「やっと“憂鬱な家族”を笑い話に変えることができた」漫画家・まんしゅうきつこの逃げ続けた過去

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撮影=後藤秀二
 壮絶なアルコール中毒体験を漫画にした『アル中ワンダーランド』(扶桑社)がスマッシュヒット。そして2015年12月、まさに“満を持して”原点である伝説的ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」が『まんしゅう家の憂鬱』(集英社)として書籍化された漫画家・まんしゅうきつこ。奇抜なペンネームから想像もつかない端麗な容姿、そしてシュールかつゲスかつユーモラスな作風で一躍時の人となった彼女が抱える、本当の「憂鬱」に迫る。 ――『アル中ワンダーランド』のヒットで、周りの環境など、何か変わったなと思うことはありますか? まんしゅうきつこ(以下、まんしゅう) 名前問題は相変わらずありますよ。私、「ナタリー」さんにタグを作ってもらえないんです。ほかの漫画家さんは、みんなタグがあるのに。結局ヒットしても、そこまでのヒットじゃない。やっぱり30万部くらいは売れないと……。 ――ペンネームで自ら業を背負い……。 まんしゅう 名前のせいなのか、私自身が嫌われているのか、それはわからないんですけど。この間トークイベントをやったときに、「おめおめこさん」というライターさんが来てくださって。やはり変わった名前の方は、親近感を持ってくださるようです。でも、そのあとに「潮吹プシャ美さん」(あやまんJAPANユース)がいらっしゃったときは、さすがに自分よりすごいな……と思いました。上には上がいるものですね。 ――まんしゅうさんは、確実に「その世界」の扉を開いたと思います。 まんしゅう 先人として、このままいくしかありませんよね。 ――メディアなどに顔出しするようになって、変わったことはありますか? まんしゅう 特にないですね。顔出ししたから本が売れたのか、しないほうが売れたのかは、よくわからないですけど。顔出ししたことを、快く思わない人もいるじゃないですか。漫画家たるもの、表に出ないほうがいいと思う方は多数いらっしゃるので。 ――ミステリアスな存在であってほしいという。 まんしゅう 私、精神的によくないので、ネットはアマゾンのレビューさえも見ないようにしてるんですけど、さすがにグラビアに出たとき(「週刊SPA!」4/14・21号)だけは恐る恐る見ちゃったんですよ。そりゃもう、散々でした。「ブス」だの「鶏ガラ雰囲気ババア」だの。「まんしゅうきつそうな顔してるな」っていうのも、もちろんありました。 ――ショックを受けましたか? まんしゅう でも、顔出しする前の「美人らしい」とかいわれてる時期がすごくイヤだったんですよね。だから、晴れてババアだの鶏ガラだのが明らかになって、ホッとした部分は正直あります。ウワサがひとり歩きしてハードルが上がりすぎて、でもフタを開けてみたらこれですよ。
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■弟がしんどい ――さて、このたび出版された『まんしゅう家の憂鬱』には、家族とのエピソードがたくさん綴られています。 まんしゅう 最初に書籍化の依頼があった版元の担当さんから漫画として描き下ろすよう言われて、でもそうなるとあのブログ特有の、スクロールすると画が出てくる“びっくり箱”的期待感が薄れてしまうんですよね。それは、私の能力と技術が追い付かないということなんですが。2本くらい描いて「う~ん」ってなっちゃって、それからずっと渋っていたら、その編集さんとは結局、違う漫画を描くことになって……。その直後くらいですかね、「集英社さんから出したほうがいい」っていう、啓示を受けたのは。 ――……啓示、ですか? まんしゅう そうです。でも、そのときは何も考えずに、ただ「集英社さん」っていう啓示を受けたと思っていたんですけど、よくよく考えてみたら、集英社さんから出せば『ドラゴンボール』の悟空(註:少女時代のまんしゅうさんの憧れの人。『まんしゅう家の憂鬱』にも登場)に目線が入らないの。 ――啓示は、どのタイミングでやってきたんですか? まんしゅう あの、フェイクプレーン(飛行機に擬態しているUFO)から(笑)。そのとき犬の散歩してたんですけど、急いで家に帰って、弟に「フェイクプレーンがね、集英社だって」って言ったら「全部オマエの声だよ!!」って言われちゃった。 ――弟さん(写真家の江森康之氏)との関係も、本当に面白いです。 まんしゅう 持ちつ持たれつって感じなんですよ。弟とは、合わせ鏡みたいな関係なんです。相手が元気ないと、自分まで引っ張られてしまう。 ――姉弟というか、双子みたいですね。 まんしゅう 確かに。いま弟夫婦の家の一室をアトリエとして借りているんですけど、私がいつものように漫画を描いていると、弟が扉をバっと開けて言うんです。「オマエ、どんどんブスになっていくな」「最近、毒が回ってて、だらしなくなってるぞ」と。 ――突然ですか? まんしゅう はい。弟って、めちゃくちゃストイックなんですよ。夏は部屋が42度くらいになっても、絶対にエアコンをかけない。「汗をかくと、精神状態が安定する」「汗をかくのは、うつ病にいい」というヘンな持論があって。それを、私にも強要するんです。無理ですよ、42度なんて死ぬじゃないですか。でも、エアコンをかけると、どこからともなく怒鳴り込んできて、「エアコンかけただろ!」って。あと「スープ春雨なんて食うな! 見ろ、この添加物!」とかもありますね。あの子、本当に漬物と玄米とか食べてるんですもん。 ――ストイックの域を超えてますね……。 まんしゅう でも、それをやったら私の人生も楽しくなると信じてるから、タチが悪い。弟の奥さんなんて、もっと大変ですよ。結婚して10kg痩せましたからね。最近では弟の罵声があまりにも大きすぎて、家の前に住んでいるおばあちゃんが弟のことを無視するようになりました。弟が「おはようございます」って挨拶しても、目も合わせないそうです。田房永子さんの『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)ってありますけど、「弟がしんどい」っていう、そういうレベル!
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■機材代に200万円つぎ込んだ、宅録娘時代 ――……話がそれましたが、一度は筆が止まった『まんしゅう家の憂鬱』をまた描こうと思ったのはなぜでしょうか? まんしゅう 正直、もうやめようと思っていたんですよ。ブログもなかったことにしていただいて、今までの生活に戻ろうと。普通の主婦の生活にね。ただ、私は今までいろいろなことからすぐ逃げてきたので、さすがに35歳も過ぎてここでやめたら「またやめるんかい!」ってツッコむ自分もいたんです。だから、漫画だけはもうちょっと頑張ろうと。 ――今まで、どんなものから逃げてきたのですか? まんしゅう 22歳くらいから宅録をしていたんです。自分でドラム叩いて、ギター弾いて、ピアノ弾いて、作詞作曲して……みたいな。デモテープ作って送って、レコード会社から連絡もらったこともありました。それも、漫画の持ち込みと同じく、ダメ出しをされるわけですよ。そうなると「やっぱりいいや」って心が折れちゃって、そこでやめちゃった。結局、最後まで頑張れなくてやめちゃう。 ――レコード会社から連絡来るなんてすごい! まんしゅう かなり本格的にやってたんですよ。だって、機材代に200万円くらいかけてますから。バニーガールとキャバクラのバイトでためたお金を全部つぎ込んで。親は「あいつ大学留年したのに、何やってんだ!?」って思っていたでしょうね。 ――そんな宅録娘が今度は漫画家として、しかも『まんしゅう家の憂鬱』という家族の本を描くとは……。 まんしゅう 本当ですよ。ただ父と母は、まだ読んでいなくて。特に父は、読んだらなんて言うか……。この本に、父が松葉杖ついてるシーンがあるじゃないですか。あれ、事実なんですけど、ブログにアップしたときに父から「ウソ描くな!」って怒られたんです「俺はやられてない。逆に俺がボコボコにしてやったんだ」と。プライドがあるみたいで(註:本書に出てくる、弟の友達とケンカするシーンでのこと)。怖いです。母には「父を本屋に近づけないで」と、お願いしてるんですけど。 ――そんな危ない橋を渡ってまで(笑)、家族の話を描くのはなぜですか? まんしゅう 家族ものを描いてくれっていうオファーが、すごく多いだけ。家族の話にすると、どんなにぶっ飛んだ内容でも、結局、普遍的なところに落ち着くじゃないですか。でも、正直言えば家族のことは描きたくないです。 ――それはなぜですか? まんしゅう 私は今でも父が怖くて、父のイラストを描いているときは動悸がしてきちゃうくらい。昔ね、父がでっかい置時計を持って私を追いかけてきて、母が「逃げてぇぇぇ!!」って絶叫したことがあったんです。私、裸足のまま家から飛び出して、そのまま車の中で夜を明かしたんですよ。だから、父を描いていると、どうしても人殺しの目になっちゃう。 ■家族のことを書く、ということ ――……家族の漫画を描いて、よかったなと思ったことは? まんしゅう 私、自分の家族が変わってるなんて、1mmも思ったことなかったです。でも友達が遊びにくると、必ず言われる。「ほんっとに、変わってるねぇ……」って。まず聞かれるのが「ケンカしてるの?」です。ケンカはしてないんです。ただ会話が常にケンカ腰で、罵声が飛び交ってる家なんです。この本を描いて、みんなに「面白い」って言われて、ようやく「うちは変わってたんだ……」と認めることができました。 ――家族のことを描くというのは、自分を見つめる作業でもあったんですね。 まんしゅう つらかった話を笑える話に変換させることで、嫌な気持ちを昇華させているのかもしれません。うまく説明できないけど、私がこれから生きていく上でとても大切な作業だったと思います。 ――今後、描いてみたい題材はありますか? まんしゅう 本当はノンフィクションではなく、フィクション作品を描きたいんですよ。スポ根とかカンフー漫画とか。殺人拳法のお話とか。正直、私にとって、エッセイ漫画は楽なんです。実際体験したことを絵にするのは、フィクションよりたやすいと思う。本当にやりたいのはフィクションですけど、そこまでの能力はまだ自分には備わっていないので、もう少し修業して、技術力を身につけたいですね。 ――殺人拳法のスポ根漫画、楽しみに待ってます! まんしゅう ……でもわからない、いつやめたいという気持ちが勝ってしまうか。来年くらい、全部の連載終わりにしてたりして(笑)。 (取材・文=西澤千央)

『THE OUTSIDER』引退“濱の狂犬”黒石高大、ラストファイトは失神負けも「前を向いていく」

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 さらば愛しの格闘技!――格闘家で俳優の“濱の狂犬”こと黒石高大(29)が13日、リングス・前田日明主催の不良系格闘技イベント『THE OUTSIDER 大田区総合体育館SPECIAL』で引退試合を行った。7年半前のデビュー戦で惨敗して以来、着々と努力を重ねて強くなり、アウトサイダーの象徴として人気を集めた黒石だが、ファイナルマッチでは失神負け。試合後のマイクでは「負けて始まって負けて終わるって、ギャグかこの野郎!」と涙声で悔しさをにじませた。だが、最後までギブアップをせず戦い抜いたその勇姿に、会場は拍手喝采。20代のすべてを注ぎ込んだ格闘技に別れを告げた黒石は今後、芸能界で役者として派手に暴れ回ることを約束した。 * * * 「ヤバイ、みんなの顔を見てたら泣いちゃう」  試合当日、会場入りした黒石は、大勢のファンや仲間から声をかけられて、一瞬、感極まった表情を見せた。が、控え室に入ると感傷を振り払うかのように、一心不乱にミット打ちを開始。長い手足から繰り出されるパンチとキックは、実に伸びやかで重量感もたっぷり。数年前のそれとはまったくの別物である。
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 2008年3月、アウトサイダー旗揚げ興行の第1試合でデビュー。総合格闘技では滅多にお目にかかれないジャーマンスープレックスを食らった末に惨敗した。2回目の出場時は「開始2秒でKO負け」というギネス級のスピード敗北を記録。3回目は入れ込みすぎて試合開始前に相手を殴ってしまいノーコンテスト。しかもこの3試合とも、応援団がリングになだれ込んできて乱闘を繰り広げるオマケ付き。デビュー当初の黒石は、こうした負け方のインパクトや試合前後の騒乱でもっぱら話題を呼んだ選手だった。  しかし、その後は格闘技のトレーニングを本格的に開始。いつしか勝ちを重ねるようになり、17戦7勝7敗2分1コーテンストという五分の星まで持ち直して、この日の引退試合を迎えた。芸能活動に集中するために、断腸の思いで格闘技からの引退を決意。最後の試合は勝ち越しのかかった一戦であると同時に、「この試合に勝てなきゃ芸能界でのケンカにも勝てない」という強い思いを抱いて臨む一戦でもあった。  一方、背中の不動明王をトレードマークとする対戦相手の啓之輔(32)は、26戦18勝8敗という戦績を誇る強豪だ。“キング・オブ・アウトサイダー”の異名を持ち、黒石と共にアウトサイダーを創成期から牽引。「黒石とは戦友だ。ただの友達じゃねぇよ。だから戦う!」と今回の試合を引き受けた。
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 ミット打ちを終え、控え室で一息ついていた黒石に話を聞く。 ――今日、啓之輔選手とは会いましたか? 黒石 今日はまだ会ってないですけど、前日計量のときに会って話しました。 ――どんな話をしましたか? 黒石 俺ら日本で一番客を入れるコンビなんで、来た全員に好きになって帰ってもらいましょうよ。ちょっとくらいは観客に見せないとダメなんですよ、と。  のちに主催者が発表した入場者数は3,130人。このうち1,000枚近くのチケットを黒石が手売りでさばいたというから、その人気と人徳はたいしたものである。 ――観客に見せないとダメ、とは? 黒石 2ラウンド2分の時点で決着がつかなかったら、手を後ろに組んで、互いに一発ずつ殴り合おうと提案しました。俺のことからまず殴っていいんで、やりましょうと。 ――啓之輔選手の反応は? 黒石 「商売人みたいなこと言いやがって」と笑われました。  有終の美を飾りたい黒石と、黒石に引導を渡したい啓之輔。果たしてどんな戦いになるのか?  大歓声を浴びながらリングインし、レフェリーを挟んで向き合う二人。黒石は今にも突っかからんばかりの勢いでガンを飛ばすが、啓之輔はそれをいなすようにソッポを向く。双方いったんコーナーに下がるが、ゴングが鳴るなり突進し、両者の第一打がリング中央で同時にヒット! 黒石のハイキックが勢いで勝り、バランスを崩した啓之輔が尻もちをつく。
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 大声援をバックに、倒れた啓之輔めがけて襲いかかろうとする黒石。しかし啓之輔はこれを冷静にガードし、立ち上がる。  黒石は左右のキックを繰り出しながら前進するが、啓之輔のカウンターパンチを食らってよろけた隙に、首を取られて倒されて攻守逆転。
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 啓之輔がフロントチョークで締め上げると、黒石の抵抗が徐々に弱まり、客席がザワつき始める。結局、黒石はタップをせずにそのまま失神。1ラウンド1分0秒、レフェリーストップであっけなく終幕となった。
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 やがて意識を取り戻した黒石は、セコンドから説明を受けて悔しそうに苦笑い。  マイクを握った啓之輔は、「格闘技って残酷なものですね」と叫んだあと、「この男がアウトサイダーを引っ張ってきたんで、みんなデカイ拍手をしてやってください!」と黒石にエール送った。いつもはクールでぶっきらぼうな啓之輔だが、この日ばかりは寂しげな表情をたびたび浮かべていたのが印象的だった。
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 有志一同から花束を受け取った黒石は、感涙にむせびながら四方八方にお辞儀。客席から「泣いてばっかりいるんじゃねぇよ!」とのヤジが飛ぶと、それに応戦するように涙声でマイクパフォーマンス。 「本当だよ最悪だよ、バカ! 負けて始まって負けて終わるって、おまえ、ギャグかよこの野郎! 本当に多くは語りません。ダサかった、弱かった、最後まで弱かった。それを支えてくれて応援してくれた前田日明、アウトサイダー関係者のみなさん、家族、地元の友だちや仲間たち、応援し続けてくれた人たち、本当に心からありがとうございました! とりあえず芸能界で派手にケンカをかましてくるんで応援よろしくお願いします!」
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 そして、客席にいた母親に向かって「産んでくれて育ててくれてありがとう」と感謝の言葉を述べたあと、啓之輔にも礼を言い、観衆に向かって「押忍! 押忍! 押忍! 押忍!」と挨拶して頭を下げた。  最後は主催者の前田日明がマイクを握り、「黒石、お疲れさん。まぁトンマで、今日の試合も落ち着いていけばできたのに、テンパっちゃって、このようなドジをするんですけど。芸能界に行っても、どうぞ応援してやってください。お願いします」と親心満載のコメントで締めくくった。 * * *  試合の数日後、黒石に電話取材をした。 ――今の心境は? 黒石 心にポッカリ、穴が空いてる感じです。20代のほぼすべて、朝から晩まで情熱を注いできた格闘技がなくなっちゃいましたから。 ――試合の記憶はありますか? 黒石 ありますよ。チョークががっちり決まっちゃって、「あぁ、これは抜けられそうにないな」って。遠のく意識の中、「俺ってダセえよなぁ」って思いました。 ――最後までタップをしませんでしたね。 黒石 チョークで締め落とされるぐらいじゃ死にはしないから、タップはまったく考えなかったです。「落とすなら早く落としてくれよ」って感じでしたね。 ――敗れはしましたが、黒石選手の戦いぶりに感動している観客も多かったです。 黒石 いやいやいや、あんな試合で感動って、どんだけ安く見られてるんだって!(笑) ――悔しいですか? 黒石 悔しいですけど、うつむいたって何も変わらない。だったらもう居直って、前を向いて、突き進んで行くしかないですね。  18戦7勝8敗2分1ノーコンテンスト。格闘家人生は一つ負け越しで終わったが、負けの悔しさを知っていればこそ、これからの演技にも一層の深みが出ようというもの。役者人生はすでに本格始動しており、来年のゴールデンウィーク公開の『テラフォーマーズ』のほか、複数の大作への出演も決まりつつあるようだ。四角いリングから四角いスクリーンに舞台を変えて、黒石は今後も戦いを続ける――。 (取材・文=岡林敬太/撮影=長谷英史)

