2冠制覇の最強ご当地アイドル! 「まなみのりさ」が語る「生歌LOVE」

磨き上がっていない感じもまた魅力的な「まなみのりさ」
 全国に100組以上いるご当地アイドルの全国大会「U.M.U AWARD」。今年の大会は12月26日に開催されるが、昨年の同大会と同じくご当時アイドルのフェスティバル「ジモラブNo.1決定戦優勝」の2冠制覇を実現した“最強のご当地アイドル”である「まなみのりさ」をご存知だろうか?   Perfumeを輩出したアクターズスクール広島出身の3人組で、広島を拠点に歌とダンスと郷土愛にこだわって活動を続けてきた。そんな彼女たちが結成6年目の今年、ついに「BLISTER」(ポニーキャニオン)でメジャーデビュー。11月10日には原宿アストロホールで念願の東京ワンマンライブも成功させ、11月末には香港でもライブをするなど急成長中だ。そんなまなみのりさの3人に飛躍の真相と、今後の展望を聞いた。 ──広島から遠路はるばる、ご苦労様です。 岡山みのり(以下、みのり) クルマで、12時間かけて来ました。東京までは遠いので、交通費を節約して、その分、来れる回数を多くしたほうがいいのかなと。 ──6年間、地道な努力を続けてこられたのがよくわかります。そんな皆さんに、互いを紹介しあう“他己紹介”をぜひお願いします。 谷野愛美(以下、まなみ) みのりはちょっと変な天然キャラ。ヘラヘラホニャホニャ担当かな。
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まなみちゃん。口癖は「まじか」
みのり えーなんかヤダ(笑)。りさは、ズパっと言うよね。そして、3人の中で一番器用で、料理や裁縫もできる。衣装も直してくれたりして。見た目はホワーっとしてるけど、ツッコミもできる。 松前吏紗(以下、りさ) まなみは、本能のままに生きている。眠いときは思ったことを即行動して、ありのままで生きてきた人です。裏も表もない感じがいいかな。 ──三者三様の個性が光るグループですが、グループとしての売りはなんですか? まなみ 激しく歌いながら踊ることを、同時進行でやるパフォーマンスです。ずっと生歌にこだわってきて、みのりが主旋律メロディ、まなみが下ハーモニー、りさが上ハーモニーでハモります。それが初めて見た方には驚いてもらえるかな。歌い方や、感情の込め方にも気をつけて、ファンの方に楽しんでもらえるように頑張っています。 みのり MCでは楽しく盛り上げて、でも、ダンスはキレキレ。そこを大事にしていきたいです。そして、「そのギャップが良い」ともファンの方に言ってもらえます。 りさ それから、私たちは結成前から広島アクターズスクールで一緒に、努力してきたのでその結束力ですね。ほかのグループはメンバーの卒業があったりしますけど、私たちは3人はユニット名からして、もう抜けられないんです。 ──誰か抜けたらグループ名変えないといけませんから、3人は一蓮托生なんですね。グループの絆が深まったのはどんな時ですか?
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みのりちゃん。口癖は「なるほど。
ははっ(笑)」
りさ 3人で、2009年に『FNSの日26時間テレビ』(フジテレビ系)で3輪車を12時間漕ぐ耐久レースに出ました。真夏日で、路面温度は60度を超える中、まなみとりさが熱中症で倒れて、点滴を打ってもらったんです。その間、みのりが頑張って、漕いでくれた。 みのり レースにメジャーデビューが懸かっていたので、死に物狂いで、泣きながら走ってました。 ──そんな皆さんの絆を表現した代表曲と言えば……。 3人 せーの!「ポラリス」です。 みのり 良かった! 揃った。「ポラリス」は私たちの転機になった曲で、北極星で一番輝いている星のこと。ポラリスA、ポラリスB、ポラリスAbの3つ星が、1つに合わさっているからキレイなんです。 りさ ライブではファンの方が集まって、輪になって、“ポラリス・サークル”というのを作ってくれるんですよ。最初は3人ぐらいの小さい輪だったのが、「TOKYO IDOL FESTIVAL 2012」(TIF/8月開催の大規模アイドルフェス)では、屋外のステージで、砂ぼこりが舞うぐらい大きい円になってくれて、嬉しかったです。 ──「TIF」や広島以外の場所でほかのアイドルと共演するときは、“攻め込む”って感じですか? みのり 今年7月に私たち主催で中国地方、四国地方のアイドルを招いて、広島クラブクワトロでライブをしました(「まなみのりさ presents 瀬戸っ娘☆ライオット2012~Early Summer Edition~Supported by リクエスト魂」ひめキュンフルーツ缶(愛媛)nanoCUNE(愛媛)、SakuLove(岡山)、山口活性学園(山口)と共演)。 まなみ ほかのグループはどんなライブするのか楽しみでした。みんな、かわいくて元気で刺激を受けました。私たちは、主催の意地で、その時に、初めてのバンドスタイルで、一味違うところを見せられたと思います。 りさ それぞれのグループに良さがあるから、刺激しあいながら、成長できたらいいですよね。 ──ライブはやっぱりMIX(ファンが曲のイントロなどで行うコール)とかで盛り上がる感じですか? みのり 「タイガー、ファイヤー、サイバー」みたいなのですよね。やってくれますね。あと「駆け込み乗車」みたいなの……。 ──MIX日本語版の「化繊飛除去」ね(笑)。地域密着のグループだけに、ファンの方との交流を大切にされているんですね。握手会などで掛けてもらった印象的な言葉はありますか? まなみ 誉めてくれる方も嬉しいですし、時には、厳しい意見を言ってくれる方もありがたいと思います。パフォーマンスやMCの改善点を握手会で熱く語ってくれると、「私たちのことを本当に考えてくれているんだ」と思います。
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りさちゃん。口癖は「やばない? すご
ない?」
──広島だとどのぐらいの知名度なんですか? りさ 地元のCM(広島交通系ICカード・PASPY、スーパーチェーン・FRESTAなど)に、出させてもらっているので、かなりの方に知っていただけていると思います。メジャーデビューした時には、新聞にも取り上げてもらいました。 まなみ 今日は渋谷のスクランブル交差点で撮影していたら、「まなみのりささんですか?」と話しかけてもらって、嬉しかったです。 ──東京での知名度も上がっているわけですね。では、皆さんの今後の夢は? りさ 広島はもちろん大事にしつつ、各地を回るツアーをしたいです。 まなみ まずは私たちのことを知ってもらって、YouTubeでもいいのでパフォーマンスを見てもらって、ライブを見てほしい。「行きたいけど広島は遠い」とおっしゃる方にも私たちを見るために広島に来てもらえるようになるぐらい頑張りたいです! みのり ライブは盛り上がる曲も、じっくり見てもらえる曲もあるので、ぜひ近くの場所に行った際には、見に来てほしい。ライブを見てもらえれば、好きになってもらえる自信があります!!
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これからは東京でも暴れまくる!
 東京初ワンマンとなった11月10日の原宿アストロホールのライブでは、自己紹介ソング「まなみのりさのてーま」や、広島のお噌メーカー「新庄みそ」とのタイアップで生まれた「ドレみそ☆ロック!」のほか、バラードナンバー「Home Again~愛のみそ汁~」などを披露。運営スタッフが自らギターやキーボードを奏でるアットホームな雰囲気の中、生歌ならではのエモーショナルなボーカルワークを見せた。  広島から駆けつけたファンも多く、みのりは「東京でワンマンをするのは、人が集まってくれるのかな? と不安だったんですけど、皆さんが来てくれて、今までやってきて本当に良かった……」と涙で告白。まなみは「待ってくれている人がいるから私たちは頑張れます」と感謝を語った。3つの星が一つになって輝く「ポラリス」を代表曲とし、広島だけに折れない“3本の矢”でもある、まなみのりさ。6年間、郷土愛を大切にファンに歌声を届けることにこだわって、ゆっくりだが着実に基盤を固めてきた彼女たちの努力は必ず報われるはずだ。 (取材・文=本城零次/写真=山本宏樹) ●まなみのりさ 谷野愛美(1991年8月7日生まれ)、岡山みのり(1990年12月2日生まれ)、松前吏紗(1991年6月12日生まれ)の3人組。2007年「I DOL DAMA☆C」でインディーズ・デビュー。12年8月には、ポニーキャニオンから「BLISTER/会いたくなったらたちまちおいで」でメジャー・デビューを果たす。最新のスケジュールなどは、オフィシャルブログで。 ■まなみのりさ オフィシャルブログ『たちまち来てみんちゃい』 http://ameblo.jp/mamiriblog/

『キングオブコント2012』ファイナリストの5人組コントユニット「夜ふかしの会」に迫る

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左から大重わたる、原慎一、三宅十空、砂川禎一朗、鬼頭真也
 男性5人のメンバーで構成されたコントユニット・夜ふかしの会。定期的に行われる単独公演は業界内で話題を呼んでいた。そんな彼らが今年9月、『キングオブコント』で初めての決勝進出。その後、ワタナベエンターテインメントにも所属して、12月26日には初のDVD『夜ふかしの会コントセレクション「楽しい夜ふかし」』も発売されることになった。いま波に乗りつつある5人の謎に包まれた素顔に迫る。 ――このDVDに収録したコントはどうやって選んだんですか? 砂川 大前提としては「5人出てるネタ」ということですね。 鬼頭 単独ライブでは、2人とか3人だけのネタも結構あるので。 砂川 持ちネタの中から、まずこれは入るだろうなっていうのを考えて、あとはあんまり色がカブらないようにしました。 ――過去に作ったネタの中で自信作ばかりを並べたということで、ベスト盤のようなDVDでもあるんじゃないでしょうか。 砂川 そうですね。そういう意味ではDVDタイトルは悩みましたね。もともとは「ベストセレクション」っていう案も出ていたんですけど、それだとハードルが上がるぞ、と(笑)。もっと良い言い方はないかって模索した結果が「コントセレクション」だったんです。  ネタ選びよりもそっちのことをみんなで考えたよね。ハードルを下げるにはどうするか。「ベストコントライブ」だとキツいよね、とか(笑)。 鬼頭 格好悪いいきさつを話しましたね(笑)。とりあえず僕らを知らない人には「これを見てください」って言えるような名刺代わりのDVDになりました。 砂川 5人もいると「顔と名前が一致しない」ってよく言われるんですけど、このDVDを最後まで見てもらえたらさすがに覚えてもらえるんじゃないかな、っていうのはありますね。 ――確かに、夜ふかしの会のコントでは役名がないことが多くて、それぞれ「砂川」「鬼頭」などと実名で呼び合ってますね。 砂川 そういえばそうですね。たぶん、別の名前が付くと僕らが間違えるっていうのが大きいです(笑)。  「高橋役の砂川」にもやっぱり「砂川」って言っちゃいますもんね(笑)。絶対無理だよ。 砂川 役名で呼ぶなら、3日ぐらい前から調整しないと。  それか、普段から高橋って呼ぶしかない(笑)。 三宅 女性役を演じるときの名前の付け方とかもひどいよね。「砂川禎一朗(すながわ・ていいちろう)」だから「テイ子」とか(笑)。 砂川 鬼頭なんて一時期「キト子」でしたからね。 大重 僕は「アケミ」でした。母親の名前がアケミなんで(笑)。 ――5人でいろんな役を演じられていますが、何となく大まかにそれぞれの演じるキャラクターには特徴があるような気もしますが、いかがですか? 砂川 そうですね。このDVDに収録されている「補習だ! やる気先生!!」というネタを見るとわかりやすいかもしれません。「一番振り回される人」が原で、ツッコミが僕。三宅さんが振り回す人ですね。で、鬼頭さんはコントの中で一番大事な演技力が必要なところを担当してもらうことが多い。 鬼頭 まあね、女子高生役は演技力がないと無理だからね。 砂川 そうそう、女役とか。 大重 で、僕はたぶんそのまま「大重」だと思います。何をやっても大重になる。それしか出せないかもしれない。 砂川 まあ、基本、なんか「うまくいかない人」ですね。  大重はボケでもないんですよね。ボケもうまくないし、ツッコミもうまくないし。 大重 生き方もうまくないし。 砂川 これが、大重だ(一同、笑)。 yofukashi002.jpg yofukashi003.jpg yofukashi004.jpg ――皆さんは「お笑い芸人」「コントユニット」「劇団」など、いろんな形で呼ばれることがあると思うんですが、そういうふうになったのはどうしてですか? 砂川 もともとウチは鬼頭だけが劇団出身で、あとの4人はお笑い出身。活動としてもお笑いライブに出ることの方が多いです。だから、僕らはもともとお笑いをやってるつもりだったんですけど、5人組だったからなのか、たまに演劇系のイベントに呼んでいただいたりすることもあって、頂いた仕事をこなしていったらそういうふうにも見られるようになっちゃった、っていうだけですね。コントをやってる5人組っていうことだけはブレないで、あとは見てる人がどう思うのかっていうだけで。 三宅 どう思われてるのか、こっちが逆に聞きたいぐらいですけどね。 ――特に「こう呼ばれたい」っていうのはないですか? 大重 「夜ふかしさん」みたいな。  そういう呼ばれ方じゃねえよ!(笑) ――『キングオブコント2012』の決勝に進んだ感想は? 鬼頭 まあ、楽しかったことは楽しかったですね。 大重 僕らは5人でテレビでネタをやるっていう機会が今までなかったんです。「学級会」のネタは原がしゃべった後に僕がしゃべるんですが、その一言が言えるかどうかっていうプレッシャーがずっとあったんです。だからたぶん……数千回は練習してますね。  数千はちょっと多すぎない? 大重 すいません、ちょっと盛りました。数百回ぐらいだと思います。緊張で失神して倒れちゃうんじゃないかとか、いろいろ考えちゃったんですよ。もう口が乾きすぎて“よげる”んじゃないかとか。 砂川 よげる!?(笑)口がよげる??? 大重 いろんな思いがありまして、とにかく怖かったです。……そのときに家族のありがたみを知りました。  どこに着地してんだよ! 砂川 それで奥さんと子供がいるっていうんならまだいいよ。お前、実家暮らしじゃん!(笑) ――ネタの出来はどうでしたか? 特にトラブルもなく終わったんでしょうか? 鬼頭 トラブルとかはないですけど、いま思うとやっぱり緊張してたなと。硬かったです。場慣れ感が足りなかったというのは反省点ですね。 ――「6位」という順位についてはどう思われますか? 砂川 まあ、今の力だとこれぐらいの順位なのかな、と思いました。もっと力をつけないと、って。 大重 僕は納得いってないです。6位っていうのはいい数字じゃないですよ。日常で「6」っていう数字はあんまり見ないじゃないですか。僕は2月6日生まれなんですけど、あっ、そうすると結構見てるか。 砂川 ……何言ってるの?(苦笑) (取材・文=お笑い評論家・ラリー遠田/撮影=尾藤能暢) yofukashi005.jpg ●夜ふかしの会(よふかしのかい) 2005年結成。大重わたる、原慎一、三宅十空、砂川禎一朗、鬼頭真也の5人からなるコントユニット。『キングオブコント2012』6位、鬼頭真也は『R-1ぐらんぷり2009』でも決勝に進出し、7位に入賞している。2012年よりワタナベエンタテインメント所属。 ●夜ふかしの会第16回公演『凛々』 【日時】 2013年1月16日(水) 19:00開場/19:30開演 2013年1月17日(木) 19:00開場/19:30開演 2013年1月18日(金) 19:00開場/19:30開演 2013年1月19日(土) 13:30開場/14:00開演 2013年1月19日(土) 17:30開場/18:00開演 2013年1月20日(日) 13:30開場/14:00開演 【会場】 下北沢駅前劇場 【チケット】 前売¥3,000/当日¥3,500 ★ローソンチケットにて好評発売中! 【Lコード:32727】 予約受付電話番号 0570-084-003(Lコード必要) 0570-000-407(オペレーター対応) インターネット予約 http://l-tike.com/ (パソコン・携帯共通) 店頭販売:ローソン店内Loppiで直接購入いただけます。 【問合せ】ワタナベエンターテインメント ライブ事務局 03-3746-1154(平日16:00~17:00)

