「思いっきりアカンのか、ハネるか」コント界のアストロ球団・天竺鼠がライブで放つ魔球

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左から川原克己、瀬下豊(撮影=後藤秀二)
 2013年の『キングオブコント』ではお寿司のかぶり物で登場、見たことのない世界を展開し、お茶の間をざわつかせた異能のコンビ、天竺鼠。川原が放り込む暴投気味のナックルボールを、苦笑いしながらもガッチリ受け止める瀬下。そのクセになるコントは、東京をジワジワと侵食しつつある。真逆な二人がコンビを組むきっかけから、単独ライブにかける思いまで、聞けば聞くほど分からない! 天竺鼠という現代の謎に迫る。 ――天竺鼠さんは毎回、単独ライブのタイトルが独特ですよね。「交通手段バイクの人限定ライブ」(2009年)とか。本当に信じてしまうお客さんもいたんじゃないですか? 川原 何人かいたそうです。吉本のほうに「あのう……歩きなんですが……」と問い合わせの電話があったと。考えてみたら、確認のしようがないですね。 ――「便秘のお客さん限定ライブ」(2010年)も、なかなか確認が難しい。 川原 それも何人かいらっしゃったようで、揉めたと……。でも、それも踏まえてライブですから。 瀬下 今回は「単独のタイトルはみなさんにおまかせします」ですから、みんないろいろ考えるんでしょうね。 ――「シュール」やら「独自の世界観」やらと表現されることが多い天竺鼠さんですが、そういう評価に対して、ご本人たちはどうお考えですか? 川原 いや、僕はすべてベタだと思ってやってますね。その基準もまた、人それぞれですからね。何がシュールか、何がベタか。僕は僕のベタをずっとやってるだけです。 瀬下 僕にとっては「シュール」というより、ホンマに分かりません。 ――謎なんですね(笑)。 瀬下 ホンマに意味が分からないんです。誰よりも先にネタを見るのは僕ですが、おかしくてずっと笑ってますね。だからネタ合わせというよりは、笑わないようにする練習。 ――お二人は高校時代からの付き合いと伺いましたが、なんというか……当時から、川原さんは川原さんでしたか? 瀬下 ちょっと、質問の意味が(笑)。川原は川原でしたよ。こんな感じで。ずっと変わってないです。 川原 小学校中学校は、ずっといじめられてましたよ。 ――周囲に理解されず? 川原 いじめられたというよりは、避けられてました。気持ち悪いって。 瀬下 こういうことを平気でラジオでも言うので、周りの雰囲気が暗くなったりしますけど、でもそういうのもコイツには関係なしなんです。 ――瀬下さんの第一印象は? 川原 真逆やったんです。こっち(瀬下)はグループ作って、ヤンチャしてはケラケラ笑ってた。僕は部屋で国語辞典を引いてるタイプの人間だったんです。一体何が面白いのかなと。 瀬下 こっちのセリフですよ。こいつの家に行って部屋をバッて開けたら、3人くらいで国語辞典開いてニヤニヤしてる(笑)。 ――変な言葉を調べて笑っていたんですか? 川原 違います。どちらかというと普通の、「テニス」とか。で、今度はテニスの説明にあった「隔てる」を調べて……と、暇つぶしの無間地獄です。 ――(笑)。そんな真逆のニ人がコンビを組んだんですね。 瀬下 地元の友達には、「意外といいのかもね」って言われます。 _MG_6858.jpg ――芸人を目指したきっかけは? 瀬下 もともとお笑いは好きでした。だけど芸人なんて頭にもなくて、僕は大阪に出て就職しました。でも、お笑い芸人を目指している川原を見ていたら、僕もめっちゃやりたくなって。 川原 僕はベタに高校の学祭ですかね。僕、野球部だったんですけど、先輩らがコントをやるって言ってて「川原、この台本見てくれ」って頼まれたんです。で、それが全然面白くなくて、全部変えた。全部変えたら、先輩たちが「え……分からん」ってなって、「じゃあ、お前出てくれ」ということに。 ――ちなみに、それはどういうネタだったんですか? 川原 なんだったかな……みんながラッツ&スターみたいに顔真っ黒に塗って出てるのに僕だけ塗ってなくて、だけど誰もそれを触れない、とか。 ――(笑)。反応はいかがでした? 川原 それが結構良かったんです。それから野球部の打ち上げのときは、「監督の話」「来賓の挨拶」と並んで「川原の漫談」を入れられるようになりました。だから、なんか前のめりで「僕にやらせてくれ」というよりは、そういう環境が増えていったという感じです。 ――お姉ちゃんが勝手にジャニーズ事務所に書類を送った的な。 川原 そうですね。 瀬下 フフフ(笑)。 川原 本当は、教室の隅っこでずっとニヤニヤしてるだけでよかったんです。みんなが悪ふざけしているのを見て、「今お前が出ろ」とか「お前は一言多かったぞ」みたいなことを思いながらニヤニヤしてたんですよ。それだけでよかったんですけど、今はそこに自分も入ったような状況ですね。 ――プレイングマネージャーですね。 川原 そう。だから、たぶんコントが多いんだと思います。もっとしゃべって笑かす感じだったら漫才をやっていたんでしょうけど、そうじゃなくて、「今こういうヤツが出てきたらオモロいのにな」みたいなのを脳みそで勝手に遊んでいて、それをいま、実際コントとしてやっているので。 ――瀬下さんはその川原さんの世界の住人として、突然ポンと置かれるわけですね。 瀬下 僕は誰よりも一般人としてそこにいるので、そのおかしな世界とお客さんとの橋渡しができればいいと思ってます。 ――お客さんの反応は、東京と大阪では違いますか? 川原 まぁ単独に関しては、大阪のお客さんのほうが免疫がありますからね。 ――免疫ですか? 川原 僕の中ではお客さんに「一体これはなんの時間だったんだろう」「何を見せられたんだろう」って首をひねりながら帰ってもらうというのが、一番のコンセプトなんです。でも、単独を何度かやっていくうちにだんだんお客さんが慣れてきて、どんだけ間を使っても変なことしても「なんの時間だろ」とは思わなくなってきてる。その分、東京はまだ単独をやっている数が少ないので、驚きも新鮮ですね。大阪のお客さんは、結構待ってくれてしまう。 _MG_6843.jpg ――これは何か来るなと。 川原 1時間のライブでオープニング20~30分出てこないという事態でも、お客さんはずっとニヤニヤして待っててくれるんですよ。いや、誰かに怒ってもらったり、「これなんの時間やねん」っていうツッコミを期待してるんですけど。それで、その日のアンケートを見たら「1時間出てこなくても面白かったかも」って、お客さんのほうが強くなってる。 ――耐性がついているんですね(笑)。ちなみに、そのオープニングの20分は何をされていたんですか? 川原 楽屋風景のVTRを流してて、今からですよ、お客さん入ってますよ、という状態で「よっしゃ行くぞ」「今から舞台行きます」っていうのを20分。タバコ吸ったり、「行きたくない」ってダダこねたりするのを、ひたすらお客さんが見てるという。基本的に、その単独でしか見れないというネタも多いですよ。賞レース向けに作るというのがないので。だから、単独どんだけやってもネタが増えないんです。 ――ライブで仕上げて賞レースで披露するという流れが、一般的かと思うのですが。 川原 単独2~3回やって、その中で一つ、マシなものができたらラッキーという感じです。 ――なんか……職人の仕事ですね。 瀬下 (笑)。 川原 確実にプロのやり方ではないですね。何も考えてないので。まるで子どものようです。 ――子どもがレゴで何か作っては片っ端から壊していくような。 川原 そうですね。最初からキリンを作ろうと思って作っているのではなく、色だけで選んでむちゃくちゃに作っていて、途中から「アレ……これってキリンになるかも」と発見するような。 瀬下 僕らは、ネタ合わせ自体をガッツリしないんですよ。縦の流れだけ確認して、ツッコミフレーズは自分で。川原は「俺がここでなんかやるから」「なんか言うから」って言うだけ。書面で台本もらったことないです。すべて口伝え。 ――去年(2013年)の『キングオブコント』のネタも、そうして生まれたんですか? 2本目の交通事故のネタが特に大好きです。 瀬下 あれは本当に音効さんがすごいんですよ。 川原 あのネタも台本がないので、何度か仕事したことある音効さんに来てもらったんです。その時その時で毎回違うから、本当に音効さんには申し訳なかったですね。全国ネットの生放送で。 瀬下 終わった後、泣いてましたよ。プレッシャーで。 川原 ブラマヨの吉田さんに「あれ、音効さんがお前に合わせて音出してんやろ?」って聞かれて、「はい」って言ったら怒られましたよ。「かわいそうすぎるやろ」と。 瀬下 確かに(笑)。 川原 僕は「全然間違っていいよ」って言ってるんですけど、音効さんは「(間違ったら)立ち直れないかもしれないと思っていた」と後から聞いて「ほんまにそうやな」と思いました。 瀬下 演者が一番緊張するはずなのに、音効さんのプレッシャーを考えたら、ちょっと自分の気持ちが楽になりましたもん(笑)。 ――そんな2013年の『キングオブコント』が堂々の3位。2008年の6位、2009年の7位から順位を上げてきました。 川原 あれ? まだ優勝してませんでした? ――ウィキペディアによると……まだです。 瀬下 ウィキペディア信じすぎでしょ! いや、そこは信じていいけど! _MG_6891.jpg ――決勝進出ならずだった2010年、11年、12年の3年の間に何か心境の変化はありましたか? 川原 最初に出させてもらったときは残ると思ってなかったから、それこそラッキーって思って、2回目もまた出られる、ありがたいなと。そこからちょっと、さっきの話じゃないですけど『キングオブコント』の決勝に残れるネタ、みたいなのが頭にチラついたんですね、作るときに。そこからダメになりましたね。(決勝に)残れなくなって、あぁもういいや!って吹っ切れたのが2013年でした。結局、何かに向けてネタを作っていくと、作り方がよく分からなくなってしまう。 ――肩に力が入ってしまうと。 川原 やっぱり好きなことしようっていう考えに戻ったときに、それが選ばれました。 瀬下 出てしまうんでしょうね、何かが。 ――そう考えると、今年の『ABCお笑いグランプリ』優勝がもたらしたものは大きそうですね。 川原 あれもネタ自体が好きなネタだったので、それがたまたま賞レース向けのネタになっていたという。 ――賞レースに向いているネタって、どういうタイプのものなのでしょうか。 瀬下 それが分かってたらね……(遠い目)。 川原 でも、10年間やってきて、やっとちょっとは分かってきましたよ。『ABC』の優勝は、ネタを選ぶ際に間違えずに出せた結果だと思います。賞レースのにおいみたいなものが。少しは大人になりました。 ――2014年の『キングオブコント』に向けて、何か秘策は? 川原 とにかくネタのセレクトを間違わないことですね。気を抜くと、好きなのばっかり持っていってしまうから。 ――ネタのセレクトで揉めることはないんですか? 瀬下 ないですね。川原は絶対的平和主義者だから、ケンカになりません。あと僕、野球部でキャッチャーだったので、受け止めるのが苦じゃないというのもある(笑)。まぁ(どのネタがくるか)予想はしてるんですけど、「あ、これなんや」っていうときも正直多いです。ちなみに1本目のお寿司のネタは「それなんや」系(笑)。あぁ全国の賞レースで、それきたかと。でもやってみないと審査員やお客さんの反応は分からないし、楽しいですよ。だってどっちかですから。思いっきりアカンのか、ハネるか。だから覚悟は決めやすいです。 川原 僕、たまになすびの格好してるんですけど、『キングオブコント』ではお寿司になったので、街で「あ! この間お寿司やってた、なすびの人だ!」って、よう分からんことになってました。 瀬下 川原どこいってん(笑)。 川原 でもね、みんなそうやってめちゃくちゃになったらいいかなと。何をしてるなんなのか。もう一体なんなんの? っていうのが最終的なゴールですね。この人らはこういう人らだっていうふうにならないように、ならないようにっていうか、皆さんの脳みそで「あれはこういうことかな?」と考えてもらえれば。僕がお客さんだったら、そうしたいから。 ――まるで宇宙の存在のような。 川原 宇宙に怒られますよ、お寿司してるだけなのに(笑)。 瀬下 「天竺鼠は宇宙」とか記事にされたら、いよいよ頭おかしくなったと思われる(笑)。 川原 時期が時期だけに、よからぬものを服用していると思われてしまう! そうじゃなくても、なすびとお寿司を見たおばあちゃんから「帰っておいで」と心配されてるのに。 瀬下 ガチのトーンでな(笑)。 (取材・文=西澤千央) ●天竺鼠単独ライブ「単独のタイトルはみなさんにおまかせします」 出演:天竺鼠 日時:2014年6月22日(日) 場所:ルミネtheよしもと 時間:19:00開場・19:30~21:00本番 料金:前2300円・当日2500円(全席指定) Yコード:999-050 ・チケットよしもと 予約・お問い合わせ(東阪共通) <http://ticket.yoshimoto.co.jp> TEL:0570-550-100 (お問い合わせは10:00~19:00) ・チケットぴあ <http://t.pia.jp/> Pコード:597-721 TEL:0570‐02‐9999 ・ローソンチケット <http://l-tike.com/> TEL:0570-000-407 Lコード:35212 ・イープラス <http://eplus.jp/> ●「なすびのたべれないフィギュア」 発売日:6月22日(日) ※数量限定発売 販売場所:よしもとテレビ通り なんばグランド花月店/よしもとテレビ通り 新宿店/よしもとプレミアムショップ <http://yoshimotoclub.jp/> 販売価格:1,200円(本体価格1,111円) 6/22(日)天竺鼠単独ライブ「単独のタイトルはみなさんにおまかせします」 公演終了後、「発売記念なすびとの撮影会」を行います(21:30頃からを予定しております)。当日、よしもとテレビ通り新宿店において「なすびのたべれないフィギュア」をお買い求めのお客様に「整理券」を配布いたします。 ※先着名様に達しましたら締め切らせて頂きますのでご了承ください。 ※フィギュアを複数ご購入頂いた場合も、整理券はお1人様1枚とさせて頂きますのでご了承ください。

