東洋一のスラム街と呼ばれるフィリピンのトンド地区に潜入し、そこを歩いていると銃声のようなものが何度も鳴り響いた。 「おちょくられてるか、威嚇されてるんじゃないですか?」 怯える番組スタッフに、取材者は事も無げに笑みを浮かべて言う。 スタジオでそのVTRを見ていたバナナマン設楽統は、思わず「お正月にこんなの見たくないよ!」と叫んだ。 2014~15年の年末年始番組で最も強烈なインパクトを与えた番組のひとつが、このVTRが放送された『クレイジージャーニー』(TBS系)だろう。出演者は設楽のほか、ダウンタウン松本人志、小池栄子。演出は、『水曜日のダウンタウン』(同)でもディレクターを務める横井雄一郎である。 独自の視点で世界を巡る狂気の旅人がスタジオに集結し、「自分じゃ絶対行かないけど、見てみたい!」と思えるような旅の体験を語ったり、その映像を見るという“伝聞型紀行バラエティ”だ。 冒頭のスラム街に潜入したのは、「危険地帯ジャーナリスト」の丸山ゴンザレス。その肩書からもうヤバい。世界中の治安の悪いエリアやスラムに足を運び、底辺に住む人々の生活や犯罪事情など、命がけの取材でその実態に迫るジャーナリストだという。 「死にそうになったことは?」という問いに、インドのベナレスに行ったときの話を語りだしたゴンザレス。「そこに、ちょっと麻薬の市場調査に行ったんです」と。松本は「ちょっと行くようなところじゃない」とツッコむが、丸山は「ちょっと気になったんで」と笑う。そこで現地のジャーナリストと落ち合う予定だったのだが、連絡が取れず、仕方なく一人で取材を続行して帰国すると、実は現地のジャーナリストは合流する直前に殺されていたのだとサラッと明かす。 ちなみにゴンザレスという名前は、もともと旅仲間の名前。「ちょっと逮捕されてしまった」から“襲名”したという。 「ゴンザレスさん、全部“ちょっと”で済ますから」 と、さすがの松本も笑うしかなかった。 フィリピンのトンド地区は、規模の大きさや貧しさから「東洋一」といわれるスラム街。なぜそんな危険なところに行くのかと問われたゴンザレスは「好奇心ですよね。怖いもの見たさが先に立つ」と答える。 「スラムがどんな場所で何があるのか、肌で感じたいし、目に入るものすべて押さえたいですよね。あとは家の中ですよね。どんな人が住んでいてどんな部屋なのか内部に入り込みたい」 そんな決意を持って、同行した番組スタッフの「大丈夫ですか?」という不安げな言葉にも「大丈夫、大丈夫」と明るく答えながら、どんどんスラム街に足を踏み入れていく。インフラが壊滅した町並み、残飯を集め調理し販売している人々、異臭を放つゴミの山、そのゴミ山の中に建つ家、そこでビニール袋の中身を吸う子ども……。カメラは、ショッキングな光景を次々に淡々と映し出していく。 そこで、一軒の家に入っていく。天井が低く、床も壁も頼りない家。3畳のスペースに、9人もの人が住んでいるという。そんなスラムの家屋事情を住民に取材中、突如、カメラが大きく揺れた。何事かと振り返ったカメラが、家の外に立つ若者の姿を捉えた。その若者は、撮影していた番組スタッフのお尻のポケットから携帯電話を盗もうとしたのだ。若者は悪びれた様子もなく、少し照れくさそうに笑う。その笑顔が妙にリアルだった。 ゴンザレスはなおも「全然スラムの闇の部分に触れられてないんですよ。その辺を調べてみたいなと思いまして。犯罪とか、違法性のあるそういう仕事をしてる人を調べてみたい」と、臓器売買をしたことがあるという男にたどり着く。入院費が払えず、腎臓を売ったというその男は、なんとそれを医者に薦められたというのだ。 さらに、銃密造現場にも潜入。ただし、あまりに危険なため、番組スタッフとは別れ、ゴンザレスは一人ガンマニアを装い、裏社会に精通しているという現地人15人を経由し、銃密造現場の案内人と合流。小池が思わず「現実とは思えない」とつぶやく、衝撃的な映像を撮影することに成功したのだ。 番組ではさらに神秘の光る山を激写する『奇界遺産』(エクスナレッジ)の佐藤健寿、かつて『情熱大陸』(TBS系)などでも大きな話題を呼んだ自然と戦うサバイバル男・服部文祥、北朝鮮の内部映像を発信する石丸次郎が、ゴンザレスに負けず劣らずのエピソードや映像を紹介していく。 この手の番組は、とかくえげつなさが強調されがちだ。だが、この番組はセンセーショナルな煽りもなく、丁寧な編集と絶妙な距離感を保っているため、見ていてストレスも不快感もほとんどない。“モニタリングの天才”設楽や、生きた虫を食べることも厭わない行動力を持った小池、そして冴えわたるコメント力で重苦しさを吹き飛ばす松本という、3人のバランスが抜群なのもその要因だろう。クレイジーなものを真っ当な演出で見せる。それが、たとえ「こんなの見たくない」と思っていても、心の奥の「怖いもの見たさ」という欲望を刺激し、画面に釘付けにさせるのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから極バラ『クレイジージャーニー』 | TBSテレビ
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テレビウォッチャー・てれびのスキマが選ぶ、2014年のテレビ事件簿【ドラマ編】
2013年のドラマ界は、NHK朝ドラ『あまちゃん』や『半沢直樹』(TBS系)が高視聴率を獲得、社会現象を巻き起こした。それに比べると、今年のドラマ界は正直、話題性に乏しかった感が否めない。だが、今年もNHK朝ドラは、『ごちそうさん』『花子とアン』『マッサン』と高視聴率が続き、特に『花子とアン』は、ドラマファンからは賛否両論あったものの、花子のセリフ「ごきげんよう」が新語・流行語大賞にノミネート。完全に、一時期の低迷から復活したといえよう。また、『HERO』(フジテレビ系)が13年ぶりにリメイクされたのも話題を呼んだ。放送前は不安視されたものの、始まってみれば、キムタクの健在ぶりが光った。そして、世間の話題や視聴率にこそつながらなかったが、『ごめんね青春!』(TBS系)や『アオイホノオ』(テレビ東京系)など、クオリティの高いドラマが数多く作られたことにも触れておきたい。そんな今年のドラマ界を振り返る。 ■躍動する小栗旬と満島ひかり 小栗旬を侮ってはいけない。いや、もちろん、彼が素晴らしい役者であることは十分に証明済みだ。けれど、今年の小栗は、そんなハードルを軽々と超える演技を見せつけた。まず『BORDER』(テレビ朝日系)では、死者と話ができる刑事を繊細に演じた。そして『信長協奏曲』(フジテレビ系)では、現代からタイムスリップして信長のニセモノを演じる高校生役と、明智光秀と名乗ってニセモノの信長に仕えるホンモノの信長役という、その説明だけでも複雑な役どころを、一人二役で演じ分けた。前者は軽妙洒脱の人たらし、後者は重厚で品位あふれるキレ者。『信長協奏曲』の基本的にベタで分かりやすい展開に説得力を持たせたのは、間違いなく小栗の演技によるところが大きい。 そして『BORDER』では、「光」と「影」のボーダーラインで揺れ動いていた主人公が、その境界を越えてしまうという役どころに挑んだ。衝撃的で後味を引きずる、刑事ドラマ史に残る名シーンといっても過言ではない、圧巻のラストだった。また、コメディタッチの第5話で見せた、宮藤官九郎との名コンビっぷりも印象的だった。 女優陣で目立ったのは、満島ひかりだろう。『若者たち2014』(フジテレビ系)では気丈な妹役を感情豊かに演じ、『おやじの背中』(TBS系)では女子ボクサー役で出演。父親役の役所広司を相手に、文字通り体当たりの演技を披露した。が、なんといっても『ごめんね青春!』でのヒロイン・蜂矢りさ役がスゴかった。彼女の新境地にして、真骨頂といっていいだろう。特に、最終回直前の第9話での、主人公の平助(錦戸亮)から愛と罪の告白を同時に受けるシーンにおける、喜怒哀楽すべてがごちゃまぜに詰まったような表情の演技は、言葉ではとても言い尽くせない素晴らしいものだった。 