パク・チャヌク監督、ハリウッド進出作を語る!「狭い世界を脱したい。人間の原始的欲求だよ」

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巨匠ながら物腰の柔らかいパク・チャヌク監督。
「ハリウッド進出第1作ということで気兼ねした?」という無礼な質問にも笑顔で回答した。
 肌と肌が触れ合うほどの息苦しい空間から、ひとりの“オールド・ボーイ”が広い世界へと飛び出していった。そのオールド・ボーイの名前はパク・チャヌク。現在49歳。『JSA』(00)の大ヒットで韓流映画ブームを呼び、15年間にわたって監禁され続けた男の復讐談『オールド・ボーイ』(03)でカンヌ映画祭審査員特別グランプリを受賞した、韓国映画界が誇る国際派監督だ。妥協なきバイオレンス描写と人間の本能を目覚めさせるような官能美を描くことを得意とするパク・チャヌク監督は、最新作『イノセント・ガーデン』でハリウッド進出を果たした。『アリス・イン・ワンダーランド』(10)『永遠の僕たち』(11)のミア・ワシコウスカが少女から大人の女へと変貌していく様子を、チャヌク監督らしい独自の肉体言語で謳い上げている。日本での公開を直前に控え、チャヌク監督が日刊サイゾーの単独インタビューに応えた。  『イノセント・ガーデン』は鋭敏な感覚を持つ少女インディア・ストーカー(ミア・ワシコウスカ)が主人公。毎年謎の人物からの誕生プレゼントを受け取っていたインディアだが、18歳の誕生日に最愛の父親を交通事故で亡くしてしまう。美人すぎる母親エヴィ(ニコール・キッドマン)とはウマが合わず、広い屋敷の中でインディアはひとりぼっち。そして父親と入れ替わるように現れたのが叔父のチャーリー(マシュー・グード)だった。ミステリアスで博学なチャーリーにエヴィもインディアも魅了されていく。だが、チャーリーの出現と同時に、なぜかインディアの周囲からは次々と人が消えていく……。人気ドラマ『プリズン・ブレイク』の主演俳優ウェントワース・ミラーが匿名で書いたオリジナル脚本をベースに、チャヌク監督がこれまでの作品とはまるで異なる洗練された色彩美の世界を構築したことに驚かされる。 ──パク・チャヌク作品というと、ソン・ガンホ、チェ・ミンシクといった体臭がぷんぷん漂うような男優たちがひしめく汗まみれな世界という印象が強かったのですが、今回の撮影現場ではミア・ワシコウスカとニコール・キッドマンという美女たちが待ち構えていたわけですよね。これまでになく新鮮な気分で演出できたんじゃないでしょうか? パク・チャヌク 確かに、その通りだね(笑)。韓国と米国では撮影スタイルに幾つかの違いがあったけれども、撮影スタイルの違いよりも普段の顔ぶれとまるで違うことが僕にとってはとても刺激的だった。しかも、ミアとニコールという演技のタイプも年齢も異なる2人の美人女優を演出できたんだからね(笑)。韓国ではどうしても、いつも同じようなキャストとスタッフの顔ぶれにならざるを得ない。韓国がいい、米国がいい、ということではなく、新しい顔ぶれと仕事ができたということが僕にとっては特別な体験だったんだ。
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広い屋敷を舞台にしたサイコミステリー『イノセント・ガーデン』。
18歳になるインディア(ミア・ワシコウスカ)は母エヴィ(ニコール・キッドマン)に
愛情を感じることができない。
──これまでのパク・チャヌク作品は、軍事境界線を題材にした『JSA』、監禁そのものを描いた『オールド・ボーイ』、家庭の中に押し込められた若妻が吸血鬼に変身する『渇き』(09)など、結界や壁によって閉じ込められた人々が主人公になってきました。『イノセント・ガーデン』も生まれ育った屋敷から出ていくことができない少女の物語。狭い世界に閉じ込められた主人公が自由を求める―これはパク・チャヌク作品のメインテーマと受け取っていいでしょうか? チャヌク (うなずきながら)僕が閉じ込められた人々を描き続けているのには、2つの理由があるんです。ひとつは、狭い空間を脱して広い世界を目指すという行為は人間の原始的欲求だということです。社会で暮らしている人間は誰しも社会から拘束され、束縛を受けている存在です。束縛を嫌って自由を求めることは、肉体が発するとても自然な欲求なんです。もうひとつの理由は、閉じた狭い世界を舞台にすることで、それをひとつの宇宙として描くことができるということです。映画において、ひとつの宇宙を設定することはとても効果的。空間を限定することで、人間の本質により迫ることができる。また空間を狭めることで、空気の密度を濃くすることもでき、より凝縮した形でシンボリックに事象を描くこともできるんです。観客のみなさんは僕の作品を「あっ、これは小さな宇宙なんだな。この世界に人生が凝縮して詰まっているんだな」と鑑賞することができるんじゃないでしょうか。 ──そんなチャヌク監督のハリウッド進出第1作の脚本を、脱獄ドラマ『プリズン・ブレイク』の主演俳優ウェントワース・ミラーが書いたというのも面白い合致ですね。 チャヌク ミラーが書いた脚本を渡されたとき、赤の他人が書いたストーリーだとは感じられなかった(笑)。米国で撮った作品なんだけど、まったく新しいテーマに挑戦した、という気にはならなかったね。 ■脚フェチは必見。ミア・ワシコウスカの官能的な戴冠シーン ──韓国ではチャヌク監督が脚本から手掛けていたわけですが、ウェントワース・ミラーの脚本には今回かなりアレンジを加えたんですか? チャヌク 僕の作品はオリジナル性が高いように思われているけど、実はそうでもないんです。それこそ『オールド・ボーイ』は日本のコミックが原作でした。『JSA』も原作小説があり、『渇き』はエミール・ゾラの不倫小説『テレーズ・ラカン』を下敷きにしています。まぁ、完成した作品は、原作からずいぶん違ったものになってますけどね。今回の『イノセント・ガーデン』も同じようなスタンス。ウェントワース・ミラーのオリジナル脚本を原作として位置づけ、そこから自分で脚本に手を加えていった。かなり僕のアイデアも盛り込んだけど、完成した作品を観たら、思っていたよりもミラーの書いた世界から大きく逸脱したものにはならなかった。ミラーが植えた根っこや幹の部分をしっかり残して、そこから伸びてきた枝や葉っぱを僕が自由に刈り込んで作ったのが今回の『イノセント・ガーデン』だと言えるだろうね。
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「劇中で何度か卵が登場します。ヒロインはまだ孵化する前のひな鳥の状態で
あることを示したものです」とチャヌク監督は自作を語った。
──ミア・ワシコウスカの脚をフェティッシュに捉えているカメラワークが実に印象的です。サドルシューズを脱ぎ捨て、ハイヒールに履き替えるシーンは脚フェチにはたまらないものがあります(笑)。少女の成熟を足元から描こうとした狙いについて教えてください。 チャヌク 足元へのこだわりは、ミラーのオリジナル脚本の段階からあったんだよ(笑)。主人公のインディアは風変わりな女の子で、いつもサドルシューズばかり履いていて、母親のエヴィがうんざりしているというシーンがあったんだ。それで「インディアは、なぜサドルシューズにこだわるんだろう?」と考えて、大事な人からのプレゼントという設定を思い付いたんだ。逢ったことのない人物から、毎年必ず誕生日に彼女の足のサイズにぴったりなサドルシューズが贈られてくる。少女の足のサイズって年々変わるものだから、ぴったりのサイズのシューズを用意できる贈り主はかなりミステリアスな存在。靴を使って少女の成長過程が描ければ面白いと思ったんだ。さらにインディアは18歳の誕生日を迎え、サドルシューズを脱いでハイヒールを履くことで完璧な大人の女へと変身する。ハイヒールを履くシーンは、王女が王妃になる戴冠式のイメージで撮影したんだよ。 ──叔父チャーリーと出会ったことで、インディアの中に潜む特殊な才能が覚醒していく。インディアは特別な女の子なんでしょうか、それとも18歳の女の子は誰もが特別な存在なのでしょうか? チャヌク 実は僕には、18歳になる娘がいるんです(笑)。やっぱり女性にとって18歳という年齢は特別なもの。インディアは映画の中では特別な女の子のように映っているけれど、他の18歳の女の子と変わらない部分も持っている。あの年齢の女の子は、みんな特別な存在なんじゃないかな。美しいものに惹かれながらも、それと同時に怖いもの、邪悪なものにも惹かれてしまう。思春期の女の子の中に潜んでいる様々なものが、インディアには投影されている。独特な存在であり、かつ普遍的な存在。それがインディアなんです。 ■パク・チャヌク作品史上、最高に残酷なシーンとは……? ──ファンというのはとても身勝手です。チャヌク監督が初めてのハリウッドでこんなにも美しい作品を撮り上げたことに驚く一方、「チャヌク監督なら、もっと流血ドロドロな過激シーンも撮れたはず。ハリウッドに対して気兼ねしたんじゃないのか」なんてことも思ってしまいます。 チャヌク 今回、そのことは僕もよく耳にします(笑)。米国作品だったから暴力描写が控えめになったんだろうとね。でも実際は、その逆だったんです。今回の作品は物語の世界観に合わせて静かな抑えたものを考えていたんですが、製作サイドからは「もっとやってくれ!」と煽られたんです(笑)。具体的なシーンで言うと、最初に描かれる殺人シーンでは、殺人犯がベルトを外すショットでシーンが切り替わるというのが僕の考えた最初のイメージでした。脚本がそうでしたし、イメージボードもそうしていたんです。ですが製作サイドから「それじゃ生ぬるい。首を絞めるシーンまで見せよう」と強く言われ、「じゃあ、とりあえずそのシーンも撮っておきます。編集の段階でどっちがいいか決めましょう」ということになったんです。それで、製作陣がみんな「やっぱり殺人シーンがあったほうがいい」と言うので、このような形になったんです(苦笑)。
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脚フェチには堪らないシーンがいろいろ。
ミア・ワシコウスカのシャワーシーンも見逃せませんよ!
──やっぱり、人間の残酷な部分、おぞましい部分もきっちり描いてこそ、パク・チャヌク作品ですからねぇ。 チャヌク 米国の製作サイドもそのように思っていたみたいですね(笑)。今回、僕が暴力描写をなるべく抑えたいと思ったのは、米国作品だからということではなかったんです。作品の世界観に合わせようと思ったことが大きかった。『イノセント・ガーデン』は18歳の女の子から見た世界なんです。だから、インディアと同世代の10代の女の子たちがこの作品を観たときに顔を背けてしまうようなグロい描写は、なるべく避けたかった。やっぱり、あの頃の年齢の女の子は基本的に美しいもの、優雅なものが大好きですからね。そのため「今回のパク・チャヌクは残酷描写が控えめだ」と思われているようですが、でも僕自身は必ずしもそうは思わないんです。後半のインディアがシャワーを浴びるシーンでは、その日に目撃した事件の様子を思い出しながら彼女はエクスタシーを感じるんです。僕の作品の中で、こんなにも女性の残酷さ、恐ろしさを描いたシーンは今までになったはずですよ(笑)。 ──確かにそうですね。『イノセント・ガーデン』は、チャヌク監督の18歳になる娘さんへの最高のプレゼントになったようですね。 チャヌク えぇ、僕の娘も喜んでくれています。「お父さんが撮った作品の中で、今回のがいちばん好き」と言ってくれました(笑)。  * * *  子煩悩なところも、どこか『オールド・ボーイ』の主人公と重なるパク・チャヌク監督だった。パク・チャヌク作品の主人公たちは自由を求めて広い世界へと解放されていくのが常だが、彼らは思いがけない事態へと巻き込まれていき、やがて衝撃的な真実に触れることになる。韓国映画界を飛び出した鬼才を、これから待ち構えているのは一体何だろうか。 (取材・文=長野辰次/撮影=名鹿祥史) innocentgardenmain.jpg 『イノセント・ガーデン』 監督/パク・チャヌク 脚本/ウェントワース・ミラー 撮影監督/チョン・ジョンフン 出演/ミア・ワシコウスカ、ニコール・キッドマン、マシュー・グード PG12 配給/20世紀フォックス映画 5月31日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー <http://www.foxmovies.jp/innocent-garden●パク・チャヌク 1963年韓国ソウル生まれ。映画製作と映画評論を並行して活動した後、『JSA』(00)が記録的大ヒットに。続いて『復讐者に憐れみを』(02)『オールド・ボーイ』(03)『親切なクムジャさん』(05)を“復讐三部作”として発表し、世界の注目を集めた。その他にカンヌ映画祭審査員賞を受賞した『渇き』(09)、精神病院を舞台にしたラブコメ『サイボーグでも大丈夫』(06)、iPhoneで撮影した短編『Night Fishing』(11)などがある。

