中村淳彦『ルポ 中年童貞』が描く、社会問題としての“中年童貞”とは

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『ルポ 中年童貞』(幻冬舎新書)
 現在、30代以上未婚男性の4人に1人が性交渉未体験、つまり、童貞だといわれている。この20年間、増え続ける存在に何かを感じ取ったノンフィクションライターの中村淳彦氏は、最近、『ルポ 中年童貞』(幻冬舎新書)を上梓した。中年童貞たちの実態が克明に描かれた本書。中年童貞の増加は何を意味するのか? ――中村さんがこの本を書こうと思ったきっかけは何ですか? 中村 7年前、2008年に文筆業を辞めて介護の仕事を始めました。出版不況で自分の役割は終わったかなと思ったのと、『名前のない女たち最終章』(宝島社)という著書の取材で“死にたい”という女の子が続々現れて嫌になって、残りの20年くらいを介護業界で平穏に生きるつもりだったんです。しかし、その介護がとんでもない世界だった。頭がおかしくなりそうなくらい、いろいろあり、大変でした。多くの介護職員は、一般的には“優しい温かい人”とイメージされるかもしれませんが、実際は、経済的貧困と関係性の貧困を抱えている人が多く、毎日、必ず何かトラブルが起こっていました。 ――介護は、一般的には社会性が強い職種に聞こえるので意外です。 中村 ライターとして社会の底辺を見続けてきた自負のあった僕も、見たことのない地獄のようなところでした。ようやく昨年末に廃業までたどり着いて距離を取れましたが、思い出しただけで気分が悪くなります。数年前は、なんとか成り立たせなきゃならないと思い“どうしてこんなトラブルばかり起こるのか?”と、考え続けていました。トラブルをひもといていくと、その多くに、社会的に成功体験がなくて、人手不足の産業を転々としている中年男性が関わっていたんです。 ――彼らが中年童貞だったと。 中村 介護現場で、彼らとは四六時中に一緒に働いています。雑談の中で、セックス経験の有無を訊ねたりもします。僕が関わった中年男性は数人ですが、全員が「(セックス経験、風俗経験が)ない」と答えていました。介護業界に童貞の中年男性が著しく多いのはおかしいし、彼らがトラブルの引き金になっているのを、もっとひもといて考えるべきだと思うようになったんです。そこから、今「中年童貞」が大変なことになっているのではないかと気付いたんです。ライターとしてのネタではなくて、自社の存続や、もっと大きく介護という社会保障を崩壊させないため、というのが本音です。 ――ですが、童貞だからといって、みながトラブルを起こすわけではないですよね? 中村 もちろんそうです。幻冬舎plusで連載しているころから、それは偏見じゃないかと言われていました。しかし、最初の「おかしい」と感じた出発点は間違いなくそこですし、介護現場がトラブルまみれなのはうちだけじゃないと気付いて、無視できないと思った。これから超高齢化社会を迎える日本は、団塊の世代が後期高齢者に突入する“2025年問題”を抱えています。このままでは絶望的です。自分なりの危機感でした。 ――中年童貞の人たちを取材するに当たって、苦労した点はありますか? 中村 中年童貞は全国800万人と、膨大な人数はいるけど、話してくれる人を見つけるのは大変。自意識が高くて、逃げてごまかし続けている人たちが多いので、コミュニケーションが取りづらい。今回の取材で辛うじて会話ができたのは、高学歴系の中年童貞の方たち。彼らは、自分がズレているという自覚があるから、取材を了承してくれて自分のことを話してくれました。 ――中村さんは、『名前のない女たち』シリーズで企画AV女優たちの取材も続けています。彼女たちと比べても、中年童貞の方がより大変だったとおっしゃていましたね。 中村 00年代の企画AV女優たちは心を病んでいたり、壮絶な幼少時代を送っていたり、貧しかったりする女の子が多かった。話を聞くたびに疲弊したけど、彼女たちはなんとか自分の力で生きようとしていた。でも中年童貞の人たちは、自己正当化するばかり。途中から、彼らはどうすればいいのかを考え続けたけど、やっぱりどうにもならない。 ――中年童貞は社会問題であると。 中村 個人の自由恋愛が認められて、見合い結婚がなくなるのは、膨大な敗者が生まれるってことですよ。恋愛も結婚も格差はどんどん激しくなって、誰も手助けはしてくれない。敗者は排除されるだけ。厳しい現実です。昔に戻ることは不可能だけど、それでも、地域とか親が無理やり結婚させて、妻と子どものためには働かなきゃいけないとか、そっちの方がよかったのかもしれないとも思いました。
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中村氏
――この本では、オタク産業の衰退、ブラック企業、ネット右翼など、さまざまな分野の社会問題と中年童貞の問題がリンクしていることが明らかにされていますね。 中村 オタク産業は、かつては高学歴で収入の多いオタク層によって潤っていましたが、いまは若者が全体的に貧しくなっているので、以前ほどの勢いがありません。オタク企業は、顧客の囲い込みに必死のようです。オタク向けの老人ホーム構想まであると聞きました。死ぬまで好きなアニメに囲まれているのは幸せなのかもしれませんが、本当にそれでいいの? という疑問は、口に出さなくとも多くの人が思っていることではないでしょうか。 ――ネトウヨの人も登場します。 中村 中年童貞の人たちは、童貞というコンプレックスと、女性と社会から排除されている現実があります。いくら自己正当化しても無理がある。ブラック企業やブラック介護施設が垂れ流す前向きな言葉や、コンテンツメーカーに心と経済を操られていたり、そのコンプレックスが攻撃性に転化されてネトウヨになったりするようです。この本では、まずは中年童貞の存在を「可視化する」のが最大のテーマです。「30代以上の未婚男性4人に1人」は、衝撃的な数字だと思います。20代の童貞率はさらに多いわけですから、今後ももっと増えていく。これから何が見えてくるか分かりません。だからこそ、しばらく取材は続けていきたいと思っています。 ●なかむら・あつひこ 1972年、東京都生まれ。大学卒業後、ノンフィクションライターになる。企画AV女優たちの衝撃的な生と性を記録した『名前のない女たち』(宝島社)シリーズは代表作となり、映画化もされる。一時期、高齢者デイサービスセンターの運営に携わるも手を引き、現在は、ノンフィクション、ルポルタージュを中心に執筆。著書に『職業としてのAV女優』(幻冬舎新書)、『崩壊する介護現場』(ベスト新書)、『日本人が知らない韓国売春婦の真実』(宝島社)、『ワタミ・渡邉美樹 日本を崩壊させるブラックモンスター』(コア新書)、『日本の風俗嬢』(新潮新書)など多数。

お笑い界を“秒速”で駆け抜ける8.6秒バズーカー「一発屋狙いで芸人になった」2人の不確かな未来

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左からはまやねん、田中シングル/撮影=後藤秀二
 いまや老若男女「ちょと待てちょと待てお兄さ~ん」状態! 昨年末からメディアを席巻している謎のフレーズ“ラッスンゴレライ”。赤いシャツに黒のネクタイ、そしてサングラスでキレのいいリズムネタを繰り広げる2人、8.6秒バズーカーはなんと昨年NSCを卒業したばかりという若手中の若手。まさに秒速で売れた2人は今、どのような心境の中でラッスンしているのか? 多忙なスケジュールを象徴するかのように、異例の「出前食べながらインタビュー」となった今回、サングラスの下のその素顔に迫った。 ――お2人は中学校の同級生とのことですが、コンビでNSCに入るって、同期からうらやましがられませんでした? 田中 エピソードが多いっていうのはありますね。「同級生っていうのは、後々めっちゃよくなるから」とは言われます。 ――さまぁ~ずさんしかり、ダウンタウンさんしかり。 田中 同級生コンビは、ボケにすぐ気づいてくれる……はずなんですけどね。僕らの場合は「今のボケわかった?」「え? 全然!」って、笑いながらこいつが言う。 はま とりあえず、めっちゃ笑ってる。 ――お互い「あぁ、こいつ面白いな」っていう気持ちはあったということですよね? はま 仲良かったんで。 田中 やることは大体一緒やねん、な? ――では、その延長線上に“ラッスンゴレライ”があったと。 田中 あれは、僕が相方笑かそうと思って散々やってたときに生まれたんです。ホンマに意味わかんないんですけど。ちょうどNSCのネタ見せの前の日ですね。とりあえず、これで明日はやってまえ。怒られてもええやと。NSCって、基本的に同期のネタ見せで笑わないんですよ。ヘラヘラしてる場合ちゃうやろと。でも、同期にはめっちゃウケた。講師の人には「ストーリーがないから、意味わからん」って言われて、卒業してから半年くらいは封印していたんですけど、ライブたくさんやってると、ほかやるネタがなくなっちゃって。 はま もう“ラッスンゴレライ”やるしかないかって。 田中 そのライブでめっちゃウケて、1位になって。 はま こんなんでウケるんか?って(笑)。わかんないもんですね。 田中 僕らだけ楽しいって思ってたんですよ。ただ、それから“ラッスンゴレライ”っぽいネタって思って作っても、ダメなんですよね。狙いにいったら、それはそれで違うと。 ――そう考えると、いま世間でこのネタが好きな人は、きっとそのときの2人と同じテンションなのかもしれませんね。教室の後ろで、なんかよくわからないこと言ってツボに入った、あのテンション。 はま だったらうれしいですね。 ――テレビに出るようになって、どれくらいたちますか? 田中 初めて出してもらったのが去年の11月なんで……3カ月もたってないですね。 はま あっという間だな……怒涛の3カ月でした。 ――ちなみに、年末年始のスケジュールってどんな感じでした? 田中 すさまじかったですよ。 はま 24時間ずっと、この衣装着てました(笑)。
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田中 大みそかもカウントダウンライブがあって、終わりに始発で東京来て、『爆笑ヒットパレード』(フジテレビ系)に出て、そのまま飛行機で帰って出番10分前に劇場着いて、また舞台出て……。 はま 元旦から5日くらいまでは、毎日そんな感じでした。(1月)14日に、1カ月ぶりに休みがありました。 田中 でも、「この先いつ休みがあるかはわからない」ってマネジャーに言われました(笑)。 ――同期の反応はどんな感じですか? やっぱり複雑なものはありますか? 田中 最初の頃はありました。僕らNSCの頃から、チケットは結構売れてたんで「あいつらおもんない」「リズムネタがキャッチーなだけやろ」って陰口叩かれたりもしました。卒業して、劇場のメンバーに入ったのも早かったんでね、明らかに嫉妬されてるなっていうのもわかりましたし。でもテレビ出だして、そういうのもようやく落ち着いたというか。 はま そもそも、同期となかなか会えないんですよ。先輩ばっかりで。 田中 だから同期と一緒のライブとか、めちゃめちゃうれしいです。 はま 緊張感なくてテンション上がります! 田中 最初は先輩の中でガッチガチで、全然自分なんか出せないですし、今ようやく関係ができてきたんで、少しはやりやすくなりましたけど。 ――NSCに入る時に目指していた芸人さんはいましたか? 田中 僕は千鳥さんとダイアンさんです。やってること、ちゃうんですけど。 はま 僕はさまぁ~ずさんとバナナマンさんですね。街ブラロケとかしてみたい。 田中 『モヤさま』(テレビ東京系)な。めっちゃおもろいよな(ここで出前到着)。すんません、お言葉に甘えていただきます……。 ――全然お気になさらず。メニューは、はまやねんさんがカツ丼と冷たいうどん、田中シングルさんが親子丼に温かいうどん。 田中 ありがとうございます! いただきます! ――衣装のことをお伺いしたいんですけど、どちら発案なんですか? 田中 これも僕ですね。というか、ここまで全部僕に任せてくれるっていうのも、珍しいコンビだと思うんですよ。自分がなさすぎて珍しい。 ――ないわけじゃないですよね? はま (ズルズル)ないっすね。 田中 こんなやつ珍しいと思いません? 普通不安でしょ? ――それこそ信頼じゃないですか。 田中 最近、現場に2人で地図を頼りに行かなあかんことも多いんですけど、こいつ地図さえ見ない。 はま いや、僕が何か言うても信用してくれないんですよ! 田中 確かに、何度も入り時間間違えたり、道トチったりしてるな(笑)。 ――天然? 田中 はまやねんは、めちゃめちゃやばい天然ですよ。
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――今悩んでいることはありますか? はま 全部が初めてで全部が新鮮で、全部がどうしていいかわからない(笑)。 田中 すべてを全力でやってしまうんですよ。だから、めちゃめちゃ疲れる。いや全力でやらなアカンと思うんですけど、もうちょっと要領とかあると思うんですよ。 ――ドカンといって、その後消えていった先輩方も、たくさんいらっしゃいます。 田中 消えたくないです。不安ですし、今後のこと考えないと、とも思っています。だけど、それより今は目の前のことを一生懸命やるだけだとも思います。 ――自分たちのネタが消費されているという感覚はありますか? 田中 まぁまぁまぁ(笑)。ありますよ、ていうか、ありました。だけど、今はYouTubeがあるじゃないですか。テレビうんぬんというより、YouTubeで消費されるんですよ。だったらもう、求められてる今のうちにやっとくか! って感じですね。 ――それは、おじさんおばさんにはない感覚かもしれません。一発屋というとマイナスイメージがありますが、でも実際は一発すら打ち上げられずに消えていく人がほとんどの厳しい世界ですもんね。 田中 僕は、一発屋狙いでNSCに入ったので。 ――え!? 田中 1年で辞めようと思っていました。NSCには1年で1000人とか入学してくるんですよ。そんな中で出られるわけない。はまやねんにも、そう話しましたよ。 ――はまやねんさん、田中さんの決意を聞いて、どんな気持ちでしたか? はま まぁ、そのときに考えたらいいかな(笑)。 田中 ……コイツ、ほんま5分先も考えてないんです。 ――なんでしょう、はまやねんさんと話していると、春の息吹を感じますね。 田中 こいつの切羽詰まってない感じ、スゴくないですか? こういうところですよ、こいつとコンビ組んでよかったなって思うの(笑)。 ――相方さんに救われるところも多いですか? 田中 僕が考えすぎるほうなんで。能天気にゴーサイン出してくれるから。 はま 大丈夫大丈夫、いけるいける(笑)。
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――本当にカツ丼も、おいしそうに食べますしね! 田中 マジで、なんもできないんですよ。ネタを考えるときも、コイツのセリフをいかに減らすかに毎回、頭を悩ませてます。すぐネタ飛ばす(忘れる)んで。それで「セリフ増やすか、動きしんどくするか、どっちがええ?」って聞いたら、即答で「動き」と。 ――それは、お互いずっと知っているからなせる業ですよね。 田中 あらゆる能力が著しく低いんで。同期に「なんであんなのと組んでるん?」とか言われましたけど、他の相方とやるとかそういう考えは全然なかったですね。あらゆる能力は著しく低いんですけど、何かを楽しむ能力はハンパないんですよ。コイツができることを探しながらネタ作っていたら、ラッスンゴレライができたわけで。コイツが相方じゃなかったら、リズムネタも絶対やってなかったと思います。ボケの間もツッコミの間も取れないから、漫才は無理だし。逃げながら逃げながらですよ(笑)。 はま (ンゴッ)結果オーライですね(ズルズル)。 ――うどんも、おいしそうに食べますね! はま いい友達を持つって、大事やと思います。教訓です。 ――はまやねんさんは、何かを持ってそうな予感がします。 田中 そう思うでしょ? 年末に僕ら 『よしもとランキング2014』(関西テレビ)っていう番組に呼ばれたんですよ。坂田利夫師匠や西川きよし師匠やら、そうそうたる面々が出てはる。そこでアポロン山崎さんが出演者50人全員の手相を見て、2015年運のいい芸人をランキングするという企画がありまして(はまやねん、せめて運くらいはあってくれ……)って祈るような気持ちで見てたんですよ。そしたら僕が6位で、こいつ46位。お前、一体何で引っ張ってくれんねん!! はま 運ではないなぁ~。 ――たぶん、人柄、でしょうね。それはそうと「大阪よしもと漫才博覧会」にも出演されるとか。こちらもすごいメンバーですが、意気込みは? はま 楽しみですね。いろんな芸人さん見られるなって。 田中 ……学校ちゃうで。 はま  仲いい人もいっぱいいるから。 田中 ……大人数で行く楽しい遠足ちゃうで。 はま だって5分先のことも微妙なのに、3月のことなんか全然想像つかへん!! (取材・文=西澤千央) ●公演『大阪よしもと漫才博覧会』 大阪よしもと芸人250組500名以上の漫才師たちが、東京に大集結!! 日時:2015年3月11日(水)~13日(金) 昼公演:開演 12:00~/夜公演:開演 16:30~ チケット:1公演チケット:前売2,500円/当日2,800円 1日通し券チケット:4,000円 全公演通し券チケット:6,000円 会場:草月ホール【東京都港区赤坂7-2-21】 HP:< http://manzai-hakurankai.com/ > ●DVD『ラッスンゴレライ』 発売日:2015年3月18日(水)  価格:1,944円(税込) 発売元:よしもとアール・アンド・シー HP:<http://www.randc.jp/artist/86secbazookaa/> ●LINE公式スタンプ『8.6秒バズーカー』 発売日:2015年2月26日(木)

