“元アウトローのカリスマ”瓜田純士が考える首都直下型地震サバイブ術とは

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 生き残るために何をするべきか?――“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)が、いつ来てもおかしくないと言われる首都直下型地震、失明の危機にさらされている後輩の格闘家、そして自らが最近始めた動画配信活動をテーマに、独自のサバイバル術を説く!
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――先月お会いしたときより、見た目がシャープになりましたね。 瓜田 夫婦で運動と食事制限を始めた甲斐があって(記事参照)、1カ月ちょいで体重は7キロ、ウエストは12センチ落ちました。ジーパンのお腹がご覧の通りユルユルです。 ――おおっ、歩くとズボンがズリ落ちそうですね。 瓜田 ただ痩せただけじゃないですよ。胸板を見てください。「女か!」ってぐらい胸が出ているでしょう。胸囲100センチ。昔のペラペラに痩せていた瓜田純士とはワケが違います。 ――腕立て伏せの効果でしょうか? 瓜田 ダンベルの効果ですね。10キロのダンベルを数10回、1日5~6セット持ち上げていますから。 ――上半身の筋トレに夢中になると下半身はおろそかになりがちですが、その点、大丈夫でしょうか? 瓜田 バカにしないでください。僕の生脚、見たことありますか? ジーパンの上からだと細く見えますが、脱ぐとめちゃくちゃ筋肉質ですよ。夏までに全身をペ・ヨンジュンレベルに仕上げますので、その頃に僕のフルヌードをお見せしましょう。 ――なぜそこまで熱心に体づくりを? 瓜田 ナルシシズムを満たすためであると同時に、いつ来るかわからない首都直下型地震に備えた体づくりでもあるんですよ。脂肪まみれの体でガレキの下敷きになったらすぐにくたばるでしょうけど、筋肉量が多ければ生き延びられる。今のうちからカロリー制限に慣れておけば、非常時の空腹にも耐えられるんじゃないかと。東日本大震災から5年という節目に、瓜田家の防災意識が高まっているのは事実です。
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――あの大震災について今、何か語りたいことはありますか? 瓜田 東北に向けてとか、原発についてとか、軽々しく語るのは好きじゃない。僕みたいな被害に遭っていない人間が何かを語るのは、被災者の方々に対して失礼ですよ。でもあの災害から何かを学ばなくちゃならないとは思っています。わが身に降りかかったときに、どう生き延びるか。そのことについての瓜田流のマニュアルは日々考えています。 ――具体的には? 瓜田 24時間ずっとではないですけど、日常のさまざまな場面で大地震が来ることをイメージし、最低限、自分一人が助かるための避難場所と避難経路を考える癖をつけるようにしています。たとえば建物に入ったときには非常口の場所を必ず確認し、出入り口が一つしかないようなお店は極力避ける。と言うと、自分一人が助かることしか考えていないようですけど、みんながそういう意識を持てば、結果として助かる人間が増えるんじゃないかと思うんですよね。 ――「津波てんでんこ」「命てんでんこ」という防災の教訓もありますしね。「津波が来たら、取るものも取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」「自分の命は自分で守れ」というのが鉄則とされています。 瓜田 とはいえ、たとえば家で寝ているときに地震に見舞われたら、横にいる嫁をほったらかしにして逃げるわけにもいきません。そんなとき、意見が対立して共倒れにならないよう、今のうちから嫁との意思統一をしっかりはかっておかないとならないですね。場合によっちゃ、倒れた家具をどかさなくちゃならないし、嫁を抱きかかえてでも逃げなくちゃならない。そのためにも筋トレは欠かせないんですよ。不良格闘技のアウトサイダーに出ていた頃は「ノートレーニングが僕の美学」と語っていましたが、前言撤回します。アウトサイダー出身の黒石高大や渋谷莉孔のことを、今では尊敬していますよ。努力して鍛えて強くなったあいつらは、本当にすごいです。 ――その渋谷選手が今、失明の危機にさらされていることをご存知ですか? 瓜田 えっ……!? 初耳です。何があったんですか? ――前の試合でサミング(目潰し)を受けた影響などで目の調子が悪くなり、病院に行ったところ、失明の危険性があると診断され、緊急手術。本人がその経過をTwitterで報告しつつ、「ファイター復帰はできそうにないな」とツイートしたところ、Yahoo!ニュースで大々的に「失明を告白…引退へ」と報じられたんですよ。 瓜田 (神妙な面持ちになり)大変だな、体を張って商売している奴らは……。治る見込みはないんですか?
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――手術は成功したものの、まだ片目は見えない状態。半年後にシリコンを摘出したら、見えるようになる可能性も残されているそうですが、もう片方の目も手術が必要らしいです。本人は目が治ったら格闘家として復帰することを望んでいますが、どうなることやら。 瓜田 目のケガが周知の事実になってしまった以上、運良く半年後に見えるようになって、本人が復帰を望んだとしても、興行側がやらせてくれないかもしれない。仮に試合が実現しても、対戦相手は当然、弱点の目を狙ってくるでしょうから危険ですね。 ――でも世界タイトルマッチに挑戦する権利をほぼ手にしていたため、「ここでやめたくない」という渋谷選手の気持ちもわかります。 瓜田 本人がどこまで結果を残したいか、ですよね。どうしても世界チャンピオンになりたいなら、早くタイトルマッチに勝って、そのまま勝ち逃げして、とっとと教える側に回ったほうがいい。彼ほどのセンスとカリスマ性があれば、指導者としても格闘界で生き残っていけるはずです。現役を長く続けて目のダメージがさらに蓄積されたら、その先の人生が大変ですよ。 ――アウトサイダーを追放されたあと、世界の舞台へ駆け上がったかと思ったら、今回の事態。渋谷選手の人生は本当に波乱万丈ですね。 瓜田 でも、誰に強制されたわけでもなく、自分で選んだ道ですからね。「リングの上で死ねたら本望」という考え方もあるでしょうから、応援する側としては無事を祈りつつ見守るほかないのかも。莉孔は今、落ち込んでいますか? ――Twitterを見る限り、飄々としています。黒い眼帯をハメた笑顔の写真をアップしたり、Yahoo!ニュースをネタにしたり、「半年間は独眼竜キャラでいく」とうそぶいたり。 瓜田 この状況下でも弱音を吐かないのは、さすがですね。そんな莉孔を、こう励ましたいです。「あしたのジョーって漫画があるけど、何気に一番のダークホースで、一番女にモテるキャラは、丹下段平なんだぜ」と。莉孔は頭もいいし、ルックスもいいし、何かを持っている男ですから、転んでもタダでは起きないでしょう。きっと今頃、世間を驚かせるための新たな仕掛けを考えているはずですよ。 ――新たな仕掛けといえば、瓜田さんも最近、動画の生配信を始めましたね。 瓜田 数日前から「瓜田大礼拝」というタイトルで、SHOWROOMを使って動画の生配信を始めました。教祖である僕が、信者であるウリラー(瓜田ファン)のためにあれこれ語るんですが、撮影と相槌は嫁の担当ですから、まぁ、夫婦の会話を一般公開しているようなもんです。と同時に、ウリラーから寄せられた質問にライブで答えたりもしています。 ――なぜ動画配信を急に始めたのでしょう? 瓜田 ズバリ、カネのため。生きるためですよ。SHOWROOMは視聴するのも配信するのも無料ですが、視聴者が配信者に対して“投げ銭”をできるのが大きな特徴。有料で購入できる特別ギフトもあって、それが配信者に分配金として還元されるらしいんですよ。つまり僕の提供する番組が面白ければ、いくらか生活費を稼げるわけです。僕も食べていかなくちゃならないし、嫁のことも養っていかなくちゃならない。作家業だけで食べていくのは大変だし、この顔でコンビニのバイトをするわけにもいかないから、家にいながらにしてできるこういうシノギはありがたい。みっともないと思われようが、食うためにやってみることにしましたよ。
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――ニコ生やツイキャスではなく、なぜSHOWROOMなのでしょう? 瓜田 ネットに詳しい友人に「何かいいシノギはないか?」と相談したら、「SHOWROOMがいい」とすすめられたんですよ。2013年に始まったばかりの配信事業で、まだそこまで世間に浸透していない点も気に入りました。 ――視聴者は1回の配信につき、どれくらい集まりますか? 瓜田 予告なしで始めたにも関わらず、初回から300人程度集まって、以後も増加傾向にあります。SHOWROOMを始めたおかげで、面白い再会もありましたよ。「小学生のときにBB弾で瓜田を捕獲しようとしたら、逆にメリケンサックで殴られた」という新宿の違う小学校に通っていた一つ上の男性と繋がって、僕もその事件を覚えていたから、昔話に花が咲きました。その人は僕にやられてから真面目になり、現在はピアノの講師をやっているそうです(笑)。 ――視聴者の反響はいかがでしょう? 瓜田 多くのウリラーから、「昔に比べて落ち着いたからビックリ」「顔も声も優しくなった」といったコメントが寄せられています。親切な視聴者が多いため、配信はいたってアットホームな雰囲気ですね。 ――配信の頻度は? 瓜田 いつまで続くかわかりませんが、なるべく毎日1回は配信しようと思っています。古くからのウリラーはもちろんのこと、最近になって瓜田純士に興味を持った方にも、気軽に遊びに来てほしいですね。配信日時についてはTwitterでも随時告知しますので、そちらもチェックしてみてください。 SHOWROOM『瓜田大礼拝』 https://www.showroom-live.com/04e76651569 瓜田純士&麗子のTwitter  https://twitter.com/Junshiurita (取材・文=岡林敬太) ※日刊サイゾーでは2016年より、ほぼ月イチペースで瓜田純士の最新情報をお届けしています。

