
撮影=尾藤能暢
漫才師としては異色なパンクファッション、そしてグラサンを外して「目ぇ離れてました~」。テンポのいいボケ、ひょうひょうとしたツッコミで、初期『M-1』の常連コンビだったハリガネロック。2014年にコンビを解消し、芸人人生に幕を引いたユウキロックが初の自叙伝『芸人迷子』(扶桑社)を上梓した。一時は渋谷公会堂を単独で埋め尽くした彼が「売れなかった」と振り返る過去、自分を飛び越えていく天才たち、そして相方へのやるせない思い……。地獄を見たユウキロックが語る、複雑化したお笑い界で「迷子」から抜け出すために芸人がすべき“決断”とは――。
――『芸人迷子』拝読致しました。これは……執筆するのがつらい部分もあったのではないかと思いますが、あらためて今どんな気持ちでいらっしゃいますか?
ユウキロック 今はもうスッキリしましたね。まず、本当に(メルマガ「水道橋博士のメルマ旬報」での)連載を始められるかどうかというのも半信半疑だったので、正直書籍にするなんておこがましいと思ってました。ただ、仕事の中で、これだけが嫌な仕事でした。
――思い出したくないことが多かったですか?
ユウキロック 解散して前向きに頑張ろうという中で、この振り返りの作業だけが残ってしまったんですよ。さらに書籍化のお話いただいて、まとめることになって、大幅に加筆もしました。終わったときは、これでようやく解放されると。解散は2年前ですけど、これで本当に終わったんだなって。
――メルマガで書いているときの気持ちと、書籍としてまとめているときの気持ちは違いましたか?
ユウキロック メルマガのときは、過去の自分の失敗だけではなく「漫才」「お笑い」「演芸」に関する細かいことも書いていました。でも、書籍ではテーマをひとつに絞りたいなと。“ちょっと調子よかった芸人”が落ちていくさまというのが、本一冊で見せられたらいいなというのがありました。まとめながら思い出したこともあったし、書籍だからこそ書かなアカンこともあったので、また違う苦労がね……。
――時間軸が行きつ戻りつするのが印象的でした。
ユウキロック 「どうまとめるのか」っていうのが、一番時間がかかったところかもしれません。自分が芸人を始めてから解散するまでを、ただ普通に書いても面白くないなと。面白くないというか、そうじゃないなって。やっぱり調子よかったときより落ち込んでいたとき、自分が一番衝撃受けて、自分がやってきたことが失敗だったんじゃないかって気づいた日から過去をひもといていこうと。そうすると「これを成功させようとしてやったことが、この失敗の始まりやった」というのもわかってきた。『(爆笑)オンエアバトル』(NHK)で勝つためにやっていたことが、『M-1(グランプリ)』(テレビ朝日系)ではアカンかったとか。自分がやってきたことって、なんやったんかな……って、それを自分自身にわからせるための作業だったかもしれないですね。
――周囲の反響は、いかがですか?
ユウキロック そうですね。自分や編集さんが想像した以上に、ある種、戸惑いを覚えるくらいの反響をいただいています。自分は二十数年やってきた芸人人生、結局うまくいかなかったし、取るに足らない人生やったんかなって思いながら書いてました。でも、読んでくれた方はいろいろ感じてくれたというのが、それが本当にうれしかったです。
――寄せられた反響で、印象に残っているものは?
ユウキロック (平成)ノブシコブシの徳井(健太)くんが「骨削って血で書いてる」っていうふうに言ってくれて。「こういう世界で生きてる人間は全員読むべきだ」と。あと徳井くん自身が今の状況を考えて、あいつは全然そんなことないけど、しっかりできている人間なんだけど、「俺は芸能界のRPGでいうと村人Aでしかない。それはどうなんだ?」と。そういうことを考えてくれたのはうれしかったし、書いてよかったなと思いました。
――芸人さんに取材すると、みなさんからよく聞くんです。「芸人は楽しい。楽しいから、辞め時がわからない」と。そういう人にとっては、ある種、残酷な書でもあるのかなと思いました。
ユウキロック 「はっきり答えを出しなさい」っていう本ですからね(笑)。でも、芸事やっている人間には考えてほしいんですよ。どれくらい本気で取り組んでいるのかということを。僕もやっぱり20代30代、その20年くらいは、ほかのことを何も考えずに漫才だけに打ち込んだって、胸張って言える。それだけはね。今と当時じゃ、環境も全然違うけど、でもそれくらいの気持ちでやってほしいなと思います。

■芸人全体が「村人A」化
――ユウキロックさんはストイックすぎるくらいにストイックだったんだなと、本を読んであらためて思いました。
ユウキロック 芸事に関するこだわりが強すぎるので辞めた、っていうところはあるんでしょうね。
――今のお笑い界では、その「こだわり」がマイナスに働くこともあると思いますか?
