香取慎吾は大丈夫!? ジミー大西、藤井フミヤ、石井竜也……“芸術に走った”芸能人たちの末路

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 元SMAPの香取慎吾が、2017年9月のジャニーズ事務所退所後の仕事のひとつとしてアーティストを選んだ。  10月13日から表参道で開催中の展覧会『日本財団DIVERSITY IN THE ARTS 企画展 ミュージアム・オブ・トゥギャザー』に、2点のペインティング作品を出品したのだ。作品は油性マジックを用いたポップな画風の『イソゲマダマニアウ』と、大胆な配色を施した『火のトリ』の2点。自由人としての香取の性格が感じられる作風に仕上がっている。香取に限らず“芸術に走る”芸能人は多い。過去にはどういった人たちがいたのか。 「有名どころではジミー大西が挙げられますね。もともと天然ボケを生かしたお笑い芸人として活躍していましたが、深夜のワイドショー『EXテレビ』(読売テレビ系)で、ネタとして描いた抽象画が思わぬ高評価を受けます。その才能は岡本太郎にも絶賛され、1990年代なかばに本格的に画家転向を果たします。ピカソを尊敬し、一時期はスペインに在住するなど芸術活動に軸足を置いていましたが、数年前からタレント業に本格復帰しています。その理由が『(自分の画家としての時給が)焼鳥屋のアルバイト時給より安い』ことに気づいてしまったという切ないものでした」(芸能事務所関係者)  ジミーに先駆けて、芸術家転向を果たした片岡鶴太郎は、最近は出発前に6時間をかけてヨガをやる様子が、バラエティ番組でイジられ話題となっている。ジミーも片岡も“本籍地”は、あくまでも芸人なのだろう。芸人のほかには、ミュージシャンがアーティスト化するケースが多い。 「藤井フミヤはチェッカーズ解散後、90年代に入ると『FUMIYART(フミヤート)』の活動を始めます。当時最先端のコンピューターであったマッキントッシュを使ったCGアートなどを披露していましたが、高い評価を獲得するに至っていません。カールスモーキー石井こと石井竜也も米米CLUBでは、音楽だけでなくダンスやパフォーマンスを取り入れて評価されましたが、90年代に入ると映画監督業を始めます。しかし監督作の『河童 KAPPA』『ACRI』はともに興行的に伸び悩みました」(同)  藤井と石井の場合はファンだけが支える“信者ビジネス”といわれても仕方あるまい。こうして見ると完全にアーティスト化を成功させた芸能人は少ないと言える。香取の行く先にも不安要素はありそうだ。 (文=平田宏利)

香取慎吾は大丈夫!? ジミー大西、藤井フミヤ、石井竜也……“芸術に走った”芸能人たちの末路

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 元SMAPの香取慎吾が、2017年9月のジャニーズ事務所退所後の仕事のひとつとしてアーティストを選んだ。  10月13日から表参道で開催中の展覧会『日本財団DIVERSITY IN THE ARTS 企画展 ミュージアム・オブ・トゥギャザー』に、2点のペインティング作品を出品したのだ。作品は油性マジックを用いたポップな画風の『イソゲマダマニアウ』と、大胆な配色を施した『火のトリ』の2点。自由人としての香取の性格が感じられる作風に仕上がっている。香取に限らず“芸術に走る”芸能人は多い。過去にはどういった人たちがいたのか。 「有名どころではジミー大西が挙げられますね。もともと天然ボケを生かしたお笑い芸人として活躍していましたが、深夜のワイドショー『EXテレビ』(読売テレビ系)で、ネタとして描いた抽象画が思わぬ高評価を受けます。その才能は岡本太郎にも絶賛され、1990年代なかばに本格的に画家転向を果たします。ピカソを尊敬し、一時期はスペインに在住するなど芸術活動に軸足を置いていましたが、数年前からタレント業に本格復帰しています。その理由が『(自分の画家としての時給が)焼鳥屋のアルバイト時給より安い』ことに気づいてしまったという切ないものでした」(芸能事務所関係者)  ジミーに先駆けて、芸術家転向を果たした片岡鶴太郎は、最近は出発前に6時間をかけてヨガをやる様子が、バラエティ番組でイジられ話題となっている。ジミーも片岡も“本籍地”は、あくまでも芸人なのだろう。芸人のほかには、ミュージシャンがアーティスト化するケースが多い。 「藤井フミヤはチェッカーズ解散後、90年代に入ると『FUMIYART(フミヤート)』の活動を始めます。当時最先端のコンピューターであったマッキントッシュを使ったCGアートなどを披露していましたが、高い評価を獲得するに至っていません。カールスモーキー石井こと石井竜也も米米CLUBでは、音楽だけでなくダンスやパフォーマンスを取り入れて評価されましたが、90年代に入ると映画監督業を始めます。しかし監督作の『河童 KAPPA』『ACRI』はともに興行的に伸び悩みました」(同)  藤井と石井の場合はファンだけが支える“信者ビジネス”といわれても仕方あるまい。こうして見ると完全にアーティスト化を成功させた芸能人は少ないと言える。香取の行く先にも不安要素はありそうだ。 (文=平田宏利)