また、窪田正孝も忘れてはならない。『花子とアン』ではスピンオフドラマが作られるほど人気を得たキャラクターを演じ、『Nのために』(TBS系)では透明感と闇を併せ持つ、彼にしか表現できないであろう難しい役を演じ、それぞれの作品でしっかりと脇を固めた。 『失恋ショコラティエ』『ディア・シスター』(フジテレビ系)の石原さとみは、完全に清純派から艶っ気全開の女優へと変貌を遂げ、強烈なインパクトを残した。 “新人”では、『アオイホノオ』の「津田さん」、『ごめんね青春!』の「会長」役の黒島結菜や、『ブラック・プレジデント』(フジテレビ系)や『セーラー服と宇宙人』(日本テレビ系)の門脇麦が印象的だった。 ■一級品の地味ドラマ 今年は、話題性が乏しく、視聴率は低かった地味な作品にこそ、秀作が多かった。たとえば、『ペテロの葬列』や『Nのために』(TBS系)がそれだ。共に宮部みゆき、湊かなえという人気ミステリー作家の作品を原作にしたドラマだが、それぞれ、原作からのアレンジも巧みで、キャスト陣もハマっていて好演。見応えも抜群だった。そのクオリティの高さほど話題にならなかったのは残念だ。 『あすなろ三三七拍子』や『ブラック・プレジデント』(フジテレビ系)も低視聴率に苦しんだが、作品の出来は一級品。奇しくも、どちらもすでに社会人である主人公が大学に通うという共通点もあったが、いずれもオリジナリティあふれる作品だっただけに、もっと多くの人に見てもらいたかった。 そんな地味な秀作といえば、毎年のようにそういった作品を量産しているのがNHK。今年も『さよなら私』や『聖女』を筆頭に、挑戦的でかつ安定感があるという離れ業。特に挙げた2作品では、主演の永作博美、広末涼子の実力と魅力を、あらためてまざまざと見せつけた。 ■2014年のドラマ界は「青春」だった 今年を代表するドラマといえば、冒頭にも挙げた『アオイホノオ』と『ごめんね青春!』だろう。今年のドラマ界は「青春」だった。今年はこの2作品のほかにも、『なぞの転校生』(テレビ東京系)、先出の『あすなろ三三七拍子』など「青春」(の残滓)をテーマにしたドラマが目立ったのだ。 福田雄一が脚本・演出を務めた『アオイホノオ』。次々と深夜のコメディドラマを量産している福田は昨今コント番組が作れないテレビ界において、ある意味、最もコンスタントにコントを作り続けている作家だ。そんな福田と原作の島本和彦の過剰な熱、そして柳楽優弥をはじめとするどハマりしたキャストの組み合わせは、大きな笑いと思わぬ感動を生んだ。もちろん、庵野秀明や岡田斗司夫らが実名で登場する本作は、80年代のサブカル史としても面白い。だが何よりも、自分には特別な才能があると信じて疑わない若者たちの挫折、葛藤、嫉妬、挑戦を描いた、ド直球の青春ドラマなのだ。そして本作は最後に主人公がプロ漫画家になり、責任を抱えた「青春の終わり」までを描いたのも秀逸だった。 同じように「青春」からの“卒業”までを描いた『ごめんね青春!』は、『あまちゃん』の宮藤官九郎の脚本。主演は錦戸亮、ヒロインは先出の通り、満島ひかり。仏教系の男子校とキリスト教の女子校が合併し学園祭を開くまでを描いた本作は、「秘密」「懺悔」「赦し」をめぐるドラマだ。登場人物の多くは「秘密」を抱え苦しんでいる。「懺悔」は、自分の心の中で反省するだけでは終われない。「秘密」を告白する行為そのものが、「懺悔」だ。「ごめんね」と伝えなければ、「懺悔」ではないのだ。そして「懺悔」することで、最終的にたいていのことは赦される。しょうもないところも、ダメなところも、罪も、全部含めて「青春」なんだと。「人間なんてそんなもん」と、「青春」はすべてを赦してくれる。「勝ちよりも負けのほうが青春!」なのだ。だから宮藤官九郎の描く世界は優しく、そして強い。青春時代に後ろめたい悔いや思い残しのない人なんて、きっといないだろう。『ごめんね青春!』は、そんな青春時代に戻してくれる。そして僕らの“罪”を残酷に浮き彫りにした上で、そっと優しく赦してくれるのだ。 青春時代は、自分がまだ何者でもないという現実を、残酷なまでに教えてくれる。本当のことを知りたいと思いながらも、それを知りたくないという矛盾と苦悩に満ちた時間だ。あまりに楽しく、笑えて、そして儚く切ない。『アオイホノオ』も『ごめんね青春!』も、そんな「青春」を見事に描いていた。それにしても『ごめんね青春!』がドラマのクオリティと反比例なほど低視聴率だったのが、あまりにももったいないし、腑に落ちない。いみじくも本作の主人公が言っている。 「腑に落ちないのが青春なんだ」 ■総括 今年は、新しい“挑戦”をしているドラマも目立った。『MOZU』(TBS系)はWOWOWとの共同制作で、通常の地上波ドラマとは異質の映像クオリティを生み出した。第1シリーズを地上波で、第2シリーズをWOWOWで(後に地上波でも)放送するという形式も新しかった。『おやじの背中』(TBS系)は「親子」を共通のテーマに据えた1話完結で、大物脚本家の連作という試み。さらに『素敵な選TAXI』(フジテレビ系)では、現役で第一線で活躍するお笑い芸人バカリズムを脚本に起用した。また夜8時台に、中高年にターゲットを大胆に絞った『三匹のおっさん』(テレビ東京系)や、『天誅』(フジテレビ系)などの成功も印象深い。こうした新たな試みは、日本のテレビドラマの可能性を拡げていってくれるはずだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから
テレビウォッチャー・てれびのスキマが選ぶ、2014年のテレビ事件簿【バラエティ編】
「ダメよ~、ダメ、ダメ」 日本エレキテル連合のこのフレーズが、新語・流行語大賞に輝いた2014年。流行語にはノミネートされなかったが、どぶろっくも「もしかしてだけど」の歌ネタで小~中学生を中心に大ブレークを果たした。お笑い芸人発の言葉がひとつもノミネートされなかった昨年と比較すると、お笑い芸人が注目された年といえるだろう。 思えば、今年はテレビのバラエティ番組史に残る激動の年だった。それはなんといっても、32年もの長きにわたり続いた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の終了だ。同じく20年以上の長寿番組だった『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)も最終回を迎えた。ある一時代の終わりを象徴するものだろう。 そんな2014年のテレビバラエティを振り返ってみたい。
“天才”バカリズムの躍進
今年のバラエティタレントMVPを挙げるなら、やはりバカリズムではないだろうか。『ウレロ☆未体験少女』(テレビ東京系)で客前一発本番のシットコムに、『リアル脱出ゲームTV』(TBS系)では俳優としてドラマに主演、『伝えてピカッチ』(NHK総合)でキャプテンとしてゲームを楽しみ、『ビットワールド』(Eテレ)では子ども番組で違和感なく活躍し、『アイドリング!!!』(フジテレビ系)でアイドル相手に司会に、『有吉反省会』(日本テレビ系)で反省見届け人として鋭いコメントを連発、『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)では大喜利で“主役”を張り、『OV監督』『オモクリ監督』(同)では映像作品を量産している。単発ながらバナナマンとの冠番組『そんなバカなマン』(同)も好調だ。その上で、テレビ以外にもラジオ『オールナイトニッポンGOLD』(ニッポン放送)のパーソナリティを務めたり、変わらず単独ライブも成功させている。さらに『素敵な選TAXI』(フジテレビ系)では、なんとゴールデンタイムの連続ドラマの脚本を担当するという離れ業。もちろん、これは第一線で活躍するお笑い芸人として前人未到の快挙だ。 