やはり出てきた。 作家の百田尚樹氏が、今年1月に亡くなったやしきたかじんさんの知られざる素顔をつづった著書『殉愛』(幻冬舎)。妻さくらさんとの出会いがFacebookで、交際開始から死ぬまで一度もセックスできなかった話など、衝撃的な話が随所に散りばめられている。 7日にはTBS系『中居正広の金スマスペシャル』で特集され、さくらさんも顔出し出演。しかし、これが後に波紋を広げることになった。 顔出し出演したことで、ネット上の巨大掲示板「2ちゃんねる」の“リサーチ部隊”が、さくらさんの過去を徹底調査。過去に運営していたブログが発掘され、たかじんさんと交際中に、イタリア人男性と結婚していた疑惑が浮上している。 現在は削除されているが、さくらさんはかつて「都会っ子イタリアに嫁ぐ」というタイトルでブログを開設。2010年9月に、年下のイタリア人男性と結婚したとある。その後、11年12月にさくらさんはイタリアから日本に一時帰国し、同年クリスマスにたかじんさんからパーティーに誘われ、交際に発展。以後、イタリアには戻らず、たかじんさんと行動を共に……。 また、このブログの関連リンクからイタリア人夫のTwitterアカウントも発覚。夫は12年1月22日に「長い間、妻と話してない」とツイートしている。たかじんさんが亡くなった直後の今年1月9日にも、夫は「守銭奴とは 金のためだけに動く人間 要するにビッチのこと……」と意味深なツイートを残している。 もちろん真偽は100%定かではないが、削除ブログのキャッシュや顔写真を見る限りは、さくらさんと同一人物である可能性が高い。関係者は「イタリア人の夫と結婚している最中にたかじんさんと交際をスタートし、その後イタリア人夫を捨て、たかじんさんが亡くなる3カ月前に入籍していたということなのでしょうか。『殉愛』では、そのことについてひと言も触れられていない。万が一、これが事実ならこれまでの印象も変わってきますよね。“金目当て”と言われても仕方がないのでは?」と話す。 百田氏はそのことを知っていたのだろうか? そしてさくらさんは、この疑惑にどう答えるのだろうか――。『殉愛』幻冬舎
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『殉愛』の小説家・百田尚樹氏が、バーニングの猛プッシュでテレビ進出へ!?「生放送で大丈夫……?」
今年1月に他界した歌手のやしきたかじんさんの壮絶な闘病生活の真相と、亡くなる3カ月前に極秘結婚していた謎の女性の正体が明らかにされた、ベストセラー作家の百田尚樹氏の新著『殉愛』(幻冬舎)が7日に発売され、同日の一部スポーツ紙やテレビ各局の情報番組で大々的に報じられた。 映画化され大ヒットした、『永遠の0』(講談社)や「本屋大賞」を受賞した『海賊とよばれた男』(同)などの著書で知られる百田氏。『殉愛』は、「メモ魔」だったたかじんさんが残した1,000枚をはるかに超える膨大なメモと、3カ月前に極秘結婚した妻・さくらさんが2年間1日も休まず記した看病日記を基に、300時間を超える関係者への取材を重ね、登場人物のほとんどが実名で登場する完全なノンフィクション本。2人が過ごした741日間で肉体関係も愛撫さえないまま同棲を始めて結婚し、一度もSEXをしないまま死別したことなどが赤裸々につづられ、さくらさんに対し「遺産目当ての結婚」などとした週刊誌報道に真っ向から反論している。 「同書は幻冬舎として初版では異例の25万部を発行するだけに、かなりの力の入れよう。見城徹社長に最も太いパイプがあり、中山美穂が元夫の辻仁成との離婚協議中であることをリークしたスポニチ以外のスポーツ紙にもパブ記事を振っていた。