地下格闘技からアジア最強舞台へ──「俺は噛ませ犬」渋谷莉孔の“異例すぎる”挑戦に迫る!!

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(c)2015 ONE Championship
 地下から世界へ、驚異のスピード出世である。昨年9月にパンクラスのトップランカーを破る番狂わせを演じた地下格闘技出身の渋谷莉孔(29)がなんと、今年の3月13日にマレーシアのクアラルンプールで行われるアジア最大の総合格闘技イベント『ONE Championship(旧称ONE FC)』のメインカードでタイトルマッチに挑むことが決まった。プロでの実績がほとんどない“地下格上がり”の選手がONE Championshipに出場するだけでも驚きだが、いきなりメイン、しかもタイトルマッチというのは異例の大抜擢だ。ただならぬ強運ぶりを発揮し続ける渋谷だが、今回の相手は、運だけではどうにもならない最強王者のアドリアーノ・モラエス。果たして勝機はあるのか、ないのか? 「俺は噛ませ犬」と自嘲しつつ、静かに牙を研ぐ渋谷に話を聞いた。 ――日本のトップファイター・青木真也らが主戦場とするONE Championshipに、渋谷莉孔が参戦。しかもフライ級王者のアドリアーノ・モラエスといきなりタイトルマッチを行うとの第一報を聞いたときは、失礼ながら、アゴが外れるほど驚きました。 渋谷 自分もビックリしましたよ(笑)。ウソでしょ? こんなことあるの? って。 ――昨年9月にTTF CHALLENGE02でパンクラス・スーパーフライ級1位の古賀靖隆を破ったこともビッグサプライズでしたが(記事参照)、その興奮冷めやらぬうちに、飛び級で世界デビューです。いったいどのような経緯で、ONE Championshipへの出場が決まったのでしょうか? 渋谷 スカウトですね。去年の夏、ONE Championshipの代表(ビクター・クイ)がUFCの日本大会を見るために来日し、ついでに東京や大阪のジム回りをしたらしいんですが、そのときたまたま自分の存在が目に留まったみたいです。アドリアーノが強すぎて、対戦相手がなかなか見つからなくて困っていたときに、「あ、ちょうどいい奴がいた!」みたいな(笑)。 ――ビクター・クイ代表が視察に来ていた場面を覚えていますか? 渋谷 いや、まったく。なにしろこのジム(渋谷が所属する和術彗舟會HEARTS)、見学者もジム生も外国人がめちゃくちゃ多いですから、今日も誰かしら外国人が来ているなーって感じで、それが誰なのかまではいちいち把握していませんからね。その日にオファーがあったなら記憶に残ったでしょうけど、オファーがあったのはだいぶあとだし。 ――いつオファーがあったんですか? 渋谷 最初に契約の打診が来たのは、今年の1月10日ごろです。大沢ケンジさん(和術彗舟會HEARTS代表)のところに連絡があって、大沢さんから「ONE Championshipから選手契約の話が来ているけど、どうする?」と聞かれたんで、「やります!」と即答しました。前から外国に行きたいと思っていましたから。で、そのときはまだ対戦相手が決まっていなかったんですけど、契約書にサインして渡したら、後日、日本のエージェントから「とんでもないことになりました! アドリアーノ・モラエスとメインでタイトルマッチです!」っていう電話がかかってきたんですよ。
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――そのときの心境は? 渋谷 これはヤバイことになったな……と、大沢さんと2人で5秒ぐらい固まりました。実はONE Championshipの選手の中で、コイツとだけはやりたくないなと思っていたのが、アドリアーノだったんですよ。勝てるわけがないから、さすがにこれは断ろう……と最初は思ったんですけど、これを断ると次がないんじゃないか? という話になり、「じゃあ、受けるか」と。受けた俺もすごいなと自分で思いますよ(笑)。 ――TTFのときといい、今回といい、キャリアを考えたらあり得ない大抜擢が続いています。渋谷選手は、不思議な何かを持っていますね。 渋谷 そうですね、そういう運みたいなのは昔からけっこう強いんで。人生上1枚だけ買った宝くじで10万円を当てましたし、20年間、毎年買っているおみくじも大吉しか引いたことがありません。自分でもちょっと怖いな、って思います。 ――ONE Championshipのことは、以前からよくご存知でしたか? 渋谷 よく知っていました。たぶん自分が行ける最高峰はONE Championshipで、行けるとしたら5年後くらいかな、と思っていたんですが、その時期が大幅に早まりましたね。 ――アドリアーノ・モラエスのことも以前からご存知で? 渋谷 はい、YouTubeでよく見ていました。漆谷(康宏)選手やランボー(宏輔)選手という日本の強い選手が、いずれもアドリアーノに完敗しているから、「UFC以外で、こんなに強い奴がいるんだ」と思って見ていました。 ――アドリアーノ・モラエスは、どんなファイターですか? 渋谷 動画で見る分には、打撃は遅くて大振りだなーって感じだけど、それでもよく当たるんですよね。あとは、寝技で押さえ込む際のコントロールがものすごく上手い。ガッチリ組むんじゃなく、相手を泳がせながら遊ぶように絞め上げていく。あと、ハートも強そう。打たれてもすぐに打ち返して来るし、普通なら一呼吸置きたいところなのに、そこで攻めて来るんだ? っていう場面も多い。コイツはけっこう気持ちが強いな、という印象ですね。穴も少ないです。 ――そんな強豪に渋谷選手をぶつけた、主催者の意図をどう読みますか? 渋谷 誰がどう見ても、俺は噛ませ犬でしょうね(笑)。まあでも、牙だけはしっかり作っておかないと。噛ませ犬でも、牙さえあれば、なんかあるかもしれないじゃないですか。牙がない噛ませ犬だと、ただのショーになっちゃうけど、牙や爪があれば、そのへんの子犬がライオンに勝つことだって考えられる。だから今、牙を作っているところですね。 ――戦術や練習方法についてはのちほど伺うとして、その前に、ONE Championshipと結んだ契約の内容について教えてください。 渋谷 3年契約で、6試合です。勝ったらどんどん試合数が10試合とかに増えていくみたいです。
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――ファイトマネーはどうですか? 渋谷 日本のメジャー団体の現役チャンピオンよりも多いですね。日本の中堅プロ選手のX倍ぐらいの金額からスタートして、勝つごとに倍々ゲームでファイトマネーが増えていきます。さらにONEウォリアーボーナスというのもあって、その日一番会場を盛り上げた選手に500万円のボーナスが出るらしいので、ベルトと同時にそっちも狙っていきますよ。 ――なんという厚待遇! 他の格闘家たちが、うらやましがっているんじゃないですか? 渋谷 「こんなビッグチャンスがあるんだね」「ツイてるね」「運良く、いいところに入ったね」などの声をよく聞きます。 ――運も実力のうち、と言いますけどね。 渋谷 どんなに強くても、めぐって来ない人にはチャンスはめぐって来ませんからね。 ――ビッグマネーをつかむため、是が非でも初戦をモノにしたいところでしょうが、「渋谷に勝ち目はない」との予想が多く、渋谷選手のコーチである大沢さんも「逃げるのが上手い渋谷だけど、今回ばかりは寝たら逃げられそうにない」と語っています。 渋谷 レスリングと寝技については、以前よりもディフェンス力がついたと思います。ただ、今回はさらにその上を行く相手なので、レスリングや寝技を使う場面はおそらくないと思います。もう打撃で勝負するしかない。グーで殴ってもしょうがないから、今回は「一本拳」で行こうと思っています。 ――一本拳とは? 渋谷 こうやって中指だけを突き出して、そこにパワーを一点集中させる殴り方です。自分がケガをするリスクもあるけど、当たれば相手に与えるダメージも大きい。自分の指が折れてもいいから、一本拳で行こうかなと。蹴りも普通、スネとか足の甲で蹴るけど、今回は親指だけで蹴ってやろうかなと思っています。
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一撃KOの可能性を秘めた「一本拳」。ルール上、反則ではない。
――渋谷選手はギブアップ負けの経験はありますか? 渋谷 一度もないです。 ――もし今回、絞め技で落とされそうになったり、関節技で骨を折られそうになったりしたら、どうします? 渋谷 経験がないのでわからないですけど、腕の1本や2本、惜しくはないですね。 ――今回の会場はマレーシアの首都クアラルンプールにある、プトラ・スタジアムです。慣れない外国で試合をすることへの戸惑いは? 渋谷 そういう不安を排除するために、先日、隣国のシンガポールに行って、しっかり土台を作って来ましたよ。シンガポールとマレーシアは気候や食文化が近いので、どうやってトレーニングして、どう体重を落としたらいいか、などをいろいろ調べつつ、向こうの日本人ともけっこうパイプを作ってきました。結果、自分は近々、シンガポールに移住することになると思います。シンガポールはONE Championshipの本拠地だし、3年契約だから、何度も行ったり来たりするよりも、移住しちゃったほうがいいんじゃないかと。シンガポールは法人税も安いんで、格闘技をやりながら向こうで商売を始めてもいいし。 ――アドリアーノ・モラエスはブラジル人ですが、渋谷選手はこれまで外国人と戦った経験は? 渋谷 試合では一度もないです。なので先日、シンガポールのジムでブラジル人とたくさん練習してきました。 ――本番まで1カ月を切りましたが、減量は順調ですか? 渋谷 規定の125ポンド(56.7キロ)まで、あと10キロです。ちょっと今回、減量が厳しいですね。初めて筋トレをして体を大きくしたので、体重を落とすのに苦労しています。でも筋トレしたおかげで、それまでほとんどできなかった懸垂や腕立てを、半永久的に続けられるようになりましたけどね。 ――これまで筋トレをしたことがなかったんですか? 渋谷 負けたらやろう、と思っていたんですけど、5年以上負けなかったんで、やる機会がなかったんですよ。でも今回はさすがにやらないと負けが見えているから、自主的に始めました。 ――ジムでは筋トレ以外に、どんなトレーニングを行っていますか? 渋谷 1カ月を切ったので、普通のトータルスパーリングはもうやめて、劣勢な状態からのスパーリングを中心にやっています。あえてパンチをもらったりとか、あえてバックを取られたりとか、あえて倒されてみたりとか、そういう劣勢の状態からスタートするようにしています。
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破竹の勢いの渋谷には、成長企業も注目。相手が見た瞬間にチャットや動画・写真が消えるアプリ「BUZZ POP」で知られるWEBサービス企業のGanapati社が今回、渋谷のコスチュームを一社提供することになった。渋谷は「BUZZ POP」のアフターエフェクトとしても登場。アプリ内で自分の撮った動画と渋谷を合成することもできる。渋谷にボコボコにされたい人は必見である。http://www.ganapatiplc.com
――渋谷選手は「作戦を立てて戦うタイプ」ですが、短時間での勝負と長時間の勝負、どっちをイメージしていますか? 渋谷 そのへんは決めていません。早く終わらそうとして長引いたりすると、気分的に落ちると思うんですよ。長・短両方考えつつ、ありとあらゆる劣勢から、どうひっくり返すか、というトレーニングを重ねています。 ――現在の心理状態を教えてください。 渋谷 相手のことはよく考えたら別に、そんなに怖くないかなーって感じですね。ぶっちゃけ、どこでぶっ飛ばされても同じなんで。路上のケンカでぶっ飛ばされようが、後楽園ホールでぶっ飛ばされようが、海外のでっかい舞台のメインでぶっ飛ばされようが、痛みは一緒。2~3人の前でぶっ飛ばされようが、1万人の前でぶっ飛ばされようが、恥をかくレベルもそんなに変わらないと思うんですよ。いい意味で開き直っているから、そんなに緊張はしていません。 ――もちろん、ぶっ飛ばされるのではなく、一本拳でぶっ飛ばす展開を期待していますよ。 渋谷 実は俺、引き運だけじゃなく、当て運も強いんですよ。ヘタクソなパンチがこれまでけっこう当たっているから、もしかしてもしかするかもしれませんよ。 ――楽しみにしています!  日刊サイゾーでは、当日の試合の模様を現地から速報する予定である。 (取材・文)岡林敬太 【大会告知】 イベント名/ONE Championship 大会名/Age of Champions 会期/3月13日(金)19時~(現地時間) 会場/プトラ・スタジアム(マレーシア・クアラルンプール) http://www.onefc.com/

