メイプル超合金の快進撃が止まらない。 昨年末、「M-1グランプリ」の決勝に出場すると一気に知名度が上昇した彼らは、一度見たら忘れられない強烈なキャラクターを2人ともが持っているという、稀有なコンビだ。 安藤なつは、体重130キロ近い体形で、「性の化け物」を公言し、セフレの存在も認める女芸人。一方、金髪で常に全身赤い服を身にまとうカズレーザーは、及川光博、京本政樹、天海祐希といった「美しい人」がタイプだという、バイセクシャルだ。その恰好は、寺沢武一の漫画『コブラ』の主人公を模したものだ。「ヒーロー」になりたいのだという。 同志社大出身のインテリで、クイズ番組などでも活躍。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のような芸人の力を試される番組に出ても、共演者から「その落ち着きはなんなの? 2世タレント?」と驚かれるほどいつも変わらずほほえみを浮かべ、「肩書さえ気にしなければ、ただの人間ですからね」と、誰に対しても態度が変わらない。あまりにも不自然なキャラクターなのに、どこまでも自然体。言うなれば“超自然体”だ。 そんなカズレーザーをメインに据えたコーナーが、『お願い!ランキング』(同)の「カズレーザークリニック」だ。これまで不定期に3回放送されている企画で、東京大学を中心とした高学歴女子が抱える悩みをカズレーザーにぶつけ、それを解決しようというものだ。 数学オリンピックの金メダリストやルービックキューブ日本一、あるいは高いIQを持つ人たちだけが入れる組織「JAPAN MENSA」の会員といった日本トップクラスの頭脳が「普通の人と会話のテンポが合わない」とか、「勉強に集中しすぎて、部屋の掃除ができない」などといった悩みをカズレーザーに打ち明ける。 そうした悩みにも、カズレーザーはいつもの超自然体で飄々と答えていく。 例えば「女子力の磨き方がわからない」という悩む東大生女子。彼女は周りが男子ばかりゆえ、普通の女子が、男性にモテるためにやることがわからないという。それを探るためにファッション誌を見ずにアニメを参考にしてしまったため、コスプレにハマってしまい、普段からゴスロリ系のファッションをしている。「東大で、女子で、しかもコスプレ好き=化け物」と自嘲する。 それに対し、カズレーザーは「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ。でも、明るく生きてる」と笑い飛ばす。 そして、そもそも「女子力」というのは何かと問う。そこで相方の安藤が「一般的に言われているのが『料理ができる』『飲み会で取り分けができる』」と解説を加えると、「愚問も甚だしいね」と、カズレーザーは持論を展開していく。 「料理ができる女子は、『女子力高い』じゃなくて『料理ができる子』ってカテゴライズされる。取り分けできる子は『気が利く子』ってカテゴライズされる。『女子力が高い』なんて女性はもともといないの。ウソの概念。そんなことを気にする必要ない」 目からウロコ状態の女子大生に、優しく言う。 「モテないって、自分で気を遣ってるだけ」と。 また「プライドが高すぎる」と悩んでいる女子大生には、「好奇心が一番学問を育てる。その次は劣等感だと思う。誰かと並びたいというプライドは、あったほうがいいと思う」と、極めてまっとうなことを語った上で、こう答える。 「あと、そんなに言うほどプライド高くないんじゃないかって思う。本当にプライド高かったら、こんなカメラの前で芸人に悩みを相談しない(笑)」 カズレーザーは、どんな悩みを持っている人に対しても、決してその人を否定することはしない。まず彼は相手の悩みに対して、必ず先に「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ」と言うように、自分の周りにある具体例を自虐を交えて語って、相手に寄り添う。 前述の「プライドが高すぎる」という彼女には、自分には「プライドがない」と言う。「人類の後輩でいたい」と。 「芸人は、プライドがないほうが仕事につながるから」とその理由を語りつつ、でも「ちゃんと研究したり学問を修める人は、プライドがあったほうがいい」と諭す。その上で、相手が抱いている「悩み」自体が、実は思い込みで実態のないものではないかと論理的にその前提を問い直す。 そもそも「女子力」なんてものはあるのか、不都合なほどプライドは高くないんじゃないか、と。そうして、だったらあなたはそのままでいいのだと結論を下すのだ。 ただ単に「そのままでいい」「大丈夫」と言うのは簡単だ。けれど、カズレーザーは自虐でしっかり相手の心を解きほぐし、論理で悩み自体を無効化する。そして、最後に相手を肯定するから、圧倒的な説得力がある。一方で、常にどこか他人事で一定の距離があり、親身になりすぎない自然体の適当さも心地いい。 本当の意味で「頭がいい」というのは、こういうことを言うのだろう。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから三ミュージック公式サイトより
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人類の後輩でいたい――カズレーザーが「カズレーザークリニック」で示す、自然体の知性
メイプル超合金の快進撃が止まらない。 昨年末、「M-1グランプリ」の決勝に出場すると一気に知名度が上昇した彼らは、一度見たら忘れられない強烈なキャラクターを2人ともが持っているという、稀有なコンビだ。 安藤なつは、体重130キロ近い体形で、「性の化け物」を公言し、セフレの存在も認める女芸人。一方、金髪で常に全身赤い服を身にまとうカズレーザーは、及川光博、京本政樹、天海祐希といった「美しい人」がタイプだという、バイセクシャルだ。その恰好は、寺沢武一の漫画『コブラ』の主人公を模したものだ。「ヒーロー」になりたいのだという。 同志社大出身のインテリで、クイズ番組などでも活躍。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)のような芸人の力を試される番組に出ても、共演者から「その落ち着きはなんなの? 2世タレント?」と驚かれるほどいつも変わらずほほえみを浮かべ、「肩書さえ気にしなければ、ただの人間ですからね」と、誰に対しても態度が変わらない。