PR戦略はすべて見城氏が決定するが、昔から、自社の本で“メディアジャック”することが大好きとあって、自分がネタを振った各スポーツ紙や、仕込んでいた情報番組がどこも大々的に扱ったことで、ご満悦だったとか」(出版業界関係者) 同書のPRのため、百田氏は9日に放送された、フリーアナウンサーの宮根誠司氏がキャスターを務める情報番組『Mr. サンデー』(フジテレビ系)にも出演したが、今後、宮根氏の番組への出演が増えていきそうだというのだ。 「宮根氏といえば、東京進出後にバックアップしているのが“芸能界のドン”ことバーニングプロの周防郁雄社長であることは周知の事実。一方、百田氏も昨年末に開催した著書の発売記念イベントで、マスコミ各社に対して呼び込みをかけたのがバーニング。宮根氏と同じくバーニングがバックアップしているようで、今後、コメンテーターとして宮根氏の番組への出演が増えることになりそうだ。とはいえ、百田氏といえば、安倍晋三首相と親交があることなどから昨年11月にNHKの経営委員に就任したにもかかわらず、事あるごとに民主党を批判するなど、言いたい放題やりたい放題。生放送で“放送事故”を起こさなければいいのだが……」(テレビ関係者) バックが強力すぎることもあり、百田氏の勢いはしばらく止まりそうもない。NHKオンラインより
「真面目にやらんかい!!」離婚報道の辻仁成、やしきたかじん&泰葉の“最凶コンビ”を激怒させた過去
離婚騒動で渦中の中山美穂と辻仁成だが、「週刊文春」(文藝春秋)4月10日号が、仏・パリで中山を直撃した様子を掲載している。 中山は離婚に向けて話し合いを進めていることを認め、音楽活動にのめり込んだ辻のビジュアルが“中性化”したことも離婚原因として報じられたことについては、「その中(離婚)のひとつの原因ではあります。けれども、それだけではないし」と否定はしなかった。 「辻が『女装して会いに行く愛人がいる』という情報も飛び交うなど、辻の“性癖”が離婚原因であることは間違いなく、長男が辻の“中性化”に『気持ち悪いからやめて』と苦言を呈してもやめなかったため、中山が愛想を尽かしたというのが離婚騒動の真相。しかし、渦中の辻はいまだに状況をのみ込めていないようで、離婚する気はなし。長男の親権問題もあり、離婚成立までにはまだまだ時間がかかりそうだ」(芸能デスク) 同誌では、作家として最近ヒット作がない辻が“ヒモ状態”であることも離婚の一因とされている。そんな辻だが、1985年にロックバンドの「ECHOES」のボーカリストとしてデビュー後、人を食った態度で、ある意味“最凶”ともいえる2人のタレントを激怒させていた過去がある。 「デビュー後、辻と『ECHOES』のメンバーはプロモーションのため、関西ローカルのMBSラジオで放送されていた番組『ハローナショナルショールーム』に出演した。その時、司会を務めていたのが、今年1月に亡くなった、後に関西の大御所となるやしきたかじんさんと、春風亭小朝との離婚後、過激な言動で何かとお騒がせしていた泰葉。辻らメンバーは2人から何を質問されても無視したり、『CDを買ってもらえればわかる』としか答えないなど、ひたすら横柄な態度で番組の進行が滞ってしまった。すると、それまで“大人の対応”をしていた2人はついにしびれを切らし、泰葉がたかじんに『やっちゃいな!』と言い放つと、それを受けたたかじんが録音ストップを指示。辻らに『それならわざわざここに来ないで、CDだけ売ったらいい!』『ワレ! 真面目にやらんかい! ちっとも面白いことしゃべらんし!』などと激怒。譜面台を投げつけるなど大暴れし、収録現場は騒然となった。後にたかじんはその時のことを振り返り、『しゃべるのが嫌だというのならFM(の番組)に出ろ! ここはAMや!』と話しており、相当辻にキレたようだ」(ベテラン芸能記者) そんな騒動もあったが、辻は97年に『海峡の光』(新潮社)で芥川賞を受賞。しかし、最近は“原点”だった音楽活動が中心で、先日はソロアルバムPRのため爆笑問題がパーソナリティーを務めるラジオ番組に出演。太田光と田中裕二に散々いじられたものの、辻は“大人の対応”。過去にたかじんと泰葉を激怒させたことが、しっかり教訓になっていたに違いない。
