おっさんたちのテラスハウス『バイプレイヤーズ』が仕掛ける「関係性萌え」

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テレビ東京 ドラマ24『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』
「いま、3つ事件追ってるから」 「俺も3つ」  食卓を囲みながら、6人の男が話をしている。といっても、刑事や探偵ではない。 「この間、総理大臣やったら、ゴジラに殺されたんだよ」  最年長・大杉漣がそう言って苦笑いした。  これは、大杉のほか、遠藤憲一、田口トモロヲ、寺島進、松重豊、光石研という“日本映画を支える6人”の名脇役が主演として集結した『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』(テレビ東京系)の一幕である。  彼らは本人役を演じ、そのタイトル通り、シェアハウスで共同生活を送る模様を描いたコメディドラマ。監督は、映画『アズミ・ハルコは行方不明』などで知られる松居大悟らが務めている。  彼らが共同生活を始めるきっかけとなったのは、中国の動画配信サイトから大型ドラマ『七人の侍』のオファーを受けたからだ。いかにも怪しげなオファーだが、制作費は日本円で3億円、世界的監督がメガホンを取り、主演には役所広司が決まっているという。  しかし、出演には条件がある。それが、クランクインまでの3カ月間、役所を含む7人で共同生活をし、絆を深めるというもの。そのために、大杉の別荘で一緒に暮らすことになったのだ。  今期の各局のドラマを見渡すと、「本人役モノ」と「共同生活モノ」が目立つ。本作や、バカリズム、オードリー若林正恭、二階堂ふみの『住住』(日本テレビ系)はその両方の要素を持っているし、「本人役モノ」はほかに山田孝之、芦田愛菜らの『山田孝之のカンヌ映画祭』(テレビ東京系)が、「共同生活モノ」は、松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平の『カルテット』(TBS系)がある。  本人役モノが多いのは、ドラマの中によりリアルさが求められているという表れだろうか?  日本のテレビドラマの特徴のひとつとして、役者のパーソナルなイメージが浸透しているというものがある。これは良し悪しがあるが、そのイメージ通りの役柄にすれば、劇中、最小限の説明でその役柄のキャラクターが伝えられたり、逆にイメージと違う役柄を演じさせれば、そのギャップで驚かせることができるという利点がある。その究極の形が、本人役だろう。    そして共同生活は、よりそれぞれの個性や関係性を際立たせるものだ。「関係性萌え」というような言葉があるが、そういった感情を刺激させるシチュエーションだ。  本作で「中年のテラスハウスかよ」というセリフがあったが、むしろ思い浮かぶのは、アニメ『おそ松さん』(テレビ東京ほか)だ。 『おそ松さん』は、6つ子にそれぞれ強調された個性が与えられ、その個性と個性をぶつけることで魅力的な関係性を構築した。そして、いまやお笑い芸人ではなかなか作れないテレビのコント番組を、アニメで作ってしまったかのようだった。 『バイプレイヤーズ』でも、6人の個性が強調されている。  繊細で心配性な遠藤、リーダーだけどちょっと頼りなく、思い込みが激しい大杉、エキセントリックで宇宙人のように自由な田口トモロヲ、男っぽいが実は小心者の寺島、我慢と謙虚の人である松重、人懐っこくてみんなに愛される光石、というように。  彼らは、第1話からさっそくケンカをする。主役であるはずの役所が『七人の侍』のオファーを聞いていなかったことを知り、役所が出ないのであれば降りるしかないという話になったのが発端だった。 「たまにはやろうよ、みんなで主役をさ!」 という大杉の言葉に、寺島が反論したことから光石が失言をするのだ。 寺島「ちょっと待ってよ、『たまには』って何よ? 俺もみんなも主役やってるよ! 松重だって、遠藤だって」 光石「テレ東だろ?」 寺島「テレ朝もやってるよ!」 遠藤「テレ東の何が悪いんだ?」 光石「うるさいなあ。俺はNHKとか、キー局の話してるの」 遠藤「テレ東だって、キー局だろ?」 田口「NHKなら僕も」 光石「あんたBSだろ?」  まさに、本人役だからこそ、説明なしにできるケンカコントだ。  あたふたと家事にいそしむおっさんたち、おっさんにLINEのやり方を教わるおっさん、パソコンを“かな入力”するおっさん、おっさんに誕生日のサプライズを仕掛けようと準備するおっさん、プレゼント交換で各々のプレゼントを回すおっさんたち……。もともと渋い役者だからこそ、その分、かわいらしさが際立つ。  エンディングでは、本人役を離れた本人自身でリアルなアフタートークも披露され、サービス満点。  物語も、10年前に6人で作ろうとして頓挫したという自主映画が鍵を握っているらしいこと、大杉が何やら企んでいるらしいこと、「この中に裏切り者がいる」らしいことなど、全方位に“仕掛け”が満載されている。  虚構と現実がないまぜになった『バイプレイヤーズ』は、もちろんこのドラマ単体でも楽しめる作品だ。しかし、ドラマや映画を見続け、彼らを知っていれば知っているほど面白い。つまり映画ファン、ドラマファンへの最高のプレゼントなのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

