1日8本撮りは当たり前、謎のから揚げ弁当……千鳥が伝説的ロケ番組のヤバさを訴える!!

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撮影=尾藤能暢
 テレビ埼玉視聴エリア以外の人たちから「一度見てみたい!」と熱烈に支持されているロケ番組『いろはに千鳥』。先月末にはDVD第4弾『いろはに千鳥(ぬ)(る)(を)』も発売、ますますそのカルト的人気は高まるばかり。「ユルい」「自由」などと評されるこの番組だが、そのユルさの裏には、とんでもない苦労と苦悩と苦情があり……千鳥自ら『いろはに千鳥』の窮状を訴えます!! *** ――『いろはに千鳥』も今年で4年目に突入です。すっかり愛される番組になっていますね。 ノブ そうですね。最初は1クールって聞いてて。「予算もない、ギャラも安いから、なんにも派手なことはできませんよ」って。でも、そんなことあるのかな?って思って。だって、テレビですよ? それなのに、最初の打ち合わせで「予算がないから、町歩くしかないんですよ。なんのセットも建てられないし」とか、あります? でも、実際にテレビ埼玉さんの本社に行ったときに「あ……なさそうやな」って。だって、ちょっと大きめの市民病院みたいなところで。だから、本当に1クールのつもりで頑張ってたんですけど、聞いたところによると、埼玉県民の方がいろいろ言ってくれたみたいですね、テレ玉さんに。 ――『いろはに千鳥』をもっと続けてくれ、と。 ノブ それで、ここまでやってこられました。 ――「一度は見てみたい!ローカルお笑い番組ランキング」(goo調べ)の第2位に選ばれたそうです。 ノブ おかしな人が投票したんでしょうね(笑)。でもこれ、アレですよね。見たいなと思うランキングですよね。見て面白かったランキングではないですよね(笑)。 ――(笑)。 ノブ おそらくですね、僕らが全国ネットの番組で『いろはに千鳥』の文句を言いまくっているので、それで興味が増してるんじゃないですか? 『アメトーーク!』(テレビ朝日系)でも言ってますし、この前は『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)でも言ってきましたよ。 大悟 ホンマに1クールで終わると思ってたし、今でも、なんでこんなに続いているのかわかんないですよ。ただまぁ、やってて面白いは面白いんで、「見たい」とか「続けてくれ」って言ってもらえるのはありがたいんですけど、僕もノブも非常に態度も悪く、表情もさえず、やればやるほど「よくない千鳥」をみなさんにお見せしているのは間違いないんですけどね。 ――作っていない、いわゆる「素の千鳥」を見せているということですか? 大悟 最初は一生懸命やろうとはしてるんですけど、6~7本目とかになってきたら、僕なんか完全に頭が回ってないときがあるんで。ただ単に脳が落ちてる。だから作ってないとかではなくて、しんどい(笑)。文句も言うし。
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ノブ バラエティというより、ドキュメンタリーとして見たほうがいいですね。やっぱりゴールデンの番組って、みんな元気にやってるんだなって思いますもん。それこそ、収録が1時間半とかでスパッと終わる番組は。『いろはに千鳥』は早朝から夜中まで、ずっとやってますからね。最後のほうとか、大悟なんて猫背になりすぎて顔すら映ってない。 大悟 でも「別に映らなくてもいい!」って思ってしまう。 ノブ そうですね。 大悟 非常によくないですね。 ――1日に8本って、録れるものなんですか……? ノブ はい。やるんですよ。結局、予算がないから。4本撮り4本撮りで2日やるとなると、2回スタッフさんを出さなきゃいけなくなるじゃないですか。僕らはまだ微々たるギャラをもらえるからいいんですけど、スタッフさんは大変ですよね。10分ものを1本撮るロケと同じギャラらしいんですよ。だからもう、後半はスタッフ笑わない笑わない。 ――それはキツイ(笑)。 ノブ 一人だけね、バラエティが好きなディレクターがいて、岩津っていうんですけどね。これが笑いの変態すぎて、この人だけが最後まで笑ってる。 ――みなさん体力的なキツさを感じながらも、それでもやる……。 ノブ そうですね。最初はスポンサーさんもほとんどついてなくて、墓石店さんが1社だけ……みたいな(笑)。でも、最近は、だいぶ増えたみたいです。 ――すごい! ノブ それなのにですよ、なんっっの待遇の改善もない!! 弁当は、相変わらず見たこともない安そうなやつ。なんの肉かわからない、でっかいから揚げ2個とパンッパンの白飯。腹さえ膨れればええんか、人間は。 ――タンパク質と炭水化物(笑)。 ノブ 今は、テレ玉さんに恩返ししてる時期じゃないでしょうか。制作費がない中、僕らにとって初の関東での冠番組を作ってくれた恩返し。だから、これからでしょうね……。 大悟 テレ玉さんには感謝しかないですし、今後『いろはに千鳥』でテレ玉さんが得することがあれば全然いいんですよ。うれしいです。ただ、このDVDの取材でこんなこと言うのもなんなんですけど、こんなもんが3,600円……。 ノブ 高いんですよ(笑)。 大悟 こんなの、ロケやって1回テレビで流しているのを焼いてるだけ、裏ビデオみたいなもん。 ――裏ビデオ(笑)。 大悟 DVDだからといって、それ用の企画が入ってるわけでもないし、こんな裏ビデオを3,600円で売っていることが恐ろしい。 ――……でも、ほら、未公開映像とか。 ノブ いやいや。
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大悟 ほぼ完パケ状態で撮ってるんだから、未公開なんてありませんよ。 ノブ だって、こんだけやって「未公開映像12分」て。 大悟 テレビで放送している本編が、ほぼ未公開シーンなんですよ。普通のテレビでは編集して切り落とすべきところを本編として流しているわけだから。 ――確かに、お2人がただ歩いているところもちゃんと使う……。 ノブ すぐノーカットでお送りするでしょ? どうでもいい話してるのを。 大悟 あれ本編でやってて、未公開シーンもくそもない。 ノブ でも、どうやらこれ(DVD)売れてるらしいんですよ。 大悟 見られない地域の方が買ってくれてるんですかね……。 ――視聴地域に住んでいる方も、コレクション的に買われてますよ。 ノブ なんかね、たまにあるんですよ。Twitterで「初任給が入ったので、念願の『いろはに千鳥』のDVD、全巻買おうと思ってるんです」とか。 ――初任給で『いろはに千鳥』って、いいですね。 ノブ いや、やめとけと。初任給は、親にネクタイなりハンカチなり買いなさいよと。そっちに回してほしいです。 ――たとえば、この番組がキー局の他の番組をやる上で勉強になってるとか、生かされてるなぁと感じることはありますか? ノブ&大悟 ないです。 ――キッパリ(笑)。 ノブ なんの参考にもなってない。だって、ロケ地も変なところばっかりなんですよ。この前の『アド街ック天国』も「埼玉県久喜」特集で出させてもらったんですけどね、めっちゃいいところあるんですよ、久喜って。公園とか温泉とか、ごはん屋さんもおいしそうで。それなのに『いろはに千鳥』で久喜に行ったときは、写真館でマタニティ―ヌードを撮っただけなんですよ。なんでこんなところをチョイスした? もっとあったやろと。 ――久喜をよく知るゲストとして呼ばれたのに……。 ノブ 勉強になる、参考になるどころか、ほかの番組への悪影響が出てきてますよ。 ――悪影響ですか? ノブ 『いろはに千鳥』の衣装って、めちゃめちゃダサイんですよ。ダサイというか、僕らの年代に合ってない。そのせいで「千鳥にはダサイ服を着させたらええんや」とほかの番組のスタッフたちが勘違いして、いま広島でやってるロケ番組でも、めちゃめちゃダサイ海賊の格好させられてる。 大悟 『いろはに千鳥』っていうタイトルが、そもそもダサイですもんね。語呂はいいんですけど。あと、かるた。今さらのかるた。 ノブ 作家がジジイなんですよ。
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――業界内では「2017年は千鳥の年」といわれていますが、そんな中、ご自身はその「潮目変わった」感じを味わっていらっしゃいますか? ノブ 知ってくれてる人の割合は多くなったけど、そんなに変わったことはないですね。ほかの番組でのロケの仕事は増えましたけど。 ――正直、もうロケの仕事はやりたくないな~とか、思うこともあります? ノブ ロケは好きなんで、2人でわーっと楽しくやれるから。ただ……これも『いろはに千鳥』の悪影響といいますか、ロケってどうしても効率悪いんですよ。だいたい1日かけて1本録るじゃないですか、ロケは。これがスタジオ人気芸人になると1日2~3本いけるんですよ。だから、ロケ芸人やってるうちはお金貯まらないだろうなっていうジレンマとの戦い……。でも『いろはに千鳥』やりだしてから、「千鳥のロケ面白い」ってなって、『笑神様は突然に…』(日本テレビ系)とか呼んでもらったりして、そこから東京のテレビのオファーが増えたんで、ありがたいっちゃありがたいです。原点というか。 ――『いろはに千鳥』は、千鳥にとってのホームってことになりますね……。 ノブ それだけはね、それだけは勘弁してください。これが代表作ってなるのだけは。僕らも一応芸人ですから、もっともっとバラエティ番組に出たいなって思うんですけど、僕らのところにくるのって、濃いぃバラエティばっかりなんですよ。大悟がよく言ってますけど「さあ笑かせ」「実力見せろ」みたいな。 ――出し尽くさなきゃいけないものが多いと。 ノブ ゴールデンのクイズ番組の司会とか、オードリー若林的なやつ。ああいうのやらせてくれって思うんですけどね……。実際は、そうじゃないゴリッゴリの仕事ばっかりくるから、ちょっと困ってます。 大悟 いろいろね、夢を持ってこの世界に入ってきて、お笑いの仕事はずっとやっていきたいと思っているんですけど、もしも、もしもですよ、この『いろはに千鳥』をずっとやり続けて、いつかノブがめっちゃハゲて、僕が太るかもしくはガリッガリになったら、それはそれでもっと面白いかもしれんなとは思いますね。3本撮りくらいで死にそうになっちゃってて。 ノブ 若手にバカにされながらね。ジジイ2人で何やっとん?って(笑)。 大悟 カート乗ったり、マタニティヌード撮ったり。 ノブ 「30年やってるらしいで、あれ」ってなったら、まぁ確かにちょっと面白いですよね。 大悟 伝説残した人って、若い時から同じ番組やり続けていたりするじゃないですか。『さんまのまんま』(フジテレビ系)とか『ガキの使い』(日本テレビ系)とか。そういう意味で僕らはもう手遅れなんで、できるとしたら『いろはに千鳥』しかない。 ノブ 伝説の番組は『いろはに千鳥』(笑)。ただ、ジジイになって1日8本撮りだけは勘弁して。 (取材・文=西澤千央)
DVD「いろはに千鳥(ぬ)」「いろはに千鳥(る)」「いろはに千鳥(を)」 価格:各巻3,600円(税別) 時間:各巻 約105分程度 (実尺95分程度+未公開12分) amazon_associate_logo.jpg

「死んでも契約解除できない」漫画家・佐藤秀峰がkindleを訴えた裏側を語る

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 今ではごく当たり前に書籍や漫画、専門書まで読めるようになった電子書籍。その一方で作家と配信側との契約トラブルが後を絶たない。勝手に商品を削除するなど、横暴ともいえる電子書籍配給側のやり口に、あの男が動いた。『ブラックジャックによろしく』や『海猿』で知られる漫画家の佐藤秀峰氏だ。  このたび佐藤氏が上梓した『Stand by me 描クえもん』では、新人漫画家の主人公にそんな業界のありとあらゆる理不尽が降りかかる。先日、kindleを運営するAmazonを提訴した佐藤氏だが、電子書籍が台頭した昨今をどう見つめるのか。 ――過去に佐藤さんが著した『漫画貧乏』を読んだ時のことを思い出しまして、あそこで扱ったことを、実際に漫画化した印象を受けました。デビュー当時から漫画家の実情を発信することに、こだわり続けている理由をお聞かせください。 佐藤秀峰(以下、佐藤) 漫画家の実情を描いているという部分は確かに共通しているかもしれませんね。自分のいる業界にまったく疑問を感じないという人はいないと思うんです。だけど、大抵は自分の名前で問題提起しませんよね。それで自分の立場を危ういものにしたくないし、漫画家だったら仕事を干されても困ります。だから、折り合いをつけていくのが大人なのでしょうが、僕は子どもなので。 ――タイトルは、佐藤さんが付けたんですか? 佐藤 そうですね。当時、『STAND BY ME ドラえもん』(2014)という映画がやっていたんで、じゃあ、「Stand by me描クえもん」でいいかくらいで。適当です。適当にやりたいんです。描き始めたのも、WEB雑誌を自分たちで作ろうと思って、そこで何か連載しようと思ったのがきっかけですね。何か描くなら私小説っぽいものが取材もいらないし楽でいいよねと。 でも、こういう題材を扱うと敵に回さなくてはいけなくなる人も出てきますし、適当を貫くのは結構しんどいんですね。 ――『描クえもん』に、どこまで実体験が含まれているんだろうかということは、この漫画を読んだ読者であれば、誰でも気になるところだと思うんです。 佐藤 フィクションが多いです。当時、僕は彼女とかいなかったですしね。作品的に考えた時に、自分の歴史だと『海猿』が連載デビューで、次に『ブラックジャックによろしく』という作品があって、それを丁寧に時間軸に沿って追っていったら、20年間の自分のことを描かなきゃいけない。ダラダラして読者が退屈だろうなとか思ったんで、『海猿』と『ブラックジャックによろしく』のトラブルをまとめてブチ込みました。 ――あと、 やっぱり『ハードタックル』かなと思いました。『描クえもん』1巻の「スポーツ漫画をとりあえず描いとけば〜」的な流れとか。 佐藤 あんな嫌な言い方はされなかったですけど、僕も担当さんに「今、スポーツものがきている」とか、「柔道漫画と卓球漫画があって、もう1本あっても載る」とか、「こういうのはあるから、描いても載らない」とか、そういうことは言われました。例えば、僕がSFやりたいんですと言っても、もう通らない。向こうがやりたいのを「いいですね」と言ってやるしかない (笑)。担当さんに「ラグビーモノで連載しよう」って言われてネームを描いたら、ある日、副編集長がやってきて「海上保安庁モノを描け」と。取材に数回連れて行かれましたが、数回じゃ何もわからない。本を読んだり自分で勉強してなんとか連載にこぎ着けて、それで評判になった頃には「アレはオレが作った」って人がワラワラ出てきて……。「アレオレ詐欺」って呼んでいますけどね。そんなことをもうちょっとわかりやすく娯楽的に描いている感じです。 ――『描クえもん』2巻以降は、大変なことになるんですか? もう既に1巻を読んで地獄だと思ったんですけど。
