「ガツガツしないで時を待つ」東京っ子コンビ・ライスが醸し出す“ゆとり感”

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左・関町知弘、右・田所仁(撮影=尾藤能暢)
「なんかの雑誌の優勝予想で、ダントツに最下位でした(関町)」。2016年の「キングオブコント」。前評判を覆し、当時まだテレビの露出もほとんどなかったライスが優勝。しかし、お笑い好きにとって、その結果は意外でもなんでもなかった。シュールかつ毒の効いた世界観は、一度見たらクセになる。地味なんじゃない、ノームコア。キャラ全盛の時代に、控えめ都会派の彼らは、果たしてどう生き残っていくのか――。 *** ――「キングオブコント2016」優勝後、環境は変わりましたか? 関町 仕事も今までとは全然違う量になりましたし、早く起きる仕事っていうことがそもそもなかったんですよ。 田所 5時、6時起きのね。 関町 朝一の空港とかにいると、仕事してます感あるよね。 田所 ちょっと売れてる気分になる。 ――地方の営業も増えて。 田所 増えましたね。でも、だいたい日帰りなんですよ。 関町 この前、北海道に行ったんですけど、普通にとんかつ弁当でしたからね。ぜんぜん楽しめてない。 田所 でもありがたいのは、「キングオブコント」優勝後、お客さんの反応が全然違うっていうことですね。 関町 今まで営業行っても、有名な芸人さんの付き添い的な感じだったから。 田所 もしくは若手セット。 関町 それが最初に「みんな、拍手してくれぃ!」って「キングオブコント」のときのネタで言ったりすると、スゲェ笑ってくれて。 ――うれしいですね。 田所 やっぱり影響力はすごいと思う。子どもに「握手してください!」とか、今まで言われたことなかったもんな~。 ――ずっと「キングオブコント」を目標にしてきて、いざ優勝を果たしてしまうと、次に何を目指すのか、ちょっと宙ぶらりんになったりしませんか? 田所 そうなんですよね……。 関町 僕ら、ずっと「キングオブコント」に向けて単独ライブをやってきて、そろそろ結果出さないと……っていうときに、一旦単独ライブをやめたんですよ。 田所 それまでは賞レースに向けたネタづくりをしてたんで、4分の間に笑いどころも多くして、設定もわかりやすくして……みたいな。これからは変な話、自由にネタが作れるなと。確かに目標はなくなった感じしますけど、やることは増えた気がします。 関町 単独ライブを定期的にやっていた頃は、特に「キングオブコント」の結果が悪かった(笑)。もう、賞レースに向かないネタばっかりだったから。 田所 そういうネタが、お互い好きだからね。でも、ちょっと我慢しようと。 関町 「キングオブコント」の決勝に出て、いろんな人に見にきてもらえる状態になったら、また単独やろうって決めて……5年かかっちゃった(笑)。 田所 正直、2年くらいかなぁとは思ってた(笑)。 ――でも、5年で結果を出したのは、本当にすごいことだと思います。 関町 本当、それまで惜しくもなんともなかったんで。 田所 みんな「あと一歩で決勝だった」みたいな感じなのに、僕らだけまったくでしたから。2015年も、結構序盤で落ちてるし(笑)。 関町 普段漫才しかやってないコンビのほうが成績良かったり。
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――それはショックですね(笑)。今までと今回は、何が違ったんでしょう。 関町 今まで「キングオブコント」を意識しすぎて、視野がめちゃめちゃ狭くなってたんですよ。 田所 それこそ、“調整ライブ”みたいなものを何カ月もやったり。 関町 そうするとどうなるかっていうと、「ここまで準備したんだから、絶対落ちるわけにはいかないぞ」っていう、ものすごいプレッシャーがかかってくる。 田所 とにかくプレッシャーに弱いんだ、俺らは。 関町 背負いすぎて、もうカッチカチの状態で予選やってたんだよね。 田所 だから2016年は「あえて気楽にいこう」と。新ネタライブも調整ライブもやらずに、なんなら準決勝の前に芸人仲間と旅行に行ったりして、だいぶゆるい気持ちでやったら優勝できたんですよ。そんなもんなんですね~。 ――旅行!? 関町 猪苗代のほうに。飲んで、食って、風呂入って(笑)。 田所 結構周りの芸人から「チャンピオン史上、一番遊んでたんじゃないか」って。 関町 夏フェスも行ったね。 ――充実した私生活(笑)。今、テレビでの活動はいかがですか? 関町 テレビは……年末からパパパーっと入れていただいて、年明けて今、落ち着いてきましたけど。 田所 毎月、何本かは出させてもらってますね。ネタの番組とか。 関町 ありがたいです。テレビでいろんなネタできるのは。ただ「次はキングオブコント2016チャンピオンのネタとなります!!」みたいな呼び込みされると……。 田所 それ、本当多いんだよね(笑)。 関町 ちょっと、余計なこと言わないでよって(笑)。 田所 うれしいしけど、そこで一気にハードルが上がっちゃう。同じネタやるわけにはいかないし。 ――少しずつまたネタ番組も増えていますが、それでもまだバラエティ番組はトークが主流で、ネタよりキャラが重視されがちですよね。 関町 そこなんですよ。 田所 僕らほんと見た目にも特徴がないんで、自分でも、ただの浪人生なんじゃないかと思うときあります。 関町 髪を緑色とかにしないと、こっち向いてももらえない。イジリようがない。 田所 僕らには、チャンピオンっていう肩書しかないんですよ。 ――十分すぎる肩書ですよ! ちなみに、ご家族は、芸人という仕事に対して理解はありますか? 関町 うちの親はちょっとイタイ親というか……方々に「うちの息子芸人やってるんですけど」って、自分から言っちゃう(笑)。「この前優勝したライスって知ってます?」とか。 ――グイグイですね(笑)。 関町 そういうのを風のウワサで聞くとマジやめてくれって思いますけど、でもまぁうれしいんでしょうね。芸人始めて13年、何もなかったから、親としては心配じゃないですか。しかも、30くらいまで実家住んでたんで。親からしたら「育て方、間違った~」ってなりますよね。 田所 どうすんだろう? とは思われてたよね。反対はされなかったけど。
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――なんというか、生温かい目で見守られている。 田所 「生温かい」って、なんかいいっすね(笑)。 関町 なんかちょっと湿気のあるあったかさ(笑)。僕らの同期にしずるやハリセンボンがいるんですけど、そういう売れてるやつらがうちに遊びに来ると、母親には「いつかこの子も、こういう人たちみたいになれるのかしら……」みたいな夢を見させていた気はします。ただ、あいつらがあまりにも売れすぎてるから「あんたはいつ有名になるの?」ともなる。 田所 だよね(笑)。 関町 そういうこと言われるたびに「チッうっせーな」と。 ――中二!! 田所 うちの両親はお笑いが好きで、僕らの単独ライブも毎回欠かさず見に来てて、親戚連れて来たり。それでも、ここ数年は「そろそろ、将来のこと考えなきゃいけないんじゃない?」みたいな感じだったんだけど、優勝してからは「私はわかってたよ。ネタは評価されてたもんね~」みたいなこと言いだした(笑)。 関町 僕らが「キングオブコント」で優勝するまで芸人続けてこられたのは、単純に東京に実家があったからです! 田所 ぬくぬくと芸人ができました。 関町 もっと早く実家出てたら、もっと早く結果出せてたかもしれないけど(笑)。 ――お2人は、さまぁ~ずさんと同じ高校ご出身ですよね。お話を伺っていると、さまぁ~ずさんにも通じる「東京っ子」感、あるなぁと。あんまりガツガツせず、周囲が認めてくれるまで待つ、みたいな。 田所 のんびりと待つ(笑)。 関町 東京03の角田さんも、同じ高校なんですよ! ――お笑い名門校! 関町 もしかしたら、あの学校の校風が、こういう人間を作るのかもしれない。 ――後輩にアドバイスするとしたらそれですね。 関町 まずは、東海大高輪に入学して……。 田所 そこからは、親のすねをかじり倒しなさい。 関町 さまぁ~ずさん、かじってたかわからないだろ! 田所 かじってるだろ~。 ――そのゆとり感が、逆コンプレックスになったりすることはありませんか? 関町 あぁ、特に吉本は、大阪から来てる芸人さんが多いですからね。 田所 でもしょうがないよね、そこに実家があるんだから。 関町 勝手にそっちが大阪から来たんだから。 田所 めちゃくちゃだな(笑) ――単独ライブについて教えてください。5年ぶりということで、楽しみです。 関町 5年ぶりなんで、どうやって単独ってやってたんだろう……というのが本音で。 田所 そんなマイナスからのスタート(笑)。 関町 今回タイトルを「ブラン』にしたんですけど、「白」という意味の。本当にまっさらな気持ちで挑みたいと思ってます。 田所 初心に帰ってってことですね。チャンピオンになって1年目という気持ち。 関町 だからお客さんにも、1年目の芸人の単独を見に来るつもりでお願いしたい。 田所 すげぇハードル下げるな。 関町 生温かい目で。 (取材・文=西澤千央) ●ライス単独ライブ「ブラン」 日時: 7月7日(金)19:30開演 7月8日(土)14:00開演 19:00開演 7月9日(日)13:00開演 17:00開演 会場:CBGKシブゲキ!! 料金:前売5000円 当日5500円

「ガツガツしないで時を待つ」東京っ子コンビ・ライスが醸し出す“ゆとり感”