今田耕司も太鼓判! “かわいすぎる”「ゼクシィ」CMガール・松井愛莉を直撃!

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か、かわいい……。
 結婚情報誌「ゼクシィ」(リクルート)の6代目CMガールを務める、“かわいすぎる”女の子をご存じだろうか? 同誌が初めて行った「CMガールオーディション」で約400名の応募者から選ばれた、福島県出身のモデル・松井愛莉ちゃんだ。  アイドルグループ「さくら学院」の元メンバーで、かつて鈴木ちなみや大屋夏南のブレイクを予見した“美女フリーク”今田耕司も注目しているとあって、今にわかにメディアを騒がせ始めている。身長170cm、股下87.2cmという文句なしのスタイルに、まだあどけなさが残る笑顔がまぶしい。若干16歳にして“花嫁”を演じた愛莉ちゃんを、都内の撮影スタジオに訪ねた。 ──やっぱり背、高いですね! 松井愛莉(以下、愛莉) あ、はい。今、170cmちょっとくらいです。モデルさんとしては、もう少し伸びてほしいんですけど、プライベートでは本当にもう……。私、背が高いのがすごくコンプレックスなんです。 ──いやいや、すごく素敵ですよ! 先日、今田耕司さんが『しゃべくり007』(日本テレビ系)で“注目の美女”として愛莉ちゃんを紹介して以降、一気に注目度が高まりましたね。 愛莉 すごく驚きました。前日に事務所の方に(名前が出るよと)教えていただいたんですけど、本当にびっくりして(照)。 ──「週刊プレイボーイ」(集英社)などでも、「今年ブレイク間違いなし」と大きく取り上げられていましたね。愛莉ちゃんとしても、今年は勝負を賭けようとか、そういう意気込みはありますか? IMG_7484.jpg 愛莉 勝負というか、いや、でも、いろいろ頑張っていきたいとは思います……はい。 ──えーと、しゃべるのはあまり得意じゃない? 愛莉 あはは、すみません、すごい苦手で……(笑)。 ──この3月で「ニコラ」(新潮社)の専属モデルを卒業して、これからは松井愛莉という名前だけでお仕事をしていくわけですが、メインの活動はやはりモデル業ですか? 愛莉 はい、モデルさんメインでやりたいという気持ちもありますが、機会があれば、いろいろ挑戦してみたいです。 ──「さくら学院」では歌も歌っていましたよね。 愛莉 歌って踊ってました。歌も踊りも好きなことは好きなんですけど、苦手といえば苦手……(笑)、ダンスが特に。 ──「MODEL’S DANCE PROJECT」(http://kc-modelsdanceproject.com/)のレッスン動画を拝見しましたけど、キビキビ動いているように見えましたよ。 愛莉 本当ですか!? うそだ~(笑)。 IMG_7447.jpg ──アイドルとして1年半活動したわけですが、その中で得たものはありますか? 愛莉 すっごいいっぱいあります。まず、すごい人見知りで、本当に初対面の人としゃべれなかったんですけど、「さくら」に入っていろんな方とお会いするようになって、これでもだいぶ鍛えられたんです。本当に、とても実になってます。 ──同じ「さくら」出身の三吉彩花さんも大活躍中ですね。すごく仲がいいとか。やはり刺激になりますか? 愛莉 はい、こないだ2人でディズニーランドに行きました! 目指しているものはお互い違うんですけど、すごく刺激になりますね。 ──お仕事も忙しくなって、学校もあるし、プライベートの時間もなくなってきたと思いますが、オフの日は何してるんですか? 愛莉 いえ、意外とありますよ。友だちと遊ぶか、ゴロゴロしてるか。あとはジム行って運動したり買い物行ったり……。私すっごい甘いものが大好きで、一時期パンケーキにハマってました。ブ厚くて、生クリームとかアイスとかチーズケーキも乗ってるんですよ。 ──ぜんぜん太りませんか? 愛莉 いえいえ、すぐ太っちゃって……。太ると、顔と太ももにつくので、あとから調節します(笑)。 ──現在の愛莉ちゃんの目標は? 愛莉 ファッションショーで歩くことが、今の一番の夢ですね。カッコよく歩けるようになりたいなと思います。この間、初めて出させていただいたんですけど、もっと、もっとカッコよく歩けるようになりたいです。 IMG_7925.jpg (撮影=名鹿祥史/構成=編集部) ●まつい・あいり 1996年12月26日生まれ、福島県出身。身長170cm。2009年に「第13回ニコラモデルオーディション」に応募し、約1万4000人の中からグランプリに選ばれる。今年3月に「ニコラ」を卒業し、現在は「25ans」(ハースト婦人画報社)などのファッション誌で活躍中。 ブログ<http://ameblo.jp/airi-matsui/>