『THE OUTSIDER』引退“濱の狂犬”黒石高大、ラストファイトは失神負けも「前を向いていく」

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 さらば愛しの格闘技!――格闘家で俳優の“濱の狂犬”こと黒石高大(29)が13日、リングス・前田日明主催の不良系格闘技イベント『THE OUTSIDER 大田区総合体育館SPECIAL』で引退試合を行った。7年半前のデビュー戦で惨敗して以来、着々と努力を重ねて強くなり、アウトサイダーの象徴として人気を集めた黒石だが、ファイナルマッチでは失神負け。試合後のマイクでは「負けて始まって負けて終わるって、ギャグかこの野郎!」と涙声で悔しさをにじませた。だが、最後までギブアップをせず戦い抜いたその勇姿に、会場は拍手喝采。20代のすべてを注ぎ込んだ格闘技に別れを告げた黒石は今後、芸能界で役者として派手に暴れ回ることを約束した。 * * * 「ヤバイ、みんなの顔を見てたら泣いちゃう」  試合当日、会場入りした黒石は、大勢のファンや仲間から声をかけられて、一瞬、感極まった表情を見せた。が、控え室に入ると感傷を振り払うかのように、一心不乱にミット打ちを開始。長い手足から繰り出されるパンチとキックは、実に伸びやかで重量感もたっぷり。数年前のそれとはまったくの別物である。
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 2008年3月、アウトサイダー旗揚げ興行の第1試合でデビュー。総合格闘技では滅多にお目にかかれないジャーマンスープレックスを食らった末に惨敗した。2回目の出場時は「開始2秒でKO負け」というギネス級のスピード敗北を記録。3回目は入れ込みすぎて試合開始前に相手を殴ってしまいノーコンテスト。しかもこの3試合とも、応援団がリングになだれ込んできて乱闘を繰り広げるオマケ付き。デビュー当初の黒石は、こうした負け方のインパクトや試合前後の騒乱でもっぱら話題を呼んだ選手だった。  しかし、その後は格闘技のトレーニングを本格的に開始。いつしか勝ちを重ねるようになり、17戦7勝7敗2分1コーテンストという五分の星まで持ち直して、この日の引退試合を迎えた。芸能活動に集中するために、断腸の思いで格闘技からの引退を決意。最後の試合は勝ち越しのかかった一戦であると同時に、「この試合に勝てなきゃ芸能界でのケンカにも勝てない」という強い思いを抱いて臨む一戦でもあった。  一方、背中の不動明王をトレードマークとする対戦相手の啓之輔(32)は、26戦18勝8敗という戦績を誇る強豪だ。“キング・オブ・アウトサイダー”の異名を持ち、黒石と共にアウトサイダーを創成期から牽引。「黒石とは戦友だ。ただの友達じゃねぇよ。だから戦う!」と今回の試合を引き受けた。
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 ミット打ちを終え、控え室で一息ついていた黒石に話を聞く。 ――今日、啓之輔選手とは会いましたか? 黒石 今日はまだ会ってないですけど、前日計量のときに会って話しました。 ――どんな話をしましたか? 黒石 俺ら日本で一番客を入れるコンビなんで、来た全員に好きになって帰ってもらいましょうよ。ちょっとくらいは観客に見せないとダメなんですよ、と。  のちに主催者が発表した入場者数は3,130人。このうち1,000枚近くのチケットを黒石が手売りでさばいたというから、その人気と人徳はたいしたものである。 ――観客に見せないとダメ、とは? 黒石 2ラウンド2分の時点で決着がつかなかったら、手を後ろに組んで、互いに一発ずつ殴り合おうと提案しました。俺のことからまず殴っていいんで、やりましょうと。 ――啓之輔選手の反応は? 黒石 「商売人みたいなこと言いやがって」と笑われました。  有終の美を飾りたい黒石と、黒石に引導を渡したい啓之輔。果たしてどんな戦いになるのか?  大歓声を浴びながらリングインし、レフェリーを挟んで向き合う二人。黒石は今にも突っかからんばかりの勢いでガンを飛ばすが、啓之輔はそれをいなすようにソッポを向く。双方いったんコーナーに下がるが、ゴングが鳴るなり突進し、両者の第一打がリング中央で同時にヒット! 黒石のハイキックが勢いで勝り、バランスを崩した啓之輔が尻もちをつく。
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 大声援をバックに、倒れた啓之輔めがけて襲いかかろうとする黒石。しかし啓之輔はこれを冷静にガードし、立ち上がる。  黒石は左右のキックを繰り出しながら前進するが、啓之輔のカウンターパンチを食らってよろけた隙に、首を取られて倒されて攻守逆転。
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 啓之輔がフロントチョークで締め上げると、黒石の抵抗が徐々に弱まり、客席がザワつき始める。結局、黒石はタップをせずにそのまま失神。1ラウンド1分0秒、レフェリーストップであっけなく終幕となった。
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 やがて意識を取り戻した黒石は、セコンドから説明を受けて悔しそうに苦笑い。  マイクを握った啓之輔は、「格闘技って残酷なものですね」と叫んだあと、「この男がアウトサイダーを引っ張ってきたんで、みんなデカイ拍手をしてやってください!」と黒石にエール送った。いつもはクールでぶっきらぼうな啓之輔だが、この日ばかりは寂しげな表情をたびたび浮かべていたのが印象的だった。
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 有志一同から花束を受け取った黒石は、感涙にむせびながら四方八方にお辞儀。客席から「泣いてばっかりいるんじゃねぇよ!」とのヤジが飛ぶと、それに応戦するように涙声でマイクパフォーマンス。 「本当だよ最悪だよ、バカ! 負けて始まって負けて終わるって、おまえ、ギャグかよこの野郎! 本当に多くは語りません。ダサかった、弱かった、最後まで弱かった。それを支えてくれて応援してくれた前田日明、アウトサイダー関係者のみなさん、家族、地元の友だちや仲間たち、応援し続けてくれた人たち、本当に心からありがとうございました! とりあえず芸能界で派手にケンカをかましてくるんで応援よろしくお願いします!」
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 そして、客席にいた母親に向かって「産んでくれて育ててくれてありがとう」と感謝の言葉を述べたあと、啓之輔にも礼を言い、観衆に向かって「押忍! 押忍! 押忍! 押忍!」と挨拶して頭を下げた。  最後は主催者の前田日明がマイクを握り、「黒石、お疲れさん。まぁトンマで、今日の試合も落ち着いていけばできたのに、テンパっちゃって、このようなドジをするんですけど。芸能界に行っても、どうぞ応援してやってください。お願いします」と親心満載のコメントで締めくくった。 * * *  試合の数日後、黒石に電話取材をした。 ――今の心境は? 黒石 心にポッカリ、穴が空いてる感じです。20代のほぼすべて、朝から晩まで情熱を注いできた格闘技がなくなっちゃいましたから。 ――試合の記憶はありますか? 黒石 ありますよ。チョークががっちり決まっちゃって、「あぁ、これは抜けられそうにないな」って。遠のく意識の中、「俺ってダセえよなぁ」って思いました。 ――最後までタップをしませんでしたね。 黒石 チョークで締め落とされるぐらいじゃ死にはしないから、タップはまったく考えなかったです。「落とすなら早く落としてくれよ」って感じでしたね。 ――敗れはしましたが、黒石選手の戦いぶりに感動している観客も多かったです。 黒石 いやいやいや、あんな試合で感動って、どんだけ安く見られてるんだって!(笑) ――悔しいですか? 黒石 悔しいですけど、うつむいたって何も変わらない。だったらもう居直って、前を向いて、突き進んで行くしかないですね。  18戦7勝8敗2分1ノーコンテンスト。格闘家人生は一つ負け越しで終わったが、負けの悔しさを知っていればこそ、これからの演技にも一層の深みが出ようというもの。役者人生はすでに本格始動しており、来年のゴールデンウィーク公開の『テラフォーマーズ』のほか、複数の大作への出演も決まりつつあるようだ。四角いリングから四角いスクリーンに舞台を変えて、黒石は今後も戦いを続ける――。 (取材・文=岡林敬太/撮影=長谷英史)

刃牙から刃牙へ──! 渋谷莉孔×平直行、緊急対談で継承された“ヤバすぎる”必殺技とは!?

