女優・小明が語る“フェイクドキュメント”の現場「フェイクじゃなくガチで痛い目に遭いました!」

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足を踏み入れた者は全員発狂すると噂されるタタリ村でのロケから帰ってきた小明嬢。一体、劇場版『コワすぎ!』の現場で何が……!?
 2012年のリリース以降、全国のレンタルビデオ店で密かに話題を呼んでいるのが白石晃士監督のフェイクドキュメンタリー『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズだ。4月14日~19日に「ニコニコ生動画」でシリーズ全5作を連日放映したところ、最終日だけで10万人、6日間で延べ30万人以上が視聴するなど、低予算ホラー作品としては近年稀に見るヒットシリーズとなっている。そして、いよいよ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 史上最恐の劇場版』が5月3日(土)より劇場公開されることになった。  『劇場版・序章 【真説・四谷怪談 お岩の呪い】』で工藤ディレクターが「劇場版はアイドル呼んでやっから!」と高らかに宣言していたが、そのアイドルとは日刊サイゾーでおなじみ小明嬢であることが判明した。公開よりひと足早く『史上最恐の劇場版』を観たところ、小明嬢はとても演技しているようには思えない自然な演技を披露し、『コワすぎ!』ワールドを大いに盛り上げているではないか。“映画女優・小明”に、フェイクドキュメンタリーならではの撮影現場の面白さを存分に語ってもらった。  『コワすぎ!』シリーズの概略はざっとこんな感じ。低予算ビデオ作品として心霊現象の検証番組を製作している工藤ディレクター(大迫茂生)、アシスタントの市川(久保山智夏)、カメラマンの田代(白石晃士)の3人がレギュラーメンバー。口裂け女、廃墟に現われる幽霊、人喰い河童、トイレの花子さんなど様々な都市伝説を取材してきた。『劇場版・序章』で工藤ディレクターが突き止めたのは、「東海道四谷怪談」の作者・鶴屋南北は呪術者集団の拠点だった“タタリ村”の出身だということ。これまで撮影クルーが遭遇してきた怪奇現象もすべてタタリ村が関係しているらしい。そこで今回は劇場版ということで、サブカル界の人気アイドル・小明(小明)、浄霊師の宇龍院(宇賀神明広)、物理学者の斎藤(金子二郎)を連れて今までになく大々的にロケに向かう。ところがタタリ村は『コワすぎ!』シリーズのファンでさえ予測不能な悶絶級の怪奇現象が次々と起こるのだった。果たして小明ら撮影クルーは無事で済むのか?
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『コワすぎ!』撮影クルーと共に廃村取材に向かう小明。いつもより高いギャラを提示され、まだこの時点ではやる気満々だった。
──劇場版『コワすぎ!』、面白すぎますよ! 低予算ホラーかと思いきや、宮崎駿監督の『もののけ姫』(97)や庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』(95年~96年、テレビ東京系)を実写化したような壮大なスケール感のあるSF作品に仕上がっている。しかも映画的な面白さに溢れている。これはもうホラーの枠を越えた大傑作ですよ! 小明  そうなんです、スケール感あるんですよね。低予算映画だと舐めて掛かると、舐め返されちゃう(笑)。でも、そこまで絶賛していただけるとは……。 ──劇場版『コワすぎ!』も傑作ですが、ゲストヒロインである小明さんの自然な演技も素晴しい。実名で登場する小明さんの存在が、どこまでがフィクションでどこまでがリアルなのかの境界線を曖昧にしてしまう。フェイクドキュメンタリーの世界で、とても重要な役割を果たしていると思います。 小明  自然な演技というより、そのままの素の状態でカメラに映っていただけです(笑)。以前、私が迷走していた頃に出ていたDVDシリーズ『小明の感じる仏像』のプロデューサーから連絡があって、「映画に出てみない?」ってすごく軽い乗りで言われたんですね。その頃の私、国に払わなきゃいけない公金の支払いを溜め込んでいて、一気に支払ったらクレジットカードが使えない状態になって……。スケジュールもすかすかだったし。それで、「どうせ、出て1~2分で死んでしまう、ヒロインの友人役だろう」くらいのつもりで打ち合わせに行ったんです。そうしたら、意外と出ずっぱりだし、ゲストヒロイン的な扱いで驚きました。「誰か降板したんだろうな」と思ったんですけど、白石監督は丁度“売れないアイドル”を探していたみたいですね(笑)。低予算で過酷なロケにも文句を言わず、呼びやすい手頃なアイドルという条件を満たしていたのが私だったみたいです(笑)。
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「お金がなかったこと、暇だったこと、そして敬愛する白石晃士監督の作品だということが、今回の出演の決め手でしたね」と笑顔で語る。
■白石監督はその人が持っているものを200%にしてしまう ──工藤ディレクターら『コワすぎ!』撮影クルーとの打ち合わせの席で、絶版になった写真集『エプロン宣言』(ぶんか社)や『アイドル墜落日記』(洋泉社)を持参して懸命に自己アピールした後、他の出演者たちが「心霊現象はあるかないか」を熱く討論しているのを、つまらなそうに聞き流している。あの表情が絶妙ですね。 小明  私、バラエティー番組に出てても、他の人のトークには興味ないんですよね(笑)。でも、そんなにつまらなそうな表情をしてました? まったく無自覚でした。『コワすぎ!』の撮影現場って、いつカメラが回っているか分からないんです。台本は一応あるんですけど、最低限のことしか書いてない。工藤ディレクターたちレギュラー陣は、ツーカーでアドリブできるし、台本を現場で読んでいる人は誰もいませんでしたね。私も「その台詞は感情を込めて」とか言われるとダメなんで、白石監督には事前に演技できないことはお話していたんですが、白石監督の返答は「全然、大丈夫です」でした(笑)。私自身が売れないアイドルでギャラ欲しさに参加したわけですし、その人が普段から持っているものを200%にして、白石監督はカメラに収めるみたいですね。 ──「ギャラ欲しさ」とのことですが、そんな人間の欲望や好奇心が『コワすぎ!』の世界では超常現象を呼び起こすトリガーになっていますよね。足を踏み入れると全員発狂すると言い伝えられるタタリ村へ、小明さんたちは「ギャラ欲しさ」で同行してしまう。ここで引き返せばまだ間に合うという段階でも、「この映画、絶対話題になるから」「仕事がバンバン入るようになるから」と工藤ディレクターの甘言に釣られて、最後まで付き合ってしまう。売れたい、お金がほしいという欲望と自分の命とを天秤に掛けて揺れ動く人間の浅ましい姿が赤裸々に描き出されていく。 小明  去年の夏ごろの撮影だったんですが、私その頃は本当にお金がなかったんです。仕事の選り好みできなかったですね。多分、マジでヤバい心霊スポットの体験レポートでも引き受けていたと思います(笑)。低予算映画だと聞いていたのでギャランティーはあまり期待していなかったんです。サブカル系のお仕事だと“足代”だけなことが多いんですが、それでもいいから仕事くださいって状況でした。それで事前にギャランティーの金額を教えてもらったら、私が考えていたよりはかなり多かった。「あっ、けっこーくれはるやん!」って(笑)。二泊三日で東京郊外の山に登るというロケ撮影だったんですが、工場で1週間働くよりは全然いいなって(笑)。はい、それでバラエティー乗りで現場に行ったら、ガツンと痛い目に遭いました……。タタリ村のロケ地は車を降りて40分ぐらい山を登ったところにあって、かなりヤバい雰囲気のところでしたね。廃屋だらけで実際に何かあったみたいなところなんですよ。サブカルっ子は基本、廃屋が好きなんで写メをパシャパシャ撮っていたら、撮影クルーはどんどん先に進んで、私ひとりだけ取り残されかけましたね。
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さっさと引き返せばよかったのに、ギャラ欲しさにタタリ村に来てしまった小明。カメラには怪しい影が映っていた!
──タタリ村でみんな不機嫌そうにしているのは、リアルにしんどかったから? 小明  そうなんですよ! かなりキツい山道で、最初はみんなで「歌でも歌いましょう♪」とか言っていたのが、次第に「しゃべると疲れる」みたいに黙りこくってしまった。それと、いちばんしんどかったのは、最後のトイレタイムから10時間くらいずっと尿意を我慢してなくちゃいけなかったことですね。女性は私と市川役の久保山さんの2人だけだったんです。それで男性スタッフが気を遣って野外用の簡易トイレを用意してくれたんですが、使用後に猫砂を掛けるタイプのもので、撤収する際にその猫砂を持ち帰らなきゃいけない。男性スタッフに使用済み猫砂を持ち帰らせる勇気は、私にはなかった。まだ、そういうプレイを平気で楽しめるほど大人ではないですね……。久保山さんは慣れたもので、ずっとトイレに行かなくても平気みたいでした。「こういう人が『コワすぎ!』のレギュラーになるんだなぁ」と感心しました。不気味な廃村で、歩き疲れ、しかも尿意をずっと我慢しての撮影。いろんなものとの闘いが現場では待っていました。しかも私と物理学者役の金子二郎さん(金子修介監督の実弟で本職は脚本家)以外はみんなレギュラーで仲いいし、金子さんはコミュニケーション能力のある方だし、私だけアウェー感を感じながらのロケだったんです。 ■自分の中にいる、もう一人の自分のドキュメンタリー ──疎外感を感じ、ギャラか身の安全かで揺れ動いていた売れないアイドルに、“もののけ”が取り憑いてしまう。ゾンビアイドルとしても知られる小明さんが、まるでシュールレアリズムの絵画を思わせるとんでもない状態に。 小明  ありがとうございます。そう言ってもらえると、うれしいな♪ まだ完成品を観てないので、自分がどのように画面に映っているのか知らないんです(笑)。別に乳首が出てたり、ヘアが丸見えなわけじゃないんですよね? じゃあ、全然OKです(笑)。私としては、その後にもらった工藤パンチのほうがリアルに衝撃でした。大迫さんはボクシング経験者で、パンチが速くて見えないんです。本番の前に一応、「パンチを浴びる直前に首をのけぞらせると当たっているように見える」とレクチャーしてもらったんですが、私は体育の成績がずっと2でしたから。私のリアクションが遅いとパンチが入るし、私が首をのけぞるタイミングが早すぎると撮り直しになるし、勢い余って砂利の上に吹っ飛ばされるし……。工藤パンチを何発も浴びた後は、マジで朦朧とした状態のまま撮影が続いてましたね。 ──白石組の現場もテストやリテイクはあるんですね? 小明  そうですね。白石監督が「このシーンはこんな感じです」ってザッと説明して、一回だけ軽くカメラテストして、後はすぐ本番って感じですね。大事なシーンに関しては撮り直しもあるみたいです。カメラマン役の白石監督がそのまま撮影しているんですが、すっごく楽しそうに生き生きとカメラを回している。「あ~、『コワすぎ!』は白石監督のライフワークなんだなぁ」って感じましたねぇ。 ──お話を聞いていると『コワすぎ!』はフェイクドキュメンタリーではあるものの、ドキュメンタリー的側面がとても強い作品のようですね。 小明  本当にそうだと思います。私に関してはガチなドキュメンタリーでしたね。工藤役の大迫さんとも話したんですけど、カメラが回ってないと普通の方ですけど、お子さんと遊んでいるときとかに「ふと自分の中に工藤がいることに気づく」と言ってましたね。多分、久保山さんの中にも、アシスタントの市川というキャラクターがいるんでしょうね。自分の中にいるもう一人の自分を、白石監督はドキュメンタリーとして撮っているのかもしれないですね。だとするとヤバいなぁ、もう一人の私は今も山の中をさまよっているのかも! いや~、かなり大変な目に遭った撮影でしたけど、オールアップの瞬間は不思議なくらい「やりきった!」という充足感がありましたね。カメラに向かって思わず「みなさん、よくこんな過酷なロケに耐えてますね。我慢強いですね!」なんてケンカを売るようなことを口走ってしまいました(笑)。あのコメント、DVDの特典映像に入るのかな。
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──では最後に、劇場版『コワすぎ!』を観るにあたって事前にチェックしておくとベターなものがあれば教えてください。 小明  そうですね、『増量版 アイドル墜落日記』が今年出たので、事前に購入していただけると、「こんな墜落人生を送ってきた売れないアイドルが、それでもめげずに低予算映画で頑張っているんだ」と劇中の私にすごく共感できると思うんです。おすすめですね(にっこり笑顔)。もちろんこの劇場版は、今までのシリーズを見ていなくても、充分に楽しめますよ! というわけで白石監督、これからますます続くだろう『コワすぎ!』シリーズにまた是非呼んでくださいね~! (取材・構成=長野辰次) kowazugi_03.jpg 『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 史上最恐の劇場版』 監督・脚本・撮影/白石晃士 助監督・音響監督/中川究矢 出演/大迫茂生、久保山智夏、白石晃士、宇賀神明広、小明、金子二郎、大畠奈菜子、金子鈴幸ほか  配給/「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」上映委員会 5月3日(土)より渋谷アップリンクにて公開 ※公開初日は同劇場にて、白石監督、大迫、久保山、小明による舞台あいさつあり。また、シリーズ作品を一挙上映する「コワすぎ!祭」を現在開催中。 (C)ニューセレクト http://albatros-film.com/movie/kowasugi 13988342002bSAB7H65TdvEeR1398834199.gif ●あかり 1985年栃木県出身。2002年に眞鍋かをりを輩出した「ホットドッグプレスドリームガールズ」で準グランプリに選ばれ、芸能界入り。09年には『アイドル墜落日記』(洋泉社)を刊行するなどアイドルライターとして活動する一方、村上賢司監督、矢島舞主演映画『ゾンビデオ』(12)ではゾンビ女子高生を熱演し、ゾンビアイドルという新しい地平線を切り開いている。フェイクドキュメンタリーの第一人者である白石晃士監督の『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 史上最恐の劇場版』に出演したのに続き、“Vシネ界の良心”城定秀夫監督の新作が公開待機中。女優として、何気にインディペンデント系の巨匠たちとのコラボが続いている。ゾンビアイドルとしてのグラビアページを追加した『増量版 アイドル墜落日記』(洋泉社)が現在発売中。