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佐藤 そうですか? 別に殴られたり、お金取られたりはしていないし、檻の中に入れられて、死なない程度のエサは与えられているじゃないですか。檻から出ようとすると「せっかく飼ってやっていたのに逆らうのか!」ってコテンパンにされるというだけで。2巻以降が本番ですかね。ある程度、過去の自伝的な話を描き切ったところで、これからの話をしていきたいと思っています。紙を離れ、電子書籍の話に向かっていく予定です。おっさんの正体が徐々に明らかになり、人間関係も盛り上がっていって……。 ――2巻以降も楽しみですね。『描クえもん』で印象的なものとして、契約書のシーンがありますが、契約についての状況は変わっていないんでしょうか? 佐藤 僕は散々言ってきたので「あいつはうるさい」って、周囲がわかっているので(笑)。言わなくても向こうから契約書のドラフトを持ってきてくれる。出版契約でも電子配信契約でも、それを叩き台にして内容を詰めるだけなので、楽といえば楽ですね。でも、他の作家さんはどうなのかな……? 昨日もアダルト系の漫画家さんがここ(事務所)へいらっしゃったんですよ。IT系企業と執筆契約をしたそうで、「こんな契約書にハンコを押しちゃったんだけど大丈夫ですか?」ってご相談をいただきました。で、契約内容を伺ったんですけど、とても酷いですね。まず、契約期間が「著作権保護期間」なんです。その人が死んでから50年とかなんですよ。生きている限り契約解除できなくて、死んでも解除できない。 ――違法な気もしますけど……。 佐藤 行政書士に確認したんですが、問題はあるけど、双方の合意があれば違法とまでは言えないという見解でした。契約期間は今話した通りで、作品の独占的な使用を認めるって内容。しかも、印税は0%。事実上、著作権譲渡と変わらないのに、そんな言葉はどこにも書いてない。ハンコを押すとページ数千円の原稿料で作品を盗られてしまうんです。その方は、20年以上やっている方だったんですけど、そんな契約書が普通に取り交されています。昔は漫画に関わる人たちというのは出版社が中心でした。今はIT系企業が漫画アプリを作って、そこでオリジナルコンテンツを作りたいだとか、出版以外の人たちが入ってきているんで、状況はむしろメチャクチャになってきている気がします。IT系は漫画部門がうまくいかない時は、極論すれば切り捨てればいいと思っているんじゃないですかね?事業を継続していく根本的な覚悟がないから、平気で無理難題を言ってくる傾向はありますね。出版社だけの頃は、不平等な契約条件を押し付けられることはあっても、もうちょっとわかりやすかったです。 ――電子書籍のシステムが整備されてきて、収入面と経済面、環境に変化があったと思うのですが、それによって取り組み方が変わりましたか? 佐藤 お金の話をすると、去年は2億円以上を電子書籍で稼いでいます。電子書籍様々というか、紙と完全に逆転していますね。 ――紙はどれぐらいなんでしょうか。 佐藤 紙は原稿料と印税収入を合わせて、2,000万弱じゃないですかね。 去年は紙単行本が出なかったので特に低かったです。 ――2億円以上と聞いて、驚いたんですが、どのように収益を上げているのですか。 佐藤 ただ電子書籍を売るだけではダメで、キャンペーンを組んだり運用が重要ですね。今は他の作家さんの取次もやっていますので、収益としてはそちらも大きいです。電子書籍業界全体でいえば、Kindleが圧倒的に強くて、他にも対立野党がいくつかあるという感じです。各ストアからはKindleができないようなキャンペーンをやろうという提案も多いですが、そうするとKindleは大国にしかできないようなことをしてくる。少し前ですが、Amazonはマーケットプレイス出品者に、競合ECサイトより有利な価格・品ぞろえで出品させるという「最恵待遇条項」を盛り込んだ契約を結ばせていたということで、公正取引委員会が入りました。電子書籍はどうなるのかな? と見守っているところです。今、僕はAmazonに対して訴訟を提起しています。彼らは自分たちに都合が悪いことが起きると、契約条件の変更を求めてきたり、それに従わないとコンテンツの配信を一方的に停止したりします。トライ&エラーのフェーズだと言われればその通りですが、ムチャクチャですよ。海賊みたいな中間業者もウヨウヨいますし。ただ、電子書籍は未発達なシステムなだけに、やり方によっては儲かるという感じでしょうか。 ――紙と電子書籍の立場がここ10年で逆転しましたが、この先さらに10年、漫画はどのように変化すると思いますか?
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佐藤 まず、販売環境について言うと、今より電子書籍のストア数は減っていくと思います。少しずつ統合されていくつか大きいところが決まってきて、「今さら新規参入してもな……」という流れになっていくのかな。そうなった時に、「Kindle一強」になると、当然、足元を見てくるでしょうし、作家や出版社にとってはつらい時代がくると思います。10年後、各ストア間で健全な競争ができる環境になっていれば良いですね。僕がAmazonを訴えるのも、彼らが憎いからじゃなく、フェアであってほしいからなんですよ。フェアじゃない業界は長続きしない。現在の紙業界の衰退は、言ってしまえば殿様商売を続けてきたツケじゃないですか。うまくやれば電子書籍の主役になることもできたのに、既得権益にあぐらをかいていたから主役を他に奪われ、結果的にコンテンツの衰退も招いた。電子書籍業界には、紙業界と同じ失敗を繰り返さないでほしいんです。電子が失敗したら次の主役は現れないかもしれない。そうなると漫画はもうダメですよね。  作家側の制作環境でいうと、先程も言った通り IT系企業の参入で契約関係が不安定になってきています。権利関係もシビアになってきていますが、原稿料が値崩れを起こしていますね。僕は新人の頃は、最低原稿料は7~8000円くらいでした。今は安いところだと1話5万円とか、もっと酷いところだと一次メディア掲載時の原稿料は0円で、書籍化された場合のみロイヤリティが配分される仕組みだったり……。経費を安く抑えられて企業は都合が良いのかもしれませんが、結果的に作品に何が起こっているかといえば、お金がないから作画にコストをかけられない、取材もできないということで、背景描写のない真っ白な原稿、作家の想像力に頼ったストーリーが増えています。お金がなくてもアイデア次第で漫画は面白くできるというレベルじゃない。世界的にエンターテインメントの質が向上している中で、漫画の質が低下しているのだとしたら、漫画はますますローカルなものになっていくんじゃないかな? のらくろからアキラまでマンガの制作コストは上がり続け、今はまたのらくろに戻っていっている。時々、僕が今20歳だったら漫画家を目指していたかな?って考えるんです。作品発表の場所が増えて、誰でも漫画家を名乗りやすくはなったけど、誰も儲かっていない。儲かっているのはごくごく一部のヒット作家のみ。若者の夢に依存して成立しているようでは先が短いでしょうね。 ――『描クえもん』は、『ブラックジャックによろしく』とか『海猿』のことを思い出して、とお話されていましたが、ちょっと前なんですか? それとも完全に現代なんですか? 佐藤 時代設定的には2010年くらいにしています。作品内でも電子書籍はもうあって、そこから5 年くらいを描き、今に追いついてその先の時代を描きます。今ここで話せないことはフィクションの中で描いていきますよ。Kindleの訴訟についても、作品内で触れるかもしれませんね。Kindleを倒すような展開になれば面白いかな? ――Kindleを倒すという前例を作ることで、他の不当な契約がなくなればいいですね。 佐藤 えーと、作品の話と現実の話が交互にくるので、スタンスの切り替えが難しいですね……。現実の話をすると、これまでは漫画家と出版社の間であまりフェアな取引きができなかったという気持ちがあるので、電子が出てきた時は、漫画家が作品を独自に運用できるって、すごく夢を感じたんですよ。でも、いろいろ仕組みがわかってくると、紙以上に がんじがらめで儲からないようにできているんですよね。「電子書籍よ、お前もか!」って。  紙と違うのは先ほども言った通り、電子書籍は未発達なシステムなだけに、穴というか水が漏れている場所がいっぱいあるんです。そこを突くとお金がドバドバと出てくるというか。僕は儲かったら割と公表するようにしているんです。「今月1億儲けました」って公表していくことで、このシステムにはこういう弱さがあるというのを周知しているイメージかな? 昨年は講談社が社員を集めて「佐藤秀峰がやっているのはこういうことだ」って説明会が開かれたそうです。僕が何か公表すると「あいつがやっているのはこういうことだ」って解説したがる人が必ず出てくるんですけど、それこそ思う壺ですね。僕が周知しているのは、実はシステムがフェアじゃないと感じた箇所だけなんです。それで何がしたいかというと、フェアなシステムに切り替えていってほしい。ストア側が自分たちだけに有利に働くシステムを作ったけど、それには穴があった。じゃあ、みんなで穴をつつけば不平等なシステムは立ち行かなくなるだろうと。僕のフォロワーが勝手にシステムを壊してくれる。 ――ここを攻めろ! と。 すごく明快な話ですね。電子書籍については聞きたいことが聞けました。お恥ずかしい話なんですが、Amazonの「Kindle Unlimited」が出てきた時は、すごくありがたいなと思ったんです。でも、本が読み放題で月額900円は、やっぱりおかしい。 佐藤 適切に運営してくれればいいと思います。今は動画やゲームが無料で観られたりプレイできるものがいっぱいある。そういう時代に漫画は一時間もかからず読み終わって500円と思うと手が出ない。読み放題に向かっていくのは自然じゃないですかね。 ――問題はあの仕組みというよりは、それを適切に運営するかどうかにあって、それを問うということですね。
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佐藤 彼らは事前通告も事後報告もなくある日、商品を削除しちゃうんですよ。彼らに都合が悪くなってしまうとある日きます。 ――それが契約違反にならない契約に なっているのでしょうか。 佐藤 契約違反だというのが僕の考えですけど、ストアは「何を売るかを決める自由はある。サービスが赤字で立ち行かなくなったら、ストアは閉鎖する自由だってある。その時はコンテンツ全部の取り扱いをやめるわけだから、そういう裁量をストアは持っているんだ」って、主張してくるんじゃないかな。僕らは契約に従って適切に商品を卸しているんで、契約に従って売ってくださいよと思っているんですけど、彼らは契約を守りたくなくなったら一方的に売るのをやめてしまう。 ――違法のように聞こえます。 佐藤 独占禁止法やいろいろなものに触れそうですけど、契約書は弁解の余地があるような文言になっていますね。こちらがそれを指摘して文言の変更を求めたところで、じゃあ、契約しませんとしかならないんです。とはいえ、Kindleの売り上げは大きいですから、契約してから公正取引委員会に連絡するのが賢いやり方かもしれませんね。 ――『描クえもん』にそういうのが全部入るとかなり画期的な漫画になりますね。 佐藤 そういったことを肌で感じながら、内情がわかっている漫画家は僕しかいないと思うので、自分にしか描けない漫画が描ければいいかなと思っています。 (取材=綾門優季[青年団リンク キュイ])
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“昭和漫画”を現代へ受け継ぐ漫画家・史群アル仙が語る、ADHDとの付き合い方

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史群アル仙氏