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左・関町知弘、右・田所仁(撮影=尾藤能暢)
「なんかの雑誌の優勝予想で、ダントツに最下位でした(関町)」。2016年の「キングオブコント」。前評判を覆し、当時まだテレビの露出もほとんどなかったライスが優勝。しかし、お笑い好きにとって、その結果は意外でもなんでもなかった。シュールかつ毒の効いた世界観は、一度見たらクセになる。地味なんじゃない、ノームコア。キャラ全盛の時代に、控えめ都会派の彼らは、果たしてどう生き残っていくのか――。 *** ――「キングオブコント2016」優勝後、環境は変わりましたか? 関町 仕事も今までとは全然違う量になりましたし、早く起きる仕事っていうことがそもそもなかったんですよ。 田所 5時、6時起きのね。 関町 朝一の空港とかにいると、仕事してます感あるよね。 田所 ちょっと売れてる気分になる。 ――地方の営業も増えて。 田所 増えましたね。でも、だいたい日帰りなんですよ。 関町 この前、北海道に行ったんですけど、普通にとんかつ弁当でしたからね。ぜんぜん楽しめてない。 田所 でもありがたいのは、「キングオブコント」優勝後、お客さんの反応が全然違うっていうことですね。 関町 今まで営業行っても、有名な芸人さんの付き添い的な感じだったから。 田所 もしくは若手セット。 関町 それが最初に「みんな、拍手してくれぃ!」って「キングオブコント」のときのネタで言ったりすると、スゲェ笑ってくれて。 ――うれしいですね。 田所 やっぱり影響力はすごいと思う。子どもに「握手してください!」とか、今まで言われたことなかったもんな~。 ――ずっと「キングオブコント」を目標にしてきて、いざ優勝を果たしてしまうと、次に何を目指すのか、ちょっと宙ぶらりんになったりしませんか? 田所 そうなんですよね……。 関町 僕ら、ずっと「キングオブコント」に向けて単独ライブをやってきて、そろそろ結果出さないと……っていうときに、一旦単独ライブをやめたんですよ。 田所 それまでは賞レースに向けたネタづくりをしてたんで、4分の間に笑いどころも多くして、設定もわかりやすくして……みたいな。これからは変な話、自由にネタが作れるなと。確かに目標はなくなった感じしますけど、やることは増えた気がします。 関町 単独ライブを定期的にやっていた頃は、特に「キングオブコント」の結果が悪かった(笑)。もう、賞レースに向かないネタばっかりだったから。 田所 そういうネタが、お互い好きだからね。でも、ちょっと我慢しようと。 関町 「キングオブコント」の決勝に出て、いろんな人に見にきてもらえる状態になったら、また単独やろうって決めて……5年かかっちゃった(笑)。 田所 正直、2年くらいかなぁとは思ってた(笑)。 ――でも、5年で結果を出したのは、本当にすごいことだと思います。 関町 本当、それまで惜しくもなんともなかったんで。 田所 みんな「あと一歩で決勝だった」みたいな感じなのに、僕らだけまったくでしたから。2015年も、結構序盤で落ちてるし(笑)。 関町 普段漫才しかやってないコンビのほうが成績良かったり。
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――それはショックですね(笑)。今までと今回は、何が違ったんでしょう。 関町 今まで「キングオブコント」を意識しすぎて、視野がめちゃめちゃ狭くなってたんですよ。 田所 それこそ、“調整ライブ”みたいなものを何カ月もやったり。 関町 そうするとどうなるかっていうと、「ここまで準備したんだから、絶対落ちるわけにはいかないぞ」っていう、ものすごいプレッシャーがかかってくる。 田所 とにかくプレッシャーに弱いんだ、俺らは。 関町 背負いすぎて、もうカッチカチの状態で予選やってたんだよね。 田所 だから2016年は「あえて気楽にいこう」と。新ネタライブも調整ライブもやらずに、なんなら準決勝の前に芸人仲間と旅行に行ったりして、だいぶゆるい気持ちでやったら優勝できたんですよ。そんなもんなんですね~。 ――旅行!? 関町 猪苗代のほうに。飲んで、食って、風呂入って(笑)。 田所 結構周りの芸人から「チャンピオン史上、一番遊んでたんじゃないか」って。 関町 夏フェスも行ったね。 ――充実した私生活(笑)。今、テレビでの活動はいかがですか? 関町 テレビは……年末からパパパーっと入れていただいて、年明けて今、落ち着いてきましたけど。 田所 毎月、何本かは出させてもらってますね。ネタの番組とか。 関町 ありがたいです。テレビでいろんなネタできるのは。ただ「次はキングオブコント2016チャンピオンのネタとなります!!」みたいな呼び込みされると……。 田所 それ、本当多いんだよね(笑)。 関町 ちょっと、余計なこと言わないでよって(笑)。 田所 うれしいしけど、そこで一気にハードルが上がっちゃう。同じネタやるわけにはいかないし。 ――少しずつまたネタ番組も増えていますが、それでもまだバラエティ番組はトークが主流で、ネタよりキャラが重視されがちですよね。 関町 そこなんですよ。 田所 僕らほんと見た目にも特徴がないんで、自分でも、ただの浪人生なんじゃないかと思うときあります。 関町 髪を緑色とかにしないと、こっち向いてももらえない。イジリようがない。 田所 僕らには、チャンピオンっていう肩書しかないんですよ。 ――十分すぎる肩書ですよ! ちなみに、ご家族は、芸人という仕事に対して理解はありますか? 関町 うちの親はちょっとイタイ親というか……方々に「うちの息子芸人やってるんですけど」って、自分から言っちゃう(笑)。「この前優勝したライスって知ってます?」とか。 ――グイグイですね(笑)。 関町 そういうのを風のウワサで聞くとマジやめてくれって思いますけど、でもまぁうれしいんでしょうね。芸人始めて13年、何もなかったから、親としては心配じゃないですか。しかも、30くらいまで実家住んでたんで。親からしたら「育て方、間違った~」ってなりますよね。 田所 どうすんだろう? とは思われてたよね。反対はされなかったけど。
「ガツガツしないで時を待つ」東京っ子コンビ・ライスが醸し出すゆとり感の画像3
――なんというか、生温かい目で見守られている。 田所 「生温かい」って、なんかいいっすね(笑)。 関町 なんかちょっと湿気のあるあったかさ(笑)。僕らの同期にしずるやハリセンボンがいるんですけど、そういう売れてるやつらがうちに遊びに来ると、母親には「いつかこの子も、こういう人たちみたいになれるのかしら……」みたいな夢を見させていた気はします。ただ、あいつらがあまりにも売れすぎてるから「あんたはいつ有名になるの?」ともなる。 田所 だよね(笑)。 関町 そういうこと言われるたびに「チッうっせーな」と。 ――中二!! 田所 うちの両親はお笑いが好きで、僕らの単独ライブも毎回欠かさず見に来てて、親戚連れて来たり。それでも、ここ数年は「そろそろ、将来のこと考えなきゃいけないんじゃない?」みたいな感じだったんだけど、優勝してからは「私はわかってたよ。ネタは評価されてたもんね~」みたいなこと言いだした(笑)。 関町 僕らが「キングオブコント」で優勝するまで芸人続けてこられたのは、単純に東京に実家があったからです! 田所 ぬくぬくと芸人ができました。 関町 もっと早く実家出てたら、もっと早く結果出せてたかもしれないけど(笑)。 ――お2人は、さまぁ~ずさんと同じ高校ご出身ですよね。お話を伺っていると、さまぁ~ずさんにも通じる「東京っ子」感、あるなぁと。あんまりガツガツせず、周囲が認めてくれるまで待つ、みたいな。 田所 のんびりと待つ(笑)。 関町 東京03の角田さんも、同じ高校なんですよ! ――お笑い名門校! 関町 もしかしたら、あの学校の校風が、こういう人間を作るのかもしれない。 ――後輩にアドバイスするとしたらそれですね。 関町 まずは、東海大高輪に入学して……。 田所 そこからは、親のすねをかじり倒しなさい。 関町 さまぁ~ずさん、かじってたかわからないだろ! 田所 かじってるだろ~。 ――そのゆとり感が、逆コンプレックスになったりすることはありませんか? 関町 あぁ、特に吉本は、大阪から来てる芸人さんが多いですからね。 田所 でもしょうがないよね、そこに実家があるんだから。 関町 勝手にそっちが大阪から来たんだから。 田所 めちゃくちゃだな(笑) ――単独ライブについて教えてください。5年ぶりということで、楽しみです。 関町 5年ぶりなんで、どうやって単独ってやってたんだろう……というのが本音で。 田所 そんなマイナスからのスタート(笑)。 関町 今回タイトルを「ブラン』にしたんですけど、「白」という意味の。本当にまっさらな気持ちで挑みたいと思ってます。 田所 初心に帰ってってことですね。チャンピオンになって1年目という気持ち。 関町 だからお客さんにも、1年目の芸人の単独を見に来るつもりでお願いしたい。 田所 すげぇハードル下げるな。 関町 生温かい目で。 (取材・文=西澤千央) ●ライス単独ライブ「ブラン」 日時: 7月7日(金)19:30開演 7月8日(土)14:00開演 19:00開演 7月9日(日)13:00開演 17:00開演 会場:CBGKシブゲキ!! 料金:前売5000円 当日5500円