サイテー男・上島竜兵が力説「『上島ジェーン』は、現代の寅さん(のヒドいバージョン)である」

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撮影=後藤秀二
 あの男がスクリーンに帰ってくる。5年前、カルト的ヒットを博した前代未聞「丘」サーファー映画『上島ジェーン』。あの日、高波に消えたはずの上島は死んではいなかった。今回は相棒に上島竜兵を知り尽くす男、リーダー肥後を迎え、元AKB野呂佳代、品川祐、大久保佳代子など共演陣も一層豪華に。なぜ上島は性懲りもなくまた海を目指すのか。「ビヨンド」に隠された意味とは。裏『上島ジェーン』を、上島、肥後、そして野呂の3人が語り尽くす。 ――まずは、続編の話を聞いたときの気持ちをお聞かせください。 上島竜兵(以下、上島) ご飯食べてるときに、監督(マッコイ斉藤)から急に電話がかかってきて「『上島ジェーン ビヨンド』って面白くないですか?」って。あぁ、絶対たけしさんの『アウトレイジ ビヨンド』でひらめいたんだなと分かりました。前作で俺は死んだってことになってるでしょ?『アウトレイジ』も、たけしさんが刑務所で刺されて誰もが死んだと思っていたんだけど、実は生きていたっていうストーリーだから。だからたぶん、ほんとすみませんが、(アイデアを)いただきました。 肥後克広(以下、肥後) パクってるわけじゃないよね。リスペクトだよね。 上島 前作が東スポ映画特別賞いただいたんでね……本当、単なるリスペクトです。 ――今回は有吉(弘行)さんがいらっしゃらないですが、そのことに対する不安はなかったですか? 上島 今回は、なんといってもリーダーがいますから、全然不安はなかったです。ただ、ちょっと気を付けたのは、リーダーと一緒にいて、これを映画みたいにカット割りで撮っていくとしたら、やっぱりコントみたいになっちゃうんじゃないかと。それはちょっと違うんですよね。たぶん監督もそう思ったから、2週間ずつくらいの長いスタンスで、セミドキュメント風に撮ったんだと思います。 ――長くカメラを回して、自然な感じで。 上島 3カ月丸々いたわけじゃないですけど、まぁ1週間なら1週間、食事しているところも飲んでるところも含め、一日中カメラ回しっぱなしでしたね。 ――肥後さん、撮影はいかがでしたか? 肥後 ロケは千葉の海で、非常に気持ちがよかったですね。夏はね。秋は普通につらかったので、やっぱり俺はサーファーにはなれないなと……。この映画をきっかけに、サーファーになろうと思ったんですけど、秋になって心が折れましたね。撮影現場は明るい雰囲気で楽しかったですよ。ただやっぱりね、僕はずっと一緒にいるから分かるんですけど、サーフィンにこれといって興味のない、この上島という男のサイテーさを、よく監督が出してくれたなぁと。そういう点で、本当にこれはドキュメント映画ですね。監督はよく上島のことを分かっているんですけど、千葉のサーファーたちが徐々に上島のダメさ、性格の悪さを分かっていくという。 上島 フフン(笑)。 ――肥後さんだけが知っている上島さんが、この映画には出ていると。上島さんは、そのあたりいかがですか? 上島 だからね、あの……アレなんですよね、スタイルは全然違うし内容も違いますけど、寅さんなんですよ、俺は。ね? 肥後 何を言いだすんだよ!! 上島 いや監督が言ったんです。「上島さん、これ寅さんですよ。寅さんのヒドいバージョン」って。だから山田(洋次)監督には申し訳ないですけど、全然別物ですけど、人間みんなあるじゃん、そういうのって。最初っから、そんなやましい気持ちじゃないんですよ。本当にサーフィンやりたいと思ってたんですよ。それで行くんですよ、海に。 肥後 そこにマドンナが現れると。 上島 マドンナっちゅうか、女の子にばっかり気を取られて、結局女の子を中心に考えている男だから、サーフィンなんてどうでもいいってなっちゃうんですよね。でも、カッコはつけたい。まぁ、確かに俺はそういうところがあるよね。
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――人間臭さというか。 上島 キレイに言ったね(笑)。 肥後 周りを巻き込んでいくっていうね。寅さんは。 上島 あんまり寅さん寅さん言うなよ。怒られるから。 ――でも、それは前作からも一貫しているテーマですよね。人間臭さは。 上島 そうですね。監督いわく、前作のテーマは「人間カッコつけると死ぬ」。だから、そういうことなんですよ。 肥後 どういうことだよ。 上島 まぁそれは極端ですけど、今回もそういう似たような教訓の映画になってると思います。サーファーをチャラチャラしてるとか女にモテそうだとか勝手にイメージしてたら、実際は全然違うよ。サーファーはすごい。すごい世界ですよ。確かに、そういうところから入って、すごくなった人もいると思いますよ。女にモテたいから芸能人になったとかね、そういう人いるじゃないですか。ね? 肥後 上島さんは、なんで芸人になろうと思ったの? 女にモテたいから? 上島 違います。僕はもう、お笑いが大好きで……。 肥後 ほらね? 最低な人間でしょ? すぐ出るんだよ、そういうところが。 上島 僕はお笑いが大好きで、人の笑顔を見たら、もう本当に幸せだなって。 肥後 うそつけ! 上島 いや、お笑いは一番難しいですし、一番誇れる仕事だと僕は思っています! 一同 爆笑 ――肥後さんが先ほどおっしゃっていたのは、この感じですか……? 肥後 この感じ、この感じ。ほんっとサイテーな人間。中身も何にもない。 上島 そうですよ。舞台でスベったら客のせいにして、テレビでスベったらディレクターのせいにする(笑)。「センスねぇなぁ」とか言って。 肥後 お前が一番センスねぇだろってな。 上島 それに対してなんの努力もしていないっていう、まさにそういう人間の映画です。 ――野呂さんはいかがでしたか? 今回の役どころは? 野呂佳代(以下、野呂) えっと、まず上島さんが仲間にデカいことを言っちゃうんです。「AKB連れてきてやるよ」って。だけど、そろえられるのは私しかいなかったという話です。声をかけてもらった時は、私もうれしかったんですけどね。前作も見ていて、すごく出たかったので。しかも、サーフィン始めたばっかりだったんですよ。“え? 知ってたの、監督?”って、ウキウキして配役を待っていたらなんのこっちゃない、上島さんプロデュースのご当地アイドル……。まぁ、協力させていただいたっていう感じですかね(笑)。 ――何か監督からアドバイスを受けたりしましたか? 野呂 それが……。 肥後 ププッ(笑)。 上島 素直に言ったほうがいいよ。 野呂 素直に言いますが、私のことをですね、監督が「野呂は……DV顔だ」と。 ――え? ええ? 野呂 急になんですけど、「あれ? ちょっと待って? お前、DV顔だな」って。それで急に上島さんからビンタされたんですよ。 ――えええ?
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野呂 ビンタされて、普通ひるむじゃないですか。そしたら「その表情がたまんない」と。それで何回かやらされましたね。初めての経験でした。そんなにビンタされたことないんで。 上島 しないよね。 肥後 でも、されたそうな顔してるよね。 野呂 って、言われるんですよ。私には、それが意味が分からない。 上島 もちろん、お芝居だからやったんですよ。 野呂 そういう言い争うシーンがあったから、監督の指示で。私はほかの芸人さんみたいに、上島さんとキスはできないですから。 ――それは、ご自身でも新たな発見でしたか? 野呂 そうですね。それからは、しゃべろうとすると「黙れ!」って言われたり。扱いが……あれ? って。 ――マッコイさん、すごいですね。 肥後 ちゃんと見抜くんだよね。監督が今回、野呂さんのこと、すごい気に入っちゃって。次回作は『野呂ジェーン』を作ろうと。 野呂 それはいいですね! ――肥後さんは、監督から何か指示されましたか? 肥後 基本ドキュメントタッチで撮ってるので、ああしようこうしようは極力ないんですけど、監督自身もカメラを担ぎながら耳元でたまにささやかれるんですね。それが、だいたい人を傷つける言葉なんです。 一同 爆笑 肥後 大久保(佳代子)さんに向かって「クソババアって言ってください」とか。人を傷つける言葉しか演出でささやかないという、これまたサイテーな監督ですね。僕が大久保さんに「クソババア」って叫んだら、編集困るんじゃないかっていうくらい監督がギャハギャハ笑ってて、案の定、編集大変だったみたいです。 ――じゃあ、結局、監督が一番楽しんでいたんですね。 上島 それは本当にそうでした。楽しそうだった。あと、地元のサーファーの方たちが楽しそうだったのがよかったですね。 肥後 この映画に関わって知ったよ。サーファーって真面目な人なんだなって。見た目はチャラいけどね。中には上島みたいなのもいるかもしれないけど。 上島 なんかリーダーがね、やりだしてんだよ、サーフィンを。 肥後 いやぁ楽しかった~。普通に楽しかったよ。 ――肥後さんは海が似合いますよね。 上島 ずっとグッピー食ってたから。 野呂 うそ!? 上島 食ってたよ。チュルっとパクっと(笑)。 ――竜兵会のメンバーから、何か感想は? 上島 これからですね。前作は渋谷でレイトショーしかやらなかったのに、それでも結構みんな見てくれましたよ。感想は……やっぱり最後のシーンで大爆笑だったと。人によっては「本編は、最後のオチのための長いフリだった」とも。 ――前作はシンプルでしたから。 上島 そうですね。今回はあれよりも豪華で、かつエンタテインメント性があると思います。前作との違いはそこかな。あれはあれで、ずっと有吉といられて楽しかったんですけどね。でも、ちょっとドキュメント性が強かったんですよ。自分で芸人として「あ、うまくいったな」って思ったところは、ことごとく編集で切られてたから。そういうのはいらないと。前作はね、俺じゃなくて有吉の評価が高いのよ。ナレーションもやってたし。それで今作も、やっぱり野呂ちゃんとかリーダーの評価が高いんですよ。なぜか俺の評価は低い。
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(C)2014 PONY CANYON INC.
肥後 だって監督が言ってたじゃん。「上島さん損するよ」って。 上島 (笑)。いや、これ本当で。編集作業が終わった後に「これ上島さん損するな~」って。 肥後 主役が損する映画って、あんまりないよね。 上島 今日も念押しされましたよ、監督に。「上島さんすみませんねぇ。絶対損すると思います」って。なんだそれ。 肥後  でも、野呂さんは良かったよ。九十九里ッターズの歌(「波の数だけI need you」)も、オールディーズっぽくていいよね。撮ってて、どのシーンが印象に残ってる? 野呂 そうですね。私は、やっぱり上島さんとのケンカシーンかなぁ。最初の出会いもケンカでしたし……あと本当にすみません、あんまり思い出がないんですよ。 一同 爆笑 野呂 私、言ってもそんなに出てないんで。いや、うれしかったんですよ、出演できて。 上島 さっきのコメント聞いても分かりますよ。見る気もないんです。見たいとも思ってない。 野呂 見たいし、うれしすぎるんですよ、ダチョウさんもマッコイさんも好きですし。ただ撮影中の記憶が本当にないんです。ハイ。 上島 野呂は撮影中、ずっとムッとしてたよ。 肥後 元AKBの野呂さんがセンターやる気満々で来たのに、まさかのセンターじゃなくて、リアルにもめてたよね(笑)。 野呂 ハッハッハ。 肥後 もう完璧に、自分がセンターだと思っていたんだよね。メンバーを見て。 野呂 やっとセンターになれると思ったんですよ。それが……そっか、そうだよなって。テヘ☆って。 肥後 そんなかわいい感じじゃなかったよ。すげぇムッとしてたよ。 上島 最後の最後までもめていたという、そんな野呂も今回の見どころですね。 ――上島さん的な見どころは? 上島 俺はやっぱりあれですね。10月後半に撮ったところなんかは、もう寒くてね。最後の、オチのシーンは何回も撮ったからきつかった。ハアハア息上がっちゃったし、頭も痛かったし。 野呂 上島さん、楽しい見どころをお願いします(笑)。 上島 あぁあとね、「しき」ちゃんっていう子が、本当にかわいかった。 野呂 ……「希志(あいの)」さんですよね? ――で、では上島さん、今作の主役として最後はビシッと読者にメッセージをお願いします。 上島 みなさん好き嫌いはあるでしょうけど、本当にバカバカしくてくだらない部分と、すごいかっこいいサーフィンの映像や、サントラ出すくらいいい音楽とのバランスが絶妙です。本当に素晴らしい作品なので、絶対一回見たら、きっと面白いダと……。 肥後・野呂 面白い……「ダ」? (取材・文=西澤千央) 0219_03_large.jpg ●『上島ジェーンビヨンド』 企画・監督/マッコイ斉藤 脚本/藤谷弥生 出演/上島竜兵、肥後克広、大久保佳代子、品川祐、清宮佑美、野呂佳代ほか 製作/ポニーキャニオン 配給/キノフィルムズ 4月26日よりシネマート新宿ほかにてロードショー <http://www.ponycanyon.co.jp/ueshimajane/>