「赤フンの下にブリーフ」フミヤの息子・フジ藤井弘輝アナの仕事は“中途半端”か?

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フジテレビアナウンサー公式サイトより
 歌手・藤井フミヤの長男で、今年4月にフジテレビに入社した藤井弘輝アナがスポニチのインタビューを受け、悩める胸中を語った。  10月から朝の看板番組『めざましテレビ』に大抜擢。金曜には全国各地の旬のスポットに突撃し、体を張る冠コーナー「藤井アナの何でもやってみます!」を任されている。  10月7日放送の初回は静岡県富士宮市を訪れ、富士山の湧き水で身を清めた。2回目は、長崎県島原市でレンコン掘りに挑戦。3回目は、鹿児島県指宿市でかつお節作りをリポート。4回目は、秋田県男鹿市で日本一早い鍋料理「石焼き」を試食。5回目は富山県高岡市で雨の中、体長約80センチの鮭のつかみ取りにチャレンジした。 「レンコン掘りは、泥の中に潜る一発勝負でしたが、藤井アナはスタジオの出演者たちの期待もむなしく、失敗。リポートでも、『頑張るぞ、という勢いが前に出すぎてしまい……』と反省しきりでしたね」(芸能記者)  フミヤの息子ということで、局としても人気アナに育てたいところだろうが、現時点で及第点には届いていないようだ。 「富士山の湧き水で身を清める回では、いきなり服を脱いでぽっちゃりした体を披露。赤いふんどしを締めていたのですが、その中には赤いブリーフも履いていました。ポロリ事故防止のためなのはわかりますが、力士がまわしの下にスパッツを履いているようでガッカリでしたね。同じ2世でも、もしフジテレビOGの高橋真麻が男だったら、絶対に下にブリーフを履いたりしていなかったと思いますよ(笑)。『何でもやります』と言いつつ、守りに入っているようで、どうにも中途半端な印象でした」(テレビ誌編集者)  スタジオにいたフリーアナウンサーの岡副麻希からは、「マイクの持ち方が歌いだしそうな感じで。あと、おなかがプヨプヨしすぎているので、腹筋を鍛え直しましょう」とダメ出しされていたが、「何でもやる」なら、まずはダイエットから始めたほうがよさそう?  視聴者からの「TRUE LOVE」がもらえるまで、藤井アナの苦悩は続きそうだ。