日本で唯一の犯罪加害者支援団体代表・阿部恭子に聞く、“刑務所の内側と外側”

加害者支援を続ける阿部恭子氏
 刑務所の面会室へと向かう人々の“心の軌跡“を丁寧に描き上げた『愛について、ある土曜日の面会室』。この映画には、息子が殺されたという訃報を受け、その突然の死の真相を探りに祖国アルジェリアからフランスへと渡るゾラという母親が登場する。彼女は愛する息子のがなぜ死ななくてはならなかったのかをただ知りたいという一心で、自らの身元を隠し、息子を殺した青年の姉セリーヌに接触、交流を深めてゆく……。  そこで浮き彫りになるのは、被害者家族と同様に苦しむ加害者家族の姿。「もっと自分に何かできたのではないか……」と自分を責める家族の姿は、愛する家族を持つすべての人にとって、決して他人事ではないはずだ。この映画に惚れ込んだ、日本で唯一の加害者家族支援団体(NPO法人World Open Heart)理事長、阿部恭子さんに、加害者家族の実情を語ってもらった。 ──フランスの刑務所の面会室を舞台にした映画『愛について、ある土曜日の面会室』をご覧になって、阿部さんが「とてもリアル」とおっしゃっていたと伺ったのですが。 阿部 そうなんです。本当に劇映画とは思えないほどリアル。自分自身が普段向き合っている加害者やその家族たちと寸分違いがないと感じました。映画を観ているという気がしなかったぐらいです。被害者、加害者、その家族が抱える葛藤は、国を越えて普遍的なのだと思います。刑務所がテーマとなった映画などはドキュメンタリーも含めいろいろ観てきていますが、しっかりと人物に迫った描写があって、この映画は好きですね。 ──ご自身が普段向き合っていらっしゃる方たちと違わない、とは具体的にはどういうことでしょうか。 阿部 前提として、刑務所は遠く離れたところにあることが多いです。日本ではたいていの刑務所は土曜日に面会ができないので、面会に行くとなると仕事を休まなくてはならないですし、交通費などのお金もかかります。家族にとって、面会に行くことはとても大変なことです。面会室のシーンに、怒っている人の姿が映っていますが、外から来る人と中にいる人との感情のギャップはすごく大きいです。中にいる人は、ずっと次の面会を考えて暮らしています。一方で面会に来る側は、都合をつけるだけで精いっぱい。やっと会えても、「ずっと待っていたのに今頃来たのか!」「やっと来られたのよ!」とぶつかってしまうことも少なくないのです。私は、面会室でそういった光景を何度か目の当たりにしています。日本の面会室はガラス越しで触れ合うことはできませんので、気持ちの表現の仕方は違ってくるかとは思いますが、映画に映し出される「感情」はとてもリアルでした。 ──日本の面会室はガラス越しで、土曜日は面会ができない。フランスと日本では、だいぶ制度が違うのですね。 阿部 そうなんです。日本では受刑者を隔離することに重点が置かれていて、その家族のことにまであまり意識がいっていないのが現状です。面会時間は30分くらいで、とにかくたくさんの制限があります。一方で、いろんな局面で「権利」の意識の強いヨーロッパなどでは、加害者の家族の権利というものが感じられます。加害者の権利が制限されるのは仕方ないにしても、その家族に権利はあるべきではないかと思います。子どもは単純に、パパやママに会いたいですし。  海外では加害者家族の支援団体もたくさんあるんです。でも、日本には全然ない。制度と同様、支援団体の充実という面でも比較してみると欧米との差はありますね。日本では、どうしても「加害者側」というハードルが高すぎる気がします。加害者家族自身も、「自分たちなんかが支援を受けていいのでしょうか……」ということをおっしゃる人も少なくありません。笑ってはいけない、楽しんではいけない、幸せになってはいけない……と、自ら事件に関わったわけでもないにもかかわらず、自分を抑え込んでしまう傾向があります。私が団体を立ち上げる時も、加害者家族を支援するなんて言ったらバッシングで大変なことになるよ! などという忠告も数多く受けました。海外ではあたりまえなのに……。 ──阿部さんはどういった経緯で、いまのような加害者家族の支援活動をはじめたのでしょうか? 阿部 私は、犯罪の被害に遭った経験もあり、どちらかといえば、被害者の権利の方に関心がありました。大学院で、被害者支援について調査している時、「加害者の家族」という存在に気がつきました。実際、東北でも加害者家族が自責の念から自殺に至るという事件が起きていました。驚いたことに、こうした加害者家族が支援を受けることができる機関や団体が、国内にまったく存在しなかったのです。悲しみを分かち合うこともできず、自分が犯したわけでもない罪を背負って生きている……。苦しいだろうな……何かできないかと考えました。特に、子どもに罪はないはずです。それでも、家族の前科というものが就職や結婚の時に問題となってしまう。こうした不条理な差別をしない社会にしていきたいと思いました。 ──実際、阿部さんは、加害者家族に対してどのようなサポートをしていらっしゃるのでしょうか。 阿部 もしも家族が逮捕されたと聞かされたら、どうしますか? 「何をしていいのかわからない」が、多くの方の正直なところだと思います。そのため、電話をいただいたら、まず家族として、いま何をすればよいのかをお伝えします。加害者の方がどの段階にいるかによって、やることは決まってきます。警察からの事情聴取があるかもしれませんし、裁判の時に証人として家族が呼ばれる可能性もあります。そういった今後起こりうることを説明します。まずは主に情報提供ですね。みなさん慣れない場所なので、裁判所や刑務所に付き添ったりもします。また、いろいろな手続きの必要が出てきます。離婚しなければいけないとか。私たちが活動している仙台で一番多い相談は、転居です。団体の副理事長が不動産経営者なので、土地を売ったり、転居先を見つけたりと、総合的なサポートをしています。こうした事務的なサポートとは別に、とても必要なのが、心に寄り添うことです。映画の中の少女ロールのように、(夫や恋人が逮捕された後で妊娠が分かって)「おなかに宿ってしまった子どもを産むべきかどうかわからない」という相談もあるんです。そういう状況になってしまうと、本当にどうしたらいいか本人もわからなくなってしまうんです。絶対的な答えなどないので、話を聞いて、とことん一緒に考える。これしかないですね。 ──映画では、殺人を犯した青年の姉セリーヌが、加害者の家族として登場します。セリーヌの姿をご覧になって、どのようなことを感じられましたか? 阿部 セリーヌは一人でいる時も人前でもよく涙を流していますが、日本人は人前ではなかなか泣けないですよね。裁判でも耐えるほうが多いです。私は傍聴の付き添いもするのですが、やはり自分の子どもが手錠をかけられている姿を見るというのはとても心苦しい。「こんな子を産んでしまった……」などと考えてしまう親の心の痛みは計り知れないです。でも、ここで泣いてしまったら、自分が家族であることがわかってしまう……と涙をたえていらっしゃった方もいました。でも、本当は「泣き叫びたい、死んでしまいたい」といった気持ちだと思います。 ──映画では、被害者家族と加害者家族が交流をします。そのようなことは実際にありますか? 阿部 いえ、私の知っている限りではないですね……。ただ、隣人や親戚が加害者と被害者という関係になってしまうケースは結構あります。そういった意味では、現実には非常に距離が近くなってしまうことはあるかもしれません。その場合は、また違った問題が生じてくるかと思いますが。実際に活動の中で、「こんなこと、映画でしかありえない」って思うようなことが起きているので、何が起きてもおかしくないかなとは思います。 ──「映画でしかありえないこと」とは、具体的にはどんなことがありますか? 阿部 マスコミが家に押し寄せて、夜でも明かりが煌々としているなんて、まさに映画でしかありえないことですよね。私たちの団体につながって下さる家族は、たいてい普通の生活をしてきた方たちです。そうした普通の生活が一転する。テレビでもネットでも自分の家族の名前が飛び交っている。まるで、日本中を敵に回してしまったかのような恐怖です。みなさん、悪夢のようだとおっしゃいます。 ──現在、加害者に向けた再犯防止のカウンセリングも行っているそうですね。 阿部 「被害者教育」「贖罪教育」などとも呼ばれていますが、全国の刑務所で始まっている教育プログラムの一つとして、加害者の家族の心情を理解するためのクラスに携わっています。加害者の方たちに対して、みなさんが社会と隔てられた場所にいる間に、家族のみなさんはこんな思いでいるんですよ、というのを伝える講義をしています。加害者の家族の方は、本当につらい目に遭っています。「自分も刑務所の中に入りたい」と思わず考えてしまうほど、世の中のバッシングがひどく、生き地獄のような場合があるんです。守ってくれる人がいない状態。ただそういう事実を加害者に伝えるだけでは、一方的に責めているように捉える方もいるかもしれませんが、責めることが講義の目的ではありません。自分の起こした事件を、もうちょっと客観的に見てみようというのが目的です。  また、まだはじまったばかりのプログラムですが、「なぜ、このような事件が起きたか」を聞くグループ・カウンセリングを3~4人単位で行っています。「なぜ」は被害者側の方々はもちろん、加害者の家族も聞きたいことです。どうして止められなかったか、と自分を責めてしまう方も多いので。裁判ではその「なぜ」の伝え方が違ってきてしまうので、カウンセリングでは罪名などではなく、「あなたはどんな悪いことをしましたか」「あなたが傷つけた人は誰ですか」と問いかけます。こめかみが痛くなるぐらい、神経を使う瞬間が多くあります。事件によって、たくさんの人が傷つきます。こちらも問いかけるのはとても苦しくはありますが、起きたことは元には戻せないので、その中で「なぜこのような事件が起きたか」話してもらい、自分が起こしたことを意味付けしてもらっています。 ──最後に一言どうぞ。 阿部 言葉では説明できないことを感じられるのが映画だと思います。みなさんあまり考えたくないことだと思いますが、家族がどこかで何を犯してしまうかはわからないですし、家族が過ちを犯さないようにすることは完全には不可能ですよね。交通事故などもありますし、潜在的には誰もが加害者家族になる可能性を持っています。加害者も、その家族も、私たちとなんら変わらない、普通の人なんです。私は、愛する人たちのために一生懸命である人を応援したいと思っています。『愛について、ある土曜日の面会室』で描かれる刑務所の内側と外側の人々の交流、人間模様を見て、塀の中の人にも想いをはせてもらえればと思います。 ●阿部恭子 1977年宮城県生まれ。10代前半より、社会的少数者や弱者の権利擁護、生活を支援する活動に参加。08年8月、東北大学大学院在学中に自ら発起人となり同級生らと人権問題を調査研究するための団体「World Open Heart」を設立。これまで見過ごされてきた「犯罪加害者家族」という問題に気がつき、仙台市を拠点として当事者に必要な支援活動を開始。全国的な支援体制の構築に向けて東京、大阪でも活動を展開している。近年、再犯防止教育の一環として、受刑者らに被害者家族の現状を伝える活動にも力を入れている。 hkjfsdvglqaisfl.jpg ●『愛について、ある土曜日の面会室』  大女優カトリーヌ・ドヌーヴも称賛! フランスの新星レア・フェネール監督衝撃のデビュー作。フランス・マルセイユ。ロール、ステファン、ゾラは、同じ町に暮らしながらお互いを知らない。サッカーに夢中な少女ロール。ある日、初恋の人アレクサンドルが逮捕されてしまうが、未成年のロールは面会ができず想いを募らせてゆく……。仕事も人間関係もうまくいっていないステファン。偶然出会ったピエールに、自分と瓜二つの受刑者と「入れ替わる」という奇妙な依頼を持ちかけられ、多額の報酬に心が揺らぎだす……。息子が殺されたとの訃報を受けた、アルジェリアに暮らすゾラ。突然の死の真相を探るためフランスへと渡り、加害者の姉に接触し交流を深めてゆくが……。ある土曜日の朝、3人はそれぞれの悲しみや痛みを受け入れ、運命を切り開くために刑務所の面会室へと向かう。 監督:脚本:レア・フェネール 出演:ファリダ・ラウアッジ『ジョルダーニ家の人々』、レダ・カテブ『預言者』、ポーリン・エチエンヌ マルク・ロティエ『親指の標本』、デルフィーヌ・シュイヨー『ポーラX』、ディナーラ・ドルカーロワ『動くな、死ね、甦れ!』 2009年/フランス/35ミリ/1:1.85/ドルビーSRD/120分 原題:Qu’un seul tienne et les autres suivront 12月15日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