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 刃牙から刃牙へ、必殺技を伝授!――漫画『グラップラー刃牙』の主人公・範馬刃牙のモデルになった平直行(51)と、地下格闘技から世界へ進出した“リアル刃牙”こと渋谷莉孔(30)の対談がついに実現した。平から渋谷へ、最強かつ最凶の格闘家になるための奥義が今、継承される! * * *  現在、アジア最大の総合格闘技イベント『ONE Championship』で活躍する渋谷莉孔。格闘家としてデビューしたのは今から7年前で、その舞台は不良系格闘技イベント『THE OUTSIDER(アウトサイダー)』の第3回大会だった。主催者側から“リアル刃牙”という異名を付けられた渋谷は、対戦相手を罵倒しながら殴打する凶悪なファイトで圧勝し、デビュー戦で観客の心を鷲掴みにしたのである。  その試合でレフェリーを務めていたのが、奇しくも平直行だった。  平といえば、空手、修斗、ブラジリアン柔術、シュートボクシングなどを習得する格闘技の達人だ。明るいキャラクターとトリッキーなファイトスタイルで人気を集め、前述したように漫画『グラップラー刃牙』のモデルにもなった。現在は指導者やレフェリーとして活躍中である。  浅からぬ縁を持つ二人の「刃牙」が、このたび、久々の再会を果たした。格闘家としてさらなる高みを目指す渋谷が「今、最も対談したい人」として、平の名前を挙げたのだ。
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渋谷 ご無沙汰です。今日はよろしくお願いします。  久しぶりだね。アウトサイダーで僕がレフェリーをしたとき以来かな? 渋谷 かもしれませんね。  あのときは確か、KOかなんかで勝ったんだよね? 試合中に叫んだりしてたから、「変な面白いヤツが出てきたな」と(笑)。その後の活躍ぶりは、Facebookでたまたま出てきたときとかに、見てますよ。僕は長年ピンからキリまでいろんな選手を見てるから、海外に行ったくらいでは驚かないけど、頑張ってるなって思って見てます。 ――今回の対談に先立ちまして、渋谷選手の最近の試合動画を平さんにチェックしていただきましたが、率直な感想をお聞かせください。まずは今年3月の海外デビュー戦、アドリアーノ・モラエス戦から。  なんやかんやで練習をちゃんとしてるんだろうな、ってことは伝わってきました。あ、意外とマジメなんだな、みたいな(笑)。技術的にはまぁ普通って言ったらあれだけど、いわゆる総合(格闘技)の技術をしっかりマスターしてるなってことはわかりますよね。 ――10月に行われた海外2戦目、ユージーン・トケーロ戦についてはどうでしょう?  試合的には手堅くてよかったけど、プロ的にはなんかしようよ、って感じかな。ガハハハハ! ――なんかしようよ、とは?  やっぱ、相手をやっつけないといけない。相手もそんな弱くないから、難しいのはわかるけど、最初から最後までずっと手堅く寝技で戦って、観客がずっと応援して見てくれるかというと難しいよね。
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――渋谷選手から平さんへ、質問がありましたら遠慮なくどうぞ。 渋谷 平さんのスパー映像を見ると「プレッシャーが強い」と感じるんですが、いつもプレッシャーはどう作ってますか?  僕、プレッシャー強い? 渋谷 映像を見ると、けっこうガンガン行ってるなぁと。  僕、こう見えて緊張しながら試合をするんで、相手が来るのがイヤなんですよ。だから相手が地味に来ると、派手な技を返して追っ払っちゃう。だから僕、試合でローキックを食らったことがほとんどないんですよ。あとで相手に聞くと、「おっかないなぁ、おまえ。入ったらいきなり来るから」って言われることが多いんです。 渋谷 カウンターが早いんですかね?  そう。相手がローを打ってきたら、すかさずハイを返す。と、相手はおっかなくなって、そのあと意外と行けないんだって。僕は性格的に、大きい技を好む。でもたまに疲れると小さな技もやる。それはそれで相手からしたら、なんかイヤみたいで。そんなこんなで端から見たら、僕が全体的に試合を支配してるように見えるのかも。 渋谷 プレッシャーをかけてる意識は薄いんですか?  うん。大事なのは距離感かな。こっちがバーッて行くと相手も打ち返してくるからイヤだ。でも最初に自分の距離にして、相手に詰めさせるのもイヤ。じゃあ、どうするか? 僕が考えた戦い方は、相手が来たらブロックするんじゃなくて、スッとかわして、後出しジャンケンみたいに攻めるやり方ですね。 渋谷 相手の「打ち終わり」を狙うんですか?  「打たせて、打ち返す」みたいな感じかな。相手が来ないと面倒くさいし、逆にウワーッと来過ぎるのも面倒くさい。ウワーッと来られたら大技を放つと、もう一回相手が離れてくれる。 渋谷 大技とは?  飛んでみたりとか(笑)。当たんなくてもいいんです。お客さんが満足してくれるから。たまに当たったりもするし。 渋谷 そういう技、自分も欲しいんですよね。判定勝負になりそうなときのための、終盤に出せる派手な技。  総合だと、どうなんだろうねぇ……。 渋谷 あと、打撃のフェイントも覚えたいです。総合の世界だと、打撃のフェイントが得意な選手ってほとんどいないですよね?  いない、いない。僕は打撃だけの世界でずっと生きてきたから、総合で打撃が来てもたいして怖くない。フェイントはねぇ、いい練習パートナーを見つけて、決まった形をいくつも作っていくしかないかな。ずっとフルラウンドで、バランスを崩さずできるよう、何度もそれらを反復練習する。「片側に目線を引きつけておいて、見えない逆側からパンチを打つ」というパターンをいくつもいくつも考えて、無意識でも動けるように延々と反復練習あるのみですね。 渋谷 わかりました。
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 あとは「意識の入れ替えのフェイント」も覚えたほうがいいかな。チャンバラで例えると、大人の剣豪と、刀を持った子供が向き合ったとする。普通に考えたら子供に勝ち目なんかないわけだ。実際、腕もなく駆け引きもできない子供は、刀を頭上に振りかざしたまんま、「うわぁぁぁぁ」と叫びながらまっすぐ相手に向かって突っ込んで行くんだけど、次の瞬間、子供は小石に蹴つまずいてしまう。と、大人の剣豪は一瞬ハッとなり、その隙に、前のめりに倒れた子供の刀でバッサリ斬られてしまう……という話。今のは不測の事態によって斬られてしまった! って話だけど、これを戦いのいろんな場面で自覚的にやれたら強いですよ。意識を抜いて、すぐ入れると当たるんです。 渋谷 もっと詳しく教えてください。  1…わざと力を入れる、2…スッと力を抜く、3…再び力を入れる。この2と3の間隔を意識的に素早く行うわけ。相手をつかむとき、相手を投げるとき、相手を殴るとき、相手から逃げるとき……全部に使えますよ。「ON、OFF、ON」の入れ替えの速度を鍛えるんです。「行くぞーーーーーーーーーーーーやめた…やっぱ行くっ!」って感じ。 渋谷 そういえば、寝技をブリッジで返すときに、自分もそれに近いことをやってますね。「行って、やめて、また行く」と、みんな引っかかる。「パワーあるね」って褒められるけど、そうじゃなく、実は相手が引っかかってるだけなんですよ。「力を入れて、抜いて、また入れる」と、ひっくり返せるんです。  一流の格闘家はみんなその呼吸を体得してるけど、無意識にやってる人も多い。意識的に2と3の入れ替えを素早く行えば、もっと強烈な武器になりますよ。 渋谷 でも同じ相手に何度もやると、通じなくなりませんか?  通じる、通じる。ちょっと立ち位置を変えたりするだけで、目の前の映像が変わるから、相手はついてこれなくなりますよ。ちなみに「押して、やめて、また押す」ってのは、恋愛にも使えるテクニックです(笑)。 ――ありがとうございます(笑)。ではそろそろ、次の質問にいきましょうか。 渋谷 僕はレスリングのときの手の力が弱く、すぐにクラッチを切られたり伸ばされたりします。何がいけないんでしょう?  腕の力に頼りすぎるからいけないんじゃないかな。「骨格レベル」で体を動かすことを意識するといいです。腕だったら、ここ(肩甲骨と胸)から動かすイメージ。腕の力だけに頼ると、疲れる割に、強くないんですよ。 渋谷 なるほど。あと、寝技のエスケープを自分は得意とするほうなんですが、体の大きなパーツではなく、手足の先などを押さえられたときだけは、なかなか逃げられません。何か解決策はありますかね?  それも答えはたぶん一緒で、腕の力で逃げようとするとダメ。日頃のトレーニング方法からして間違ってる可能性があります。ちょっと見てごらん(と言ってiPadで骨格解剖図を見せながら解説)。みんなは筋肉で考えるけど、柔(やわら)は骨で考える。骨がちゃんと動けば筋肉が動く。みんなは腕を1本と思って鍛えがちだけど、中はこうなっている。ここには2本の骨があるんですよ。その2本とも使うイメージで体を動かす。手首や指も、中の骨を全部動かします(と言って自ら実演)。
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渋谷 おおおっ! めっちゃ細かく動いてますね。  これが「柔の手」なんです。簡単にはできないけど、これができるようになれば、すごいパワーが出ますよ。 渋谷 手首には筋肉はないんですか?  ないんだよ。だから、指立て伏せも指を意識すると効果が薄くなる。指の力は、前腕の筋肉から繋がる腱の力で成り立ってます。木登りをすると、そういう体の使い方を強化できるんだけどね。猿ってトレーニングをしなくても、すごい力があるでしょう? 渋谷 猿って、とんでもない握力があるって聞きますね。  しかも猿って骨が動くから、押さえ込んでも押さえ切れない。捕まえられないんですよ。人間も一緒。筋肉ではなく、骨を動かすイメージで動くと強くなれます。そういう体にしようと思ったのが、昔の人。明治維新前、ちょんまげの時代の人間だから、できたことなんですけどね。3歳や5歳になったら農家の子供は裸足で凸凹道を歩きながら川に水を汲みに行き、武家の子供は殺人の練習を始める。15歳で戦場に行かなくちゃならなかったわけですから。当時の体づかいをマスターすれば、僕の技ができるようになる。こういうのができる若い日本人が今、海外に行ったら人気出るよ。僕は年寄りだから行かないけど(笑)。 ――さきほどおっしゃった「骨格レベルで体を動かす」という動作を、もう少しわかりやすく解説してもらえますか。  じゃあ、いくつか実演しますね。まずこうやって立って、両脇を絞ります。脇を絞ったら、今度は肩甲骨を寄せます。そうすると肩が上がるでしょう? それを落とす。これだけでOK。空手の構えですよね。ここから突く運動をするといい。脇が締まってるからケガもしづらいし、骨格が奥から動くので骨の周りの筋肉も動いて、威力が増すんですよ。 渋谷 (黙ったまま凝視)
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 次に、片足を上げてみて、体のバランスを取りながら、その上げた足と両腕を自由自在に動かしてみる。野球だってそうだけど、両足が地面に着いたまんまだと遠くへボールが飛んでいかないでしょう。でもこうやって1本が安定して、その他の3つがバランス良く動けば、人間のパフォーマンスは最大限に出せるんです。 渋谷 たまに僕、片足立ちでパンチを打つ練習をして笑われるんですけど、あれって理にかなってたんですね。  うん、その練習は非常に有効。片足だと骨盤が動くから、強いパンチを打てる。筋トレするよりずっといいよ。
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渋谷 まだ世間には知られていない危険な「必殺技」みたいなのはありますか?  フフフフフ。特別にちょっとだけ教えてあげようかぁ?(ニヤリ) 渋谷 お願いします(笑)。  今の団体は、ヒジ打ちOKだよね? 渋谷 はい。  じゃあ今度の試合で、こういうヒジ打ちをやってごらんよ。脇を締めて……(以下、企業秘密のため割愛)。 渋谷 おおおおおお! 危ない感じっすね。  すごいでしょ? たぶんこれ、将来的には使用禁止になるかもしれない。危なすぎるから。でも今んとこは大丈夫。使い方が普通と違うだけで、ヒジ打ちであることに違いはないから、ダメって言いようがないでしょ。まだ実戦で使ってる選手はいないだろうから、名前を付けて使ってごらんよ。話題になるよ。そのうちルールが変わって、禁止になるかもしれないけどね。だって、下手すりゃ人が死んじゃう技だから。
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渋谷 寝技のときも使えますかね?  もちろん。こないだの試合、寝技で膠着したときにヒジで攻撃してたけど、あのやり方じゃ効かないよ。 渋谷 ヒジを畳むまでが大変で、相手に力が伝わらなかったですね。  肩が稼動しないからでしょ? でもさっき僕が教えたやり方だと、寝てやっても体重が乗るから、何倍も痛いよ。しかも自分がケガをするリスクも少ないんだわ、これ。 渋谷 ついでに寝技のときのヒザの使い方も教えてください。こないだの試合では、サイドポジションでヒザ頭を使って相手の頭を蹴ってみたんですけど、イマイチうまくいかなかったんですよ。  あれ、意外と効かないでしょ? 自分のヒザが痛いだけでしょ? 僕だったら、ヒザで蹴るんじゃなく、ヒザを落とすかな。相手の首、もしくは鎖骨を狙って。たぶんそれも禁止になるよ。ヤバイもん。死んじゃうから。 ――技術面ではなく、精神面に関する質問はありますか? 渋谷 海外へ試合に行くとき、飛行機で寝れないんですよ。  僕、すっげえ寝れるよ(笑)。 渋谷 コツは?  ない(笑)。よくよく思い出してみたら、僕もデビュー当初は寝れなかったけど、人間ってのはちゃんと必要量寝ていれば、何日か寝なくても、横になってるだけでも疲れは取れるらしい。それを知ってからは寝れるようになった。 渋谷 何時までに必ず寝るとか、普段から規則正しい生活を心がけたこともあるんですけどね。  それがよくないんじゃないかな。人間、寝ないと死ぬけど、寝れないなら寝れないでいいやと思えばそのうち寝れる。「寝れないってことはなんかひらめきがくるんだろうな」とでも思っときゃいいんですよ。案外そういう考え方が、プロにとって大事だよ。ケガをしても、「これはさらなる飛躍のためだ。新たな伝説の始まりだ」って前向きに考えればいいんです。そういう人を見たいんだよ、お客さんって。自分より悩みの大きい人を、わざわざお金払ってまで見たくないでしょ?(笑)「なんであの人あんなにすごいの!」ってのを見たい。演技でもやってればそうなっていきます。自分を演じてそのまんまいけば、やがてそっちが日常になってくるもんです。
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渋谷 日常の食生活で、心がけてることってありますか?  あります。健康に気を使わない! 渋谷 えっ!?  健康に気を使った瞬間に「魔」が忍び寄ってくる。だから健康食品は決して食べない! 体にいいことはしない! よくものを噛まない! 野菜を食べない! ライオンって生肉を噛まずに食って、腹が減るまで寝てるだけですよね。でも牛は野菜ばっかずっと食い続けて、しかも最後は食われちゃう。どっちになりたいかっていったら、僕はライオンになりたいですからね(笑)。 渋谷 そのほか、プロとして身につけておいたほうがいいことってありますか?  主戦場は海外だよね。僕だったら英語を学ぶかな。ジョークの一つや二つを言って、「あの日本人、面白いな」って思われたほうがいいんじゃない? やっぱ人気商売だから。 渋谷 言葉は重要っすよね。  僕が現役時代は、勝ち負けはあんまり意識せず、「何をやったらお客さんが喜ぶかな?」ってことだけをいつも強く意識してました。シュートの時代は、確実に勝とうと思ってやってなかった。行くだけ行ってダメだったら寝ちゃう(笑)。それでも許されるキャラを自分で作り上げたんですよ。で、そんな僕がたまに勝つと「おおおお!」と観客が盛り上がるわけです。格闘技って「強いだけでも物足りない。強くなくても物足りない」っていう世界だから、なんらかの強烈な個性や武器が絶対必要。さっきのヒジ打ちなんかをモノにすれば、きっと世界でもウケると思うよ。 渋谷 ウケるっすよね。  うん、メシが食える。ただ、あれを今の打撃にうまいことミックスしないといけない。流れの中で「ここぞ」ってときに出せば効果的だけど、単発で使ったって当たらないよ。あとは自分で研究してくれ(笑)。 渋谷 頑張ります。今日はありがとうございました。 * * *
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 12月5日に予定されていた次戦は、渋谷のケガ(肋骨骨折)により流れてしまったが、近い将来、平から受け継いだ「必殺技」をお披露目する機会が訪れるはず。今後の渋谷に注目である。 (取材・文=岡林敬太) 【取材協力】 平 & STRAPPLE道場 http://strapple-taira.com/index.html  STRAPPLE(ストライプル)は、平直行直轄の柔術道場。「仕事や学校で疲れた身体を、武術の知恵で元気に戻す」という趣旨のもと、東京都は大塚と南砂町、千葉県は幕張と行徳のゴールドジムの格闘技スタジオで開催されている。護身術や、総合格闘技の範疇に収まらない柔術の技術を学べる。「格闘技を楽しみながら体を動かす」という方針。無理のない範囲で、寝技、立ち技のスパーリングも行う。週に1日、身体のケアを兼ねながらストレス解消もできるとあって、仕事帰りのOL風の道場生もチラホラ。所在地、時間割、レッスンの案内、入会案内などの詳細は上記公式サイトまで。 【渋谷莉孔セミナー告知】  12月12日(土曜日)に都内で渋谷莉孔のセミナーが開催される。「試合もケンカもやることは一緒」という考えのもと、強いパンチの打ち方や、負けないメンタルの作り方、女性にもできる簡単護身術、減量やダイエットのコツなどを、渋谷本人がオリジナリティ溢れるロジックでわかりやすく指導。質疑応答コーナーや、記念撮影コーナーもあり。希望者は渋谷のパンチやキックを体感できるかも!? 日時/2015年12月12日(土曜日)19時00分~20時30分 会場/和術慧舟會HEARTS http://www.hearts-mma.com/    東京都渋谷区代々木2-20-12呉羽小野木ビル1FA号    TEL:03-6383-4057 定員/先着20名。年齢・性別不問。格闘技未経験者も歓迎。    参加者はトレーニングウェアをご持参ください。 料金/前売り……4500円(振込先はメールにてご案内します)    当日券……5000円(前売りで定員に達した場合、当日券の販売は行いませんのでご注意ください) 応募/E-mail:contact@hearts-mma.com    メールの件名に「渋谷莉孔セミナー参加希望」と明記し、    本文欄に、氏名・年齢・住所・電話番号をご記入の上、    上記アドレスまでメールをお送りください。    折り返しのメールにて、振込先等をお伝えします。