ビートたけしも欠席……報じられなかった「たかじんさんお別れ会」のシラけた舞台裏
1月3日に亡くなった、関西芸能界の大物・やしきたかじんさん(享年64)のお別れ会が今月3日、リーガロイヤルホテル大阪「光琳の間」で開かれた。 発起人には安倍晋三首相や橋下徹前大阪市長、ビートたけし、作詞家の秋元康氏ら大物が名を連ね、約3,700人のファンが献花に訪れた。 翌日のスポーツ紙はこぞって、会が盛況だったと報道。しかし、実際はシラケムードも漂っていたという。参加したスタッフの話。 「昨秋、病床のたかじんさんと入籍したSさんが、すべてを仕切っていたためです。“たかじん利権”はすべて彼女が握っているといっていい。出席者や会の内容など、事細かにSさんの許可が必要で、スタッフからは『そこまでしなくても……』という声が上がっていた」 そうした空気を察したのか、ビートたけしは欠席し、「ほかにも、親交のあったタレントや落語家が参加しなかった」(同)という。 たかじんさんが愛した北新地のホステスたちも、Sさんの「会にふさわしくない」という物言いから出席を断られたという。Sさんと親族の確執も、依然として続いている。この日は、葬儀に参列できなかった実母や、たかじんさんの最初の夫人の娘も来場したが、関係者いわく「当初、親族は娘さん以外、呼ぶつもりはなかった。週刊誌で散々書かれたから、対外的に母親の出席を許可したのだと思う。車椅子に乗ったお母さんは『いい会でした』とマスコミにコメントしていたが、扱いは一般の招待客と一緒だった」。 長らく付いていた男性マネジャーも完全に蚊帳の外で、会場にその姿はなかったという。Sさんの横暴には、たかじんさんを慕っていた在阪テレビ局のスタッフからもブーイングが上がっている。 「とにかく権利関係でうるさくなった。過去のたかじんさんの映像を使う際は、分単位で高額の映像使用料を請求される。そのお金はSさんに入っているようですが、そもそも彼女にもらう権利があるのか疑問ですよ」(某番組ディレクター) 誰からも愛さされたたかじんさんだが、Sさんに“力”が移ってからは、完全に真逆の構図。天国の故人が不憫でならない――。『たかじんnoばぁ~DVD-BOX THEガォー!LEGEND II』(東宝)
東スポ映画大賞、故・やしきたかじんさん「お別れ会」……ビートたけしを悩ませるものとは
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす! 2月23日に東京プリンスホテルで「第23回東京スポーツ映画大賞」と「第14回ビートたけしのエンターテインメント賞」の授賞式が行われた。 筆者は、東スポ映画大賞に第1回から裏方として参加しているが、今回はたけしが会場に現れるまで、「もしかして、来ないのではないか?」と危惧した。というのも、受賞した映画(作品賞『舟を編む』、監督賞は『そして父になる』の是枝裕和監督など)があまりにも地味すぎて、実際には賞を贈るほどのレベルの作品ではなく、たけし自身のテンションがひどく低かったことを知っていたからだ。 東スポ映画大賞は、全国の映画祭のプロデューサーによってノミネート作品が決まり、そこからたけしが独断と偏見で受賞作を選んできた。しかし、今回はたけしの琴線に触れる作品はなく、結局は映画祭プロデューサーの支持数が多かった作品から受賞作が決まった。たけしは、審査には直接関与していなかったのだ。 それゆえ、当日になって会場に来ないのではないかと心配したが、いつも通りにホテルに現れたたけしを見て、ホッとした。ただし、心配はそれだけではなかった。関係者はたけしが授賞式で、わざわざ来場してくれた是枝監督や『舟を編む』主演の松田龍平がいる前で「見たい映画はなかった」と言い出すのではないかと、冷や汗もんだったのだ。 