あまりにも不自然なキャラクターなのに、どこまでも自然体。言うなれば“超自然体”だ。 そんなカズレーザーをメインに据えたコーナーが、『お願い!ランキング』(同)の「カズレーザークリニック」だ。これまで不定期に3回放送されている企画で、東京大学を中心とした高学歴女子が抱える悩みをカズレーザーにぶつけ、それを解決しようというものだ。 数学オリンピックの金メダリストやルービックキューブ日本一、あるいは高いIQを持つ人たちだけが入れる組織「JAPAN MENSA」の会員といった日本トップクラスの頭脳が「普通の人と会話のテンポが合わない」とか、「勉強に集中しすぎて、部屋の掃除ができない」などといった悩みをカズレーザーに打ち明ける。 そうした悩みにも、カズレーザーはいつもの超自然体で飄々と答えていく。 例えば「女子力の磨き方がわからない」という悩む東大生女子。彼女は周りが男子ばかりゆえ、普通の女子が、男性にモテるためにやることがわからないという。それを探るためにファッション誌を見ずにアニメを参考にしてしまったため、コスプレにハマってしまい、普段からゴスロリ系のファッションをしている。「東大で、女子で、しかもコスプレ好き=化け物」と自嘲する。 それに対し、カズレーザーは「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ。でも、明るく生きてる」と笑い飛ばす。 そして、そもそも「女子力」というのは何かと問う。そこで相方の安藤が「一般的に言われているのが『料理ができる』『飲み会で取り分けができる』」と解説を加えると、「愚問も甚だしいね」と、カズレーザーは持論を展開していく。 「料理ができる女子は、『女子力高い』じゃなくて『料理ができる子』ってカテゴライズされる。取り分けできる子は『気が利く子』ってカテゴライズされる。『女子力が高い』なんて女性はもともといないの。ウソの概念。そんなことを気にする必要ない」 目からウロコ状態の女子大生に、優しく言う。 「モテないって、自分で気を遣ってるだけ」と。 また「プライドが高すぎる」と悩んでいる女子大生には、「好奇心が一番学問を育てる。その次は劣等感だと思う。誰かと並びたいというプライドは、あったほうがいいと思う」と、極めてまっとうなことを語った上で、こう答える。 「あと、そんなに言うほどプライド高くないんじゃないかって思う。本当にプライド高かったら、こんなカメラの前で芸人に悩みを相談しない(笑)」 カズレーザーは、どんな悩みを持っている人に対しても、決してその人を否定することはしない。まず彼は相手の悩みに対して、必ず先に「俺なんか、金髪で、バイセクシャルで、マッチョだぜ」と言うように、自分の周りにある具体例を自虐を交えて語って、相手に寄り添う。 前述の「プライドが高すぎる」という彼女には、自分には「プライドがない」と言う。「人類の後輩でいたい」と。 「芸人は、プライドがないほうが仕事につながるから」とその理由を語りつつ、でも「ちゃんと研究したり学問を修める人は、プライドがあったほうがいい」と諭す。その上で、相手が抱いている「悩み」自体が、実は思い込みで実態のないものではないかと論理的にその前提を問い直す。 そもそも「女子力」なんてものはあるのか、不都合なほどプライドは高くないんじゃないか、と。そうして、だったらあなたはそのままでいいのだと結論を下すのだ。 ただ単に「そのままでいい」「大丈夫」と言うのは簡単だ。けれど、カズレーザーは自虐でしっかり相手の心を解きほぐし、論理で悩み自体を無効化する。そして、最後に相手を肯定するから、圧倒的な説得力がある。一方で、常にどこか他人事で一定の距離があり、親身になりすぎない自然体の適当さも心地いい。 本当の意味で「頭がいい」というのは、こういうことを言うのだろう。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからサンミュージック公式サイトより
オードリー若林が『ご本、出しときますね?』で引き出す、作家たちの素顔
小説家の生態とは、一体どのようなものなのだろうか? 普段なかなか接する機会が少ないため、よくわからない。それを解き明かしてくれるのが、オードリー・若林正恭が司会を務める『文筆系トークバラエティ ご本、出しときますね?』(BSジャパン)だ。 読書家で知られる若林は、私生活でも西加奈子や朝井リョウら小説家と交流があり、よく飲みにも行くという。話をすると、めちゃくちゃ面白い。内容も最先端なことばかり。そこで若林は、小説家を集めてトークする番組がやりたいと、『ゴッドタン』や『ウレロ』シリーズなどで知られるテレビ東京のプロデューサー・佐久間宣行に提案し、実現したのだ。 出演する小説家ゲストは、前述の西や朝井をはじめ、長嶋有、加藤千恵、村田沙耶香、平野啓一郎、山崎ナオコーラ、佐藤友哉、島本理生、藤沢周、羽田圭介、海猫沢めろん、白岩玄、中村航、中村文則、窪美澄、柴崎友香、角田光代といった面々。その多くが、テレビにはめったに出ない人たちだ。 「小説家」や「本」をテーマにすると、どうしても“堅い”番組になりがちだ。しかし、この番組は芸人である若林が聞き手のため、そうはならないで、常に笑いがあふれている。かといって、テレビバラエティにありがちな、わかりやすい笑いだけに走ったりもしない。それは、若林や作り手たちが小説家をリスペクトしているからだろう。 番組では、前半は視聴者や3人(ゲスト2人+若林)から募集したテーマを元にトーク、後半は「私のルール」と題して自分に課しているルールをそれぞれが語る、というのが基本構成。そして最後に、その日のトークに合わせたテーマで、オススメの本を紹介する。ここで重要なのは、若林は基本、聞き手ではあるが、絶妙なバランスで自分の話も挟むことだ。 例えば、売れない若手時代、アナーキーなことをやるのがカッコいいと思っていたが、そんな時代を脱したきっかけになった先輩芸人の一言だとか、もともと自分のモチベーションは「怒り」だが、最近それがなくなって戸惑っているなどという話をする。 すると、ゲストもどんどん話しやすくなっていく。ゲストは小説家だ。決して、トークに慣れているわけではない。「さあ、話して」と言われても、戸惑ってしまうだろう。けれど、若林が自らを積極的に開いていくことで、ゲストも饒舌になっていくのだ。 だから、小説家それぞれの魅力的なキャラクターがあらわになっていく。