
ノリノリで、乙女座シャカのポーズをしてくれた趙さん。その横でスカーレットニードル(蠍座の必殺技)を決める蠍座の安宿(諸事情により背景加工)
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■前編はこちらから)
こんにちは。前回に引き続き、北朝鮮の聖闘士星矢ヲタとの対談です。日頃より、『聖闘士星矢』ファンであることを公言している私。拙書『実録・北の三叉路』(双葉社)のあとがきでも書いた通り、北朝鮮にも『聖闘士星矢』ファンがいるという情報を聞き、一度深く語り合ってみたいと思っていたのですが、このたびついに対面が実現しました。
面会時間が限られていたため、込み入った話はできませんでしたが、後編は北朝鮮の政治体制と思想と絡めて、やや真面目な内容となっております。
表現や言い回しなどは、趙さんの言葉になるべく忠実に再現しました。日本語として不自然な部分もあるかと思いますが、趙さんの熱い思いが伝わればと思います。ファン以外には理解できない表現が多々あり、また趙さん独自の解釈もありますが、何卒ご了承ください。
――ところで、『聖闘士星矢』のように、力によって力を制することは、世界における核抑止力の論理と通じませんか?
趙さん 星矢たちの技は、核兵器には及ばないですよ。(双子座の必殺技ギャラクシアンエクスプロージョンは、銀河の星々を砕く技といわれていますが?)いやいや、比喩に決まってるじゃないですか(笑)。
構図としては同じであろうと、それはセンシティブな問題ですから、別枠で話さないと。複雑な話になりますよ、これは。よく「スーパーマンは善か悪か」という問題が論議されますが、ある個人が地球を破壊するほどの力を持ったとき、善悪にかかわらず、それは存在する価値がないといわれます。ただひとつ言えるのは、わが国が核を保有するのは、自衛のためということです。
――私は、『星矢』には現在の世界の縮図が描かれていると思っています。敵、味方それぞれの正義があり、勝者が少なからず正義を“証明した”と見なされるのは、戦争と同じではないですか?
趙さん 僕は、そうは思いません。戦いにおいても、ちゃんと対話の過程があるし、主人公が属する女神アテナの力は春の日のように「アタタカイ」(日本語で)。絶望の淵に落ちた時に、勇気を与えてくれる力です。一方、敵側は冷たく恨みや憎しみに満ちていて、ポジショニングをするためだけの力です。
僕は当初、主人公のペガサス星矢が嫌いだったんですよ、弱いから。主人公のくせにやられてばかりで、“なんだコイツは?”と思っていたんですが、ピンチになったとき、常に女神や仲間たちから温かい愛の力が流れ込んでくることによって勝利する。ここが、この作品の見どころなんですよね。
――主人公が、決して最強ではないところがポイントであると?
趙さん はい。『ドラゴンボール』もそうですけど、多くの少年漫画は、主人公が宇宙一の戦士になることが最終目的ですよね。でも、『星矢』だけは、主人公が最強であるという描写は最後まで出てきません。ほかの作品のセオリーでいくならば、あの5人(主人公を取り巻く青銅聖闘士)の中ではフェニックス一輝が一番強いのだから、最終局面では彼が出ていかなきゃいけないはず。一輝は、乙女座シャカも認めた男ですから。しかし、一番背も小さくて幼い星矢に、みんなが加勢するんです。個人の力に頼らず、人類または仲間が力を合わせる団結力と自己犠牲の尊さを教えてくれている。同じく、ドラゴン紫龍も自分の目を潰してまで仲間のために戦う。これは、のちの日本の少年漫画に大きな影響を与えたのではないかと思います。
――そんな趙さんが推してる乙女座シャカですが、自己犠牲の精神がまったく感じられませんよね。原作でも、「弱者への慈悲がない」と、自分で認めていますけど。
趙さん でも、シャカはむやみに敵を殺したりしないでしょ! 彼はちゃんと仏教を体現していたから、それでいい。余談ですが、無抵抗を貫いたキング牧師やガンジーも、仏教でいうところの菩薩の愛に近いものがある。イスラム教やキリスト教は服従させるだけの力ですからね(この後、延々と西洋文明批判が続く)。
――私はもちろん、『星矢』は単に戦いだけでなく、思想信条の違いを乗り越えて団結する世界平和の理想形も描いていると思っていますが、黄金聖闘士が、まさしくそれを表していますよね。