ところが、いざ、授賞式が始まるや、たけしは出席者に気分の悪い思いをさせてはまずいと思ったのか、それなりにそれぞれの作品に対する的確なコメントを出して、出席者や会場のお客を満足させた。その反動か、フジテレビの『THE MANZAI』に毒づいたり、日本の映画祭や映画会社を猛烈批判。関係者はここでも肝を冷やしたが、それがまた会場を沸かせ、来場した友人たちからも、帰り際に「面白かった」という言葉を聞いて、ホッとした。 確かに、たけしが思ったように、最近は製作費が捻出できないためにスケールの小さい映画が目立ち、「世界のキタノ」がお墨付きを与えるにふさわしい作品がなくなっているだけに、映画大賞の方向を考える時期が来たのかもしれない。 そのたけしが発起人の一人として名前を連ねているのが、3月3日に大阪のリーガロイヤルホテルで開かれる、故・やしきたかじんさんの「お別れ会」だ。同会に関して、筆者は関西のお笑い関係者から、“当初、3日ではなく5日に開く予定だったが、未亡人の鶴の一声で変更になった”という情報を入手した。 たかじんさんは、闘病を支えてくれた32歳年下のA子さんと昨年秋に入籍。1月3日に食道がんで亡くなる前に「俺が死んだら、すべてお前に任せる」という遺言を残して死んだといわれているが、火葬にはA子さんはじめ、たった6人しか参列せず。たかじんさんの実母は、火葬が済んでから、しかも孫娘を通じて死を知らされたという。 これでは、たかじんさんの親族がA子さんに不信感を持つのは当然だ。また、親族同様に、生前たかじんさんと親しかったテレビ関係者も、死後、すべてA子さんの許可を得なければ事が運べないことに頭を抱えていた。北新地のクラブをこよなく愛したたかじんさんを偲んで、北新地のクラブを全店貸し切ってお別れ会をやろうという案もあったらしいが、お金にシビアなAさんの許可が得られず、頓挫したという。 そんなA子さんが許可したのは、3月3日のホテルでのお別れ会。当初は5日の予定で一部には告知済みだったが、A子さんが「5日は(たかじんさんを)火葬した日、死んだのは3日だから、3日にして」という一言で、日程が変更になったという。 5日だと知らされていた人もいただけに、スケジュールの都合で欠席者が続出することが予想される。たかじんさんが「すべてお前に任せる」と言ったとしても、A子さんの言動は、周囲を大事にしてきた、これまでのたかじんさんの生き方を否定するようなもの。これでは、たかじんさんは浮かばれない。A子さんは1日も早く、そのことに気が付くべきだ。 (文=本多圭)『やしきたかじん・ゴールデン☆ベスト』(ビクターエンタテインメント)
5元中継のはずが……故・やしきたかじんさんの「お別れ会」が大幅スケールダウンしたワケ
1月3日に死去した“関西芸能界のドン”やしきたかじんさん(享年64)のお別れの会が、3日3日に行われることが正式決定した。 題して「TAKAJIN MEMORIES 2014 あんたのことが ICHIZUに やっぱ好きやねん」で、午後1時から大阪市北区のリーガロイヤルホテル大阪「光琳の間」で開かれる。発起人には安倍晋三首相やビートたけし、秋元康氏、プロ野球楽天の星野仙一監督、女優の藤山直美らが名を連ね、橋下徹大阪市長と在阪民放5社社長も全面協力する。 第1部はファンらによる一般弔問とし、献花を受け付け、夜の第2部は関係者のみが出席で非公開となる。発起人の名前を見る限り「さすがたかじんさん!」といったところ。だが、当初の計画から見ると、スケールダウンしたと言わざるを得ない。亡くなった直後の1月11日に報じられたお別れ会の概要は、こうだった。 <3日に死去した歌手でタレントのやしきたかじんさんのお別れの会を、在阪の民放5局がタッグを組んで開く計画が進行していることが10日、分かった。