テレビウォッチャー・てれびのスキマが選ぶ、2016年のテレビ事件簿【ドラマ編】

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火曜ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』|TBSテレビ
■バラエティ編はこちらから  いまだ「逃げ恥ロス」や「真田丸ロス」から抜け出せない人も多いのではないだろうか?  2016年はドラマの当たり年だった。年間を通してNHK大河『真田丸』が引っ張り、上半期は『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)や『ちかえもん』『トットてれび』(ともにNHK総合)、『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)、『重版出来!』(TBS系)などが、下半期は『逃げるは恥だが役に立つ』(同)、『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』『黒い十人の女』(ともに日本テレビ系)などが大きな話題を呼んだ。  そんな2016年のドラマを振り返ってみよう。 ■NHKドラマの強さが顕著に    これは近年続く傾向だが、今年は特にNHKのドラマの強さが際立った年だった。三谷幸喜の『真田丸』は1年間ダレることなく、高いクオリティを維持。最後まで、堺雅人演じる真田信繁側が史実を超えて勝ってしまうかも……と思わせてくれる盛り上がりだった。  信繁の父・昌幸を演じた草刈正雄を筆頭に、秀吉役の小日向文世、三成役の山本耕史、家康役の内野聖陽、景勝役の遠藤憲一……と、実質的な主人公が変わっていき、迫田孝也、高木渉、村上新悟、新納慎也、峯村リエといった、これまでテレビドラマでは派手な活躍のなかった実力派俳優の好演が目立った。  1~3月クールでは藤本有紀脚本で松尾スズキ主演の『ちかえもん』が、さらに4~6月クールでは黒柳徹子の半生をドラマ化した『トットてれび』が放送された。中でも黒柳を演じた満島ひかりの憑依っぷりは特筆すべきもので、文句なしで今年最も印象的だった主演女優だ。彼女の存在なしに、このドラマは成立し得なかっただろう。  また、BSプレミアムのドラマも秀作ぞろい。岡田惠和脚本・峯田和伸主演の『奇跡の人』や安藤サクラ主演の『ママゴト』、そして森川葵主演の『プリンセスメゾン』と、心に染みる作品ばかり。独特な絵柄の原作をマンガチックな表情と仕草で再現した森川は、作品によってまったく違う印象になるのが驚かされる。 『富士ファミリー』『百合子さんの絵本』『キッドナップ・ツアー』など、単発ドラマも強かった。 ■2016年の潮流は「童貞感」  一方、今年のドラマの潮流としては、「童貞感」が挙げられる。ブームを巻き起こした『逃げ恥』で星野源が演じた「プロの独身」こと平匡の童貞感あふれる言動は、見る者を虜にした。 「『かわいい』は最強なんです。『カッコいい』の場合、カッコ悪いところを見ると幻滅するかもしれない。でも、『かわいい』の場合は何をしてもかわいい! 『かわいい』の前では服従、全面降伏なんです!」 と、ヒロインのみくり(新垣結衣)が言うように、抗おうにも抗いきれないかわいさにひれ伏すしかなかった(ガッキーもだけど)。 『逃げ恥』同様、大野智主演の『世界一難しい恋』(日本テレビ系)でも、童貞感の強い男性が恋愛に奮闘する姿が描かれた。また、宮藤官九郎脚本『ゆとりですがなにか』(同)の松坂桃李や、『プリンセスメゾン』の高橋一生なども童貞感にあふれていた。ついでに言えば、今年3月まで放送されていたアニメ『おそ松さん』(テレビ東京系)もそうだ。  その多くに共通するのが、基本的に(仕事が)“できる”男だということ。けれど、女性に対してだけはまるでダメで、そのギャップがかわいいのだ。それを象徴するのが、パジャマ姿。星野も大野も高橋も、みんなパジャマ姿がかわいかった。 ■星野源と野木亜紀子の時代  そんな星野は、これまで文化系やサブカル好きの中では確固たる支持を集めていたが、『逃げ恥』の大ヒットで完全にメジャーシーンのど真ん中に飛び出し、「浸透力がハンパない」その魅力を満天下に知らしめた。そういう意味では、2016年は「星野源の時代」が始まった年として記憶されるのではないか。 『逃げ恥』のほかにも、『真田丸』では徳川秀忠役を好演。特に最終回では、強烈な印象を与えた。  ドラマだけではない。昨年末、『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たすと、今年は『逃げ恥』の主題歌「恋」が大ヒット。『LIFE!』(NHK総合)にも出演し、内村光良らとコントを演じている。またラジオでも、絶大な強さを誇る『伊集院光 深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)の真裏で『星野源のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)を担当。radikoの利用者数で前者を上回るという快挙も果たした。  その星野の魅力を『逃げ恥』で最大限生かし、引き出した脚本を書いた野木亜紀子は、今年最も充実した作り手のひとりだろう。 『重版出来!』は視聴率こそ振るわなかったが、ドラマファンの心に深く刻み込まれた名作だった。もともと彼女は、『主に泣いてます』(フジテレビ系)、『空飛ぶ広報室』(TBS系)、『掟上今日子の備忘録』(日本テレビ系)と、原作の良さを損なわず、それを巧みにアレンジした上で、キャストを魅力的に描くことに定評があった脚本家。彼女が脚本だというだけで、原作ファンはとりあえず安心していいと思える、数少ない作家だ。  原作ものが多く、キャストが優先される現在のテレビドラマ界の申し子ともいえる存在ではないだろうか。けれど、そろそろ彼女の完全オリジナル脚本の作品も見てみたい。間違いなく、それだけの実績は残してきたはず。来年には、それが実現していることを願いたい。 ■2017年のドラマ界に求められるもの  大ヒットした映画『君の名は。』もそうだが、今年、ドラマでは『トットてれび』や『ちかえもん』『プリンセスメゾン』など、単なる“主題歌”以上に音楽を効果的に使った作品が多かった。井上芳雄、浦井健治、山崎育三郎といったミュージカルの舞台で実績を積んだ俳優がテレビドラマにも進出。『勇者ヨシヒコと導かれし七人』(テレビ東京系)では『レ・ミゼラブル』『ライオンキング』『ベルサイユのばら』『美女と野獣』など、実際の出演者を使ってミュージカルをパロディ化。2.5次元ミュージカルの定着と相まって、テレビドラマにもミュージカル的な演出が増えていくかもしれない。  また、Netflixで制作された『火花』をはじめ、テレビ以外でもハイクオリティなドラマが作られ始めた。『Thunderbolt Fantasy』(TOKYO MX)のような台湾の布袋劇を用いた人形劇も作られた。  今年を象徴する『逃げ恥』はこれまでの“当たり前”を超えて「多様性」を肯定するドラマだったが、ドラマ界にも、より多様な表現や出演者、作られ方が求められていくだろう。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

テレビウォッチャー・てれびのスキマが選ぶ、2016年のテレビ事件簿【バラエティ編】

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 2016年、テレビは激動の年だった。  SMAPの解散報道に対する“公開謝罪”から始まり、“文春砲”などと言われた週刊誌によるスキャンダル報道でベッキーをはじめとするテレビの主役たちが仕事を激減させたり、長年続いた小堺一機の昼の帯番組『ごきげんよう』(フジテレビ系)や『新チューボーですよ!』(TBS系)の終了、『笑点』(日本テレビ)の司会交代、そしてSMAP解散が本当になってしまうなど、大きな“事件”が数多く発生した。  間違いなく、2016年は、今後テレビの歴史を語る上で、ターニングポイントの年となるだろう。  そんな2016年のテレビバラエティを振り返ってみたい。 ■MVPはバナナマン  今年は、なんといってもバナナマンの年だった。よく「テレビで見ない日はない」と大活躍している芸能人をたたえるときに使う文言があるが、それを本当に実現したタレントはなかなかいない。しかし、バナナマンは今年4月クールから『バナナ♪ゼロミュージック』(NHK)など3つの新番組が始まったことで、全曜日にレギュラー番組を持つという快挙を成し遂げた。しかも、スゴいのは、司会からプレイヤーまでそれぞれ違う役割を演じ、その分野もお笑い番組からロケバラエティ、音楽番組、アイドルバラエティまで多種多様だということだ。特に『そんなバカなマン』(フジテレビ系)は元日の生放送スペシャルや、『人生のパイセンTV』(同)とコラボ特番を放送したりと精力的だった。さらに、設楽統、日村勇紀それぞれピンのレギュラー番組も持っている。中でも日村の冠番組である『万年B組ヒムケン先生』(TBS系)は2016年を代表する新番組だった。加えて、ラジオも単独ライブもこれまで通り続けている。驚異的だ。  バナナマンが表のMVPなら、裏のMVP(といったら、失礼なくらいだが)は、くりぃむしちゅー。特に有田哲平は、純粋なお笑い番組が成立しにくい中、コンビでの『くりぃむナンチャラ』(テレビ朝日系)に加えて、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)や『有田ジェネレーション』(TBS系)と、各局で悪ふざけの限りを尽くしている。『有田ジェネレーション』でまだ見ぬ若手を発掘し、『脱力タイムズ』や『ナンチャラ』で、その発掘された芸人や、すでに実力が証明されている芸人をさらに追い込むことで、それまで見せたことがない側面を見せるというサイクルが素晴らしい。 『有田ジェネレーション』で飛び出た小峠英二の「『もうないです』じゃねぇだろうよぉ! お笑いっつーのはなぁ、『もうない』からが勝負なんだよ!」というのは、これらの番組の精神を最もよく表した屈指の名言だった。その小峠も、各番組で必ず結果を残す活躍っぷりだった。 ■ポジティブ芸人とカルト芸人  昨年くらいから今年にかけて、中高生を中心とした若い女性の中で、ある“異変”が起きている。  それは出川哲朗やトレンディエンジェル斎藤、NON STYLE井上(最後にケチがついてしまったが)といった、見た目がブサイク、ハゲ、気持ち悪いといったネガティブな評価を受けやすい芸人が、そのポジティブな言動で人気を集めていることだ。もちろんこれまでも、そういったタイプのタレントが若い女性に受けることはあったが、それはいわゆる例外的な事象だった。だが、今はそれが一人ではなく、複数人まとまって受け入れられていることに時代性を感じる。  また、昨年ブレークした永野が引き続き人気を集め、さらに今年、ハリウッドザコシショウがブレークを果たしたのも印象的。ザコシショウの芸を『スッキリ!!』(日本テレビ系)で見た本上まなみがあまりに理解不能と拒否反応で涙を流してしまった(それも2度も)というのは今年屈指の名シーンのひとつだが、一方で『水曜日のダウンタウン』(TBS系)の「替え歌最強トーナメント」で中学生が審査する中、ザコシショウが「タイガーステップ」など絶対に元ネタが中学生にはわからないだろうというネタで決勝まで勝ち上がるという驚きの展開。「元ネタがわからない=面白くない」という先入観をぶち壊した。  こうしたポジティブ芸人やカルト芸人が、若い層にまで幅広く受け入れられたのが今年の特徴だった。思えば、今年の顔のひとりであるメイプル超合金のカズレーザーは、その両方の要素を持った芸人だ。窮屈な時代に多様性を肯定する様々な名言を連発。共演者が彼の言葉を待つ感じは、2007年頃の再ブレーク前夜の有吉弘行のような勢いを感じさせる。2007年、その原動力は「毒」だったが、それが「肯定感」に変わったのが今の時代を象徴しているのかもしれない。 ■“日7戦争”勃発  今年の大きなトピックスとして、古舘伊知郎のバラエティ番組“復帰”も挙げられる。12年間務め上げた『報道ステーション』(テレビ朝日系)を辞めると、わずか数カ月の休養を経て、『ぴったんこカン★カン』(TBS系)や『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)などに出演。硬直気味のバラエティに“異種格闘技”的な新風を吹かせた。  そして11月からは新番組『フルタチさん』(同)を開始。この枠は、冬クールから“日7戦争”と呼ばれるようになった大激戦枠。王者『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)に対し、テレビ朝日は『日曜もアメトーーク!』、TBSは『クイズ☆タレント名鑑』を復活させた『クイズ☆スター名鑑』、テレビ東京はアシスタントを福田典子アナウンサーに交代した『モヤモヤさまぁ~ず2』と、各局が看板番組をぶつける形となった。加えて、Eテレでは、『24時間テレビ』(日本テレビ系)の真裏で“感動ポルノ”批判をし、大きな話題となった『バリバラ』も放送されている。  こうした視聴率競争で求められるのは、勝つための足の引っ張り合いではない。テレビの活気を伝えることで、それまでテレビから離れていた層をテレビに戻し、日曜夜7時、ひいてはテレビ界全体の視聴率を底上げすることだ。 ■総括  今年は、ネガティブな話題も多かったが、オリエンタルラジオによる音楽ユニットRADIO FISHの「PERFECT HUMAN」や、古坂大魔王が“プロデュース”したピコ太郎による「PPAP」、トレンディエンジェル斎藤の「斎藤さんだぞ」、平野ノラによる「しもしも~」などなど、お笑い界からたくさんの流行が生まれた年だった。  それは、窮屈で不寛容になってしまった社会に対する反動ではないだろうか? テレビとは本来、バラエティ、つまり「なんでもあり」の多様性を表現するものだったはずだ。今またそれが、求められてきているのではないだろうか? (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