ユウキロック 今は僕がやってた頃より、団体競技感が強い。みんな仲いいほうがいい。みんなと合わせられる、協調性のある人間が生き残れるのかなって。ダウンタウンさんみたいな人は絶対に現れない。
――お客さんが、そういう芸人を望んでいるのでしょうか?
ユウキロック お客さんというより、テレビじゃないですかね。テレビが求めていると思う。だから、テレビの変革者の人が現れて、芸人の変革者が現れて、そのときに変わるんかなぁとは思いますね。それこそダウンタウンさん、ナインティナインさん、ロンブー(ロンドンブーツ1号2号)さん……あぁロンブーは後輩か(笑)。ロンブーくらいまでじゃないですかね。囲うじゃないけど、冠番組しかやらせないでしょ。今はそういう芸人を作ろうともしていないし。それより、売れてる先輩と仲良いほうがチャンスもあるんでしょうし。
――芸人全体が「村人A」化しているのかもしれないですね。
ユウキロック そうです。全員がそうなってる。
――お正月に、とろサーモンの久保田(和靖)さんがTwitterで「売れた者の金で海外にいってる去年何もしてない労働なき後輩や先輩に告ぐ」とつぶやいていたんですよね。君たちが海外の景色を見ている間に、自分は劇場でお客さんを笑わせていたという旨の。
ユウキロック あいつ……そういうキャラじゃないですけどね(笑)。エライですね。まぁでもね……この本には書かなかったですけど、それしなかったことも僕のひとつ失敗かなと思ってるんですよ。僕は、なかなか扱いにくい芸人だと思われていた気がするんですよ、先輩たちから。相方は相方で、好きな人としか一緒にいない。両方とも、(先輩との)そういう付き合いをしてこなかったのが大きかったかなぁと思うんです。
――難しいですね……。
ユウキロック それこそ久保田くんが言っていること、売れてる先輩芸人の金で海外に行くことを仮に能力のある芸人がやっていたとしたら、そのときのエピソードを劇場やバラエティ番組で面白おかしく話すじゃないですか。でも、なんでかわからないですけど、先輩のお金で海外行く芸人は能力ない人間が多いんで。
――……。
ユウキロック あ、全部書いてもらっていいですからね。躊躇しないで結構ですから。
――「先輩のお金で海外行く芸人は、能力ない人間が多い」。
ユウキロック だって、自分の金を使わずに先輩と海外行って、エピソード作って、先輩の面白いところって先輩自身が言うわけにはいかないんで、そいつが出てきて面白おかしく話したらテレビで使われますよ。たとえば久保田くんがね、久保田くんは腕のある人間ですから、うまいことひょいひょいして、先輩と一緒に旅行行って、そういうことやったら状況も変わってくるかもしれない。久保田くんの言ってることは正しい。ただ、この世界では何が「正しい」のかわからない。
――ご自身の経験を踏まえると。
ユウキロック そうですね。
――本当に芸人さんが「売れる」ための要素って、多すぎますよね。「人気」「実力」「かわいげ」……「タイミング」もあるでしょうし。
ユウキロック タイミングが一番かもしれませんね。
――ユウキロックさんが活躍されていた頃だと、やはり『M-1』でしょうか。
ユウキロック 『M-1』はデカイですね。『M-1』前後で、環境がガラッと変わりましたからね。『(オレたち)ひょうきん族』(フジテレビ系)終わって以降、芸人全体で売れるっていうのが、しばらくなかったんですよ。だから僕たちは、個の力で売れていった人たち、ダウンタウンさん、とんねるずさん、ウンナン(ウッチャンナンチャン)さん……その人たちに憧れて、その人たちを目指してやってきたんです。ネタで評価されてテレビ出て冠やって、そこでコントやって……みたいな。みんなトガってたけど、ピュアやったんですよ。「ネタさえ評価されたらええのや」って。「面白かったら、なんとかなる」って。それが『M-1』ができて、『エンタ(の神様)』(日本テレビ系)とか『(爆笑)レッドカーペット』(フジテレビ系)とかどんどん始まって、そのシステム自体が変わりましたし、全体で売れるようになった。今はその「『M-1』さえ獲れば」……というのすら違うでしょ? 賞獲った人じゃなくて、テレビ的にいいと思う人を使います……という。今は、どうやったら売れるのかわからない。でも、ある意味、チャンスも多くなっている。若い頃は後輩に「兄さん、このネタどうですか?」と聞かれたら、すぐ「こんなん絶対アカンで」「売れへん」とか答えられましたけど、そういうネタがテレビに出たりするので、今は何も言えない(笑)。素っ裸でおぼんで前隠して踊るみたいな芸人を、昔はみんな嫌ってましたからね。「汚れや」言うて。トガってたんでね。でも、今はそんな時代じゃない。何がどう化けるかわからない。どう売れたらいいかわからん分、どう売れるかもわからない。

■「お笑い講師」としての指針
――ユウキロックさんは、いま講師としてお笑いを教えてらっしゃるんですよね。難しさはないですか?