「ファンがいない」「需要がない」でも“コント日本一”バイきんぐの多忙で穏やかな日常

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小峠英二(左)、西村瑞樹(右)
 「キングオブコント2012」王者のバイきんぐが、12月26日にベストネタを収録した初のDVD『King』(アニプレックス)を発売。同大会決勝で高得点を叩き出した「卒業生」「ファミレス」をはじめ、10本のコントを収録。苦節16年の重みがギュッと凝縮されたような、珠玉のコント集となっている。  今年、正真正銘の「King」となった2人に、DVDのことや、今考えていることなどを聞いた。 ――優勝後、まだ1日も休みがないと聞きましたが。 小峠英二(以下、小峠) テレビのレギュラーとかは特にないんですけど、ありがたいことに毎日お仕事いただいてますね。 西村瑞樹(以下、西村) それでも、スケジュール帳を見た時、空白があると不安になります。 ――優勝以降、生活は豪華になりましたか? 小峠 いえ、今は引っ越すための物件探しをする時間もなくて。変わったのは、上京以来16年間使っていたせんべい布団を、「京都西川」の布団に買い替えたくらいです。 西村 僕も、家でご飯を作らなくなったくらいですね。前はいっぺんに5合くらい炊いて、一食分ずつ冷凍してたんですけど。 ――芸能人っぽいエピソードが見当たらないですね(笑)。でも、ファンは急激に増えたんじゃないですか? 小峠 僕らのファンなんかいないです。 ――いやいや、時の人じゃないですか。 西村 今も変わらず、出待ちとかいないですよ。ハゲたおっさん2人ですから、誰も待たないでしょ。 ――で、でも、西村さんはたまに「ジョン・トラボルタに似てる」って言われてるじゃないですか! 西村 今の時代、需要ないですよ。誰がトラボルタを欲しがってるんですか。 ――なんか、すいません。メディアでは、小峠さんがやっていた害虫駆除のバイトがクローズアップされがちですが、西村さんもコールセンターでクレーム処理のアルバイトをされていたとか。 西村 はい、「キングオブコント」の前までやってました。ある商品の故障などのクレームを受け付けてましたね。 ――どんな商品ですか? 西村 それは守秘義務というのがあって、言っちゃダメなんです。もし言ったら、すごい額の賠償請求が来てしまうので。 ――じゃあ、せめてヒントを。 西村 えーと、硬くて……いや、これ以上はまずいっす。ノーヒントでお願いします。やばいやばいやばい。 IMG_1401_.jpg ――残念です(笑)。12月26日に初のDVD『King』をリリースされますが、見どころを教えてください。 小峠 いろんなタイプのネタが入ってます。最近、テレビでもネタをやらせていただく機会が増えたんですけど、あれはテレビ用に短くしてることが多いんです。DVDにはフルバージョンが入ってるので、ファミレスのネタとかも、テレビの短い尺より絶対にこっちのほうが面白いんですよ。ぜひコントそのものが持ってるポテンシャルを、このDVDで見ていただきたいです。 ――DVDを拝見して、あらためてお2人の声の大きさを実感しました。お2人のコントのスタイルに、例えば「大声系コント」のようなキャッチコピーは付いてたりしますか? 西村 今は特に言われてないですね。ただ、昔はこいつが僕の足の裏を舐めたりとか、汚いネタばっかりしてたので、「汚ねえ系コント」って言われてたことはあります。ウケないから、そういうネタはもうやめましたけど。 ――以前は随分攻めてたんですね。 西村 当時は、お客さんにまったくウケなくて、一回でボツになったネタがむちゃくちゃありましたね。 小峠 僕が大工の棟梁で、こいつが新人大工という設定で。新人大工が釘を誤って飲み込んだから、その釘を取るためにこいつを四つん這いにさせて、僕が上からかんなで削って取り出すっていうネタとか。あと、ヤクザがダーツ屋に行って、矢じゃなくてサングラスをひたすら30個くらい投げるネタとか。そういうのはバカみたいにスべったので、一回しかやってないです。 ――幻のネタですね(笑)。ところで、もうすぐクリスマスですが、お2人はクリスマスの思い出はありますか? 小峠 当時付き合ってた彼女から、クリスマスプレゼントに服をもらったんです。その数日後に些細なことでケンカをして、ムカついたので、もらった服を袋に詰めて多摩川に捨てに行ったことがありますね。でもすぐに後悔して、次の日に結構な川下まで探しに行きましたけど。 ――それは彼女への当て付けで? 小峠 いや、自己満足です。僕、「0か100か」ってところがあるので、そういうことをしでかす時があるんですよ。ひどいですよね。 西村 僕は、数年前のクリスマス・イブに、芸人10組くらいで、今までボツになった中で一番ひどいネタをやるっていうライブに出たんです。イブだし、そんなライブだしで、お客さんもあまり入らなくて。えらく寂しいクリスマスになりましたね。 ――ちなみに、どんなネタをやったんですか? IMG_1371_.jpg 西村 ホントにメディアとかに言えないような、危ないやつですよ。 ――気になるので、教えてほしいです。 西村 ●●(自粛)から、爆弾を落とすネタで。どっちがボタンを押すかケンカして……。 ――わあーわあー! 聞いてすみません。今年のクリスマスは、恋人と過ごしたりしないんですか? 西村 僕、3年くらい彼女いないので。 小峠 僕は半年くらい付き合ってた子と、3週間前に別れました。 ――小峠さんは、なぜこんな調子のいい時期に別れてしまったんですか? 小峠 すごく勝手な意見なんですけど、好きという気持ちがあまりなくなってしまって、2カ月間くらい会ってなかったんです。このまま言わへんのは逆に失礼やろと思いまして、3週間前にちゃんと言いました。 ――どんなふうに言ったんですか? 小峠 最初はできるだけ傷つけたくなかったので、「今、大事な時期やから、お笑い以外考えられへん」って言ったんです。でも「それでも待つよ」みたいなことを言われたので、最終的には「厳密に言うと、頑張れば少しは会う時間はあるけど、忙しい合間を縫って会おうとするまでの気持ちがない」と伝えましたね。泣いてましたけどね……。 ――彼女の、どんなところが好きだったんですか? 小峠 料理がすごく得意な子で。家に行った時に、ちゃちゃっとパエリアかなんかを作ってくれて、すごく感動した思い出がありますね。彼女がきっかけで、料理が上手な女性っていいなあと思うようになりました。 西村 そんないい女を捨てるなんて、罪な男ですよ。ねえ(ニヤニヤしながら)。 ――では最後に、芸人として今後、挑戦してみたいことを教えてください。 小峠 スカイダイビングをしてみたいです。よろしくお願いします。 西村 僕は、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)が大好きだったので、ああいう身体を張った番組に出たいです。芸人になったからには、人間性クイズをやったり、空に飛ばされたりしてみたいですね。 (取材・文=林タモツ) ●バイきんぐ 小峠英二、西村瑞樹からなるお笑いコンビ。1996年結成。「キングオブコント2012」において、歴代最高得点での優勝を果たす。 バイきんぐ・夜ふかしの会、DVD発売記念合同インストア・イベント決定!! <http://contentsleague.jp/news/20121128-01>

「泣けない人間ほど、かわいそうなものはない!」“熱血漢”照英ができるまで

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 陸上選手からモデルを経て、芸能界へ。熱血キャラと、頑丈な肉体を生かし、体を張ったバラエティをはじめ、戦隊ドラマや時代劇、育児情報番組のMCなど、タレント・俳優として幅広い活躍を見せる照英。  喜んだ時は雄叫び、感動した時はなりふり構わず思い切り泣く。そんな真っすぐすぎる男の著書『自分らしく媚びずに生きる 俺の自己啓発!』(アスコム)が発売された。  同書では、正義感にあふれ、妥協せず、決して後ろを振り向かないおなじみの姿がつづられる一方、自ら「照英は商品」と言い切り、意外にもビジネスの観点では冷静でやり手の一面も覗かせる。  彼は何を想い“照英”を演っているのか。自身が社長を務める所属事務所で、話を聞いた。 ――新著『自分らしく媚びずに生きる 俺の自己啓発!』は、照英さんの軌跡や、信念などを探りつつ、読んでると前向きになれる本ですね。タレントでありながら自己啓発本を出すことに、迷いはありませんでしたか? 照英 物事をやっていく上で、迷いなんてないですね。芸能界自体が迷う世界ですから、こんなことで迷ってたら前に進めないですよ!! ――す、すみません(笑)。どんな方に読んでほしいですか? 照英 全員に読んでもらいたいです。日本を問わず、世界の方にも読んでもらいたいですし、みなさんに元気を与えたい。どんなことが照英を作り出したのか、僕のバックボーンを探りつつ、そこから読んだ方が一歩でも前向きになったり、自信につなげていただけたらうれしいですね。日本の自己啓発本、いやっ、世界の自己啓発本の中でナンバーワンの本だと思います! ――本では、照英さんの素の部分を、かなりぶっちゃけてますよね。 照英 裸になった感じはありますよね。ここまで奥底に秘めてる心中を言ったことはなかったので、テレビでの僕しか知らない人からしたら「何言ってるの?」と思うようなことも書いてあると思います。でも、テレビで出してるのって、基本的に商品としての照英像を作るためにやってますから。この本で、僕の奥底に秘めてる喜怒哀楽や、頑張るための原動力を知って、笑ってくれたらいいですね。 ――バラエティで見せるような、猪突猛進なキャラができたきっかけはなんですか? 照英 バカさ加減を出していくことで、みんなが「あははは」って笑ってくれることが喜びに変わったんです。「俺の筋肉爆発するぞ!」とか言って、誰かが「照英アホだな」って笑ってくれて、「もっと照英が見たい」ってファンになってくれたら成功ですよね。 ――芸能界における“照英”を、客観的に見ていらっしゃるんですね。 照英 20歳くらいからモデルの仕事を始めて、もう40歳になりますけど、照英というキャラクターがどうしたら伸びていくのか、興味を持たれるのか、ってことをずーっと考えてますからね。僕はこれまで、この本にも書けないほど怖い思いもしてるし、実は悪いこともいっぱいしてるんです。いろんなことを経験しているからこそ、今の強さに変わってるんだと思いますね。怖いものなんて何もないです。 IMG_0809.jpg ――何に対してもとことんポジティブですが、それはいつ頃からなのでしょうか? 照英 子どもの頃はすごく内向的で、「お前はお姉ちゃんにいつもくっついてるから、ナヨナヨしてるんだ」って言われ続けていたんです。それがトラウマになっていたことと、中学1年くらいに陸上競技の先生に「お前はナヨナヨしてる性格を直さないと、上に行くことはできない」って言われて。その2つが発奮剤になって、うなぎ上りに負けず嫌いでポジティブな性格になりましたね。 ――内向的だったとは意外ですね。 照英 もともとの僕は、メンタルが弱いんですよ。だからスポーツでも大事な大会の前にケガしちゃったり、オリンピックに行く手前で終わっちゃったりね。でも芸能界みたいなしっちゃかめっちゃかな世界にいたら、弱音なんて吐いてる時間はないですから。弱音吐いてたら「あの人は今」になっちゃいますよ。昔、一緒に飲んでた芸能界の友達も、ほとんどいないですから。今残ってるのは、有吉(弘行)とか、ビビる大木。役者陣だと、ケイン・コスギや、山本太郎くらいですかね。 ――ケインさんや、山本さんなど、やはり昔から真っすぐな性格の方と親しくされてるんですね。 照英 やっぱり一生懸命何かを追っかけてる、真っすぐな人が好きですね。ヘラヘラ、ナヨナヨしてる人は嫌いです。僕が憧れてる藤岡弘、さんや、赤井英和さん、もちろん松岡修造さんも熱血の先輩ですから、かっこいいなあって思いますね。有吉だってあきらめないでずっとやってきたから、今また花が咲いてる。そういう人間って、根底に強さを持ってますよね。 ――照英さんといえば“涙”のイメージが強いですが、泣くことについてどうお考えですか? 照英 涙は宝物。一人の涙で多くの人間の共感を得るし、パワーを与える。涙って、言葉より本音で語り合えるから好きですね。僕は、泣けない人間ほどかわいそうな人間はいないって思ってるんです。涙こそ、言葉のいらない語り部ですよ。よく我慢する人がいるけど、その人には「我慢する理由がどこにあるの!? 恥ずかしいの!?」って言ってるんです。きっとその人の周りに「恥ずかしい」と思わせた誰かがいたから泣けなくなったんでしょうね。自分を大切に思っていれば、泣けないことは絶対ない! 泣けない人たちにこそ、僕のことを見て、涙を感じてほしい。自分の表現能力を、みんなに分けてあげたい。そう思いますね。 ――プライベートでも泣くことはありますか? 照英 もうしょっちゅうだね。最近だと、昨日! スタジオ収録の出番直前に、楽屋ですごい感動するウィンドサーファーのドキュメンタリー番組を見ちゃって。もうボロッボロ。僕、司会だったんだけど、目真っ赤にしたまま本番に入っちゃいました。人間の頑張ってる心を描いたものを観ると、ジーンときちゃうなあ。 ――ちなみにこの本を読む限り、正義感も強くて、家族愛にあふれていて最高の父親だなあと思うんですが。実は家族から直してほしいと言われてるところはありますか? 照英 「パンツ一丁でいるのをやめて」って言われるね(笑)。僕が家に帰るとボクサーパンツ一丁でテレビ見たり、ご飯食べたりするから、子どもたち(長男5歳、長女2歳)も帰ってきたら脱ぐようになっちゃって。もうジャングルですよ(笑)。女房だけが洋服着てる。あとは細かすぎるところ。バッグの中身も細かく整理してるし、洋服も毎回クリーニングに出して、Yシャツもデニムもピタッと畳んでお店みたいに置いてる。食器が出しっぱなしだと、「俺が風呂入るまでに片付けて」とか言うし、嫌がられてる(笑)。でも、旅行に行く時は、旅のしおりを作るくらい段取りが細かいから、女房からしたら、お姫様になれるっていうのはあると思いますね。昔から、サプライズで喜ばせたり、指輪あげる時のシチュエーション考えたり、っていう段取りはやってきてます。 IMG_0890.jpg ――もっと豪快な方なのかと思ってました。 照英 この仕事をして、細かくなっちゃいましたね。生放送では失敗できない、ナレーションはかんだらいけない、司会だったら自分を暴発しちゃいけない……いつも「失敗したら、あとの照英はない」って思ってるから。「大丈夫」って言葉が得意じゃないんですよ。絶対、大丈夫なんてないんだから、用意周到にしないとって感覚があるんです。だから、その反動で、家で脱いじゃうようになっちゃって(笑)。 ――ところで、ネット界では照英さんのコラ画像(有名人などの顔を、別の画像と合成加工した画像)が一大ブームとなり、今もなお作り続けられているようですが。 照英 いや~、ありがたいですよ。1年くらい前にマネジャーから「すごいことになってますよ」って言われて。見てみたら僕がEXILEをおんぶしてたり、ストーブ持ちながら爆破から走って逃げてたり、髪が長くてすごい巨乳になってたり。その巨乳のコラ画像は、いとこのおばさんにそっくりなんだけど(笑)、そういうのを見てたら「面白いなあ!」と思って。僕はネットがよく分からないし、「2ちゃんねる」も見たことがないので、メッセージを送る方法が分からないんだけど、いつか「みなさんのゴールはどこですか?」「照英を、どこまで成長させてもらえるんですか?」っていう2つは聞きたいですね。 ――やめてほしいという気持ちは、まったくないんですか? 照英 もっとやってほしいですね! だって、自分ができないことをやってくれてるんだから。えっと、作ってくれる人のこと、なんていうんでしたっけ。 ――コラ職人ですか? 照英 そうそう、コラ職人! 本当は作ってくれた全員に「ありがとう、感謝してる」って伝えたいんですよ。あ、ネットできる人にうちの社員になってもらって、給料払うからみんなに恩返しをしてもらいたいなあ。サイゾーさんで募集してもらってもいいですか? ――コラ職人にお礼を言う芸能人なんて、聞いたことないですよ(笑)。 照英 やっぱり礼儀ですから。芸能事務所ってネットを遠ざける風潮があるけど、もっとみなさんと密接になって、ネットの世界の人にかわいがってもらって、ほかの芸能人がやってないような新たなジャンルに入っていけたら面白いですよね。みなさんのおかげで僕は開花できたと思ってるので、逆に僕が応援団長として、コラ職人の方々に声援を送り続けたいなと思います。 (取材・文=林タモツ/撮影=岡崎隆夫) ●しょうえい 1974年、埼玉県生まれ。学生時代は陸上競技・投てき競技の選手として活躍。93年の関東学生選手権大会・やり投げで優勝、96年やり投げ全日本ランキング3位の経歴を持つが、肩の故障が原因で卒業後は競技生活を断念し、恵まれた体躯を生かしてモデルとして活動。念願であったジョルジオ・アルマーニのコレクション出演を果たしたのを機に、俳優業に挑戦。また、筋力を生かして『スポーツマンNo.1決定戦シリーズ』『筋肉番付』などで脚光を浴びる。