関係者によると、冠番組を持つ読売テレビ、関西テレビ、テレビ大阪のみならず、在阪5局の社長が発起人に名を連ね、始動。別の関係者によると、たかじんさん自身が生前に、「偲(しの)ぶ会をやるなら、じめじめせず楽しく派手にやってほしい」と言っていたといい、在阪5局がその模様を史上初の同時中継することも検討されている> 5元中継という史上初の試みが水泡に帰した理由について、在阪スポーツ紙の記者は「言いだしたのは毎日放送の河内一友社長ですが、その時点で具体的なことは何も決まっておらず、打ち上げ花火に近かった。案の定、『たかじんのそこまで言って委員会』を放送する読売テレビからは『やってもいいが、うちの番組編成に合わせろ!』という声が上がった。結果、話がまとまらず、白紙になった」という。 さらに大きな壁となって立ちはだかったのが、未亡人Aさんだ。テレビ関係者によれば「Aさんは闘病中のたかじんさんを献身的に支え続け、たかじんさんから『俺が死んだあとは、すべておまえに任せる』と言われた。そのため、何を決めるにもAさんのOKが下りないと先に進まない。お別れ会をやるにしても、Aさんの許可が必要な上、金にも細かい。たかじんさん亡きあと、女帝として君臨しています」。 本来ならば、ド派手なことが大好きだった故人の意をくみ「北新地のクラブを全店貸し切る」くらいのことをやってもいいように思えるが、「とにかくAさんはコストのことを気にしていた。ホテルにしたのも、出費は会場使用料くらいのもんですから。大幅黒字なのは間違いありませんよ」(同)。 Aさんは、たかじんさんの親族とのトラブルも週刊誌で再三報じられている。 「たかじんさんが病床に伏している時から、本人に代わってAさんがすべてを仕切っていたが、亡くなってから、さらに拍車がかかっている」(テレビ関係者) 天国のたかじんさんは今ごろ、何を思っているのか――。『たかじん やっぱ好きやねん ‐シングル・コレクション‐』(ビクターエンタテインメント)
「気が小さい男だった……」ベテラン芸能記者が明かす、やしきたかじんの“繊細”な横顔
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす! 訃報を知る直前の7日夜、フジテレビで放送された特別番組『芸能人今でもスゴい!』に元「B&B」が揃って生出演。洋七のアップテンポなしゃべりに、あらためて感動した。その感動もさめやらぬうちに、たかじんさんの訃報を聞いた筆者は、すぐに洋七に電話。洋七は「ホンマ、ええやつやった」と落胆した声で「3人で銀座でめちゃくちゃやりましたね。いい思い出ですわ」と故人を偲んだ。 お互いのたかじんさんに対する認識は“繊細”。要するに、気が小さい男だった。筆者が初対面の時に低姿勢で彼に接していたら、「銀座に飲みに行こう」なんて展開にならなかったと思う。彼は、威圧してくるタイプに弱い。テレビ局や大阪の北新地のクラブ街での武勇伝をよく聞いたが、テレビ局ではスタッフにナメられないように強気に出る。クラブでは酔った勢いで相手を威圧する。それが、結果的に“たかじん神話”として流布されるようになり、業界内で恐れられるようになった。つまり、自分を強く見せる術を知っていたのだと思う。 もうひとつ、たかじんさんといえば“東京嫌い”。東京では仕事をしたがらないと言われていることだ。果たして、そうだろうか? 筆者との銀座のクラブのハシゴもさることながら、その少し前には、ビートたけしに呼ばれて、東京に遊びに来たことがあったという。あいにく、その日が土曜日ということもあって、お目当ての銀座のクラブはやっていなかった。そこで、たけしはたかじんさんのために必死で開いている店を探し、知り合いのおねえちゃんを集めて歓迎した。たかじんさんはたけしの温かさに感激し、東京で仕事を一緒にしたいという話も出ていたようだ。 