「生涯わくわくさん!」久保田雅人が『つくってあそぼ』裏話をぶっちゃけた、本当のワケ

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トレードマークの赤い帽子と丸メガネは現在、3代目だそう。
「初代のメガネは棺桶に入てくれって、カミさんに頼んでるんだよ」とわくわくさん。
 今年3月、23年の歴史に幕を閉じたNHK・Eテレ(教育テレビ)の工作番組『つくってあそぼ』。“わくわくさん”こと久保田雅人と熊の男の子“ゴロリ”が、身近な材料を使って工作を作る楽しさを子どもたちに伝えてきた同番組だが、放送終了が発表されるや否や、ネット民は騒然。放送終了を惜しむ声だけでなく、最終回の視聴率を上げて「わくわくさんとゴロリに有終の美を飾らせてあげよう」と呼びかける動きもあった。  それから約1カ月半、満を持してわくわくさんが民放に降臨。『有吉反省会』(日本テレビ系)にて、自身のブログでゴロリを着ぐるみ扱いしたり、実は工作はすべて造形作家が考えていたことなどを暴露してしまった件について反省したのだが、『つくってあそぼう』出演時とは異なる意外な素顔が大きな話題となっている。一体、わくわくさんはどうしちゃったのか、本人を直撃した。 ――『有吉反省会』出演後、反響がすごかったですね。 久保田雅人(以下、久保田) 「わくわくさん、ぶっちゃけすぎ」って盛り上がっちゃったみたいですが、自分的にはそんなにぶっちゃけた感じはしないんですけどね~。あれが普通ですから。でも、番組でお話ししたことにウソはございません! NHKからも苦情は一本も来ていないので、たぶん大丈夫です。 ――なんでも、22年ぶりの民放出演だったとか。 久保田 かれこれ芸能生活30年になりますが、スタジオで人間としゃべったのは10回もないんです(笑)。ゴロリくんや『おかあさんといっしょ』のキャラクターとはしゃべりますが、相手が人間だと、やっぱり緊張しますね~。実は、収録では顔が真っ赤になっちゃって。緊張すると早口でペラペラしゃべっちゃうんで、余計に意外だと思われちゃったみたいですね。 ――有吉さんから付けられた「ウザウザさん」というあだ名は気に入っていますか?  久保田 あまりウザくないと思うけどな~(笑)。まぁ、凝り性なところはありますね。 ――これまで番組内で数百もの工作を作られたそうですが、一番大変だった工作ってなんですか? 久保田 一円玉を落とす貯金箱ですかね。500mlのペットボトルの口の部分にボール紙で作ったワッカを載せて、その上に1円玉を置きます。このワッカを割り箸ではじき飛ばして、1円玉を中に入れる。ゴロリくんは3回目で成功したのに、私は2時間もかかってしまいました……。 ――やっぱりゴロリのほうが、手先が器用だったんですね。 久保田 はい……。着ぐるみのまま、粘土でもなんでも作っちゃうんだもん。もともと器用じゃなきゃ、できませんよね。よく「わくわくさん、わざとゲームに負けているんですか?」って聞かれたんですが、本気でやってましたよ! でも、4年に一度くらいしか勝てなかったですね~。音感と運動神経は、お袋の腹ん中に忘れてきちゃったみたいで。最初の頃は番組の挿入歌を歌っていたんですが、3回目くらいでスタッフから「もういいですよ」って言われちゃって(笑)。 ――わくわくさんとして、一番大事にしていたことはどんなことですか? 久保田 子どもたちに作る楽しさを教える、ということですね。何が難しいかというと、テレビの中でいくら頑張っても、子どもたちの目の前で作ってあげるインパクトには絶対かなわないんです。ですから、できるだけ幼稚園などに足を運んで、工作教室を行ってきました。楽しさを学んでもらうには、やっぱり楽しそうに見せなきゃいけない。それから「わぁ、面白かった」で終わらせてはいけない。「よし、やってみよう」っていうところまで持っていかなければならないんです。そこが一番大変でしたね。
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最近一番わくわくしたのは、やはり民放出演だったそう。
――番組終了を惜しむ人は多く、特に最終回は「視聴率50%を目指そう」とネット上で盛り上がっていましたね。 久保田 実はまだ、最終回は見てないんです。カミさんは録画してると思いますけど。基本的に、自分の番組ってあんまり見ないんです。自分で納得した放送って、20年間で3本くらいしかないんです。凝り性だから、“ここが違うんだよな~”って放送ばっかりですよ。  でも放送終了後、メールや手紙で感想が何百って来て、うれしかったですね~。「子どもの頃から見てました」「子どもが泣いてました」とかね。泣きながら手紙書きましたって子もいて。「わくわくさん、どうしてテレビやめちゃうの?」って。それ聞かれるのが一番困るんだよね。「NHKの強い要望により……」って説明したいけど、そういうわけにはいかないし。ごめんなさい、としか言いようがないよね。 ――やっぱり、寂しいですか? 久保田 「あぁ、終わっちゃったんだな」という感じですね。視聴者の反応を見てゴロリくんとも話してたんですが、「俺たち、すごいことやっちゃったんだね」って。ただ、ありがたいことに、番組終了後もゴロリくんと一緒に全国各地を回って工作ショーをやらせていただいているので、感傷に浸る余裕もないというか。 ――講演会は延べ4000回を数えるそうですね。全国各地、行ったことがない都道府県はないとか。 久保田 番組がスタートする前に子どもたちの前で工作するのに慣れなきゃいけないなと、NHKにお願いして幼稚園を紹介してもらい、自分で電話して行き始めたのが始まりです。ショーでは紹介する工作はもちろん、構成まで全部自分で考えています。番組で紹介したものをステージ向けにアレンジして、お父さん・お母さん向けの説明やNHK的に話せなかったお話もしています。テレビとはまた違った面白さがありますよ。体が動く最後の最後まで、わくわくさんとゴロリくんとしてショーをやろうと思っています。ゴロリくんにも言ってるんですよ、「俺の腹の黒いうちは休ませねぇよ」って(笑)。 ――そもそも久保田さんは、声優としてデビューされたそうですね。 久保田 はい。『タッチ』の上杉達也役の三ツ矢雄二さんと『ワンピース』のルフィー役の田中真弓さんが作られた劇団の第一期生に応募したんです。本当は舞台がやりたかったんですが、お2人の口添えでアニメ声優として出させてもらえることになって。その後、NHKの子ども番組に出演していた田中さんの勧めで、『できるかな』に続く工作番組のオーディションを受けたんです。 ――その後、わくわくさん一本で活動されてきたわけですが、今後、久保田雅人として声優や俳優として活躍していきたいなという思いはありますか? 久保田 う~ん、どうですかね~。今はわくわくさんとしての講演会活動、工作教室やショーがメインで、毎日舞台をやっているようなもんですから。ただ、難しいですよね。昔、渥美清さんが、「渥美清が寅さんに食われちゃった」って言ったんですよ。何をやっても寅さんに見られてしまうと。それと同じですよね。何をやっても、わくわくさんに見られてしまう。久保田雅人が、わくわくさんに食われちゃったんですよ。あるいは、自ら食われたのかもしれません。それが役者としてよかったのか悪かったのか、これは死ぬまでわからない。ただ、誰にでも胸を張って言える主演作を1本持っているというのは、俳優としてものすごく幸せなことです。それから、自分の幼い子どもに胸を張れる番組を1本持っているというのも、父親として、男として最高です。“役者・久保田雅人”がなくなっちゃったというのは、やっぱり役者として寂しいですけどね。 ――でも、ぜひバラエティには、また出ていただきたいです! 久保田 はい、機会があればぜひ。私がお話ししている裏話っていうのは全部、番組を作るに当たってのわれわれの本当の思いなので、それをみなさんに伝えたいんですよ。出演者、スタッフが一丸となって22年やってきましたから。‟本当はこういうふうに作っていたんですよ“というのを、番組が終わった今だからこそ、ちゃんと伝えていきたいんです。 (取材・文=編集部) ●くぼたまさと・どっとこむ <http://www.kubota-masato.com/>

「趣味はネットと悩み事……」実はネガキャラ!? “マーサ”高橋真麻の今

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撮影=名鹿祥史
 2004年にアナウンサーとしてフジテレビに入社した、高橋真麻。俳優・高橋英樹の一人娘が女子アナになったと注目を浴びた、通称「マーサ」である。報道番組での聞きとりやすいアナウンスが評判を呼ぶ一方、バラエティ番組でタレントから積極的に絡まれるような愛らしさも持ち合わせ、お茶の間の人気を高めていった。  入社10年目となった2013年3月に、フジテレビを退社。フリーのアナウンサーとして活動を始めた。会社という鎧を捨て、たったひとり世間にさらされる立場を選んだ理由は? 「高橋英樹の娘だから」と言われ続けたことへの素直な気持ちとは? そしてウワサの彼氏との仲は……? こちらから聞いていないことまで語ってくれたマーサさん、いい人すぎませんか? ――3月でフジテレビを退職しフリーになりましたが、現在のところいかがですか? 高橋真麻(以下、真麻) まだ気持ちとしては、あまり変わらないですね。お仕事もフジテレビの方と関わることがほとんどですし、遊ぶのもフジテレビの女子アナばかり。芸能人の友達はいないんですよ。フジテレビ時代、自分はスタッフ側の人間だという意識があったので、芸能人の方とは一線を引いていましたから。 ――そもそも真麻さんは、高橋英樹さんの娘さんがフジテレビに入社したということで話題になりましたけど、その後の活躍で、バラエティにも向いているというイメージが強くなったと思うんです。だから退社してフリーになったことも多くの人が納得できたように思いますが、実のところなぜフリーに? 真麻 私は小さい頃からアナウンサーになるのが夢で、学生時代に自分ができる120%の努力をして、やっとなれたんです。それなのに、「コネじゃないの?」とか「かわいくない」とか、ネットや雑誌に悪口ばかり書かれてしまった。入社直後は、そこまで人から批判を受けるなんて初めてでしたから、余計ショックを受けてしまって……。実際、自分がさえないっていう思いもあって、なかなか仕事で開花しませんでしたし。私って何をやっても嫌われるんじゃないか、ブサイクって言われてるんだって、ずっと思ってました。 ――ネガティブな思考になっていたんですね。 真麻 しかし5年目ぐらいから、だんだん「バラエティで体張ってて面白いね」とか、「ニュース読みもけっこううまいよね」なんていう意見が少し聞こえ始めて。ありがたいな、うれしいなって思うようになったんです。そして7年目の“お台場合衆国”で「マーサの朝唄」という47日間連続で歌わせてもらうという企画があって、初めてお客さまの前で仕事をしたんです。そこでお客さまの生の反応を見て、視聴者の方たちってこんなに温かいんだ、笑ってくださるんだって、ちょっと自信になったんです。 masatakahashi11_.jpg ――入社7年目で、ようやく自信に。 真麻 はい。それを機に、少しずつ前向きに考えられるようになってきたんです。こんなに視聴者の方たちが温かいなら、新しいことをやってみたい、いろんな方とお話ししたいとも思うようになって。10年目というのをきっかけに、フリーになることを決意しました。でも「朝唄」をやったときは、辞めようなんてまったく思ってなかったですけどね。 ――明るいイメージがあるので、悩んでいたとは知りませんでした。 真麻 すごくネガティブですよ。番組でもこういう取材でも、最終的に視聴者や読者の方が面白いって言ってくださることが目標。だからオンエアがあると、リアルタイムで自分の名前をTwitterで検索しちゃうんです。もともと人の意見を気にする上に、悪いことを書かれているとさらに傷つくタイプだったんです。でもたまにいいこと書かれるとすごくうれしくなって、返事しちゃおうかなって思うときありますよ。 ――趣味がネットというだけあって、いろいろ見ているんですね。 真麻 最近ブログを始めたんですけど、コメントをつけてもらえるようになったので、それが楽しくて。 ――ブログには、すごく庶民的なことを書いていて、意外でした。 真麻 ちょっとダサイ感じでしょ? まずタイトルが「マーサ!マーサ!タカハシマーサ!」って、こんなダサイのないですよね。自分でつけたんですけど(笑)。みなさんによく使っている化粧品や私物のことを聞かれるんですけど、普通すぎて申し訳ないです。昨日も枕カバーの写真にコメントいただいたんですが、楽天で超安く買ったとか言えない……。実は、ポイント10倍デーでまとめて買うみたいな生活してるんです(笑)。家にいるときは、ほとんどパソコンの前にいます。ネットしながらご飯食べてるので、姿勢が悪くなっちゃって。テレビもつけてるので、テレビから入ってきた情報はすぐにネットで調べますし。Facebookを見て、「みんな楽しそうだなぁ。私は、ひとり家でなにやってんだろう」って思うときもありますよ。だから私ブログを始めたとき、「リア充ぶりたい」って書いたんです。ひとりだと映画もあまり見ないので、「映画見ました」って書くために見に行ったり。あまり積極的じゃないし、インドアだし。 ――寂しがり屋な性格ですか? 真麻 寂しがり屋ですね。両親が仕事をしていて、ひとりのことが多かったので。お父さんは“みんなの英樹さん”。母は父のマネジャーをやっていたので、みんなが母に話しかける。私だけのパパとママじゃないんだって思いが、幼少期からすごくあったんですよ。だからちょっと具合が悪くなるだけで「すごく具合が悪い」って言ったり。心配させて気を引こうとしていましたね ――フリーになったことで悩みすぎて激痩せした、という報道がありましたが。 真麻 そうなんです。寝られなくて痩せちゃって。趣味がネットと悩みですから(笑)。彼のこともひとりで悩んで、空回りですよ。メールの返事が来ないって一晩中悩んでいても、向こうは寝ちゃって返せなかっただけだったり。初めてお付き合いしている人なので、高校生みたいな感覚なんです。でもそれって、周りから見たら痛い31歳ですよね(笑)。 ――あ、恋愛の悩みでもあったんですね……。彼にも考えすぎって言われません? 真麻 返事がなくて一晩中悩んでるなんて、彼に言ってないですよ。だって、重いって思われたら嫌じゃないですか!?(笑) ひとりで一喜一憂して、体がいくつあっても足りない。たまに胃酸過多になりますし、クマとかひどいですし。先輩たちやマネジャーさんにも毎日同じ悩み相談してます。恋愛相談だけじゃなく、こういう取材が終わった後も「大丈夫だったかなぁ」「大丈夫です、面白かったですよ」ってやりとりを20回ぐらい繰り返してますから。 masatakahashi03_.jpg ――彼とのことに関しては、そんなに深刻ではなさそうですが。 真麻 そうかもしれないですね。私は趣味があまりないし、彼は多趣味な人なので、「私、趣味に負けてる」みたいなことで悩んでますから。でも、直接は言えないんですよ……こういう媒体を通して私の想いを伝えてる、みたいなところはちょっとありますね。 ――じゃあ、せっかくなので、この場で言っちゃいましょうか! 真麻 もうちょっと私のこと構ってくれたらうれしいです(笑)。彼も立場がある人だし、こんなペラペラしゃべっていいのかなって思うけど、私はウソをつけないし、聞かれなくても言ってるし(笑)。よくだまされずに生きてこられたなって思います。 ――でも、ご両親からは厳しく育てられたんですよね。 真麻 厳しかったですね。高橋英樹の娘ということでチヤホヤされるかもしれないと、両親はちゃんとしつけをするという考え方でした。仲がいいからこそ、ケンカするときも怒られるときも全力だから、戦いのようでした。でも、愛情を持って育ててもらいましたね。二世とか七光りって言われる方たちって、そう言われることを受け入れるまで葛藤したと思うし、いろんなことを乗り越えてきてると思います。私も振り切れるまで時間がかかりましたし、今でもTwitterとかで「どうせコネでしょ」って書かれると傷つきます。でも、しょうがないかって。賛否両論いろんな意見があるんだなって思えるようになったので、受け入れられるようになりました。 ――逆に強くなれたんですね。 真麻 そうですね。いまだネガティブなところもありますけど、お仕事は本当に楽しいですし、いろいろやらせてもらってありがたいなって思っています。先輩からも「真麻、今のほうがイキイキしてるよ」って言われました。いろんな方とお会いできて本当に楽しいんですよ。進行をやらせていただいている『人生の正解TV~これがテッパン!~』も、本当にためになる情報が得られる番組。素晴らしい番組でお仕事ができて幸せです。 (取材・文=大曲智子) masatakahashi14.jpg ●たかはし・まあさ 1981年、東京都生まれ。東京女子大学卒業後、2004年にアナウンサーとしてフジテレビジョンに入社。『FNNスーパーニュース』『BSフジNEWS』などの報道番組や、『笑っていいとも!』『とんねるずのみなさんのおかげでした』『めちゃ×2イケてるッ!』といったバラエティ番組など、幅広いジャンルで活躍。2013年3月、同社を退社。フリーアナウンサーとして活動をスタート。現在、『人生の正解TV~これがテッパン!~』(フジテレビ)に出演中。 <http://ameblo.jp/takahashi-maasa/●『人生の正解TV~これがテッパン!~』 毎週金曜日19:57~20:54 「突然地震がきたら?」「竜巻に襲われたら?」「火災が発生したら?」といった生死を分ける選択から、「最新健康法は?」「得する年金術とは?」といった身近なものまで、どんな答えを選べば正解なのか!? 実際に同じ状況を作り出した上で、芸能人たちがその答えを導き出していく人生応援バラエティ。