『アイマス』愛を高らかに宣言する元タカラジェンヌ・彩羽真矢の、華麗なるガチオタ人生に迫る!

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撮影=後藤秀二
 今年4月、人気アイドル育成ゲーム『アイドルマスター』の楽曲に合わせて踊る男装の麗人の動画が、突如ネットに出現。あまりにも華麗な姿とキレキレのダンスに、「クオリティが高すぎる!」「かっこいい!」「リアルまこりんだ!(同ゲームに登場する、ボーイッシュなアイドル・菊地真の愛称)」などネットは騒然。動画は5月末時点で30万再生を突破している。  動画の主の名は、彩羽真矢。2004年に宝塚歌劇団に入団。男役として08年まで舞台に立った後、退団。その後はタレント、モデルとして活躍する女優だ。そんな華やかな世界で活躍する彼女は何を思って、「踊ってみた」動画をアップしたのだろうか? 単なる話題作りか。それとも、本物の愛情からなのか――。その真意を尋ねるべく、インタビューを敢行した! 彩羽真矢(以下、彩羽) 以前、サイゾーさんもFLASHゲームとか出されてましたよね? ──(取材に同席していた編集も忘れてた模様)そんなところまでチェックされているとは……。ということは、彩羽さんは、やはり本物のゲーマーなんですね。 彩羽 どうでしょうね……。でも、いわゆるRPGみたいなのは得意じゃなくて、音楽ゲームや育成ゲームを中心にプレイしています。とにかく、常にどこかにゲームがあるような状態で生活していますね。
──インタビューの前に撮影を行ったわけですが、本当に(『アイマス』の)真みたいでした! 彩羽さんは4月にニコニコ動画に「【踊ってみた】元・宝塚 彩羽真矢がGO MY WAY!!を踊ってみた【一発撮り】」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm23221788)をアップしたことで、ネットユーザーの間での知名度を一気に上げたワケですが(「GO MY WAY!!」はゲーム『アイドルマスター』の楽曲の一つ)、もともと『アイドルマスター』はお好きだったのでしょうか? 彩羽 宝塚に入ったばかりの20歳過ぎくらいの時から『アケマス』(2004年に稼働スタートしたアーケードゲーム版『アイドルマスター』の通称)をやってます。私が宝塚に入団したのも04年だったんですが、初舞台が終わってから次の公演まで3カ月くらい空いたんですよ。若手の頃は小さな公演とかに出られない場合もあるので、1カ月くらい間が空く人が多いんです。その時に海外に行ったりする人もいるんですが、その間、私は梅田のネットカフェに泊まって、カラオケとゲーセン通いしてました(笑)。 ──うははは! いきなり(笑)。 彩羽 はい。ただのオタク活動していました(笑)。そこで、出たばかりの『アケマス』に出会いました。まだオンラインでしたし、プレイヤーもたくさんいましたね。 ──ちなみに、最初に使ったキャラは誰ですか? 彩羽 雪歩ちゃんです(登場アイドルの一人・萩原雪歩のこと)。あのしおらしさがいいんですよね……。この子をどうプロデュースしたらトップアイドルになれるんだろうって考えながら、1年くらい育ててたんですが、ある日キャラクターの育成データを記録していたカードをなくしてしまったんです。それで大ショックを受けていた時に、春香ちゃんに出会ったんです(登場アイドルの一人・天海春香のこと)。それからずっと、春香ちゃんのP(プロデューサーの略称。ファンの間では『アイマス』プレイヤーのことをこう呼ぶ)です。 _MG_1663.jpg ──いきなり用語解説しないと一般読者さんには分からないトークがバンバン飛び出してますが(笑)、そこまで『アイマス』にハマった理由は? 彩羽 ただただ、私自身がアイドルになりたかったからです。“自分は宝塚にいるからアイドルになれない代わりに、アイドルをプロデュースしよう”という感じでした。実は小さい頃からずっと、アイドルとかモデルみたいなきらびやかな職業に憧れていたんです。小学校の頃はずっと「セーラームーン」になれるって思って生きてましたし、中学生の時はSHAZNAなどのヴィジュアル系にハマりつつ、モーニング娘。も大好きでした。ずっとアイドルのオーディションを受けたいなと思っていた時に、宝塚に出会ったんです。宝塚の娘役って、ちょっとコスプレっぽいですよね。「私もあんなのが着たい」って憧れるようになったんです。 ──もともと芸能界に対する憧れがあったわけですね。その一方で、ゲーセンに通われるくらいゲームも好きなんですよね。 彩羽 両親もゲームが好きで、私もファミコン時代からプレイしていました。一番ハマっていたのがプレイステーション時代で、『チョコボの不思議なダンジョン』とか『モンスターファーム』みたいなやりこみ系のものを中心に、『クラッシュ・バンディクー』みたいなアクションもやっていましたし、『ダンスダンスレボリューション』と『パラッパラッパー』で音ゲーに目覚めました。『桃鉄』もスーファミの頃からずっとやってて、99年設定を一人で2週間くらいかけてクリアしたりしてました。『太鼓の達人』もアーケード版が出た時からやってて、Wiiの専用コントローラも買いましたね。でもある日、コンシューマゲーム(家庭用ゲーム)をやりすぎて、廃人みたいになってしまったんです。全然寝ないで自宅でゲームをして、そのまま宝塚に行くような生活をしてたら本当に倒れそうになって、「私、このままゲームと宝塚を両立させていたら死ぬ!」と思って、レッスンに行かなくなっちゃって……。 ──そっちですか!! 彩羽 自由参加のレッスンがあったんですけど、それに行かずにずっとゲームをやっていたんです。結局、それからコンシューマハードは持たないように決めました。全部手放しました。 ──ちなみに、廃人化の原因となったゲームは? 彩羽 ニンテンドーDSの『どうぶつの森』と『ときめきメモリアル Girl’s Side』。あと『桃鉄』の3本で死にかけました。しかも『桃鉄』は何が面白かったのか今でもわからないんですけど、一番弱いCPUを敵にして、自分は北海道から沖縄までの全物件の制覇を目指すっていうプレイをしていたんです。もう、廃人一直線ですよね。だから、今はゲーセン通いにとどめています。ゲーセンだと、絶対に閉店するじゃないですか。だから、必ず途中でやめられるんです(笑)。そこで(セガが開発したアーケード用音楽ゲーム)『maimai』を中心にプレイしているほか、『モバマス』(モバゲーで配信されているソーシャルゲーム『アイドルマスター シンデレラガールズ』の通称)をやっています。 ──『モバマス』も、かなり危険なにおいがしますが……。 彩羽 でも、無課金で耐えているんですよ! 無課金だと、体力回復を待つ間はゲームをしなくて済むので。「これ以上は、やっちゃだめ」って制限されないと、ずっとやっちゃうんです(笑)。 ──『ときめきメモリアル Girl’s Side』みたいな恋愛ゲームもされているんですね。女性向けの恋愛ゲームというと、現実ではありえない美男子がたくさん出てきて恋愛をするという点で、宝塚に通じるものもありそうですね。 _MG_1594.jpg 彩羽 まさしくそうですね。姫条まどか君が大好きでした。何回も主人公を育てるんですが、なかなか最後のキスまでいけなくて……。これをやっている時が、一番の廃人でした。『桃鉄』と並行してプレイしていたので時間が足りなくて、本番中の楽屋でプレイしたりしていました。 ──ほ、本番中の? 彩羽 はい。出番がないときは楽屋に戻るので、その時に(苦笑)。 ──ええええ! 彩羽 机の下にDSを隠して、こっそりと……。ただ、当時はまだオタク趣味がバレると引かれたり、気持ち悪がられることもあったので、隠れオタクでした。同期にも趣味の話はしていませんでした。 ──それが、いまやオタク趣味を積極的にカミングアウトしている。ありのままの姿を見せているわけですが、どういう心境の変化があったんでしょうか? 彩羽 今年4月に30歳になったんですが、その頃から「30歳になったし、最悪、芸能界でこの先失敗しても、ニコ生主になればいいや」と思うようになったし、別に失敗しても死ぬわけじゃないから、何も怖がらないで全部やろうと思うようになったんです。それで動画をアップし始めたら、何も悩まなくなったんです。私、もともと根暗な性格で、お風呂で頭を洗いながら「嫌われたくない!」って独り言をいうタイプだったんです。でも動画を上げてから、独り言を言わなくなったんです。周りからも、「この1カ月ですごく明るくなった」って言われるようにもなりました。たった1本の動画をアップするだけで、人生がガラリと変わったんです。「ごまえー(ファンの間で使われている『GO MY WAY!!』の愛称)」動画は人生のターニングポイントになりました。だから、これからも一生かけて『アイマス』についていこうと思っています。 ──プロフィールを拝見すると、「ニュータイプアイドルを目指している」とありますね。具体的には、どういうアイドルを目指しているんでしょうか? 彩羽 30歳で既婚なのにアイドル。男装もするし、ニコ生でも漫談でもなんでもやるというアイドルです。特に、ニコニコ動画はベータの頃から見てますし、自分でアカウントを取って毎日ニコ生をやっています。今後はコスプレもどんどんしていきたいですし、ファンの皆さんとオフ会もしようと思っています。そこで皆さんの前でメイクをしたり、一緒に踊ったりもしたいですね。面白そうだと思うことは全部やっていこうと思っています。ほかにも、関西で行われている大喜利の賞レースにも出る予定です。
──以前、『R-1ぐらんぷり』にも出られたんですよね。 彩羽 『R1』では3回戦までいきました。ネタは「宝塚あるある漫談」で、ニコニコ動画でも見られるので、ぜひチェックしてみてください(http://www.nicovideo.jp/watch/sm23458545)。 ──宝塚というと、ファンにとってもタカラジェンヌにとっても神聖な存在で、今まではそういう風にネタ化することがタブー視されていたという印象があります。 彩羽 はい。私の活動については賛否両論あります。新しいことをしてくれてありがとうという方や、宝塚に興味を持ってくださるきっかけにもなったという『アイマス』ファンの方もいますので、「宝塚を広めてくれてありがとう」と言ってくれる人もいる一方、「宝塚の恥さらし」とか「小林一三先生(宝塚歌劇団の創立者)が泣いてる」とか言われたりしています。 ──しかしながら、彩羽さんの活動が宝塚の世界に新風を入れている部分もあるのでは? 彩羽 それは自分でも思います。私自身は宝塚では歩く大道具のような役しかできませんでしたし、若手のうちに退団してしまったわけですが、それでも宝塚が大好きなので、別の形で宝塚を広めていきたいと思っています。今は執事カフェとか男装で踊ったりするのがはやっているので、オタクの人も絶対に宝塚が好きになれると思うんです。だから私は、オタク文化と宝塚、そしてネットやテレビなどのメディアの架け橋のような存在になることが理想です。 ──臆することなく自分を出していこうという彩羽さんの生き方は、自分に自信がない人たちにとっての希望になりますね。例えば、かつての彩羽さんと同じようにオタク趣味をカミングアウトできずに悩んでいる人もいるかと思いますが、そんな読者に伝えたいメッセージはありますか? 彩羽 自分の生き方に悩まれている方は、もう好きなことを思う存分やればいいと思います。それがどこでどう役に立つかはわからないんですけど、好きなことを続けたほうが絶対に自分のメンタルも強くなるし、結果的に幸せになれるはずです。オタク趣味を続けると恋人ができないとか結婚できないという人もいるかもしれないけど、私は結婚できたし、同じような趣味の異性は絶対いるので、どんどん自分を出していくべきだと思います。そのほうが人生を楽しめると思います。私も、もっと早く動画をアップしておけばよかったと思っているんです。 ──今後も、新しい動画をアップしていかれる予定ですか? 彩羽 そうですね。実はオタ芸もけっこう打っているので、最近はそれに宝塚っぽい動きをプラスした動画をアップしたいなと考えています。 ──まさにニュータイプアイドルですね。今後、ますますのご活躍を期待しています! (取材・文=有田シュン[シティコネクション]) ●彩羽真矢ブログhttp://ameblo.jp/chami444/

