『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」

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『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)
 ありとあらゆる動物を思いのままに操ることで、最近メディアを賑わせている動物研究家・パンク町田。“第2のムツゴロウさん”と呼ぶには、あまりに野性味あふれるその風貌で世間の耳目を集める男が、最新刊『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)を上梓した。  その目次を眺めてみれば、「アルパカの知能は植物レベル?」「チンパンジーは『売春』もしている」「性欲が強すぎる有袋類、アンテキヌス」といった刺激的な文字が並ぶ。そのキテレツ極まるエピソード群は本書に譲るとして、今回のインタビューでは、現在に至るまでの動物への思いや、昨今問題視される「ペット」の扱いなどについて、専門家としての意見を語っていただいた。
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──新刊発売おめでとうございます。帯の写真で「虎と戯れるパンク町田氏」という注釈とともに、今にも虎に食われそうな町田さんの写真が掲載されています。実際、危ない経験をしたことはあるのでしょうか? パンク町田氏(以下、町田) いちばん危機を感じたのは、コブラですね。僕、コブラが好きなので、ボルネオまで捕まえに行ったんですよ。それで、いっぱい捕まえて袋に入れていたんです。現地の人が「コブラは布袋に入れておけば、かみついてこないから大丈夫だ」と言っていたので、「ホントかよ」と思いながらも、従ってみた。それで、安心して袋を担いで山を降りていたら、背中をチクって。やっぱりかまれましたね。 ──うわー、現地の人……。かまれて、すぐに病院へ行ったんですか? 町田 行かないですよ。山の中だし、コブラはかまれても大丈夫なんです。毒さえ入らなければ。コブラってね、実は毒牙が口の中の中間ぐらいにあるんです。だから、先端でかまれても大丈夫だし、毒牙が短いので、布とTシャツを足したくらいの厚みで、もう貫通してこないんです。ジャンパーくらいの厚みがあれば、確実に大丈夫。 ──あまり大丈夫な感じがしませんが、そもそも町田さんが動物の仕事に就こうと思ったきっかけは、なんだったんでしょうか? 町田 子供のころから動物は好きだったんですけど、父親が中華料理屋をやっていたこともあって、料理人になりたかったんです。ところが、気が付けば初めてやったアルバイトが熱帯魚屋だったりとか、ほぼ動物とリンクした仕事しかしてなかったんです。22歳くらいのとき、中華料理屋で1年くらい働いたことがあったんですけど、そのときも結局「食材も動物だな」って、僕の頭の中ではリンクしていましたね。お客さんが肉を残したりすると、「これ、動物は死んでいるのに、残していいんだろうか」とか考えたり。結局、頭の中が動物から離れられなかったので、僕には動物の仕事しかできないんでしょうね。 ──そんな町田さんでも、嫌いな動物っているんでしょうか?
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町田 根本的には、人間ですかね。他の動物に迷惑をかけすぎているから。僕がもしキリスト教徒だったら、神に頼んで、ほかの人間のために鞭に打たれるべきなのかもしれない。「父よ。彼らをお赦しください」「彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」と言って。でも僕は、人間の代わりに鞭を打たれるのは嫌です。特定の人のためだったら構わないけれど、全人類は無理。やるんだったら、お前がやれよって言いたくなっちゃう。だけど、僕が代わりに罰を受けることで他の動物が救われるんだったら、自ら身体を差し出してもいいと思ってる。これは本当です。 ──町田さんは、「アルティメット・アニマル・シティ」という施設も運営されています。町田さんから見て、オススメの動物園というものはあるのでしょうか? 町田 おおよその目安として、スタッフが若い動物園は、やる気がありますね。やる気があるし、みんな詳しい。「じゃあ、こうしよう」って、いろいろ工夫もする。いつまでも年を食った人がやっているところは、動物好きなんだろうけれど、「こうでなきゃダメなんだよ」って、昔ながらのやり方みたいなものがある。それが甲乙どう出るかはわからないけれど、園長が柔軟だと、新しいことに取り込めるんだと思いますね。オススメは……今だったら、宇都宮動物園のメスライオンが見たいですね。 ──犬の訓練士としても活動されている町田さんですが、昨今、話題になっている、飼い犬を気軽に捨てたり処分したりという「ペット問題」について、ご意見を聞かせてください。 町田 まあ、簡単に言えば犬を捨てるというのは「間違い」で、人間が最期まで面倒を見てやるべきなんです。犬は家畜なんでね。家畜とは、人間がなんらかを意図して作った動物。だから、犬を捨てるのと、飼育していた野生動物を捨てるのとでは、重さが違う。馬にしても、牛にしても、豚にしてもね。本来、地球上にいなかった動物を人間が作り出して、それを野に放つというのは、やってはいけないこと。世間の人たちが犬や豚や牛を認知しているし、彼らがおとなしいから済んでいる話で。例えばこれはマンガやアニメに出てくるような、キ◯ガイの博士が作り出した怪獣の話と同じなんです。言葉はよくないけど、変な博士が作った動物を野に放しちゃダメでしょって。つまり他の動物から見れば人間自体がキ◯ガイなわけですから、人間が作り出した生き物なら、最期まで人間が管理を放棄してはいけない。そういうことですよ。 (取材=二木知宏[スクラップロゴス])
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●パンク町田 1968年8月10日東京都生まれ。ULTIMATE ANIMAL CITY代表。昆虫から爬虫類、鳥類、猛獣といったありとあらゆる生物を扱える動物の専門家。野生動物の生態を探るため世界各国を巡り、各地の先住民族と生活を共にした。また、鷹狩りの世界にも造詣が深く、鷹道考究会理事、日本流鷹匠術鷹匠頭、日本鷹匠教会鷹師を兼任する。現在、代表を務めるULTIMATE ANIMAL CITYでは希少動物の繁殖にも取り組んでいる。著作、テレビ番組などへの出演多数。
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「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に“テント村”という選択肢

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撮影=尾藤能暢
 2016年4月14日に発生した熊本地震。短期間で2度も震度7の揺れに襲われたため、多くの家屋が倒壊。避難所には人々があふれ、車内泊による被災者の体調悪化が大きな問題となっていた。  そんな中、最も被害が大きかった益城町では、一風変わった避難所が運営されていたことをご存じだろうか? 登山家・野口健氏と、災害援助に対して非常に熱心で、被災した自治体からの要請を待たずに自発的に支援する「プッシュ型支援」を進めている岡山県総社市が共同運営した、過去最大規模のテント村だ。 「エベレストのベースキャンプを再現する」という発想のもとスタートした、このテント村の活動をまとめた『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)が、このたび上梓された。  11年の東日本大震災では寝袋支援を行い、15年のネパール大地震では「野口健 ヒマラヤ大震災基金」を設立、そして熊本地震ではテント村運営に取り組んだ野口氏が提唱する、新しい避難所のカタチとは――。 *** ――熊本地震から約1カ月半、益城町総合運動公園の陸上グラウンドにテント100張り、最大600人を収容できるテント村を開設されましたが、けっこうな規模ですよね。
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テント村の全景
野口 テント村は本震から10日目にできたんですが、最初は車中泊の方限定にしていたんですよ。でも、けっこう体育館からも移ってこられました。体育館の中って、仕切りもなくて雑魚寝で人目にさらされるから、ストレスになるじゃないですか。赤ちゃんが泣いたり、小さい子どもが走り回ったりすると、周りの人から舌打ちされるんですって。「表に出せよ」っていうのが聞こえてきたり。やっぱり、みんなが一番求めるものって、自分たちの空間なんですよね。それがないと、ストレスがすごくたまる。テントだったら、完全なプライベートルームですから。 ――みなさん、ほぼ全員が初めてのテント生活ですよね? そこに対する戸惑いはありませんでしたか? 野口 なかったと思いますね。車内よりも、体育館よりもいいって。とにかく、自分たちの空間がほしいって。よっぽど最初は苦戦するかなって思ってたんですが、みなさん自分なりに工夫されて。タープの中に、自宅から持ってきた勉強机や自転車を置いたり、洗濯物を干したりしていました。 ――ずらっときれいに並んだテントやタープを見る限り、快適そうですね。 野口 一番優秀だったのは、日本セイフティーさんの「ラップポン」という仮設トイレです。熱圧着によって排泄物が1回ごとに密封されるので、これをゴミ箱に捨てればいいだけ。ニオイも漏れません。最初にあった仮設トイレは和式で、本当に汚かったんです。誰が管理するか決まっていなかったようで、掃除もされていないし。今の小学生は洋式に慣れているし、お年寄りには和式はなかなかつらい。だから、みんなトイレに行きたがらない。1~2日ならいいけど、ずっとじゃないですか。テント村独自のトイレをなんとかしたいね、ってことで、ラップポンが5基と、あと洋式の仮設トイレを10基入れたんです。
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テントの中
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テントの前に設置されたタープスペースは、各家庭が趣向を凝らして活用していた
――そもそも最初は、テントを届ける物資援助を行う予定だったんですよね。 野口 はい。でも、テントを届けても、果たしてみんな生活できるのかな、という懸念があったんです。テントって、みんなバラバラに薄暗いところに張ると無防備だし、配るだけじゃダメだなと。そんな中、僕が環境観光大使を務め、旧知の仲である岡山県総社市の片岡(総一)市長から「テント村やりましょう!」とご提案いただいて、それで、「エベレストのベースキャンプか」と。エベレストのベースキャンプって、本当にこういう感じなんですよ。だいたい1カ月~1カ月半、長期間滞在するので、いかに快適に生活できるかっていうのを考えて僕らはベースキャンプを作るんです。それを再現すれば、いけるかと。 ――とはいえ、物資援助とテント村運営では、責任の重さも違います。 野口 そうですね。でも、こういう緊急時は、早くやらないと意味がない。同時にテントメーカー(コールマンジャパン)にテントを発注して。そのテントが届くまでの間に、総社市の職員が場所探しをしてくれて、「益城町総合運動公園の陸上グラウンドが使えるよ」と。だから、すべてが同時進行。総社市は行政との交渉、僕らは物資。やるぞ、と決めたのは震災4日目。注文して3日目にテントが届いて、いったん総社市にトラックで送って積み替えて。震災直後って、行政の車しか入れないですからね。5~6日くらいで準備は整いました。 ――実際のテント村運営は、スムーズにいきましたか? 野口 いろいろと壁にぶつかりましたね。テント村って前例がないし、みんなイメージが湧かない。そうすると、グラウンドの指定管理者(公的な施設の管理・運営を自治体に代わって行っている民間団体)から、テントで大丈夫かと。「熱中症は?」「死角で女性が暴行されたらどうするんだ?」とか、デメリットの部分ばかりがフィーチャーされて。あとは「公平性をどうするのか?」ということ。この公平性っていうのが、いろいろと厄介で。「車中泊は何人いるのか把握できていますか?」「すべての人が入れないなら、公平性に反するので、やるべきではないんじゃないか」とか。でも結局、避難所に入れないから車中泊しているわけで、「助けられるところからやりましょうよ」って。 ――東日本大震災でも、公平性が邪魔をして、うまく救援物資が届けられなかったという話を聞きました。 野口 いろいろな人が、トラックで救援物資を持ってくるじゃないですか。でも、避難所の場合は、500人いたら500個ないとダメなんですよ。みんなに同じものを配らなければならない。バカバカしいけど、頑なにそうなんです。だから、せっかく遠路はるばる運んできても、避難所に拒否されるトラックがたくさんあって。テント村では、すべて「ありがとうございます」って受け取っていたので、ちょっとした市場状態でした。僕がマイクで「救援物資が届きました」ってアナウンスすると、みんなが集まってくる。そうすると、体育館から行政関係者が飛んでくるんですよ。「全員分ありますか?」って。「いや、ないですね。でもうち、早いもん勝ちなんで」って言うと、「ありえません!」って(苦笑)。でも、みんながみんな同じものが必要かといえば、そうではないですからね。
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――とはいえ、テント村も体育館の指定管理者の管轄下にあったわけで、ルールには従わないといけないですよね? 野口 それはそうなんですけど……そうも言ってられない。そういう意味では、彼らとの対立は絶えずありましたね。「早く出てけ」とか言われてました。 ――1カ月半、ずっと? 野口 ほぼですね。最後の最後で、彼らも態度を軟化させてくれましたけどね。大変でした。たとえば、タープは許可は出なかったんです。最初テントだけだったんですが、日陰がないから日中は暑くて、熱中症になってしまう。でもタープがあれば、メッシュなので風が通るし、その分、スペースもできる。なぜ彼らが許可を出さなかったかといえば、「風でタープが飛んで車にぶつかって傷がついたらどうするんですか?」って。そんなの知りませんよ! それはそのとき考えますよ。でも、そういうことを大真面目に言ってくるんですよ。悔しいから土木業者の方に来てもらって鉄筋とか打ちまくって、絶対飛ばないようにしました。ドリルで穴開けまくってビス打って、土のう置いて、絶対飛ばないようにしました。グラウンドは亀裂だらけでしたから。人工芝の下はコンクリなんで、ペグは入らないんですよ。 ――すごい執念ですね(笑)。 野口 いま振り返ってみると、指定管理者の彼らも、総社市っていう馴染みのない自治体と訳のわからない登山家が来て、600人の命を預かるなんて、本当にできるのか? って疑心暗鬼だったと思いますよ。だから益城町の町長が許可しても、彼らが体を張って阻止しようとしたのはわからなくもない。けれども、そういう状況じゃないですからね。だって、車中泊よりはテントのほうがいいし。こういうときって、リスクばかり考えていたら何もできないし、体育館の中だってぐちゃぐちゃになっている。やらなきゃならない状況だったんです。ただこれができたのも、総社市との連携ですよね。僕だけじゃ、できなかった。 ――片岡市長の判断力、行動力には、目を見張るものがありますよね。 野口 いい意味で、ケンカもできるしね(笑)。片岡市長が「やれ」と言ったら、職員はそれに従う。指定管理者からいろいろ言われたときに、片岡市長に電話で「公平性がどうのこうのって問題になってます」って話したら、「野口さん、行政っていうのは、みんなそう言うんです。でも、こういう有事のときはそんなの関係ない。私は自分の職員に対しては『有事のときはルールを無視しろ』『破れ』と言っているからね」と。「ルール破りましょう」って言うから、「そうしましょう」って。だから、益城町からしたら、とんでもないやつらですよ。 ――テント村は100点満点中何点くらいですか? 野口 うーん、走りながらすべて同時進行で作ったからね。たとえば「来年テント村やります」っていうなら、今から準備したら、もっといいものができる。震災が起きてからイチから始めたんでね、それを考えると100点満点かな。最初はもちろん違いますよ。テントしかなかったし、もっとよくしようって、タープを入れたり、ラップポンを置いたり、JTさんの協力で喫煙所を設けたり、徐々に徐々に。最終的には、やれることは全部やった。ただ今回、災害が起きてからでは遅い、ということを痛感しました。先日、総社市と僕が代表を務めるNPOで「大規模災害時における支援に関する協定」を結んだんですけど、これは災害に備えて先に準備するためなんですよ。総社市には「大規模災害被災地支援に関する条例」というのがあって、日本国内で大規模な災害が起きた際は、市長の権限において即座に支援を行うことができる。そのための費用として、年間1,000万円の予算もつけているんです。そこに僕も「テント村班」としてセットになったわけです。そうすることで、テント村も、次に災害が起きてからやるんじゃなくて、もっとクオリティの高いものを準備できるんじゃないかと。 ――次にテント村をやるなら、これを付け加える、というものはありますか? 野口 いろいろありますが、まず、大型テントですね。東京ドームを作っている業者さんが来てくれて、本当はテント村があるグラウンドの5分の1くらいを覆う巨大テントを作る予定だったんですよ。それがあれば、暑いときは涼しいし、卓球台を置いたり、ヨガの先生や床屋さんに来てもらったりできる。でもやっぱり、指定管理者が許可しなかった。僕らだったら勝手にやっちゃうけど、彼らは会社として来ているので、断念せざるを得なかったんです。  あと、食堂テントもあるといいですね。食事は3食、コンビニチェーンが提供してくれていたんですけど、だんだんみんな食べなくなるんですよ。(指定管理者から)炊き出しはダメと言われていたけど、僕らは「ルールは破る」ってことで統一してましたから(笑)、テント村の人たちは、タープの中だけは自炊OKとしたんです。東北の場合は、街によっては大半が失われましたよね? でも、益城町はピンポイントで被害が出てるけど、車で15分も行けば、普通にスーパーもコンビニも、ファミレスもやっている。住宅街は大変なことになっているけど、会社は市外にあるから、みんなテント村から出勤するわけです。夕方、帰りにスーパーで買い物して、コンロで自炊してましたね。やっぱり自炊って大事なんですよ。みんな温かいものを食べたいし、なんでもかんでも提供してもらっていると、生活のリズムが作れなくなるんです。  それと、医療系は充実していたんですが、精神科医が抜けていた。テント村って、体育館とかと比べると明るい雰囲気だったんですけど、そうはいってもみんな家を失っているし、不安はある。それが抜けていた。精神科医的なケアって、素人が中途半端にやるもんじゃないですからね。
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エベレストのベースキャンプの様子
――本書の中では、「避難所の質」について繰り返し言及されていますが、その原点となっているのが、エベレストのベースキャンプだそうですね。 野口 どちらも「生きのびる」ことをテーマにした場所ですから。エベレスト登山っていうのは、ベースキャンプから一気に登頂を目指すわけではなく、その上に、キャンプ1、キャンプ2、キャンプ3、キャンプ4とハイキャンプを設け、徐々に体を慣らしていくんです。上に行くと酸素が薄くて頭痛や吐き気が続いてバテるから、定期的にベースキャンプに戻ってきて4~5日ゆっくり休んでまた上がっていくということを繰り返すんです。そのためには、心身ともにリラックスできる場所でなければならない。災害の避難所というのも、家族や家を失った人たちが命からがら集まっている。だから、僕はテント村を安心できる空間にしたかったんです。 ――特に日本人の場合、「我慢するのが当たり前」という風潮がありますよね。 野口 我慢や美徳は、時に人を追い詰めてしまいますからね。環境の劣悪さに目をつむり「避難所とはそういうものだ」というみんなの思い込みを、なんとか打破したいなと。もちろん、テント村がすべてだとは思っていませんし、高齢者や持病がある人にはエアコンが完備された体育館のほうがいい。いろいろな選択肢があったほうがいいと思うんです。 ――現在、野口さんは、自治体などに向けた災害時の避難所のあり方について提言する活動に力を入れているとのことですが、反応はいかがですか? 野口 いろいろな首長さんに会うと「それは面白いな、うちでもやってみたい」って言ってくれる。だから、やっぱり体験するかしないかなと。たとえば東京は、大きな公園がたくさんある。だから、秋くらいに、都と共催でテント村お試し体験を、代々木公園とかでできたらいいなと思っています。  また南海トラフでは、東北の何倍もの被害が予想されていますから、そのエリアの自治体は今すごくシビアで、いろいろなイベントを積極的にやっている。そういうところとうまく連携できればいいなと。とにかく、いろいろな場所にミニテント村を作って、体験してもらうしかないですからね。 ――海外では、テント村はわりと普通なんですよね? 野口 欧米人って、本当にキャンプが好きなんですよね。だから、だいたいみんなテントを持っている。地震が多いイタリアなんて、避難所はほとんどテント村なんですよ。日本人は一部の人しかキャンプしないし、なかなか伝わらないんですよ。でも、アウトドア経験っていうのは、最強の防災術になる。だから、日ごろからもっとアウトドアライフに親しんでほしいですね。 ――登山家である野口さんが、ここまで災害支援活動に力を入れる理由はなんなんでしょうか? 野口 なんですかね。大変なんですよ、始まっちゃうと。でも、大変なだけでもないんですよ。いろいろな発見があるというか。 ――楽しいんですか? 野口 そう、楽しいんですよ。小さな街づくりみたいなもんで。みんなが生活しやすいように、テント村内だけの決まりごとを作ったり、ラップポンがくれば女性の表情がパッと明るくなって、「トイレひとつで、こんなに変わるのか」って。これはこれで発見じゃないですか。こいのぼりとか風鈴置いたら、子どもが喜ぶし。それが楽しい。しんどいだけじゃ、嫌になっちゃいますよ。  みんな好きで避難所に来ているわけではないし、嫌でもここで生活しなければならない。そうすると、ここでの生活を楽しむしかないんですよ。だから、前向きになれるような空間、雰囲気ってなんなのかっていうのが最大のテーマでした。やっぱり活動って、面白くなきゃ続かないんですよ。 (取材・文=編集部) ●のぐち・けん 1973年、アメリカ・ボストン生まれ。アルピニスト。亜細亜大学卒業。99年、エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山で清掃登山を開始。野口健 環境学校など、子どもたちへの環境教育や、日本兵の遺骨収集活動にも取り組む。