“すごくダークネス”なAV女優・紗倉まなに聞いてみた「この小説、ホントに自分で書いたんですか?」

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 かわいくて、エロくて、おっぱいも柔らかそうで、天真爛漫で、要するにみんな大好きなAV女優・紗倉まなが小説を書いた。  昨年1月に刊行されたエッセイ『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)や数々の連載コラムでも、その文才を存分に発揮していた紗倉まな。だが、処女小説『最低。』(KADOKAWA)は、これまでのポジティブなパブリックイメージを根底から覆すだけでなく、どこを切っても「純文学」の風格が漂ってくるような、まぎれもない文芸作品に仕上がっていた。  だから、目の前でいつものようにニコニコと笑顔を振りまく紗倉まなに、ついこんな質問を投げかけてしまった。AV現場のリアルな描写も、エッセイで軽く触れられていた職業心理の掘り下げも、まちがいなく紗倉まなにしか書けないものだったのだが……。
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──これ、ホントに紗倉さんが書いたんですか? 紗倉まな(以下、紗倉) ……え? ──いや、いつものコラムやブログみたいに、楽しげな本だと思っていたので、すみません……。 紗倉 すごくダークネスな、私なんです。暗いんです。私、根暗なんです……。 ──文末に「(白目)」も出てこないですし。 紗倉 ずっと白目むきながら書いてました。もともと、本当はこういう暗い感じの本がすごい好きだったので、書くならそういうの……って。エッセイでは自分の視点で書いて、どうしてもポジティブな部分が出てきちゃったので、今回は暗いところに焦点を当てたいなって。 ──書き始めたときは、もう本が出ることが決定して、逃げられない状態だったんですか? 紗倉 逃げられなかったです。「2月に出版します!」と、〆切も決まっていて。でも、もうすごい「どうやって書こうかな?」って……。完成するってイメージできたのは、今年の1月に入ってからですね。 ──脱稿した瞬間は、どんな感じでした? 紗倉 もう「きゃっほー!」って感じです。 ──その感じって、今まで体験したことあります? 紗倉 あーもう、まったくなくって。達成感がすごかったです。なんか、この生活から抜け出せると思ってなかったんです。リズムがだいたい、朝早いときは7時とかから撮影が始まって、夜9時くらいに帰ってきて、それから朝の3~4時くらいまで書くっていうサイクルを毎日していたら、それが普通になっちゃって。逆に、その生活が終わることが怖くなっちゃったりも。だから、達成感と恐怖感が一気にきて、動揺しました。すごく。 ──実際に、製本されて手に取ってみたときは? 紗倉 私の第一声が、「あ、本だ!」って言っちゃってました。ホントだー! みたいな。こっち(前なんか想像できなくて……。「あれ、こんなに書いたっけ?」とか「あっ! 柔らかいものだな!」とか、そういう感じでした。 ──装丁は気に入りましたか? 紗倉 気に入りました!
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■親ってめんどくさい? AV女優と“親バレ”の話 ──第1章の「彩乃」は、親バレの話です。紗倉さんご自身は、自ら憧れを抱いて、親御さんに理解も得てAV業界に入っていますが、そういうケースはやっぱり特殊だと思っているんでしょうか。 紗倉 やっぱり、みんなとそういう話をすると「変わってるね」とか「ちょっと特殊だよね」と言われますね。あと、私は結構まわりの人に恵まれて、すごく甘やかされて育ってきたので、そういう部分も含めると、やっぱり違うのかなと思います。 ──「彩乃」は、親や家族とうまくいかずに上京して、なんとなくスカウトと出会って、なんとなくデビューしています。 紗倉 世間一般とか、私以外の女の子で考えてみると、夢として入ってきたわけではなく、流されるままとか、お金を理由にとかあると思うんです。あくまで、このAV女優っていう職業を選んだ私以外の女の子の話を書きたかったので、そういう理由で選んだ子だったらどう思うだろうな、どういう想いなのかなって考えながら書きました。 ──「彩乃」が親バレするシーンは壮絶ですが、書いているときはどんな心境でしたか? 紗倉 私の家庭は、親子ゲンカだったり夫婦ゲンカとかするときに物が飛んできたり、家の中がハリケーンっぽくなるんですけど、親バレしたら普通はこうなるんだろうなっていうのを重ねたりしていました。私、楽しいんですよ。ケンカしたり、嵐のような状況になったりするのって。 ──一方で「彩乃」は、親バレをきっかけに理解のない家族と訣別することで、一歩前に進むことができました。紗倉さんご自身は、親御さんに「理解されなかったほうが楽だった」と考えることはありますか? 紗倉 うーん……難しいですね。親とはいえ別の人格だから、心の中を100%完全に理解はできないと思うんですよね。「10年後、何するの?」とか「結婚するの?」「子どもつくるの?」っていう他愛のない会話も、たぶん理解ができないから「あの子、どうするんだろう」っていう不安があるんだと思うんです。そういうのをひしひしと感じたりすると……ひとりの人間として切り離して見てもらいたいし、結婚して子どもを産まなくたって、別に自由じゃないですか。でも、そうしたほうがいいのかもしれないし……。 ──親ってめんどくさい、って思ったりします? 紗倉 めっちゃ思います。親はホントに……もちろん長生きしてもらいたいし、感謝は常にしています。ドン引きされるかもしれないんですけど、たまにもし親がいなくて自分ひとりだったら、もっと自由になんのしがらみもなく、心の底から楽しめただろうなって思うこともあります。自分勝手な話なんですけどね(笑)。
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■プライドを捨ててまでは……AV女優と“お金”の話 ──第2章の「桃子」は、第1章にも登場したAV事務所の社長「石村」の視点を通して、女優のギャラの取り分や事務所経営のリアルな実態など、「AVとお金」の話が描かれます。「男性視点の話を入れる」っていうのは、もともとあったアイディアなのでしょうか? 紗倉 本当は社長の目線で書くつもりじゃなかったんですけど、男性ってどう思うのかな? って考えたときに、これは石村さんの目線で書いてみたいな、と。書いてみたら、男性視点のほうが書きやすかったです。自分より遠い人のほうが書きやすいみたいで、スピードは他の章よりも速かったと思います。 ──その「石村」は、すごく女優本位な人格者として登場しますが、実際に、こんなにいい社長さんっているのでしょうか? 紗倉 私、名前を決めるときに友だちとか事務所の人から借りたりしていて、「石村」さんは、うちの社長が村石さんなので、逆にしてつけたんです。社長は「石村」さんとまるっきり同じ人格ではないのですが、やっぱり優しいというか、女優さんを大切に思っているのが伝わるときがあるんです。この仕事自体、怖い仕事と思われている部分もあるし、そういうのを払拭したいというか、こういう人も本当にいるし、こうあってほしいと願っている部分もあって。だから、とんでもなく「いい社長」を描きたいなと思って。実際、私が言われてうれしかったことも、ちょこちょこ入っているんですよ。 ──その「石村」の心情として、「いつか日の当たる場所で、彼女たちが活躍する日も遠くない。根拠はないが、僕はどこかでそれを確信していた」という一節があります。紗倉さんにとって、「AV女優の日の当たる場所」というのは? 紗倉 難しいですね。たぶん人によって違うと思うんですけど、私としては「AV女優」を「セクシー女優」とわざわざ言い換えてまでテレビに出してもらえること自体は、昔に比べたらだいぶ私たちに日が当たってるなって思います。テレビに出られることって、ちゃんと扱ってもらえるっていう感があるなと。ただ、肩書きを換えられるのは、すごくイヤな部分ではあります。だから規制とかがどんどんなくなっていけば、もっともっとそういうのを実感していけますよね。あとは、たとえば街を歩いていて、声をかけてもらえるときも思いますね。暗い空間で見ていた人を、実際の“ナマモノ”として見かけたときに「あ、一緒だ!」と思ってもらえてるのかなって。そんなことを町中で思ったりしています(笑)。 ──「桃子」では、お金目的でAVに来た女の子が仕事でもらうお金の“意味”のようなところにまで切り込んでいます。 紗倉 自分のお金は自分の身体を使って稼ぐということに誇りを持っていないと「桃子」みたいな態度はできないかなと思っていて。男の人が「お金をあげる」っていうのは、ある意味、愛情でもあるし、見下しでもあるじゃないですか。だから、お金に執着はしているんだけど、プライドと引き換えにできるものじゃないっていうのは、この章で伝えたかったことです。なかには、お金さえもらえれば、っていう人もいますけど、私は女性にはこうあってほしいなって思ってます。 ──紗倉さんご自身も、それはもう稼いでいると思いますが、自分が稼いでいるお金と働いている感覚のバランスって、どうですか? もっともらってもいいと思うのか、もらいすぎなのか。 紗倉 いやいやいやいや……。でも、なんか、ちょうどいいかもしれないです。生活習慣が露骨に変わっちゃう人って、そういうことを感じやすいんだと思うんですけど、私は仕事を始める前の生活と変わっていないので、特にそれを感じることはないかもしれないですね。