観客の目の前でおたふくと天狗が合体! 全国各地の奇祭に見る、日本人のルーツとは

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青森県「キリスト祭り」
 男性器の神輿をかつぐ川崎市の「かなまら祭り」、神主に大根を投げつける千葉県の「あらい祭り」、藁でグルグル巻きにされた男が運ばれていく大田区の「水止舞」など、全国には「奇祭」と呼ばれる祭りがひしめき合っている。そこには神に奉納するための厳かな儀式などではなく、この上なくシュールで思わず笑わずにはいられない現実が展開されているのだ。  杉岡幸徳氏は、そんな「奇祭」に魅せられ、これまで全国各地で数百に及ぶ奇祭を訪れた人物。昨年にも『大人の探検 奇祭』(実業之日本社)を上梓し、21カ所の奇祭のレポートを行っている。そんな杉岡氏にとって、奇祭の魅力はいったいどんなところにあるのだろうか? そして、長年の奇祭フィールドワークから見えてきた「日本人の姿」とはどのようなものだったのだろうか? ――まず、杉岡さんが奇祭に魅せられた経緯を教えてください。  杉岡幸徳氏(以下、杉岡) もともと、ある雑誌で普通のお祭りのレポートを連載していたんですが、あまり普通の祭りには興味がなかったんです。しかし、調べていくうちに、日本には「変な」祭りが数多くあることに気が付きました。今でこそ、奇祭という感じがしませんが、秩父に「鉄砲まつり」という祭りを見に行ったのが奇祭の初体験です。神社の参道を馬が駆け上がるのに合わせて、火縄銃が空に向かってぶっ放されるんですが、普通のお祭りだと思って見に行った身にとっては異常ですよね? そこから徐々に奇祭に足を踏み入れていったんです。 ――これまで見た中で、杉岡さんがいちばん衝撃を受けたお祭りは? 杉岡 やっぱり、青森県の「キリスト祭り」ですかね。 ――青森でキリストですか……? 杉岡 はい。青森県の新郷村に「キリストの墓」といわれる場所があるんです。そこで毎年「キリスト祭り」が行われ、地元の人による盆踊りが行われます。日本にキリストの墓があるということもおかしいし、神主がキリストの墓の前で「払いたまえ清めたまえ」と祝詞を唱えるのもおかしい、盆踊りの歌詞がヘブライ語に由来しているといわれているのもおかしい……。おかしいものだけを集めて一つにしたようなアンバランスな魅力があり、端的に言うと異次元空間が広がっているんです! 僕が足を運んだ10年ほど前には、数十人くらいの観客しかいなかったんですが、最近は大人気になっているみたいですね。 ――青森にキリストの墓が存在していたら、世界史の常識が覆ってしまいますが……。 杉岡 しかも、現地の人も、あんまりこの伝説を信じていないようです。民宿の人が言っていたんですが、周辺にはキリスト教徒もいない。また、祭りの最中にはキリスト伝説が披露されるのですが、「本当かどうかはどうでもいいんです!」と力説していました。 ――誰もキリスト教を信じていないのに、祭りが行われているんですか!? 杉岡 あとは、「牛乗り・くも舞」もすごい! 秋田県潟上市で行われているお祭りなんですが、意識不明の男が牛の上に乗っている。こんなものが現代日本にあっていいのか……と仰天しました。
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秋田県<「牛乗り・くも舞」
――この祭りは、スサノオ伝説にもとづいて豊漁と疫病退散を祈願しているといわれていますが、意識不明になった「牛乗り人」のビジュアルには、何やら恐ろしいものを感じますね……。 杉岡 宗教の根源を見た、という感じがしましたね。ネイティブアメリカンにも、幻覚サボテンを使って神の幻覚を見るという儀式がありますが、宗教の発生には陶酔や幻覚が深く関わっていると思います。そんな根源に触れられるお祭りです。 ――奇祭というと、全国各地に男性器が登場する性の祭りもたくさんありますね。そもそも、盆踊りも乱交のために行われた踊りだったという説が有力です。 杉岡 性の祭りの中でもとりわけすごいのが、奈良県の飛鳥坐神社で行われている「おんだ祭」です。この祭りは、古文書なども残っておらず、いつから行われているのかも不明なのですが、神社の舞台上でみんなが見ている中、おたふくと天狗が性行為を演じるんです。
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奈良県「おんだ祭」
――天狗がおたふくの足を開き、腰を動かして……。生々しすぎます! 杉岡 ただ、全然色っぽいものではありません。一緒に登場する翁が舞台を走り回ったり、行為中の2人にちょっかいを出そうとしたりと、コミカルなんです。子どもたちも祭りを見学していますが、「お母ちゃん、あれなに?」って質問していますよ。 ――子どもに見せるには、ちょっと問題があるんじゃないでしょうか? 杉岡 大丈夫ですよ! そもそも、昔は百姓なんてごろ寝をしていたわけですから、子どもの頃から親の営みを見ていたはず。全然問題はありません。かつては、こうやって性の知識を身につけた子どもたちが、15歳になったら夜這いに行っていたんです。フリーセックスというと言い過ぎかもしれませんが、日本人のエロに対する視線は、今考えるよりもはるかに緩かったんです。 ――地域ごとに、エロい祭りの傾向なんかはあるのでしょうか? 杉岡 なぜか、愛知県にはエロい祭りが多く残されているんです。巨大な男性器神輿を担ぐ田縣神社の「豊年祭」や、女性器をモチーフにした「姫の宮まつり」などが有名ですね。 ――う~ん、愛知県の人は、とりわけエロい県民性なのでしょうか? 杉岡 それはわかりませんが……。 ――いったい、なぜ日本にはこんなにたくさんの奇祭があるのでしょうか? 杉岡 日本には、30万もの祭りがあるといわれています。八百万の神がいる多神教の国だから、たくさんの祭りが必要なんですよ。また、世界的には祭りが弾圧され、禁止されてきた歴史があります。民衆が集まっていると一揆や革命の危険性から弾圧がなされるんですが、日本には、そういった取り締まりが少なかったから残っているんでしょうね。明治時代には「盆踊り禁止令」なんかも出されましたが、それでも他国に比べるとまだ寛容だったんです。 ――ところで、杉岡さんは、なぜそこまでして奇祭を追い求めるのでしょうか? 杉岡 僕自身、シュルレアリスムの絵画のように、この世からかけ離れたものが好きなんです。異次元の世界を見ることができるのが、奇祭の魅力でしょう。本のあとがきにも書きましたが、別世界に連れて行ってくれる奇祭は、僕にとって「アート」なんです。 ――「奇祭はアート」というのは、すごい視点ですね。奇祭を眺めていると、今まで日本の伝統と思っていたものが覆り、また別の日本の姿が見えてくるようにも感じます。 杉岡 昔から、日本人は真面目でも厳粛でも貞節でもなく、アホでスケベでくだらないことをしてきました。お祭りも「宗教行事」なんていうのはたいていはお題目でしかなく、単に酒が飲みたい、暴れたい、セックスしたいという欲望が根源にあったと考えています。そんな日本人のルーツが、奇祭から見えてくるんです。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

『妖怪ウォッチ』は第2の『ポケモン』になれるのか――海外展開成功のカギは「ジバニャン」の扱い方!?