角田光代が実は「ボクシング歴16年」だという意外な話や、「『Qさま!!』(テレビ朝日系)のオファーめっちゃくる!」「(断っても)なかなかあきらめない」というような、西・朝井の裏話なども飛び出す。 中でもすごかったのは、先ごろも芥川賞候補に選出された村田沙耶香だ。小説家仲間から「クレイジー」と評される彼女は、ウワサ以上にクレイジーだった。 「私のルール」のコーナーで、彼女は「自分に湧き上がった感情、特に負の感情は頭の中で分析し、原形がなくなるまで研究して遊ぶ」というルールを発表した。 学生時代、女生徒たちに嫌われていたセクハラ教師がいたという。確かに、自分の体をぎゅうぎゅうと押し付けてきたりする。当然、嫌悪感が押し寄せてきた。だが、村田は、そこで「本当にこれは正しい嫌悪感なんだろうか?」と立ち止まった。周りのみんながその教師のことを嫌い、セクハラだと言っているから惑わされているだけではないか、と。そんなことを分析しているうちに、嫌悪感がいつの間にかなくなってしまったというのだ。 また、村田は作家だけで生活できるようになっても、週3ペースでコンビニのバイトを続けている。 そこで「ちょっと、こっちこっち」と客に呼ばれ、「なんでしょう?」と近寄ると突然、ギュッと抱きつかれた。事件である。 だが、村田は「気がつかないふりをしよう」と思った。気づいたら「セクハラっぽい雰囲気になっちゃうから」と。いや、「セクハラっぽい」というより、「強制わいせつ」である。さらに、おにぎりを陳列している際、別の客に急に足首をつかまれた。また気づかないふりをしていたら、ほかのお客さんが飛んできて「お前何やってるんだ!」と騒ぎになった。それを「セクハラみたいになっちゃった」とあっけらかんと言うのだ。まさにクレイジー。 よく小説は小説として独立して読みたいから、作家の人となりは知りたくないという人もいる。もちろん、それは読み手の態度のひとつだ。だが、作家の人となりを知ることで作品が立体的に見えたり、それを手にするきっかけになることは少なくない。事実、若林の下には「出版業界のために(なる番組を)ありがとう」という声が届くという。 だが、若林は出版業界のためにやっているわけではない。「俺が楽しくてやってる」と言うのだ。 聞き手が楽しんでいるから、自ずとしゃべる方も楽しくなる。すると、それを見ている視聴者も楽しい。 「俺、とてもじゃないけど、(テレビで)本音言ったら仕事全部なくなっちゃう」と、“本音”をさらけ出す若林に作家たちは共感して、素顔を見せてくれる。 「未知の世界を知ることのはものすごい喜び」と村田は語っているが、まさにこの番組はそんな未知の世界を教えてくれるのだ。 残念ながら、今週(6月24日)放送される回で第1シーズン最終回を迎えるが、まだまだ魅力的な作家が数多くいる。 若林のライフワークになってほしい番組だ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから![]()
「ダブってない、誰とも」R-1優勝者特番『TVの掟』が教える、ハリウッドザコシショウの真価
「アナタ、正気なの?」 デヴィ夫人は、目の前で自分のモノマネだと言われて、意味不明な奇声を上げながら、ワケのわからない動きをするハリウッドザコシショウを見て、もっともな感想を述べた。 それは「R-1ぐらんぷり」優勝者に与えられた冠番組『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)の一幕だ。 ザコシショウのR-1優勝は衝撃的だった。もともとお笑いファンや芸人たちの間では、その実力が認められていたザコシショウ。だが、その芸風は、とてもテレビ向きではないと思われてきたからだ。しかも、賞レースとなればなおさらだ。しかし、いざ決勝に進出すると、会場は大爆笑。圧倒的な力で、まさかの優勝をもぎ取ったのだ。 この優勝は、お笑いファンからは歓迎されたものの、「何が面白いかわからない」と批判する声も少なくなかった。確かに、ザコシショウの人となりや背景などを知っているのと知らないのとでは、あるいは、見慣れているか否かで、感じ方は大きく違ってくるネタだ。初めてこの種の笑いを見ると、どう見ていいのかわからなくて混乱してしまうのは無理もないことだ。 たとえば優勝後、『スッキリ!!』(日本テレビ系)の「クイズッス」にザコシショウが登場した時だ。ひとしきり、得意の誇張モノマネを繰り返すザコシショウ。ここで異変が起こる。 それをスタジオで見ていたコメンテーターの本上まなみが、泣きだしてしまったのだ。 「え? なんの涙?」 「ごめんなさい……何が起きてるのかわからない」 生まれて初めて出会ったものへの衝撃で、恐怖や驚きなどの感情がない交ぜになって、意味不明の涙があふれてきてしまったのだ。 さらに約1カ月後、再びザコシショウが同コーナーに登場し、誇張モノマネの新ネタを披露すると、やはり本上の目からは涙がこぼれてしまう。 「なんですか、その込み上げる涙は?」 と笑いながら問うMC加藤浩次に、本上は苦悶の表情で答える。 「わからないですけど……でも、うれしいです」 「表情と言葉が真逆!」 『TVの掟』は「テレビ的」な振る舞いに慣れていないザコシショウが、ケンドーコバヤシ、陣内智則、たむらけんじ、中川家といった同期の芸人たちから「芸能界で生き残るためにTVの掟を学ぶ」という趣旨の番組である。情報番組リポートやグルメリポート、俳優としてオファーが来た際の演技などを学んでいく。 やはり最初は奇声を上げたり、変な動きをするザコシショウだが、「建物の外観に触れる」「ほどよく自分の話を織り交ぜる」「入り込みで目を引く動きを」「カメラワークしやすい的確なリアクションを」「取材先に失礼なボケはNG」「体験したことは細部まで覚えておく」といった具体的なアドバイスに、もともと持つマジメな資質が現れ、しっかりと応えていく。 それをスタジオで見た関根勤は、手を叩きながら絶賛する。 「ニュースター誕生! のみ込みの早さ、スゴいじゃない」 「ニューウェーブだね! 結局、うまい人はいっぱいいるじゃない。うまい人ばっかりがいてもダメだから」 「ニュースターだよね」 これに対して、真っ向から反対するのはデヴィ夫人だ。 「全然面白くない」 「アナタ、何やってるの?」 