“中流階級のガラパゴス芸人”タイムマシーン3号「尖ってるやつには勝てないと、やっと気づいたんです」

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撮影=尾藤能暢
 今年、5年ぶりに復活する漫才頂上決戦『M-1グランプリ』。参加3,472組で決勝の舞台に立てるのはわずか9組。そして結成15年目にして、2005年以来10年ぶり2度目の決勝進出を果たしたのが、タイムマシーン3号だ。客にはウケるのに、漫才コンテストはことごとく敗退。その理由を探し求め、2年前にはアップフロントから太田プロへ移籍もした。その経歴から「ガラパゴス芸人」と称される彼らが、M-1ラストイヤーに懸ける思いとは――。 関太(以下、関) 遅れちゃってすみません……ちょっとパチンコ打ってたもんで。 ――いやいや、その松葉杖は……ぎっくり腰とか? 山本浩司(以下、山本) あれだろ? 「CRヘルニア」打ってたんだろ。確変ぎっくり腰引いちゃったんなら、しょうがない。 ――(笑)。とにもかくにも、M-1決勝進出おめでとうございます。 関・山本 ありがとうございます! ――ネット上では「タイムマシーンがドカンと行ってくれたら、夢がある」という声が多いんですよ。  マジですか。その人に会いて~! ――ですので、ここはサイゾーが取材に行かなくてどうすると。今日はM-1への意気込みと、その波瀾万丈な芸人人生を語っていただきたいと思います。 山本 なにせ、今まさに波瀾万丈ですからね。決勝直前にぎっくり腰って、どういうことだという。  いや、決勝が近いじゃないですか。だからいつもより、いっぱいうがいしてたんですね。風邪だけはひかないようにと。ものすごいうがいをしていて、「ぺっ」ってした瞬間にグキッときました。 山本 ヘッドバンギングみたいなうがいしてたんでしょうね。  それが昨日の朝だったので、まだ当日ではなかったというのが唯一の救いというか。 ――だいぶ痛みますか?  今日、太めの注射を2本ほど打ったので、大丈夫です。 山本 昨日は「ちょっと腰いてぇな」くらいだったんですよ。でも今日、営業先に10時入りだったんですけど来なくて、11時、12時……14時の本番ギリギリくらいに松葉杖を両方こうやって、『ライオンキング』みたいにしてやってきた。  『ライオンキング』のキリンと同じ方式のつき方で。 山本 「あぁ、M-1終わったな」と思いましたよ。  治療に専念するため、辞退と。 山本 出ばやしに松葉杖つきながら登場するとか、ないでしょ。  持ち時間、30秒削んなきゃだなぁ。 山本 2~3日でなんとかなると言われているので、まぁよかったです。 ――なにせ、10年ぶり2回目の決勝ですから。決勝進出が決まった時のお気持ちは、いかがでしたか? エゴサしまくったと聞きましたが。 山本 正直ウケたんですよ、準決勝。2人で「おい、ウケたよな」って話してて。決勝進出がかなわなくても、今いるこの場所を最大限に楽しもうと。本番から発表まで1~2時間くらい時間があって、ほかのコンビがご飯を食べに行ってる中、俺たちだけ楽屋閉め切ってずっとエゴサーチ(笑)。「タイムマシーン3号」「タイマ」「タイム3号」いろいろ調べました。みんな「一番面白かった」「(決勝)行くんじゃない?」ってつぶやいていてくれて。  これで落ちたら、しょうがないかと。
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■「客にウケても、審査員にウケない」 山本 ご存じの通り、僕らって、わかりやすいネタが多いんですよ。キャラクター重視だったり、内容も万人にウケる形の。一方で、審査員ウケというか、玄人ウケがあまりないコンビだったりするんですよ。 ――そうなんですか? 山本 M-1の都市伝説として、「ウケた上位8組じゃない」っていうのがありまして。8種類の漫才が決勝に行くと。 ――ほかのコンビと、かぶらないということですね。 山本 ウケたけど、ベタな3組からは1組だけ、シュール1組、キャラ1組……みたいな。もちろん都市伝説ですよ。 ――まぁ、番組ですから。  長年(決勝まで)行けなかったのもあって、いろいろ考えちゃうんですよ。 山本 そうなってくると、僕らはウケ枠、お客さん盛り上がり枠ではあると思うんですけど、もっとウケる人が毎年出てきてて、その枠で一番取るのは難しかった。僕らは手数打ってわかりやすくベタな感じで……という漫才だったので。それが10年及ばなかった理由ですね。  正直、その間も迷っていたんですよ。デブだけを押していいのか。ボケツッコミを変えたこともありますし。 山本 05年に出たときは、あまり振るわない結果だったんですけど、審査員の渡辺正行さんから「デブネタ1本じゃ、なかなかキツいね」って言われて、僕らがそれまでやってきた翼をもがれました。どうしよう……と地べたでいろんなこと探したんですけど、それこそ、しゃべくりにしてみたりコントやってみたり、両方ボケもやってみましたし。でも結局、時代を追いかけるような漫才しかしてなくて、やっぱりガーンと行く人はやりたいことをやっていて、それに時代が追いついてくるっていう感じなんです。でも僕らは、ずっと先端をちょっと後ろで追いかけていただけだった。 ――なるほど。 山本 言ってみれば、あの05年の決勝で、当時の東京芸人の夢が断たれたんです。東京のベタな漫才がM-1ではダメだと。僕らだけではなく、東京芸人みんなの漫才への向き合い方が変わってしまった。オンリーワンを目指すようになり、ハマカーン、オードリーと、自分たちにしかできないものを見つけ出したコンビが抜けていきました。  僕らは、それを見つけられなかったっていう話なんですけど。 山本 でも、またここでベタでもいけるってなると、面白いですよね。俺らもう、コンテスト関係は全部ダメだろうと思ってたから。 ――それは、どこかで吹っ切ったんですか? 山本 原点回帰じゃないけど、「尖ってるやつには勝てないや」という大事なことに気づきました(笑)。だって、我々2人はおかしくないんですもん。中流階級に育ちましたし、典型的な核家族でしたし。  軽自動車もありました。 山本 そうなんですよ。  犬もいたなぁ。 山本 でも、ぶっ飛んだ母親なんていなかった!  そんな2人が、おかしなことをしなきゃいけないわけですから。 山本 じゃあこれ、もう無理だと。尖った笑いは。ウケる人だけにウケればいいっていう笑いじゃなくて、みんな笑ってほしいなっていう考えに変わりまして。それって結局、もともとやってたことと変わらなかったんですけど。 ――また同じところに戻ってきたわけですね。 山本 そのタイミングと、M-1の傾向と対策がたまたま合致したのが今回だったのかなっていう。我々「皆既日食」って呼んでますけど。  どんな漫才がいいのかとか迷っているうちは、ダメなんでしょうね。今年はもう、腹積もりはしっかりしてたんで。 ――自分たちがいいと思うことをやろうと。
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■転機となった、太田プロへの移籍  あと太田プロさんに入って、先輩からいろいろなアドバイスをもらえたことも大きかったです。「ウケるんだから、ウケればいいんだよ」と。 ――2年前に太田プロ所属になって、その前はアップフロント(※モーニング娘。ほかが所属)でしたよね。やっぱり、環境は変わりましたか? 山本 ぜんっぜん違いますね。「早くお笑いでトップ取れるよ」って言われて入った事務所で、僕らお山の大将でした。ただ、その山が盛り塩みたいな山で。  初日にトップだったね(笑)。 山本 願書出したら、トップだった。  だから、ほかの芸人さんたちの生き方とは、ちょっと違ったと思うんですよね。 ――お笑いの先輩もいなかった? 山本 いないです。兵藤ゆきさんが、唯一の友達でしたから。 ――ゆき姐!!  たまにアドバイスくれるのが、堀内孝雄さんとか。 ――……堀内さんは、どういうアドバイスを? 山本 「ありがとうございました」を、もっとちゃんと言いなさいとか。「サンキュー!!」から来てるんでしょうね。そういう環境から、ダチョウ倶楽部さん、有吉弘行さん、土田晃之さん、劇団ひとりさん……ですよ。僕ら太田プロに入って「できないこと」を知りました。あまりに才能ある人ばかりがいるから。このジャンルは、この人にはかなわない、じゃあこっちか……とか。 ――そういうことは、わかったほうがいいんですか? 山本 全部行けるんじゃないかという希望よりも、これからはあきらめていく作業なんじゃないかっていう気もして。可能性がないことを知っていく。ダチョウさんにはなれない、有吉さんにはなれない、土田さんにも劇団さんにも……。  (片岡)鶴太郎さんは? 山本 ……イケんじゃないすか?  一番やめろ、バカ。 山本 筆さえいただければ。 ――前事務所に13年、太田プロさんに2年……。  ホント、ガラパゴス芸人です。独自の進化を遂げてきました。 ――でも、タイムマシーンさんは前事務所時代、NHK『爆笑オンエアバトル』の数少ない満点芸人だったわけですよ。 山本 オンバトっていうのは、僕らの中ですごく大きいウェイトを占めていました。いい悪いとか全然わからなかったし、それで仕事もらっていたのは確かなんですけど、オンバトの満点というのは「100人に嫌われなかっただけ」という結論に達したんですよね……。 ――というのは? 山本 100人が面白いって思ったわけじゃなくて、100人が嫌じゃないっていう判断での満点。できるだけ嫌われないようにしての満点だったんです。  すごい媚びてたんですよね、たぶん。 山本 オンバトで落ちた芸人さんが、どんどん違う大会で活躍し始めるんです。それを見て、「ちょっと待てよ」と。うちらお客さんにはウケてるけど、先輩やテレビを作っている人たちには受け入れられてないんだなって。どの世界もそうだと思うんですけど、賛否が出ないとダメなんですよ。  そこで迷いだすと、ウケていても「ウケるのがダメなのか」とか考えだしちゃう。 ――でも、そこで腐らずに15年やるって、すごいことだと思います。  太田に来て「芸人さんって、面白い人ばっかりだな」って当たり前のことがわかって、わかったからこそ、ネタに関してはシンプルに考えようって思えました。M-1は、ラストイヤーということもありますし。
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■敗者復活で一番来てほしくないのは、トレンディエンジェル ――8番目という出場順は、いかがですか? 山本 非常に良かったと思います。  今回、本当ざっくり2つに分かれてるというか、ニューカマー的な芸人が前半で、そこそこいってるのが後半で(笑)。 山本 後半、怒涛の仕上げに入っている(笑)。  ニス塗って終わりの段階。 ――今回の決勝進出者の中で、要注意コンビは? 山本 すごく似ているコンビがいないので、どちらかというと敗者復活組が怖い。 ――敗者復活、来てほしくないのは? 山本 それはもう、トレンディエンジェルです。コンプレックスで明るい感じが、僕ら似てるんで。勢いもあるし。もちろんナイツも怖いですけど、敗者復活は技よりもパッションのほうが怖いです。 ――じゃあ、このコンビには負けたくない! というのは? 山本 やっぱり東京勢ですね。メイプル(超合金)、馬鹿よ(貴方は)……ハライチさんは、芸能人なんでいいです。  ハライチさんは、たぶんピーターさんのパーティーに行ってると思うんですよ。 山本 熱海のな。 ――(笑)。考えてみたら、05年って、ほとんど関西勢の年じゃなかったですか?  すごかったですよ。僕ら以外、みんな吉本さんで。楽屋の、でんがなまんがなが強すぎて。 ――決勝の楽屋は、独特の雰囲気でしたか? 山本 ピリピリしてましたね。営業とかだったら、もっとしゃべってもらえたと思うんですけど。唯一、ブラマヨ吉田(敬)さんだけが話しかけてくれました。  ああ、優しいなって。吉田さんも孤独だったのかもしれない(笑)。 山本 それに比べて、今回の準決勝の楽屋の和気あいあいさ。僕ら、メイプル、馬鹿よ、さらば(青春の光)。不貞をはたらいたやつだけ、ちゃんと落ちましたからね(笑)。  神様って、いるみたいですね。 山本 さらばだって、めっちゃウケてたんですよ。天才ですよ。  いやぁ、漫才畑に来てほしくない。 ――すべてが、05年の時とは違ったんですね。 山本 あの時は、『進め!電波少年』(日本テレビ系)じゃないけど、目隠しされて連れて行かれたという感じでした。  後悔も手ごたえもない。味のないメレンゲをずっと食べていたような。 山本 「05年に出たのがスゴイよ」って、過去ばっかり褒められて。  それ以降、決勝に出ていないということは、あの時を超えられてないっていうことなんですよ。今は、過去の自分にリベンジしたい。自分に腹立つときありますもん。 ――これから、どんな芸人を目指しますか?  昔ほどは、野心だけじゃないと思うんですよね。こういうのはダメかもしれないんですけど、この仕事を続けていけたらなと。その中でM-1という、今までやってきたことの証しは必要だと思うんですけど。だってそんな、クイズ番組出たいとか、そんなそんな……。今もう一杯、お茶が欲しいくらいしかないです。 山本 でも、こんなコンビが1組くらいいても、いいですよね? ぎっくり腰で決勝行くコンビがいても。  あ、そうそう言い忘れたんだけど、おまえさ、決勝当日痛み止めの座薬、入れてくれる? 山本 ……い、入れる。それで頑張れるなら、ケツでもなんでも入れてやる!! (取材・文=西澤千央) ●「タイムマシーン3号単独ライブ2016~肉~」 2016年1月30日(土)18:30開場 19:00開演 2016年1月31日(日)17:30開場 18:00開演 会場:東京・新宿シアターモリエール 出演:タイムマシーン3号 料金:前売2500円 当日3000円(整理番号付自由席) カンフェティにて12月1日(火)発売(TEL:0120-240-540 / 平日10:00~18:00) 問合せ:太田プロダクションFC(TEL:03-3359-6263 / 平日12:00~18:00)