ユウキロック 難しいですけど、やるにあたって指針のようなものは決めました。
――それはどのような?
ユウキロック あの、レギュラーっているじゃないですか。レギュラーはあるある探検隊で売れましたけど、あれ当時、劇場の支配人が「あんなおもんないことやんな」って言って、彼ら自身もずっと封印していたネタなんですよ。でも、暮れの『オールザッツ漫才』(毎日放送)という漫才コンテストの番組で、久しぶりにあるある探検隊をやったんです。それを『めちゃイケ』(フジテレビ系)のスタッフが見ていて、「笑わず嫌い王」にブッキングされて、売れた。支配人の判断は間違いとは言わないですけど、やっぱりスタッフや講師たちは「怒る」人が多い。僕は、みんな人生賭けてやってると思うので、自分がそれを壊したくないんです。やりたいことは好きにやってくれと。技術は高いけど個性がない人には個性の出し方を教えるし、技術ないけどすごい突出したことやっている人には、それをわかりやすくするための技術をしっかり教える。だから、講師になってから、怒ったことは一回もない。
――なるほど。
ユウキロック とはいいつつ、吉本以外は、スクール入った1年後に契約うんぬんがあるんですよ。契約してもらえないと、せっかく通ったのにフリーになっちゃう。そういうこともあるんで、生徒たちには半年くらいたったら聞きますね。「契約のことを、どう考えてるのか?」って。契約を勝ち取るためには、技術つけたほうが絶対いいから。まずは契約を押さえて、それからやりたいことをやればいい。僕、人力舎さんでも講師やってるんですけど、たとえば50組芸人がいて、いい線いってるなと思っても、全部が全部契約できるわけじゃないんですよ。物理的に事務所が面倒を見きれないので、毎年決まった人数しか取らない。だから、そのへんは、現実に即したアドバイスをするようにはしていますね。そのネタは遠回りなのか、近道なのか。「10年後に受け入れられるかもしれへんけど、今は厳しいかもしれへん。それでもやるか?」は言います。それでもやると言うのなら、徹底的にサポートはしますけど。
――お笑い界は、特に遅咲きの方も多いですからね。
ユウキロック 僕らの同期に(ハリウッド)ザコシショウがいるんで。ザコシショウは去年『R-1』獲りましたけど、僕が養成所で見たネタの方向性と、まったく変わってないんですよ(笑)。ずっとあんなんやってる。
――世に言う“ザコシショウショック”。
ユウキロック あれはもう磁場ですね。お笑いが一周したタイミングというのもあるでしょうし、その場所にいたお客さんが、お笑い慣れしてるというのもあったと思う。お笑い慣れというのは、頭の中にフリが作れるということ。ザコシショウを知ってて、ケンコバと同期で、20年ずっとこんなことやってて……っていうフリがあってあれを見たら、面白いじゃないですか。でも、ザコシショウは今の事務所が3つ目で、しかも結果を出してる。すごい。一概に、すべてを否定できません。
――ずっと続けることのすさまじさはありますね。
ユウキロック だから、僕が怒るとしたら……やっぱり本気でやってなかったら、注意はします。授業では「みんなが、この本の俺くらいの気持ちでやってると思って話してるからね」って言います。
――おおお(笑)。ユウキロック先生から見て、いまお笑い芸人を目指している子たちは、どんなふうに映りますか?
ユウキロック ライトですね。去年の夏に『ハイスクールマンザイ』というイベントの審査で高校生の漫才をたくさん見せてもらったんですけど、特にそういう印象を受けました。漫才コントがそうさせたのかなぁ。
――漫才コントですか?