「やり続けなアカン」人気芸人“世界のナベアツ”を動かした、桂文枝の情熱と落語の魔力

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撮影=後藤秀二
 2011年、突如落語家への転身を発表した桂三度。芸人、作家、監督……多才な彼が次の挑戦に選んだ「落語」は、今までのどの分野とも異なる“くせもの”だった――。彼を落語へと導いたものはなんだったのか? 桂文枝から託された言葉とは? 神保町花月を舞台に行われる桂文枝プロデュースの落語会『戀する落語会』開催直前、トップバッターに抜擢された桂三度が、プレッシャーに押しつぶされそうな心の内を語る! ――まずは、6月から始まる『戀する落語会』について教えてください。 桂三度 これはまず、(桂文枝)師匠プロデュースで、師匠もたっぷり落語をしはるので、落語会としては絶対にお得です。たぶんお客さんには大満足して帰ってもらえると思います。ただ僕は縦軸というかストーリーテラーというか、師匠の気まぐれで任命されまして。まぁ舞台うんぬんより、舞台をやっている僕を袖で師匠が見ている……嫌ですよね。緊張しますよね。その緊張を隠そうとしている僕を、お客さんには楽しんでもらえたらなと思います。 ――発表記者会見でも、師匠から随分とプレッシャーをかけられていましたよね。トップバッターということで、三度さんがコケたら後がないとか。それだけの信頼感が、三度さんにあるということなのだと思いますが。 三度 いやいやいやいやいやいやいや! ――日刊サイゾーの読者層は20代後半から30代の男性がメインで、お笑いは好きだけど落語はちょっと敷居が高い、というイメージを持っている人も多いかと思います。そこで今回は、ぜひ三度さんに上方落語の魅力を教えていただきたいと。 三度 基本、上方のほうが笑いを取りにいこうとする色があり、一方で江戸のほうがキレイに話す色があると、先輩の落語家さんが言うてはりました。たぶん初心者の方やと、素直に楽しめる上方のほうが(入り口としては)入りやすいんじゃないかなと思います。しかも、今回は柔らかくするために、僕は表向きはオープニングでスタンダップコメディをやるってなってますけど、裏の見方したらこれ、前説です。 ――(笑)。 三度 「みなさん、どうぞ楽しんでってください」と。柔らかくほぐすという役です、僕は。こういうところもまた、ほかの落語会と違うポイントです。ゲストも、たむらけんじくんとミサイルマンの西代くんという、西のやわらか芸人ワンツーをそろえましたんで、とにかくとても柔らかい落語会になると思います。そして最後には、師匠がたっぷり聴かせてくれる。これをきっかけに、いろんなタイプの落語会に行っていただければうれしいです。 ――三度さんは芸人、作家、映画監督など、さまざまな仕事をされてきましたが、今までやってきたものと落語の大きな違いはなんでしょうか? 三度 僕はいろいろ転職してますけど、大きくはお笑いという円の中で動いていたんです。だから自分の中では、そんなに大変なことはなかった。でも落語をやり始めて、師匠からも作っていいぞと言われて作り始めて、痛感しました。お笑いと落語では間の取り方が全然違うんです。間の取り方が違うと笑いの作り方も違ってくる。だからもう、まったく初体験のことばかり。この世界に入ったときは、大変だけどなんとかなるやろと思っていました。そしたらもう、全然違うということに気づいて。今まで一生懸命いろいろなことをやってきたのに、これじゃ芸人1年目と一緒やん! と。腹立つわ~(笑)。 ――お笑いの方程式を、一回捨てなくてはならなくなってしまったと。 三度 そうなんですよ。めっちゃ難しいですよ。入門して3年になりますが、この3年は自分のクセを捨てる、笑いの取り方のクセ、しゃべり方のクセを全部捨てていく作業ですね。もう、エライ目遭うてます。 ――そもそもなぜ、落語家を目指そうと思ったのでしょうか? 三度 僕はずっと、“いいテレビタレント”になりたいと思っていたんです。いいテレビタレントになるためにはどうしたらええかと思って、落語を始めた。だから、いつかこう落語をやっていることがテレビに生きたらええなと思いますけど、今んところはもうまったく関係ないですね。落語のコツがまだつかめてないので。 _MG_6736.jpg ――“いいテレビタレント”というのは、どんなイメージでしょうか? 三度 具体的にはちょっと伝えにくいんですが、僕は恥ずかしながらコンビを2回解散してるんですね。1回目の解散は相方から言われて、これから自分はどうしよう、ピン芸人続けるのもええけど、なんか少し違う気がすると。デビューしてからずっと、自分がふわふわしてるのが嫌いやったんですね。それで、その時に脳裏に浮かんだのが放送作家と落語家でした。当時はいろいろな理由で作家を選ぶわけですけど、そんなこんなで作家も何年かやって、コンビも再結成して、昔よりテレビにも出られるようになりました。だけど、まだふわふわしてる。地に足は着いていない。この隙間を埋めるにはどうしたらええかなって思ったときに、前から興味があった落語に……本当に勘でしかないんですけど。だから僕にとってのいいテレビタレントというのは、地に足がしっかり着いている人ですね。下半身どっしりしてるけど、上半身はものすごく軽やかに動くみたいなイメージですね。 ――月並みな言葉ですが、「ブレない」ということでしょうか。 三度 そうです。僕自身がブレまくりなんで(笑)。もう、ほんまになんとかしたいんですわ。 ――この3年で、そのふわふわは少しずつ埋まっていっている実感はありますか? 三度 う~ん……あるって言いたいんですけどね、全然ないですね。いや、ほんまにね、なまりも含めたしゃべりのクセや間の取り方のクセを直す作業で終わってしまいました。だから、まだ気持ち的には1年目です。何年かかんねんと。自分が落語家として納得するのは、だいぶ先のことでしょうね。そのときたぶん、年金もらってると思います(笑)。 ――師匠がいるという経験も初めてですか? 三度 初めてです。弟子入りするまで師匠のことはまったく怖なかったんですけどね、今めっちゃ怖いですもんね。緊張するし。言うたら父親ですし。 ――師匠から言われた言葉で、心に残っているものはありますか? 三度 そうですね……ここはええこと言いたいですね(笑)。 ――期待してます!(笑) 三度 ……僕がなぜ師匠に付いたかというと、師匠が月1回やってるレギュラー番組があったんです。『三枝一座がやってきた!』(NHK)という、地方の市民会館を回って公開録画する番組です。で、僕は「世界のナベアツ」としてゲストに呼んでいただいたんです。地元の人とゲームコーナーをやったりしながら、最後に師匠がご当地落語をするんですね。その土地の名産や名所にちなんだ落語を。それは言うたらその番組のためだけにやっている落語です。それを月1回やっている、この地位も名誉もある人が。そう思ったときに、すごいなと感動しました。尊敬する方はたくさんいらっしゃいますけど、その時のインパクトが強くて、師匠に弟子入りをお願いしたんです。  僕が弟子入りしたのは41歳。だいぶ遅いです。そしたら師匠が「焦ることはない。ただやり続けなきゃあかん。俺も20代で入ったけど、認められたのは40代や」と。テレビの世界では師匠はもう20代で大スターでしたけど、落語家として賞をもらったのは40代になってからなんだそうです。だから、どんなことがあっても、やり続けなあかん、走り続けなあかんって言われたのが、ものすごく心に残っていますね。 ――なるほど……。 三度 まぁまぁいい感じにまとまりましたかね(笑)。でもホンマにね、師匠は休まないんですよ! 弟子入りしたときによく言ってはったんが、「60代は駆け抜ける、70代は休む。80代は円熟期、になったらええな」。だけど師匠、今70歳ですけど、こういう落語会を立ち上げたり、大阪でも創作落語の会をやって月1で新ネタおろしてるし、全然休む気配ありません(笑)。 ――「戀する落語会」では、若手の方をフィーチャーして新たなファン層の獲得も目指していますね。 三度 それは桂文枝個人の思いでもあるし、上方落語協会会長の思いでもあるんだと思います。もちろん上方落語だけでなくて、落語会全体の思いですね。1回目は一門だけという形になりましたけど、今後は江戸の落語家さんにも出てもらいたいと師匠は考えてはるみたいです。 ――で、そのオープニングを三度さんに……。 三度 「絶対成功させろよ、お前」というプレッシャーのまっただ中におります(笑)。普通だったらこれ、ストレスで毛が抜けてもおかしくないと思いますよ。 _MG_6723.jpg ――注目度も高いですしね、初回は…… 三度 勘弁してください、もう! ――すみません(笑)。実際にこの「戀する落語会」を楽しむにあたり、これだけは押さえていたほうがいいという知識やマナーなどはありますか? 三度 漫才のネタと違って落語は、笑いはないけど後半のために仕込んでるネタがあるんですね。前半、これ全然笑えないなと思ってても、後半は何かあるんやろなと思って許したってください。 ――細かいボケをちりばめていく漫才やコントに慣れていると、落語のその仕込みの時間は相当長く感じそうですね。 三度 このネタのこのお話は、前半にまったく笑いがない。ネタふりやから。ウケへんのは分かってる。だけど、実際やってみると「あれ……俺、いま宇宙におんのかな」っていうくらい静かなんで、めっちゃ怖いですよ(笑)。僕ね、芸人の中でもトップクラスで汗かかない自信あったんです。体質的に芸人に向いてんな~、よかったな~って思ってたんですよ。だけど落語家になってから、ワキ汗が止まらない(笑)。 ――すごい、体質まで変えてしまうとは…… 三度 ホンマえげつないですよ。宇宙ですもん……ゼロ グラビティです。ジョージ・クルーニーのいないゼロ グラビティ(笑)。 ――でも、落語のそういう仕組みが分かってくると、見る側ももっと楽しめるのかもしれませんね。 三度 漫才もコントも素晴らしいところはたくさんありますけど、落語は落語で「あ、このタイプか」とか「あの話に似てるな」とか探っていくと、とても楽しいなとは思います……が! そんなことはホンマ考えんと、ただただ楽しんでほしいです。 ――もっとオープンな気持ちでいいんですね。 三度 お客さんが楽しんでるのを見ると、やる側もノッてきます。 ――芸人から落語家へ転身した方として、月亭方正(旧芸名・山崎邦正)さんがいらっしゃいますが、方正さんが落語家になると聞いてどう思われましたか? 三度 正直、「わ~、先行かれた!」っていう気持ちが大きかったですね。それでまた(入門が)遅れたというのも実際ありました。これじゃあ、方正さんの後追いやな~と。 ――方正さんは40代になったら芸で人を笑わせたいという思いが強かったと、以前取材をさせてもらったときにおっしゃっていたのですが、三度さんも「今まで笑わせられなかった層を笑わせたい」というような気持ちはありますか? 三度 いや、もう自分のことしか考えてないです。すんません(笑)。そりゃあ、今まで誰も成し遂げられなかった、おじいちゃんも笑ってる、子どもも笑ってる、若い男女も笑ってるというのが理想ですけど、今はもう自分のことで精いっぱいですね。落語家になったのもホンマに身勝手ですから。自分の足を地に着けたいという。 ――今回の落語家転身もそうですが、三度さんは築き上げたものを壊していく、安定したものを捨て去るというイメージがあります。 三度 そんなことないんですよ。いま振り返ったら「あんときのアレもっと続けとったら、お金がもうちょっとあったかもしれない」とかホンマ思います。もったいなかったな~と。 ――でも、挑戦してしまう…… 三度 僕はこれから絶賛金儲けするつるもりですよ! 今はまったくないですけど!「お金じゃないねん」とかカッコイイことは言わないです。めっちゃ儲けたいし、儲かるためには……っていう逆算もしますしね。ただ、現実は「戀する落語会」のプレッシャーでハゲそうで、儲かるどころではありません!! (取材・文=西澤千央) ■『神保町花月 ~桂文枝プロデュース~ 戀する落語会 パートI』 開催日時:6月8日(日)14時00分開演 ~16時05分頃終演予定 場所:神保町花月(東京都千代田区神田神保町1-23 神保町シアタービル2F) <http://www.yoshimoto.co.jp/jimbocho/> 出演:桂文枝、桂三若、桂三四郎、桂三輝、桂三度、桂三実 ゲスト:たむらけんじ、ミサイルマン西代 チケット料金:前売3,000円 当日3,200円 チケット発売 5月15日10時~発売開始