ほんの少し前まで、バカリズムといえば「孤高の天才コント職人」というイメージだったが、いまやテレビ界屈指のマルチタレントへと、瞬く間に可能性を拡げていった。脚本を務めた『素敵な選TAXI』は、過去に戻ることができるタクシーを舞台にしたドラマだ。そのタクシーが過去に戻る時、音もしないし、時空も歪まず、「タイムスリップ感」がない。「タイムスリップ感がないのが、性能がいい証拠」と主人公は言う。確かに、事も無げにスゴいことをやってのけるのが本当の高性能だ。まさに、バカリズムもそうだ。事も無げにジャンルを横断しながら、思いもよらない発想でハイクオリティな作品を作り続けている。まさに「天才」。ついに、時代が天才バカリズムに追いついたのだ。 また、今年はバカリズムの所属するマセキ芸能社の躍進が目立った。看板であるウッチャンナンチャンは、それぞれピンで安定した活躍を見せている。南原清隆は、結果的に『いいとも!』終了の一因となった『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)を率い、内村光良は、コント番組がほとんどない時代にNHKでコント番組『LIFE!』をレギュラー化させた。今後もまさにライフワークのようにシリーズ化されるだろう。ほかにも『イッテQ』や『笑神様は突然に』(日本テレビ系)など、MCを務める番組も好調だ。ナイツも次世代の芸人が集結した『ミレニアムズ』(フジテレビ系)のレギュラーに抜擢され、塙宣之はエース格として存在感を放っている。三四郎の小宮浩信は出川哲朗や狩野英孝を継ぐ「マセキ幼稚園」の系譜として『アメトーーク!』『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)、『ゴッドタン』(テレビ東京系)など、お笑い濃度の濃いバラエティ番組に引っ張りだこ。“新人賞”といっていい活躍だった。TBSプロデューサー藤井健太郎の逆襲
『クイズ☆タレント名鑑』(TBS系)で悪ふざけの限りを尽くし、テレビっ子たちに熱烈に支持をされながらも、2012年にあえなく打ち切りの誹りを受けた、「今」のテレビを代表するプロデューサー・演出家である藤井健太郎。彼の逆襲の始まりは、昨年末に放送された『クイズ☆正解は一年後』だった。1年前に回答パートを収録し、その1年後に生放送で答え合わせをするという、テレビ制作の常識を破った本作は強烈な印象を与えた(今年も12月30日に放送予定)。 並行して、それより少し前から始まった『Kiss My Fake』では、ジャニーズアイドル・Kis-My-Ft2を隠れ蓑に悪意をまぶしていた。だが、こちらは3月で終了。その直後に始まったのが、『水曜日のダウンタウン』だった。ダウンタウンと藤井の組み合わせは否が応でも期待が膨らんだ。開始当初こそ探り探りだったものの、「ロメロスペシャル 相手の協力なくして成立しない」説、「勝俣州和のファン0人」説など徐々に藤井色が濃くなっていくと、ダウンタウンもそれに呼応。悪意にツッコみながら、逆に悪意を増幅させるというダウンタウンしかできない芸当を見せ番組がスイングし続けている。今年は、後述する『いいとも』グランドフィナーレなど特別番組に強烈なインパクトを与えた番組が多かったが、レギュラー番組として最も安定したクオリティと爆発的な面白さを両立させていたのは、間違いなくこの番組だろう。 さらに、単発で放送された『クイズ☆アナタの記憶』もまた、『タレント名鑑』イズムを引き継ぐ渾身の作品だった。オードリーの春日俊彰の実家を丹念に探索し、本人も忘れているであろうこと(『ドラゴンクエスト』の「ゆうしゃ」の名前や林間学校の班名など)をクイズとして出題したり、高橋ジョージに第何章の「ロード」かイントロクイズを出題したり、ビッグダディに自分の子どもの名前を当てさせたり、いしだ壱成にドラマ『未成年』の再現として手錠をはめさせたりと、やりたい放題。 よくお笑いには、対象への愛が不可欠だといわれる。しかし、藤井が対象へ向けるのは悪意だ。一方で、面白い現象には愛を惜しまない。対象ではなく、現象こそに偏愛を捧げているのだ。『笑っていいとも!』最終回
やはり今年もっとも印象的な番組といえば、32年もの歴史に終止符を打った『笑っていいとも!』だろう。フジテレビの最終回、あるいはテレビの葬式。『いいとも』の「グランドフィナーレ」の光景を見て、そんなふうに形容する人もいた。確かに、「ネットが荒れる!」という松本人志の発言が引き金になって実現したタモリ、明石家さんま、笑福亭鶴瓶、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、爆笑問題、ナインティナインというお笑いのレジェンドたちが同じ画面、同じ舞台にそろうという、ありえない“奇跡”のような瞬間にそんな連想をしてしまうのは、無理からぬことかもしれない。昨年10月に『いいとも』の終了が発表されると、その後の約半年間、とんねるずが前代未聞の不定期レギュラーになったり、テレフォンショッキングに現役の首相が登場したりと、テレビの持つ、なんでもありな雰囲気を漂わせたお祭り騒ぎに突入した。そして、それが結実したかのようなグランドフィナーレだった。そんなレジェンドたちがそろった現場を仕切ったのが、平成バラエティの申し子ともいえるアイドルであるSMAPの中居正広だったのも象徴的だ。彼は最後の挨拶で「バラエティって、非常に残酷なものだなとも思います」と涙ながらにゴールのないバラエティのツラさを訴えた。 そのSMAPがメインMCを務めたのが、今年のフジテレビ『27時間テレビ』。その名も『武器はテレビ。』だった。いみじくも、オープニングはSMAPの生前葬。一度何かに終止符を打って、生き直すかのように27時間を駆け抜けた。『いいとも』で「なんで終わるんですか……」とだだっ子のように泣きじゃくった香取慎吾は、『27時間テレビ』の最後、「テレビのウソが大好きです」と笑った。まさに、この2つの大型特番は、幸福な「テレビのウソ」を作り上げてきた80年代の『オレたちひょうきん族』以降続く、フジテレビ的スターユニット型バラエティの集大成だった。 2014年は『6人の村人!全員集合』(TBS系)でも、志村けん、内村光良、三村マサカズ、岡村隆史、日村勇紀、田村淳というウソのような共演が実現した(前述の藤井健太郎も演出で参加)。「何かが起こりそう」な「今」を映すのが「テレビ」だ。その「何か」は間違いなく起こった。その最たるものを見せつけたのが、「今」にこだわり続けた『いいとも』だったのだ。『いいとも』「グランドフィナーレ」はテレビの葬式なんかじゃない。新たな時代の到来を予感させる、「今」のテレビの誕生祭だ。 だからこそ、最後は、タモリのセリフは「明日もまた見てくれるかな?」だったのだ。総括
『いいとも』の終了が象徴する、テレビ史の転換期と言っても過言でない年だった2014年。『ひょうきん族』『夢で逢えたら』などフジテレビ伝統のお笑いユニット番組として『ミレニアムズ』がスタートした。オードリー、ナイツ、流れ星、ウーマンラッシュアワー、山里亮太と、これまでの番組に比べるとキャリアも知名度もすでに高いメンバーだ。それは、現在の若手高齢化の状況を反映しているといえるだろう。この世代のエース格であるオードリーは、単発の冠番組『とんぱちオードリー』(フジテレビ系)で漫才や春日の体を張った企画、そして中学生とのロケ企画(と思わせてのフェイク。つまり全編コント!)と、お笑い純度100%のオードリーを見せつけた。いよいよ胸を張りながらゆっくりとテレビの中心に歩み寄ってきたオードリーたち。新時代到来の息吹は静かに、だが、確実に芽生えている。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから健常者お断り――Eテレ障害者ドラマ『悪夢』が描く、“普通”の生活