“卒業”から1年8カ月……松下唯が語るソロデビューまでの道のりとアニサマへの思い

yuimatsushita.jpg  名古屋・栄を拠点に活動する人気アイドルグループの1期生であり、月刊「サイゾー」の連載でもお馴染みだった二次元同好会【編註:同グループのアニメ・マンガ・ゲーム好きのメンバーによって結成された同好会】の初代会長としても活躍しながら、「足の病気の治療に専念したい」として、2011年9月30日に惜しまれつつも卒業した“ゆいみん”こと松下唯。そんな彼女が、卒業から約1年半の時を経て、念願のソロデビューを達成! 5月22日にリリースされるデビューシングル「Shooting Star」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)に対する思いや、“ソロ歌手・松下唯”として活動していく今後の展望などについて聞いてきた。 ──まずはソロデビューおめでとうございます! 松下唯(以下、) ありがとうございます! 連載の収録ではお世話になりました。もう2年くらい前になりますかね……? ──そうですね。松下さんが卒業される半年前くらいに収録したので。当時から「ソロ歌手になりたい」という気持ちはあったんですか?  実はもともと前のグループに入った時から、「将来的にはソロのアニソン歌手になりたい」と思ってはいたんですよ。ただ、あいりん(古川愛李)も同じくアニソン歌手志望で、取材とかで将来の夢について聞かれた時に「答えが被っちゃうのはマズいかも」と思ったら、なかなか言い出せなくて……。 ──え? 古川さんは2期生ですよね? 後輩なんだしそこまで気を遣わなくても……。  いえ、気を遣っていたわけじゃないんです。あいりんはグループに入る前にアニソン歌手のオーディションを受けたりしていたし、入った当初から「アニソン歌手になりたいです」とはっきり口にしていて、そこで「私も~!」と被せるのは何か微妙じゃないですか(笑)。でも、ちょいちょい小出しにはしていたんですよ。「平野綾さんみたいになりたいです」とか言ってみたり。 ──平野綾さんが目標ということは、ゆくゆくは声優業にも進出を?  声優さんのお仕事もできたらいいなって思います。ただ、やっぱり一番の夢はアニソン歌手として活躍できるようになることで、平野綾さんに関しても声優よりアニソン歌手として目標にさせていただいているんですよ。あと、アニメ『Fate/Zero』(TOKYO MXほか)の主題歌などを歌われているLiSAさんも大好きで、あんな風にかっこいい曲調のアニソンが歌いこなせるようになりたくて。その思いをレコード会社のスタッフさんたちにお伝えして、作っていただいたのが「Shooting Star」なんです。 ──確かに「Shooting Star」は王道のアニソンサウンドで、いかにもアニメの主題歌に起用されていそうな感じですよね。拝聴して改めて思ったんですが、松下さんって見た目は物すごく華奢で、声も普段は可愛らしい感じなのに、歌声は太くてかっこいい。そのギャップが素敵です。  ありがとうございます。グループにいた頃から歌うとビックリされることが多くて、「Innocence」という曲でソロパートを歌った時も、メンバーやファンの方から「え、ゆいみんってこんな声出るの!?」って(笑)。私の普段のイメージでいうと、3曲目に収録されている「LOVE MONSTER」が一番近いかもしれないです。すごくポップな曲調なんですけど、レコーディングではキャラソン【編註:声優が演じているキャラクターに扮して歌っている曲】を意識して、もうノリノリで歌わせていただいたので。 ──「LOVE MONSTER」は歌詞も松下さんっぽいな……と思ったら、作詞をされているんですね。どうりで!  そうなんですよ! あらかじめ「おてんば娘みたいなイメージで」という設定をいただいてはいたんですけど、今まで作詞なんてしたことがなかったので、最初にマネージャーさんから「書いてみて」と言われた時は、「いやいや無理ですよ、ド素人ですよ!」って抵抗しちゃいました(笑)。それで始めてみたら、やっぱり難しくて。音とフレーズをきっちり合わせなきゃならないし、その中で伝えたいことを表現するには、どんな言い回しとか言葉を選んだらいいんだろうとか……ほんとに試行錯誤しながら書きましたね。でも、結果的にスタッフさんたちから「面白い!」とか「ライブで盛り上がりそうだね」と言っていただける曲に仕上がったので、頑張って良かったなと思います。 ──こうして松下さんがひとりの歌手としてスタートを切れたことは、今もグループに現在も在籍しているメンバーの皆さんにとっても、すごく励みになりそうですね。  そんな存在になれていたとしたら、とても嬉しいです。実は卒業してから、メンバーとはなんとなく連絡を取らなくなっちゃって、疎遠になっていた時期もあったんですけど、最近またLINEを通じて頻繁にやり取りするようになって。ソロデビューが発表になった時は、(松井)玲奈とか(斉藤)真木子とか、たくさんのメンバーが「おめでとう」とメッセージをくれたんです。(大矢)真那からも「私は唯ちゃんの歌がすごく好きだから、ソロデビューが決まって嬉しい!」とメールが届いたりして、私のほうこそ励みになりました。 ──まさに“持つべきものは友”ですね。では、最後に、今後の展望について教えてください。  まずはアニメのタイアップ曲を歌えるようになること。そして、一人前のアニソン歌手として認めていただけるようになったら、アニメロサマーライブ【編註:毎年夏に開催される世界最大級のアニソンライブイベント】の舞台に立ちたい──。今の私からしたら、大き過ぎる夢かもしれませんけど、「夢はでっかく!」と思って(笑)。実現できるように頑張ります! (構成/アボンヌ安田) ■松下唯(まつした・ゆい) 1988年、福岡県生まれ。2008年に、名古屋発の人気アイドルグループの1期生メンバーとしてデビュー。怪我をした足の治療に専念するため、11年に同グループを卒業。12年より、活動を再開した。 オフィシャルブログ『Yui♡Love』(http://ameblo.jp/rakudachan-y/「Shooting Star」 デビューシングルとなる今作は、初の作詞にも挑戦。身長150センチの小柄でかわいいゆみんとはギャップを感じさせる、アニソン調の楽曲と強い歌声をぜひ聴いてほしい。収録曲は、「Shooting Star」をはじめ、 「Rigel」「LOVE MONSTER」。 発売日:5月22日 価格:1269円 発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ

「酷使しすぎて、今じゃすっかりユルユル……」江頭2:50がアナル芸を伝授!?