もう遺骨も要らない!? 宗教学者・島田裕巳が提唱する、新たな葬式の形「0葬」

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島田裕巳氏
 日本人と「葬式」の関係が変化している。イオンが葬式ビジネスに参入し、ヤフーでもネットで葬式を申し込む「ヤフーの葬儀手配」というサービスをリリースした。肝心の内容も、かつては当たり前だった、寺やセレモニーホールを使用した大々的な葬式から、少人数で行われる「家族葬」や、通夜・告別式などを行わない「直葬」へと徐々に変化しつつある。  だが、葬式の世界における変化はとどまることを知らない。これまで『葬式は、要らない』『戒名は、自分で決める』(幻冬舎新書)などの著書を執筆し、従来の葬式のあり方に対して疑問を呈してきた宗教学者で作家の島田裕巳氏は、新著『0葬』(集英社)にて、遺骨も引き取らない新たな葬式のスタイル「0葬」を提案している。  いったい、日本人の「死」に対する意識はどのように変わったのか? そして、未来の葬式はどのような姿をしているのか? もしかしたら、葬式のない時代がすぐそこまで迫っているのかもしれない……。 ――これまで島田さんの著書では、葬式や戒名など、死をめぐる慣習についての疑問が投げかけられてきましたね。 島田裕巳(以下、島田) 葬式をめぐっては、日本社会の考え方が急激に変わりつつあるのを感じます。通夜も告別式も行わない「直葬」というスタイルも、言葉が誕生してからわずか数年のうちに、すっかりと定着してしまいました。 ――これまでの大規模な葬式の方法から、中身が削ぎ落とされていって、どんどんと簡略化されています。この変化には、どういう事情があるのでしょうか? 島田 高度経済成長の時代に都市化が起こりました。その時に都会に出てきた世代が、ちょうど亡くなる時期に差し掛かっています。それが一番大きな理由ですね。また、経済的な状況が悪化していることで、葬式にお金をかけられない、あるいは平均年齢が上がることによって大往生が増えているなど、さまざまな要因がかかわっています。 ――島田さんの著書によれば、葬式の平均費用は231万円ということです。正直「そんなにかかるのか……」と、驚いてしまいました。けれども直葬ならば、費用も20万円程度と、これまで10分の1に抑えられます。 島田 もちろん、お金を持っている人は立派な葬式を挙げればいいんです。けれども、問題はお金のない人。その人たちがどのように葬式を執り行うかについて、これまでの社会は答えられていませんでした。簡略化された葬式という選択肢が、これまで与えられてこなかったんです。 ――「直葬」を実際に選択する人は、どのくらいいるのでしょうか? 島田 葬式の情報サービス会社「鎌倉新書」が2012年に行った調査によれば、関東地方では22.3%が直葬でした。人を弔うことにお金をかけても仕方がない、という人は増えています。ただし、まだお墓に関しては必要と考える人は多い。同じく鎌倉新書の調査では、東京都では平均278.3万円が、お墓の購入代金として使われています。お墓にこれだけお金がかかるから、葬式にお金をかけられない。直葬が広がる背景には、こういった事情もあるのでしょう。 ――この先、日本人の葬式はどのように変化していくのでしょうか? 島田 現在は、貯金のある高齢者も多いですが、これからは、高齢者でもどんどんお金がなくなっていくから、葬式や墓には、今以上にお金はかけられなくなります。 ――やはり、簡素化の方向に進んでいくんですね。 島田 そもそも、葬式や墓にこんなに金がかかるのは現代に特有のことで、かつては葬式にほとんどお金はかかりませんでした。また、現在でも、韓国で37.3万円、アメリカで44.4万円、イギリスで12.3万円と、諸外国では日本よりもはるかに安価に葬式を挙げているんです。そこで考えたのが、遺骨を引き取らない0葬です。遺骨がなければ高額の費用がかかる墓も必要なく、火葬代だけで済みます。 ――遺骨すら引き取らない……そんなことが可能なんですか? 島田 一部の火葬場では可能です。そのような選択肢があること自体、普通は知りませんよね。0葬が普及するかどうかはわかりませんが、そういう方法もあるという可能性を提示したかったんです。世界的にも、こんなにも骨を大事にする国は珍しいんですよ。 ――外国の葬式では、火葬場から骨を引き取らない人も多いそうですね。 島田 日本国内でも、実は葬式の方法は地方によってまちまち。東京では通夜、葬式を挙げてから火葬をしますが、東北地方では通夜をして葬式をする前に火葬をしてしまう地域もある。そもそも、正しい葬式なんていうものはないんです。 ――島田さん自身の葬式は、どのように挙げてほしいですか? 島田 何もしなくていいですよ。 ――0葬の実践ですね(笑)。 島田 葬式自体、はたして本当に意味があるのでしょうか? 本当に深く付き合っている人でもない限り、葬式には行く必要はないと思います。 ――ただ、自身の葬式ではなく、両親などの喪主を務めるのであれば、生前の意向や世間体なども考えなければならず、事情は異なるのではないでしょうか? 島田 そうですね。ただ、とりあえず火葬して、それからゆっくりと考えようと思います。火葬をしてからその後を決めれば、時間的な余裕が生まれます。それから、どのような葬式をするかを考えても遅くはないはずです。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●しまだ・ひろみ 1953年生まれ。東京都出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(宗教学専攻)。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員などを歴任。現在、東京女子大学非常勤講師。NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長。

「マグロと一緒で、泳ぎ続けないとそこで止まっちゃう」チャレンジし続ける小橋建太の折れない心

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撮影=尾藤能暢
 2013年5月11日に武藤敬司、秋山準、佐々木健介ら錚々たる顔ぶれとタッグを組み、KENTA、潮崎豪、金丸義信、マイバッハ谷口ら、現在トップを張る後輩レスラーと繰り広げた壮絶な引退試合から約1年。プロレスラー・小橋建太は、引退後も休むことなく精力的に活動を続けている。そんな中、2014年4月25日には『今日より強い自分になる』(ワニブックス)を上梓。この本は、引退試合の舞台裏や度重なるケガや肝臓がんとの闘いを綴ると同時に、その中で培った「折れない心」を、仕事と闘う世の男たちへ向けて伝授するメッセージ集でもあるのだ。 「この本を書くに当たって、最初はちょっと抵抗があるというか、ちゃんとメッセージを送れるのかなって心配もありました。でも、僕の体験談・経験談を書かせてもらっているうちに、どんな職業であろうと、共通することがあるんだなって思って。これも引退後の新しいチャレンジだと思って書き続けました」  小橋の引退後のテーマは、この“チャレンジ”である。小橋は「第2の青春」を求め、引退後から講演やテレビ出演など、休むことなく活動を続けている。その理由を「いろいろなことが試せる期間だと思って。それに、僕はマグロと一緒で、泳ぎ続けないとそこで止まっちゃうから」と言い、さまざまなジャンルへ触手を伸ばしている。  そして、6月8日には、プロレスの聖地である東京・後楽園ホールで、自身がプロデュースするプロレス興行「FortuneDream(フォーチュン・ドリーム)1」が開催される。これは、小橋自身が「この選手の試合が見たい!」と思った選手をピックアップし、団体の垣根を越えた選手たちが集結するビッグイベントだ。出場選手は、全日本プロレスからは金丸義信、鈴木鼓太郎、宮原健斗。その他大日本プロレス、ZERO1、女子プロレスラーも参戦するなど、とてつもないバラエティ感になっている。 「『FortuneDream(FD)』のテーマは“熱い試合”です! 僕が思わずリングに上がりたくなってしまうような、そんな熱い試合を繰り広げてくれる選手を集めました! 今のプロレス界は30~40代の選手が多くて、20代の若手は少ないんですけど、FDでは若手選手も呼んでいるので、自分の団体では目立つことが難しくても、FDで熱い試合をすれば名前を売るチャンスになりますから」  このように、若手に対してもチャンスを与えるというのは、引退してもなおプロレス界やファンに影響力のある小橋だからこそできること。さらには、現在の若手に対して、ちょっとした不満もあるからのようだ。 B0000574_1.jpg 「僕らが若いころは、もっと貪欲だったような気がしますけど、今の若手を見てるとギラギラしたものが少ない。自分たちはどうにかして自分の力でのし上がって、トップになってやろうと思って頑張ってたけど、今はそういうヤツはあんまりいないのかも。もっとギラギラしていいと思うんですけどね」  また、プロレス界全体に関しても「プロレス界が持つ元気、パワーが弱くなっていると思うんです。いろんな団体がありすぎて、そのパワーが分散してることもあると思います。ひとつの場所で固まったら、お客さんもそこに集中しますからね。『FD』では、プロレスラーとして有名な選手よりも、そこで熱い試合ができるレスラーを集めました」という小橋。まさにプロレス団体の枠を超えて、ひとつの場所でエネルギーを放出させようというイベントになっている。この『FD』がプロレス界の本来持っているパワーを爆発させる起爆剤となるのだろか。  さらに『FD』のもうひとつの目玉、いやメーンイベントと言ってしまってもいいかもしれないのが、小橋建太vs長州力のトークバトルだ。小橋と長州。多くのプロレスファンにとって、この2人の接点を見つけるのは難しいはずだ。それもそのはず、小橋本人ですら「長州さんとは、挨拶程度しかしたことがないんです(笑)」というくらいの関係だからだ。これまでリング内外で幾多の名言を生み、マイクパフォーマンスでも超一流の長州と、朴訥でストレートな言葉をぶつける小橋とのこの“世紀の一戦”は、どうなってしまうのだろうか!? 「盛り上がるかもしれないけど、盛り上がらないかもしれない(笑)。それも面白いかなと。長州さんとはこれまで会話もしたこともないし、当日長州さんの会場入りも早くはないだろうから、打ち合わせもできないと思います。何を話すかもリングに上がってみないとわからないですし、そもそもどういう話をするのか想像がつきません!」  現役時代は実現しなかった小橋vs長州の一戦。本人たちですらどういう展開になるのか、まったくわからないこの戦いは、引退した小橋の「第2の青春」の口火を切るバトルになりそうだ。また、今回の『FD』の成功いかんによっては、第2・3弾と続いていくかもしれないとのこと。小橋の大号令のもと、プロレス界が団体やジャンルのしがらみを越えて、ひとつのリングに集結する日が来るのかもしれない。リングを降りたとはいえ、まだまだプロレス界に必要な男・小橋建太の今後から目が離せない。 (取材・文=高橋ダイスケ) ●書籍『今日より強い自分になる』 度重なるケガ、手術とリハビリ、がんとの闘い……。なぜ、小橋建太の心は折れなかったのか? 己との戦い方から、不安に負けないための独自の発想法まで。“鉄人”と呼ばれた男の、メンタルコントロール術。 定価:1400円(税込み) 発売:ワニブックス 発売中 ●日産センチュリー証券PRESENTS 『FortuneDream 1』 開催日時:6月8日(日)開場17時00分/試合開始18時00分 会場:後楽園ホール(東京都文京区後楽1-3-61/TEL03-5800-9999) 詳細<http://www.fortune-kk.com/pages/201406dream.htm>