趙さん 確かに、黄金聖闘士はそれぞれプライドが高くて、力を合わせて何かをしたことは最後の場面以外、一度もありませんよね。でも、中国のブロガーが「黄金聖闘士が団結したのはたったの一度だけだが、そのせいで全滅した。つまり、団結とは死を意味するのだ」と書いていて、「なるほど!」と思いましたね(笑)。それも一理あるなと。
――そんな黄金聖闘士が久々に復活したスピンオフ『聖闘士星 矢黄金魂』は、ファンにはとてもうれしい作品でしたね。しかし、最後には黄金聖闘士たちは復活することなく、死後の世界に戻っていきました。わかってはいても、やはり残念に思うファンは多いです。
趙さん 僕は、実はそれほど悲しいことだと思っていないんですよ。タイトルに「魂」と打ち出していることがポイントです。重要なのは生き残ることや、肉体や物質として存在することではないんです。魂をもって、ナすべきことをするという一点に尊さがある。しかし、『黄金魂』は寄りの絵はキレイだったのに、引きの絵がどうしようもなかったですね。
――さすが、よく見ておられますね。その件は日本のファンの中でも言われていまして、「制作費の問題では?」という説が挙がっています。
趙さん なるほど、お金がないとクオリティが落ちるのは万国共通ですよね。
――北朝鮮の思想である「主体思想」に、人間には社会的生命と肉体的生命の2つの命が存在するという考え方がありますが、霊魂という概念についても認めているのですか?
趙さん もちろん、われわれの言う霊魂とは、オカルト的な意味ではありません。人々の客観的な記憶に残るという点では霊魂と社会的生命は共通しますが、この2つはまったく違います。社会的生命は主に社会的役割を意味しますが、霊魂はときに肉体的生命よりも重要になり得ます。霊魂は意識の中にしか存在しませんが、重要でなければ、なぜ肉体的生命を操る源になれるのでしょうか?
――それは物質的価値観と、どう関連するのでしょうか?
趙さん 肉体が死ねば個人の意識や記憶は消えますが、誰かが記憶にとどめてくれるし、その中で新たな霊魂として存在できる。自分を記憶する誰かが死に絶えたとしても、どうせ皆等しく死ぬのですから、寂しくありません。そして、霊魂の感じるものを、一瞬一瞬大事にするということです。われわれは、資本主義社会の人々より、持ち物も写真も少ない。だからこそ、生きているうちに意識に焼き付ける一つひとつのものが大切なんです。
――もし北朝鮮で日本のアニメが解禁された場合、『星矢』が受け入れられる可能性はあるでしょうか?
趙さん 人それぞれでしょうけど、いま『星矢』を見ても、理解できる人民は少ないと思います。大ざっぱに言うと、特に舶来のものに対する受け止め方を共有するには、経済が平均的に底上げされる必要があると思います。それは、どの国でも同じだと思いますが……。
――最近の日本のアニメで、知っているものはありますか?
趙さん 友達の影響で『東京喰種(トーキョーグール)』を見ました。テーマは複雑だけど、世界観は単純ですね。人間と、人間を食らう側で、もう設定が明らかですよね。
――『東京喰種』は体を食うことで魂も食らうという、宗教的カニバリズムが根底にあるといわれています。単純な食欲のほかに、愛するがゆえに食らうという。
趙さん いずれにしろ、結局食うじゃないですか。カニバリズムの世界になると思うと、単純にぞっとしますけどね。
筆者の同行者 作品表現として、刺激があっていいのでは?
趙さん 刺激って(笑)。今の若い人は、刺激が好きなんですか? 刺激の何がいいのかわかりません。僕は、静かに音楽を聴いて過ごすのが好きですけど。
筆者の同行者 仏教は動物的本能や欲求から離脱していく過程といえますし、カニバリズムもまた動物的な欲求のひとつです。ベクトル的には、仏教と似ていませんか?
趙さん いやいや(笑)。過程が同じだからといって、結果も同じとは限らないし。その逆もしかりですよ。まあ、時間があったら研究してみましょう。ただ『東京喰種』の作者も、『星矢』をはじめとする日本の昭和の漫画群を見て育ったと思いますので、自己犠牲の精神については影響を受けたと思っています。
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趙さんはほかにも、宮崎駿など日本のアニメ界の重鎮やアニメーターの労働環境にも興味があるようでした。後日、仲介者づてに『聖闘士星矢30周年展』の写真を送ると、たいそう喜んでいました。
●やす・やどろく
ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>