ユウキロック 漫才コントの基本がわかりやすいんでしょうね。「これ今度やりたいからちょっと練習させて」っていうフォーマットがあるじゃないですか。みんながその型を知っちゃった。楽な型を知っちゃった。でもね、実際にネタを作るときって、もっと細かく調べるんですよ。そこが足りないから薄くなる。
――「っぽい」感じにはなるけど……。
ユウキロック 自分の頭の中だけで完結してしまってるんですね。もっと細かくフリを入れたりしなきゃいけないところを、してなかったりする。小説家が小説を書くときに、どんだけの資料を集めるかっていう話と一緒なんです。資料が全然ない中で、書き始めないじゃないですか。どうしてそれを漫才でできないのか? って。僕も死ぬほど調べましたし、このタイミングでダンスしたら面白いって思ったら、死ぬほどダンスも練習しましたし。ダンスなんか大っ嫌いですよ、ホンマは。だけど、ウケる思うから練習できる。

■ナイナイ岡村が「ガム」のネタにこだわったわけ
――「芸人になる」というハードルが高いのか低いのか、よくわからない時代になったような気がするんです。面白さのハードルというか……。
ユウキロック 何に関してもそうだと思うんですけど、要するに「フリ」と「オチ」なんですよね。そこがわかれば、お笑いのことがわかってくる。それをわからない人が、養成所にもたくさんいる。みんなオチばっかり気にするんですよ。フリの重要性がなかなか理解してもらえない。たとえばライブのコーナーで、テーブルクロス引きがあるとするじゃないですか。もし、できるなと思えば「うわぁ、こんなんできませんよ」ってフるべきやし、逆に絶対できひんと思ったら「簡単ですわ」って。それを最初に自分でパッと判断して、逆にフっていく。オチに向かっていくのはそこからです。漫才やコントだけじゃなくて、コーナーもVTRもみんなそう。それがわかればネタは簡単に作れるようになるし、ある意味、そこからですよ。個性なんてものが出てくるのは。それが本当に難しいんですけど。
――本にも書かれていましたが、ハリガネロックは、とにかく目の前のお客さんにウケることを一番に考えていたと。
ユウキロック 仕事が欲しかったし、そのためには、今ここにいる人たちをどれだけ笑わせられるのか。それこそが正解だと思っていました。
――芸人さんは、マーケティングをするべきだと思いますか?
ユウキロック するべきだと思います。これも本には書きませんでしたけど、僕にその意識を植え付けたのって、ナイナイの岡村(隆史)さんなんです。僕が1年目くらい、ナイナイさんもまだ大阪時代に、岡村さんはずーーーーっとガムのネタやってたんですね。岡村さん自身がガムになるネタ。どのチャンネルを見ても、そのネタばっかりやってる。正直、そんなめっちゃ面白いわけじゃない。ほかに面白いネタたくさんあるのに。あるとき、やしきたかじんさんの前でそのネタやって、たかじんさんに言われるんです。「ナインティナイン、そのネタおもろいんか?」って。そしたら岡村さん「面白くないです」って。「じゃあ、なんでこのネタやってんのや?」「これやってたら、いつか『あぁガムの兄ちゃんや』って覚えてもらえるじゃないですか。だから漫才やらずに、このネタばっかりやってるんです」。印象を付けるためだけに、そのネタをずっとやり続けてた。そういう方法もある。ただ、岡村さんくらいのレールに乗ってないとできませんが(笑)。だから今、何かに特化する人が多いのもそうなんやな、って。
――飽きられる怖さはないですか?
ユウキロック これがね、またその時代も変わってきていて、それだけでは残れなくなってる。結局また同じこと言ってしまいますけど、本当に今が一番大変なんちゃうかな。なんとかそれでテレビに出ても、すぐ消えてしまう。去年もたくさんそういう芸人いましたけど、その中でひとりだけ残ったのが平野ノラだと思うんです。球打ちながら、その上で、どうやって残るのかまで考えなきゃいけない。
――テレビ、劇場、インターネット……芸人さんの活躍する土壌はどんどん広がっていると思いますが、これからの芸人さんは、どのようにそのバランスを取るべきだとお考えですか?
ユウキロック 僕、今44歳なんですけど、もし20代に戻ったとして一番キツイと思うのは、この若い時期の大事な時間を何に充てるべきなのかってことなんです。本当にわかりづらい。たとえば、YouTubeでネタやり続けたら当たるのか?