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■人生のピークを過ぎたら……AV女優と“変身願望”の話 ──第3章の「美穂」では、セックスレスになった34歳の人妻が、ハプニングバーに出入りするようになり、やがて自らAV出演に応募します。「美穂」は「新婚旅行がピークだった」と言っていますが、紗倉さんの人生のピークは来ましたか? これからですか? 紗倉 これからであってほしいですね……。まだモテ期もないし。なんか私、ヤリマンになってみたいんです(笑)。てへへ。 ──ヤリマンに。 紗倉 私にとって、結構それが大事で。すごく仕事は楽しいし、イヤなこともないし、その上で自分が何をもって人生のピークだと思うかって、たぶん性生活なんですよね。ヤリマンになることって、すごい大切だなって思って(笑)。気持ちいいことって全然してないなぁ。ちょっくら六本木とかで、ひっかけてみたいなって思ったりしてます(笑)。 ──それは今日、これから行けばいいのでは……? 紗倉 でも怖いんです、人が……。人が怖いんですけど……したいんです。 ──その怖いというのを克服しないと、ヤリマンにはなれないですね。 紗倉 ですね……(白目)。 ──じゃあその、人生のピークというのは、いずれ来る「ヤリマン期」ということで? 紗倉 28歳までには、いきたいなって思っています!! ──「美穂」はピークを過ぎて人生の下り坂を自覚したころにハプバーやAVと出会って、そこにはけ口を見出していくわけですよね。で、紗倉さんは22歳の今、「ピークを過ぎた後の自分」を想像することってありますか? という質問をしたかったんですが、えーと、28歳でヤリマンになった紗倉さんは、30歳を過ぎるとヤリマンじゃなくなるんでしょうか? 紗倉 あー、難しい~! でも、30過ぎてもヤリマンでいたいなぁ! ──女性の性欲は35歳くらいでピークがくると聞いたことがあります。 紗倉 こないだゲッターズ飯田さんに占ってもらったら、「あなたは32歳で結婚します」って言われたんです。あと、「性欲のピークは82歳」って。 ──股関節折れますね。 紗倉 「歯がなくなってもしたい時期が来ます」って。そう考えると28歳がピークって早いのかな。もう少しずらして……。 ──いずれにしても、ヤリマンになるんですね。 紗倉 なりたいです。I want to be ヤリマンです。 ──はい、わかりました。「美穂」は実際にAVの撮影に入って、年下の男優を誘惑しながら「いつもの自分と今の自分とどちらが、より橋口美穂なのだろう」という自問をしています。今の紗倉さんは、デビューした当時よりずっといろいろな仕事をしていますが、「より紗倉まならしい」仕事って、どんな現場ですか? 紗倉 いちばん「紗倉まな」という名前に添った仕事をしているなって思うのは……今所属しているメーカーさんが、もう5年目に入るんですけど、名前をつけてもらって、デビューしたときから育ててもらって、そこに行くと、やけに“紗倉まなぶりっこ”をするんですよ。なんかその……「紗倉まなでいます!」みたいな、アピールしちゃうんですよね。アイドルが舞台に上がってアイドルらしく振る舞うのと同じように。会社に対してっていう、すごく狭い範囲の話なんですけど。 ──より、“紗倉まな感”を強める。 紗倉 そうです。 ──この章は、いわゆる日常からの脱却、“並の女”からの脱却を描いていますが、紗倉さんが「紗倉まな」から脱却したくなることってありますか? 紗倉 ありますあります。今、すごく静かなところに住んでいるんですが、自分が普通に大学を卒業していたら、どういう生活をしてたんだろうって思うことがあるんです。下北沢とかにボロボロのアパートを借りて、家具を詰め込んで、めっちゃ窮屈な暮らしをしたりとか……そういう、同い年くらいの子がするような、普通の感じに憧れます。私が一緒にいる女性マネジャーが、すごく「心の断捨離」をしてくるんです。「その気持ちって、今はこうだけど、どんどん必要なくなってくるよ」とか。 ──えー、怖い! 紗倉 すごくいいこともたくさん言ってくださるんですけど、「こういうのは、買っても結局使わなくなるよ」とか。人生で得たことを早い段階で教えてもらったというか、大人の情報がいろいろ入ってきて、結果、すごく簡易的な家だったり生活だったりしていて。 ──大学生って、無駄なものや無駄な時間に価値がある時期ですよね。 紗倉 なんか、そういう無駄こそが貴重ですよね。それに価値があるなって思うんです。心の豊かさというか。本を書いてて思ったんですけど、そういう経験がないので、想像するしかできなくって。そういうのをしてみたいなって思いました。
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■大人になればわかる? AV女優と“子バレ”の話 ──第4章は、「あやこ」という少女が主人公で、その母親の「孝子」が元AV女優という話です。この本に出てくるAV女優の中で、「孝子」だけがしっかりと実の親に愛されて育った設定ですね。そういう意味では、紗倉さんのプロフィールにもっとも近い。 紗倉 実は、この章がいちばん最初に書けたんです。私の祖母と母と私という3人の関係がすごくおもしろいんです。祖母は女として生きて、母は母として生きて、それで私がいて。これを入れ替えたら、どうなるんだろうと思って。 ──ご自身を母親のところに置いてみた。 紗倉 そうです。私を母親に置いてみて、母親を祖母のところに置いてみて、入れ替えてみたら「あ! こんな話ができた!」みたいな。 ──「あやこ」は、多感な時期に母親の過去を知ることになります。いわゆる“子バレ”って“親バレ”よりずっと深刻な問題だと思うんですけど、想像したりしますか? 紗倉 します~。もうホント、その子次第ですよね。でも絶対、思うところは一緒だろうし。あと、年齢もあると思っていて。ちっちゃいときからずっと知っていたら「え、それ普通だけど」って思うかもしれないけど、年齢を重ねて、なんでもわかるようになっていたら、超絶ショックだと思うんですよね。その差は難しいなって。 ──そういう意味では、物語ですから「あやこ」が知る時期は最初からでもいいし、20歳でもいいわけですよね。これを14歳に設定したところに、書き手の残酷な意思を感じますが……。 紗倉 やっぱり、気持ちを言語化できる時期にバレたらどうなるんだろう、っていう興味があって。「孝子」を母親失格な言動を繰り返している人として書きたくて、だから心のどこかで「あやこ」はわかっていたと思うんですよね。この人は親だけど、大切な肉親だけど、ダメなやつだって見下している感覚があった。それが「あ、もともとそういう仕事をしてたのね」って確信につながるっていうのは、パズルのような、小さいときに抱えていたモヤモヤが「あ、なるほどね!」って納得できる年代がきたというか、そういう話を書きたくて、この年代になりました。 ──「あやこ」は、周囲の大人たちの「大人になればわかる」という態度に激しく反発しています。紗倉さんは今、22歳で、社会にも出ていて、「大人になればわかる」と言う側なのか、言われる側なのか、どちらとして書いているんでしょう。 紗倉 あー。言う側になってきてると思いますね。まだ未熟なんですけど、割り切れるようになってきた時点で。「こういうもんだよね」って言葉を多用するし、「ああ、そうよね、そうよね」って知ったかぶりしちゃってるんです。「大人になればわかる」って、そういう一個一個の気持ちと向き合うのがめんどくさいんだと思うんですよね。「こういうもんだよね」「大人になったらこうなるよね」って言っちゃう時点で、そっち側に入ってきてる。考えるのがめんどくさいっていう。酒飲んじゃえばいいやって。ダメダメですね……。
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■拡張していく「紗倉まな」の行く末 ──いろいろな感想が届いていると思いますが、書き手の意図としてしっくりくる部分と離れている部分、どちらが多いですか? 紗倉 だいたい、しっくりこないことが多いです。本当にびっくりしちゃって。だって不思議じゃないですか。自分が書いたものなのに、その感想が自分の全然考えてないことって……人って、ホント感性がさまざまなんだなって思って。読むときの自分のコンディションで、感想って変わるじゃないですか。だから、感想って刹那なものだなって感じたりしますね。 ──言葉として、一言でいうとどんな感想がいちばんうれしいですか? 紗倉 「びっくりした」とかがうれしいです。「おもしろかった」って言われると、うれしいんですけど、「いい人だね」って言われるのと同じくらいモヤッとした感じがあって。「びっくりした」だと、「え? どうびっくりしたの? 何がびっくりしたの?」って聞きたくなっちゃう。読む前のイメージと違うっていうのが、私のカラクリ仕掛けが上手くいった感じで。 ──では、ある程度、今までの紗倉まながふりまいてきたイメージを、ひっくり返して驚かせてやろうという意図でもって作ったものなんですね。 紗倉 そうですね~。「暗いんです、どうぞ!」みたいな。「なぁ~んちゃって!」って。 ──壮大なフリがあったわけですね。デビューから4年間の。 紗倉 マジか! みたいな。 ──そういう意味では、さっき「より紗倉まななのは」という話がありましたが、この本は紗倉まなだけでは書けないわけじゃないですか。本名の自分というのが、おそらく作用していると思うんです。休みの日に半身浴をしながら桜庭一樹を読んでいるのは「紗倉まな」ではないけれど、この本を書いたのはその人で。自分の中で、今まで仕事にしていなかった部分を仕事にしてしまうことで、「じゃあ何が残ってるの?」って不安にならないですか? 紗倉 そういうことは、すごく考えるんですけど、逆にこうやって、出して出して、全部出しきっちゃいたいという気持ちもあって。 ──もう24時間、100%「紗倉まな」になってしまいたい。 紗倉 もう振り切って、本当は(本名)っていうんですけど、(本名)100%になったときに「紗倉まな」終わるな、とか。 ──紗倉まなと(本名)が完全にドン! となったら、そこでもう終わるんですね。 紗倉 終わりますね。 ──そしたらヤリマンになれるかもしれませんね。 紗倉 そうですね。(本名)100%になったら、ヤリマンになりたいです。「(本名)、いきまーす!」みたいな。 ──じゃあ今は、(本名)に紗倉まなをいっぱい入れ込んでいる途中。 紗倉 そうですね。ベースが(本名)なんで、ちょっと暗くなっちゃいますけど。 ──ちょっと暗いというか、これを読んだ人が今後、紗倉まなでヌケるのか、という問題もありますよね。メーカー的には営業妨害なのかも。 紗倉 いやーでも、その営業妨害はちょっとうれしいですね(笑)。 ──逆にそういう需要もあって、ヌケるかもしれないですけどね。「普段明るいのに、こんな闇を抱えてるのかー! 興奮する!」みたいな。 紗倉 あー、人間ってすごいなー。すごい! (取材・文=編集部/撮影=長谷英史) ●さくら・まな 1993年3月23日、千葉県生まれ。工業高等専門学校在学中の2012年にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。2015年にはスカパー! アダルト放送大賞で史上初の三冠を達成する。テレビ出演や雑誌の表紙グラビアなどでも活躍し、『週刊プレイボーイ』(集英社)、『messy』(サイゾー)でコラムを連載中。著書に『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)がある。 金属系女子・紗倉まなの「愛ってなんですか?」(messy) http://mess-y.com/archives/category/column/sakuramana