【THE OUTSIDER】“濱の狂犬”黒石高大、引退へ──強くなった「ただの不良少年」の道標

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 濱の狂犬、男泣き!――格闘家で俳優の黒石高大(29・神奈川)が12月13日(日)、大田区総合体育館にて開催されるリングス・前田日明主催の不良系格闘技大会『THE OUTSIDER(以下/アウトサイダー)』で引退試合を行う。対戦相手は、黒石と共に同大会を創成期から支えてきた“キング・オブ・アウトサイダー”こと啓之輔(32・栃木)。スター選手同士が最後に初めて激突するとあって、チケットの売れ行きは好調だという。ファイナルマッチを目前に控えた黒石が、引退を決意した経緯、恩人・前田日明への思い、引退後の人生設計などを、時に涙ぐみながら熱く語った。 ――いつ、なぜ、格闘技からの引退を決意したのでしょうか? 黒石 今年の8月下旬、キックボクシングの試合を間近に控えていたときに「この試合を含めてあと2試合でやめよう」と決めました。そのころ、誰に言うわけでもないんですけど、役者のことですごく悩んでいて。役者って、1人の力じゃどうにもならない。でも格闘技はやればやった分だけ返ってくるから、そっちに気持ちが傾いちゃっていた。それをある人にスパッと見抜かれて、やっぱ「二兎を追う者は一兎を得ず」かな、って思いました。いろんな撮影現場でいろんな役者さんを見ていると、名のある方たちもみんなすんげえ努力しているんですよ。でも俺は格闘技こそ一生懸命かもしれないけど、俳優のほうはペーペーのくせに一生懸命と言えるほど努力してんのか? って自問自答したときに、なんか違うなと思って。 ――格闘技をやめることを告げたら、周囲はどのような反応を? 黒石 格闘技で世話になった方々、一人ひとりに電話で報告したら、誰も引き止めてくれなかったですね(笑)。格闘技で大ケガをして、役者ができなくなっちゃうことを心配してくれていた人が多かったみたいで、みんな素直に「おつかれさま」って言ってくれました。 ――前田日明さんの反応は? 黒石 「あぁ、そうか」って感じ。前田さんに電話するときはいつも「絶対意思を曲げないです!」ってスタンスなので、前田さんも止めても無駄だとわかっていたと思うし。キックボクシングのときもそうだったんですけど、俺は「やらしてくれなきゃアウトサイダーには帰りません! 強くなりたいからキックに行きたいんです!」って言い張って、前田さんの了承をもらったんですよ。 ――そもそもなぜ、キックボクシングに走ったんですか? 黒石 総合格闘技は、やることが多すぎて宙ぶらりんになっちゃっていたので、このまんまじゃ俺は伸びないな、とにかく試合をいっぱいやらなきゃと思って。で、やることは少ないほうがほうがいいって考えで、「殴る蹴る」だけのキックに走ったんです。 ――引退試合の相手が啓之輔選手に決まった経緯を教えてください。 黒石 ラストにふさわしい相手とやりたいという思いがあって。デビュー戦で俺に土をつけた秋山(翼)くんかな? と最初は思ったんですけど、いまやったら普通に勝っちゃうんで、なんも壁がないのはつまんない。じゃあ武井(勇輝)ちゃんかな? とも思ったけど、パクられてシャバにいなかった。渋谷(莉孔)くんって話もあったけど、彼はいま世界でやっているんで、戻って来てくれってのは違うなと。で、必然的に最後に残ったのは、アウトサイダーでいま一番強いと言われる朝倉兄弟か、あとはやっぱりなんと言っても吉永(啓之輔)くん! ――その3人に絞られたわけですね。 黒石 3人とも強いし、あと3試合あるんだったら3人全員とやりたいけど、残りは1試合。となるとやっぱ、吉永くんしかいないでしょ! ってことになりました。 ――オファーを出したら、啓之輔選手はどのような反応を? 黒石 直接やりとりしたわけじゃないですけど、リングスさんによれば、二つ返事でOKしてくれたそうです。 ――啓之輔選手は自身のTwitterに「黒石とは戦友だ。ただの友達じゃねぇよ。だから戦う!」と書いています。 黒石 ありがたいですね。 ――2008年3月の第一回大会から携わってきたアウトサイダーに対し、いま何を思いますか? 黒石 感謝の気持ちしかないですよね。あれがなかったらもう俺なんかもう……オオオオオオ! ――うん? どうしました……!? 黒石 ……もう本当に……俺なんかただのカスでしかなくて、あれがなかったらたぶん、いまもずっと、あのまま行き迷っていたんで……(突然涙ぐむ)。本当にそこに対してはもう、感謝しかないんですよ。
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目に涙を浮かべる黒石。
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――多くの選手が他の団体に移籍したり、離脱したりする中、黒石選手はキックでの修行期間こそありましたが、ほぼアウトサイダー一筋でしたね。 黒石 風見鶏みたいにあっち向いたりこっち向いたりするのはよくないと思うし、なんと言っても、俺みたいなもんを引き上げてくれた場所なので、最後まで義理を通したかった。本当はアウトサイダーがなくなるまでずっとここにいるつもりでやってきたんですけど、今回こういう(引退という)形になっちゃいました。 ――アウトサイダーと出会ったことにより、何が変わりましたか? 黒石 まわりの対応ですよね。普通に生活している人たちから「頑張ってるね」と声をかけていただく機会が増えました。それまでは不良から「突っ張ってるな」「気合入ってるな」と認められることはあっても、一般の方から褒められることなんて一度もなかったですから(笑)。あとは、生活も変わりました。役者やモデルのお仕事をさせてもらえるようになったのも、すべてアウトサイダーのおかげです。 ――知名度が上がり、街でケンカを売られたりは? 黒石 街ではほとんどないですけど、「黒石とやりたい」と言ってジムに来たりする子はたまにいます。そういう子に負けたらナメられちゃうから、おかげでこっちも真剣に練習するようになりましたけどね。 ――女性にもモテるようになったのでは? 黒石 まぁ、調子に乗っているわけじゃなく(笑)、昔から女性にはモテていましたけど、その幅がさらに広くなりましたね。モデルとして雑誌に出始めたり、アウトサイダーで勝てるようになってからは、会場で女性客がウワーッと寄って来るようになった。あとは後輩らと会うたびに「黒石さんを紹介してくれって頼まれています。すごく可愛い子です」とかって、しょっちゅう言われるようにもなったんですけど、やっぱ俺、ずっと後輩らに支えられてきたんで。そいつらが狙っている子かもしれないな、って考えたときに、俺が片っ端から唾をつけたら、そいつらのプライドが傷つくし、安っぽいからやっちゃいけないなって思って。だからあるとき、「もう俺にそういう話は通さなくていいから。全部断ってくれ」って言ったら、そこにいた男全員がすっげえうれしそうな顔をしたんですよ(笑)。だから、あ、やっぱりいくら後輩だろうがなんだろうが、男としてヤキモチは焼くんだってことに気づいて。こいつらに支えられてきたんだから、こいつらに対していいことはしなくてもいいけど、イヤなことだけはしちゃいけないなって思ったんですよ。 ――実に黒石さんらしいエピソードですね。 黒石 俺がずっと負け続けている間、男たちが支えてくれたんですよ。そういう人間を裏切っちゃいけないなって。会場で女性が群がってくる間、男連中が遠くのほうで気まずそうな顔をしているのを見て、心が痛かったんですよね。俺は女性に対して、おまえらに支えてもらってきたわけじゃない、男が神輿を担いでくれたから俺はいまここにいるんだ!……って思いがあったんですけど、わざわざ声をかけに来てくれた女性を邪険に扱うわけにもいかず、そこはずっと複雑だったんですよ。 ――硬派ですね。 黒石 いや別に、女は大好きですよ(笑)。キャバクラだって飲みに行ったりしますし。ハハハ! ――旗揚げ戦ではジャーマンスープレックスを食らった末に敗れ、第2回大会では開始2秒で失神KOされるなど、デビュー当初の黒石さんは「負け」のイメージしかありませんでしたが、それがいまではアウトサイダーの通算成績が「17戦7勝7敗2分1ノーコンテスト」。随分、強くなりましたね。 黒石 ゼロからスタートしましたから、ずっと進化はし続けています。練習量も年々増えて、ハードトレーニングできるコツや根性も備わってきて、いまが一番伸び盛りだったのかなと。 ――格闘家として強くなるにつれ、心はどう変わりましたか? 黒石 本当に思うんですよ、体と心って一緒だなって。強い人間じゃないと、人には優しくできないと思うんです。弱いと、人を守ることすらできないじゃないですか。「食う食わない」の話で言ったら、強ければ食う食わないは自分のさじ加減で選べるけど、弱かったら「食われる」という一つの選択肢しかないですよね。男だったらやっぱり強くありたい。自分を守れるから初めて人を守れるんじゃないかな、って思います。 ――引退後は俳優業に専念するとのことですが、そのルックスを生かしてコワモテ系の役者として突き抜けたいですか? それとも幅広い役を演じたいですか? 黒石 それがまた格闘技の引退を決めた理由でもあるんですけど、本当はいろんなキャラを演じられるのが役者の醍醐味だと思うし、そうなりたいんです。でも格闘技のトレーニングを続けていると、どうしてもそういうオーラが抜けないんですよね。人と会った瞬間、こっちは笑っているのに、「強そう」だとか「威圧的な雰囲気が出ている」とかって言われることが多くて。そうなると役も狭まりますよね。だから格闘技の選手であることをやめて、その色を完璧に抜いて、一回ゼロになってから、役者に真面目に向き合おうと思ったんです。 ――役者一本で食べていく自信は? 黒石 正直、不安はありますけど、20代も残りわずかなので、ここらで一発勝負に出なきゃいけないのかなと思っています。 ――役者さんって、どういう日常なんですか? 黒石 不規則です。朝早かったり、夜遅かったり。起きる時間もバラバラだし、1カ月バッと仕事が入ったかと思えば、その翌月は何もなかったり。本当にシビアな世界ですね。仕事が入るときに限って、ほぼ同時に複数のお話をいただいたりするんですが、体は一つしかないですから、せっかくのお話を泣く泣くお断りしなきゃならないこともあったり。本当に役者ってうまくいかなくて難しいなって、いつもそこで悩んでいます。
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――最近は、どんな作品に出演しているんですか? 黒石 いま上映中の『グラスホッパー』っていう映画にちょこっと出させていただいています。あとは、来年のゴールデンウィーク公開の『テラフォーマーズ』にも出させていただきます。 ――えっ!? あの話題の超大作『テラフォーマーズ』に出るんですか? それはすごい! 何役ですか? 黒石 ゴキブリではないです(笑)。ちゃんと、戦闘員の役です。最初、三池崇史監督にお会いしたときに、「今度『テラフォーマーズ』っていう映画を撮る。そのとき仕事を頼むからよろしくね」って言われまして。俺、『テラフォーマーズ』を知らなかったから慌てて原作の漫画を読んで、「うわ、俺ぜってーゴキブリ役だ!」って確信しました。でも三池崇史さんといえば、日本を代表する大監督じゃないですか。このチャンスを逃してなるものかと思って、「よーし、完璧なゴキブリをこなしてやる! 頑張るぞ!」って意気込んで衣装合わせに行ったら、スタッフさんが「黒石おめでとう! メインキャストだから!」って祝ってくれて。「え? ゴキブリじゃないんですか?」みたいな。 ――『テラフォーマーズ』の出演者をいま確認しましたが、錚々たる顔ぶれですね。伊藤英明、武井咲、山下智久、山田孝之、小栗旬……。 黒石 そうなんですよ! 俺以外スターしかいないから、現場では毎日ドキドキですよ。スターのみなさんは普段からめちゃくちゃ格好よくて、マネージャーの運転するアルファードとかヴェルファイアとかベンツとかで颯爽と現場入りするんですけど、そんな中、ペーペーの俺は自分の運転するプリウスで「恐縮です……恐縮です……」って感じで現場入り。俺みたいなもんが本当にここにいていいのかな? って毎日思っています。こういうウソみたいな大仕事をやらせてもらえるようになったのもすべて、もとをたどれば前田日明さんのおかげなんですよね。だから、キックボクシングでそのまま引退って話もあったけど、「いやいやいや、最後は何が何でも前田さんのところに帰って、そこで引退試合をやって、1人でも多くのお客さんを入れなきゃ」と。俺ができる恩返しといったら、それぐらいしかないんで。 ――将来の目標を教えてください。 黒石 役者として地位を築けたらいいなと思いますし、「絶対そうなってやる!」って腹をくくっています。たとえ食えなかったとしても、バイトでもしながら諦めないで役者を続けて行こうと思っています。ただの不良少年からここまで変われたんだ、という成功例になりたい。成功して初めて、自分の言葉が生きてくると思うんで。 ――「自分の言葉が生きてくる」とは? 黒石 たとえば最近は刺青の文化が若い子の間で定着しつつありますけど、そういうことに対しても、ひとこと言いたいんですよ。「俺がなんでこうやって役者の道を歩めたのかというと、刺青を入れなかったからだよ。将来の可能性を狭めないために、若いときのノリだけで簡単に刺青なんか入れちゃダメだよ」とかって。俺が役者として成功すれば、いろんな言葉が生きてくるっていうか、言葉に説得力が出ると思うんですよ。そういう発言力を得られるように、まずは自分が頑張らなきゃいけないですね。じゃないと「そういうおまえはどうなんだ?」って言われちゃいますから(笑)。 ――黒石さんの言葉にはすでに説得力が十分あると思いますが、そのバックボーンは何なのでしょう? 読書ですか? それとも誰かからいろいろ教わったんですか? 黒石 昔から人の話はよく聞きますね。俺は小さなころは利かん坊でしたし、オカンが社会不在だった時期もあるので、「あの子は親がいないから……」って周りからよく悪口を言われたんです。それである時期、親代りになってくれた親戚のおばちゃんから毎晩、2、3時間正座させられてコンコンと説教されるようになりまして。オカンがいない間はおばちゃんが生活の面倒をみてくれていたから、そこから逃げたら生きていけない。だから我慢して正座して耳を傾けるわけですよ。人の話を聞くようになったのは、そのころの影響が大きいと思います。 ――そんな幼少期の体験があったんですか。 黒石 そういえば、法を犯して施設に入ったときにかわいがってくれた方からも、「黒石、人の意見だけはちゃんと聞けよ。耳が痛い意見こそ、おまえに一番足りないもんだからな。我慢だ、我慢。ツラくても我慢しろよ」とずっと言い聞かされました。その影響もあって、イヤだなと思っても、とにかく我慢して話を聞こうと意識して生きています。 ――それだけ素直な黒石さんが、なぜグレたのでしょう? 黒石 もともとイジメられっ子だったんですよ。でも家に帰ってイジメられた話をすればオカンもおばさんも心配するだろうし、傷つくんじゃないかと思って。どうしたらいいのかわかんないときに、たどり着いたのが暴力でした。こっちが強くなればイジメられない。それだけです。ただ単に自分を守るための手段が暴力しかなかったんです。みんなが敵だったんで、俺。 ――黒石さんが人の痛みに敏感な理由がよくわかった気がします。では最後に、引退試合の話に戻りますが、「負けたら坊主にする」というのは本当ですか? 黒石 本当です。吉永くんは、負けたらどうするんですかね? 彼は格好いいし、おまけにチャラチャラしているから、イガグリの刑にしたやりたいですよね。俺の坊主よりも、吉永くんの坊主のほうが断然見ごたえがあるでしょう? ――「最後だから楽しもう」という意識はありますか? 黒石 いや、そういう気持ちはゼロです。全力で倒しに行きますよ。じゃないと周りが納得してくれません。みんなは、俺が逃げずに突っ込んで行くところを見たがっている。俺もそれをわかっているから、自分の腕を信じて振り抜くしかないですね。真っ向勝負で倒しに行きますから、どうかみなさん、俺の最後のタイマンを会場まで見に来てください! お願いします! (取材・文=岡林敬太/撮影=長谷英史) ●大会名…THE OUTSIDER 大田区総合体育館 SPECIAL ●日時……2015年12月13日(日)開場/13:00(予定)開始/14:00(予定) ●会場……大田区総合体育館 東京都大田区東蒲田1丁目11番1号 TEL/03-5480-6688 ●チケット購入方法 THE OUTSIDER事務局(TEL/03-3461-6698)宛の直接のお電話にてご購入いただけます。 ※事務局からのチケット発送後の返品・交換・キャンセルはお受けしておりません。あらかじめご了承ください。 ※チケットは3歳から必要となります。 ・ローソンチケット Lコード/33931 ・チケットぴあ Pコード/830-672 ●販売席種 VIP席………15,000円(最前列※パンフレット付/大会当日に会場内の専用ブースにてチケットの半券を提示してください。) SRS席………11,000円 RS席…………8,000円 S席……………6,000円 興行の中止を除いて、購入後のチケットのキャンセル/変更/払い戻しは一切お受けできません。 リングス公式サイト http://www.rings.co.jp/