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撮影=尾藤能暢
 2006年の開始以降、コアなファンが増殖しているインターネット番組『江頭2:50のピーピーピーするぞ!』(インターネットテレビ局「Mopal」にて毎月第1金曜配信/以下、『PPP』)。  5月22日には、過去2年の配信から名場面を選り抜いたDVD第8弾『江頭2:50のピーピーピーするぞ! 8 逆修正バージョン~お台場人民狂和国~』(アミューズソフトエンタテインメント)が発売されるという。  ピー音満載の危ないフリートークをはじめ、専門家も唸らす渾身の映画評、ゲストを招いたお悩み相談など、時に芸人らしく身体を張り、時に真面目な顔で語り、かと思えば突然、下半身を振り回す。そんな濃縮されたエガちゃんワールドは、テレビの刺激では物足りない視聴者をトリコにしてしまうらしい。  同番組でやりたい放題の江頭2:50に、話を聞いた。 ――『PPP』は、江頭さんのロングトークが聞ける貴重な番組ですね。 江頭2:50(以下、江頭) テレビでは、俺がトークするとこなんて絶対見られないからねえ。ネット番組は、テレビと違って制限がないし! 番組スタッフ 一応、あるんですけど……。 江頭 え、あるの? ――現在、1,000人以上いるサポーター(番組のファン)たちの会費で運営しているそうですね。 江頭 ノンスポンサーでファンがお金出してくれるなんて、こんな番組ないぜ。全国にキ●ガイっていっぱいいるんだねえ(笑)。 ――江頭さんが暴走する回も多いですが、収録後にお蔵入りになった企画はありますか? 江頭 ああ、結構あるねえ。ほとんど話せないけど(笑)。前に、「江頭さんのファンです! 好きです!」っていうアイドルがゲストで来たんだけど、俺は人から「嫌い」って言われて初めて力を発揮できるんだよ。だから「どうしようかなあ……」って感じになっちゃって、とりあえずそいつにむりやりキスしたんだよ。そしたら泣いちゃって……。それはカットになったねえ(笑)。 ――テレビでもよく、女性芸能人にむりやりキスしてますよね。あれにはどんな意味が? 江頭 “キス芸”といえば俺じゃなーい! ――“キス芸”という芸だったんですね(笑)。11年前に、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)で橋田壽賀子さんにキスをした「橋田壽賀子キス事件」は衝撃的でした。 江頭 あの後、『いいとも』出入り禁止になっちゃったんだけど、こないだ11年ぶりに『いいとも』のスペシャル(27時間テレビ)に出られたんだよ。でも、そこでもローラにキスしたから、また出禁になるかもしれないぜ。 ――あらら(笑)。DVDには、ロンドンオリンピックにレスリングの吉田沙保里選手の応援に行った際の話も収録されてますね。 江頭 あの時、新聞とかで話題にはなったけど、そもそもなんで俺が“エガソック”の格好して北京とロンドンに行ったのか、みんな知らないと思うんだよね。 ――目立つためじゃないんですか?
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378A2774.jpg 江頭 ちゃんと理由があるんだよ! 北京オリンピックの時、聖火リレーのスタート地点に予定されてた長野の善光寺が燃やされるかもっていう騒動があったじゃない? それで「俺が善光寺を守らなきゃいけない」って思って行ったのよ。そしたらちょうど、吉田が乗ったバスがそこを通って「エガちゃーん!」って手を振ってきたから、「吉田は俺に気があるな」と思ったのがきっかけなんだよ。それからいろいろあって、北京オリンピックの応援につながってくんだよ。 ――理由があったんですね。吉田選手は昨年、国民栄誉賞を受賞されましたが、お祝いメッセージなどは贈りましたか? 江頭 そんなことよりレスリングは今、大変なんだよ! 吉田には「俺をロビー活動に連れていけ!」って言いたいよ! IOCがオリンピックにレスリングを入れるって言うまで、全力で「でんでん太鼓」(肛門にでんでん太鼓を挿して、逆立ちで鳴らす芸)するからさあ! ――レスリングが除外されたら、江頭さんも困りますか? 江頭 当たり前だよ! 俺にとって4年に一度のレギュラー番組なんだから。しかも、NHKに出られるのはこの時くらいだよ。貴重なんだよ! ――レギュラー番組だったんですか(笑)。ところで、『PPP』の映画評コーナー「エィガ一刀両断」では、作品を酷評することも多いですが、はっきり「面白くない」と言うことに躊躇はないですか? 江頭 まったくない! スポンサーもいないし、しがらみもないから。つまらない映画には「つまらない」って言う。つまらなければ「見に行くな」って言う。ただその映画会社は、もう予告編の映像を貸してくれなくなるけどね(笑)。 ――紹介できる映画が、どんどん狭まってきますね。 江頭 そうなんだよ! ひどい映画会社になると、「褒めてくれないと映像貸さない」って言うんだよ。(急に立ち上がって)ふざけんじゃねえよー! こっちの感性は自由じゃん! 俺に「面白い」って言わせるなんて、そっちのほうが気持ち悪いよ! それに、俺がけなせばけなすほど、『PPP』のファンはなぜかその映画を見に行く不思議な現象が起きてんだよ。だから映画会社の宣伝マンも、俺に「どうか0点でありますように」って願うべきだよ! ――(笑)。昨年は、東京・多摩の映画祭で、監督デビューを果たしたそうですが。 江頭 3分くらいの作品で、映画ってほどのものじゃないよ。俺が主演の映像が流れて、上映が終わったあとに映画館に本物の俺が出てきて、観客席に向けて、お尻から白い粉をブッて吹くんだよ。で、観客が「うわー!」ってパニック(笑)。 ――肛門に入れた小麦粉を吹き出す芸ですね。あのアナル芸を初めて見た時はびっくりしました(笑)。 江頭 あれは「白い妖精」っていう芸でね。ああいう芸は、ここ(大川興業の地下稽古場)でいつも考えてるんだけど、大変な苦労があるんだよおー。『プロジェクトX』(NHK)の世界だぜえ~。捨てネタだっていっぱいあるんだから。 ――どんな捨てネタがありましたか?
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江頭 「人間リサイクル」っていって、お尻にオレンジジュースをいっぱい入れて、長ーいストローで口までつなげて飲もうと思ったの。でも、うまくいかなかったねえ。 ――人前で披露できる芸と、できない芸は、どこで見極めるんですか? 江頭 やっぱり「笑えるか、笑えないか」だよね。「白い妖精」も粉がパーッとキレイに飛び散るから、ファンタジーで笑えるんだよね。 ――水を出す「マーライオン」という芸もありましたよね。 江頭 あれも、水をピューッて出した時に、透明な水が出て、ライトに当たってキラキラ光って虹が見えるから笑えるの。実はああいう芸をやる時は、7時間前から何も食わないの。そこから浣腸で洗浄して、空気を入れて、水や粉を入れるわけ。黄色い水吹いてたら笑えないじゃん(笑)。 ――熱いアナル芸論をありがとうございます。ちなみに、そんなにお尻を酷使して大丈夫でしょうか? 江頭 最近ユルユルになってきて、まずいんだよ~。昔、たまごっちがはやった時に、「たまごっちを産む男」っていう芸をやろうと思ったんだけど、まだアナルがちっちゃかったから入らなかったの。やっぱり一緒に血が出たら笑えないじゃない。でも、今だとツルッて入るんだよ。 ――それはユルいですね。 江頭 でも、入るようになった頃には、たまごっちがはやってなかったんだよ! 悲しかったぜー! 今度、お尻の穴の芸、教えてやろうか? ――え! 一応、私、女なんですが。 江頭 (無視して)初心者は何がいいかなあ。あ! おならがいいよ! 空気を入れて、「タタッタタラララッタラ♪」(伊勢佐木町ブルースのメロディー)「ブッ! ブッ!」って。教えてやるよ! すっげえウケるから、サイゾー編集部でやってくれよ。ただ昔、一回だけ失敗したことがあって……(エピソードが汚いため割愛)。この時は「俺、プロとして失格じゃねえか」って、ヘコんだぜー。 ――ひえ~。ちなみに、これまで世界中で伝説を残していらっしゃいますが、今年はどんな伝説を狙ってますか? 江頭 そんなこと言えるわけないだろ!! ――では最後に、サイゾー読者へメッセージをお願いします。 江頭 『PPP』って番組は、まさに「サイゾー」だよ! いろんな危ないもんが詰まってるからねえ。もちろんDVDも見てほしいけど、公開収録にも来たほうがいいよ。そしたら、ピー音なしのトークが聞けたり、モザイクなしの俺のちん●んが見れたりするから。生が一番だよ~。来てくれたらアナル芸も教えちゃうから! (取材・文=林タモツ) ●えがしらにじごじゅっぷん 1965年7月1日生まれ、佐賀県出身。88年に大川興業に入社し、ライブや、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)などのバラエティ番組で活躍。「1クールのレギュラーより、1回の伝説」をモットーに、97年にトルコで全裸パフォーマンスをして逮捕された「トルコ全裸事件」をはじめ、数々の伝説を残している。 『江頭2:50のピーピーピーするぞ!』 <http://www.mopal.jp/mopal-new/index.php/ppp/index.php> ●江頭2:50&早川亜希 DVD発売記念トーク&握手会 開催決定! 日時:5月25日(土)18時~ 場所:タワーレコード新宿店 DVD『江頭2:50のピーピーピーするぞ!8逆修正バージョン~お台場人民狂和国~』の発売を記念し、エガちゃんと早川さんによるDVD発売記念握手会が開催されます。 ※この握手会の参加券(整理番号付握手券)はタワーレコード新宿店でのDVD予約・購入者に、先着で配布されます。 お問い合わせ先:タワーレコード新宿店 03-5360-7811