日・仏アヴァンギャルド映画監督2人に映画オタクのミュージシャン、J・オルークが迫る

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(左から)ジム・オルーク、足立正生、フィリップ・グランドリュー
 1960年代に故・若松孝二とともに鮮烈な映画を次々と世に生み出し、若手芸術家の筆頭として注目されるも、やがて革命に身を投じた足立正生を、フランスの前衛映像作家フィリップ・グランドリューが撮影した異色のドキュメンタリー映画『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』が12月1日より公開中である。  タイトルは、2007年に足立正生が35年ぶりに監督した『幽閉者 テロリスト』の中で、主人公Mが軍事訓練で見た美しい高原について、「その美しさのせいで俺たちの決断も一段と強まったのかもしれない」と語るセリフから取られている。学生時代から足立作品の大ファンで、2006年に日本に移住してから足立氏と親交もある米国人ミュージシャンのジム・オルークが、2人の前衛映画監督にインタビューした。 足立正生 2人は会うの初めて? フィリップ・グランドリュー はい。 足立 ほんとに!? そうか。ジムは天才でクレイジーなやつだよ。アメリカ人であってもアメリカ人じゃない。 ジム・オルーク アイルランド人です。 グランドリュー アイルランド人で、ミュージシャンなのですね。 オルーク 『幽閉者 テロリスト』の音楽にも参加しました。 足立 そう、メインのメロディ部分(「りんごのテーマ」)を作ってくれて。彼の音楽、とても良いからぜひ聴いてみて。 グランドリュー ええ、必ず。 足立 (ジムに向かって)今日は2人でタッグを組んで、フィリップにいろいろ質問して、答えが充分じゃなければとっちめよう。 一同 (笑) オルーク グランドリュー監督は、足立さんを最初どのように知ったのですか? グランドリュー 4年前(08年)に、フランス大使館の主催で、僕のレトロスペクティブを渋谷アップリンクでやってくれたんです。その時に初めて足立さんと会いました。 足立 彼の映画を観て、僕はたちどころに彼のファンになった。だからそもそも僕たちの関係は、監督とファンという立場でスタートしたわけ。
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『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう』より
グランドリュー パリに戻って1~2年後、ある晩ニコル・ブルネーズ(前衛映画評論家・研究者)との食事の席で、闘う映画監督のシリーズを作る話になりました。政治的だけでなく美的にも闘っている映画監督たちです。その時、すぐに足立さんの名前が浮かんだ。お金が集まらなかったので、一人で日本へ行ってシャール・ラムロ(助監督兼通訳)と2人で4日間撮影して、2~3週間で編集しました。撮影で足立さんと一緒にいたときは、昔からの友人のような、近くにいるのがごく自然な気がしました。お互いのことをよく知らないのに、撮影はとても楽だった。ある意味、映画の中に2人でドライブしていったようなかんじでした。 オルーク あなたの短編やドキュメンタリーはまだ観ることができていないのですが、長編作品を観ると確かに足立さんと交わる部分があると思います。足立さんの作品が語られる際に、政治的な要素が主に着目されますが、もちろんそれも大事だけれど、僕が興味を抱いたのは映画監督としての足立さんでした。高校の時、アモス・ヴォーゲル(※1921-2012。多くの前衛映画作家をアメリカに知らしめた米国人シネアスト)の『破壊芸術としての映画(Film As A Subversive Art)』(1974年刊)という本で、足立さんの映画のスチールを見たのが最初です。 足立 彼は悪ガキだったから、きっと図書館で変なものを物色していたときに見つけたんだろう。 オルーク (笑)。その写真に何か心をつかまれるものがあったんです。それで足立さんが若松プロに入ってからの監督作と、脚本を担当された若松監督作品も観ました。足立さんの作品の映像は、他のどの日本人監督の映画よりも惹かれる何かがあった。日本語はまったくわからなかったけど、言語の壁を越えて映像の強さは僕に届いてきました。グランドリュー監督には、足立さんの映画はどのように映りましたか? グランドリュー 足立さんと僕が近いと感じる一番大きな点は、身体との関係です。どうやって身体を撮って、フレームして編集するか。物語などではなく感覚の問題で、それはこの映画でも足立さんが語っています。感覚のレベルでわれわれはとても近いと思うのです。僕は『鎖陰』(1963年)が足立さんの作品の中でも特に好きですが、足立さんの映画は完全なる彼の世界です。ベイルマンの世界、フェリーニの世界のように、力のある映画監督は自身の世界を創り出します。物語や登場人物の観点からではなく、光、身体、音などすべての側面において、完全な世界であるべきです。だから足立さんの映画に魅せられるのだと思います。
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『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう』より
オルーク 冒頭のブランコのシーンで、声も姿も確かにそこにはっきりあるのに、同時にとても幻影的なのが印象深かったです。その後の新宿駅のシーンは、ちなみに僕もその近くに住んでいるのですが、『新宿泥棒日記』(大島渚監督/田村孟、佐々木守、足立正生脚本/1969年)の最後のシーンと同じ場所ですね。あのシンプルなショットの中に、ある意味、足立さんのすべてが内包されているようでした。もちろん、映画の中に思考や洞察や議論が出てきてはいますが、映画全体が触覚的ですね。ほとんどの映画作家は、思考の流れに沿って、それを映像で表現しようとします。思考そのものになろうとするのではなく、表現しようとしてしまう。 グランドリュー それは映画の核心をつく論題でもあります。映画は、ある特定の瞬間において、自分自身といる手段でもあるわけです。たとえば、カメラで今、ここを撮るとします。さまざまな感情のバリエーションが存在し、可能性が果てしなくある。カメラでできる素晴らしいことというのは、すべては捉えられないけれど、一つの世界に、プロセスの中に入っていけることです。あのブランコのシーンの前に、足立さんの家の近くのお寺で撮影していました。その時まだ僕は、足立さんと一緒にいることの中に、自分の周囲の中に入っていくことができずにいました。足立さんに「撮影は終わりです」と言ったあと、奥さんと娘さんがやってきたので、一緒に小さな公園に行った。するとたちまちすべてが変わったんです。陽が沈みはじめて、光の加減が変わりつつあり、街に音楽(※17時の無線チャイム「夕焼け小焼け」)が流れてきて、足立さんと娘さんがブランコを漕いでいる、その中に私は入っていったのです。そして足立さんと一緒にいることも感じられた。足立さんは僕に、「どうしたらいいか、何を撮りたいか」など、いっさい訊かなかった。言葉は何も交わしませんでした。すなわち、映画を撮ることとは、自分がその時その場に、共にあることなのです。足立さんがどう感じていたかはわかりませんが……。 足立 ジョルジュ・バタイユはある時、通りを歩いていて意識を失った。すると目の前に、過去に自分が書いた哲学の書物や、美学的思想がすべて現れた。それと同じように、フィリップは僕がブランコのところで歌っているのを聞いて、とてもハッピーになったんだよ。とにかく、僕はシネマテークでの上映(※2010年10月~2011年2月、パリのシネマテーク・フランセーズでニコル・ブルネーズにより企画された足立正生の特集上映)には行けなかった。だから、フィリップとスカイプで話した。彼が「どんなドキュメンタリーにしましょうか」と訊くので、「そんなことは考えずに、ただ飛行機に乗ったときからデジタルカメラを頭にくくりつけてきて、帰りの飛行機がパリに着いたら外せばいい」と伝えた。でも彼には考えがあって、事前に何の会話もせず、いきなり僕の鼻毛と耳毛と眉毛と、飲んでる姿とタバコ吸ってる姿を撮りはじめるんだよ。 一同 (笑)
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『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう』より
足立 そのあと映画論や美学についてのインタビューも一応してくるんだけど、本気でやってないなと感じる。でも、だんだん彼はやりたいことをやろうとしているんだって、わかってくるわけ。僕の映画には出ていいけど、知らない人の映画には出ない、と言っていた女房と娘が、ある日の撮影後に来てブランコに乗っていたら、フィリップの態度と目つきが変わって、「いけた!」って言うんだよね。翌朝「もう一回撮りたい」と電話が来た。「なんだ?」って聞いたら、今度は独り言を言えと。「俺、人生で一度も独り言を言ったことはないから断る」って言ったら、それなら吸う息、吐く息、いびきでもいいって。そう言って本人が眠りだすんだよ。その寝顔を見ながら、昨日「いけた!」って言ったその先をやるんだなって分かる。つまり、もっと僕自身に迫ったやり方をするぞってこと。今まで撮ったものをいったん全部バラバラにして、存在との関わりで自分が得た感性で編集したいってことが伝わってくる。それで寝顔を見ながら、僕もいろいろ言い出すわけ、人生初めての独り言を(笑)。案の定、彼が自分の感性で「これを撮ろう」と思って撮った映像と独り言を、自分のコメントできちっとまとめている。あそこまで裸にされたことがないから、恥ずかしいんだよね。 オルーク 特に独り言のところが? 足立 そうそう。だけどしょうがないじゃん。それはもう彼の感性に全部預けたわけだから。リスペクトできてるから預けたんだし。想像していたよりも、少し面白くできていてよかったと思ってる(笑)。 グランドリュー 私は寝ていませんでしたよ。眼は閉じていたけど、寝てはいませんでした(笑)。 足立 だから僕は、彼の陰謀に引っかかったんだよ(笑)。 オルーク 自分が裸になって恥ずかしかったと言いましたが、私から見ると、ご自分のどの映画でも裸ですよ。 足立 それは結果としてね。自分の映画は結果としてそうなってるだけで。フィリップと僕がお互い裸になるならいいけど、僕だけ裸にされた。でも初めての貴重な体験だったよ。 グランドリュー 僕にとっては、足立さんが受け入れてくれた、その受け入れ方が美しかったんです。自分の思考に入り込んで、あちらに行ったりこちらに行ったりして、不思議につながっていくのです。 オルーク 確かにそのとおりで、この映画を観ていて興味深かったのは、全編を通じて足立さんが2人いるような感覚におちいったことです。弁証法的というか、しゃべっている足立さんと、それを見ている足立さんが、あちこちにいる感覚。考え方と感じ方が、絶え間なく動いている、その様を捉えているのが、この映画でとても印象的な点でした。
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(左から)フィリップ・グランドリュー、足立正生、ジム・オルーク
■『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』 政治的な前衛映画監督たちを被写体にしたドキュメンタリー・シリーズの第一作となる本作は、グランドリュー監督が2008年の初来日時に足立正生と対面し、意気投合したことが制作のきっかけとなった。このシリーズは、かつてフランスで放送されていたアンドレ・S・ラバルトとジャニーヌ・バザンによる伝説的TVドキュメンタリー『われらの時代のシネアストたち』へのオマージュでもある。 シリーズ企画:ニコル・ブルネーズ、フィリップ・グランドリュー 監督・撮影・編集:フィリップ・グランドリュー 助監督・通訳:シャール・ラムロ 音楽:フェルディナンド・グランドリュー プロデューサー:アニック・ルモニエ(Epileptic) 2011年/フランス/74分/HD/カラー、モノクロ/16:9/ステレオ 公式サイト:http://www.uplink.co.jp/bigawatashitachi/ 【関連企画】 『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』公開記念「特集/足立正生」 渋谷アップリンクにて開催 12月5日(水)18:30『女学生ゲリラ』 ※上映後トークショー トークゲスト:足立正生、東良美季(ライター) 12月7日(金)18:30『性遊戯』 12月9日(日)18:30『略称・連続射殺魔』 12月11日(火)18:30『女学生ゲリラ』 12月12日(水)18:30『性遊戯』 12月14日(金)18:30『重信房子、メイと足立正生のアナバシス そしてイメージのない27年間』 12月15日(土)20:30『略称・連続射殺魔』 詳細:http://www.uplink.co.jp/movie/2012/4838 ●フィリップ・グランドリュー 1954年生まれ。ベルギー国立高等視覚芸術放送技術院(INSAS)で映画を学ぶ。1976年に初のビデオ・インスタレーションを美術館で展示。1980年代からフランス国立視聴覚研究所(INA)と共同で新たな映像様式を創出しつづけ、作品はビデオアート、フィルムエッセイ、ドキュメンタリー、フィクションなど多岐分野にわたる。2007年にはマリリン・マンソンの依頼で、アルバム『Eat Me, Drink Me』収録曲「Putting Holes in Happiness」のPVを制作。2008年、東京とロンドンで大規模な特集上映が開催された。2012年度は米国ハーバード大学で、フィクション映画部門客員教授を務める。 ●足立正生 1939年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びる。大学中退後、若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。1971年、若松孝二とパレスチナへ渡り、『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影。1974年、日本を離れ、パレスチナ解放闘争に身を投じる。1997年にレバノンで逮捕抑留され、3年の禁固刑ののち日本へ強制送還。2006年、赤軍メンバーの岡本公三をモデルにした『幽閉者 テロリスト』を発表した。 ●ジム・オルーク ミュージシャン。1969年、シカゴのアイルランド系の両親の元に生まれる。10代後半より即興演奏を始め、現代音楽とポスト・ ロックの橋渡し的な存在となる。2004年、ウィルコの『ゴースト・イズ・ボーン』でグラミー賞オルタナティヴ・ミュージック・アルバム部門最優秀プロデューサー受賞。1999年~2005年、ソニック・ユースのメンバーとして活動。また、V・ヘルツォークやO・アサイヤスといった映画監督の作品で音楽を担当。2006年より東京在住。