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テレビ東京『あにてれ 妖怪ウォッチ』
ニンテンドー3DS用ゲーム『妖怪ウォッチ2』3バージョンの売り上げ合計が500万本を突破(「ファミ通」KADOKAWA調べ)というとんでもない記録を打ち出し、年末に公開された劇場版も連日満席の大ヒット。2014年のNHK『紅白歌合戦』でも「ゲラゲラポー」の歌詞やDream5のテーマ曲が日本中に響き渡るわ、ジバニャンたちのラッピング電車が山手線を走り回るわと、『妖怪ウォッチ』を目にしない日はないと言っても過言ではない最近の日本。昨年8月には、発売メーカーの株式会社レベルファイブ代表取締役社長・日野晃博氏が、2015年をめどに海外展開することを発表したことから、今年、その活躍の場は日本国内のみならず世界中に拡大することになりそうだ。 そんな感じで、一向にとどまる気配のない『妖怪ウォッチ』フィーバーだが、海外ではすでに日本発のゲーム『ポケットモンスター』(海外では『ポケモン』と改題)シリーズが、子どもたちに大きな支持を受けている。果たして『妖怪ウォッチ』は第2の『ポケモン』になれるのか!? 漫画・アニメ・ゲームのローカライゼーションを手がける株式会社アルトジャパンのマット・アルト氏に話を聞いてみた。 ──マットさんは『Yokai Attack! 外国人のための妖怪サバイバルガイド』という妖怪に関する本を海外向けに出版されていますが、そもそも海外ではどの程度、妖怪が認知されているのでしょうか?_ マット いい質問ですね! 正直に言うと、最近まで認知度はほぼゼロだったんですが、例えば三池崇史監督の映画『妖怪大戦争』のような日本で作られた妖怪コンテンツが海外で紹介されることが時々あって、そういう作品を通じてだんだん知られるようになってきています。『Yokai Attack!』を執筆したのも、そんな時期です。海外での知名度がほとんどないのがもったいないと思っていたので、妻と2人で本を書くことにしたんですよ。まだベストセラーとは言えませんが、海外の若者がこの本を読んで妖怪の名前を知るようになったりしています。 ──海外では、「妖怪」はどのように訳されているのでしょうか? マット そのまま「YOKAI」と訳されることが多くなってきました。その本の前書きにも翻訳せずに、「YOKAI」という外来語として掲載したのですが、それが受け入れられている感じです。それまでも「モンスター」とか「デーモン」のような呼び方で紹介されたことはあるんですが、これだとキリスト教的にネガティブなイメージが強く出すぎてしまう。日本の妖怪には悪い奴もいるんですけど、いわゆる「邪悪」ではないという文化の違いがあります。また、“Japanese Monster”というと、ゴジラやウルトラ怪獣のようなものを思わせるんです。それと区別するために、日本古来のファンタジー風で人間サイズの存在として妖怪を「YOKAI」と翻訳しました。現在公開されているディズニー映画の『ベイマックス』も、悪玉の名前は「Yokai」(日本語版はミスター・カブキ)なんです。そのくらい、海外では妖怪が定着してきています。
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来日12年目になるマット・アルト氏。アメリカの特許庁に勤務した後、日本の特撮やロボットアニメ好きが高じて、漫画・アニメ・ゲームのローカライゼーションを手がける株式会社アルトジャパンを設立。最近では、電子版『ドラえもん』の翻訳を手がける。
──現状、海外において妖怪は、「ポケモン」とは違う受け止められ方をしていますか? マット 違いますね。ポケモンは生物、もしくはUMAのような存在です。対して、妖怪は生き物ではなく、一番近いのはイギリスとかアイスランドにいる妖精などかもしれません。海外では、大自然に魂が宿っているというコンセプト自体はそんなに珍しいものではありません。ただ妖怪が特殊なのは、そのバラエティと多彩なパーソナリティです。だから、妖怪は現代のキャラクター文化のご先祖様、ルーツであると強く思っています。 ──昨年、レベルファイブの日野社長は、『妖怪ウォッチ』の世界展開を発表しました。すでにアメリカなどでは『ポケモン』が大成功を収めていますが、『妖怪ウォッチ』にもチャンスがあると思いますか? マット あると思います。『妖怪ウォッチ』は『ポケモン』と同じように、萌え系とかニッチ系ではなく、そこまで性的な要素もなく、家族で楽しむことができるタイトルなので、その点では問題はないと思います。ただ、ローカライズという点においてハードルが高いと個人的には思っています。 ──具体的にはどういうことでしょうか? マット 伝統的にアメリカではやった日本のアニメやゲームは、舞台が日本に設定されていないものが多いんです。例えば『マッハGoGoGo』は世界中で自動車レースをする話だし、ロボットものの『マジンガーZ』は、日本が舞台になっていますが、ロボットに乗るという点がウケた。その精神は『パシフィック・リム』にも受け継がれています。『宇宙戦艦ヤマト』も、宇宙で旅をする話ですからね。そういう無国籍な感覚がヒットしたんです。  反対に、日常系アニメは非常に訳しにくいです。例えば『クレヨンしんちゃん』。「こたつ」「だんご」「お茶」など、基本から説明しないといけない日本文化がたくさん出てくるんですが、そういう設定を解説するようにはお話が作られてないんです。日本人を楽しませるために作られた作品なので、日本人が知っているものが当然のように出てくるわけです。『妖怪ウォッチ』も妖怪が出てくるファンタジー作品ですが、問題は舞台が日本の日常に設定されているということです。 ──なるほど。確かに『ポケモン』は、舞台を日本には設定していないですね。 マット そうなんです。ほかにも『NARUTO』も架空の、外国人の心にあるような日本の風景を舞台にしています。『NARUTO』は、いわば『ハリー・ポッター』のような作品だと思います。『ハリー・ポッター』は秘密のホームから列車に乗ると魔法の学校に行ける。『NARUTO』も同じように、隠れ里の場所さえわかれば忍者の学校に行けるかもしれない。この設定だと、日本を知らなくても、世界中のどんな子どもでも楽しめると思います。  もう一つ、『妖怪ウォッチ』は妖怪の名前にダジャレを使っているパターンが多いです。例えばお母さんがいきなり怒りだす、というエピソードで出てきた「すねスネーク」。コンセプトとしては問題ないのですが、これを訳しても「なぜスネークなのか」という説明が必要になる。 ──「おこ武者」とかも難しそうですね。直訳するなら「angry goblin」とかでしょうか。 マット 日本の「鬼」という概念も難しいんです。デーモンだと悪霊だし、ゴブリンだと単に悪い精霊になってしまいます。でも日本の鬼はいろんな役割があって、人間がコントロールできない現象、自然の象徴なんです。どんなに技術があっても、人間が大津波や台風、大地震などに対抗するには限界があるじゃないですか。そういう危機をキャラクター化してしまえるのが、日本文化のチャーミングで魅力的なところだと思います。日本は昔からアニミズム、多神教の文化だから、あらゆる物に神様が宿るというアイデアがありました。だから、日本ではいろいろと擬人化したキャラクターが作られやすいように思います。 ──そう考えると、自然に生息している生物──モンスターを捕獲していくという『ポケモン』と、日常の現象をキャラクター化した妖怪と友達になっていくという『妖怪ウォッチ』は、似て非なる作品だとよく分かります。 マット 『ポケモン』は、どちらかというとSFに近いように思います。細かい技術については語られないのですが、モンスターボールという不思議なアイテムを投げつけたらポケモンをゲットできる、という理屈はまさにSF的発想です。  ただ両者に共通している点があるとするなら、『ポケモン』も『妖怪ウォッチ』も、そのルーツは百科事典文化ではないかということです。日本では江戸時代に『和漢三才図会』という日本や中国などの文物を集めた百科事典が作られていますし、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』はそのパロディでした。その頃から日本では百科事典がはやっていましたし、おそらく日本人は物や情報をコレクトすること自体が好きな国民性を持っているとも思います。『ポケモン』や『妖怪ウォッチ』は、モンスターや妖怪を捕まえるというゲーム的な要素ももちろんあるんですけど、集めることで百科事典を作っていくという過程はすごく日本的だと思います。 ──ちなみにアルトさんは、ジバニャンをどう訳されますか? マット う~~~~ん(笑)。 たぶん「ジバニャン」という名前は、そのままじゃないかな。でも、ジバニャンって地縛霊+猫又でしょ? 日本では猫に対して、何かに変化したり、いたずらをする「化け猫」というイメージがありますが、アメリカの猫は化けるというより「魔女の使い魔」のようなイメージが強いですから、アメリカ人はジバニャンのことを、ただのかわいい猫のマスコットとして受け取るかもしれない。お化けであることをしっかり説明しないと、子どもたちは理解できないかもしれないですね。そこがうまく説明できないと、『ポケモン』の二番煎じのような見られ方をするかもしれません。 ──その「妖怪」としての設定をきちんとアピールできるかどうかが、『妖怪ウォッチ』海外展開の成否を分けるといったところですね。 マット そうですね。どういうふうに訳せばいいのかと考えだしたらきりがありません。例えばゲームソフトや漫画を翻訳するより、キャラクターの名前を翻訳するほうが難しいと思います。一つのキャラの名前を考えるだけで何日間、何週間とかかります。広告のコピーみたいなものですね。ローカライゼーションというのは、対象となる聴衆の文化に合わせて行うものなんですが、こういう日本的なコンテンツであれば日本的なネーミングを守ったほうがいいと僕は思います。もちろん裏にはクライアントさんの事情とか、パッケージを変えることができないとか、いろんな理由がありますから、それに合わせて仕事をするというのは当然ですが、もし例えば僕が仕事をするとしたら、特に「ジバニャン」はそのままの名前にすると思います。 ──実際に日本のサブカルチャーを翻訳されているアルトさんから見て、日本語の特異性って、どういうところだと思いますか? マット 日本語はちょっと詩的です。いい意味で、あいまいなところがあると思いますね。英語は移民の国の言語だから、文化が違う人でも会話できるように進化してきたんですけど、日本は基本的にほとんど他民族の出入りがない国だったので、日本語は文脈が分からないとコミュニケーションが取れない言語になっていったんです。「行く?」「行く行く!」とか、「例のアレ」とか英語だと会話として成立しないです。訛りとかはあるんですが、基本的に日本人なら誰でも通じるじゃないですか。それは素晴らしいところではあるのですが、ローカライズをする際に大きな課題となります。そういう意味では、日本独特の言語感覚でネーミングされた妖怪が多数登場する『妖怪ウォッチ』の海外展開は、伝統的な日本のコンテンツが海外ではやるかどうかのテストケースになるのではないでしょうか。アイルランドにはレプラカーンがいて、アイスランドにはエルフがいて、イギリスにはフェアリーがいる。東ヨーロッパにはヴァンパイアがいます。そこに妖怪がラインナップされると面白いですよね。 (取材・文=有田シュン) ●アルトジャパン<http://www.altjapan.com/jp-index.html>

『プロレタリア芸人』ソラシド本坊元児「ほんまに腹立つわ」が笑いに変わる瞬間

honbo020302.jpg  お笑いコンビ・ソラシドの本坊元児が、初めての著書『プロレタリア芸人』(扶桑社)を出版した。2010年に勝負を賭けて大阪から上京してきたものの、芸人としての仕事がほとんどなく、月28日は過酷な肉体労働に精を出している。自伝的小説ともいえるこの本では、壮絶な現場仕事で身も心もすり減り、どんどん自暴自棄になっていく本坊の苦悩の日々が余すことなく描かれている。彼はこの本で何を訴えようとしているのだろうか? ――この本を書いたきっかけは? 本坊 もともとは、とろサーモンの村田(秀亮)君が僕のドキュメンタリーVTRを作っていて。それをイベントで流したりしていたんですけど、なんとかDVDで世に出したいと思っていまして。僕は僕で本を書きたくて、ブログを書いたりしていたんですけど、「それも一緒に出しませんか」と村田君が言ってくれたんですね。だから最初は一緒に出すことを考えていて、本にDVDが付いているというイメージだったんです。  そこでちょうど、扶桑社さんから「本を出しませんか」というお話を頂いたので、話し合った結果、書き下ろしで本だけを出すということになって、ありがたくやらせてもらうことにしました。すごくラッキーだったなと思っています。 ――書いていて苦労した点は? 本坊 現場仕事をしたことがない人にもわかってもらうために、用語の説明とかをしないといけないのが大変でしたね。こんな道具がある、こんな作業がある、1日の仕事の流れはこういうふうになっている、とか。説明しないといけないことが、たくさんあるんですよ。でも、これをただ箇条書きで書いても話にならないから、うまく流れを作らないといけない。でも、そこにエピソードをどんどん挟んでいくと、時系列がバラバラになってきたりする。それで結構苦労しましたね。 ――現場でしか使われていないような用語が唐突に出てきたりするところも、面白いですよね。 本坊 ああ、そこはこだわりました。「集(たか)る」とか。なるべく自分たちが現場で使っていた言葉を、そのまま使いたいなあと思っていたんです。「集る」とか「鉄扉(てっぴ)」とか。鉄の扉って書いた方が伝わりやすいのかもしれないですけど、現場では鉄扉は鉄扉やから。 ――言葉や言い回しのひとつひとつまで、かなりこだわっているんですね。 本坊 普段の漫才のネタ作りでも、こんなに考えたことはないですよ。ネタについて相方と話し合うときもありますけど、ここまで時間かけないですね。漫才の打ち合わせって、ネタ作るときも練習するときも、長くて3時間が限界。もうええわ、あとは帰ってやっとくわ、って。集中力が続かないんですよ。  でも、この本の推敲は、昼から夜まで8時間ぶっ通しでやっても、全然苦痛じゃなかったんですよ。時間が許すんやったら、このまま朝までやりたいなあって。この言い回しの方が伝わりやすいかな、とか考えたりする作業自体が楽しかったですね。 ――漫才よりこっちの方が楽しいかも、とおっしゃっていましたね。 本坊 漫才はあくまで2人の所有物ですからね。2人がおもろいと思ってないといけない。相方の水口(靖一郎)が納得でけへんなあと思ってるネタは、できないんですよ。  でも、本に関しては、僕の考えありきで編集者さんたちも意見を言ってくれるので。たとえ訂正が入っても、「その言い方だと、ちょっと僕の言いたかったこととニュアンスが変わってくるんですよね」って言える。それが、ありがたかったですね。ガッツリ自分の考えが生かせる面白さはありました。 honbo020306.jpg ――この本に書かれているような本坊さんの過酷な肉体労働エピソードは、ライブやテレビなどでも披露されて、そのたびに爆笑をさらっていました。この手の話がそこまでウケたのは、ご自分ではどうしてだと思っていますか? 本坊 これはもう他の芸人さんたちのおかげです。僕もともと、今もそうですけど、トークが下手くそで。イベントでトークコーナーとかあったときに、僕、わけわからんことをずっと言ってたり、言い方が下手だったりして。  バイトの話も、面白い話だと思ってるわけじゃなくて、こんな体験をしてほんまにしんどかった、っていう感じでしゃべってるだけなんですよ。ほんまに腹立つわ、って。それを笑いに変えてくれたのは、そこの舞台に一緒に出ている千鳥とか次長課長さん。その人たちが笑うから、お客さんも笑ってくれるんです。  僕は、自分の話で落とそうって、まったく思ってないですから。MCを張れる実力のある人は、おもろくない話でも絶対なんとかしてくれるんですよ。だから僕は、そういう話でスベったことがないんです。 ――悲惨なエピソードで笑えるか笑えないかは、紙一重なところはありますよね。 本坊 そうなんですよ。そこでMCの人が「めっちゃかわいそうやなあ、しんどそうやなあ」って言ったら、たぶん笑えないですよ。「なんでそんなバイトをわざわざ選ぶねん」って言うてくれたら、笑える。だからほんまに周りの芸人さんたちのおかげなんです。 ――ちなみに今も肉体労働のバイトをしているんですか? 本坊 いえ、ちょっと前に腰を悪くしたんです。病院に行ったら、坐骨神経痛だから肉体労働はやったらダメだと言われました。それで、本もできたし、ちょうどええわって。また下手にバイト行って、おもろい話できた、って言うてる場合ちゃうし。そういうのはこの本で最後にして、これからはソラシドの本坊として、また世に出ていけたらいいなと思っています。 ――この本は、どういう人に読んでほしいですか? 本坊 肉体労働系の仕事をしている同業者ですね。職人さんとか、請負先の人とかにも。ああ、あるある、って思ってくれるかもしれないですし。  あと、世代で言うと、僕と同じ30代くらいの人に一番読んでほしいかな。もっと若い世代へのメッセージも書いてますけど、若い人が読むと、ストレートに言葉を受けすぎて嫌になるかもしれないです。もちろんみんなに読んでほしいんですけど、夢を描いている時期にここまで現実を見ないでええんちゃう、って(笑)。  今から芸人になるぞ! って思ってる若い子が、これ読んで、先輩芸人にこんなやつがおるっていうのを見たら、「なんやこれ!」「ひどいな、こいつ」ってなるかもしれないですし。たぶん一番共感してもらえるのは、現役で働いている30代ぐらいの人じゃないですかね。職種が違っても、共感はあると思いますよ。  自殺したいとか思ってる人がこれを読んだら、こいつもつらい体験をしてるけど、それを笑いに変えてるな、って思ってくれるかもしれないですね。そうやって自暴自棄になりかけてる人にも読んでほしいです。今がどんなにつらくても、過ぎてから「あのときしんどかったわ」って言えたらおもろいで、って思います。 (取材・文=ラリー遠田/撮影=名鹿祥史) ●本坊元児(ほんぼう・がんじ) 1978年生まれ、愛媛県松山市出身のお笑い芸人。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。2001年1月、水口靖一郎とコンビになり「ソラシド」を結成。ボケ担当、立ち位置は左。大阪NSC20期生。