――みんな「迷子」ですね……。
ユウキロック 逆に、なんでもやったほうがいいのかもしれない。いま自分で「なんでも屋」って名乗ってますけど、結果を残せれば、別に肩書なくてもできることは多いので。僕も芸人時代に“家電”や“節約”でテレビ出させてもらったし、それこそ家事が得意でブレークする人もいる。
――もともと本気で好きかどうかが問われそうです。
ユウキロック 本当は何がしたいのか、突き詰めればわかると思う。「テレビに出たい」んだったら、選択肢は変わってくる。なんなら、芸人じゃなくてもいい。「お金欲しい」もそうですよね。自分の欲求を明確にしたら、道も見えてくるんじゃないでしょうか。自分への問いかけをね。

■2020年にコンビ解散の流れが一気に押し寄せる!?
――お笑い界の未来、どうなっていくのでしょうか?
ユウキロック おそらく2020年に、コンビ解散の流れがすごくくると思うんですよ。東京オリンピックがひとつの節目となって。ただね、辞めるんやったら、今やと思う。2020年まではいろんな仕事があるんで。その仕事をうまく取り込むには、今やと。2020年に解散しても何もない、焼け野原しかない。
――芸人さんのセカンドキャリア問題……。
ユウキロック セカンドキャリア問題……あるか、あるかなぁ。
――本には「ハリガネロックは売れなかった」と書かれていましたが、でも一般の認識はそうではなかったと思うんです。面白かったし、売れてる芸人さんとして見ていました。しゃべれて、筆力もある。だからこそ、ユウキロックさんは次のステップに進めたのかなって。ということは、そうはできない「元芸人」さんも、たくさんいらっしゃるのではないかと。
ユウキロック 解散という選択肢の前に、何をしておくかっていうのが大事。現状イマイチだなと思う芸人がおるとしたら、それはもう環境を変えないと、何も変わらないと思うんです。たとえば、ずっと組んでる作家を代えるとか、なんでもいいんですけど、今までとは違うものを注入して状況を変えない限り、そのままなんです。でも、それをみんなしようとはしない。
――変えることの怖さでしょうか?
ユウキロック 大阪から東京に出てきて、今また大阪に帰ろうか悩んでいる後輩が何組かおりまして、話聞いたんですよ。そしたら「あと2回、『M-1』のチャンスあるんで、それでダメだったら戻ろうかと」って言う。いやいや、それじゃ同じことの繰り返しにならへんか? 大阪で『M-1』受けたほうが環境変わるやん。ダメだったから大阪戻りましたっていうのも、大阪に失礼じゃないですか。大阪はね、いま腕のある漫才師たくさんいるんで、その中でもまれて苦しんで考えたほうがよくないか? って。あと戦略的に考えると、いま大阪帰ろうか迷っている芸人が何組かおんのやったら、その中で一番最初じゃないと意味ないと思うよ、って。なんでも一番に決断して、一番に動いたやつの勝ちなんですよ。仕事場所、話す人、遊ぶ人、すべて変えるくらいじゃないと、逆転は難しい。
――それ、芸人さんの世界だけでなく、広く一般に言えることかもしれません。
ユウキロック でもホンマ、40歳ですよ。40歳を境に、思いのほか体が動かなくなる(笑)。やろうと思えばなんでもできると思っていても、体がついていかない。この本には、解散から次の仕事に向かうまでの紆余曲折も全部書いてますから、なんらかの参考にしてもらえたらうれしいです。
――最後にお伺いしたいのですが、芸人に戻りたいなと思うことはありますか?
ユウキロック そうですね。芸人というか、漫才をやりたいなというのは、常に思いますね。でも、昔以上のことができんのかとか、それくらいの相方と出会えるのかというのもありますし。本まで出したので、それに泥を塗るような真似だけはしたくないです。
――元相方さんは、読まれたでしょうか……?
ユウキロック どうでしょう、わかりませんね。昔から相方に厳しいと言われ続けてきて、でもそれくらい真剣にやってきたし、僕のギャラの半分は相方が稼いでくれていると考えてましたから。僕らはお互い、先輩にかわいがってもらうようなタイプの芸人じゃなかったので、仕事は自分たちの実力で勝ち取るしかないと思ってました。そのためには、相方にも、もっともっと向上してもらいたかった。それを考えたら、生半可に優しくとか仲良くとかできないですよね。それくらいの気持ちでやってた……というだけの話で。そうできると思った相手だったから、自分の芸人人生賭けられましたし。
――だからこそ切ない、この物語は……。
(取材・文=西澤千央)

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