あのガイナックスがオペラを演出!?  アニメ界の巨匠・山賀博之が挑むワーグナー

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 ガイナックス設立メンバーにして現・代表取締役。そして『王立宇宙軍~オネアミスの翼』監督・脚本、『新世紀エヴァンゲリオン』プロデューサー、『まほろまてぃっく~もっと美しいもの~』監督など、日本のアニメ史に偉大な足跡を残す山賀博之が、今度はオペラの演出に挑戦する。  11月23日~25日、東京・サンパール荒川大ホールにて上演される「舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』序夜 ラインの黄金」は、総合芸術家であり、革命家でもあったワーグナーが北欧神話を源流に、26年という歳月をかけて書き上げた壮大なオペラ作品の序章にあたる。トールキンの『指輪物語』をはじめ、松本零士や里中満智子、池田理代子といった日本を代表する漫画家が題材とするなど、後の世に多大な影響を与えている本作を、山賀は直径7メートルに及ぶ巨大なリング状のスクリーンとコンテンポラリーダンス・カンパニー「コンドルズ」とのコラボレーションで演出する。  アニメ界の巨匠が挑むワーグナー。インタビューで、その本質に迫ってみよう。 ■「アニメとワーグナー」というキーワードが出発点 山賀博之(以下、山賀) 『あらかわバイロイト』というワーグナー作品を上演する舞台を毎年やってらっしゃるオペラ歌手の田辺とおるさんから、突然電話がかかってきて「『ニーベルングの指環』を演出しませんか? アニメでワーグナーって、いいと思うんですよ」という話が来たんです。ただ、一つの事業として考えた結果、どう考えてもアニメとオペラを一緒にするのは無理だなというところに行き着いてしまって、アニメというものは一旦置いておこうって話をしたら、田辺さんは『じゃあアニメじゃなくていいです。だから山賀さん、何かやってください』って言うんですよ(笑)。 ──形はどうあれ、山賀さんという新しい風を、オペラに取り込みたかったんでしょうね。 山賀 そう思います。何かあると踏んだんでしょうね。で、アニメじゃないものを考えよう、というところからまた始まったんです。 ──そこからリング状のスクリーンに、どうたどり着いたのでしょうか? 山賀 あれは早い段階で思いつきました。オペラにアニメを混ぜてくれと言われた時に、オペラって舞台に演者が出て歌うわけですから、そこに映像が入ってキャラクターが映っちゃったら、声優が出てきて何かやるようなイベントみたいな、ただの公開アフレコになっちゃって、オペラじゃなくなっちゃう。だから、映像を何か使うにしても、四角いスクリーンはないなというのは真っ先に思いました。そこでどうするか考えた時に、やぐら状の舞台を取り囲んだスクリーンを思いついたんです。あえて遠近感を狂わせる仕掛けというかレイアウトになっているので、客席から見るとどうなっているのかよく分からない。 ──確かに、どういうビジュアルになるのか全然想像がつきません。 山賀 客席からは、上下のスクリーンの間に、やぐらの中央に立った役者が見えるというわけです。上側はスクリーンの前とも上とも言える。下側はスクリーンの奥とも下とも言える。平面で考えれば丸の中に役者がいるし、奥行きで考えると円筒形の下に役者が立っているとも言える。 ──聞いているだけで、なんだか頭がくらくらしますね……。この構想を周りに説明するのは大変でしたか? 山賀 当の田辺さんに「そんなところで役者は歌えません」と、いきなり反対されました(笑)。田辺さん自身は、直感力は鋭いんですけど歌手でもありますから、やっぱり前で歌いたいんですよ。「舞台の奥で歌うのはいいけど、手前にも歌える場所を必ず作ってください」と、最後まで粘っていました。それくらい歌手にとって立ち位置っていうのは、重要な問題なんでしょうね。ただ、今回は歌うためのイベントじゃなくて、演劇なんですから、そこはグッと呑んでもらわなきゃというところで強硬に押し切ったら、だんだんと「いいですね」と言ってもらえるようになりました。 ──リング状のスクリーンというのは、『ニーベルングの指環』というモチーフからとったアイデアなんでしょうか? 山賀 そうですね。まずお客さんが入ってきて、何を見て帰ったら満足かなって考えた時に、でっかい指環が舞台にあったら、まあ満足かなって(笑)。だって『ニーベルングの指環』を見にいって、「どうだった?」と見てない人に聞かれたら、「ステージの上にでっかい指環があって……」と、絶対に見た人は言うと思うんですよ。その一言を狙うために作った部分もあります。そういうところがアニメ的な発想なのかも(笑)。 ──ビジュアルショックを与える。
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稽古風景(撮影=岩崎祐)
山賀 というよりも、もっとアニメ屋的な下卑た商売根性というか(笑)。どうもっていったらどういう一言が引き出せるのかというのをまず作って、そこからマーケティングを考えていく。僕の仕事は、いつもこうですよ。 ■舞台の演出とアニメの演出は同じ ──今回は、コンテンポラリーダンス・カンパニー「コンドルズ」ともコラボレーションされますが、オペラというクラシカルな演劇と、コンテンポラリーダンスという現代の舞踊のすり合わせ具合はいかがですか? 山賀 コンテンポラリーダンス自体、即興性が強いものなので、もちろん設計図は作るけど、何回も稽古をして、動線を確認して……というやり方ではないんですよ。“恐らく彼らはこう絡み合うんだろうな”と、予測して作っています。ここはアニメ演出的なものがあります。アニメ演出って、ほかの舞台や実写映画と根本的に違って、予知能力に近いものが必要なんですよ。音を作る時は絵を知らないで作っているし、絵は音を知らないで作っている。背景を描いている人はその前でキャラがどう動くか知らないし、キャラを描いている人は自分が担当するカット以外は知らないで描いているわけですから。  だから今回、舞台の演出をやってみていいなと思うのは、全部目の前で展開することですね。「ヴォータン(編註:劇中に登場する神々の長)が前に出ない!」とか、リアルタイムで修正を言えるわけですから。アニメで前に出ないという修正を実現しようとすると、「ヴォータンが出ているカットはいくつ?」と制作に聞いて、「そのカットは今どこ? 韓国? 今からカット送れるかな?」とか、そんな感じですから。だから根本的な部分では、アニメ演出と舞台演出の間に何も変わりはないですね」 ──ちなみに演者さんは、山賀さんのプランを聞いて、どんな反応でしたか? 山賀 確かに最初は皆さん、戦々恐々とされている空気はありましたね。ただ、通し稽古に入るあたりで、『これでいいのかな』っていう感じで打ち解けてきた雰囲気はあります。ただ正直言って、不安ももちろんありますよ。新しいことをやる以上、リスクもかなりあるのですが、その一方でワクワクもありつつというのは、アニメを作っていても同じ。いつものことです。 ■ガイナックスの原点はワーグナー ──『ニーベルングの指環』は今回上演される序夜『ラインの黄金』の後に第3夜まで続きますが、今後も演出を続けていく予定はありますか? 山賀 分からないです。というのも、今回はあくまで『あらかわバイロイト』にガイナックスが参加するとちょっと毛色が変わりますよ、ということでやっていますので。でもこのスクリーンは、いろんなイベントに使えそうですよね。それと今回演出をやってみて、オペラというよりもワーグナーそのものに愛着がわきました。 ──山賀さんは、もともとワーグナーは聴いていたんですか? 山賀 いや。でも不思議と縁があって、ガイナックスの最初の作品『王立宇宙軍~オネアミスの翼』のパイロット映像に使った音楽は、ワーグナーの『マイスタージンガー』の序曲でした。ガイナックスの最初の映像作品の音楽は、ワーグナーだったんです。だから原点に返ってきたという感じはあります。 ──ガイナックス作品というと、アニメにオペラやクラシック音楽を取り入れることが多いのですが、ガイナックスの作風として、そういったものを志向している部分はあるのでしょうか? 山賀 そういうものを志向している部分はあると思います。だから田辺さんも、直感的にそこを見抜いたんでしょうね。親和性はすごくあると思うし、僕自身もなんの抵抗感もなく仕事ができている。きっと周りは驚くと思うんだけど、自分の中では驚きはないんですよね。アニメを作る時も、いつもと同じアニメを作りたいという感覚はあまりなくて、毎回何か違うものを作ろうという意識があるんですが、その“ちょっと違うもの”の領域の中にオペラもあるのかも。
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山賀氏。
■高尚になった古いものを、本来のオタク的なものに戻していきたい ──今回、脚本も山賀さんご自身が書かれたそうですね。 山賀 これだけはやっておかないと、と思って。今までのワーグナーがとっつきにくかった理由として、まずドイツ語の翻訳が悪かったと思うんですよ。正確にドイツ語を一単語ごとに訳していくことに徹していて、結果的に妙に難しいことを言ってるような翻訳になっていたんです。それを全部取っ払って、アニメの脚本調に書き直しました(笑)。会話もアニメのキャラクターっぽくなっています。 ──(脚本を見て)すごいですね。まるでアニメの台本みたいなノリのセリフが飛び交っていますね(笑)。 山賀 でも、これはめちゃくちゃに書いているわけじゃなくて、ほぼドイツ語の直訳なんです。ちょっと付け足した部分もあるけど、ほぼそのまま。逆に今までの翻訳のほうが直訳であるがゆえに、ドイツ語の持っているリアルなイメージが出せていないと思うんです。そのイメージを出すために、まずドイツ語の勉強を始めてから翻訳作業に入りました。だから、こんなに時間がかかったんです。 ──今までちょっととっつきにくいと思っていた人にも分かりやすい、入門編のようなノリも今回の舞台にはありそうですね。 山賀 入門ではありません。これは行き着く先です(笑)。でもこっちのほうが、ドイツ語のニュアンスに近いと思うんですよね。あんまり一個一個の単語の正確さを拾っていくばかりだと、どうしても言葉を発した人物が本来感じた気分というのを、きちんと表現できないんじゃないかな。そう思ったので、一種超訳的な日本語で、『この人はこう言いたいんだよね』という感じで訳しました。ハリウッド映画の日本語字幕みたいなもんです。まあ、戸田奈津子さんよりは原語に近いとは思いますけど(笑)。そういう意味でいうと、オペラに格式があって分かりづらいというイメージを持っている方にはオススメです。 ──今回のオペラだけでなく、もともと格式のあったメインカルチャーがアニメなどのサブカルチャーとコラボすることで、若い世代にアピールする機会が増えている昨今ですが、山賀さんはそういうトレンドについてはどう思われますか? 山賀 うちは今、茶道の漫画をやっているので(週刊ヤングマガジン11月26日号より連載予定『さどんです』)、お茶の世界もちょっと勉強させていただいているんですけど、安土桃山時代には、今のオタク文化とたいして変わらないスタイルで茶道というものがあったのに、江戸時代に形式が決まっていく。その後、明治時代の富国強兵政策で文化をとにかくレベルの高いもの、崇高なものに変えていくという流れに取り込まれていきましたけど、そろそろその呪縛から解き放たれる時なのかなと思います。もともと絵画とか音楽って楽しむためのものなのに、周りがどんどん偉いものとして持ち上げいくうちに身動き取れなくなったっていうのが、音楽に限らず、芸術の今の姿だと思います。  でも、古典芸術って、もともとは現代のオタクが求めるものとそう変わらない世界なんです。だから、自分は古いものをぶっ壊しているという意識はないです。本来あるべき姿に戻していく。固まっていたものをフワフワっと柔らかくして、本来こうやって楽しむものでしょってところに落とし込んでいる意識はあります。お茶席だって、もともとは新しい器を手に入れたから見てくれって、自慢したくてやっているだけですから。 ──自慢のフィギュアの鑑賞会みたいなもんですね(笑)。 山賀 そう、鑑賞会です。それがいつの間にか鑑賞の時間とかタイミングとかも決まっていく。それも変な話なんですけど。 ──なるほど、では今回はあくまでも楽しいものを見せると。 山賀 そうです。逆に言うと、僕自身があまり芸術志向じゃないので、楽しくないんだったらやる気は起きないんです。何か格式があるとか崇高なものっていうんだったら、あまり近づかないですね。だからアニメをやっているんです。 (取材・文=有田シュン) ●ガイナックス オペラ with コンドルズ『ラインの黄金』 ワーグナー作曲「ニーベルングの指輪」序夜 【日程】2012年11月 23日(金)14時~/24日(土)13時~、18時~/25日(日)14時~ 【チケット】全席指定 S席 12,000円/ A席 10,000円/ B席 6,000円/ C席 4,000円 【ご予約・お問い合わせ】東京国際芸術協会 03-3809-9712(平日9:30~18:30) <http://tiaa-jp.com> 【会場】オペラ劇場あらかわバイロイト「サンパール荒川大ホール」(荒川区荒川1-1-1) 【ガイナックス・オペラ公式サイト】<http://www.gainax.co.jp/opera> 【Twitter】@GAINAX_OPERA 【主催】一般社団法人 東京国際芸術協会  【共催】荒川区  公益財団法人 荒川区芸術文化振興財団 【協賛】株式会社マエストロ 【協力】東京音楽学院