“爆音”の聖地・吉祥寺バウスシアターが閉館!! さよなら企画「ラストバウス」を5月末まで上映

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映画館として5月いっぱいで上映を終えることになったバウスシアター。爆音上映や大人計画の公演など、様々な企画が30年の歴史を彩ってきた。
 あるのが当たり前だと思っていたものほど、失ったときの喪失感は大きい。吉祥寺のランドマークでもあった映画館バウスシアターが2014年5月いっぱいで閉館するとのニュースが2月に流れ、驚いた人は相当数に上っただろう。1984年にオープンしたバウスシアターはそれだけ吉祥寺という街にしっくり溶け込み、中央線文化を発信する重要な拠点となっていた。ミニシアターながら、シアター1(218席)、シアター2(50席)、シアター3(105席)と3スクリーンを揃え、メジャー大作からインディペンデント作品、名画のリバイバル上映とごっちゃ煮のプログラムで、幅広い層のファンを楽しませてくれた。多目的ホールとして設計されたシアター1での特大スピーカーを使った「爆音映画祭」は、バウス名物として2004年以降すっかり定着していた。シネコンに対抗しうる独自色を発揮していた映画館だけに、閉館の知らせは残念でならない。関係者のコメントをもとに、バウスシアターの存在意義をもう一度考えてみたい。  2014年3月1日付で、バウスシアターの創業者である本田拓夫社長が「建物の経年劣化による大規模修繕の必要性もありながら、近年の市況の厳しさもあり、今後の長期的な展望を見出すことは難しく、誠に残念ではございますが閉館を決定した次第でございます」とホームページ上で閉館を発表した。劇場がいい感じで年季が出てきていたのは確かだが、爆音映画祭など上映作品によっては満席になることも少なくなかっただけに、経営が追い詰められていたようには思えない。バウスシアターで番組編成を担当する武川寛幸さんに、内情を聞いてみた。 武川 「僕がバウスに入社したのは2001年で、ちょうど営業方針が転換した時期でした。2004年に立川にシネマシティ2ができ、2005年にはMOVIX昭島ができ、近辺にシネコンがオープンする度に観客動員数は分かりやすく落ちていったんです。それまでバウスは席数の多いシアター1でメジャー作品を上映し、小さいシアター2でチェコアニメ特集やロシア映画祭などを編成していました。メジャー作品で稼いで、独自プログラムをちょこちょことやっていたんです。そんなとき、みうらじゅんさん原作、田口トモロヲ監督の『アイデン&ティティ』(03)を渋谷シネセゾンとバウスの2館のみで独占ロードショーしたところ、メジャー作品を上映していたシアター1より、『アイデン&ティティ』を上映していたシアター2のほうにお客さんが集まり、スクリーンを入れ替えることにしたんです。その頃から、バウスは独自のプログラムやミニシアター系と呼ばれる作品を積極的に押し出すようになり、この10年間はなんとか生き延びてきたという感じでした。ただ、やはりバウスシアターも開業から30年たち、震災もあって耐震性が問われるようになり、このままでの運営が難しくなったんです。とはいえ、極端に集客が落ち込んでいたわけではないので、僕たちスタッフも残念だし、これからどうしようかと閉館後の身の振り方に悩んでいるところなんです(苦笑)」
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「長野から上京してきた自分にとって、バウスは憧れの場所でした。情報を発信していく面白さを学ばせてもらった」と武川さんは語る。
 バウスシアターを建て替えるという案もあったものの、武蔵野市の規制により吉祥寺一帯は高層ビルを建てることが制限されており、低層フロアにテナントを入れ、高層フロアをシネコン化するという計画を進めることは難しかったようだ。また、バウスシアターが閉館することになった要因のひとつに、デジタル化問題もあるという。シアターN渋谷は黒字経営だったものの上映システムのデジタル化を断念し、2012年に閉館している。バウスシアターは、すでに上映機材をデジタル対応できるようにしていたはずだが……。 武川 「設備投資に関しては2010年に3Dデジタルシネマシステムを導入していたんですが、バウスとしてはそこまでで精一杯でした。今、都内のシネコンはほとんどが自動発券システムを導入しているんです。また、ムビチケと呼ばれ、ネット上でチケットを購入すると同時に座席も予約できる新しいサービスも始まりました。チケットのデジタル化にまではバウスは手が回らず、他のシネコンでは共通で使えるものが、バウスでは使えないという状況になってしまった。バウスはこれまでずっとスタッフがチケットをもぎり、ノートに手書きで記録するという昔ながらのスタイルでやってきたんですが……。自動発券システムを導入するにはかなりの金額がかかるため、個人経営の映画館にとっては厳しいものがあるんです」  ムビチケは、KADOKAWAグループの角川メディアハウスが2011年に新会社「株式会社ムビチケ」を立ち上げて始めた、電子前売り券サービス。「観客動員数が伸び悩んでいる映画業界を活性化できる」という謳い文句で始まったサービスで、TOHOシネマズをはじめとする多くのシネコンが現在取り入れている。これからミニシアターが生き延びていくには、設備投資とサービスに潤沢な予算を投じたシネコンとは異なる独自色をよりいっそう打ち出していくことが求められることになりそうだ。 ■吉祥寺はメジャーとインディーズが共存する街
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ハモニカ横丁で「おふくろ屋台」を経営する松江さん。「魅力的な街であり続けるか、つまらない街になるか、今の吉祥寺は分岐点にある」と話す。
 吉祥寺を舞台にした映画を製作し続けている「武蔵野映画社」の代表・松江勇武さんにも話を聞いた。松江さんは映画プロデューサーであり、また吉祥寺の人気グルメスポットであるハモニカ横丁の「おふくろ屋台」の店主でもある。松江さんが企画プロデュースした最新作『さよならケーキとふしぎなランプ』はバウスのクロージング作品として上映される。 松江 「バウスが閉館すると知らされたのは2013年の年末です。吉祥寺でお店をやっていることもあり、夏ごろに『バウスが売りに出されるらしい』という噂は耳にしていたんですが、年末にバウスのスタッフから『すみません、バウスが閉まることになったんです』と頭を下げられたときは驚きました。吉祥寺でロケした『さよならケーキとふしぎなランプ』は2014年秋にバウスで公開するつもりでバウスのスタッフとも準備を進めていましたから。本当は映画祭などに出品し、じっくり宣伝活動をしてから公開したかったんですが、バウスで上映することを前提に撮った作品だったので、スタッフや関係者を説得して回って、バウスのクロージングに間に合うよう、大急ぎで仕上げているところなんです」  香川県出身の松江さんだが、10年前から知人の紹介で「おふくろ屋台」を始め、すっかり吉祥寺という街に居心地のよさを感じている。お店の常連客に映画監督たちがいたことから、松江さん自身も映画製作に興味を持つようになり、『セバスチャン』(09)『あまっちょろいラブソング』(10)『あんてるさんの花』(12)、そして『さよならケーキとふしぎなランプ』と吉祥寺を舞台にした映画を作り続けてきた。 松江 「吉祥寺という街の魅力は、吉祥寺駅を中心にして徒歩圏内に大型商業施設が点在し、その間を繋ぐように個人経営の商店が建ち並んでいる。そして、その中にライブハウスやバウスシアターのように文化を発信する拠点もあるということです。普通、大型店と商店街の人って仲が悪いものですが、吉祥寺では月イチとかでデパートの人や商店街の人たちが集まって飲み会を開くなどしているんです。メジャーなものとインディペンデント的なものが非常にバランスよく共存している珍しい街だと思います。映画に関してまったく素人だった僕が初めて作った『セバスチャン』をバウスでひと晩だけ上映したときも、お金がないので近場で撮影したわけなんですが(笑)、撮影に協力してくれたお店の人たちが声を掛け合って集まってくれて、バウスのシアター1が満席になったんです。映画を作ること、上映することの面白さを吉祥寺で教えてもらったので、その後も吉祥寺にこだわって、誰でも気軽に楽しむことができる映画を作り続けてきたんです」
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ミュージシャンの堂島孝平と『自縄自縛の私』の平田薫が共演した『さよならケーキとふしぎなランプ』。大切な人との別れと旅立ちがテーマです。
 「おふくろ屋台」を経営し、映画製作を続けていく一方、変わりゆく吉祥寺の景観を映像として記録しておこうと、アーカイブ作業も松江さんは日々行っている。 松江 「変わっていく街の景色をビデオ撮影したり、昔から住んでいる長老の方たちを取材して回っています。取材をしながら思うのは、吉祥寺という街はもともとあったわけではなく、いろんな世代の方たちがそれぞれ苦心して、今みたいな街を作っていったんだということなんです。それこそバウスシアターの存在は、街づくりの中で大きな役目を果たしてきたと思います。僕ら若い世代が受け継いでいかなくちゃいけない。今すぐは難しいですけれど、将来的にはバウスのような独自のプログラムを編成する上映スペースを吉祥寺に設けたいですね」  松江さんがプロデュースした堂島孝平、平田薫主演のファンタジードラマ『さよならケーキとふしぎなランプ』はバウスシアターのクロージング作品として4月26日(土)~5月9日(金)2週間限定で上映される。 ■最後の爆音がサンロード商店街に響き渡る!?  バウスシアター30年(バウスの前身であるムサシノ映画劇場から数えると63年)の歴史を振り返るクロージングイベント「THE LAST BAUS~さよならバウスシアター、最後の宴」が4月26日(土)~6月10日(火)に開催される。スタッフの思い入れとファン&関係者からのリクエストを合わせた形でAプログラム「バウスをめぐる映画たち」(4月26日~5月16日)、Bプログラム「第7回爆音映画祭」(4月26日~5月31日)、Cプログラム「ライヴハウスバウス」(6月1日~10日)と3つの特集プログラムが組まれている。ちなみに「THE LAST BAUS」のネーミングは、バウスシアターでリバイバル上映して人気を呼んだマーティン・スコセッシ監督の音楽ドキュメンタリー『ラスト・ワルツ』(78)に掛けたもの。『ラスト・ワルツ』の冒頭の言葉‘This Film Should Be Played Loud(この映画は大音量で上映すること)’は、バウス発祥の上映イベント「爆音映画祭」のきっかけとなった。
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5月31日(土)の最終プログラムとなる『ラスト・ワルツ』。ロックが産業化していく直前、古きよき時代の終焉を描いたライブドキュメンタリーだ。
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ファンからのリクエストに応え、『ゆらゆら帝国 2009.4.26LIVE@日比谷野外音楽堂』が爆音映画祭に再登場。ディレクターは大根仁監督。
武川 「爆音という呼び名を使う前から、バウスでは音響設備を生かしたライブドキュメンタリーの上映を『ラスト・ワルツ』や『イヤー・オブ・ザ・ホース』(97)など度々やっていたんです。それを客席で観ていたのが映画評論家の樋口泰人さん。樋口さんに『他にも大音量で上映すると面白い映画がある』と助言を頂いて、2004年からゴダールの作品なども大音量で上映するようになり、爆音上映と命名されたんです。樋口さんがディレクターを務める“爆音映画祭”は第7回となる今回でバウスでは見納めです。『ラスト・ワルツ』やゴダール作品はもちろん、爆音映画祭のスタッフがずっと待ちこがれていたフランシス・F・コッポラ監督の『ドラキュラ』(92)も、ようやく爆音上映できます。『ファイト・クラブ』(99)もそうですが、『ドラキュラ』もすでに日本での上映権が切れており、今回の爆音限定で上映許可をもらったものなんです」  なんとも贅沢な上映プログラムではないか。他にもバウスで封切られた『アイデン&ティティ』や地元出身の松江哲明監督による音楽ドキュメンタリー『ライブテープ』(09)のアンコール上映、閉館が決まったバウスシアターでロケ撮影された『BELLRING少女ハートの6次元ギャラクシー』のプレミア上映、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が来場してのカルト映画『エル・トポ』(70)のトーク付き上映、『ロッキー・ホラー・ショー』(75)のパフォーマンス付き上映など連日レアものプログラムが組まれている。映画の上映は5月いっぱいで終了し、6月1日~10日はライブハウスとしてバウスシアターは30年に及ぶ船旅を終えることになる。「バウスで学んだノウハウを他の職場で生かしたい」という武川さんらバウスシアタースタッフの新しい船出を祝いつつ、ラストバウスに通いたい。 (取材・構成=長野辰次) sayonara_cake02.jpg 『さよならケーキとふしぎなランプ』 監督・脚本/金井純一 脚本/ビーグル大塚 出演/堂島孝平、平田薫、ヨネスケ、坂田雅彦、田中世津子、広澤草、福場俊策、二宮慶多、梅垣義明ほか 配給/ブラウニー 4月26日(土)より吉祥寺バウスシアターほか全国順次公開  (C)武蔵野映画社 /2013「さよならケーキとふしぎなランプ」 <http://www.sayonara-cake.com>

ネット騒然!? なんだかミョ~に楽しそうな相撲部屋「式秀部屋」の秘密に迫る

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ただいま新弟子募集中!(撮影=大木正人)
 アイドルグループ・Berryz工房の「ももち」こと嗣永桃子のファンだから「桃智桜(ももちざくら)」。ウルトラマンタロウにちなんだ角界最軽量力士の「宇瑠虎(うるとら)」といったキラキラ四股名の力士や、ニコニコ動画で朝稽古の模様を生中継したり、FacebookやTwitterを通じて部屋の広報活動を展開するなど、何かとお堅いイメージの相撲業界の中で異彩を放っているのが、式守秀五郎親方(元・北桜)率いる式秀部屋だ。  親方自身もプロテクターを装着してぶつかり稽古に参加し、「いいよ!」「強くなっちゃうよ!」と、やたらとポジティブに力士を煽りまくったり、動画編集ソフトを使って力士の活躍をYouTubeにアップしたりと、なかなかキャラが立っている。  そこで今回は、そんな親方に独特の指導哲学を尋ねてみた! 「明るく、楽しく、元気よく」をモットーとする式秀部屋は、いかにして作られたのか。そこには意外と真面目で、合理的な理由が潜んでいた……。 ──ニコニコ動画やFacebookを通じて、親方のコミカルなキャラや、個性的な四股名の力士たち。はたまた式秀部屋の和気あいあいとした力士たちの日常や、稽古の風景が多くの人々に話題を振りまいていますね。 親方 「明るく、楽しく、元気よく」をモットーに、部屋を運営させていただいています。自分は明るい性格で、ちょっと変わり者ということもあって、楽しいことが好きなんです。相撲部屋っていうと、稽古がきついとか上下関係が厳しいというようなイメージが強いですが、本当はどの力士もめちゃめちゃ明るくて無邪気なんです。  相撲というのは古くから続く伝統がある世界ですので、力士もメディアに出るときはまげを結って、ちゃんと着物を着てなきゃいけないという側面があります。土俵に立てばしっかりと礼をして、きちっとした姿を見てもらう必要もあります。  でも、力士といえども一人の人間です。それぞれ性格も違いますし、その個性を生かした相撲を取れるような力士になってほしいんです。やはり土俵に上がるとプレッシャーを感じてしまいます。そこで、力士たちが大事な場面で自分の力を最大限に出し切るにはどうしたらいいかということを考えますと、普段の生活が大切ではないかなと思いまして。部屋は、自分の家にいるようなリラックスした感覚でいられるほうがいいのではないかなと考えています。 ──家にいる感覚ですか! 世間一般の相撲部屋に対するイメージと、真反対ですね。 親方 私の師匠の北の湖親方は、力士の持つ個性、才能、素質というのはそれぞれ違うので、一人ひとりちゃんと伸ばしてあげることが大事だと指導してくださいました。個性を伸ばすということは、力士の取る一番にも性格が出るということ。そう考えると、普段の生活も重要なんです。だからこそ、相撲という世界は規律と伝統が重んじられているとも思います。  現役引退後に、少し人間の体のメカニズムについて勉強をしたんですが、どんなに体を鍛えても、やっぱり精神も強くないと相撲に限らずスポーツって勝てないし、実力を発揮できないんですよね。脳みそというのは喜びを感じると喜びのホルモンを出して、ストレスを感じるとネガティブなホルモンを出す。ストレスのホルモンって免疫力が低下したり、体にいい影響がない一方、喜びのホルモンは免疫力を上昇させたり記憶力を上げたりする効果がある。じゃあ力士には、怒りのホルモンと喜びのホルモンのどちらを与えたらいいのかというと、私としては喜びホルモンのほうがいいと思うんです。普段から力士たちが喜ぶホルモンを出すようにしておけば、病気もケガも少なくなる。ひいては、相撲の結果も良くなるんじゃないかと。
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現役時代は大量の塩を撒くパフォーマンスから“ソルトシェーカー”の異名を取った式秀親方。とにかくアツい男です。
──ニコニコ動画で公開された、朝稽古前のウォーミングアップ風景も意外でした。まず、リンゴをみんなで食べてからストレッチ。その後、ようやくぶつかり稽古という、ゆったりした雰囲気に驚きのコメントが上がっていました。 親方 これが私の腕です(笑)。うちには毎朝「頭が痛いっす」「やる気が出ないっす」っていうところから始まる現代っ子力士がいるんです。その子は無呼吸症候群で、寝てる時に呼吸が止まっちゃうんですが、そうすると朝起きた時にあんまりすっきりと目覚めることができないわけです。だから、まずうちの部屋ではみんなでリンゴを食べるところから始めます。リンゴというのは一日の始まりにぴったりな、いろいろな栄養分が含まれています。それをまず補給してから、時間をかけてストレッチをします。そのうちに脳がだんだんと目を覚まして、腸の動きも活発になる。そうするとトイレに行きたくなって、大も小も全部出る。それからまわしをつけて稽古を始めると、2時間くらいトイレに行かなくても平気なんですね。結果的に、集中した稽古ができるようになるわけです。 ──なるほど! 親方 そうすると、さっきまでやる気がなさそうだった子が、ギラギラした顔つきになってくるわけです。それを見て、今度は「やれちゃうよ!」「できちゃってるよ!」「できる子だよ!」って言ってあげられるわけです。 ──実は非常に合理的な考えのもとに、式秀部屋の空気は作られていたんですね。 親方 私見ですが、今の日本の子どもたちの環境って、50年前とは全然違うと思うんです。かつては戦争があり、食べる物があまりないような環境で育ってきた子どもたちは、もともとハングリー精神を持っていたのではないのでしょうか。あらゆる環境が厳しいので、「なにくそ!」という気持ちで結果を出すことができていた。でも今は、そういうハングリーさが必要な環境というのは日本では見られなくなった。少なくとも、食べる物がなくて飢え死にする心配はそうそうない。でも、よくないニュースや社会に対する不安から、子どもたちは漠然としたプレッシャーを受け続けている。そんな今の世代の力士たちに、かつての時代と同じように厳しく接するのは、あまりよろしくないのではないか。ストレスホルモンが出てしまうのではないかと思うわけです。 ──「褒めて育てる」のメカニズムですね。 親方 そうです。稽古の一例を挙げると、四股を100回踏むのって大変ですよね。だんだんきつくなってくる。そうすると、人間は同じ動きをしているようで、本来鍛えないといけない筋肉以外を使って負担を逃がそうとするわけです。でも、それは悪い癖の原因にもなります。だから、うちでは1セット10回を数セットやるようにしています。それでもだんだんと体はきつくなってくるわけですが、そこで私が「もう無理するなよ!」「それ以上やると強くなっちゃうよ!」と声をかけると、「もう一回お願いします!」ってみんな頑張っちゃうんですよね。なぜかというと、みんな強くなりたくて力士をやっているからです。  正しい選択肢、やりたい選択肢を与えてあげれば、誰でも自分の力を十分に発揮できるようになる。スポーツで強くなる人というのは、そのスポーツが好きで、自分が練習しようと思えるメニューが勝手に出てくる人です。一方で伸び悩んでいる子というのは、次の選択肢に迷っている子なんです。そこで、弟子たちに次の選択肢を示してあげて、彼らの力をうまくアウトプットさせてあげることが、指導者である私の仕事だと思っています。これがなかなか難しいんですが、褒めて育てるということと選択肢を示してあげるということをかみ合わせることを日々意識しています。
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Berryz工房・ももちファンの桃智桜(ももちざくら)。「いつも部屋にいるので、『どっか外に遊びに行ってきなよ』って言ったら、Berry工房にハマっちゃって……」
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“ものまね侍”こと若戸桜(わかとざくら)。この1年で体重が30kgも増えたとか。
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角界最軽量力士・宇瑠虎(うるとら)。「この四股名にしてからテレビなどでも取り上げてもらって、本人もやる気になってます」
──お話を伺っていると、スポーツ指導だけではなく、教育全体に対する考え方にも通じるように感じます。 親方 それを言っちゃいますか! その言葉は、私にとって今日一番のご褒美です(笑)。実は、自分は小学校の頃、勉強が嫌いで挫折した経験があるんです。それで、自分は当時やっていた柔道で生きていこうと決めたわけです。結局、その後、相撲に移行したわけですが、もし自分が勉強好きだったら、どんどん自分で勉強をするという選択肢を選べたはずなんです。柔道もきつかったんですけど、好きだったから続けることができました。そう考えると、小学校の時にもっと勉強を好きにさせてくれていたら、それを努力と思っていなかったかもしれないですよね。小学校の授業って、今日はここからここまで、明日はここからここまでと、みんな同じ進度じゃないですか。だからついていけなくなった瞬間に、面白くなくなってしまうんです。 ──指導者自身が、子どもたちの可能性を潰していた可能性もあるのかもしれないですね。 親方 だから私が相撲を指導する時は、みんなに相撲を好きになってもらいたいんです。もちろんプレッシャーや苦しみもあるかもしれないけど、相撲が好きなら、みんな自分から稽古をするようになります。ただ、あまり厳しいと、やらされている感が強くなってしまうわけですが。そう考えると、小学校における教育の仕方について、もうちょっと子どもたちを勉強に引き込む環境って作れるんじゃないかなと思うんです。今は教師があふれていると聞いたことがあります。さすがに子ども一人に教師一人、というのは厳しいとは思うのですが、教師の側がもっと子ども一人ひとりの学力を分かってあげて、その子ならではの教育の仕方を提示してあげることもできるんじゃないかと、期待もしているんです。そういう具合に、子どもたちにもう少し選択肢を与えてあげるべきじゃないかなと。私は、それが教育じゃないかなと思います。そういう考えをもって挑戦させてもらっているから、うちが新しい変わった感じの部屋になっているのかもしれませんね。 (取材・文=有田シュン) ●式秀部屋Twitter <https://twitter.com/shikihidebeya> ●ニコニコ超会議3 大相撲特別巡業「大相撲超会議場所」 日時:4/26(土)、27(日)※式秀親方は27日の解説を担当 場所:幕張メッセ <http://www.chokaigi.jp/2014/booth/sumo_chokaigi.html>