「もう、開いた口がふさがらない」 リポートの極意や演技指導などの「TVの掟」よりもむしろ、この2人のリアクションの対比にこそ、ザコシショウがテレビで生かされるヒントが隠されている気がする。ザコシショウの極端な芸には、極端に褒めるか、極端に否定するか、そのどちらかのリアクションをぶつけると、それを受けたザコシショウのかわいげが全開になる。中途半端ではダメだ。デヴィ夫人は『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)で出川哲朗と名コンビとなっているが、もしかしたらザコシショウとの組み合わせは、それ以来のヒットとなるかもしれない。 関東圏では『TVの掟』の直後に、ザコシショウがゲスト出演した『にけつッ!!』(同)が放送された。盟友であるケンドーコバヤシとのトークに花を咲かせ、帰っていったザコシショウに対し、千原ジュニアはこう評した。 「25年間、1ミリも動かず立ち続けるってスゴいよね」 ザコシショウはデビュー以来、テレビに見向きもされなくてもずっと同じ芸風を貫いてきた。そうして長い時間ずっと動かなかったザコシショウに、ようやくテレビが近づいてきた。 辛らつな評価を与え続けたデヴィ夫人もやがて、根負けしたように言った。 「アナタみたいな人がいないから、いいんじゃない? ダブってない、誰とも」 ここまでやっているのなら、認めざるを得ない。ハリウッドザコシショウには、見る者にそう思わせる、長い時間をかけて熟成した意味不明なまでのパワーが宿っているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)
人と人の間の心理戦――『真田丸』のぞっとするほど怖い戦場
「実は、ひとつ気になることがあります」 そう言って、現場に落ちていたひとつの木片を掲げた。そこから真田信繁(堺雅人)は、犯人はケガをしているのではないかという推論にたどり着いた。 使われたであろう道具や、犯行時刻の状況などから、すでに単独犯ではないことも導き出していた。さらに、聞き込みによって、それらに該当するあるひとりの容疑者が浮かび上がってくるのだ―――。 といっても、これは推理サスペンス・ドラマではない。NHK大河ドラマ『真田丸』第20話の一幕だ。脚本は三谷幸喜。自身の名作『古畑任三郎』さながらの推理劇が、突如、大河ドラマで展開されたのだ。 時は天正15(1587)年。天下獲り目前となった豊臣秀吉(小日向文世)。その側室となった茶々(竹内結子)が、待望の第一子を身ごもる。有頂天となった秀吉を、ある日激怒させる“事件”が起こる。城下で、「茶々さまのおなかの子は本当に殿下の子か」と揶揄する落書きが発見されたのだ。 その犯人を探し出すように命じられたのが、本作の主人公・信繁である。信繁は、人質として秀吉の支配下に入り、茶々に気に入られ、そのまま秀吉の馬廻として仕えている。 『真田丸』は、戦国時代真っただ中を描いた作品だ。だが、その花形ともいえる合戦シーンは、これまで数えるほどしか出てきていない。それよりも、どのような策略でもって戦国の世を生き抜いていったか、その謀略と心理戦が丹念に描かれている。 通常、美化されて描かれがちな主人公側の人物の描写にしても、きれいごとで逃げたりはしない。特に父親・昌幸(草刈正雄)は、生き残るためには平気で相手を裏切る。そのためには、身内でさえだます。 しかも、そこに筋の通った考えがあるわけでもなく、終始、悩んでいる。けれど、いや、それゆえ、たまらなく魅力的だ。信繁もまた、その血をハッキリと受け継いでいる。 結局、最有力の“容疑者”だった尾藤道休がシロだと判明する。犯人がわらないまま、秀吉の怒りは収まらず、門番だった十数人が処刑するという理不尽な処置が下される。だが、まだまだ秀吉の暴走は止まらない。 なんと犯人がわかるまで、町人たちからクジで選んで磔にすると言いだすのだ。甥の秀次(新納慎也)が諌めようとしても「お前は何もわかってない!」と、さらに怒りに油を注ぐだけとなってしまうのだ。 よく、秀吉が権力を手にしたから、横暴な性格に変わってしまったなどといわれる。だが、三谷は『真田丸』で、それは違うと、正室の寧(鈴木京香)の口を使って表明している。「みんな、あの人のことをわかっとらんの。殿下は昔と少しも変わっとらん。昔から怖い人でした。明るく振る舞っておるけど、実はそりゃあ冷たいお人」 本作で秀吉は、ひたすら明るく、無邪気な子どものような存在として信繁の前に現れた。だが、そんな明るさとは真逆のぞっとするような冷酷さが潜んでいることが次第に明らかになっていく。そうでなければ、百姓から天下を獲ることなどできないのだ。 信繁は秀吉の暴走を止めるため、一計を案じる。無罪だった尾藤道休が死んだという報を受け、秀吉を欺き、彼に罪を被ってもらおうというのだ。それでも、秀吉は納得しない。「親類縁者、隣人まで根絶やしにしろ」と言うのだ。これに対し、切腹の覚悟で止めに入る石田三成(山本耕史)。幼い頃から長きにわたり腹心として仕えてきた男からの「佐吉(三成の幼名)は正気でございます。乱心されているのは殿下のほう!」という決死の説得にも耳を貸さない秀吉。なんとか寧が間に入ることで、ようやく場が収まるのだ。 この一件だけで、三谷は推理ドラマという遊びを入れつつ、秀吉政権崩壊の「前兆」を見事に描いている。茶々や息子に執着するあまり、信頼してきた部下や身内の言葉も届かなくなり、タガが外れてしまった秀吉。かろうじて話ができるのは女だけ。民の心も離れようとしている。 人間の心こそが最も恐ろしい、とは使い古された表現だが、『真田丸』はそれをぞっとするほどの強度で描いている。 「この子どもの父親は源次郎(信繁)です」 という茶々のブラックジョークも冗談では済まされないほど、死の恐怖が常に漂っている。 『真田丸』が描く“戦場”は、合戦ではない。実際の戦場よりも死が隣り合わせにある、人と人の間の心理戦なのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからNHK大河『真田丸』より
アナーキーで反骨――桂歌丸版『笑点』の“粋”な終い方