『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』高橋渉監督が明かす、『クレしん』映画が泣けるワケ

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(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2014
 2月4日(水)~2月15日(日)までの12日間、東京・ 六本木の国立新美術館を中心に開催される「第18回文化庁メディア芸術祭の受賞作品展」。アニメーション部門で優秀賞を受賞したのが、『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』だ。2002年の『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(原恵一監督)が、同じくメディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞して以来の快挙となった。ある日、突然ロボットになってしまった野原ひろしが、父親の威厳復活をもくろむ謎の組織の野望を打ち砕くため、しんのすけと共に立ち向かう。これまでは家族をサポートする立場だった父のひろしに、初めてスポットが当たった作品だ。 近年の『映画クレヨンしんちゃん』シリーズの中でも、とりわけ大ヒットとなった今作。脚本は、原作者の臼井儀人の元担当編集であった劇団☆新感線の作家で、『天元突破グレンラガン』や『キルラキル』などアニメ作品の脚本も多数手がける中島かずき。そして監督は、アニメ『クレヨンしんちゃん』シリーズに制作進行や演出として長年関わってきた、高橋渉。映画監督わずか2作目にして大きな名誉を得ることになった、期待のクリエイターである。そんな高橋監督に、作り手としての「クレヨンしんちゃん」の魅力をたっぷりと伺った。「大人も泣ける」と言われることについて、一体どう思っているのだろう? ――メディア芸術祭優秀賞受賞、おめでとうございます。 高橋渉(以下、高橋) ありがとうございます。でも、受賞ラインナップの中で浮いているような気がして、落ち着きません(笑)。 ――高橋監督は『クレヨンしんちゃん』テレビシリーズの演出もされていますが、この『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』で劇場版を初めて監督されました。テレビシリーズとの決定的な違いは、なんでしたか? 高橋 「でっかいことはいいことだ」という言葉があるように、テレビではできない大きなスケールのお話がやれるということですね。と言いつつ、今回は春日部の街の中で完結しちゃってる。映画の舞台としてのスケール感はちょっと小さかったかもしれませんが、物語としては深いものができたと思っています。あとは、1本のお話として完結できる点です。テレビ放送は、もう20年を超えて放送され続けています。でも映画は、それ1本で完結した作品というか、カギカッコでくくることができるんですね。やってみてわかりましたが、スッキリするんです。 ――高橋監督はシンエイ動画に入社してすぐに制作進行として『クレヨンしんちゃん』に関わって以来、演出助手、監督と長年この作品に携わっています。今作の主役である野原ひろしを、どういうキャラクターだと思っていましたか? 高橋 みんな馴染み深いキャラクターばかりですが、特にひろしは同性だし、年も近い。なにより、よくぼやくところが自分に似ていて、感情移入がしやすいキャラクターです。テレビだと、しんのすけとみさえの間に挟まれているかわいそうなお父さん、という感じですけどね。
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高橋渉監督
――ひろしがロボットになるという設定は、高橋監督のアイデアだそうですね。ひろしを主役にしてあげたいという思いが? 高橋 そうですね。近年ひろしにスポットが当たっていたので、ちょっとしゃくな部分もあったんですけど(笑)。 ――ひろしの名言を集めた『野原ひろしの名言 「クレヨンしんちゃん」に学ぶ幸せの作り方』(双葉社)なんて本も出ていましたもんね。 高橋 いろいろ考えましたが、ひろしがメインになるのが一番しっくりきました。ひろしって、それぞれの監督が自分の言葉を乗せやすいキャラクターだと思うんです。作者の臼井儀人さんも、もしかしたらそうだったのかもしれない。ときどき凛々しいことを言うのも、だからなんじゃないかなって思います。愚痴ったりぼやいたり、飲んで酔っ払ったり、女性にデレデレしたり。そんな人間くさい、泥くさい、足もクサい人間がロボットになったら、面白いことが起こりそうだと思いまして。それに、弱い部分をさらけ出している人間が好きなんです。あと今作では、もっとオヤジギャグを言わせたかったのですが、あまり入れられなかったのが心残りですね(笑)。 ――今回の主人公はしんのすけではなく、ひろしということになりますか? 高橋 大きく言うと、主人公はしんのすけとひろしです。もともとしんのすけは、能動的には動かないキャラクター。一生懸命動いているキャラクターの脇にくっついてちょっかいを出す、というのが基本的なスタイルです。誰かに引っ張られているんだけど、自分のペースを保っている。それが、しんのすけの特徴だと思ってます。引っ張られた先で、おかしなことをしでかして、流れに沿わない、予想もしなかった流れを生み出す。 ――それが『クレヨンしんちゃん』の面白さの理由なんですね。初監督をして、新たに発見した魅力はありましたか? 高橋 映像面からいうと、キャラクターの身長が極端ですよね。現実の5歳児より、しんのすけたちはずっと小さい。しんのすけと大人を一緒に入れ込むとなると、画面がゆがんでくる。どうしても嘘をつかざるを得なくなり、画面がダイナミックになる。そのゆがみが、『クレヨンしんちゃん』のアニメーションとしての魅力なんじゃないかなって思います。 ――確かに、下からなめるような構図だったり、遠近感を利用したりと、面白い画角になっていますよね。 高橋 ストーリー面でも、しんのすけの重要性に気づかされましたね。生と死を扱ったシビアなお話ですが、揺るがないしんのすけが救ってくれた。子どもの素直な目線がユーモアを生み出したり、複雑な問題を解決する奇抜なヒントを与えてくれたりもします。 ――大人が状況に振り回されているのを、しんちゃんたち子どもが冷静に見ている。そんな構図だから、子どもにも大人にもヒットするのでしょうね。 高橋 僕自身は子どもに向けてではなく、家族に向けて作っているつもりなんですよ。お茶の間にいるであろうお子さんと、お父さん、お母さん。大人にしかわからないネタも入れているけど、意味がわからないことがあればお父さんお母さんに聞けばいいわけですし。そこで会話が生まれればいいなと。
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(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2014
――昨年はこの『ロボとーちゃん』と、同じくシンエイ動画製作の『STAND BY MEドラえもん』(山崎貴監督)が大ヒットしましたが、どちらも「大人も泣ける」と言われた作品でした。 高橋 いろいろとあざといなぁって思ってましたけどね(笑)。憎々しく思ってるわけではないのですが、今作は笑いで勝負したい気持ちがありましたので。でも、そういう映画は自分も大好物なもので……。悔しくもあり、うれしくもありです。 ――『クレヨンしんちゃん』は泣かせようとしているわけではない、と? 高橋 そうですね。企画の段階から泣ける作品にしようという話は一切出ていないです。でも、絵コンテが完成に近づくにつれて、「ロボひろしとひろしの結末をどうするんだ、真剣にぶつかるしかない」ということで、ああいう形になった。いわゆる感動シーンみたいになっていますが、最初から想定して作ったものではないんですよ。悲しすぎて、拒否反応を示される方もいるだろうとは思いましたが。そこは覚悟していました。 ――結果、感動したという声が圧倒的でした。キャラクターの力もありますね。 高橋 長期にわたる漫画、テレビのシリーズでみなさんに親しまれたキャラクターを真っすぐ真剣に描いてあげたいと思っていました。どんな悲しいことにもめげない、力強いキャラクターを生み出した臼井儀人先生のおかげです。 ――高橋監督は、もともとアニメ業界を目指していたわけではないそうですね。 高橋 もともとは映画のスタッフになりたかったんです。子どもの頃は周りの友達と同じように、サンライズのロボットアニメや『タイムボカン』などを見ていましたが、中学生ぐらいでアニメは卒業して。高校卒業後は、実写映画の編集技師になろうと映画学校に入りました。裏方として映画のクオリティを高めたいと思っていたんです。 ――当時は、どういう映画を作りたいと思っていたんですか? 高橋 小学生ぐらいの頃に見ていた80年代のハリウッド映画が、いまだに好きなんですよ。ハッピーで楽しい、派手なギミックのあるエンタテインメントが好きというのは変わらない。これからもそういう映画を作っていきたいなと思っています。 ――シンエイ動画に入社されて直接関わることになった原恵一監督(9作目『モーレツ!オトナ帝国の野望』、10作目『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』を監督)と、水島努監督(11作目『嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード』などを監督)の存在はどのようなものですか? 高橋 毎年恒例のプログラムピクチャーでありながら、挑戦心あふれる映画でしたね。スタッフとして両監督の作品に関わっていましたが、当時の現場は両監督の熱気にあてられて、躁状態だったと思います。内容も結果も良くて、業界歴が浅い自分に、ある種のピークを経験させてくれた両監督を尊敬しています。当時はなかなかコンテをあげてもらえなくて、恨み節ばかりでしたけど。
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(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2014
 僕が入社した当時、原さんって、夕方会社に来て新聞を読んで帰っていくみたいな印象でした(笑)。いい意味で監督っぽくないというか。「監督って呼ばないでほしい」とはよく言っていましたね。飄々としているようで、じっと深いところを見つめているような。水島さんは、とにかくスケジュールを大事にされる方。『嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード』で初めて水島さんの演出助手としてついたのですが、原画が積み重なっているのを見つけると「なんでこんなにためてるんだ、すぐチェックしろ」と。「スタッフを大事にするように」ともよく言われましたね。当時の僕は生意気だったので。 ――生意気だったようには見えないです。 高橋 ゼロからものを生み出す過程も知らずに、「俺ならこうする」とか「ここは違うな」とか言ってたんですよね。できる前じゃなくできた後に。作る側としては、恥ずかしい態度でした。言葉遣いについても怒られました。制作って、みなさんに「原画をやってください」「動画をやってください」ってお願いして回るセクションですが、監督の仕事も本質は同じです。僕は絵もうまく描けないし、声もあてられない。お願いすることしかできないんですよね。あのままでは信頼もされず、演出にも監督にもなれなかったと思うので、叱ってくれた水島さんには本当に感謝しています。 ――今後も、監督を続けていきたいと思いますか? 高橋 時々やれればいいなって思います(笑)。パワフルな映画は、欲望をためてからじゃないと作れないような気がして。テレビシリーズでも満足できるんですけど、やっていると「こういうことがやりたいな」って欲が湧いてくる。そういうものをふつふつとため込んで、映画で爆発できたらいいなって思います。 ――映画の最後、ロボひろしの視点でしんちゃんを見ているカットがとても好きなんですが、アニメでは珍しい構図ですよね。あれはどんな欲望から生まれたんですか? 高橋 ロボットの主観視点は『ロボコップ』からですが。実はもうひとつ、ゲームからヒントを得たんですよ。プレイヤーの視点で進む『バイオショック』というアメリカ製のゲームがあるんですが、主観視点ならではの感動的な演出に胸を打たれました。今回の作品に生かせるのでは、と思って使わせてもらいました。ゲームは好きで、よく時間を潰すのですが、アニメの演出にもしっかり役立たせることを証明できました(笑)。 ――最後に、あらためて、この作品を見る人たちに向けてメッセージをお願いします。 高橋 ケレン味たっぷりのエンタテインメントがやりたいという思いでこれを作りましたが、自分が本当に描きたかったのは家族の理想的な姿だったのかもしれないと、今になって思っています。野原家のような楽しい家庭がたくさん生まれれば、日本は平和になるんじゃないかなって思いますね。 (取材・文=大曲智子) ●『第18回 文化庁メディア芸術祭 受賞作品展』 2015年2月4日(水)~2月15日(日) 会場:六本木 国立新美術館/シネマート六本木/スーパー・デラックス 料金:無料 主催:文化庁メディア芸術祭実行委員会 ※開館時間、休館日は会場によって異なります。 『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』上映日時 8(日)12:30-14:15 11(水)17:30-19:55(上映後トークイベントあり) 15(日)10:30-12:10 すべてシネマート六本木にて <http://:j-mediaarts.jp/

台湾の無名校が夏の甲子園で決勝進出していた!? 感動秘話『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』