「側近は『モンスター』と呼んでいる」ボロは出てても実利で帳尻を合わせる池田大作のすさまじさ

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著者近影
 「あるある本」ブームも収束に向かいつつあるが、そんな中、トンデモないタイトルの「あるある本」が登場した。その名も『創価学会あるある』。公称の会員世帯数は827万世帯に上るマンモス教団でありながら、実態は見えづらい創価学会。非学会員からはうかがい知れない学会カルチャーを「あるある形式」でピックアップするという本だ。  たとえば、「学会員は日蓮を日蓮上人と呼ばれるとイラッとする」という最初のネタからして、ぜんぜんわからない。「聖教新聞はネガティブキャンペーンを張っているときのほうが筆がのっているように感じる」。ちゃんと読んだことはないけど、これはちょっとわかる。「池田先生の側近とも言える第一庶務は、池田先生のことを『モンスター』と呼んでいる」という、ちょっとドキッとするネタも載っている。  学会シンパ本でもなければ、アンチ学会本でもない。学会カルチャーや学会員の考え方などを紹介しつつ、創価学会や池田大作に対する辛らつな意見やスキャンダルについても具体的に書いてあり、“すぐ隣に存在する異次元世界”を理解するガイドとして気軽に楽しめる一冊になっている。  著者の「創価学会ルール研究所」さんは、キャリア30年以上のバリバリの創価学会員とのこと。今回は匿名を条件に、直撃インタビューが実現した。 ■「Fを取る」「命に入る」…学会員ならニヤリとする「学会言葉」 ――まずは、この本を書こうと思ったきっかけを教えてください。 研究所 縁あって、編集の方から「創価学会ネタで『あるある本』を書かないか」と提案をいただいたことがきっかけです。企画書を見て、1秒もたたないうちに「あ、これは書けます」とお返事しました(笑)。ただ、内容が内容なだけに、名前を出すと厄介なことになりそうなので……。 ――厄介なこととは、どんなことなのでしょう? 研究所 自分としては中立の立場で書いているつもりですが、創価学会の公式見解とは違うことも書いてありまして、そうなるとマークされてしまう可能性があります。そこで今回は匿名という形にさせていただきました。 ――ちなみに、この本を書いたことを周りの人にはお話しされたんですか? 研究所 何人かには話しました。モノがモノだけに、みんな二の句が継げなくなりますね(笑)。本を渡しても、そそくさとカバンにしまったり。 ――学会の方たちには? 研究所 言ってません。だから、リアクションがまだわからないんですよね。 ――「あるある本」ということは、ここに書かれていることは学会員の方たちが共有、あるいは共感するような事柄だということでしょうか?  研究所 たとえば、創価学会の御本尊を勧誘する人に渡す「本尊流布」のことを「ほんる」と略したり、ほとんど活動をしていない学会員のことを「未活」と呼んだりするような学会内の用語に関してはそうですよね。「Fを取ろう」(※選挙活動における票取りのこと)とか「命に入る」(※学会の教えをしっかり理解すること)とかは日常的な会話に出てくるので、学会員の人も読めば思い当たるでしょう。 ――第1章の「学会言葉の世界」のネタですね。 研究所 一方で、「捨て金庫事件」(※1989年、横浜市のゴミ処分場で2億円近く入った金庫が発見されたが、のちに持ち主が創価学会の経理担当者だと判明した事件)や「竹入・矢野の退会事件」(※元公明党委員長の竹入義勝と矢野絢也が脱会。学会がバッシングを繰り広げた事件)のような学会のスキャンダルについても書いていますが、それは少人数のグループになったとき話題に出るような感じです。 ――身内だったり、お酒の場では話題に上ると。 研究所 特に私だけが突っ走っているわけではないと思います。ただ、竹入・矢野の事件などはちょっと前の話なので、若い学会員は知らないかもしれませんね。 ――スキャンダルに関しても、学会の公式声明を真に受けない学会員が増えてきたということでしょうか? 研究所 疑問がないことはないでしょうが、形にできない、言葉にできない学会員は多いと思います。教えを守っていれば自分の人生が開けると考えている学会員は、まだまだ多いですからね。 ――聖教新聞しか読まないような方が多いと。 研究所 そうですね。聖教新聞がすべて正しいと思っている学会員は多いです。 ――でも、聖教新聞を読む一方で、日刊サイゾーを読む学会員もいるわけですよね(笑)。 研究所 いてもおかしくはないです(笑)。ウェブのニュースは、みんな読んでいるでしょう。ただ、ネットを見ると創価学会の悪口はゴマンと出てきますが、大手メディアは学会の話題をまったく取り上げませんよね。だから、学会員がネットで学会への批判的なニュースを見ても、あまりなんとも思わないんです。 ■元ヤクザでもDV男でも“役に立つ”人間になれば全部チャラ! ――「平和教育文化を推進する学会員だが、平和教育文化に関して自分なりの意見や活動はほとんどない」という“あるある”はリアルで面白かったです。 研究所 学会員は、学会に入ることイコール平和教育文化に貢献していると自動的に考えているんですね。平和教育文化について具体的に何か考えているわけではない。だから、楽なんですよ。池田大作は平和教育文化について貢献しているから、毎日世界中から勲章をもらっていますよね(笑)。その池田大作に従っている自分も自動的に貢献していることになっているわけです。それでいて世界の問題を解決するムーブメントの中に身を置いている、と思っているんですね。あくまでも、そんな気になっているだけですけど(笑)。創価学会に入って、池田先生の言うことに従っていればいいという設定になっているわけです。 ――学会員の主な目的は「ほんる」と「F活動」の2つなんでしょうか? 研究所 そうですね。その2つさえできていれば、多少悪いことをしたような人でも受け入れられます(笑)。人殺しはさすがに難しいでしょうが、盗みで刑務所に入ったことがあったり、DVが大好きな男だったりしても、「ほんる」して「F」をたくさん取れば、すべてチャラ。 ――すごい。シノギの世界みたいだ。 研究所 昔、シノギの世界にいた人も大勢いますよ。私も何人か会いました(笑)。どれだけ嫁を泣かせていようが、シャブを打っていようが、池田先生の弟子になればオッケー! という考え方ですね。 ――さすがにシャブを打ったままではダメですよね?(笑) 研究所 ダメです。でも、たまにまた捕まったりする人もいますけど(笑)。 ――「学会員もいろいろいるので、急に蒸発しちゃう人や逮捕されちゃう人もいる」というネタですね。 研究所 だいたい元ヤクザのような人のほうが、実行力があるんですよ。実務能力も高いし、処世術にも長けているので、人を勧誘するのは真面目な信徒よりうまいんです。昔シャブやってたような人が、いつの間にか地域の部長になって学生たちを指導していたりする。で、その人がまたシャブで捕まって、急にいなくなったりするんです(笑)。 ――本の中に、創価学会は「貧乏人と病人と訳ありな人物の集まり」という表現があります。「暴走族だった人が、地元の学会のリーダーに」というネタもありました。 研究所 雑食性が学会の面白いところですね。そのへんのものは、なんでも食べちまえ的な(笑)。訳ありの人間でも役に立たせてしまう再生力は、すごいものがありますね。池田大作という人が、そういう人だったと思うんです。貸金業、今でいうサラ金みたいな仕事でのし上がって、選挙で勝ちまくって、今の地位を築いたわけです。メディアには金をバラまいて、公明党を徹底的に利用して、矢野絢也氏に税務調査の妨害を指示したりする。トンデモない人間ですよね。そのあたりの話は、『乱脈経理 創価学会vs国税庁の暗闘ドキュメント』(矢野絢也/講談社)に詳しく描かれています。 ――本にも書いてありましたが、50議席を獲得して維持しているってすごいことですよね。幸福実現党があんなに頑張っても、1議席も取れないわけですから。 研究所 大川隆法は一度学会に入って、やり方を習ったほうがいいと思います(笑)。頭はいい人だと思うから、元ヤクザとか元シャブ中とか暴力亭主を、票が取れる人間に変える方法を学べばいいと思いますよ。営利を目的に活動しているすべての人たちは、学会に学ぶところがあると思います。 ■池田大作は、なぜ側近から“モンスター”と呼ばれているか? ――この本には、あるあるネタとは別に、「池田先生のすごいところ」という一種の“池田大作論”が記されていました。「ドリームメイカー」という表現も使われていましたが、あらためて池田大作のすごいところとは、どのような部分なのでしょうか? 研究所 結局、池田大作によって、それまでの人生では就けなかったようなポジションに就けた人がたくさん現れたわけですよね。そういう意味では、池田大作の実行力、実現力はすごいですよ。これを30年、40年やり続けている人はいませんから。その代わり、宗教ということでタダ働きの人がたくさんいたり、税務調査潰しを指示したりするんですけど。たくさんボロは出ていて、信徒の人たちも気づいていると思いますが、実利で帳尻を合わせている。その決定力がすごいと思いますね。 ――「池田先生の側近とも言える第一庶務は池田先生のことを『モンスター』と呼んでいる」というようなネタは、どこから仕入れてくるんですか? 研究所 単純に、直接聞いた話ですね(笑)。池田大作が現場でバリバリやっていたときは、夜中であろうが構わずいろいろな指示や命令が飛んできたそうです。あと、極めて黒に近いグレーなミッションをこなさなければいけない不条理な状況に遭遇したりするときは、「ちょっとこの人はモンスターだな」と思わざるを得なかったということでしょう。 ――池田氏に対する認識は、学会員たちと共有しているものなのでしょうか? 研究所 うーん、揺れている人はかなりいると思います。 ――本にも書かれていましたが、それが今の学会の活気のなさ、求心力の低下につながっていると。 研究所 そうですね。学会は宗教として考えるなら、グレーの部分があってはいけないんです。白なら全部白でなければならない。ただ、公明党や周りの外郭団体、利権につながるような組織にいる人たちは学会で食べていますから、池田大作の多少のゴシップやマイナス面を踏まえた上で行動しているはずです。 ■そんなにオイシイわけではない「学会タレント」 ――「活躍する学会タレント」という学会員の芸能活動について書かれた章があります。「『学会タレントは芸能界で有利である』という噂があるが、そうでもない」や「学会タレントが学会員であることを隠すのは、広告対策が理由の一つだ」などのリアルなネタが多いのですが、「池田先生が芸術部の、特定の芸能人を褒めてあげることはある」というネタもありました。どなたの名前が挙がったのか、教えてもらうことはできますか? 研究所 ご迷惑をかけるといけないので、具体的な名前を挙げるのは避けさせていただきたいのですが、池田大作は学会タレントが所属する「芸術部」を、とにかく立てるんです。学会のイベントになると、芸能人とスポーツ選手と政治家が、ずらっと並びますよ。これだけそろったら、けっこう視聴率いくんじゃない? と思うような顔ぶれです(笑)。ハービー・ハンコックが来ていたのは見ましたね。あと、オーランド・ブルームが「牙城会」に入りたがっているとか(笑)。 ――ええっ。牙城会というのは、学会本部を警備する組織のことですよね。 研究所 はい、女性会員たちの間では、かなり話題になっていましたよ。 ――「都市伝説学会タレント」という表現がありますが、実際には学会員ではないのに学会員だとウワサされているタレントもいるということですが、具体的にはどなたなんでしょう? 研究所 これも誰が学会員で、誰が学会員ではないか、ということを明確に言及するのは避けています。たとえば、石原さとみさんが創価高校出身なのは事実ですが、現在、信心されているかどうかはわかりませんからね。 ――なるほど。 研究所 間違えられている現状そのものが面白い、というスタンスです。ただ、学会タレントと共演している人は間違えられやすいですね。あとは、「パンプキン」や「第三文明」などの学会関連雑誌に出る人。実際は、登場している全員が学会員というわけではありません。「灯台」は学会員が多いかな。あと、男性アイドルをめぐる学会員のウワサが多いですが、実際は10分の1ぐらいですね。 ――先輩タレントが後輩タレントを折伏(※学会に勧誘すること)することもあるのでしょうか? 研究所 実は、逆のケースが多いんですよ。後輩が先輩に「学会に入りたい」と言ってくることが結構あるんです。もちろん、事務所的にアウトですけどね。 ――学会がタレントを売り出そうとしているわけではない? 研究所 芸能事務所は、すでに力がありますからね。そこに学会が介入しても、あまり意味はないかなと思います。 ■3年は姿を見ていない……池田大作Xデーは、もう訪れている!? ――本の最後に、著者なりの創価学会への見方が披露されています。「学会の未来は明るい」ということですが、これはどういうことでしょう? 研究所 学会は“地肩が強い”んです。学会の支持層や活動している人は、ロウワークラスの人が多いんですね。学会に代わる彼らの受け皿は、世の中に存在しません。別の組織が創価学会の真似をすればよかったんですけど、そういう組織は現れませんでした。たぶん、学会の汚れ仕事を厭わないような部分を真似できなかったんでしょうね。結局、創価学会が求められることになるんです。 ――「プア集団の受け皿」と書かれていますね。よく言えば“セーフティネット”なんでしょうけど。 研究所 ドロップアウトした人たちを救って、彼らに“幸せだった”と思える人生にしてあげている、ということなんです。本人が幸せだったと思えればいいですからね。宗教に力があるのかどうかわかりませんが、何かに一生懸命打ち込んでいれば、いいことが起こりますからね。劇的に自分が変わったように思えることもあります。すると、信心はすごい、池田先生はすごい、となるでしょうね。一方で、エリート層からの受けは相変わらずよくないだろうな、とも思います。 ――日本が貧しくなればなるほど、創価学会は強いと。 研究所 結局、やっていることが泥臭いんです。選挙もずっとドブ板選挙で、地上戦に極めて強い。今でも自民党のキンタマ握っていますからね。そのあたりは、池田大作の政治的な嗅覚だと思います。 ――こういう質問をすると怒られそうですが、池田氏のXデーは、学会のみなさんは想定されているのですか? 研究所 学会の人間はしていると思います。話には出ますけど、大声では言わない感じです。「先生がいなくなった後は、私たちが頑張らないといけないよね」という話にはなりますね。 ――Xデー後の学会は、どうなると思われますか? 研究所 しばらくは変わらないでしょう。池田大作が作ってきたマニュアルを上層部がしっかり踏襲して、このままプア集団を受け入れていくと思います。ただ、やっぱり池田大作が出てきて講演すると盛り上がるんですよ。学会以外の人が聞いても、クソつまらないと思いますけど(笑)。 ――今年も講演はされたんですか? 研究所 声は聞きましたが、動く池田大作はまだ現れていません。もう3~4年、姿を見せていないです。だから、もうXデーは訪れているんですよ。池田大作がいないという想定で、いろいろなことが進んでいますから。急激な瓦解はないと思います。 ――最後に、研究所さんは脱会の意思はないのですか? 研究所 ないですね(即答)。学会員だということが、自分の中では面白いと思っていて。あと、学会員が使えることもあるんですよ。面倒くさい付き合いやコミュニティに入ってしまったときは、学会の話をするといいんです(笑)。みんな、パッと去っていきますから。今日早く帰りたいな、というときは、学会の話をすると、みんなのトーンが下がりますからね(笑)。非常脱出装置として使いやすいんです。 ――意外な活用法があるんですね(笑)。 研究所 みなさんも、ぜひお使いください。ただし、「あいつ、学会員だぞ」とウワサされることになりますが(笑)。僕は最初からレッテルが貼られているから、関係ないんですよ。 (構成=大山くまお)