番組初回から50年もの間、『笑点』(日本テレビ系)に出演し続けた桂歌丸が、司会から勇退した。 5月22日の放送の「歌丸ラスト大喜利スペシャル」では、歌丸司会最後の大喜利や、新司会者発表ということもあり、大きな注目を浴びた。TOKIOと『笑点』軍団の対決あり、再現ドラマを交えた『笑点』の“ウラ事件簿”ありと、盛りだくさん。 演芸コーナーではナイツが登場し、いつもの“ヤホー漫才”を「桂歌丸」をテーマにやっているところに、なんと本人が登場。「ナイツ」をテーマに、“ヤホー”ならぬ“アホー漫才”を披露したりもした。 だが、そんな見どころの多い各コーナーをしのぎ、その真骨頂を見せつけたのは、やはり番組後半に行われた生大喜利である。 3問行われた大喜利のお題はすべて“粋”。たとえば、2問目はこうだ。 「アタクシは今日で笑点の司会からお別れをするわけですが、『笑点』に涙というのは似合わないと思うんですよね。そこで皆さんね、豪快に笑いながらひと言。アタクシがね、『どうしたの?』と伺いますので、返事を返していただきたい」 『笑点』に涙は似合わない。まさにその通りだ。 それに対する答えも粋だ。たとえば、歌丸と長年にわたって番組で舌戦を繰り広げてきた三遊亭円楽。 「アーハハハ、ワッハハハ」 「どうしたの?」 「笑ってないと涙が出ちゃうんです」 そんな答えに、歌丸は座布団を。 「山田くん、そーっと1枚やってください」 2人の関係性を日本中の人が知っているからこそ胸に響く、この一連の流れの美しさ。50年続く『笑点』は、もはや日本人の日常生活の一部になっている。そこに出る落語家や演芸を見るというよりも、その番組パッケージそのものを見ている。 たとえば、先日放送された『水曜日のダウンタウン』(TBS系)に三遊亭好楽が出演した。「街で『ファンなんです』と声かけてくるファンに限って、たいしたファンじゃない説」を検証するためだ。 好楽が実際に街頭に立つと、すぐに多くの人たちが声をかけてくる。しかし、声をかけてくる人のほとんどが、好楽の名前を知らない。『笑点』の番組自体のファンだというのだ。 実際、好楽の名前を知らなくても、席の並び順はわかる。そんな番組、なかなかない。 大喜利のお題や答えで、政治的な時事をイジることも少なくない。“普通”に見えて、実は“攻めている”。そもそも日曜の夕方にただひたすら大喜利をしていること自体、冷静に考えるとアナーキーだ。 「笑芸人」vol.2(白夜書房)の歌丸インタビューによると、ある時などは、番組スポンサーになりたいという企業がいたにもかかわらず、出演者たちの一存で断ったこともあるという。 落語界のこともよく知らないくせに、やたら口を出してくるというのが理由だったそうだが、それにしたって、スポンサーを出演者たち自身の判断で降ろしてしまうのだからスゴい。ポピュラーの象徴として日本人の心に深く溶け込んでいるのに、アナーキーで反骨。それこそを、人は“粋”と呼ぶのかもしれない。 歌丸は、先ほどの『笑点』と同じ日の『NHKスペシャル』(NHK総合)の「人生の終(しま)い方」にも出演。進行役を務めつつ、密着取材にも応じている。 腸閉塞で入退院を繰り返し、肺にも病気を抱えている。舞台を降りると、すぐに車いすに乗る。体重も、この1年だけで10キロ減ったという。 それでも、高座に立ち続けている。 「アタクシも人生を終うのは、まだまだ80年ぐらい先ですけれども、まぁ、そのときになって慌ててもいけませんですから、いまから真剣に考え始めているんです」とほほ笑みを浮かべ語る姿には、落語家の矜持があふれ出ている。 歌丸は終わらない。 注目された『笑点』新司会者もCMをまたいだり、必要以上に煽ったりせず、あっさりと発表された。 新司会者は春風亭昇太。発表されるとすかさず、後任に本命視されていた円楽から「いくら使ったんだ?」というツッコミが入った。 その人選は意外性があると同時に、納得感もある見事なものだった。実年齢以上に世代交代を大きく印象付け、これから先、何十年も『笑点』は続いていくんだという強い意志を感じる人事だ。 「ここは?」 と、昇太の席を指して新メンバーは誰になるのかを円楽が問いかけると、歌丸は不敵に笑って答えた。 「あ、そこねえ、アタシが座る(笑)」 歌丸のどこまでも“粋”な終い方だった。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから「笑点 第1号」(日本テレビ放送網)
たった8分で人生が変わった――NHK『アナザーストーリーズ』が描く、マンザイブームの“真実”
「俺にとっては、一番大きいテレビの転換期。リアルタイムで目撃したもので、あれ以上大きなものは、あれ以降起きてない」 爆笑問題の太田光がそう証言するのが、『THE MANZAI』に引き起こされた1980年のマンザイブームだ。その1年にスポットを当てたのが、5月4日に放送された(再放送は5月10日)『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』(NHK BSプレミアム)の「MANZAI1980 笑いの革命児たち」だ。 『アナザーストーリーズ』は真木よう子をナビゲーターに、「ダイアナ妃の事故死」「ベルリンの壁崩壊」「ビートルズ来日」など、歴史上の大きなトピックスを取り上げるドキュメンタリー番組だ。この番組の大きな特徴は「マルチアングルドキュメンタリー」をうたっているという点。ひとつの事柄には、たくさんの人々が関わっている。そのさまざまな“視点”をマルチアングルのようにひもとくことで、これまで伝えられてきた物語とはまた別の物語が浮かび上がってくるというものだ。 たとえば、4月20日の放送のテーマは映画『エマニエル夫人』。そのとき取り上げられた“視点”は、プロデューサーや監督ら作り手と、主演のシルビア・クリステルら演者はもちろん、日本での配給会社の宣伝マン・山下健一郎の視点にも大きくスポットを当てている。 『エマニエル夫人』といえば、籐の椅子に半裸で座っているポスターのイメージが強いが、あれが映画のポスターとして使われたのは実は日本だけだったという。山下が「この映画は女性に売る」という強い決意の上で、あのポスターを使ったのだ。その結果、『エマニエル夫人』の日本における観客動員は7割近くが女性だったのだ。 多角的な視点から見ることで、ひとつの出来事に複数の側面があることが浮き彫りになっていく。それは、1980年のマンザイブームでももちろん同じだ。 筆者は『1989年のテレビっ子』(双葉社)の序盤でこのマンザイブームについて詳細に書いたため、今回のドキュメンタリーはより楽しめた。