“急性アルコール中毒”で搬送の亀田興毅に酒を覚えさせたのは藤井フミヤ? 当人を直撃してみると……

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「元プロボクサーの亀田興毅さん、急性アルコール中毒で救急搬送」というニュースが5月12日に報じられた。  この報道を耳にして、ふと頭をよぎった番組があった。それは、亀田興毅が出演していたNHK BS『チョイ住みin台湾』(4月30日放送)。 「その国にちょっとだけ住んでみる」をコンセプトに、初対面の2人が1週間共同生活をするというもので、第5弾として登場したのは、藤井フミヤと興毅という異色の組み合わせ。  その中で、特に強く印象に残った場面があった。フミヤに酒を勧められた際、興毅が「お酒をほとんど飲んだことがない」と語っていた場面だ。パワフルで強靭、いかつい雰囲気からは酒豪のイメージすらあるだけに、正直、意外だった。 「かわいらしいところがあるんだな」と思うとともに、「大丈夫か!?」とも思った。興毅は後日、自身のブログで「(台湾でのチョイ住みの期間は)毎日寝る前は一緒にワインを飲み、朝方まで色々な事を語り明かした」と書いていたけれど……。  もしかして、ほとんどお酒を飲んだことがなかっただけに、大学生が新歓コンパで初めて飲んで潰れるのと同様の状態だったのだろうか。騒動の引き金になったのは、お酒を覚えたきっかけ『チョイ住み~』だったりして?  そこで、亀田プロモーションに問い合わせると、ご本人が文書で以下の回答をくれた(以下、原文ママ)。 「この度の私の『救急搬送のニュース』と先日、NHK・BSプレミアムで放送された『チョイ住み』との関係ですが、それまでは、ビールをほぼ飲んだことがなく、ビールを美味しいと感じたことも一度もありませんでした。『チョイ住み』でフミヤさんにビールの美味しさや“喉越し”というものを教えてもらったことは事実ですが、ただそれだけのことです」  お酒自体は、試合直後などのオフの時だけではあったものの、「今までも幾度となく飲んだことはあった」と言う。 「それなので今回の救急搬送の件とチョイ住みはまったく関係ありません。また急性アルコール中毒という報道がされておりますが、実際はアルコール中毒ということはありませんでした。自分は体質的に、一度寝てしまうと、いつも3時間から5時間は、ゆすられたり、何をされても起きないぐらい深い眠りに入ってしまいます。先日はお酒が入っていたこともあり、より深い眠りになってしまい、自分が全く起きる気配がないことをタクシー運転手の方が心配して下さり警察の方に連絡されたのだと思います。警察の方が病院に連れて行って頂いたようですが、病院到着の際に、やっと目が覚めて、ご迷惑をかけた方々にお詫びをして、早々に帰宅しました。  翌日は、起きると色々な人から連絡があり、テレビやネットを見てみると『亀田興毅・アルコール中毒で救急搬送』と大きなニュースになっていました。  正直ビックリしましたが、これもすべて自分の責任です。大失態を犯してしまいました。 自分は未熟者でまだまだヘタレです」  ちなみに、番組内で「お酒の飲み方を教えてくれた」フミヤからは、何か連絡があったのだろうか? 「フミヤさんからは気遣って頂き、『興毅君大丈夫?しばらく禁酒だね!奥さんにしっかり謝って、今後はしっかりしないとね、いい大人なんだから』と温かいアドバイスをいただきました。同じ過ちを繰り返すやつはアホです。以後、同じようなことが二度と起こらないように気を付けていきます。皆さん、お騒がせしまして大変申し訳ございませんでした」  実際には「お酒をほとんど飲んだことがない=オフのときのみの飲酒」であり、「急性アルコール中毒だったわけではない」ことがわかったわけだが、ともあれ、飲みすぎには十分ご注意を。