「魂を削る思いで書きました」唯一無二の小説家・紗倉まなが向き合った、自身の“闇”と“病み”の正体

「魂を削る思いで書きました」唯一無二の小説家・紗倉まなが向き合った、自身の闇と病みの正体の画像1
 人気AV女優・紗倉まなの2作目となる小説『凹凸』(KADOKAWA)が、3月18日に発売になった。4人のAV女優を描いた短編集『最低。』(同)で鮮烈な文壇デビューを飾ったのが、昨年2月。それから1年、初の長編となった新作の筆致には一切の迷いがなく、読者に「伝わっていること」への確信に満ちていた。  物語の主人公・栞と同じ24歳になったばかりの紗倉まなに、話を聞きに行った。あいかわらず天真爛漫な笑顔を振りまきながら、作家は「今回は自由に書いた」「書きたかったことを書いた」と繰り返した。そして「魂を削る思いで書いた」とも──。  このインタビューでは、前半に『凹凸』に込めた思い、後半には処女作『最低。』の映像化と、紗倉まなが“唯一無二の小説家”である所以について話を聞いた。
「魂を削る思いで書きました」唯一無二の小説家・紗倉まなが向き合った、自身の闇と病みの正体の画像2
『凹凸』(KADOKAWA)
──2作目となりますが、OKが出て脱稿した瞬間の気持ちって、1作目に比べてどうですか? 紗倉 正直、今回のほうが前回より喜びが全然大きかった気がします。前回は自信がなかったし、自分の職業を題材にすることで「イコール自分のこと」と思われちゃうことに囚われていた部分もあって。今回は自分が書きたかったものだし、家族がテーマだし、自由に表現できる分だけ、出し切れた、絞り出せたっていう感覚がすごく大きかったです。出来上がったときは「産み落とせたー!」みたいな、大きな感情がありました。 ──主人公・栞は紗倉さん本人にプロフィールを寄せて描かれています。作品に登場する栞の家族も、実際の紗倉さんのご家族をモチーフにしているのでしょうか? 紗倉 家族構成も一緒ですし、離婚の時期だったり、母が13年くらい子どもができなくて私を産んでくれたこともそうですし、設定は私の家族を元に書いています。もちろん自叙伝ではなく物語なので、人物の行動は事実もあれば想像もあるんですけど、参考にはさせてもらいました。 ──では、栞の母・絹子を描写しているときは、実際のお母さんの顔が浮かんでいた? 紗倉 そうですね。だいぶ美化された母が浮かんでいました。でもやっぱり、両親と本当に向き合ってしまうことが苦しいなって思う瞬間があったりして、途中からは自分のキャラクターとして、父親も母親も動かしていました。おおまかな器だけお借りしました、みたいな感じです。 ──読み進めていくうちに、鮮烈なイメージを伴ったシーンが現れます。栞の祖父、絹子の父である辰夫という人物が自殺を遂げますが、その方法がもう、ちょっと想像の範疇を超えているというか……。 紗倉 祖父の話は、小さいときになんとなく聞いていたんですが、断片的な記憶しかなくて、それを両親にも深く聞けなかったんです。どんな風に死んでいったのかとか……。でも、昔ながらの生粋の下町っ子というか、ギャンブル好きで、自分でも馬を買っちゃって、スクラップ屋を経営していて、そういう要素を重ねたときに、たやすく死なないだろうな、と思ったんですよ。 ──なるほど、ここまでの方法じゃないと、死にそうもないという。 紗倉 だろうな、と思って。あと、自分は自殺したことはないですけど、自殺する人って慢性的に死にたいと思っているか、刹那的な瞬間で死ぬキッカケがあったとか……死との向き合い方を考えることが、すごく難しいなと思っていて、もし辰夫のような死に方があったら、拍手喝采だなと。 ──あ、拍手喝采なんですね。 紗倉 あははは、闇が深い……。 ──では、自分が作ったキャラクターが壮絶な自殺を遂げたり、目を覆いたくような狂い方をしたりするシーンって、書いていてちょっと気持ちいいんじゃないですか? 紗倉 あっ、気持ちいいですね~。なんか、生きてるぅー! って感じがします。生かしてやってるし、殺してやってるしっていう。人は人を操縦できないけど、物語はやっぱり自分が操縦できるっていうのが気持ちいいし、苦しいし、楽しいしっていう……なんかこう、ホントに病みますね(笑)。 ──けっこうニヤニヤしながら書いてたんだろうなっていうのは、伝わってきます。 紗倉 そうですね、逆に書きすぎて、担当さんとかには、「すごい暴れてますね」って言われたこともあって。なんか、けっこう、ほんとに(笑)。
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■家族の死と、堕胎された命の“重み”とは ──その辰夫が亡くなったあとの妻・孝子(栞の祖母)もそうですし、栞の父・正幸もそうですが、登場人物たちが家族が亡くなったことをきっかけに大きく変化するというか、狂ってしまいます。この物語の中では、人が変化する瞬間が、常に家族が死ぬことによって訪れますね。 紗倉 今、私それを聞いて、発見というか、家族が死ぬことで変わるって、確かにそうだったって。自分で書いていたんですけど、無意識だったかもしれないです。赤ちゃんもそうですよね。 ──栞の堕胎を恋人・智嗣が見つけることで、関係が進展していきます。逆にいうと、家族が死なないと人は変わっていけないという意識が、紗倉さんの中にあるんでしょうか? 「家族に死んでほしい」というほどじゃないですが、家族が死んだら自分が大きく変化するのかな、みたいな思いが。 紗倉 それはすごいあります。すっごいあります。私は母子家庭で一人っ子で、母親のことは大好きだし愛してるし、いなかったらすっごい苦しいけど、その方が気が楽だなと思うことも多くて。今後、介護していかなきゃいけないとか、老いておかしくなっていく瞬間にも立ち会わなきゃいけないじゃないですか。それはもう自分の宿命というか、背負わされてる感じは間違いなくあって。家族って大事だけど大事じゃないみたいな、切り離し方がすごく残酷だなって、ずっと思ってて。 ──一方で栞は、堕胎を繰り返して、人の親になることを拒み続けています。この堕胎されていく命というのを、例えばお母さんの命と比べて、どういう風に見ているのか教えてください。 紗倉 私は出産って経験したことがないですけど、世の中ってクルマの運転をする人が当たり前にたくさんいるじゃないですか。私、出産と似ているなと思っていて、私たちが生まれたときから世の中の人はみんな運転しているけれど、自分が運転しようとしたときに免許を取るのはすごく大変だし、でも当然自分もできるでしょ、みたいな感じで試験を受けていたんです。出産も、もちろん価値の大きさは違いますけど、みんなが産んでいるし、自分も産まれてきているんだから、自分も産めるでしょ、母親になれるでしょって思われている気がするんですね。でも、私にとってはすごく違和感があって、子どもをおろすことより産むことの方が信じられない行為なんです。なんでできるんだろう、なんで為し得てしまうんだろうって、ずっと思っていて。 ──それは、「なんでこんな難しいことができるの?」というのと、「なんでそんな無責任なことができるの?」というのも。 紗倉 うんうんうん、ありますね確かに。両方、どっちもありますよね。出産も堕胎も、どっちも「何、無責任なことしてるの?」だし、「なんでそんな難しいことができるの?」だし。「おろすのなんて絶対無理」って言う人もいれば、「おろさざるを得ないからおろすね」って言う人もいる。向き不向きっていうのは絶対あるし、そこについて「命は尊いんだ」みたいなことを言うのは、そういうことじゃないんじゃないかなと思います。自分の身体の中から肉の塊を出すことが、どれくらい怖くて大変なことなのかっていうのは、きっと他人に言われる筋合いのないことなんじゃないかなって思います。
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■「ヤリマンになりたい」思いは成就したか ──前回の『最低。』の際にインタビューさせていただいたとき(記事参照)、書籍の話をしているのに、唐突に「ヤリマンになりたいんです!」と言い出したのって、覚えてます? 紗倉 あー、言ったかもしれないです。なんか、枯渇していた時期ですか? ──それは知りませんが、『凹凸』の栞も彼氏がいるのにバイト先の男の子と平気で寝たり、ある意味ではヤリマンだと思うんですが、紗倉さんがあのとき言っていたヤリマンとは違いますよね? 紗倉 栞はどちらかというと、コミュニケーションを取れない子で、息を吸う感覚でやっていることなんだと思うんです。たまたま流れるように出会った人たちと、そういう行為を繰り返すことで生きている実感を得たりだとか、さりげないものなんですよね、きっと。 ──紗倉さんが目指すヤリマンは、これではない? 紗倉 そうですね。すごい寂しいヤリマンじゃないですか、栞の気質って。孤独なヤリマンは嫌なんです。それは超寂しいじゃないですか。 ──孤独なヤリマン。 紗倉 私が目指すのは孤独なヤリマンじゃなくて、パコリンナイト……パコリンナイトは変か。なんかそういう、「フー!」みたいな、充実した陽気なヤリマンになりたいんです。……私は、充実っていう感覚がよくわからなくて、今まで、どれだけ忙しくても、どれだけ楽しくても、充実っていうのが実感しにくいことだったので、もしかしたら、ないものねだりなだけかもしれないです。充実っていうのは、自分がそうだって思い込まないと、いつまでたっても実感できないことなのかもしれないです。 ──それでも、凹と凸の物語は、ささやかなハッピーエンドを迎えます。そこに充実があるんじゃないかっていうところに落ち着いたように読めましたが。 紗倉 着地点はそうですよね。でも……ハッピーエンドなのかな、どうなのかな。 ──そもそも、なぜ物語を書くのか、という話を伺えますか? すごく面倒だし、ストレートにエッセイとして本音を出すことだってできたはずなんです。なぜ物語を作るのか、物語にしか乗せられないものがあるのか。 紗倉 やっぱり、都合がいいからだと思います。物語なら嘘もつけるし、本当のこともいえる。実は、小説のほうが自分を赤裸々にして、書きたいことが書ける。「だって、私じゃない」って言っちゃえばいいことだから。それに、小説なら「自分のことを知ってほしい」ではなく「物語を楽しんでほしい」っていう気持ちで書けるから、自己満足の仕方が違うんだなって思いましたね。
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■処女作『最低。』映像化と“唯一無二の小説家”紗倉まなの存在 ──『最低。』が瀬々敬久監督で映画化されると聞きました。おめでとうございます。 紗倉 ありがとうございます。瀬々監督とはクランクインの日に少しお話をさせていただきましたが、自分の作品を大切に思ってくださっていることが感じられて、ありがたかったです。 ──『最低。』に関しては、各方面から絶賛の声が相次いだと思います。だから、あのAVを見たときに、「すげえな……」と思ったんですよ。SOD版『最低。』って、あったじゃないですか。タイガー小堺監督の。AVの。 紗倉 ふほほほほほほ。すっげえ性格悪い女優を演じるやつですよね。 ──そうそう、「最低のAV女優を演じる」という。あれは本人じゃなかったら、大変なことだと思うんですよ。一生懸命書いたのに。 紗倉 うんうんうんうん。 ──あのAVは、なんだったんでしょう……。 紗倉 あれはホントに……ちょっと聞いてくださいよ! 高橋がなりさんっていらっしゃるじゃないですか。がなりさんが、紗倉が『最低。』を出版したし、「最低」っていうのにまつわるテーマで、じゃあ「最低のAV女優」を演じろみたいな。 ──確かに、SODらしい企画だなとは思ったんですけど、あの小説をあのように扱われるっていうのは……。 紗倉 ふははははは。 ──非常に特殊な環境に置かれた小説家だなと思ったんです。完全に唯一無二だし、前代未聞だと思うんですよ。自分で著作と同タイトルのAVが作れるというのは。 紗倉 私も本当は「ちょっとー!」って思いましたけど、口が裂けてもそんなこと言えないですから。私は自分の身を置いている場所がSODだから、それは許容することだなと思っていて。なんか楽しく演じられちゃったのもあって、複雑な心境でしたね。そこに乗り気になっちゃう自分は、やっぱりSODの人だなって感じたし、別にそれでもいいなって、ちょっと思いました。でもこれ、そもそもはじめはカッパのAVを撮る企画だったんですよ。 ──カッパ? 紗倉 カッパの企画だったんです。3回くらいカッパのメークテストして、「カッパはマンコがついてないから、タピオカを生み落せ」みたいなことを言われたんです。 ──SODstarで、そんなことやっている女優さんいましたっけ? 紗倉 いないです……。 ──でも、『凹凸』も重版が決まったそうですし、知名度が上がればAV版の話が出てくる可能性もありますね。 紗倉 そしたらもう、『凹凸』なんて「身体で表現しろ」とか言われますよ。「凹でーす! 凸でーす!」みたいな。挿れた瞬間に「おうとつー!」って叫ぶみたいな。絶対そっちですよ……。でも、やったほうがいいのかなー。やっちゃおうかなー。 ──出たら買いますよ。 紗倉 じゃあ、いいものにします。せめて。 ──作家業とAV女優って、両方紗倉まなであるとは思うんですけど、交わらないラインだと思ってたんです。あまりに小説の出来がよかったから。作家がこれだけ魂を削ってるのに、うわべだけでやられちゃう感じ、おもしろいなーと思って、やっぱりすごい人ですよ。存在というか、表現者としてすごいです。 紗倉 そっすか、お恥ずかしい限りですけど、本当に。 (取材・文=編集部/撮影=尾藤能暢)
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●『凹凸』 結婚13年目で待望の娘・栞が生まれた一家に、ある異変が起きていた。“あの日”を境に夫と決別した絹子は、娘を守ろうと母親としての自分を貫こうとする。しかし、24歳になった栞は“ある日”の出来事に縛られ続け、恋人の智嗣に父親の姿を重ねている自分に気付く…。家族であり、女同士でもある母と娘、二代にわたる性と愛の物語。 ●紗倉まな 1993年3月23日、千葉県生まれ。工業高等専門学校在学中の2012年にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。2015年には「スカパー! アダルト放送大賞」で史上初の三冠を達成する。テレビ出演や雑誌グラビアでも活躍し、「週刊プレイボーイ」(集英社)、『messy』(サイゾー)でコラム連載。著書に今秋の実写映画化を控える処女小説『最低。』(KADOKAWA)、エッセイ集『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)、スタイルブック『MANA』(サイゾー)がある。 金属系女子・紗倉まなの「愛ってなんですか?」(messy) http://mess-y.com/archives/category/column/sakuramana
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 人気AV女優・紗倉まなの2作目となる小説『凹凸』(KADOKAWA)が、3月18日に発売になった。4人のAV女優を描いた短編集『最低。』(同)で鮮烈な文壇デビューを飾ったのが、昨年2月。それから1年、初の長編となった新作の筆致には一切の迷いがなく、読者に「伝わっていること」への確信に満ちていた。  物語の主人公・栞と同じ24歳になったばかりの紗倉まなに、話を聞きに行った。あいかわらず天真爛漫な笑顔を振りまきながら、作家は「今回は自由に書いた」「書きたかったことを書いた」と繰り返した。そして「魂を削る思いで書いた」とも──。  このインタビューでは、前半に『凹凸』に込めた思い、後半には処女作『最低。』の映像化と、紗倉まなが“唯一無二の小説家”である所以について話を聞いた。
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『凹凸』(KADOKAWA)
──2作目となりますが、OKが出て脱稿した瞬間の気持ちって、1作目に比べてどうですか? 紗倉 正直、今回のほうが前回より喜びが全然大きかった気がします。前回は自信がなかったし、自分の職業を題材にすることで「イコール自分のこと」と思われちゃうことに囚われていた部分もあって。今回は自分が書きたかったものだし、家族がテーマだし、自由に表現できる分だけ、出し切れた、絞り出せたっていう感覚がすごく大きかったです。出来上がったときは「産み落とせたー!」みたいな、大きな感情がありました。 ──主人公・栞は紗倉さん本人にプロフィールを寄せて描かれています。作品に登場する栞の家族も、実際の紗倉さんのご家族をモチーフにしているのでしょうか? 紗倉 家族構成も一緒ですし、離婚の時期だったり、母が13年くらい子どもができなくて私を産んでくれたこともそうですし、設定は私の家族を元に書いています。もちろん自叙伝ではなく物語なので、人物の行動は事実もあれば想像もあるんですけど、参考にはさせてもらいました。 ──では、栞の母・絹子を描写しているときは、実際のお母さんの顔が浮かんでいた? 紗倉 そうですね。だいぶ美化された母が浮かんでいました。でもやっぱり、両親と本当に向き合ってしまうことが苦しいなって思う瞬間があったりして、途中からは自分のキャラクターとして、父親も母親も動かしていました。おおまかな器だけお借りしました、みたいな感じです。 ──読み進めていくうちに、鮮烈なイメージを伴ったシーンが現れます。栞の祖父、絹子の父である辰夫という人物が自殺を遂げますが、その方法がもう、ちょっと想像の範疇を超えているというか……。 紗倉 祖父の話は、小さいときになんとなく聞いていたんですが、断片的な記憶しかなくて、それを両親にも深く聞けなかったんです。どんな風に死んでいったのかとか……。でも、昔ながらの生粋の下町っ子というか、ギャンブル好きで、自分でも馬を買っちゃって、スクラップ屋を経営していて、そういう要素を重ねたときに、たやすく死なないだろうな、と思ったんですよ。 ──なるほど、ここまでの方法じゃないと、死にそうもないという。 紗倉 だろうな、と思って。あと、自分は自殺したことはないですけど、自殺する人って慢性的に死にたいと思っているか、刹那的な瞬間で死ぬキッカケがあったとか……死との向き合い方を考えることが、すごく難しいなと思っていて、もし辰夫のような死に方があったら、拍手喝采だなと。 ──あ、拍手喝采なんですね。 紗倉 あははは、闇が深い……。 ──では、自分が作ったキャラクターが壮絶な自殺を遂げたり、目を覆いたくような狂い方をしたりするシーンって、書いていてちょっと気持ちいいんじゃないですか? 紗倉 あっ、気持ちいいですね~。なんか、生きてるぅー! って感じがします。生かしてやってるし、殺してやってるしっていう。人は人を操縦できないけど、物語はやっぱり自分が操縦できるっていうのが気持ちいいし、苦しいし、楽しいしっていう……なんかこう、ホントに病みますね(笑)。 ──けっこうニヤニヤしながら書いてたんだろうなっていうのは、伝わってきます。 紗倉 そうですね、逆に書きすぎて、担当さんとかには、「すごい暴れてますね」って言われたこともあって。なんか、けっこう、ほんとに(笑)。
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■家族の死と、堕胎された命の“重み”とは ──その辰夫が亡くなったあとの妻・孝子(栞の祖母)もそうですし、栞の父・正幸もそうですが、登場人物たちが家族が亡くなったことをきっかけに大きく変化するというか、狂ってしまいます。この物語の中では、人が変化する瞬間が、常に家族が死ぬことによって訪れますね。 紗倉 今、私それを聞いて、発見というか、家族が死ぬことで変わるって、確かにそうだったって。自分で書いていたんですけど、無意識だったかもしれないです。赤ちゃんもそうですよね。 ──栞の堕胎を恋人・智嗣が見つけることで、関係が進展していきます。逆にいうと、家族が死なないと人は変わっていけないという意識が、紗倉さんの中にあるんでしょうか? 「家族に死んでほしい」というほどじゃないですが、家族が死んだら自分が大きく変化するのかな、みたいな思いが。 紗倉 それはすごいあります。すっごいあります。私は母子家庭で一人っ子で、母親のことは大好きだし愛してるし、いなかったらすっごい苦しいけど、その方が気が楽だなと思うことも多くて。今後、介護していかなきゃいけないとか、老いておかしくなっていく瞬間にも立ち会わなきゃいけないじゃないですか。それはもう自分の宿命というか、背負わされてる感じは間違いなくあって。家族って大事だけど大事じゃないみたいな、切り離し方がすごく残酷だなって、ずっと思ってて。 ──一方で栞は、堕胎を繰り返して、人の親になることを拒み続けています。この堕胎されていく命というのを、例えばお母さんの命と比べて、どういう風に見ているのか教えてください。 紗倉 私は出産って経験したことがないですけど、世の中ってクルマの運転をする人が当たり前にたくさんいるじゃないですか。私、出産と似ているなと思っていて、私たちが生まれたときから世の中の人はみんな運転しているけれど、自分が運転しようとしたときに免許を取るのはすごく大変だし、でも当然自分もできるでしょ、みたいな感じで試験を受けていたんです。出産も、もちろん価値の大きさは違いますけど、みんなが産んでいるし、自分も産まれてきているんだから、自分も産めるでしょ、母親になれるでしょって思われている気がするんですね。でも、私にとってはすごく違和感があって、子どもをおろすことより産むことの方が信じられない行為なんです。なんでできるんだろう、なんで為し得てしまうんだろうって、ずっと思っていて。 ──それは、「なんでこんな難しいことができるの?」というのと、「なんでそんな無責任なことができるの?」というのも。 紗倉 うんうんうん、ありますね確かに。両方、どっちもありますよね。出産も堕胎も、どっちも「何、無責任なことしてるの?」だし、「なんでそんな難しいことができるの?」だし。「おろすのなんて絶対無理」って言う人もいれば、「おろさざるを得ないからおろすね」って言う人もいる。向き不向きっていうのは絶対あるし、そこについて「命は尊いんだ」みたいなことを言うのは、そういうことじゃないんじゃないかなと思います。自分の身体の中から肉の塊を出すことが、どれくらい怖くて大変なことなのかっていうのは、きっと他人に言われる筋合いのないことなんじゃないかなって思います。
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■「ヤリマンになりたい」思いは成就したか ──前回の『最低。』の際にインタビューさせていただいたとき(記事参照)、書籍の話をしているのに、唐突に「ヤリマンになりたいんです!」と言い出したのって、覚えてます? 紗倉 あー、言ったかもしれないです。なんか、枯渇していた時期ですか? ──それは知りませんが、『凹凸』の栞も彼氏がいるのにバイト先の男の子と平気で寝たり、ある意味ではヤリマンだと思うんですが、紗倉さんがあのとき言っていたヤリマンとは違いますよね? 紗倉 栞はどちらかというと、コミュニケーションを取れない子で、息を吸う感覚でやっていることなんだと思うんです。たまたま流れるように出会った人たちと、そういう行為を繰り返すことで生きている実感を得たりだとか、さりげないものなんですよね、きっと。 ──紗倉さんが目指すヤリマンは、これではない? 紗倉 そうですね。すごい寂しいヤリマンじゃないですか、栞の気質って。孤独なヤリマンは嫌なんです。それは超寂しいじゃないですか。 ──孤独なヤリマン。 紗倉 私が目指すのは孤独なヤリマンじゃなくて、パコリンナイト……パコリンナイトは変か。なんかそういう、「フー!」みたいな、充実した陽気なヤリマンになりたいんです。……私は、充実っていう感覚がよくわからなくて、今まで、どれだけ忙しくても、どれだけ楽しくても、充実っていうのが実感しにくいことだったので、もしかしたら、ないものねだりなだけかもしれないです。充実っていうのは、自分がそうだって思い込まないと、いつまでたっても実感できないことなのかもしれないです。 ──それでも、凹と凸の物語は、ささやかなハッピーエンドを迎えます。そこに充実があるんじゃないかっていうところに落ち着いたように読めましたが。 紗倉 着地点はそうですよね。でも……ハッピーエンドなのかな、どうなのかな。 ──そもそも、なぜ物語を書くのか、という話を伺えますか? すごく面倒だし、ストレートにエッセイとして本音を出すことだってできたはずなんです。なぜ物語を作るのか、物語にしか乗せられないものがあるのか。 紗倉 やっぱり、都合がいいからだと思います。物語なら嘘もつけるし、本当のこともいえる。実は、小説のほうが自分を赤裸々にして、書きたいことが書ける。「だって、私じゃない」って言っちゃえばいいことだから。それに、小説なら「自分のことを知ってほしい」ではなく「物語を楽しんでほしい」っていう気持ちで書けるから、自己満足の仕方が違うんだなって思いましたね。
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■処女作『最低。』映像化と“唯一無二の小説家”紗倉まなの存在 ──『最低。』が瀬々敬久監督で映画化されると聞きました。おめでとうございます。 紗倉 ありがとうございます。瀬々監督とはクランクインの日に少しお話をさせていただきましたが、自分の作品を大切に思ってくださっていることが感じられて、ありがたかったです。 ──『最低。』に関しては、各方面から絶賛の声が相次いだと思います。だから、あのAVを見たときに、「すげえな……」と思ったんですよ。SOD版『最低。』って、あったじゃないですか。タイガー小堺監督の。AVの。 紗倉 ふほほほほほほ。すっげえ性格悪い女優を演じるやつですよね。 ──そうそう、「最低のAV女優を演じる」という。あれは本人じゃなかったら、大変なことだと思うんですよ。一生懸命書いたのに。 紗倉 うんうんうんうん。 ──あのAVは、なんだったんでしょう……。 紗倉 あれはホントに……ちょっと聞いてくださいよ! 高橋がなりさんっていらっしゃるじゃないですか。がなりさんが、紗倉が『最低。』を出版したし、「最低」っていうのにまつわるテーマで、じゃあ「最低のAV女優」を演じろみたいな。 ──確かに、SODらしい企画だなとは思ったんですけど、あの小説をあのように扱われるっていうのは……。 紗倉 ふははははは。 ──非常に特殊な環境に置かれた小説家だなと思ったんです。完全に唯一無二だし、前代未聞だと思うんですよ。自分で著作と同タイトルのAVが作れるというのは。 紗倉 私も本当は「ちょっとー!」って思いましたけど、口が裂けてもそんなこと言えないですから。私は自分の身を置いている場所がSODだから、それは許容することだなと思っていて。なんか楽しく演じられちゃったのもあって、複雑な心境でしたね。そこに乗り気になっちゃう自分は、やっぱりSODの人だなって感じたし、別にそれでもいいなって、ちょっと思いました。でもこれ、そもそもはじめはカッパのAVを撮る企画だったんですよ。 ──カッパ? 紗倉 カッパの企画だったんです。3回くらいカッパのメークテストして、「カッパはマンコがついてないから、タピオカを生み落せ」みたいなことを言われたんです。 ──SODstarで、そんなことやっている女優さんいましたっけ? 紗倉 いないです……。 ──でも、『凹凸』も重版が決まったそうですし、知名度が上がればAV版の話が出てくる可能性もありますね。 紗倉 そしたらもう、『凹凸』なんて「身体で表現しろ」とか言われますよ。「凹でーす! 凸でーす!」みたいな。挿れた瞬間に「おうとつー!」って叫ぶみたいな。絶対そっちですよ……。でも、やったほうがいいのかなー。やっちゃおうかなー。 ──出たら買いますよ。 紗倉 じゃあ、いいものにします。せめて。 ──作家業とAV女優って、両方紗倉まなであるとは思うんですけど、交わらないラインだと思ってたんです。あまりに小説の出来がよかったから。作家がこれだけ魂を削ってるのに、うわべだけでやられちゃう感じ、おもしろいなーと思って、やっぱりすごい人ですよ。存在というか、表現者としてすごいです。 紗倉 そっすか、お恥ずかしい限りですけど、本当に。 (取材・文=編集部/撮影=尾藤能暢)
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●『凹凸』 結婚13年目で待望の娘・栞が生まれた一家に、ある異変が起きていた。“あの日”を境に夫と決別した絹子は、娘を守ろうと母親としての自分を貫こうとする。しかし、24歳になった栞は“ある日”の出来事に縛られ続け、恋人の智嗣に父親の姿を重ねている自分に気付く…。家族であり、女同士でもある母と娘、二代にわたる性と愛の物語。 ●紗倉まな 1993年3月23日、千葉県生まれ。工業高等専門学校在学中の2012年にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。2015年には「スカパー! アダルト放送大賞」で史上初の三冠を達成する。テレビ出演や雑誌グラビアでも活躍し、「週刊プレイボーイ」(集英社)、『messy』(サイゾー)でコラム連載。著書に今秋の実写映画化を控える処女小説『最低。』(KADOKAWA)、エッセイ集『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)、スタイルブック『MANA』(サイゾー)がある。 金属系女子・紗倉まなの「愛ってなんですか?」(messy) http://mess-y.com/archives/category/column/sakuramana
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凹凸 まなてぃの恐るべき才能 「魂を削る思いで書きました」唯一無二の小説家・紗倉まなが向き合った、自身の闇と病みの正体の画像8