「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢

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撮影=尾藤能暢
 2016年4月14日に発生した熊本地震。短期間で2度も震度7の揺れに襲われたため、多くの家屋が倒壊。避難所には人々があふれ、車内泊による被災者の体調悪化が大きな問題となっていた。  そんな中、最も被害が大きかった益城町では、一風変わった避難所が運営されていたことをご存じだろうか? 登山家・野口健氏と、災害援助に対して非常に熱心で、被災した自治体からの要請を待たずに自発的に支援する「プッシュ型支援」を進めている岡山県総社市が共同運営した、過去最大規模のテント村だ。 「エベレストのベースキャンプを再現する」という発想のもとスタートした、このテント村の活動をまとめた『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)が、このたび上梓された。  11年の東日本大震災では寝袋支援を行い、15年のネパール大地震では「野口健 ヒマラヤ大震災基金」を設立、そして熊本地震ではテント村運営に取り組んだ野口氏が提唱する、新しい避難所のカタチとは――。 *** ――熊本地震から約1カ月半、益城町総合運動公園の陸上グラウンドにテント100張り、最大600人を収容できるテント村を開設されましたが、けっこうな規模ですよね。
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テント村の全景
野口 テント村は本震から10日目にできたんですが、最初は車中泊の方限定にしていたんですよ。でも、けっこう体育館からも移ってこられました。体育館の中って、仕切りもなくて雑魚寝で人目にさらされるから、ストレスになるじゃないですか。赤ちゃんが泣いたり、小さい子どもが走り回ったりすると、周りの人から舌打ちされるんですって。「表に出せよ」っていうのが聞こえてきたり。やっぱり、みんなが一番求めるものって、自分たちの空間なんですよね。それがないと、ストレスがすごくたまる。テントだったら、完全なプライベートルームですから。 ――みなさん、ほぼ全員が初めてのテント生活ですよね? そこに対する戸惑いはありませんでしたか? 野口 なかったと思いますね。車内よりも、体育館よりもいいって。とにかく、自分たちの空間がほしいって。よっぽど最初は苦戦するかなって思ってたんですが、みなさん自分なりに工夫されて。タープの中に、自宅から持ってきた勉強机や自転車を置いたり、洗濯物を干したりしていました。 ――ずらっときれいに並んだテントやタープを見る限り、快適そうですね。 野口 一番優秀だったのは、日本セイフティーさんの「ラップポン」という仮設トイレです。熱圧着によって排泄物が1回ごとに密封されるので、これをゴミ箱に捨てればいいだけ。ニオイも漏れません。最初にあった仮設トイレは和式で、本当に汚かったんです。誰が管理するか決まっていなかったようで、掃除もされていないし。今の小学生は洋式に慣れているし、お年寄りには和式はなかなかつらい。だから、みんなトイレに行きたがらない。1~2日ならいいけど、ずっとじゃないですか。テント村独自のトイレをなんとかしたいね、ってことで、ラップポンが5基と、あと洋式の仮設トイレを10基入れたんです。
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テントの中。
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テントの前に設置されたタープスペースは、各家庭が趣向を凝らして活用していた
――そもそも最初は、テントを届ける物資援助を行う予定だったんですよね。 野口 はい。でも、テントを届けても、果たしてみんな生活できるのかな、という懸念があったんです。テントって、みんなバラバラに薄暗いところに張ると無防備だし、配るだけじゃダメだなと。そんな中、僕が環境観光大使を務め、旧知の仲である岡山県総社市の片岡(総一)市長から「テント村やりましょう!」とご提案いただいて、それで、「エベレストのベースキャンプか」と。エベレストのベースキャンプって、本当にこういう感じなんですよ。だいたい1カ月~1カ月半、長期間滞在するので、いかに快適に生活できるかっていうのを考えて僕らはベースキャンプを作るんです。それを再現すれば、いけるかと。 ――とはいえ、物資援助とテント村運営では、責任の重さも違います。 野口 そうですね。でも、こういう緊急時は、早くやらないと意味がない。同時にテントメーカー(コールマンジャパン)にテントを発注して。そのテントが届くまでの間に、総社市の職員が場所探しをしてくれて、「益城町総合運動公園の陸上グラウンドが使えるよ」と。だから、すべてが同時進行。総社市は行政との交渉、僕らは物資。やるぞ、と決めたのは震災4日目。注文して3日目にテントが届いて、いったん総社市にトラックで送って積み替えて。震災直後って、行政の車しか入れないですからね。5~6日くらいで準備は整いました。 ――実際のテント村運営は、スムーズにいきましたか? 野口 いろいろと壁にぶつかりましたね。テント村って前例がないし、みんなイメージが湧かない。そうすると、グラウンドの指定管理者(公的な施設の管理・運営を自治体に代わって行っている民間団体)から、テントで大丈夫かと。「熱中症は?」「死角で女性が暴行されたらどうするんだ?」とか、デメリットの部分ばかりがフィーチャーされて。あとは「公平性をどうするのか?」ということ。この公平性っていうのが、いろいろと厄介で。「車中泊は何人いるのか把握できていますか?」「すべての人が入れないなら、公平性に反するので、やるべきではないんじゃないか」とか。でも結局、避難所に入れないから車中泊しているわけで、「助けられるところからやりましょうよ」って。 ――東日本大震災でも、公平性が邪魔をして、うまく救援物資が届けられなかったという話を聞きました。 野口 いろいろな人が、トラックで救援物資を持ってくるじゃないですか。でも、避難所の場合は、500人いたら500個ないとダメなんですよ。みんなに同じものを配らなければならない。バカバカしいけど、頑なにそうなんです。だから、せっかく遠路はるばる運んできても、避難所に拒否されるトラックがたくさんあって。テント村では、すべて「ありがとうございます」って受け取っていたので、ちょっとした市場状態でした。僕がマイクで「救援物資が届きました」ってアナウンスすると、みんなテントからぞろぞろやってくる。そうすると、体育館から指定管理者が飛んでくるんですよ。「全員分ありますか?」って。「いや、ないですね。でもうち、早いもん勝ちなんで」って言うと、「ありえません!」って(苦笑)。でも、みんながみんな同じものが必要かといえば、そうではないですからね。
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像5
――とはいえ、テント村も体育館の指定管理者の管轄下にあったわけで、ルールには従わないといけないですよね? 野口 それはそうなんですけど……そうも言ってられない。そういう意味では、彼らとの対立は絶えずありましたね。「早く出てけ」とか言われてました(苦笑)。 ――1カ月半、ずっと? 野口 ほぼですね。最後の最後で、彼らも態度を軟化させてくれましたけどね。大変でした。たとえば、タープは許可は出なかったんです。最初テントだけだったんですが、日陰がないから日中は暑くて、熱中症になってしまう。でもタープがあれば、メッシュなので風が通るし、その分、スペースもできる。なぜ彼らが許可を出さなかったかといえば、「風でタープが飛んで車にぶつかって傷がついたらどうするんですか?」って。そんなの知りませんよ! それはそのとき考えますよ。でも、そういうことを大真面目に言ってくるんですよ。悔しいから土木業者の方に来てもらって鉄筋とか打ちまくって、絶対飛ばないようにしました。ドリルで穴開けまくってビス打って、土のう置いて、絶対飛ばないようにしました。グラウンドは亀裂だらけでしたから。人工芝の下はコンクリなんで、ペグは入らないんですよ。 ――すごい執念ですね(笑)。 野口 いま振り返ってみると、指定管理者の彼らも、総社市っていう聞いたこともない自治体と訳のわからない登山家が来て、600人の命を預かるなんて、本当にできるのか? って疑心暗鬼だったと思いますよ。だから益城町の町長が許可しても、彼らが体を張って阻止しようとしたのはわからなくもない。けれども、そういう状況じゃないですからね。だって、車中泊よりはテントのほうがいいし。こういうときって、リスクばかり考えていたら何もできないし、体育館の中だってぐちゃぐちゃになっている。やらなきゃならない状況だったんです。ただこれができたのも、総社市との連携ですよね。僕だけじゃ、できなかった。 ――片岡市長の判断力、行動力には、目を見張るものがありますよね。 野口 ほかの行政とケンカもできるしね(笑)。片岡市長が「やれ」と言ったら、職員はそれに従う。指定管理者からいろいろ言われたときに、片岡市長に電話で「公平性がどうのこうのって問題になってます」って話したら、「野口さん、行政っていうのは、みんなそう言うんです。でも、こういう有事のときはそんなの関係ない。私は自分の職員に対しては『有事のときはルールを無視しろ』『破れ』と言っているからね」と。「ルール破りましょう」って言うから、「そうしましょう」って。だから、益城町からしたら、とんでもないやつらですよ。 ――テント村は100点満点中何点くらいですか? 野口 うーん、走りながらすべて同時進行で作ったからね。たとえば「来年テント村やります」っていうなら、今から準備したら、もっといいものができる。震災が起きてからイチから始めたんでね、それを考えると100点満点かな。最初はもちろん違いますよ。テントしかなかったし、もっとよくしようって、タープを入れたり、ラップポンを置いたり、JTさんの協力で喫煙所を設けたり、徐々に徐々に。最終的には、やれることは全部やった。ただ今回、災害が起きてからでは遅い、ということを痛感しました。先日、総社市と僕が代表を務めるNPOで「大規模災害時における支援に関する協定」を結んだんですけど、これは災害に備えて先に準備するためなんですよ。総社市には「大規模災害被災地支援に関する条例」というのがあって、日本国内で大規模な災害が起きた際は、市長の権限において即座に支援を行うことができる。そのための費用として、年間1,000万円の予算もつけているんです。そこに僕も「テント村班」としてセットになったわけです。そうすることで、テント村も、次に災害が起きてからやるんじゃなくて、もっとクオリティの高いものを準備できるんじゃないかと。 ――次にテント村をやるなら、これを付け加える、というものはありますか? 野口 いろいろありますが、まず、大型テントですね。東京ドームを作っている業者さんが来てくれて、本当はテント村があるグラウンドの5分の1くらいを覆う巨大テントを作る予定だったんですよ。それがあれば、暑いときは涼しいし、卓球台を置いたり、ヨガの先生や床屋さんに来てもらったりできる。でもやっぱり、指定管理者が許可しなかった。僕らだったら勝手にやっちゃうけど、彼らは会社として来ているので、断念せざるを得なかったんです。  あと、食堂テントもあるといいですね。食事は3食、コンビニチェーンが提供してくれていたんですけど、だんだんみんな食べなくなるんですよ。(指定管理者から)炊き出しはダメと言われていたけど、僕らは「ルールは破る」ってことで統一してましたから(笑)、テント村の人たちは、タープの中だけは自炊OKとしたんです。東北の場合は、街ごと消えたじゃないですか? でも、益城町はピンポイントで被害が出てるけど、車で15分も行けば、普通にスーパーもコンビニも、ファミレスもやっている。住宅街は大変なことになっているけど、会社は市外にあるから、みんなテント村から出勤するわけです。夕方、帰りにスーパーで買い物して、コンロで自炊してましたね。やっぱり自炊って大事なんですよ。みんな温かいものを食べたいし、なんでもかんでも提供してもらっていると、生活のリズムが作れなくなるんです。  それと、医療系は充実していたんですが、精神科医が抜けていた。テント村って、体育館とかと比べると明るい雰囲気だったんですけど、そうはいってもみんな家を失っているし、不安はある。それが抜けていた。精神科医的なケアって、素人が中途半端にやるもんじゃないですからね。
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像6
エベレストのベースキャンプの様子
――本書の中では、「避難所の質」について繰り返し言及されていますが、その原点となっているのが、エベレストのベースキャンプだそうですね。 野口 どちらも「生きのびる」ことをテーマにした場所ですから。エベレスト登山っていうのは、ベースキャンプから一気に登頂を目指すわけではなく、その上に、キャンプ1、キャンプ2、キャンプ3、キャンプ4とハイキャンプを設け、徐々に体を慣らしていくんです。上に行くと酸素が薄くて頭痛や吐き気が続いてバテるから、定期的にベースキャンプに戻ってきて4~5日ゆっくり休んでまた上がっていくということを繰り返すんです。そのためには、心身ともにリラックスできる場所でなければならない。災害の避難所というのも、家族や家を失った人たちが命からがら集まっている。だから、僕はテント村を安心できる空間にしたかったんです。 ――特に日本人の場合、「我慢するのが当たり前」という風潮がありますよね。 野口 我慢や美徳は、時に人を追い詰めてしまいますからね。環境の劣悪さに目をつむり「避難所とはそういうものだ」というみんなの思い込みを、なんとか打破したいなと。もちろん、テント村がすべてだとは思っていませんし、高齢者や持病がある人にはエアコンが完備された体育館のほうがいい。いろいろな選択肢があったほうがいいと思うんです。 ――現在、野口さんは、自治体などに向けた災害時の避難所のあり方について提言する活動に力を入れているとのことですが、反応はいかがですか? 野口 いろいろな首長さんに会うと「それは面白いな、うちでもやってみたい」って言ってくれる。だから、やっぱり体験するかしないかなと。たとえば東京は、大きな公園がたくさんある。だから、秋くらいに、都と共催でテント村お試し体験を、代々木公園とかでできたらいいなと思っています。  また南海トラフでは、東北の何倍もの被害が予想されていますから、そのエリアの自治体は今すごくシビアで、いろいろなイベントを積極的にやっている。そういうところとうまく連携できればいいなと。とにかく、いろいろな場所にミニテント村を作って、体験してもらうしかないですからね。 ――海外では、テント村はわりと普通なんですよね? 野口 欧米人って、本当にキャンプが好きなんですよね。だから、だいたいみんなテントを持っている。地震が多いイタリアなんて、避難所はほとんどテント村なんですよ。日本人は一部の人しかキャンプしないし、なかなか伝わらないんですよ。でも、アウトドア経験っていうのは、最強の防災術になる。だから、日ごろからもっとアウトドアライフに親しんでほしいですね。 ――登山家である野口さんが、ここまで災害支援活動に力を入れる理由はなんなんでしょうか? 野口 なんですかね。大変なんですよ、始まっちゃうと。でも、大変なだけでもないんですよ。いろいろな発見があるというか。 ――楽しいんですか? 野口 そう、楽しいんですよ。小さな街づくりみたいなもんで。みんなが生活しやすいように、テント村内だけの決まりごとを作ったり、ラップポンがくれば女性の表情がパッと明るくなって、「トイレひとつで、こんなに変わるのか」って。これはこれで発見じゃないですか。こいのぼりとか風鈴置いたら、子どもが喜ぶし。それが楽しい。しんどいだけじゃ、嫌になっちゃいますよ。  みんな好きで避難所に来ているわけではないし、嫌でもここで生活しなければならない。そうすると、ここでの生活を楽しむしかないんですよ。だから、前向きになれるような空間、雰囲気ってなんなのかっていうのが最大のテーマでした。やっぱり活動って、面白くなきゃ続かないんですよ。 (取材・文=編集部) ●のぐち・けん 1973年、アメリカ・ボストン生まれ。アルピニスト。亜細亜大学卒業。99年、エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山で清掃登山を開始。野口健 環境学校など、子どもたちへの環境教育や、日本兵の遺骨収集活動にも取り組む。

