「アナタ、正気なの?」 デヴィ夫人は、目の前で自分のモノマネだと言われて、意味不明な奇声を上げながら、ワケのわからない動きをするハリウッドザコシショウを見て、もっともな感想を述べた。 それは「R-1ぐらんぷり」優勝者に与えられた冠番組『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)の一幕だ。 ザコシショウのR-1優勝は衝撃的だった。もともとお笑いファンや芸人たちの間では、その実力が認められていたザコシショウ。だが、その芸風は、とてもテレビ向きではないと思われてきたからだ。しかも、賞レースとなればなおさらだ。しかし、いざ決勝に進出すると、会場は大爆笑。圧倒的な力で、まさかの優勝をもぎ取ったのだ。 この優勝は、お笑いファンからは歓迎されたものの、「何が面白いかわからない」と批判する声も少なくなかった。確かに、ザコシショウの人となりや背景などを知っているのと知らないのとでは、あるいは、見慣れているか否かで、感じ方は大きく違ってくるネタだ。初めてこの種の笑いを見ると、どう見ていいのかわからなくて混乱してしまうのは無理もないことだ。 たとえば優勝後、『スッキリ!!』(日本テレビ系)の「クイズッス」にザコシショウが登場した時だ。ひとしきり、得意の誇張モノマネを繰り返すザコシショウ。ここで異変が起こる。 それをスタジオで見ていたコメンテーターの本上まなみが、泣きだしてしまったのだ。 「え? なんの涙?」 「ごめんなさい……何が起きてるのかわからない」 生まれて初めて出会ったものへの衝撃で、恐怖や驚きなどの感情がない交ぜになって、意味不明の涙があふれてきてしまったのだ。 さらに約1カ月後、再びザコシショウが同コーナーに登場し、誇張モノマネの新ネタを披露すると、やはり本上の目からは涙がこぼれてしまう。 「なんですか、その込み上げる涙は?」 と笑いながら問うMC加藤浩次に、本上は苦悶の表情で答える。 「わからないですけど……でも、うれしいです」 「表情と言葉が真逆!」 『TVの掟』は「テレビ的」な振る舞いに慣れていないザコシショウが、ケンドーコバヤシ、陣内智則、たむらけんじ、中川家といった同期の芸人たちから「芸能界で生き残るためにTVの掟を学ぶ」という趣旨の番組である。情報番組リポートやグルメリポート、俳優としてオファーが来た際の演技などを学んでいく。 やはり最初は奇声を上げたり、変な動きをするザコシショウだが、「建物の外観に触れる」「ほどよく自分の話を織り交ぜる」「入り込みで目を引く動きを」「カメラワークしやすい的確なリアクションを」「取材先に失礼なボケはNG」「体験したことは細部まで覚えておく」といった具体的なアドバイスに、もともと持つマジメな資質が現れ、しっかりと応えていく。 それをスタジオで見た関根勤は、手を叩きながら絶賛する。 「ニュースター誕生! のみ込みの早さ、スゴいじゃない」 「ニューウェーブだね! 結局、うまい人はいっぱいいるじゃない。うまい人ばっかりがいてもダメだから」 「ニュースターだよね」 これに対して、真っ向から反対するのはデヴィ夫人だ。 「全然面白くない」 「アナタ、何やってるの?」 「もう、開いた口がふさがらない」 リポートの極意や演技指導などの「TVの掟」よりもむしろ、この2人のリアクションの対比にこそ、ザコシショウがテレビで生かされるヒントが隠されている気がする。ザコシショウの極端な芸には、極端に褒めるか、極端に否定するか、そのどちらかのリアクションをぶつけると、それを受けたザコシショウのかわいげが全開になる。中途半端ではダメだ。デヴィ夫人は『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)で出川哲朗と名コンビとなっているが、もしかしたらザコシショウとの組み合わせは、それ以来のヒットとなるかもしれない。 関東圏では『TVの掟』の直後に、ザコシショウがゲスト出演した『にけつッ!!』(同)が放送された。盟友であるケンドーコバヤシとのトークに花を咲かせ、帰っていったザコシショウに対し、千原ジュニアはこう評した。 「25年間、1ミリも動かず立ち続けるってスゴいよね」 ザコシショウはデビュー以来、テレビに見向きもされなくてもずっと同じ芸風を貫いてきた。そうして長い時間ずっと動かなかったザコシショウに、ようやくテレビが近づいてきた。 辛らつな評価を与え続けたデヴィ夫人もやがて、根負けしたように言った。 「アナタみたいな人がいないから、いいんじゃない? ダブってない、誰とも」 ここまでやっているのなら、認めざるを得ない。ハリウッドザコシショウには、見る者にそう思わせる、長い時間をかけて熟成した意味不明なまでのパワーが宿っているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)