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戦前の甲子園での熱戦の数々を描いた『KANO ~1931 海の向こうの甲子園~』のプロデューサー、ウェイ・ダーション(画像左)とマー・ジーシアン監督。
 野球好きを自認している人ほど驚くのではないだろうか? かつて台湾の無名校が甲子園に出場し、準優勝を遂げていたという事実に。台湾で2014年に公開され、大ヒットを記録した『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』は永瀬正敏が主演した実録野球ドラマだ。日本統治時代にあたる1931年、台湾の代表校として嘉義農林学校(現代の国立嘉義大学)野球部は第17回夏の甲子園大会に出場。次々と強豪校を倒し、決勝戦では中京商業と死闘を繰り広げ、台湾のみならず日本でも嘉農旋風を巻き起こした。それまで台湾でも弱小チームだった嘉農だが、松山商業を甲子園へと導いた近藤兵太郎(永瀬正敏)が監督に就任し、「漢人は打力がある。台湾原住民は足が速い。日本人は守備に優れている」と3民族の特性を活かした理想のチームにまとめ上げた史実を掘り起こしている。  野球ドラマとして見応え充分なだけでなく、本作を製作したのが『セデック・バレ』(11)の監督、ウェイ・ダーションだということも興味深い。日本統治時代の台湾における最大の抗日暴動となった“霧社事件”を描いた『セデック・バレ』はセンセーショナルな内容から「反日映画か?」と騒がれた問題作。霧社事件が起きたのは1930年で、嘉農が甲子園初出場を果たしたのとほぼ同時期の出来事だった。つまりウェイ・ダーションは日本統治下で起きた歴史的悲劇と感動秘話をコインの裏表の関係として捉え、2作続けて映画化してみせたのだ。『セデック・バレ』に続く歴史大作をプロデュースしたウェイ・ダーション、『セデック・バレ』でセデック族を演じ、本作で監督デビューを果たしたマー・ジーシアンの2人が『KANO』の製作内情のみならず、台湾における歴史観についても語ってくれた。 ──『セデック・バレ』は4時間36分という超大作でしたが、『KANO』も3時間5分の中で弱小チームだった嘉農野球部が近藤監督のスパルタ式特訓を受け、甲子園で実力を開花させるまでが濃密に描かれています。2作続けて歴史大作を作り上げるのは大変だったのでは? ウェイ・ダーション はい、大変でした(笑)。『KANO』は野球ドラマ以外にもいろんな要素を含んでおり、とても大変な作品になることが製作準備段階から予測できていました。そこで僕より若くて、野球経験もあるマー監督に撮ってもらうことにしたんです(笑)。 マー・ジーシアン 確かに、苦労の連続でした(笑)。1930年代の嘉義の街並み、さらに当時の甲子園球場をどれだけ再現できるか頭を悩ませました。でも、いちばん力を入れたのは、やはり野球のシーンです。野球ドラマなので試合のシーンにリアリティーがないと成立しません。試合シーンを撮影する上では実際のプレイだけでなく、当時の観客たちは彼らの試合を見てどのようなリアクションをしたのかという点にも気を遣いましたね。
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近藤監督(永瀬正敏)率いる嘉農野球部。スタメンは漢人2名、原住民4名、日本人3名という3民族による混成チームだった。
──ホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』(89)は日本統治が終わった大戦直後から物語が始まりましたが、日本統治時代そのものを描いた台湾映画はそれこそ『セデック・バレ』くらいしか日本では知られていないと思います。日本統治時代の出来事である嘉農野球部の活躍は、台湾では有名な史実だったんでしょうか? ウェイ 僕が嘉農のことを知ったのは、実は『セデック・バレ』のリサーチをしていたときだったんです。日本文化と台湾原住民との価値観の違いから生じた霧社事件を調べていく上で当時の様々な資料に目を通し、偶然にも嘉農が甲子園で準優勝した事実を知ったんです。僕自身が初めて知り、驚きました。台湾の人たちも、ほとんどこの話を知らなかったはずです。これは映画にして、みんなに知らせなきゃいけないと思ったんです。それが『KANO』を製作することになった発端でした。 マー 僕が個人的に感じていることなんですが、台湾の人々は歴史に関して鈍い部分があるように思います。でも、それには原因があると思うんです。台湾は古くはオランダ人がやってきて、その後は清朝の為政者が大陸からやってきて、さらに日本人がきて、戦後は国民党が政権を握った。時代が変わると、すぐに前の時代のものは全部壊してしまえということが繰り返され、あまり過去のことは知らなくてもいいんじゃないかという感覚が台湾の人々は身に付いてしまったんじゃないでしょうか。幸い、ウェイ監督が『セデック・バレ』を撮り、また『KANO』がヒットしたことで、台湾の若いクリエイターたちの間で「もう一度、台湾の歴史を認識しなおそう」という機運が高まっているんです。『セデック・バレ』は悲惨な出来事でしたが、でも過去の歴史から学ぶことで未来を豊かなものにすることができると思うんです。『KANO』の場合は忘れられていた輝かしい過去の出来事です。歴史上のプラス面とマイナス面の両面を知ることで、歴史は現代を生きる僕たちにとても大きな力を与えてくれると考えています。日本のみなさんにも、嘉農という素晴しいチームがあったことを知ってほしいんです。 ──近藤監督は礼儀作法にうるさい一方、分け隔てなく嘉農ナインに愛情を注ぐ。『KANO』を観ていて、古き善き時代の日本人に出会ったような懐かしい気分になりました。「台湾人は歴史に鈍い」とマー監督は言われましたが、80年以上昔の資料を集めるのは大変でした? マー 普段なかなか目に触れることがないだけで、野球の公式戦に関する資料はちゃんと残っていたので、試合に関しては記録に基づいてドラマを描いています。特に甲子園に関する資料は、夏の甲子園を主催している朝日新聞社がとても協力的で、いろんな情報を提供してもらうことができました。永瀬さん、坂井真紀さん、大沢たかおさんといったキャスト以外にも、多くの日本の方から協力してもらっているんです。
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日本から移り住んだ水利技術者の八田輿一(大沢たかお)にとって、当時の台湾は腕の振るいがいのある新天地だった。
■あの時代、台湾は思春期真っ盛りだった ──嘉農ナインを野球のことしか考えていない野球バカではなく、農業校の生徒としての側面を描いていることも印象的です。彼らが近藤監督と同じように尊敬していたのが、水利技術者の八田輿一(大沢たかお)。当時の台湾は鉄道網や農業水路といったインフラが整備され、産業面が飛躍的な成長を遂げた時代でもあったわけですね。 ウェイ 八田輿一と嘉農に交流があったという資料はなく、そこは僕の創作です。八田輿一はアジア最大となる鳥山頭ダムを建設するなど、台湾の現代史を語る上で非常に重要な人物です。以前から僕はずっと八田輿一のドラマを作りたいと考えていたのですが、彼が手掛けた水利工事はあまりにもスケールが大きすぎ、一本の映画として描くことは困難でした。それで映画の舞台となる嘉義という町に八田輿一は深く関わっていたこともあり、あの時代を描く上で彼にまったく触れないのもおかしい、きっと八田輿一と嘉農はお互いに気になる存在だったはずだと考えて、両者が交流するエピソードを加えたんです。 マー 八田輿一は台湾ではとても有名な日本人。僕が学生時代に使っていた教科書にも載っていたほどです(笑)。逆に近藤監督は今までまったく無名の存在でした。『KANO』が公開されたことで台湾野球界における近藤監督の業績が再評価されるようになり、昨年から始まった台湾野球の殿堂入りの候補にも挙げられました。『KANO』という作品は、歴史上の有名人と歴史から忘れられていた無名人と双方にスポットライトを当てた形になったんです。 ──『KANO』は各方面にいろんな影響を与えているんですね。『KANO』がヒットしたことで、台湾における日本統治時代のイメージが変わった部分もあるんでしょうか? ウェイ 台湾の人々の歴史観は心情的な部分で多少は健康的になったといえるんじゃないかと僕は思っています。というのも、それまでの台湾では日本統治時代の日本人はみんな悪者だと考えられていたからです。日本人は憎むべき存在であり、それに異議を唱える輩は愛国者ではないと責められる傾向があったんです。おかしな状況だったと思います。『KANO』が公開され、台湾でも「日本人を美化している」という声が一部ではありました。でも、『KANO』は日本人を美化して描いているわけではありません。ただ歴史的な事実を公平に描きたかっただけです。実際にあった素晴しい出来事をわざわざ貶して描く必要はありません。よく僕は例えるんですが、日本統治時代の台湾はとても面白い時期だったと思うんです。オランダ領時代の台湾はまだ生まれたばかりの赤ちゃん、清朝時代は少年期、そして日本統治時代は思春期だったんじゃないかと。思春期の感情はとても複雑で、反抗心がいっきに爆発することもある一方、真っすぐな気持ちで新しい仲間と手を結び、何かに打ち込むこともできる。台湾の歴史を振り返る上で、あの時代はアジアと欧米の文化が入り交じった面白い時代だったと感じています。民主化が実現した1997年以降の台湾はようやく大人になったと言えるでしょうね。
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台湾きってのヒットメーカー、ウェイ・ダーション。『セデック・バレ』は製作費20億円、『KANO』は同7億円と従来の台湾映画のイメージを大きく変えた。
──近藤監督は教育者、八田輿一は水利技術者として、台湾の人たちが驚くほどの情熱をそれぞれの分野で注いだわけですが、日本から来た彼らをそこまで熱く突き動かしていたのは一体何だったと思いますか? マー その質問の答えとして、永瀬正敏さんの話をさせてください。永瀬さんは俳優だけでなく、スチールカメラマンとしても素晴しい才能を持っています。台北と高雄では、永瀬さんの写真展が開かれました。台北での写真展は無事に成功したのですが、高雄での写真展のオープニングイベントに永瀬さんはなぜか遅刻して現われ、イベント中ずっと永瀬さんは「すいません、すいません」と頭を下げていました。「どうしたんだろう? 日本人は時間に正確な民族なのに、珍しいな」と僕はそのときそう思ったんです。でも、後から永瀬さんが遅れた理由を知って、自分の考え方を改めました。実は2014年に高雄では大きなガス爆発事故があったんです。『KANO』の甲子園のシーンは高雄で2カ月間にわたって撮影したもので、永瀬さんは高雄という街に対して単なるロケで訪れた俳優以上の感情を抱くようになっていました。それで永瀬さんは高雄に来て、まず事故現場で黙祷を捧げたんです。写真展に遅れたのはそのためでした。何かしら事件が起きると、つい血縁関係だとか民族絡みのものとして捉えがちですが、そのように色眼鏡で物事を捉えると逆に大事なことを見逃してしまうのではないでしょうか。永瀬さんは『KANO』の撮影を通して近藤監督に成り切って、なかば台湾人として台湾のことを愛していたのだと思うんです。近藤監督や八田輿一が台湾になぜ移り住んだのか正確な理由は分かりません。でも、彼らが台湾のことを深く愛していたのは確かです。有名か無名かに関係なく、当時の台湾にはこんな日本人たちもいたんだという事実を『KANO』では描きたかったんです。 ウェイ 八田輿一もかつては台湾でも忘れられていた時期がありました。“台湾民主化の父”李登輝は日本に留学経験があり、また農学者でもあったことから、「八田輿一のことを台湾の人間はちゃんと知っておかなくてはいけない」と再評価を進めたんです。重要なのは、八田輿一も近藤兵太郎も軍人でなければ、日本政府から派遣された統治者でもなかったということ。2人ともただの民間人だったわけです。一般の民間人が家族を連れて台湾に移り住み、そこで暮らしていくには、その土地への愛情がなければ続かなかったはず。近藤兵太郎も八田輿一も他の台湾人と同じように、その土地に根を張って暮らしていたということが大きかったんじゃないでしょうか。
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俳優でもあるマー・ジーシアン監督。「殺人鬼や変態など、いろんな役を演じることで知らない人生を知ることができる。監督するときに役立つんです」
■国籍や歴史観に関係なく純粋に楽しめる野球映画 ──ほとんどの野球映画が主人公チームは詳しく描くものの対戦相手は主人公たちの前に立ち塞がる単なる敵として描かれるのに対し、『KANO』は対戦相手も感情を持つ生身の人間としてきちんと描いているところも魅力的です。野球好きなら、国籍に関係なく楽しめる作品に仕上がっていますね。 マー ありがとうございます(笑)。日本もそうだと思いますが、台湾も野球に関してうるさい人がとても多いんです。どうすれば嘉農というチームの特性を浮かび上がらせることができるか。そこで考えたのが、対戦相手の視点から嘉農を描くというアイデアでした。『KANO』は甲子園で嘉農に破れた対戦校の選手が戦時中に嘉義の町を訪ねるシーンから始まります。彼の目線で嘉農ナインはどのように野球に打ち込んだのか、野球に対してどんな信念を持っていたのかを立体的に描こうと考えたんです。そのために嘉農だけでなく、対戦相手もしっかりと描いたんです。 ウェイ 上映時間が長くなってしまったこと(3時間5分)が、ビジネス的な点でのネックですね(苦笑)。上映時間が長いことを理由に、なかなか海外での配給が進んでいないんです。『セデック・バレ』と違って、中国大陸では『KANO』は残念ながら上映されていません。でも、僕とマー監督とで手分けして、欧米各地にいる華僑のルートを使って上映会をこれまで合計40回ほど開きました。各地で暮らす台湾人、中国人、朝鮮人、日本人、それに欧米人……いろんな方が『KANO』を観るために集まってくれました。途中で帰るお客さんがいるかなと心配でしたが、みなさん最後まで観てくれましたね。 マー ニューヨークのアジア映画祭でも上映されたのですが、米国といえば野球の本場なので、どのように受け入れられるか緊張しました。でも、観ていただいた方たちからは評価していただき、「今まで観た野球映画の中で最高だ」という言葉までもらいました。台湾と日本との歴史的な背景を知らない人が純粋に野球映画として楽しんでくれたことが、とてもうれしかったですね。上映時間が3時間5分あるのを長いと思う方もいるかもしれませんが、野球の試合はだいたいそのくらいですよね。『KANO』は歴史ドラマとして観ていただいてもいいし、青春ドラマとしても楽しめますし、野球の試合を観戦するつもりで映画館に来ていただいてもかまいません。きっと、映画の後半には嘉農ナインを応援しているはずですよ(笑)。 (取材・文=長野辰次/撮影=名鹿祥史)
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『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』 製作総指揮・脚本・プロデューサー/ウェイ・ダーション 音楽/佐藤直紀 監督/マー・ジーシアン 出演/永瀬正敏、坂井真紀、ツァオ・ヨウニン、大沢たかお 配給/ショウゲート 1月24日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー (c)果子電影 http://kano1931.com ●ウェイ・ダーション 1969年生まれ。エドワード・ヤン監督作『カップルズ』(96)で助監督を経験。監督デビュー作『海角七号~君想う国境の南』(08)が台湾映画史上歴代1位となる記録的大ヒットとなり、その実績と勢いを活かして歴史超大作『セデック・バレ』(11)を製作・脚本・監督する。『セデック・バレ』も歴代2位となる興収を記録。台湾における国産映画ブームの火付け役となる。オランダが台湾南部に上陸した17世紀を舞台にした次回作を現在準備中。 ●マー・ジーシアン 1978年生まれ。2000年にテレビドラマで俳優デビュー。歴史アクション超大作『セデック・バレ』(11)などに出演する一方、テレビドラマの演出や脚本を経験。少年野球の経験を活かし、『KANO ~1931 海の向こうの甲子園~』で劇場映画監督デビューを飾った。『KANO』は台湾のアカデミー賞・金馬奨で観客賞、国際批評家連盟賞を受賞するなど多くの映画賞を受賞している。

シャワー室でおっぱいを舐められているシーンは必見! 明日花キララが新境地で「激しくしごかれちゃった」!?