鈴木清順、若松孝二の“遺伝子”を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』

鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像1
有森也実が大胆な濡れ場を演じたことで話題の『いぬむこいり』。南の島を舞台に、奇想天外なファンタジーが繰り広げられる。
 人間が人間ならざるものと交わり、新しい世界を築いていく異類婚姻譚。現在大ヒット中のミュージカル映画『美女と野獣』や日本神話のひとつ「豊玉姫」など、様々なケースが古くから世界各地に言い伝えられている。そんな異種婚伝説をモチーフにした官能ファンタジーが有森也実主演作『いぬむこいり』だ。人気ドラマ『東京ラブストーリー』(91年、フジテレビ系)でブレイクし、清純派の印象が強かった有森だが、本作では犬男を相手に大胆な濡れ場を繰り広げ、過去のイメージを一掃してみせている。上映時間は4時間5分という超大作で、さらに共演陣は、石橋蓮司&緑魔子夫妻(劇団『第七病棟』!)、「頭脳警察」のPANTA、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平といった異色の顔ぶれ。どんな物語が展開されるのか予測不能な本作を撮り上げた片嶋一貴監督に、作品に込めた想いを聞いた。  片嶋監督はこれまでもパンクな映画を撮り続けてきた。高校生テロリストたちの暴走を描いた代表作『アジアの純真』(11)は国内外で大いに物議を醸した。小栗旬主演作『ハーケンクロイツの翼』(04)ではアナーキーな青春が描かれ、ブラックコメディ『小森生活向上クラブ』(08)では古田新太がテロリストとして覚醒していった。『いぬむこいり』もまた、アラフォーの元小学校教師・梓(有森也実)が神のお告げから南の島へと渡り、あらゆる世間の常識から身も心も解放されていく物語となっている。なぜゆえ、片嶋監督はパンクな映画を撮り続けるのだろうか?
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像2
ロケ地の鹿児島でモニターを確認する片嶋一貴監督(右側)と撮影監督たむらまさき氏。
「確かに『アジアの純真』のときは“こんな世界をひっくり返してやりたい”という強い気持ちで撮っていました。でも、常にパンクな映画を撮ろうと意識しているつもりはなく、自分ではいろんなタイプの映画を撮りたいと考えているんです。まぁ、オリジナルストーリーで作品をつくっていると、自分の中にあるものがどうしようもなく表に出てきてしまうようです(笑)。今回は脚本家の中野太から勧められ、芥川賞を受賞した多和田葉子さんの短編小説『犬婿入り』(講談社)を読んだところ、すごく面白かったので、ドイツにいる多和田さんに連絡して映画化の話を進めていたんです。残念なことに映画化権が手に入らず、それならと多和田さんも読んだであろう『犬のフォークロア 神話・伝説・昔話の犬』(成文堂新光社)という本を参考にして、オリジナルのストーリーを考えたわけです。異類婚姻譚って世界各地にある民間伝承であり、人間の中にある多様性を認識し、新たな再生を願うというもの。でも、今の世界情勢は多様性を認めようとする流れとは逆に向かっている。現代の異類婚姻譚を描くことで、物語そのものがメッセージになりうると考えたんです」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像3
「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平がメインキャストに。ひょうひょうとした味わいの演技を見せている。
■精神的にギリギリまで追い詰められた有森也実  4時間超の大作『いぬむこいり』に主演した有森也実は2015年の8月~9月をロケ地の鹿児島で過ごしているが、クランクアップの際に「一年間はこの映画の話はしたくない」と口にし、最近のトークイベントでも「女優をやめようと思った」と振り返っている。相当にハードな撮影だったようだが、主演女優を追い詰めたものは何だったのだろう。 「有森さんにとっては、本当につらい現場だった。有森さんが演じた主人公・梓は狂言回し的な立場で、熱演すればOKという役ではなく、素の姿でカメラの前に立つことが求められたんです。俳優って、役を演じているほうが楽ですから。撮影期間は1カ月半ほどでしたが、だんだん精神的に苦しくなっていったようです。僕はキャストに対して優しい言葉を掛けるタイプの監督ではありませんし、ヌードになることも大きな負担だったと思います。有森さんは僕が撮った『たとえば檸檬』(12)では依存症の女性を演じてもらったんですが、彼女の出演パートが終わる直後に東日本大震災が起きている。あのときも大変でしたが、今回もいろんなことが重なったみたいですね。ここ3年の間に、ご両親も亡くされたとのことでした。ポスプロ作業が終わって、映画が完成したら、有森さんも元気になるかなと思っていたんですが、初号試写のときはまだ完全復活はしていなかった。その後、いろいろ取材を受けて、インタビューを重ねていくうちに元気になっていった。映画って作品として完成すれば終わりではなく、お客さんに観てもらうことと同じくらい、取材を受けたり、レビューを書いてもらうことも大切。監督の僕もそうなんですが、インタビューに受け答えすることで、自分の内面を言葉として整理することができるし、いろんなレビューが出ることで、自分が気づかなかった視点も発見できるものなんです」  有森也実演じるアラフォーの元教師・梓があらゆる世間の常識から解き放たれていく壮大なファンタジー大作『いぬむこいり』。ベテラン俳優の柄本明は三線の演奏と渋い歌声を披露し、島の女王に扮した緑魔子は生尻を振りながら妖艶なダンスを舞う。女王と対立する部族の王様は「頭脳警察」のPANTA。また、梓と行動を共にするオフビートなペテン師・アキラには、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」が結成20年を迎えた武藤昭平が配役されている。異色なキャスティングの舞台裏についても聞いた。 「石橋蓮司さんは前半、緑魔子さんは後半、と同じシーンには出ていませんが、ひとつの作品に夫婦で出演するのは、すごく珍しいこと。石橋蓮司さんはゴロツキの革命家の役で早めに出演の承諾をいただいていたんですが、女王役はなかなか決まらなかった。それで僕が緑魔子さんの大ファンだったこともあって、蓮司さん繋がり(2人は同じ事務所)で、お願いして出てもらいました。『盲獣』(69)や『あらかじめ失われた恋人たちよ』(71)などに出ていた1960年代~70年代の魔子さんは本当に素敵です(笑)。『いぬむこいり』の魔子さんの宮殿のシーンだけ別の映画のようだと言われます。魔子さんが女王役に決まり、美術や衣装だけでなくダンスの振付けも入って、魔子さんもノリノリで演じてくれた。僕から『お尻を出して踊ってください』とはさすがに頼んではいませんよ。ダンスの練習をしているときに『このシーン、お尻を出しましょうか』と魔子さんから言ってくださった(笑)。お蔭で70歳を過ぎているとは思えない魔子さんの妖しいダンスシーンを撮ることができた。武藤昭平はミュージシャン役でちょっと映画に出たことはあるけど、ここまでのメインを演じるのは初めて。昭平が芝居できるかどうかは分からなかったけど、きっと行けるなという確信が自分の中にあって、以前も彼の主演ドラマの企画を考えていたんです。その企画は流れちゃいましたけどね。今回、昭平の芝居を初めて見たけど、なかなか達者。演技をしているというよりは、役に自分をうまく当てはめている。ミュージシャンは芝居がうまい。パフォーマーとして、役者と通じるものがあるんだと思いますよ」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像4
キョラ族の女王を演じた緑魔子。アングラ演劇界に君臨したスター女優の貫禄は健在!
■混沌化していくこれからの時代への祈り 『いぬむこいり』の最終舞台となる「イモレ島」では、米兵や武器商人たちが入り交じっての戦乱が絶えない。実際のロケ地は鹿児島県だが、第二次世界大戦時に日本で唯一の地上戦が繰り広げられた沖縄の過去の悲劇を彷彿させると同時に、軍事基地の整備が進むこれからの沖縄を幻視したかのようでもある。 「沖縄にあれだけ米軍基地があるという現実があるわけで、何かしら物語を考える上でインスパイアされていると思います。物語の中ではキョラ族とナマ族がずっと対立しているんですが、これはイスラエルとパレスチナの関係を投影したもの。また、島から鉱石が採れ、地下資源をめぐっても争うことになる。経済・宗教・政治とすべてが交じった欲望の島で、戦争が絶えず続いている。いわば世界の縮図です。そんな世界の縮図を舞台にして、おかしな革命家たちが出てきて大騒ぎし、梓は巻き込まれていく。そして、その中で自分にとっての大切な“宝物”とは何かを探すことになる。ソビエト連邦が崩壊し、EUも解体に向かうかもしれない。これからの東アジアもどうなるか分からない。そんな状況の中で自分たちはどんな社会を築いていくべきなのか、どうやって生きていけばいいのか、また幸せの在り方も変わってくるはず。混沌としたこれからの時代に対する祈りみたいなものを、『いぬむこいり』には込めたつもりです」  片嶋監督は若松孝二監督の『寝盗られ宗介』(92)の助監督を務め、また鈴木清順監督の『ピストルオペラ』(01)と『オペレッタ狸御殿』(05)のプロデューサーも経験している。パンクな作風は、2人の巨匠からの影響も強くあるようだ。 「若松孝二監督と鈴木清順監督の影響を感じるとはよく言われますが、うれしく思う反面、ちょっと複雑な気持ちですね(笑)。若松さんからは映画づくりのあり方や姿勢を学んだんですが、実は僕はそれほど若松映画のファンというわけではありません。現場で若松さんを見ていても、これでいいのかなあと疑問に思っていたこともありました。反面教師ですね(苦笑)。でも、なんだかんだ言われながらも、晩年に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)を完成させた。『実録・連合赤軍』は本当にすごい作品。逆に鈴木清順監督に対しては作品のスタイルから美的センスまで、すべて尊敬していました。清順監督の作品は若い頃に撮った『悪太郎』(63)、『春婦伝』(65)、『けんかえれじい』(66)なども素晴しいし、『ツィゴイネルワイゼン』(80)と『陽炎座』(81)は大傑作。清順監督本人は喰えないジジイでしたが、最後の2本の作品に関わることができてラッキーでした。清順監督は政治的な発言はいっさいしなかったけれど、作品はどれも反権威的な匂いのするものばかり。清順さんもまた、映画で何かしらの革命を起こそうと本気で考えていた人だったと思います」  映画界の革命家たちの薫陶を受けた片嶋監督が全力を投じた破天荒なパンク映画『いぬむこいり』は5月13日(土)より開幕する。 (取材・文=長野辰次)
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『いぬむこいり』 監督/片嶋一貴 脚本/中野太、片嶋一貴 撮影/たむらまさき 出演/有森也実、武藤昭平、江口のりこ、尚玄、笠井薫明、山根和馬、韓英恵、 ベンガル、PANTA、緑魔子、石橋蓮司、柄本明  配給/太秦 R15 5月13日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開 (c)2016INUMUKOIRI PROJECT http://dogsugar.co.jp/inumuko.html