ホンモノの殺人者たちが演じた戦慄の再現映像!!「彼はアカデミー賞を受賞することを望んでいた」

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『アクト・オブ・キリング』の製作に7年以上の歳月を費やしたジョシュア・オッペンハイマー監督。今も悪夢にうなされるそうだ。
 罪なき人々を1,000人以上も虐殺した殺人者を、1,200時間にわたって取材撮影した。それだけでも十分刺激的なのに、その殺人者と仲間たちに「どのように殺したのか、その様子を再現してくれませんか」と持ち掛けた。『アクト・オブ・キリング』は虐殺現場の様子を殺人者である本人たちが演じてみせたリアルすぎる再現ドラマと、その再現ドラマが作られていく過程を追ったメイキング映像で構成されたドキュメンタリー映画だ。本作で今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされた米国人のジョシュア・オッペンハイマー監督が、インドネシアで殺人者たちと過ごした7年間を振り返った。  『アクト・オブ・キリング』の中心人物は、ダンディさを漂わせたアンワル・コンゴなる人物だ。インドネシアでプレマン(英語のFree Manがなまったもの)と呼ばれる、地元のギャングたちのボスである。彼が大量殺戮を行ったのは1965年から翌年にかけて。当時のインドネシアではクーデター「9.30事件」が起き、スカルノ初代大統領(デヴィ夫人は第3夫人だった)からクーデターを鎮圧した軍部のスハルト少将に権力が譲渡されたばかり。不穏さが漂う社会状況の中、共産党関係者や権力側に反抗的な態度を見せた者、中華系の移民たちは次々と私刑に処せられていった。犠牲者の数はインドネシア全土で100万人に及ぶとされている。軍隊や警察に代わって汚れ仕事を請け負ったプレマンや民兵のリーダーたちは罪に問われるどころか、街の実力者となって現在に至っている。ジョシュア監督が取材撮影を申し込むと、彼らは映画スターさながらに颯爽としたいでたちでカメラの前に立ち、自慢げに武勇伝を語り始めるのだった。 ──ピーター・ウィアー監督、メル・ギブソン主演映画『危険な年』(84)はスカルノ政権末期に起きた「9.30事件」を描いていましたが、クーデター後に100万人もの市民が虐殺に遭ったことは本作を観るまで知りませんでした。同時期に起きたベトナム戦争に比べ、あまりにも歴史の影に埋もれているように感じます。虐殺が起きたことは、インドネシアではタブー扱いされていたんでしょうか?
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針金を使った殺戮シーンを再現してみせるアンワル・コンゴ。新聞社の屋上で、共産党関係者とおぼしき人物は次々と処刑されていった。
ジョシュア いや、インドネシアでは誰もが知っている公然たる事実です。問題があったとすれば、それは海外での報道の仕方ですね。米国では「グッドニュース」として扱われたんです。NYタイムズやタイム誌などは「西側諸国にとって最高の状態」「アジアで光が差した」という見出しで報道しています。何千人も虐殺され、死体を捨てられた川が血で真っ赤に染まった写真と一緒にですよ。当時の米国はベトナム戦争を積極的に進めた時期で、日本も軍事的ではないにしろ、そのことを支援していましたよね。中国に続いてベトナムが共産化すれば、次はインドネシアが危ない、その次はオーストラリアだと。次々とドミノ式に共産主義が広まることを西側諸国は懸念したわけです。それで明らかな虐殺であるにもかかわらず、「グッドニュース」として報道された。あまりにもナンセンスすぎて、このニュースは西側諸国の人間たちの記憶から忘れ去られてしまったんです。 ──1,000人もの市民を虐殺したアンワル・コンゴに出会うまでに40人の殺戮者たちに会ったそうですね。取材しながら恐怖や危険は感じませんでしたか? ジョシュア あまりにもダークなものに非常に近づいて、しかも長時間一緒に過ごしたんです。身の危険というよりは、精神的なダメージのほうが大きかったですね。それは僕だけでなく、一緒に現場にいたスタッフたち全員に言えることでした。身の危険を感じたのは『アクト・オブ・キリング』で殺戮者たちを取材する前の段階、犠牲者たちの遺族を取材していたときでした。インドネシア軍に撮影機材を奪われ、スタッフが拘束されたりと執拗に妨害を受けたんです。取材に応じた遺族にも危険が及ぶため、それで逆に殺戮者側を取材することに方向転換したわけです。 ──アンワルと一緒に殺戮の指揮を執っていたアディ・ズルカドリが途中から撮影に参加するシーンは、観ている側もハラハラしました。「この映画が完成したら、共産党が悪ではなく、我々が残虐だと思われるぞ」とアディは撮影をやめさせようとしますね。 ジョシュア えぇ、確かに危険な状況でした。アディは「監督のジョシュアは実は共産党員じゃないのか?」とみんなに言いだしたんです。このままでは撮影が中断してしまう恐れがあったので、アディに対して「何か問題があるのなら、他の出演者たちにではなく、僕に直接言ってほしい」と頼みました。それで、何とかその場は収まったんです。他にもインドネシア副青年スポーツ相のサヒヤン・アスマラが「政治家としてのイメージが悪くなる恐れがあるから、撮影を一度ストップしてくれ」と言ってきたときは、僕らを一個小隊が取り囲んだ状況でした。このときも危険を感じました。でも、仮に僕が軍に捕らえられて撮影が中止になった場合、僕は国外追放で済んだと思いますが、取材撮影に協力してくれた現地のスタッフたちはもっとひどい目に遭うのではないかと、そのことが心配でした。ハラハラする撮影現場でしたが、僕自身は登山家のような心境だったんです。ロープ一本で高い山を登る際はどのようなルートをたどって山頂を目指すか常に考えますが、あまり下を覗き込みませんよね。ああいう感覚でしたね(笑)。
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渋谷にある配給会社トランスフォーマーにて取材。「9.30事件」の体験者であるデヴィ夫人と対談するなど、日本で精力的にパブ活動に努めた。
■『ザ・コーヴ』は人種差別的。僕はあんなふうには撮らない ──この映画の存在を最初に知ったときは、2010年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『ザ・コーヴ』(09)のような映画だと感じていました。米国人の監督がアジアのある国にやってきて、その国の隠された暗部をカメラで暴くという図式だろうと思ったんです。でも、この映画は“匿名”という形でインドネシアの方たちが多く参加し、何よりも殺戮者たちの心の暗部にまでジョシュア監督が踏み込んでいる点が『ザ・コーヴ』とは大きく異なっていますね。 ジョシュア そう言ってもらえると、うれしいです。『ザ・コーヴ』の監督とは面識はありませんが、あの映画は、僕は人種差別的だと思います。観ていて不愉快でした。僕だったら、あんなふうには撮らない。日本人の中にもイルカ漁に反対している活動家はいるはずです。そういう人を見つけてきて、イルカ漁問題にどのように対処するかを日本人と一緒に考えるという内容にしたほうがもっと効果的だったのではないでしょうか。『ザ・コーヴ』は米国人の監督が米国向けに作った作品でしたが、『アクト・オブ・キリング』は違います。当初、インドネシア政府は米国人の監督が作った映画として本作を無視しようとしていましたが、インドネシアの人たちが「この映画こそがインドネシアをきちんと描いている」と評価してくれたんです。実名を公表すると暴力に晒される危険があるため“匿名”となっていますが、60人ものインドネシアの方たちがスタッフとして参加してくれました。共同監督のひとりも“匿名希望”となっていますが、その人物とは取材撮影中に重要なディスカッションを重ね、また1年半に及んだ編集期間中は住居をロンドンに移してまで協力してくれたんです。映画の企画も、そもそもは殺戮の犠牲となった方たちの遺族やインドネシアの人権委員会に頼まれたもの。彼らが直接行動に移すと危険なため、代わりに僕が映画を撮ったという形なんです。『アクト・オブ・キリング』はインドネシア映画だと言っていいと思います。 ──本作の主人公であるアンワルという人物について教えてください。かつては冷酷な殺戮者として鳴らした一方、粋なファッションを着こなすダンディさがあり、また孫を可愛がる好々爺という一面も持ち合わせている。ドキュメンタリー監督は取材対象者と長期間にわたって密接な時間を過ごすことで、心を許し合う関係になっていくと聞きます。ジョシュア監督は、彼とそのような関係になっていったのでしょうか? ジョシュア 映画を撮影する際、ひとりの人物を誠実に描くには、その人物と近しい存在に自分がならなくては無理だと僕は考えています。誰かと親しくなるには、自分の想像力や共感や思いやりを通して近づくしかありません。言い換えるなら、もし自分が彼の立場だったらどうだろうと考えることで、心の距離を縮めることができるわけです。自分のことを理解し、心を開いてくれる人間を、相手は受け入れてくれるのではないでしょうか。ドキュメンタリー製作者の中には「客観的な立場から描かなくてはいけない」と主張する人もいますが、僕はそう思いません。例えば地図を描くとか法律で犯罪者を裁くとかは距離を置くことで冷静な判断をすることができるかもしれませんが、映画づくりは相手と距離を置いていてはできません。撮影取材中、僕はアンワルさんとずっと一緒に過ごし、アンワルさんは僕に対してすべてオープンに話してくれる関係になっていきました。だからこそ、普段の姿も隠さず見せてくれたし、悪夢に悩まされていることを打ち明けてくれたんです。食事も一緒にしていましたし、今でも連絡を取り合っていますよ。
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孫の前では笑顔を見せるアンワル・コンゴ。自分たちがやったことを包み隠さず後世に伝えたいと、映画出演に積極的に応じた。
■殺戮者は、自分から殺される役を演じ始めた ──最初は自慢げに武勇伝を再現していたアンワルは、殺された側を演じたことで顔色が変わり、罪の意識を訴えるようになっていきます。犯罪者の更生システムに似たような心理療法がありますが、意識しましたか? ジョシュア 答えはノーです。今回の撮影で何かを参考にしたということはありませんし、僕から「こういうシーンを撮ろう」と誘導することもしていません。あくまでも、彼らが「こんなシーンを撮ろう」と言いだすのを待って、彼らがそのシーンを自由な形で再現する様子をカメラに収め、撮影したシーンを彼らに見せ、さらに次のシーンに移る、ということの繰り返しだったんです。映画でも触れていますが、アンワルさんは僕と会った初日に、自分がやった過去に対してトラウマを抱えていることをほのめかしたんです。「トラウマを忘れるために酒を呑み、ドラッグをやり、踊るのだ」と言ってカメラの前で踊ってみせたんです。その踊っているシーンをよく見てもらえると分かると思いますが、踊っているアンワルさんの首には針金が巻いてあるんです。会った初日からアンワルさんは「彼らがどのように息絶えていったのか演じてみせよう」と自分から首に針金を巻き付け、殺された側も演じてみせたんです。 ──なるほど、それで41番目に出会った彼が、映画の中心人物となっていったわけですね。 ジョシュア アンワルさんと出会ったことで、僕は初めて分かったんです。彼らが自慢げに過去の殺戮を語ってみせるのは、自分が犯したことが過ちだったと気づいているからこそ、その事実をごまかすために自慢しているんだと。コインの裏表と同じように、彼らは自慢しながら同時に悔恨しているのではないかと考えるようになりました。アンワルさんは初日から悪夢に悩まされていることを打ち明けてくれました。さらにはどのような悪夢を見ているのか、その夢の様子も再現してくれたわけです。とても興味深く、もっと掘り下げたいという気持ちも抱きましたが、僕から誘導するようなことはしていません。先ほど犯罪者の更生システムに似ていると指摘されましたが、もし僕が心理セラピストだったら、患者に対して100%の忠実さで対応していたでしょう。でも、僕が忠誠を誓ったのは遺族側や人権委員会に対してです。その点でも違うと思います。また、殺戮者が懺悔するという方向に僕から誘導していったのなら、もっとセンチメンタルでイヤらしい終わり方になっていたと思います。僕はそうならないよう、抗いながら映画の終わり方を模索し続けました。 ──本作は今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされました。本作がアカデミー賞を受賞することをアンワルは望んでいたと聞いています。それは「自分が主演した映画がアカデミー賞に選ばれた」という名誉欲からではないんですね? ジョシュア 俳優賞ではないので、彼個人がオスカー像をもらうことは当然なかったわけです。でも、彼は『アクト・オブ・キリング』がアカデミー賞に選ばれることを望んでいました。自分の物語を世界中の人たちに知ってほしいという思いが強かったんです。『アクト・オブ・キリング』という作品に参加したことに彼はとても意義を感じ、映画ができあがったことに感動していたんです。もちろん、それは自分たちが過去にやった行為が犠牲者の遺族や社会に対してどういう意味があったのかを受け入れた上でのことです。 ──『アクト・オブ・キリング』は、決してインドネシアだけの物語ではないと感じました。どの国でも今の政治体制ができあがる際に汚れ仕事を請け負う人たちがいたし、汚れ仕事を請け負った人たちは、望むと望まざるともかかわらず、裏社会の顔役になっていったわけですよね。 ジョシュア 同感です、僕もそう思います。さらに言えば、過去の物語でもありません。例えば、僕たちが着ているシャツなどの衣服の多くは南半球側の発展途上国の工場で作られたもので、そこで働く人たちは、それこそアンワルさんのような汚れ仕事を請け負う怖い人たちに脅されながら労働しているわけです。インドネシアでは昨年の10月、安い賃金で衣服を作っている労働者たちがデモ行進したところ、先頭を歩いていた人が権力側に雇われたギャングに凶器で殴りつけられるという事件もありました。『アクト・オブ・キリング』で描かれた支配構造や暴力の図式はインドネシアや遠い国だけの問題ではなく、日本も含めた先進国も関係していることなんです。 (取材・構成=長野辰次/撮影=名鹿祥史) aok_sc_03.jpg 『アクト・オブ・キリング』 製作総指揮/エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォーク、アンドレ・シンガー 製作・監督/ジョシュア・オッペンハイマー 共同監督/クリスティーヌ・シン、匿名希望 配給/トランスフォーマー 4月12日(土)より渋谷イメージフォーラムほか全国順次公開  (c) Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012  <http://www.aok-movie.com> ●ジョシュア・オッペンハイマー 1974年、米国テキサス州生まれ。ハーバード大、ロンドン芸術大学で学ぶ。10年以上、政治的な暴力と想像力との関係を研究するため、民兵や暗殺部隊、その犠牲者たちを取材してきた。サンフランシスコ映画祭ゴールド・スパイア賞を受賞した『THESE PLACES WE’VE LEARNED TO CALL HOME』(97)、シカゴ映画祭ゴールド・ヒューゴ賞を受賞した『THE ENTIRE HISTORY OF THE LOUISIANA PURCHASE』(98)、本作の共同監督であるクリスティーヌ・シン監督とコラボした『THE GLOBALIZATION TAPES』(03)などを監督してきた。本作は2014年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされたほか、ベルリン映画祭エキュメニカル審査員賞&観客賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭最優秀賞など世界各国の映画祭と映画賞で数多くの賞を獲得している。現在は息子を殺した男に立ち向かう家族を追ったドキュメンタリー『CO-EXISTENCE(仮題)』を製作中。