「前向きな言葉に隠されたつらさ」震災をきっかけに“AV女優”という仕事を選んだ女たち

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 東日本大震災は、多くの人々の人生を変えた。津波によって家が流された者、家族や友人を失った者、ボランティア活動に目覚めた者……。また、自分の生き方を見直した人も多いことだろう。  震災をきっかけに「AV女優」という職業を選択した女性たちに迫った本が、ルポライター・山川徹による『それでも彼女は生きていく』(双葉社)だ。震災を経てAV復帰した椎名ひかる、AVの現場で処女を喪失した女性、就職が決まっていた貿易会社から内定を破棄された女性……。震災を契機に彼女たちがAV女優という仕事を選ぶまでには、数多くのドラマがあった。  AV女優たちを追うことによって見えてきた震災の現実とは、一体どのようなものだったのだろうか? ――本書では震災をきっかけにAV女優となった宮城・岩手・福島出身の7人に話を聞いています。どうして彼女たちの声を記録しようと思ったのでしょうか? 山川徹(以下、山川) きっかけとなったのは、被災地の取材中に聞いた「AV女優や風俗嬢になる女性がいる」というウワサ話でした。僕自身、20代の頃に東南アジアや東欧の貧しい地域を旅して売春婦たちと接した経験があり、そういった女性たちに共感することがありました。震災を経て、お金のために裸にならざるを得ない女性たちの存在にリアリティを感じられたんです。 ――実際にインタビューを行った際の様子はいかがでしたか? 山川 1人あたり2~3時間にわたってじっくり話を聞かせてもらいました。初めはぎこちなかったのですが、彼女たちをネタにしたり茶化したりする気持ちがないのが伝わったのか、記憶をたどりながらしっかりと当時を振り返ってくれましたね。彼女たちにとっても、こんなに時間を割いて震災を振り返るという経験はなかったようで、終わってからとても感謝されることもありました。 ――AV女優があまり人前で震災の経験を語ることはないでしょうね。 山川 震災をしっかりと対象化できている子もいますが、特に10代の若い子たちには、まだつかみきれてない部分も多い。ある仙台出身の女優は、震災から2年が過ぎても「絶対に見に行きたくない」と、車で30分もかからない沿岸部を訪れようともしませんでした。本書では「AV女優」という枠組みを設定しましたが、その中にいる女優たちも震災に対するスタンスは一様ではありません。 ――本書の中で、彼女たちが「私は被災者じゃない」「被災していない」と語っていたのが印象的でした。いくら沿岸部の出身でないとはいえ、AVに出演するという選択肢を選ばなければならなかった彼女たちもまた、被災者なのではないかと感じてしまいます。 山川 その通りですね。彼女たちは高校、大学を卒業し、自分がこれからどう生きるかを選択するターニングポイントで震災に遭遇しました。まだ若すぎて、自分の人生を歩む前の彼女たちには、選択肢の中から適切なものを選び取るだけの社会的な経験がない。そういった状況で、彼女たちはAV女優という職業を選択しています。  そもそも、「被災者」は、何かを失ったから被災者になるというわけではないと思います。知人の地元新聞記者は、主戦場にしていた三陸沿岸が破壊され、住民が苦しんでいる様子を見てPTSDのような症状になってしまったそうです。行政的なくくりでは、彼は被災者ではありませんが、震災の影響を強く受けていることは確かでしょう。 ――AV女優を選択した彼女たちの言葉からは、後ろめたさや悲壮感のようなものはあまり感じられませんね。 山川 「稼ぎたい」「お金を貯めたい」と、将来の夢を語る彼女たちの言葉はとても前向きでした。彼女たちには頑張ってほしいと思いますが、家族に隠し、バレたら結婚するのも困難、それにインターネットで全世界にセックスが配信されます。彼女たちの前向きさの裏に隠されたリスクを考えると、どこかもどかしい思いがあります。 ――本書あとがきにも「前向きな言葉に隠されたつらさ」と書かれていますね。 山川 彼女たちに限らず、被災者と呼ばれる人たちは、東京発の「絆」「頑張ろう」といったスローガンのせいか、「前向きに生きなければ」と思わされてしまう。しかし、本音の部分では「絆ってなんなの?」「誰が言っているの?」という疑問を持っている人は多いんです。生きる上で前向きなほうがいいのはもちろんですが、ずっと前向きに生きなければならないというのも、つらいのではないでしょうか。 ――東京で生活していると、震災はどことなく“終わったこと”に感じてしまいます。今でも気仙沼や石巻に足を運んでいる山川さんは、この状況に違和感がありますか? 山川 東北に行くたびに感じますね。震災直後はほとんど震災絡みの仕事ばかりでしたが、最近では震災のことを書く機会も少なくなっています。日常の仕事としては、震災とは関係のないものが多いのが現状です。  今年も多くのメディアでは3月11日に向けて特集を組み、それが終わったらぱったりと報道がやんでしまった。被災者から不信感を持たれても、やむを得ないのではないでしょうか。僕も震災から1年目は毎月足を運んでいたのが、だんだん2カ月に1回くらいのスパンになってきています。冗談半分ですが、被災地に住む大学時代の先輩からは「被災者を食い物にしたのか」と言われました。 ――冗談半分とはいえ、重い言葉ですね。 山川 本音も半分だったと思います。 ――では、被災地・被災者が求めていることは、なんなのでしょうか? 山川 取り残されないことだと思います。震災直後の2011年4月に、大船渡と陸前高田の集落に行ったんです。まだ震災から1カ月しかたっていないのに「福島のことばかりで私たちのことは忘れられている。忘れないでほしい」と泣きつかれました。小さい集落だったから、物資もボランティアも来ない。取り残された感覚だったんです。それから2年を経ても、そんな感覚が被災地には残っています。 ――本書を通じて、山川さんが描きたかったことはなんでしょうか? 山川 親や友人に言えないようなことをしていても、人間は、自分の生き方を肯定していかなければ生きていけません。僕は、彼女たちの生き方を応援したいと思いながら書きました。ある女性読者からは「AVに出るという選択以外は共感できる」という感想をもらったんです。これはAV女優の物語ですが、同時に東北の普通の女の子の物語でもあります。20歳そこそこの若い女の子が、震災で何を感じて、AVに出るまでに何があったのかを読んでほしいですね。東京では震災についての報道が沈静化していますが、彼女たちはまだ、震災の延長線上で生きているんです。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) やまかわ・とおる 1977年、山形県生まれ。ルポライター。東北学院大学法学部卒業後、國學院大學二部文学部に編入。在学中より『別冊東北学』(作品社)の編集に携わる。著書に、東日本大震災を一年間取材した『東北魂 ぼくの震災救援取材日記』(東海教育研究所)、調査捕鯨に関する『捕るか護るか? クジラの問題』(技術評論社)、『離れて思う故郷』(荒蝦夷)など。