鈴木清順、若松孝二の“遺伝子”を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』

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有森也実が大胆な濡れ場を演じたことで話題の『いぬむこいり』。南の島を舞台に、奇想天外なファンタジーが繰り広げられる。
 人間が人間ならざるものと交わり、新しい世界を築いていく異類婚姻譚。現在大ヒット中のミュージカル映画『美女と野獣』や日本神話のひとつ「豊玉姫」など、様々なケースが古くから世界各地に言い伝えられている。そんな異種婚伝説をモチーフにした官能ファンタジーが有森也実主演作『いぬむこいり』だ。人気ドラマ『東京ラブストーリー』(91年、フジテレビ系)でブレイクし、清純派の印象が強かった有森だが、本作では犬男を相手に大胆な濡れ場を繰り広げ、過去のイメージを一掃してみせている。上映時間は4時間5分という超大作で、さらに共演陣は、石橋蓮司&緑魔子夫妻(劇団『第七病棟』!)、「頭脳警察」のPANTA、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平といった異色の顔ぶれ。どんな物語が展開されるのか予測不能な本作を撮り上げた片嶋一貴監督に、作品に込めた想いを聞いた。  片嶋監督はこれまでもパンクな映画を撮り続けてきた。高校生テロリストたちの暴走を描いた代表作『アジアの純真』(11)は国内外で大いに物議を醸した。小栗旬主演作『ハーケンクロイツの翼』(04)ではアナーキーな青春が描かれ、ブラックコメディ『小森生活向上クラブ』(08)では古田新太がテロリストとして覚醒していった。『いぬむこいり』もまた、アラフォーの元小学校教師・梓(有森也実)が神のお告げから南の島へと渡り、あらゆる世間の常識から身も心も解放されていく物語となっている。なぜゆえ、片嶋監督はパンクな映画を撮り続けるのだろうか?
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像2
ロケ地の鹿児島でモニターを確認する片嶋一貴監督(右側)と撮影監督たむらまさき氏。
「確かに『アジアの純真』のときは“こんな世界をひっくり返してやりたい”という強い気持ちで撮っていました。でも、常にパンクな映画を撮ろうと意識しているつもりはなく、自分ではいろんなタイプの映画を撮りたいと考えているんです。まぁ、オリジナルストーリーで作品をつくっていると、自分の中にあるものがどうしようもなく表に出てきてしまうようです(笑)。今回は脚本家の中野太から勧められ、芥川賞を受賞した多和田葉子さんの短編小説『犬婿入り』(講談社)を読んだところ、すごく面白かったので、ドイツにいる多和田さんに連絡して映画化の話を進めていたんです。残念なことに映画化権が手に入らず、それならと多和田さんも読んだであろう『犬のフォークロア 神話・伝説・昔話の犬』(成文堂新光社)という本を参考にして、オリジナルのストーリーを考えたわけです。異類婚姻譚って世界各地にある民間伝承であり、人間の中にある多様性を認識し、新たな再生を願うというもの。でも、今の世界情勢は多様性を認めようとする流れとは逆に向かっている。現代の異類婚姻譚を描くことで、物語そのものがメッセージになりうると考えたんです」
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「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平がメインキャストに。ひょうひょうとした味わいの演技を見せている。
■精神的にギリギリまで追い詰められた有森也実  4時間超の大作『いぬむこいり』に主演した有森也実は2015年の8月~9月をロケ地の鹿児島で過ごしているが、クランクアップの際に「一年間はこの映画の話はしたくない」と口にし、最近のトークイベントでも「女優をやめようと思った」と振り返っている。相当にハードな撮影だったようだが、主演女優を追い詰めたものは何だったのだろう。 「有森さんにとっては、本当につらい現場だった。有森さんが演じた主人公・梓は狂言回し的な立場で、熱演すればOKという役ではなく、素の姿でカメラの前に立つことが求められたんです。俳優って、役を演じているほうが楽ですから。撮影期間は1カ月半ほどでしたが、だんだん精神的に苦しくなっていったようです。僕はキャストに対して優しい言葉を掛けるタイプの監督ではありませんし、ヌードになることも大きな負担だったと思います。有森さんは僕が撮った『たとえば檸檬』(12)では依存症の女性を演じてもらったんですが、彼女の出演パートが終わる直前に東日本大震災が起きている。あのときも大変でしたが、今回もいろんなことが重なったみたいですね。ここ3年の間に、ご両親も亡くされたとのことでした。ポスプロ作業が終わって、映画が完成したら、有森さんも元気になるかなと思っていたんですが、初号試写のときはまだ完全復活はしていなかった。その後、いろいろ取材を受けて、インタビューを重ねていくうちに元気になっていった。映画って作品として完成すれば終わりではなく、お客さんに観てもらうことと同じくらい、取材を受けたり、レビューを書いてもらうことも大切。監督の僕もそうなんですが、インタビューに受け答えすることで、自分の内面を言葉として整理することができるし、いろんなレビューが出ることで、自分が気づかなかった視点も発見できるものなんです」  有森也実演じるアラフォーの元教師・梓があらゆる世間の常識から解き放たれていく壮大なファンタジー大作『いぬむこいり』。ベテラン俳優の柄本明は三線の演奏と渋い歌声を披露し、島の女王に扮した緑魔子は生尻を振りながら妖艶なダンスを舞う。女王と対立する部族の王様は「頭脳警察」のPANTA。また、梓と行動を共にするオフビートなペテン師・アキラには、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」が結成20年を迎えた武藤昭平が配役されている。異色なキャスティングの舞台裏についても聞いた。 「石橋蓮司さんは前半、緑魔子さんは後半、と同じシーンには出ていませんが、ひとつの作品に夫婦で出演するのは、すごく珍しいこと。石橋蓮司さんはゴロツキの革命家の役で早めに出演の承諾をいただいていたんですが、女王役はなかなか決まらなかった。それで僕が緑魔子さんの大ファンだったこともあって、蓮司さん繋がり(2人は同じ事務所)で、お願いして出てもらいました。『盲獣』(69)や『あらかじめ失われた恋人たちよ』(71)などに出ていた1960年代~70年代の魔子さんは本当に素敵です(笑)。『いぬむこいり』の魔子さんの宮殿のシーンだけ別の映画のようだと言われます。魔子さんが女王役に決まり、美術や衣装だけでなくダンスの振付けも入って、魔子さんもノリノリで演じてくれた。僕から『お尻を出して踊ってください』とはさすがに頼んではいませんよ。ダンスの練習をしているときに『このシーン、お尻を出しましょうか』と魔子さんから言ってくださった(笑)。お蔭で70歳を過ぎているとは思えない魔子さんの妖しいダンスシーンを撮ることができた。武藤昭平はミュージシャン役でちょっと映画に出たことはあるけど、ここまでのメインを演じるのは初めて。昭平が芝居できるかどうかは分からなかったけど、きっと行けるなという確信が自分の中にあって、以前も彼の主演ドラマの企画を考えていたんです。その企画は流れちゃいましたけどね。今回、昭平の芝居を初めて見たけど、なかなか達者。演技をしているというよりは、役に自分をうまく当てはめている。ミュージシャンは芝居がうまい。パフォーマーとして、役者と通じるものがあるんだと思いますよ」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像4
キョラ族の女王を演じた緑魔子。アングラ演劇界に君臨したスター女優の貫禄は健在!
■混沌化していくこれからの時代への祈り 『いぬむこいり』の最終舞台となる「イモレ島」では、米兵や武器商人たちが入り交じっての戦乱が絶えない。実際のロケ地は鹿児島県だが、第二次世界大戦時に日本で唯一の地上戦が繰り広げられた沖縄の過去の悲劇を彷彿させると同時に、軍事基地の整備が進むこれからの沖縄を幻視したかのようでもある。 「沖縄にあれだけ米軍基地があるという現実があるわけで、何かしら物語を考える上でインスパイアされていると思います。物語の中ではキョラ族とナマ族がずっと対立しているんですが、これはイスラエルとパレスチナの関係を投影したもの。また、島から鉱石が採れ、地下資源をめぐっても争うことになる。経済・宗教・政治とすべてが交じった欲望の島で、戦争が絶えず続いている。いわば世界の縮図です。そんな世界の縮図を舞台にして、おかしな革命家たちが出てきて大騒ぎし、梓は巻き込まれていく。そして、その中で自分にとっての大切な“宝物”とは何かを探すことになる。ソビエト連邦が崩壊し、EUも解体に向かうかもしれない。これからの東アジアもどうなるか分からない。そんな状況の中で自分たちはどんな社会を築いていくべきなのか、どうやって生きていけばいいのか、また幸せの在り方も変わってくるはず。混沌としたこれからの時代に対する祈りみたいなものを、『いぬむこいり』には込めたつもりです」  片嶋監督は若松孝二監督の『寝盗られ宗介』(92)の助監督を務め、また鈴木清順監督の『ピストルオペラ』(01)と『オペレッタ狸御殿』(05)のプロデューサーも経験している。パンクな作風は、2人の巨匠からの影響も強くあるようだ。 「若松孝二監督と鈴木清順監督の影響を感じるとはよく言われますが、うれしく思う反面、ちょっと複雑な気持ちですね(笑)。若松さんからは映画づくりのあり方や姿勢を学んだんですが、実は僕はそれほど若松映画のファンというわけではありません。現場で若松さんを見ていても、これでいいのかなあと疑問に思っていたこともありました。反面教師ですね(苦笑)。でも、なんだかんだ言われながらも、晩年に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)を完成させた。『実録・連合赤軍』は本当にすごい作品。逆に鈴木清順監督に対しては作品のスタイルから美的センスまで、すべて尊敬していました。清順監督の作品は若い頃に撮った『悪太郎』(63)、『春婦伝』(65)、『けんかえれじい』(66)なども素晴しいし、『ツィゴイネルワイゼン』(80)と『陽炎座』(81)は大傑作。清順監督本人は喰えないジジイでしたが、最後の2本の作品に関わることができてラッキーでした。清順監督は政治的な発言はいっさいしなかったけれど、作品はどれも反権威的な匂いのするものばかり。清順さんもまた、映画で何かしらの革命を起こそうと本気で考えていた人だったと思います」  映画界の革命家たちの薫陶を受けた片嶋監督が全力を投じた破天荒なパンク映画『いぬむこいり』は5月13日(土)より開幕する。 (取材・文=長野辰次)
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『いぬむこいり』 監督/片嶋一貴 脚本/中野太、片嶋一貴 撮影/たむらまさき 出演/有森也実、武藤昭平、江口のりこ、尚玄、笠井薫明、山根和馬、韓英恵、 ベンガル、PANTA、緑魔子、石橋蓮司、柄本明  配給/太秦 R15 5月13日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開 (c)2016INUMUKOIRI PROJECT http://dogsugar.co.jp/inumuko.html

キム・ギドクが福島原発事故を描いた超問題作!『STOP』の日本での劇場公開がついに実現へ

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原発事故によって福島から東京へと避難する若い夫婦。様々な情報が錯綜し、出産をめぐって疑心暗鬼に陥る。
 日本での公開は難しいと思われていた韓国の鬼才キム・ギドク監督の『STOP』が、5月13日(土)より劇場公開されることになった。『STOP』はキム・ギドク監督が脚本&プロデュースに加え、撮影・照明・録音も兼任し、2015年に日本でロケ撮影を行なったインディーズ作品。原発事故によって福島から東京へと避難してきた若い日本人夫婦が出産をめぐって葛藤するサスペンスドラマだ。カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭での受賞歴があるキム・ギドク監督の作品は、性器切断などハードな描写が多いことでも知られているが、本作でも妊婦の出産シーンは思わず目を覆いたくなる。来日したキム・ギドク監督に日本ロケを敢行した本作の製作内情について尋ねた。 ──キム・ギドク作品は“痛み”を感じさせる作品ばかりですが、今回の『STOP』はこれまで以上に大きな痛みを感じさせます。 キム・ギドク 私たちはみんな、福島で起きた原発事故についてよく知っていますし、日本には被害者の方が大勢います。被災地の方たちと同じように大きな痛みを感じる人は多いと思います。それにこの作品は痛みだけでなく、恐怖も描いています。それもあって、そのように感じたのではないでしょうか。私はこれまで20本以上の映画を撮ってきましたが、私の良心に誓って、誰かを傷つけたり、苦しみを与えようと思って映画を撮ったことはありません。傷を負っている人がいれば、その傷を癒してあげたいという気持ちでこれまで映画を撮ってきました。今回の『STOP』は同じような原発事故が再び起きることを防ぎたい、新しい傷を負わずに済むようにしたいという想いから撮ったものです。 ──2011年の東日本大震災のニュースを、キム・ギドク監督はどのような想いで接したのでしょうか? キム・ギドク 津波が町を呑み込んでいく様子がニュース映像としてテレビから流れ、その映像は今も強く脳裏に焼き付いています。それから福島第一原発が続けて爆発する映像も流れ、本当に恐ろしくなりました。でも、これですべてだろうか、原発事故は1回だけで済むのだろうかと、他の人たちと同じような気持ちでニュースを見て、ショックを受けました。また、人間は本当に弱い存在だと感じました。大自然の前では、人間はとてもちっぽけな存在だと。人間が考え出した原発という大きな装置も大自然の前では簡単に壊れてしまい、またそれによってさらに大きな災害を招くことを改めて知ったわけです。ショックと恐怖を同時に感じながら、自分はひとりの人間として何ができるだろうかと考えました。同じような災害が再び起きることを防ぐような映画をつくりたい、地震を防ぐことはできなくても人間が生み出した原発による事故は防ぐことはできるはずだと。それが映画監督である自分の役目ではないかと思ったんです。
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キム・ギドク監督自身が自主配給することで、問題作『STOP』の日本での劇場公開が決まった。
■自分ひとりで責任を負うという覚悟 ──脚本とプロデューサーだけでなく、撮影・録音・照明も自分ひとりでやることは早くから決めたんでしょうか? キム・ギドク 最初はシナリオを書きながら、日本の整った製作条件の中で撮れればいいなと思いましたし、きっと日本で震災を題材にした映画がいろいろ製作されるに違いないとも思いました。でも、なかなかそういった作品は日本からは現われませんでした。もちろん園子温監督の『希望の国』(12)のような作品もありますが、原発問題に率直に向き合い、問題の解決の糸口を提示するような作品は少ないように私には思えました。日本の映画監督たちがとても慎重になっている状況を見て、日本の製作条件で自分が思ったような映画を撮ることは難しそうだと分かり、それだったら自分ひとりで責任を負う形で撮ろう、スタッフなしで映画を撮ろうと決心したんです。 ──原発事故によって日本中が心理的パニックに陥った状況が低予算作品ながらリアルに再現されていますが、謎めいた政府のエージェントが福島から避難してきた若い夫婦に中絶を強要し、警戒区域内で捕まえた動物を精肉にして東京に卸す個人業者が現われたりとフィクションも交えた作品となっています。現実とフィクションの兼ね合いはどのように図ったのでしょうか。 キム・ギドク 確かに政府のエージェントや肉を卸す業者はフィクションです。今回のシナリオを書くにあたって、この問題は福島だけに限ったものではないと思ったんです。もっと大きな事故になっていた可能性もあるという前提で、シナリオを書きました。もっと大量の放射能が漏れていたら、どんな事態になっていただろうと私の想像力を働かせて書いたのが、政府のエージェントや汚染肉の業者です。チェルノブイリ原発事故の後、周辺国で奇形児が生まれたことは事実です。奇形児が次々と生まれるような事態になれば、政府は何らかの形で動くのではないでしょうか。 ──妊婦から奇形児が生まれてくるシーンのショッキングさから、劇場公開を躊躇した日本の配給関係者もいると思います。その点に関してはどのように考えていますか? キム・ギドク 映画が恐怖心を与えることは絶対によくないと思います。でも、だからと言って恐ろしい現実を隠すことも、よくないのではないでしょうか。原発事故後も警戒区域内にずっと残っていた妊婦が奇形児を産むシーンが中盤にありますが、放射能事故によって奇形児が生まれるということはチェルノブイリ事故後に現実に起きています。福島では実際にはみなさん警戒区域から退去されているので、『STOP』で描かれている状況とは異なります。それに奇形児のエピソードが物語のエンディングなら問題だと思いますが、『STOP』のラストは人類にとって新しい希望を感じさせるものにしたつもりです。
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原発事故の裏側では闇ビジネスが蔓延っていた。警戒区域内で野放し状態の動物を捕まえ、精肉化する闇の業者。
■キム・ギドクが日本ロケで感じたこと ──日本での撮影はかなり大変だったと思います。 キム・ギドク 通常の映画なら、助監督や撮影・照明・録音にもそれぞれアシスタントが就くわけですが、全部ひとりでやらなくてはならず、あらゆることに気を配らなくていけないので、本当に大変でした(苦笑)。それで今回はひとりで撮影もでき、照明を当て、録音もできるような新しい機材を手作りで用意したんです。少し水準は下がるかもしれませんが、何とか一人でやることができました。スタッフは私ひとりだったので、その分日本人キャストのみなさんには大変助けられました。俳優のみなさんが演出部の役割まで買って出てくれたんです。 ──都内でのロケだけでなく、キム・ギドク監督は福島にも向かったと聞いていますが……。 キム・ギドク ロケハンの際に、ひとりで福島まで行きました。ですが、警戒区域内は許可なしでは入れないので、撮影はせずに警戒区域の近くまで行っただけです。実際の撮影は新宿などの都内と福島の警戒区域の雰囲気に似ている場所を千葉県で見つけて撮影しました。東京タワーでも撮影しています。2回、3回とリテイクすることなく、1回だけでの撮影で終えることが多かったですね。周囲の人たちの迷惑にならないよう気をつけて撮影しましたが、一度だけ住宅街での撮影でひとりの主婦から「うるさい」と抗議されたことがありました。そのときは日本の俳優たちがみんなで私の前に立ち、私の代わりに頭を下げて「すみません」と謝ってくれたんです。韓国から来た私のことを庇う、日本人キャストのみなさんのこのとっさの行動には、本当に心を打たれました。韓国ではよく使われる言葉に「恨」と「情」があります。「恨」は感情が心の中に連なっていくことを表していますが、今回の日本での撮影ほど「情」を感じたこともありません。 ──日本語によるドラマということで、演出上の難しさはありませんでしたか? キム・ギドク もちろん、あったと思います。でも今回は韓国語で書いたシナリオを丁寧な日本語にした翻訳版を用意し、その翻訳版は各キャラクターの感情が反映されたものになっていました。また、日本のキャストのみなさんは『STOP』を自分たち自身の物語だという気持ちで、誠意を込めて演じてくれました。『STOP』が無事に完成したのは、しっかりした翻訳版があったことと、日本人キャストのみなさんの力のお陰です。
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主人公のカメラマンは、福島の警戒区域内で暮らす妊婦が子どもを産む瞬間に立ち会うが……。
■キム・ギドク監督の作風が変わった理由 ──以前のキム・ギドク作品は、ひとりの人間が抱える普遍的な悩みを題材にしたものが目立ちましたが、近年は本作も含め、『殺されたミンジュ』(14)、『The NET 網に囚われた男』(16)など現代社会の問題を描くようになってきました。監督の中で心境の変化があったのでしょうか? キム・ギドク 最近は私のことを多くの人に知ってもらうようになりましたが、知られる前は私の個人的な悩みや考えを映画の中で描いてきたわけです。でも、多くの人に知ってもらえるようになり、自分には社会的責任があるのではないかと思うようになってきました。それもあって個人として何か発信するよりも、社会に向けて発信することを考えるようになったんです。それで政治的問題を扱った『殺されたミンジュ』、南北問題を扱った『The NET』、そして『STOP』のような作品を撮るようになったのでしょう。多くの人に自分の名前を知られるようになったことで、社会に対して発言する資格を手に入れたと同時に責任も生じたと考えています。もうひとつ考えられることとして、私は年齢を重ねることでひ弱になってきたということです。映画を撮り始めた頃は自分は強い人間だと思っていたので、作品も強さを感じさせるものが多かったと思います。でも、だんだんと社会の中で暮らしていくうちに、自分は社会の中では弱い人間ではないかと思うようになってきたんです。政治問題や南北問題など扱うことで、自分は危険な目に遭うのではないか、殺されるのではないかという恐怖を感じるこ ともありますし、もちろん大災害によって死ぬこともあるかもしれません。以前はそんなことを想像しても怖いとは思わなかったのですが、今はとても怖いと感じるようになりました。それもあって、安全に暮らしたい、恐怖に打ち克ちたいというメッセージを込めた作品を撮るようになってきたようです。 ──今のキム・ギドク作品は、責任感と恐怖心が映画づくりの原動力になっているわけですね。低予算で撮られた『STOP』ですが、キム・ギドク作品に共通する“生きる上での痛み”や“贖罪”といったテーマがくっきりと浮かび上がっていることも印象的です。 キム・ギドク そういうふうに感じてもらえると、とてもうれしいです。最後にもうひとつ言わせてください。私は韓国の監督として福島の原発事故を映画にしましたが、本当に私が撮ってもよかったのか、この映画を撮る資格が私にはあったのかと今でも自分に問い掛けています。でも、私は決して日本のことを嫌悪して、この映画を撮ったわけではありません。そのことが気がかりです。『STOP』は日本人や韓国人であるということを抜きにして、地球上に生きているひとりの人間として撮るべきだと思い、全力で撮った作品です。もし、この映画を観て、少しでもつらい思いをしたり、トラウマを感じる人がいれば申し訳なく思います。原発は日本だけでなく、世界中でこれからますます増えていくことになります。『STOP』が原発問題を再度考えるきっかけになれば本望です。 (取材・文=長野辰次) 『STOP』 監督・撮影・照明・録音・編集/キム・ギドク プロデューサー/キム・ギドク、合アレン 出演/中江翼、堀夏子、武田裕光、田代大悟、藤野大輝、合アレン 配給/Kim Kiduk Film、Allen Ai Film 5月13日(土)より新宿K’s シネマ、キネカ大森、6月24日(土)より横浜ジャック&ベティほか順次ロードショー ※作品収益の一部は震災被害のあった福島、熊本に寄付されることが決まっている。 (c)2017 by Allen Ai Film https://www.stop-movie.com ●キム・ギドク 1960年韓国・慶尚北道奉化郡生まれ。1996年に『鰐 ワニ』で監督デビュー。『魚と寝る女』(00)と『受取人不明』(01)が2年連続でベネチア映画祭コンペ部門に選ばれ、欧州での評価が高まる。『悪い男』(01)はベルリン映画祭コンペ部門に選出。『サマリア』(04)はベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)、『うつせみ』(04)はベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)、セルフドキュメンタリー『アリラン』はカンヌ映画祭ある視点部門の作品賞を受賞し、韓国人として初の世界三大映画祭受賞監督となった。『嘆きのピエタ』(12)はベネチア映画祭金獅子賞(最高賞)を受賞。その他の主な監督作に『春夏秋冬そして春』(03)、『弓』(05)、『絶対の愛』(06)、『ブレス』(07)、『悲夢』(08)、『メビウス』(13)など。脚本&プロデュース作に『映画は映画だ』(08)や『レッド・ファミリー』(13)がある。事故で韓国に流された北朝鮮の漁師の理不尽な運命を描いた『The NET 網に囚われた男』は日本で今年1月に公開されたばかり。