【THE OUTSIDER】“濱の狂犬”黒石高大、引退へ──強くなった「ただの不良少年」の道標

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 濱の狂犬、男泣き!――格闘家で俳優の黒石高大(29・神奈川)が12月13日(日)、大田区総合体育館にて開催されるリングス・前田日明主催の不良系格闘技大会『THE OUTSIDER(以下/アウトサイダー)』で引退試合を行う。対戦相手は、黒石と共に同大会を創成期から支えてきた“キング・オブ・アウトサイダー”こと啓之輔(32・栃木)。スター選手同士が最後に初めて激突するとあって、チケットの売れ行きは好調だという。ファイナルマッチを目前に控えた黒石が、引退を決意した経緯、恩人・前田日明への思い、引退後の人生設計などを、時に涙ぐみながら熱く語った。 ――いつ、なぜ、格闘技からの引退を決意したのでしょうか? 黒石 今年の8月下旬、キックボクシングの試合を間近に控えていたときに「この試合を含めてあと2試合でやめよう」と決めました。そのころ、誰に言うわけでもないんですけど、役者のことですごく悩んでいて。役者って、1人の力じゃどうにもならない。でも格闘技はやればやった分だけ返ってくるから、そっちに気持ちが傾いちゃっていた。それをある人にスパッと見抜かれて、やっぱ「二兎を追う者は一兎を得ず」かな、って思いました。いろんな撮影現場でいろんな役者さんを見ていると、名のある方たちもみんなすんげえ努力しているんですよ。でも俺は格闘技こそ一生懸命かもしれないけど、俳優のほうはペーペーのくせに一生懸命と言えるほど努力してんのか? って自問自答したときに、なんか違うなと思って。 ――格闘技をやめることを告げたら、周囲はどのような反応を? 黒石 格闘技で世話になった方々、一人ひとりに電話で報告したら、誰も引き止めてくれなかったですね(笑)。格闘技で大ケガをして、役者ができなくなっちゃうことを心配してくれていた人が多かったみたいで、みんな素直に「おつかれさま」って言ってくれました。 ――前田日明さんの反応は? 黒石 「あぁ、そうか」って感じ。前田さんに電話するときはいつも「絶対意思を曲げないです!」ってスタンスなので、前田さんも止めても無駄だとわかっていたと思うし。キックボクシングのときもそうだったんですけど、俺は「やらしてくれなきゃアウトサイダーには帰りません! 強くなりたいからキックに行きたいんです!」って言い張って、前田さんの了承をもらったんですよ。 ――そもそもなぜ、キックボクシングに走ったんですか? 黒石 総合格闘技は、やることが多すぎて宙ぶらりんになっちゃっていたので、このまんまじゃ俺は伸びないな、とにかく試合をいっぱいやらなきゃと思って。で、やることは少ないほうがほうがいいって考えで、「殴る蹴る」だけのキックに走ったんです。 ――引退試合の相手が啓之輔選手に決まった経緯を教えてください。 黒石 ラストにふさわしい相手とやりたいという思いがあって。デビュー戦で俺に土をつけた秋山(翼)くんかな? と最初は思ったんですけど、いまやったら普通に勝っちゃうんで、なんも壁がないのはつまんない。じゃあ武井(勇輝)ちゃんかな? とも思ったけど、パクられてシャバにいなかった。渋谷(莉孔)くんって話もあったけど、彼はいま世界でやっているんで、戻って来てくれってのは違うなと。で、必然的に最後に残ったのは、アウトサイダーでいま一番強いと言われる朝倉兄弟か、あとはやっぱりなんと言っても吉永(啓之輔)くん! ――その3人に絞られたわけですね。 黒石 3人とも強いし、あと3試合あるんだったら3人全員とやりたいけど、残りは1試合。となるとやっぱ、吉永くんしかいないでしょ! ってことになりました。 ――オファーを出したら、啓之輔選手はどのような反応を? 黒石 直接やりとりしたわけじゃないですけど、リングスさんによれば、二つ返事でOKしてくれたそうです。 ――啓之輔選手は自身のTwitterに「黒石とは戦友だ。ただの友達じゃねぇよ。だから戦う!」と書いています。 黒石 ありがたいですね。 ――2008年3月の第一回大会から携わってきたアウトサイダーに対し、いま何を思いますか? 黒石 感謝の気持ちしかないですよね。あれがなかったらもう俺なんかもう……オオオオオオ! ――うん? どうしました……!? 黒石 ……もう本当に……俺なんかただのカスでしかなくて、あれがなかったらたぶん、いまもずっと、あのまま行き迷っていたんで……(突然涙ぐむ)。本当にそこに対してはもう、感謝しかないんですよ。
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目に涙を浮かべる黒石。
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――多くの選手が他の団体に移籍したり、離脱したりする中、黒石選手はキックでの修行期間こそありましたが、ほぼアウトサイダー一筋でしたね。 黒石 風見鶏みたいにあっち向いたりこっち向いたりするのはよくないと思うし、なんと言っても、俺みたいなもんを引き上げてくれた場所なので、最後まで義理を通したかった。本当はアウトサイダーがなくなるまでずっとここにいるつもりでやってきたんですけど、今回こういう(引退という)形になっちゃいました。 ――アウトサイダーと出会ったことにより、何が変わりましたか? 黒石 まわりの対応ですよね。普通に生活している人たちから「頑張ってるね」と声をかけていただく機会が増えました。それまでは不良から「突っ張ってるな」「気合入ってるな」と認められることはあっても、一般の方から褒められることなんて一度もなかったですから(笑)。あとは、生活も変わりました。役者やモデルのお仕事をさせてもらえるようになったのも、すべてアウトサイダーのおかげです。 ――知名度が上がり、街でケンカを売られたりは? 黒石 街ではほとんどないですけど、「黒石とやりたい」と言ってジムに来たりする子はたまにいます。そういう子に負けたらナメられちゃうから、おかげでこっちも真剣に練習するようになりましたけどね。 ――女性にもモテるようになったのでは? 黒石 まぁ、調子に乗っているわけじゃなく(笑)、昔から女性にはモテていましたけど、その幅がさらに広くなりましたね。モデルとして雑誌に出始めたり、アウトサイダーで勝てるようになってからは、会場で女性客がウワーッと寄って来るようになった。あとは後輩らと会うたびに「黒石さんを紹介してくれって頼まれています。すごく可愛い子です」とかって、しょっちゅう言われるようにもなったんですけど、やっぱ俺、ずっと後輩らに支えられてきたんで。そいつらが狙っている子かもしれないな、って考えたときに、俺が片っ端から唾をつけたら、そいつらのプライドが傷つくし、安っぽいからやっちゃいけないなって思って。だからあるとき、「もう俺にそういう話は通さなくていいから。全部断ってくれ」って言ったら、そこにいた男全員がすっげえうれしそうな顔をしたんですよ(笑)。だから、あ、やっぱりいくら後輩だろうがなんだろうが、男としてヤキモチは焼くんだってことに気づいて。こいつらに支えられてきたんだから、こいつらに対していいことはしなくてもいいけど、イヤなことだけはしちゃいけないなって思ったんですよ。 ――実に黒石さんらしいエピソードですね。 黒石 俺がずっと負け続けている間、男たちが支えてくれたんですよ。そういう人間を裏切っちゃいけないなって。会場で女性が群がってくる間、男連中が遠くのほうで気まずそうな顔をしているのを見て、心が痛かったんですよね。俺は女性に対して、おまえらに支えてもらってきたわけじゃない、男が神輿を担いでくれたから俺はいまここにいるんだ!……って思いがあったんですけど、わざわざ声をかけに来てくれた女性を邪険に扱うわけにもいかず、そこはずっと複雑だったんですよ。 ――硬派ですね。 黒石 いや別に、女は大好きですよ(笑)。キャバクラだって飲みに行ったりしますし。ハハハ! ――旗揚げ戦ではジャーマンスープレックスを食らった末に敗れ、第2回大会では開始2秒で失神KOされるなど、デビュー当初の黒石さんは「負け」のイメージしかありませんでしたが、それがいまではアウトサイダーの通算成績が「17戦7勝7敗2分1ノーコンテスト」。随分、強くなりましたね。 黒石 ゼロからスタートしましたから、ずっと進化はし続けています。練習量も年々増えて、ハードトレーニングできるコツや根性も備わってきて、いまが一番伸び盛りだったのかなと。 ――格闘家として強くなるにつれ、心はどう変わりましたか? 黒石 本当に思うんですよ、体と心って一緒だなって。強い人間じゃないと、人には優しくできないと思うんです。弱いと、人を守ることすらできないじゃないですか。「食う食わない」の話で言ったら、強ければ食う食わないは自分のさじ加減で選べるけど、弱かったら「食われる」という一つの選択肢しかないですよね。男だったらやっぱり強くありたい。自分を守れるから初めて人を守れるんじゃないかな、って思います。 ――引退後は俳優業に専念するとのことですが、そのルックスを生かしてコワモテ系の役者として突き抜けたいですか? それとも幅広い役を演じたいですか? 黒石 それがまた格闘技の引退を決めた理由でもあるんですけど、本当はいろんなキャラを演じられるのが役者の醍醐味だと思うし、そうなりたいんです。でも格闘技のトレーニングを続けていると、どうしてもそういうオーラが抜けないんですよね。人と会った瞬間、こっちは笑っているのに、「強そう」だとか「威圧的な雰囲気が出ている」とかって言われることが多くて。そうなると役も狭まりますよね。だから格闘技の選手であることをやめて、その色を完璧に抜いて、一回ゼロになってから、役者に真面目に向き合おうと思ったんです。 ――役者一本で食べていく自信は? 黒石 正直、不安はありますけど、20代も残りわずかなので、ここらで一発勝負に出なきゃいけないのかなと思っています。 ――役者さんって、どういう日常なんですか? 黒石 不規則です。朝早かったり、夜遅かったり。起きる時間もバラバラだし、1カ月バッと仕事が入ったかと思えば、その翌月は何もなかったり。本当にシビアな世界ですね。仕事が入るときに限って、ほぼ同時に複数のお話をいただいたりするんですが、体は一つしかないですから、せっかくのお話を泣く泣くお断りしなきゃならないこともあったり。本当に役者ってうまくいかなくて難しいなって、いつもそこで悩んでいます。
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――最近は、どんな作品に出演しているんですか? 黒石 いま上映中の『グラスホッパー』っていう映画にちょこっと出させていただいています。あとは、来年のゴールデンウィーク公開の『テラフォーマーズ』にも出させていただきます。 ――えっ!? あの話題の超大作『テラフォーマーズ』に出るんですか? それはすごい! 何役ですか? 黒石 ゴキブリではないです(笑)。ちゃんと、戦闘員の役です。最初、三池崇史監督にお会いしたときに、「今度『テラフォーマーズ』っていう映画を撮る。そのとき仕事を頼むからよろしくね」って言われまして。俺、『テラフォーマーズ』を知らなかったから慌てて原作の漫画を読んで、「うわ、俺ぜってーゴキブリ役だ!」って確信しました。でも三池崇史さんといえば、日本を代表する大監督じゃないですか。このチャンスを逃してなるものかと思って、「よーし、完璧なゴキブリをこなしてやる! 頑張るぞ!」って意気込んで衣装合わせに行ったら、スタッフさんが「黒石おめでとう! メインキャストだから!」って祝ってくれて。「え? ゴキブリじゃないんですか?」みたいな。 ――『テラフォーマーズ』の出演者をいま確認しましたが、錚々たる顔ぶれですね。伊藤英明、武井咲、山下智久、山田孝之、小栗旬……。 黒石 そうなんですよ! 俺以外スターしかいないから、現場では毎日ドキドキですよ。スターのみなさんは普段からめちゃくちゃ格好よくて、マネージャーの運転するアルファードとかヴェルファイアとかベンツとかで颯爽と現場入りするんですけど、そんな中、ペーペーの俺は自分の運転するプリウスで「恐縮です……恐縮です……」って感じで現場入り。俺みたいなもんが本当にここにいていいのかな? って毎日思っています。こういうウソみたいな大仕事をやらせてもらえるようになったのもすべて、もとをたどれば前田日明さんのおかげなんですよね。だから、キックボクシングでそのまま引退って話もあったけど、「いやいやいや、最後は何が何でも前田さんのところに帰って、そこで引退試合をやって、1人でも多くのお客さんを入れなきゃ」と。俺ができる恩返しといったら、それぐらいしかないんで。 ――将来の目標を教えてください。 黒石 役者として地位を築けたらいいなと思いますし、「絶対そうなってやる!」って腹をくくっています。たとえ食えなかったとしても、バイトでもしながら諦めないで役者を続けて行こうと思っています。ただの不良少年からここまで変われたんだ、という成功例になりたい。成功して初めて、自分の言葉が生きてくると思うんで。 ――「自分の言葉が生きてくる」とは? 黒石 たとえば最近は刺青の文化が若い子の間で定着しつつありますけど、そういうことに対しても、ひとこと言いたいんですよ。「俺がなんでこうやって役者の道を歩めたのかというと、刺青を入れなかったからだよ。将来の可能性を狭めないために、若いときのノリだけで簡単に刺青なんか入れちゃダメだよ」とかって。俺が役者として成功すれば、いろんな言葉が生きてくるっていうか、言葉に説得力が出ると思うんですよ。そういう発言力を得られるように、まずは自分が頑張らなきゃいけないですね。じゃないと「そういうおまえはどうなんだ?」って言われちゃいますから(笑)。 ――黒石さんの言葉にはすでに説得力が十分あると思いますが、そのバックボーンは何なのでしょう? 読書ですか? それとも誰かからいろいろ教わったんですか? 黒石 昔から人の話はよく聞きますね。俺は小さなころは利かん坊でしたし、オカンが社会不在だった時期もあるので、「あの子は親がいないから……」って周りからよく悪口を言われたんです。それである時期、親代りになってくれた親戚のおばちゃんから毎晩、2、3時間正座させられてコンコンと説教されるようになりまして。オカンがいない間はおばちゃんが生活の面倒をみてくれていたから、そこから逃げたら生きていけない。だから我慢して正座して耳を傾けるわけですよ。人の話を聞くようになったのは、そのころの影響が大きいと思います。 ――そんな幼少期の体験があったんですか。 黒石 そういえば、法を犯して施設に入ったときにかわいがってくれた方からも、「黒石、人の意見だけはちゃんと聞けよ。耳が痛い意見こそ、おまえに一番足りないもんだからな。我慢だ、我慢。ツラくても我慢しろよ」とずっと言い聞かされました。その影響もあって、イヤだなと思っても、とにかく我慢して話を聞こうと意識して生きています。 ――それだけ素直な黒石さんが、なぜグレたのでしょう? 黒石 もともとイジメられっ子だったんですよ。でも家に帰ってイジメられた話をすればオカンもおばさんも心配するだろうし、傷つくんじゃないかと思って。どうしたらいいのかわかんないときに、たどり着いたのが暴力でした。こっちが強くなればイジメられない。それだけです。ただ単に自分を守るための手段が暴力しかなかったんです。みんなが敵だったんで、俺。 ――黒石さんが人の痛みに敏感な理由がよくわかった気がします。では最後に、引退試合の話に戻りますが、「負けたら坊主にする」というのは本当ですか? 黒石 本当です。吉永くんは、負けたらどうするんですかね? 彼は格好いいし、おまけにチャラチャラしているから、イガグリの刑にしたやりたいですよね。俺の坊主よりも、吉永くんの坊主のほうが断然見ごたえがあるでしょう? ――「最後だから楽しもう」という意識はありますか? 黒石 いや、そういう気持ちはゼロです。全力で倒しに行きますよ。じゃないと周りが納得してくれません。みんなは、俺が逃げずに突っ込んで行くところを見たがっている。俺もそれをわかっているから、自分の腕を信じて振り抜くしかないですね。真っ向勝負で倒しに行きますから、どうかみなさん、俺の最後のタイマンを会場まで見に来てください! お願いします! (取材・文=岡林敬太/撮影=長谷英史) ●大会名…THE OUTSIDER 大田区総合体育館 SPECIAL ●日時……2015年12月13日(日)開場/13:00(予定)開始/14:00(予定) ●会場……大田区総合体育館 東京都大田区東蒲田1丁目11番1号 TEL/03-5480-6688 ●チケット購入方法 THE OUTSIDER事務局(TEL/03-3461-6698)宛の直接のお電話にてご購入いただけます。 ※事務局からのチケット発送後の返品・交換・キャンセルはお受けしておりません。あらかじめご了承ください。 ※チケットは3歳から必要となります。 ・ローソンチケット Lコード/33931 ・チケットぴあ Pコード/830-672 ●販売席種 VIP席………15,000円(最前列※パンフレット付/大会当日に会場内の専用ブースにてチケットの半券を提示してください。) SRS席………11,000円 RS席…………8,000円 S席……………6,000円 興行の中止を除いて、購入後のチケットのキャンセル/変更/払い戻しは一切お受けできません。 リングス公式サイト http://www.rings.co.jp/