元チェッカーズ・武内享「大麻売買」の息子2人逮捕を“拡散希望”!? 親の鏡か単なるネタか

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『武内享公式ブログ』
 80年代にアイドル的な人気を博したロックバンド「チェッカーズ」の元リーダーで、ギタリストの武内享(53)の息子2人が、大麻取締法違反の疑いで警視庁少年事件課に相次いで逮捕されていたことが先月30日、分かった。「ちっちゃなころから悪ガキで~」という「ギザギザハートの子守唄」のフレーズは誰もが知っているところだが、自身の子どもは単なる“悪ガキ”ではすまされなかったようである。 「大麻売買」はれっきとした犯罪で到底許されるはずがなく、今後は手順に従って法の裁きを受けることになるだろう。著名人の子どもが逮捕される事件は頻繁に起こっており、“息子2人”という衝撃度を差し引けば今や珍しい事柄でもない。注目されているのは父・武内享の、息子逮捕に際しての“言動”である。 「武内は自身のブログ『オレの血となれ肉となれ』で、『ご報告』と題して息子2人の事件について責任を感じ、謝罪の旨を記しています。自ら事件について発信した点に『潔い』という評価もあります。ただ、一人称は常に『オレ』。ネット上では『謝罪ブログでオレ?』と状況をわきまえていないというツッコミや、『親の影響なんでは?』と、近年薬物問題に揺れる芸能界のイメージから、武内本人の薬物使用を疑うコメントも見受けられます」(芸能記者)  さらに武内の“トンデモ行動”は止まらない。今度はそのブログ更新を自身のTwitter知らせたのだが、そこにもまた「?」な一言が……。 「武内は、自身の謝罪ブログのリンクをTwitterに貼った上で、“拡散希望”の文字を文頭に入れてツイート。SNSの拡散希望は多くの場合、災害救助、イベント集客、政治活動などで効率よく多くの人に情報を知らせるために使われるものですが、自身の息子の犯罪についての謝罪を“拡散希望”する人は極めて珍しいです。ネット上でも『こういう場合でも拡散希望って使うんだ……』と困惑の声が上がっていますよ。何の気なしに見たら“自虐ネタ”にみえなくもないです」(同)  自身の愛息が揃って逮捕された事実は、親として悔やんでも悔やみきれないだろうが、「親の教育が悪かった」と非難の声も多く上がっている。そのような中で周囲を困惑させる発言をするのは、武内にとってマイナスでしかないのではないか。「わかってくれとはいわないが」では済まされないだろう。  先日、同じく元チェッカーズのボーカル・藤井フミヤの息子がフジテレビに“コネ入社”したという噂が広まったが、武内に比べれば極めて平和なニュースである。明暗クッキリといったところか。

「チェッカーズ再結成の可能性はなし!」いまだに雪解けの気配がない藤井フミヤと高杢禎彦の“10年戦争”

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『絶対チェッカーズ』(ポニーキャニオン)
 かつて、スーパーアイドルグループとして一世を風靡した「チェッカーズ」。福岡県・久留米市出身のメンバーたちが集まったバンドは固い結束で知られていたが、2003年に発売された高杢禎彦の著書『チェッカーズ』(新潮社)で、メンバー間に大きな亀裂が入ってしまった。 「解散に至る経緯などが綴られていたが、あの本を読む限り、藤井フミヤはまるで“銭ゲバ”。あの本が出て以来、フミヤ・尚之兄弟ら4人のフミヤ派と、高杢と鶴久政治の高杢派に分裂。04年8月にドラムのクロベエこと徳永善也さんが亡くなった際、ファンも駆けつけた葬儀に当たる『送る会』ではフミヤ派と高杢派が別々にマスコミの取材に対応するなど、最後まで6人が一緒に並ぶことはなく、深すぎる確執をうかがわせた。天国の徳永さんも悲しんでいたに違いない」(「送る会」を取材した記者)  その「送る会」から9年が経過したが、「女性セブン」(小学館)1月9日・16日号ではフミヤがチェッカーズの再結成について前向きであると捉えることができる発言をしたと報じられている。同誌によると、フミヤはこのところソロツアーでチェッカーズの曲を歌うようになり、昨年9月21日のツアー初日では「おれたちが東京に出てきた時、高杢とかあんな風貌だったから、年齢サバ読んだんじゃないかって言われたし」と発言。高杢の名前が出たことで、会場のファンがザワついたという。  高杢の著書が発売される前は、フミヤはほかのメンバーよりも高杢と仲がよかったこともあり、ファンの間では再結成の期待が日に日に高まっているようだが、関係者に聞けば、実際にはその可能性は限りなくゼロに近いようだ。 「著書の件だけでもフミヤは激怒していたが、当時、高杢はメディアの取材を受けまくり、『フミヤには愛人がいる』『アイツは浮気している』などと大放言。張り込んだ週刊誌もあったが、まったくそういった事実はなかったようで、周辺からそのことを聞かされたフミヤは『そこまでやるか……』と、怒りを通り越してあきれ返っていたようだ。トークのネタにはしても、もう高杢の顔は見たくもないだろう」(音楽関係者)  著書発売以来の“10年戦争”だが、しかるべき人物が間に入るなど周囲の尽力がなければ、終結させることは難しそうだ。