■キム・ギドク監督の作風が変わった理由
──以前のキム・ギドク作品は、ひとりの人間が抱える普遍的な悩みを題材にしたものが目立ちましたが、近年は本作も含め、『殺されたミンジュ』(14)、『The NET 網に囚われた男』(16)など現代社会の問題を描くようになってきました。監督の中で心境の変化があったのでしょうか?
キム・ギドク 最近は私のことを多くの人に知ってもらうようになりましたが、知られる前は私の個人的な悩みや考えを映画の中で描いてきたわけです。でも、多くの人に知ってもらえるようになり、自分には社会的責任があるのではないかと思うようになってきました。それもあって個人として何か発信するよりも、社会に向けて発信することを考えるようになったんです。それで政治的問題を扱った『殺されたミンジュ』、南北問題を扱った『The NET』、そして『STOP』のような作品を撮るようになったのでしょう。多くの人に自分の名前を知られるようになったことで、社会に対して発言する資格を手に入れたと同時に責任も生じたと考えています。もうひとつ考えられることとして、私は年齢を重ねることでひ弱になってきたということです。映画を撮り始めた頃は自分は強い人間だと思っていたので、作品も強さを感じさせるものが多かったと思います。でも、だんだんと社会の中で暮らしていくうちに、自分は社会の中では弱い人間ではないかと思うようになってきたんです。政治問題や南北問題など扱うことで、自分は危険な目に遭うのではないか、殺されるのではないかという恐怖を感じるこ
ともありますし、もちろん大災害によって死ぬこともあるかもしれません。以前はそんなことを想像しても怖いとは思わなかったのですが、今はとても怖いと感じるようになりました。それもあって、安全に暮らしたい、恐怖に打ち克ちたいというメッセージを込めた作品を撮るようになってきたようです。
──今のキム・ギドク作品は、責任感と恐怖心が映画づくりの原動力になっているわけですね。低予算で撮られた『STOP』ですが、キム・ギドク作品に共通する“生きる上での痛み”や“贖罪”といったテーマがくっきりと浮かび上がっていることも印象的です。
キム・ギドク そういうふうに感じてもらえると、とてもうれしいです。最後にもうひとつ言わせてください。私は韓国の監督として福島の原発事故を映画にしましたが、本当に私が撮ってもよかったのか、この映画を撮る資格が私にはあったのかと今でも自分に問い掛けています。でも、私は決して日本のことを嫌悪して、この映画を撮ったわけではありません。そのことが気がかりです。『STOP』は日本人や韓国人であるということを抜きにして、地球上に生きているひとりの人間として撮るべきだと思い、全力で撮った作品です。もし、この映画を観て、少しでもつらい思いをしたり、トラウマを感じる人がいれば申し訳なく思います。原発は日本だけでなく、世界中でこれからますます増えていくことになります。『STOP』が原発問題を再度考えるきっかけになれば本望です。
(取材・文=長野辰次)
『STOP』
監督・撮影・照明・録音・編集/キム・ギドク プロデューサー/キム・ギドク、合アレン
出演/中江翼、堀夏子、武田裕光、田代大悟、藤野大輝、合アレン
配給/Kim Kiduk Film、Allen Ai Film 5月13日(土)より新宿K’s シネマ、キネカ大森、6月24日(土)より横浜ジャック&ベティほか順次ロードショー
※作品収益の一部は震災被害のあった福島、熊本に寄付されることが決まっている。
(c)2017 by Allen Ai Film
https://www.stop-movie.com●キム・ギドク
1960年韓国・慶尚北道奉化郡生まれ。1996年に『鰐 ワニ』で監督デビュー。『魚と寝る女』(00)と『受取人不明』(01)が2年連続でベネチア映画祭コンペ部門に選ばれ、欧州での評価が高まる。『悪い男』(01)はベルリン映画祭コンペ部門に選出。『サマリア』(04)はベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)、『うつせみ』(04)はベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)、セルフドキュメンタリー『アリラン』はカンヌ映画祭ある視点部門の作品賞を受賞し、韓国人として初の世界三大映画祭受賞監督となった。『嘆きのピエタ』(12)はベネチア映画祭金獅子賞(最高賞)を受賞。その他の主な監督作に『春夏秋冬そして春』(03)、『弓』(05)、『絶対の愛』(06)、『ブレス』(07)、『悲夢』(08)、『メビウス』(13)など。脚本&プロデュース作に『映画は映画だ』(08)や『レッド・ファミリー』(13)がある。事故で韓国に流された北朝鮮の漁師の理不尽な運命を描いた『The NET 網に囚われた男』は日本で今年1月に公開されたばかり。