『カルト村で生まれました。』高田かやに聞く、村の生活、そして“家族”のこと――

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高田かや氏
 朝は5時半起床で労働、食事は昼と夜のみ、体罰は当たり前、テレビは『日本昔ばなし』(TBS系)だけ、そして親とは別の場所で集団生活……。所有のない、争いのない“理想郷”を目指す「カルト村」で生まれ育った少女が、当時の生活をありのままに描いた『カルト村で生まれました。』(文藝春秋)。WEB連載時から話題を呼んでいたこの実録コミックエッセイの作者である高田かや氏に、作品を描き上げた現在の心境と「家族」に対する思いを伺った。 ――まずは、この本『カルト村で生まれました。』を描くことになった経緯を教えてください。 高田かや(以下、高田) 現在、夫であるふさおさんのお母さんと同居しているのですが、私がお義母さんに子どもの頃の話をすると、すごく熱心に聞いてくれて。自分にとっては当たり前の思い出も、一般(※村以外の地域のこと)の人には面白いのかなぁと思ったことが、この本を描くきっかけでした。 ――もともと漫画は描いていたのですか? 高田 本当に、ちょこちょこっとしたイラストだったり、いたずら描きとか、そんな程度でした。まさか、初めてWEBに投稿した作品が本になるなんて……と、自分でもびっくりしています。 ――本にまとめるにあたって、最も苦労した点はどんなところでしたか? 高田 そうですね。漫画を描くという行為が初めてだったため、自分がどの作業にどれだけ時間がかかるかまったくわからず、思いっきりタイトなスケジュール設定にしてしまいました(笑)。それゆえ、ひたすら時間に追われることになってしまって……。 ――本を描く前と描いた後で、ご自身の中に変化はありましたか?  高田 描く前はぼんやりとしか見えていなかったことが、描いていくうちに「あれ、これっておかしくない?」と、はっきり見えてきたというのはあると思います。以前に比べて、村のことを、やや客観的に見られるようになったのかもしれません。 ――最初にWEBで高田さんのこの作品を拝見したとき、非常に衝撃を受けたんですよ。 高田 本当ですか!? どんなところが? ――それまで私が目にした村に関して書かれているものは、たいてい「被害者」という視点ばかりで、『カルト村で生まれました。』のように、淡々とその生活をつづったものを読んだことがありませんでした。 高田 なるほど。私も、もし村にいるときに、リアルタイムでそのときの気持ちを描いていたら、また違った作品になったんじゃないかなと思います。月日がたつうちにいろんなことが自分の中で落ち着いてしまい、その上で現在、頭にあるものだけを描いたら、こうなりました。 ――作風も、この表現が正しいかはわかりませんが、“あっけらかん”としているから、余計にひとつひとつのエピソードが胸に落ちてきます。 高田 作風については特に意図はなく……最初からこの描き方でした。これが私の表現方法の限界で、これ以外、描きようがないというだけです(笑)。 ■“問題児”として過ごした、「村」の生活―― ――本の中で、高田さんはご自身を「村の問題児」と表現されています。高田さんのどんなところが、村的に問題児だったのでしょうか? 高田 私、大人の「子どもはこうあるべきだ」「こうするのが当然だ」という雰囲気を感じると、反発したくなるんです。それで、わざとその大人の思惑とはまったく逆の行動をしてしまうので、そういう態度が問題視されたのではないかと思います。 ――では、村で「良い子」とされるのは、どんな子どもでしたか? 高田 大人に言われたことを素直にそのままできる子、どうしたらみんなが暮らしやすいだろうと自発的に考えて行動できる子が、「良い子」とされていた気がします。 ――高田さんのように「村で生まれた」子どもと、途中から「村に来た」子どもでは、村の捉え方に違いはありましたか? 高田 違いはあったと思います。途中から村に来た子は、一般の生活を知っているので、村と一般の違いを比較できますよね。だから、村で生まれた子より冷静に、村や親を分析していたと思います。 ――外からやってきた子に、影響されたりはしませんでしたか? 高田 外の子からの影響というより、外の子が持ち込んだ物に影響されました。人それぞれ趣味が違い、持ち込む物も違うので面白かったです。アガサ・クリスティを持ち込んでいる子に全巻借りて読んで、翻訳ミステリもいいなぁと思ったり、TOKIOのファンの子が大事にしていたスクラップブックを貸してくれたので、妙にメンバーについて詳しくなったり(笑)。自分は活字を通して影響されることが多かったです。 ――村時代、「反抗期」みたいなものはあったのでしょうか? 高田 親と一緒に暮らせなかったので、村にいたときは、反抗期らしいものはなかったと思います。高等部を卒業したときに、親と一緒に村を出ることになったんですけど、一般で暮らすのも初めてなら、親と生活するのも初めて。そのあたりで、ようやく反抗期がやってきました。毎日、家で母に口うるさく注意をされているうちに、嫌になってしまって。ほとんど口もきかず、食事も別に作って食べるようになりました。 ――それは、親だからこそ、安心してぶつけられる「本音」みたいなものでしょうか? 高田 逆に、親だとあまり認識していないからそうなってしまったと思っています。世話係さん(村では親と子が離されて暮らしているので、子供の世話や説教を担当する大人)に反発したのと同じような感覚でした。ひとつの家に大人の女性が2人いる状況に違和感があって、我慢できなかったんです。 ――高等部卒業時に「大方の予想を裏切り一般に出る」と描かれていましたが、村を出ようと決意したのはどうして? 高田 村を出る理由やそのときの葛藤は、決意する前後の話の流れもあるので、続編で詳しく描こうと思っています。続編が完成したら、また読んでいただけるとうれしいです。 ■一人暮らし、そして、結婚 ――楽しみにしています! しかし、高校卒業までの18年間をずっと村で暮らしていて、いざ「一般」に出てきたとき、戸惑いはありませんでしたか? 高田 パートの初任給で13万円ももらえたときは、本当にびっくりしました! 今までそんな大きな金額を手にしたことはなく、この金額に見合うほど自分が働いたとは思えず(笑)。うれしかったのは、一人暮らしができたことでしょうか。村にいたときは、常に大勢の人と暮らしていたので、一度でいいから一人暮らしというものをしてみたいなと思っていたんです。 ――一人暮らしは楽しめました? 高田 すごく気楽(笑)。自分が、一人でいることが好きなタイプだと知りました。逆に苦しかったことは……村のミーティングで思ったことをなんでも話す癖がついていたため、何げなく発した言葉で人を傷つけたり怒らせたりしてしまう事態が続いたことです。「どうしたら、この癖が直るんだろう?」と悩んだ時期もありました。 ――村での生活では「所有する」「自己主張する」ことが激しく制限されていたと思います。今でも、自分の考えを出すことにためらいはありますか? 高田 自己主張を制限されたような気はしていないのですが……鈍いんですかね?(笑) だから、よく叱られてたのかな……。今は思ったことをそのまま口に出すのではなく、常に言っていいことと悪いこととの区別をつけながら話すように心がけています。 ――ふさおさんとの結婚を決意した一番の理由は、どんなところでしたか? 高田 本書で描いた子ども時代は、「親子で一緒に暮らせないなんて、私は絶対に子どもは産まない」と思っていました。でも村を出て大人になって、その当時は子どもが欲しかったので、順番としてまず結婚かなと思いました。 ――「子どもを持ちたい」と気持ちが動いたのには、何か理由があるのですか? 高田 不思議ですよねー、ずっと産まないって決めていたのに。母が自分を産んだ年齢に近づき、急に産みたくなりました。 ――作品にも「ふさおさん」はたびたび登場しては、“ツッコミ役”として作品に絶妙なバランスを与えてくれていますよね。 高田 実際のふさおさんは、確固たる自分を持っている人で、他人に対してかなり辛辣で、威圧的です。ただ、私の考え方や習性をかなり理解してくれていて、私の話したいことをほかの人にもわかるような言葉に直して説明してくれるんですよ。ですので、漫画上でも、私と読者の方をつなぐ通訳をしてもらったり、私が言い難いことを代わりに話してもらったりしています。 ――今現在、ご家族(実のご両親や妹さん)とは、どんな関係を築いていますか? 高田 たまにふさおさんと一緒に実家に行って、食事をして話をして、泊まって次の日みんなで出かけて……と、たぶん一般の方々と同じような付き合いをしていますよ。妹も村を出て、一般の人のところにお嫁に行ったので、今はそんなにしょっちゅう会ってはいませんが、彼女も幸せに暮らしています。 ■一緒にいたくてもかなわない存在、それが“家族”だった ――幼少期にご両親と一緒に過ごさなかったことは、今の自分にどのような影響を与えていると思いますか? 高田 村にいたとき、家族は「たまに会える、血のつながった人たち」「同じ名字の人たち」という関係でした。だからなのか、私、人との距離感がうまくつかめないんです。仲良くなっても別れるときのことを想像してしまうので、ショックが大きくないように、人とあまり深く付き合わないようにしよう……と、つい思ってしまいます。 ――今に限らず、昔から親による虐待やネグレクトの事件は後を絶ちませんが、高田さんはこのような虐待やネグレクトについて、どのような考えをお持ちでしょうか? 