プロレスラーで俳優でヘヴィメタ歌手!? “謎の女装外国人”Ladybeardちゃんの正体を探る

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最強外国人、現る。
 最近、Twitterなどでちょくちょく写真を見かける、ヒゲ&胸毛モッサモサで女装(セーラー服やチアリーダーの服)をしたマッチョな外国人。  「Ladybeard」(ヒゲ女!?)と名乗るこの外国人、とにかくビジュアル的にインパクト抜群なので、写真がネットで拡散されまくっており、知名度はやたらと上がっているものの、要は何をやっている人なのか……というのを把握している人は少ないんじゃないでしょうか。  よく見るとやたらとイケメンだし、それなのに仕草は妙にカワイイし……謎の女装外国人・Ladybeardちゃんを直撃しました! *** ――Twitterなどでやたらと写真を見かけますが、みんな何者なのか分かっていないと思うので、まず自己紹介をお願いします。 「私は『げんきプレゼンター』というパフォーマーです! 皆さんをLadybeardのことでたくさん元気あげるしたい! 今はプロレスと、面白いモデルと、歌手のことをたーくさんシマス。私のミュージックスタイルは『カワイイ・コア』といいマス。カワイイ日本語のポップソングのヘヴィーメタルカバーをしているから『カワイイ・コア』といってマスネ」
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メイド服も似合ってます。
――日本へは、いつ来たんですか? 「日本へは去年の10月に来マシタ。その前は香港に住んでマシタネ。香港でプロレスをやったり、俳優をやったり、アニメの声優をしたりしてマシタ。『機動戦士ガンダムAGE』とか『天元突破グレンラガン』とか『バッカーノ!』とかに出演しましたネ」 ――えっ、声優も!? しかも、結構な有名作品に! 情報が多すぎて、いきなり混乱してますが……生まれはオーストラリアですよね、どうして香港に? 「オーストラリアで役者をやってたんですケド、スタントの先生がジャッキー・チェンのスタントマンだったデスネ。それで先生に『キミは香港に行くベキ』と言われマシタノデ、23歳の時に香港に行きマシタ」 ――女装は、いつ頃から? 「女の子の服は昔から好きで、15歳の時に妹のドレスを借りてパーティーに着て行ったら、みんな喜んでハイテンションになりマシタね、ハイ。すごくうれしかった! それで、香港でプロレスを始める時に、キャラクターを決める必要があって、ヒゲを生やして女の子の服を着た『Ladybeard』というキャラクターを考えマシタ」 ――あ、もともとはプロレスのキャラクターだったんですね。
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素顔はかなりイケメン。
「ほかのプロレスラーに言ったら微妙な反応でしタガ……(笑)。女の子の服を着て、汚い言葉遣いでしゃべるキャラクターなんで、初めての試合の時、みんなに嫌われるだろうと思ってたんデスケド、みんな喜んでくれましたネ。『カワイイ~』って! それから、香港で1番人気のプロレスラーになりマシタ」 ――えーっ、人気ナンバー1・レスラー!? スゴイじゃないですか。 「イヤ、そうでもナイネ。日本にはたくさんのプロレスの会社(団体)があってとても人気ですケド、香港はひとつの会社しかなくて、プロレス自体の人気があまりありマセン」 ――ああ、香港プロレス界で人気でも、あまり一般には知られてないという……。 「そうなんデスネ(笑)」 ――プロレスとともに、音楽もやっていたんですよね。
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こんな格好でシャウト!
「もともとはヘヴィーメタルの歌手になりたかったんデス。でも、スクリームの仕方(デスボイスの出し方)が分からなかったんで、ヘヴィーメタルシンガーはダメね。それから香港で声優の仕事をやるようにナッテ、スクリームを習いました。それでバンドをやるようになったンデス」 ――だったら普通にヘヴィーメタルをやればいいと思うんですが、どうして女装でポップソングのカバーを? 「1番好きのミュージックは、ポップソングのヘヴィーメタルカバーなんデス。アメリカのバンドは大抵、1曲くらいはポップソングのカバーをしてマスネ。だから、香港にいた時から広東語のポップソングを聴いて『この曲はすごくキャッチーでいいメロディ、誰かメタルカバーしないかな?』と思ってたんデス。でも、誰もやらないから自分でやりマシタネ」 ――あ、最初は香港の曲をカバーしてたんですね。日本の曲をカバーしだしたきっかけは? 「2011年に日本で『カワイイ・コア・ツアー』をしましたネ。その時に日本の曲をカバーしまシタ。宇多田ヒカルの『First Love』、AKB48の『ヘビーローテーション』、浜崎あゆみ『evolution』、嵐の『Love so sweet』、それと『おどるポンポコリン』」 ――すごいラインナップですねぇ~。日本のツアーではウケたでしょう。 「すっごく喜んでくれマシタ! 日本人、私のミュージックのスタイル大好きだったネ。だからココに住みたいって考えマシタネ。それで2年間、日本語の勉強をシテ、去年の10月に日本に来まシタ」 ――去年の10月に来たばっかりなのに、いきなりいろんな仕事をしていますよね。 「すごくたくさんですネ。忙しいけど、すごくラッキーです」
――セーラー服おじさんと出演した、早稲田塾のCMも話題となりましたね。 「セーラーさんと初めて会った時はビックリしました、日本にもこんな人がいるンダって。とってもカワイイ~! 2人でスクールガールの格好をして原宿でフォトセッションをしたんデスガ、歩いている人たちがミンナ写真を撮りたがって『カワイイ~!』って言ってくれマシタ。日本はみんな受け入れてくれるカラ、うれしいデス!」 ――今後、日本でこんなことをやっていきたい……みたいな目標ってありますか? 「音楽もプロレスも両方大好きダカラ、ライブの途中に悪役プロレスラーが登場して、戦って……ミタイナ、音楽だけではなく、ほかのパフォーマンスも取り入れたライブをやりタイデス。今も、歌いながらヌンチャクを振り回したりトカ、人形と一緒に歌ったりトカしてますケド、もっともっと大きい舞台装置、たくさんのキャストを使って、サプライズをいっぱい入れた、いろんなエンターテインメントを組み合わせたショウをやりたいデス。それと映画も撮りたい!」 ――映画!? どんなストーリーなんですか?
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「楽シカッタヨ!」
「まだ考えてませんケド(笑)。特撮で怪獣と戦いたい! 『Ladybeard VS ゴジラ』とか、いいと思いマス!」 ――紅白歌合戦には興味ないですか? 「コウハクウタガッセン?」 ――日本のニューイヤーズ・イブにやる大きなライブなんですが、AKB48や嵐、きゃりーぱみゅぱみゅも出てるんですよ。 「オーイエー! スゴーイ! 今年出たいデス!」   ***  紅白歌合戦にはジェロやシンディー・ローパーも出場してるんだから、レディビアちゃんにだって出場するチャンスはあるはず!  うまくいけば、きゃりーぱみゅぱみゅ級のポップアイコンになれそうなレディビアちゃん(うまくいかなくても変な外国人枠には入れそう!)、今後も注目していきますよ! (取材・文=北村ヂン) ●LadyBeard出演イベント『セーラー服おじさんとインパクトおじさんたち』 4月6日(日) Open 12:00/Start 13:00/End 15:00 (予定) @東京カルチャーカルチャー 詳細はこちらから <http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_140307204523_1.htm>

『ジャッカス』のテレビ版が終わった真相とは?「局側が決めたルールを僕らは呑めなかったんだ」

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『ジャッカス』シリーズの顔であるジョニー・ノックスヴィル。全米では知らない人はいない超人気スターだ。
 仮設トイレごとバンジージャンプして全身ウンコまみれになるわ、牛の精液を一気飲みするわ、常に体を張った過激なギャグをカマしてきた『ジャッカス』。放送コードや映画倫理なんかクソくらえとばかりに、ジャッカスのメンバーたちがお下劣ネタの数々に挑戦する姿はある種のすがすがしさ、何事にもとらわれない荘厳さすら感じさせる。2000年に米国の有料ケーブルTV「MTV」の番組として人気に火がついた『ジャッカス』。さらにスケールアップした劇場版はどれも全米で大ヒットを記録した。劇場版第4弾となる最新作『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』はジャッカスの中心メンバーであるジョニー・ノックスヴィル主演のロードムービー仕立て。86歳のおじいちゃんが8歳になるかわいい孫を連れて、父親探しの旅に出るという内容だ。「もしかして感動作?」と思わせておいて、特殊メイクでおじいちゃんに化けたジョニーと子役が、行く先々で一般市民にドッキリを仕掛けていく。妻の死体を土葬するのを引っ越し業者に手伝わせたり、ストリップバーでチンコをぶらぶらさせて大騒ぎするなど、相変わらずのやりたい放題ぶりである。来日したジョニーに日刊サイゾーは単独インタビューを敢行。「お笑いとメディアの関係」についてジョニーに尋ねたところ、ものすごく真剣に答えてくれたのだ。 ──全米を代表するドル箱スターでありながら、常に体を張り続けるジョニーさんにお会いできて光栄です。 ジョニー いやいや、とんでもない。僕も大好きな日本にまた来ることができて、とってもハッピーなんだ(笑)。 ──これまで、とことん過激な笑いを追求してきた『ジャッカス』ですが、今回はロードムービー仕立て。過激さの追求よりも、一般の人たちがジャッカス的な笑いを目撃した瞬間のリアクションの面白さに比重を置いています。これまで以上に過激なネタに挑み続けると体が持たない、観客もドン引きしちゃうよということからスタイルを変えたんでしょうか?
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ハートウォーミングなロードムービーに見せかけて、ジジイとクソガキのコンビでとんでもないドッキリを仕掛けまくる。
ジョニー う~ん、決してそういうわけじゃないよ。僕は体を張ったネタが大好きなんだ。体を使ったギャグは国境を越えて世界中の人たちを楽しませることができると思っているしね。でも、今回は新しい試みとして、ドラマとドッキリを融合させたものに挑んでみたんだ。おじいちゃんと小さな孫という誰からも愛されるキャラの2人組が、とんでもないことを各地でやらかすというね(笑)。それでドラマ部分を先に撮影して、いつもの体を張ったネタは後半2~3週間に回したんだ。というのも体を張ったネタで大ケガしてしまうと撮影中止になっちゃうからね。それで子役のジャクソン・ニコルくんと一緒にドラマ部分を先に撮っていたら、予想以上におじいちゃんと孫が旅を通して絆で結ばれていく様子がいい感じで撮れちゃったんだ。ドラマ部分を生かすために、お笑いの部分がちょっぴり控えめになったかもしれないね。 ──作品としての完成度を高めるためにお笑いとドラマ要素の配分に気を遣ったけれど、新しい笑いに挑戦し続けるというスタンスは変わらないわけですね。 ジョニー うん、そういうこと。過激なギャグはもうやりたくないとか、そういうことではないんだ。いつもほどの大ケガじゃなかったけど、今回も肩を痛めたし、ヒジ骨折したし、指のケガで2度手術したしね。でも、僕はそういったスタントによるギャグはやめようとは思わない。今でも新しいネタを考えているところだよ。 ──今日はジョニーさんに折り入ってお聞きしたいテーマがあるんです。最近の日本では、ちょっと過激なお笑い番組やドラマがあるとBPO(放送倫理・番組向上機構)という査問機関に視聴者が通報するか、スポンサー企業にクレームが寄せられ、BPOが具体的に審議する前に番組製作者が放送内容を自粛してしまうという状況に陥っています。『ジャッカス』にも相当のクレームがあったと思いますが、製作者でもあるジョニーさんは、どのように対応していたんでしょうか?
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いつもは陽気なジョニー兄貴だが、自分たちの命懸けの笑いを政治家が利用したことには怒り心頭なのだった。
ジョニー (通訳に質問内容を2度聞いてから)ゴメン、ゴメン。マジメな質問のようだから、確認させてもらったよ。そうだね、米国でもやっぱり同じような状況なんだ。番組内容に不快感を覚えた視聴者からのクレームって、やっぱり来るんだ。査問機関に訴えるまでしなくても、クレームが高まれば、放送内容は自粛することになるし、番組は中止にもなる。これは米国でも一緒だよ。『ジャッカス』は、もともとは(放送規制の少ない)有料ケーブルTVで放映されていたわけなんだけど、苦情が多かっただけではなく、『ジャッカス』のネタを真似した視聴者がケガをするというよろしくない事態が起きてしまった。このことに対し、コネチカット州の上院議員であるジョセフ・リーバーマンってヤツが『ジャッカス』のことを執拗に攻撃してきて、放映反対運動が起きたんだ。問題が起きてから10カ月後、MTV側が『ジャッカス』に対していろいろと厳しいルールを課することを決めてきた。MTV側が決めたルールは僕らが納得したものではなかったし、僕らはそういったルールの中でネタをやることに抵抗を感じたんだよ。『ジャッカス』のテレビ放映が終了したのには、そういう経緯があったんだ。 ──それで『ジャッカス』はテレビから劇場版へと表現の場を移したわけなんですね。 ジョニー 『ジャッカス』のテレビ放映が終わった真相をもうひとつ言うなら、その年が選挙の年だったということもあるんだ。政治家ってヤツらは選挙が近づくと、やたらとハリウッドを攻撃してくるんだよ。犯罪や教育問題と違って、ハリウッドを攻撃しても実のある答えはないことが分かっていながら、ヤツらはやるんだよ。人気番組や人気タレントを叩くことで、マスコミに取り上げられようとするんだ。 ──純粋な笑いを追求する『ジャッカス』と違って、政治家の言動って動機が不純だなぁ。『ジャッカス』のお笑いに対するポリシーについて教えてください。もし、メンバーの誰かが今までにない超おもろいネタを考えついたとします。でも、そのネタがあまりにも社会的モラルから逸脱している場合はどうしますか? ジョニー 僕らはお笑いに関しては、常に高い高いボーダーを掲げているよ。その高いボーダーをどう飛び越えていくか、そのことに僕らは懸命に取り組んできたんだ。面白いネタを誰かが考えついたら、何をおいてもまずやってみる(笑)。それは誰が考えついたネタかってことは関係ないんだ。誰が考えたネタであれ、みんなを爆笑させることが僕らの喜びだからね。え~と、劇場版の第1作で、お尻の穴にミニカーを突っ込んだネタは観た?
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特殊メイクで86歳のジジイに大変身。アカデミー賞メイキャップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされました。
──はい、肛門にミニカーを押し込んだまま、病院でレントゲン写真を撮ってもらう爆笑ネタでしたよね。 ジョニー そうそう(笑)。あのネタは、もともとはスティーヴォーが思いついたネタだったんだ。コンドームに入れたミニカーをお尻の穴に挿入したらどうなるかというね。でも、そのネタのことを知ったスティーヴォーの父親が「自分の息子がそんなバカげたことをするなんて許さん!」と激怒して、それでスティーヴォーは「親とは縁が切れない。俺にはできない」って言いだしたんだ。スティーヴォーは、ほかにもさんざんひどいネタやってるのに(苦笑)。でも、それはボツにするにはあまりにも惜しいネタだった。それでライアン・ダンが「じゃあ、俺が代わりにやるよ」ってミニカーを自分の尻に突っ込んだのさ(笑)。面白いネタがあれば、まずやってみる。体を張ったネタで、みんなを笑わせる。それが僕らジャッカスのポリシーなんだよ。 ──いい話だなぁ。全身ケガだらけだそうですが、体は大丈夫ですか? ジョニー 毎回、傷だらけになるからね。過去にはポコチン(※ここだけ日本語)を骨折したこともあるよ(笑)。あちこち痛いけれど、体当たりギャグはこれからもずっと続けていくつもりさ。 (取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)
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『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』 プロデューサー/スパイク・ジョーンズ、ジョニー・ノックスヴィル、ジェフ・トレメイン、デレク・フリーダ 監督/ジェフ・トレメイン 出演/ジョニー・ノックスヴィル、ジャクソン・ニコル 配給/パラマウント ピクチャーズ ジャパン PG-12 3月29日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー  (c) MMXIII Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved. <http://www.jackassmovie.jp> ●ジョニー・ノックスヴィル 1971年米国テネシー州生まれ。2000~2002年に米国の有料ケーブルTV「MTV」で放映された『ジャッカス』の中心メンバーであり、共同製作者。劇場版『ジャッカス・ザ・ムービー』(02)、『Jackass Number Two』(06)、『ジャッカス3D』(10)はどれも全米初登場1位となる大ヒットを記録。そして『ジャッカス/クソジジイのアメリカ横断チン道中』(13)はシリーズ最大のヒットとなる1億4900万ドルを稼ぎ出した。俳優としてファレリー兄弟監督の『リンガー!替え玉★選手権』(05)やアーノルド・シュワルツェネッガー主演作『ラストスタンド』(13)などにも出演している。