「なるべくちっちゃいことのほうがいい」あばれる君が生み出す“パンチライン”の秘密

abareru0509.jpg  汗をかきながら全力で演じる「熱血コント」で人気急上昇中のピン芸人・あばれる君。最近では、『なら婚』(日本テレビ)という番組の企画で結婚式を挙げたことでも話題となった。  そんな彼が5月28日、初めてのDVD『あばれる君です よろしくお願いします。』をリリースする。あの珠玉のコントは、どうやって作られているのだろうか? ――街で一般の人に気付かれたり、声をかけられたりすることはありますか? あばれる君  ありますね、ありがたいことに。そういうときは、倍の笑顔で「ありがとうございます!」って返します。 ――どういうふうに声をかけられますか? あばれる君  「あばれる君ですか?」っていうときもありますし、「なんだっけ?」って言われて自分から名乗ることもあります。一番ひどいときには「スタミナさんですか?」って(笑)。雰囲気は近いんですけどね。 ――ネタはどうやって作っていますか? あばれる君  基本的には家で考えますね。パソコンは使わずに、紙に書きます。「人間が追い込まれたときにどうやって脱するか」っていうのをポイントに置いています。 ――なるほど! 確かに、そういう設定のネタが多いですね。 あばれる君  そうですね。追い込まれるときって、できるだけちっちゃいことのほうがいい気がするんです。たとえば、大工がトンカチを忘れて釘打つのどうするのかって考えて、手で打とうとするとか。トイレに行きたいのに先客がなかなか出てこないとか。できるだけちっちゃいことを壮大にやる、っていう感じですね。  小学校のときにダンスのテストみたいなのがあって、体育の先生の前でダンスをしないといけなかったんです。そこで僕の友達が動きをまったく覚えてなくて、アドリブで踊り出したんですよ。その姿がめちゃくちゃ面白くて。覚えてないと怒られるから、どうにかしようとしたんです。追い込まれても決してあきらめない人間って面白いなあ、と思ったのはそれがきっかけですね。 ――あばれる君のネタの中には、「怖くないって言ったらウソになります」とか、妙に印象に残るフレーズが多いですね。 あばれる君  ありがとうございます! 自分ではそういうのを「パンチライン」って呼んでるんですけど。そこが好きですね。それを言いたくて、そこに持っていくにはどうするかって考えます。「俺の尿意は時間を選んでくれない」とか。 ――お笑いをやるきっかけは? あばれる君  お笑いは子どもの頃から好きでした。小学生から『めちゃイケ』(フジテレビ系)見てて、中1で『オンバト』(NHK)ブームが到来して。そのときから「お笑い芸人って最強だな」って思ってたんですよ。歌手だったら歌手だけなんですけど、芸人だったら歌もできるしドラマにも出られるし。 ――小さい頃から芸人になりたいという気持ちはあったんですか? あばれる君  ありましたね。ムードメーカーと呼ばれて、クラスでも目立つほうでした。小4のときに演劇部に入って、「バラ星人」っていう自分の脚本の演劇を披露して、大ウケでした。高校では室伏広治さんのものまねを文化祭でやって、めっちゃウケましたね。大仏の仮面をかぶった状態で、それを脱いでハンマーを投げて「フォー!」って叫ぶ、っていう。 ――高校でウケそうなネタですね(笑)。 あばれる君  そう、あのときはすごかったなあ。高校でブレークしましたから。大学で東京に出てきて、田舎者だと思われたくないっていうのがあって、ちょっとスレました。眠いのに、無理してクラブとか行って、意地張ってるところはありましたね。眠いしうるさいし、ソファと耳栓が欲しかったです。 ――楽しくなかったんですか? あばれる君  まあ、楽しいときもありましたけど、あんまり楽しくはなかったですね。クラブで踊るってことができなかったんで。 ――お笑いの養成所に入ったのは大学時代ですか? あばれる君  はい、大学4年の頃です。ちょうどみんなが就活したりしているときに、僕は養成所に入りました。最初はコンビを組んで、1~2週間ぐらいやってたんですけど、合わなかったですね。相手が仮病使ってネタ合わせを休んじゃったりして。次の日も体調が悪いふりとかしていて。でも、絶対ウソなんですよ。二郎ラーメン大盛りを食べてたし。 abareru05093.jpg ――それでピン芸人になった、と。 あばれる君  はい、それからはずっと1人です。1人のほうが性に合ってましたね。いつでもネタを考えられるし、全部自分の責任だから、ピンのほうが楽です。ウケたときは独り占めですし。 ――でも、逆にスベったときのダメージも1人で引き受けないといけない、っていうのもありますよね。 あばれる君  そのリスクはでかいですね。スベると、次の日の朝まで恥ずかしいときありますからね。家でソファに座っていて、リモコン取るのも恥ずかしい、動きたくない、存在したくないって思って。 ――あばれる君はネタ中にたくさん汗をかきますが、これは体質なんでしょうか? あばれる君  体質ですね。幼稚園の頃から汗かきで。新陳代謝がいいんですよね。あと、舞台で汗かくのは緊張してるからだと思います。緊張しないと、かかないですもん。 ――人前に立つのはいまだに緊張しますか? abareru05092.jpg あばれる君  そりゃあ、しますよ。いつ慣れるんですかね? 慣れたいんですよ。焦ってる中にもキラリと光る冷静さがあるような、そういう男になりたいんです。  中学の頃、理科の時間にプレパラートを割っちゃったときも、汗ダラダラで。そのときにも周りに「なんでそんなに焦ってるの?」って言われましたね。 ――今後の目標は? あばれる君  ネタを英語に訳して、世界進出したいですね。地球の各地で「こいつやばいよ」って言われるくらいになりたいです。そのためには、全人類共通の共感できるところを探していきたいです。  あとは「お前、よくやったな」って言われることにチャレンジしたい。イモトアヤコさんだったら、山に登ってるじゃないですか。あれは壮大ですけど、僕はもっとちっちゃいことでもいいんですよ。最近チャレンジしたのは、ゴルフボールを3つ積み重ねるとか。 ――小さいことだけど、できたらすごい、みたいな。 あばれる君  トランプタワーとか、ドミノとか、24時間けん玉とか。根性でできそうなやつをやりたいですね。 (取材・文=ラリー遠田/撮影=名鹿祥史)

地元ヤカラとの戦い、難航する嫁探し……ケンコバと宮川大輔の“ほっこり”できない勝手気まま旅!!