たかじんさんの立てた企画を、洋七が東京のテレビ局に売り込んだこともあった。しかし、それ以前の1992年、たかじんさんは2度目の東京進出にチャレンジするも、スタッフとの折り合いが悪かったこともあって、失敗に終わっている。こうして、在京テレビ局には“たかじんアレルギー”も生まれてしまい、洋七が持ち込んだ企画も実現しなかった。たかじんさんのヒット曲「東京」は、その東京進出失敗の1年後に発売されている。ハシゴした銀座のクラブの最後の店で「東京」を歌ってくれた時、たかじんさんが筆者に「この曲は、わいが東京と決別した曲なんだ」と言った言葉を忘れない。たかじんさんは東京を嫌っていたのではなく、本当は愛していたからこそ、決別するために歌う必要があったのかもしれない。 その後、たかじんさんは関西の芸能界で天下を取った。銀座で5軒奢った分を奢り返してもらう前に亡くなってしまったことが心残りだが……。たかじんさんに改めて合掌! (文=本多圭)『たかじんnoばぁ~DVD-BOX THEガォー!LEGEND II』(東宝)
やしきたかじん、再休養……どこも報じられない“本当の病状”とは
食道がんの治療から今年3月に復帰したものの、今月上旬から体調を崩していた“関西の大物司会者”やしきたかじんが、無期限休養することが8日、明らかになった。疲労などで体力が低下したため、休養に専念する。 所属事務所は「主治医による検査診断の結果、疲労による食欲不振や睡眠不足などから起こる体力の低下がみられ、しばらくの間休養を要するとの指示が出ました。苦渋の選択ではありましたが、本人も今は大事をとって休養に専念する所存でおります」と報告。今後については「主治医とも相談しながら改めてご報告させていただきます」として、復帰時期は未定という。 対応に追われたのは在阪のテレビ局だ。関西テレビ『たかじん胸いっぱい』の収録後、体調不良を訴え、3・4日の別番組収録をキャンセル。10日収録の読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』は、同番組副委員長でフリーキャスターの辛坊治郎氏が司会を務めることになった。たかじんの“復帰祝い”で、ゴールデンに昇格したテレビ大阪『たかじんNOマネーGOLD』は番組名を『たかじんNOマネー』に戻し、放送時間も土曜後午後6時59分から深夜1時に“降格”。前出の『たかじん胸いっぱい』は当人不在のまま11日放送分の収録が行われた。 気になるのは、たかじんの容体だが、関係者は「がんの再発、転移というわけではない。免疫力が低下しており、このままでは肺炎になる危険も出てくるため大事を取った」と説明。だが、かねてよりテレビ関係者の間では、たかじんの病状を危惧する声が上がっていたという。 「当初、初期の食道がんと発表され、たかじんさん本人も『すぐ戻ってくるわ』と強気に言い放っていましたが、手術成功の一報以降、近況がまったく入ってこなくなった。休養から1年ほど経過した頃にはテレビ関係者の間でも『本当はヤバイんじゃ……』という声が上がり『最悪の結末に備えて、番組の冠を外した方がいいのではないか』という議論もなされた。その矢先、たかじんさんが突然復帰を発表。なんの前触れもなかっただけに驚きました」(在阪のテレビ関係者) 自分の番組に強いこだわりを持つたかじんだけに、冠を外されることを小耳に挟み、復帰を強行したとみられる。とはいえ「久しぶりに戻ってきたものの、体は痩せ細り、見るからにカラ元気だったのがわかりました。収録もそれまでは隔週で2本録りでしたが、体力的な問題で週1回になったほど。心配ですね……」(同)。 たかじんの毒舌を再び聴ける日が来ることを願いたい。関西テレビ『たかじん胸いっぱい』
「関東では"誰それ"状態!?」やしきたかじん休養に見るテレビ界の東西格差

『たかじんnoばぁ~DVD-BOX THEガォー!