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士が『ラ・ラ・ランド』に悶絶!? 「過呼吸になりかけた」理由とは

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 繊細な元ヤクザが、映画館の暗がりの中でパニック寸前に!――“元アウトローのカリスマ”こと作家の瓜田純士(37)が、話題の映画に因縁をつける不定期連載。今回は、アカデミー賞最多6部門受賞のミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』(デイミアン・チャゼル監督)を鑑賞してもらったところ、上映中、苦しげに悶え始めた。カリスマの身に何が起きたのか……?  鑑賞当日、映画館に現れた瓜田。まずはいつものように文句のオンパレードから始まった。 「前々回は『この世界の片隅に』で、前回は『君の名は。』。アニメ、アニメと続いたから、次もどうせアニメだろう。でも『ひるね姫』はあえて外して、ディズニーの『モアナと伝説の海』で来るんじゃないか。そう予想して楽しみにしてたんですよ。こう見えて俺、ディズニーアニメが好きですからね。ここ数日は完全に“モアナ脳”になってて、グッズ見ながらワクワクしてたところに、『次はラ・ラ・ランドでお願いします』という連絡が来て、電話を放り投げましたよ。センスねえセレクトしやがって」 『ラ・ラ・ランド』の存在は、予告などを通じて認知していたが、ジャンル的にお気に召さないらしい。 「アカデミーの授賞式のときに発表ミスがあったミュージカル映画ですよね? 興味ねえよ、アメ公のダンスなんて。どうせ『ムーラン・ルージュ』(2001年製作のアメリカのミュージカル映画)の二の舞だろ。『ムーラン・ルージュ』は20代のときに、当時付き合ってた女と見たんですよ。最悪でしたよ。映画も、その女も」  さんざん毒づきながら劇場入りした瓜田だが、映画が始まるやいなや、呼吸が乱れ、そわそわと落ち着かない様子になり、隣に座っていた麗子夫人から何度も「大丈夫?」と心配されていた。いったい何が起きたのか? 終了後にじっくり話をうかがおう。  * * * ――大丈夫ですか? 序盤、様子がおかしかったですが。 瓜田純士(以下/純士) 主役の一人であるミア(エマ・ストーン)が、すっごい垢抜けないじゃないですか。俺ね、あいつがブス過ぎるせいで、パニック発作が起きそうになったんですよ。冗談じゃなく、マジで。 ――一昨年にパニック障害を克服した瓜田さんですが(記事参照)、この映画が原因で、それが再発しそうになったんですか? 純士 ええ。最初のオーディションのシーンで、ミアがドアップになった瞬間から動悸が早まって、過呼吸になりかけた。「ヤバい、久々に(パニック障害の症状が)来たな」となって、そこからあいつの顔を見るのが怖くなってしまったんです。あと5分で終わりとかなら大丈夫なんだけど、あの暗闇の中、「まだここに2時間いないといけない」という状況が、パニック発作を呼び込むんです。だから、あいつが大写しになるたびに、スクリーンから目を逸らしてました。 ――そんなにツラい思いをするぐらいなら、途中で退出してもらってもよかったのに……。 純士 まぁ最近は、回避方法を心得てるんでね。原因になったものを見ないようにしながら、冷静に呼吸を整えれば大丈夫。隣に嫁もいたので、途中からは落ち着きを取り戻すことができて、終盤にはあの顔も平気になってきた。ブスは2時間で慣れる、ってことですかね。ブサメンだなと思ったもう一人の主人公のセブ(ライアン・ゴズリング)も、後半からイケメンに見えてきましたから。 ――エマ・ストーンって、そんなにブスですかね?
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純士 昔から俺、あの手の女が苦手なんですよ。“アンネの日記系”っていうのかな。色白で、ソバカスができそうで、下着の通販カタログに出てくるような、あの手の女がとにかくダメで、正視できない。でも、そのほかの部分はちゃんと見てたから、ストーリーは理解してるつもりです。 ――映画として、いかがでしたか? 純士 一番コメントに困るパターンなんだけど、すげえ面白くもなく、すげえつまんなくもないんですよ。だから、絶賛も酷評もできない、って感じですね。 瓜田麗子(以下/麗子) ホンマに? ウチは、スーパーおもんなかったわ。退屈で退屈でしょうがなかったでぇ。 ――冒頭の渋滞のシーンが“ツカミ”として高評価を受けているのですが、いかがだったでしょう? 純士 ああいうこれ見よがしな場面は嫌いですね。うるせえよ、早く終われよ、と思いながら見てました。そのあとに苛立ったのは、セブの態度ですね。求める音楽性とやる音楽性の違いで悩むじゃないですか。ホント青くせえ奴だな、と。売れたもん勝ちの世界で何言ってんだ、バカじゃねえかと。やりたいことなんか売れてからやりゃいいんだから、うだうだ抜かしてねえで、ガッツ石松に感謝しろよと思いました。 ――ガッツ石松? 純士 メジャー志向のジャズバンドに引き抜いてくれたボーカルの黒人(ジョン・レジェンド)のことですよ。そのガッツが、セブに向かって名言を残すんですよ。「お前が憧れてるアーティストたちは革命を起こしたんだ。革命を起こすには、古い歴史にとらわれてたらダメなんだ。ジャズは未来なんだ。だから俺たちは新しいことをやっていくんだ」みたいなこと言うでしょう。いいこと言うな、と思いました。でもやってる音楽は全然新しくないから、笑っちゃいましたけどね。 ――えっ? 瓜田さんって、ジャズに詳しいんですか? 純士 いや、全然。でもあいつらのライブの音楽を聴いた瞬間に、こう思ったんですよ。「TKに負けてるじゃねえか」と。 ――TKって、まさか、小室哲哉のことですか?
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純士 そう。TKは、20年前にもっとすごいことをやってる。2017年の今、あんなジャズバンドが新しいって言うんなら、「90年代にTKがやってたことはどうなんだよ、オイ!」と言いたくなりましたね。ガッツも、セブも、TKを聴いたら尻尾巻いて逃げ出しますって。まぁでもセブは、なんやかんやで好感が持てる男ですよ。いい彼氏だな、と思いました。 ――その理由は? 純士 一途だし、彼のほうがミアよりも、ちょっと大人なんですよ。夢と現実の折り合いをつけながら自らのキャリアを積む一方で、役者として芽が出なくて落ち込んでる彼女のためにあれこれ世話を焼いてあげたからこそ、ああいう未来があったわけで。そのことをわかってないとしか思えない行動を取ったミアに対して俺は、「お前、死ねよ」と言いたくなりました。だからお前はその顔なんだよ。日本人にパニック発作を起こさせるようなドブスが! 麗子 純士は「The End」と出た瞬間、ソッコー出ようとしとったけど、ほとんどの人はエンドロールが終わるまで残っとったわ。 純士 エンドロールを最後まで見たいって奴は、「1,800円払ったんだから最後の最後まで見ないと損をする」という貧乏人か、「キャストの詳細を知りたい」とかいう映画通ぶったバカだけですよ。 麗子 最後の最後まで見た人も、全員感動しとるわけではなかったようやな。終わったあと、トイレで女の子の二人組が文句言うとったでぇ。「結局、何が言いたかってんやろなぁ?」「よぅわからんなぁ」って。 純士 俺は具合が悪くなりつつも、監督の言いたいことは、だいたい読み取ったつもりだけどね。夢を追いかけてるときの二人と、その後の二人。それらを凝縮したのが、あのシーンでしょ。「二人が求めてた本当の夢」みたいなもんを、監督はあの曲に乗せてああいう形で表現したかったんでしょう。 ――あの曲は好きですか? 純士 よくわかんない。でも、あの謎のピアノ、彼の旋律とでもいうのかな。ミアと出会ったときや、篠山紀信みたいなジジイに唇噛まされたときも弾いてた、あの大切な曲をもう一度弾くとしたら、あそこしかなかったんでしょうね。彼がそのタイミングを待ってたかどうかはわからないけどね。 ――泣いている観客もチラホラいました。
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純士 やっぱ、夢を追いかける映画は、大衆の心を打ちますよ。子どものときって誰もが一度は、スポーツ選手や、宇宙飛行士や、芸能人に憧れるじゃないですか。俺はロックスターになりたかったのに、どこでどう間違ったか、不良界のスーパースターになってしまったわけですが、今でも音楽の世界に憧れはあります。だから、ショービズの世界を志すカップルの成長記みたいにとらえれば、この映画は楽しめました。ただ、そう見ると、ちょっと飽きちゃう部分もあるんですけどね。成長記にしては、試練が足りないし、二人の生い立ちや家族関係の描写も浅かったから。 ――そうすることで、テンポのよさを出したかったのかもしれませんね。 純士 この映画はあくまでミュージカル仕立てだから、ストーリーの細部を見ちゃいけないのかな。大雑把な起承転結だけをわからせて、あとは音楽で感動させてやるぜ的なもんなのかも。 麗子 こんなん、感動できへん。つまらん授業受けとるのと変わらん。アップダウンの幅が狭いから、4回くらい寝落ちしそうになったわ。後味も悪くて嫌いや。 純士 まぁでも、アメリカで映画賞を総ナメにした理由はよくわかりますよ。 ――それは何でしょう? 純士 アメ公って、ちっちゃい頃からミュージカルに慣れ親しんでるじゃないですか。だからこういう作品を受け入れやすいんですよ。それに、あっちはショービズで食っていきたいって人間が、日本の何倍も多いと思うんです。オーディションで落ちた経験を持つ人が大勢いるショービズの先進国なら、そりゃヒットするでしょう。多くのアメ公にとってこれはきっと、忘れかけてたほろ苦い青春時代を思い出させてくれる作品なんですよ。 ――なるほど。 純士 ガッツ石松バンドのメンバー間のやりとりや、難しそうな顔した脚本家みたいな審査員がオーディションで即座に「帰れ!」とか言ってるのを見て、宮本亜門じゃあるまいし、こんな連中が本当にいるのかよ、と笑いそうになってしまいましたが、映画で誇張されてるとはいえ、やっぱ向こうはそれに近い世界が現実にあるんじゃないかな。日本でもここ最近は、ダンスや音楽で食っていきたいということを公言するYouTuberみたいな出たがりが増えたけど、それでも欧米に比べたらまだまだその人口は少ないはず。高嶺の花は追いかけない、みたいな感覚が根強い国ですからね。それに日本人って、ミュージカルに対する免疫もないはずだから、本来は『ラ・ラ・ランド』が流行る土壌なんて、ほとんどないと思うんですけどね。 ――でも日本でも大人気です。今日は平日の日中だったのに、ほぼ満席でした。学生が春休みだからでしょうか? 純士 さぁ。1年中プラチナウィークの俺には、春休みの時期なんてわかりませんよ。だけど、日本でもヒットしてる理由はなんとなくわかります。「ミュージカルがわかる僕たち私たちって、オシャレじゃない?」そう思いたい連中が多いだけのことでしょう。そいつらのオナニー的感覚がSNSやTwitterで拡散されて、勝手にヒットになってるだけですよ。どいつもこいつもミュージカルなんか見たことないくせに、わかったフリしやがって。 麗子 ちゃうちゃうちゃう! 関西人はちっちゃいときから、宝塚でミュージカルに慣れ親しんでるわ! 純士 あ、そうか(笑)。先を行ってたわ、関西は。 麗子 アメリカのミュージカルはノリがちゃうねん。宝塚には宝塚のよさがあんねや。 純士 リーゼントに肩パットみたいな女たちが「すみれの花咲く頃」とか言ってるもんな。なるほど。あれは日本独自の世界観かもしれない。 ――ではそろそろ、総括のコメントをお願いします。 純士 この監督は前作でもドラムの教官と生徒の物語を描いてたらしいので、きっと本当は自分自身も音楽の世界でスターになりたかった人なんでしょう。だからショービズを志す若者の気持ちをわかってるつもりなんだろうけど、まだまだオナニーだわ。だって、日本人の心をわかってねえもん。だからこの監督には、「日本で真の共感を得たかったら、日本の宝塚を学びに来い!」と言いたいですね。「俺も見たことないから、一緒に行こうぜ!」と。これは俺からのオファーです。 (取材・文=岡林敬太/撮影=おひよ)
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※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。 http://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/ ※瓜田純士&麗子 Instagram  https://www.instagram.com/junshi.reiko/