そのラウンジ・バーでは、みんなが音楽に合わせて楽しそうに踊っている。ある者は義足で、ある者は脳性まひで動きにくい体躯を揺らし、ある者は通常の半分しかない腕を振り回し、ある者は全身のうち唯一動く口元と目線だけを動かしリズムを取っている。バーテンダーもダウン症。あえて言葉を選ばずに言えば、悪夢のような光景だ。 そこは、入り口に「健常者お断り」と書かれた障害者たちが集うバー「悪夢」。ドラマ『悪夢』(Eテレ)の舞台である。 『悪夢』は、毎週放送されている障害者バラエティ『バリバラ』から生まれたドラマだ。『バリバラ』とは「バリアフリー・バラエティー」の略称。これまで、テレビの中の「障害者」は「かわいそう」な存在でなければならなかった。「守るべき」存在であり、「感動する」対象だった。もし彼らを笑いのネタにしようものなら、すぐさま「不謹慎」の烙印を貼られる。しかし、『バリバラ』ではそんな見方を変えようと、障害者カップルのラブラブっぷりを競う「バリバカップルGP」や、日本一面白い障害者を決める「SHOW-1グランプリ」(たとえば、脳性まひの二人がコンビを組む脳性マヒブラザーズが披露する「医者コント」では、「手が動かない。体も震える。うまくしゃべれない」という症状で「風邪じゃないか」と診察を受けに来た患者に医者が「あなた風邪じゃなくて脳性まひですね」とツッコむ)など、「障害者×恋愛」「障害者×お笑い」といったテレビでは半ばタブー視された企画を次々と実現させてきた。 そんな『バリバラ』が、「障害者週間」に合わせて作った特集ドラマが本作『悪夢』なのだ(※再放送は9日24:00から)。 統合失調症の主人公・真を演じるのは、自身も統合失調症であるお笑いコンビ・松本ハウスのハウス加賀谷である。アルバイト先の店主をカンニング竹山、真の母を杉田かおるが演じたりしているが、登場人物の大半である障害者たちは、本当の障害者たちが演じている。真は加賀谷がそうであったように、幻覚や幻聴に悩まされている。やっと就いたアルバイト中も「お前は普通じゃない」「働けない」などという幻聴が聞こえ続け、全身白塗りの男たち=シロイヒトに常に追われているのだ。 なお、このシロイヒトを演じているのは麿赤兒率いる舞踏集団・大駱駝艦のメンバーたち。画面から伝わってくるその異様さと恐怖は、圧巻だ。 そんな状態だから、当然新聞配達のアルバイトも満足にできず、店主たちから「普通じゃない」「関わりたくない」と気持ち悪がられてクビが宣告されてしまう。新たなバイトを探して何度も面接を受けるが、ことごとく失敗。その帰り道でもやはり幻覚と幻聴に襲われ、シロイヒトに追われ、逃げこむように入ったのが、バー「悪夢」だった。 バーの異様な光景に真が戸惑っていると、「一緒に飲みます?」「踊りましょ」と誘う二人の女性。ひとりは、よく見ると脳性まひで足が不自由。もうひとりは顔面動静脈奇形で、マスクを取ると鼻から下が歪んでいる。「いや、無理でしょ!」と、あからさまに他の障害者を見下し、拒否する真。そして、こうは叫ぶ。「普通な奴はいないのかよ?」と。そこでは障害者プロレスも行われていた。半ば強引にリングに上げられた真は、「障害者相手に本気になれるかよ!」などと言っているうちに技をかけられ、失神してしまう。 障害者は健常者に差別される。その問題は何度となく、さまざまな場で取り上げられてきた。だが、もっと深刻なのは、障害者もまた障害者を差別するという現実だ。真は自分の障害を隠しつつ、相手の障害を見下しているのだ。 「健常者の定義って、心身に障害のない健康な人。そんな人、世の中にいるかしら?」 両足義足のアーティスト・片山真理が演じるバーの女主人・紗江はそう言って、真に問いかける。 「自分を隠して楽しい?」 そして、「このほうが楽なの」と義足を外し、真に「抱いて」と迫る。戸惑いながらも抱きかかえた真に、紗江は言うのだ。 「ね? 人間でしょ。私たち、普通の人間なのよ」 物語は、盲目の謎の男(桂福点)から真が奇妙な果実を譲り受けたことから大きく動いていく。その果実を食べると障害がなくなるのだという。ただし、同時にこれまでの記憶もなくなってしまう。真はその究極の選択に思い悩み、バーにいる障害者たちに「あなたなら食べますか?」と相談していくのだ(このシーンだけ、ドキュメント形式に変わる)。 「今すぐ食べたい。やりたいことたくさんやりたい。新しい記憶を作っていけばいい」「障害のない世界を体験したい」という人から、「障害に慣れているので食べない」「自分の人生を否定するようなことをしたくない」という人まで、答えはさまざま。 これまで障害者を扱ったドラマのほとんどは、「障害者も頑張っている」と世間を啓蒙するような、いわば「健常者のため」のドラマだった。だが、このドラマは、障害者自身が障害者のありふれた日常と苦悩を描いている。障害者による、障害者の、障害者のためのドラマだ。けれど、「今の自分を受け入れて生きる」か「今の自分を変えて違う自分になる」といった根源的な悩みは、健常者も障害者も変わらないだろう。誰しもが何らかの“障害”を抱えている。別に、どちらかの選択が「正解」なわけではない。本来「普通」とは大多数の人たちの共通した考えや状態を、それが正解だ、常識だと強制する圧力ではない。さまざまな障害があるように、人それぞれさまざまな答えや生き方がある。それこそが「普通」の状態だ。 『悪夢』で描かれているように、いろいろな人が、普通に生きているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからEテレ『悪夢』(※再放送は9日24:00~)
「純度100%のバラエティ、いま日本に何本あります?」『オモクリ監督』がクリエイトするもの
「冒頭でこんなこと言うのもアレですけどね、短命ですよ」 千原ジュニアは新番組の第1回目のオープニングで、そう宣言した。 その番組とは、10月から日曜日夜9時枠でスタートした『オモクリ監督』(フジテレビ系)だ。もともとは、『OV監督』として深夜に放送されていたもので、千原ジュニア、劇団ひとり、バカリズムのレギュラー陣と、ゲスト数人が、「監督」として面白いVTR「オモブイ」をクリエイトするという番組だ。 一口に「面白い」と言っても、笑えるものから泣けるもの、シュールなもの、ひたすらくだらないものまで多種多様。映像も、実写ドラマからアニメ、ドキュメンタリー、バラエティとさまざま。ゲスト監督にはロバート秋山、よゐこ濱口、シソンヌじろうら芸人はもちろん、脚本家の森ハヤシ、ミュージシャンの堂島孝平、俳優の坂上忍、コラムニストの犬山紙子など、ジャンルもバラバラ。 昨今、番組制作コストに視聴率が見合わないからと、コント番組すらなかなか作られない中、「オモブイ」は1本が数分とはいえ、毎回5~6本の短編映画を作っているようなもの。ジュニアの言う通り、「短命」な予感はしてしまう。実際、深夜時代からレギュラー陣は、「予算を抑えよう」と口々にネタにしていたし、ゴールデン進出は驚きだった。 昇格を機に、新しく盛り込まれたものがいくつかある。まずは司会。抜擢されたのは、バラエティ初レギュラーとなる女優の吉田羊。ここに「安定感」ではなく「新鮮さ」を選んだところに、この番組の挑戦的な志しが見て取れる。 そして最大の強化策は、審査員長にビートたけしを起用したことだ。深夜の『OV監督』時代は、先鋭的なことをやりつつも、レギュラー陣3人の力の抜けたトークでほのぼのとした雰囲気が魅力のひとつだった。正直、たけしの加入で、そういった番組のカラーが一変してしまうのではないかという不安もあった。だが、それはまったくの取り越し苦労だった。たけしは基本的にVTRの良いところを褒め、それに加え、映画監督的視点、お笑い芸人的視点を併せ持った「俺ならこうする」という具体的で貴重なアドバイスを送るのだ。だから、嫌な緊張感はない。 たとえば自動車教習所を舞台に、教官が教室に背中から入ってくる「オモブイ」に対し、「カメラワークから言えば、あれは女の子(生徒)の側から見て、教官が立つ画にしたかった。