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ラリー遠田の『R-1ぐらんぷり2016』評 王者・ハリウッドザコシショウの「破壊力と演出力」
2016年3月6日、ピン芸日本一を決める『R-1ぐらんぷり2016』の決勝戦が行われた。大会にエントリーした3,786人の頂点に立ったのは、ハリウッドザコシショウ。決勝では、誇張の強すぎるものまねを次々にたたみかけていく2本のネタを披露。会場に集う観客を爆笑と興奮の渦に巻き込んだ。 ハリウッドザコシショウは数々の逸話に彩られた伝説的な芸人だ。多くの芸人や業界関係者が彼の芸に魅了され、ファンであることを公言している。芸に向き合う真摯な姿勢は後輩からも尊敬されている。荒削りで型破りなパフォーマンスを披露する芸人や一般人が次々に現れ、カルトな人気を誇っていた深夜番組『あらびき団』(TBS系)では、ハリウッドザコシショウは準レギュラーのような扱いでたびたび登場。番組内では「キングオブあらびき」の異名を取っていた。 私は今年の『R-1ぐらんぷり』の予選会場で、何度かハリウッドザコシショウのネタを生で見ている。そのときに印象的だったのは、広い会場の中で彼のネタに対する反応が人によって大きく分かれていたということだ。私はたまたま後方の席に陣取っていたので、客席全体の反応を見渡すことができた。観客の多くは彼のネタを見て、声をあげ、手を叩き、涙を流さんばかりに笑っている。ただ、一方で、全く無反応の人も一定数存在していた。恐らく、分かる人にとっては死ぬほど面白いが、分からない人にとってはまったく意味不明なのだろう。 笑いの好みというのは個人差が激しいので、他の芸人のネタでも多かれ少なかれそういうことはある。ただ、その違いが最もはっきり現れるのが、ハリウッドザコシショウのネタなのだ。実際、今回の『R-1』をテレビで見ていた人の中でも「これの何が面白いの?」という疑問を持った人もいるかもしれない。そういう人は決して特別ではなく、一定の割合で存在する。特に、ハリウッドザコシショウはずっと昔からそういうふうに思われがちな芸人であることは確かだ。 ただ、今年の『R-1』に挑む彼は明らかに「わかるヤツにだけわかればいい」などとは思っていなかったように見える。それはネタの構成にも現れている。「誇張しすぎたものまね」という得意のフォーマットの中で、極力わかりやすく、間口を広くしようとしている工夫が随所に見受けられた。 第一に、個々のネタの前振りが丁寧になっていた。例えば、ザキヤマ(アンタッチャブルの山崎弘也)のものまねをやるときにも、正しいものまねを見せた後でそれを誇張したバージョンを演じていた。元ネタが何であるのかわかりづらいものは、それをきちんと説明したりもしていた。 第二に、最初のネタが終わったところで、次のフリップをめくる前に「酔っぱらってないですからね」と念押しをして、自分が受け手を置き去りにしないというスタンスを明確に示していた。 第三に、ものまねの題材として昔のマンガなどのマイナーなものは選ばず、誰でも知っている有名なものばかりを並べた。特に、野々村竜太郎元県議など、多くの人に伝わりやすいような題材も積極的に採用。その上で、自分が今まで積み上げてきた笑いの根幹の部分はそのまま貫き通していた。 番組を録画している人は、ハリウッドザコシショウの1本目のネタが終わった直後に画面に映された、司会者、審査員、観客の反応を見返してみてほしい。あの場に居合わせた彼らの反応は、単に「面白かった」とか「笑えた」といった通常のレベルのものはなかった。まるで飛行機墜落事故の瞬間を間近で見た人のように、一様に「とんでもない光景を目撃した!」「今のはなんだったの!?」といった意味の笑みを浮かべていた。爆笑の「爆」が爆発の「爆」と同じなのは偶然ではない。ハリウッドザコシショウの仕掛けた笑いの核爆弾は、確かにあの瞬間、閃光と共に爆発していたのだ。 会場にいた芥川賞作家の羽田圭介は、ハリウッドザコシショウのすごいところは「めちゃくちゃ偏った世界観をいきなりやってきて、それを受け取る側に有無を言わさず飲み込ませてしまう破壊力」だとコメント。さらに、それを支えているのは「ものすごい高い演技力と演出性」だと喝破した。私もこの見解に全面的に同意する。 ハリウッドザコシショウがピン芸の大会『R-1ぐらんぷり』で優勝することができたのは、もともとあった破壊力に加えて、それをわかりやすく多くの人に伝えるための演出力を身につけたからだ。「面白いことをやりたい」という自分の中からわき上がる衝動に向き合い、戦い続けてきたハリウッドザコシショウの24年の集大成。カルト芸人の頂上に君臨していた男がついに、表の世界でもピン芸人の頂点に立った。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)R-1ぐらんぷり2016公式サイト
ラリー遠田の『R-1ぐらんぷり2016』評 王者・ハリウッドザコシショウの「破壊力と演出力」
2016年3月6日、ピン芸日本一を決める『R-1ぐらんぷり2016』の決勝戦が行われた。大会にエントリーした3,786人の頂点に立ったのは、ハリウッドザコシショウ。決勝では、誇張の強すぎるものまねを次々にたたみかけていく2本のネタを披露。会場に集う観客を爆笑と興奮の渦に巻き込んだ。 ハリウッドザコシショウは数々の逸話に彩られた伝説的な芸人だ。多くの芸人や業界関係者が彼の芸に魅了され、ファンであることを公言している。芸に向き合う真摯な姿勢は後輩からも尊敬されている。荒削りで型破りなパフォーマンスを披露する芸人や一般人が次々に現れ、カルトな人気を誇っていた深夜番組『あらびき団』(TBS系)では、ハリウッドザコシショウは準レギュラーのような扱いでたびたび登場。番組内では「キングオブあらびき」の異名を取っていた。 私は今年の『R-1ぐらんぷり』の予選会場で、何度かハリウッドザコシショウのネタを生で見ている。そのときに印象的だったのは、広い会場の中で彼のネタに対する反応が人によって大きく分かれていたということだ。私はたまたま後方の席に陣取っていたので、客席全体の反応を見渡すことができた。観客の多くは彼のネタを見て、声をあげ、手を叩き、涙を流さんばかりに笑っている。ただ、一方で、全く無反応の人も一定数存在していた。恐らく、分かる人にとっては死ぬほど面白いが、分からない人にとってはまったく意味不明なのだろう。 笑いの好みというのは個人差が激しいので、他の芸人のネタでも多かれ少なかれそういうことはある。ただ、その違いが最もはっきり現れるのが、ハリウッドザコシショウのネタなのだ。実際、今回の『R-1』をテレビで見ていた人の中でも「これの何が面白いの?」という疑問を持った人もいるかもしれない。そういう人は決して特別ではなく、一定の割合で存在する。特に、ハリウッドザコシショウはずっと昔からそういうふうに思われがちな芸人であることは確かだ。 ただ、今年の『R-1』に挑む彼は明らかに「わかるヤツにだけわかればいい」などとは思っていなかったように見える。それはネタの構成にも現れている。「誇張しすぎたものまね」という得意のフォーマットの中で、極力わかりやすく、間口を広くしようとしている工夫が随所に見受けられた。 第一に、個々のネタの前振りが丁寧になっていた。例えば、ザキヤマ(アンタッチャブルの山崎弘也)のものまねをやるときにも、正しいものまねを見せた後でそれを誇張したバージョンを演じていた。元ネタが何であるのかわかりづらいものは、それをきちんと説明したりもしていた。 第二に、最初のネタが終わったところで、次のフリップをめくる前に「酔っぱらってないですからね」と念押しをして、自分が受け手を置き去りにしないというスタンスを明確に示していた。 第三に、ものまねの題材として昔のマンガなどのマイナーなものは選ばず、誰でも知っている有名なものばかりを並べた。特に、野々村竜太郎元県議など、多くの人に伝わりやすいような題材も積極的に採用。その上で、自分が今まで積み上げてきた笑いの根幹の部分はそのまま貫き通していた。 番組を録画している人は、ハリウッドザコシショウの1本目のネタが終わった直後に画面に映された、司会者、審査員、観客の反応を見返してみてほしい。あの場に居合わせた彼らの反応は、単に「面白かった」とか「笑えた」といった通常のレベルのものはなかった。まるで飛行機墜落事故の瞬間を間近で見た人のように、一様に「とんでもない光景を目撃した!」「今のはなんだったの!?」といった意味の笑みを浮かべていた。爆笑の「爆」が爆発の「爆」と同じなのは偶然ではない。ハリウッドザコシショウの仕掛けた笑いの核爆弾は、確かにあの瞬間、閃光と共に爆発していたのだ。 会場にいた芥川賞作家の羽田圭介は、ハリウッドザコシショウのすごいところは「めちゃくちゃ偏った世界観をいきなりやってきて、それを受け取る側に有無を言わさず飲み込ませてしまう破壊力」だとコメント。さらに、それを支えているのは「ものすごい高い演技力と演出性」だと喝破した。私もこの見解に全面的に同意する。 ハリウッドザコシショウがピン芸の大会『R-1ぐらんぷり』で優勝することができたのは、もともとあった破壊力に加えて、それをわかりやすく多くの人に伝えるための演出力を身につけたからだ。「面白いことをやりたい」という自分の中からわき上がる衝動に向き合い、戦い続けてきたハリウッドザコシショウの24年の集大成。カルト芸人の頂上に君臨していた男がついに、表の世界でもピン芸人の頂点に立った。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)ハリウッドザコシショウ公式ブログより