実は意外と多い!? 人には聞けない「きょうだいコンプレックス」原因と対処法とは

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『きょうだいコンプレックス』(幻冬舎)
 きょうだいは、親以上の支えとなる存在なのか、それとも永遠のライバルなのか――。同じ境遇で育ち、血を分けたきょうだいは特別なつながりを持つかけがえのない存在だが、互いに争い、劣等感を抱きやすい、一番身近なライバルでもある。そのため、何かのきっかけで一度こじれると、そう簡単には修復不能で、きょうだいだからこそ激しい憎しみを抱き、同時に憎しみきれない面もある。  親の介護や遺産相続など、きょうだい間のトラブルは珍しいことではない。古くは旧約聖書の『創世記』に、アダムとイブの間に生まれた2人の息子、カインとアベルの確執の話が語られている。兄カインは弟アベルのほうが両親から愛されているとねたみ、とうとうアベルを殺してしまうのだ。  ところが、このきょうだい間の確執は、心理学ではおなじみでも、一般的にはあまり語られることがなかった。そんな問題について鋭く切り込んだ一冊が、『きょうだいコンプレックス』(幻冬舎)だ。きょうだいコンプレックスの原因と対処法について、著者の岡田尊司氏に話を聞いた。 *** ――まず、本書のテーマである「きょうだいコンプレックス」とはなんなのか、簡単に教えてください。 岡田 コンプレックスとは、劣等感という意味で使われることが多いですが、元来はもう少し大きな意味を持つ言葉で、「わだかまり」「こだわり」のほうが近いと思います。つまり、きょうだいコンプレックスは、きょうだい間にある心のわだかまりやこだわりだといえます。相反する気持ちが結びついていることも多く、憧れる気持ちと劣等感が同居していたり、仲良くしたい気持ちとライバルとして敵対する気持ちが併存していたりします。きょうだいに対する思いを、いつの間にか無関係な相手に投影してしまうことも多く、他の人間関係にも影響します。 ――きょうだいコンプレックスは、どのように生じるのでしょうか? 岡田 親の愛情や関心を、ほかのきょうだいに奪われた状況下で強く生じます。最も多いパターンのひとつは、きょうだいが優秀で、常にそのきょうだいと比較されて、いつも否定的な評価を受けてしまう場合です。また、病気や障害、行動や適応上の問題を抱えたきょうだいに親の関心が集中し、放っておかれるという場合、子どもが親や祖父母らの大人の事情に巻き込まれる場合もあります。いずれにせよ、親の不公平な愛情が、きょうだい間にわだかまりを生む最大の原因といえるでしょう。 ――なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか? 岡田 これは、親の未熟な自己愛が原因です。自分が主役でないと気が済まず、子どもが自分の期待に応えられると持ち上げ、応えなくなると見捨てる、という養育態度がその典型です。“良い”“悪い”と判断されて育った子どもたちには明暗が生じ、それが不遇感や嫉妬を生み、きょうだい間の確執を生みます。自己愛の強い人は、自分を振り返り、自分の非を認めるのが難しい。独善的に、自分だけが正しいと思いがちです。えこひいきや不公平をしていても、自分にとって都合が良ければ、それが当たりとしか思わず、自分の非に気づくことができないんです。  一方、きょうだい間の仲がいいところは、自分を振り返ることができる親に育てられていることが多いです。自分を振り返ることができる人は、相手への思いやりもある。少しでも不遇感を抱いている子がいると、自分の対応がその子を傷つけたのではないか、寂しい思いをさせているのではないのかと、すぐ考えることができます。 ――成熟した自己愛を持った親であっても、知らず知らずのうちに子どもを分け隔てていることもあるそうですね。 岡田 はい、愛着の問題もあります。親との愛着が強く、関係が安定した子どもとそうでない子どもでは、決定的な差が生まれます。愛着とは、物心がつく以前に主に母親との間に生まれる絆であり、自分がよく世話をした子はかわいく、あまり世話をしなかった子は、あまりかわいくないということが起きてしまうのです。しっかりとした愛着によって結びついた存在は、その子にとっての「安全基地」となり、心のよりどころになります。しかし、安全基地となっていた存在がいなくなったり、機能しなくなると、心のよりどころを失い、パニックになる。親が安全基地となっている子と、そうでない子で差が生まれ、ひいては、きょうだい間や他の対人関係においても、敵意や被害者意識を生みやすくなります。 ――本書にはニーチェをはじめ、フロイト、黒澤明、武田鉄矢、長谷川町子など、さまざまな有名人の事例も取り上げられていますが、きょうだいコンプレックスは仲の良いきょうだいでも、潜在的に持っているものなのでしょうか? 岡田 境遇に恵まれ、うまく克服された場合には、年上のきょうだいは、自分の良いモデルや目標として、年下のきょうだいは守り世話すべき存在として、その人の人間的な成長に役立つといえます。わだかまりがあまりない、幸福なきょうだいも、もちろんいらっしゃいます。ただ、一方は仲の良いきょうだいだと思っていても、相手のきょうだいは、そうは受け取っていないということもあるでしょう。お手本となるような“良い”きょうだいにしろ、常に領分を脅かしてくるような“悪い”きょうだいにしろ、小さい頃、きょうだいが大きな存在だった人には、なにがしかの心理的な支配があり、きょうだいコンプレックスが潜んでいるといえるでしょう。 ――私自身、幼いころから2歳年上の兄との仲が悪く、よく暴力を振るわれていたのですが、兄が中学3年くらいになると、親との関係もいっそう悪化し、兄一人が家族から孤立するようになりました。その後、4年間の海外留学を機に、家族との関係が改善。しかし、帰国後2~3年でまた元の兄に戻り、現在は音信不通の状況です。私から見ると、両親の愛情は公平で、どちらかといえば、何をやっても器用にこなせる兄と比べられることが多く、兄のほうがかわいがられていたように思うのですが、それでもやはり、原因は両親にあるのでしょうか?  岡田 まず考えられることは、2歳という年齢差で生まれた妹に対して、兄が、親からの愛情を奪われたという気持ちを抱き、それを引きずっていた可能性です。その嫉妬心が、暴力という形で表れていたと思われます。お兄さんは何かと頑張ることで、親に認めてもらおうとしていたのではないでしょうか。  あなたには、お兄さんの不遇感は理解しづらく、親の対応も公平に思えるのでしょうが、お兄さんには、別の見え方をするのだと思います。あなたの記憶にある親との関わりだけをたどっても、そこには物心つくまでの時間的な空白もありますし、当事者としてのフィルターがかかってしまいますので、お兄さんが感じていた現実は見えてこないのでしょう。いずれにしろ、お兄さんからすると、親から距離を取ったほうが落ち着くということでしょうから、親が「安全基地」としてうまく機能してこなかった面があると思われます。 ――うちの兄のように、一度コンプレックスが解消されたと思っても、また再発してしまうケースは多いのでしょうか? またその場合、再び解消される可能性はありますか? 岡田 距離を取ることで一見落ち着いたように見える場合、接触が増えて、またギクシャクし始めることは、よくあります。本当の意味で、コンプレックスが解消されたわけではないためです。お兄さんの場合は、きょうだいコンプレックスというだけでなく、その根底には、親との不安定な愛着の問題があるように思います。もしご両親が、本人だけの問題のように見ているとすると、改善には時間がかかるかもしれません。 ――本書では、きょうだいコンプレックスが解消されるきっかけとして、結婚や身内の死、危機が迫り、不安が高まったケースが挙げられています。 岡田 きょうだいコンプレックスを克服するにはまず、その問題ときちんと向き合うことが第一歩です。そのきょうだいに対するネガティブな感情がどこから由来したのか、大きな視点で振り返る作業が必要です。また、結婚式や葬式のような特別なセレモニーの場に会することがきっかけとなって、わだかまりが緩んでいくことがあります。逆の場合もあります。解決のためのアプローチとしては、親に働きかける方法と、本人に直接働きかける方法があるといえます。拒絶されるのを恐れず、大きな優しさを持つということが大事でしょう。 ――きょうだいコンプレックスは昔からあるものだと思いますが、いま特に注目すべき点はありますか?   岡田 端的な現象としては、相続をめぐるきょうだい間の紛争事案が急増していることです。家庭裁判所の調査官は、てんてこ舞いの忙しさだそうです。この傾向は、都市部だけでなく地方でも顕著だそうです。また、親子関係や夫婦間の悩みでカウンセリングに訪れる方が非常に多くなっていますが、そこにきょうだい間の確執が微妙に絡んでいるケースが少なくありません。 ――きょうだいコンプレックスを生まないために、親としてどんなことに特に注意すべきでしょうか?  岡田 何よりも大事なのは、公平さということです。ただ、公平さというのは、主観的なものなので、その子に応じた気配りが必要です。時には、話をする時間の長さとか、話す時の口調といったことも関わってきます。一人の子とばかり話をしているだけで、疎外感を抱く子もいるわけです。親としては、話しやすい子、求めてくる子とつい話す機会が多くなるのですが、常にほかのきょうだいのことも忘れないでいる必要があります。  また、親側の基準や期待を押し付けないということも大事です。親側の期待に沿う子どもを、どうしても優遇しがちです。親の基準ではなく、その子の基準を常に考えて、接するという姿勢が大事です。一人一人の最高の応援団長であるという心構えが必要です。もうひとつ大事なのは、自分を常に振り返り、非に気づくということです。完璧な親などいませんが、完璧かどうかではなく、自分を振り返り、非を認めることができるかできないかが、鍵を握ります。  こんなふうに親子関係が難しいのも、核家族化、小家族化したことがあるでしょう。雑多な人が一緒に暮らす生活ならば、今のような息苦しい関係にならずに済むのですが。しかし、今は小家族の時代なので、いっそうこまやかな気遣いをする必要があるといえます。 (取材・文=編集部) ●おかだ・たかし 1960年、香川県生まれ。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。同大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医学教室にて研究に従事。医学博士。岡田クリニック院長。パーソナリティ障害、発達障害治療の臨床医として活動。著書に『愛着障害』(光文社)、『マインド・コントロール』(文藝春秋)、『母という病』(ポプラ社)などがある。

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士が新宿を歩けない……「パニック障害」と闘った日々

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 “元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(35)が今秋、人知れず「パニック障害」に苦しんでいた。外出しようとすると動悸が高まり、体も硬直してしまうパニック障害。ある日突然、なんの前触れもなく、この症状に襲われるようになったそうだ。以来、何週間も自宅に引きこもり、「このまま一生治らないんじゃないか」と悲嘆に暮れる日々を送ってきたが、最近になってようやく回復の兆しが見えてきたという。リハビリを兼ねて街へ出た瓜田に、話を聞いた。 * * *  この秋、文庫版『遺書』(竹書房文庫)と、新著『國殺』(竹書房)を相次いで出版した瓜田。さぞかし絶好調な毎日を送っているのかと思いきや、不調のドン底でもがき苦しんでいた。  「歩いてここまで遠出したのは、冗談抜きで3週間ぶりです」。自宅から300メートルほどしか離れていない新宿二丁目の街角に立ち、感慨深げにそう語る瓜田。「最寄りのコンビニに行くのも怖かった僕が、これだけの人混みの中にいても大丈夫ってことは、だいぶ回復した証拠。数週間前の僕は、一生外には出られないんじゃないかという絶望の真っ只中にいましたから」。  パニック障害を克服しつつある瓜田が、“暗黒の日々”を振り返る。 ――体調の異変を最初に感じたのは、いつでしょう? 瓜田 10月初旬ごろです。嫁と二人で家の近所を歩いているときに突然、新宿通りまで出るのが怖くなり、引き返したのが最初。その後も外出しようとする度に、動悸が高まるとともに冷や汗が溢れ出て、空間認識能力が狂うというか、空間に圧迫されるような感覚に陥り、体が硬直してしまう。足掻こうとしても、脳がストップをかけているのか、体が動かないんですよ。 ――それがパニック障害であるということは、医師の診断でわかったんですか? 瓜田 パニック障害の経験者である嫁から、たぶんそうだと教わりました。自分でもインターネットなどで調べたところ、症状がことごとく一致したので、あぁそうなのかと。なんの前触れもなく、いきなり来たから最初は戸惑いましたし、ものすごく不安になりました。 ――原因にお心当たりは? 瓜田 いま冷静に分析すると、おそらくそもそものスタートは、秋の花粉症がツラくて眠れない日々が4日ほど続いたことだと思います。鍼(はり)の先生から聞いたんですけど、睡眠不足が何日も続くと、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れて、パニック障害になりやすいそうです。眠れないとストレスになりますし、肩や首が凝って、脳への血の巡りも悪くなりますから。 ――心療内科には通ったんですか? 瓜田 いや、心療内科は治療が長引く予感がしたので避けました。これまでの数多くの通院経験から、「今回はきっと自律神経に関係のある症状。神経を刺激するものといえば鍼」と判断し、鍼に通い始めた成果もあって、こうして短期間で表に出て、酒を飲み、人と話せるまでに回復しました。「眠れないストレスがそうさせた」という答えが見えてきたら、予期不安に襲われても、この闇はいつか抜けるものだと思えて、乗り切れることができるようになった。原因がわからないうちは本当にツラかったです。外に出るなんて、裸で戦場に行くような恐怖でした。
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――パニック障害は、家にいる間も苦しいんですか? 瓜田 家では多少は安らぐんですけど、それでも症状が重い時期は、嫁に対する言動が荒くなってしまう。わかってほしい焦りから、ついつい当たってしまうんです。あと、ずっと家にいるから思考がだんだんネガティブになり、食も細くなり、日ごとにやつれていく時期もありました。最大の理解者である嫁がいつも寄り添ってくれて、食事を世話してくれて、いろんな知恵を授けてくれたおかげで脱出の手がかりをつかめましたが、もし一人暮らしだったらと思うとゾッとしますね。 ――快方に向かっていった過程を教えてください。 瓜田 先ほど言ったとおり鍼治療は効果的でしたが、それは気休め程度のもの。僕の場合、パニック障害を論理的に把握することがかなり有効でした。まず、「パニック障害で死ぬことはない」ということを知り、気持ちがだいぶラクになった。次に、原因はなんなのか? その原因を最短で解消するにはどうすればいいのか? という仕組みがわかるにつれ、出口が見えてきた。そして何より僕を勇気づけてくれたのは、治し方うんぬんよりも、「実際に治った人が何人もいる」という具体的な情報でした。何人もの著名な方々がパニック障害に苦しんだ過去を持ちながらも、いま現在、表舞台で活躍されている事実を知り、自分もいつか治るはずだという自信が少しずつ湧いてきましたね。 ――花粉症による不眠のストレスがパニック障害のきっかけになったとの自己分析ですが、出版に向けてのプレッシャーもまた、症状を悪化させる一因となったのでは? 瓜田 それも大いにあります。文章を書いたはいいけど、ちゃんとカタチになるのか? ちゃんと宣伝はしてもらえるのか? そうした思いを出版社にぶつけたほうがいいのか? いや、言うと信頼関係が壊れるんじゃないか?……などの不安や葛藤がストレスになり、心身の調子がさらに悪くなっていった部分もあります。10月下旬に竹書房から「『國殺』の見本が刷り上がった」との連絡が来たんですが、そのときもコンディションは最悪で、外へ出るのも人と会うのも怖かったから、取りに行くべきかどうか迷いました。 ――結局どうしたのでしょう? 瓜田 人が大勢いる電車に乗るのは考えられなかったので、嫁に同伴してもらい、タクシーを拾って竹書房に向かったんですが、車のドアが閉まった瞬間、圧迫感で発作が起きて、手もガクガク震えだした。信号で車が止まる度に息が苦しくなるんですけど、途中下車したらもっと苦しくなるのは明らかなので、嫁に励まされながら、なんとか飯田橋までたどり着きました。タクシーを降りてからもツラくてツラくて、「もうダメだ! 帰ろう!」と駄々をこねましたが、嫁に説得されながらどうにか竹書房のビルに入って、本を受け取りました。 ――そのときの心境は? 瓜田 本を受け取った瞬間に、ウソみたく元気になりました。渡された本を見てホッと安心するとともに、俺はまだ終わっていない! っていう自信がふつふつと湧いてきた。同伴してくれた嫁が僕の作品を手に取り、「純士、よう頑張ったな。これ、ホンマにすごいことやで」と涙を流しながら言ってくれたときはホント、こいつと一緒になってよかった、この人を幸せにしないといけないな、と思いました。嫁は僕が絶不調のときに「純士が仮に一生病気でも、一生付き合う」と言ってくれた。ありがとうの言葉しかないです。 ――その日の帰り道は? 瓜田 帰りのタクシーではパニくることなく、平常心を維持できた。てことは結局、出版への重圧もパニック障害の一因だったということですが、それがわかったことでさらに気がラクになりました。以来、物事をプラスに考えられるようになって、発作が減ったり、外出頻度が上がったり、徐々に快方に向かいつつあります。10を全快とするなら、いまは7ぐらいでしょうか。 ――大変なご苦労があったんですね。 瓜田 今回の闘病で気づいたのは、人間は日々、無意識下でいろいろなストレスを感じながら生きているということです。例えば、テンションが低いときに誰かから電話がかかってきて、本当は出たくないのに元気なふりをして出たりすることって、誰にでもあると思うんですが、それも小さなストレスなんです。あるいは、人混みの中を歩いているときに、誰かとぶつかりそうになって避ける。それも小さなストレス。そうした微量なストレスが積み重なり、何かのきっかけではじけてしまうと、僕みたいにパニック障害になってしまう。 ――瓜田さんが人混みを歩くと、周囲がストレスを感じて避けるとの噂も……。 瓜田 確かに僕が胸を張って人混みの中を歩くと、みんなが勝手に避けてくれます(笑)。でもその歩き方って、実はものすごくパワーを使っていたんだなって思います。気張っているから肩や首が凝るんですよ。
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――「新宿の瓜田」というプライドゆえの気張りですか? 瓜田 少年時代に不良の世界で、弱いのに新宿のアタマになってしまった。以来、「街は虚勢を張るところ」「街はライブの自分を見せるステージ」っていう感覚で生きてきましたから、弱った自分を家族以外には見せたくなくて、このところずっと引きこもっていたという部分もあります。 ――アウトローの世界で名を売った男ならではの悩みですね。 瓜田 「アウトローのカリスマ」なんて呼ばれたこともありますけど、それは分不相応ですよ。いまの僕は、嫁にとってのカリスマでありたいだけ。他の誰にどう思われても関係ない。嫁に「この人を信じてついてきてよかった」って思われたいだけなんです。裏を返せば、そういう絆の強まりを確認できただけでも、今回パニック障害になってよかった。無駄ではなかった。プラスになった。あれだけツラい日々を送ったんだから、そうでも思わないと、貧乏性の僕としては割に合わないですよ(笑)。
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――パニック障害になったことで得た教訓は? 瓜田 例えば格闘技をやっている後輩たちにも、やがて年齢的な限界がくるでしょう。体が動かなくなったとき、その先の人生は果たしてどうなるのか? ってことを考えると、彼らは10年後がめちゃくちゃ怖いと思うんです。でもね、10年後を怖がって今日萎縮するより、明日を怖がって今日動くような生活をしないとダメ。いきなりのことが起きたときはマジで、10年後のことなんて考えられもしないですよ。僕はパニック障害になって一時期、何もかもがどうでもよくなっちゃいましたもん。「明日をビビって今日動けないぐらいだったら、明日が来ないと思って今日動いたほうがいい」。それが今回得た教訓です。 ――いい言葉ですね。 瓜田 だから僕はいま、自分の本がとにかく売れてほしいんです。名前を売りたいからでも、派手に遊びたいからでもない。シンプルにカネがほしいんです。何かあったときのためにいまからカネをためておかないと危ない、っていう考えです。僕や嫁が医者の世話になるかもしれない老後のことも考えて、いまから貯金をしておきたいんですよ。 ――瓜田さんの発言とは思えませんね。 瓜田 ぶっちゃけこのトシになると、もうムチャはできないですよ。保険をかけちゃう。若いときは考えもしなかったけど、健康あっての幸せです。認めますよ。「瓜田純士は丸くなった」と。尖ったふりはしたくないですもん。痛いものを痛いと言えない世界、怖いものを怖いと言えない世界にいたから、丸くなったと素直に言えるいまはとてもラクです。
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――さきほど「弱いのに新宿のアタマになってしまった」とおっしゃいましたが、弱さを自覚したのはいつですか? 瓜田 この際だからはっきり言いますが、僕はガキのころからタイマンが苦手だったんです。なんでかというとガキのケンカなんてジャンケンと一緒で、どれだけコンディションが良くても気持ちで勝っていても、負けるときは負けるんですよ。僕は背が高かったけど、タックルを食らって倒されたりして、「あれ? なんでこんなチビに?」っていう相手にも、けっこう負けたり苦戦したりした。タイマンは不良の見せ場で、ギャラリーが見たいのはきれいに勝つシーン。でも、なかなかきれいにはいかず、たいていゴチャゴチャになるんです。で、ゼェゼェ息切れしている間に先輩の止めが入り、「純士が押されていたな」と言われたり、仲間からも「瓜田はたいしたことない」と思われたりしちゃう。「あれ? おかしいな? もういっぺんやらせてくれ」と言っても、ガキのケンカに2ラウンドはないんです。ある時期そんな感じで負けが続いてしまって、もうタイマンを張るのはイヤだと思い、絶対的に自分が一番ってことを見せつけるケンカのやり方を覚えちゃったんですよ。 ――そのやり方とは? 瓜田 要は「場面」ですよ。手下を使ってめちゃくちゃ怖い思いをさせてから、泣きながらブルブル震えているヤツのもとに、リーダーの僕があとから現れて、威圧感をたっぷり漂わせながら「てめえこの野郎」と言葉でさんざんいたぶるわけです。相手は萎縮して謝るしかない。腕力ではなく、空気感で相手を屈服させるんです。いちいちタイマンを張っていたら負けるリスクがあるから、そういう手をよく使いました。ズルしてでも勝ちにこだわったんです。 ――本職顔負けのやり方ですね。 瓜田 実際、ナメられたくないという思いから本職になった時期もありました。でも、タイマンが苦手というコンプレックスを抱えたまま大人になったら未来がない。そう思って出たのが、第一回のジ・アウトサイダー(編注/リングス・前田日明主催の不良更生を目的とする格闘技大会)だったんです。あれは、大勢の観客の前で行う正真正銘のタイマンでしたから、だいぶ自分に打ち勝つことができた。やっぱ人間、どこかで一度は戦わないとダメですね。 ――そんな出場動機だったとは知りませんでした。 瓜田 調子に乗って出た第二回大会では北海道の青年にボコボコにやられちゃいましたが(笑)、勝ち戦しか知らないヤツはどっかで死んだりしますから、あれもいいクスリです。自分の力を過信しちゃダメ。運だっていつかは尽きます。僕は痛い思いや苦しい思いをいっぱいしてきたから、運がないのかなって思うこともあるけど、その分、嫁との幸せを手に入れることができたからオールOKですね。 * * *
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 苦難を乗り越え、虚飾を脱ぎ捨て、真実の愛にたどり着いた瓜田。街はハロウィンに沸いていたが、午後10時になると「嫁に心配をかけたくないので」と言い残し、家路についた。 (取材・文=岡林敬太)