「頑張るとか、一生懸命って言葉が嫌い」キングオブ潔癖症・坂上忍から学ぶ40代の“真っすぐすぎる”生き方

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 過度の潔癖症であることや、「働きたくない」「ブスが嫌い」といった正直過ぎる発言が話題となり、近頃、『アウト×デラックス』(フジテレビ系)をはじめバラエティ番組で見る機会の増えた俳優の坂上忍(45)。  物心つく前から芸能界に身を置き、波瀾万丈な人生を経験してきた彼だが、40代になった今、なんとも凝縮した“いい味”を醸し出している。  取材中の彼は、テンションが変わることもなく、淡々と自分の考えを言葉にし、砂糖を投入したカフェオレを飲み干し、何事もなかったかのように去っていった……。 ――坂上さんの素のキャラクターが世間に広まったきっかけは、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)でしょうか? 坂上忍(以下、坂上) そうですね。キレイ好きの話題になった時に、僕にとってのルールの一つひとつが、他人から見たら行き過ぎだったようで。 ――潔癖症はいつからですか? 坂上 持って生まれたものですね。小学生の時から、静かで真っ暗じゃないと寝られなかったり、神経質でした。 ――生きづらくないですか? 坂上 自宅は常にキレイにしてますし、極力、人を入れないようにしてるのでいいんですけど、外に一歩でも出たら、ほとんどが“イヤなこと”ですね。でも、あきらめてます。 ――その人を入れない家には、7匹の愛犬と住んでいらっしゃるそうですが、飼い始めたきっかけは? 坂上 毎日家の掃除ばかりして、神経質すぎる自分に疲れてしまったんです。それで「家を汚してくれる人がいたらいいなあ」と思ったのがきっかけですね。でもそれが人間だと、追い出したり、掃除するよう説得したら終わりじゃないですか。そこで、言葉が通じなくて、追い出すこともできない犬にしようと。 ――すごい理由! 坂上 でも、1匹飼ったら、その子がすごく頭のいい子で。完璧に近いくらいしつけられてしまったので、「かわいそうだな」と思って、その子の相棒として“バカな犬”を飼えば、少しはヤンチャになってくれるかなと思ったんです。それで探しに行ったら、いまして。 ――いたんですか!(笑) 坂上 やっぱりいい感じで2匹が遊ぶようになりましたね。その後も次から次へと増えていって、今はもう大変です。 ――潔癖症がきっかけだったとは。潔癖症以外にも、以前、テレビで言っていた「ブスが嫌い」発言も話題となりましたね。 130423_01_S_0076.jpg 坂上 「ブスが嫌い」っていうのは、それを公言するかしないかの差であって、「みんなそうでしょ?」って思うんです。逆に「ブスが好き」って言ってる人がいたとしたら、それはその女性と付き合おうと思って言ってるわけじゃないと思うから、そっちのほうが差別なんじゃないの? って思いますね。 ――ちなみに現在、独身ですが、結婚願望はありますか? 坂上 大きなお世話です(笑)。僕、そういう愚問に答える気もなくなってる年なんですよ。そもそも「ブスが嫌い」って言ったのも、あまりにもみんなが「好みのタイプは?」って同じ質問をしてくるので、10代の頃から「好きなタイプは美人! 嫌いなタイプはブス!」って言ってたら、それが最近になって取り上げられただけで。 ――もしかして、以前『アウト×デラックス』でおっしゃっていた「働きたくない」発言も、「みんなそうでしょ?」ということですか? 坂上 そうです。働かないで生活できたら、それに越したことはないんで。僕、20代くらいからずっと「夢は、演歌歌手のヒモ」って言ってるんです。ただ、自分がヒモに向いてない気質なのは重々承知なので、かなわぬ夢ではありますけど。 ――それでも、43年間にもわたって芸能界で活動されてきたわけですが、やめたいと思ったことは? 坂上 腐るほどありますね。やりたくて始めたわけじゃないですし、物心ついたらもうやっちゃってたので。10代の頃はやめることしか考えてなくて、20代でも微妙で「やめたら麻雀で食ってこう」って思ってましたし、30代でやっと面白さに気付き始めたんですが、40代になった今「やっぱ向いてないな」って思ってます。 ――どんなところが向いてないと? 坂上 今みたいな時に、愛想を振りまけないとこ。 ――あぁ(笑)。 坂上 でも若い頃は、家の借金のこともあったし、生活もしていかなきゃいけなくて。それに、僕にはまともな仕事はできないだろうし。 ――会社勤めはできませんか? 坂上 僕には無理。それができる人は、あんまりこの仕事就いてないと思うんですよね。 ――タレント活動をされる一方で、4年前に子役養成所兼プロダクション「アヴァンセ」を設立。現在、所属者たちが活躍中ですが、子役を育てたいと思った理由は? 130423_01_S_0098.jpg 坂上 僕が監督した映画で子役オーディションをやった時に、子役への指導が、「僕らの時代から進歩してないんだなあ」って思ったんです。それで僕がやろうと。 ――直接、子どもたちを指導することもあるんですか? 坂上 基本的に、僕が毎週教えてますよ。 ――特に、どんなことを伝えたいですか? 坂上 大人に媚びることは覚えなくていい、ってことですね。昔から、本当に媚びたような挨拶をする子役が多くて……。当然、挨拶も教えるんですけど、大人びた子どもにするようなことだけはしたくないなって思ってます。子どもは、未完成だから子どもなので。 ――実際、ほかの養成所の子役たちと違いますか? 坂上 比べたら、もしかしたらうちの子たちは少し態度が悪いかもしれないですね(笑)。ただ、テレビに出るために頑張ったり、我慢したりするような子よりも、芝居が好きな子が多いと思います。 ――もともと、子ども好きなんですか? 坂上 いや、全然。興味ないですねえ。 ――あ、そうですか(笑)。ということは、今後、自分の子どもを作る気もあまりないですか? 坂上 さっきも言いましたけど、余計なお世話です! 作りたきゃ作るし。 ――はい、すみません! では最後に、今後の展望を教えてください。 坂上 今まで通り、無駄に頑張りすぎないように「なんとなく仕事をする」ということですね。僕、「頑張る」とか「一生懸命」って言葉が嫌いなんですよ。それは“当たり前”のことなんで。仕事を続けてる人は、それを当たり前のようにやってるから続いてる。1つひとつのお仕事を、自分なりに真摯に消化していきたいですね。 (取材・文=林タモツ/撮影=梅木麗子) ●さかがみ・しのぶ 1967年6月1日生まれ、東京都出身。3歳から劇団に所属し、天才子役として人気に。両親の離婚や、父親の借金、学校でのいじめを乗り越えながら、長年、芸能界で活躍。メディア出演のみならず、映画監督、舞台の脚本・演出、キッズアクタープロダクション「アヴァンセ」のプロデュースなど、活動は多岐にわたる。 ブログ<http://ameblo.jp/shinobu-sakagami/>

中年男性たちが大号泣! 韓国の恋愛映画記録を塗り替えた、初恋を思い出すラブストーリー

378A3941.jpg  韓国で『私の頭の中の消しゴム』256万人、『私たちの幸せな時間』313万人という恋愛映画の大記録を6年ぶりに塗り替えた作品が、日本でも公開される。『建築学概論』という、恋愛映画とはとても思えないタイトルの映画がそれだ。  建築士として忙しく働いている主人公スンミンの建築事務所を、ひとりの女性が訪れた。ソヨンという名の彼女は、15年前、建築学科の学生だったスンミンが建築学概論の授業で一目惚れした女性だった。彼女は建築士であるスンミンに、家を建ててほしいと依頼をする。それぞれが思う“家”への想い、そして初恋の切ない思い出……。初恋の女性との再会に戸惑うスンミンは、どんな道を選択するのか?  監督は、これが日本初公開作品となるイ・ヨンジュ。実際に建築士として10年間勤めた経験を基に、この脚本を書き上げた。恋愛映画が中年男性たちをここまで胸キュンさせるというのは、あまり聞いたことがない。韓国の男性も初恋は忘れられないものなのか? 来日したイ監督に話を聞いた。 ――監督2作目にして大ヒットおめでとうございます。なぜこの映画が韓国でここまでヒットしたと思いますか? イ・ヨンジュ監督(以下、イ監督) 今は中年に差しかかっている男性が、青春の良き思い出が詰まっている90年代を回想するストーリーなんです。だから30~40代の男性たちに、非常にウケたんでしょうね。若い頃っていろんなことに当惑したり、好奇心を持ちながら、それぞれが楽しい青春を送っていた。もちろん楽しいことばかりではなく苦しいこともあったけど、そういった思い出を回想する幸せというのがある。若い頃のソヨンを演じたスジ(K-POPグループ「Miss A」のメンバー)が、その世代の男性たちに人気なことも原因かもしれませんが(笑)。 ――イ監督自身、もともと建築家として長く働いていたそうですね。映画監督に転身した一番の理由は、なんだったんですか? イ監督 建築学科を卒業した後、10年間設計事務所に勤めていました。だけど隣に座っていた課長や部長たちを見ていたら、自分が5年後や10年後にあのようになっているのかと思うと、とても幸せには思えなかったんです。建築の仕事に対する意欲も、やや失いかけていたときでしたし。趣味として短編映画をいくつか撮っていたんですが、その趣味がだんだん高じて映画の世界に入ることになりました。 ――初恋と家について描くこの映画は、10年間構想を練っていたそうですね。 378A3883.jpg イ監督 はい。でも設計事務所に勤めている間は、まさか映画監督になるとは思っていませんでしたけどね。最後の1年、建築家になって10年目のとき、文化センターへ映像について習いに行っていたんです。6カ月のコースだったんですが、その最後にみんなで短編映画を撮ることになりました。生徒の中から私が書いたシナリオが選ばれて、書いた本人だからということで演出を任されることになりました。どうせ撮るならしっかり撮ってみようと、一時休職願いを出したんです。2~3カ月ぐらいで集中的に撮っていい思い出にするつもりが、本格的に映画監督を目指すことになり、結局そのまま辞めてしまいました。 ――若い頃、映画監督になりたいという思いはなかったんですか? イ監督 若い頃は、映画業界には変な人しかいないという、先入観があったんです。怖くて変わり者が多くて、夜になると酒ばかり飲んでいるというイメージがあったので、そんな業界で働くなんて考えもしませんでした。実際に映画監督になってみたら、その先入観通りでしたけど(笑)。 ――映画は、もともと好きだったんですか? イ監督 実は、映画監督として、それが一番のコンプレックスでした。映画が好きか嫌いかと言われたら好きなほうだけど、見た本数も人並みでした。映画監督をやっている方たちは工業系大学の出身者が多くて、みなさん機械関係にもすごく詳しいんですが、私はそうじゃない。今はコンプレックスとは思っていないですけどね。 ――建築士として働くことに意味を見だせなくなってしまったのに、それでも建築士を主人公にしたのはなぜですか? イ監督 やはり建築をやっていたからこそ、無意識のうちに建築に関する映画を撮ってみたいなという思いがあったのかもしれません。それに、家を建てることがテーマの映画というのは、これまで韓国にはなかったんです。建築士なら、一切リサーチをすることなく書けますし。建築士時代はあまりにも忙しく、今でもときどき悪夢のように思い出します。徹夜明けで家に帰れなかった主人公が机の上で寝ているシーンが出てきますが、あれは私の実体験なんですよ。だけど、建築自体が嫌いになったわけではありません。 ――もうひとつのテーマ、初恋についても聞かせてください。主人公スンミンの初恋エピソードに共感する男性は多いと思いますが、こちらもイ監督の実体験が元になっているのですか? イ監督 私の体験そのままが投影されているわけではありませんが、人としてのタイプは私に似ているかもしれません。親しくなってもなかなかタメ口がきけないところや、好きな女性がいても告白ができなかったり、付き合い始めても彼女にもどかしさを感じさせてしまう。女性にイライラさせてしまうようなところは、私と同じだと思います。 ――男友達同士で好きな彼女の話題が出たときに「俺は興味ない」なんて言ってしまうことなんて、きっと誰にでも思い当たるでしょうね。 イ監督 そうなんです、それも私の実体験ですから(笑)。 (※ここからはネタバレになるため、作品をご覧になってからお読みください) 378A3859.jpg ――スンミンの初恋が最終的に実らなかったことは、個人的にはショックでした。これは最初から決めていたことなんですか? イ監督 映画の構想を始めた10年前からずっと、ハッピーエンドにするつもりはなかったんです。いろんな映画製作会社を回りましたが、断られるときの決まり文句が、「ハッピーエンドじゃないと誰も見ないよ」でした。さんざん断られて最後にたどり着いたのが、実際にこの映画を製作することになったミョンフィルム。代表が、「ラストはこのままでいこう」と言ってくれました。本当はそこでもダメだと言われたら、もう「ハッピーエンドに変えます」と言おうかなと思っていたところだったんです。彼いわく、「ハッピーエンドにしてしまうということは、スンミンの婚約者が加わって泥沼になりかねないから」と(笑)。だからこのままで終わらせよう、ということになったんです。 ――「初恋は実らない」という言葉が日本にはあります。韓国でも、そのような考えはありますか? イ監督 スンミンの親友のナプトゥクが映画の中で言ったセリフで、実際はカットしてしまったんですが、広告で使ったセリフがあるんです。「初恋は、叶わないから初恋である。叶ってしまえば、最後の恋になる」と。初恋は叶ってしまうとつまらないものだと、僕も思います。 ――素敵なセリフなのに、どうしてカットを? イ監督 DVDでご覧いただければそのカットしたシーンを見ることができるんですが、ナプトゥク(演じたチョ・ジョンソクは、この映画を機に大ブレイク。映画の中での口ぐせ「どうする、お前」は2012年の流行語大賞にノミネートされた)が、かなり個性的なキャラクターで(笑)。セリフも多かったし、これ以上しゃべりすぎると、彼の映画になってしまうと思ったんですよ。 ――日本でも、先に試写で見た多くの男性が、この映画を絶賛しているそうです。 イ監督 韓国では大概の男性が、今の奥さんに「君が初恋の人だよ」と嘘をついて結婚生活を送っていると思いますよ。奥さんに対しても周囲に対しても、妻が初恋の女性だと言っておくのが暗黙の了解なんです。でもこの映画を見た多くの男性が、奥さんではない初恋の人を思い出して泣いたらしくて(笑)。「最初に夫婦で見たときは涙を必死で我慢して悟られないようにしたけど、後日ひとりで見に行って号泣した」「9回見に行った」なんていう声も聴きました。日本の男性のみなさんからの感想も、とても楽しみにしています。 (取材・文=大曲智子/撮影=尾藤能暢) ●イ・ヨンジュ 延世大学の建築学科を卒業後、建築士として10年間勤務した後、映画界に転向。ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(2003年)で演出を務めるなどして映画を学んだ後、本作の脚本を書き上げた。その後2009年に映画『不信地獄』で監督デビューを果たす。『JSA』で知られるミョンフィルムとの出会いをきっかけに、『建築学概論』を映画化した。 kenchiku_main.jpg 『建築学概論』 5月18日より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー 監督・脚本/イ・ヨンジュ 出演/オム・テウン ハン・ガイン イ・ジェフン スジ(Miss A) 公式サイト <http://www.kenchikumovie.com/> (c)2012 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved

“ホームレス生活”を経て、芸能界へ殴り込み! 浜崎あゆみの元カレ“マロ”内山麿我がすべてを語った

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 昨年11月、アーティスト・浜崎あゆみの新恋人として、仲良くパリでデートする姿がキャッチされた、元バックダンサーの“マロ”こと内山麿我。  双方のブログで真剣交際を宣言するも、その後、内山が離婚調停中であったことが分かり、さらに別の女性問題が発覚。転じてバッシングの対象となり、彼はステージから姿を消してしまった。  騒動から数カ月がたった5月1日、止まっていた内山のブログが突然動き出す。「出発」というタイトルで書かれたその日のブログには動画が貼られ、鋭く真っ直ぐな瞳で再出発を誓う内山の姿が映し出されていた。  すべてを失ったことで、新たな未来を切り開こうと奮闘する“マロ”を直撃した。 ――5月1日に、ファンクラブのサイトと、YouTubeの動画メッセージが公開されましたが、再出発はこの日にしようと決めてたのでしょうか? 内山麿我(以下、内山) 浜崎さんのツアーが4月中旬にあったので、それまでは浜崎さんの現場を離れたことを、俺からは言えないなと思って。ツアーが終わった後に合わせて準備しました。 ――反響は想像以上だったのでは? 内山 そうですね。動画に関しては、こんなに嫌われてる動画もないんじゃないかってくらい「低評価」のほうが多いですけど(笑)。でも、大勢の方に見ていただけたのはありがたいですし、これも浜崎さんのおかげだと感謝してます。 ――動画では、約1カ月間、ホームレス生活をしていたことも語られていますが、なぜそのような状況に? 内山 東京に実家もあるし友達もいるから、甘えようと思えば甘えられたんですけど、これまで自分の判断で進んできて、ああいう状況になって……“戒め”というか、人を頼るのは自分的には許せなかったんです。置いてきた家族もあったし、暖かいところで寝るのは「甘いよなあ」って。それにその時は、人と話すよりも、自分との対話を大事にしなきゃと思って。知り合いのところに荷物だけ置かせてもらって、4日分くらいの着替えをリュックに詰めて、1人でいろいろなことを考えました。 ――それは今年1月頃だそうですが、寒い中で野宿されてたんですか? 内山 ホテルに泊まったこともあるんですけど、どっかのマンションの駐車場で丸まって寝たりもしてましたね。 ――ホームレス生活の後、ロサンゼルスに渡ったそうですね。 内山 ファンクラブのサイトを作るために写真が必要になって。自分のイメージをいろいろ考えていったら、ロサンゼルスかなと。カメラマンの知り合いとかも全然いなくなっちゃったので、知人に紹介してもらって向こうのカメラマンに撮ってもらいました。
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――あの動画で、伝えたいことは伝えられましたか? 内山 いや、言いたいことがいっぱいあって、長くなってしまうので伝えられてないですね。たとえば、ファンクラブの年会費がなぜ1万500円もするのかとか。 ――確かに、芸能人のファンクラブといえば、5,000円前後が相場ですよね。 内山 会費については、俺の場合は「数じゃない」と思ったし、「俺も本気でやるから、本気で応援してほしい」という想いで設定しました。俺がステージに立つことを信じてお金を払ってくれたファンのことは、絶対に裏切れないですから。 ――そもそも再出発に踏み切ったきっかけは、なんだったんですか? 内山 全部なくなった時、もちろん絶望感もあったんですけど、雨の日に、車に荷物を積んで、隣に愛犬がいて、その時にすっげえワクワクしたのも事実なんです。離婚の問題もなくなって、婿養子だったので苗字も8年ぶりくらいにやっと戻って、一気にフレッシュな気持ちになったんですよ。家族のことは、これからも生活を見ていかなきゃいけないけど、俺はもう自由なんだって思ったし、生きるも死ぬも自分次第だから「よっしゃーやるぞ!」と思って。 ――今後は、芝居や歌をやっていきたいそうですが、バックダンサーはもうやらないのでしょうか? 内山 表現の一つとしてダンスをやることはあっても、バックダンサーにはもう戻りません。誰かがいないとできないことではなく、自分でできることをしていこうと思っています。決して自分で「歌がうまい」とか思ってるわけじゃないけど、歌なら自分で作れるし、「なんにもなくてもいいよ。ただただ愛してる」っていう俺のメッセージは、相当強く伝えられると思うんですよ。 ――ブログからも内山さんのキーワードが「愛」であるということが、ひしひしと伝わってきます。 内山 前のブログが『世の中「愛」deオールオッケー』ってふざけたタイトルだったんですけど、本当にそう思ってるんです。戦争も含めて、世の中の出来事って、良くも悪くも「愛」ですべてが起こってるなあって。 ――音楽は、まずはインディーズで活動される予定ですか? 内山 そうですね。CDは作ろうと思っていて、今、なんとなくコードと歌詞はできている状態ですね。 ――どんな曲になりそうですか? 内山 おしゃれな敏腕プロデューサーとかがいるわけじゃないので、流行りの曲とかにはならないと思います。今はギターでコードを作って、想いを乗っけてる感じですね。あと芝居のほうは、今、オーディションを受けたりしてます。
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――再出発以前のことも少しうかがいたいのですが、浜崎さんのバックダンサーをしていた期間はどのくらいですか? 内山 5年半くらいですね。 ――昨年の騒動の時、報道はご覧になってましたか? 内山 その時は海外にいたので全部見てたわけじゃないですが、人から聞いたりもしていたので……。 ――誤った情報も報道されてましたか? 内山 いっぱいありましたね。一番関係のない、5年も別居してた元嫁が被害者みたいに出てきたりとか(笑)。その時一番苦しんでたのは、“愛人”とか“愛人の子ども”とかって報道されてしまった人だったと思うんですが、俺がいくら「愛人じゃないです。本当に付き合ってたんです」って言っても、結局ブーイングの嵐だと思うから。言いたいけど言えない状態はつらかったですね。 ――次々と情報が出てきた感じでしたよね。 内山 浜崎さんと付き合おうって決めた時に、これがもし報道されて、俺のことを調べられたら、「俺って叩きたい放題のネタだな」って自分でも思ってたので、それも覚悟して一緒にいようと思ってました。だから報道が出た時は、「やっぱ言われちゃったか」みたいな感じでしたね。ただ、俺の中では正義があってのことだったので。 ――最近、数々のインタビューを受けていらっしゃるそうですが、ブログで「どう思われてもしょうがない」などと、悩んでる様子が綴られてましたね。 内山 こういうインタビューをたくさん受けてると、気が滅入ってくるんですよ。たとえば「別れてるんですか? まだ付き合ってるんですか?」って聞かれて、「それはこの状況を見ていただいて、判断にお任せします」って答えると、しばらくして「今、彼女はいるんですか?」って聞かれて、「今、いないですねえ」って答えたら、「じゃあ別れたんですね」って。記者の人がうまいから、自分でも分かんなくなってくるんですよ(笑)。 ――そんな状況なのに、今日はお話しいただきありがとうございました。今後の活躍を楽しみにしてます。 内山 今の世の中って、無気力な人が増えてつまらなくなってるから、もっとパワフルになってもいいんじゃないかって思うんです。やっぱ俺の夢でもある「世界平和」のためにも、愛だろって全力で叫んでいくので、応援してくれたらうれしいです。 (取材・文=林タモツ/撮影=尾藤能暢) ●うちやま・まろか 1984年2月28日生まれ、東京出身。10歳頃からダンスを始め、16歳からプロとして活動。浜崎あゆみをはじめ、安室奈美恵、倖田來未、後藤真希、島谷ひとみ等のバックアップダンサーとして数々のステージに出演。2013年5月、新たな活動をスタートさせることを発表した。 オフィシャルサイト<http://www.marokauchiyama.com/>