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撮影=名鹿祥史
 人気ナンバーワンAV女優として、もはや男なら知らない人はいないであろう、明日花キララちゃん。そんな彼女の、AVとはまた違った一面を楽しめる作品が、映画『アイアンガール ULTIMATE WEAPON』だ。セクシーなアーマードスーツに身を包み、敵をなぎ倒す激しいアクションシーンで新境地を開拓しているキララちゃん。前作『アイアンガール』を超えて、よりハードな魅力がぎゅぎゅっと詰め込まれた本作は、1月17日からユーロスペースを皮切りに全国で公開される。  そこで今回、日刊サイゾー取材班では、公開を控え、やや緊張の面持ちのキララちゃんを直撃! 「激しくしごかれちゃったんです……」と激白するキララちゃんが、この映画に込めた思いとは!? ――『アイアンガール ULTIMATE WEAPON』の公開おめでとうございます! ド派手なアクションシーンが連続の『アイアンガール』シリーズの第2作目ですが、撮影はいかがでしたか? 明日花キララ(以下、キララ) 今回は、前作よりもアクションシーンが倍増しているんです。アクション監督の柴原孝典さんに指導を受けたんですが、「絶対に前よりもパワーアップしないといけない!!」という方針のもとに、ビシビシとしごかれました。今回は武器も増えたし、覚えなきゃならないことがたくさんあって大変だったんですよ~。 ――実際、どんなふうにしごかれたのでしょうか? キララ 20回続けて前転したり、ワイヤーアクションの練習のため、つられながらクルクルと回ったり……。器具を装着しての練習だったんですが、腰の部分にアザができちゃいました。夏の暑い中での練習だったので、倒れそうになりながら、なんとか頑張りました。 ――つ、つらすぎる……。前作では、必殺技として華麗な回し蹴りを披露していましたが、今作でも必殺技が繰り出されるのでしょうか!? キララ もちろん! ただの回し蹴りだけじゃなくて、クルッと回ってからの回し蹴りにバージョンアップしました。これも、深夜の代々木公園で3時間以上の猛練習を積んだ成果です。出演が決定したのが撮影の1カ月くらい前で、全然時間がなかったから、最初はマネジャーに「自信がない」って漏らしていたんですけど、この期間の中でできる限りの努力をしました。 ――特訓の成果で、プロも顔負けのアクションシーンになってますね。 キララ そうですか? うれしいです!! ――アクションシーンのほかに、キララちゃんが見てほしい一押しのポイントは?
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キララ 前作とは、私が演じるヒロインのキャラがちょっと違うんです。以前は感情をあまり出さず、セリフも少ない役だったんですが、今回はセリフもたくさんあって、演技力が求められるキャラクターでした。 ――では、アクションシーンと同じように演技力も向上している? キララ う~ん、まだ自分の演技を見るのは恥ずかしいですね(笑)。この役を演じるためにはどうしたらいいんだろう……って悩んで、監督に何回も何回も相談し、本読みの練習も個人的に時間を取ってもらったり、必死で頑張りました。 ――そんなキララちゃんの演技力が発揮されているシーンは、どこでしょうか? キララ シャワー室で男性におっぱいを舐められているシーンがすごくいいって褒められますね。自分で見ていると、ちょっと恥ずかしいんですが……。 ――AV女優としても活躍している、キララちゃんならではのセクシーシーンでした。 キララ あと、お色気シーンとしては、最後にラブシーンもあるんですが、これがめっちゃ恥ずかしかった……。監督から「スタイリッシュにやってよ」って言われて、どうしたらいいかわからずに演じてみたんです。 ――これまで、AVで数えきれないほどのカラミを経験してきたキララちゃんでも、映画のラブシーンは恥ずかしい? キララ 恥ずかしいですよ! このシーンを見ると、脇汗がやばいんです(笑)。 ――ところで、『アイアンガール』を通じて、激しいアクションシーンを習得しましたが、日常生活で役に立ったことは? キララ 忘年会で、事務所の社長から「こいつドMだから蹴ってやれ」って言われて、男性に蹴りを入れたりしたこと……かな? 喜んでもらえたけど、本気で蹴っちゃったから、かなり引いてました(笑)。 ――キララちゃんから本気の蹴りを頂けるなんて、うらやましすぎる……。 キララ あとは、痴漢に遭っても回し蹴りで撃退できるから、安心して生活できるようになりましたね。 ――今後は、女優としてどんな役柄に挑戦したいですか? キララ 『アイアンガール』ではクールなヒロインを演じていますが、かわいい系の女の子の役にも挑戦してみたいですね。あとは、ホラー映画をやってみたい! 以前、監督から、お化けの役が似合いそうな「ホラー顔」って言われたんです。ハロウィンも大好きなので、顔面蒼白の幽霊役なんかに挑戦してみたいな。 ――ありがとうございました! (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=名鹿祥史) kirara0114.jpg ●『アイアンガール ULTIMATE WEAPON』 監督:藤原健一 キャスト:明日花キララ、岩永洋昭、岸明日香、河合龍之介、亜紗美、森下悠里ほか 配給:渋谷プロダクション 1月17日(土)~1月30日(金)ユーロスペースにて2週間限定レイトショーほか全国順次公開 <http://iron-girl2.com/> (C)2014「IRON GIRL2」製作委員会

歌舞伎町激震! “元アウトローのカリスマ”瓜田純士が「ヒキオタニート」になっちゃった!?