背中からだと、最初から教官が怪しくなってしまう」とか、学校を舞台にした「オモブイ」には、「頭のカット、先生のヨリの(画の)前に教室を映す時、もう先生の声が入っても良かったかな。そうすると、その分だけ時間は短縮できた」というように。 もちろん、アドバイスだけではない。自身の映画制作時のエピソードを饒舌に語ったり、アル・パチーノとロバート・デ・ニーロの「二度見」演技の違いなどを実演したりと、たけし自身も楽しそう。 いまや、ビートたけしがいない『オモクリ監督』は、別の番組になってしまうのではないかと思うほど、重要な存在だ(実際、一度裏番組の関係で不在の時は、やはりどこか物足りなかった)。 また、コーナーが増えたのも変化のひとつだ。『OV監督』のゴールデン進出をスタッフから伝えられた時、バカリズムは「半年後には、ゲームコーナーやってるとか?」と困惑し、ひとりは「あり得るんじゃないの、『OVドッジボール』でしょ?」と笑ったが、今のところ、面白い歌を作る「オモウタ」や面白い一日を作る「オモデイ」などが新コーナーとして放送されている。 そのうちのひとつが、面白いテレビ番組を作る「オモバン」である。千原ジュニアが作った「オモバン」は料理番組。題して「スパイスクッキング」。料理の先生と、アシスタント役のジュニアはまず「牛肉スライス=ドアノブ」「お酒=クロックス」というふうに、食材の呼び名を抽選で決めていく。 今回の料理は「道端アンジェリカのドアノブ巻き」。「6本の道端アンジェリカを用意してます」と言って先生が取り出したのは、アスパラ。「アンジェリカの下の部分は皮も硬いので、アンジェリカの皮をむいてあげてください」と、下準備を進めていく。 「(お湯が)沸いたところに、【疎外感】(塩)を入れますね。疎外感を入れることによって、アンジェリカが色鮮やかになります」 「ドアノブでアンジェリカを巻いていくんですけど、ここで大事なのが【山本太郎の熱い思い】(片栗粉)です。これを薄く塗っていきます。これで、アンジェリカがドアノブから抜けにくくなります」 さらに【クロックス】や【水たまり】【飛車】【広島の2軍コーチ】を入れ、隠し味は【部屋とYシャツと私】。 そして「ドアノブが開くとアンジェリカが飛び出してしまいますので、注意してください」と、丁寧に焼いていく。 このシュールな「オモバン」には、たけしもくしゃくしゃに破顔し、爆笑。次回が予告通り「ボイラー技士のヌーブラ炒め」なのかどうかは別にして、何度も見たい料理番組だ。「オモバン」は、ほかにも劇団ひとりがドラマティックなクイズ番組を作ったり、やりたい放題。そんな彼らなら、仮に「OVドッジボール」を作ることになったとしても、クリエイティブでひたすら面白い“ゲームコーナー”を作ってくれるだろう。 前述のゴールデン進出を告げられたシーンでは、バカリズムや劇団ひとりが戸惑っている中、ジュニアは「いや、いいじゃないですか」と、すぐに態度を改めた。 「純度100%のバラエティ、いま日本に何本あります? その1本を日曜9時で、ねぇ?」 これは間違いなく、挑戦だ。同じような番組ばかり、などと批判を浴びるゴールデンのテレビに風穴を開けようとしている。『オモクリ監督』は、番組の新たなテレビ潮流を作ろうとしているのかもしれない。ならば、この番組を「短命」で終わらせてはいけない。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『オモクリ監督』オフィシャルサイトより
大人も楽しい、“子ども向け”音楽番組『どぅんつくぱ~音楽の時間~』の正義
『どぅんつくぱ~音楽の時間~』(フジテレビ系)では、音楽の妖精たちが住む世界のお姫様・アイナちゃん(西澤愛菜)が毎回ゲストに訊く質問がある。 「わるいおとなのみきわめかたをおしえてください」 もちろん、TM NETWORKがゲストのときも、この質問を投げかけた。それに対し、小室哲哉は即座にこう答える。 「最初から優しい人は気をつけたほうがいいよ」 その回答に、王子様・ココロくん(寺田心)が目を丸くしていると、ピエール瀧が声を務めるロックの妖精・ロック田ベイビーがすかさず「最初から優しい人は、後にどうなるんです?」と続ける。 「結論から言うと、突然優しくなくなるんだよね。急に変わるんだよ。笑ってたのに、急に怒るんだよね」と小室。 ロック田が「ココロ、アイナ、この世界で30年もやってると、いろんなことがあるってことだ。わかった?」と言うと、2人の子どもたちは「わかったーー!」と元気いっぱいに答えるのだった。 『どぅんつくぱ~音楽の時間~』は、6歳のココロくん、5歳のアイナちゃんと世話役お姉さん・まりやさん(西内まりや)がMCを務める音楽番組である。彼らをサポートするのが、ロック田ベイビーやストラディ・バリ子(茅原実里)といった音楽の妖精たち。アートディレクターを務めるのは、天才・ニイルセン。彼が「80年代の本質は“ちょっとアカぬけない愛嬌の良さ”」(「週刊SPA!」扶桑社)と語る通り、どこか80年代をにおわせる、ポップで愛嬌のあるセットやキャラクターたちが特徴的だ。『カリキュラマシーン』(日本テレビ系)、『ウゴウゴルーガ』(フジテレビ系)、『シャキーン!』(Eテレ)などに連なる、子ども番組の系譜といえるだろう。 ココロくんやアイナちゃんが、ゲストのアーティストに「こどもはすきですか?」「ちいさいころはどんなこどもでしたか?」など無邪気な質問をぶつけていくのが、この番組のメインコーナー。子ども相手だから、優しく分かりやすく答えようとする、ゲストの普段はあまり見られない表情が新鮮だ。その合間合間に、おかしなコーナーが挟み込まれる。 たとえば、特攻服に身を包んだ“不良”たちが、「クラリネットをこわしちゃった」「気球にのってどこまでも」などの童謡を合唱する「北関東少年少女合唱団」や、『みんなのうた』(NHK)のパロディの「みんなとオマエラの歌」(ちなみに、これらはもともと同局の『今夜はアリエナイト』で放送されたものだ)。また、ガンズ・アンド・ローゼズ、ザ・フー、ニルヴァーナ、レッド・ツェッペリンなどのロックな人生を紹介する「ロック昔話~爆弾つき~」などもある。 極めつきは「スクリーンセーバー新垣さん」。あのゴーストライター問題で注目された新垣隆に、ココロくん、アイナちゃんが「ラテンのリズムはどうしてウキウキするの?」「ラップのニュースクールとオールドスクールはどうちがうの?」などという、音楽にまつわる質問をするというコーナーだ。そんな質問に、真摯に答える新垣さんだが、画面上では新垣さんの顔がスクリーンセーバーのように浮遊し分裂したりしていて、おぼつかない訥々とした口調と相まって、その説明がまったく頭に入ってこない。あまりにもシュールな映像だ。ちなみに小室哲哉がゲスト出演した回では、エンディングで新垣隆と小室哲哉という稀代の音楽家の夢のコラボレーションが実現。小室の名曲「Get Wild」を2人で連弾。それに合わせてココロくんとアイナちゃんが元気いっぱいに歌っていた。 これらのコーナーも魅力的だが、やはりこの番組の最大の魅力はココロくんとアイナちゃんのキャラクターに尽きる。ひたすら子どもっぽいココロくんと、ちょっとませた女の子のアイナちゃん。『アナ雪』や『妖怪ウォッチ』などはやりものにはノリノリで自ら率先して歌いだしたりするアイナちゃんは、自分が中心の時は本当に楽しそうで、めいっぱいの愛嬌を振りまいている。だが、ひとたび自分がメインではなくなると、集中力が切れてしまうのか、あからさまにつまらなそうな表情をしてしまう。 一方、ココロくんは常に全力。いつも声を張り上げ楽しそうにしているが、『妖怪ウォッチ』の話題にだけは乗ってこない。なぜなら『ポケモン』派だから。ゲストに『妖怪ウォッチ』の主題歌を歌うキング・クリームソーダが訪れた時のテンションの下がりっぷりは、ロック田が思わず「ココロ、頑ななポケモン派なところ、俺は好きだよ」とフォローするほど。彼らの典型的な“男の子”“女の子”感がとても愛らしく、チャーミングでたまらない。 『どぅんつくぱ』は、あくまでも“子ども向け”音楽番組の姿をしている。金曜の夜に夜更かしした子どもたちが見れば、釘付けになるだろう。だが、『カリキュラマシーン』や『ウゴウゴルーガ』などがそうであるように、上質な子ども向け番組は、結果的に子ども以上に大人も楽しめるものだ。なぜならそういった番組は、子どもをバカにせず作られた、子どもを背伸びさせるようなものだからだ。その目線は大人にちょうどいい。「分かりやすさ」が最優先される今のテレビの中で、その真逆を行く姿は、ある意味かっこいい。ニイルセンは「『かっこいい』『かわいい』『元気がいい』は物事の“三大正義”」と語っている。画面にはかわいいセットやキャラクターたちがあふれ、子どもたちは元気いっぱい。 だったら、やっぱり『どぅんつくぱ』は正義だ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『どぅんつくぱ~音楽の時間~』フジテレビ