IMG_8196_.jpg  2009年から始まった異色のトークライブ「あんぎゃー」。ケンドーコバヤシと宮川大輔が月1のペースでライブを行い、47都道府県をすべて“行脚”するという壮大すぎるプロジェクトである。2人が出会った名物、迷物、名所、迷所……それらをすべて還元してきたトークライブも、ついに東京でファイナルを迎える。感動のラストを前に、今ケンドーコバヤシは何を思うのか――。知られざる「あんぎゃー」の魅力を探る。 ――ケンコバさんと宮川(大輔)さんのトークライブ「あんぎゃー」、いよいよファイナルですね。 ケンドーコバヤシ(以下、ケンコバ) 単純計算で(全国行脚は)4年で行けるって言ってたんやけど、震災で開催できない月があったり、あと勝手に海外でやったりとかもあったので、結果足かけ5年くらいになりました。 ――そもそもこの企画のきっかけは、なんだったのでしょう? ケンコバ 以前、ヨシモト∞ホールで2人のトーク番組を一発やってもらったんですよ。そこですっごいスケベな話ばっかりしまして。いくらなんでもこれはアカンぞ、って怒られたんです ――確か「最強のAVを考える」とかでしたっけ? ケンコバ 日本刀の先にペニスつけて入れるとか(笑)。自由にやってええとは言ったけども、いくらなんでもこれはアカンやろ、と各所から言われまして。それを聞いて「だったら、ライブでやってやるよ!」と。トークでダメ出し食らったんで、トークで仕返ししたったっていうだけですね。 ――謎の反骨精神! ケンコバ 基本、反骨というか、反体制の2人ですから。スタンス的には。 ――全国を回るというコンセプトは? ケンコバ それは大輔さんがすごい俺のことを心配してくれてて、その心配が実際には5年後にも解消されてなかったんですけど、はよ結婚せいと。お前は田舎の純朴な子が似合うから、この企画で嫁を見つけろと。 ――そんな裏テーマがあったのですね。 ケンコバ そうなんです。いやぁね、女の子に関しては壮絶なエピソードが結構ありますよ。全国を「あんぎゃー」してきた中で。 ――では後ほど、強烈な思い出をお伺いするとして、まずはケンコバさんと宮川さんのつながりから教えていただけますか? ケンコバ これはね、本当に不思議な縁です。大阪で僕がデビューしたときは、すでに大輔さんは東京で(吉本印)天然素材というスターやったんですよ。その頃は飯食い行ったのも2~3回くらいの、あんまり近しい感じではなかったんです。  で、僕は大阪でちょいちょい忙しくなってきたのに、一回コンビを解散して仕事がゼロになったんですよね。それと時を同じくして大輔さんもチュパチャップスを解散しはって、まったくお笑いの仕事がないと。東京と大阪でお互い無職みたいな状態のときに、これまた東京に出てきてまったく仕事がなくなっちゃった雨上がり(決死隊)さんが、「もうこうなったらコントライブやる。全国ツアーやるから、大輔とコバ、おまえらヒマやから手伝え」と声をかけてくれたんです。当時東京には、よしもとが借り上げた合宿所みたいなところがあったんですよ。そこに僕と大輔さんずっと泊まって、雨上がりさんはそこから仕事行って、帰ってきたら4人でネタ考えて練習して。 ――テラスハウスみたいですね。 ケンコバ そう(笑)。そこで大輔さんと毎日オナニー見せ合ったりとか、どっちが飛ばすかとか、中学生みたいなことやっていて(笑)。「あ、いつまでもこういうノリで接せられる人おんねんな」とお互い思ったと思うんですよ。大輔さんは、この世界ではちょっと変わった人で、「俺、よしもとのそういうの(芸歴で先輩後輩を決めること)あんまり好きじゃないねん」っていうのを、当時からおっしゃっていて。年齢で一緒なのが一番心地ええねんなと。大輔さんとは同い年ですけど2年先輩なので今でも敬語は使ってますが、ほぼ同級生というか友達感覚でお付き合いさせてもらってます。 IMG_8114_.jpg ――以前お2人のトークライブで「大輔さんは究極のSで、僕は究極のM」とおっしゃっていましたが、そういう部分でも波長が合ったのでしょうか? ケンコバ 当時はそういう体になっていたかもしれないけど、実際Mに関しても大輔さんはすごいから(笑)。俺も、なかなか尊敬できるM仲間っていないんですよ。「俺Mです」とか言ってるヤツに限って、全然ガキだったり。だけど。大輔さん見てたら、この人、心から尊敬できるなって思いました。 ――どんな大輔さんを見て、Mを確信したのですか? ケンコバ いやぁ、大輔さんはお子さんもおられるんで、ここではあんまり言えないですけどね。まぁギリギリ言える範囲としたら……そうですね、「あんぎゃー」でタイに行ったときに、夜中にスーパー行ったら、大輔さんが2メートルくらいあるブラジル人のレディボーイと一緒に買い物してたことですかね。顔の下半分、ヒゲで青なってた。 ――タイ、ブラジル人、レディボーイ、2メール、青ヒゲ…… ケンコバ そうです。2人で魚卵のコーナーを物色してましたよ。なんやねん、まったく意味が分からない。 ――ホンマモンですね。 ケンコバ 今、居酒屋トーク感覚でSとかMとか言うじゃないですか。でもオマエらのそれはSじゃなくMじゃなく、自分勝手でガキなだけやと思うんですけど、大輔さんの話は、そんなことまったく思わないですね。あぁ、この人は求道者なんだなと。 ――その道を究めていると。 ケンコバ 陶芸家とか居合い抜きの人に近いですね。大輔さんは本当に感覚で生きている人。一方、僕は物事を考えるのが好きで、考察が趣味。でも、舞台ではちょっと逆っていうのが不思議なんです。僕が舞台では感覚で、大輔さんは理論。 ――「あんぎゃー」で2人が見つけるオモロイものは、まったく違いますか? ケンコバ いや、そこは似てるんです。だからやれてるんだと思います。あいつエロそうやな、っていう人も一緒。あいつ美人やけど、セックスあんまり良くないやろなっていうのも一緒(笑)。そういう感覚がすごく近い。 ――全国を旅するにあたり、事前リサーチなどはするのですか? ケンコバ 「るるぶ」ですよ。やっぱり昼飯は「るるぶ」頼りなところはありますね。でもね、地方に行くと日本の政治とかいろいろ考えますよ。中央集権って、ホンマなんです。「るるぶ」ペラペラな県とかありますよ。表紙と森の写真だけの「るるぶ」がね、ホンマにあるんですよ。中央集権については、もう一度考え直さなあきませんよ。 ――逆に地方のパワーを感じたのは? ケンコバ まぁ、ヤカラ方面ですね。マジかコイツらと。俺と大輔さんはどっかで頭おかしいから、マジのケンカになりかけたこと何回かありますよ。絶対ダメじゃないですか、テレビに出させてもらってる人間が。 ――ヤバかったのは、たとえば…… ケンコバ 山口県と千葉県でデカイ抗争ありましたね(笑)。なんかね、後でゾッとするんですけど、大輔さんといると一歩も引かへんようになっちゃうんですよ。うまく引けたのは埼玉くらいですね。埼玉は相手が超強そうやったんで(笑)。もう「ウソやろ?」っていう武闘派軍団出てきて。 ――マイルドじゃないヤンキー(笑)。 ケンコバ 一方で、東北に行ったら人の優しさに触れましてね。日本は北へ行けば行くほど、優しくなる。寒いからですかね、人にも優しくなれるのは。「あんぎゃー」は東日本大震災を挟んでいるんですけど、震災の時は大輔さんともよく話し合いましたよ。なんか俺たちもせなあかんと。「あんぎゃー」のカウントには入れてませんけど、宮城に行きましたし。2人が真面目な話したんは、あれが初めてかもしれないですね。 ――震災では、「笑い」が難しい局面に立たされていました。 ケンコバ あの時初めて、笑いの葛藤を感じましたね。笑かしてええんかなっていう。でも行ってみたら、皆さん笑いを求めていた。僕はこの世界に入って初めて、ちゃんと人を笑かそうと思ったかもしれない。 IMG_8169_.jpg ――あれ? それまでは…… ケンコバ 正直、そんな気持ちはないんですよ、俺。笑ってくれたらいいなとは思ってますけど。 ――自分が面白いと思うことをやって、結果お客さんが笑ってくれたらいいなという感じですか? ケンコバ いやいや、もっと自分勝手ですね。刑務所入らへんようにという具合です。こうやって吐き出しとかな、俺はいろいろ溜めたらきっとよからぬことをしてしまう。常識人とよく言われるし、確かに常識を守るのが趣味です。夜中の信号を守っているのは、俺くらいですよ、歩行者で。誰も見てないところで正義を貫くのが趣味なんですよ。頭おかしいんでしょうね。お前らにできへんことやったるっていうとこがあるんでしょう。難しいのは夜中の信号守ることですよ。 ――己との戦いですね。 ケンコバ だから、僕もちょっと求道者のところがあるのかもしれない。自分のそういうところも見つめ直した5年でした。 ――では、インタビューもたけなわになって参りましたので、そろそろ5年間の「あんぎゃー」におけるインパクト大エピソードを教えていただけますでしょうか? ケンコバ これは僕の中で「誰が呼んでん?」シリーズと呼んでいるんですけど、そうですね……あれは広島県での出来事です。僕と大輔さんと作家さんとよしもとの社員さんで打ち上げしてたんですけど、その時なぜか同じテーブルに両足血まみれの女の子がいて、一緒に飲んでたんです。後で振り返って、あれ誰やねん? と。謎中の謎なんですよ。両足血まみれの女の子を呼ぶわけないし、声かけるわけもないし。 ――飲んでるときは、気が付かなかったんですか? ケンコバ 僕らの会話を聞いてニコニコしてるだけだったので、別にジャマじゃなかったんですよ。これが話に入ってきたりしたら「おまえ誰やねん?」ってなったんでしょうけど。おまえ誰やねん、の機会すら与えてくれなかった。 ――こわいな~こわいな~系ですね。 ケンコバ ホンマですよ。あとやっぱり山口県の抗争ですかね。今どきそんなタレントいませんよね、昭和やないねんから(笑)。 ――事の発端はなんだったんですか? ケンコバ それもね、日本の中央集権の闇を感じたんですけど、山口はメインの繁華街がほぼシャッタータウンなんですよ。タクシーの運転手さんに「一番栄えてるとこに連れてってください」ってお願いしたら「何言ってんのよ、ここは滅びゆく街だよ」って言うんです。やっと一軒ラーメン屋を見つけて、そこでとりあえず飲んでたんですよ。そしたら若いやつらがTwitterかなんかで広めたんでしょうね。まず暴走族みたいなのが入ってきた。「おぉやっぱりおった~。一緒に飲もうや」って。なんでおまえらと飲まなあかんねんってモメてたら、めちゃめちゃイカついラーメン屋の大将が「うるさいんじゃ、おまえら。ラーメン食ってる間は俺の客じゃ、出ていけ!」って、暴走族に包丁突き出したんです。大将にお礼を言って飲み直してたら、さらにその上の方がバーンって入ってきよった。ホステス30人くらい連れてきて「コイツらとツーショット撮れ!」と。おお! 武闘派の大将どうすんのかと思ったら、ラーメンの湯切りして聞こえへんフリしてた(笑)。 ――大将!! ケンコバ ずっとお互いにらみ合いながら、ホステス30人と写真撮ったのはいい思い出ですね。 ――それもある意味「誰が呼んでん!」シリーズですね。 ケンコバ 後で山口出身のロンブー淳に聞いたら「実は、僕もあそこの店で殴られたことあるんです」って。そういう場所なんやと(笑)。でもよう考えたら、両足血まみれのニコニコ女のほうが怖いですけどね。 ――とにかく「あんぎゃー」では、お2人がすごい経験をされてきたと。 ケンコバ 静岡では「私のおっぱいは20代並みにキレイ」って豪語する80歳のママがやってるスナックに行って、大輔さんが「見せろ!」って言ったらホンマにキレイなおっぱい出てきたとか。そのとき、俺は泥酔してたから、もしかしたら記憶が間違ってるかもしれないんですけど、大輔さん、ちょっと咥えてたような気がします。 ――(笑)。今度の東京がファイナルというのは惜しいような、ステキな話ばかりですね。 ケンコバ 東京公演では全国からの選りすぐりの話が聞けますよ(笑)。ここには書けないような、すごい話いっぱいありますから。それを、わりかし今テレビに出させてもらってる2人がやってるというのは考えられないと思いますけどね。このコンプライアンス社会で。俺らも「あんぎゃー」してるときはヤンキーなんで。やったる! っていう気持ち。全国制覇の気合ですね。 (取材・文=西澤千央) 20140530_angya-tokyo-1.jpg ●「あんぎゃー」公演情報 日時:2014年5月30日(金) 18:30開場/19:00開演 チケット:前売 3,000円 当日 3,500円 ※全席指定 ※参加資格:高校生不可、18歳以上 会場:よみうりホール 【東京都千代田区有楽町1-11-1読売会館7階(ビックカメラ上)】 出演:宮川大輔、ケンドーコバヤシ プレイガイド ・チケットよしもと…0570-550-100【Yコード:100020】 ・チケットぴあ…0570-02-9999【Pコード:435-842】 ・ローソンチケット…0570-084-003【Lコード:33658】 お問い合わせ チケットよしもと予約問い合わせダイヤル 0570-550-100【24時間受け付け(お問い合わせは10:00~19:00)】 制作:よしもとクリエイティブ・エージェンシー

芸人が選ぶ“天才”芸人・三四郎が漫才のオチに「ピー!」を入れるワケ

sanshiro0509_01.jpg  いま最も勢いに乗っている若手芸人・三四郎。『ゴッドタン』(テレビ東京系)では「若手芸人が選ぶ天才芸人1位」として紹介され、『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ系)、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)などにも出演。すぐに挙動不審になり、先輩芸人にも平気でかみつく小宮浩信の「生意気キャラ」も話題を呼んでいる。  そんな彼らが5月28日、初めての撮り下ろしDVD『一九八三』をリリースする。独特のテンポで予測不能のボケが飛び出す彼らの漫才は、同業者の間でも評価が高い。順調に波に乗りつつあるこの状況で、彼らは自分たちの現状をどう捉えているのか? ――DVDに収録されたネタは、どういう基準で選んだんですか? 小宮浩信(以下、小宮) いろいろな漫才を見ていただきたいので、タイプの違うやつをたくさん入れました。 ――DVDの中では、セリフに「ピー」音が入ってる箇所もいくつかありましたね。これだけピー音が入ってるお笑いDVDも珍しいですよね。 相田周二(以下、相田) 確かに、ピー多めですね(笑)。 ――ネタの途中で「ピー」がたくさん入るというのは、ご本人たちとしてはどう思われますか? 小宮  まあ、そこで「何を言ってるのかな?」っていうのを気にしていただいて、ライブに足を運んでくれたらいいなと思いますね。 相田  「ピー多すぎだろ」っていうのがボケになってるような感じもあるので、そこを楽しんでもらいたいですね。オチなのにピーが入ってるところとか、面白いですよね(笑)。 ――このDVDに収録されているネタの中で、特に好きなネタや印象に残るネタを教えていただけますか? 小宮  「桐島」とかは、あらためて見ても、笑えるか笑えないかすごく際どいラインかなと思いますね。これ、何やってるんだろう? って。やってる僕らもおかしいですけど、これで笑ってるお客さんもどうかしてると思いますね(笑)。 相田  僕は「DB」も好きなんですよね。僕らのネタってだいたい長くても6分くらいなんですけど、このネタは9分くらいやってる。アドリブみたいなところもありますし、遊びどころがいっぱいあるので、やってて楽しいですね。 sanshiro0509_02.jpg ――ネタは、どうやって作っているんですか? 小宮  まあ、プライベートでつらいことや嫌なことがあったりしたら、そのことを糧にして作るっていうことが多いですね。例えば「あるよ!」っていうネタはそうやって生まれました。決めつけてくる人って、たまにいるじゃないですか。そこから派生してネタになってるんです。 ――じゃあ、「リア充に劇薬ぶっかけたい」というフレーズが印象的な「リア充」というネタも、リア充に対する恨みから生まれたんですか? 小宮  まあ、そのときの衝動でネタ作ってるので。今は嫌いじゃないですけどね。今は三四郎もいい具合にノッてるんで。……異論はないですよね? 相田  やかましいわ!(笑) 小宮  3年前ぐらいは本当に売れてないし、ライブでもファンもいないし、みたいな感じの状況だったから、これができたっていうのもあるんです。あと、「リア充」っていう言葉自体も嫌だなって思って。すでにある言葉みたいな、ありものみたいに言われてるのが。 相田  「リア充」のネタは、結構好きな人が多いですね。 小宮  ライブで出待ちしてくれる人の中でも、顔面蒼白でアブなそうな人が「リア充のネタ大好きです!」って言ってきたり。「私も本当に劇薬ぶっかけたいと思ってるんですよ!」って(笑)。いや、ネタだからね、って。本当にぶっかけたいとは思ってないですから。 相田  怖いなあ(笑)。 ――漫才の中で小宮さんは「メンタル鬼弱だぞ」と言っていたりしますが、実際にメンタルは弱いんでしょうか? 小宮  まあ、そうですね。 ――最近、バラエティ番組では小宮さんは先輩芸人にもかみついていますけど、ああいうときにも実際は緊張していたりするんでしょうか? 小宮  いや、そりゃそうですよ。毎回ビクビクしてますよ。大丈夫かな? って。 相田  先輩方は、みんな優しい人たちだからね。 ――先輩にタメ口で突っかかったりするのは、どういう心理なんでしょうか? 小宮  まあ、やっちゃいけないことだというのはわかってますよ。でも、普通の感じで出ても面白くないから、逆を行ってるだけです。性格上、あまのじゃくっていうのもありますし。僕の周りにいるのも社会不適合者というか、普通のことができない人ばっかりですから。『アウト×デラックス』(フジテレビ系)のオーディションでも落ちるぐらい、「アウト」な人もいたりして。 相田  セーフだから落ちるんじゃないですよ? 『アウト×デラックス』でもアウトだから落ちるような人ですから(笑)。 ――例えば、どういう人ですか? 小宮  ウエストランドの井口(浩之)とかは、間を埋めなきゃいけないっていう使命感にとらわれてて、ずっとしゃべり続けてるんです。なんであんなにしゃべれるんだろう、って思いますね。 相田  あいつはみんなが静かにしているときに、誰も何も言ってないのに、急に独り言で「まあ、そうっすよね、そりゃあそうっすよね」ってしゃべり始めるんですよ(笑)。何に対して言ってるんだ、って。沈黙に耐えきれないんでしょうね。 sanshiro0509_03.jpg ――小宮さんは『ゴッドタン』に出たときには、先輩芸人の皆さんに「実は童貞じゃないの?」ってイジられたりしてましたね。 小宮  僕、自分からは「童貞」って言ってませんからね。周りの人が勝手に言ってるだけで。この間も街を歩いていたら、小学生に指さされて「あっ、童貞だ」って(笑)。お前が言うなよ、って思いましたね。どんな覚え方だよ。 相田  「童貞」の意味もわからないようなやつに(笑)。 ――じゃあ、童貞ではないんですね? 小宮  (キレ気味に)いや、童貞ではないでしょ。 相田  イライラしてるねえ。これはヤバいっすよ(笑)。 小宮  井口もキレてますからね、「あの人(小宮)は本当に童貞じゃないですよ! 僕のほうがモテないですよ!」って。 相田  なんで井口がキレてるんだよ(笑)。もういっそのこと、「小宮はヤリチン」って書いてもらおうか。 小宮  そうだな。「俺、本当はヤリチンだぞ」って。……余計、童貞っぽい! 相田  輪をかけて童貞っぽくなっちゃった(笑)。 ――小宮さんは、街で一般の人に気付かれたりすることもあるんでしょうか? 小宮  いや、そんなにないですけど。 相田  茶髪とメガネで「あっ!」ってなって、最終的に(欠けている)歯で判別する人が多いんですよ。 小宮  普段はマスクをしてるんですけど、歩いていると一般の人が「あっ、もしかして……?」っていう感じで近寄ってきて、「マスク取ってもらっていいですか?」って言われて。それでマスクを取ったら、「あっ……応援してます」って。 相田  前歯があったら、どうなってたんだろうね(笑)。 ――「生意気キャラ」扱いされることについて、ご自分ではどう思われますか? 小宮  まあ、漫才のときの芸風とそんなに離れてないので、やりやすいっていうのはありますね。やっぱり性格とか出したほうが面白いですから。 相田  それこそ「童貞」の漫才もありましたからね。「お前、童貞だろ」って言われてうろたえるっていう。 ――さて、DVDの話に戻ります。DVDのタイトル「一九八三」はどういう意味なんでしょうか? 小宮  やっぱり、漫才のネタも、今までの生まれ育ってきた環境や周りの人によって形成されているので、生まれた年の「1983年」から始まったっていう意味で、そうつけました。 ――DVDジャケットのデザインも、スタイリッシュで格好いい感じですね。 小宮  ウエストランドの『漫才商店街』のDVDジャケットを見て、うわっ、これはちゃんと本腰入れないとまずいな、って思ったんですよ(笑)。 相田  『漫才商店街』のジャケットには度肝を抜かれましたからね。あれには勝ちたかったです。 ――最後に、お二人の今年の目標は? 小宮  漫才をがんばっていきたいので、『THE MANZAI』とか『漫才新人大賞』で結果を残したいですね。 相田  今だったらたぶん、小宮のキャラを知っている人も去年より多いから、そこは有利に働くんじゃないかと思うんですよね。 小宮  僕のキャラって、嫌いな人は嫌いなんで。 ――うん。 小宮  いや、「うん」じゃないでしょ! 「そんなことないですよ」でしょ! (取材・文=お笑い評論家・ラリー遠田/撮影=名鹿祥史)