 手塚治虫やちばてつや、永井豪といった漫画家に影響を受け、昭和を彷彿とさせる懐かしくてどこか哀愁漂う作風で人気の漫画家・史群アル仙(シムレアルセン)。不安障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)など、メンタル面にさまざまな支障を抱える彼女が、自身の経験を赤裸々につづったコミックエッセイ『史群アル仙のメンタルチップス~不安障害とADHDの歩き方~』(秋田書店)を上梓した。WEB連載時から話題を呼んでいた本作だが、作品を描き上げた現在の心境と、社会的な認知が広がりつつあるADHDについて、アル仙氏に話を聞いた。 *** ――まず、本書を描こうと思った経緯について教えてください。 アル仙 知ってほしいことがある、伝えたいことがある、生きづらさを乗り越える工夫を共有したいという気持ちと、自分みたいな人間を主人公にしたらどんな漫画ができるんだろう? といった思いからです。 ――かなり赤裸々に描かれていますが、ご自身の過去を振り返ることは、つらくありませんでしたか? アル仙 前向きな気持ちが芽生えてからの執筆だったので、基本的にはつらくありませんでした。ふと強烈な出来事を思い出してつらい気持ちになった時は、本書にも登場する恩師・菩須彦(ボスヒコ)さんに助けてもらっていました。ただ、時系列を思い出す作業が一番難しくて、つらかったですね。1カ月の間に大きな出来事が連発したり、半年間何も起こらなかったりと波が大きかったので、どういうふうに描いたらいいのか悩みました。 ――この本を描く前と描いた後で、ご自身の中で変化はありましたか?  アル仙 ほんの少し冷静な目線で、自分の生き方を見つめられるようになったと思います。また、漫画に描けるようにと、日々、生きづらさ対策のアイデアを考えるようになりました。 ――医師の誤診が原因でクスリ漬けにされ、体もメンタルもボロボロの「ゴミクズ時代」のエピソードはかなり強烈です。夢遊病で街を徘徊するようになったり、幻覚に襲われたり、挙げ句の果てには自殺未遂……。この時期は、どれくらい続いたんですか? アル仙 それが詳しく思い出せないんです……。漫画では印象的だったことを抜粋して描きましたが、忘れていることもあるようです。週1でボスヒコさんの絵画教室に通っていた時期だったので、ボスヒコさんやメンバーから、当時の自分の言動を聞いて思い出すこともあります。感覚としては、とてつもなく長い間だった気がします。この時期は、人としての責任感やモラルを完全に失っていました。
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『メンタルチップス』より(以下同)
――そこから精神科病棟へ入院し、紆余曲折を経て、やっとADHDと診断されたわけですが、もっと早くそう診断されていたら……という思いはありますか? アル仙 小学校・中学校での生活が苦しかったので、その頃に自覚していたら、少しは違ったのかなとも思います。当時は、何度気をつけようと思っても「またできなかった」「なんでできないんだろう……」と、解決の糸口が見えなかったので。その一方で、診断されたところで、学校側も私自身も何もできなかっただろうなあ、とは思いますが……。 ――本書には「障害は免罪符にならない」と書かれていますが、初めからそのような考え方だったのでしょうか? それとも、何かきっかけがあったんですか? アル仙 ADHDだと診断されてすぐは、肩の荷が下りたような気持ちになったのですが、そのうち何かうまくいかないことがあるたびに「どうせADHDだから……」という言葉が頭をよぎりました。ADHDコンプレックスというか。しゃべっては自己嫌悪、行動しては後悔。やがて、いろいろなことをあきらめるようになってしまいました。ADHDを免罪符にして自分を甘やかして逃げて、堕落した生活を送っていました。その時、ボスヒコさんに叱られて、考え直したんです。「不得意なことはあっても、診断を免罪符にして何もかも仕方がないとあきらめていたら、どんどん何もできなくなっていく。診断は免罪符にならないし、してもいけない。不得意なことはあるけれど、できることもある。一生懸命やれば自信を持てる。可能性をあきらめてほしくないな」って。 ――アル仙さんはボスヒコさんとの出会いがきっかけでアートという喜びを知り、漫画家になりたいという夢を取り戻していきました。 アル仙 初対面の時は、体は大きいし、ただ怖い人だと思っていましたが、ハングリー精神とチャレンジ精神の塊で、とても尊敬しています。そして何より、初めて真面目に叱ってくれたことが大きかったです。今までは怒られることはあっても、ちゃんと正しく叱ってくれる人がいなかったから。そして、勇気が出ない時に、ポンと背中を押してくれるんです。 ――2014年からTwitterにアップし始めた1日1ページの漫画「今日の漫画」も、「ストーリー構成がなっとらん!」というボスヒコさんのアドバイスで始めたものなんですよね? 今日の漫画」はわずか半年でフォロワー数6万9,000人を超え、商業誌デビューのきっかけとなりましたが、ご自身にどんな影響を及ぼしたと思いますか? アル仙 そうですね、今から振り返ると、生きる意味をもらったんだと思います。幼い頃から漫画と一緒に生きて、漫画と一緒に死にたいと思っていたので、「今日の漫画」が拡散されたあの日がなかったら、商業誌デビューの際に支えてくれた方々がいなければ、私はとっくに死んでいたと思います。だから自分の命は、読者のみなさんと、支えてくれるみなさんから授かったものだと。そういう意味で「命を粗末にしてはいけない」という言葉は、本当だったんだなって。
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――現在、漫画家としてお忙しい日々を送っていらっしゃると思いますが、忙しすぎてパンクすることはありませんか?  アル仙 執筆量自体は忙しいといえるほどではありませんが、スケジュール管理が苦手で、些細なことでも変化があるとパンクして、パニックになります。その時は、ボスヒコさんに相談し、さらにわかりやすく整理してもらって、助けてもらっています。恥ずかしながら、まだまだ試行錯誤中です。 ――アル仙さんにとって、漫画はどのような存在ですか? アル仙 漫画は私にとって、命と直結しているものです。幼い時から大人になった今まで、人生の相棒でした。対人関係が苦手でも、漫画を通してだとコミュニケーションができました。漫画は私の恋人であり、親友であり、親であり、読者との対話であり、武器であり、目です。 ――最近ではADHD関連本が多数出版されていますが、このように世間の関心が高まること、認知が広がることは好意的に捉えられていますか? ADHDという言葉だけが独り歩きして誤解を生んだり、軽く捉えられてしまうのではないかといった懸念もありますが……。 アル仙 正直に言うと、不安です。執筆中に悩むこともあります。知り合いから、「書類1~2枚と少しの問診だけで、ADHDという診断書がもらえる」というウワサを聞きました。ADHDの症状は、パッと聞いたら誰にでも当てはまるようなこともあります。「自分はADHDなんだから仕方ないだろ」と開き直る人や「あなたはADHDなんだから気をつけてよ」という人にも出会いました。また、ADHDという名称は、あくまで生きづらさを取り除くヒントだと思うので、個人の姿をしっかり見た上で診断してほしい。ADHDの認知と共に、当事者が前向きに対応できるアイデアなどが広まっていったらいいなあと思います。 ――沖田×華さんの『毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で』(ぶんか社)や永田カビさん『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(イースト・プレス)など、ADHDやアスペルガーといった生きづらさを赤裸々に明かした告白系漫画も増えていますが、実際に読まれた本はありますか?  アル仙 実は、薬局の待合室で沖田×華さんの漫画を読んだのがきっかけで、発達障害、ADHDの存在を知りました。当時、自分はADHDだと思っていなかったんですが、環境は違えど沖田さんの経験と自分の経験が重なることが多くて。笑えるけど笑えない、けど面白い。そして「自由に自分のことを描いていいんだ」と、感銘を受けたことを覚えています。 ――沖田さんも自分の障害をきちんと受け入れた上で、人生を謳歌されていますよね。それでは最後に、『メンタルチップス』をどんな人に読んでもらいたいですか? アル仙 当事者の方はもちろん、親御さんや周囲の人にも読んでほしいです。私たちは自分をコントロールするのが難しいです。自分でも予想がつかないことをやってしまったりします。そんな私たちが孤立すると、ヘタしたら私の「ゴミクズ時代」みたいになってしまうかもしれない。ADHDの人も、そうでない人も、みんな同じ人間。お互いが工夫して、協力して生きていけたらいいなと思います。  また、当事者の方には「できない」という言葉に押しつぶされないでほしいです。工夫したらできるようになることがある。できることが増えたら、生きづらさが減る。「少しずつでもいい、人生はチャレンジだ」と楽しみながら、ADHDと向き合ってほしいなと思います。生き続けるのがつらい、という言葉は否定できません。死にたいという気持ちも否定できない。だけど、1%の可能性を信じて行動を起こしたら、何かが変わるかもしれない。勝手な言葉かもしれないけど、生きることをあきらめないでほしいです。 (取材・文=編集部) ●史群アル仙Twitter https://twitter.com/shimure_arusen
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好奇心で“うっかり”PTA会長に!? 金髪&ヒゲ面のフリーライター・杉江松恋が語る「PTAとの上手な付き合い方」

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 2016年、一億総活躍国民会議に参加した菊池桃子が「もともと任意活動なのに、全員が参加するような雰囲気作りがなされている」と発言して以降、PTAをめぐる議論は活発になっている。これまで、漠然と「子どものため」と考えられていたPTAに対しては、ネットを中心に「時代遅れ」「無駄」という言葉が向けられ、その評判は芳しくない……。  ミステリを中心とした書評や解説などで活躍するフリーライターの杉江松恋氏は、2008~11年にかけて、子どもが通う小学校のPTA会長を3年間にわたって務め上げ、その奮闘記を『ある日うっかりPTA』(KADOKAWA)として上梓した。金髪でヒゲ面、「団体行動が嫌い」というフリーライターは、はたしてPTA会長という要職をきちんとこなすことができたのか? そして、そこで見たPTAの現実とは? *** ――本書には「うっかり」PTA会長を引き受けてしまい、3年にわたって奮闘した杉江さんの勇姿が刻まれています。いったい、なぜ会長職を引き受けてしまったのでしょうか? 杉江松恋(以下、杉江) 会長になる以前は、小学校でボランティアの読み聞かせを行ったり、学童保育の父母会に参加していました。地域になじみたい、という気持ちからそういった活動をしていたんです。けれども、まさかPTA会長のような職務を務めるなんて考えてはいなかった。それまで、ほとんどPTA活動には関わっていなかったのに、突然電話が来て「会長を引き受けてもらえないか」ですからね……。 ――抜擢人事ですね(笑)。 杉江 PTA会長になると忙殺され、仕事にも支障が出てしまうから、なりたがる人がほとんどいないんです。僕の場合は、本当に知識ゼロのPTA会長でした。だって、前会長から1時間電話でレクチャーを受けただけ。引き継ぎもなかったんですよ! ――会長の仕事は完全ボランティアであるだけでなく、子どもたちへの影響を考えてトレードマークだった金髪を切ることも迫られました。 杉江 「面白そう」というのが一番の理由です。もちろん、大変な仕事だろうという覚悟はありましたが、ライターとしての性分から「体を張ったら、面白い結果になるんじゃないか」と思ってしまうんです。 ――職業病ですね(笑)。そもそも、知識ゼロの当時、PTAについてはどのようなイメージを持っていましたか? 杉江 僕が会長を務めた08年ごろは、世間的にも非常に浅い知識しか共有されておらず、漠然と「学校で子どものために何かをする」もしくは、「子どもに見せたくない番組」を選定してバラエティ番組にクレームをつけるといったイメージでした。今のように「任意加入」という情報も出回っていなかったため、なんの疑問もなくPTA会費を支払っていたんです。 ――PTA会長に就任後は、毎日のように学校に足を運ぶような生活に変わってしまいました。 杉江 中でも4月は1年で一番忙しく、地域の中学校や幼稚園の入学式に出席したり、5月のPTA総会に向けた準備をしたりと、仕事は山ほどあります。午前中はPTA会長として、午後から夜までライターとしてという二重生活ですね。 ――ボランティアなのに、ほぼ毎日のように拘束されるんですね……。会長に就任すると、杉江さんは「がんばらない、をがんばろう」をスローガンに、校庭開放の管理をシルバー人材センターへと委託したり、毎回100万円あまりの予算が使われていた小学校の「周年パーティ」(10周年、20周年などの際に行われる記念行事)の予算を削減するなど、さまざまな変化をもたらしました。 杉江 本としてまとめて書くとややドラマチックに見えますが、これらの改革は、毎月毎月ずっと会議で根気強く言い続けてようやく実現したもの。「校庭開放をPTAがやるのは負担ですよね?」「周年行事にお金をかけすぎでは?」と会議の中で疑問を提出し、根回しを続けることで、ようやく「変えてもいいかも……」という空気が出来上がったんです。ほかにもさまざまな改革をしたかったんですが、任期中の3年で変えるのはなかなか難しかった。 ――なぜ、そんなに変えることが難しいんですか? 杉江 全員が意思決定に直接関わらなければならないPTAでは、何を変えるにしても総会で決議しなければなりません。しかし、その総会は1年に1回、それも年度が変わったばかりの5月に開催されます。