インディペンデント・ドリームをかなえた入江悠監督、“ネクスト・ステージ”からの眺めはどうですか?

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夢を追い掛けることのしんどさと諦めるやるせなさの両面を描いた
『SR』シリーズの入江悠監督。北関東三部作を完結させた今の心境を語った。
 日本のインディペンデント映画シーンに新しい伝説を刻み付けた入江悠監督の『SRサイタマノラッパー』シリーズ。映画監督になったもののブレイクできずにいる自分自身のもどかしさをラッパーの姿を借りてブチまけた同シリーズは、地方都市を舞台にしたリアルな青春映画として全国の映画館を熱狂の渦に巻き込んでいった。そして、ついに“SR北関東シリーズ”3部作の完結編となる『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』がDVDとしてリリースされる。DVDのリリース、それは入江監督の手から最終的に『SR』シリーズが離れていくことでもある。『SRサイタマノラッパー』(09)の公開以降、ゼロ年代を代表する最注目監督となった入江監督に、シリーズ最終作に込めた想い、さらに自主映画から商業路線へと活躍の場を広げつつある今の心境について語ってもらった。 ──2009年に池袋シネマ・ロサで封切られた『SRサイタマノラッパー』、続く『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(10)、そして今年『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』が劇場公開され、北関東3部作が完結。3年間にわたる長い長い祭りが終わったような高揚感と寂しさを感じます。 入江悠監督(以下、入江) そうですねぇ、そう考えると切ないですね。確か3年前、『SRサイタマノラッパー』の公開前に日刊サイゾーで千夏役のみひろさんを取材してもらったんですよね(http://www.cyzo.com/2009/02/post_1488.html)。あの日は、『サイタマノラッパー』が初めてマスコミ取材された日だったんです。あれから、もう3年ですか。
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シリーズ第1作で夢を求めて東京へ出ていった
ブロッコリー農家出身のマイティ(奥野
瑛太)。東京で暴力事件を起こして、栃木
へと流れ着く。
──みひろさんがインタビューに答えているのを、すぐ横で入江監督は不安げに見守っていましたね。3年間は長かった? それともあっという間でした? 入江 やっぱり、この3年間は長かったです。『SR』シリーズと共に走り続けた3年間でした。北海道の夕張から始まって、舞台あいさつで全国をぐるっと回って、バンドのツアーみたいな感じでしたね。ボクの埼玉の実家にみんな泊まり込んで映画の撮影して、それから全国の劇場を回って。次第にメンバーの中から売れてくるヤツが現れて、でもまだ売れないヤツもいて……という。 ──個性の集合体であるバンドって、活動を続けて売れていくうちに方向性やスタンスの違いが生じてきて、解散を余儀なくされますもんね。 入江 そうなんです。ボクたちの場合、そのタイミングが、この『SR3』だったんだと思うんです。シリーズ3作を撮っているうちに、みんな事務所に所属するようになって、仕事がいろいろと回ってくるようになった。作曲家の岩崎太整は大根仁監督のテレビ版&劇場版『モテキ』に参加するようになり、活動の場所を広げていった。これ以上続けると、それまで自由にやってきた『SR』シリーズのスタッフやキャストの足かせになってしまうなと。もちろん、まだまだ『SR』シリーズとしてやりたいことはあるんですけど、インディペンデントの仲間内でやってきたという意味では、『SR3』がちょうどいい区切りになるなと思ったんです。じゃあ、『SR』シリーズでこれまでやり残したことを思い切って全部やってやろうという感じでしたね。 ──『SR1』『SR2』がコメディタッチだったのに対し、『SR3』は思いっきりシリアスな方向にハンドルを切っています。 入江 ボクが飽きっぽい性格だというのが大きいですね(笑)。前2作を同じようなパターンで作っていたので、次は変えたいなと思ったんです。それと『SR1』を作り始めたのは2007年頃だったんですが、その頃に比べて、社会状況がますます悪化していったことも影響を受けているでしょうね。リーマンショックがあり、東日本大震災があり……。 ──社会背景に加え、『SR』シリーズで注目を集めるようになった入江監督自身の立ち位置の変化もあると思います。『SR3』では2つのドラマが交差します。地元に残ってマイペースに自分たちの音楽を追い求めるイック(駒木根隆介)とトム(水澤紳吾)、東京に出て一発勝負してやろうという野心家のマイティ(奥野瑛太)。この相対する2つの立場は、インディペンデント映画シーンとよりメジャーな商業映画路線とのはざまで揺れ動いている、入江監督自身の葛藤なわけですね? 入江 そうなんです。地元に残ってダラダラしているイックとトム、東京に出たものの右往左往してしまうマイティ。どちらもボク自身の分身なんです。イックたちはマイペースで自分たちの好きな音楽を追い求めるけど、でもそこにはある種の限界があるわけです。かといって東京に乗り込んでみても、そこには別のしんどさが待っている。一体、どちらが正解なのか? 自分自身が分からなくなり、それで『SR3』を作ってみたんです。 ──自分では分からないことを、脚本に書き、キャラクターを実際に動かしてみることで解答を探し出そうとしたということですか?
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マイティの同棲相手は、福島出身のぽっちゃり
娘のカズミ(斉藤めぐみ)。入江監督は女優の
知名度よりも、リアリティーにこだわってオー
ディションを重ねた。
入江 その通りです。答えが決まっているものを撮っても、つまらないんです。ロケハンして、脚本を書いて、撮影をすることで、何が自分にとって正解なのかを探っていく。それがボクにとっての映画製作のいちばんのモチベーションなんです。はっきりした答えは出ないかもしれない。でも、ほんの少し、一条の光ぐらいは見えるんじゃないかと。結局、『SR3』を撮り終わっても、何が正解かは分からなかったんです。答えは、そう簡単には見つからないですね(苦笑)。 ■フェスシーンに2,000人を動員、15分間に及ぶ奇蹟の長回し! ──マイティは夢を抱いて上京したものの、昼は解体作業現場での肉体労働、夜は人気ヒップホップグループ“極悪鳥”のパシリというつらい生活。楽屋で暴力事件を起こしたことからマイティは栃木へと流れ、盗難車の転売や違法投棄などの裏ビジネスに従事するように。さらには裏ビジネスの胴元から、参加費をぼったくる詐欺まがいの音楽フェスの企画を命じられる。地方都市のシビアな状況が克明に描かれています。 入江 栃木をはじめ、地方都市は取材でずいぶん回りました。もちろん産廃シーンなどはデフォルメして描いていますが、奴隷同然に労働させられているなど、映画の世界に近いものを感じました。それに地方都市では、ああいう音楽フェスがよく開かれているんです。ヤンキー系の中古車の即売会を、だいたい兼ねているんです。 ──地方で仕事にありつくのは非常に困難。バイトすら、なかなか就くことができない。 入江 就職状況は、すごく厳しいですよね。正社員か正社員じゃないかの違いが、大きな格差を生んでいる。セーフティネットからこぼれ落ちると、もう戻れなくなってしまう。地元で公務員になったボクの同級生は悠々自適な生活を送っているけれど、就職の時点でフリーターの道を選んでしまった知り合いは30歳過ぎてキツい状況に追い込まれていますね。『SR1』を作り始めた頃より、ますます社会状況は厳しくなっている。正社員として就職できずに、一度フリーターになってしまうと、ずっと不安定な生活を送るしかない。敗者復活戦が一度もできない。多分、日本だけじゃなくて、海外でも同じようなことになっていると思うんですけど。 ──そんなマイティの苦悩を知らずに、相変わらず能天気なデブニートのイックが相棒トムと共に栃木へ。イックたちが栃木のヒップホップグループ・征夷大将軍と合流する餃子屋の店長は、名作『いつか読書する日』(05)の緒方明監督。
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『SR』シリーズの顔といえば、デブニート
のイック(駒木根隆介)と相棒トム(水澤
紳吾)。ライブデビューを夢見る2人は皮肉
な形で旧友マイティと再会する。
入江 『SR1』でボクは映画監督協会新人賞を頂いたんですが、緒方さんも『独立少年合唱団』(00)で同じ賞をもらっていて、そういう縁で緒方さんは何かとボクのことを気に掛けてくれていたんです。餃子屋の大将らしいドッシリした存在感のある役者を探したんですが、最近の役者さんはスラッとしたタイプの人が多くて見つからなくて。それで緒方さんにお願いしたところ、衣装とかも自前で準備して参加してくれたんです。 ──緒方監督は、インディペンデント映画史上最高の伝説となっている石井聰亙(現・石井岳龍)監督の『爆裂都市』(82)に助監督として参加したんですよね。あの映画、飲まず食わずの殺伐とした撮影現場だったと聞いています。 入江 えぇ、『爆裂都市』のあのモブシーンを「どうやって撮ったんですか?」と緒方さんに尋ねたんですが、「大変だぞ」「二度とやりたくねぇ」と言ったきり。フェスシーンについての具体的なアドバイスはもらえませんでした(苦笑)。でも、緒方さんはインディペンデント映画出身者だし、すごく日本映画を観ている人。若いスタッフやキャストにとって、刺激的で面白い存在だったと思います。いとうせいこうさんも『SR』シリーズのファンだということで出演してもらいましたけど、フェスシーンじゃなくて序盤の解体作業シーンでマイティを怒る作業員役。顔はほぼ切れてて、上から音楽がかぶって声も聞こえないので、背中だけの出演になっているんです(笑)。 ──贅沢なカメオ出演ですね。あの餃子屋のシーンで、「腐れマンコ野郎!」をはじめ放送禁止用語が飛び交いますね。あれは、「テレビ放映は考えていない。これは劇場用映画だ」という入江監督としての主張でしょうか? 入江 あぁ、確かに言ってますね(笑)。序盤のラップバトルのシーンでも言語障害うんぬんと触れていて、マスコミ関係の仕事をしているキャストの方が「大丈夫?」と心配してくれました。う~ん、なんだったんでしょうね。確か、『SR3』を撮る前にテレビドラマをちょっと撮ったんですけど、そのとき規制があって、使えない台詞があったんです。無意識のうちに、欲求不満が自分の中にたまっていたのかもしれないですね。まぁ、詳しいことは忘れましたけど、『SR』シリーズはせっかくインディペンデント映画として撮るんだから、テレビの制約に縛られずに自由にやろうということだったと思います。テレビ放映されるかどうかより、まず劇場でお客さんに楽しんでもらうことがいちばんですからね。 ──そしてクライマックスのフェス場面は、インディペンデント映画とは思えない、エキストラ2,000人を動員した大迫力シーンに。