「東大生に50円の価値もない」月給1,500円!? 高野りょーすけが“日本の最高学府”東京大学を飛び出したワケ

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「おっさんレンタル」「レンタル彼女」……と物に限らずありとあらゆる体験が“レンタル”できるようになった昨今、インターネットやSNSを介して、自らの時間のレンタルを受け付ける人たちが出てきた。1日50円という労基署も真っ青な金額で、レンタルを受け付ける男がいる。なぜ、彼はフルタイムで働いても月給にして1,500円にしかならないこの生活を始めたのか? そんな「1日を50円で販売する」生活の中で出会った、さまざまな人々との交流をまとめた『現役東大生が1日を50円で売ってみたら』(KADOKAWA)を上梓した、著者の高野りょーすけ氏に話を聞いた。
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――1日を50円で売るきっかけは、そもそもどういった経緯だったんですか? 高野りょーすけ(以下、高野) 大学で留年してしまって、どうしようかなって思っていたら、「おっさんレンタル」とか「レンタル彼女」とか、自分の時間を売る方々を見つけたんですよ。自分もいろんな依頼に応えていけば、長所が見つかるのかもなって思ったんです。「おっさんレンタル」が1時間1,000円とか……「レンタル彼女」は、8,000円でしたかね。それで、この金額で売ったとしても、買ってくれるのかなって不安になっていたところ、その中で最安値だった50円で、やってみようかなというのが始まりです。 ――本書にも書いてありますけど、勉強が自分の長所だったけど東大に入ったらそうでもない。落胆した気持ちが強かったですか? 高野 勉強で1番にならなきゃってずっとやってきて、合格したんですけど入ってみたら周りもみんな勉強できる。その中で医者を目指す人だったり、弁護士になりたい人だったり、官僚になるぞ、みたいな人がうじゃうじゃいて、その人たちと比べて自分は取りえがあるわけでもないですし、将来これで食っていこうみたいなのもなくて。ある種のコンプレックスはありましたね。完全に埋もれて、やばいなって思いました。 ――1日って、24時間を50円で売っているんですか? 高野 泊りがけもありますけど、ほとんどが数時間ですね。午前中は、この人、午後はこの人って場合もあります。1日に3件と4件入る日とかもありますね。月給にすると1,500円、今月末に控えているのが、お話してください1件、仕事の相談1件、一緒にご飯食べてください1件とラジオ出演で1日に4件入っている日があります。 ――出会った人で、印象に残っている人っています? 高野 最近だと、不登校の小学生がいましたね。いじめで、小4から小6の2年間、学校に行けてなくて、お母様から「うちの子と遊んでほしい」って依頼。なんだろうな……まさに勉強が通じない世界というか、勉強がまったく役に立たないんですよ、その子と話していると。僕は東大入試をひいひい言いながら突破したけど、その能力じゃこの子を救ってあげることができないんだなって心の底から感じました。結局、その依頼は、2~3時間カードゲームとかして遊んで、話せば学校に行くきっかけの一つになるかなって思っていたんですけど、まだ学校に行けてないみたいで、役に立てたのかどうか。 ――依頼は、全部受けているんですか? それとも選んでいますか? 高野 基本的には受けます。だけど、「宿題をやってください」っていうのは、ちょっと無理だと。僕は全然やってもいいんですけど、それが大学にバレたらその頼んだ人も一緒に世間にさらされるかもしれないから、断っていますね。あとは、地方に住むお母様からご依頼がありまして、地方で情報もないから、勉強のコツとか、これから1年間どうやって計画を立てたらいいか、来年受験の息子のために教えてくださいって依頼がありました。それで「それって、息子さんは知っているんですか?」って聞いたんですよ。お母さんが僕のアドバイスを聞いて、それを息子さんに伝えたところで“やらせている感”が出るから、結局は息子さんにとってはいい選択なのかな? と思いまして。そしたら承諾しているけど、直接僕に聞くのが恥ずかしいから、お母様伝いで依頼してきたそうなんです。その後「いつでも相談にのるんで、その気になったら息子さんから連絡ください」ってLINE教えたんですけど、全然連絡ないですね。結構、悲しくなりました。
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――依頼を受けてきた中で、「これはいいことができたな」というのと「もうちょっと力になれたのかな」では、どちらが多いですか? 高野 それを聞かれると、すごく不安ですね。依頼が終わった後もTwitterやフェイスブックでつながっている人が多いです。この前、大学進学の相談の依頼を受けた女子高生から「あの後、第一志望が決まって、無事に合格しました」って連絡がきて、やっていてよかったと思いましたね。 ――外の世界を見てからだと、東大はどのように映りますか? 高野 よく、東大生は変わり種として紹介されますけど、どの大学にもそういう方っているじゃないですか。それに50円でお会いした方々も、良い意味でみなさん変わっていらっしゃいますし。東大だから〇〇っていうのは、思っているよりは少ないのかな、と。 ――あとがきで「東大生に50円の価値もない」という言葉が出てきますけど。 高野 すごく納得しました。もう終わったレースなので、そこで胸を張ってもしょうがないぞと。でも、なんだかんだこんなに依頼が来るのも東大生だから、というのもあると思うんです。東大なんて、とまでは言うつもりはないですし、東大に恩は感じています。 ――50円活動をする中で、自分の長所って見えてきました? 高野 僕の中には、特長みたいなものがないんだなって実感しましたね。当初は、依頼を受けていく中で自分に共通するものがあれば、それが自分の長所だろうって思っていたんですけど、ご依頼ごとに会う人も境遇も悩みも違う。この方には、自分はこういったことができる、あの人にはこういうことができるというふうに、その人との関係の中で、ようやく自分の長所ができるんだなと感じたんです。本書にも出てきますけど、発達障害の人には数学の話、不登校の小学生だったらカードゲームで遊んであげられるなという、依頼してくれた人と接する中で、出てくる。 ――50円活動を始めてから、社会に対するイメージって変わりました? 高野 変わりましたね。やっぱり、今まで接してきたタイプとは全く違う人たちで、本当に想像できないほどの数の人たちが社会をつくっているんだなと。 ――50円でいつまで売り続けるんですか? 高野 昨年も同じご質問をいただいて、そのときは100件越えたらやめますって言った気がします。今、200件くらいなので、わからないですけど、今年1年は頑張ろうって思っています。 (取材・文=編集部) ●高野りょーすけ(たかのりょーすけ) 1995年、茨城県生まれ。私立の中高一貫校に通うも部活に入らず、ゲームで知り合ったニートの人と遊びすぎて、成績が急降下。親の放任主義に見かねた兄にブチ切れられ、勉強を開始。成績が良ければモテるかなと思い、さらに勉強を積み重ねて学年1位をとるも、まったくモテず、せめて勉強だけはと、なんとか東京大学理科2類に現役合格。しかし、自分の取り柄がないことと将来に不安を覚えて、自主留年。留年が決まった翌年の2016年1月1日にブログを立ち上げ、同年3月から「東大生の1日を50円で買ってくれませんか」企画を始める。
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「君たちはどんなに頑張ってもリア充にはなれない」意識高い系は、なぜ面倒くさい? 文筆家・古谷経衡が暴く“承認欲求の怪物”の正体

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 SNSに毎日投稿し、土日は仲間たちとバーベキュー、せっせと自己啓発セミナーに足繁く通う若者を「意識高い系」と呼ぶ。時に炎上する彼ら「意識高い系」は、どこからやってきたのか。若手文筆家・古谷経衡が、このたび『「意識高い系」の研究』(文春新書)を上梓した。自身も「意識高い系」の一人だと自認する古谷に、世間をにぎわす彼らの実態について話を聞いてみた。
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――意識高い系は、「イライラする若者」ぐらいの捉えられ方だと思うんですけど、今回はそういうことではなくて、「こういう思考回路を持っている人」たちだと枠を広げたところが新鮮だと思いました。リア充になれない人たちが、意識高い系になるということですが、リア充にも意識高い系にもなれない人たちもいると思うんですね。 古谷経衡(以下、古谷) リア充でも意識高い系でもない人というのは、“見えない”んだと思うんです。要するに、本人も諦めちゃっているし、諦めているが故に承認される必要もない。たまたま知り合いにそういう人がいれば、見えますけど、大多数はそういう自己アピールをしないと思うので。ぶっちゃけて言うと、それが普通だと思うんですけどね。数的にも多いと思います。だって、普通は、インスタグラムなんかに毎日写真を上げないわけですから。20代とか30代でくくったときに、物言わぬ彼らのほうがマジョリティだと思うんです。彼らが意識高い系にならない理由は、そこまでものすごいコンプレックスを持っているわけではないからです。意識高い系が若者の実態だ、みたいなのは、上の世代によくある錯覚で、意識高い系の方がマイノリティでしょうね。 ――NHK『ねほりんぱほりん』で、大阪に住んでいるのに“六本木に勤めるOL“を偽装する「キラキラ系女子」が登場して驚いたんですけど、これも「意識高い系」になるんでしょうか? 古谷 僕も見たことありますよ、「この(SNSにアップしている)画像、海外のホテル予約サイトのあれでしょ」って。よくその嘘写真がネット上で検証されたりしていてね。偽装・偽証しておるんだったら、それはもはやキラキラ女子とか意識高い系ですらなくて、別のメンタルの問題なのではないかと思います。意識高い系によくある「バーベキュー行きました」アピールって、一応実際に行っているわけですから。大阪に住んでいるのに、六本木でOLしている設定って、全部嘘なワケですよね。詐術を弄しておるわけだ。 盛ることもしてないですよね、だって盛る基礎が0なんだから。10を14にしたり、10を17にしたりとか盛ることは、意識高い系の中ではよくあることですけど。あとは、自撮りの中からいいところ(奇跡の一枚)しかアップロードしなかったりだとか。日常生活や交友の良いところだけを針小棒大にアピールするのがキラキラ女子=意識高い系で、元々の事実を改ざんして詐術を弄するのは……また別次元ですね。 ――0に50を掛けるのは、意識高い系ではないということですね。 古谷 0に何を掛けても0ですからね(笑)。 ――偽物のブランド品を販売して逮捕された、「ばびろんまつこ」のように、法に抵触する行為が問題となっています。あれを見たときに、意識高い系は遠い世界の話ではなく、誰にとっても身近な問題なんだと思いました。 古谷 根本として、人間は他者から承認されたい気持ちが普遍的にある。仮にそれがリア充だとしても、薄いでしょうけど誰でも皆にあるものです。その中で“承認欲求の怪物”になったのが意識高い系。“ここではないどこかで羽ばたきたい”という欲求が全世界のある種の思春期の若者たちにあるのと同じように、たぶん承認欲求を根絶するのは不可能だと思うんです。でも、その欲求は少なくなっていった方が楽ですよね。だって、意識高い系はその承認欲求と対になった自己アピールが故に、生活水準を背伸びまでするから、それを維持できなくなって犯罪まで手を伸ばすのです。(ばびろんまつこの例=詐欺・商標法違反)。承認欲求の怪物、意識高い系は、根絶はできないけど、軽減させていくことはできます。もしかしたら僕も、ばびろんまつこのように九州の田舎に生まれて、ジャパネットたかたに入社して、都内でOLして、そこでも承認欲が満たされず悶々としていたら、もしかすると彼女のようになっていたかもしれない。だから、僕も同族なんです。半分否定はするけど、いなくなったほうがいいと言ってしまうのは酷。意識高い系は人間に普遍的にある承認欲求が肥大化しただけの存在なので、根っこのところはある意味凡庸で小心者なのです。意識高い系はその自己アピールのウザさ故に、ネット上で目立つから「意識高い系www」みたいなやり口で嘲笑されるわけですよね。
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――相手をバカにする言葉として扱われる傾向にあります。 古谷 なんか……そこまでバカにされると意識高い系の人々を抱き締めたくなってしまうんですよ。「もう頑張んなくていいよ。身の丈にあった生活をしなさい」と言いたい。だからといって彼らの承認欲求のコンプレックスがなくなるわけでもないし、地方から東京に出てくる人はいっぱいいる。東京の中でもスクールカーストに悩まされる人も、これから新しい学年になるたびに出てくる。そうすると、意識高い系が生まれる素地は温存された状態になる。じゃあ、そういった人が現出してきたときに「お前たちはいなくなれ」って言ってはいけないのではないか。本当に唾棄すべきなのは、この本書にも縷々書いてあるように「リア充」なんですよ。彼らは天然的に恵まれていて、天然的に強くて、土地を親から相続される「強者」なわけだ。時として彼らが学校空間の中で支配階級となり、加害者になってしまうことの自覚さえ持っていない。あるいは、忘れてしまっている。僕は意識高い系の人たちを教導するべきだと思うんです。「君たちはどんなに頑張ってもリア充にはなれないんだから、そこまで虚勢を張らなくてもよい。それより己のコンプレックスを直視して不断の努力で戦力を蓄え、共同戦線を張ってリア充と戦おうじゃないか!」ぐらいの方が、まだいいんじゃないかと。だって、意識高い系はリア充を目指し続ける青春時代の弱者なんですから。 ――「リア充」と「意識高い系」の線が曖昧だったと思うんですが、この本でそれがはっきりし、かついろんなタイプがいることがわかった気がします。 古谷 例えば『東京タラレバ娘』(講談社)が流行ってますけど、あれの主人公なんか典型的な意識高い系だと思うんです。地方から出てきて、東京で頑張っている。相応の実力もある。でも、すでに30を過ぎて路頭に迷う兆しがある。真に異性から承認されずに焦燥感ばかりが募り、苦悶している設定ですよね。僕は東村アキコ先生が大好きですけど、たぶん東村先生にもそういう意識が共感できる素地があるんだと思います。前提的なことから考えてみました。なんでこの物語の舞台は東京じゃないとダメなんだろう、と。これ、『金沢タラレバ娘』でもいいじゃんって僕は思ったんですけど、やっぱり、東京に自意識があるという地方上京組のキャリアウーマンの設定だからこそ東京を持ってくるわけです。それに比べて同じく東村先生の『ひまわりっ』は全く逆で、宮崎県が舞台の作品ですが。『タラレバ娘』の主要登場人物3名って、“東京で頑張っている私”の女性の話でしょ。でも、「地方から出てきて私頑張っているんだぜ」っていくら苦悶しても、元々東京にいるやつには敵わない。伊集院光さんとか石田衣良さんとか西村賢太さんには敵わないんですよ。元々の江戸っ子の余裕には、地方上京組は敵わないんですね。石田さんはともかくとして、伊集院さんや西村さんには気取ったところなんて何一つない。ラジオや本を読んでいると泥臭さの塊ですよね。東京の地元民だから東京という土地に自意識を持たないんですよ。東京にブランド意識を持っていて、東京という土地のブランドに固執するのは地方上京組の田舎者です。マンションデベロッパーの良い食い物ですよね。ニコタマとか吉祥寺とかベイエリアのブランドイメージだけで物件を高値掴みしてくれるんだから一番の上客ですね。その実勢より高く評価されたコンクリートの塊を、「東京のブランド」というイメージだけで、超長期25年間分割ローンで買ってくれるんだから、銀行にとってもこの上ない上客ですよ。こんなに良いお客さんはいない。  害悪だと思うのは自らを意識高い系とは自称しないが、「意識高い系の生き方はいいよ、意識高い系は最高だ」っていうニュアンスで抽象的な「働き方」とか「生き方」とかを提示して、そこに「ノマド」とか横文字をくっつけて“あるべき、都市的で洗練さえた生活スタイル”を先導しちゃう人ですな。これはいわば“意識高い系商法”ですね。いいわけないじゃないですか、そんなの。洗練には時間がかかるから東京の地元民のようにはなれない。一方、真に承認されたいなら「ノマド」がどうのとかではなくて、地道な努力しかない。世の起業家は、いちいち自分の起業過程を見せびらかしたりしませんから。でもそこをアピールしたい人は、「起業に向けて頑張っている自分」をアピールして承認されたいわけですよね。実は起業精神などどこにもなく、興味もない。好きなのは自分自身で、でも中身が空っぽだから精一杯虚勢を張ってSNSに自己アピールを投稿し、刹那の「いいね」承認に満足するのです。そんなことに何の意味がありますか。だから、身の丈に合った生活水準を堅持し、不言実行で努力し、それが成就した暁にこそ他者からの承認がなされるのですから、そんなに背伸びしなくてよいと思います。意識高い系は常に「頑張っている自分」をアピールしたがるが、本当に頑張っている人はその過程をいちいち他者に喧伝しない。いい加減自己矛盾に気がつき、不言実行の精神を涵養するべきです。それ以外に天然に強き者=リア充に対し、青春時代の弱者たる「意識高い系」が打ち勝つ方法はない。 (取材=綾門優季[青年団リンク キュイ]/文=編集部) ●古谷経衡(ふるやつねひら) 1982年札幌市生まれ。立命館大学文学部史学科(日本史)卒。文筆家。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。インターネットとネット保守、若者論、社会、政治、サブカルチャーなど幅広いテーマで執筆評論活動を行う一方、TOKYO FMやRKBラジオで番組コメンテイターも担当
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「意識高い系」の研究 (文春新書) 高く保つ 「君たちはどんなに頑張ってもリア充にはなれない」意識高い系は、なぜ面倒くさい? 文筆家・古谷経衡が暴く承認欲求の怪物の正体の画像5

パンクすぎ! 伝説のハガキ職人の挫折の日々と、妄信し続けた“才能”の終着点とは――

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著者のツチヤタカユキ氏。
「1日2000本のボケを考える」というノルマを自分に課すというクレイジーな生活を送り、『着信御礼!ケータイ大喜利』(NHK総合)でレジェンドの称号を獲得。  その後も、『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)、『伊集院光 深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)など、数々のラジオ番組や雑誌の投稿コーナーで常連となっていたハガキ職人・ツチヤタカユキ。  やがて、常連だったラジオ番組の芸人に誘われ、構成作家見習いとして上京。しかし「人間関係不得意」ということで、その道もあきらめ、地元に帰ってしまったことなどが番組で語られていたが、最近ではめっきりそんな話も出なくなって、ツチヤの行方を気にしていたリスナーも多いのではないだろうか。  そんなツチヤタカユキが突然、自伝的私小説『笑いのカイブツ』(文藝春秋)を上梓した。  投稿していたネタからはうかがい知れなかった、私生活を破滅させてまで「笑い」に突き進む自らの姿を描いた衝撃的な一冊だ。  シド・ヴィシャスやカート・コバーンのように若くして死にたいと思い、笑い以外のすべてをかなぐり捨ててきたヤバイ人が、まともにインタビューなんて受けるわけないと、ビクビクしながら取材場所に向かったのだが……。

■シド・ヴィシャスみたいに、21歳で死のうと思っていた

――どんなキチガイが来るのかと思ってたんですが、意外とまともそうですね。 ツチヤ 27歳でお笑いをやめて、そこで一回死んだと思って生きてるんで……。それまでは本当にヤバかったですよ。トンガリまくってて、こういう取材が来ても、あの頃だったら何もしゃべらんと、にらみつけてたと思います。 ――(そんな取材相手イヤだ……。)宣伝のためのインタビューなんか、やってられるかと。 ツチヤ 今は価値観が変わって、この本が売れることで関わったみんなが幸せになるなら、インタビューでもなんでも受けたろう、という気持ちです。 ――(よかった……!)お笑いにハマる前は、どんな人だったんですか? ツチヤ 漫画オタクでしたね。それからネトゲ廃人になって、メシ食う時にもコントローラー握ったままで、そのまま寝たりとか。 ――ああ、なんにでものめり込んじゃうタイプなんですね。お笑いにハマッたきっかけは? ツチヤ 中学生の頃、関西で『吉本超合金』(テレビ大阪)とか、ヤバイ深夜番組がいっぱいあったんですよ。それ見てハマりましたね。『M-1』が始まった頃だったし、お笑いブームが来てるぞと。 ――だったら、普通は芸人になろうと思うじゃないですか。 ツチヤ とにかく「ネタを作りたい!」という衝動が先行していたんですね。芸人って食レポとか、情報番組のMCとかもやらされるじゃないですか。僕はネタだけを作りたかったんですよ。芸人なっても、ネタだけでメシ食えないんじゃ意味ないなと。 ――その衝動が『ケータイ大喜利』に向かったんですかね。レジェンドになった先は、どうなろうと思っていたんですか? ツチヤ ゴールは見えてなかったですね。漠然と、コント番組のネタを書いたりしたいなとは思ってましたけど、どうやったらそうなれるかもわからなかったし。とにかくネタを作り続けて、衝動が尽きたらそこでおしまい。シド・ヴィシャスみたいに、21歳で死のうと思ってました。格好いいじゃないですか、死んで「伝説」って言われたら。 ――シド・ヴィシャスは死ぬまでに、世界的に有名になっていたから伝説になれたんですよ! ツチヤ 21までに、売れている予定だったんですよね。このスピード感でネタを作ってたら、当然クドカンさんレベルにはなるだろうと。……アホだったんですよ、衝動で何も考えんと、ネタだけ作っていたんです。 ――面白いネタさえ作っていれば、誰かが見つけてくれるんじゃないかと? ツチヤ 「打席にさえ立たせてくれたら、絶対にホームラン打ったる!」と思ってましたね。
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『笑いのカイブツ』(文藝春秋)

■オレ以外全員死ね!

――それから吉本の劇場に入り込むわけですが、そこでは「打席」に立てなかった? ツチヤ 劇場で作家としてネタを書かせてもらうためには、上に気に入られなきゃならなかったんですよね。「なんでオレにネタを作らさへんねん!」とか「お前らが使こうてる作家より、オレのほうが面白いのに!」なんてことばっかり思ってました。業界の仕組みもなんにもわかってなかったんです。 ――そこで周りと同じように媚びようとは思わなかった? ツチヤ ダサいじゃないですか。そんなことやるより、ハガキ職人になったら全部打席だから。 ――ああ、そっちにシフトするんですね。でも、ハガキ職人って、仕事ではないですよね? ツチヤ 仕事とか関係ないんですよ。自分の笑いを世に出せたらいい。「おもんない先輩作家がエライさんの肩を揉んで仕事取ってる間に、こっちはハガキ職人やって全部の打席で打ちまくって抜いたらぁ!」と思ってました。 ――ラジオは好きだったんですか? ツチヤ ハガキ職人になるまで、ほぼ聴いたことなかったですね。ラジオって、フリートークがメインじゃないですか。当時は作り込んだものが好きだったんで、フリートーク聴いてる時間があったら、コントのDVDを見まくろう、映画を見て吸収しようって思ってましたね。ハガキ職人やってる頃も、ハガキコーナーしか聴いてなかったですもん。 ――それじゃ、楽しんでラジオを聴けないでしょう? ツチヤ 完全に、表現の場所としか考えてなかったです。「こういうネタが採用されんのや」とか、ずっと分析しながら聴いてました。 ――ほかのハガキ職人のネタも分析したり? ツチヤ いや、「オレ以外全員死ね」と。全員事故って死んで、オレだけのネタで番組を埋めたいと思ってましたから。

■頭おかしいんか、オレ以外全員!?

――常連だったラジオ番組の芸人さんに誘われて、東京で構成作家の見習いを始めるわけですが、普通に考えたら華々しいサクセスロードですよね。どうして続けていけなかったんですか? ツチヤ 作家の仕事をやるのにも人間関係っていうのが重要で、単純に仕事がまったくなかったんですよ。「これだけ毎日ネタを作って、100%努力しているのに認められないなんて、頭おかしいんか、オレ以外全員!?」と思ってました。 ――「もしかしたら、自分に才能がないのかも」というふうには思わなかったんですか? ツチヤ 現実問題として仕事が来ないということは、ビジネスとしてお笑いをやる才能がないんだなとは思いましたけどね。 ――でも、「面白さの才能」で負けていると思わない? ツチヤ 面白さで負けたと思ったことはないですね。当時は天才で、松本(人志)さんよりオレのほうがおもろいと思ってたんで! ――おお……。そう考えている人って、どんなスタンスでテレビのお笑い番組を見るんですか? ツチヤ 審査。 ――審査! ツチヤ 「なんや、このネタ。アドリブでやってるレベルやんけ」「金返せ、殺すぞ!」とか……そんなことをテレビに向かって言っていました。 ――そこまで自分に才能があると思いつつも構成作家をやめ、地元に帰ったわけですけど、バイト生活に戻るくらいなら、構成作家としてガマンして下積みしたほうがよくないですか? ツチヤ バイトのイヤさと、構成作家としての人間関係のイヤさは同じような感じでしたからね。どうせバイト中にもネタを書いてましたし、同じことですよ。 ――同じイヤだったら、構成作家をやっていたほうが、ネタも書きやすい環境じゃないですか。 ツチヤ バイト中にも普通にネタ書けてたんで、バイトの時間が無駄だっていう感覚もなかったですね。「クビにするならクビにしろ、オレは働かんと書いたらー!」と思ってました。 ――「バイト中にあえてそこんなことやってるオレ、格好いい」みたいな感覚もあった? ツチヤ 「特別だろオレは? お前ら凡人とは違う!」って、逆境にいることに酔ってましたね。岡本太郎さんが好きなんで、オレはあのイズムを継承しているなと。岡本太郎だって、虐げられてきた時代があったはずなんですよ。今のオレは、その時代の岡本太郎だと。
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■ダサくても、ジョン・ライドンのように生き残ったほうがいい

――やがて、それだけこだわってきた「ネタを書くこと」もやめてしまいます。 ツチヤ 地元に帰ってからもネタを書き続け、細々とお笑いの仕事を続けていたんですが、27歳で完全に心が折れたんですよ。そこで「お笑いにしがみつくのはやめて、もう死のう」と思ったんです。 ――どうして、その時に死ななかったんですか? ツチヤ ブログを始めて、これを書いてから死のうと思ったんです。遺書みたいなもんですよね。ここまでやってもダメだった。オレは負け犬だ。最後、負けをさらして死んでやる……という気持ちですね。  ブログにここまで書いたら、もうお笑いはできないでしょう。ここまで暗い生活を送ってきたヤツのネタなんて、笑えないですもん。そうやって、二度とお笑いができないようにしたかった。そうやって断ち切らないと、一生お笑いにしがみついてしまうんで。  そう考えた時に、いろんな価値観が全部ひっくり返ったんです。それまでずっとシド・ヴィシャスが好きで、バンドメンバーのジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)はダサいと思ってたんですよ。あんな生き永らえてデブなって……。でも、一回死んだ気になってみたら「格好悪いほうが格好いい」「ダサくても、ジョン・ライドンのように生き残ったほうがいい」って。 ――結果的に、そういう覚悟で書いたブログが、今回の本につながったわけですよね。 ツチヤ 最初の1カ月は読者もひとりとかしかいなかったんですけど、2カ月くらいした頃、急に「書籍化しませんか?」みたいなメールが何通も来て。同時期にcakesからも「連載しませんか?」って……でも、そんなのイタズラだと思ったんですよ。ただ、cakesだけは「ウソつくにしても、こんな誰も知らない無名の社名を出すかな?」と思って。 Cakes担当編集 ひどい(笑)。その時期に、出版界隈でツチヤさんのブログが軽くバズッたんですよね。僕も、Facebookで誰かが「ヤバイ」って書いてるのを見かけてメールしたんです。 ――それでcakesでの連載も決まったと。 ツチヤ いきなり書籍化するよりも、連載だったら日銭が入るんで……。タイミングもよかったですね。これ(ブログ)が全然認められてなかったら、本当に死んでたと思います。その連載が1年続く間に、またいろいろと書籍化の話が来て、今回の出版となりました。 ――ここまで自意識が強い人が、帯で「伝説のハガキ職人」とか書かれちゃうのって、イヤじゃなかったですか? ツチヤ イヤでしたね! このタイトルもイヤでしたもん。「自分で『笑いのカイブツ』言うてんで、メチャ痛いやんけ」って。でも今は、一周回って、かっこ悪いのがかっこいいと思えるようになりました。その上で、世間の評価なんてどうでもいいし、どう思われてもいいと考えられるようになりました。

■そのへんの小説家が書くような文章はいらん

――本のターゲットはどんな人? ツチヤ 27歳の頃の僕ですね。 ――心の中に「カイブツ」を抱えている人ということですね。そういう人たちを、この本で安心させたい? ツチヤ 安心……そうですね。僕が27歳の時にこういう本が読みたかった、こういう本があったら救われただろうというものを書きました。 ――当時は「自分みたいなヤツは、ほかにいないんじゃないか」と思っていた? ツチヤ 一般人にはいないと思っていました。かつてはいっぱいいたのかもしれないけど……岡本太郎とかゴッホとか。 ――そこと同列……! お笑いネタは膨大な数を書いてきましたけど、小説を書くに当たって、苦労はなかったですか? ツチヤ それまでお笑いに向けていた熱量を、小説にぶつけるという意味では同じでしたね。ノートやチラシの裏にバーッと書いたのをスマホで清書して。最初4万字書いたら、そこから4,000字だけ選抜してほかは捨てる――。ハガキ職人の頃に投稿するネタを選抜していたように、文章も選抜していきましたね。 ――急に話が飛んだり、説明が足りないんじゃないかなという部分があるのは、つまらない部分を削ったからなんですね。 ツチヤ 僕なら、ダラダラした説明があった時点で捨てますから、そんな本。常に「面白い」を与え続けないといけない。全ページ面白くしたかったですね。そのへんの小説家が書くような文章はいらんと。そいつらより絶対にすごいもん書いたるっていう気持ちはありました。 ――小説でも、上から目線になるんだ……。 ツチヤ 小説家なんて全員おもんないなと思ったからこそ、これを書いたわけなんで。 ――今後は、小説家として活動していくんですか? ツチヤ なんのこだわりもなく、依頼が来たヤツ全部やろうと思ってます。一回、死んだと思って生きてるんで。それで失敗して、バカにするならしたらいい。「AV出ろ」って言われたらイヤですけど。 ――それ、オファーするほうがどうかしてますけどね。今はバイトもしてない? ツチヤ 印税前借りしてるんで。それがなくなって食えなくなったら、「いつ死んでもいいやって。それは常に思ってますね。 ――それはまだ思ってるんだ……。 *** 『笑いのカイブツ』が出版されて以降、執筆の仕事だけでなく、お笑いの仕事依頼も次々舞い込んでいるというツチヤ。  一度はお笑いをあきらめたツチヤが、ここからスゴイ笑いを生み出してくれるのか、それともやっぱり「人間関係不得意」だからドロップアウトしてしまうのか?  停滞しているテレビの「お笑い」をぶっ壊してくれそうな存在であるツチヤの活動を、楽しみに見守りたい。 (取材・文=北村ヂン)

