いまや書店の一角を占める自己啓発書コーナー。一度や二度手にしたこともある方も多いのではないだろうか。しかし、自己啓発書ってなんだか怪しいと訝しがる読者の方も一定数いるのではないか。今年3月に出版された『自己啓発の時代 自己の文化社会学的探究』(勁草書房)では、「自己とは何か」を考えるよりもまず、自分自身について自然と考えさせられてしまう今の世の中について考えてみようと、自己啓発メディア(自己啓発書、就職用自己分析マニュアル、雑誌「an・an」、ビジネス誌)の歴史的変遷やその社会的機能などについて考察している。今回、社会学を專門とする著者の牧野智和氏に、自己啓発ブームともいえるような今日的状況の背景についてお話を伺った。 ──書店に行くと、自己啓発的な要素を含んだビジネス書が多く売れているように思います。 牧野 いろいろ理由はあると思いますが、自己啓発書を買う行為の敷居が下がっていることが一因としてあると思います。2000年代に入り、コンビニエンスストアや駅ナカ書店などでも自己啓発書が売られるようになりました。これらのお店では、パッと立ち寄ってすぐにその本の内容が分かり、電車のなかでも気軽に読めるような、キャッチーでライトな自己啓発書が多く扱われています。マンガや売れ線の本と一緒に自己啓発書も置かれるようになったこと、そしてそのように自己啓発書を作る側も意識が変わっていること、これらがブームの一因としてあると思います。 ──牧野さんの著書によると、1990年代以前の自己啓発書というのは、経営者や成功者が書いた人生訓としての色彩が強いものが多く、心理学的なテクニックについては書かれていなかったとあります。しかし、90年代後半に入ると「自己の内面が技術的に対象化」されるようになった、つまり、自分の心を変えられるという趣旨の自己啓発書が増えたとあります。これはどうしてでしょうか? 牧野 なぜかということについては本書では言及していないのですが、いくつか関連する背景を考えてみたいと思います。まず、91年に日本テレビ系列で『それいけ!! ココロジー』という番組が放送され、心理学ブームが起きました。その番組で中心的な役割を担っていたのが、齊藤勇(立正大学教授)さんや富田たかし(駒沢女子大学教授)さんなどの心理学者でした。心理学バラエティーという企画が成功し、心理学そのものや「本当の自分」について興味を抱く人が増えたことがまずあるのかなと思います。 ──『それいけ!! ココロジー』は流行りましたね。深層心理がどうだと言って、友だち同士で盛り上がったのを覚えています。 牧野 90年代中頃になると、心への関心はもう一段階進みます。本書で扱っているベストセラーの傾向では、医師・春山茂雄さんの『脳内革命』(1995年、サンマーク出版)が410万部という大ベストセラーを記録した頃です。この頃起こった出来事として、本書では言及しなかったのですが、オウム真理教の一連の事件の影響は大きかったのではないかなと最近思い直しています。関連するいくつもの事件は非常に衝撃的なものでしたが、教団で行われた「洗脳」や「マインドコントロール」の報道も衝撃的なものでしたよね。今考えてみると「第三者によって人格を技術的に改造することができるのだ」という認識をこれらの報道は広めることになったのではないかと思っています。 まったく方向性は違う出来事でしたが、95年は阪神・淡路大震災が起きた年でもありました。震災以後、被災者の「心のケア」という言葉が使われるようになったということも含めて、「心」というものが日本人の関心としていよいよ高まってきた頃だったのです。こうした社会背景と連動するかのように、自己啓発書の売れ線も変わっていきました。それが本書で言っているところの「内面の技術対象化」にあたります。 ただ、自己啓発書そのもののトレンドの変化もあるかと思います。バブル真っ盛りの80年代後半には、その時代の拝金主義に対抗するように、清貧の思想や禅的なものといった東洋思想が流行していました。バブル崩壊後にも「それみたことか」というわけで東洋思想の流行は続くのですが、90年代半ばになると東洋思想ブームは一段落します。この頃ちょうど入れ替わるように、主にアメリカの自己啓発書を翻訳した書籍がベストセラーになっていきます。たとえば『EQ?こころの知能指数』(1996年、講談社)『7つの習慣?成功には原則があった!』(1996年、キングベアー出版)や『小さいことにくよくよするな! しょせん、すべては小さなこと』(1998年、サンマーク出版)『チーズはどこへ消えた?』(2000年、扶桑社)などです。 これらアメリカの自己啓発書は日本の啓発書より少し先、つまり内面をもっとテクニカルに変えようという本で、こうした本が売れるなかで「内面を技術的に変えられる」という感覚が広がっていったのだと思います。ただこの時期は、就職のための「自己分析」が定着したり、啓発書とは直接関係がなさそうな「an・an」でも内面を技術的に扱おうとする傾向が強まったり、といった動向が同時的に起こっていますから、アメリカの啓発書が圧倒的な影響力を持ったという解釈はできないと思います。 ■勝間和代の革新性とは? ──東洋思想の影が薄くなり、心理学ブームやオウム真理教の事件により自分の内面を変えることができるのかもしれないと思っていたところに、自分の内面を変えるテクニックを備えたアメリカから入ってきた自己啓発書のブームがあったわけですね。その後、日本でも数々の自己啓発書がベストセラーになりますが、その仲でも経済評論家の勝間和代さんの「カツマーブーム」についてはどうお考えですか。 牧野 最近、書店員さんや出版社のビジネス書担当の方とお話しする機会があったのですが、勝間さんのブームは本当にすごいものがあったようです。たとえば、勝間さんの新刊と勝間さんが紹介した本を店頭に並べたところ、すべて買っていったお客さんがいたというような話はよく聞きます。また、それまでにも女性の手による自己啓発書はあったのですが、それらは日々の生活や心がけ、ファッション、化粧といったライフスタイルを通して「自分らしさ」を実現しようとうするものがほとんどでした。 そもそも自己啓発書、特にビジネス書の著者は男性が圧倒的に多く、読者としても男性を想定していることが多いといえます。勝間さんのように、ビジネスの話を真っ向からする女性の書き手は、皆無ではないもののやはり当時としては稀有な存在でした。さらに、勝間さんはそのキャラクター、公認会計士の合格から始まるきらびやかな経歴など、それまで自己啓発書に縁がなかったような人でも興味を持ってしまうようなタレント性もあったのだと思います。 ──本書でも「an・an」について触れられていますが、なぜ「an・an」なのでしょうか? また自己啓発メディアを研究するキッカケについて教えてください。 牧野 私は大学院の修士課程までは、少年犯罪報道について研究していました。当時の少年犯罪報道ではしばしば、容疑者の少年少女は「〇〇障害」といったレッテルを貼られ、「心の闇」を抱えていると報じられていました。事件が起こった次の日に「心の闇は深い」と語られていたこともありました。家庭や学校での生活は、そうした「心の異常性」を語るためのエピソードとして重ねられていくことになります。このような、犯罪に限らず、さまざまな出来事をすべて「心の問題」に帰着させる傾向を社会学では「心理主義化」や「心理学化」と呼んでいます。私が修士のときは、少年犯罪報道を素材にして、今述べたような「心理主義化」「心理学化」がいつ頃どのように起こっていったのかを調べていました。 博士課程に進学してからは、少年犯罪報道とはまた異なったかたちで「心理主義化」「心理学化」を研究してみようと思うようになりました。つまり、少年犯罪報道の研究というのは、他人に貼るレッテルが「心理学化」していくプロセスを追ったものでした。博士でやろうとしたのは、自分自身にセラピーの技法を用いてみたり、心理学の用語から自分を解釈したりするとき、どうなってしまうのかという、自分自身の「心理学化」というテーマです。たとえば、自己啓発書に書かれている心理学的テクニックを使い、自らが劇的に変わったとします。当人にとってハッピーならそれでいいのかもしれないのですが、何十万部も売れている本に書かれてある技法によって自分が変わったとか、「本当の自分」が見つかったとかというのは、やっぱりどうなのかなと思ったのです。意地悪な言い方をすれば、それは工場製品のような「心理学的人間」に自分をつくり変えただけに過ぎないのではないか、と。 そのように考えて、しばしば「本当の自分を見つけよう!」という特集をしている「an・an」にまず接近したのですが、読み進めていくと、「心理学化」という表現は必ずしも最適ではないなと思うようになりました。というのは、「本当の自分を見つけよう!」「自分を変えよう!」といった記事に心理学者は確かに登場するのですが、出てくる登場人物の多くが、心理学者と似たように「あなたらしく生きましょう」とメッセージを発信し、ハウツーを示していたからです。霊能力者の江原啓之さんから、作家の林真理子さんから石田衣良さんまで、多少の違いはあれどです。するとこれはもう「心理学化」というよりは、心理学者もその一部になっているもっと大きなムーブメントとして事態を捉え直さないといけないなということになって、自己啓発に関連するメディア一般の研究に仕切り直しをしたんです。 ■現代に必要なのは「煽り」と「癒し」!? ──自己啓発書の社会的機能とはどのようなものでしょうか? 牧野 これもいろいろ言い方はあると思いますが、最もシンプルにいえば「煽り」と「癒し」だと思います。今の世の中にはもうこれという決まり切った定番の生き方や考え方なんてない、今日の厳しい環境を生き抜いていくためにはあなた自身がしっかりして、考え方や行動の仕方を改めていかねばならない、この本ではそのハウツーを教えますよ、というタイプが「煽り」です。一度ちゃぶ台をひっくり返したうえで、目標を再設定してくれて、そこに向けて頑張ろうというタイプです。「癒し」は、そんなに他人に合わせないで、ありのままのあなたでいていいんだよ、「本当のあなた」を探し直しましょうね、この本ではそのハウツーを教えますよ、というタイプです。「煽る」にしても「癒す」にしても、自分自身の内面を、啓発書の著者が示す何らかの技法を使って掘り下げ、明らかにし、鍛えたり高めたりするわけですから、いずれにしても内面への感度は高くなります。いってみれば「自分らしさ」への感度が高まるということです。 ──そのように「煽り」と「癒し」により自分らしさを求められ続けるとどうなるのでしょうか? 牧野 どこまで行くのかは私にもよく分かりません。ただ、ある研究会で言われてから最近よく考えているのですが、そもそも小説やエッセイ、というより、本というメディアにも本来自己啓発的な機能はありますよね。小説を読んで自分の世界がガラっと変わった、というような経験がある方は少なくないと思います。自己啓発書はそういった機能を端的に直接的に提示するものですよね。映画の宣伝などでも「感動した」「泣いた」といった観覧者の感想が使われることが最近多いと思うのですが、メディア一般の受け取り方や期待の仕方も、部分的にそうした直接的な効用を求める方向に向いているのかなと思います。ただ、直接的に刺激を与える方法というのはそんなにパターンがないように思えるので、だんだんと手詰まりになっていくのではないでしょうか。私にも自己啓発書の執筆オファーがあったぐらいですから(笑)、啓発書ブームはもうピークを去っている、少なくとも手詰まり感があるのかもしれませんね。(構成=本多カツヒロ) 牧野 智和(まきの ともかず) 1980年東京都生まれ。2009年早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。現在、早稲田大学他で非常勤講師を勤める。またPRESIDENT Onlineで「ポスト『ゼロ年代』の自己啓発書と社会」を連載している。『自己啓発の時代: 「自己」の文化社
会学的探究』勁草書房
「21インタビュー」カテゴリーアーカイブ
園子温が描く“希望のない国”に残された希望とは?「後から嘆くのではなく、今やるべきことがあるはず」