「撮影初日の自慰シーンで、逆に開き直れた」初SMプレイに挑んだ天乃舞衣子が出会った、新たな“快感”とは?

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撮影=尾藤能暢
 団鬼六の小説を原作に映像化され続けてきた『花と蛇』シリーズ。杉本彩主演、石井隆監督による『花と蛇』から10年、シリーズはさらなる成長を遂げ、このたび公開される最新作『花と蛇ZERO』では、主演女優が3人という大胆な設定になった。『探偵はBARにいる』シリーズの橋本一監督がメガホンを取り、よりエンタテインメント性が高まった作品になっている。  主人公3人は、夫の借金のカタとして闇サイトで陵辱される遠山静子(濱田のり子)。その闇サイトを見て自ら緊縛の世界に飛び込んでいく、専業主婦の瑠璃(桜木梨奈)。そして、闇サイトの真相を暴くため、妹を助けるために陵辱されることを決意する女刑事の雨宮美咲。美咲を演じた天乃舞衣子は、初の緊縛、初のSMプレイだったとか。果たして、新たな快感を得られたのだろうか? ――雨宮美咲役はオーディションで勝ち取ったそうですね。 天乃舞衣子(以下、天乃) とても有名なシリーズということと、橋本一監督とご一緒できるということで、ぜひやりたいと思ったんです。『花と蛇』なので、ヌードになることはわかっていました。でも作品に必要なことですし、この作品だったら私も脱ぐことにも全力でトライしたいと思ったので、大丈夫でした。 ――美咲は仕事一筋の刑事。そんなキャラクターだからこそ、捜査のためならなんでもやるのかもしれないと思わせるものがありました。 天乃 緊縛もSMも、捜査を機に体験しただけ。でも、一度その世界に入ったら、逃れられなくなってしまった。誰もが、気持ちの解放をしてみたいという欲望を持っているんじゃないかなって思いますね。 ――美咲は捜査のためなら、トイレで自慰しろという犯人からの命令も受け入れてしまいます。『花と蛇』ならではのエロティックなシーンでしたが。 天乃 実は、撮影初日の最初のシーンだったんですよ。何も考える間もなく、とにかく懸命にやりました。いきなりあのシーンをやったことで、逆に開き直れましたね。気がついたら、裸で現場を歩くようになっちゃいましたし(笑)。 ――橋本一監督の演出は、いかがでしたか? 天乃 私は映画に主演するのが初めてなので、主演としての心構えから教えていただきました。とても明るい監督で厳しい面はないのですが、ちょっとした顔の角度などを本番で間違えてしまったときは、指導されました。リハーサルだとできるんだけど、本番になると気持ちが入りすぎてしまって、この角度で止めなきゃいけないのにそれがうまくできなくて。何度も何度もやりましたね。でも橋本監督って、基本的には撮影を楽しんでいる方という印象です。監督が楽しんでいる中で、私は何百回と鞭で打たれ続けてました(笑)。 378A5485.jpg ――SMや緊縛には、どんなイメージを持っていましたか? 天乃 見ることのないものだと思っていました。イメージとしては、男性のもの、エロティックなもの。まさか自分が映画でやるなんて思ってもいなくて。撮影に入る前に、体にどれぐらい傷や痕がつくかを見るために体験緊縛というものをやったんです。縛られること自体は特に痛くなかったのに、ブワーッと湿疹みたいなのが出てきてしまって。服の上から縛られていたので、脱いだときにびっくりしましたね。初めてだったから、体が驚いたのかも。でも、そうやっていくうちに体が少しずつ縄になじんでいくらしくて、傷がどんどんつかなくなるんですよ。人間って、すごい適応能力ですよね(笑)。 ――裸で縛られるって、どんな感覚なんでしょう? 天乃 プロの緊縛師の方にちゃんと縛ってもらうと、ギュッと抱きしめられているような、しっかりとした安心感があるんですよ。宙吊りは床で縛ってもらってから上に吊ってもらうんですが、浮いたときは、今まで体験したことのないアトラクションのような不思議な感覚で面白かったですね。縛られるコツは、自然と受け入れることだと思います。緊縛自体はそんなに痛みはないので。でも、鞭で打たれるのは本当に痛かったですよ(笑)。鞭ってこんな叩き方をするんだって思うぐらい、いろんな叩かれ方をされましたし、みみず腫れもアザもできましたから。M役になって思ったのは、思いきり叩いてもらえることが、すごくうれしいということ。それが快感になるんでしょうね。でも私自身は、SとMどちらもある気がします。 ――逆に、誰かを調教したくなったのでは? 天乃 やってみたいですね。思いっきり鞭で叩いてみたいです(笑)。 ――いま、表情がすごく輝きましたよ(笑)。それほどまでに苦労しただけあり、緊縛ショーは芸術的なシーンになりましたね。 天乃 そうなんです、だから男性だけでなく女性に見てほしいという思いもあるんですよね。緊縛ショーのシーンでは私を含めた3人の女性が縛られてつなげられて、一斉に宙に吊られるのですが、私たちがつらくないようにと、一発で撮るぞという張りつめた空気になっていました。みんなで作り上げたという達成感で、撮影が終わって寂しかったほど。もう縛られることはないのかって思ってたんですけど、写真集の撮影でまた縛られたので、もっと見たい方はぜひ写真集も見てください(笑)。 ――撮影期間中の精神状態は、どんな感じでしたか? 天乃 今まで生きてきた中で、一番の極限状態だったと思います。家に帰っても撮影が休みの日でも、なんにも手につかない。役に入り込んでしまっているのか、しっかり寝ることもできなくて。現場が嫌で行きたくないとかではなく、そういうことも考えられないぐらい没頭していましたね。明日のシーンのことを考えるというよりは、次なにがあるかわからないという恐怖と期待。橋本監督は何をしてくるかわからないからと、下準備もしっかりして。そんな毎日が楽しみでもありました。だから撮影中は毎日、生きることで必死(笑)。でも撮影をしていく中で、どんどん気持ちが前向きになって、スタッフさんたちもみんな「早く観たいね」って撮影中から言っていたほどなんですよ。それぐらい橋本監督を信じることができたし、作品のことも信じていたということだと思います。 ――天乃さんがお芝居に興味を持ったきっかけは、なんだったんですか? 天乃 舞台に出たことですね。デビュー当時はグラビアやタレント業をやっていたんですが、初めて女優として舞台に立ったときの感動は忘れられません。周りの役者さんから受ける感情がとても新鮮で、心地よくて。もっといろんな感情に出会ってみたい、もっといろんな役に出会いたいなって、すごく思いました。 378A5522.jpg ――自分の性格を表すとしたら? 天乃 真面目だねって、よく言われますね。あと、急に何かをしだす。『花と蛇ZERO』も、ほとんど誰にも相談せず、ひとりで決めたような話でしたし。自分で嫌な部分は、いっぱいあります。普段はすごくぐうたらで、家からそんなに出ないんです。なんでも、「やらなきゃ」という感じで自分を動かすタイプ。舞台を観るのが好きなので、お休みの時は舞台を観に行くことが一番楽しいですね。でも、仕事をしているときが一番楽しいかもしれない。それ以上の趣味ってあまりなくて……。 ――本当に真面目ですねぇ。なんでもお仕事や自分磨きにつなげたりとか。 天乃 これをすることで、どれぐらい自分の身になるか、ということが面白いんだと思います。今回の役みたいに、お仕事では未知の世界に惹かれてしまうんですよね。だから普段ノーマルなのかな。お酒も弱いので普段あまり飲まないんですが、舞台の打ち上げで飲んだときはすごく泣いてましたね。共演者の人が間違えて言った「また明日ね」という言葉に、「もう明日はないんだってば!」って大泣きしてました(笑)。周りの人は、めんどくさかっただろうなぁ。 ――かわいいじゃないですか。もっと酔わせてみたいです。さまざまな苦労を重ねた映画『花と蛇ZERO』がいよいよ公開ですが、今の率直な気持ちは? 天乃 『花と蛇』シリーズを初めて観る方でも楽しんでいただける、官能エンタテインメントです。エロスだけじゃなく、サスペンス、アクションといった要素もありますし、今回は橋本監督ならではの笑いも入っています。早く観てほしいという気持ちでいっぱいですね。 ――女優としても、これからさらに飛躍していけそうですね。 天乃 これだけのことを経験したというのが、すごく自分の糧になっていると思います。精神的にかなり強くなったので、どんな役が来てもやり遂げたいですね。 (取材・文=大曲智子) ●あまの・まいこ 1985年生まれ。09年、TBS系『関口宏の東京フレンドパーク2』のレギュラーアシスタントで芸能界デビュー。大学時代はグラビアアイドルとして活躍。卒業後は女優に。12年『笑う警官』、12年『第三世代』など舞台を中心に活躍。13年、R-15指定の舞台『問わず語り』では激しい濡れ場に体当たりで熱演、大ヒットを記録する。出演映画『奴隷区・僕と23人の奴隷』が6月28日より公開。初の写真集『天乃舞衣子写真集 ZERO』(ワニブックス)が発売中。 hanatohebi0_large.jpg ●『花と蛇ZERO』 原作/団 鬼六『花と蛇』(幻冬舎アウトロー文庫刊) 監督/橋本一 脚本/港岳彦 出演/天乃舞衣子 濱田のり子 桜木梨奈 津田寛治 川野直樹 榊英雄 辻本祐樹 菅原大吉 木村祐一 5月17日より全国ロードショー <http://www.dmm.co.jp/hanatohebi0> (C)2014 東映ビデオ