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『SR』シリーズは完結したが、「イックと同様、マイティもボクの分身。
ボクがその気になる時がくれば、またマイティが活動を再開することがあるかも」と話す。
入江 『SR1』『SR2』とシリーズとしてやってきたことで、応援してくれる人たちが多かったんです。今までシリーズを観てくれたファンたちがTwitterなどでの呼び掛けに応じて、北海道や九州からも集まってくれた。自分たちでホテルを予約までして。ボランティアでスタッフを務めてくれた人も多かったんですが、2カ月前から準備していたフェスの会場が撮影前日になって豪雨が直撃して、せっかく用意したセットが吹き飛ばされたりして、大変でした。フェスシーンの長回しは、2日間にわたって13テイクぐらい撮ったんです。事前にリハーサルはしっかりしていたんですが、エキストラの動きが入ったことで、カメラワークが本当に難しかった。マイティ役の奥野くんも1カットの中でやることが多すぎて、テンパってました。でも、その緊張感が追い詰められたマイティの心境と重なって良かったんじゃないかな(笑)。あの長回しシーンは、もう一度やれと言われても絶対無理でしょうね。 ──SHO-GUNGとしてライブデビューすることが夢だったイックとトムは、初めてちゃんとした観客がいるステージに。『SR』シリーズのファンにとっては号泣ものの名場面ですが、ステージを正面から撮ったライブ映像は存在しないんですか? 入江 あぁ、それはないですね。DVDの特典によく入っている別アングル、ボクは嫌いなんです。でもメイキング映像を観てもらえば、フェスシーンがどのように撮影されたのか、会場の雰囲気も伝わってくると思いますので、DVDに収録してある特典映像は観てほしいですね。 ──『SR3』の撮影最終日のラストカットは、どのシーンになるんでしょうか? 入江 映画での最後のシーンが、そのままラストカットになってます。撮り終わった瞬間は「やり切ったな」という感慨よりは、本当にファンへの感謝の気持ちでいっぱいでした。彼らの声援があったから『SR』シリーズを続けることができ、特に『SR3』はファンのみなさんの後押しがなければ絶対に完成しませんでしたから。撮影が終わり、打ち上げも済んで、各地から集まったボランティアスタッフたちが帰っていくのを見送ったんですけど、ひとりの方が「いい夏を過ごさせてもらいました。これで自分にも運が回ってくるといいなぁ」と言い残して去っていったのが印象に残っていますね。『SR』シリーズのファンだからSHO-GUNGのライブシーンは誰よりも生で観たかったはずなのに、スタッフの一員としてステージに背を向けてロケ車の誘導などやってくれていたんです。メイキング映像を編集していて、ボクも泣けてきました。 ■人生を味わった上で、まだ肉を叩き続ける『ロッキー・ザ・ファイナル』がいい ──『SR』シリーズを撮り終え、今春はテレビ東京系の深夜ドラマ『クローバー』全12話の演出を担当。1クール全話をひとりの監督が撮るのはまれなケースです。 入江 連続ドラマは普通、3~4人で撮るそうですね。知らなかった(苦笑)。大根監督はひとりで『モテキ』など撮っているから、自分もできるだろうと思ってやったら、すっごく大変でした。後から聞いたんですが、大根監督は『モテキ』のときは予算も自分の会社で持ち出しているそうですね。限られた予算とスケジュールの中で撮るのは、キツかった。もちろん若いキャストを中心にしたアクションものだったので、自由があり楽しくもありました。どの作品でもそうですけど、いろいろと学ぶことはありましたね。 ──入江監督に聞いてみたいことがあるんです。『SR』シリーズって、日本におけるインディペンデント映画版『ロッキー』(77)だと思うんです。シルベスター・スタローンは脚本&主演作『ロッキー』で成功を収め、ハリウッドのスターダムへと駆け上がっていった。日本でインディペンデント・ドリームをかなえた入江監督は、“ネクスト・ステージ”からどんな風景を眺めているのかなぁと。 入江 『SR』は『ロッキー』シリーズですか……。いいですね、『ロッキー・ザ・ファイナル』(07)みたいにジジイになっても、まだ肉を叩いてるぞと。いろいろやったけど、結局そこに戻るのかと(笑)。ボクも『エクスペンダブルズ』(10)みたいな、思いっきりバカな映画を撮ってみたいですね。『SR』シリーズとは別にテレビドラマは何本か撮りましたけど、テレビドラマの現場は予算も時間の余裕もなく、インディペンデント映画の現場とほとんど変わらないんです。それに第一、ボクはまだメジャー映画を1本も撮ってません(苦笑)。「ネクスト・ステージからの眺めは?」と聞かれても、まだ全然見えてない状況なんです。映画館でもファンの方に「これからどうするんですか?」と尋ねられるけど、逆にボクが「どうすればいいと思います?」と聞きたいですね。実は『クローバー』などを撮っていた頃、あまりに忙しくて、他のオファーを断ってしまったんです。ひとつ断ってしまったら、他のオファーも断らないといけなくなってしまって。先方は驚いてました。「なんでこっちの仕事を断って、深夜ドラマをひとりでやってるの」と不思議に思われたみたいです。あまり断っていたら、仕事がなくなってしまい、また生活が厳しいんですよ(苦笑)。 ──急に忙しくなったため、どの仕事を受けるか断るかという仕事選びの基準が定まってないんですね? 入江 そうなんです。他の監督のみなさんはどうやってるんでしょうね? 瀬々敬久監督は『感染列島』(09)などのメジャー作品を撮ったかと思えば、その直後に『ヘヴンズ ストーリー』(10)みたいなインディペンデント映画を撮ってますよね。廣木隆一監督もインディペンデント映画出身で、『余命1ヶ月の花嫁』(09)みたいなメジャー作品も撮っている。できれば、そういう先輩方に一度じっくりお話を聞きたいなと思ってるところなんです。脚本は、いくつか書いているところです。『SR3』を撮り終えてから1年たってしまったので、早く次の映画を撮りたいですね。 ──メジャー映画では、『SR』シリーズのような1シーン1カットの長回しは難しいですよね。どういうスタイルでメジャーシーンに挑んでいくのか、気になります。 入江 商業映画では、長回しは基本無理ですね。撮影スケジュールが決まっているから、じっくり時間をかけて、撮り直しながら1シーン1カットずつ撮ることはできないでしょう。自分のスタイルについては迷走中です(苦笑)。でもボクとしては、“入江スタイル”とかは、なくて構わないと思っているんです。極論としては「すっげぇ面白い映画があるぞ」と思ってもらえれば、それでいいんです。別に入江スタイルでなくてもいい。内容に手法が合っていれば、トニー・スコット監督みたいな短いカット割りでもいいと思ってます。長回しに対するこだわりはないんです。あるとすれば、面白い映画が撮りたいということですね。 ──では、最後に、『SR』シリーズのファンにひと言お願いします! 入江 ほんと『SR』シリーズは、ファンのみなさんのおかげで続けることのできた作品です。ファンの熱意で作られた『SR』シリーズの熱気が、また別の方に伝わるといいなと思ってます。『SR3』は、DVDのメイキング映像もぜひ観てください。 (取材・文=長野辰次) ●『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 脚本・編集・監督/入江悠 出演/奥野瑛太、駒木根隆介、水澤紳吾、斉藤めぐみ、北村昭博、永澤俊矢、ガンビーノ小林、美保純 11月21日(水)DVDリリース。発売元/アミューズソフト、メモリーテック 販売元/アミューズソフト DVD特典映像には入江監督編集による激闘メイキング、怒涛の舞台挨拶、極悪鳥PV、ムジコロジー体操(入江悠監督)、特報・予告編を収録。価格/3990円(税込) <http://sr-movie.com> ※ 11月22日(木)には、タワーレコード新宿7Fイベントスペースにて、DVD発売記念イベントを19時30分より開催。入江監督、奥野瑛太(マイティ)、駒木根隆介(イック)、水澤紳吾(トム)、上鈴木伯周(TKD先輩)らが出演予定。 ●いりえ・ゆう 1979年神奈川県生まれ、埼玉県育ち。日本大学芸術学部映画学科卒業。『ジャポニカ・ウイルス』(06)で監督デビューを果たすが、地方の映画祭で上映した際に質疑応答の場で観客から吊るし上げ状態となり、このときの体験が『SRサイタマノラッパー』(09)での公民館ライブとして生かされている。『SRサイタマノラッパー』は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009」オフシアター部門グランプリ、「富川国際ファンタスティック映画祭」最優秀アジア映画賞を受賞。池袋シネマ・ロサで封切られ、インディペンデント映画として異例の大ロングラン快進撃を果たした。続いて『SRサイタマノラッパー2女子ラッパー☆傷だらけのライム』(10)、二階堂ふみらをキャスティングした『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11)と立て続けに劇場公開。11年にオンエアされたWOWOWドラマ『同期』も好評を博した。12年4~6月に放映された青春ドラマ『クローバー』(テレビ東京系)が現在DVDリリース中。WOWOWで13年放映予定の『ネオ・ウルトラQ』を監督することが発表されている。また、10月から始まったTOKYO FMのトーク番組『入江悠の追い越し車線で失礼します』(毎週日曜20時30分~)のパーソナリティーを務めている。