「判定なんかどうでもいい」『SMAP×SMAP』でタモリがSMAPへ贈ったもの

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「SMAPが空中分解になりかねない状態だと思いましたので、今日は自分たち5人がしっかり顔をそろえて、皆さんに報告することが何よりも大切だと思いましたので、本当に勝手だったのですが、このような時間をいただきました」  今年1月18日、カメラの前で木村拓哉を中心にSMAPメンバーが並び、“公開謝罪”した。  この映像は衝撃的だった。なぜなら、あまりにも生々しく、そこで発せられた以上のことを見る側に伝えたからだ。  テレビにはすべてが映る――。  そんなテレビの力をここまで如実に表したのは、テレビ史の中でも数えるほどだろう。  SMAPは、「国民的」といわれるスターが相次いで亡くなった昭和と平成の狭間に誕生した。もう「国民的」と呼ばれる存在なんて出てこないだろうと言われる中、10余年たって、「国民的」スターと呼ばれるアイドルグループになったのは、控え目に言っても“奇跡”だったと思う。  SMAPは、テレビとともに大きくなったグループだった。これまでのアイドルグループは、あくまでも本分は「歌」だった。それをPRするのがテレビだった。しかし、SMAPは逆だ。もちろん数多くの名曲を残しているが、誤解を恐れずにいえば、彼らの本分は「テレビ」だった。それをPRする一要素として「歌」があったのだ。SMAPは「テレビの人」で、テレビこそが彼らの魅力を最大限発揮できる舞台だった。まさに彼らの「武器はテレビ。」だったのだ。そして、そのベースが『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)だ。  皮肉にも、逆方向にテレビの力を見せつけた“公開謝罪”が放送されたのも、また『スマスマ』だった。 『スマスマ』が始まった1996年は、コント番組が冬の時代に入り始めた頃だ。お笑い芸人たちがテレビでコントができなくなっていく中で、テレビコントのともしびを守り続けたのは、アイドルグループであるSMAPだった。  故マイケル・ジャクソンやマドンナ、レディ・ガガなど“国賓”級の海外ビックスターを受け入れることができるのも、もはやこの番組だけだったし、オリンピック選手がメダル獲得のモチベーションにこの番組の出演を掲げることも少なくない。かと思えば、まだメジャーシーンでは名前が知られていないようなカルトな日本のバンドとSMAPが共演し、一緒に歌うことだってある。  まさに、すべてをフラットにするテレビそのものを具現化した空間だった。  しかし、それが、今月末のSMAP解散によって失われてしまうのだ。 『スマスマ』を象徴するコーナーである「ビストロSMAP」は、番組開始当初から始まった。当時は「男が料理なんて……」という時代。そんなイメージを変えたのもSMAPだった。海外のVIPから、今が旬なゲストまでを受け入れもてなしてきたコーナーも、12月19日の放送で最終回を迎えた。  その最後のゲストが、5人と関係の深いタモリだ。タモリはコーナー司会の中居正広と『笑っていいとも!』(同)時代と変わらぬ軽妙なトークを展開していく。 『いいとも!』月曜日のレギュラーメンバーと食事会を行っていると聞いて、火曜メンバーのはずの中居が勘違いをしてショックを受けたり、『いいとも!』終了後、世界の音楽を聴きに行く旅をしてゲイと間違われた話や、いまさら『SMAP×SMAP』というタイトルは「厚かましい」とイチャモンをつけ、それがジャニー喜多川のアイデアだと聞かされると、即座に「正解だよね」と前言を翻したりと、「一生フザける」というタモリらしい、中身があるようでない、それでいて、やっぱりあるんじゃないかと思わせるものだった。  番組では、これまでのタモリとSMAP共演シーンを他局のものを含めて振り返った。その中には、『夢がMORIMORI』(同)でキックベースに参加したタモリが全力疾走するレアなシーンから、『今夜は営業中!』(日本テレビ系)でタモリがフルートで「夜空ノムコウ」を演奏する伝説的なシーンなど貴重な映像が数多く流れ、その思い出話に花を咲かせた。 「お任せで」というリクエストを受け、メンバーが作った料理をタモリが食べ、みんなで乾杯し、5人がお互いの料理を食べ合う。  そして最後に、いつものように中居が判定を促すと、タモリはそれを拒否するのだ。 「今日は(ビストロ)最終回だから、判定はいいんじゃないか?」  最後だからこそ、「勝ちがあって、負けがあって、そこにドラマがある」のだから判定してほしいと食い下がる中居に、タモリは言った。 「乾杯もしたしさ、乾杯したらもう仲良しだってこと。勝敗はない」 「人生に判定なんかどうでもいいことだよ!」  SMAP解散報道が出てからというもの、週刊誌やスポーツ紙を中心に、いわゆる“犯人探し”が盛んにされてきた。誰と誰の仲が悪く、誰が解散を言いだしたのか。黒幕は誰だ、悪いのは誰だと――。  何かというと、白黒をつけたがる世の中。けれど、その「判定」にどれだけ意味があるというのか?  いま大事なのは、この状況を受け止めた上で前に進むことだ。  タモリは故・赤塚不二夫への弔辞で、このように言っている。 「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えを、あなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と」  SMAPはどんなに苦境に立たされても、テレビを武器に、常に前向きでポジティブな表現を続けてきた。それこそがアイドルだと、身をもって示していた。ならば、僕らもどんなにツラくても、彼らの決断を前向きに捉えなければならない。そうすればきっと、彼らはまた僕らに“奇跡”を見せてくれるはずだ。 「判定」を拒否したタモリは、5人全員に贈り物を用意していた。  それは五角形のスター。  一角だけでも欠けたら壊れてしまう。そこに込めた想いは、痛いほど彼らに伝わっているだろう。 「これはヤバイな……」  香取慎吾はそうつぶやいて、その星を掲げた。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