高田 特定の考え方などは持っていないのですが……ただ子どもが外に立たされて凍死したニュースなどを聞くと、その子の気持ちを想像して泣きたくなります。 ――作品の中で「今でも受けた体罰や暴言は忘れないし、たびたび考え込んでしまう」とありますが、それを思い出すのはどんなときですか? そのときに抱く感情は怒りですか? それとも恐怖? 高田 思い出すのはたいてい、夜寝つけないときや暇なとき、夢に世話係さんが出てきたときなどです。怒りも恐怖も今は感じませんが、「いまだに思い出す、夢に見るってことは、自分がまだその当時の出来事にとらわれて縛られてるってことなのかなぁ。いっそ、記憶喪失になって昔のことを忘れてしまえたら、この考え込むめんどくさい性格も変わるかなぁ」と、らちの明かないことを考えています。 ――「村に戻りたいな」と考えるときはありますか?  高田 戻りたいと思ったことは、一度もありません。 ――村に限らず、“カルト”と称される集団については、どんな印象を持っていますか? 高田 何か怖いイメージ。そういった集団と一生関係を持たずに過ごせるなら、それに越したことはないと思います。 ――もし自分が村で育たなかったら……と想像することはありますか?  高田 その想像はしたことがありませんが、もし一般で今の両親の元に生まれたとしたら、きっともう少し勉強ができたんじゃないかなと思います。そして、ふさおさんと一緒になることもなかっただろうと思います。 ――生まれたときから村で育った高田さんにとって、「家族」とはどんな存在でしょうか? 高田 一緒にいたくてもかなわない存在……かな。 (取材・文=西澤千央)

“風俗の墓場”は勝手なイメージ!? デブ・ブス・ババア専門「デッドボール」に見る、激安風俗店の意外な可能性とは

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坂爪真吾氏
「レベルの低さ日本一」を掲げるデリヘル、デッドボールをご存じだろうか? 風俗で働く女性たちのルックスが上がっている時代に、「デブ・ブス・ババア」を在籍させた「危険球いっぱい」な同店は、その奇抜なコンセプトで風俗好きには有名な店舗だ。  そんなデッドボールをはじめ、激安風俗店、熟女専門店、母乳専門店など、異端すぎる風俗店の実態を取り上げたのが、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)。著者の坂爪真吾氏は、一般社団法人ホワイトハンズの代表として、現代の性問題の解決に取り組んできた人物であり、本書はただの「風俗ルポ」には終わらない。“風俗の墓場”といわれるような激安風俗店の背景に、坂爪は「風俗と福祉」という可能性を見いだし、風俗で働くための生活相談会「風テラス」を開催しているのだ。  いったいどうして、男性の欲求を満たす風俗産業と、福祉とがつながるのだろうか? そこには、坂爪氏の風俗産業への「愛情」ともいえるまなざしが見えてくる。 ――本書では、危険球専門店「デッドボール」を中心に、30分3,900円という「サンキューグループ」などの激安風俗店、熟女専門店「おかあさん」や母乳専門店の姿など、風俗の中でも異質なジャンルの店舗を取り上げ、その実態をつづっています。なぜ、このような店舗に焦点を当てようと考えたのでしょうか? 坂爪真吾(以下、坂爪) そもそもは、デッドボールとの出会いがきっかけでした。ホワイトハンズで発行している専門誌で、デッドボールの総監督(店長)が執筆した『なぜ「地雷専門店」は成功したのか?』(東邦出版)という本を批判したんです。すると、それを読んだ総監督から「一度現場をじっくりと観察してほしい」と、Twitterでリプライが送られてきた。そこで、実際にデッドボールに足を運び、総監督や働く女性たちから話を聞いていくうちに、さまざまな問題が見えてきたんです。 ――坂爪さんは、どのような点を批判されていたんでしょうか? 坂爪 もともと僕は「どうしたら性風俗で働く女性たちが幸せになれるのか?」というテーマで活動してきました。しかし、デッドボールのキャッチフレーズは「デブ・ブス・ババア」の危険球専門店。お店で働く女性たちを貶めているのではないかと感じていたんです。しかし、現場を見ると、専属のメイクさんがいて、女性たちは無料でメイクをしてもらえる。看板通り「デブ・ブス・ババア」を突き詰めるなら、メイクなどのケアは必要ないはずですよね。店が対外的に訴えていることと、実際に起こっていることには大きなギャップがあったんです。 ――本書にも、女性に「デッドボールが一番いいと思ってほしい」という総監督の言葉が引用されており、女性たちに対する意外なほどの思いやりを感じます。では、「デブ・ブス・ババア」と呼ばれる女性たちは、実際はどのような人々だったのでしょうか? 坂爪 ほかの風俗に比べると、激安風俗で働くのは、複合的な困難を抱えた女性が多いですね……。 ――というのは? 坂爪 生活保護を受けていたり、知的障害や精神障害などの疾患、虐待、DVといった体験のある人が多く働いているんです。けれども、彼女たちには、ほかに行き場がないため、自ら進んで激安風俗の門を叩いています。だから、風俗の世界から引き剥がしたとしても、すぐに戻ってしまうんです。 ――激安風俗は、男性が安く女性と遊べる場所というだけでなく、貧困、障害、暴力など、女性を取り巻く問題が詰まっている場所でもある、と。坂爪さんは、激安風俗を追う過程で、「デッドボール」や熟女専門店「おかあさん」などの激安風俗店待機所で生活相談会「風テラス」を行うようになりました。 坂爪 彼女たちが抱えた問題も、福祉という視点があれば、多少は解きほぐせるのではないか。そのため、ソーシャルワーカーや、弁護士、精神保健福祉士などとともに、相談会を開催したんです。実は、今まで、風俗に対して「ソーシャルワーク」という視点から取り組む人はほとんどいなかった。風俗にはどうしても「女性を搾取している」というイメージがつきまとっており、支援という発想が結びつきにくい世界だったんです。 ――実際、「風テラス」では、どのような相談が寄せられるのでしょうか? 坂爪 家族との問題や、お金の問題、精神疾患についての相談などが多いですね。そういう意味では、普通の生活相談とあまり変わりありません。これまで、3カ月にわたって月1回ペースで行っており、20人ほどの相談を受けました。激安風俗で働く女性の多くは、複数の問題を抱えています。ひとつひとつ解きほぐさなければならないため、まだ目に見える効果はありませんが、継続的な支援が必要だと感じていますね。 ――前例のないプロジェクトですが、「風テラス」の活動に対して批判はないのでしょうか? 坂爪 「風俗に入ってから支援しても手遅れではないか?」「風俗に入る前にすくい上げなきゃ意味がない」という意見がありました。でも、そこには、風俗に入ったら「終わり」であり、別世界に行ってしまったという偏見が働いていますよね。 ――風俗を特殊な目線で眺めないから、デリヘルの待機所を支援相談の場所として捉えることができるんですね。ただ、お店側としては、そういった支援によって、女性に辞められてしまうリスクもあるのではないでしょうか? 坂爪 「風テラス」によって辞める人の数よりも、「風テラス」があるから安心して入店してくる女性の数のほうが多いんです。だから、店側のデメリットにはなりません。ソーシャルワーク側としては、困っている人を把握し、支援を届けられるというメリットがあり、店側には女性を求人するための宣伝効果になる。特に、デリヘルの中には、闇社会と結びついたイメージを断ち切りたいと思っている経営者も多いので、ニーズはあります。 ――この活動によって、坂爪さんは何を目指しているのでしょうか? 坂爪 風俗とソーシャルワークを結びつけることで、デリヘルの待機所を貧困問題と戦う最前線の場所にしたいと考えています。それができれば、世の中に、風俗の社会的な意義を理解してもらえるし、風俗に対する差別や偏見も緩和できるのではないでしょうか。確かに、性風俗は女性を搾取する悪かもしれません。けれども、上から批判したり、非難したりしても、現状は変わらないんです。善悪の判断は一旦置いておいて、グレーのままに連携をすることが、彼女たちを支援する鍵だと思います。 ――ただ、本書に書かれているような激安風俗で働く女性の裏側は、風俗で遊ぶ男性側としてはあまり知りたくないものですが……。 坂爪 男性としても、自分が利用しているお店の女性が、どういう背景や事情を抱えているのか考えて利用してほしいですね。遊んで、すっきりしておしまいではなく、こういう背景の人がいるから利用できていることを知ってほしい。もちろん、そんな背景を知ると萎えるという人もいるかもしれませんが……そこは頑張ってください(笑)。男性側にも、性産業を「守る」とは言わないまでも、理解して支えるという姿勢があってもいいのではないかと思います。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●さかつめ・しんご 1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。在学中に、歌舞伎町の性風俗産業の研究を行う過程で、性風俗産業の問題を知る。卒業後、性に関するサービスを「関わった人全員が、もれなく幸せになる」ものにする=「性産業の社会化」をテーマに起業。2008年、「障害者の性」問題を解決するための非営利組織・ホワイトハンズを設立。 <http://www.whitehands.jp/>