精力的な活動が続く園子温監督。「今回の映画だけで原発ものは終われない。
娯楽作品も撮りながら、被災地に通い続けるつもりです」と語る。
娯楽作品も撮りながら、被災地に通い続けるつもりです」と語る。
──これまでテーマにしてきた家族の描き方が変わるほど、「3.11」は園子温監督の意識を大きく揺さぶったということでしょうか? 園 意識が変わったと言っても過言じゃないでしょうね。『ヒミズ』の撮影に入る1カ月前に大震災が起き、シナリオに修正を加えて震災から1カ月しかたっていない状況の中で『ヒミズ』の撮影に入ったわけです。それまでは実際に起きた事件にすぐ足を突っ込むことはせず、一度じっくり自分の中で咀嚼してから数年後に作品にまとめるように心掛けていました。ですから『ヒミズ』の撮影直前に生々しい現実を目の前にして、すぐ撮るということは初めての経験でした。それで『ヒミズ』は石巻でもロケをさせてもらったんですが、「はい、撮影終わり。じゃあ、別の作品に取り掛かります」というわけにはいかなくなった。少なくとも、もう1本は撮らないことには落ち着きようがなかった。『ヒミズ』よりも、もっと踏み込まざるを得なかったということですね。3.11の衝撃をそのまま撮った『ヒミズ』とは違って、今回は津波と放射能をセットにしないで、まずは放射能を、原発の映画を撮ろうということでした。それも、原発に対する感情が風化しないうちに映画にしようと思ったんです。 ──『ヒミズ』が公開されていた今年の1月には、すでに『希望の国』の撮影に入ったわけですね。なるべく早く『希望の国』も公開しようと……。 園 公開は、早いに越したことはなかったんです。10月公開じゃなくて、もっと早く公開してほしかった。でも、まぁ、この時期に公開するのは、それでまた意義がある。チェルノブイリ事故のときは広瀬隆の『危険な話』(八月書館)がベストセラーになり、忌野清志郎が原発問題を歌ったアルバムが発売中止になったりしたけど、結局はそのときの日本では原発事故は起きず、「みんな騒ぎ過ぎです」という形でしかなかった。今は首相官邸前で集会やっているけど、人が少なくなってくると原発反対が言えなくなってきますよね。それは日本人が個人で何かを宣言したりできない性質を表してますよね。 ──園監督は「映画には社会を変える力がある」と信じている? 園 そう思いますね。こうやって原発を描いた作品を公開することは、決してムダなことだとは思いません。映画の世界でしか表現できないこともあるわけですから、「こんな劇映画もあるのか」と思わせるだけでも意味があると思うんです。いろんな人たちが原発についてのテーゼを語る時代なんだと知ってもらうだけでも、十分な効果があるはずです。ひとつの業界が完全に黙っていれば、「あぁ、やっぱりそういうもんだよな」ということになってしまう。扉が少し開くだけでも、どこかの窓をひとつ開けることにつながると思うんです。 ■声高に叫ばなくても、個人でやれる抗議活動はあると思う園監督が被災地を取材して撮り上げた『希望の
国』。放射能事故によって引き離された家族
がそれぞれ選択した道を進んでいくことに。
9月30日にNHK ETVで放映されたドキュメンタリー番組『映画にできること 園子温と大震災』を見て、意外に感じた人もいたのではないだろうか。『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』など過激な作品を撮り続け、撮影現場では厳しい演出で知られる園監督だが、『希望の国』の取材でお世話になった被災地の人たちには非常に丁重で繊細な一面を見せていた。『希望の国』のモデルとなった一家の居間で、恐縮して正座する姿が画面に映し出されていた。大胆さと繊細さが同時に両立しているところが、この人の魅力なのだろう。今回のインタビューでも詩人らしい時代への批評性、映画づくりに対する真摯さ、そして熟成することのないやんちゃぶりを感じさせる園子温監督だった。 ──2011年の園監督は、『冷たい熱帯魚』の公開、『ヒミズ』の撮影とベネチア映画祭への参加、『恋の罪』の公開……と怒濤の1年を過ごしたわけですが、合間を縫って被災地を取材して回っていたんですね。園子温監督が自身の姿を投影したという小野家
の息子・洋一(村上淳)とその妻・いずみ(神
楽坂恵)。洋一は実家を出ることに抵抗を感
じる。
園 半年間くらい取材に時間を費やしました。『ヒミズ』の冒頭の被災地に主人公が佇むシーンは石巻で撮影させてもらったんです。そこで地元の人たちにずいぶん協力してもらい、避難所の人々にもお世話になった。それもあって俳優の深水元基くんが被災地の人たちにボランティアで何かしたいと言うので、みんなで行ったんです。そのときに石巻とは別に福島の映画も撮りたいと考え始めました。2011年の8月くらいから避難所などで、3.11とそれから1カ月の間に何が起きたのかを、避難所の方たちや被災地を回って取材するようになったんです。12月31日は石巻で除夜の鐘を聞き、それから移動して福島で初日の出を見ました。『希望の国』のセリフのほとんどは、実際に被災地や避難所の人たちを取材した際に聞いた言葉です。前半は特にそうですね。ボクが頭の中で考えた言葉は、なるべく使わないようにしました。主人公一家である小野家の庭の真ん中で20km圏内と圏外に分けられていますが、あれは実際にそういう家があって、そこを取材させてもらったんです。この家族を主人公にすれば、放射能がもたらす不条理を映画にできるなと思ったんです。 ──園作品にはシュールなイメージがありましたが、実際の被災地には現実として不条理なことがいろいろと存在したわけですか。 園 不条理なことがいっぱいありました。どうしてマスコミは報道しないんだろうなと、不思議に思いましたよ。それで家の敷地の真ん中で20km圏内と圏外の境界が引かれてしまい、庭の半分は水がやれずに花が枯れてしまっているシーンを映画の中にも登場させたんです。目には見えない放射能がもたらす不条理さですよ。20km圏の境界線近くに一軒だけ残っていたゲームセンターで、ゾンビを撃ち殺すシューティングゲームをしている女子高生もいました。ゲームセンターのすぐ外はゴーストタウン化しているのに、あまりにもシュールでしょ(苦笑)。今回は舞台を「長島県」という架空の地名にしています。もちろん福島で取材した話もすごく良かったんですが、福島を舞台にすると他の被災地で取材した話を使えなくなってしまう。それで長崎と広島と福島を組み合わせた「長島県」にしたんです。東日本大震災から数年後に再び原発事故が起きたという近未来SFなんです。 ──2012年の元旦を福島で迎えたということですが、園監督は初日の出を見ながら何を考えたんでしょうか? 園 『希望の国』の撮影を2週間後に控えていたんですが、まだ脚本の最後の部分を書き上げていなかったんです。最終的に若い息子夫婦(村上淳、神楽坂恵)はひとつのあきらめと妥協を感じざるを得なくなってしまう。いろんな残念な気持ちを抱え込まざるを得ない。でも、自分たちさえしっかりしていけば、なんとか生きていけるんじゃないかと。放射能はもうどうしようもない。どこまで逃げてもやってくる。それでも、そこに希望があるんじゃないかと感じられたのは、ゴーストタウンみたいになった南相馬の20km圏内で初日の出を見たときだったんです。20km圏内だから、それなりに放射能があったと思います。でも、海から昇ってくる太陽が、ものすごく美しかった。数カ月前に初めて20km圏内に入ったときは、それまで東京にいたからでしょうけど、ブルブル震えていたんです。汚染された土地に足を踏み入れてしまった、なるべく息を吸わないよう、物に触れないようにしようとしていました。それが訪ねるたびに、悪い意味での“慣れ”、良い意味での放射能との“共生”をせざるを得ないという心境に至ったわけです。20km圏内で見たあの日の出は大きかったですね。被災した原発から20km圏上に境界線が引か
れる。強制退去を命じられた人々の怒りや不
安が、園監督流演出によって浮かび上がる。
──20km圏内と圏外の境界線上で酪農を営む小野家の家長・泰彦(夏八木勲)が息子に言う「杭が打たれたんだ。逃げろ。逃げることは強さだ」という台詞がとても印象的です。あの台詞は……? 園 被災地で取材して聞いた言葉をなるべく盛り込むようにしましたが、「杭が打たれた」はボクが考えたものです。詩人の金子光晴のエピソードから思い付きました。戦時中に金子光晴は息子に赤紙が届いたので、葉っぱをいぶして息子に吸わせて喘息状態にしたそうです。そのかいあって、光晴の息子は徴兵検査で落ちて、帰ってきた息子に向かって光晴は「バンザーイ!」と出迎えて赤飯を炊いているんです。戦時中にそんなことをすれば後ろ指をさされますが、終戦になった途端に「うちも金子家みたいにしておけばよかった」ということになるわけです。必ずしも集団でデモをして「戦争反対!」と叫ばなくても、個人個人で家族を戦争へ行かせないなどの反戦のやり方はあるんです。そういう意味では、いつの時代でも召集令状だったり原発問題だったりと、杭を打ちにくるヤツが現れる。そういうときは、政治家だとか市長だとかエラい人を頼るわけにはいかない。自分たちで考えて行動するしかないんです。金子光晴の赤紙に対する行動への、ひとつの回答のつもりです。戦争が終わってから「息子を返せ」と泣き叫ぶのではなく、そのときにやるべきことをやるんだということです。 ──『野性の証明』(78)の夏八木勲さん、『肉弾』(68)の大谷直子さんが熱演していることもあって、とても日本映画らしい作品になっています。 園 昔は緒形拳さんや太地喜和子さんとか骨太でスクリーンで輝く役者さんがたくさんいたんですが、最近はいないですよね。数少ない中から選んだのが夏八木さんと大谷さんです。夏八木さんは70歳過ぎてますけど、大変な現場だったにもかかわらず、すごく元気でした。イーストウッドみたいに、もっと主演作が作られていいはずの人なのに、もったいない。最近の映画はどれも、キャスティングが一辺倒すぎますよ。あっ。業界の悪口はもう言わないと決めてたんだけど、つい出てしまうなぁ(苦笑)。東京スポーツで痛い目に遭ってから、悪口は言わないようにしてるんです。「キムタクを安易に使うプロデューサー」みたいな批判をしたら、「園子温はキムタクが大キライ」って記事になって東スポに出たんです。そんなことは、ひと言も言ってないのに(笑)。いずみ(神楽坂恵)は妊娠していることに気づ
き、避難先でも防護服が手放せなくなる。ど
こまで防護すれば安全なのか?
──その点、日刊サイゾーは大丈夫(だと思います)! 今回は資金集めに苦労したそうですね。 園 そうです、情けないですよね。原発を扱うということで日本だけでは製作費が集まらず、海外にも協力を求めざるを得なかった。出資した会社は「反原発」を支持するようなものですから、カドが立つということでしょうか。つまんないですよ。企画があればなんでもいいから持ってきてと言っていたプロデューサーも「いや、これだけは困る……」ということだったようです。そういう意味では、原発はエログロよりもタブーだったみたいです。でも、それは向こうが勝手に自粛してタブーにしてしまっているだけですよ。別にボクは原発をタブーだとは思わない。 ──最後の質問です。園子温にとって、女性、そして女優とはどんな存在でしょうか? 園 やっぱり女性は強いですよ。原発問題を取材していても、実際に強いのは女性です。子どもを連れて外へ向かっていくのは奥さんの方なんです。女性の場合は妊娠・子育ての問題があるから、自分が動かなくちゃいけないという意識が強いように感じましたね。それに対して男はマッタリしがちというか、根を張ってしまう。それで被災地では、家族離散や離婚問題が生じているんです。もちろん、ボクにとっても女性は強い存在ですよ。創作意欲をかき立てる存在です。最近で言うと『冷たい熱帯魚』『恋の罪』『ヒミズ』『希望の国』。どれをとっても、女の年齢や状況は違えど、ストーリーの主軸となって展開していきます。女優が作品の色を決めると言っていいくらいです。 ──“園子温作品は女によって創られている”と言っていい? 園 えぇ、大丈夫です。そう言っていただいて構いません(笑)。 (取材・文=長野辰次)園監督に“今の日本映画の状況をどう感じる?”
と問い掛けたところ、「日本映画は年に1本
観るかどうか。ボクにとっては拷問ですよ。若
い監督の追い上げも感じない。ボクのほうが
ピチピチしてます(笑)」。
●『希望の国』原作・脚本・監督/園子温 出演/夏八木勲、大谷直子、村上淳、神楽坂恵、清水優、梶原ひかり、菅原大吉、山中崇、河原崎建三、筒井真理子、でんでん 配給/ビターズ・エンド 10月20日(土)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー公開
(c)The Land of Hope Film Partners
http://www.kibounokuni.jp
●その・しおん
愛知県出身。1987年に『男の花道』でPFFグランプリを受賞。詩人としても活動し、路上パフォーマンス集団「東京ガガガ」を主宰した。17歳で家出を経験した園監督の自伝色の強い『紀子の食卓』(06)では吉高由里子、上映時間4時間の大作『愛のむきだし』(08)では満島ひかり、と次々と若手女優を育て上げている。実在の猟奇殺人事件をベースにした『冷たい熱帯魚』(11)と『恋の罪』(同)もR18指定ながら大ヒットを記録。『ヒミズ』(12)では染谷将太と二階堂ふみにベネチア映画祭最優秀新人賞をもたらした。最新作『地獄でなぜ悪い』は、13年3月に公開予定。本作の原作小説「希望の国」、自伝『非道に生きる』が発売中のほか、11月2日(金)に『園子温監督初期作品集DVD-BOX』も発売される。
「やっとR指定に出られた」“悪人”西田敏行が語る、北野映画と正義の秤