松本人志が作る『ドキュメンタル』という新しい“笑いの戦場”

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『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』
「お断りします」  招待状を受け取ったブラックマヨネーズの小杉竜一は、困惑しながらそう言った。  差出人は松本人志だ。 「松本さんの頭脳で考えたものにこんな感じで入ったら俺、死んでしまいますわ!」  また松本人志が新たに動き始めたのだ。  漫才では『M-1グランプリ』、コントでは『キングオブコント』、大喜利では『IPPONグランプリ』、フリートークでは『人志松本のすべらない話』……と、松本は笑いのそれぞれのジャンルで頂点を決する舞台を作ってきた。  それはいずれのジャンルにもプレイヤーとして精通し、その頂点を極めている説得力があるからこそ、なし得ているものだ。  だが、個人の笑いの総合力を測る舞台は用意されていなかった。  突飛な発想力のボケと、鋭い言葉のセンスや天然ボケ。それらに対する瞬時のツッコミ……。すべて「笑い」だが、種類はまったく違う。したがって、それを得意とする人もたいてい別々だ。  だから、当然、その優劣を測定するすべもなかったのだ。けれど、ついに松本は、そんな笑いの総合力を競い合える場を作り上げたのだ。  それが、Amazonプライムビデオで始まった『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』(全4話/毎週水曜 新エピソード更新)だ。Amazonプライム会員への独占配信である。総合演出は『ダウンタウンのごっつええ感じ』や『一人ごっつ』、『笑う犬の生活』(いずれもフジテレビ系)などを手がけた小松純也。さらに演出には『PRIDE』中継などで「煽りVアーティスト」の異名を取った佐藤大輔が名を連ねている。その結果、ネット番組にありがちな安っぽさとは無縁。適度な緊張感が維持され、荘厳にセットからバカバカしさが醸し出されている。  タイトルの『ドキュメンタル』とは「ドキュメンタリー」と「メンタル」の造語。つまり「メンタル」こそが、この新たな戦場で重要になるということが示唆されている。 「小学校からずっと笑いのことを考えてきて、その成れの果て」だと松本が言う『ドキュメンタル』のルールは、以下のようなものだ。  密閉された空間に、10人の芸人たちが集まり、そこで笑わせ合う。笑わせる方法もタイミングも自由だ。トークでもボケでも、持ち込んだ小道具を使ってもいい。もちろん、相手の言動にツッコミを入れて笑わせてもいい。相手を笑わそうと思った言動が呼び水となって、その相手のリアクションで笑ってしまうなんてことも起こり得るだろう。  これを松本は「無法地帯」と表現した。 「もしかしたら一番シンプルで、ホントに一番面白いやつを決めるには適しているんじゃないか」と。  制限時間は6時間。その間、決められたエリアの中でなら、飲食や喫煙はもちろん、風呂までもOK。そして、最後まで笑わなかった芸人が優勝だ。賞金は1,000万円。しかし、この番組には参加費がかかる。100万円だ。つまり、10人から集められた参加費を優勝者が総取りできる。  すでにテレビでブレークしている芸人はともかく、100万円は大金である。妻子がいる場合は、なおさらだ。芸人仲間や吉本興業に借金をしてなんとか工面する者から、「(薬の)人体実験をやって金を作った」という者まで、さまざま。もちろん、小杉のように断った者もいる。断るのもまた自由なのだ。  そうして集まったのが、宮川大輔、ダイノジ・大地洋輔、とろサーモン・久保田和靖、FUJIWARA・藤本敏史、野性爆弾・くっきー、トレンディエンジェル・斎藤司、天竺鼠・川原克己、東京ダイナマイト・ハチミツ二郎、マテンロウ・アントニー、そしてジミー大西である。  松本は、お笑い芸人の世界を「ジャングル」に喩え、「いろいろな猛獣がいる」と評したが、まさにキャリアも芸風もまったく違う、一癖も二癖もある10人だ。ジミーが登場した時の、ほかの9人のどよめきはすごかった(ちなみに、登場とともに松本がその人物に対して行う、「板尾創路の系譜<川原>」「笑いの能力が高い<宮川>」といった寸評も興味深い)  このメンツをひとつのルールで競わそうと思ったら、確かに『ドキュメンタル』のように「無法地帯」で、ただ相手を笑わせたら勝ちというルールしかないだろう。  たとえば、藤本のガヤ的なツッコミは、ネタの賞レースでは評価されにくいが、このルールでは強力な武器になりそうだ。だが、藤本に限らず、笑いの精鋭たちの多くには共通する“弱点”がある。  それは“ゲラ”だということだ。すぐ笑ってしまう。相手を笑わすことに長けた人間は、笑いどころに敏感である。ちょっとした相手の言動に、普通では気づかないおかしみを察知してしまうのだ。だからこそ、それをツッコんだり、ボケに転用できたりするのだが、このルールでは、笑ってしまったら、その時点で失格だ。  実際、開始十数秒で、ほとんどみんなが笑ってしまい、一度仕切り直しになってしまったほど。そこに難しさと面白さがある。  たった一度笑っただけで、100万円という大金が奪われてしまう過酷な精神状態の中で、本当に笑ってしまう笑いとはどんなものなのか? おそらく、大きなボケよりも、なにげないちょっとしたことではないかと予想するが、果たしてそうなるのか? 「テレビでは視聴率は取れない、伝わらないだろう」と松本は言う。Amazonプライムビデオという限定された場所で、戦う場所も密閉された空間だ。だからこそ、笑いがいかに奥深く、そして幅広い自由なものであるか証明されるはずだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