最初の年は、総会の時には右も左もわからなかったため、何も変えることができませんでした。 ――団体行動が嫌いという杉江さんとしては、そんな、PTAの時間感覚にはヤキモキさせられませんでしたか? 杉江 もともとサラリーマンを経験していたので、その時に培った「根回し」の感覚が生きました。そもそもPTAは、保護者という共通点しかない組織。収入も違うし、家庭環境も違う、仕事に対する考え方も違います。みんな考え方が違っていて当然なんです。独断で急激に変化をもたらすわけにはいきません。何かを変えるためには、反対意見の人も納得できる言い方や理由を見つけないといけない。だから、「こんなことを考えています」というのを、地道かつ小刻みに提案していかなければならないんです。 ――一方、本にも書かれている通り、人間関係の生々しいゴタゴタもありました……。 杉江 いまだにその当時を思い出すと、トラウマが蘇ってきます(笑)。何が原因か、はっきりとは言えないような些細な行き違いから、お互いが感情的になってしまい、誹謗中傷合戦へと発展してしまった。その当時は、誹謗中傷のメールが止まりませんでした……。僕はどうすることもできずに、2カ月半にわたって、ただ鎮火を待つしかなかった。あのときは針のむしろでしたね。 ――面倒くさすぎる……。しかし、リーダーとしての技量が問われる場面ですね。 杉江 その間は、絶対に言質を取られないように最善を尽くしていました(笑)。両者を比較するような言い方は絶対にせず、何かを言うときは全員に対して発言する。そのほかにも、悪口を言おうとしている人の話は聞かない、相槌も打たないといった振る舞いを身につける。それによって、ようやく試練を乗り越えられたんです。 ――近年、世間でのPTAに対するイメージはあまり芳しくありません。そんな状況に対して、杉江さんとしてはどのように感じますか? 杉江 PTAという組織の存在意義については、疑問に感じる部分もあります。至るところが形骸化し、教育委員会の手先と思われても仕方ない場面がある。東京都の有害図書指定条例が議論されていた時、都から職員が派遣され、PTAの会合で「これが有害図書です!」とアピールしていきました。そういった場で、意思統一をさせようとするんですね。行政にとって都合のいい存在が、今のPTAなんです。  しかし、単純にPTAをなくしていいのか、というと必ずしもそうではありません。PTAが行う安全管理や、学級懇談会などの仕事は必要なものですし、もしもPTAがなくなってしまったら保護者の横のつながりが薄れてしまい、子育てや学校の情報が行き渡らなくなる。PTAを通して、親も交流したり成長したりできるんです。そういう場は絶対に必要でしょう。そういった、横のつながり、協力する場所としての可能性については評価できる点もあるはずですが、まったく意識されていません。だから、「PTAなんていらない」という不要論が噴出するんです。本来的には、そんな可能性を生かしながら、教育委員会や行政に対しても積極的に主張し、権利を獲得していくような団体であってもらいたい。 ――そんなPTAであれば、保護者のためにも子どものためにもなり、やりがいも見いだせますね。では、これからPTA活動をする人、あるいは現在PTA活動をしている人に対してアドバイスはありますか? 杉江 「子どものために」という気持ちならば、やらないほうがいいと思います。PTAよりも、家庭の中でのほうが、はるかに子どものためにいろいろとできる。PTAとは、子どものためではなく「親が自分を鍛える場」なんです。それによって自分が成長し、家族にも優しくなれます。まったく違う文化に飛び込んで自分を成長させたいという人にとって、身近なPTAという組織は、ひとつのチャンスになるかもしれません。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●すぎえ・まつこい 1968年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。国内外のミステリをはじめとする文芸書やノンフィクションなど、幅広いジャンルの書籍について、書評・評論活動を展開。読書会、トークイベント、落語会などの主催も精力的にこなす。著書に『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』 (日経文芸文庫)、『路地裏の迷宮踏査』(東京創元社)、『桃月庵白酒と落語十三夜』(桃月庵白酒氏との共著、KADOKAWA)がある。
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3,000体近くの解剖経験を持つ法医学者・西尾元が明かす、知られざる「法医解剖」の世界

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『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(双葉社)
“遺体の解剖”と聞いてまず思い浮かべるのは、刑事ドラマなどで頻繁に耳にする「司法解剖」だろう。被害者の遺体から捜査の方向性を一変させるような証拠や痕跡が見つかることもあり、犯人を追い詰めるための重要な役割を果たしている。  しかし、実際にその司法解剖を行う「法医解剖医」の素顔を、私たちは知らない。そもそも司法解剖は本来、警察からの依頼によって行われているものであり、その現場の様子が外に漏れることは許されないのだ。今年3月に刊行された『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(双葉社)では、そんな法医解剖医の日常が現役医師である西尾元氏によって描かれている。  20年以上にわたって「異状死」と向き合ってきた法医解剖医は、“悲しい死”を迎えた無数の遺体たちを通して何を見てきたのか。そして、いずれ訪れる自らの死を、どう考えているのか──。
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■赤色の服を着ていた少女の刺殺遺体 解剖という仕事 ──先生の著書には、壮絶な亡くなり方をしたさまざまな遺体の例が描かれています。これまで最も心を痛めた遺体について、教えてください。 西尾元先生(以下、西尾) 「事件の死体」の章にある「悲しみの赤」にも書いた解剖例は、やはりとてもつらいものでした。運ばれてきたのは、刃物で刺されて亡くなった少女の遺体です。解剖台の上に横たわる少女を見て、はじめは赤色の服を着ているのだと思ったんです。ところが、実際には、血液で真っ赤に染まってしまった下着だった。解剖の現場で、驚くような出来事はあんまりないんです。しかし、あの時の衝撃は今でも忘れられません。 ──ほかに、先生が驚いた出来事にはどんな例があるのでしょうか? 西尾 驚いた例と言えるかどうかわかりませんが、解剖した遺体に予想外のことが起きていて解剖した時にそれがわかることがあります。お腹の表面を見る限りはなんともない。ところが、いざ開腹してみると肝臓が破裂していたんです。例えば交通事故の場合、車にぶつかって肝臓が破裂しても、お腹の表面には傷が残らないことがある。しかし、開けてみたら「バン」と割れていて、お腹の中で出血し、大量の血がたまっていたりすることもあるのです。 ──解剖してはじめて、本当の状況がわかるんですね。そもそも法医解剖って、どのような流れで行われているのでしょうか? 西尾 亡くなった際に病死と明言できない場合、その遺体は「異状死体」として扱われ、警察がすべて把握することになっています。検視の結果、「これは解剖したほうがいい」と警察が判断した遺体については、大学の法医学教室に連絡するわけです。  僕たちはその連絡を受けて、解剖の日程を決めます。当日、警察が我々のもとに遺体を運び入れ、解剖を行います。所要時間はだいたい2時間程度。脳から腸まで、すべての臓器を取り出して状態を確認し、元に戻すまでの時間です。薬物をはじめ、検査が必要な場合は、その後、各機関で行われる流れです。遺体は解剖後に遺族に戻され、僕たちは依頼元である警察に報告書を書いて終了です。 ──ドラマのように、現場検証に立ち会って捜査に協力したりすることはないんですか? 西尾 それはありません。そもそも、犯罪が絡んだ遺体というのは実はそれほど多くはなく、“犯罪性はないけれど死因がわからない”という遺体のほうが圧倒的に多いんですよ。最近では、解剖する遺体のほぼ半数が独居者となっており、こうした方々は、発見されるまでに時間がかかりますし、亡くなった時の状況がわからない。つまり、異状死に落ち入りやすい人が増えているんです。 ──本書にも書かれていましたが、解剖しても死因が特定できないことも多いとか。 西尾 そうですね。特に夏場は、1週間もすれば全身の腐敗が進んで死因を特定することが難しくなってしまいます。ただ、そういった場合は、無理に死因を決める必要はないのです。僕らが一番嫌うのは、死体検案書に間違いを書くこと。正しいことを書くことは当然のことですが、間違ったことを書いてしまうのは一番ダメだと思うんです。何らかの疑いがある時は、「疑い」であることを明記しますし、死因が決められなければ「不詳」と書きます。解剖結果の報告書には死因だけでなく、「この部分の判断が難しい」「こういう可能性もある」といったことを正直に書けばいい。僕らの判断が、誰かの人生を大きく変えてしまう可能性もあるんですから。
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■法医学は「性に合っていた」 ──先生はなぜ、医学の中でもこの道に進んだのでしょうか? 西尾 僕は学生のころから研究に興味があって、大学卒業後はすぐに基礎医学(生理学)の大学院へ進みました。大学院卒業後も、アメリカに留学して研究を続けていました。ところが、いざ帰国してみると、大学の中にポストがない。そんな時に、「法医学なら空いてるよ」と声をかけていただき、この道に進むことにしたんです。つまり、最初から法医学に興味があったわけでもないんですよ。 ──それでも、そのまま20年以上も続けてこられた。 西尾 そうですね、性に合ったんだと思うんです。死者への敬意を払った上での話ですが、解剖台の上に乗せられた死因がわからない遺体と向き合うと、なぜこの人は亡くなったのか、そしてそれを調べることに、一人の研究者として知的な興味が湧きます。  一般的に、医学部ではみんな、“病死”のことを勉強するんです。一生に一度も診ないかもしれないような病気も含めてです。でも、凍死であるとか交通事故で亡くなった方とか……言ってみれば、“ありふれた死”なんですが、外因死の遺体については学生時代に勉強する機会はあまりないんですよ。法医学では、そうした学部ではあまり勉強していない死と向き合うことが多い。僕にはそれが、とても新鮮な経験だったんです。 ──一方で、本書では「同じ医の道にありながら、法医解剖医は直接、人の命を救うことはできない」ともおっしゃっています。先生の中で、どこかもどかしさもあるのでしょうか? 西尾 確かに自分は、生きている人を直接的に助けることはできません。そういうもどかしさがないとは言えないですが、とはいえスーパーマンでもないので、全部できないのは当然だと思っています。自分の「分」というか、能力としてやれることをしっかりやるしかない。今与えられた位置で、できるだけのことをするしかないと考えています。  本の中には、子どものアトピー性皮膚炎に苦悩を募らせた末に無理心中してしまったご家族の話が出てきますが、僕らはアトピーの根本を治すことはできません。でも、運ばれてきたのには理由があるわけです。亡くなった理由を調べる必要性があり、そこをひもとくことで、臨床の現場に訴えられることもあるのではないかと思います。  今の日本で、私たちはどういった状況で死んでいっているのか。死因をしっかりと決めておくということが、翻って、これから生きていく人の生活をよくするために有用な情報を提供するのではないでしょうか。 ■法医学者が考える、自らの「死」とは ――本書に、死んだ夫に気づかず、そのまま遺体と生活していた認知症の女性の話が出てきます。老老介護の過酷な現実がある一方で、終活について、先生のご意見をお聞かせください。 西尾 正直に言えば、自分自身の終活については、あまり考えたことはありません。年齢的に考えれば、家族の中では最初に、つまり妻と子どもより先に死ぬべき人間という認識は家族の中では一致していますので、遺される人が困らないようにすることだけ、考えています。 ――これまで多くの死因を決めてきた西尾先生にとって、人間の「死」とはなんでしょうか? 西尾 大学という教育研究機関に勤める者としては、「絶対に」「100%」などという言葉をみると、「本当かな?」と思うクセがついてしまっていますが、「人間は必ず死ぬ」──これだけは事実のようです。人間はみんな死ぬわけですから、死ななければならない何がしかの理由があるはずだと、個人的には感じています。生まれなければ死なず、生まれれば死ぬ。「生」と「死」は意識の中では分けられても、もともとかなり近くにある存在なのではないでしょうか。「生きがい」「死にがい」あまり違いはないと思うんです。「死」は病気によってもたらされることもありますが、決して異常なもの、病的なものではありません。人間の持つ、生理的現象のひとつなのです。 ──では、本書の最終章のタイトルに絡めてお聞きします。「幸せな死」とは、どんなものだと考えていますか? 西尾 死を意識しない、まして恐怖心を持つことのない死が迎えられればよいと思っています。 (取材・文=編集部)