これが“テレ東流”ジャニタレの使い方『トーキョーライブ22時』が起こした化学反応
「テレビ東京は、スターの扱い方がわかりません」 そう堂々と宣言して始まったのが、第一線で活躍するジャニーズアイドルをMCに配した『トーキョーライブ22時』(テレビ東京系)だ。 もともとは今年3月、テレビ東京開局50周年企画として『トーキョーライブ24時』の名前で放送されたのが始まり。2週間限定で平日深夜に10回生放送されたこの番組は、その月の「ギャラクシー賞月間賞」に輝くなど、大好評だった。 その結果、10月から『トーキョーライブ22時』と名前を変え、日曜夜のレギュラー番組として帰ってきた。内容もフォーマットも、ほぼ深夜時代そのまま。MCももちろん変わらない。TOKIOの松岡昌宏、KinKi Kids・堂本剛、嵐の相葉雅紀、関ジャニ∞・安田章大、NEWSの小山慶一郎の5人が週替りで務める。ちなみに水曜深夜には、Hey!Say!JUMPとジャニーズWESTが隔週でMCに挑戦する弟分的番組『リトルトーキョーライブ』も放送されている。 「最も大事な新番組の冒頭がぬいぐるみの1ショットという……訳の分からないことになっております」 10月19日に放送された初回『トーキョーライブ22時』のオープニングは、テレビ東京のマスコットキャラクター「ナナナ」の1ショットで始まった。このナナナ、LINEのスタンプが出るや否や、初日だけで290万ダウンロードを達成するほどの人気ぶりだ。 その要因のひとつは、間違いなくこの番組だ。ジャニーズのMCのパートナー役として起用されると、抜群の安定感で番組を支え、ネット上には「ナナナ名言集」なども作られた。それもそのはず。声を担当しているのは博多大吉。ほのかに毒を忍ばせつつ、軽妙洒脱に進行。豊富なキャリアで生放送のハプニングにも動じない。かわいらしいパペット人形の動きと相まって、オープニングの1ショットもうなずける番組の顔となっている。 だが、なぜナナナの1ショットから始まったかといえば、初回MCの小山がスタジオにいなかったからだ。『トーキョーライブ24時』時代、東京タワー内に特設スタジオが作られ、そこから生放送されていた。しかし、放送時間が早くなったことで、それが困難に。結果、テレビ東京社内の受付横に特設スタジオを常設することになったのだ。だが小山は、“連絡ミス”で東京タワーに行ってしまっていた。そこで番組のオープニングは、小山が東京タワーからテレビ東京までの道のりを自転車で走り、その模様を中継しながら、ナナナがつなぐという形式になったのだ。 小山が走る姿はヘリで中継され、ジャズバンドが応援。そのヴォーカルはマライヤ・キャリーのバックコーラスを務めた歌手……と、何もかもが「お金をかけるところを間違えている」感じで進んでいくが、それだけでは終わらなかった。 「東京を巻き込んだサプライズ企画」と用意されたのは、東京タワーをナナナ色(黄色)に変えるというものだった。 まずは、小山の合図で東京タワーの照明を切るという流れだったのだが、中継を呼ぶと、アナウンサーが概要を説明しているうちに、後ろの東京タワーの灯りが静かに消えてしまった。なんと、担当者のテンションが上がりすぎて、中継が来た瞬間、ボタンを押してしまうというあり得ないミスをしてしまったのだ。 スタッフが慌てふためく中、「ナナナ、こういうこと大好物ですよ、おいしく頂きまーす」と、ハプニングを楽しむスタジオ。 ハプニングはさらに続く。いよいよナナナ色に東京タワーを点灯。だが、「これはどのくらいイジっていいの……?」と小山が戸惑ってしまうほど、どうひいき目に見ても、ナナナ色とは言えない微妙な照明だったのだ。 こういったハプニング満載の「生放送感」はこの番組の最大の魅力であり、特長だ。テレビ東京らしいユルい感じを漂わせながらも、どこか懐かしい生放送の危うさとワクワク感にあふれている「生放送らしい生放送」なのだ。 この、何が起こるかわからない感じや、メイン企画である「みんなでお悩み解決トーヒョーライブ」などでの視聴者との「生電話」、データ放送やLINEを使った「投票」システムなどは、プロデューサーの佐久間宣行が「ボクのラジオへの執着が、怨念となって吹き出した番組」(『続・お笑いラジオの時間』綜合図書)と言うように、深夜のラジオ番組を彷彿とさせる。 深夜ラジオの魅力のひとつは、パーソナリティとリスナーの“近さ”だ。 この番組もまた、MCのジャニーズアイドルと視聴者の“近さ”が魅力だ。とかくジャニーズのアイドルたちは、ファン以外の人からは「ジャニーズ」というイメージで型にはめられがちだ。だが、この番組はいわば「1対1」。むきだしだ。だからこそ、パーソナルな部分が色濃く出てしまう。5人のMC、それぞれが“あぁこんな人だったんだ”と、この番組で初めてその魅力に気づいた人も少なくないだろう。 イジられまくるみんなの弟分のような小山、「堂本寂聴」などとナナナに言われる達観した生真面目さと笑いのバランスが絶妙な堂本剛、「大阪のゲイバーのママ」感がすごい安田、ナナナを溺愛し、ちょっと天然な相葉など、力の抜けた素に近いそれぞれのキャラと魅力が浮き彫りになっていく。 中でもTOKIOの松岡昌宏は、やはりキャリアも一番ということもあり別格だ。 「名言を残しているつもりはないんですけどね」などと言いつつも、ナナナをして「名言製造機」と言わしめるほど毎回、名言を連発。 『24時』時代も、「野郎はフラれる動物」「叩かれて強くなって男らしさが出てくる」「いくつになっても女性は"女性"」「女に奢ってもらったらTOKIOでいられなくなる」「男は黙って鳥羽一郎」「鳥羽一郎の『兄弟船』を歌えて初めて男」など男臭い名言を生み出していたが、『22時』になっても「恋は涙の幕開け」と早速名言を披露し、“兄貴”っぷり全開。圧倒的安定感と絶対的な信頼感を見せつけている。 「スターの扱い方がわからない」からと、“スター”であるジャニーズアイドルをあえて雑に扱い、すべてを任せると放り投げた『トーキョーライブ22時』。そして、「視聴者とつながる」をコンセプトに、生電話や投票などで、これまでなかなか直接接することのできなかったアイドルと視聴者の距離を近づける。さらに、生放送で起こるハプニングに対する新鮮な素のリアクションを捉える。すべては、ジャニーズアイドルたちの虚飾を排した、生身の人となりを映すための装置だ。 テレビ東京×生放送×ジャニーズ。一見、食い合せが悪いようだが、シンプルにそれぞれの特長を追求していった結果、彼らの魅力を最大限引き立てる、幸福な化学反応を起こしているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから
名作『転校生』へのオマージュに終わらない! “入れ替わり”ドラマ『さよなら私』のファンタジーとリアリティ