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麗子夫人と自宅にて。
 “元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士が最近、携帯電話などのコミュニケーションツールを捨て去り、自宅に引きこもっているという。かつてストリートファイト東京No.1と呼ばれた男が、ストリートに出ず、いったい何をしているのか……? 心配した記者が瓜田の自宅を訪問すると、室内からは甘いカプチーノの香り。瓜田は新しい奥様と、コタツで団らん中であった。「愛妻家はヒキオタになるしかない」とノロケる瓜田に、近況を聞いた。  瓜田は今年の7月に入籍した麗子夫人と共に、現在、新宿区内のマンションに住んでいる。その“愛の巣”にお邪魔して、インタビューを行った。 ――最近は、どのような生活を? 瓜田純士(以下/純士) 用もないのに出歩くと無駄金を使うだけだから、外出は最小限に抑えてます。愛する妻の手料理もおいしいから、外食する気にもなれず、ほぼ引きこもり状態ですね。ヤマーン(麗子さんの愛称)も僕同様、ヒキオタニート状態です。 ――いくら新婚とはいえ、家でずっと一緒にいると息が詰まりませんか? 瓜田麗子(以下/麗子) 全然そんなことないです。日に日に仲良くなってますね。 純士 確かに。僕もたまには外出しますけど、ほかのメスブタどもには目もくれず、なるべく早く妻の元へ帰りたいと思いますから、相思相愛の状態ですね。ちなみに僕は今、携帯電話を持ってませんから、妻以外の人間とは、ほとんど接触しない日々が続いてます。 ――パチスロ店で瓜田さんをよく見る、という目撃情報もありますが。 純士 ペカリの高揚感が好きで、たまにジャグラーというパチスロをやりに行きますけど、ギャンブルにハマってるわけじゃない。僕の場合、勝っていようが負けていようが、パッと途中で帰れちゃうんですよ。引きの感触だけ見て帰れちゃうのは、勝ちにこだわっていないから。とはいえ、月トータルでは必ず勝ってますから、このまま続けていけば20年後には家が建つかもしれませんね。 ――携帯電話を持たなくなった理由は? 純士 人と連絡を取るのが億劫になったというのがひとつ。2つ目の理由は、家庭を持った以上、もうかつてのように「何かあったときには、先輩の代わりに僕が体を張ります」みたいなことはできないので、人との連絡手段を断つことにしたんです。3つ目は、あとで詳しく話しますけど、マレーシアへの新婚旅行中の経験から、何かあったときに頼れるのは己の勘と度胸と行動力だけってことに気付いたので、それを研ぎ澄ますためにも、こんな文明の利器なんかに頼ってちゃダメだと思った。4つ目は、イスラム国がSNSなどを使ってネット上で巧みに勧誘しているらしいので、なんで俺らを脅かしてる連中と同じ土俵に上がんなくちゃいけないのかといういら立ちゆえ、ネットからは距離を置きたくなった。とにかく今どき携帯だのスマホだのを持つ奴や、今どき歯を入れてるような奴は、僕に言わせれば非国民ですね。 ――そういえば、抜歯したんですよね。 純士 はい。今年の夏に、上の前歯を一気に14本抜いたんですよ。担当医も驚いてました。「三船敏郎ですら、一度に7本だった。一度に14本も抜いた人を私は初めて見た。瓜田さんはアイアンマンだ」と。 ――なぜ抜歯を? 純士 もともとケンカで歯を折られたところや放置していた虫歯からバイ菌が入って、膿がたまっていたんですが、歯医者に通っては面倒になって行かなくなるの繰り返し。診察券がトランプできるくらい増えるばかりで、治療途中のままほったらかしだった。それに加えて、地下ファイトばっかに出てたせいで余計に歯がグチャグチャになってしまっていたんです。 ――抜かずに治療することもできたのでは? 純士 それは僕のナルシシズムに合わない。「瓜田は歯が汚いから、写真を撮るときに口を開かない」とか「瓜田は歯がない」とかネットでウワサになったことがある。そんなこと言われるぐらいなら、全部潔く抜いちゃって、「もう何もないからゴメンね」と言ったほうが、僕には合ってるんです。 ――抜歯後に入れ歯を入れるという選択肢は? 純士 なんですか、それ? ――歯がないとご飯を食べにくいのでは、と思いまして……。 純士 歯がなくなったら、歯茎を鍛えればいいだけのこと。慣れればなんでも食えますよ。とはいえ、オペのあと、麻酔が切れてから3日間ぐらいは死ぬかと思った。顔が腫れるわ、39度近い熱で倒れるわで、カボチャのポタージュすら飲めない状態でした。 ――その間、食事は? 純士 缶コーヒーをストローですすってました。でも、今はなんの不自由もない。携帯も歯もなくなったけど、おかげで無駄もなくストレスもない生活を送っています。見切り千両、ってやつですよ。 ――お酒も飲まなくなったようですし、生活が一変しましたね。 純士 はい、いつ死んでもいいというのがこれまでの僕のスタイルでしたけど、これからはハッキリと、こう言います。「ビバ長生き!」と。世界で一番長生きしてやります。
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新宿二丁目にて撮影。自宅からは目と鼻の先だが、「ここまで来ると、遠出したと感じる」。
――その心は? 純士 ヨボヨボになりながらもゲートボールやったり、若い姉ちゃんのケツ追いかけ回したりしているジジイの「人間、簡単には死なねえよ」って言葉と、暴走族で無謀運転している若僧の「人間、簡単には死なねえよ」って言葉、どっちを信じます? ジジイの言葉でしょう。僕はそこを目指してるから、最近はもっぱら早起きだし、健康そのものです。虎視眈々と世界を視野に入れつつも、携帯も持たず情報も持たず誰とも会わず、妻とマンネリ化しないよう楽しみつつ、早く寝る毎日。この境地に早くたどり着けてよかった。 ――夫婦円満のコツは? 純士 まず、ウソをつかないことですね。実は先日、ヤマーンに内緒でパチスロに行ったら、服がタバコ臭くなったせいか、「あれ? 今日もしかして私に内緒でパチスロ行った?」と聞かれたんです。「世界へ羽ばたく仕事のために虎視眈々」とか普段カッコつけたことを言ってる手前、パチスロに行ったとは言えなくて、「仕事関係で人に会ってた」とウソをついてごまかそうとしたんですが、次の瞬間、僕のパーカーのポケットから1枚のコインがチャリーンと落っこちたんです。 ――ヤバいですね。 純士 ええ、そこで素直に謝ってればまだよかったんですが、「これは今日のコインじゃない、去年ポケットに紛れ込んだコインだと思う」とウソを塗り重ねたら、「そのパーカーは数日前に買った新品やろ!」と突っ込まれて、夫婦ゲンカに発展しました。だからウソはよくないなと思って、それ以降は正直に「これからペカリに行く」と言うようにしています。隠し事はトラブルの元ですよ。 ――なるほど。 純士 あとは、夫婦ゲンカになりそうになったときには、野郎が先に謝ることですね。昔は「俺が右といえば右だ!」で通してきた僕ですけど、最近は10,000対1で僕が正しくても、ブン殴りたい気持ちをグッとこらえて、ひと呼吸置いてから、妻に謝るようにしています。怒りを引きずるのは時間の無駄。悔しくても「ゴメンね、俺も言いすぎた、勉強するよ」って言うと、相手も素直になってくれて、すぐ仲直りできる。 ――奥様が目の前にいるのに、そこまで手の内を明かしちゃって大丈夫ですか? 純士 僕、普段からヤマーンにはそう言ってますから。「今、悪いと思ってないけど謝ったよ」と。そうすると、ヤマーンも関西人で気性の荒い女ですから、「なんやワレ!」とか言ってくるんですけど、小さな小さなみつばちハッチにチクッと刺された程度のことで、百獣の王ライオンがいちいち本気を出しますか? 僕からすれば、ライオンが昼寝をしながらヒュンと尻尾を振って、みつばちを追い払ってるような感覚です。 麗子 (笑)。まあ、私も意地っ張りですから、純士のほうから謝ってくれへんかったら、ケンカが終わらないのは事実です。でも自分から謝るなんて、昔の瓜田だったらありえないことですよね? ――確かに。お酒をやめたから、穏やかになったのでは? 純士 僕が怒る“瓜田タイム”は、酒の有無とは関係ないんですよ。飲んでなくても、怒るときは怒りますから。ただ、飲むと瓜田タイムの尺が延びる(笑)。いずれにしても、愛する妻とはケンカをしたくない。外で夜遊びして遅い時間に帰ったりすると「どこ行ってたのアンタ!」と詰められてケンカになるだけだから、僕のような愛妻家は結果的に家から出なくなり、ヒキオタになるんです。ちなみに、引きこもりになると普通は太りますけど、僕は美意識が高いからスリムな体型を維持してます。 ――筋トレを続けているんですか? 純士 なんですか、それ? ――今年の夏にインタビューしたとき、ダンベルで体を鍛えると宣言していたじゃないですか。 純士 僕みたいな3時間坊主からすれば、あんなの一時のはやりですよ。これを1,000回やれば筋肉痛になって、翌日以降も続ければ筋肉がつくんだなってことがわかったら、「こんなのはバカのやるものだ」と思って、もうやらないんですよ。10代の頃からナチュラルパワーで、ナチュラルビューティーを貫いてます。 ――ダイエットのため、甘いものを食べないよう心がけたりは? 純士 いや、甘いものは大好きで、よく食べますよ。新宿アルタの前においしいたい焼き屋があって、ヤマーンもその味が好きなので、僕がたまに街へ出て門限の夕方5時を回りそうになったときは、そこでお土産を買って帰って、家で一緒に食べてます。ただ、ギャルとかお上りさんとかがウジャウジャいるアルタ前で、革ジャン着てサングラスかけてあの店の行列に並んでる僕って、ものすごくみっともないんですよ。しかも、僕の順番が来ても呼んでくれないことが多い。 ――お店の人から怖がられているんですかね? 純士 いや、目の前に帽子屋があって、僕はたい焼き屋の行列に並んでる最中にそっちの帽子を見たりもしてるから、「間違えて違う店の行列に並んじゃった人」と思われるみたい。
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引きこもり生活の中で思いついた言葉を、忘れないように書き残す。
――この人がたい焼きなんか買うわけない、と。 純士 きっと、そう思われるんでしょうね。僕の番が来てるのに、店の人は次の人を見て「何にしますか?」って言うんですよ。「ここは帽子屋の列ではありません」と僕に言うと恥をかかせてしまい怒鳴られそうだから、あえて僕を無視することで、それを悟らせようとする。 ――そんなとき、瓜田さんはどうするんですか? 純士 歯がないんで、大声を出すと空気が漏れちゃいますから、腕を組んだまま店員に顔を近づけて、「アンコ2つと、カスタード1つ」みたいなことをポツリと小声で言いますね。端から見たら完全に、隠語を使ったヤクの取引ですよ(笑)。 ――それにしても、甘いものを食べても太らないのはうらやましい。 純士 僕は戦場のナルシシストであり、軍事ナルシシストでもありますからね。一歩外に出ればオーディションですから、どんな世界からいつオファーが来るかわからない。そんなとき、「行ってやってもいいぜ」と上から言いたい僕は、ルックスには常に気を使っています。 ――夏にインタビューしたときは、「おしゃれ感とか、ファッション性とかは、もう自分には必要ない」と言っていたような……。 純士 「瓜田純士」という四字熟語は、「ぜんげんてっかい」と読みますから。 麗子 もうホント、毎日言ってることがコロコロ変わるんですよ(笑)。「タトゥーは卒業」と言った翌日に、新たなタトゥーを入れようとしたり……。 純士 卒業というのは、仮に新たなタトゥーを入れても、タトゥーは古いと思える自分でありたいっていう意味。だって居酒屋でトイレから戻ったときに、テーブルの上のお通しの皿が1個か2個増えてたとして、気付きます? 気付かないでしょう。僕のタトゥーも同じこと。今さら一個増えようが増えまいが、もはやどうでもいいことなんです。 ――しかし、ここまでタトゥーまみれだと、日常のいろんな場面で苦労するのでは? 純士 日本では僕みたいなキワモノは無視されがちですが、海外では違いますよ。8月にヤマーンとマレーシアへ新婚旅行に出かけたんですが、そのときは空港を下りた瞬間から僕はハイパー人気者で、知らない外人が僕のもとへブワーッと殺到してきましたから。 麗子 マレーシアのどこへ行っても、終始、握手攻めや写真攻めに遭っていたよね。警官や空港職員の方からも記念撮影を求められたり。 純士 瓜田純士の名はマレーシアにも轟いていたのかと思いきや、そうじゃなくて、向こうはタトゥー先進国だから、僕のこういう見た目も好意的に受け止めてくれるんですよ。ただ、スター気取りで浮かれていたら、好事魔多しで、ヤマーンがパスポートを落としまして……。 麗子 落としたんちゃうで! スラれたんやで! 純士 どっちにせよ、困った話だという……。しかも、ちょうどパブリックホリデーに重なったもんだから、大使館などの公的機関がお休みで、パスポートの再発行に手間取って、あやうく帰りの飛行機に間に合わず、日本へ帰れなくなるところでした。 麗子 ああいうときの純士は、ホンマに頼りになるな。本来なら絶対に間に合わないような各種手続きも、この見た目と押しの強さで突破して、ことごとくなんとかしてしまうんですよ。 純士 閉まりかけのゲートに足を突っ込んで、人波を強引に押し分けて、片言の英語で「今日のフライトで帰らないとホテルもないしカネもないんだ!」と身ぶり手ぶりも交えつつアピールしてたら、パッションが伝わって、係の人が険しい顔をしながらもスタンプを押してくれたり。そしてこの奇抜な見た目ゆえか、現地の優しい人たちが次から次へと救いの手を差し伸べてくれたり、いかつい連中も道を空けてくれたりして、どうにかこうにか出国できました。キャラは身を助ける、と思いましたね。 麗子 ホンマやな。 純士 僕はああいうピンチに追い込まれると「できないことはない」というアドレナリンというか、瓜田パワーみたいなものが出てくるんですけど、一方のヤマーンは、不安のキャパを超えると「寝る」という必殺技を繰り出すんですよ(笑)。例えば、イミグレーションの受付終了時刻までにタクシーが間に合いそうにないっていう場面では、僕は「マイナスのことを考えるな、今日帰れるということだけ考えろ、俺を信じろ」と励まし続けていたんですが、全然反応がないから横を見たら、ヤマーンは寝息を立てていた。 麗子 (笑) 純士 ようやく空港入りしたあとも、「飛行機に乗るまで油断するな、ここで並んでジッとしてろ、無駄な動きをするな」と指示したのに、ふと目を離したら、ヤマーンはマッサージ店でマッサージを受けながら、気持ちよさそうに寝てるんです。あのときは殺意が芽生えました。 麗子 とかなんとか言いつつ、私の不安を取り除こうと、純士はあえて平気な顔して笑わせてくれたり、強気に振る舞ってくれたり、いろいろと気を使ってくれていたみたいですね。 純士 2人しかいないときに、どっちも不安になってたらダメだから。どっちかが強気じゃないと。 ――非常にバランス良好でお似合いなご夫婦だと思いますが、そもそもお2人は、いつどこで知り合ったんですか? 純士 出会ったのは、今からちょうど1年くらい前ですかね。 麗子 去年の12月22日やね。 純士 そう、その日の晩に新宿二丁目の交差点で僕が佇んでいたら、いきなり背後からこの人がタックルしてきた。それが冗談抜きで、最初の出会いなんですよ。後ろから不良に殴られた経験は何度かあるけど、後ろから女にタックルされたのは初めて。タックルという名の逆ナンですね、あれは。 麗子 逆ナンちゃうわ! あの晩、私は、ゲイの男友達とレズの女友達と一緒に二丁目で飲んでいたんですけど、全然楽しくなくて。こんな無駄な時間を過ごしたくないと思って、その店から逃げ出して、違う店めがけてひとりで走ってる最中に、たまたま勢い余って、この人にぶつかってしまったんです。
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二人が出会った交差点にて、出会いのシーンを再現。
――そんな少女漫画のワンシーンのような出会い方だったんですか。そのとき瓜田さんはなぜ、その交差点に佇んでいたんですか? 純士 先輩が経営する飲み屋で知り合ったばかりの、得体の知れないババァをエスコートしてる最中だったんですよ。「ちょっとお兄さん、ディスコ連れてって」と頼まれて、先輩の知人なので渋々エスコートしてたけど、どうしてもまきたかったので、コンビニの前で時間を稼ぎながら「早く消えろよ!」と思ってる最中に、いきなり背後からバーン! と彼女がぶつかってきた。いつもの僕なら振り向きざまに「おい、コラてめえ!」と怒鳴るところですが、それをやらずに「どこ行くの?」と優しく聞いたのはなぜか? ある人に言わせれば「見た目が好みじゃなかったら、ぶっ飛ばしてたんじゃないの?」とのことですが、その通り。心のどっかで「あれ? ちょっとイイかも」と思ったんですよ。 ――麗子さんの第一声は? 麗子 酔っぱらってたからよく覚えてないんですが、「お兄さん、ロックしてる人?」みたいなことを聞いた記憶があります。ホンマにロッカーやと思ったんです。革ジャンやしタトゥー入ってるし。そのときは「瓜田純士」なんて全然知りませんでしたから。 純士 彼女は覚えてないと言い張るんですけど、あのとき僕のことを「カッコイイ」と言ったんですよ。 麗子 絶対言うてへん! 言うたとしても、タトゥーのことを言うたんちゃう? 純士 いや、酔って本音が出たんでしょうね(笑)。で、縁って面白いなと思うんですが、彼女が関西弁だったから、「お嬢ちゃん、西の子か?」と聞いたら、「そうやで」と言うから、「俺も西には友達多いぞ」などと、しばらくそこで立ち話をしてたんですよ。そしたらたまたま共通の知り合いの名前が出た。「ええ! なんで知ってるん?」と言うから、「知ってるもなにも、その人の名前をタトゥーで体に彫ってるよ」と言って、タトゥーを見せたんです。 麗子 あれにはホンマ、驚きました。 ――すごい偶然ですね。それですぐさま意気投合したんですか? 純士 いや、お世話になってるその兄さんの元カノだったりする可能性もあるので、うかつに乗っかったりするのはマズいと思って、とりあえずその日は、次の店まで丁重に送り届けました。そこがレズバーだったから、あ、この子はレズなのかなと思いつつ、「始発になったら帰りなさいよ」と優しく言って、連絡先だけ交換してその日は別れた。その後、世話になってる人の元カノとかではなく、レズでもないとわかったので、連絡を取り合って交際が始まり、今に至るという感じですね。 ――運命的な出会いといえそうですね。 純士 出会い方も共通の知人がいたのもできすぎだし、「ウチ、こんなに優しくされたの初めて(ハート)」なんて、「チャンプロード」の見出しみたいなメールも届いたりしたから、僕はしばらく、ハニートラップかと疑ってましたよ。 麗子 そんなメール、送ってないから! こんなに余計なことをペラペラしゃべる男って、ほかにいますか? 朝から晩までこの調子でずっとひとりでしゃべってるから、最初の頃は「この人と一緒にいてたら、自分がしゃべる暇なくて頭ボケるな」と思いましたよ。 純士 彼女も西ではよくしゃべる部類だったそうです。今はしゃべる暇がないというけど、その分、彼女は夜の営みのときに体で盛んに会話をしてくるんですよ。 麗子 ホンマ、ええ加減にしいや!(笑) 純士 まあでもホント、こうやって延々と「瓜田道」みたいな話を聞かされてる妻もよく耐えてるなと思いますけど、引きこもり生活は楽しいですよ。しかも、室内は最強ですから。 ――室内は最強? 純士 はい。半グレに狙われようが、切り裂き魔やストーカーに狙われようが、自分の家から一歩も出ずに、買い込んだ食材に囲まれながら暮らしていれば、「てめえら俺のクビを取りたかったら、ノルマンディに上陸するくらいの覚悟で来いや!」と強気になれるんですよ。室内にいる限りはね(笑)。敵が本当に来たら? 110番すればOK。室内最強ですよ。
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――しかし、家から出ず、おまけに携帯やネットも使わないとなると、世界へ進出するのは難しいのでは? 純士 なので、ヤマーンの携帯を借りて、ブログだけは続けてます。アメブロはしょせん、国内向けのものなので、Tumblrという海外のクリエーターともつながるブログを使って、「旅費もホテル代もお前らが全部持ってくれるなら、行ってやってもいいぜ」っていうスタンスで世界に向けて情報発信をしています。 ――国内には、もう未練がない? 純士 清水健太郎さんとコンビを組んで、警察関係の仕事をしたいという思いはあります。健太郎さんが「覚せい剤やめますか? それとも失恋しますか?」というポスターのモデルになり、僕が「あなた、見られています」という防犯ポスターのモデルになるのが夢ですが、国内でのやり残しはそれくらい。今はハリウッドを視野に入れつつ、あるプロジェクトを着々と進めていますので、ご期待ください。  アウトローのカリスマ改め、インドアのカリスマとして、瓜田純士が世界へ羽ばたくその日が間もなく来るかもしれない。 (取材・文=岡林敬太)