
著者の佐藤典雅氏。
地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教や、白装束集団のパナウェーブ研究所、ミイラ事件のライフスペースなど、「カルト宗教」の行動や思想は、一般人にとっては理解しがたい。
『ドアの向こうのカルト』(河出書房新社)を上梓した佐藤典雅氏は、「東京ガールズコレクション」を手がけた現役ビジネスマンでありながら、25年にわたって「エホバの証人」の信者だった人物だ。エホバは世界で739万人、日本でも20万人以上の信者を持ち、有名人ではシンガーソングライターの矢野顕子や『クレヨンしんちゃん』の作者である故・臼井儀人氏などが知られる。また、マイケル・ジャクソンも元信者だった経歴を持ち、あのプリンスも現役である。
佐藤氏が本書で描くのは、9歳の頃から信者となり、35歳になるまで過ごしたエホバでの日々と、そこから脱会するまでの半生。いったい、元カルト信者は、どんな視点から世界を見ているのだろうか?
――6年前に佐藤さんは「エホバの証人」を脱会されました。本書を執筆するきっかけはなんだったのでしょうか?
佐藤典雅氏(以下、佐藤) 宗教をやめてから、その世界とは無縁の生活を送ってきました。もう、自分の中ではすでに過去のことになっていたんです。ただ、完全にその経験を消化しきれておらず、感情的に押し込めていたんです。けれども、たまたま子どもの頃のビデオを見る機会があり、押し込められていた感情が一気にあふれてきた。そして、衝動的に、ブログにその経験を書きました。60日分のエントリーを、わずか2日間で書いてしまったんです。
――反響はどうでしたか?
佐藤 宗教のことを詳細に書くのは初めてでした。誰も興味ないだろうと思っていたのですが、恋愛やセックスについて書くよりも、はるかに大きな反響があったんです。個人的な宗教体験に、そこまで多くの人が興味を示すのが不思議でしたね。宗教に関係する知り合いがどう反応するかには興味がありましたが、宗教に関係のない知り合いからも「面白い」という反応でした。
――外の人間からすれば、カルト宗教の実態やそこでの経験は、とても興味をそそられます。しかし、佐藤さん本人としては、そこまで特殊な経験だと思っていなかった?
佐藤 9歳からエホバの証人に入っていたので、特殊だと思っていなかったんです。親が濃い宗教に引っかかってしまったけれども、脱会できてよかったね、といった程度の体験だと思っていました。
――25年間で経験した布教活動や、集会の様子、周囲の信者など、さまざまなエホバの証人の内幕が綴られています。中でも興味深かったのが、オウム事件の時に「カルトは大変だな」と、エホバの証人の信者たちが言い合っていたという描写でした。なんというか……皮肉ですね。
佐藤 エホバの証人たちは、この世のあらゆる悪はサタンの仕業だと信じています。まさか自分たちが洗脳されているなんて、考えたことはありませんでした。「サタンの宗教に騙されてしまってかわいそう」と思っています(笑)。ただ、僕はそれと同時に「彼らは幸せだろうな」と感情移入もしていましたね。同じ信仰を持っている人と連帯しながら共同で生活する。それは、ある意味とても幸福なことなんです。
■村上春樹の『1Q84』では描かれなかった、エホバ信者の心情
――また、年に1度行われる大会の様子もすごいですね。佐藤さんのホームページには、横浜スタジアムを埋め尽くす人々の写真が掲載されています。
佐藤 大会の会場にはある種の高揚感があり、ハイになることができます。同じ信条、価値観を持っている人が集まっているので、連帯感があります。会場の外の人たちは、とても“かわいそうな人”という意識でした。
――サッカーの試合やロックバンドのライブのような高揚感でしょうか?
佐藤 そうですね。ただし、熱狂的にワーッと興奮するのではなく、ふわ~っとおとなしく、心地よい波が押し寄せてくるんです。
――「カルト宗教」「エホバの証人」といえば、一般的にはおどろおどろしいイメージを持たれます。しかし、本書に描かれているエホバの証人の内幕は、ある意味「健康的」という印象です。
佐藤 なるべく細かく人物を描写するように気をつけました。カルトの信者だからといって特別に違う人ではありません。うちの両親なんかは典型的で、街で会えば普通にいい人。もちろん、周囲の信者も同じです。ただ、宗教の話になると異常性を帯びてくる。
村上春樹は『1Q84』(新潮社)でエホバの証人を題材にしていますが、なぜ信者がそれにハマってしまったかという心境までは書いていません。彼らは「ひたすら強く信じていた」と書きますが、「なぜ信じていたか」は当事者でないとわからない部分なのでしょう。この部分をあぶり出したかったので、我が家を例に、どうやってカルトにのめり込んでいくかを詳細に描いています。
――本書は佐藤家にエホバの証人の勧誘がやってくるところから始まり、そのまま一家全員がエホバの洗礼を受ける過程を詳細に追いかけます。
佐藤 僕が書きたかったのは、信者の意識の変化です。読んでいる中で、読者もある意味エホバの証人に“洗脳”されます。そして、脱会する場面の描写で、バーンとその洗脳を解き放つんです。
――読書によって、洗脳のプロセスを体験できる。佐藤さん自身は、今振り返って、信者だったことで得たメリットは何かありますか?