激しい会話劇『黒い十人の女』で見せる、天才・バカリズムのロジック

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『黒い十人の女』読売テレビ
「全員狂ってるよ」  そこに集まったのは10人の女たち。テレビプロデューサー・風松吉の9人の愛人と、ひとりの妻である。つまり風は“10股”しているゲス野郎なのだ。  集まった10人を前に、ひとりの愛人が口を開く。 「一緒に風を殺さない?」  もともと『黒い十人の女』は市川崑が監督し、船越英二が主演した昭和の名作映画である。これを、お笑い芸人・バカリズムが脚本を担当してリメイクしたのが、ドラマ版『黒い十人の女』(日本テレビ系)だ。  主人公・風松吉を演じるのは、映画版で演じた船越英二の息子・船越英一郎。これ以上ないキャスティングだ。なんでこんな中年のオッサンがモテるのかわからない。けど、なんかわかる、という絶妙なラインを演じている。  だが、リメイクといっても、主人公が10股をしていて、彼への殺害計画が持ち上がるという大まかな設定以外は、ほぼ完全オリジナル。もちろん、舞台は現代。バカリズムらしく、コメディが基調になっている。 “愛人歴”が最も長いのは、水野美紀演じる舞台女優・如野佳代。彼女が所属する劇団「絞り汁」は、“芸術性”を言い訳に、つまらない芝居を長時間見せるような集団だ。とにかくこの佳代というキャラクターは、ウザくてダサい。そんな小劇団にもかかわらず、実力派女優気取り。風のコネで、ドラマでエキストラ同然の役をもらっても、主役級の振る舞い。デリカシーが皆無なのか、愛人たちを引き合わせ、「愛人同士仲良くしよう」と提案する。「悪いのは全部、風なんだから」と。  しかし、同じ愛人である以上、恋敵。うまくいくはずがない。頻繁にほかの愛人たちと口論になり、そのたびに水やカフェオレなどを顔にぶっかけられる。  だが、彼女が愛人同士仲良くしようとしていたのは、実は風を一緒に殺そうとしていたからだったのだ。  このドラマ版では、たびたび登場人物同士が議論するシーンが登場する。「不倫は本当にいけないことなのか?」「いけないとしても、本当に別れないといけないのか?」などなど。  これは、バカリズムのコントを想起させる。たとえば「俺の斧」というネタがある。斧を落としてしまったきこりが、川から出てきた女神に「あなたの落としたのは金の斧? それとも銀の斧?」と問われ、正直に答えたら金の斧をもらえたというイソップ童話『金の斧』をモチーフにしたものだ。  バカリズムが扮するのは、この童話の最後にわざと斧を落として金の斧をもらおうとするきこりを思わせる男。童話では「金の斧を落とした」とウソをつくきこりにあきれ、何も渡さなかった。そこから、このコントは始まる。 「待って待って、帰るんですよね?」と、女神を呼び止めるバカリズム。「俺の斧は返してください」と。ウソをついた罰で返さないと主張する女神に「罪と罰のバランスおかしくないですか?」と、バカリズム節が始まっていく。そもそも、なぜ自分がウソをついていると言いきれるのか? それは、女神が自分で金の斧を用意したからだ。にもかかわらず、さも自分のものではないかのように、どれを落としたかと問うことも立派なウソではないか? どんな理由があろうともウソは罪だというならば、女神こそ罪を犯している。女神はそれを必要悪だと言うが、自分はこれまで犯罪歴はなく、他人を苦しめてきたわけではない。そんな自分を懲らしめるのは必要悪とは到底言い難く、ただの悪である。言うなれば、他人の斧を奪う強盗未遂。犯罪だ。だから自分には賠償を受ける権利がある、と女神を言い負かし、金の斧と銀の斧、果てはそれを入れる手提げ袋を女神から奪い取るというネタだ。  理路整然と矢継ぎ早に並び立てることにより、屁理屈もそうとは見えず、ついには常識を覆していく、バカリズムの真骨頂だ。  そうした会話劇が、このドラマの至るところで展開されていくのだ。  そして、それが最高潮に達したのが、第8話(11月17日放送)だ。この回は、ほぼ全編がワンシチュエーションの会話劇。佳代が10人の女を集め、風の殺害計画を語るのだ。  もちろん、それを聞いたほかの愛人たちは、その突拍子もない申し出に、最初は戸惑う。ここから、佳代はそれまでのウザくてダサい、言うなれば「バカ」キャラから一変。その仮面を脱ぎ捨て、バカリズムが憑依したような理論派へと変貌する。  まずは「殺す殺さないかは別にして、風がこの世からいなくなるのはどうか?」と問う。戸惑いながら、「いなくなってくれたらいい」と口々に言う愛人たちに、「だったら、それは自分が殺すのは嫌」ということだと言い、その「嫌」の理由をひとつひとつ解きほぐしていく。  やはり最初に問題になるのは、殺人は犯罪だということ。つまり「罰への恐怖」だ。だったら、完全犯罪ならばどうかと。具体的にそのやり方を指南する。  それでも「自分が殺すこと自体が怖い」と「罪への恐怖」を主張する愛人たちに、佳代は論理的に説得していくのだ。 「風がやってきたのは、10人の女の人生を狂わせる行為」 「言ってみれば10人分の殺人」 「殺さないと、私たちの人生が今後も狂わされ続ける。あくまでも、自分の人生を守るための手段にすぎない」 「ある意味、正当防衛だ」  確かにそうだ、と思わせてしまうのが、バカリズムのスゴいところであり、怖いところだ。  そんな中で浮き彫りになるのは、被害者意識で塗り固まった人も、加害者であるという事実。そして、その加害者意識を最後まで隠す者のズルさだ。全員が被害者であるのと同時に、加害者でもある。まさに「全員狂ってる」のだ。  しかし、ここで単純に全員が納得して殺害に同意する話にしないのが、天才・バカリズムたるゆえん。バカリズムの手のひらで踊らされるように、最後に思わぬ大どんでん返しで、ほぼ全編をかけたこの議論をすべて台無しにする、ある展開が起きる。  それは、積み重ねた理論をいっぺんに無意味なものにするパワーを持つ感情を呼び起こすのだった。  天才・バカリズムが周到に用意したのは、激しい感情の前では、精緻な理論はなんの意味も持たないというロジックだったのだ。  理論 vs 感情の果てに、いよいよドラマはクライマックスに突入する。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