2010年公開の北野武監督作品『アウトレイジ』は、容赦のない暴力描写と端役に至るまでの細かな人間描写、そしてそれを演じる俳優陣の豪華さもさることながら、ヤクザ同士の権力争いを乾いたトーンで描き、ヒット作となった。あれから2年。生き残った人物たちのその後を描く形での続編『アウトレイジ ビヨンド』が、まもなく公開される。ストーリー展開も暴力描写も、すべてがパワーアップし、出演する俳優たちもそれぞれが映画の主役を張れるほどの実力者ばかり。一瞬も見逃すことができない傑作エンタテインメントだ。
前作では、関東を牛耳る巨大組織・山王会内部の熾烈なトップ抗争劇が描かれて終わったが、今作では、関東のみならず日本の政治にも口を出すようになった山王会を潰すため、警察が動きだす。山王会に対抗できる組織として登場するのが、関西を代表する暴力団の花菱会。その若頭になんと、国民的俳優の西田敏行がキャスティングされた。笑顔が何より似合うあの人から、泣く子も黙るほどの脅し文句が放たれる日が来るとは、誰が想像しただろう。撮影前も後も興奮しっぱなしだったというご本人にインタビューを敢行した。インタビューでの語り口からはいつもの優しさがあふれていたので、ご安心を。
――西田さんがこの作品に出ると聞いた時点で驚きましたし、見終わった後もまだ信じられない気分でした。しかし、西田さんは北野作品への出演を熱望されていたそうですね。
西田敏行(以下、西田) 前作の『アウトレイジ』を見て、俺もあそこにいなくちゃおかしいんじゃないかなって思ったんですよ(笑)。なので、北野監督に会ったときに、パート2を作る予定はあるかどうか尋ねたんです。「もし作るのであれば、ぜひ私も参加したいんです」って意思表示をして。
――もちろんヤクザ役で、と?
西田 ええ(笑)。「いいんですか? やるんですか?」って何度か念を押されましたけど。「大丈夫です」って。
――ここ数年、西田さんが悪役を演じているイメージがありません。
西田 そうですね。映画においては以前、『寒椿』(降旗康男監督)という作品で女衒の役をやりましたけど、ずいぶんたってますし。それからはずっと、文科省大好きみたいな映画が多かった中で、やっとR指定に出られた。文科省的映画での僕の演技が好きな方にとってはちょっと、軽い裏切り行為になるかもしれないですけどねぇ(笑)。
――関西ヤクザの役作りは、どのように?
西田 役者としてシンプルにやりました。男優だったら誰もが一度はやってみたいのが、こういう無法者。演技だから何をやっても大丈夫ですし。インモラルな世界に身を置いてみたとき、自分はどんなふうに生きるのか、どんな顔になるのか、どういう野郎になっていくんだろうみたいな客観的な好奇心は、きっとありますから。弱肉強食、法も何もない。守ってくれるのは拳銃と、自分の根性と言葉でしかない。そんなスレスレのところで生きている人たちの心に触れてみたいと思っていました。
――北野監督からは、どのような演出があったんですか?
西田 ほとんど「ご自由にやってください」でした。アドリブも自由です、とまで言われたんだけど、そう言われると固まっちゃうものなんですよ。人間は不思議なもので、逆に「台本通りに」って言われると、かえってレギュレーションから外れたくなる。人間って、みんなそうなんじゃないかな。そういう心理を、うまいこと監督は引き立ててくれたというかね。逆に監督の思うつぼだったのかもしれないと、今になって思いますね。
――西田さんと、同じく花菱会の塩見三省さんによる恫喝シーンが本当に恐ろしくて(笑)。
西田 塩見とは兄弟分の役ですからね。おっそろしい顔してますよねぇ、ホントにね(笑)。あれと兄弟だと思うとね……(泣く)。
――確かにドスをきかせた塩見さんの顔は、正直かなり震え上がりました。
西田 すごかったですよねぇ。撮影終わってから、彼とふたりでしみじみと「いや楽しかったなぁ!」「ふたりとも結構ワルやなぁ」って悦に入ってましたから(笑)。
――緊迫したシーンだったので、撮影後はどんな気分だったのだろうと気になりました。
西田 もうね、全部の毒を吐いちゃったみたいな感じ。スッキリするんですよ。ずっと続いていた高熱が下がったときの、新しい人生が来たような気分……ま、そんな大げさなものじゃないか(笑)。とにかく爽快感がありましたよね。塩見くんとは離れがたい友情が芽生えましたよ(笑)。
――しかも西田さんが演じた花菱会若頭の西野は、最初はそこそこ穏やかそうに見えて、キレたときが本当に怖いという。
西田 ジョー・ペシみたいな芝居をしたいなと、いつも思ってるんですよね。急に怖くなる彼のあの感じを出したくて、どこかでそれを意識してましたね。
――ほかに印象深いセリフやシーンはありますか?
西田 僕が、(北野)監督演じる大友に対して、「コラァ、腐れ外道!」ってアドリブで言ったんです。それをとても監督が気に入ってくれて。「そうなんです、外道なんですよ。道から外れてるんですよ」って。道から外れるってどういうことなのか、みんなも考えてみてほしいなって思います。中国での反日デモで、強奪したり破壊したりすることにひとつのカタルシスを覚えている人たちも、一部見受けられましたよね。日本でも60~70年代に若者たちがヘルメットをつけて社会を破壊し続けましたけど、その破壊はどういうことだったのかを考えてほしい。その頃の僕らはちょうど、深作欣二監督の『仁義なき戦い』や高倉健さんの任侠映画を見ていたんです。学生闘争の時代にあれを見て、なんともしれない気持ちになって、思わず拍手をしたんですよね。健さんが悪い親分を斬りつけると、客席みんながワーッと拍手する。今は、あの感じと似た時代なのかなって思います。
――なるほど。そしてこの作品は、現代版『仁義なき戦い』でもあると。
西田 現代の『仁義なき戦い』と呼ばれることを監督はよしとしないかもしれないけど、時代は巡ってるなと。今若い人たちが欲している映画のひとつじゃないかなって思います。僕らも当時、そういう映画に飢えてましたから。見終わってスカッとする映画ですからね。
――この映画は前作に続き、「全員悪人」というキャッチコピーが印象的です。西田さんは、悪人とはどういう人を指すと思いますか?
西田 日本人らしい心理なんでしょうか、死んでしまうと善人に思えてしまう(笑)。この中で本当に悪いのは、生き残った奴らなのかもしれないですね。世間の良識の中で生きていても、「あいつ悪いな」って思う奴っていますもんね。ものすごく社会的地位もある人で、「でもあいつワルだよなぁ」みたいなのとか。
――いかにも悪いことをしていそうというか。
西田 映画での彼らは、ワルをワルとして演じているというか。自分の感情を、生き物としての本能を、素直にさらけ出して生きている人たちですから。それに対して、人間の知恵やモラルとかでルールや法律を作った形が、実際の町だったり県であったり国であったりするわけでしょ。国同士のやりとりも、こういう組織同士のやりとりとあまり変わらない。国単位でいうところの国益は、「それはうちの組の得になるのか」と同じ。そのへんを深く、しかも面白く皮肉っているところも、僕はこの映画の深さだと思ってるんですけどね。
――男はここまで体と命を張れるのか、という素直な驚きもありました。
西田 でも、子どもですよね(笑)。結局は「えーい!」って殴り合いしないと収まらないというところがある。この作品での殺しは、そのまま相手の命をとってしまうということだけど、ほかにもいろんな殺し方があると思うんです。今のいじめの問題もそうかもしれない。暴力を振るってなくても、ひとりの人間を社会的に殺してしまうこともできるわけです。組織や、人間が集まる場所には、そういうことが起きる。
――人が集まると悪が生まれやすい。悪いことをしているつもりはなくとも、無意識に悪に加担しているかもしれないですしね。
西田 そういうことを是認する社会もまた悪だと、僕は思いますけどね。そういう複雑な人間の心理というか業みたいなものを完全抽出して、駄目なところだけを画にしてるのが、この映画のすごいところだと思うんですよ。
――最後に西田さんから日刊サイゾー読者へ、映画の見どころをお願いします。
西田 これは格好いいヒーロー映画でもないけども、この人間たちのうごめきを見ることによって、世の中に固まっている業みたいなものが見えてくると思うんです。それに憧れるでもなく、嫌うでもなく、冷静に見られる自分がいればいい。それこそ、自分の正義の秤だと思います。自分の中での正義の秤みたいなものは、自分で推し量ってみてもわからない部分があるのでね。今は混沌としてるし、地球全体がちょっとカオスの状態にある。そういった意味でも、また新しい価値観や見方が生まれる。この作品を見て、それをじっと待ってみると面白いんじゃないかなと思いますね。
(取材・文=大曲智子/撮影=後藤秀二)
●にしだ・としゆき
1947年11月4日生まれ、福島県出身。70年、劇団青年座に入団。同年、「情痴」で初舞台を踏む。71年、同劇団公演「写楽考」で初主演。以降、数多くのTVドラマや映画に出演。08年、紫綬褒章を受章。主な出演映画に、86年『植村直己物語』、88年~『釣りバカ日記』シリーズ、93年~『学校』シリーズ、11年『星守る犬』、『ステキな金縛り』など多数。公開待機作に『黄金を抱いて翔べ』(11月3日より全国公開)、『大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]』(12月22日公開)がある。
●『アウトレイジ ビヨンド』
監督・脚本・編集:北野 武/出演:ビートたけし 西田敏行 三浦友和 加瀬 亮 中野英雄 松重 豊 小日向文世ほか/配給:ワーナー・ブラザース オフィス北野
新宿バルト9&新宿ピカデリーほか全国上映中
(c) 2012 「アウトレイジ ビヨンド」製作委員会
公式サイト <http://www.outrage-movie.jp>
「いじめっ子って本当は優等生なんですよ!」"ブレてもいいこと"を伝えたいファンクバンドの使命
明日10月3日に、在日ファンクのミニアルバム『連絡』がリリースされる。それを記念して、リーダーのハマケンこと浜野謙太と、ギターの仰木亮彦両名にインタビューを決行! 昨年9月に発売された2ndアルバム『爆弾こわい』からおよそ1年、「大きく変わった」という彼らの変化について聞いてきました!
──今回のミニアルバムはリード曲となっている「嘘」をはじめ、「ホームシック」「ダチ」「肝心なもんか」「不思議なもんでさ」……といった8曲構成になっていますが、タイトルの『連絡』には何か意味があるんですか? 浜野 最初から全体のパッケージを考えて作っていったわけではなく、全部の曲がそろってから、「これをひとつのパッケージにするとしたら?」って考えてつけたんです。 仰木 はじめはけっこういろいろ悩んだんですけど、どれもしっくりこなくて。でも最終的に僕が『連絡網』って思いついて、そこから「網」を消して『連絡』に落ち着いたっていう。 浜野 『連絡』にしようって言ったのは俺だよな? 仰木 でも、最初に『連絡網』って思いついたのは俺だったよね? ──……。今回、これまでのアルバムに比べると全体的にしっとりした、大人めな曲が多かったように思います。 仰木 ほら、いい「連絡」を取れる人は大人ですからね(笑)。 浜野 ただ、実際はそれぞれの曲のテーマを見ると子どもっていうか……むしろ「大人になりたい!」みたいな感じですよね。あ、"大人になりたい"っていいね。やっぱり、これタイトルにしようよ(笑)。 仰木 え!? ──前作のアルバムからおよそ1年ぶりのリリースとなりましたが、何か変化はありましたか? 浜野 やっぱり、「メンバーに曲を作ってもらおう」っていう"寛容な判断"をリーダーがしたっていうことですかねえ。 仰木 ……。 浜野 まあ正直なところ、書いてもらわなきゃいけない状況だったというか……。2ndアルバムを作った時に、実は俺がけっこうテンパってしまって、スタッフからも「メンバーにも曲を書いてもらったらどうですか?」って言われてたんですよ。そんな中、個人の仕事も増えてきて、リアルにメンバーの助けが必要になってきた。お客さんの耳も慣れてきて、1〜2時間のライブをやるのにも、メンバーの意見を取り入れて広がりを出さないと厳しくなっていたし。勢いだけではお客さんを満足させられなくなってたんですよね。 ──いろんな要素がないとおもしろくないと。 浜野 そうですね。最近はももいろクローバーZとのライブしかり、イベント的なステージに呼ばれてちょっとやる、という機会が多くて。おかげで話題はそこそこあったんですけど、いざワンマンになると「もうちょっとできるんじゃないのか?」っていう不完全燃焼感があった。(注目される機会が増えたことで)僕たちの音楽を聴こうとしてくれる人たちは増えたのに、それにイマイチ応えられていないのかなと。 仰木 そういう状況を打開するためにも、今回は僕たちも曲を作ろうってことになったんです。
──しかも、今回のミニアルバムは、仰木さんの作った「嘘」がリード曲ですもんね。 仰木 そうなんですよ! いやぁ、ハマケンはすごく寛容になった。 ──と、言いますと? 仰木 今までは、"ハマケン以外は曲を作っちゃいけない"っていう空気がありまして。もちろん、最初から自分たちがいろいろやりすぎてたら「在日ファンクとはこうだ」っていうものが明確に作れなかったと思うんですけど、最近少しずつ、いろんなことを振ってくれるようになったんですよ。 「京都」っていう曲で、ライブの時は歌い出しだけ僕がやったりしてるんですけど、スタッフが「次のアルバムは、仰木さんが歌う曲を1曲くらい入れちゃってもいいんじゃないですかね?」なんてボソっと言ったら、ハマケンが「いや、それはダメだ」って頑に拒否したりして(笑)。それが今、俺が作詞も作曲もした曲がリード曲になって、すごく感慨深いんですよ。単純に嬉しかったし。 浜野 俺も大人になったんだな(笑)。 ──ちなみに、今回一番思い入れのある曲は? 浜野 在日ファンク全体に影響を与えた曲になったので、やはり「嘘」ですね。悔しいですけど。まず、「嘘」ができてから仰木の顔付きが変わったんですよ。「俺だって、いつまでもいじめられっ子のままじゃないんだぞ!」みたいな。それに、ほかの曲のアレンジにも影響を与えたし、ライブの時にゆったり演奏できるようになりましたから。やっぱり、自分だけが曲を作ってると、内心「これでいいのかな?」って思うんですよ。だけど、メンバーが作った曲をやる時って、「こいつが作った曲なんで、良くなかったらこいつのせいです」って気構えになれる(笑)。 仰木 そういうこと!? まあ、今まではそうやって気の抜けるところがなさすぎたんですよね。「嘘」のほかに、「肝心なもんか」もリズム隊で作ったんですけど、自分の曲以外の曲が入ってきたことで、ハマケンも力が抜けたかなと。 浜野 音楽はリラックスしないとできないですよね。 仰木 前はお客さんにキレてる時とかもあったもんね。 浜野 そ、そうですね……。「なめられちゃいけない!」みたいな気負いがありましたからね。だから、メンバーが作った曲を受け入れることで、「あれもしていいんだ、これもしていいんだ」って思えるようになって、気持ちに余裕が持てるようになったんですよ。この寛容な姿勢は、みんなにも学んでほしいよね。 仰木 ん? 浜野 ほら、国とか大阪市とかにだよ! ──いきなり話が大きくなりましたね。仰木さんも、思い入れの強い曲ナンバー1は「嘘」ですか? 仰木 もちろん「嘘」もですけど、僕は「不思議なもんでさ」にも思い入れがありまして。今回のミニアルバムは3rdにつながるものに……という思いがあって、この曲を最後にするという配置で曲順を考えたのも、実は僕なんですよ。 浜野 いや、俺が仰木に話を振って決まったんだから、俺だ。 仰木 いや、俺が考えたんだよ(笑)。 ──(笑)。ところで、冒頭でも触れていましたが、去年から今年にかけて、岡村靖幸さんリミックスの「爆弾こわい」を発表したり、ももいろクローバーZに関しては対バンライブのほかに、メンバーの有安杏果ちゃんにソロ曲「教育」を提供したり……こうしたコラボを経て、影響を受けた部分もあったのでしょうか? 浜野 うーん、岡村さんに関しては、実は対談した後にちょっとヘコんでしまって。「僕らは岡村さんとは違うことをやらなきゃ!」とは思いましたね。岡村さんて、音楽に対してすごく渇望感があるんですよ。あそこまでしないとあのリズムは作れないんだろうなって思うんですけど……同時に、「僕はリア充なんで、岡村さんと同じ事は思ってません!」って気持ちになってしまって。その時、「これができる」っていうより、「僕にはこれはできない」って感じたんです。でも、「自分はこれが絶対できない」っていう感覚のほうが、本当の意味での個性じゃないですか? そこに気がつかされましたね。 仰木 そういう感覚のほうが、僕ら確信を持ってるもんね。 ──「いやいやそういうんじゃないし」っていう引いた感じが、なんだか在日ファンクっぽいですね。ももクロのほうはどうでしたか? 浜野 「教育」は、実は仕上がった後に「本当にあげたくない!」と思って(笑)。それくらい、しっくりきた曲になったんです。あのタイミングじゃなかったらももクロに楽曲提供なんてできなかったと思うし、すごくいいコラボレーションだったと思いますね。ただ、やっぱり終わったあとはまたヘコんで……「ああ、ももクロちゃんてこんなすげえんだ!」って。 仰木 大人だったんですよね。リハーサルの後、廊下で会った時に「あそこのくだりのところ、もう一度やらせてもらえませんか?」って言われて。それで、楽屋にわざわざ来てハマケンとの台詞のやり取りを練習したりしてね。 浜野 それに、ももクロを取り巻くスタッフさんたちもやりたいことをやっていて、それに対してファンが「それを待ってたんだよね!」って応えてた。アイドルとコラボなんかしたら、「でも、どうせ裏で会社がいっぱい動いてるんでしょ〜怖いよね〜」みたいな言い訳を自分がするんじゃないかって思ってたんですけど、それができないくらいももクロはパワフルだったんですよ。率直に、「人気があるってこういうことなんだ」って感じました。
──もうひとつ、これは超勝手に感じたことなんですが、今回のミニアルバムは、いじめ問題に揺れる現代社会の子どもたちの気持ちにもシンクロするのかなと。寂しさだったり、他人とのコミュニケーション不足だったり……これは意図したことではないのかもしれませんが、今後、社会に対して発信していきたいことってありますか? 浜野 前から、何事にも「ブレろ!」って思ってるんですよ。ブレたくない自分に挑戦していかないといけないんです。例えば僕は、今回のアルバムでメンバーに曲を書いてもらったり、メンバーの意見もちゃんと聞いたりしたことで、自分の世界を崩すことを味わった。 大津のいじめ事件で、いじめられた子が死んだ後に、いじめた子が「アイツ死によったで」なんて言ってた、という話がありましたよね? それを聞いて、大人は「極悪非道だ!」って言うじゃないですか。いくらなんでも、自分が加害者で、いじめていた子が死んだらショックを受けてくれるだろうと思ってるから。でも、そこでその子がケロっと見せていたのは、ブレたくなかったからじゃないかなって思うんです。その子は、「ブレたら負けだ」っていう、大人の世界から習ったことをまっとうしている、いわゆる"優等生"なんだと思うんですよ。だから、いい社会とか美しいものを作るためだったら、「ブレてもいいんじゃない」ってことを伝えたいんです。「あ、そうなの? そっちのほうがいいね!」って言う勇気を持ってほしい。これは、むしろ僕たち大人に重要なことかも。 仰木 在日ファンクって、コミカルなバンドだと捉えられがちだと思うんです。実際、笑ってもらえるっていうことは重要な要素だとも思っているし。でも、"笑い"としてしか捉えてないお客さんも多い気がしていて、もう一歩、自分たちの音楽に踏み込んで来て欲しいという時もあります。『爆弾こわい』のリリースツアーで、広島にも行ったんですが、「爆弾こわい」を演奏した時、お客さんのテンションがすごく高くて、鳥肌が立ちました。お客さんの中に共通の問題意識があれば、在日ファンクの曲って、決してコミカルなだけじゃないと思うんですよね。 ──原爆の問題とシンクロした、ということですか? 仰木 そうですね。「嘘」を作った時は、"嘘をつくことは罪である"ということは念頭に置きつつも、「嘘も方便」という言葉もありますし、全ての嘘に対して、その人が責任を取るべき"絶対悪"だと言い切れるのかな? って感じていた部分があって。なるべく嘘はつきたくないけど、多かれ少なかれ、社会生活の中で気付かずにそう仕向けられているかもしれない。だから、嘘って「いい」「悪い」じゃなくて、そういう世の中をまわす"カラクリ"みたいなものだと思ったんですよね。 ──仰木さん……けっこういろいろ考えてるんですね(笑)。なんだかでは、やっと幅が広がり始めたということで(!?)、今後の展開も、楽しみにしてます! (構成=編集部/撮影=後藤秀二) ●在日ファンク SAKEROCKの浜野謙太を中心とし、「日本に在りながらファンクを再認識する」ことを目指した7人組ファンクバンド。2010年1月にファーストアルバム『在日ファンク』でデビュー。11年にリリースした『爆弾がこわい』で注目を集め、さまざまなアーティストとのコラボレーションも展開している。 ■RELEASE 『連絡』 10月3日にリリースされる、ミニアルバム。メンバーの仰木亮彦(Gt.)の「嘘」や村上基(Tp.)の「ダチ」など、浜野以外が手がけた楽曲が初めて起用されている。「あれは今回限りのデトックスなんですけど……よかったのかな」(浜野)という、ジェントル久保田(Tb.)の“不思議な語りが聴ける”ボーナストラックにも注目してほしい。 発売日/10月3日(水)、価格/1980円(税込)、発売元/P-VINE RECORDS
「いじめっ子って本当は優等生なんですよ!」"ブレてもいいこと"を伝えたいファンクバンドの使命
明日10月3日に、在日ファンクのミニアルバム『連絡』がリリースされる。それを記念して、リーダーのハマケンこと浜野謙太と、ギターの仰木亮彦両名にインタビューを決行! 昨年9月に発売された2ndアルバム『爆弾こわい』からおよそ1年、「大きく変わった」という彼らの変化について聞いてきました!
──今回のミニアルバムはリード曲となっている「嘘」をはじめ、「ホームシック」「ダチ」「肝心なもんか」「不思議なもんでさ」……といった8曲構成になっていますが、タイトルの『連絡』には何か意味があるんですか? 浜野 最初から全体のパッケージを考えて作っていったわけではなく、全部の曲がそろってから、「これをひとつのパッケージにするとしたら?」って考えてつけたんです。 仰木 はじめはけっこういろいろ悩んだんですけど、どれもしっくりこなくて。でも最終的に僕が『連絡網』って思いついて、そこから「網」を消して『連絡』に落ち着いたっていう。 浜野 『連絡』にしようって言ったのは俺だよな? 仰木 でも、最初に『連絡網』って思いついたのは俺だったよね? ──……。今回、これまでのアルバムに比べると全体的にしっとりした、大人めな曲が多かったように思います。 仰木 ほら、いい「連絡」を取れる人は大人ですからね(笑)。 浜野 ただ、実際はそれぞれの曲のテーマを見ると子どもっていうか……むしろ「大人になりたい!」みたいな感じですよね。あ、"大人になりたい"っていいね。やっぱり、これタイトルにしようよ(笑)。 仰木 え!? ──前作のアルバムからおよそ1年ぶりのリリースとなりましたが、何か変化はありましたか? 浜野 やっぱり、「メンバーに曲を作ってもらおう」っていう"寛容な判断"をリーダーがしたっていうことですかねえ。 仰木 ……。 浜野 まあ正直なところ、書いてもらわなきゃいけない状況だったというか……。2ndアルバムを作った時に、実は俺がけっこうテンパってしまって、スタッフからも「メンバーにも曲を書いてもらったらどうですか?」って言われてたんですよ。そんな中、個人の仕事も増えてきて、リアルにメンバーの助けが必要になってきた。お客さんの耳も慣れてきて、1〜2時間のライブをやるのにも、メンバーの意見を取り入れて広がりを出さないと厳しくなっていたし。勢いだけではお客さんを満足させられなくなってたんですよね。 ──いろんな要素がないとおもしろくないと。 浜野 そうですね。最近はももいろクローバーZとのライブしかり、イベント的なステージに呼ばれてちょっとやる、という機会が多くて。おかげで話題はそこそこあったんですけど、いざワンマンになると「もうちょっとできるんじゃないのか?」っていう不完全燃焼感があった。(注目される機会が増えたことで)僕たちの音楽を聴こうとしてくれる人たちは増えたのに、それにイマイチ応えられていないのかなと。 仰木 そういう状況を打開するためにも、今回は僕たちも曲を作ろうってことになったんです。
──しかも、今回のミニアルバムは、仰木さんの作った「嘘」がリード曲ですもんね。 仰木 そうなんですよ! いやぁ、ハマケンはすごく寛容になった。 ──と、言いますと? 仰木 今までは、"ハマケン以外は曲を作っちゃいけない"っていう空気がありまして。もちろん、最初から自分たちがいろいろやりすぎてたら「在日ファンクとはこうだ」っていうものが明確に作れなかったと思うんですけど、最近少しずつ、いろんなことを振ってくれるようになったんですよ。 「京都」っていう曲で、ライブの時は歌い出しだけ僕がやったりしてるんですけど、スタッフが「次のアルバムは、仰木さんが歌う曲を1曲くらい入れちゃってもいいんじゃないですかね?」なんてボソっと言ったら、ハマケンが「いや、それはダメだ」って頑に拒否したりして(笑)。それが今、俺が作詞も作曲もした曲がリード曲になって、すごく感慨深いんですよ。単純に嬉しかったし。 浜野 俺も大人になったんだな(笑)。 ──ちなみに、今回一番思い入れのある曲は? 浜野 在日ファンク全体に影響を与えた曲になったので、やはり「嘘」ですね。悔しいですけど。まず、「嘘」ができてから仰木の顔付きが変わったんですよ。「俺だって、いつまでもいじめられっ子のままじゃないんだぞ!」みたいな。それに、ほかの曲のアレンジにも影響を与えたし、ライブの時にゆったり演奏できるようになりましたから。やっぱり、自分だけが曲を作ってると、内心「これでいいのかな?」って思うんですよ。だけど、メンバーが作った曲をやる時って、「こいつが作った曲なんで、良くなかったらこいつのせいです」って気構えになれる(笑)。 仰木 そういうこと!? まあ、今まではそうやって気の抜けるところがなさすぎたんですよね。「嘘」のほかに、「肝心なもんか」もリズム隊で作ったんですけど、自分の曲以外の曲が入ってきたことで、ハマケンも力が抜けたかなと。 浜野 音楽はリラックスしないとできないですよね。 仰木 前はお客さんにキレてる時とかもあったもんね。 浜野 そ、そうですね……。「なめられちゃいけない!」みたいな気負いがありましたからね。だから、メンバーが作った曲を受け入れることで、「あれもしていいんだ、これもしていいんだ」って思えるようになって、気持ちに余裕が持てるようになったんですよ。この寛容な姿勢は、みんなにも学んでほしいよね。 仰木 ん? 浜野 ほら、国とか大阪市とかにだよ! ──いきなり話が大きくなりましたね。仰木さんも、思い入れの強い曲ナンバー1は「嘘」ですか? 仰木 もちろん「嘘」もですけど、僕は「不思議なもんでさ」にも思い入れがありまして。今回のミニアルバムは3rdにつながるものに……という思いがあって、この曲を最後にするという配置で曲順を考えたのも、実は僕なんですよ。 浜野 いや、俺が仰木に話を振って決まったんだから、俺だ。 仰木 いや、俺が考えたんだよ(笑)。 ──(笑)。ところで、冒頭でも触れていましたが、去年から今年にかけて、岡村靖幸さんリミックスの「爆弾こわい」を発表したり、ももいろクローバーZに関しては対バンライブのほかに、メンバーの有安杏果ちゃんにソロ曲「教育」を提供したり……こうしたコラボを経て、影響を受けた部分もあったのでしょうか? 浜野 うーん、岡村さんに関しては、実は対談した後にちょっとヘコんでしまって。「僕らは岡村さんとは違うことをやらなきゃ!」とは思いましたね。岡村さんて、音楽に対してすごく渇望感があるんですよ。あそこまでしないとあのリズムは作れないんだろうなって思うんですけど……同時に、「僕はリア充なんで、岡村さんと同じ事は思ってません!」って気持ちになってしまって。その時、「これができる」っていうより、「僕にはこれはできない」って感じたんです。でも、「自分はこれが絶対できない」っていう感覚のほうが、本当の意味での個性じゃないですか? そこに気がつかされましたね。 仰木 そういう感覚のほうが、僕ら確信を持ってるもんね。 ──「いやいやそういうんじゃないし」っていう引いた感じが、なんだか在日ファンクっぽいですね。ももクロのほうはどうでしたか? 浜野 「教育」は、実は仕上がった後に「本当にあげたくない!」と思って(笑)。それくらい、しっくりきた曲になったんです。あのタイミングじゃなかったらももクロに楽曲提供なんてできなかったと思うし、すごくいいコラボレーションだったと思いますね。ただ、やっぱり終わったあとはまたヘコんで……「ああ、ももクロちゃんてこんなすげえんだ!」って。 仰木 大人だったんですよね。リハーサルの後、廊下で会った時に「あそこのくだりのところ、もう一度やらせてもらえませんか?」って言われて。それで、楽屋にわざわざ来てハマケンとの台詞のやり取りを練習したりしてね。 浜野 それに、ももクロを取り巻くスタッフさんたちもやりたいことをやっていて、それに対してファンが「それを待ってたんだよね!」って応えてた。アイドルとコラボなんかしたら、「でも、どうせ裏で会社がいっぱい動いてるんでしょ〜怖いよね〜」みたいな言い訳を自分がするんじゃないかって思ってたんですけど、それができないくらいももクロはパワフルだったんですよ。率直に、「人気があるってこういうことなんだ」って感じました。
──もうひとつ、これは超勝手に感じたことなんですが、今回のミニアルバムは、いじめ問題に揺れる現代社会の子どもたちの気持ちにもシンクロするのかなと。寂しさだったり、他人とのコミュニケーション不足だったり……これは意図したことではないのかもしれませんが、今後、社会に対して発信していきたいことってありますか? 浜野 前から、何事にも「ブレろ!」って思ってるんですよ。ブレたくない自分に挑戦していかないといけないんです。例えば僕は、今回のアルバムでメンバーに曲を書いてもらったり、メンバーの意見もちゃんと聞いたりしたことで、自分の世界を崩すことを味わった。 大津のいじめ事件で、いじめられた子が死んだ後に、いじめた子が「アイツ死によったで」なんて言ってた、という話がありましたよね? それを聞いて、大人は「極悪非道だ!」って言うじゃないですか。いくらなんでも、自分が加害者で、いじめていた子が死んだらショックを受けてくれるだろうと思ってるから。でも、そこでその子がケロっと見せていたのは、ブレたくなかったからじゃないかなって思うんです。その子は、「ブレたら負けだ」っていう、大人の世界から習ったことをまっとうしている、いわゆる"優等生"なんだと思うんですよ。だから、いい社会とか美しいものを作るためだったら、「ブレてもいいんじゃない」ってことを伝えたいんです。「あ、そうなの? そっちのほうがいいね!」って言う勇気を持ってほしい。これは、むしろ僕たち大人に重要なことかも。 仰木 在日ファンクって、コミカルなバンドだと捉えられがちだと思うんです。実際、笑ってもらえるっていうことは重要な要素だとも思っているし。でも、"笑い"としてしか捉えてないお客さんも多い気がしていて、もう一歩、自分たちの音楽に踏み込んで来て欲しいという時もあります。『爆弾こわい』のリリースツアーで、広島にも行ったんですが、「爆弾こわい」を演奏した時、お客さんのテンションがすごく高くて、鳥肌が立ちました。お客さんの中に共通の問題意識があれば、在日ファンクの曲って、決してコミカルなだけじゃないと思うんですよね。 ──原爆の問題とシンクロした、ということですか? 仰木 そうですね。「嘘」を作った時は、"嘘をつくことは罪である"ということは念頭に置きつつも、「嘘も方便」という言葉もありますし、全ての嘘に対して、その人が責任を取るべき"絶対悪"だと言い切れるのかな? って感じていた部分があって。なるべく嘘はつきたくないけど、多かれ少なかれ、社会生活の中で気付かずにそう仕向けられているかもしれない。だから、嘘って「いい」「悪い」じゃなくて、そういう世の中をまわす"カラクリ"みたいなものだと思ったんですよね。 ──仰木さん……けっこういろいろ考えてるんですね(笑)。なんだかでは、やっと幅が広がり始めたということで(!?)、今後の展開も、楽しみにしてます! (構成=編集部/撮影=後藤秀二) ●在日ファンク SAKEROCKの浜野謙太を中心とし、「日本に在りながらファンクを再認識する」ことを目指した7人組ファンクバンド。2010年1月にファーストアルバム『在日ファンク』でデビュー。11年にリリースした『爆弾がこわい』で注目を集め、さまざまなアーティストとのコラボレーションも展開している。 ■RELEASE 『連絡』 10月3日にリリースされる、ミニアルバム。メンバーの仰木亮彦(Gt.)の「嘘」や村上基(Tp.)の「ダチ」など、浜野以外が手がけた楽曲が初めて起用されている。「あれは今回限りのデトックスなんですけど……よかったのかな」(浜野)という、ジェントル久保田(Tb.)の“不思議な語りが聴ける”ボーナストラックにも注目してほしい。 発売日/10月3日(水)、価格/1980円(税込)、発売元/P-VINE RECORDS
「もう上しか見えないんです」 アクションもこなす癒やし系美女、水崎綾女の素顔にドキドキ!