韓国現代史・最大のタブー 済州島4.3事件から考える、「被害者」と「加害者」の不確かな境界線

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 韓国で唯一の世界自然遺産・済州島。その美しい島には、年間1000万人を超える観光客が訪れる。だが、その絶景からは想像つかないような大量虐殺事件が起こったという“負の歴史”については、あまり知られていない。  済州島4.3事件――。1948年4月3日から1954年9月21日まで、済州島を舞台に繰り広げられた大量虐殺事件のことだ。  第二次世界大戦終了後、朝鮮半島は北側をソ連が、南側をアメリカが統治していた。アメリカ統治下の朝鮮半島南部では“単独選挙”が行われようとしていたが、済州島民はデモを起こしてそれに反対。1947年3月には、島民に対して警察が発砲し、6人が死亡する事件が起きた。  以降、島民と警察は感情的に対立。特に共産主義政党である南朝鮮労働党は、反警察活動を組織的に展開して、1948年4月3日に警察署を襲撃した。事態が深刻化すると、本土から送り込まれた鎮圧部隊が討伐を開始。鎮圧部隊は“アカ狩り”の名のもとに、一般島民を巻き込んだ無差別攻撃・集団虐殺を行ったのであった。当時、米軍は済州島を“赤い島(Red Island)”と規定したという。  4.3事件の犠牲者数は現在も正確にわかっていないが、『済州4.3事件真相究明と犠牲者名誉回復委員会』は、「暫定的に人命被害を2万5000人~3万人と推定」している。戦後の南北分断、韓国建国前後の複雑な国内情勢、そして冷戦構造が生んだ悲劇といえるだろう。  そんな韓国現代史・最大のタブーとされる4.3事件が、初めて劇映画化された。済州島の方言でジャガイモを意味する本作『チスル』は、韓国のインディペンデント映画動員記録を塗り替える大ヒットを見せ、釜山国際映画際で映画監督組合賞など4部門を席巻。アメリカのサンダンス映画祭では、韓国映画として初めてワールドシネマ・グランプリを受賞した。韓国、そして海外で絶賛された『チスル』は、満を持して3月29日より日本でも公開される(ユーロスペースほか全国順次公開)。  『チスル』を手がけた監督は、済州島で生まれ育った新鋭オ・ミヨル氏。「私の家系にも、この事件で犠牲になった人がいる」と語る彼に、韓国における4.3事件の実情、『チスル』の制作秘話、現在の日韓関係について、幅広く話を聞いた。 ――日本では、済州島4.3事件についてほとんど知られていません。韓国現代史のタブーともいわれていますが、韓国での認知度はどの程度なのでしょうか? オ・ミヨル監督 韓国の人たちが教育を通して、この事件を知ることはほとんどありません。今も多くの人にとっては“知らない事件”といえるでしょう。済州島でも事件に関する教育がほとんどないから、自ら知ろうとしなければ、あるいは教えてもらわなければ、事件のことはまったく知り得ない。教科書にも「4.3事件があった」くらいしか記載されていません。そういう無関心が、事件に関連した人たちに、さらなる傷を負わせているのが現状です。  とても対照的だと感じたのは、『チスル』の関係で光州市に行ったとき。光州では1980年に、民主化を求める市民が韓国軍と衝突して多くの死傷者を出した“5.18光州民主化運動”が起こっています。でもその事件に対して、光州の人たちはとてもオープンでした。政府が事件を反省し、今では光州が民主化運動の聖地となっているからでしょう。それに比べて済州島の人たちは、今も4.3事件に対して憎しみを持っており、60年前と何も変わっていないと思います。知っている人が少ないことからもわかるように、いまだに解決していない事件なのです。   ――なるほど。では、そんな4.3事件の惨事を世界に知ってほしいとの思いから、映画の制作に取り掛かったのでしょうか。使命感や責任感もあったのでは? オ監督 私はもともと責任感がない人間です(笑)。芸術家って、あまり責任感を持っていないじゃないですか。私自身、20代になるまで4.3事件を知らなかったし、関心もなかった。  でも、済州島で生活していると、生活のほとんどすべてが4.3事件と関係していることに気付いたんです。私が住んでいる場所も、事件のときに人が殺された場所であるし、済州国際空港の滑走路の下には、いまだに発掘されていない死体が眠っている。つまり、観光客が済州島に来たときは、墓地に降りているわけです。そんな身近で、生活の一部のような事件なのに、私はそれを知らずに過ごしてきた。だから『チスル』の撮影過程は、芸術家として自分自身を知っていく過程でもあったともいえる。自分のルーツとの出会いですね。
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オ・ミヨル監督
 もちろん、韓国政治に向けたメッセージという意味もあります。もともと4.3事件は、権力による犠牲という側面が強い。だから当然、政府は隠蔽しようとしてきた。金大中政権、盧武鉉政権になってようやくオープンになりましたが、李明博政権以降、つまり保守政権に戻って、またこの事件が埋もれようとしています。済州島民に“暴徒”という濡れ衣を着させようということもありました。済州島の人間として、非常に危険を感じたのも事実。そういうさまざまな思いが重なって、映画にしようと思ったのです。 ――映画を観ると、まず映像美に驚きました。また、劇中に映し出される洞窟は、当時逃げていた島民が実際に身を隠していた場所だと聞きました。 オ監督 私は『チスル』以前から、済州島で映画を撮影してきました。済州島の空間や空気感、その場所が持つ意味というのが、あまりに大きいことを感じていたからです。なので『チスル』でも、セットを使った撮影を最大限に避けました。実際の洞窟で撮影したのもそのため。空間も俳優なんです。済州という島には、風という俳優、波という俳優がいます。そういう場所が持つ意味が、とても大切な価値を持っている。  映像に関しては、済州島がもともと美しいという点に尽きます。誰でも写真を撮れば、上手に撮れますから(笑)。絵コンテはほとんど描かず、朝、現場に行ってから感覚で決めました。ありのままの済州島が美しいから、できたことだと思います。  でも、済州島が美しいからこそ、『チスル』はモノクロにしました。韓国の一般的な人は、済州島に「美しい場所」というイメージがあります。でもその美しさの裏に隠れている、悲しい物語を見ようとはしません。美しい景色で終わってしまうのです。そうならないように、人間が何かを美しいと感じる感覚の中で、最初に目に入る色を抜いたんです。 ――済州島の美しさと対照的に、残虐行為も描かれます。ただ、4.3事件の映画ということで虐殺シーンが多いだろうと勘繰っていましたが、思ったより少なかった印象もあります。 オ監督 確かに4.3事件を描くときに、虐殺シーンは意識せざるを得ない部分です。一般的に虐殺事件を語るときに、“何十万人”“何万人”という言葉をよく使いますよね。でも、『チスル』では、そういう抽象的な数字ではなく、生々しく具体的な個々人が亡くなった事実を重視しました。犠牲者数が多いから事件が大問題なのではなく、ある個人が権力によって殺されるということが、この事件の真の恐ろしさだと思います。結果として、映画がミニマムになってしまうかもしれない。でも、物語を持つ一人ひとりの人間が殺され、結果的に数万人も亡くなってしまうということを一番伝えたいと思いました。  それは、作品を通して亡くなった一人ひとりの魂を少しでも癒やしたかったから。この作品のテーマの一つは、犠牲者を慰霊すること。だから、作品自体をチェサ(祭祀=韓国の法事)形式で作りました。先にモノクロにした理由を述べましたが、韓国で法事を行うときは色物の服を着ないということも意識しました。 ――『チスル』は実際の事件を扱った作品ですが、あまりその歴史的背景が語られていないように思います。何かこう、考えさせる空白があるというか……。 オ監督 この映画を見ると、歴史映画でありながら、歴史的な背景についてはほとんど触れず、不親切な映画だと思います。そして、なぜ島民は殺されなければならなかったのか、なぜ死ななければならなかったのかという説明もほとんどしていません。  4.3事件の本質は、イデオロギーによって多くの人が犠牲になったというところにあると思います。でもこの事件に再び照明を当てるときに、イデオロギーの問題として語るのではなく、人間の問題として語るべきだと思いました。権力によって、誰にでも起り得る悲劇であること。自分自身とかけ離れた問題ではないということ。そんなことを伝えたかった。だから歴史的背景やイデオロギーをなるべく省いたんです。  4.3事件を人間の問題として見ると、亡くなった人だけが犠牲者ではないことに気づくはずです。当時、命令のために動かざるを得なかった韓国の軍人たちも、殺人を強制された面があると思います。人間の問題として、向き合うまなざしが必要だと考えました。 ――劇中、殺戮に反対する軍人を登場させたのは、そういった視点を持たせるため? オ監督 それは違いますよ。決して意図的ではなく、良心を持った軍人もいたという歴史的事実です。実際に軍隊から脱走して、街に逃げてきた軍人もいたんです。あまりに残酷なこと、不幸なことが多すぎて、これまで軍人の善行や優しさは見えずに隠れていたと思います。済州島でも、軍人はみんな“悪人”と考えてきました。でも、もしかしたら彼ら軍人も、殺害したくてしていたのではないかもしれない。加害者であり、被害者であったのではないでしょうか。 ――終戦後の分断が4.3事件に関係しているとすると、日本ともつながりのある事件だと思います。映画でも日本に触れるシーンがありますよね。 オ監督 歴史の話になると、韓国ではいつも日本が加害者です。韓国で暮らしていると、日本が加害者という感覚は一生変わることがないとも感じます。でも、私には一つの転機がありました。それは、何年か前に九州で、第二次世界大戦後の日本に関する演劇を見たこと。タイトルも覚えていないし、日本語での公演だったため詳細はわからなかったんですが、どうやら劇中で彼らは自分たちを慰労していた。私はそれを見て、戸惑い、驚きました。というのも、彼ら日本人が慰めるべき相手は、韓国人ではないのかと思っていたからです。でも時間がたって考えてみると、日本人も被害者だったということを理解できました。
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 実際に戦争当時、日本人もたくさんの被害を受けました。多くの方が亡くなっているし、終戦後も苦労は大きかったといえます。日本に何度も来て、交流してみると、一方的に加害者とはいえないと思いました。もしかすると、私は日本全体を見て加害者と考えていたのかもしれません。そうではなく、“人と人”で考えてみると、いずれかが加害者なのではなく、全員が被害者だったと思うようになりました。その衝撃がすごく大きかった。『チスル』のシナリオを書きながら、無意識のうちにそのときの影響が出ていたのかもしれません。 ――近年、日韓関係がギクシャクしていますが、この情勢をどうご覧になっていますか? オ監督 私自身、日本に行ったり、日本の人と会ったりする前までは、反日感情が少なからずありました。戦争のときに韓国で多くの国民が苦しんだので、そういう感情は持っていました。でも今は、人として日本人が好きになりました。友人もいます。    最近、韓国と日本の関係はよくないですが、絶対に人を恨んではいけないと思います。政策や歴史観による誤解から、感情的な対立が起きてしまっています。政治家の意見によって政策の大部分は変わりますが、一人ひとりの個人はそれよりももっと“賢い”。人の心は、政治で動かせるものではないと思います。会って、話してみれば、韓国人でも日本人でもいくらでも友人同士になれるはず。  逆にいうと、政治家の態度に問題があると感じます。歴史教育でもなんでも、何かと煽るじゃないですか。私は小学生のときに、「北朝鮮の軍人は狼みたいな顔をしている」という不幸な教育を受けた世代です。だから『チスル』を通じて、正しい教育を目指すきっかけになればと思っています。日韓の未来にとって、それはとても大切なことでは。それがクリアされれば、いくらでもお互い理解し合える。 ――日韓の間には、慰安婦問題、竹島問題など、いくつも問題があります。『チスル』がまた違った誤解を与えるのでは、という危惧はありませんか? オ監督 そういう見方をする人もいるかもしれません。でも、日本にはそうではない人も多い。問題は、誤解する人ほど騒いで、正しい見方をする人は騒がないということ(笑)。だから、騒ぐ人の言葉が全体を占めるとは思いません。それが日本の人と交流してきた私の実感です。大きな声に振り回される必要はないかと。 ――公開を待つ日本の映画ファンに、メッセージをお願いいたします。 オ監督 私は、日本の映画を観て育ってきた一人です。『めがね』『かもめ食堂』などの静かな映画も好きだし、今村昌平監督の『カンゾー先生』も。北野武監督の作品は、『菊次郎の夏』『座頭市』『HANA-BI』など、ほとんど全部観ています。日本の映画を観ながら、無意識のうちに多くの影響を受けたと思う。韓国映画は最近ハリウッド映画っぽく感じますが、私はどちらかといえば日本映画の影響が大きいかもしれない。日本の素晴らしい監督の作品を観てきたので、私も映画を通して何か少しでも恩返しができたらと思っています。  また、日本で公開されることに、とても意味があると感じています。日本には在日コリアンがいますが、その多くの人たちのルーツは済州島。彼らが日本に渡ってきた直接・間接的な動機、理由に4.3事件があります。その意味で、この物語は済州島に残っている人々だけの話ではないと思います。日本の歴史とも非常に密接な関係があるでしょう。この作品が、何か対話につながってくれればと思います。 (取材・文=呉承鎬) ●『チスル』 監督・脚本 オ・ミヨル/出演 ヤン・ジョンウォン、イ・ギョンジュン、ソン・ミンチョル、ホン・サンピョ、ムン・ソクポン、パク・スンドン、カン・ヒ 2012年/韓国/108分/B&W/DCP(5.1ch) 原題:지슬/英題:Jiseul/日本語字幕:根本理恵 (c)2012 Japari Film <http://www.u-picc.com/Jiseul/> ●試写会プレゼント 開催日:3月25日(火)17:00~ 場所:参議院議員会館 講堂(1F) 10組20名様をご招待。下記の応募フォームよりお申し込みください。 <http://www.formpro.jp/form.php?fid=54192>