なぜなら、さまざまな語りどころがあるこのブームのどこをどう切り取るか、腐心したであろうことがよくわかるからだ。 番組では、ブームの真っ只中にいたが、その後、テレビでは人気が低迷していった芸人たち(島田洋七、ビートきよし、ザ・ぼんち)、それまで傍流にいて不遇の時代を過ごしながら、『THE MANZAI』によって笑いを変えた作り手(佐藤義和)、そしてこのブームを契機に、地方のいち芸能事務所にすぎなかった吉本興業を日本最大級の事務所に押し上げたマネジャー(木村政雄)らの視点にスポットを当てた。これらはまさに『1989年のテレビっ子』でも書いた部分だったので、非常に強いシンパシーを感じた。 「音楽班が肩で風切って歩いて、そういう人たちが歌手でコントをやったりしてお笑いはそういう人たちで十分だった」と佐藤義和が述懐するように、70年代までテレビの主役は歌手だった。今でこそ、「バラエティ番組=芸人の現場」という図式があり、時折、芸人がゲストに訪れる歌手や俳優に対して「芸人の職場を荒らすな」などと笑い混じりに不満を述べることもあるが、そうなったのはマンザイブーム以降、ほんの30年前からなのだ。 それまでテレビでお笑い芸人は、ザ・ドリフターズや萩本欽一などごく一部を除いて、最下層の地位だった。それを劇的に変えたのが、『THE MANZAI』なのだ。 「あの8分間で、ほんっとに人生変わりましたね。たった8分で」 そうザ・ぼんちが語るように、彼らは自分たちに与えられた8分間の持ち時間で披露した1本の漫才で、一気にアイドル的な人気を手に入れた。 やはり、テレビドキュメンタリーの強みは映像である。その実際の映像は、何よりも力がある。 たとえば、『THE MANZAI』前夜の『花王名人劇場』での「漫才新幹線」。やすし・きよしや星セント・ルイスらベテラン漫才師に混じって、当時まだ無名の若手B&Bが、速射砲のようなスピード感あふれる漫才で若者が集まった観客を沸かせていた。それをモニターで見ているベテラン漫才師たちの表情は、その複雑な心境を雄弁に物語っていた。思わず立ち上がって険しい表情で気合を入れ始める西川きよしの姿は、鳥肌モノだ。 また、ブーム勃発後、舞台に登場したザ・ぼんちに本番中にもかかわらず、観客が駆け寄り、プレゼントを渡す一幕は、いかにそれがアイドル的な人気であったかを証明している。 そして番組では、もうひとつの視点が用意されていた。それは「視聴者」の視点だ。テレビで『THE MANZAI』を見て人生が変わってしまった爆笑問題・太田光は、ブームをこう語っている。 「漫才とはこういうもんだっていう、芸として構築してきたものは全部ぶっ壊しちゃう。その勢いが社会現象になった」 ブームは1年で急激で沸騰し、年が明けると急速に収束していった。そこから、ビートたけしや島田紳助は“天下”を獲った。一方で、ブームに翻弄され、テレビから消えていった芸人たちもいた。 そうしたさまざまな物語を、『アナザーストーリーズ』は“マルチアングル”で映し出す。ドキュメンタリーは、決して客観的なものではない。事実をどう捉えるか、その作業は極めて主観的なものだ。そして、それぞれの視点もまた主観だ。 『アナザーストーリーズ』はその主観を数多く提示することで、客観的事実とされるものでは見えなかったいくつかの“真実”を浮かび上がらせている。 最後に「マンザイブームに“負”の部分はあったか」と問われ、吉本興業のマネジャーだった木村政雄は「ない」と即答し、こう語った。 「もしあったとしたら、本来見ないで済んだ“夢”を見てしまった人がいたこと」 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』NHKオンライン
実直な職業ドラマ『重版出来!』が描く、「前向き」になる方法
『重版出来!』(TBS系)は、見ると前向きになれるドラマである。 主人公の黒沢心は、週刊コミック誌「バイブス」の編集部に配属されたばかりの新社会人。入社前は柔道で日本代表を争っていたが、ケガで選手生命を絶たれたという経歴を持っている。体育会出身らしく、元気で明るくハキハキしていて、やる気に満ちあふれている。 彼女を演じるのは黒木華。典型的な「朝ドラのヒロイン」的人物像で、ややもすればウザい感じになりがちなところを、絶妙なバランスで演じ、不快感を味わわせない。 同名の人気原作マンガのドラマ化とあって、放送前から期待も高かったが、それに見事応えている。主人公の黒木をはじめ、編集長・和田役の松重豊、副編集長で黒沢への教育係的な役割を担っている五百旗頭役のオダギリジョー、その他編集部員に安田顕や荒川良々など、一癖も二癖もあるキャストがハマっている。さらに、マンガ家役には小日向文世、要潤、滝藤賢一と、こちらも豪華だ。加えて、劇中に登場するマンガも、なんと藤子不二雄Aや、ゆうきまさみなどが協力している。 脚本を務めるのは野木亜紀子。彼女は以前、自衛隊の広報室を舞台にした『空飛ぶ広報室』(同)の脚本も手がけている。この作品も登場人物の“お仕事”の奮闘を描く、いわゆる“職業ドラマ”として出色の出来だった。 とかく“職業ドラマ”というと、登場人物たちがあり得ないようなミスを連発してトラブルを起こすことでドラマを盛り上げようとしてしまいがちだ。それをみんなで協力して劇的に解決、めでたしめでたしとなる。だが、そもそもそんなミスはまともな職業意識を持っていれば起こらないだろうし、ましてや、連発なんてあり得ない。劇的な解決であればあるほど、それができるほど優秀なら、そんなトラブル起こさないよと、冷めてしまうこともしばしばある。 だが、『重版出来!』には今のところ、そんな気配はまったくない。劇的とは真逆の実直なドラマだ。 第2話の“主人公”は、営業部の小泉純(坂口健太郎)。彼は情報誌の編集部を希望していたが、営業部に配属された。ずっと異動願いを出し続けているが、それがかなう見込みはない。 「いつになったら、この毎日から抜け出せるんだろう」 そんなことを日々思いながら、苦手な営業の仕事をこなしている。営業先の書店員からは、存在感のなさから「ユーレイ」と呼ばれている。 営業部長の岡(生瀬勝久)が、「編集が希望」と言う彼に「どんな企画を、誰にどう伝えたい?」と尋ねると、口ごもってしまう小泉。そんな小泉に、岡は諭すように言う。 「自分の立っている場所がわからないうちは、どこへも行けないと思うぞ」 岡は、「バイブス」で連載中の『タンポポ鉄道』の単行本が急に売り上げを伸ばしていることに気づく。期待されているタイトルとは言いがたく、重版もされていないにもかかわらず、異例のことだった。 実際に読んでみると、周りにその良さを伝えたくなるマンガだった。 「仕掛けるぞ」 3巻の発売を来月に控え、岡は営業部に号令をかける。そこに「営業の勉強」でやってきたのが、黒沢だった。黒沢は小泉と、返品本を切り取って作った試し読み冊子を置いてもらうため、百数十軒の本屋回りに同行する。 彼女の臆さない行動力と姿勢、そしてそれによって目に見えて変わっていく書店員の対応が、次第に小泉の意識を変えていく。自らアイデアを出し、積極的に動き始めるのだ。 勝手に売れる本などはない。自らアイデアを出し動く営業、協力的な担当編集者、作品を愛してくれて推してくれる書店員がそろった本は、大化けする可能性があるという。 「人をうらやんでいた頃はわからなかった。これが営業の仕事。これが僕の仕事なんだ!」 意識が変われば、見える景色も変わってくる。たとえば、ドラマ上でそれは、営業部長が大事にしている「忍法帳」と呼ばれる手帳が象徴している。最初は「ただの手帳」と興味なさげに言っていた小泉が、やがてその手帳を「見せてほしい」と目を輝かせて言うようになるのだ。 よく「前向きに生きなさい」と言われることがある。けれど、迷いの渦中にいる人にその言葉は届かない。なぜなら、どこが「前」なのかわからないからだ。けれど、受け身ではなく、能動的に行動をし始めると、とたんに目の前のことが「前」になる。自然と前向きになり、「自分の立っている場所」がわかるようになるのだ。 「俺たちが売っているのは『本』だが、相手にしているのは『人』だ。伝える努力を惜しむな」 と岡は言う。だからこれは出版業界を描いたドラマではあるが、どんな業界にも当てはまることだ。仕事とは、実直にコツコツと積み重ねていく作業だ。実直の果てに時には、劇的で奇跡のような成功があったりもする。 まさにこのドラマは、そんな「仕事」によってできているのだ。 『重版出来!』には、決して派手なトラブルやドラマティックな展開はない。だが、地味だけど確かに意識が変わる瞬間のような、人の仕事への向き合い方が丁寧に飛躍なしに描かれている。だからこそ、このドラマを見ているとわが身を振り返り、もっと頑張ろうと前向きになれるのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから火曜ドラマ『重版出来!』|TBSテレビ
「相方は観客」小堺一機が『ごきげんよう』で得たトークの極意
「最初、ドッキリだと思って始めたこの番組が、31年も続きました。今日で長いドッキリが終わります」 小堺一機は、そう視聴者に向けて挨拶した。 『ライオンのごきげんよう』(フジテレビ系)の前身番組『ライオンのいただきます』が84年10月に始まってから31年半、『笑っていいとも!』(同)のタモリと共に、お昼の顔として君臨し続けた小堺が、その役割を終えた。 31年前の小堺といえば、『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(テレビ朝日系)の「クロ子とグレ子」で人気を博し、『笑っていいとも!』のレギュラーも経験していたものの、まだまだ若手芸人のひとりにすぎなかった。だから、お昼の帯番組の司会に彼を起用するのは大抜擢、大冒険といえた。 その冒険をしたのが、『笑っていいとも!』にタモリを抜擢するという“奇策”を成功させたプロデューサー・横澤彪である。横澤はその当時、流行の兆しのあった「おばさん」タレントたちに目をつけ、彼女たちで番組をできないかと考えた。問題は、その司会者だった。 「小堺くん、どう思います?」 構成作家の髙平哲郎に横澤はそう問いかけ、自分のアイデアを語ったという。 「これからはおばさんの時代、おばさんパワーのまとめ役に、おばさんから見て可愛い小堺一機を持って来ようと思うんです」(髙平哲郎著『今夜は最高な日々』新潮社) そうして生まれたのが、『いただきます』だった。 小堺は、冒頭の言葉のように、その話をドッキリだと思ったという。それほどの抜擢だったのだ。 横澤は緊張する小堺に「タモさんにも言ったんだけどさ、毎日だからさ、仕事だと思うとキツいから、遊びに来るつもりでやってくださいね」とアドバイスした。 だが、数カ月がたったとき、本番の始まる数秒前に「この番組、いつから面白くなるんですか?」と、キツい一言を浴びせた。 そのとき、小堺は「毛根が死んだ音がした」と苦笑いして振り返っている。 小堺には、師と仰ぐ人物が2人いる。堺正章と萩本欽一だ。2人はうまくいかない『いただきます』を見て、小堺に同じことを言った。 「あんなに面白い人たちがいるのに、なんでひとりでしゃべってんだ?」 そう。小堺は、自分が面白いと思うことを一生懸命しゃべろうとしていたのだ。だが、番組のコンセプトは「おばさんパワー」だ。塩沢とき、浦辺粂子、淡谷のり子らパワーあふれるおばさんたちの話こそを聞かせなければならない。それを遮って小堺がしゃべっても、かみ合わないことは明白だった。 小堺が意識を変え、おばさんたちの話を聞くようになったら、番組は一気に軌道に乗り始めたのだ。 「トークが上手くなりたければ『聞き上手』になること」(「SPA!」14年11月18日号) と小堺は言う。それこそが、『いただきます』と『ごきげんよう』を通じて小堺が得た極意だ。 『ごきげんよう』は、まさに小堺の「聞き上手」な部分を堪能できる番組だった。自分が面白いと思っている部分は、人から見るとそれほど面白くないことが多い。トーク慣れしていない人なら、なおさらだ。『ごきげんよう』には、そんなトーク慣れしていないゲストが数多く出てくる。 そういう人の話で本当に面白いのは、実は自分が面白いと思っていない部分であることが多い。 小堺は、そうした部分が出てきた瞬間、それを聞き逃さず、聞き返す。それこそが、「聞き手」としての小堺のトーク術の真骨頂なのだ。 3月25日放送に登場したキャイ~ンの天野ひろゆきから「関根(勤)さん以外で、もし芸人の中で相方を選ぶとしたら誰がいいですか?」 と問われた小堺は、少し考えた後、こう答えた。 「相方はお客さんだな」 小堺はその言葉を体現するように、観客を「相方」にした30分のひとり語りで『ごきげんよう』は幕を閉じた。 「相方」の反応を全身で聞きながら、軽妙洒脱なトークを展開していく。それはまさに30年以上「聞き手」に徹し、「聞き上手」なトークを回してきた芸人の矜持だった。 湿っぽい話は皆無だった。それゆえに、なんだか一層こみ上げてくるものがあった。これで、80年代のフジテレビの「軽チャー路線」を作った横澤が手がけたレギュラー番組が、ほぼ完全に姿を消すことになる。時代は移り変わっていく。 最後に小堺は、「相方」に向かってこう呼びかけて番組を終えた。 「みなさん、また、ごきげんよう!」 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『ライオンのごきげんよう』フジテレビ