『僕の中のオトコの娘』監督・窪田将治と、女装娘(じょそこ)──その素晴らしく曖昧な世界

 同性愛か異性愛かは問わず、女装趣味の男子を女装娘(じょそこ)といい、いまや認知されつつある存在になった。『失恋殺人』『CRAZY-ISM クレイジズム』などの話題作でおなじみの窪田将治監督最新作『僕の中のオトコの娘』は、その女装娘が主人公という、ちょっと異色の青春ムービーだ。12月1日の公開を目前に控えた監督に、撮影のことから女装娘の世界についてなど聞いてみた。 ――どういういきさつで、女装娘をテーマに映画を撮ることになったのですか? 窪田将治監督(以下、窪田) 7年前に友達と新宿で飲んでいて、そこで仲良くなったカップルに連れて行ってもらった店が、女装バーだったんですよ。ママもお客さんもみんな女性の格好してたので、最初はゲイバーかなと思ったんです。で、話をしていくとスゲー面白くて、実は女装バーだったという。これは映画になるんじゃないかと思いました。
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窪田将治監督
――女装娘のどんなところに興味を持ったんですか? 窪田 女装娘たちは、すごく曖昧なんですよね。「好きなのは男? 女?」って聞いてみると、必ず「どっちでしょう?」って、含みを持たすんです。店の決まりで、答えを言ってはいけなかったりするようで、そういうのも面白くて。 ――それで今回、映画になったのですね。 窪田 当時は、一般的には(女装娘というものが)知られてなかったじゃないですか。でも、この1~2年でメディアに女装家が出たり、タレントが女装したり、そういうのが出てきて、そろそろイケるんじゃないかと思って動きだしたら、実現しました。 ――撮るにあたっては、綿密にリサーチされたそうですが。 窪田 撮ったのは1年前なんですが、7年前に最初に訪れた女装の店にも行きたかったんですが、もうなくなっていたんです。だから別の店に行って、今どんな感じかなと。当時行った店とはちょっと違ってまして、女装だけでなく、同性愛者やいろんな人がごちゃごちゃ混ざっていて。いろいろな人たちに話を聞きました。 ――実際に話を聞いた女装娘の中で、登場人物のモデルになった人はいますか? 窪田 この作品では、女装という狭い世界で奮闘する人間を描きたかったのですが、その狭い世界というのは、僕がいる映画界と同じだと思っています。主人公の謙介は女装という狭い世界で頑張っていて、僕は映画界という小さい世界で頑張っていて、周りにいろいろ言われながらもやりたいことをやっている。だから、そういう意味でのモデルは僕ですね。 ――映画を見た女装娘の人たちの反応は、いかがでした? 窪田 まず脚本を書いた時点で、どこまでがアリなのか、読んでもらったんですよ。そしたら、「あり得る」という反応だったので大丈夫かなと。実際に完成した映画を見てもらったら、ものすごく共感したとか、身に染みたとか、中には「もっと大変よ」と言う人もいて、反応はいろいろでしたね。でも、好意的に受け止められています。 ――主役の謙介を演じた川野直輝さんは、オーディションで? 窪田 いや、違います。どのキャストも、オーディションはしてないです。ただ、主役を決めるのは、ものすごく難航しました。いろんな名前が出ましたが、なかなかハマらず、1年ぐらい探しました。そんなとき偶然、あるマネジャーさんに相談したら、「川野直輝ってどうですか?」みたいな話をされたんですよ。それでいろいろ見てみたら、面白そうかなと。主人公がちょっとネクラなので、そういう感じがしないといけないし、女装したときに映画的に見栄えがしないといけないといった条件にハマりそうな気がして選びました。
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――映画の題材が題材なだけに、川野さんは大変だったと思うのですが。 窪田 後から本人に聞いたら、主役だし、面白そうだと思ってくれていたようですけど。役づくりのために、お店にも行ったみたいです。実際に仕事をしてみたら、よく考えていて、すごくよかったですよ。一緒に仕事していて面白かったです。 ――謙介を女装の世界に導いたカレン役の草野康太さん、女装バーの静香ママ役の木下ほうかさんたちの女装娘ぶりもハマってましたね。 窪田 僕は、ほうかさんが出ている映画の中では、この作品が代表作なんじゃないかなと思ってるぐらい、いいんですよ(笑)。「あの人、本物?」なんて言う人もいましたから。ほうかさんもですが、草野さんにはこれまでに何本も僕の映画に出てもらっていて、どうしてもこういう役をやってもらいたかったんですね、個人的に。 ――じゃあ、窪田監督からは特に注文もなく……。 窪田 演出ということでは、多少のことはしましたが。「しぐさに気をつけて」とは言いました。オカマの人も女装娘も、普通の女の子よりもしぐさがちゃんとしてたりするので、そういうところを気にしてやってくれるとうれしいとは言いました。
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――この作品はカナダのモントリオール世界映画祭に正式出品されて、現地にも行かれたそうですが、どのような反響でした? 窪田 生まれて初めて、スタンディングオベーションをもらいました。カナダって同性結婚が認められている国で、そういう人たちが結構見に来てくれてて、「共感したよ」とか言ってくれました。終わった後は質問攻めですよ。すごい反響で、ほっとしましたね。 ――カナダの観客や記者の人たちからは、どんな質問を受けましたか? 窪田 飲み屋のシーンで、後ろにインディアンのポスターが貼ってあったんですよ。僕はただ貼ってあるなぐらいにしか気にしてなかったのですが、それに対して「なんであそこにインディアンのポスターが貼ってあるのか、意味はあるのか?」って質問があったんです。女装というマイノリティーの世界とかけているのか、とか聞かれて。どこまで細かく見ているんだろうと思いましたね。 ――3年連続正式出品ということもあり、現地では熱心な窪田ファンがいると聞いてますが。 窪田 今回の作品は4回上映されたのですが、毎回見た人も何人かいたそうです。今のところ結構好意的に受け入れられていますね。「来年も必ず戻ってこいよ」と言ってくれて、うれしかったですね。実のところ、今回の作品は(出品が)難しいんじゃないかと思っていたんです。女装娘という曖昧な文化って、外国の人にはわかりづらいから、受け入れられないと聞いていたので。だから、出品が決まったときは飛び上がるほどうれしかったし、現地に行くのは2度目だったんですが、行けてよかったです。 ――日本ではもうすぐ公開ですが、この作品を通してメッセージなどあれば。 窪田 新しいことを始めるには年を取れば取るほど難しかったり、勇気が必要だったりするじゃないですか。女装という新しい世界で奮闘する、主人公の謙介から、そういうパワーを感じ取ってくれたらうれしいと思います。 (撮影・文=シン上田) ●くぼた・しょうじ 1974年、宮崎県出身。1997年日本映画学校卒業。在学中に脚本家・池端俊作氏、映画監督・細野辰興氏に師事。2006年に『zoku』で劇場映画デビュー。09年には女子プロレスを題材にした『スリーカウント』で長編映画デビューを果たす。10年の江戸川乱歩原作の『失恋殺人』はモントリオール世界映画祭“Focus on World Cinema”部門に正式出品され、高い評価を受けた。翌年、『CRAZY-ISM クレイジズム』を脚本・監督。『失恋殺人』に続いてモントリオール世界映画祭に正式出品された。その他、テレビ番組の企画・演出・構成など多方面で活躍中。 ●映画『僕の中のオトコの娘』公開直前イベント“オトコの娘サミット” 日本初! 女装した男子、通称「オトコの娘」総選挙を開催。映画『僕の中のオトコの娘』監督・窪田将治氏をはじめ、当代一のドラァグクィーン・マーガレット氏、女装美少年総合専門誌「オトコノコ時代」編集長・井戸隆明氏など各界の「オトコの娘」専門家が奇跡の集結。専門家のオシメン&一般応募の「オトコの娘」がガチ対決。あなたの1票が世界を変える!! 果たして、結末は!? そして「オトコの娘」1年生も楽しめる「オトコの娘」トリビアも満載! さらに映画出演者も登場!? 何が起きるかわからないことだらけでお送りいたします。 オトコの娘サミット詳細ページ <http://www.boku-naka.com/event.html> 【出演者】 窪田将治(映画『僕の中のオトコの娘』監督・脚本) マーガレット(ドラァグクィーン) 三橋順子(性社会・文化史研究者、都留文化大学非常勤講師) モカ(女装イベント『プロパガンダ』主宰・DJ) 井戸隆明(女装美少年総合専門誌「オトコノコ時代」編集長) 今野杏南(日テレジェニック2012) 沖直実(イケメン評論家) 石井涼太(舞台「男おいらん」主演) 木下ほうか(映画『僕の中のオトコの娘』静香ママ役) ほか絶賛ブッキング中!! 【MC】 静恵一(サミットクラブ) 11月20日 新宿ロフトプラスワン OPEN 18:30/START 19:30 予約¥2000/当日¥2300(飲食別) ※女性・女装の方は、予約・当日料金¥1,500(飲食別) →予約受付アドレス:bokunakaevent2012@gmail.com   お名前(ハンドルネームでも可)・枚数 を明記の上送信お願い致します。 <http://www.boku-naka.com/>

「ドランク鈴木は群を抜いて性格が悪い」アンジャッシュ渡部が人力舎芸人の酒グセを暴露

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撮影=尾藤能暢
 アンジャッシュの渡部建が、下町の安くておいしい、でも意外と知られていない居酒屋を飲み歩くグルメバラエティ『ハシゴマン』(TOKYO MX/毎週木曜23:30~)。2011年10月にスタートした同番組がいよいよDVDとなり、11月21日に2巻同時リリースされる。  番組は、「ハシゴマン」と化した渡部が、芸人の「ハシゴボーイ」と、女性ゲストの「ハシゴガール」を引き連れ飲み屋をハシゴし、自由なペースで飲み、煮込みなどをつつき、会話をする。  それだけなのに、次第にたがが外れる出演者や、ひとクセある大将、突然話しかけてくるお客さん……それらが複合的に存在する空間が至極魅力的に感じられ、テレビの前で「今すぐ飲みたい!」とウズウズしてくることだろう。  いまやグルメ芸人としてもおなじみの渡部氏に、番組の魅力や、ブレイク中の相方について聞いた。 ――自身のブログ「アンジャッシュ渡部建のわたべ歩き」で居酒屋を紹介されていますが、『ハシゴマン』はそれのテレビ版という感じでしょうか? 渡部建(以下、渡部) そうですね。休みの日に、町を決めてから、4~5軒下町の飲み屋に行くことがよくあって。それを番組にしちゃおうかって感じで始まりました。安くておいしい飲み屋を紹介するカタログ的番組であるのと、さらにほかでは見られないユルい展開や、出演者の酔っ払い具合なんかを楽しんでもらえればと思います。 ――決まりごとは「1軒につき酒1杯と、おつまみ1品のみ注文」。とてもルールの少ない番組ですね。 378A5651.jpg 渡部 最初は「女性ゲストがこれだけ飲んだら写真集が宣伝できる」とか、テレビっぽい企画も考えたんです。でも、それだと普通のバラエティになっちゃうし、空気感を楽しむ番組にしたかったのでやめました。それでも最初は「ただ飲むだけの番組が、面白いのだろうか?」っていう葛藤もあったんです。でも今は、もっと酔っ払って、もっと自由にやりたいと思ってます。 ――そんな自由な番組が、いよいよDVD化されますが。 渡部 DVD1本に9軒分の飲み屋情報が入ってますし、お店情報のブックレットも付いてくるので、東京の飲み屋事情を知りたい方にはおすすめです。 ――1、2巻に収録された6エリア中、町屋、北千住、鐘ヶ淵の3エリアにオアシズ・大久保(佳代子)さんがハシゴレディとして出演されてますね。 渡部 大久保さんは本当に酔っ払ってくれるし、この番組って男芸人が出ても、意外とセクハラみたいなことをしないんですけど、大久保さんはゲストのカワイコちゃんに、ぐいぐいエロく責めてくれるんです。男性視聴者の代わりをやってくれるという意味では助かってますね。ただあの人は、すっごい高いピンマイクをトイレに落として逆ギレしたりするし、もうめちゃくちゃでタチが悪いです。 ――番組最多出演はドランクドラゴン・鈴木拓さんのようですが、今回のDVDには登場されてませんね。 378A5608.jpg 渡部 もしかしたら、3巻以降に出てくるかもしれないですね。ただ、世間にあまりバレてないと思うんですけど、あいつって人力舎の中でも群を抜いて性格が悪いんですよ。番組では、そのへんがお酒の力で出ちゃってるので、DVDには入らないかもしれないですね(笑)。まあ、お酒の力でその人の意地の悪さや、逆に人のよさが出るところも『ハシゴマン』の魅力だと思うんですが。 ――お酒の力といえば、ハシゴガールの緑川静香さんも、身の上話をしたあげく泣き出してましたね。 渡部 ほかにも、塚っちゃん(ドランクドラゴン・塚地武雅)が記憶をなくして、ハシゴガールに担がれて家に帰ったこともありますし、それに飯塚悟志(東京03)はいつもひどいですね。オンエアにはのってないですけど、とあるゲストとイチャイチャしすぎて、オールカットになった回もありましたよ。 ――番組では、渡部さんは飲んでもしっかりされてますが、プライベートではお酒で失敗したこともあるんですか? 渡部 ありますよ。前に、お酒の席で「食にあふれ返ってる日本だけど、食べ物を残すのはよくない!」みたいなことで友達と口論になったんです。でもその後記憶がなくなって、家に帰ったらポケットにパンパンに唐揚げが入ってたことがありましたね。あとは、知らないおじさんのループタイとベストを着て帰ってきたり(笑)。一緒だった後輩に聞いたら、横にいたおっちゃんと「服を交換しよう!」ってなったみたいで。だから、僕の革ジャンやハットもなくなってたんですよ。 ――(笑)。プライベートでは、誰と飲むことが多いですか? 渡部 人力舎の後輩を3人くらい連れていく感じですね。芸能界の友達は、芸人ばっかりなので。 ――堀江貴文さんとも仲が良かったと聞きましたが。 渡部 昔は、堀江さんがしょっちゅうパーティーをやってたんで、そこに参加したり、おうちに行ったり、何度か遊んだことはあります。堀江さんは酔っ払うと穏やかになって、なんでも「いいよ」って言ってましたね。 ――ところで、最近は『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)などに出演中ですが、芸能界での自分の立ち位置って、どこだと思いますか? 渡部 “便利屋”じゃないですかねえ。役割を与えられて、制作意図をくみ取りながら、役を一生懸命まっとうする。悪く言うと、“テレビ制作の犬”ですよね。月曜日に「僕、烏龍茶が大好きでねえ」って言ってたのに、火曜日には「僕、烏龍茶が苦手なんですよ」って言ってますから。それをやり始めてから仕事も増えましたしね。ただ、相方もあんな感じでテレビに出るようになっちゃったので、どうやら最近、世間ではアンジャッシュがコントをしてるイメージがないみたいで。なので、ネタ番組にいっぱい出られたらうれしいですけどね。 ――相方の児嶋一哉さんのブレイクをどう見てますか? 渡部 いや~、彼の本質を世間に浸透するくらいまで知ってもらえたのは、ありがたいですよ。ホントに周りの芸人さんのおかげだなって思いますね。児嶋のおかげで呼んでもらえる番組も、たくさんありますから。 ――仕事以外で、児嶋さんとしゃべることはあるんですか? 378A5556.jpg 渡部 遊びにも絶対行かないですし、楽屋でも全然しゃべらないですね。でも、『ハシゴマン』の1周年記念企画で、19年ぶりに2人で飲んだんです。考えてみたら、ネタ作り以外で2人で飲みに行ったのって、それが人生で2回目だったんですよ。 ――ちなみに弊社では「サイゾーテレビ」というのをやってまして。そこでは渡部さんの事務所の後輩のキングオブコメディを前面に押し出してるんですけど。キンコメ・高橋(健一)さんのあの“ダメさ”も、児嶋さんみたいに世間に認知されてブレイクしないかなあ~なんて。 渡部 児嶋も高橋もダメではあるんですけど、高橋は生い立ちが良くないですからねえ。嫌いじゃないんですけど、人間的に卑しいじゃないですか。だから、残念ながら愛すべきポイントがないんですよ(笑)。逆に、高橋の全部が世間にバレたら、テレビに出れないんじゃないんですかねえ。あいつ見てると、親の教育や愛情って大事だなって思いますよ。 ――なんだか湿っぽい話になったので、話を戻して、最後に『ハシゴマン』についてPRをお願いします! 渡部 とにかくお酒好きな方や、飲み屋情報に困ってる方、あと東京観光をする地方の方に、ぜひ買っていただきたいです。家でお酒を飲みながら、映像付きカタログだと思ってラクに見ていただけたら一番うれしいですね。沿線やエリアごとに収録されてるので、これ通りに店を巡っていただくのも楽しいと思いますよ。 (取材・文=林タモツ)