『ドラクエ』vs『F.F.』が実現? 『勇者ヨシヒコと導かれし七人』が挑む冒険

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『勇者ヨシヒコと導かれし七人』テレビ東京
 『ドラゴンクエスト』と『ファイナルファンタジー』といえば、日本のコンピューターゲーム界における2大RPGだ。  ライバルである2つの世界観が相まみえると、どうなるか?  そんな夢の対決が実現した。ドラマで。  それが『勇者ヨシヒコと導かれし七人』(テレビ東京系)の第3話である。このドラマは2011年から始まった「勇者ヨシヒコ」シリーズの第3弾。数々の深夜ドラマを手がけてきた福田雄一が演出・脚本を担当する「予算の少ない冒険活劇」コメディである。 「予算の少ない」と銘打っているだけに、登場するモンスターが張りぼてやぬいぐるみだったり、突然、雑な紙芝居風のアニメになったりとチープ。  だが、「協力」として『ドラゴンクエスト』の発売元、スクウェア・エニックスがクレジットされており、モンスターの絵柄がそのままだったり、BGMもまったく同じだったりと、半ば公認の『ドラゴンクエスト』パロディが展開されている。  主人公のヨシヒコ(山田孝之)も、職業は「勇者」。その仲間であるパーティは、「戦士」ダンジョー(宅麻伸)、「魔法使い」メレブ(ムロツヨシ)、そして「村の娘」ムラサキ(木南晴夏)だ。  彼らは仏(佐藤二朗)に導かれ、集められた。今シリーズは「魔王」を倒すため、オーブを持つ運命の7戦士を集めていくというシナリオだ。  第1話では菅田将暉、第2話には片岡愛之助や滝藤賢一と、毎回のように思わぬ大物ゲストが登場するのも魅力のひとつ。村中の人たちがゾンビになってしまった第2話では、ゾンビ化する仲間たちをよそに、ヨシヒコは「ミギー」ならぬ「ヒダリー」という“寄生獣”っぽいものが左腕に寄生する。そういったパロディ満載のドラマなのだ。  そして、第3話では、渡辺いっけい扮する盗賊などとの戦いで、HPがわずかの瀕死の状態になってしまったため、村に戻ろうとするも、たどり着く直前にモンスターに遭遇するという“RPGあるある”が展開される中、突然、「ルーラ」的力で一行はどこか見知らぬ土地に飛ばされてしまう。  その村の入り口には、「エフエフの村」という看板が掲げられている。どこかオシャレ感の漂う、いつもとは違う雰囲気の村。  そこで一行は、長身で細身のスタイリッシュなイケメンに出会う。明らかに『ファイナルファンタジー』的な主人公の風貌だ。 「ヴァリーだ」と自己紹介する男(城田優)。 「バリーではなく、唇をかんでヴァリーだ」 と、名前へのこだわりもハンパない。彼は、自分のアジトにヨシヒコたちを連れて行き、仲間を紹介する。 「モンク」「白魔道士」「黒魔道士」という聞き慣れない職業を名乗る彼らに困惑するムラサキたち。「モンク」が「武闘家」と同じだとわかると、「武闘家は武闘家でよくねえ?」と悪態をつく。  彼らが話している間にも、ヨシヒコはアジトにあるツボや樽の中を確認するために割り始め、ヴァリーたちに「ええー! なんでぇ?」と驚かれる。 「ヨシヒコ、ここは明らかにルールが違うようだ」 というメレブの声も無視し、引き出しも勝手に開ける。もちろんこれは『ドラクエ』の勇者たちが勝手に村人の家のものを壊してあさることへのパロディだ。  それでも一緒に戦うことになった一行は、モンスターたちに遭遇。 「隊列を組め!」  ヴァリーの号令とともに、斜め2列になる一行。 「なんでこんな斜めのところで戦わなくてはいけないんだ?」  ヨシヒコが疑問をぶつけるが、ヴァリーは当たり前のように言う。 「ここでは、こういう感じなんだ」  モンスター側の攻撃で、そのダメージが数字になって表れると、「なんだ、今の数字は?」と、ヨシヒコはいちいちパニックになるのだった。  さらに異世界に飛ばされると、バカでかいモンスターにバカでかい武器で戦うモンスターをハントするような世界に足を踏み入れたり、勇者だけがどこかへ飛ばされ戻ってきたと思ったら、全身モザイク処理。モザイク越しには赤い帽子にモジャモジャのヒゲ、青いつなぎに赤シャツというどこかで見慣れた風貌になっているのがわかってしまうのだが、ヨシヒコは意に介さず興奮気味に言う。 「素晴らしい世界なんです。ちょいとジャンプするだけで、お金がどんどん入ってくる。苦労して魔物を倒さず、キノコやらカメを飛び越えて、柱にしがみつくだけでいい」  メレブが「それ以上言うな」と制するも、ヨシヒコはさらに続ける。 「カートでレースなどもできて、とてつもなく楽しい」  もう、やりたい放題である。  最後には仏が登場し、「主役の自覚を持てよ!」とヨシヒコを叱責。 「そういうチャレンジはさ、プロデューサーが苦しむだけだからさぁ」と愚痴ると、ムラサキが「でも『F.F.の村』は普通に行けたぜ」と疑問を挟む。 「その理由はゲーム通の人はわかっているから、ここでいちいち説明しません!」 『ドラクエ』のポップさと『F. F.』のスタイリッシュさは、相いれないものだ。だが、パロディドラマの中でなら、融合することができる。その世界にどっぷり漬かっていると気づかない、あるいはなかったものとされる違和感を、パロディはあぶり出す。だから世界観が違えば違うほど、そのズレが笑いを生んでいく。 『勇者ヨシヒコ』シリーズは、パロディにパロディを重ね、いつの間にか『ヨシヒコ』的としか言いようのない世界を作り出した。そしていまや、その『ヨシヒコ』的世界までも、パロディの対象にし始めたのだ。  深夜ドラマという予算の限られたフィールドで、どこまで自由に遊べるか――。そこへの戦いこそが『勇者ヨシヒコ』シリーズの冒険なのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

「日7戦争」勃発! “負け戦”必至のTBS『クイズ☆スター名鑑』の戦い方

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『クイズ☆スター名鑑』TBSテレビ
 いよいよ“日7戦争”が始まった。  今秋から、日曜午後7時台のテレビは、かつてないほどの激戦区となる。  これまで視聴率的に“絶対王者”に君臨していたのは、日本テレビ系の『ザ!鉄腕!DASH!!』。『笑点』から始まり、『世界の果てまでイッテQ!』『行列のできる法律相談所』へと連なる鉄壁のラインナップは、視聴率を支えるファミリー層に絶大な強さを誇る。  その強力な相手に、単独で応戦してきたのが、テレビ東京系の伊藤隆行による『モヤモヤさまぁ~ず2』だ。  そして、10月からテレビ朝日系では、加地倫三の『アメトーーク!』がゴールデンと深夜の2本立てになって登場。さらに、TBS系では、藤井健太郎による『クイズ☆タレント名鑑』が『クイズ☆スター名鑑』と名前を変えて奇跡の復活。  王者『鉄腕!DASH!!』に、各局のお笑い番組のエーススタッフが挑む、という構図ができあがった。  ちなみにフジテレビでは、やや遅れて11月から古舘伊知郎のバラエティ番組レギュラー復帰作となる『フルタチさん』がスタート。Eテレでは、先日『24時間テレビ』(日本テレビ系)の真裏で、「感動ポルノ」批判で話題を呼んだ『バリバラ』もあるという充実っぷりだ。  この“日7戦争”が開戦となったのが、『アメトーーク!』『スター名鑑』がスタートした10月16日だ。  どちらの番組も初回に弾みをつけようと2時間スペシャルを組む中、迎え撃つ王者・日テレも容赦がない。『鉄腕!DASH!!』と『イッテQ』の合体スペシャル「はじめての交換留学」と題したコラボ企画をぶつけてきたのだ。  一方の『モヤさま』も、2時間半スペシャルで番組アシスタントを務めてきた狩野恵里アナの卒業、そして注目された次期アシスタントの発表という目玉を用意した。 『アメトーーク!』の2時間スペシャルは、「芸人体当たりシミュレーション」と「ついつい食べ過ぎちゃう芸人」という、これまでのゴールデンスペシャルでも鉄板の人気企画。  そんな中、『DASH×イッテQ』や『アメトーーク』よりも数分早く、18時55分に放送が開始された『スター名鑑』。ここはその数分で少しでも視聴者をくぎづけにし、奪いたいところ。そこで『スター名鑑』が投入したのは、まさかのベン・ジョンソンだった。  どう見ても、数字を持っているとは言い難いドーピング男である。この不可解ともいえる人選のオープニング。しかし、『クイズ☆タレント名鑑』ファンは歓喜した。 『スター名鑑』の前身は、前述の通り『クイズ☆タレント名鑑』だ。約4年半前にあえなく終了したが、ファンからは熱烈な支持を受けた番組だ。  2010年8月からレギュラー放送が始まり、「日本一下世話なクイズ&バラエティ」を自称したこの番組は、「クイズ」を隠れみのに、隅々まで悪意をまぶし、悪ふざけの限りを尽くした。この『クイズ☆タレント名鑑』が日曜夜8時という完全なるゴールデンタイムに放送されていること自体が、それだけで「今もテレビは面白い!」と胸を張れるものだった。  だが、ファンの熱狂とは裏腹に、視聴率は決して高いわけではなかったため、正直言って、番組ファンもいつ誰かの逆鱗に触れて終わってもおかしくないと思っていた。  そして、2012年1月。ついに終了が発表された。  その“大役”を結果的に担ったのが、ベン・ジョンソンだったのだ。230メートル先の本殿を目指して一斉に男たちが走りだし、先着3名だけが「福男」の称号を得られ、「福」が訪れるという「福男選び」。  番組では「福男チャンス」と題して、山田勝己、ダンテ・カーヴァー、そしてベン・ジョンソンという3人の刺客を「福男選び」に送り込んだ。クイズ優勝チームが賞品獲得を懸けて、誰が「福男」になるかを当てるクイズ企画だった。  しかし、あえなく3人は「福男」となることができなかった。 「3人のふがいない走りにより、2012年の『タレント名鑑』に福が舞い込むことはなかった」  そんなナレーションとともに、『タレント名鑑』の終了が発表されたのだ。 「ベン・ジョンソンのせいで……」 というテロップ付きで。 「打ち切り」の発表にまで、笑いと悪意をねじ込む徹底っぷり。そこに『タレント名鑑』の神髄があった。  だから、復活スペシャルのオープニングは、ベン・ジョンソンでなければならなかったのだ。  こうした『タレント名鑑』や、終了から復活までの4年間で藤井が手掛けた『テベ・コンヒーロ』や『Kiss My Fake』などから継承された“ネタ”が、本編でも随所に登場。もちろんこれらは、長く番組を見れば見るほど気づき、楽しめるものだ。だが、それに気づかなくても、ちゃんと面白い。  藤井は自著『悪意とこだわりの演出術』(双葉社)の中で「『わからなくても成立するけど、わかったらもっと面白い』要素がありつつ、その中に引用やオマージュが多く入っているのが僕の作りの好み」と書いている。また、「気づかなくても楽しめるけど、気づけば気づいた人にだけ楽しめるモノを用意しておく。そんな奥行きのようなモノを少し意識しています」とも明かしている。 『スター名鑑』は、まさにその「奥行き」が深い番組だ。  今のバラエティ番組の主流は、“親切さ”最優先。「ながら見」でも途中から見ても、視聴者が理解できるようにきめ細かい工夫がされている。もちろん、それは視聴者を楽しませるという観点でも、視聴率を獲るという観点でも正しいアプローチだろう。  だが、そればかりではつまらない。  毎週見ていないと置いていかれるから、食い入るように見る。そんな番組こそ、僕たちは見たいのだ。ベン・ジョンソンが福男にリベンジしても、早坂好恵の名前がやたら出てきても、ボビー・オロゴンが米俵を抱えて走っても、クイズなのに「予約」がある、意味不明なシステムがあっても、視聴率は上がらないだろう。犯罪者や前科者の名前が頻出したり、気まずい空気の不穏で怖い映像を流しても、クレームのリスクが高まるだけかもしれない。だけど、ここでしか味わえない面白さがあふれている。  本来、バラエティ番組は、「面白さ」こそが最優先されるべきものだったはずだ。視聴率的には“負け戦”かもしれない。けれど、だからこそ「面白さ」だけを追求するのが『スター名鑑』の戦い方だ。  終了から4年半。前フリは十分すぎるほど効いている。  いよいよ、面白いだけの“クソ番組”が帰ってきた! (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