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●西尾 元(にしお・はじめ) 1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神地区における6市1町の法医解剖を担当している。 『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』 発行元/双葉社、定価/1400円(+税) 兵庫県の阪神地区で、年間300体もの「異状死体」を解剖してきた法医解剖医が見た、日本の“生と死”の現実。リストラ後、家賃滞納のアパートで凍死した50代の男性。スーパーのトイレで見つかった出産直後の嬰児。老老介護の末、妻の入浴介助中に風呂で溺死した80代の男性————。そこには、日本社会の格差————貧困、孤独、老い————があった。決して報道されない「死の現場」から、「生きること」を説く一冊だ
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3,000体近くの解剖経験を持つ法医学者・西尾元が明かす、知られざる「法医解剖」の世界

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『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(双葉社)
“遺体の解剖”と聞いてまず思い浮かべるのは、刑事ドラマなどで頻繁に耳にする「司法解剖」だろう。被害者の遺体から捜査の方向性を一変させるような証拠や痕跡が見つかることもあり、犯人を追い詰めるための重要な役割を果たしている。  しかし、実際にその司法解剖を行う「法医解剖医」の素顔を、私たちは知らない。そもそも司法解剖は本来、警察からの依頼によって行われているものであり、その現場の様子が外に漏れることは許されないのだ。今年3月に刊行された『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』(双葉社)では、そんな法医解剖医の日常が現役医師である西尾元氏によって描かれている。  20年以上にわたって「異状死」と向き合ってきた法医解剖医は、“悲しい死”を迎えた無数の遺体たちを通して何を見てきたのか。そして、いずれ訪れる自らの死を、どう考えているのか──。
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■赤色の服を着ていた少女の刺殺遺体 解剖という仕事 ──先生の著書には、壮絶な亡くなり方をしたさまざまな遺体の例が描かれています。これまで最も心を痛めた遺体について、教えてください。 西尾元先生(以下、西尾) 「事件の死体」の章にある「悲しみの赤」にも書いた解剖例は、やはりとてもつらいものでした。運ばれてきたのは、刃物で刺されて亡くなった少女の遺体です。解剖台の上に横たわる少女を見て、はじめは赤色の服を着ているのだと思ったんです。ところが、実際には、血液で真っ赤に染まってしまった下着だった。解剖の現場で、驚くような出来事はあんまりないんです。しかし、あの時の衝撃は今でも忘れられません。 ──ほかに、先生が驚いた出来事にはどんな例があるのでしょうか? 西尾 驚いた例と言えるかどうかわかりませんが、解剖した遺体に予想外のことが起きていて解剖した時にそれがわかることがあります。お腹の表面を見る限りはなんともない。ところが、いざ開腹してみると肝臓が破裂していたんです。例えば交通事故の場合、車にぶつかって肝臓が破裂しても、お腹の表面には傷が残らないことがある。しかし、開けてみたら「バン」と割れていて、お腹の中で出血し、大量の血がたまっていたりすることもあるのです。 ──解剖してはじめて、本当の状況がわかるんですね。そもそも法医解剖って、どのような流れで行われているのでしょうか? 西尾 亡くなった際に病死と明言できない場合、その遺体は「異状死体」として扱われ、警察がすべて把握することになっています。検視の結果、「これは解剖したほうがいい」と警察が判断した遺体については、大学の法医学教室に連絡するわけです。  僕たちはその連絡を受けて、解剖の日程を決めます。当日、警察が我々のもとに遺体を運び入れ、解剖を行います。所要時間はだいたい2時間程度。脳から腸まで、すべての臓器を取り出して状態を確認し、元に戻すまでの時間です。薬物をはじめ、検査が必要な場合は、その後、各機関で行われる流れです。遺体は解剖後に遺族に戻され、僕たちは依頼元である警察に報告書を書いて終了です。 ──ドラマのように、現場検証に立ち会って捜査に協力したりすることはないんですか? 西尾 それはありません。そもそも、犯罪が絡んだ遺体というのは実はそれほど多くはなく、“犯罪性はないけれど死因がわからない”という遺体のほうが圧倒的に多いんですよ。最近では、解剖する遺体のほぼ半数が独居者となっており、こうした方々は、発見されるまでに時間がかかりますし、亡くなった時の状況がわからない。つまり、異状死に落ち入りやすい人が増えているんです。 ──本書にも書かれていましたが、解剖しても死因が特定できないことも多いとか。 西尾 そうですね。特に夏場は、1週間もすれば全身の腐敗が進んで死因を特定することが難しくなってしまいます。ただ、そういった場合は、無理に死因を決める必要はないのです。僕らが一番嫌うのは、死体検案書に間違いを書くこと。正しいことを書くことは当然のことですが、間違ったことを書いてしまうのは一番ダメだと思うんです。何らかの疑いがある時は、「疑い」であることを明記しますし、死因が決められなければ「不詳」と書きます。解剖結果の報告書には死因だけでなく、「この部分の判断が難しい」「こういう可能性もある」といったことを正直に書けばいい。僕らの判断が、誰かの人生を大きく変えてしまう可能性もあるんですから。
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■法医学は「性に合っていた」 ──先生はなぜ、医学の中でもこの道に進んだのでしょうか? 西尾 僕は学生のころから研究に興味があって、大学卒業後はすぐに基礎医学(生理学)の大学院へ進みました。大学院卒業後も、アメリカに留学して研究を続けていました。ところが、いざ帰国してみると、大学の中にポストがない。そんな時に、「法医学なら空いてるよ」と声をかけていただき、この道に進むことにしたんです。つまり、最初から法医学に興味があったわけでもないんですよ。 ──それでも、そのまま20年以上も続けてこられた。 西尾 そうですね、性に合ったんだと思うんです。死者への敬意を払った上での話ですが、解剖台の上に乗せられた死因がわからない遺体と向き合うと、なぜこの人は亡くなったのか、そしてそれを調べることに、一人の研究者として知的な興味が湧きます。  一般的に、医学部ではみんな、“病死”のことを勉強するんです。一生に一度も診ないかもしれないような病気も含めてです。でも、凍死であるとか交通事故で亡くなった方とか……言ってみれば、“ありふれた死”なんですが、外因死の遺体については学生時代に勉強する機会はあまりないんですよ。法医学では、そうした学部ではあまり勉強していない死と向き合うことが多い。僕にはそれが、とても新鮮な経験だったんです。 ──一方で、本書では「同じ医の道にありながら、法医解剖医は直接、人の命を救うことはできない」ともおっしゃっています。先生の中で、どこかもどかしさもあるのでしょうか? 西尾 確かに自分は、生きている人を直接的に助けることはできません。そういうもどかしさがないとは言えないですが、とはいえスーパーマンでもないので、全部できないのは当然だと思っています。自分の「分」というか、能力としてやれることをしっかりやるしかない。今与えられた位置で、できるだけのことをするしかないと考えています。  本の中には、子どものアトピー性皮膚炎に苦悩を募らせた末に無理心中してしまったご家族の話が出てきますが、僕らはアトピーの根本を治すことはできません。でも、運ばれてきたのには理由があるわけです。亡くなった理由を調べる必要性があり、そこをひもとくことで、臨床の現場に訴えられることもあるのではないかと思います。  今の日本で、私たちはどういった状況で死んでいっているのか。死因をしっかりと決めておくということが、翻って、これから生きていく人の生活をよくするために有用な情報を提供するのではないでしょうか。 ■法医学者が考える、自らの「死」とは ――本書に、死んだ夫に気づかず、そのまま遺体と生活していた認知症の女性の話が出てきます。老老介護の過酷な現実がある一方で、終活について、先生のご意見をお聞かせください。 西尾 正直に言えば、自分自身の終活については、あまり考えたことはありません。年齢的に考えれば、家族の中では最初に、つまり妻と子どもより先に死ぬべき人間という認識は家族の中では一致していますので、遺される人が困らないようにすることだけ、考えています。 ――これまで多くの死因を決めてきた西尾先生にとって、人間の「死」とはなんでしょうか? 西尾 大学という教育研究機関に勤める者としては、「絶対に」「100%」などという言葉をみると、「本当かな?」と思うクセがついてしまっていますが、「人間は必ず死ぬ」──これだけは事実のようです。人間はみんな死ぬわけですから、死ななければならない何がしかの理由があるはずだと、個人的には感じています。生まれなければ死なず、生まれれば死ぬ。「生」と「死」は意識の中では分けられても、もともとかなり近くにある存在なのではないでしょうか。「生きがい」「死にがい」あまり違いはないと思うんです。「死」は病気によってもたらされることもありますが、決して異常なもの、病的なものではありません。人間の持つ、生理的現象のひとつなのです。 ──では、本書の最終章のタイトルに絡めてお聞きします。「幸せな死」とは、どんなものだと考えていますか? 西尾 死を意識しない、まして恐怖心を持つことのない死が迎えられればよいと思っています。 (取材・文=編集部)
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●西尾 元(にしお・はじめ) 1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神地区における6市1町の法医解剖を担当している。 『死体格差 解剖台の上の「声なき声」より』 発行元/双葉社、定価/1400円(+税) 兵庫県の阪神地区で、年間300体もの「異状死体」を解剖してきた法医解剖医が見た、日本の“生と死”の現実。リストラ後、家賃滞納のアパートで凍死した50代の男性。スーパーのトイレで見つかった出産直後の嬰児。老老介護の末、妻の入浴介助中に風呂で溺死した80代の男性————。そこには、日本社会の格差————貧困、孤独、老い————があった。決して報道されない「死の現場」から、「生きること」を説く一冊だ
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成長も老いも、体現してゆく──ニューウェーブアイドル「ゆるめるモ!」が求める“らしさ”の先にあるもの

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 何かと窮屈な時代に舞い降りたニューウェーブアイドルグループ「ゆるめるモ!」。常に「ゆるゆる」な雰囲気を醸し出す彼女たちだが、その半面、高い音楽性からコアなファンも獲得し始めている。  2012年の結成以来、メンバーが入れ替わっている「ゆるめるモ!」は現在、オリジナルメンバーの「けちょん」と、13年9月に同時加入した「しふぉん」「ようなぴ」「あの」からなる4人組。今夏にツアーとミニアルバムの発売を控えた「ゆるめるモ!」の“今”に迫った。
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けちょん
■結成から5年。互いの初印象は? ──けちょんさんはオリジナルメンバーですが、13年に、ここにいる3人を含めて、5人がオーディションで加入しています(2人は後に卒業)。最初の印象って、覚えていますか? けちょん まず「いっぱい入るんだ」って(笑)。コミュニケーションをどうやって取ればいいんだろうって思いましたね。しふぉんは、ライブを見に来てくれたときに軽く挨拶したよね。 しふぉん マジで、先輩に見えたんですよ、そのときは。同い年なんですけど、そう見えなくて、すごい大きい存在に見えたんです。 ──今はどうですか? しふぉん 先輩っていうイメージは、いい意味でなくなったんですけど、ある意味(?)頼りにしてます。 ──加入前はソロ活動もされていましたが、心境の変化は? しふぉん 1年くらいソロをやっていたんですけど、それだと夢とか目標が絶対かなわないと思って、だったらグループに頼ろうと思ってオーディションを受けたんですけど、やっぱり違いますね。前は自分のためだったんですが、今は「ゆるめるモ!」って必要なアイドルだと思ってやっているから、“その場所の「しふぉん」”としてやっている感じです。 ──あのさんについては、いかがでしょう。 けちょん あのは、このままで、あんまり印象が変わってないです。
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あの
──あのさんご自身は、変わったと思いますか? あの ぼくはもともと、地下アイドルの人たちのことも知らなかったんですけど、「ゆるめるモ!」のオーディションは応募もメールを送るだけだったから、本気じゃなかったんです。その時期、なんのために生きているかわからないという無気力状態で、ふわふわ浮いてる感というか……外に出るきっかけがほしかったし、バンドとか音楽が好きだったから、やってみようかなと……。何もかもがわからなくて、人が怖いのは今も変わらずなんですけど、以前は地に足がついてる感がなかったんですけど、今は、ちょっとだけついてます(笑)。 ──ようなぴちゃんは、どうですか? けちょん かっこいいお姉さん。 ようなぴ ほんとに!?(笑) 入ってから少ししたときに、けちょんから「私、なぴのこと性格悪いと思ってた」って言われて、結構ショックだったの覚えてます(笑)。逆に私も、加入したばかりの頃はけちょんにびびってましたね……。私のことを受け入れてくれてなさそうって……その壁というか、拒絶されている感じがあったから、その話を聞いて「やっぱり!」って思いました。 けちょん そうだったかな……? 初めて会ったとき、靴がかっこよくて、「かっこいいお姉さんだな」「気が強そうだな」と思ったのは覚えています。 ようなぴ 気が強いというか、よくも悪くもばか正直で、思ったことを直球で言っちゃうんですよね。なのでわりと勘違いもされやすいです……。
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ようなぴ
■4人の「ゆるめるモ!」になって ──16年7月に2人のメンバーが卒業して、6人組から4人組に。その影響はいかがでしょうか。 ようなぴ 6人体制のときはみんながバラバラで、考えていることも目標も違うままステージに立っていて、それがいい方向に働いて魅力になっていたと思います。それが4人になって、ひとつのことを一緒に考えていけるようになったのは、すごい強みだなって。 ──ライブやイベントに向けて「こうしたほうがいい」といった話し合いが増えたということですか? けちょん 全然増えたよね。 ようなぴ 革命的に増えました! 6人のときから、メンバーも運営も、このまま同じことをやっていても衰退して、先の見えない状態になってしまうので、自分たちがもっとポリシーを持ってやっていく必要があるという話はしていたんです。この4人は「ゆるめるモ!」をやっていきたいという気持ちで残ったメンバーなので、そこから自分たちの目指すところに応えられるように、どんどん変えていってる感じですね。 ──例えば、どんなふうに? あの もっと、自分たちの好きなような音楽で「ばんっ!」ってやりたい。世間に合わせる曲ではなくて、自分たちの等身大のやりたいことを好き勝手できるグループだと思っているから、それを「どんっ!」って。 しふぉん 前回のシングル「孤独と逆襲」(3月15日発売)では、ガッツリやりましたね。全部自分たちで決められるわけじゃないですけど、歌割りとかも「このフレーズは私にください」とか。みんなで、そういうふうに言っていけたら面白いと思う。 ようなぴ 今回は、楽曲を自分たちで選ぶというところから始めているんです。収録曲の「震えて甦れ」は、一言で言ってしまうと“変な曲”。いわゆる大衆受けはなかなか難しい楽曲というか、実際にスタッフにはこの曲をリード曲に決めたときに「それでいいのか?」って聞かれたりしたんです。けど、メンバーはみんな「これがいい!」って。歌詞も、曲ができた上で、メンバーから作詞家の小林愛さんに「こういう言葉を使いたい」みたいなイメージを伝えさせていただきました。 ──グッズや衣装アイデアでも、メンバーからのアプローチがあるんでしょうか? ようなぴ 今はそうですね。今回からはグッズもデザイナーさんに「もうちょっと、こういう感じで」と伝えて、一緒に作っていきました。
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しふぉん
■ミニアルバムは「ゆるめるモ! っぽくない」!? ──6月にはミニアルバムも発売されます。 ようなぴ すごいアーティストさんに何曲かお願いできることになったので、今までより濃い、いろんな色が出せるという確証があります(笑)。 しふぉん 「この人が作るんだ!」っていう人もいると思います。期待しましたか?(笑) そんな感じなので、自分たちとしても楽しみです。 ──お披露目が待たれますね。 ようなぴ やっぱり、“お決まり”をやることほど、つまらないことはないので。「ゆるめるモ! っぽくない」を、どんどん「ゆるめるモ!」のものにしていきたいな。 あの イメージにとらわれずにやりたい、って感じですね。 しふぉん いいこと言ったね~。固定概念みたいなものを取り除いていきたいです。 ──今回のアルバムで、固定概念は取り除ける。 全員 んん~(笑)。 ようなぴ 取り除きつつ、「ゆるめるモ!」らしさも、ちゃんと入ったものになっていると思います。 ──ずばり、「ゆるめるモ!」らしさとは? ようなぴ おぉ~、難しい。なんでしょう。 あの 結局、自分たちが「ゆるめるモ!」だから、今まで「ゆるめるモ!」らしさを意識してやってきているわけではなくて、ただやっていたら、それがみんなの「ゆるめるモ!」らしさになっていったという感じ……。 ようなぴ 「ゆるめるモ!」って、生き物だと思っていて。「変わったな」って言われるんですけど、「変わった」ってなんやねんって思っちゃって。みんな赤ちゃんからおじいちゃんになるわけじゃないですか。「ゆるめるモ!」もそうで、成長だったり老いだったり、それを体現していくところでもある。だから、ライブも今の自分たちでしか見せられないライブだと思うし。 ──夏のツアーも発表されています。行ってみたいところはありますか? けちょん 四国がまだやってないから、四国に行きたいです。 あの ……四国ってどこ? しふぉん やめよう、バカがバレちゃう!(笑) (取材・文=編集部/写真=尾藤能陽)
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●ゆるめるモ! 「(窮屈な世の中を)ゆるめる」、「You‘ll Melt More!(あなたを もっとトロけさせたい)」という意味をこめて命名された4人組ガールズニューウェーブグループ。街頭スカウトで集めたメンバーで2012年10月4日結成。運営・メンバーが芸能事務所に所属せず活動。2013年9月にしふぉん・ようなぴ・あのが加入して現メンバー4人全員がグループ内にそろい(けちょんは唯一のオリジナルメンバー)、 2016年7月にメンバー2名が脱退したことで現体制での活動がスタート。ニューウェーブを軸にエレクトロ、クラウトロック、シューゲイザー、ハードコア、ヒップホップ、アンビエント、テクノ等々、多彩なジャンルを内包した楽曲を展開。POLYSICS、ナカコー(ex.SUPERCAR)、後藤まりこ、ギターウルフ、MIYAVI、氣志團、大森靖子、ミオヤマザキ、R指定、坂田明、ヒカシュー、非常階段、cinema staff、アーバンギャルド、Deerhoof、バッファロー・ドーター、ドラびでお等のジャンル・世代を問わないミュージシャンとの共演・コラボレーションも特徴。攻撃的かつ包容力あるメンバー個々のカラーを発揮したライブスタイルで動員を伸ばし、過去に恵比寿リキッドルームや赤坂BLITZでのワンマンライブをソールドアウトし、Zepp DiverCity TOKYO、新木場STUDIO COASTといった会場でも実施。4人体制初ツアー「WE ARE A ROCK FESTIVAL TOUR」ファイナル公演の恵比寿リキッドルームもソールドアウト。2017年3月には『孤独と逆襲EP』をリリースし、初の生バンドで回る東名阪ツアーを行う。この6月にはミニアルバムを発売し、7月23日の赤坂BLITZ含む全国ツアーを開催。サマーソニック、AOMORI ROCK FESTIVAL ~夏の魔物~、TOKYO IDOL FESTIVAL、@JAM EXPOといった大型フェス・イベントにも出演。Manga Festival@ベトナムといった海外フェスにも出演し、他にも台湾・上海・香港、バンコクといった海外での公演も実施。韓国からも熱烈アプローチを受けており、海外展開も拡大中! 6月にミニアルバムリリース決定。 7月より全国ツアー開催! 「ゆるめるモ!夏ツアー(仮)」 7月7日(金)愛知・名古屋SPADE BOX 7月9日(日)大阪・ESAKA MUSE 7月16日(日)香川・高松MONSTER 7月17日(月・祝)福岡DRUM SON 7月23日(日)東京・赤坂BLITZ

イタリアでは日本のアニメが猛烈な人気だった!? 永井豪が大好きな映画監督にその内情を聞いてみた

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超人化したエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)をアレッシア(イレニア・パストレッリ)は『鋼鉄ジーグ』の主人公と混同する。
『マジンガーZ』『キューティーハニー』など、TVアニメのジャンルでも数々の傑作を残してきた天才漫画家・永井豪。欧州での人気も高いとウワサには聞いていたが、これほどだったとは!? イタリアで大ヒットした実写映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』は、1970年代にイタリアでもテレビ放映された永井豪原作アニメ『鋼鉄ジーグ』(英題『Jeeg Robot』)がきっかけで、ローマで暮らすケチなチンピラ男が正義のヒーローへと目覚めていくというユニークなアクションドラマ。イタリアでは2016年の年間興収ベスト5にランキングされ、その年のイタリア国内の映画賞を席巻するなど、多くのイタリア人の心に突き刺さった作品なのだ。来日したガブリエーレ・マイネッティ監督にイタリアでの永井豪作品の人気ぶり、そしてイタリアでこれまでスーパーヒーローものが生まれなかった社会背景について尋ねた。 ──イタリアで日本産TVアニメの放映が始まったのは1978年から。中でも永井豪原作の『UFOロボ グレンダイザー』(英題『Goldrake』)は凄まじい人気を呼び、翌年には『鋼鉄ジーグ』が放映されることになったそうですね。1976年生まれのガブリエーレ監督は当時まだ3歳だったわけですが……。 ガブリエーレ・マイネッティ イタリアでも「君の年齢で『鋼鉄ジーグ』を知っているのか?」と驚かれることがあります(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』はイタリアでも人気だったので、何度も夕方に再放送されていたんです。僕らの世代や僕らよりちょっと上の世代にとっては、日本のアニメーションは特別な存在。日本のアニメーションは僕らの心の中に根づいていると言っていいくらいです。最近ではテレビの地上波で日本のアニメが流れることは少なくなりましたが、ケーブルTVのアニメ専門チャンネルでは、今でも『鋼鉄ジーグ』が放送されているんです。 ──永井豪作品の中では『鋼鉄ジーグ』は、それほど評価の高い作品ではありません。ガブリエーレ監督は『鋼鉄ジーグ』のどこに魅了されたんですか? ガブリエーレ 永井豪の作品はどれも魅力的です! バイオレンスに満ちあふれていて、しかも道徳的ではありません。子どもの頃の僕は暴れん坊だったこともあって、永井豪作品の正義を押しつけようとしない作風にはとても親しみを感じました。『鋼鉄ジーグ』は日本ではあまり人気がないということも知っています。イタリアでも、より人気が高いのは『マジンガーZ』。米国ではヒーロー気取りの人間のことを『スーパーマンかよ』と揶揄しますが、イタリアでは『マジンガーかよ』と言うほど定着しているんです(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』は僕にとって特別な存在。『鋼鉄ジーグ』の主人公・司馬宙はいつも暴走気味で、失敗もするけど、最終的には正しいことをする。イタズラ好きだった少年時代の自分を肯定されているように思えたんです。それに磁石で手足が自由にくっついたり離れたりする、ジーグロボの玩具も素晴しかった。『ジーグ』はつまんねぇというヤツがもしいれば、僕は決闘を申し込みたい。そのくらい、僕は『ジーグ』のことを愛して止みません(笑)。『ジーグ』のことを愛しているのは僕だけではありません。イタリアのあるドキュメンタリー番組は、社会にはびこる不正を正すという内容のものなんですが、その番組のテーマ曲として『鋼鉄ジーグ』の主題歌が流れるんです。このことからも、『鋼鉄ジーグ』をはじめとする日本のアニメをイタリア人がいかに熱烈に愛しているかが分かってもらえるんじゃないでしょうか。 ──処女作には監督のすべてが込められていると言われますが、長編デビュー作に『鋼鉄ジーグ』をモチーフにすることは最初から考えていた? ガブリエーレ 最初はそうではありませんでした。イタリアでいちばん人気のある『グレンダイザー』をモチーフにできないかと考えていたんです(笑)。でも、ストーリーを考えていくうちに、自分のことしか考えないダメな主人公が内面的に徐々に変化していくという映画の内容に相応しいのは、『鋼鉄ジーグ』しかないと思うようになっていったんです。
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毛糸で編んだジーグロボのマスクを手にしたガブリエーレ・マイネッティ監督。「永井豪先生は神のような存在です」。
■明るいイタリア人の知られざる国民性とは……? ──主人公のエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)はローマの下町で暮らすゴロツキ野郎。置き引きなどのケチな犯罪でお金を稼ぎ、後は自宅のアパートでエロDVDを観ているという最下流人生を送っている。そんなエンツォは川に不法投棄された放射性廃棄物の影響で、未知のパワーを得ることに。陽気な国イタリアのダークな部分がディテールたっぷりに描かれているのも印象的です。 ガブリエーレ 警察に追われたエンツォが飛び込むのは、テヴェレ川です。ローマ市を二分する川で、しかもローマ神話ではローマの街の始まりとなったとされているエリアでもあるんです。そんな神話の言い伝えられる川で、エンツォは洗礼を受けて生まれ変わるわけです。実際問題として、イタリアの水質汚染や土壌汚染は大変な事態になっています。かつてはテヴェレ川で子どもたちは泳いだりしたんですが、水質汚染で遊泳することは法律で禁じられています。また、ローマ市郊外の荒廃した貧しい地区では、水道代を払えない人たちが下水をシャワー代わりに浴びたりしていましたが、それも禁じられています。汚染物質がまったく処理されないまま、川などに棄てられ、深刻な環境汚染を招いている状況なんです。ナポリのあるカンパニア州では土壌汚染が酷く、ガン発生率がとんでもない数値になっています。そういう社会背景もあって、テヴェレ川に棄てられた放射性物質の影響で主人公は超人パワーを得るというアイディアを思いついたんです。 ──主人公エンツォはイタリア市民の怒りを具現化した存在でもあるんですね。イタリアではこれまで国産のスーパーヒーローが存在しなかったと聞いています。スーパーヒーローが過剰気味の日本から見ると不思議に思えるんですが、ガブリエーレ監督はその理由をどう考えていますか? ガブリエーレ スーパーヒーローものをどうすれば現代のイタリア社会で成立させることができるかを本作の脚本を書く際に熟考したのですが、素晴しいスーパーパワーが手に入った場合、すぐに社会正義をなすだろうかということがいちばんの疑問でした。実際にそんな能力が使えたら、他人のためじゃなくて自分のために使うんだろうなと(笑)。イタリア人をひとつに括ることはできませんが、イタリア人の傾向としてエゴイストな性質があると思うんです。自分や自分の身内さえよければいいと。社会問題が起きると、何かスケープゴートになるものを見つけて、それを叩くことで満足してしまう。もちろん、政治の世界などではカリスマ性のある指導者は過去に存在したと思うけれど、現代のイタリアにはスーパーヒーローと呼べる存在はいません。それなら映像文化と共に育ってきた自分たちの世代が自分たちに相応しいスーパーヒーロー像を考えてみよう、ということで生まれたのが本作。スーパーパワーを手に入れたエンツォは最初はATMを丸ごと盗むなどの犯罪行為を重ねますが、ヒロインと出逢うことで徐々に内面的に変わっていく。そして、そのヒロインが熱狂的に愛するアニメが『鋼鉄ジーグ』だったという内容になったんです。 ──付き合う女によって男が変わっていく──というドラマ展開のほうがイタリア人にはリアルだったんですね。怪力自慢の自己チュー男と頭の弱いヒロインという組み合わせはイタリア映画界の名匠フェデリコ・フェリーニの『道』(54)を彷彿させ、ホロッときます。 ガブリエーレ 確かにそうですね。イタリア人にとってはフェリーニ監督の『道』はとても特別な作品です。でも、今回の作品は『道』を意識したわけではありません。どちらかというとリュック・ベッソン監督の『レオン』(94)に近い。本作の主人公エンツォは自分のお気に入りの甘いヨーグルトばかり食べているけど、『レオン』の大男ジャン・レノが子どもみたいにミルクを飲んでいるみたいなもの。あのときのナタリー・ポートマンは少女だったけど、大人の女性のような魅力を持っていた。本作のヒロインであるアレッシア(イレニア・パストレッリ)は身体は大人の女性なんだけど、頭の中は無垢な少女のまま。『レオン』のヒロインとは対称的な設定になっているんです。
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ヴィラン役のジンガロ(ルカ・マリネッリ)。ナルシストチックな狂乱演技で物語の後半を大いに盛り上げる。
■欲望に忠実な永井豪ワールドの住人たち ──イタリアでは永井豪原作の巨大ロボットものが大人気だったようですが、日本では『デビルマン』や『キューティーハニー』は時代を越えて今も愛され続けています。他の永井豪作品はどうですか? ガブリエーレ 『キューティーハニー』は変身中に洋服が破けちゃうシーンが忘れられません(笑)。『キューティーハニー』は残念ながら、イタリアでは地上波では放映されませんでしたね。永井豪作品にはポルノチックな要素もあり、もちろんそこも大きな魅力です。『デビルマン』に関しては時間がどれだけあっても語り足りないくらい、僕は大好きです。アニメ版もコミック版もどちらの『デビルマン』も大好き。スーパーヒーローが正義のために戦うのはすっごくストレスを感じることだと思うけど、でもデビルマンは怒りのパワーが悪と戦うための原動力になっている。永井豪作品を観る度に「お前は正しい。お前はお前のままでいいんだ」と自分を肯定してもらっているように思えてくるんです。僕が映像表現の世界に進んだのは、子どもの頃に観たそういった日本のアニメーションに感動したからなんです。 ──2012年にガブリエーレ監督が撮った短編映画『Tiger Boy』は覆面を被ったプロレスラーに憧れる少年の成長ドラマでした。「強い人間になりたい」という変身願望がガブリエーレ監督作品のテーマとなっているようですね。 ガブリエーレ 『Tiger Boy』は『タイガーマスク』をモチーフにしたものです(笑)。“変身”というテーマは自分では意識していませんでしたが、そうかもしれません。僕自身は恐がりなので、強い人間になりたいという気持ちから映画を撮っている部分があるようです。スーパーヒーローのような強い人間は僕らに勇気を与えてくれますが、でもその勇気を本当に自分のものにするためには、自分自身が変わることが必要です。ようやく新作の脚本を書き終えたところで、新作は日本のアニメーションをモチーフにはしていませんが、やはり主人公に勇気を与えてくれる人物が登場します。僕が描く作品の主人公たちは変身するきっかけを探し求めているのかもしれませんね。日本は『鋼鉄ジーグ』が生まれた、僕にとっては特別な国です。日本のみなさんにも、日本のアニメで育った僕の作品に関心を持っていただけると嬉しいです。 (取材・文=長野辰次)
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『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』 監督・音楽・製作/ガブリエーレ・マイネッティ 出演/クラウディオ・サンタマリア、ルカ・マリネッリ、イレニア・パストレッリ、ステファノ・アンブロジ 配給/ザジフィルムズ 5月20日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかロードショー http://www.zaziefilms.com/jeegmovie ●ガブリエーレ・マイネッティ 1976年ローマ生まれ。ニューヨークのティッシュ・スクール・オブ・アートで演出・脚本・撮影などを学ぶ。舞台、映画、テレビなどで俳優としてのキャリアを築く一方、2011年に製作会社「Goon Films」を設立。第一弾作品として短編映画『Tiger Boy』を監督し、ブレスト・ヨーロピアン映画祭など各国の映画祭の短編部門で映画賞を受賞。長編デビュー作となった『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』はイタリアのアカデミー賞と呼ばれる「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」で最多16部門にノミネートされ、新人監督賞をはじめ最多7部門での受賞を遂げた。

イタリアでは日本のアニメが猛烈な人気だった!? 永井豪が大好きな映画監督にその内情を聞いてみた

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超人化したエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)をアレッシア(イレニア・パストレッリ)は『鋼鉄ジーグ』の主人公と混同する。
『マジンガーZ』『キューティーハニー』など、TVアニメのジャンルでも数々の傑作を残してきた天才漫画家・永井豪。欧州での人気も高いとウワサには聞いていたが、これほどだったとは!? イタリアで大ヒットした実写映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』は、1970年代にイタリアでもテレビ放映された永井豪原作アニメ『鋼鉄ジーグ』(英題『Jeeg Robot』)がきっかけで、ローマで暮らすケチなチンピラ男が正義のヒーローへと目覚めていくというユニークなアクションドラマ。イタリアでは2016年の年間興収ベスト5にランキングされ、その年のイタリア国内の映画賞を席巻するなど、多くのイタリア人の心に突き刺さった作品なのだ。来日したガブリエーレ・マイネッティ監督にイタリアでの永井豪作品の人気ぶり、そしてイタリアでこれまでスーパーヒーローものが生まれなかった社会背景について尋ねた。 ──イタリアで日本産TVアニメの放映が始まったのは1978年から。中でも永井豪原作の『UFOロボ グレンダイザー』(英題『Goldrake』)は凄まじい人気を呼び、翌年には『鋼鉄ジーグ』が放映されることになったそうですね。1976年生まれのガブリエーレ監督は当時まだ3歳だったわけですが……。 ガブリエーレ・マイネッティ イタリアでも「君の年齢で『鋼鉄ジーグ』を知っているのか?」と驚かれることがあります(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』はイタリアでも人気だったので、何度も夕方に再放送されていたんです。僕らの世代や僕らよりちょっと上の世代にとっては、日本のアニメーションは特別な存在。日本のアニメーションは僕らの心の中に根づいていると言っていいくらいです。最近ではテレビの地上波で日本のアニメが流れることは少なくなりましたが、ケーブルTVのアニメ専門チャンネルでは、今でも『鋼鉄ジーグ』が放送されているんです。 ──永井豪作品の中では『鋼鉄ジーグ』は、それほど評価の高い作品ではありません。ガブリエーレ監督は『鋼鉄ジーグ』のどこに魅了されたんですか? ガブリエーレ 永井豪の作品はどれも魅力的です! バイオレンスに満ちあふれていて、しかも道徳的ではありません。子どもの頃の僕は暴れん坊だったこともあって、永井豪作品の正義を押しつけようとしない作風にはとても親しみを感じました。『鋼鉄ジーグ』は日本ではあまり人気がないということも知っています。イタリアでも、より人気が高いのは『マジンガーZ』。米国ではヒーロー気取りの人間のことを『スーパーマンかよ』と揶揄しますが、イタリアでは『マジンガーかよ』と言うほど定着しているんです(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』は僕にとって特別な存在。『鋼鉄ジーグ』の主人公・司馬宙はいつも暴走気味で、失敗もするけど、最終的には正しいことをする。イタズラ好きだった少年時代の自分を肯定されているように思えたんです。それに磁石で手足が自由にくっついたり離れたりする、ジーグロボの玩具も素晴しかった。『ジーグ』はつまんねぇというヤツがもしいれば、僕は決闘を申し込みたい。そのくらい、僕は『ジーグ』のことを愛して止みません(笑)。『ジーグ』のことを愛しているのは僕だけではありません。イタリアのあるドキュメンタリー番組は、社会にはびこる不正を正すという内容のものなんですが、その番組のテーマ曲として『鋼鉄ジーグ』の主題歌が流れるんです。このことからも、『鋼鉄ジーグ』をはじめとする日本のアニメをイタリア人がいかに熱烈に愛しているかが分かってもらえるんじゃないでしょうか。 ──処女作には監督のすべてが込められていると言われますが、長編デビュー作に『鋼鉄ジーグ』をモチーフにすることは最初から考えていた? ガブリエーレ 最初はそうではありませんでした。イタリアでいちばん人気のある『グレンダイザー』をモチーフにできないかと考えていたんです(笑)。でも、ストーリーを考えていくうちに、自分のことしか考えないダメな主人公が内面的に徐々に変化していくという映画の内容に相応しいのは、『鋼鉄ジーグ』しかないと思うようになっていったんです。
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毛糸で編んだジーグロボのマスクを手にしたガブリエーレ・マイネッティ監督。「永井豪先生は神のような存在です」。
■明るいイタリア人の知られざる国民性とは……? ──主人公のエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)はローマの下町で暮らすゴロツキ野郎。置き引きなどのケチな犯罪でお金を稼ぎ、後は自宅のアパートでエロDVDを観ているという最下流人生を送っている。そんなエンツォは川に不法投棄された放射性廃棄物の影響で、未知のパワーを得ることに。陽気な国イタリアのダークな部分がディテールたっぷりに描かれているのも印象的です。 ガブリエーレ 警察に追われたエンツォが飛び込むのは、テヴェレ川です。ローマ市を二分する川で、しかもローマ神話ではローマの街の始まりとなったとされているエリアでもあるんです。そんな神話の言い伝えられる川で、エンツォは洗礼を受けて生まれ変わるわけです。実際問題として、イタリアの水質汚染や土壌汚染は大変な事態になっています。かつてはテヴェレ川で子どもたちは泳いだりしたんですが、水質汚染で遊泳することは法律で禁じられています。また、ローマ市郊外の荒廃した貧しい地区では、水道代を払えない人たちが下水をシャワー代わりに浴びたりしていましたが、それも禁じられています。汚染物質がまったく処理されないまま、川などに棄てられ、深刻な環境汚染を招いている状況なんです。ナポリのあるカンパニア州では土壌汚染が酷く、ガン発生率がとんでもない数値になっています。そういう社会背景もあって、テヴェレ川に棄てられた放射性物質の影響で主人公は超人パワーを得るというアイディアを思いついたんです。 ──主人公エンツォはイタリア市民の怒りを具現化した存在でもあるんですね。イタリアではこれまで国産のスーパーヒーローが存在しなかったと聞いています。スーパーヒーローが過剰気味の日本から見ると不思議に思えるんですが、ガブリエーレ監督はその理由をどう考えていますか? ガブリエーレ スーパーヒーローものをどうすれば現代のイタリア社会で成立させることができるかを本作の脚本を書く際に熟考したのですが、素晴しいスーパーパワーが手に入った場合、すぐに社会正義をなすだろうかということがいちばんの疑問でした。実際にそんな能力が使えたら、他人のためじゃなくて自分のために使うんだろうなと(笑)。イタリア人をひとつに括ることはできませんが、イタリア人の傾向としてエゴイストな性質があると思うんです。自分や自分の身内さえよければいいと。社会問題が起きると、何かスケープゴートになるものを見つけて、それを叩くことで満足してしまう。もちろん、政治の世界などではカリスマ性のある指導者は過去に存在したと思うけれど、現代のイタリアにはスーパーヒーローと呼べる存在はいません。それなら映像文化と共に育ってきた自分たちの世代が自分たちに相応しいスーパーヒーロー像を考えてみよう、ということで生まれたのが本作。スーパーパワーを手に入れたエンツォは最初はATMを丸ごと盗むなどの犯罪行為を重ねますが、ヒロインと出逢うことで徐々に内面的に変わっていく。そして、そのヒロインが熱狂的に愛するアニメが『鋼鉄ジーグ』だったという内容になったんです。 ──付き合う女によって男が変わっていく──というドラマ展開のほうがイタリア人にはリアルだったんですね。怪力自慢の自己チュー男と頭の弱いヒロインという組み合わせはイタリア映画界の名匠フェデリコ・フェリーニの『道』(54)を彷彿させ、ホロッときます。 ガブリエーレ 確かにそうですね。イタリア人にとってはフェリーニ監督の『道』はとても特別な作品です。でも、今回の作品は『道』を意識したわけではありません。どちらかというとリュック・ベッソン監督の『レオン』(94)に近い。本作の主人公エンツォは自分のお気に入りの甘いヨーグルトばかり食べているけど、『レオン』の大男ジャン・レノが子どもみたいにミルクを飲んでいるみたいなもの。あのときのナタリー・ポートマンは少女だったけど、大人の女性のような魅力を持っていた。本作のヒロインであるアレッシア(イレニア・パストレッリ)は身体は大人の女性なんだけど、頭の中は無垢な少女のまま。『レオン』のヒロインとは対称的な設定になっているんです。
イタリアでは日本のアニメが猛烈な人気だった!? 永井豪が大好きな映画監督にその内情を聞いてみたの画像3
ヴィラン役のジンガロ(ルカ・マリネッリ)。ナルシストチックな狂乱演技で物語の後半を大いに盛り上げる。
■欲望に忠実な永井豪ワールドの住人たち ──イタリアでは永井豪原作の巨大ロボットものが大人気だったようですが、日本では『デビルマン』や『キューティーハニー』は時代を越えて今も愛され続けています。他の永井豪作品はどうですか? ガブリエーレ 『キューティーハニー』は変身中に洋服が破けちゃうシーンが忘れられません(笑)。『キューティーハニー』は残念ながら、イタリアでは地上波では放映されませんでしたね。永井豪作品にはポルノチックな要素もあり、もちろんそこも大きな魅力です。『デビルマン』に関しては時間がどれだけあっても語り足りないくらい、僕は大好きです。アニメ版もコミック版もどちらの『デビルマン』も大好き。スーパーヒーローが正義のために戦うのはすっごくストレスを感じることだと思うけど、でもデビルマンは怒りのパワーが悪と戦うための原動力になっている。永井豪作品を観る度に「お前は正しい。お前はお前のままでいいんだ」と自分を肯定してもらっているように思えてくるんです。僕が映像表現の世界に進んだのは、子どもの頃に観たそういった日本のアニメーションに感動したからなんです。 ──2012年にガブリエーレ監督が撮った短編映画『Tiger Boy』は覆面を被ったプロレスラーに憧れる少年の成長ドラマでした。「強い人間になりたい」という変身願望がガブリエーレ監督作品のテーマとなっているようですね。 ガブリエーレ 『Tiger Boy』は『タイガーマスク』をモチーフにしたものです(笑)。“変身”というテーマは自分では意識していませんでしたが、そうかもしれません。僕自身は恐がりなので、強い人間になりたいという気持ちから映画を撮っている部分があるようです。スーパーヒーローのような強い人間は僕らに勇気を与えてくれますが、でもその勇気を本当に自分のものにするためには、自分自身が変わることが必要です。ようやく新作の脚本を書き終えたところで、新作は日本のアニメーションをモチーフにはしていませんが、やはり主人公に勇気を与えてくれる人物が登場します。僕が描く作品の主人公たちは変身するきっかけを探し求めているのかもしれませんね。日本は『鋼鉄ジーグ』が生まれた、僕にとっては特別な国です。日本のみなさんにも、日本のアニメで育った僕の作品に関心を持っていただけると嬉しいです。 (取材・文=長野辰次)
イタリアでは日本のアニメが猛烈な人気だった!? 永井豪が大好きな映画監督にその内情を聞いてみたの画像4
『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』 監督・音楽・製作/ガブリエーレ・マイネッティ 出演/クラウディオ・サンタマリア、ルカ・マリネッリ、イレニア・パストレッリ、ステファノ・アンブロジ 配給/ザジフィルムズ 5月20日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかロードショー http://www.zaziefilms.com/jeegmovie ●ガブリエーレ・マイネッティ 1976年ローマ生まれ。ニューヨークのティッシュ・スクール・オブ・アートで演出・脚本・撮影などを学ぶ。舞台、映画、テレビなどで俳優としてのキャリアを築く一方、2011年に製作会社「Goon Films」を設立。第一弾作品として短編映画『Tiger Boy』を監督し、ブレスト・ヨーロピアン映画祭など各国の映画祭の短編部門で映画賞を受賞。長編デビュー作となった『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』はイタリアのアカデミー賞と呼ばれる「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」で最多16部門にノミネートされ、新人監督賞をはじめ最多7部門での受賞を遂げた。

『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」

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『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)
 ありとあらゆる動物を思いのままに操ることで、最近メディアを賑わせている動物研究家・パンク町田。“第2のムツゴロウさん”と呼ぶには、あまりに野性味あふれるその風貌で世間の耳目を集める男が、最新刊『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)を上梓した。  その目次を眺めてみれば、「アルパカの知能は植物レベル?」「チンパンジーは『売春』もしている」「性欲が強すぎる有袋類、アンテキヌス」といった刺激的な文字が並ぶ。そのキテレツ極まるエピソード群は本書に譲るとして、今回のインタビューでは、現在に至るまでの動物への思いや、昨今問題視される「ペット」の扱いなどについて、専門家としての意見を語っていただいた。
『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」の画像2
──新刊発売おめでとうございます。帯の写真で「虎と戯れるパンク町田氏」という注釈とともに、今にも虎に食われそうな町田さんの写真が掲載されています。実際、危ない経験をしたことはあるのでしょうか? パンク町田氏(以下、町田) いちばん危機を感じたのは、コブラですね。僕、コブラが好きなので、ボルネオまで捕まえに行ったんですよ。それで、いっぱい捕まえて袋に入れていたんです。現地の人が「コブラは布袋に入れておけば、かみついてこないから大丈夫だ」と言っていたので、「ホントかよ」と思いながらも、従ってみた。それで、安心して袋を担いで山を降りていたら、背中をチクって。やっぱりかまれましたね。 ──うわー、現地の人……。かまれて、すぐに病院へ行ったんですか? 町田 行かないですよ。山の中だし、コブラはかまれても大丈夫なんです。毒さえ入らなければ。コブラってね、実は毒牙が口の中の中間ぐらいにあるんです。だから、先端でかまれても大丈夫だし、毒牙が短いので、布とTシャツを足したくらいの厚みで、もう貫通してこないんです。ジャンパーくらいの厚みがあれば、確実に大丈夫。 ──あまり大丈夫な感じがしませんが、そもそも町田さんが動物の仕事に就こうと思ったきっかけは、なんだったんでしょうか? 町田 子供のころから動物は好きだったんですけど、父親が中華料理屋をやっていたこともあって、料理人になりたかったんです。ところが、気が付けば初めてやったアルバイトが熱帯魚屋だったりとか、ほぼ動物とリンクした仕事しかしてなかったんです。22歳くらいのとき、中華料理屋で1年くらい働いたことがあったんですけど、そのときも結局「食材も動物だな」って、僕の頭の中ではリンクしていましたね。お客さんが肉を残したりすると、「これ、動物は死んでいるのに、残していいんだろうか」とか考えたり。結局、頭の中が動物から離れられなかったので、僕には動物の仕事しかできないんでしょうね。 ──そんな町田さんでも、嫌いな動物っているんでしょうか?
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町田 根本的には、人間ですかね。他の動物に迷惑をかけすぎているから。僕がもしキリスト教徒だったら、神に頼んで、ほかの人間のために鞭に打たれるべきなのかもしれない。「父よ。彼らをお赦しください」「彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」と言って。でも僕は、人間の代わりに鞭を打たれるのは嫌です。特定の人のためだったら構わないけれど、全人類は無理。やるんだったら、お前がやれよって言いたくなっちゃう。だけど、僕が代わりに罰を受けることで他の動物が救われるんだったら、自ら身体を差し出してもいいと思ってる。これは本当です。 ──町田さんは、「アルティメット・アニマル・シティ」という施設も運営されています。町田さんから見て、オススメの動物園というものはあるのでしょうか? 町田 おおよその目安として、スタッフが若い動物園は、やる気がありますね。やる気があるし、みんな詳しい。「じゃあ、こうしよう」って、いろいろ工夫もする。いつまでも年を食った人がやっているところは、動物好きなんだろうけれど、「こうでなきゃダメなんだよ」って、昔ながらのやり方みたいなものがある。それが甲乙どう出るかはわからないけれど、園長が柔軟だと、新しいことに取り込めるんだと思いますね。オススメは……今だったら、宇都宮動物園のメスライオンが見たいですね。 ──犬の訓練士としても活動されている町田さんですが、昨今、話題になっている、飼い犬を気軽に捨てたり処分したりという「ペット問題」について、ご意見を聞かせてください。 町田 まあ、簡単に言えば犬を捨てるというのは「間違い」で、人間が最期まで面倒を見てやるべきなんです。犬は家畜なんでね。家畜とは、人間がなんらかを意図して作った動物。だから、犬を捨てるのと、飼育していた野生動物を捨てるのとでは、重さが違う。馬にしても、牛にしても、豚にしてもね。本来、地球上にいなかった動物を人間が作り出して、それを野に放つというのは、やってはいけないこと。世間の人たちが犬や豚や牛を認知しているし、彼らがおとなしいから済んでいる話で。例えばこれはマンガやアニメに出てくるような、キ◯ガイの博士が作り出した怪獣の話と同じなんです。言葉はよくないけど、変な博士が作った動物を野に放しちゃダメでしょって。つまり他の動物から見れば人間自体がキ◯ガイなわけですから、人間が作り出した生き物なら、最期まで人間が管理を放棄してはいけない。そういうことですよ。 (取材=二木知宏[スクラップロゴス])
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●パンク町田 1968年8月10日東京都生まれ。ULTIMATE ANIMAL CITY代表。昆虫から爬虫類、鳥類、猛獣といったありとあらゆる生物を扱える動物の専門家。野生動物の生態を探るため世界各国を巡り、各地の先住民族と生活を共にした。また、鷹狩りの世界にも造詣が深く、鷹道考究会理事、日本流鷹匠術鷹匠頭、日本鷹匠教会鷹師を兼任する。現在、代表を務めるULTIMATE ANIMAL CITYでは希少動物の繁殖にも取り組んでいる。著作、テレビ番組などへの出演多数。
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子供に言えない動物のヤバい話 (角川新書) おもしろ! 『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」の画像6