LEGEND II 』(東宝)
2月1日未明、ホームページ上で突然の活動休止を発表した、やしきたかじん。
その理由については初期の食道がんのためと説明しているが、関西の大物芸能人の突然の休養ということで、テレビ業界への影響は非常に大きいと思われる。
テレビ事情に詳しい、関西の編集者は言う。
「視聴率が高く、しかも発言力が大きい番組をやっていますからね。今のところ心配されているのは、その人気番組を面白いまま引き継ぐことができるのかという点ですね」
昨年は島田紳助突然の引退騒動で、彼の司会する人気番組が複数終了するという大きな影響があった。関西では"紳助ショック再び"といった空気もあるようだが、一方の東京では、「たぶん、影響はほとんどないと思います」(在京キー局関係者)とのこと。
「関西の大物ではありますが、たかじんさんの番組は東京では放送されていませんし、東京のテレビ番組に出ないということをポリシーにしていたようなので、東京のキー局でのテレビ出演もほとんどなかったですからね」(同関係者)
と、東西の温度差はかなりある。
「高視聴率番組の『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送)で局長を務めた上岡龍太郎さんが引退するときに、誰が後任を務めるのかということが関西で非常に大きな話題になりました。上沼恵美子さんや浜村淳さんなどの大物から若手に至るまで、東京とはまったく違うベクトルで圧倒的な人気を誇る人がたくさんいますからね。ただ、まだ番組が終了したわけでもありませんから、今のところは具体的に影響が出ている感じはないですね」(テレビ誌記者)
関西の人気タレントは、視聴者にとって比較的身近な存在であることが多い。
「『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)的な番組でもよく見られますが、町中のロケなんかでもレポーターとの距離が近いですよね。テレビがより身近な存在というか、いつもテレビで見る関西系のタレントへの親近感は高いので、東京などでタレントが休業するときの心配のされ方とは、また質が違うのではないかという気はします」(テレビ関係者)
また、前出の関西の編集者はこう言う。
「視聴者から見たたかじんさんのイメージは、大御所タレントというより『よくしゃべる、太っ腹なおっちゃん』といったところだと思うんです。たとえば、銭湯なんかでオバちゃんどうしが普通に心配している姿を見ますし、そこらの知り合いのおっちゃんの病状を心配するのと同じようなノリもありますね。たかじんさんのように、あれだけハッキリモノを言える人は減ってきているので、お休みされるのは惜しいなあということはよく聞きます」
休業については病気以外の理由も一部で取り沙汰されたりもしているが、分かっているのは一時休業することだけ。たかじん本人が、引退するわけではないと明言しているため、問題はその復帰のタイミングなのかもしれない。ただやはり、関西以外の地域のお茶の間では、なかなか実感しづらい関心事でもある。
「その話はいらんやろ!」たかじんの休養報道に凄んだ中田カウスの狙いとは

『襲撃 中田カウスの1000日戦争』
(朝日新聞出版)
キナ臭いウワサまで飛び交う"関西の視聴率男"やしきたかじんの休養宣言。公表されているのは「初期の食道がん」というだけで、たかじん本人の記者会見もなければ、いまだに「入院した」という情報も入っていない。そのためか、一部で黒い交際疑惑も噴出し、週刊誌各社が関西方面に記者を大量に送り込んでいる。
「たかじんサイドは黒い交際疑惑を完全否定していますが、マル暴関係者とのツーショット写真を血眼になって探している社は多いですよ。現状、それが出てきたという話は聞きませんがね」(スポーツ紙デスク)
そんな中、今月2日に大阪市内で行われた「伝統工芸看板大賞」の発表会に登場した"吉本の怪芸人"こと中田カウスの発言にマスコミ各社が関心を示しているという。イベント終了後、囲み取材に応じたカウスは最初こそ笑顔だったが、記者からたかじんの休養について聞かれると、その表情が一変。「それはいらんやろ! この会見で!」と声を荒げて、質問を遮ったのだ。
関係者いわく「イベント内容と無関係の質問でしたし、現場には伝統工芸の職人さんもいた。筋が違うということ」らしいが、別のイベントではベテラン芸人の間寛平が「早く戻ってきて」とたかじんにラブコールを送っている。
お笑い関係者はカウスが突如、不機嫌になった理由について「数年前にカウスさんが暴漢に金属バットで襲撃された事件ありましたよね? あの出来事があった際、たかじんさんが自身の番組でカウスさんを茶化すような発言をしたそうで、それを耳にしたカウスさんがブチ切れたというんです。それ以来、カウスさんの前でたかじんさんの話はNGと言う人もいます」と指摘する。一方で別の関係者からはこんな話も......。
「カウスさんは百戦錬磨の切れ者。マスコミのことも熟知しており、大人げなくブチ切れたりしませんよ。むしろ、あれは確信犯で切れたのでは? 『裏に何かある』ということを暗に教えているような気もします」
カウスの"なぞかけ"の答えは一体――。









