■前編はこちらから
確かにおじさんは、清野家の敷地の一部に勝手に足を踏み入れていたので不法侵入に該当するけれど、この時の横川くんが俺に提案した理由は、おそらく絶対「ただのノリ」だったと思う。
だって「不法侵入」なんて概念自体、なかったし。
横川くんのノリに対して、俺もノリで返した。何故なら当時の俺は、「ショウガクニネンセイ」だったからだ。
そして本当に110番通報した。
通報内容はあまり記憶にないけど、たぶんこんな感じだったと思う。
そしてすぐさまパトカーが到着し、おじさんは問答無用でパトカーに押し込まれた。
俺と横川くんは家から出ずに、小窓から顔を出して「そのおじさんです! 早く捕まえてください!」とか一丁前に指図していたような覚えがある。
パトカーの中で、おじさんは警官に何かを必至に訴えかけるような素振りをしていたけど、内容は全然聞こえなかった。
子どもの一方的な通報……しかも「変だから」というような理由だけで大人が連行される訳ない、とお思いになられる方もいるかもしれないが、80年代は町中に変なおじさんがウジャウジャ生息していて社会問題にもなっていたので、割と簡単に連行されるシステムになっていたのだ。
パトカーが発車しようとした、その時……
一瞬……でも明らかに、おじさんが俺たちのことを、鬼のような形相でにらんだのだ……。
そしてパトカーは、おじさんを連れて、去っていった……。
それにビビッた横川くんは、俺を残してそそくさと帰ってしまった。
その日からしばらくの間、眠れない夜が続いた。
俺の家も俺の顔も完全にバレてしまっていることだし、おじさんが警察から出てきたら絶対復讐される。俺だけじゃなく、お父さんもお母さんも弟も、皆殺しにされる……そう思ったのだ。
しかし、結局おじさんを見ることは、二度となかった……。
境内で向けられた優しい笑顔と、パトカーの窓越しに向けられた恐ろしい顔。
その二つの顔を思い出すと、何故あの時通報なんてしてしまったのだろうと、心底後悔する……。
だから大人になった今の俺は、なるべくホームレスには優しくしようと思っているのだ。
おじさん、この記事読んでますか?
絶対読んでないと思いますけど、もし読んでたら、あの時は通報してすみませんでした!
横川くんもあの後、すごく反省してましたんで!
(文・イラスト=清野とおる)
●せいの・とおる
1980年生まれ。東京都板橋区出身。地元・赤羽に生息する奇妙な人々を生き生きと描いた漫画『東京都北区赤羽』(Bbmfマガジン )が大ヒット中。
Twitter <https://twitter.com/seeeeeeeeeeeeno>
◆「キ○チ○ガ○イと呼ばないで」過去記事はこちらから
『東京都北区赤羽』でおなじみの漫画家・清野とおるによる、悶絶必死の爆笑コラム。
自分で言うのもなんだけど、俺はそこら辺の人たちよりも、ホームレスには優しいほうだと思う。
どんな場面でどういう形で絡まれようとも、絶対に笑顔で応じるし、物品やお金を求められれば喜んで差し出すし。
……でも、その行為は純粋な善意ではなく、過去に自分が犯してしまったある過ちに対する贖罪なのかもしれない……。
小2の時。近所に一人のホームレスのおじさんが出没した。
顔が認識できないほど、髪の毛も髭も伸び放題。ボロボロのジャンパーやズボンの中に拾ったモノをパンパンに詰め込みまくっていたため、筋肉ムキムキの「イエティ」のように見えた。
おじさんと遭遇したら、すぐに家に逃げ帰るほど、当時の俺は彼の存在が怖かった。
ある日、神社で一人で遊んでいた時。
境内に座って、拾い集めたと思われるシケモクを吸っていたおじさんと不意に遭遇し、目が合ってしまった。
俺は恐怖で、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなった。
おじさんは、歯抜けの口を大きく開け、ニタリと俺に微笑んだ。
俺は反射的に、悲鳴を上げてその場を逃げ去った……。
今の俺だったら、好意アリと受け取って、おじさんと「始めてみる」ところだけど、子ども心には好意を向けられたところで恐怖以外の何物でもなかったのだ。
後日、おじさんと遭遇した両親もかなり戦慄気味だったので、子ども心だけでなく、大人心にも十分恐ろしい存在だったと思われる。
ある日、近所に住む悪友の横川くんがうちに遊びにやってきた。
ファミコンをやってる時、腹が減って餓死しそうになったので、食料を買い込むために、駄菓子屋へと馳せ参じることにした。
玄関を開けると、あのおじさんが、俺んちのド真ん前で、シケモク拾いをしていた!!
反射的に、家の中に避難した。
初めておじさんに遭遇した横川くんは、絵に描いたように戦慄していた。
当時の俺には絵心がなかったので、横川くんの絵に描いたような戦慄っぷりを描けなかったけど、今の俺になら描けるぞ!
こんな感じだ!
俺と横川くんは、二階のトイレの小窓から恐る恐るおじさんの様子を伺った。
そして横川くんが、俺にある提案をしてきた。
『東京都北区赤羽』でおなじみの漫画家・清野とおるによる、悶絶必死の爆笑コラム。
小2の時の話。
昼休みに校庭でドッジボールをしようと思い、室井くんと外に出ようとしたところ、下駄箱付近に、一匹のモグラが転がっていた。
モグラなんて、小学生にしてみたら、大人でいうところの河童やツチノコ並みの、UMA的存在じゃないですか。
俺たちは大興奮し、軽くパニックになった。
でも、すぐに見慣れて、飽きてしまった。
作戦会議した結果、モグラを元いた世界……つまり、土の中に帰してあげることにした。
校庭の隅の、木々がちょろっと茂っているエリアに移動し、柔らかめの土の上にモグラを置いた。
モグラと小学生の、心温まる出会いと別れ。
この連載をずっと読んでくれてる方は、「小学生によるモグラ四肢切断の末の惨殺」とか予想されたかもしれないけど、そんなことは決してしませんのである。
……しかし、モグラは穴を掘らず、ぐったりしたままその場に突っ伏している。
陸の魚を早く川に戻してあげなきゃ死んじゃう~、とまったく同じ感覚である。
考えた末、モグラが掘って出てきた「穴」を探して、そこに戻してあげようということになり、手分けして探した。
しかし、「穴」が見つからないまま、チャイムが鳴ってしまった。早いところ教室に戻らないと、先生に怒られてしまう。
やむなく花壇に穴を掘って、そこにモグラを埋めることにした。
やがて下校する頃には、モグラの存在なんて完全に忘れていた。
なにせ当時は、ビックリマンシールやファミコンなど、麻薬的娯楽が多くて、それに比較するとモグラなんて、ねえ……。
ぶっちゃけ、最初のインパクトだけじゃないですか。
数週間後、ふとモグラのことを思い出したので、モグラを埋めた花壇に行ってみることにした。
モグラを生めた埋めたあたりの土から、何か得体の知れない、ミミズに毛が生えたような謎の物体が飛び出しているではないか……。
室井くんがそれを引っ張ったところ、
それは、腐りかけてビッグ異臭を発するモグラの死体の尻尾だった……。
モグラを生きて土に帰してあげられなかったガッカリ感と、モグラから発せられる腐敗臭に、俺たちのテンションは、下がれる限界までとことん下がった。
こんなおもいをさせられるなら、もうにどと、ちじょうにあらわれてほしくないなあと、ぼくはおもいました。
おわり。
(文・イラスト=清野とおる)









































































































