「関わりたくない」 尾美としのりは、それまで「面白いなぁ」と読んでいた『さよなら私』の台本を途中でパタッと閉じて、そう思ったという。 NHKドラマ10『さよなら私』は、人気脚本家・岡田惠和が、40代女性の本音と真の友情を描くドラマだ。主演は永作博美と石田ゆり子。二人は学生時代からの親友だ。仕事のできる夫・洋介(藤木直人)と名門幼稚園に通う息子・健人(髙橋來)がいるという、誰もがうらやむ家庭で専業主婦をしている友美(永作博美)。映画プロデューサーとして第一線で活躍し、独身を貫く薫(石田ゆり子)。それぞれ対照的な生き方ゆえ、いつしか疎遠になっていた。 ある日、もう一人の親友である春子(佐藤仁美)から同窓会に誘われ再会し、二人の親密な時間が再び動き出す。だが、薫の何気ない一言で二人の関係に異変が起こる。それは、春子と友美がお互いの息子の話をしていたときだ。 「(息子が)友美の髪につかまって寝るんでしょ、かわいい」 「え? そんな話……私、したっけ?」 自分が話さなければ知るはずもない家族の話を、なぜか薫が知っている。疑念を抱いた友美は薫の後をつけると、その予感は的中する。薫は友美の夫・洋介と不倫をしていたのだ。 「うらやましかったんでしょ、私が。だから私から洋介を奪おうとしたんでしょ?」と詰め寄る友美に、薫は「あなたの旦那だから好きになったんじゃない。ひとりの男として好きなのよ」と反論し、なおも続ける。 「してないんだってね、子どもが生まれて以来。私とはしてるよ、会うたびに。楽しくセックスしてる」 激高した友美は薫と取っ組み合いのケンカになると、勢いあまって、二人は長い階段を転げ落ちてしまう。 どこかで見たシーンだ。そう、映画『転校生』のように階段から落ちた二人は、同じように心が入れ替わってしまうのだ。 「うわっ、入れ替わりもんか」 尾美が台本をパタッと閉じたのは、そのシーンを読んだときだ。それまでリアリティあふれる大人のドラマという装いだったのに突然、使い古された「入れ替わり」というモチーフが挿入されたのだ。 驚いたのは、視聴者も同じだ。SF的要素が入るなどという気配をまったく感じさせないまま訪れた急展開に、あっけにとられてしまった。言うまでもなく、尾美はそんな「入れ替わり」物語の元祖ともいえる大林宣彦監督の映画『転校生』の主演を務め、「入れ替わり」を経験している俳優だ。だから「1回入れ替わればいいですよね。もうあんまり関わりたくない」と笑うのだ。 入れ替わりシーンでは『転校生』へのオマージュが捧げられていたり、そもそも本作のタイトルが『転校生』の有名なセリフの引用だったりしているので、尾美のキャスティングも当然、それを踏まえたものだろう。本作で尾美は、春子の夫・光雄を演じている。彼もまた、冬子(谷村美月)と不倫している。 これまで、ドラマや映画で使われる「入れ替わり」ネタというのは、『転校生』に影響されてか、そのモチーフのおかしさと相まって、コメディタッチの軽い作品がほとんどだった。だが、本作は「大人同士が入れ替わったら、どうなってしまうか」を深刻に描いている。 たとえば、前述のように薫は友美の夫・洋介と不倫をしている。もちろん、友美と薫の心が入れ替わったことなど知る由もない洋介は、いつものように薫に会いに来て、いつものように彼女を抱こうとする。薫だと思って体を求める夫と、親友の体のまま、引き裂かれるような思いで友美はセックスをするのだ。 一方、薫は友美の息子に対し、次第に“母”としての愛情が芽生えてくる。けれど、どんなに愛情を注いでも、実際は自分の子ではないし、いずれ自分のものではなくなる。そんな当たり前で残酷な現実に、打ちのめされていくのだ。さらに、入れ替わる前に友美が受けたがん検診の結果が届けられる。それは「乳がん」の告知だった。 <もし、入れ替わったままセックスしたら?> <もし、入れ替わったまま死が訪れ(そうになっ)たら?> これまで描かれていそうで描かれなかった「入れ替わり」物語の「もしも」を丁寧に描くと同時に、それ以上に注力されているのは、二人の40代の女性たちのリアリティあふれる生き方だ。「入れ替わり」というSF的ファンタジーでありながらリアリティを損なわないのは、それ以外の細部が徹底して描かれているからだ。そのひとつのファンタジーが、逆にそれ以外のリアリティを強調するように浮かび上がらせていく。それこそがファンタジーの力だ。 そして『さよなら私』というタイトルも、単に『転校生』からの引用ではない。彼女たちの友情、愛情、葛藤、嫉妬、苦悩を通して、さまざまな意味に入れ替わり、一人ひとりが生々しい存在感を持った、入れ替え不可能な人間ドラマに昇華されているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからNHKドラマ10『さよなら私』
未来のことを考えてるほどヒマじゃない! 『甲殻不動戦記 ロボサン』でエビ中は何と戦うのか
「暇で暇で死にそうなんだよ!」 8人の少女たちは、急に自分たちの“たまり場”に入ってきて「一刻も早く、ここから出ていけ!」と怒鳴る男に対してそう言い返し、「急に横取りとか、ずるくない?」と主張した。『甲殻不動戦記 ロボサン』(テレビ東京系)は、私立恵比寿中学の8人が主演の異色のSFドラマである。 私立恵比寿中学は、2009年にももいろクローバーZの妹分として結成されたアイドルグループ。“永遠の中学生”をコンセプトに、12年にはメジャーデビューを果たし、14年には日本武道館ライブを成功させた。メンバーは“転校”“転入”などを経てさまざまな変遷をたどっているが、現在は8人組。その8人全員が主演だ。 脚本は『ウレロ☆』シリーズ(同)の脚本も手がけている、小劇場界の奇才・シベリア少女鉄道の土屋亮一ら。前半に数多くの伏線を張りめぐらせ、それを後半にアット驚く仕掛けを用意して一気に回収するのが得意だ。劇団の公式HPでは“永遠の男子中学生”を自称しており、まさに“永遠の中学生”同士の最高の組み合わせだ。 物語の舞台は、謎の宇宙生物が襲来し、人類が滅亡の危機に瀕した後の世界。その時、地球を救ったのが、どこからともなく現れた正体不明のロボット(通称「ロボサン」)だった。その動力源や操縦方法は一切不明のまま危機が去ったため、ロボサンは立入禁止区域で放置されている。そんな中、宇宙生物の再来を予見して独自に研究を続け、パイロット候補を探していたのが橘教授(甲本雅裕)。教授が数カ月ぶりにロボットのコントロールルームと思われる場所を訪れると、そこに学校もクラスも学年も違う8人の女子中学生たちが、冷蔵庫やゲームなどを持ち込んで、放課後の“たまり場”にしてしまっていたというところから物語は始まる。 教授は、いかに現在が危機的状況か、そしてそれを回避するためにはこのロボットの謎を解くことが重要かを、青筋を立てながら説明するが、少女たちは一向に真剣に耳を傾けようとしないし、もちろんこの場所を譲る気なんて起きない。挙げ句、「一旦休憩しよ」と、買ってきたお菓子を広げ始めるのだ。そして「いくらだった?」「1,186円」「8で割るといくら?」「いま計算してるよぉ」と、お金の計算を始める始末。その光景にあきれながらも「おやつ食べながらでもいいから、ちゃんと聞こう!」と話を続けようとする教授をよそに「じゃ、今日のところは私出そうか?」と話が進んでいく。 「万札しかないや」「お釣りあるよ。ちょっと細かくなっちゃうけど……」「全部千円札?」「500円玉も何枚か混ざっちゃう感じだけど……いいかな?」「なんか、かさばるな…」(中略)「14円ある?」「あぁ、4円がない……」「じゃぁ、私が1万円と206円払うから、9,020円のお釣りちょうだい」「20円ない。50円玉しかない」「誰かくずれない?」「10円玉5枚……? ああ、4枚しかない」「私あるよ!」「いい?」「……ごめん、一個5円玉だった」「じゃあ、私が1万円と236円払うから……あ、30円、ない!」