「日7戦争」勃発! “負け戦”必至のTBS『クイズ☆スター名鑑』の戦い方

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『クイズ☆スター名鑑』TBSテレビ
 いよいよ“日7戦争”が始まった。  今秋から、日曜午後7時台のテレビは、かつてないほどの激戦区となる。  これまで視聴率的に“絶対王者”に君臨していたのは、日本テレビ系の『ザ!鉄腕!DASH!!』。『笑点』から始まり、『世界の果てまでイッテQ!』『行列のできる法律相談所』へと連なる鉄壁のラインナップは、視聴率を支えるファミリー層に絶大な強さを誇る。  その強力な相手に、単独で応戦してきたのが、テレビ東京系の伊藤隆行による『モヤモヤさまぁ~ず2』だ。  そして、10月からテレビ朝日系では、加地倫三の『アメトーーク!』がゴールデンと深夜の2本立てになって登場。さらに、TBS系では、藤井健太郎による『クイズ☆タレント名鑑』が『クイズ☆スター名鑑』と名前を変えて奇跡の復活。  王者『鉄腕!DASH!!』に、各局のお笑い番組のエーススタッフが挑む、という構図ができあがった。  ちなみにフジテレビでは、やや遅れて11月から古舘伊知郎のバラエティ番組レギュラー復帰作となる『フルタチさん』がスタート。Eテレでは、先日『24時間テレビ』(日本テレビ系)の真裏で、「感動ポルノ」批判で話題を呼んだ『バリバラ』もあるという充実っぷりだ。  この“日7戦争”が開戦となったのが、『アメトーーク!』『スター名鑑』がスタートした10月16日だ。  どちらの番組も初回に弾みをつけようと2時間スペシャルを組む中、迎え撃つ王者・日テレも容赦がない。『鉄腕!DASH!!』と『イッテQ』の合体スペシャル「はじめての交換留学」と題したコラボ企画をぶつけてきたのだ。  一方の『モヤさま』も、2時間半スペシャルで番組アシスタントを務めてきた狩野恵里アナの卒業、そして注目された次期アシスタントの発表という目玉を用意した。 『アメトーーク!』の2時間スペシャルは、「芸人体当たりシミュレーション」と「ついつい食べ過ぎちゃう芸人」という、これまでのゴールデンスペシャルでも鉄板の人気企画。  そんな中、『DASH×イッテQ』や『アメトーーク』よりも数分早く、18時55分に放送が開始された『スター名鑑』。ここはその数分で少しでも視聴者をくぎづけにし、奪いたいところ。そこで『スター名鑑』が投入したのは、まさかのベン・ジョンソンだった。  どう見ても、数字を持っているとは言い難いドーピング男である。この不可解ともいえる人選のオープニング。しかし、『クイズ☆タレント名鑑』ファンは歓喜した。 『スター名鑑』の前身は、前述の通り『クイズ☆タレント名鑑』だ。約4年半前にあえなく終了したが、ファンからは熱烈な支持を受けた番組だ。  2010年8月からレギュラー放送が始まり、「日本一下世話なクイズ&バラエティ」を自称したこの番組は、「クイズ」を隠れみのに、隅々まで悪意をまぶし、悪ふざけの限りを尽くした。この『クイズ☆タレント名鑑』が日曜夜8時という完全なるゴールデンタイムに放送されていること自体が、それだけで「今もテレビは面白い!」と胸を張れるものだった。  だが、ファンの熱狂とは裏腹に、視聴率は決して高いわけではなかったため、正直言って、番組ファンもいつ誰かの逆鱗に触れて終わってもおかしくないと思っていた。  そして、2012年1月。ついに終了が発表された。  その“大役”を結果的に担ったのが、ベン・ジョンソンだったのだ。230メートル先の本殿を目指して一斉に男たちが走りだし、先着3名だけが「福男」の称号を得られ、「福」が訪れるという「福男選び」。  番組では「福男チャンス」と題して、山田勝己、ダンテ・カーヴァー、そしてベン・ジョンソンという3人の刺客を「福男選び」に送り込んだ。クイズ優勝チームが賞品獲得を懸けて、誰が「福男」になるかを当てるクイズ企画だった。  しかし、あえなく3人は「福男」となることができなかった。 「3人のふがいない走りにより、2012年の『タレント名鑑』に福が舞い込むことはなかった」  そんなナレーションとともに、『タレント名鑑』の終了が発表されたのだ。 「ベン・ジョンソンのせいで……」 というテロップ付きで。 「打ち切り」の発表にまで、笑いと悪意をねじ込む徹底っぷり。そこに『タレント名鑑』の神髄があった。  だから、復活スペシャルのオープニングは、ベン・ジョンソンでなければならなかったのだ。  こうした『タレント名鑑』や、終了から復活までの4年間で藤井が手掛けた『テベ・コンヒーロ』や『Kiss My Fake』などから継承された“ネタ”が、本編でも随所に登場。もちろんこれらは、長く番組を見れば見るほど気づき、楽しめるものだ。だが、それに気づかなくても、ちゃんと面白い。  藤井は自著『悪意とこだわりの演出術』(双葉社)の中で「『わからなくても成立するけど、わかったらもっと面白い』要素がありつつ、その中に引用やオマージュが多く入っているのが僕の作りの好み」と書いている。また、「気づかなくても楽しめるけど、気づけば気づいた人にだけ楽しめるモノを用意しておく。そんな奥行きのようなモノを少し意識しています」とも明かしている。 『スター名鑑』は、まさにその「奥行き」が深い番組だ。  今のバラエティ番組の主流は、“親切さ”最優先。「ながら見」でも途中から見ても、視聴者が理解できるようにきめ細かい工夫がされている。もちろん、それは視聴者を楽しませるという観点でも、視聴率を獲るという観点でも正しいアプローチだろう。  だが、そればかりではつまらない。  毎週見ていないと置いていかれるから、食い入るように見る。そんな番組こそ、僕たちは見たいのだ。ベン・ジョンソンが福男にリベンジしても、早坂好恵の名前がやたら出てきても、ボビー・オロゴンが米俵を抱えて走っても、クイズなのに「予約」がある、意味不明なシステムがあっても、視聴率は上がらないだろう。犯罪者や前科者の名前が頻出したり、気まずい空気の不穏で怖い映像を流しても、クレームのリスクが高まるだけかもしれない。だけど、ここでしか味わえない面白さがあふれている。  本来、バラエティ番組は、「面白さ」こそが最優先されるべきものだったはずだ。視聴率的には“負け戦”かもしれない。けれど、だからこそ「面白さ」だけを追求するのが『スター名鑑』の戦い方だ。  終了から4年半。前フリは十分すぎるほど効いている。  いよいよ、面白いだけの“クソ番組”が帰ってきた! (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

