「まるで宗教団体ビル……」占い師・細木数子の新事務所に地元が大困惑中!

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『六星占術による霊合星人の運命』(ベストセラーズ)
 今年12月下旬、東京の一等地にある人気商店街に、周囲とはまったく溶け込んでいない“キナ臭い外観”のビルが誕生する予定だ。  ビルの前に立てかけてある建築計画によると、そのビルは敷地面積182.70平米、延べ面積537.64平米の4階建て。そして、そのビルこそが、あの占い師・細木数子の新事務所だというのだが、地元からは不安とブーイングの声が上がっているという。芸能関係者が声を潜めて明かす。 「3年くらい前、都内の一等地にあった細木数子の事務所が閉鎖されました。その時の事務所は貸しビルでした。ところが、今度はその目と鼻の先の超一等地に自社ビルで事務所を建築し始めました」  地元の飲食店店主も「悪趣味」と評する建物の外観は、さながら宗教団体のビルのようだという。 「しかも、この場所にはそこそこにぎわっていた居酒屋が入っていたのですが、今年、急に契約解除されたそうです。なぜか、大家さんが契約延長してくれなかったそうで、仕方なく店をたたんだとのことでした。地元では細木サイドが相当な額を大家に渡して、その土地ごと買い取って追い出したのではないかといわれていますよ。いったいいくら積んだのかわかりませんが、立退料とは別に、おそらく土地代だけで2億5,000万円、建物と合わせると4億円はくだらないのでは」(地元の飲食店関係者)  テレビから消えて早7年以上たつ細木だが、表舞台には出ずとも、その経済力はますます強まっているという。 「京都と東京それぞれで、月1回ずつ勉強会が開催されているようです。参加費用は1万円と高額ですが、常に100人以上の人々が集まっているとか。参加者は細木に、“大殺界”や家の方位を占ってもらったり、先祖供養をしてもらったりしているそうです」(芸能記者)  最近は観光客も増えて賑わっているこの商店街に、来年からは細木信者たちが大挙して押し寄せて、街並みが変わりそうだ。

故・島倉千代子さんに合掌──細木数子に“地獄を見せられた”波乱の人生に幕

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「人生いろいろ」(COLUMBIA)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  「東京だよおっ母さん」や「この世の花」のヒットで戦後の歌謡史を飾り、「人生いろいろ」で庶民を励ました島倉千代子さんが、肝臓がんのため死去、享年75歳だった。  島倉さんといえば、決して忘れられないのは、細木数子女史が絡んだ愛人の借金問題だ。ヒット曲を次々に飛ばして大スターだった島倉さんは、1961年にファンが投げたテープが目に当たって失明寸前に陥った。島倉さんの目を救ったのは当時、五反田で眼科医を開業していたM医師だった。失明の危機を救ってくれたM医師は島倉さんにとっては“命の恩人”。ところが、その感情がいつの日にか愛情に変わっていた。  しかし当時、島倉さんは元阪神タイガースの藤本勝巳内野手と結婚していたために、M医師とは不倫関係に陥った。その後、離婚が成立。島倉さんは、晴れてM医師との関係を深めた。  だが、金のなる木をつかんだM医師は眼科以外の事業に手を出して、失敗。振り出した手形が不渡りになって、2億4,000万円という莫大な負債を抱え、蒸発した。すると、手形の裏書をした島倉さんの元には、連日のように暴力団関係の債権者が押しかけ、激しい取り立てをしたという。ショーが終わって新宿コマ劇場の楽屋を出て車に乗ると、暴力団関係者が車のボンネットの上に乗って嫌がらせをするなど、地獄の日々を送った。  そんな時に島倉さんの前に現れたのが、占い師になる前の細木数子女史だった。2人は「ミュージック・オフィス」という事務所を設立。一緒になって、借金を返済してくれるという細木女史は、島倉さんにとって救世主だった。細木女史と組んだのち、大スターだったため、電車の切符の買い方も知らなかった島倉さんは、借金返済のために電車にも乗って働き続けたという。しかし、働けど働けど、借金は減らず。逆に2億4,000万円が12億円の負債に膨らんだという。  いくら世間知らずの島倉さんでも、おかしいと思ったようだ。一説には、細木女史は愛人だった暴力団組長とグルになって、島倉さんを騙していたともいわれた。騙されたことに気がついた島倉さんは当時のコロムビアレコードの会長に泣きついて、借金を肩代わりしてもらい、細木女史と袂を分かったというのだ。  筆者は、この一件について島倉さんに直接取材したが、島倉さんは「細木さんは、一度はお世話になった方。死んでも真相は話しません」と固く口を閉ざした。  それからしばらくたってから、細木女史が占い師としてデビュー。取材に行った筆者は、細木女史の暴力団組長の愛人について質問したところ、「昔だったら、人別帳に載っていない人」と答えたので、それをそのまま掲載したところ、細木女史から「こんな品性下劣な記者に初めて会った」とお叱りをいただいた。その後、占いなどで暴利をむさぼり続けている細木女史には、その言葉をソックリ返したいと思ったものだ。  細木女史に見なくてもいい地獄を見せられながらも、再起して歌い続けた島倉さんに、あらためて合掌! (文=本多圭)