もはやアスリート? 『炎の体育会TV』で見せる芸人・オードリー春日の本懐
オードリーの春日俊彰が、またやってくれた。 『炎の体育会TV』(TBS系)でフィン水泳に挑戦し、昨年に続き、見事マスターズ日本代表に選出されたのだ。昨年は、世界大会に出場し、4×100メートル・サーフィスリレーで銅メダルを獲得し、大きな話題になった。フィン水泳だけではない。ボディビルでは、東京オープンボディビル選手権大会に出場し、決勝進出。5位入賞を果たした。 スポーツだけでもない。つい先日は『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)で提供された椅子を壊すという“事件”を起こし、ニュースになったばかり。昨年7月には『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)でMVSを獲得。トークが苦手というイメージを払拭すると、11月に大喜利イベント「ダイナマイト関西」に出場。1年を通して行われていた事務所対抗の団体戦・準決勝に「ミスターK」として副将で登場すると、大久保佳代子ら人力舎の実力派芸人たちを次々と破り、3人抜きを達成。今年1月に行われた決勝でも活躍し、並み居る事務所を抑え、ケイダッシュステージ優勝の原動力のひとりとなり、それまで目立たなかった大喜利の実力をまざまざと見せつけた。 まさに春日が動けば、そこにニュースが生まれる状態だ。若林も『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)の中で、2015年の春日は、『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)準優勝後ブームとなった2009年を上回る、「キャリアハイ」だったと評している。 現在もフィン水泳とボディビルを並行してトレーニングを続け、さらにレスリングにも挑戦中だ。ある日のスケジュールを見てみると、日中、ボディビルのトレーニングを2時間半、レスリングの練習を2時間半、その後、番組収録を挟み、夜中にフィン水泳を2時間。1日7時間もの時間をトレーニングに費やしている。もはやお笑い芸人のスケジュールではない。 思い起こせば春日は、「漫才」よりも先にスポーツ系の企画でテレビに出始めた芸人だ。 最初は『Qさま!!』(テレビ朝日系)の「芸能界潜水選手権」だった。無呼吸で何メートル泳げるかを競う競技で、90メートルという日本男子歴代4位(当時)の記録を叩き出した。それに味を占めた事務所のスタッフが「体力系いけるんじゃない?」と提案したのが、「K-1」への挑戦だ。 もともとは、優しい性格の春日。格闘技などやりたくなかった。だが、売れない芸人に選択肢はない。「お前、M-1でもR-1でもダメだったら、次はK-1しかないだろ!」とすごまれ、「K-1」のトライアウトに参加したのだ。 しかし、会場に足を踏み入れた瞬間、自分が場違いな存在だと気付いたという。そこにいたのは、現役のプロ格闘家だったり、格闘技未経験者でもアスリートたちばかり。そんな中でも谷川貞治プロデューサーのおメガネにかない、準合格という形で合宿に参加することになったのだ。 そのことを芸能ニュースで知ったという若林は、当時をこう振り返っている。 「あの頃『売名行為だ』ってすごい言われて、僕も嫌な思いがしたし、『事務所に言われたままやらなくていいよ』って言ったんですよ。でも。春日は『いや、やりたいんだ』って全然譲らないんです。お笑いをやってても春日が譲らないことってあんまりないから(笑)、これは何かあるんだろうなって思いましたよ」(イースト・プレス「ゴング格闘技」09年03月号) 合同合宿から2カ月後、春日は同じトライアウト組の山本哲也と対戦。一度ダウンを奪われ、判定負けを喫する。この試合後、若林は春日に、もう「K-1」を辞めるように言う。しかし、春日は首を縦には振らなかった。 「『男』の部分だけでやっていたところはありますね。そういう場を用意されたら、出ていかないわけにはいかない」(春日)と。 この経験が功を奏したのか否かはわからない。その後、春日は「M-1グランプリ」で「(自信が)なきゃ、ここに立ってないですよ!」と堂々と言い放てるメンタルを武器に、ブレークを果たしたのだ。 『体育会TV』への出演も、当初は格闘技要員だった。女子格闘家と芸人たちが戦うという企画の一環で、韓国人ファイターのイム・スジョンとシュートボクシングルールで対戦したのだ。だが、これには大きな問題があった。春日が強すぎたのだ。 イムは、当時世界トップクラスのキックボクサー。だが、春日とは30キロ近い体重差があった。だから春日が試合開始早々、強烈な前蹴りを浴びせると、イムはおびえたような表情になってしまった。春日が真剣に戦えば戦うほど、か弱い女子をいたぶっているように映り、観客は引いていった。春日はあまりに規格外だったのだ。 並外れた身体能力を持っている上、生真面目で手を抜けない性格。やると決めたら、徹底的にのめり込む。その結果、番組の想定を越えて行ってしまう。それが春日だ。フィン水泳で日本代表にまでなったこともそうだろう。 とかくお笑い芸人がほかの分野のことをやっていると、批判される場合が多い。だが、芸人とは本来、職業の名前ではなく、その生きざまだ。漫才やコントなどのネタをやるだけが芸人ではない。その生きざまを見せることこそが、芸人の“本職”なのだ。 「お笑いも入れて、今いちばん楽しいことはなんですか?」 と尋ねられた春日は、少し考えて言った。 「フィンかな(笑)」 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから