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士がスポーツマン化して清原に喝!? 自身のシャブ前科も激白し……

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 元スポーツマンの清原和博(48)がアウトロー色を強める中、それとはまったく対照的に、“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)のスポーツマン化が止まらない。妻とお揃いのトレーニングウェアを着て、公園で運動中の瓜田に話を聞いた。 ――今日は装いがスポーティーですね。しかもペアルック。 瓜田 ええ、9日前から夫婦で運動を始めたんですよ。先日、ガン検診の結果を聞きに夫婦で病院へ行ったら、ガンは見つからなかったものの、医者から「ふたりともメタボ予備軍だよ」と言われまして。特に僕のウエストがヤバイことになってると。「瓜田くんはポッコリおなかになっちゃったね」と笑いながら医者に言われて、かなりショックを受けました。若い頃からスタイルの良さが自慢だった僕が、まさか「ポッコリおなか」と言われる日が来るとは……。 ――それで慌てて運動を始めたんですね。 瓜田 はい。まず家で腹筋40~50回、腕立て40~50回、あとは街や公園で競歩、スクワット、縄跳び、ダッシュなどの運動をすることを日課にしました。ボディメイク作戦は現在9日目に入り、体重はまだ1.3キロしか落ちてませんが、おなかまわりは早くも5センチも落ちた。僕から言わせれば、ライザップやスポーツジムに通ってる連中は紀元前の人たちですよ。あんなに高いカネ払ってどうするんですか。9日間の自分の経験からクイズを出しますが、結局、なんの運動が一番安上がりで効果的だと思います? ――縄跳びですか? 瓜田 違います。正解はバドミントンです。二人で楽しみながらできますし、道具も100均で買えますから。僕は相手がいないと運動ができないので、嫁を誘い出す必要があった。バドミントンは遊び感覚でできるので、嫁を口説くのにも最適でした。ところがハードワークにビビリが入ったのか、5日目あたりから嫁のサボリ癖が出始めて、運動に誘うと仮病を使うようになったんです。こりゃマズイってことで、急きょペアルックを導入したんですよ。 ――ペアルックにはどのような効果が? 瓜田 大阪人で目立ちたがりの嫁は、ペアルックで表に出たりするのが大好きなんですよ。Amazonの画面を見せながら「ほら、このお揃いのウェアで運動しよう。これなら楽しいよね?」と提案したところ、案の定、「そうやな」と乗り気になってくれた。「ついでに4千円くらいの運動靴も買うていい?」とねだられたから、それも買ってあげました。で、先日、ウェアと靴が届いたんですが、箱を開けてビックリですよ。見てください、嫁のこの靴。超厚底でビッカビカ! こんな靴を履いて、さらに何を血迷ったか、マニキュアと口紅、腕時計までして運動に出かけるようになった。「運動する気あるのか!」って感じですよね。
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――この靴で縄跳びは難しそうですね。 瓜田 ところがウチの嫁は、格好つけて飛ぶんですよ。きのう彼女が縄跳びしてる光景を横から見て驚きました。靴もゴテゴテですが、おっぱいも盛ってるんですよ。新しいウェアと靴を買ってテンションが上がったのか、実際のサイズよりも数段デカいブラジャーを着けて、Tシャツの胸の部分をトンがらせた状態で「なぁ純士、ウチ、ナイスバディーやろ?」なんて言いながら得意顔で縄跳びをしてるんです。外人の女が大きな胸を揺らしながら運動するCMとかに影響されて、マネしてるんでしょうね。運動するとき、僕は「エアマックス」を履くって決めてるんですけど、嫁も負けじと「エアブラ」を導入したみたいです。手で押して空気を抜いてやろうかと思いましたけど、彼女の名誉に関わるんで遠慮しときました。 ――運動は1日何時間やるんですか? 瓜田 夕食後に2時間程度です。ちなみに午後6時以降の食事は禁止。運動と同時に食事制限も行い、酒も完全に抜いてます。食事は1日2食で、炭水化物をおおむね抜いて、計1200キロカロリー程度に収めるようにしてます。
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――運動して1日1200キロカロリーというのは、いくらなんでもキツくないですか? 瓜田 僕はやると決めたらやるんで大丈夫ですが、嫁は早くもルール違反を犯してますね。節分の前日、運動に出かけたら、スーパーで恵方巻きを売ってたんです。「なぁ純士、明日は恵方巻きを食べなアカンな」と言い出したから、「東京じゃ恵方巻きの習慣はそれほど重要じゃない」とスルーしたら、「ゴチャゴチャ言わんと食べたらええねん!」とブチギレながら購入し、「これは縁起物やから」と言い訳しながら、控えるはずの炭水化物を間食でバクバク摂取してるんですよ。 ――節分は年に一度ですから、大目に見てあげてもよいのでは? 瓜田 いや、それだけじゃないんです。眠りに落ちたはずの深夜帯にも、ガサゴソ物音がするので薄目を開けると、彼女がお菓子を盗み食いしてることがある。見つかったときの予防線なのか、「こんなことしたら純士は怒るかな?」とか小声で独り言を言いながら食べてるのが涙ぐましくて、僕は気づかないフリをしてあげてますけどね。で、そんなある晩、嫁に叩き起こされて、清原の逮捕を知ったんですよ。テレビのニュースを見た僕が「マジかよ!」と驚いてる隙に、嫁は「誘惑って怖いなぁ」とかなんとか言いながら翌日のおでんをつまみ食いしてました(笑)。
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――清原逮捕の第一報を聞いたときの感想は? 瓜田 「格好悪いし、もったいない」と思いましたね。まず、スポーツマンのくせに自分に甘えてたのが格好悪い。これは“俺論”ですけど、大人になってから覚えたものって、やめようと思えばやめられるんですよ。酒もタバコもシャブもそう。彼は、やめられるのにやめなかった。つまり、やめる気がなかったんでしょうね。せっかく悪いイメージを払拭しつつあったのに、もったいないですよ。これも“俺論”ですが、殺人やレイプ以外は、一回目は仕方がないと思うんです。数年前に疑惑報道が出た段階で、キッパリやめるべきでしたね。 ――昔の話で恐縮ですが、瓜田さんも覚せい剤で捕まった過去がありますよね。 瓜田 23歳のときに、覚せい剤取締法違反(所持・使用)で逮捕されました。ナチュラルパワーにこだわるナルシシストの僕は、ずっとおクスリに対するアレルギーがあったから、デビューが遅かったんですよ。17歳で稼業入りしましたが、それから何年も、自分で使用することはなかったんです。「売る」のが仕事だったから、本当は商品の真贋を見極めるために自分でも吸えなきゃいけなかったんですけど、やらなかった。ところが23歳のときにチャカ(拳銃)の所持で内偵が入って逮捕状が出て、いろんなところから狙われてグリグリに追い込まれてるときに、上層部から強烈なヤキを入れられまして。骨が折れて、やつれて、痛くて苦しくてどうしようもなかったときに、一緒にバウンサー(用心棒)をやってた外人の仲間が痛み止めにシャブを持ってきて、初めてそれを使ったんです。で、運悪くその直後にチャカで逮捕されて、体に残ってたもんが出ちゃった。 ――つまり常用者ではなかった、と。 瓜田 はい。だから覚せい剤の中毒症状についてはよくわからない。ただし、効いてるに等しいぐらい覚醒してる期間はありました。ヤクザはナメられちゃいけないっていう思いが、顔つきや言動に出過ぎちゃって、「瓜田はポン中だ」って噂が街や2ちゃんねるに広まったことがある。19から23歳までの頃は、毎日殺されるかもしれない、パクられるかもしれないっていう緊張の中、一発当ててやるって感じでオラついて活動してましたから、アドレナリンやらドーパミンやらが出まくりでほとんど寝れなかったんですよ。182センチあるのに当時は体重が50キロしかなくて、目つきもギラギラしてたから、よくポン中と勘違いされました。ナチュラルなのに。 ――周囲に常用者はいましたか? 瓜田 まわりは基本、ポン中だらけでした。彼らを見ててだいたいわかったんですが、シャブは人間を興奮させるんじゃなくて、何日も起こしとくだけのもんですよ。人間、仕事でもなんでも集中してエンジンが入ってるときって、人からストップと言われても聞かないで続けるじゃないですか。その作用がシラフの人に投与したときに長く続くため、戦時中に軍人の間で広まったりした。ポン中の行動は、寝てない人間の行動なんですよ。清原にしてもASKAにしてもそう。「誰かの声が聞こえる」「あいつ、俺のことを笑ったな」っていうけど、そりゃ3~4日も寝てなければ誰だってそうなりますよ。イライラするし神経質になるし警戒心も強くなるし、幻聴だって聞こえるかもしれない。寝てない状態に追い込まれてるだけなんです。ぐっすり寝たらそんなことにはなりません。 ――やめようと思ったら本当にやめられるんですかね? 瓜田 ヤクザ社会で見聞きした例を挙げると、それまでずっとシャブをやってたヤクザも、いざ自分が当代を取れるとなった瞬間に、スッとやめるらしいです。シャブをやってるような親分には、若い衆はついて来ませんからね。あと、ポン中のヤクザが寄せ場(刑務所)に入ることも多くありますが、懲役中は当然、シャブは使えない。でも何年かの懲役を終えた彼らが、シャブ切れのせいでおかしくなってシャバに戻ってくることって、ありますか? ないでしょう。タバコもそうです。なければないで大丈夫だし、健全に過ごせるんです。出てきてまたやっちゃう人はいますけどね。 ――なぜ、またやっちゃうのでしょう?  瓜田 さっきも言ったとおり、清原もそいつらも「やめられないんじゃなく、やめる気がない」んですよ。僕のまわりにはポン中が大勢いましたが、彼らの口癖は「いつでも俺はやめられる」「今すぐにだってやめられる」でした。ウソつけ、やめる気がないだけだろ、と思って僕は聞いてましたよ。周囲を見てて、シャブをやめて出世するヤクザと、シャブ漬けになってくすぶるヤクザの違いはよくわかりました。やめる気があるヤクザは、まずシノギを変えるんですよ。 ――シノギを変えるとは? 瓜田 要するに、ダイエット中の僕が、午後6時以降は食べ物を見ないようにするのと一緒です。見えるところにブツがあると、誘惑に負ける。だからシノギをまず変えるんです。クスリを売ってた人たちが、それをやめて金貸しになったりするんです。
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――なるほど。 瓜田 あともう一つは、本当にやめたい人や、本気でやめる努力をしてる人は、まったくやってない人たちと積極的に会って、自分を見られるようにしてます。やってないんだから堂々と人に会い、「今日の僕、おかしくないですよね?」と、広くジャッジしてもらえる場にあえて我が身を晒すようになる。自分を厳しく律するためです。逆に、人と会わないようにひとりになりたがるヤツは、たいていやめられない。そいつらはやめようと努力してるんじゃなく、やってることを隠す努力をしてるだけ。「今日やったシャブ、バレてないかな?」「今日も警察に捕まらなかった。ラッキー!」と思いつつ、人には「やめる努力をしてる」とウソをつくんです。 ――覚せい剤を摂取すると、力がみなぎったり、快感が増したりするという説もありますが。 瓜田 常用者からは、「スーパーマンやスーパーサイヤ人になった気になる」という話を聞いたことがあります。僕はポン中になったことがないけど、ポン中と勘違いされるほど寝れなくてナチュラルハイだったヤクザ時代は、確かに自分がスーパーサイヤ人になったような感覚でした。誰よりも強い気がしたし、怖いものもなかった。ただ、あの頃の自分に戻りたいか? というと戻りたくない。シンドイですもん。 ――清原容疑者は今、どんな心境だと推測されますか? 瓜田 10日から14日間はシャブが抜けません。その間は効いてる状態で物事を考えますから、たいして反省はしてないでしょう。初犯だから執行猶予は付くのか? 出たあと、どんなミソギをすれば芸能界に復帰できるのか? そのためには誰を頼ればいいか? なんてことを、もしかしたら考えてるかも。でも体からシャブが抜け切った頃、「やっちまった!」と事の重大さに気づき、深く落ち込むんじゃないでしょうか。 ――清原容疑者にかける言葉はありますか? 瓜田 僕なんかが言えた義理じゃないけど、今後は違う道で生きることを考えたほうがいい。最初の疑惑の段階でやめておけば、別れた奥様やお子様との幸せも、もしかしたら取り戻せたかもしれなかったんですよ。でも今回の逮捕で、その可能性はほぼ消えた。野球界はもちろんのこと、芸能界に戻ることも難しいでしょう。マーシーじゃないけど、これから更生をアピールしたところで、「ふ~ん」「はいはい」「どうせまたやるでしょ」と思われてオシマイですよ。シャブ疑惑を隠すためにコソコソしてた人間が、さらに厳しい世間の視線を浴びながら、これまで以上にコソコソした第二の人生を歩まないとならない。わずか0.1グラムのために失ったものはあまりにも大きいですが、すべては身から出た錆です。今後は一発逆転ホームランを狙うんじゃなく、地道にコツコツ這い上がっていくしかないですね。
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――再犯しないために心がけるべきことは? 瓜田 派手な場所は避けるべきです。もう六本木にも銀座にも行かないほうがいい。誘惑しかないから、あんなところ。明日あさってに裏切るような女に入れ込んでもなんの意味もないですよ。あのデカイ図体で街に出て威張ったって、上には上がいますから。「まだイキがってんのかよ」「終わってんな」と笑われるだけですし、下手すりゃもっとゴツイ外人にブン殴られてケガをするのがオチ。夜の街には次から次へとセンセーショナルな人間が登場しますから、出てきた頃には清原はもう「過去の人」です。「過去の人」「ただの人」だってことを自分で受け入れられるようになるまでに、おそらく10年はかかるでしょう。僕もそうでしたから。 ――瓜田さんも大変な思いをしたんですか? 瓜田 ムショを出て、組抜けしてから10年になりますが、この10年はホント、長くてツラかったです。「二度とヤクザには戻らない」という決意のもと、真っ白に生きてきたつもりの10年でしたが、途中、何度も闇の世界に引きずり戻されそうになった。でも我慢して沈黙を守るうち、ドツかれる機会も徐々に減り、 やがて愛する人と出会い、10年前は見栄の世界で生きてた僕が、今ではこうして数千円のペアルックを着て、嫁と一緒に運動することに幸せを感じられるようになりました。さきほど若いときのことを振り返りましたけど、自分じゃない別人のことを話してるような心境でした。それぐらい僕も垢が落ちて、第二の人生になじんできたということでしょう。でもこうなるまでには、10年かかった。清原もきっと、垢を洗い落とすのに長い時間がかかると思います。ツラいでしょうが、男なら耐え忍ぶしかないですね。 (取材・文=岡林敬太)
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※日刊サイゾーでは2016年より、ほぼ月イチペースで瓜田純士の最新情報をお届けします。今後の動向にご注目ください。

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士がスポーツマン化して清原に喝!? 自身のシャブ前科も激白し……

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 元スポーツマンの清原和博(48)がアウトロー色を強める中、それとはまったく対照的に、“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)のスポーツマン化が止まらない。妻とお揃いのトレーニングウェアを着て、公園で運動中の瓜田に話を聞いた。 ――今日は装いがスポーティーですね。しかもペアルック。 瓜田 ええ、9日前から夫婦で運動を始めたんですよ。先日、ガン検診の結果を聞きに夫婦で病院へ行ったら、ガンは見つからなかったものの、医者から「ふたりともメタボ予備軍だよ」と言われまして。特に僕のウエストがヤバイことになってると。「瓜田くんはポッコリおなかになっちゃったね」と笑いながら医者に言われて、かなりショックを受けました。若い頃からスタイルの良さが自慢だった僕が、まさか「ポッコリおなか」と言われる日が来るとは……。 ――それで慌てて運動を始めたんですね。 瓜田 はい。まず家で腹筋40~50回、腕立て40~50回、あとは街や公園で競歩、スクワット、縄跳び、ダッシュなどの運動をすることを日課にしました。ボディメイク作戦は現在9日目に入り、体重はまだ1.3キロしか落ちてませんが、おなかまわりは早くも5センチも落ちた。僕から言わせれば、ライザップやスポーツジムに通ってる連中は紀元前の人たちですよ。あんなに高いカネ払ってどうするんですか。9日間の自分の経験からクイズを出しますが、結局、なんの運動が一番安上がりで効果的だと思います? ――縄跳びですか? 瓜田 違います。正解はバドミントンです。二人で楽しみながらできますし、道具も100均で買えますから。僕は相手がいないと運動ができないので、嫁を誘い出す必要があった。バドミントンは遊び感覚でできるので、嫁を口説くのにも最適でした。ところがハードワークにビビリが入ったのか、5日目あたりから嫁のサボリ癖が出始めて、運動に誘うと仮病を使うようになったんです。こりゃマズイってことで、急きょペアルックを導入したんですよ。 ――ペアルックにはどのような効果が? 瓜田 大阪人で目立ちたがりの嫁は、ペアルックで表に出たりするのが大好きなんですよ。Amazonの画面を見せながら「ほら、このお揃いのウェアで運動しよう。これなら楽しいよね?」と提案したところ、案の定、「そうやな」と乗り気になってくれた。「ついでに4千円くらいの運動靴も買うていい?」とねだられたから、それも買ってあげました。で、先日、ウェアと靴が届いたんですが、箱を開けてビックリですよ。見てください、嫁のこの靴。超厚底でビッカビカ! こんな靴を履いて、さらに何を血迷ったか、マニキュアと口紅、腕時計までして運動に出かけるようになった。「運動する気あるのか!」って感じですよね。
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――この靴で縄跳びは難しそうですね。 瓜田 ところがウチの嫁は、格好つけて飛ぶんですよ。きのう彼女が縄跳びしてる光景を横から見て驚きました。靴もゴテゴテですが、おっぱいも盛ってるんですよ。新しいウェアと靴を買ってテンションが上がったのか、実際のサイズよりも数段デカいブラジャーを着けて、Tシャツの胸の部分をトンがらせた状態で「なぁ純士、ウチ、ナイスバディーやろ?」なんて言いながら得意顔で縄跳びをしてるんです。外人の女が大きな胸を揺らしながら運動するCMとかに影響されて、マネしてるんでしょうね。運動するとき、僕は「エアマックス」を履くって決めてるんですけど、嫁も負けじと「エアブラ」を導入したみたいです。手で押して空気を抜いてやろうかと思いましたけど、彼女の名誉に関わるんで遠慮しときました。 ――運動は1日何時間やるんですか? 瓜田 夕食後に2時間程度です。ちなみに午後6時以降の食事は禁止。運動と同時に食事制限も行い、酒も完全に抜いてます。食事は1日2食で、炭水化物をおおむね抜いて、計1200キロカロリー程度に収めるようにしてます。
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――運動して1日1200キロカロリーというのは、いくらなんでもキツくないですか? 瓜田 僕はやると決めたらやるんで大丈夫ですが、嫁は早くもルール違反を犯してますね。節分の前日、運動に出かけたら、スーパーで恵方巻きを売ってたんです。「なぁ純士、明日は恵方巻きを食べなアカンな」と言い出したから、「東京じゃ恵方巻きの習慣はそれほど重要じゃない」とスルーしたら、「ゴチャゴチャ言わんと食べたらええねん!」とブチギレながら購入し、「これは縁起物やから」と言い訳しながら、控えるはずの炭水化物を間食でバクバク摂取してるんですよ。 ――節分は年に一度ですから、大目に見てあげてもよいのでは? 瓜田 いや、それだけじゃないんです。眠りに落ちたはずの深夜帯にも、ガサゴソ物音がするので薄目を開けると、彼女がお菓子を盗み食いしてることがある。見つかったときの予防線なのか、「こんなことしたら純士は怒るかな?」とか小声で独り言を言いながら食べてるのが涙ぐましくて、僕は気づかないフリをしてあげてますけどね。で、そんなある晩、嫁に叩き起こされて、清原の逮捕を知ったんですよ。テレビのニュースを見た僕が「マジかよ!」と驚いてる隙に、嫁は「誘惑って怖いなぁ」とかなんとか言いながら翌日のおでんをつまみ食いしてました(笑)。
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――清原逮捕の第一報を聞いたときの感想は? 瓜田 「格好悪いし、もったいない」と思いましたね。まず、スポーツマンのくせに自分に甘えてたのが格好悪い。これは“俺論”ですけど、大人になってから覚えたものって、やめようと思えばやめられるんですよ。酒もタバコもシャブもそう。彼は、やめられるのにやめなかった。つまり、やめる気がなかったんでしょうね。せっかく悪いイメージを払拭しつつあったのに、もったいないですよ。これも“俺論”ですが、殺人やレイプ以外は、一回目は仕方がないと思うんです。数年前に疑惑報道が出た段階で、キッパリやめるべきでしたね。 ――昔の話で恐縮ですが、瓜田さんも覚せい剤で捕まった過去がありますよね。 瓜田 23歳のときに、覚せい剤取締法違反(所持・使用)で逮捕されました。ナチュラルパワーにこだわるナルシシストの僕は、ずっとおクスリに対するアレルギーがあったから、デビューが遅かったんですよ。17歳で稼業入りしましたが、それから何年も、自分で使用することはなかったんです。「売る」のが仕事だったから、本当は商品の真贋を見極めるために自分でも吸えなきゃいけなかったんですけど、やらなかった。ところが23歳のときにチャカ(拳銃)の所持で内偵が入って逮捕状が出て、いろんなところから狙われてグリグリに追い込まれてるときに、上層部から強烈なヤキを入れられまして。骨が折れて、やつれて、痛くて苦しくてどうしようもなかったときに、一緒にバウンサー(用心棒)をやってた外人の仲間が痛み止めにシャブを持ってきて、初めてそれを使ったんです。で、運悪くその直後にチャカで逮捕されて、体に残ってたもんが出ちゃった。 ――つまり常用者ではなかった、と。 瓜田 はい。だから覚せい剤の中毒症状についてはよくわからない。ただし、効いてるに等しいぐらい覚醒してる期間はありました。ヤクザはナメられちゃいけないっていう思いが、顔つきや言動に出過ぎちゃって、「瓜田はポン中だ」って噂が街や2ちゃんねるに広まったことがある。19から23歳までの頃は、毎日殺されるかもしれない、パクられるかもしれないっていう緊張の中、一発当ててやるって感じでオラついて活動してましたから、アドレナリンやらドーパミンやらが出まくりでほとんど寝れなかったんですよ。182センチあるのに当時は体重が50キロしかなくて、目つきもギラギラしてたから、よくポン中と勘違いされました。ナチュラルなのに。 ――周囲に常用者はいましたか? 瓜田 まわりは基本、ポン中だらけでした。彼らを見ててだいたいわかったんですが、シャブは人間を興奮させるんじゃなくて、何日も起こしとくだけのもんですよ。人間、仕事でもなんでも集中してエンジンが入ってるときって、人からストップと言われても聞かないで続けるじゃないですか。その作用がシラフの人に投与したときに長く続くため、戦時中に軍人の間で広まったりした。ポン中の行動は、寝てない人間の行動なんですよ。清原にしてもASKAにしてもそう。「誰かの声が聞こえる」「あいつ、俺のことを笑ったな」っていうけど、そりゃ3~4日も寝てなければ誰だってそうなりますよ。イライラするし神経質になるし警戒心も強くなるし、幻聴だって聞こえるかもしれない。寝てない状態に追い込まれてるだけなんです。ぐっすり寝たらそんなことにはなりません。 ――やめようと思ったら本当にやめられるんですかね? 瓜田 ヤクザ社会で見聞きした例を挙げると、それまでずっとシャブをやってたヤクザも、いざ自分が当代を取れるとなった瞬間に、スッとやめるらしいです。シャブをやってるような親分には、若い衆はついて来ませんからね。あと、ポン中のヤクザが寄せ場(刑務所)に入ることも多くありますが、懲役中は当然、シャブは使えない。でも何年かの懲役を終えた彼らが、シャブ切れのせいでおかしくなってシャバに戻ってくることって、ありますか? ないでしょう。タバコもそうです。なければないで大丈夫だし、健全に過ごせるんです。出てきてまたやっちゃう人はいますけどね。 ――なぜ、またやっちゃうのでしょう?  瓜田 さっきも言ったとおり、清原もそいつらも「やめられないんじゃなく、やめる気がない」んですよ。僕のまわりにはポン中が大勢いましたが、彼らの口癖は「いつでも俺はやめられる」「今すぐにだってやめられる」でした。ウソつけ、やめる気がないだけだろ、と思って僕は聞いてましたよ。周囲を見てて、シャブをやめて出世するヤクザと、シャブ漬けになってくすぶるヤクザの違いはよくわかりました。やめる気があるヤクザは、まずシノギを変えるんですよ。 ――シノギを変えるとは? 瓜田 要するに、ダイエット中の僕が、午後6時以降は食べ物を見ないようにするのと一緒です。見えるところにブツがあると、誘惑に負ける。だからシノギをまず変えるんです。クスリを売ってた人たちが、それをやめて金貸しになったりするんです。
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――なるほど。 瓜田 あともう一つは、本当にやめたい人や、本気でやめる努力をしてる人は、まったくやってない人たちと積極的に会って、自分を見られるようにしてます。やってないんだから堂々と人に会い、「今日の僕、おかしくないですよね?」と、広くジャッジしてもらえる場にあえて我が身を晒すようになる。自分を厳しく律するためです。逆に、人と会わないようにひとりになりたがるヤツは、たいていやめられない。そいつらはやめようと努力してるんじゃなく、やってることを隠す努力をしてるだけ。「今日やったシャブ、バレてないかな?」「今日も警察に捕まらなかった。ラッキー!」と思いつつ、人には「やめる努力をしてる」とウソをつくんです。 ――覚せい剤を摂取すると、力がみなぎったり、快感が増したりするという説もありますが。 瓜田 常用者からは、「スーパーマンやスーパーサイヤ人になった気になる」という話を聞いたことがあります。僕はポン中になったことがないけど、ポン中と勘違いされるほど寝れなくてナチュラルハイだったヤクザ時代は、確かに自分がスーパーサイヤ人になったような感覚でした。誰よりも強い気がしたし、怖いものもなかった。ただ、あの頃の自分に戻りたいか? というと戻りたくない。シンドイですもん。 ――清原容疑者は今、どんな心境だと推測されますか? 瓜田 10日から14日間はシャブが抜けません。その間は効いてる状態で物事を考えますから、たいして反省はしてないでしょう。初犯だから執行猶予は付くのか? 出たあと、どんなミソギをすれば芸能界に復帰できるのか? そのためには誰を頼ればいいか? なんてことを、もしかしたら考えてるかも。でも体からシャブが抜け切った頃、「やっちまった!」と事の重大さに気づき、深く落ち込むんじゃないでしょうか。 ――清原容疑者にかける言葉はありますか? 瓜田 僕なんかが言えた義理じゃないけど、今後は違う道で生きることを考えたほうがいい。最初の疑惑の段階でやめておけば、別れた奥様やお子様との幸せも、もしかしたら取り戻せたかもしれなかったんですよ。でも今回の逮捕で、その可能性はほぼ消えた。野球界はもちろんのこと、芸能界に戻ることも難しいでしょう。マーシーじゃないけど、これから更生をアピールしたところで、「ふ~ん」「はいはい」「どうせまたやるでしょ」と思われてオシマイですよ。シャブ疑惑を隠すためにコソコソしてた人間が、さらに厳しい世間の視線を浴びながら、これまで以上にコソコソした第二の人生を歩まないとならない。わずか0.1グラムのために失ったものはあまりにも大きいですが、すべては身から出た錆です。今後は一発逆転ホームランを狙うんじゃなく、地道にコツコツ這い上がっていくしかないですね。
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――再犯しないために心がけるべきことは? 瓜田 派手な場所は避けるべきです。もう六本木にも銀座にも行かないほうがいい。誘惑しかないから、あんなところ。明日あさってに裏切るような女に入れ込んでもなんの意味もないですよ。あのデカイ図体で街に出て威張ったって、上には上がいますから。「まだイキがってんのかよ」「終わってんな」と笑われるだけですし、下手すりゃもっとゴツイ外人にブン殴られてケガをするのがオチ。夜の街には次から次へとセンセーショナルな人間が登場しますから、出てきた頃には清原はもう「過去の人」です。「過去の人」「ただの人」だってことを自分で受け入れられるようになるまでに、おそらく10年はかかるでしょう。僕もそうでしたから。 ――瓜田さんも大変な思いをしたんですか? 瓜田 ムショを出て、組抜けしてから10年になりますが、この10年はホント、長くてツラかったです。「二度とヤクザには戻らない」という決意のもと、真っ白に生きてきたつもりの10年でしたが、途中、何度も闇の世界に引きずり戻されそうになった。でも我慢して沈黙を守るうち、ドツかれる機会も徐々に減り、 やがて愛する人と出会い、10年前は見栄の世界で生きてた僕が、今ではこうして数千円のペアルックを着て、嫁と一緒に運動することに幸せを感じられるようになりました。さきほど若いときのことを振り返りましたけど、自分じゃない別人のことを話してるような心境でした。それぐらい僕も垢が落ちて、第二の人生になじんできたということでしょう。でもこうなるまでには、10年かかった。清原もきっと、垢を洗い落とすのに長い時間がかかると思います。ツラいでしょうが、男なら耐え忍ぶしかないですね。 (取材・文=岡林敬太)
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※日刊サイゾーでは2016年より、ほぼ月イチペースで瓜田純士の最新情報をお届けします。今後の動向にご注目ください。

「なんとか生き残った」アジアを制した“チンピラ上がり”渋谷莉孔が凱旋帰国!