『ドラがたり』が読み解く「社会のインフラ」となったドラえもんと、“のび太系男子”の功罪

ドラえもんは、いかにして「社会のインフラ」となったか──『ドラがたり』稲田豊史インタビューの画像1
『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)
 誰もが子どもの頃に一度は通り、そして大人になっても愛する心をどこかに持っている──それが『ドラえもん』だ。『ドラえもん』は、ダメなのび太とそれを助けるドラえもんの友情物語であり、2014年の映画『STAND BY MEドラえもん』のような泣けるコンテンツであり、そして現在新作映画『のび太の南極カチコチ大冒険』が公開中であるように、今の子どもたちにも愛される、世代を超えた名作である。  だが実は、そんな『ドラえもん』が全盛期だった頃に子ども時代を過ごした世代の男子には、恐るべき特徴があるという。このたび編集者・ライターの稲田豊史氏が上梓した『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)には、そんな鋭い見立てが詰まっている。「てんとう虫コミックスは全巻頭に入っている」という同氏が、この本で読み解こうとした“のび太系男子”の正体とは? ――3月に稲田さんが上梓された『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』は、『ドラえもん』をテーマにした、これまでにない切り口の書籍となっていますね。 稲田豊史(以下、稲田) 2015年の7月から「PLANETS」のメールマガジンで連載を始めたものですが、やっぱり『ドラえもん』は、作品論としても藤子・F・不二雄論としても、もう語られ尽くしてる。その中であえて語るとしたら、今だからこそ書ける『ドラえもん』論じゃないとダメだと思いました。僕も含めた今の30代から40代は、原作が一番元気だった頃の『ドラえもん』を共通原体験として育った世代です。そんな彼らに『ドラえもん』が自分たちに与えた影響をなんとなくわかってもらえたらいいな、というのが目的です。  この本には大きく3つの柱があって、ひとつは『ドラえもん』の作品論。もうひとつは、作者の藤子・F・不二雄論。そして3つ目が、今言った“のび太系男子”にまつわる世代論です。 ――“のび太系男子”は、この本のサブタイトルにもなっていますね。日刊サイゾー読者のために、“のび太系男子”を簡単に説明してもらっていいですか? 稲田 リスクや責任を負うのが嫌で、「果報は寝て待て」みたいな考え方の人ですね。ダメな自分を恥ずかしく思って自己変革するんじゃなくて、ダメな自分をさらけ出すことこそが誠実で、「それでいいじゃん」って言ってしまうのが“のび太系男子”。のび太はたまに努力するんですけど、『ドラえもん』が日常を描く作品である以上、次の話ではまたダメ人間に戻っていて、結局は変わらない。それと一緒で、誠実で優しいことこそが一番の美徳で、いい年こいて「僕は繊細で弱いんだ」って言ってれば、いつかしずかちゃんみたいなマドンナが現れるに違いない……と思っちゃってるような人のことです。 ――本書では30~40代男性、団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアに“のび太系男子”が多いと指摘されています。 稲田 僕も含めた、いわゆる「文化系男子」に限ってですけどね。共通して言えることとして、決断が非常に苦手なんですよ。だから、婚期が遅れがちな人が多い(笑)。  彼らのひとつ上の世代はバブル世代で、「早く結婚する奴は馬鹿だ」とか「もっと独身で遊べばいいじゃん」と言って享楽的にお金を使っている先輩や上司がたくさんいました。我々は直近の先輩である彼らをロールモデルにするしかなかったけれど、社会状況や経済状況が変化して、それは許されなくなった。それでも「趣味に生きるのは控えて、将来設計して、貯金して、結婚を考えよう」みたいな決断ができないまま、今に来てしまっている。  こうした精神性を決定づける上で一番大きかったのは、04年に『「のび太」という生きかた』(アスコム)という本が出たことです。あの本以降、「のび太って良いよね」と、のび太に同調する男性が僕の周りでもすごく多くなった。それ以前からも、のび太がいい奴に描かれている『ドラえもん』の傑作選がよく売れていたこともあって、のび太再評価の気運が土壌としてありました。 ――00年頭あたりで、ヴィレッジヴァンガードのようなサブカル書店で『ドラえもん』の「泣ける話」といった傑作選がよく販売されていた印象があります。 稲田 そこでサブカル男子のプライドをうまくくすぐった側面もあるでしょう。自分が小さい頃に好きだったコンテンツが再評価されるのは誰だってうれしい。「『ドラえもん』を好きな俺が好き」って感じにもなった。 ――「婚期が遅れている」ということですが、そんな“のび太系男子”の問題点とは? 稲田 う~ん……いっぱいあり過ぎますね(笑)。とりあえず、状況を切り開いていくファイトが弱い気がします。団塊ジュニア世代は人口も多くて、競争社会でずっと生きてきたから、いい加減疲れちゃってるんですよ。あとは、自分たちが割をくってるという意識が強い。すぐ上のバブル世代が甘い汁を吸ってるのを目の当たりにしてるのに、自分たちは吸えなかったから、被害者意識も強い。……という感じで、なんでも時代や社会状況のせいにしがち(笑)。 ――“のび太系男子”しかり、本書では、『ドラえもん』を「未成熟な男子の欲望の物語」とも見なしています。では、現代社会における“成熟”とは、どういったものなのでしょう? 稲田 『ドラえもん』は、どこかに必ず「正解」が存在する世界だと思うんですよ。その「正解」を最短のプロセスで探すソリューションツールが、ドラえもんという22世紀から来たお世話ロボットです。ただ、“のび太系男子”が小さい頃、『ドラえもん』を読みふけっていた30年前なんかはまだそういう世界だったけど、今は集団や状況によって「正解」は違う。絶対的な「正解」が存在しない複雑な世界になってしまった。そうすると、「正解を探す」という考え方自体が、間違いなわけです。  そんな時代における“成熟”というのは、今の複雑な状況を複雑なままで受け止めて、その中で「どう快適に生きていくか」という、いわば“瞬間瞬間で息をするための技術”を見つけるということでしかない。そういうパラダイム・シフトを受け入れ、「今は昔とは違う世界なんだ」と認められる人が、成熟した人間ではないでしょうか。 ――『ドラえもん』という物語の中では、まだ「正解のある世界」という共同幻想が生きていた? 稲田 『ドラえもん』は、藤子・F・不二雄先生が亡くなった96年に終わっている昔の作品ですからね。しかも90年代の新作は年1本の大長編がメインで、短編はぽつぽつしか描かれていない。みんなが知っている『ドラえもん』の日常話はほぼ80年代、つまり30年近く前に描き切られているんです。  だから、今を生きるのに『ドラえもん』は役に立たないはずなんです。『ドラえもん』は、もっとおとぎ話扱いしなきゃいけない。80年代に「コロコロコミック」(小学館)や単行本で『ドラえもん』をいっぱい読んでいた大人にとって、その頃の思い出や染み付いた価値観はなかなか抜けきらないので、厄介ですが……。
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『ドラえもん』第1巻は1974年の刊行だった
■ドラえもんは日本社会の「インフラ」だ! ――『ドラがたり』では、“のび太系男子”だけでなく、しずかちゃんを打算的な姫タイプの女子、ジャイ子をサブカル文化系の女子としても分析していますね。 稲田 “のび太系男子”と思しき読者の方からは「胸が痛い」という反響があって、そこまでは大体予想していたんです。でも、文化系女子としてのジャイ子の生き方について、「私もジャイ子でした」と共感してくれる女性がけっこういたのは意外でしたね。この本の中では、ひとつの語り口の方法というか、ある種の思考実験として文化系女子をジャイ子に見立てているだけですから、ジャイ子がすごくリアルに現代の文化系女子を表しているとは思わないんですけど。ともかく、男女問わずみんなジャイ子が大好きなんだな、というのはわかりました。 ――“のび太系男子”や“ジャイ子系女子”だけでなく、うるさ型の『ドラえもん』好きからも反響はありましたか? 稲田 うるさ型の『ドラえもん』好き(笑)。ウワサによると、世の『ドラえもん』発言を常に巡回サーチしている“ドラえもん警察”っぽい集団もあるらしいのですが……。その人たちにはまだ見つかってないと思います(笑)。  そもそも僕は、『ドラえもん』は日本における最強のインフラだと思ってるんですよ。だって、こんなに全世代が内容も含めて熟知しているコンテンツって、他にないでしょう。「主要登場人物5人の名前は?」と聞かれたら、団塊世代も未就学児も、多分8~9割の人は言えると思う。『ドラゴンボール』やジブリ作品と比べても、図抜けた知名度です。『ドラえもん』は誰もが意識しないくらい、国民の生活に浸透している。それって、もはやインフラです。  誰もが日常で触れているインフラだけに、作品について僕より詳しい人は世の中にたくさんいます。それもあって、この本では「巷では言われているけど、検証されていないこと」はなるべく書いてません。たとえば、「ドラえもんの諸設定を考えたのは、当時チーフアシスタントだった方倉陽二さん」という話が流布していますが、どの設定が彼の手によるもので、どの設定がF先生も了解していたかは細かく確認できないので、言及しませんでした。極力、公式の原典にたどれるものについてだけ書きました。やっぱり“ドラえもん警察”が怖いんで(笑)。 ――「『ドラえもん』はインフラになっている」という指摘は、興味深いですね。 稲田 面白いのは、世代によって作品の受け取り方がけっこう違うということ。これは長らく感じてました。だから、『ドラがたり』の第1章では、学年誌に掲載された同時期の作品を“水平”に、時系列順の作品を“垂直”にとって、『ドラえもん』の作品性をマッピングしています。アニメ版でも、観ていたのが(現在のアニメで声優を務める水田わさび版の)“水田ドラ”なのか、“大山(のぶ代版)ドラ”なのかでドラえもんに抱く印象が大きく違いますし、リアルタイムで原作を読んでいたかどうかでも違う。その他にも、ザワっとする章タイトルや見出しをぶっこんでおいたので、目次を見ただけで百家争鳴の議論が湧き上がると思います。結果的に、そういう本に仕上がって良かったです。  あと、絶対に言及したかったのは、「エコドラ」ですね。 ■プリウスに東京メトロ……ドラえもんをめぐるイメージ ――エコ(環境問題)を呼びかけるドラえもんのことですね。本書を読むと、その部分は特に稲田さんの筆にも力が入っているのがわかります(笑)。 稲田 環境問題に傾倒した時期の『ドラえもん』が本当にイヤでイヤで。84年くらいからですね。“ぼくたち地球人”というスローガンを掲げて、お行儀が良くて、品行方正で……。極めつけは、大長編『のび太とアニマル惑星』でまるで“放射脳”化したみたいな、のび太のママです。あれは、ひどい。 「エコドラ」に対する嫌悪感をはっきり打ち出した書籍にお目にかかったことがなかったので、この気持ち悪さはどうしても書いておきたかったんです。読者の反響でも「私も嫌だった」って人がわりといて、うれしかったですね。F先生自身も、作品によってはエコに寄り過ぎたことをあとで反省してたらしいんですけど。 ――そういったクリーンなイメージからか、近年でもドラえもんを使ったタイアップは盛んですよね。 稲田 (俳優を起用した実写CMの)トヨタはまあ、わかるんですよ。“のび太系男子”にそろそろ家族ができて、エコ色の強いプリウスをファミリーカーとして買わせたいってことなので。ドラえもん役の俳優にジャン・レノが起用されてますけど、“のび太系男子”は彼の主演した映画『レオン』(96年公開)が響く層でしょう(笑)。この世代の文化系男子は皆、ナタリー・ポートマンの演じた黒髪おかっぱの美少女・マチルダが大好きですからね。  昔は日産も、ラシーンという若者向けの車のCMで「新・ぼくたちのどこでもドア」と謳って、『ドラえもん』を起用していました。それが20年くらい前で、“のび太系男子”の一番上の世代が免許を取ったくらいの時期です。当時はまだ、大学生が車を買う発想があった時代でしたからね。  あとは今、東京メトロが『ドラえもん』を起用して「すすメトロ!」というキャンペーンをやってますが、イラストレーターが描いたオシャレクソなドラえもんが、個人的にはちょっと癇に障ります(笑)。普通に原作かアニメの絵でやればいいのに、なんでフラットデザインのオシャレ絵なんでしょうか、あれ。 ――毒気の抜けたドラえもんですよね(笑)。 稲田 ドラえもんというキャラクターは、デザイン的にものすごくうまくできているんです。特にF先生による原作タッチ、円の組み合わせによるバランスは完璧で、時代を経てもぜんぜん古臭さを帯びません。また、原作とアニメのタッチは全然違うのに、青・白・黄・赤のカラーリングさえしてあれば、アイコンとして成立する。だからこそオシャレ絵にもアレンジしやすいし、アパレル展開なんかで女子受けするような方向性に持っていくのも、わかるんですけど。  実は今回、本に書こうと思って書かなかったのが、「文化系アラサー女子、『ドラえもんが好き』って言っておけばOK問題」です。ほら、「このキャラクターが好きな自分」を打ち出すアピールのやり方ってあるじゃないですか。例えば、『ムーミン』のスナフキンが好きだったら、「北欧にも目配せしてる自由人気質」。ディズニーキャラが好きなら、ちょっとマイルドヤンキー文化にも踏み込んだ「平和的なウェイ系」。サンリオのキティ好きなら、周りからどう思われようと「夢の国の住人」として全身ピンクを着まくるとか。でも、ディズニーとかサンリオ好きって公言すると、ディスられる可能性がありますよね、「サイゾー」みたいな意地悪なメディアに(笑)。 ――稲田さんが「サイゾー」本誌の連載で言ってるだけですよ(笑)。 稲田 とにかく、「『ドラえもん』が好き」なら、全方位で安全なんです。思想的にも中立中庸でニュートラルだし、キャラとしての可愛さもある。さらに、原作に顕著ですが「実はちょっと毒がある」みたいなマニアックなアプローチもできる。そういった深い戦略を踏まえた“ドラえもん好き女子”が、世には結構いるわけですよ! だから、郵便局で『ドラえもん』グッズを売り出せば飛ぶように売れるし、(劇場版最新作の)『のび太の南極カチコチ大冒険』にも若い女子が乗っかれる。身につけてもギリギリ恥ずかしくないキャラとしてのドラえもん。そうやって一大マーケットができているんですよね。
ドラえもんは、いかにして「社会のインフラ」となったか──『ドラがたり』稲田豊史インタビューの画像3
公開中の『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』
■“虚淵ドラ”だっていいじゃないか! 今後の大長編 ――今、話にも出ましたが、『南極カチコチ大冒険』はいかがでしたか? 稲田 公開直後、ネット上では「クトゥルフ神話っぽい」といった絶賛の意見もよく見られましたが、すみません、僕としては「普通」でした(笑)。偉そうにごめんなさい。もちろん、時間ギミックのアイデアは良かったし、パオパオの登場や『のび太の魔界大冒険』を彷彿とさせるミスリードといった、オールドファンがぐっと来る仕掛けも良かった。導入部はそこそこに、物語がすぐ動き出すなど、子どもたちを飽きさせない工夫もできていました。  でも、原作のない映画オリジナルの『ドラえもん』は、脚本家の力量でもっとぶっ壊してもいいと思うんです。アメコミだってそうでしょう。何十年も前に誕生して、描き手がどんどん変わって、新しい要素や時代性を作品に取り込んだ結果、新規の読者を常に獲得しています。見た目が大きく変わったとしても、最低限の世界観さえ守っていれば、『バットマン』や『スパイダーマン』を名乗れる。それこそ『ドラがたり』にも書いたように、「大長編ドラえもんコード」(大長編の『ドラえもん』を成立させている要件)さえ守っていれば、誰がどう書いたって長編の『ドラえもん』になるんです。 『ドラえもん』は、05年の声優リニューアルで確実に20年は延命したと思いますが、これからさらに延命させたいのなら、新しい脚本家をどんどん起用していけばいいんじゃないでしょうか。それこそ、虚淵玄さんが脚本の映画『ドラえもん』を観てみたい。個人的には、ドラえもんの動力源が原子力だってことをネタにした作品ができると面白いのになと。「体内の原子炉がメルトダウンして、さあ大変。ドラえもんが販売元からリコールされちゃう!」みたいな。 ――最後に、これを読んで久しぶりに『ドラえもん』を読み返したいと思った「日刊サイゾー」読者に、オススメの『ドラえもん』エピソードはありますか? 稲田 やっぱり、大長編の『のび太の魔界大冒険』かな。オールド世代にとって不動のナンバー1・2は、『魔界大冒険』と『のび太と鉄人兵団』。異論は認めん(笑)。 『魔界大冒険』がすごいのは、伏線とその回収です。最初に登場した謎が、その1時間後とかに、小学校低学年が見ても理解できるよう、きっちり解ける。SFのプロットとして図抜けた完成度の高さが魅力です。さらに、「タイムマシン」や「石ころぼうし」といった、ドラえもんの道具の万能性が破られる恐怖もすごい。敵のメジューサからはタイムマシンでも逃げられない。時間を超えてのび太とドラえもんを追跡してくる。このくだりが最高にホラーだっていう意見は、本当に多いんですよ。しかも、『魔界大冒険』は、しずかちゃんのスカートめくりで物語が動き出して、スカートめくりで終わる(笑)。エロスもアドベンチャーも全部入り。完璧です。  原作の大長編『ドラえもん』は、単行本たった1冊分なので、大長編というよりは中編ですが、この短さでアドベンチャーの起承転結が過不足なく描かれています。この見事な構成技術は、僭越ながら僕がものを書いて商売していく上でも、とても役に立っているんですよ。何分くらいで読めるものを、どういうスピード感で語るのが一番快適か。そういうのを小学生のときから感覚として刷り込んでくれたのが、F先生の初期の大長編です。今、読み返してもコマ運びにまったく無駄がない。大河ドラマを得意とした手塚治虫とはまた違った、中短編で光るウェルメイドの素晴らしさが、藤子・F・不二雄作品にはあると思っています。 (構成=須賀原みち) ■稲田豊史(いなだとよし) 1974年、愛知県生まれ。編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経てフリーランスに。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論2012-2015』(サイゾー)など。<http://inadatoyoshi.com/>
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おかしくなっちゃった!? NHKらしくないトーク番組『ねほりんぱほりん』が証明した“人間のおもしろさ”