大きな瞳と厚めのくちびる。セクシーでいて、どこかホッとするような癒やしのオーラも併せ持つ。いま注目の女優、水崎綾女。現在放送中の『特命戦隊ゴーバスターズ』(テレビ朝日系)では、敵の幹部エスケイプ役でおなじみ。ほとんどのスタントを自らこなす、アクション女優だ。話題の映画『ユダ』では3,000人の中からオーディションで主演を射止めるなど、演技力と存在感も作品ごとに増している。
まもなく公開になるオムニバス映画『BUNGO~ささやかな欲望~/見つめられる淑女たち』の一編、『乳房』では、乳房が膨らんでいく夢に悩まされる中学生の寛次が出会う、理髪店の女主人かな江を演じた彼女。その素顔は、女優の仕事に真面目に取り組む、かわいらしい23歳の女性だった。
――三浦哲郎「乳房」をはじめ、永井荷風や坂口安吾など昭和の文豪の短編を映画化するという、面白い企画のオムニバス映画ですね。
水崎綾女(以下、水崎) オムニバスですけど物語が続いているわけではなく、それぞれ個性のある作品になっているのが、見ていて面白いなと思いましたね。監督もキャストの方たちも豪華なので、そこに入れていただけてありがたかったです。原作の『乳房』は、撮影が終わってから読みました。原作を読むとそっちばかりに気を取られてしまいそうだし、台本にある情報を読み取れなくなってしまうのは嫌だったので。撮影が終わってから読んだら、原作にかなり忠実な脚本だったんだなって、演じた感じに近くてちょっとホッとしましたね。自分の解釈が違っていたとしても、それはそれで面白いと思いますけど。
――新婚早々に旦那さんが戦地に赴くことになり、ひとりで理髪店を切り盛りしている女主人。演じたかな江について、どう思いましたか?
水崎 戦争はもちろん嫌なことだけど、好きな人と離れ離れになっていることもすごく切ないなぁ、って思いましたね。メールもウェブカメラもある、現在の遠距離恋愛の気持ちでは演じられない。そこはもう、想像力をフル活用して演じました。