「ラッセンが好き~♪」でプチブレーク 孤高の四十路芸人を脱した永野が次に目指すは“21世紀の荒木師匠”!?

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取材前日、安い酒に悪酔いしておでこを負傷したという永野氏。「もう体が高い酒に慣れてるから……」(撮影=五十川満)
 青いシャツにボブカット、狂気すらはらんだ笑顔で訴えるラッセン愛……。つい数年前までは知る人ぞ知る芸人だった永野が今、満を持してブレークの時を迎えている。今回「1,000枚予約達成したら」という条件付きで「完全に完璧な」(※永野談)DVDが発売されると聞き、急遽インタビューを敢行。アングラからの「裏切り者」「魂売りやがって」という声に、永野はどう答えるのか。そもそもDVDは、発売なるのか……? ――「完全で完璧な」DVD……中身が気になります。 永野 世の中には、変なネタを集めたDVDはいっぱいありますけど、DVD自体が変わっているっていうのは新たな試みだと思います。 ――DVD自体が変わっているとは? 永野 DVD自体がおかしいっていう作りです。どうしようかな、これも言っちゃおうかな……。いや、実はパクリなんですけどね。石井聰亙(現:石井岳龍)監督の『爆裂都市 BURST CITY』からパクッたんですけど。ここで初めてバラします。 ――パクり!? 永野 サイゾーさんならいつかバレると思うんで話しますと、陣内孝則さんとかが出てた『爆裂都市』のキャッチコピー<これは暴動の映画ではない、映画の暴動である>から、パクッたんですよ。<これは変なDVDではない、DVDが変である>。初告白しますけど、オリジナリティがまるでないんです、僕は。全部パクリなんすよ! ――永野さんはオリジナリティの塊だというのが、世間一般の認識だと思いますが。 永野 僕は今まで、ロフトプラスワンに集う、若い多感なサブカル好きな人たちをだましてきました。本当はなんにもなかったんですよ。だから40過ぎて、本当のことを言っていこうと思って。 ――だましているという感覚はあったんですか? 永野 そうですね。確かにこの20年間は、目が死んだ連中が支えてくれてたんですけどね。だけど、彼らはまったくお金を落とさないことに、あるとき気づいたんですよ。それで歌ネタにシフトチェンジして、最近ではお子さんやご年配の方までが覚えてくれるようになりました。しかし……その方たちは、DVDを買うという欲求がないのです。 ――DVDの予約状況は? 永野 今日の時点で、まだ500枚しかない。こういうの、発表と同時にガッと600枚ぐらいまでいくべきじゃないですか。そこから足踏みして、1,000枚達成……だと思うんですけど、僕の場合、ガッといって200枚。それからあの手この手で500枚売って、もう限界値まで来てるんじゃないですかね。ドーピング打ちすぎた馬みたいな。 ――いやいや、ここからですよ! 永野 だから今日は、今年に入ってからずっと背を向けてきたサブカル連中に、もう一度立ち上がってくれないかっていうお願いのインタビューなんです。 ――自分から裏切っておいて(笑)。
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永野 黒いジャケット着て、ロフトの地下で「こんなことやっていいの?」ってネタをやってた人間が、もう整形手術したみたいに口角上げて、金稼いでるわけですよ。だから、サイゾーさんを通して彼らに「僕が一回君たちから離れたのは、大きくなって戻ってくるためだよ」って伝えたい。「ふざけんな! あんなセルアウトした人間が」って思ってるやつらに。 ――セルアウトですか。 永野 僕、40過ぎてからエミネムに出会って、ヒップホップの思想に入りまして。人生は「ゲット・ザ・マネー」だと知り、生き方を変えたんすよ。僕は74年生まれですが、若い頃、貧乏くさいパンクがはやってたんですよ。資本主義が敵、みたいな。でも、よかった。40過ぎてヒップホップに出会って、資本主義者になれたから。お金はまだついて来てないですけど、主義は資本主義です。資本主義者なのです。あ、ここ太字でお願いします。 ――黒人ラッパーが、キレイなチャンネーをでっかい車に乗せてる発想ですね。 永野 一方パンクロッカーって、痩せてて恐ろしいじゃないですか。ずっとパンクやってる人は50代でもガリガリで、周りもそういうのだらけだから、自分も病理に気づいてない。あんなのね、地方行ったらおばけですよ。人間太らないとだめです、男も女も。年取れば取るほどね。とまぁ、エミネムとの出会いが、僕をDVDリリースへと駆り立てたんですよ。 ――集大成としてのDVDなんですね。 永野 いろいろあっての集大成ですね。歌ネタばっかりのDVDではないです。かといって、昔の感じの尖ったものだけでもないです。その両方を足して、ダークな僕とポップな僕って、そんな単純な構図でもない。すごいです、これはもう。何が起こるかわからない。僕自身、わからない……。 ――11月28日には、DVD関連のイベントも開催されます。 永野 これはですね、料金はかからないんですけど、その代わりその場でDVD(4,000円)の予約をしてください、と。おのずと、DVDの予約につながるというシステムです。ゲット・ザ・マネーの発想です。「もうDVD予約したわよ!」という熱心なファンには「もう1枚買いなさい」って、そういうイベントなんですよ。パンクの発想とかないです。みんな楽しんでってくれよ! とか、そんなのもないです。「金を落とせ、4,000円」。落としていけ、この永野に。話がそれましたけど、来ていただいたお客様のために、新ネタを交えた単独ライブ形式でやろうと思っています。単独ライブって年に1回やるかやらないかぐらいですけど、なんと急遽やります。いまアメブロ(http://ameblo.jp/cawaiinecochan/)をやってるんですけど、世に出てから急にサイバーエージェントと手を組んで、“ザ・芸能人”みたいな(笑)。「永野と踊ろう!」っていう動画をアップしているんですけど、イベントに来てくださった方と、それを一緒に踊ろうと思っています。
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――ただの怪しいセミナーみたいな感じかと思ったら、めちゃくちゃ内容濃いですね。 永野 やりますよ。新ネタを交えた単独プラス、ふれあいの会もして。僕ね、営業とかで「わ! 永野さん来てくれた」って、そういうの大好きなんですよ。今までなかったことなので。ただ、これは声を大にして言いたいんですけど、東京のライブでは終わったら帰ってください! ライブの後に来られるの、すっごい嫌なんですよ。ライブのお客さんって、狭い感じというか、重い感じで近づいてくるから。イベントは100%全力でやりますから、終わったらすぐ帰れ!  ――(笑)。 永野 あと、これも言っておきたいんですけど、4,000円って、ちょっと高いと思うでしょ。お笑いのDVDっていま、ロープライス化してるから。でも2,000円だったら、2,000円の内容しか作れない。まあ、これも脱毛キャンペーンの車内広告からパクッたんですけど。<安い脱毛からは安い達成感しか得られない>って。でも、本当にそうだなあって。実際このDVD出したら、“今後ライブやる意味あんのか説”が急浮上してるんですよね。なぜなら、これは生でもない映像でもない、新しいDVDなんで。今後、生の意味が弱くなると思う。表現手段としてね。ヘタしたら、11月28日がラストライブになる可能性もある。 ――……そこまでご自身を追い詰めて、大丈夫ですか? 永野 中流家庭で育ったんですけど、思想はゲットー育ちなんで。お母さんが作ってくれた温かいご飯を食べて育ってきましたけど。実際アングラでやっていた時より、DVDの内容は尖ってます。卑猥なもの、ヤバいことこそ最先端の笑いだっていう時期はとっくに超えてる。 ――ヤバいことこそ最先端の笑いっていう風潮は、確かにありますね。 永野 それはもう時期です。思春期や反抗期と一緒で、いつまでもやってられるもんじゃない。若い頃はかっこいいと思うんですけどね、そういうの。でもね、僕は歌もののDVDを出すつもりはない。そういうことじゃないんです。昔より、めちゃくちゃやばいんですよ。 ――“お笑いわかってるやつは永野が好き”みたいな意見は、本人としてはどう感じていたんですか? 永野 正直、最初はうれしいじゃないですか。コアな感じって。お笑いを追求するみたいなの、はやってたし。でも、よく考えたら僕、別にお笑い命じゃなかったんですよ。持ち上げられて調子に乗った気持ちと、「あれ?」っていう気持ちと、両方ありましたね。 ――「カルト」の称号って、表に出さないための鎖みたいな意味もありますよね。 永野 バナナマンさんのラジオに呼んでいただいたときに、そういう話になったんですよ。昔は孤高の芸人とかカルト芸人とか言われて、でも本当の僕はテレビに出たかったって話をしたら、バナナマンさんが「すっごいわかる」って。自分たちも、もともとはテレビに出てやりたかったのに、いつのまにかストイックな単独をかけて、お笑いを追求するみたいな方向に行っちゃったんだけど、ある時「別にそうじゃなかったよね」って思い出したと。本当はテレビに出てわーってやりたかったのに、売れないもんだからひねくれちゃって、お笑いを求道する方向に行っちゃって、そこで評価されると抜け出せなくなる。 ――永野さんは、その紆余曲折に悲哀感がないのが素敵です。 永野 一番嫌いです、もう。悲哀とか最悪。テクノも通ってたんで、僕は。テクノに悲哀はないから。何度も言いますが、悲哀は最悪。芸人のいい話とか、あれが暗くさせるんですよ。お笑いを、日本を。そんなの独り言でいいのに、Twitterとかでわざわざ「あーもっと漫才うまくなりてえ」ってつぶやく芸人いるじゃないですか。知らねえよ、バカ! って。それにファンも「頑張ってください」とか「すごいストイックですね」とか、あぁ気持ち悪い。なんなのそれ? とか思っちゃって。もっと言うと最近、本当にそういう連中とは違う人種だなって。
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――違う人種というのは? 永野 もし本当にうまくなりたいって思ってるとしたら、じゃあもう僕、君たちと友達じゃねえわっ。その人たちが「お笑い」なら、僕そもそもお笑いじゃないんじゃないかっていう境地に。単に腰振ってる、変な男でいいかなって。最近出てないですけど、荒木師匠っていたじゃないですか。僕は荒木師匠になりたいんです ――あぁ、荒木師匠! ジュリ扇お立ち台の! 永野 荒木師匠には、悲哀が一切ありません。ただそこにお立ち台があるから、踊る。「♪チャッチャッチャチャッチャ~フゥ!」って、聞くだけでブチアガる名曲とともに。やっぱり自分はあれをやるべきだと思って。 ――昨今の賞レースなどで、裏側を見せる演出も、無粋っちゃ無粋ですよね。 永野 そうなんですよ。いつのまにか、そんな流れになってしまった。最近J-POPも芸能人も、「君のそばにいるよ」ってものばっかりなんですよ。だからこそ、このDVDのテーマは「君のそばにいないよ」。荒木師匠はいなかったですもん。だけど、好きでしたもん。隣にいたら気持ち悪いですよ、荒木師匠が。プリンスもそうですよね。プリンスがそばいたら、嫌じゃないですか。プリンスはやっぱ、豪邸に住んでてほしい。もういいよ、身近とか親近感とか。  アングラで追求した“尖った芸を”って、それもいいんですけど、その尖った芸は人を不快にさせることも多い。深い意味で、荒木師匠は狂ってるじゃないですか。別に毒々しいことも言ってないけど、あんな死んだ目でひたすら踊るって狂ってるし、見ててブチアガる。お笑いは変な方向に行ったら意外とつまんないなっていうのは、勉強になりましたね。元気にはなんないなって。否定もしないですけど。   ――お笑いに関してやる方も見る方も、「真面目」すぎるのはわかる気がします。 永野 あと「あの人いい人だから応援しよ」とか、もういいですよ。うっとうしい。いい人だからなんなんだよ!? って。なんなんだよ、空気読めって。ホントよくないですよ。荒木師匠なんて、全然空気読んでないですから! そもそも空気読んでたら、すぐお立ち台から降りるわけですから。でも、偉大な人って、みんなそうって聞きますよ。ブルース・リーも。 ――空気を読むな、感じろ! と(笑)。 永野 この2人好きなんすよ。荒木師匠とブルース・リー。ブルース・リーも、全然空気読まなかったらしいですよ。ジャッキー・チェンも好きなんですけど、ジャッキー・チェンは読むんですよ。ブルース・リーは、イケイケのまま死にましたからね。調子こいたまま死にましたよね。 ――今は調子こいたら、今すぐ叩かれますし。 永野 すぐ叩かれるんですよ。一時期、総合格闘技がはやったじゃないですか。プロレスより、リアルなほうがいいって。でも、みんな飽きていった。やっぱり、本当とかリアルって、ある一定を超えたらつまらないと思うんですよね。ブルース・リーも、ヌンチャクの実用性考えたら、一発敵に「バシン」でいい。それをいちいち振り回し、しかも上半身脱ぐ。そういう無駄こそ、最高なんです。荒木師匠も、婚期に踊り狂ってたんですよ、あの人は。すごい覚悟ですよ。サイゾー読んでるアングラファンにも、目を覚ましてほしい。変な骨董品眺めて喜んでる場合じゃない。 ――と、変な骨董品だった永野さんが(笑)。 永野 とにかく11月28日、来たら目ぇ覚まさせますよ!! (取材・文=西澤千央) ●永野オリジナルDVD(発売未定)予約受付特設サイト <http://ps.ponycanyon.co.jp/nagano/> ●永野緊急単独ライブ特別編~会場で発売未定DVDを予約してくれる人限定ライブ~ 「すでに予約してるって人はどうすればいいかって?もう一枚予約するしかないっしょ~!!」 日時:11月28日(土)12:30開場 13:00開演 / 18:00開場 18:30開演 会場:ポニーキャニオン本社1Fイベントスペース <http://hp.ponycanyon.co.jp/event/content/1388/>