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NHK Eテレ『ねほりんぱほりん』番組サイトより
 毎回、ワケあって顔出しNGのゲストが登場し、「パリピ」「偽造キラキラ女子」などの知られざる人々の生態を解明するトークバラエティ『ねほりんぱほりん』(NHK Eテレ)。MCの山里亮太(南海キャンディーズ)、YOUが自身にそっくりなモグラ人形に扮し、文字通り根掘り葉掘り突っ込んでいくさまが大好評だ。 「メス感を出す」、「先イエーイ!」などゲストから飛び出すパワーワードの数々に、SNSでは「NHKがおかしくなっちゃった!」「尖りすぎ」などと反響の嵐。先月、惜しまれつつ最終回を迎えた同番組だが、ひそかに放送再開のウワサも……。そんな“NHKらしくない”同番組のディレクター・藤江千紘氏に話を聞いた。
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撮影=尾藤能暢
――番組のスタートには、どんな経緯があったんでしょうか? 藤江千紘(以下、藤江) 2014年くらいに、ネットを見ていてテレビを見ていないような人たちが見るような番組を作ってほしいという局内の要望があったんです。それで、ネットのブロガーの人とか、論客の人に出演してもらって、SNS上などで話題になったトピックなどについて過激に語るトークショーのような番組ができないかなと思いまして。私がネットのことについて全然わからなかったので、30~40人の論客やブロガーの方々と実際にお会いし、お話をし、実感したのはやっぱり顔出しだと話せないし、話すことも丸まっちゃう。じゃあ、顔出ししないで出てもらうのがいいなと思って、顔が出せないなら人形にしちゃえばいいんじゃないかなというのがきっかけですね。それで、そのあとにネット上で話題になっているけど、実際には誰も詳しく知らないっていうことをNHKが徹底的に取材したら、ネットにあるものを後追いしてテレビにするよりも、ネットにはなじむんじゃないかと。テレビに顔出しできない人たちに、人形になってもらって実のところはどうなの? というところを取り上げようというのが、スタートです。 ――いわゆるネット世代が、テレビを見ていないというのは感知していたんですか? 藤江 NHKの視聴者のほとんどが、70代以上ということがわかっていました。なんとかして壮年期以下の視聴者を獲得しないとまずいという問題意識が、この5~10年NHK内部であったんです。同世代や下の年代の友達でテレビを持っていない人も多いので、見られていないな、というのは私自身もすごく感じていました。 ――“ぶっちゃけ系”の番組が流行する中で、人形劇というのが大きな差異だと思うんですけど、アイデアは、どのようにして出てきたんですか? 藤江 思いつきです(笑)。顔がうつらないようなカメラアングルで撮影したり、モザイクにすると悪い人感や下世話というか、アングラな感じが際立っちゃう。だったら、いっそ、ぬいぐるみみたいなかわいい感じにしちゃえば見た目がほのぼのして、不思議でおもしろい感じになるんじゃないかって、家でぼーっと企画を考えているときに、ふと思いつきました。 ――キャラクターのデザインは、MCの山里亮太さんとYOUさんに寄せてデザインしたんですか? 藤江 タイトルが先に決まって、その後に山里さんとYOUさんのMCが決まって、それから人形がモグラとブタに決まりました。ねほりんは、マジメにスコップをもってねほりはほりするピュアなイメージで、ぱほりんは電動ドリルで楽して掘るけど、時々掘ったときの掘り当て方がすごいみたいなイメージ。YOUさんのちょっとけだるそうな感じをイメージして、ぱほりんは半目になるようにしたり、よくワンピースや袖のない服を着ている印象なので、衣装を寄せたりしました。ブタのほうは、実はいろいろと迷ったんです。宇宙人とか架空のものにするかっていう議論があったんですけど、わかりやすくファンタジー感が出るものがいいねって話になり、じゃあなんの動物がいいだろう? ということで、 “タブーを話してもらうからブタ”かなって、オヤジギャグで決まりました。 ――最終回を迎えましたが、ずばり放送再開はあるんですか?
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撮影=尾藤能暢
藤江 先のことなので、私たちもはっきり言えないんですけど、準備はしてます。 ――「尖りすぎ」「NHKらしくない」などSNSの反響がありますが、現場では、どのように捉えていますか? 藤江 NHKではナンパ塾に通う人や、偽装キラキラ女子みたいな、そういう人たちを取り上げること自体が、あんまりないんですね。取り上げるテーマがNHKらしくないという意味で、NHK内の人からちょっと変わっているね、攻めてるねと言われることはあります。でも、番組としては、人間にはいろんな人がいて、全然どんな人かわからないような人や自分とは遠い世界だろうなと思ったような人でも話を聞いてみれば、共通点や、私と近いじゃん! みたいなことがあったり、悪そうだなと思われている人でも、愛おしいところとか憎めないところとか、いろんな部分があって、そういうのも含めて“人間って面白い”って部分を打ち出しています。それについては、大人のための教養番組として、NHKが本来やることの中からそんなに外れてないのではと個人的に思っています。だから、尖っている部分とそうでない部分と両方ある。でも、自分たちとしては、普遍的なものにつながると信じてやっているし、ただ、それが知りたいからやっているというスタンスです。 ――視聴率を狙ってないということですが。 藤江 最終的な目標が視聴率じゃないんです。それよりも少数の人に深く刺さるコンテンツ。「こんなのあったよ」って、ざわざわしてもらうことを目指しています。そういったことがネットニュースになって、番組を知って見てくれる人が増えることになれば、もちろんいいんですけど。 ――テーマはどのように決めているんですか? 藤江 基本的にはその本人に出演してもらって、その人の人生について話してもらうんです。人の噂話を顔を隠してやると、なんでも言えちゃうので、そうではなくて当事者に“自分の話”をしてもらうのが大きなポイント。その上で、先方に断られることがなければ、取材をします。例えば、元犯罪者のように、その人を出すことで誰かが傷つくかもしれないテーマは、今は避けてはいます。 ――ぶっちゃけ、リサーチめちゃくちゃ大変ですよね? 藤江 めちゃくちゃ大変です(笑)。番組のスタートから30ネタくらいを並行して調べて、やっている途中でおもしろいなって思ったネタは、どんどん足して、足して。この人、主人公にできるなって人が見つかった順で放送しています。本当、自転車操業です(笑)。番組の終わりに「人間っておもしろい」ってテロップが出るんですけど、それが番組で一番大事にしていることで、この人の話を聞けば、「人間っておもしろい」ということが描けるなっていう確信が担当のディレクターの中で持てたら、収録をする流れです。 ――放送を見た人がSNSを、逆にSNSで番組を知った人が放送を……といった、SNSと番組で補完されるような構成だと思います。そういった視聴者の導線って、考えているんでしょうか。
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撮影=尾藤能暢
藤江 考えていますね。パイロット版を2015年に作ったときに、一時的に話題になったんですよ。でも、その人たちが内容を知りたいと思っても番組HPになにも書いてないし、何も情報がない。そうした興味を持ってくれた人の受け皿になるものを作ろうと思って、サイトに動画を載せたり、まとめ記事を作っていたんですけど、それも番組HPの存在を知らない人は、たどり着けないじゃないですか。私もそうなんですけど、ほとんどの人はSNSで情報収集していると思うので、YouTubeやSNSになるべく情報を載せて、そこから興味を持ってくれた人が番組を見てくれるようにしています。あとは、番組のおまけというコンテンツを作っているんですけど、それもサイトまで来てくれた人に、「ありがとう」とおもてなしみたいな気持ちでやろうと思って始めました。番組の価値を放送以外でもいろんな所で出して、その中のどこかのチャンネルでひっかかってもらって、番組に愛着を持ってくれる人が増えたらいいなと思っています。 ――そういった試みは、NHKでやってこなかったんですか? 藤江 まったくではないですけど、そんなにやってきてないと思います。「プロ彼女」の放送のときに、胸を強調して「メス感を出すのが大事」ってゲストの発言に反応して、SNSで「メス感」って言葉が盛り上がって、ゲストならではの言葉に反応する人が多かった。私たちも、そういったそのゲストしか言えない、ゲストならではの言葉を引き出すのを大事にしていたので、テロップを入れて、名言っぽくしたスクリーンショットの画像付きツイートをすることにしました。 ――「パリピ」みたいに、事前にある程度のイメージしやすい人でも、取材をしてイメージと違うことって多いですか? 藤江 「先イエーイ」っていうのがあって、「イエーイ!」って言っておけば、「イエーイ!」的なできごとが後からついてくるっていうパリピの言葉なんですけど、聞いてみると想像以上に意外に深かったり、はっとするような人生哲学が見つかる、と思うようなこともありますね。あとは、やっぱりイメージしやすいような人でも山里さんとYOUさんの前だと、意外な話が出てくるってことかもしれないですね。聞いたことがない話や価値観を掘り当てられるかを大切にしています。 ――宝探しみたいですね。 藤江 まさにそうですね。どこに金が埋まっているかわからない荒野……荒野って言ったら失礼なんですけど(笑)。草原みたいなところで、ここかな? ここかな? って金を掘り当てるみたいな感じ。だから、見つけたとき、“人間っておもしろい”ってなるんです。 (取材・文=編集部) ●『ねほりんぱほりん』  NHK、Eテレの顔出しNGの訳ありゲストはブタに、聞き手の山里亮太とYOUはモグラの人形にふんすることで「そんなこと聞いちゃっていいの~?」という話を“ねほりはほり”聞き出す新感覚のトークショー。作りに作り込んだEテレお得意の人形劇と、聞いたこともないような人生の“裏話”が合体した人形劇×赤裸々トークをお楽しみください!

ケンカ全勝の兄・未来と、読書家の弟・海──総合格闘技界の超新星「朝倉兄弟」に迫る!