――ひとり暮らしの若い奥さんということで、近所に住む中学生の寛次から意識されるようになります。
水崎 私、5人姉妹の4番目なんです。男の子とあまり接する機会がなかったので、撮影中よりも空き時間のほうが緊張しちゃいました。「何を話したら楽しんでくれるのかな」みたいなことばかり考えていたんですよ。でも、寛次役の影山(樹生弥)くんは本当にあっけらかんとしてて。監督に「(きれいな女の人と一緒にいるんだから)お前、もうちょっとありがたがれよ」っていつも言われてたのがおかしかったですね(笑)。
――お店で2人きりのときに空襲があり、怯えるかな江が思わず寛次に体を寄せるという、見ていてドキドキするシーンもありました。
水崎 理髪店のシーンは、本物の床屋さんを昭和っぽくして使っているんです。狭い空間の中にスタッフさんがいっぱいいるので、空気が薄くなったのか、本当に2人でハアハア言ってたんですよ(笑)。自然と汗ばんでたこともあり、それが空襲の緊張感を出すのに役立ったかなと思います。寛次に対して大人として振る舞っていても、空襲はやっぱり怖い。あのときだけ年上ということを忘れているような感じ。でも、寛次に悩みを相談されたときの対応はやっぱりお姉さん。その二面性がうまく出せたらいいなと思いました。
――そんな水崎さんですが、最近はあちこちで見かけるほど大活躍ですね。
水崎 みなさんそう言ってくださるんですけど、私の中では特に忙しくなったとも感じていないんですよ。ここ最近のお仕事がメインキャストが多いので、そう見えるのかもしれないですけど。昔はグラビアのお仕事をたくさんやらせてもらったし、今は女優としていろんな役をいただけているので。そう言われてみたらそうだな、ぐらいの感じなんです。
――水崎さん自身の意識は、ずっと変わらないんですね。
水崎 私こそ、仕事に関してはあっけらかんとしているのかも(笑)。ひとつひとつの役に一生懸命。この仕事はメインどころだからいつもより頑張る、というのは違うと思うから。この『BUNGO』でも、素敵な役者さんたちが脇を固めていますよね。そっちにスポットが当たればその人が主役にもなり得るわけですし。物語って、誰にスポットが当たっているかの違いだと思う。主役だから頑張る、とかいう気持ちはないんです。
――プライベートな時間とのバランスは取れていますか?

水崎 気をつけているのは、プライベートのときは、なるべく仕事を忘れるようにすること。普通の女の子でいることも大事だと思っているんです。ボーッとする時間を増やしたり、自分の好きなことをしたり。家に帰っても台本をずっと開けているかっていったら、そんなことないんです。それぐらい切り替えをちゃんとしないと、けっこう引きずられるタイプ。家に帰ったら仕事のことは忘れて、ゆっくりお風呂に入り、次の日に備える。次の日のセリフを確認する程度ですね。
――好きな映画のジャンルや俳優さんは?
水崎 プライベートでは、なんにも考えなくても楽しめるような映画が好きなんです。やっぱりアクションが好きなので、ものすごいお金がかかっていそうなハリウッド映画とかをよく見に行きますね(笑)。お仕事として見る場合は、俳優さんに注目することよりは、「この役、素敵だな」って思うことのほうが多いです。
――これから先、どんな女優さんになっていきたいですか?
水崎 私は今、年を取るのがすごく楽しみなんです。年を重ねていろんな経験を積んだほうが、演技に深みが出る。そう考えると年を取るのがすごく楽しみになるし、10年後も同じように「年を取るのが楽しみ」って思っていたい。過去にもあまりとらわれたくないんです。今なら『BUNGO』での演技が一番いいし、これを経てまた違う作品をやったときは、その作品が最高になっているのが理想的。それは『BUNGO』を経験したからこそできた演技だと思うから。この仕事が大好きなので、10年、20年と続けていきたいなって思います。
――その年齢の水崎さんにしか、できない役があるでしょうからね。
水崎 もう上しか見えないんです。いろんな役をやって素敵になったら最高だし、もし失敗したとしてもそれもOK。「うまくできなかったな」と思ったとしても、できないってことを知ることができたわけだから。次はうまくできるように頑張れる。
――前向きですね。昔からそういう性格ですか?
水崎 いえ、全然。10代のときは悩んでばかりでした。1つダメ出しされると10、ときには100へこんじゃう。通知表にも「できるのに気にしすぎです」って、いつも書かれてたぐらい(笑)。前の私は自分に厳しくて、むしろ痛めつけてばかりでした。でも自分の人生だから、自分が主役ですよね。自分がかわいがってあげなくてどうするの、って思ったんです。もちろん今も悩むことはあります。悩んで解決するんだったら、いっぱい悩む。でも、悩んで解決しないことだったら、その自分を放っておいてみる。そうするようにしたら、すごく楽になって、人見知りもなくなりました。最近は、誰かに話すようにもなりましたね。