「アニメがあったから、道を踏み外さなかった」“世界最強のオタク”を目指す格闘家・岡倫之の壮絶な半生

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撮影=後藤秀二
 空手、柔道、レスリング、サンボ、ビーチレスリング、グラップリング、パンクラチオンなど数々の格闘技に挑戦し、国内外の大会で次々と優勝を決めている新進格闘家・岡倫之。彼の動向が、今ネット上を大きくにぎわせている。公開されたプロモーションビデオでは、まるで肉食獣を思わせるワイルドな闘いぶりを見せる一方、アニメやゲームに登場する美少女キャラグッズに囲まれたプライベートな姿を惜しげもなく披露。大会に出場すれば、『ミルキィホームズ』や『ラブライブ!』など人気アニメの美少女がほほえむシャツやグッズに身を包んでバッチリ入賞を決めるという具合に、格闘技にも、アニメファンとしても全力投球。4月25、26日に開催されたアジアパンクラチオン選手権大会でも、2部門でそれぞれ3位に入賞。『ミルキィホームズ』グッズ装着で授賞式に臨み、大きな話題を呼んだ。  そんな「世界最強のオタク」を目指す岡選手だが、この4月1日から新日本プロレスの親会社としてプロレス界をけん引する株式会社ブシロードに入社したばかり。新人研修を受けつつ、レスリングでのオリンピック出場を目指すというハードな日々を送っている。そんなピカピカの新卒社会人でもある岡選手に、そのオタク人生と格闘家としての目標を聞いてみた! ■輝かしき、その戦績! ──萌えキャラや声優ネタが詰まったブログやPVで一躍話題を集めた岡選手ですが、本当にお好きなんですね(取材時には、2012年に開催された声優ユニット・ミルキィホームズ武道館ライブグッズのTシャツ姿で登場)。 岡倫之 選手(以下、岡) (ちょっと照れながら)大好きですね。 ──もともとブシロードという会社の存在は知っていましたか?  はい。昔から知っていました。僕が大学1年か2年の時に、冗談で「アニメの会社だし名前もかっこいいし、いずれはブシロードに所属して試合に出たい」なんて言っていたんです。ただの冗談だったのですが、それが実現するとは……。 (一同笑)
ネット上で話題になったPV
 ブシロードに近づきたいからこういうキャラ付けをしている、とか言われたりもするんですけど、ブシロードが新日本プロレスの親会社になったことも当時は全然知りませんでしたし、このライブ(Tシャツを指しながら)があった時も全然知りませんでした。最初のきっかけは、2012年6月に「ブシロードクラブ」[註]の永田裕志監督が大学に来て、今度ブシロードが新しくクラブを立ち上げるというお話を聞いた時です。僕の父親は自衛隊員だったんですが、自衛隊はレスリングが強かったので、当時は自分も自衛隊に入ろうと思っていたんです。なので、その時はあまり気には留めませんでした。でも、2012年12月のコミックマーケットでブシロードの木谷高明社長にお会いし、「この人についていきたい」「ブシロードに入りたい」と思うようになりました。 ──なるほど。そんな岡選手ですが、先に出会ったのはアニメと格闘技のどちらだったのでしょうか?  格闘技ですね。小学生の頃に空手と柔道を始めて、レスリングを始めたのは高校生の時です。大学に入ってからはビーチレスリング、サンボ、グラップリング、パンクラチオンに挑戦して、今は総合格闘技をやっています。 ──それぞれ輝かしい成績を残していますね。  まず、大学1年の時に大洗でのビーチレスリングに参加したんですが、その時は1回戦負けでした。その後、4年で再挑戦し、優勝と最優秀選手賞をいただきました。それ以外だと、3年の時にサンボのユニバーシアードで優勝したほか、グラップリング、パンクラチオンの大会でもそれぞれ優勝しました。 ──岡選手といえば、アニメグッズに身を包んで大会に出場し、その姿が話題になることも多いです。  大学4年の時に出場した大洗のビーチレスリングでは、『ガールズ&パンツァー』の舞台ということで、ガルパンのウエアを着て参加しました。それと今年2月9日に『ラブライブ!』のコンサートがあったのですが、ちょうどサンボの試合とかぶってしまい参加できなかったので、気分だけ味わおうと『ラブライブ!』のシャツを着て参加しました。その時にネットで「世界最強のラブライバー」と、ちょっと話題になりました(笑)。 ■明日への活力だったアニメ
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憧れの選手は、長島☆自演乙☆雄一郎選手。
──アニメは、いつ頃から見るようになったのでしょうか?  小学生の時から子どもなりにアニメは好きだったんですけど、本格的に目覚めたのは中1の時に見た『スクールランブル』です。かわいい女の子がたくさん出てきて、そして主役を張るっていうアニメは当時あまり見たことがなくて、一気にのめり込んでしまいました。中学生ということでお金はあまりなかったんですけど、DVDも全巻そろえました。あとは兄にも協力してもらって、コミックスの限定版とかも集めました。そして中3の時に『涼宮ハルヒの憂鬱』が始まって、これもすごくハマりましたね。 ──中学時代に洗礼を受けちゃったわけですね。その後、高校ではどんなオタクライフを送られたのでしょうか?  高校時代はレスリング漬けの生活でしたし、僕も全国優勝を狙っていたので全然アニメを見られませんでした。一日中練習をして、帰宅したらちょっとアニメを見る、という感じでした。ただ、その頃『らき☆すた』は見ていて、舞台は埼玉だったんですよね。僕の通っていた高校も埼玉だったので、毎年、鷲宮神社には初詣に行っていました。  ただ実は、アニメオタクということと、気弱な性格ということで、高校までずっといじめを受けていまして……。当時、すでにレスリングでも成績を多少残していたのですが、「こいつは図体ばかりだ」「いつでも倒せる」ということで、……不良の人から10数人がかりでリンチを受けたりというのもあれば、物を隠されたり捨てられたり、陰険ないじめも受けました。 ──そうだったんですね。いじめに遭っても、アニメ好きを貫いてこられたのはなぜでしょうか?  逆につらいからこそ、その世界に逃げていたってことでしょうね。レスリングもつらくて、学校生活もつらくて、でも道を踏み外さないで今まで生きてこられたのは、アニメがあったからこそだと思います。アニメを見ている時だけは嫌なことを全部忘れられて、ただ楽しかったんです。こういう主人公になりたいとか、こういう青春を送りたいとか思いながら高校3年間を乗り切りました。 ──アニメが明日への活力だった。  僕にとってはそうでした。だから、どちらかというとスポーツではなく、アニメで精神力を鍛えられたのかな。全国大会で優勝するという目標もありましたし、明日も嫌なことがあるかもしれないけど、いつかアニメの中のような青春が訪れるんだろうと思いながら頑張りました。その結果、ブシロードという会社に入ることになったわけですが、これも運命だと勝手に思っています。それに、アニメ好きを貫いたといっても、高校生までは隠れオタクだったんです。でも、どこからか漏れていじめの対象になったりしたので、逆に大学からは堂々とするようになりました。  というのも、全国大会などを通して世の中にはいろいろな人がいるということを知り、人に合わせて生きても仕方がない。もし自分を出して嫌われたとしても、もうその人とは縁がなかったとあきらめるようになりました。それよりも、本当の自分をいいと思ってくれる人が本当の友達だと思うようになりまして、大学からはアニメオタクの部分をどんどん出していくようにしました。最初の頃は否定的な人も多かったんですが、それでも貫き通していったら、だんだんと認めてもらえるようになりました。 ■世界最強のオタクを目指して!
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この日のために、剃り込みを。もちろん『ミルキーホームズ』のM!
──当初は格闘技の世界に、オタク趣味を持ち込むことに対する拒否感もあったということでしょうか?  そういうのもあったと思います。アニメといえば、なよなよしたものという固定観念があったのも事実だと思います。確かに、男らしさというものからはかけ離れているとは思いますけど、主人公が夢をあきらめなかったり、仲間との絆を大切にしたりしている姿からはいろいろと学ぶことは多いですし、見る人によっては教科書になると思います。だから、先入観で物事を決めるのはよくないです。実際にアニメを見てつまらないと思うなら仕方がないのですが、見もしないで否定するということは、その人自身も何も学ぶことがないということじゃないでしょうか。  僕自身、現在いろいろな格闘技をやっているわけですが、それに対して「お前は何がやりたいんだ」「そんなことでオリンピックには行けない」という方もいるんです。でも、それこそやってみないと分からないじゃないかと思っています。もちろん一つの競技を極めてトップを狙うのもいいと思うんですが、僕は僕なりの強さを見だしたいと思っています。 ──岡選手がさまざまな競技で頂点を目指す理由は、なんなのでしょうか?  そもそも高校の頃に「レスリングが強いからって調子に乗るな。お前なんてレスリングがなかったら、ただのデブなオタクだ」と言われたことがありまして、じゃあレスリング以外も極めてやろうと思ったことがきっかけですね。レスリング以外の道も極めたら、それは強さの証明になるんじゃないかなと。今はまだまだ証明しきれてないですね。もっと成績を残していきたいです。みんなが「無理だ」と言うことも、頑張ればやれないことはない、というアニメの主人公たちが教えてくれたことです。そういう姿って、本当に格好いいと思っているんです。ほかの人は、この道は確率的に難しいからやめようとか思うかもしれないけど、僕はバカなのでそんな確率とかは考えずに、やれる限りとことんやっていきたいです。 ──まさに、少年漫画の主人公みたいな生き様ですね! そんな岡選手の目標を教えてください。  世界最強のオタクになることです。世界最強というのは強さだけではなく、知名度もある選手になるということでもあります。今、プロレスはすごく盛り上がってはいるのですが、プロレスファン以外には意外と選手の名前くらいしか知られていなかったりします。レスリングだと吉田沙保里選手は知っているけどルールはよく知られていない、というような状況が多くあるように思います。いくら強くても、スポーツを認知する人が増えないと意味はないわけです。スポーツ選手というのは、いわば看板を背負って闘う存在ですので、ブシロードという宣伝力の強い会社を通じて岡という人間やレスリングのことをもっと知ってもらって、応援もしてもらって、一緒に盛り上がっていけるように頑張っていきたいと思います。 ──力強いコメントありがとうございます! そんな岡選手のおすすめアニメはなんですか?  『ミルキィホームズ』ですね。これはもう永久に続いてほしいです。今日の髪形も、『ミルキィホームズ』のMと、メンバー4人を意味する4本ラインを入れてもらいました。初の武道館ライブの時も、当時は週7日の練習があってほとんどイベントなどには行けなかったんですけど、この日ばかりはなんとかスケジュールを縫って参加しました。その代わり、大学4年の12月に引退してからは、今まで行けなかった分を取り戻すようにいろんなイベントに参加しました。この1月から3月は、人生最大のオタ充期間でしたね。その時に生まれて初めてオタク友達もできて、楽しさを分かち合ったり、好きなアニメについて語り合ったりしました。やっぱりライブって楽しいですよね。 ──最後に、ブシロードでやってみたいことを教えてください。  たくさんあるんですが、まずはミルキィホームズさんと一緒にお仕事をしたいと思っています! そして、プロデビューできたあかつきには、皆さんが歌ったり踊ったりしている中でリングに入場したいと思います! ──ちなみに、一番推しているメンバーはどなたですか?  徳井青空さんです。元気があるけどしっかりしている部分もあって、思わず応援したくなるんですよね。 ──ミルキィホームズのメンバーと共演される日を、楽しみにしています! ありがとうございました。 (取材・文=有田シュン[シティコネクション]) ※註 2012年7月にスタートした、オリンピック出場を目指すアマチュアレスリング選手の育成を目的とするブシロードによるプロジェクト。本人の希望があれば、将来的にプロレスラーへの転向も可能。4月より岡選手も所属。 ●岡倫之公式ブログ「オカロード」 <http://ameblo.jp/nihon0612/>