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兄・未来(左)/弟・海(右)(c)ROAD FC
「俺たちは、つまらない試合はしない」  そう公言して憚らない総合格闘家の「朝倉兄弟」が、有言実行の“スカ勝ち”を積み重ね、国内外で人気を高めている。あまりの強さに地元ではケンカ相手がいなくなり、プロ格闘技の世界で獲物を探し求めるようになった兄・未来(みくる)。その兄に才能を見出され、プロ格闘家になった弟・海(かい)。性格や特長は異なるものの、「常にフィニッシュ勝利を目指す」というのが、兄弟一致のポリシーだ。  両者とも超攻撃的なファイトスタイルで快進撃を続け、先月韓国で行われた『ROAD FC』では、敵地の観衆をも魅了する圧勝を収めた(下記動画参照)。
 好戦的かつ挑発的な言動が目立つため、時には反感も買うが、すべての批判を「勝つこと」で封じ込めてきた2人。その強さは、いかなる環境で育まれたのか? そして彼らは今後、どこへ向かおうとしているのか? それぞれに電話インタビューを行った。
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(C)ROAD FC
【兄】朝倉未来(24歳) ――『ROAD FC』での完勝、おめでとうございます。対戦相手のオ・ドゥソク選手(韓国)は、ボクシングの元OPBFランカーで、WBOアジア太平洋ライト級の元王者であり、キックでも2団体の韓国王者となっているストライカーですが、戦前にはどういう印象を抱いていましたか? 朝倉未来(以下/未来) 試合動画を1試合見ただけですけど、「総合(格闘技)の打撃に全然対応できてないな」というのが第一印象で、「これは勝てるな」と思いました。 ――韓国の会場で韓国人選手と戦ったわけですが、アウェイ感は? 未来 相手の名前がコールされたときのほうが歓声は大きかったですけど、試合中に攻められた瞬間がなかったので全然気にならなかったし、緊張もまったくなかったですね。強いて不安だった点を挙げるなら、俺、視力が0.02しかないから、入場のときに会場の雰囲気や花道がよく見えなかったことぐらいかな(笑)。試合が始まれば何も問題はなかったです。『ROAD FC』は韓国の地上波でも放映されたので、試合後は韓国のファンが増えましたね。会場ではUFCファイターのカン・ギョンホ(韓国)からも声をかけられました。日本でもYouTubeとFacebookで生中継され、新規のファンが増えました。兄弟ともインパクトを残せてよかったです。 ――視力0.02で、敵のパンチが見えるんですか? 未来 見えますよ。俺、今まで練習でも試合でも一度もダウンした経験がないんですけど、視力は悪くても、たぶん動体視力がいいんだと思います。ほとんどの技にカウンターを合わせられるんで。 ――実際、オ・ドゥソク選手のパンチを食らう場面は、ほぼなかったですね。 未来 総合の打撃とボクシングの打撃って、まったくの別物なんですよ。違う競技と言っても過言じゃないぐらい。相手がボクシングのチャンピオンレベルだとしても、総合の打撃だったら俺は負けない。なんでかというと、総合はキックやタックルもあるし、グローブも小さいから、ボクシングのガード技術がほとんど使えないんです。だから総合は打撃一発で決まっちゃうことも多く、 つまりは“当て勘勝負”になってくる。そこに俺は、絶対的な自信を持ってるんですよ。 ――その自信の根拠を教えてください。 未来 まず、普通の人よりもビビらない覚悟がある。相手の打撃をギリギリまで避けずに見る覚悟です。それと、どの体勢から打っても左右両方のパンチが強いというのも俺の取り柄ですね。だから相手の動きに合わせたカウンターで、KO勝ちをすることが多い。あとは日頃の練習方法でしょうか。あらゆる試合展開を想定し、どういう場面になっても慌てず冷静に動けるように練習しています。 ――未来選手はストライカーのイメージが強いですが、寝技対策は? 未来 実はここ2~3年は打撃よりも、寝技とレスリングの練習に多くの時間を割いてます。テイクダウンを取られないための練習と、倒されてもすぐに立ち上がる練習を延々と繰り返してますから、キメられない自信が強いですね。今は他の仕事もしてるから、1日2時間程度しか練習できないけど、練習時間がもっと増えれば、さらに強くなるでしょう。 ――これでプロとして5戦5勝となった未来選手ですが、もともとは不良の格闘技大会『THE OUTSIDER』で格闘家デビューした経歴からもわかるように、地元の愛知県では有名な不良だったそうですね。 未来 ケンカがとにかく大好きで、毎日のように誰かとタイマンを張ってました。俺のケンカは必ず1対1。弱い奴とやってもつまんないから、強そうな奴をいつも探し求めてました。 ――ストリートファイトでは負け知らずだったんですか? 未来 数え切れないぐらいケンカをしたけど、一度も負けたことがないです。最初は地元・豊橋の強い奴をどんどん倒してって、地元に敵がいなくなったら、隣の市まで遠征したり。 ――どうやってケンカ相手を探していたんですか? 未来 強そうな奴を見つけたらガンガン睨みつけて、かかってきたらブッ倒す。で、そいつに「もっと強い奴を教えろ」と言うと、どんどん強い奴が出てくるんです。 ――格闘RPGみたいですね(笑)。 未来 自分の住んでる街と名前をあちこちに告げながら相手を募集してたから、俺を倒したがる奴らからガンガン電話もかかってくる。1日に2戦したこともありますよ。隣の市に強い奴がいると聞いて、意気込んで行ったのに、一発で終わっちゃってつまんないから、豊橋に帰って来てから地元のクラブに行って、新たな相手を見つけて2戦目をしたり。そんな毎日だったので、何戦やったのかまでは覚えてません。 ――なぜそこまでケンカが好きだったのでしょう? 未来 刺激が欲しかったのかな。真面目に勉強して真面目に就職して、そのままトシ取って死ぬのもつまらんな、と思ってて。当時の俺の趣味は「命をかけること」でした。 ――そんな生活を送っていて、ご両親から叱られませんでしたか? 未来 オヤジは俺と似たタイプなので、「ケンカする前には準備運動をしっかりしとけ」とか、よくアドバイスをしてくれました(笑)。母親は諦めてましたね。怒っても俺が聞かないってことを知ってるんで。
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ケンカ屋だった16歳の頃の朝倉未来
――警察に捕まったことは? 未来 ケンカだけじゃなく、無免許で毎日バイクを乗り回してましたから、マークされてたらしく、ある日、家に帰ったら、四方八方から警官が出て来て、捕まえられました。で、16歳から少年院に1年半入って、出て来てからもちょこちょこ暴れてたんですけど、強くて有名になりすぎてたから、そのうちケンカの相手をしてくれる奴がいなくなり、寂しくなっちゃって……。ちょうどその頃、『THE OUTSIDER』 の存在を知り、じゃあ格闘技の世界で暴れてやるかと思ってジムに通い始めたんですよ。 ――ジムで、ケンカの技術は通用しましたか? 未来 初めて体験に行った日はガスを吸ったまま行ったんで、息ハァハァで、通用しませんでした。打撃では劣ってなかったけど、寝技で押さえつけられたら、もうダメ。ジムには、ストリートの技術だけじゃ勝てない相手がゴロゴロいました。でも、強い奴を見ると倒したくてワクワクする性格なので、熱心にジム通いするようになり、今に至るという感じですね。 ――『THE OUTSIDER』では2階級王者になり、13戦11勝1敗1ノーコンテストという好成績を収めた未来選手。「強いだけじゃなく、試合が面白い」と評されることが多いですが、戦うときに意識していることは? 未来 格闘技って、お客さんありきのものだと思うんです。見る人がいなければただのケンカと一緒で価値がないけど、お客さんや期待する人の数が多ければ多いほど、それに比例して価値が高くなっていく。お客さんが見たい試合をできなければ、選手としての価値はないも同然だし、格闘技をやる意味がないとさえ思います。なぜ今このリングに立てて、何を求められてるのか。そこんところをいつもしっかり考えてます。結論としては、面白い試合をするしかないじゃないですか。 ――弟の海選手も、同様の考えなのでしょうか? 未来 弟も一緒だと思います。ただ、性格は全然違いますね。弟のほうが真面目だし、人付き合いも上手いです。そこが俺とは正反対。 ――プロアマ通じて1敗しかしておらず、その1敗した相手(樋口武大選手)とのリベンジマッチにも勝利している未来選手。勝ち続けることで、「負けられない」というプレッシャーを感じることは? 未来 まったくないですね。実力があるのは自分たちである程度理解してるんですけど、純粋な格闘技ファンからは評価が低いし、批判とかもされるから、逆に今の段階では気持ちがラクですね。 ――「相手が弱いから連勝できる」「川尻や五味レベルの選手になってから大口を叩け」などの批判もありますが、それらに対する反論は? 未来 あの人たちのいつの時代と比べてるのかは知らないけど、俺たち兄弟は今、1日に2時間程度しか練習できてないのに、それでここまでの結果を残してますんで。まだ20代前半だし、1日8時間練習できるようになったら、何倍も強くなれる自信ある。そこから比較して欲しいですね。 ――いつも自信満々ですが、弱点はありますか? 未来 特に思い浮かばないです。視力についても、今後レーシックをする予定だし。寝技の強い人と練習すると、たまにキメられることもある。課題はそれぐらいかな。俺、身体能力がもともと高いんですよ。小さい頃からマラソン大会ではいつも1位だったし、それ以外のどんな運動も得意なんです。総合は全部できないとダメなんで、まさに俺向けの競技と言えますし、伸びしろは無限大と思ってます。 ――今後の目標を教えてください。 未来 『ROAD FC』フェザー級王者のチェ・ムギョム(韓国)を倒したいし、日本の格闘技界を盛り上げたいです。そのためにも、地上波の『RIZIN』に出たい。俺たち兄弟はものすごい可能性を秘めてますんで、チャンスを与えて欲しいです。 ――『RIZIN』で活躍中の山本アーセン選手に対し、Twitterでいきなり対戦要求をしたこともありましたね。アーセン選手は結局、未来選手の挑発には乗ってきませんでしたが。 未来 あぁ、そんなこともありましたね。俺からしたら、面白くない奴だな、みたいな。あれ以上煽っても煽り甲斐がない奴なんで、冷めましたけどね。試合も面白くないのにああいうところで盛り上げられないんじゃもう、格闘家も終わりだな、と思います。 ――今の発言は書いて大丈夫ですか? 未来 書いていいですよ。やるならいつでもやってやるし。 ――『RIZIN』で注目を集めている那須川天心選手について思うことは? 未来 階級は弟と近い選手だけど、俺も注目してますよ。打撃のスピードもあるし、すごく頭もいいし、考えられた戦い方だし、なおかつ動体視力もいい。天才だなと思います。ただ、総合はすぐにマスターできるもんじゃないので、弟とやったらだいぶ差があると思いますね。 ――最後に、ファンへメッセージをお願いします。 未来 俺たち兄弟はこれからどんどん活躍して頭角を現していくんで、今知った人も、もとから知ってる人も、目を離さずに応援してくれたらうれしいです。この先、いろんな邪魔者を片っ端からなぎ倒していくんで、楽しみにしててください。
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【弟】朝倉海(23歳) ――『ROAD FC』でアラテン・ヘイリ選手(中国)を秒殺した海選手。これで何連勝になりましたか? 朝倉海(以下/海) 『THE OUTSIDER』の戦績を入れると、13か14連勝ぐらいですね。プロでの戦績は8戦8勝で、6KOに、2サブミッション。今んとこ全部フィニッシュ勝利です。 ――ヘイリ選手も6連勝中の強敵でしたが、海選手のヒザ蹴りで病院送りに。あの一撃で彼は、アゴの骨が折れたらしいですね。  ヘイリは中国のフライ級で一番強いと言われ、去年の11月には『ROAD FC』の元王者のジョン・ナムジン(韓国)と王座挑戦権をかけた試合で引き分けた、かなり有名な選手です。YouTubeに過去の試合動画がたくさん上がってたので、事前に研究して対策を練ることができたし、冷静に試合することができました。最後のヒザも狙い澄ました一撃です。日頃から階段ダッシュで鍛えてるから、ヒザ蹴りの威力には自信があるんですよ。 ――前回の中国に続き、海外は2戦目でしたが、韓国の空気はいかがだったでしょう?  韓国のファンの方はあったかいな、と感じました。普通に入場時も応援してくれたし、試合後もたくさん声をかけてくれた。韓国の選手やファンから、大会後にFacebookの友達申請がめちゃくちゃ来ましたね。 ――その一方で、複数の選手から宣戦布告もされているようですね。ナムジン選手は、海選手の写真をビリビリに破っている画像をインターネット上に公開しています。  あれ見て、笑っちゃいましたよ。わざわざ俺の写真を検索して、印刷して、破るところを撮影するという一連の作業を想像すると可笑しくて。有名な人なので、すごい宣伝にもなりますし、ありがたいですけどね(笑)。フライ級現王者のソン・ミンジョン(韓国)もFacebookで俺と戦いたいと言ってます。 ――『ROAD FC』における今後の展開が楽しみですね。  次がタイトルマッチになるのか、それとも2番目に強いナムジンみたいな選手とやるのか。まだわかりませんけど、早く強い奴と試合をしたくてたまらないです。 ――過去に話題を移しますが、そもそも海選手はなぜ、格闘家になろうと思ったのでしょう?  始めたのは高校卒業間近の頃です。先に格闘技を始めてた兄貴が、ジム以外で実力を試したくなったらしく、俺に向かって急に「相手をしろ」と言ってきたんですよ。で、俺を庭に呼び出し、グローブを着けさせ、いきなり襲いかかってきた。構え方とか知らなかったけど、俺は目がいいから、兄貴のパンチや蹴りを全部避けたら、「お前、センスあるから格闘技をやったほうがいい」と誘われました(笑)。 ――お兄さんはそのとき、手加減を?  いや、ガチでしたね。
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――海選手のスポーツ経験は?  小学校のときに空手と相撲を。中学時代はバレーボールをやってました。 ――お兄さんは無類のケンカ好きだったらしいですが、弟の海選手は?  たまに盛り場でケンカをすることもありましたけど、兄貴みたく法律に触れるような悪さをやった覚えはないです。兄貴の悪かった姿を見て、俺はそうなっちゃいけないと思ってましたから。性格も兄貴とは真逆だと思います。俺は日常生活でキレることはまずないですから。 ――兄弟仲はいいんですか?  いいですよ。いつも「禅道会豊橋道場」で仲良く練習……というか、ガチで殴り合ってます(笑)。俺も兄貴同様、今はまだ普通の仕事をやってるんで、毎日2~3時間しか練習できませんけど、集中して頑張ってます。 ――いつもポーカーフェイスですが、精神鍛錬法はありますか?  精神鍛錬というほど大げさなもんじゃないけど、本をけっこう読みますね。推理小説とか。推理小説って、読んでるときは集中するし、頭を使うじゃないですか。それを習慣化することによって、格闘技の技を覚える吸収力が上がったり、試合中の集中力が上がったり、ってことにつながってる気がします。ちなみに兄貴も、ああ見えて読書家ですよ。週に1冊ペースでいろんな本を読んでるみたいです。 ――兄弟それぞれの格闘技上の長所を教えてください。  兄貴のいいところは、カウンターの当て勘が特出してるのと、打撃の技が多彩な点です。俺はけっこう自分から攻めるタイプで、一発当てたら、そこから一気に仕留め切るのが兄貴よりも上手いです。 ――海選手に弱点はありますか?  弱点がないように練習してます。自分と戦うのが怖いですね。 ――今、一番戦いたい相手は?  『ROAD FC』フライ級王者のソン・ミンジョンです。 ――『THE OUTSIDER』で海選手に土をつけた渋谷莉孔選手が現在、海外の『ONE Championship』で頑張っていますが、彼と再戦したい気持ちはありますか?  できればやりたいですし、今なら倒せる自信もありますけど、あの敗北は格闘技を始めて日が浅かった頃の話ですから、そこまで執着はしてません。 ――『ROAD FC』で実績を積んだ先のビジョンはありますか?  兄貴と一緒に『RIZIN』に出たいですね。俺たち兄弟で国内の格闘技を盛り上げたいという思いが強いんですよ。あとは、国内の各プロ団体のチャンピオンを倒したいです。 ――最後に、ファンへメッセージをお願いします。  判定って、つまらないじゃないですか。俺たち兄弟は相手を絶対倒すし、派手な試合を見せるんで、そこを楽しんでもらえたらと思います。 (取材・文=岡林敬太)

ケンカ全勝の兄・未来と、読書家の弟・海──総合格闘技界の超新星「朝倉兄弟」に迫る!