「環境を整えれば、第2、第3の宮崎駿氏は生まれる」老舗アニメスタジオ創業者が語る、アニメ業界の今とこれから

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布川郁司氏
「パンプルピンプルパムポップン、ピンプルパンプルパムポップン!」  魔法の呪文で、どこにでもいる普通の小学生の女の子がトップアイドルに変身するという魔法少女アニメ『魔法の天使クリィミーマミ』をはじめ、『ニルスのふしぎな旅』『うる星やつら』『スプーンおばさん』『幽☆遊☆白書』『みどりのマキバオー』『BLEACH』『NARUTO』『キングダム』など、1979年の設立から現在に至るまで、コンスタントに人気アニメを制作し続けるアニメーションスタジオ・株式会社ぴえろ。  その設立者にして、現在、取締役顧問を務める布川郁司氏が、株式会社ぴえろ(設立当初は、株式会社スタジオぴえろ)立ち上げから現在に至るまでの歴史や、アニメ制作のリアルで生々しい裏事情を(ほんのちょっぴり)開陳した書籍が、『「クリィミーマミはなぜステッキで変身するのか?」-愛されるコンテンツを生むスタジオの秘密-』(日経BP社)だ。  本書は、上記のようなアニメ制作秘話的なエピソード、スタジオ運営の苦労といった、アニメファンなら気になるエピソードのみならず、現在、日本動画協会理事長の布川氏ならではの、アニメ業界に対する提言や問題提起も盛り込まれた「経営者・ビジネス的視点で語るアニメ業界本」という、なかなか興味深い内容となっている。そこで今回は、本書の内容に触れつつ、アニメ業界の問題点と今後について率直に語ってもらった! ■きっかけは、後進育成の精神から ──スタジオ経営者視点のアニメ業界本ということで、いろいろと興味深く読ませていただきました。まずは、本書執筆のきっかけを教えてください。 布川郁司氏(以下、布川) やっぱりアニメって、作るよりも見るほうがいいよね、とはよく言うんですが(笑)、その一方で何か作りたい、表現したいという若い人は常にいます。ただ、どう行動したらどうなるのか、というハウツーを示す人は今まであまりいませんでした。また、個人制作アニメは別として、映像作品を作る上でどうしてもお金の問題が付きまといますし、スタッフも必要となります。そこで、スタジオを作った経験がある自分から後の世代に向けて、現場からマネジメントに至るまでの体験を残しておいてもいいかなと思っていたところに、ちょうど日経BP社さんから本書のお話をいただきました。 ──個人的には、ぴえろ立ち上げ時にタツノコプロのスタッフが移籍するような形でやってきた、というエピソードについて、ご本人が詳細に語っているという部分が非常に興味深かったです。そのおかげで、当時はタツノコプロからだいぶ恨まれてしまったそうですが……。 布川 今はもうタツノコさんとは和解していますよ(苦笑)。ただ、やっぱりゼロから始めるスタジオにとって、キャリア、名声を積んだ方をどうコントロールするかというのは非常に大きなことなんです。アニメーションというのは数百人のスタッフで作るものですが、実際のところ、クオリティの素になるのはライターや監督、キャラクターデザイン、作画監督など、10人くらいのメインスタッフのキャスティング次第という側面があります。あとはスケジュールと資金と、どれだけ作業者を募ることができるか。そこを押さえれば、みなさんもすぐにアニメプロダクションを作れますよ。ただ、そのラインを敷く時には、当然生臭い話もあるわけです。お金がないなら、志で誘うしかないわけです(笑)。そこを読み取っていただければ。 ──そんなアニメ業界の「本音」が書かれた本書ですが、布川さんは文中で、クリエイターはモチベーションを維持するためにスタジオを転々と移動し、さまざまな作品に携わるということに対して、肯定的に言及しています。その一方で、株式会社ぴえろは、クリエイターを積極的に新卒採用し、社内に抱えるような動きもしています。 布川 当然、クリエイターとしての要求と会社の体制維持という両者が衝突する面もありますね。ただ、これは人材育成、人材教育につながってくる話です。結局、今は新人が学ぶ場がないんですよね。アニメの制作の数は腐るほどあるけど、やはりフランスで言うところのゴブラン(フランス・パリに存在するアニメーション校。『スペースダンディ』にも参加するロマン・トマをはじめ、多くの人材を輩出している)のような、スペシャリストを育成したり、学べる場が日本のアニメ業界には少ないんです。というのも、プロダクションが人材を育成するのは、非常にコストがかかることなんです。育成するための人材も割けないから、どうしても先輩の背中を見て育ってくれという部分があります。新卒採用は、その場を作るという意味合いもあります。  人材育成という意味では、個人でNUNOANI塾という講座も開いています。ハリウッドなどではプロデューサーや撮影マンが監督したり、ハリウッドスターがプロデュースをやったりと、それぞれの役割は固定されていない。でも、日本はあまりにも監督は監督、みたいに固定的です。そうではなく、映像を作る上でお金をどう集めてくるか、企画書をどう書くか、それをどこに持って行けばお金を持ってこられるのか、といったことができるプロデューサー、監督、演出家が今後のアニメ業界を考える上で必要だと考えています。そういう人材のために、大学や専門学校以外の場で伝えていきたいですね。 ■クールジャパン、その実態 ──近年、不況の影響もあり、アニメ制作における資金調達が困難だという話もちらほらと聞こえてきますし、本書の中でも資金調達の難しさについて言及されています。また、人材教育の機会が減りながらも、そのためのリソースも割きにくいということで、布川さんは今後のアニメ業界の制作体制に対する不安はありませんか? 布川 日本のテレビアニメ史は『鉄腕アトム』以降、もう50年もたっているわけですが、その間、何度も「業界はもうダメだ!」って言われつつ、何度も立ち上がってきました。別に、お上から助成してもらっているわけじゃありません。それって、すごいことだと思います。「まだやってるんだ」みたいなスタジオって、けっこうあるんです(笑)。自助努力でやっていくという業界全体の精神は、これからも変わらないんじゃないかなと思います。ただ、一つでもいい環境を後世に託そうとするならば、正直言って我々の業界だけじゃしんどいというのも事実です。  そこで今、日本動画協会の理事長をやっている関係で(3月で退任)、いろいろな場に行ってそういう話をしているのですが、なかなか我々の産業というものが理解されないんです。海外から言われるようになって、みんな「アニメ、アニメ」と言ってるけど、政府の人たちにはコンテンツ産業──特にマンガ、アニメ、ゲームについての知識がないと思います。フランスやアメリカのイベントで、何万人が来場したとか報道されても、外務省の人なんかは全然現場に来ませんからね。彼らは、そういう文化を、むしろ恥だと思っている節もあります。オタク産業とかコスプレとか言われても困ったもんだね、っていう空気なんだけど、今、世界中の若者がそういう文化の影響を受けていることは事実です。 ──輸出産業、クールジャパンと言いつつも、その程度の認識なんですね。 布川 それと、予算が単年度という点も厳しいです。コンテンツは、単年度の計画で成果を出すことは難しいんです。よく業界外から「アニメ業界に宮崎駿さんの後継者はいるんですか?」って質問されるんですが、継続的に若手のためにチャンスを作ってあげたら、第2、第3の宮崎駿さんのような人はいくらでも生まれると思いますよ。実際に才能がある人は、まだまだ日本にいるんだから。我々のような民間も、そういう人を育てていく努力をしないといけないし、行政側もそういう場を作りやすい社会を作らないといけないと思います。継続的な戦略でないと、人材は輩出されません。  もう一つ、今、日本のアニメは世界中で大量に違法ダウンロードされています。経産省の試算によると、単年度でアメリカで2兆円も奪われている計算です。今頃になってみんな騒ぎだして違法ダウンロードをなんとかしようとしているけど、遅きに失した感はありますが、ようやく官民一体となって撲滅させるべく動きだしました。ただ一つ言えるのは、現にメディアとしてダウンロードは存在している。音楽業界なんかは早い段階からYouTubeでバンバン曲を流して、ライブで生の金をつかもうという方向に転換しているから、我々アニメ業界もビジネスモデルをそういうふうに変えないといけないと思っています。  テレビからネットへとメディアが移行している今、次はどういうスタイルに集約されていくのかは分からないけれども、どのようにインフラを整備してコンテンツを誘導していくのか、ということは民間だけでは厳しいですよね。現在、ハードの進化が先行して、ソフトの権利確保が遅れている状況です。このままいくと、誰も作る人がいなくなっちゃうという不安があります。せっかく作っても、タダで奪われていく状況に、むなしさを覚える人もいるでしょう。そうならないように、今後出るものをどう有償化していくかをみんなで考えていかないと、映像業界全体が沈没すると思います。 ──海外のアニメファンの中には、「作品を応援したい」という善意から違法にアップロードされたアニメを見て、日本のアニメが好きになったというパターンも少なくはないそうです。ファン同士のつながりでアニメ文化が盛り上がる、という文化交流的な側面とは別に、日本のアニメ業界にお金が回ってこないという問題がありますね。 布川 そこに何か黒幕的に仲介する奴がいて、大儲けしているなら、そこを潰せばいいんだけど、そうじゃないからね。なんだかファンのボランティアみたいな形でやっているから。そういう意味で、あえて「奪われている」と言います。だから、これからのアニメビジネスは難しくなると思いますね。スタジオを立ち上げてお金がない、というのとは別の次元でね。 ■組むべきは、大企業よりも海外スタジオ ──テレビ、映画、パッケージ商品、ネット配信など、さまざまな形でアニメが視聴されるようになった現在ですが、布川さんはどんなメディアが理想だと思いますか? 布川 自分たちの作品が正当に評価を受けて、正当な報酬を受けられるメディアじゃないですかね。メディアというものをずっと対象として仕事をしてきたわけだけど、昔はテレビと映画しかなかったわけです。それがビデオが出現して、今はネット配信が出てきた。おそらく、そこ(ネット)が次のメディアの行く末なんでしょう。  今、グーグルなんかがスマートテレビを作っていますし、今後、国境なきテレビを作っていこうというのは戦略としてあると思います。我々は、そういう戦略を感じた上で物作りをしないと、全部奪われるだけになってしまうでしょうね。 ──今後、日本のアニメも、明確に世界をターゲットにした作品作りを意識する必要があると思いますか? 布川 日本ほど幅広いジャンルのアニメや漫画を持っている国は、ほかにはないと思います。毎週、「ジャンプ」(集英社)や「サンデー」(小学館)、「マガジン」(講談社)といった週刊漫画雑誌が発行され、合わせて数百万部も出ている。アニメの『サザエさん』も、45年も放送されている。おまけに深夜にアニメをやっている国なんて、ほかにないでしょ。こんなにアニメが好きな国は、稀有だと思いますよ。それが日本だけじゃなくて、海外に広がっていったという部分だけを見れば、非常に大きなマーケットになっていると思います。これから考えることは、そこでどういう世界戦略を取るかということです。うちだったら、現在も『NARUTO』が60カ国語で放送されているわけで、昔だったら考えられないことです。  最近はアニメスタジオが大手資本の傘下に入ることも増えてきましたが、うちもいい相手がいたら、いつでもタッグを組んでもいいと思っていますよ。まあ、現在代表取締役社長の本間道幸が独立独歩でいきたいという意志があるので、今のところはそういう予定はありませんが。とはいえこれからの問題として、マーケットが世界まで広がるならば、組む相手が日本の企業じゃなくてもいいんじゃないですか? ──最後に、今後ぴえろとしては、どんなアニメを作っていきたいですか? 布川 どんなアニメを作るか、というよりも、アニメを制作するラインを維持するということはけっこう大事なことだと思います。何を理想化するか、という個人の思惑はあるけれども、会社としては常にラインが維持されて、スタッフの才能がそこで発揮されることを願うばかりです。さらに作品がヒットすれば、よりうれしい。そして、いろんな人たちが評価を受ける、ということが一つの目標です。並の答えだけどね(笑)。  もう一つ、可能性として海外のスタジオとの合作をもっとやっていきたい。今までは海外との合作があったとしても、それはどちらかの下請けみたいなもので、合作とは言えないものが多くありました。でも、これからはお互いに企画を出し合い、それぞれの国の戦略でアニメをヒットさせるということを共同でやっていくという方法を模索したいです。 (取材・文=有田俊[シティコネクション]) ●NUNOANI塾 2014年度は4月12日(土)から開塾。現在、応募受付中。詳細はHPにて。 <http://nunoani-project.jp/head.html>