佐藤 エホバは信者間のコミュニティがとても強く、家族のようなものです。父親の仕事の都合で、日本とアメリカを転々としていたのですが、どこに引っ越しても心配はありませんでした。コミュニティが強いので、現在問題となっているような、孤独死や孤立といった問題も起こりようがないんです。
■社会に蔓延する、排他的な意識と“洗脳”
――では、エホバの異常性はどこにあるのでしょうか?
佐藤 「教団以外のすべての人が、サタンに支配されている」と洗脳されていることですね。信者ではない人と一緒に飲みに行くのも反対されますし、信者ではない友達や彼女も作れない。
――「サタンに支配されている人」との付き合いを持てない。まっとうに社会生活を送ることは難しいですね……。
佐藤 しかし、そのような概念はキリスト教全般に見られます。キリスト教には「キリスト教ではないから悪」という考え方が根付いています。
例えば、アメリカと中東の戦争がそう。「キリスト教ではない」から、イラクのようなイスラム国に対して爆弾を落とすことに、アメリカはあまり良心を痛めません。インディアンを迫害した時代から、そのような考え方が脈々と続いているんです。中東の問題は、石油が原因だといわれますが、あくまでも引き金でしかありません。そこには根深い宗教問題が横たわっているんです。
――しかし、一般のキリスト教は、エホバの証人ほど過激ではありません。
佐藤 カトリックは、いわば大企業病のようなもの。競争の必要もないし、結束力も求められない。「なんとなくやっていればいい」ので、平和に見えるんです。しかし、その本質にはサタンへの恐怖があります。
――キリスト教はそもそも抑圧的で排他的な宗教である、ということ?
佐藤 キリスト教というよりも、一神教といったほうがいいでしょう。イスラム、ユダヤ、キリスト、すべて神は一人です。自分たちの神が一人である以上、他の神が神であるわけがない。一神教には、他のものを排除する性質が秘められているんです。
――戦争のような政治的な問題のほかに、佐藤さんが活躍しているビジネスの世界ではどうでしょうか? エホバでのスピーチは、ビジネスの現場でのプレゼンテーションの練習に役立ったと書かれていますね。
佐藤 そのような、ビジネスの現場で役に立つスキルを得られたことも確かです。また、構造として、ブランディングやマーケティングというのは、少なからず宗教のような「洗脳」という要素がありますから、その方面を理解する上でも信者だった経験が役に立っています。
――ブランディングが洗脳?
佐藤 自らの思想や価値観、哲学を付加価値として売るというロジックですから、軽い洗脳ですよね。
――確かに“アップル信者”なんていう言葉もあります。
佐藤 ベンチャー企業は、その典型例でしょう。例えば、かつてのライブドアはYahoo!に勝つために、「ライブドア以外は敵」として社員の結束力を高めました。その結束力によってハイになり、突き進む。そういう意味では「信者以外は、すべてサタンに支配されている」というエホバと変わらないんです。その結束力の中心になるために、ベンチャーにはホリエモンやスティーブ・ジョブズといったカリスマ経営者が求められるんです。
――エホバの信者であったことを、後悔している部分はありますか?
佐藤 後悔していた時期もありますが、トータルで考えて、自分なりに意味があったんだろうと考えるようにしています。過去を悔いるよりも、この経験からどういうことを教訓として学べるかが大切だと思いますね。
――ただ、それにしては25年間という年月は長すぎます。また、佐藤さん自身、「高等教育を受けることを推奨しない」という当時のエホバの方針から、大学進学もあきらめましたよね?
佐藤 子どもの頃からエホバが当たり前だったので、25年間が長いかどうかもわかりません。それに、人生、手持ちのカードに文句を言っても始まらないでしょう。宗教の時代に得た物事の考え方や人の意識の捉え方は、Yahoo!で働いていた時代や、東京ガールズコレクションを立ち上げる際などのビジネスに応用できています。大切なのは、後悔しながら過去に生きることではなく、自分が今持っているカードをどのように未来に生かすかだと思います。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])
●さとう・のりまさ
1971年広島県生まれ。少年期の大半をアメリカで過ごす。Yahoo!を経て、ブランディング社で東京ガールズコレクション等のプロデュースを行う。2010年に事業戦略のコンサルとして独立。現在はロス在住。著者に『給料で会社を選ぶな!』(中経出版)がある。