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兄・未来(左)/弟・海(右)(c)ROAD FC
「俺たちは、つまらない試合はしない」  そう公言して憚らない総合格闘家の「朝倉兄弟」が、有言実行の“スカ勝ち”を積み重ね、国内外で人気を高めている。あまりの強さに地元ではケンカ相手がいなくなり、プロ格闘技の世界で獲物を探し求めるようになった兄・未来(みくる)。その兄に才能を見出され、プロ格闘家になった弟・海(かい)。性格や特長は異なるものの、「常にフィニッシュ勝利を目指す」というのが、兄弟一致のポリシーだ。  両者とも超攻撃的なファイトスタイルで快進撃を続け、先月韓国で行われた『ROAD FC』では、敵地の観衆をも魅了する圧勝を収めた(下記動画参照)。
 好戦的かつ挑発的な言動が目立つため、時には反感も買うが、すべての批判を「勝つこと」で封じ込めてきた2人。その強さは、いかなる環境で育まれたのか? そして彼らは今後、どこへ向かおうとしているのか? それぞれに電話インタビューを行った。
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【兄】朝倉未来(24歳) ――『ROAD FC』での完勝、おめでとうございます。対戦相手のオ・ドゥソク選手(韓国)は、ボクシングの元OPBFランカーで、WBOアジア太平洋ライト級の元王者であり、キックでも2団体の韓国王者となっているストライカーですが、戦前にはどういう印象を抱いていましたか? 朝倉未来(以下/未来) 試合動画を1試合見ただけですけど、「総合(格闘技)の打撃に全然対応できてないな」というのが第一印象で、「これは勝てるな」と思いました。 ――韓国の会場で韓国人選手と戦ったわけですが、アウェイ感は? 未来 相手の名前がコールされたときのほうが歓声は大きかったですけど、試合中に攻められた瞬間がなかったので全然気にならなかったし、緊張もまったくなかったですね。強いて不安だった点を挙げるなら、俺、視力が0.02しかないから、入場のときに会場の雰囲気や花道がよく見えなかったことぐらいかな(笑)。試合が始まれば何も問題はなかったです。『ROAD FC』は韓国の地上波でも放映されたので、試合後は韓国のファンが増えましたね。会場ではUFCファイターのカン・ギョンホ(韓国)からも声をかけられました。日本でもYouTubeとFacebookで生中継され、新規のファンが増えました。兄弟ともインパクトを残せてよかったです。 ――視力0.02で、敵のパンチが見えるんですか? 未来 見えますよ。俺、今まで練習でも試合でも一度もダウンした経験がないんですけど、視力は悪くても、たぶん動体視力がいいんだと思います。ほとんどの技にカウンターを合わせられるんで。 ――実際、オ・ドゥソク選手のパンチを食らう場面は、ほぼなかったですね。 未来 総合の打撃とボクシングの打撃って、まったくの別物なんですよ。違う競技と言っても過言じゃないぐらい。相手がボクシングのチャンピオンレベルだとしても、総合の打撃だったら俺は負けない。なんでかというと、総合はキックやタックルもあるし、グローブも小さいから、ボクシングのガード技術がほとんど使えないんです。だから総合は打撃一発で決まっちゃうことも多く、 つまりは“当て勘勝負”になってくる。そこに俺は、絶対的な自信を持ってるんですよ。 ――その自信の根拠を教えてください。 未来 まず、普通の人よりもビビらない覚悟がある。相手の打撃をギリギリまで避けずに見る覚悟です。それと、どの体勢から打っても左右両方のパンチが強いというのも俺の取り柄ですね。だから相手の動きに合わせたカウンターで、KO勝ちをすることが多い。あとは日頃の練習方法でしょうか。あらゆる試合展開を想定し、どういう場面になっても慌てず冷静に動けるように練習しています。 ――未来選手はストライカーのイメージが強いですが、寝技対策は? 未来 実はここ2~3年は打撃よりも、寝技とレスリングの練習に多くの時間を割いてます。テイクダウンを取られないための練習と、倒されてもすぐに立ち上がる練習を延々と繰り返してますから、キメられない自信が強いですね。今は他の仕事もしてるから、1日2時間程度しか練習できないけど、練習時間がもっと増えれば、さらに強くなるでしょう。 ――これでプロとして5戦5勝となった未来選手ですが、もともとは不良の格闘技大会『THE OUTSIDER』で格闘家デビューした経歴からもわかるように、地元の愛知県では有名な不良だったそうですね。 未来 ケンカがとにかく大好きで、毎日のように誰かとタイマンを張ってました。俺のケンカは必ず1対1。弱い奴とやってもつまんないから、強そうな奴をいつも探し求めてました。 ――ストリートファイトでは負け知らずだったんですか? 未来 数え切れないぐらいケンカをしたけど、一度も負けたことがないです。最初は地元・豊橋の強い奴をどんどん倒してって、地元に敵がいなくなったら、隣の市まで遠征したり。 ――どうやってケンカ相手を探していたんですか? 未来 強そうな奴を見つけたらガンガン睨みつけて、かかってきたらブッ倒す。で、そいつに「もっと強い奴を教えろ」と言うと、どんどん強い奴が出てくるんです。 ――格闘RPGみたいですね(笑)。 未来 自分の住んでる街と名前をあちこちに告げながら相手を募集してたから、俺を倒したがる奴らからガンガン電話もかかってくる。1日に2戦したこともありますよ。隣の市に強い奴がいると聞いて、意気込んで行ったのに、一発で終わっちゃってつまんないから、豊橋に帰って来てから地元のクラブに行って、新たな相手を見つけて2戦目をしたり。そんな毎日だったので、何戦やったのかまでは覚えてません。 ――なぜそこまでケンカが好きだったのでしょう? 未来 刺激が欲しかったのかな。真面目に勉強して真面目に就職して、そのままトシ取って死ぬのもつまらんな、と思ってて。当時の俺の趣味は「命をかけること」でした。 ――そんな生活を送っていて、ご両親から叱られませんでしたか? 未来 オヤジは俺と似たタイプなので、「ケンカする前には準備運動をしっかりしとけ」とか、よくアドバイスをしてくれました(笑)。母親は諦めてましたね。怒っても俺が聞かないってことを知ってるんで。
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ケンカ屋だった16歳の頃の朝倉未来
――警察に捕まったことは? 未来 ケンカだけじゃなく、無免許で毎日バイクを乗り回してましたから、マークされてたらしく、ある日、家に帰ったら、四方八方から警官が出て来て、捕まえられました。で、16歳から少年院に1年半入って、出て来てからもちょこちょこ暴れてたんですけど、強くて有名になりすぎてたから、そのうちケンカの相手をしてくれる奴がいなくなり、寂しくなっちゃって……。ちょうどその頃、『THE OUTSIDER』 の存在を知り、じゃあ格闘技の世界で暴れてやるかと思ってジムに通い始めたんですよ。 ――ジムで、ケンカの技術は通用しましたか? 未来 初めて体験に行った日はガスを吸ったまま行ったんで、息ハァハァで、通用しませんでした。打撃では劣ってなかったけど、寝技で押さえつけられたら、もうダメ。ジムには、ストリートの技術だけじゃ勝てない相手がゴロゴロいました。でも、強い奴を見ると倒したくてワクワクする性格なので、熱心にジム通いするようになり、今に至るという感じですね。 ――『THE OUTSIDER』では2階級王者になり、13戦11勝1敗1ノーコンテストという好成績を収めた未来選手。「強いだけじゃなく、試合が面白い」と評されることが多いですが、戦うときに意識していることは? 未来 格闘技って、お客さんありきのものだと思うんです。見る人がいなければただのケンカと一緒で価値がないけど、お客さんや期待する人の数が多ければ多いほど、それに比例して価値が高くなっていく。お客さんが見たい試合をできなければ、選手としての価値はないも同然だし、格闘技をやる意味がないとさえ思います。なぜ今このリングに立てて、何を求められてるのか。そこんところをいつもしっかり考えてます。結論としては、面白い試合をするしかないじゃないですか。 ――弟の海選手も、同様の考えなのでしょうか? 未来 弟も一緒だと思います。ただ、性格は全然違いますね。弟のほうが真面目だし、人付き合いも上手いです。そこが俺とは正反対。 ――プロアマ通じて1敗しかしておらず、その1敗した相手(樋口武大選手)とのリベンジマッチにも勝利している未来選手。勝ち続けることで、「負けられない」というプレッシャーを感じることは? 未来 まったくないですね。実力があるのは自分たちである程度理解してるんですけど、純粋な格闘技ファンからは評価が低いし、批判とかもされるから、逆に今の段階では気持ちがラクですね。 ――「相手が弱いから連勝できる」「川尻や五味レベルの選手になってから大口を叩け」などの批判もありますが、それらに対する反論は? 未来 あの人たちのいつの時代と比べてるのかは知らないけど、俺たち兄弟は今、1日に2時間程度しか練習できてないのに、それでここまでの結果を残してますんで。まだ20代前半だし、1日8時間練習できるようになったら、何倍も強くなれる自信ある。そこから比較して欲しいですね。 ――いつも自信満々ですが、弱点はありますか? 未来 特に思い浮かばないです。視力についても、今後レーシックをする予定だし。寝技の強い人と練習すると、たまにキメられることもある。課題はそれぐらいかな。俺、身体能力がもともと高いんですよ。小さい頃からマラソン大会ではいつも1位だったし、それ以外のどんな運動も得意なんです。総合は全部できないとダメなんで、まさに俺向けの競技と言えますし、伸びしろは無限大と思ってます。 ――今後の目標を教えてください。 未来 『ROAD FC』フェザー級王者のチェ・ムギョム(韓国)を倒したいし、日本の格闘技界を盛り上げたいです。そのためにも、地上波の『RIZIN』に出たい。俺たち兄弟はものすごい可能性を秘めてますんで、チャンスを与えて欲しいです。 ――『RIZIN』で活躍中の山本アーセン選手に対し、Twitterでいきなり対戦要求をしたこともありましたね。アーセン選手は結局、未来選手の挑発には乗ってきませんでしたが。 未来 あぁ、そんなこともありましたね。俺からしたら、面白くない奴だな、みたいな。あれ以上煽っても煽り甲斐がない奴なんで、冷めましたけどね。試合も面白くないのにああいうところで盛り上げられないんじゃもう、格闘家も終わりだな、と思います。 ――今の発言は書いて大丈夫ですか? 未来 書いていいですよ。やるならいつでもやってやるし。 ――『RIZIN』で注目を集めている那須川天心選手について思うことは? 未来 階級は弟と近い選手だけど、俺も注目してますよ。打撃のスピードもあるし、すごく頭もいいし、考えられた戦い方だし、なおかつ動体視力もいい。天才だなと思います。ただ、総合はすぐにマスターできるもんじゃないので、弟とやったらだいぶ差があると思いますね。 ――最後に、ファンへメッセージをお願いします。 未来 俺たち兄弟はこれからどんどん活躍して頭角を現していくんで、今知った人も、もとから知ってる人も、目を離さずに応援してくれたらうれしいです。この先、いろんな邪魔者を片っ端からなぎ倒していくんで、楽しみにしててください。
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【弟】朝倉海(23歳) ――『ROAD FC』でアラテン・ヘイリ選手(中国)を秒殺した海選手。これで何連勝になりましたか? 朝倉海(以下/海) 『THE OUTSIDER』の戦績を入れると、13か14連勝ぐらいですね。プロでの戦績は8戦8勝で、6KOに、2サブミッション。今んとこ全部フィニッシュ勝利です。 ――ヘイリ選手も6連勝中の強敵でしたが、海選手のヒザ蹴りで病院送りに。あの一撃で彼は、アゴの骨が折れたらしいですね。  ヘイリは中国のフライ級で一番強いと言われ、去年の11月には『ROAD FC』の元王者のジョン・ナムジン(韓国)と王座挑戦権をかけた試合で引き分けた、かなり有名な選手です。YouTubeに過去の試合動画がたくさん上がってたので、事前に研究して対策を練ることができたし、冷静に試合することができました。最後のヒザも狙い澄ました一撃です。日頃から階段ダッシュで鍛えてるから、ヒザ蹴りの威力には自信があるんですよ。 ――前回の中国に続き、海外は2戦目でしたが、韓国の空気はいかがだったでしょう?  韓国のファンの方はあったかいな、と感じました。普通に入場時も応援してくれたし、試合後もたくさん声をかけてくれた。韓国の選手やファンから、大会後にFacebookの友達申請がめちゃくちゃ来ましたね。 ――その一方で、複数の選手から宣戦布告もされているようですね。ナムジン選手は、海選手の写真をビリビリに破っている画像をインターネット上に公開しています。  あれ見て、笑っちゃいましたよ。わざわざ俺の写真を検索して、印刷して、破るところを撮影するという一連の作業を想像すると可笑しくて。有名な人なので、すごい宣伝にもなりますし、ありがたいですけどね(笑)。フライ級現王者のソン・ミンジョン(韓国)もFacebookで俺と戦いたいと言ってます。 ――『ROAD FC』における今後の展開が楽しみですね。  次がタイトルマッチになるのか、それとも2番目に強いナムジンみたいな選手とやるのか。まだわかりませんけど、早く強い奴と試合をしたくてたまらないです。 ――過去に話題を移しますが、そもそも海選手はなぜ、格闘家になろうと思ったのでしょう?  始めたのは高校卒業間近の頃です。先に格闘技を始めてた兄貴が、ジム以外で実力を試したくなったらしく、俺に向かって急に「相手をしろ」と言ってきたんですよ。で、俺を庭に呼び出し、グローブを着けさせ、いきなり襲いかかってきた。構え方とか知らなかったけど、俺は目がいいから、兄貴のパンチや蹴りを全部避けたら、「お前、センスあるから格闘技をやったほうがいい」と誘われました(笑)。 ――お兄さんはそのとき、手加減を?  いや、ガチでしたね。
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――海選手のスポーツ経験は?  小学校のときに空手と相撲を。中学時代はバレーボールをやってました。 ――お兄さんは無類のケンカ好きだったらしいですが、弟の海選手は?  たまに盛り場でケンカをすることもありましたけど、兄貴みたく法律に触れるような悪さをやった覚えはないです。兄貴の悪かった姿を見て、俺はそうなっちゃいけないと思ってましたから。性格も兄貴とは真逆だと思います。俺は日常生活でキレることはまずないですから。 ――兄弟仲はいいんですか?  いいですよ。いつも「禅道会豊橋道場」で仲良く練習……というか、ガチで殴り合ってます(笑)。俺も兄貴同様、今はまだ普通の仕事をやってるんで、毎日2~3時間しか練習できませんけど、集中して頑張ってます。 ――いつもポーカーフェイスですが、精神鍛錬法はありますか?  精神鍛錬というほど大げさなもんじゃないけど、本をけっこう読みますね。推理小説とか。推理小説って、読んでるときは集中するし、頭を使うじゃないですか。それを習慣化することによって、格闘技の技を覚える吸収力が上がったり、試合中の集中力が上がったり、ってことにつながってる気がします。ちなみに兄貴も、ああ見えて読書家ですよ。週に1冊ペースでいろんな本を読んでるみたいです。 ――兄弟それぞれの格闘技上の長所を教えてください。  兄貴のいいところは、カウンターの当て勘が特出してるのと、打撃の技が多彩な点です。俺はけっこう自分から攻めるタイプで、一発当てたら、そこから一気に仕留め切るのが兄貴よりも上手いです。 ――海選手に弱点はありますか?  弱点がないように練習してます。自分と戦うのが怖いですね。 ――今、一番戦いたい相手は?  『ROAD FC』フライ級王者のソン・ミンジョンです。 ――『THE OUTSIDER』で海選手に土をつけた渋谷莉孔選手が現在、海外の『ONE Championship』で頑張っていますが、彼と再戦したい気持ちはありますか?  できればやりたいですし、今なら倒せる自信もありますけど、あの敗北は格闘技を始めて日が浅かった頃の話ですから、そこまで執着はしてません。 ――『ROAD FC』で実績を積んだ先のビジョンはありますか?  兄貴と一緒に『RIZIN』に出たいですね。俺たち兄弟で国内の格闘技を盛り上げたいという思いが強いんですよ。あとは、国内の各プロ団体のチャンピオンを倒したいです。 ――最後に、ファンへメッセージをお願いします。  判定って、つまらないじゃないですか。俺たち兄弟は相手を絶対倒すし、派手な試合を見せるんで、そこを楽しんでもらえたらと思います。 (取材・文=岡林敬太)