地獄のような空気が漂う『水曜日のダウソタウソ』に見る、藤井健太郎「地獄の軍団」の真髄

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『水曜日のダウンタウン』TBSテレビ
「若林は、歌ヘタくそやもんね」 「そうなんですよ、すごい透明感あるなと思って。隣に“奇跡の歌声”いますからね」  そうオードリー若林正恭が振ると、すかさずハリセンボン近藤春菜がお決まりのフレーズを言う。 「いや、スーザン・ボイルじゃねーわ!」  さらに、宮川大輔が「あれ、ギターは?」と追随。 「いや、サンボマスターでもねーわ!」  そのやりとりに「あははは」と笑う浜田雅功。あえてキョトン顔をする松本人志。  そして、松本が口を開く。 「浜田のそっくりさんが、浜田の嫁に電話するとかはどう? 『こいつ、女いるで』って」 「やめろ! そこは……そこはアカン言うてるやろ!」  すごむ浜田に、松本が「よかった、この距離で」と、大げさにおびえる。その姿に、浜田が「ニャハハハ」と笑う。  文字で見ると、よく見る鉄板のやりとりだ。  だが、実際の映像では、猛烈に違和感がある。“間”がなんだかおかしく、流れが悪いから、地獄のような空気が漂っている。  なぜなら、それを演じているのがすべて、モノマネ芸人だからだ。  これは、9月21日放送の『水曜日のダウソタウソ』(TBS系)の一幕。『水曜日のダウンタウン』ではない。「ダウソタウソ」だ。ラテ欄には「今日は『水曜日のダウンタウン』は休止で……『水曜日のダウソタウソ』をお送りします」とある。番組名が変わっているので、録画機によっては毎週録画の設定も解除されてしまう。総合演出・藤井健太郎率いる「地獄の軍団」(番組で、出演者らにそう呼ばれている)は、視聴者を、いや録画機までも混乱に陥れる“いたずら”を仕掛けてきたのだ。  司会はもちろん、ダウンタウンのそっくりさんのダウソタウソ。プレゼンターには、宮川大輔のそっくりさんの宮川大好。パネラーには、若林や近藤、キャイ~ンウド鈴木、そして松田聖子のそっくりさんが並ぶ。オープニング曲なども、なんだかいつもとテンポや曲調がアレンジされている(ちなみに音楽担当はPUNPEE「パンピー」だが、今回のエンドロールではちゃんと「パソピー」とクレジットされていた。細かい!)。番組のロゴも、ちょっとだけ変わっている。  番組全体に、絶妙なパチもん感が漂っている。喩えるなら、中国のディズニーランドそっくりなテーマパーク「石景山遊楽園」を見ているときの居心地の悪さだ。  番組の流れは“本家”と同じ。プレゼンターがある“説”を提唱し、それをVTRで検証する。  この日、宮川大好が提唱した説は「水曜日のダウンタウン モノマネ芸人に頼りすぎ説」である。  そこから、検証VTRとして、「有名人の身内 気をつけないと悪いモノマネ芸人に オレオレ詐欺でだまされる説」「野球モノマネ芸人 リアルにバッティングうまい説」「歌うま外国人なら日本人アーティストのモノマネもうまい説」、そして謎の感動を呼ぶ名作「ものまねショーに本人がそっくりさんとして出ても、意外と気づかれない説」など、過去に『水曜日のダウンタウン』でモノマネ芸人が登場した説を振り返っていく。  もう、お気づきだろう。    これは、説立証に見せかけた『水曜日のダウンタウン』の総集編である。  番組改編期などには、多くのバラエティ番組が総集編を放送する。出演者やスタッフを休ませる、という意味合いもあるのだろう。だから、普通の番組であれば、ただ過去のVTRを再編集して流すだけだ。気の利いた番組でも、それに出演者のコメントを挟んだり、後日談を挿入したりする程度だろう。  総集編である以上、その番組の中で面白かったシーンがまとめられているので、一定の面白さは保証される。視聴者としても、見逃した面白いシーンを見られるというメリットがあるから、そういうもんだと思って別に文句は言わない。  だが、『水曜日のダウンタウン』は、ただの総集編で終わらせようとはしないのだ。それは、今回に限らない。  たとえば、同局の人気番組『ランク王国』とコラボレーションし、ダウンタウンがパジャマ姿で『ランク王国』の看板キャラ「ラルフ」と“共演”。お決まりのフレーズで、VTRフリなどを行ったりもした(ちなみに番組では、それ以前に「ランク王国のテーマどうでもよすぎる説」を提唱し、番組をイジっている)。  また、別の回では「パー子の笑い声を足したらVTR3割増しで面白くなる説」を提唱。「ロメロスペシャル相手の協力なくして成立しない説」や「大友康平普通にも歌える説」などの、過去の名作VTRに林家パー子のあの笑い声を足すという暴挙。途中から、その笑い声にも、ある仕掛けがあったことが明かされるという遊びまで。確かに、3割増しに、というか、別の意味でも面白いVTRに仕上がっていた。  前述のように、総集編なんて手を抜こうと思えばいくらでも手を抜ける。だが、逆に工夫をしようと思えばいくらでも工夫できてしまうものだ。でも、そんな工夫、普通の番組はやらない。やらなくてもいいことだからだ。けれど、普通はやらないからこそ、それをやったら目立つ。ほかの番組との差別化ができる。  思えば『水曜日のダウンタウン』は、いつもそういったこだわりが細部まで行き届いている番組だ。隙あらば、ふざけてやろう。それも、ほかの番組とは違う切り口で、と。  それこそが、「地獄の軍団」と呼ばれる藤井健太郎チームの真髄だ。  そうした番組の精神が総集編にも、いや総集編だからこそ如実に表れているのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから