!人生に捧げるコント』では、いつしか内村の醸し出す“哀愁”が武器になった。 「今、この年になったからこそ、その味わいが表現できるようになったと思うんです。そういう意味では、これから50代、60代と年齢を重ねていくと新たなキャラクターが生まれるんじゃないかと思っていて。この先、それがすごく楽しみですね」(『NHKウィークリースコラ(2013年8/16・23号)』) 内村光良は、コントに芸人人生を捧げている。そして、その人生は続いていくのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからNHK『LIFE!~人生に捧げるコント~』- NHKオンライン