熱を入れすぎてパブ嬢とデキちゃった!? “研究者失格”の著者がのぞいた、フィリピンパブという社会

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著者の中島弘象氏
 もはや、過去の遺産となりつつある「フィリピンパブ」。バブル期からその数は増え始め、ピーク時には年間8万人もの女性が、フィリピンパブで働くために来日していた。しかし、2017年の今、風前のともしびとなっている……。  そんなフィリピンパブの実態に迫る研究者、中島弘象氏が『フィリピンパブ嬢の社会学』(新潮新書)を上梓した。中部大学大学院でフィリピンについて研究をしていた彼は、ひょんなことからフィリピンパブの世界に足を踏み入れ、「ミカ」というホステスと恋仲に発展! ついには、結婚までしてしまったのだ。  いったい、フィリピンパブ嬢との愛を、どのように育んできたのか? そして、ミカさんとの恋愛を通じて見えてきたフィリピンパブの実態とは? *** ――そもそも、中島さんはなぜ、フィリピンパブを研究することになったんですか? 中島弘象(以下、中島) 学部生の頃からフィリピンを研究対象にしていて、日本に住んでいるフィリピン人のおばさんたちへの支援活動も行っていました。その過程で、彼女たちの多くは興行ビザで、エンターテイナーとして来日していたことがわかったんです。 ――80~90年代にかけて来日した女性の多くは、フィリピンパブで働いていたんですよね。 中島 けれども、2005年に興行ビザの適用が厳格化され、パブでの就労を目的とした新規の入国が難しくなり、若いフィリピン人女性の供給を断ち切られたパブは大打撃を受けた――。当時読んでいた論文にはそう書いてあったし、僕もその認識でした。ところが、大学院に入学した11年、先輩に連れられて初めてフィリピンパブに行ったところ、日本に来て数カ月という若い女性が数多く働いていたんです。 ――ビザの発給要件が厳しくなり、フィリピンからの出稼ぎは絶望的になっているはずなのに……。 中島 これは何かあるんじゃないかと思って調べたんですが、論文にも本にも書いていない。だったら、フィリピンパブに通って、女の子たちから直接話を聞こうと思ったんです。でも、彼女たちもそんなに簡単にはビザのことは教えてくれません。そんなときに出会ったのがミカなんです。意気投合し、プライベートでも親しくなるうちに、彼女たちが日本人ブローカーの仲介のもと、偽装結婚をして配偶者ビザを獲得しているという現実が見えてきました。 ――ミカさんと出会い、デートを重ねるうちに、2人は恋仲に発展していきます。いったい、何があったんですか? 中島 ある日のデートで、ミカから「付き合って」と言われました。ただ、向こうはフィリピンパブ嬢だし、偽装結婚もしている。お客さんの延長なのか、本気の恋愛なのかはわかりません……。だからこちらも、研究のために利用してやろうという気持ちがあったんです。ただ、付き合っていくうちに、本当に僕のことを思ってくれていると気づきまして。だんだんと研究対象としてではなく、彼女の人生に寄り添ってみたいと思うようになったんです。
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『フィリピンパブ嬢の社会学』 (新潮新書)
――本来、研究者としては、恋仲に発展することはNGですよね……。 中島 研究者としては失格です(笑)。大学の指導教官からも「早く別れなさい」と忠告されました。けれども、目の前で彼女が大変な状況に置かれているのに、研究なんかしてもしょうがない。研究は社会のためにはなりますが、知的好奇心の満足や論文の執筆など、いわば「自分のため」の要素が大部分。そうではなく、彼女のためにできることがあるなら、それをやるべきだと思ってしまったんです。 ――しかし、そんな「失格」の視点から見えてきたのは、客観的な場所からは知りようのない、彼女たちの現実でした。 中島 フィリピンパブの裏には暴力団関係者がいるし、休みは月に2回しかありません。逃亡しないようにいつも監視されていて、自由に遊びにいくこともできない。ミカも、偽装結婚相手と同居していました。ただ、そんな過酷な現実よりも驚いたのが、彼女たちにも「日常」があること。普通の人なら耐えられないような毎日を送っているはずなのに、僕らと変わらずにリラックスしたり、笑ったりしながら過ごしていたんです。 ――決して、過酷な生活に耐え忍んでいるだけではない、と。 中島 そう。僕自身も、ミカやその友達と生活を共にしていたのですが、初めは暴力団の影が怖くて脅えていたのに、だんだんとそれが日常になってしまいました。だから、本書を出版することが決まったときも、こんな普通の経験を誰が読むんだろう……と不安だったんです(笑)。 ――ミカさんのビザ契約をめぐるトラブルのために暴力団と交渉したり、全然、普通の経験じゃありません! 中島 もう二度としたくないですけどね(笑)。ミカは急に偽装結婚の解消を迫られ、離婚すれば配偶者ビザを失い、不法滞在になってしまうという切羽詰まった状況だったんです。彼女を助けられる人は、僕以外、誰もいなかった。正直、僕だって暴力団のところになんて行きたくなかったんですが、彼女と付き合いながらフィリピンパブを研究しようとしてるのだから、責任を持とうと腹を決めたんです。数発殴られるくらいで済めば……と。 ――イケメンすぎっ! ところで、純愛ノンフィクションのようにも読める本書ですが、フィリピンパブをめぐっては、入国制度や構造的な問題も浮き彫りになっていますね。 中島 さまざまな問題がありますが、不法入国で来日するフィリピンパブ嬢や、背後に暗躍する暴力団だけを糾弾すればいいという単純な話ではありません。そもそも、フィリピンパブという業態は、80年代に興行ビザが開放され、大量の女性が日本に送り込まれたことから生まれました。日本政府も、彼女たちが資格外活動していることを事実上黙認してきたんです。しかし、00年代に入って、アメリカから「性的搾取による人身売買」と指摘され、態度を一変させます。国では、この政策の変更を「効果的だった」と評価していますが、実態は偽装結婚や偽装パスポートでの入国など、地下に潜っているだけ。突然「受け入れません」と言われても、一度開放した流れは止まらないんです。 ――そもそも、このような実態を生み出したのは、過去の日本の政策なんですね。 中島 また、違法化されたために、ブローカーとの契約を終えても偽装結婚の相手とちゃんと離婚できない、離婚したらビザを失ってしまうといった問題が起こっています。彼女たちは、暴力団に苦しめられているだけでなく、法律の間で一番弱い立場に追い込まれてしまった。しかも、誰もケアをする人がいないんです。 ――フィリピンと日本との経済格差もまた、フィリピンパブ嬢を送り出す原因となっています。ミカさんの稼いだ金で、彼女の家族は貧困から抜け出し、フィリピンで裕福な暮らしを送っていますね。 中島 しかし、金を受け取っている家族には、フィリピンパブ嬢が日本でどういう思いで働いているかを理解していないことも多いんです。日本で働いているんだから無尽蔵に金を持っていて、いくらでも金をもらえると思っているし、お金がなくなると、急に家族が冷たくなってしまうという話も耳にします。それで関係がギクシャクし、本国の家族と疎遠になってしまうケースもあるんです。 ――本書にも、里帰りして数十万円分の現金を持ち帰ったミカさんにたかる家族の姿や、金がなくなると急に冷たくなる様子が描かれています。 中島 もちろん、それは日本人である僕の目線から見た姿です。ミカは、「自分が稼ぐお金で家族を助けたい」と納得しているんです。 ――日本の入国制度、フィリピンの貧困、暴力団との関係など、フィリピンパブをめぐっては、単純な善悪の問題では割り切れない、複雑な様相が横たわっているんですね。 中島 フィリピンパブには「売春」や「犯罪」というイメージが根強く、色眼鏡で見られてしまうことはしばしば。けど、フィリピンパブ嬢たちも、それぞれの立場で普通に生活し、彼女たちの日常を生きています。僕らだって、少し状況が変わったら、そのような立場に置かれてしまうかもしれませんよね。短絡的に、彼女たちを非難したり排除しようとするのではなく、寛容な心を持ちながら「なぜ、このような状況が生まれているのか」と、考えてほしいですね。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●なかしま・こうしょう 1989年、愛知県春日井市生まれ。中部大学大学院修了(国際関係学専攻)。在学中より、フィリピン人女性と日本人男性の間に生まれた経済的に恵まれない日比国際児たちの支援活動に関わり、現在は比NGO組織「DAWN」と連携して活動している。

「さっさと帰りたい」TBS系『クレイジージャーニー』で話題の洞窟探検家・吉田勝次が覗いた“地下世界”とは

「もう早く帰りたい」TBS系『クレイジージャーニー』で話題の洞窟探検家・吉田勝次が覗いた地下世界とはの画像1
 人気紀行テレビ番組『クレイジージャーニー』(TBS系)で、ダウンタウン松本人志に「変態ですよね。ある意味尊敬してますよ」と言わしめた洞窟探検家・吉田勝次。踏破した洞窟は1,000以上。日常のすべてを洞窟探検に費やし、“人類未踏”の洞窟の魅力に取り憑かれた吉田は、この度『洞窟ばか すきあらば、前人未踏の洞窟探検』(扶桑社)を上梓した。隙間さえあれば、所構わず頭を突っ込む変人を突き動かすのは一体なんなのか? 本人に話を聞いてみた。 ――『クレイジージャーニー』にご出演されたときに、吉田さんが「なんでみんなやらないんだろう」っておっしゃっていましたね。『洞窟ばか』を読むと、そう言いたくなる気持ちがわかります。RPGゲームによくあるような、ダンジョン探索をそのまま現実でやっているような感覚かもしれませんね。 吉田勝次(以下、吉田) なんだったかなあ……ドラクエ? やったことないですけど、そういう洞窟の場面があるらしいんですよね。それで、若い人から連絡をもらって連れて行ったことがありますよ、何回か。ふとリアルな洞窟ってどんなのかなって気になって、検索したら僕のことを見つけたみたいで。 ――20代後半から洞窟探検を始めたということですが、初めて洞窟に入った時の気持ちはどんなものでしたか? 吉田 先輩が連れて行ってくれたんですけど、ものすごいスピードで前に行っちゃうんですよ。俺置き去りじゃん!? みたいな。「うわ! こんなところ入っていた!」と思うような狭いところをスルッとすり抜けて消えちゃうわけですよ。たぶん、どこかで待っていてくれていると思うんですけど、こっちは怖いじゃないですか、初めてだし。無我夢中で。進むと急に狭いところから大きいところにパッと出たりして、「わーっすごい!」って感動したり。要するに自分が行ったものしか見れないんですよ、景色が。もう本当にドキドキワクワクの連続で、ファーストインパクトがそれだから、強烈だったんですよね。自分の頭の中がパーって開けた感じ。 ――運命の女性に出会ったようだったと、著書の中では言っていますね。 吉田 まあ、女の子の方がいいけどね(笑)。で、それが続いているんですよ。ドキドキワクワクが色褪せないというか。色褪せないというより、洞窟ごとに違うし。例えば、自分で見つけた洞窟ですごいものを見たら、これを最初に見つけたのは自分だって、その場に居合わせたことに感謝できる。実際に行って、見つけた人にしかわからないですけど、もうやめられないですよ。その衝撃を受けてしまうと。都会に戻れば、いろんな遊びがいっぱいあるし、そんな大変な思いしなくても楽しめると思うんですけど、一回衝撃受けちゃうとやっぱりそれも大事なんですよ。たしかに、実社会に戻ってきて、おいしいものを食べたり、友だちと遊んだり、楽しいことはいっぱいあるんだけど、それがないとダメ! みたいな。主軸なんです、洞窟が。洞窟の合間に、普通の人がやることをやればいい。 ――もう、切っても切れない関係ですね。 吉田 そう。切っても切れない。それがあるからこそ、自分の世界が広がるんですね。でも、行っている間のストレスもあるんですよ。出発する前から行きたくない、本当は。僕は洞窟のガイドもやっていますから、一般の人を連れて行くこともありますが、そうするとね、入ると「すごい! すごい!」って「すごい」を何百回とみんな口に出して言うんです。「すごい」しか言えないんですよ、非日常だから。それなのに、連れて行った人たちが、一番喜ぶ顔を見せるのはどこかって言われたら、洞窟から出た瞬間なんです。何千人と見てきましたが、やっぱり出た瞬間ですね、キモは。 ――探検なのに“出る”瞬間がキモ!? 吉田 出る瞬間っていうのは、洞窟のなかで新しい場所を見つけたあとだから、いろいろこみ上げてくるんです。すごい買い物をしたあとに「買っちゃったぞ!」って気が高ぶるみたいな。例えば僕らだったら撮ってきた写真とか、見つけた洞窟の情報とか、お土産満載で帰ってくるんですよ。今度は早く家に着いて広げたいじゃないですか。よく「洞窟に帰っていくんでしょ」って言われがちなんですけど、違います。さっさと帰りたい。だんだん洞窟の出口に近づいてきて、これ以上登らなくていいんだってなったときに、帰って来た感があるというか。一番感動するっていうか、なんとも言えない気分ですね。 ――二度と行きたくない洞窟ってありますか? 吉田 辛かったのは、岩塩の中にできた塩の洞窟。塩だから、いるだけで肌がヒリヒリするんですよ。中は32度もあって、暑くて熱中症にもなったし。頭痛を抱えながら進みましたね。でも、二度と行きたくないかって言ったら、もう一回行って写真を撮りたいですね。
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――洞窟で遺体に出会うことは、ありますか? 吉田 あります。その方は、亡くなった1年半後に僕らが見つけたんですけど、すぐ死んでないんですよね。僕らも探検しているんで、わかるんですけど、洞窟の中って目を閉じても開いても同じなんですね、暗闇なんで。それをその人は、何週間か、命が尽きるまでやったんだろうな、と。死んだのか生きてるのか、わからなかったと思いますよ。それがなんとなく想像できる。 ――探検には「探検」「測量」「撮影」があるということでしたが、測量をして図面に起こすと、気づかなかった部分が出てくるでしょうか? 吉田 出てきますね。方位とか、データを取りながらスケッチを書いていくんですけど、データが間違っていたらスケッチを見ればわかるし。スケッチが大事で、その図面を描き上げたときに、空白の場所があるんですよね。空白って言っても、こことここがつながっているんじゃないかっていう空白。 ――探検では気づかなかった箇所ですか? 吉田 そう。通路と通路が実は近かったということもあるし、この穴へつながるんじゃないかとか。あと、地下水の流れがこっちを向いているというのがわかって、入口はまだ見つかってないけど、こっちにすごい世界があるんじゃないかっていうのを、地図から読み取ったりする。地図を作ると探検した洞窟のジオラマを作るような感覚で、楽しいですね。二次的に還元できるんです。測量を終えるまで調査は終了しないので、測量している人間は見込みがなさそうな隙間も渋々行くんですよ。「めんどくさいな~」とか言って。あとは、仲間で体の小さいやつが「吉田さん、ここも行けるよ」って通路を見つけてきて「これ、お前は行けるけど俺は行けねえぞって、なんでこんなの見つけてくるんだ」ってマジで怒ることもある(笑)。行かなくちゃいけないから。 ――著書にも登場する、洞窟の国際大会とは、どんなことが行われるのでしょうか? 吉田 まず、学者が発表をするんです。どんな成果があったとか。例えば、こんな生物を見つけましたとか、こんな洞窟を探検しましたとか、ありとあらゆる学問的なことを。水文学、地質学、地理学、生物学、古生物学、人類学……あと何かな? それぐらいの学問プラス洞窟って感じ。人類学とか考古学って洞窟と関係ないと思われるかもしれませんが、洞窟の中で遺物が発見されたり、特殊な生き物を見つけたりとか、そういうのを研究者が発表する場であったりだとか、情報交換もします。また、洞窟には救助がつきものなので、それの講習会もやります。山岳救助隊みたいのがいないから、誰かがケガをしたりしても、出すまでは自分たちでやらなければならないので。あとは、スペレオオリンピックって言って、ロープを登る速さを競ったり、狭いところをどれだけ速く通れるとか、そういうのをやります。ほかには、物販ですね。いろんなメーカーが来て、新型の装備、機器をそこで展示して販売する。要するに、洞窟界の祭典みたいなものです。 ――今後の探検の予定はありますか? 吉田 今月21日から、去年に続いてラオスの大きな調査プロジェクトを開始します。洞窟探検ってヨーロッパの人がよくやるんですけど、先進国の人たちは、自分たちの国の洞窟は調べ尽くしているんですよ。登山と同じくらい盛んで、しょっちゅう海外遠征に行く。どこに行くかというと、東南アジアです。行きやすいし、洞窟もたくさんあるし。やっぱり、その国の人が洞窟に入ってないんですよ。入ったことはあったとしても、装備もなく、ちゃんと調べていないので。 ――洞窟探検以外で、これ面白そうだなって思うものってありますか? 吉田 あ~やっぱり宇宙だね。せめて月には降りたいなって。実際に月に洞窟が見つかっているんですよ、縦穴で。重力が地球の6分の1ですよね。ぴょーんって飛んだらいきなり飛び降りられるでしょ、縦穴に。地球で探検するより早そう。月にも行きたいし、月の洞窟には絶対入りたい。 (取材・文=編集部)
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洞窟ばか すごいぜ 「もう早く帰りたい」TBS系『クレイジージャーニー』で話題の洞窟探検家・吉田勝次が覗いた地下世界とはの画像4