と、お釣りの精算について延々と話す少女たち。「そんなぁー。どうすれば私たちは精算できるのぉー?」と。 そんな時、けたたましく緊急警報が鳴り響く。海外の軍隊に配備されていた量産型ロボットの一体が、「ロボサン」が眠るこの都市を襲いにやってきたのだ。慌てる教授を尻目に、なおも少女たちは小銭の話に終始する。 「財布の中に1円玉に8枚もあるとか、すごいストレスなんですけど」 「こういう時に限って、端数が全然出なかったりするんだよ。もし万が一、9円とか言われてさ、10円出したら1円がお釣りで返ってくるじゃん? そしたら1円玉が9枚になっちゃうんだよ!」 「なんで私、皆のためにお菓子買ってきて、こんな思いしなくちゃなんないの?」 少女たちにとって、遠くから迫ってくる地球の危機や人類の未来なんかより、目の前の日常が大事なのだ。「ウチらは今で精いっぱいなんだよ。未来のこととか考えてられるほど、ヒマじゃないんだよ!」と。そうして「5円玉」をめぐり、話は意外な方向に展開していく。 そして敵のロボットが迫る中、思わぬ形でロボットが起動し、アッと驚く方法で戦っていく。そんな展開も驚きだが、何よりも驚くのは、低予算のテレ東深夜のドラマとは思えない最新のVFX技術を駆使した大迫力の巨大ロボット同士のバトルシーンのクオリティだ。日常の、それも少女たちのユルすぎる会話劇と、地球を救う巨大ロボットの戦闘という非日常のギャップ。そのギャップこそ、このドラマの魅力だ。そして、交差するはずがない日常と非日常がシンクロしていく。 「ロボット」×「少女」は、アニメなどでは繰り返し使われてきたモチーフ。けれど、これまでドラマでは予算や技術的に難しかった。だが、最新VFXとアイディアあふれる脚本と演出、そしてアイドルグループの幸福な出会いによってそれが実現した。 戦いを通して、少女は決して肉体的に強い女性に成長するわけではない。可憐でか弱き存在のまま、非日常を日常のままサバイブするように戦う。それはまさに、今のアイドルの姿、そのものだ。だから『甲殻不動戦記 ロボサン』は、紛れもないアイドルドラマなのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『甲殻不動戦記 ロボサン』テレビ東京
「どうなっちゃってるのよ、今のテレビ!」『ヨルタモリ』でタモリが“なりすまし”ているもの
「この星のテレビは、タモリがいないと寂しい」 これはサントリーBOSSのCMのコピーだが、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)終了後の、視聴者の「タモロス」と呼ばれる気分を言い当てた言葉だ。もちろん、タモリは『ミュージックステーション』や『タモリ倶楽部』(ともにテレビ朝日系)のレギュラーは続けているので、実際には「タモロス」というのはおかしな話なのだが、やはり30年以上続いた、タモリ=『いいとも』という構図と日常感が、どうしても喪失感を生んでしまっていたのだろう。 そんな中、ついにタモリがフジテレビに帰ってきた。10月19日から、『いいとも』以後、新しいレギュラー番組は初となる新番組『ヨルタモリ』(フジテレビ系)がスタートしたのだ。 これは、とあるバーを舞台にした、タモリと宮沢りえによる番組。タモリに会いに毎回ゲストの芸能人が来店し、ゆる~いトークを繰り広げるという内容だ。実は、タモリと宮沢はかつて飲み仲間だった。それは宮沢が20代前半の頃。よくバーで居合わせ、一緒に飲んでいたという。ある時などは、席が隣になったこともあった。その時、タモリは宮沢のあまりの美貌に思わず「すみません、今から2分間、ジッと見ていいですか?」と断って、2分の間、その姿を見つめたという。そんなふたりの番組がどんなものになるのか、事前情報はほとんどなかった。 番組は、「東京の右半分」(これもタモリが最近ハマっている場所だ)の湯島あたりに、宮沢がママを務めるバーが開店するところから始まる。先客には音楽家の大友良英、自称・漫画家の能町みね子がいる。ふたりとも、自他共に認める重度のタモリフリークだ。すると、程なくしてタモリがやってくる。いや、ただの「タモリ」ではない。関西人の町工場の社長に「なりすまし」たタモリだ。一緒に連れ立った“弟”に、しきりに「体の重心」について説いている。そしてそのまま、ママとゲストとともに突飛なトークを繰り広げる。 話題が「着物」に飛ぶと、「着た時に『女が出来上がった』と思うんです。だから、手順が長いほどいいんです。襦袢着る、あれ着る、紐結ぶ……。どんどんやっていって、スッと見た時に、『女や。私なりの女ができた』と」などと、含蓄のある話を披露するタモリ社長。そして、「一度脱がしてみたいね」とおどける。 やがて、ママが「最近面白いテレビがあるから」とつけたテレビ画面に映ったのは、『世界音楽旅行~スペイン~』なる番組。フラメンコギタリストの沖仁らが演奏している。その演奏に合わせ、どこかで聴いたことがある歌声が聞こえてくる。カメラがその歌い手を捉えると、長髪のフラメンコ歌手、マヌエル・デ・オルテガの姿が映し出される。もちろん「なりすまし」たタモリだ。情熱的なハナモゲラ・フラメンコを、見事に歌い上げている。 さらに『虫ドッキリ(秘)報告』なる番組も始まる。ハエがドッキリにかかるという番組らしい。そのハエの正体は、全身タイツを着て形態模写をするタモリだ。殺虫剤ではなく潤滑剤を浴びせられるハエタモリ。そして、フローリングに足を取られるハエタモリ。そんなシュールな映像を見て、絶句するママ。 「どうなっちゃってるのよ、今のテレビ!」と。 正直言って、バーを舞台に、ゲストを招いたユルめのトーク番組なんだろうとタカをくくっていた。タモリの話をじっくり堪能できるなら、それで十分だと思っていた。しかし、そんな予想は、いい意味で完全に裏切られた。全編にわたって、タモリの「芸」の神髄である「なりすまし」が行きわたった、タモリイズムあふれる番組だったのだ。 『いいとも』以後、タモリの元にはいくつもの新番組の企画が持ち込まれたが、タモリはそれらに納得いかず、断り続けたなどと伝えられている。おそらく、タモリに負担が少ない、ユルい企画が多かっただろう。だが、タモリが最終的に引き受けたのが、タモリにとって最も負担が大きい、タモリの芸に依存した番組だったというのが、タモリの矜持を感じざるを得ない。 よくタモリの本芸は、アナーキーな「密室芸」などと言われる。だが、そうではない。密室芸も、タモリの「なりすまし」芸のひとつの側面にすぎないのだ。事実、「密室芸」は周囲からのリクエストに応じて演じられてきたものだ。そうしてタモリはこれまで周囲に求められるまま、さまざまな「タモリ」像に「なりすまし」てきた。あるときは「アナーキーなカルト芸人」に、ある時は「お昼の顔」に、またある時は「趣味に生きる好々爺」に。いつだって、自分自身を自由自在に変えていくことだけはずっと変わらなかった。 『ヨルタモリ』でも、終始何かに「なりすまし」ている。だから「タモリ」そのものは番組に出てこない。しかし、逆説的にその姿は、若きアナーキーさと力の抜けた老獪さを併せ持った「タモリ」そのものに「なりすまし」ているかのようだ。いや、そうではないのかもしれない。ずっと周囲からの要求通りに何かに「なりすまし」ていたタモリがようやく解き放たれ、ついに本当の意味で自由になって「タモリ」を表現しているのではないか。『ヨルタモリ』はタモリによる、タモリのための番組なのだ。 番組では最後、偉人ユージニス=アフレカヌス(355-420)の名言を引用して締めくくっている。 「物を見ている自分の目を見たことがある者は誰もいない」 全編がタモリイズムにあふれる番組である。だから言うまでもないが、そんな偉人も言葉も存在しない。デタラメの名言だ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『ヨルタモリ』フジテレビ