――5人姉妹ということで、なんでも言い合う性格なのかなと思ってました。
水崎 4番目なので、昔は「自分は、いらない子なんじゃないか」なんて思っていたこともありました(笑)。相談もあまりしなくて、家族からは「なんでもいつもひとりで決めつけるの」ってよく言われてましたね。でも今は昔より自分に優しくなったし、人を信じられるようになったのかなって思います。
――今は、家族や姉妹のみなさんとどういう関係ですか?
水崎 今は家族となんでも話せるんですけど、何に出たかとかはあまり話さないので、そのことだけは相変わらず怒られます(笑)。「放送日ぐらい教えてよ」って。でも自分から言うのも、なんか恥ずかしくって。
――「ブログに書いてあるから見てよ」みたいな?
水崎 うん、そういうタイプなんですよね(笑)。
――最後に日刊サイゾー読者にメッセージをお願いします。
水崎 『BUNGO』は、日本文学が好きな方も、文豪の作品をあまり読んだことのない方も、幅広い世代の方に楽しんでもらえるオムニバス映画です。私が出演した『乳房』は、男性に思春期を思い出してもらえる一編。思春期を過ぎた男性のみなさんが、あの頃の気持ちを思い出してくれたらうれしいですね。大人のお姉さんの色気にドキドキしてください!
(取材・文=大曲智子/撮影=後藤秀二)
●みさき・あやめ
1989年4月26日生まれ、兵庫県出身。グラビアアイドルとして活躍した後、女優として活動の場を広げる。2007年、テレビドラマ『キューティーハニー THE LIVE』(テレビ東京系)でアクションを経験し、アクション女優としての技術も上昇中。現在、『特命戦隊ゴーバスターズ』(テレビ朝日系)、『つるかめ助産院~南の島から~』(NHK)に出演中。立花胡桃の私小説を原作にした主演映画『ユダ』は、2013年1月公開予定。
●『BUNGO~ささやかな欲望~』
・「見つめられる淑女たち」―『注文の多い料理店』監督:冨永昌敬 出演:石原さとみ 宮迫博之/『乳房』監督:西海謙一郎 出演:水崎綾女/『人妻』監督:熊切和嘉 出演:谷村美月
・「告白する紳士たち」―『鮨』監督:関根光才 出演:橋本愛 リリー・フランキー/『握った手』監督:山下敦弘 出演:山田孝之 成海璃子/『幸福の彼方』監督:谷口正晃 出演:波瑠 三浦貴大
※3作品ずつ、2編に分けての上映
9/29(土)より、角川シネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
(C)「BUNGO ささやかな欲望」製作委員会
公式サイト <http://bungo-movie.jp>
「もう上しか見えないんです」 アクションもこなす癒やし系美女、水崎綾女の素顔にドキドキ!

大きな瞳と厚めのくちびる。セクシーでいて、どこかホッとするような癒やしのオーラも併せ持つ。いま注目の女優、水崎綾女。現在放送中の『特命戦隊ゴーバスターズ』(テレビ朝日系)では、敵の幹部エスケイプ役でおなじみ。ほとんどのスタントを自らこなす、アクション女優だ。話題の映画『ユダ』では3,000人の中からオーディションで主演を射止めるなど、演技力と存在感も作品ごとに増している。
まもなく公開になるオムニバス映画『BUNGO~ささやかな欲望~/見つめられる淑女たち』の一編、『乳房』では、乳房が膨らんでいく夢に悩まされる中学生の寛次が出会う、理髪店の女主人かな江を演じた彼女。その素顔は、女優の仕事に真面目に取り組む、かわいらしい23歳の女性だった。
――三浦哲郎「乳房」をはじめ、永井荷風や坂口安吾など昭和の文豪の短編を映画化するという、面白い企画のオムニバス映画ですね。
水崎綾女(以下、水崎) オムニバスですけど物語が続いているわけではなく、それぞれ個性のある作品になっているのが、見ていて面白いなと思いましたね。監督もキャストの方たちも豪華なので、そこに入れていただけてありがたかったです。原作の『乳房』は、撮影が終わってから読みました。原作を読むとそっちばかりに気を取られてしまいそうだし、台本にある情報を読み取れなくなってしまうのは嫌だったので。撮影が終わってから読んだら、原作にかなり忠実な脚本だったんだなって、演じた感じに近くてちょっとホッとしましたね。自分の解釈が違っていたとしても、それはそれで面白いと思いますけど。
――新婚早々に旦那さんが戦地に赴くことになり、ひとりで理髪店を切り盛りしている女主人。演じたかな江について、どう思いましたか?
水崎 戦争はもちろん嫌なことだけど、好きな人と離れ離れになっていることもすごく切ないなぁ、って思いましたね。メールもウェブカメラもある、現在の遠距離恋愛の気持ちでは演じられない。そこはもう、想像力をフル活用して演じました。

――ひとり暮らしの若い奥さんということで、近所に住む中学生の寛次から意識されるようになります。
水崎 私、5人姉妹の4番目なんです。男の子とあまり接する機会がなかったので、撮影中よりも空き時間のほうが緊張しちゃいました。「何を話したら楽しんでくれるのかな」みたいなことばかり考えていたんですよ。でも、寛次役の影山(樹生弥)くんは本当にあっけらかんとしてて。監督に「(きれいな女の人と一緒にいるんだから)お前、もうちょっとありがたがれよ」っていつも言われてたのがおかしかったですね(笑)。
――お店で2人きりのときに空襲があり、怯えるかな江が思わず寛次に体を寄せるという、見ていてドキドキするシーンもありました。
水崎 理髪店のシーンは、本物の床屋さんを昭和っぽくして使っているんです。狭い空間の中にスタッフさんがいっぱいいるので、空気が薄くなったのか、本当に2人でハアハア言ってたんですよ(笑)。自然と汗ばんでたこともあり、それが空襲の緊張感を出すのに役立ったかなと思います。寛次に対して大人として振る舞っていても、空襲はやっぱり怖い。あのときだけ年上ということを忘れているような感じ。でも、寛次に悩みを相談されたときの対応はやっぱりお姉さん。その二面性がうまく出せたらいいなと思いました。
――そんな水崎さんですが、最近はあちこちで見かけるほど大活躍ですね。
水崎 みなさんそう言ってくださるんですけど、私の中では特に忙しくなったとも感じていないんですよ。ここ最近のお仕事がメインキャストが多いので、そう見えるのかもしれないですけど。昔はグラビアのお仕事をたくさんやらせてもらったし、今は女優としていろんな役をいただけているので。そう言われてみたらそうだな、ぐらいの感じなんです。
――水崎さん自身の意識は、ずっと変わらないんですね。
水崎 私こそ、仕事に関してはあっけらかんとしているのかも(笑)。ひとつひとつの役に一生懸命。この仕事はメインどころだからいつもより頑張る、というのは違うと思うから。この『BUNGO』でも、素敵な役者さんたちが脇を固めていますよね。そっちにスポットが当たればその人が主役にもなり得るわけですし。物語って、誰にスポットが当たっているかの違いだと思う。主役だから頑張る、とかいう気持ちはないんです。
――プライベートな時間とのバランスは取れていますか?

水崎 気をつけているのは、プライベートのときは、なるべく仕事を忘れるようにすること。普通の女の子でいることも大事だと思っているんです。ボーッとする時間を増やしたり、自分の好きなことをしたり。家に帰っても台本をずっと開けているかっていったら、そんなことないんです。それぐらい切り替えをちゃんとしないと、けっこう引きずられるタイプ。家に帰ったら仕事のことは忘れて、ゆっくりお風呂に入り、次の日に備える。次の日のセリフを確認する程度ですね。
――好きな映画のジャンルや俳優さんは?
水崎 プライベートでは、なんにも考えなくても楽しめるような映画が好きなんです。やっぱりアクションが好きなので、ものすごいお金がかかっていそうなハリウッド映画とかをよく見に行きますね(笑)。お仕事として見る場合は、俳優さんに注目することよりは、「この役、素敵だな」って思うことのほうが多いです。
――これから先、どんな女優さんになっていきたいですか?
水崎 私は今、年を取るのがすごく楽しみなんです。年を重ねていろんな経験を積んだほうが、演技に深みが出る。そう考えると年を取るのがすごく楽しみになるし、10年後も同じように「年を取るのが楽しみ」って思っていたい。過去にもあまりとらわれたくないんです。今なら『BUNGO』での演技が一番いいし、これを経てまた違う作品をやったときは、その作品が最高になっているのが理想的。それは『BUNGO』を経験したからこそできた演技だと思うから。この仕事が大好きなので、10年、20年と続けていきたいなって思います。
――その年齢の水崎さんにしか、できない役があるでしょうからね。
水崎 もう上しか見えないんです。いろんな役をやって素敵になったら最高だし、もし失敗したとしてもそれもOK。「うまくできなかったな」と思ったとしても、できないってことを知ることができたわけだから。次はうまくできるように頑張れる。
――前向きですね。昔からそういう性格ですか?
水崎 いえ、全然。10代のときは悩んでばかりでした。1つダメ出しされると10、ときには100へこんじゃう。通知表にも「できるのに気にしすぎです」って、いつも書かれてたぐらい(笑)。前の私は自分に厳しくて、むしろ痛めつけてばかりでした。でも自分の人生だから、自分が主役ですよね。自分がかわいがってあげなくてどうするの、って思ったんです。もちろん今も悩むことはあります。悩んで解決するんだったら、いっぱい悩む。でも、悩んで解決しないことだったら、その自分を放っておいてみる。そうするようにしたら、すごく楽になって、人見知りもなくなりました。最近は、誰かに話すようにもなりましたね。

――5人姉妹ということで、なんでも言い合う性格なのかなと思ってました。
水崎 4番目なので、昔は「自分は、いらない子なんじゃないか」なんて思っていたこともありました(笑)。相談もあまりしなくて、家族からは「なんでもいつもひとりで決めつけるの」ってよく言われてましたね。でも今は昔より自分に優しくなったし、人を信じられるようになったのかなって思います。
――今は、家族や姉妹のみなさんとどういう関係ですか?
水崎 今は家族となんでも話せるんですけど、何に出たかとかはあまり話さないので、そのことだけは相変わらず怒られます(笑)。「放送日ぐらい教えてよ」って。でも自分から言うのも、なんか恥ずかしくって。
――「ブログに書いてあるから見てよ」みたいな?
水崎 うん、そういうタイプなんですよね(笑)。
――最後に日刊サイゾー読者にメッセージをお願いします。
水崎 『BUNGO』は、日本文学が好きな方も、文豪の作品をあまり読んだことのない方も、幅広い世代の方に楽しんでもらえるオムニバス映画です。私が出演した『乳房』は、男性に思春期を思い出してもらえる一編。思春期を過ぎた男性のみなさんが、あの頃の気持ちを思い出してくれたらうれしいですね。大人のお姉さんの色気にドキドキしてください!
(取材・文=大曲智子/撮影=後藤秀二)
●みさき・あやめ
1989年4月26日生まれ、兵庫県出身。グラビアアイドルとして活躍した後、女優として活動の場を広げる。2007年、テレビドラマ『キューティーハニー THE LIVE』(テレビ東京系)でアクションを経験し、アクション女優としての技術も上昇中。現在、『特命戦隊ゴーバスターズ』(テレビ朝日系)、『つるかめ助産院~南の島から~』(NHK)に出演中。立花胡桃の私小説を原作にした主演映画『ユダ』は、2013年1月公開予定。
●『BUNGO~ささやかな欲望~』
・「見つめられる淑女たち」―『注文の多い料理店』監督:冨永昌敬 出演:石原さとみ 宮迫博之/『乳房』監督:西海謙一郎 出演:水崎綾女/『人妻』監督:熊切和嘉 出演:谷村美月
・「告白する紳士たち」―『鮨』監督:関根光才 出演:橋本愛 リリー・フランキー/『握った手』監督:山下敦弘 出演:山田孝之 成海璃子/『幸福の彼方』監督:谷口正晃 出演:波瑠 三浦貴大
※3作品ずつ、2編に分けての上映
9/29(土)より、角川シネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
(C)「BUNGO ささやかな欲望」製作委員会
公式サイト <http://bungo-movie.jp>
月面ナチスが地球侵略!? 『アイアン・スカイ』はファンからの支援金で完成したネオトンデモ映画

月からセクシーなナチス党員と共に“第四帝国”が舞い降りて来た!
想定外のドラマが展開されるSF大作『アイアン・スカイ』。
月の裏側にはナチスの秘密基地があり、人類への逆襲のチャンスを虎視眈々と狙っていた。そして、ついに鉤十字マークの空飛ぶ円盤が大挙してNYを襲撃! オカルト雑誌「ムー」の読者が一斉にヨサコイ節を踊りだしそうなトンデモ感溢れるSF映画、それが9月28日(金)より公開される『アイアン・スカイ』だ。ハリウッド産のSF超大作かと思いきや、そうではない。フィンランド、ドイツ、オーストラリアによる合作映画。おバカ映画のふりをして、米国が牛耳る国際社会を痛烈に風刺した超ブラックコメディなのだ。そして、注目すべき点がもうひとつ。総製作費750万ユーロ(約7.5億円)のうち100万ユーロ(約1億円)は、特別映像を見たファンたちの支援金が占めているという点。ユーザー参加型のニュータイプな映像コンテンツとしても話題となっている。お台場で開かれた「フィンランド映画祭」に参加するためティモ・ヴオレンソラ監督が来日。メタルバンドのボーカルでもあり、ノリのいいティモ監督にいろいろと聞いてきました。
──はるばる北欧からお疲れさまです! フィンランドというとムーミンかアキ・カウリスマキ監督ぐらいしか知らない日本人にとって、『アイアン・スカイ』みたいな型破りなSF映画の登場には驚きましたよ。
ティモ ハハハ、フィンランドのイメージってだいたいそんな感じだろうね。今でもアキ・カウリスマキ監督はフィンランド映画の最高峰にいる人だよ。そういうフィンランド映画の中にあって、『アイアン・スカイ』は従来のイメージから大きく掛け離れたものだろうね。『レア・エクスポーツ 囚われのサンタクロース』(10)って作品もかなりブラックなコメディだったけど、少しずつフィンランド映画は変わってきているところなんだよ。
──『アイアン・スカイ』はパッと見、ハリウッドのSFアクション超大作かと思わせますけど、ナチスをネタにした超ブラックな政治コメディであることに途中から気づいて、またまた驚きました。
ティモ そうなんだよ。月にナチスの残党の秘密基地があって地球に攻めてくるというアイデアは脚本家と一緒にサウナ風呂に入っているときに思い浮かんだんだけど、それだけじゃ物足りないと思ったんだ。ただのSF映画にするつもりはなかった。当初からブラックで社会風刺の効いた内容にしようと思っていたんだよ。『博士の異常な愛情』(64)や『スターシップ・トゥルーパーズ』(97)なんかのイメージだね。あの2つの作品もSF映画ではあるけれど、当時の社会情勢を痛烈に皮肉っているよね。

フィンランドから来日したティモ監督。
知性とエネルギッシュさを感じさせる、身長198cmの大男です。
■現在の社会情勢は、ナチスの時代にそっくり!
──『アイアン・スカイ』には、スタンリー・キューブリックやポール・バーホーベンといった巨匠たちへのオマージュも込められていたんですね。舞台設定は2018年。戦争好きな米国の女性大統領は、不適切発言の多さで知られるサラ・ペイリン共和党議員がモデルですか?
ティモ アハハ、やっぱり似てる? いやいや、特定の個人をモデルにしたとは、監督であるボクの口からは言えないよ(笑)。多分、似ているのは偶然じゃないかな〜。米国大統領を痛烈にコキ下ろしている内容から、ボクのことを米国嫌いだと思うかもしれないけど、実はボクは米国のことが大好きなんだ。米国のポップカルチャーに触れて育ってきたわけだし、米国人のおおらかな気質は大好きだよ。でも、米国の外交政策だけは別。“世界の警察”であらんとして、諸外国の問題に次々と介入していく。そういう海外に対する高圧的な外交姿勢は大キライだね。米国に対してはLOVE&HATEな感情を持っているよ。でも、今の国際社会で問題なのは、米国だけじゃないと思う。世界全体の問題じゃないかな。今の国際情勢に関しては、すごい懸念を感じているんだよ。

これが月の裏側にあるナチスの秘密基地だ。
ハーケンクロイツ型のレトロなデザインが
いい感じ。
──劇中の女性大統領は月面ナチスの地球侵攻を逆利用して支持率アップを狙う。プロパガンダ戦略が巧みだったナチスドイツとメディアを操作する現代の米国は共通点がありますね。
ティモ そうだね、メディアコントロールに力を注いでいる点でもよく似ているよね。今回、ナチスを題材にするにあたって、1930年代のドイツがどういう状況だったのか、すごく調べたんだ。驚くほど、現代と似ている状況だったんだ。政治がメディアを操作していたこともそうだし、経済状態が落ち込んで国民の不満が大きくなっていることもそっくり。これは米国だけでなく、欧州各国にもいえること。ゼノフォビア(外国人嫌い)が増えて、極右やタカ派が台頭してきている。やがて極端な愛国心が高まっていく……。経済危機に陥ったギリシアだけでなく、ボクが暮らしているフィンランドも似たような状況になってきているんだ。
──ヤバいなぁ、アジアも同じような状況ですよ。ドイツやオーストラリアで撮影された本作。鉤十字の入った軍服や小道具をドイツに持ち込むのが大変だったと聞いています。今でも“ナチス”ネタは欧州ではタブーなんですね。
ティモ 衣装にSSや鉤十字の紋章が縫い付けてあったので、フィンランドからドイツに持ち込む際に大変厳しくチェックされたよ。今でもナチスを連想させるものはドイツ入国の際に拒否されるんだ。ずいぶん多くの書類を申請して、映画の撮影に使うものであることを証明して、ようやく入国できたんだ。でも、それは仕方ないことだろうね。実際に最近のドイツではネオナチというのが出てきて問題になっているんだ。ボクらは許可をもらってフランクフルトで撮影をしたわけだけど、カメラが回っていない間は軍服を着た俳優たちにはコートを上から羽織ってもらうなどの配慮をしたよ。撮影に協力してくれている地元の人たちの感情を逆なでしないように気をつけたんだ。
■ファンからの支援金は、こうして集まった!

2018年、米国は女性大統領が就任。戦争さえ
ぶっ始めれば、支持率がぐんぐんアップする
と考える超タカ派。
インタビュー後半は、『アイアン・スカイ』にまつわるお金の話題について。本作は2008年に公式HPを立ち上げ、特別映像を配信。世界中の映画ファンにサポーターとしての参加を呼び掛けた。1000ユーロ(約10万円)以上の出資者はエンドクレジットで名前が流れ、続いて“戦時国債”という名称でひと口50ユーロ(約5000円)の特典付き募金、1ユーロ(約100円)で冒頭約4分間をいち早く観られる会員を募り、特製Tシャツなども販売。積もり積もって100万ユーロもの資金の調達に成功している。日本でも『フラガール』(06)が大ヒットするなど、邦画バブル期には個人向け映画ファンドがもてはやされたことは記憶に新しい。ところが日本の場合は、資金流用の疑いのあった信託会社が行政処分を受けるわ、映画製作会社が倒産するわ、大変残念な結果に終わっている。その点、『アイアン・スカイ』は純粋に「この映画が観たい」というファンの熱意によって支えられたようだ。そのへんのところ、ティモ監督にじっくり聞いた。
──ヨーロッパのインディペンデント映画で750万ユーロという製作費もスゴいですけど、一般のファンから募ったファンドが100万ユーロも集まったことは画期的ですね。

フィンランド映画祭に登壇したティモ監督。
「この映画はファンの熱意が支えてくれた。
みなさんに感謝しています」。
ティモ 製作費が足らなくて、必要に迫られて考え付いたアイデアだったんだけど、結果としては大きなプラスに繋がったね。映画ファンド関係者の間では、ボクらはパイオニア扱いされているよ(笑)。映画ファンからお金が集まっただけでなく、そのことがとても大きな話題となり、ニュースとして取り上げられたしね。大きな宣伝効果もあったと思うよ。“ファンによって作られた映画”であることが、『アイアン・スカイ』の大きな旗印となっているんだ。
──08年に正式HPを立ち上げて最初のティーザーを流し始めた時点では、製作費はどれだけ集まっていたんですか?
ティモ 最初は400万ユーロ。この400万ユーロは投資家たちから募ったもの。ここまでは比較的容易に集めることができたんだ。でも、それ以上はなかなか難しかった。それで、ネット上で一般の人たちにファウンディングを呼び掛けて、100万ユーロ(1000ユーロ以上の出資者たちから集まった額が70万ユーロ、追加募集した“戦時国債”で30万ユーロ)が1年間で集まったんだ。次第に話題となり、それからさらに製作費が集まって、トータルで700万ユーロ以上になったんだ。
■映画への投資ほど危険なものはなし
──日本でも複数の作品を対象にした映画ファンドがありましたが、失敗に終わっています。『アイアン・スカイ』が成功した理由はどこにあったんでしょうか?
ティモ ボクたちが成功した理由のひとつには、数年前からネットコミュニティーと密接な関係を築くことができていたことがあると思うよ。ボクの監督デビュー作『スターレック 皇帝の侵略』(05)はネット上で800万回ダウンロードされたんだ。そういうファンベースがあったことが大きいだろうね。ボクらが次にどんな作品を作るのか、ファンが期待してくれる信頼関係があったんだ。ファンドを募る際に、もちろんボクらはお金の使い道に関しては透明性を心掛けたし、「映画への投資ほど危険なものはありません」と事前にきちんと説明したよ。「この映画は確実に完成するかどうかも分かりません。お金を損したくない人は投資しないほうがいいですよ」とね。「それでも、“助けてやろう”と思う方は是非お願いします」と本当に正直に話したんだ。

後半はSF映画らしい、迫力あるVFX映像が
満載。月面ナチス軍と地球防衛軍が戦火を
交える!
──お金だけでなく、ティモ監督が作った『アイアン・スカイ』を観たいというファンからの期待や熱気も集まったわけですね。
ティモ そう! そこがいちばん大事なところだったと思うな。お金を集めるだけなら、なんとかなるもの。でも人が持っている熱意は、集めようと思っても集められるものじゃないからね。『アイアン・スカイ』が特別だったのは、そこだったんだ。全体の出資者の中には投資目的の人もいたけど、ボクたちが正直に説明をしたこともあり、「この映画なら大損をすることはないな」と感じて出資してくれた部分もあったみたいだね。
──映画のクライマックスは、月面ナチス軍の誇る宇宙飛行船ヒンデンブルグ号と米軍の最新宇宙戦艦ジョージ・W・ブッシュ号の激突。ファンからの100万ユーロがなければ、あんなに迫力あるシーンは撮れなかったかも?
ティモ そうだね、戦争シーンだけに限らず、全体的にトーンダウンしたものになってしまったんじゃないかな。というか、あの100万ユーロがなければ、この映画は完成していなかったわけだし。日本から出資してくれたファンも含めて、世界中の出資者に大感謝だよ。
──では最後の質問です。日刊サイゾーは“タブー”が大好きなニュースサイトなんですが、フィンランドにもタブーはいろいろあるんですか?
ティモ フィンランドにも、タブーはたくさんあるよ。まず、フィンランドはロシアに対してビミョーな関係にあるんだ。それに、ノキアといえばフィンランドを代表する大企業だけど、最近は経営が厳しくなっている。でも、そういったことは公然とは口にしにくいんだ。あと、フィンランド人は第二次世界大戦の話もしたがらないね(※フィンランドは第二次大戦時は枢軸国側だった)。フィンランド人にとってのいちばんタブーと言えば、1918年に起きた内戦。100年も昔のことだけど、同じフィンランド人同士が戦ったことから、今でもフィンランド人にとって大きな心の傷になっているんだ。これは他の国にも共通することだけど、アルコール依存症や経済不況から来る失業問題も根深いものがあるね。フィンランド映画も少しずつ変わってきて、今まであまり扱わなかったような題材にも取り組むようになってきているところだよ。
──フィンランドもいろいろ大変なんだ……。ブラックなエンディングは『アイアン・スカイ』だけにしたいものですね。
ティモ ほんと、そう願うよ。『アイアン・スカイ』はボクが考えうるサイテーのシナリオになっているから、世界はそこまでバカじゃないと信じたいね(笑)。
(取材・文=長野辰次)
『アイアン・スカイ』
監督/ティモ・ヴオレンソラ 音楽/ライバッハ 出演/ユリア・ディーツェ、ゲッツ・オットー、クリストファー・カービー、ウド・キア 字幕翻訳/高橋ヨシキ 字幕監修/町山智浩 PG12 配給/プレシディオ 9月28日(金)よりTOHOシネマズ六本木ほか全国公開
<http://gacchi.jp/movies/iron-sky/>
(C)2012 Blind Spot Pictures, 27 Film Productions, New Holland Pictures. ALL RIGHTS RESERVED.
●ティモ・ヴオレンソラ監督
1979年フィンランド出身。SFコメディ映画『スターレック 皇帝の侵略』(05)を7年がかりで完成させ、監督デビューを果たす。トレッキーファンを熱狂させ、インターネット上でカルト的人気を呼んだ。『アイアン・スカイ』はカンヌ映画祭へ出品しようとしたが、惜しくも上映ならず。しかし、2012年2月にドイツのベルリン映画祭でプレミア上映したことで異様に盛り上がり、ネット上にアップされた予告編はわずか4か月で1000万回を突破。フィンランドでは初登場1位の大ヒットを記録した。続編の企画が進む一方、自ら結成したメタルバンドのリードボーカルとしても活動中だ。
元祖メガネっ娘アイドルが“ビンタ女子”に大変身!? トーキングブンブンが草食系男子に物申す!

時東ぁみ、第2章始まる!
元祖メガネっ娘アイドルの時東ぁみが、今年7月に新人アーティスト・トーキングブンブンとして1stシングル『バイバイと手を振る私には涙の跡』(エイベックス・マーケティング)をリリースした。プロデューサーは、V系エアバンド・ゴールデンボンバーのプロデュースや、『仮面ライダー』シリーズ(テレビ朝日系)への楽曲提供などで知られるtatsuo氏。
古くからのファンは、奇抜なアーティスト名はもとより、その攻めたルックスにびっくり。トレードマークのメガネは健在ながら、素材はダンボール。金髪のヅラにパンキッシュな衣装と、以前の時東ぁみのイメージを一変させるいでたちだ。
約1年前、所属事務所をサンミュージックに移した彼女。サンミュージックといえば、小島よしおや、スギちゃんなど、多くのタレントが移籍後にブレイクを果たし、“芸能人の再生工場”と呼ばれることもしばしば。ということは、彼女もブレイク確実!?
トーキングブンブンこと時東ぁみを直撃した。
――トーキングブンブンは、時東ぁみさんとは別人という設定なのでしょうか?
時東ぁみ(以下、時東) いいえ。時東ぁみのアーティスト活動時の名前で、「変身前、変身後」という表現にしてます。「別キャラクターでやろう」って話も出たんですけど、さすがにそこまで器用にできないし、同じ人でいいなと思ったので。
――アーティスト名や、ダンボール製のメガネは、プロデューサーのtatsuoさんの発案だそうですね。
時東 tatsuoさんいわく「降りてきた」らしいんですけど(笑)最初に聞いた時は、名前もダンボールも「イヤです」って何度か言ったんです。でも、「イヤだと思うってことは、それだけ印象が強いんだな」ってことに気付いてからは、「面白いかも」って思うようになりました。やっぱ、トーキングブンブンって一度聞いたら忘れないですし、プロデューサーさんや事務所が変わったというのもあるので、心機一転として今はよかったなと思ってます。

衣装やメイクは時東の発案によるものだそう。
――テーマは「女の子の代弁者」だそうですね。
時東 今、草食系男子に物申したい女の子って、たくさんいると思うんですよ。そういう女の子の乙女心を代弁していけたらと思ってます。デビュー曲のミュージック・ビデオでは、いきなりフラれた後輩の代わりに、フッた彼氏をビンタしたり、ほかのダメ男子をどんどんビンタしていくんです。私自身そういうカッコいい女性像が好きだし、かわいいって言われるより、カッコいいって言われるほうがうれしい。時東ぁみでいる時よりも、ブンブンのほうが、素の私に近い性格なんです。
――そんなデビュー曲『バイバイと手を振る私には涙の跡』は、時東さんにとって、ギャルル(ギャル曽根、安倍麻美とのユニット)の『Boom Boom めっちゃマッチョ!』以来、5年ぶりの新譜リリースだそうですね。
時東 舞台で歌ったり、ライブ活動はしていたので、正直「そんなに出してなかったっけ?」って感じです(笑)。『バイバイと~』は、曲の序盤は切ない失恋ソングなんですけど、だんだん強い女の子になっていくっていう曲で。やっぱり女の子って失恋すると、「戻りたいな」って未練もある半面、次を見てることが多いじゃないですか(笑)。そういうぶっちゃけた本当の乙女心を、tatsuoさんに書いてもらいました。
――新曲発売イベントでは、ファンの方を叩く「ビンタ会」を開催したとか。
時東 一応、握手かビンタは選べるようにしたんですけど、ほぼ全員の方がビンタを選ばれました(笑)。「一番強く叩いてください」とか、「往復で叩いてください」っていう方もいて、皆さん喜んでくれましたね。そしたら、トーキングブンブンで叩き過ぎたせいか、プライベートで酔っ払った時にも、そこにいる男全員にビンタしたりしてるみたいで(笑)。私は覚えてないんですけど、普段から叩く練習してるみたいです(笑)。
――8月にベトナムで開催された文化交流イベント「ホイアン フェスティバル」に、日本人アイドルとして出演されたそうですね。
時東 ホイアンに日本人アイドルが行くというのも初めてでしたし、日本を好きな方が多かったので、すごく盛り上がってくれましたね。
――世界での活動も視野にあったり?
時東 tatsuoさんの頭の中には、最初からあったのかもしれないですね。先日、中国のフリーペーパーの表紙とかもやらせていただいたんですけど、海外での活動は、新しい反応をいただけるので、少しずついろんな国でやれたらいいなって思います。
――事務所移籍から約1年がたちますが、環境の変化などは感じますか?
時東 私はなるべく打ち合わせに出て、自分の意見を言ったり、人の意見を聞きながら仕事がしたいタイプなんですけど、それが前はできなかったし、「与えられたものを忠実に再現する」っていうのが今までのお仕事だったんです。でも今は、頭にやりたいことがパッと浮かんだ時、それを言ってみたら「面白い」って言ってくれる人たちがいる。自分で発信することができてるなって思います。
――雰囲気も少し変わりましたよね。以前は黒髪で古風なイメージでしたけど、現在は今っぽいというか。
時東 デビュー当時、たまたま大学受験の時期で黒髪にしていて、それが印象づいてしまったんです。それまでは髪にエクステ付けたり金髪にしたり、普通の17歳をやっていたので、自分の中でずっと違和感がありました。それに当時はなんでか分からないんですけど、言っちゃいけないフレーズとかがあったんですよ。例えば「頑張ります」を言っちゃいけないとか。当時は理由を聞けなくて、自分の中でモヤモヤを秘めていた時期はありましたね。
実は私、この業界に入ってから、自分をアイドルって言ったことは一度もないんです。「ミスマガジン」(2005年)のつんく♂賞をいただいた時も、アイドルになりたくて応募したわけじゃないですし。アイドルって、ジャンルじゃなくて、英語での「idol」の意味の通り、人から言われるものだと思ってるので。「アイドルとして見られたい」とかじゃなくて、エンタテインメントというか、とにかく「面白い」と思ってもらえるような活動をしたいなって思ってるので、アイドルとしてパフォーマンスしたことはないですね。
――トーキングブンブンとしては今後、どうなっていきたいですか?
時東 とりあえず曲数を増やして、アルバムを出したり、ライブしたり、少しずつでいいので着実に、焦らずやっていきたいと思ってます。今回、歌を再開したことで、ファンの皆さんが「戻ってきてくれた」とか「やっぱ、ぁみちゃんは歌ってる時が一番輝いてるよ」とかって言ってくれたんです。ファンの皆さんが応援してくださる間は、トーキングブンブンとして納得するまでやり続けて、今までにないアーティストになれたらいいなと思ってます!
(取材・文=林タモツ/撮影=尾藤能暢)
トーキングブンブン公式サイト
<http://ameblo.jp/talkingbunbun/>
元祖メガネっ娘アイドルが“ビンタ女子”に大変身!? トーキングブンブン、草食系男子に物申す!

時東ぁみ、第2章始まる!
元祖メガネっ娘アイドルの時東ぁみが、今年7月に新人アーティスト・トーキングブンブンとして1stシングル『バイバイと手を振る私には涙の跡』(エイベックス・マーケティング)をリリースした。プロデューサーは、V系エアバンド・ゴールデンボンバーのプロデュースや、『仮面ライダー』シリーズ(テレビ朝日系)への楽曲提供などで知られるtatsuo氏。
古くからのファンは、奇抜なアーティスト名はもとより、その攻めたルックスにびっくり。トレードマークのメガネは健在ながら、素材はダンボール。金髪のヅラにパンキッシュな衣装と、以前の時東ぁみのイメージを一変させるいでたちだ。
約1年前、所属事務所をサンミュージックに移した彼女。サンミュージックといえば、小島よしおや、スギちゃんなど、多くのタレントが移籍後にブレイクを果たし、“芸能人の再生工場”と呼ばれることもしばしば。ということは、彼女もブレイク確実!?
トーキングブンブンこと時東ぁみを直撃した。
――トーキングブンブンは、時東ぁみさんとは別人という設定なのでしょうか?
時東ぁみ(以下、時東) いいえ。時東ぁみのアーティスト活動時の名前で、「変身前、変身後」という表現にしてます。「別キャラクターでやろう」って話も出たんですけど、さすがにそこまで器用にできないし、同じ人でいいなと思ったので。
――アーティスト名や、ダンボール製のメガネは、プロデューサーのtatsuoさんの発案だそうですね。
時東 tatsuoさんいわく「降りてきた」らしいんですけど(笑)最初に聞いた時は、名前もダンボールも「イヤです」って何度か言ったんです。でも、「イヤだと思うってことは、それだけ印象が強いんだな」ってことに気付いてからは、「面白いかも」って思うようになりました。やっぱ、トーキングブンブンって一度聞いたら忘れないですし、プロデューサーさんや事務所が変わったというのもあるので、心機一転として今はよかったなと思ってます。

衣装やメイクは時東の発案によるものだそう。
――テーマは「女の子の代弁者」だそうですね。
時東 今、草食系男子に物申したい女の子って、たくさんいると思うんですよ。そういう女の子の乙女心を代弁していけたらと思ってます。デビュー曲のミュージック・ビデオでは、いきなりフラれた後輩の代わりに、フッた彼氏をビンタしたり、ほかのダメ男子をどんどんビンタしていくんです。私自身そういうカッコいい女性像が好きだし、かわいいって言われるより、カッコいいって言われるほうがうれしい。時東ぁみでいる時よりも、ブンブンのほうが、素の私に近い性格なんです。
――そんなデビュー曲『バイバイと手を振る私には涙の跡』は、時東さんにとって、ギャルル(ギャル曽根、安倍麻美とのユニット)の『Boom Boom めっちゃマッチョ!』以来、5年ぶりの新譜リリースだそうですね。
時東 舞台で歌ったり、ライブ活動はしていたので、正直「そんなに出してなかったっけ?」って感じです(笑)。『バイバイと~』は、曲の序盤は切ない失恋ソングなんですけど、だんだん強い女の子になっていくっていう曲で。やっぱり女の子って失恋すると、「戻りたいな」って未練もある半面、次を見てることが多いじゃないですか(笑)。そういうぶっちゃけた本当の乙女心を、tatsuoさんに書いてもらいました。
――新曲発売イベントでは、ファンの方を叩く「ビンタ会」を開催したとか。
時東 一応、握手かビンタは選べるようにしたんですけど、ほぼ全員の方がビンタを選ばれました(笑)。「一番強く叩いてください」とか、「往復で叩いてください」っていう方もいて、皆さん喜んでくれましたね。そしたら、トーキングブンブンで叩き過ぎたせいか、プライベートで酔っ払った時にも、そこにいる男全員にビンタしたりしてるみたいで(笑)。私は覚えてないんですけど、普段から叩く練習してるみたいです(笑)。
――8月にベトナムで開催された文化交流イベント「ホイアン フェスティバル」に、日本人アイドルとして出演されたそうですね。
時東 ホイアンに日本人アイドルが行くというのも初めてでしたし、日本を好きな方が多かったので、すごく盛り上がってくれましたね。
――世界での活動も視野にあったり?
時東 tatsuoさんの頭の中には、最初からあったのかもしれないですね。先日、中国のフリーペーパーの表紙とかもやらせていただいたんですけど、海外での活動は、新しい反応をいただけるので、少しずついろんな国でやれたらいいなって思います。
――事務所移籍から約1年がたちますが、環境の変化などは感じますか?
時東 私はなるべく打ち合わせに出て、自分の意見を言ったり、人の意見を聞きながら仕事がしたいタイプなんですけど、それが前はできなかったし、「与えられたものを忠実に再現する」っていうのが今までのお仕事だったんです。でも今は、頭にやりたいことがパッと浮かんだ時、それを言ってみたら「面白い」って言ってくれる人たちがいる。自分で発信することができてるなって思います。
――雰囲気も少し変わりましたよね。以前は黒髪で古風なイメージでしたけど、現在は今っぽいというか。
時東 デビュー当時、たまたま大学受験の時期で黒髪にしていて、それが印象づいてしまったんです。それまでは髪にエクステ付けたり金髪にしたり、普通の17歳をやっていたので、自分の中でずっと違和感がありました。それに当時はなんでか分からないんですけど、言っちゃいけないフレーズとかがあったんですよ。例えば「頑張ります」を言っちゃいけないとか。当時は理由を聞けなくて、自分の中でモヤモヤを秘めていた時期はありましたね。
実は私、この業界に入ってから、自分をアイドルって言ったことは一度もないんです。「ミスマガジン」(2005年)のつんく♂賞をいただいた時も、アイドルになりたくて応募したわけじゃないですし。アイドルって、ジャンルじゃなくて、英語での「idol」の意味の通り、人から言われるものだと思ってるので。「アイドルとして見られたい」とかじゃなくて、エンタテインメントというか、とにかく「面白い」と思ってもらえるような活動をしたいなって思ってるので、アイドルとしてパフォーマンスしたことはないですね。
――トーキングブンブンとしては今後、どうなっていきたいですか?
時東 とりあえず曲数を増やして、アルバムを出したり、ライブしたり、少しずつでいいので着実に、焦らずやっていきたいと思ってます。今回、歌を再開したことで、ファンの皆さんが「戻ってきてくれた」とか「やっぱ、ぁみちゃんは歌ってる時が一番輝いてるよ」とかって言ってくれたんです。ファンの皆さんが応援してくださる間は、トーキングブンブンとして納得するまでやり続けて、今までにないアーティストになれたらいいなと思ってます!
(取材・文=林タモツ/撮影=尾藤能暢)
トーキングブンブン公式サイト
<http://ameblo.jp/talkingbunbun/>