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 元不良が、元WBOアジア太平洋王者を撃破!――チンピラ上がりで地下格闘技出身の渋谷莉孔(30=和術慧舟會HEARTS)が先月23日、アジア最大の総合格闘技イベント『ONE』の中国大会に出場し、ボクサー上がりのロイ・ドリゲス(34=フィリピン)に完勝した。これで海外2連勝。いよいよ次戦は、世界タイトルマッチに挑むことになりそうだという。凱旋帰国した渋谷に、完全アウェイだった中国遠征の苦労話と、今後の展望を聞いた。 * * * ――連勝、おめでとうございます。 渋谷 「なんとか生き残った」って感じですね。今回は試合前から大変なことだらけで、マジでツラかったっす。 ――遠征に同行したコーチの大沢ケンジさんも、試合前の渋谷選手の様子について「今まで見たことないぐらいピリピリしていた」とブログに書いていました。 渋谷 まず、行きの飛行機からひどかったんですよ。上海経由で長沙に向かったんですが、飛行機が遅延しまくりでなかなか乗り継ぎできず、本来なら8時間で着くところなのに15時間もかかって。上海で待たされてる間も空港が寒くて寝れないし。 ――減量中の死亡事故を受け、今回から計量の回数が増えて尿検査も導入されたため、それもキツかったのでは? 渋谷 地獄でした。オシッコの濃度が適正値かどうかを調べるために、現地入りした日から試合当日まで3日間、尿検査を何度もやるんですが、すぐに出せと言われて出るもんじゃないし、出たら出たで濃くてアウトだったりするし。水を飲んで薄くすれば今度は体重が増えちゃうから、いったいどうすりゃいいんだ? って感じで。オシッコを6時間くらい我慢させられる場面もありましたね。あと、試合当日はバスが会場を間違えるし、会場に着いたら着いたで公安が会場をチェックするってことで、車内に閉じ込められたまま3時間以上も待たされました。
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リハーサル中の場内。
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場内で整列する公安。
――公安は何人ほどいたんですか? 渋谷 100人ぐらいはいたかも。選手は会場入りする前に公安から持ち物検査を受けたんですけど、マイナス2度とか3度の外で、裸になんなきゃいけなかった。会場に入ってからもまた体重検査の時間が遅れたりしてイライラもピーク。自分がいた青コーナーの控え室は、なぜか暖房も使えませんでした。 ――ピリピリするのも無理はないですね。 渋谷 特に尿検査のことが終始気がかりで、髪の毛が抜けるくらいのストレスでした。オシッコが濃いかどうかなんて、自分じゃわからないじゃないですか。その不安で現地入りしてからほとんど寝れなかったし、食べたらオシッコが濃くなるかもしれないから食べられないし、どこにいても寒いし……。試合をやる前に風邪をひいちゃいました。 ――そんな状況下、試合に対するモチベーションをどのように保ったんですか? 渋谷 正直、何度も気持ちが折れましたね。試合当日も「今日は負けるんだろうな」と思ってましたから。 ――いつも強気な渋谷選手にしては珍しいですね。 渋谷 体調が最悪な上、相手に関する新情報を現地で聞いてさらに弱気になりました。これは中国に着いてから知ったんですが、対戦相手はなんと、元WBOスーパーフライ級のアジア太平洋王者だったんですよ。元プロボクサーで50戦くらいのキャリアがあるってことは出発前からわかってましたが、元チャンピオンってことはまったくの初耳で。そんなこと試合の2日前ぐらいに急に聞かされたら、焦るじゃないですか。「言うの遅すぎだろ! いっそのこと知らないほうがよかったよ!」って感じで(笑)。試合当日、控え室にいるときも相手がアップしてる様子がモニターに映るもんだから、「うわ、パンチ速ぇな」って、ますますナーバスになっちゃって……。 ――戦う前から凹んでいたんですか。 渋谷 おまけにもう一つ誤算があって。相手はフィリピン人だから寒い場所に弱いだろうと踏んでたんですけど、あいつ実は、北京にジムを持ってるらしいんですよ(笑)。だから寒いのに慣れてるってことも判明して。
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渋谷いわく「青コーナーの控え室はスネから下が麻痺するぐらいの寒さ」。選手たちはご覧の通り、アウターを着たままウォーミングアップを行った。
――そうしたマイナス要素を数多く抱えながらも、入場時は威勢がよかったですね。マットをバンバン激しく叩き、咆哮しながらケージ入り。デビュー当初、2008年頃の渋谷選手を見ているようでした。 渋谷 寒かったし、不安だったから、ああやって自分にカツを入れたんですよ。 ――中国では初めての試合でしたが、観客の反応はどうでしたか? 渋谷 僕はあんまり聞こえなかったけど、名前を呼ばれたとき、ブーイングがすごかったらしいです。相手選手のコールのときには歓声が上がってたし、試合中も僕が足を滑らしたりすると客席が沸いてましたから、完全にアウェイですね。試合後も、観客から握手とかを求められることは一切なかったです。 ――緊張は? 渋谷 緊張はないけど、ずっと「負けるかも」と思いながら戦ってました。 ――1ラウンドから主導権を完全に握っているように見えましたが。 渋谷 1ラウンドが終わっても「大丈夫かな?」と不安で。立った状態では一発もパンチをもらわなかったですけど、パンチ力があるのはわかった。「負けるかも」っていう不安は最後の最後までありましたね。 ――今回はテイクダウンした後、ヒジ打ちを多用しているのが印象的でした。クリーンヒットはありましたか? 渋谷 もうちょいでしたね。あんだけ守られると、ガツンと当てるのは難しい。でもハイキックは何発かクリーンヒットしましたし、タックルもうまく入れましたね。 ――結局、3ラウンドに渡って攻勢を維持し続けた渋谷選手が、判定勝ちを収めました。 渋谷 終わってみれば完勝でしたね。試合直後の心境は「生き残った」って感じ。ホント、負けが許されないんで。 ――負けたらタイトル戦が遠のきますからね。 渋谷 タイトル戦うんぬんの前に、スポンサーのために負けられないんですよ。スポンサーの人に「格闘技をやめろ」と言われたらやめるしかないし、「死ね」と言われたら死ななければならないので、負けは許されない。負けてその人に恥をかかすわけにはいかないんですよ。格闘技に復帰するキッカケを作ってくれた人で、俺の戦いはその人ありきなので。 ――渋谷選手の隠された一面を見たような気がします。さて、気になるのは今後の展開です。今回勝ったことで、ベルトの可能性が見えてきましたね。 渋谷 はい。早ければ今年の4月に、デェダムロン(・ソー・アミュアイシルチョーク)っていうONEの世界ストロー級チャンピオンとタイのバンコクで戦うかもしれないです。向こうが断ったら流れますけど、実現するなら、たぶんタイトルマッチになるでしょう。タイはデェダムロンのホームなので、判定だと厳しいっすね。KOか一本を取らないとヤバイです。 ――デェダムロンは、どんな選手なのでしょう? 渋谷 ルンピニーで3階級制覇してるムエタイ上がりの選手で、総合(格闘技)に転向後は6戦6勝。イボルブっていうビッグスポンサーがついてます。ちなみにイボルブの経営者は、アジアのトップ10に入る金持ちらしいっす。
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取材場所の喫茶店で先輩のA氏とバッタリ再会。
(ここで突然、たまたま同じ喫茶店にいた渋谷の先輩・A氏が、「おおっ! なんでおまえ、こんなところにいるんだよ!」と言って取材に割り込んできた。渋谷とは数年ぶりの再会だという。A氏は渋谷のことを熟知しており、格闘技にも造詣が深いので、そのまま同席してもらうことにした) ――Aさんは渋谷選手の活躍についてどう思いますか? A氏 プレッシャーのかかる海外でちゃんと結果を出し続けてるから、「すごい」の一言だよね。こいつは不良上がりでイロモノ的なところがあるから、悪く言われがちじゃないですか。ひがみじゃないけど、「練習ではたいしたことなかった」とかいう格闘家の声もよく聞くんですよ。でも世の中、結果がすべて。「名前売って、客呼んで、結果を出してるのは誰?」って話ですよ。日本の地下格闘技じゃほぼ無敵だった拳月でさえ、中国ではかなり苦戦してるらしい。海外はそれだけ厳しいんですよ。いくらでも強いやつがいるし、勝手も違うから。拳月も今ではおまえのことをリスペクトしてるってさ。 ――渋谷選手の長所は何だと思いますか? A氏 ビジネス的に見たら、クレバーで自己プロデュース能力があるところ。チケット売って人を楽しませる才能があるよね。格闘技はエンターテインメントだから、やっぱそれがないとね。技術的には、ステージが違うから俺なんかが言うのも気が引けるけど、とにかくディフェンスがうまいよね。並の選手のパンチじゃ、こいつに当たんないもん。 渋谷 僕は「神の目」を持ってますから(笑)。 A氏 今後苦戦するとしたら、渋谷に蹴り勝てるぐらいの技術があるやつと当たったときだよね。たとえばあいつ、なんだっけ、ONEかなんかですげえ強いやついるじゃん。ムエタイから来たやつ。 渋谷 デェダムロンですか? A氏 それそれ、そいつ。 渋谷 今度、そいつとやるかもしれないんですよ。 A氏 マジか? ヤバイヤバイヤバイ! あいつとやんの? あいつ、めちゃくちゃケンカ強いよ(笑)。総合に転向してから日が浅いけど、もうすっかりマッチして対応できちゃってるから。打撃勝負じゃキツイよね。ガードしても上からバンバン蹴ってくるし、ヒジ打ちも首相撲もハンパないし、スネもめちゃくちゃ硬いと思うよ。キックを受けた箇所、全部が弱点になる。痛いよ、あのスネ。あいつは本当に強い。俺、見ただけでわかるもん。「こいつ、ケンカじゃ負けたことないんだろうな」って。何が何じゃないのよ、結局。練習してるとかしてないとかブランクがどうとか、そういうのまったく関係なしに、どこまでいっても強いやつは強いから(笑)。
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――そんな強敵・デェダムロンを倒すには、どうすればよいでしょう? A氏 あのレベルだと、アドバイスもクソもねえよな。根性勝負だよ。一発だと倒れないじゃん? 腰も強いし。それでもテイクダウンのチャンスはきっとあると思うから、寝かせたら立たせないつもりで根性勝負だな。ケンカ勝負。ケンカが強いほうが勝つよ(笑)。極論、そういうことになるね。 * * *  不良時代はストリートファイトで無敗を誇った渋谷。そのケンカ根性は、果たしてデェダムロンに通用するのか? 世界ベルトを賭けた“タイマン”の実現に期待しよう。 (取材・文=岡林敬太/写真提供=大沢ケンジ)

出演本数700本、経験人数2万人!人気AV女優、桜井あゆに引退の真相を直撃!

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 スレンダーボディに芸能人顔負けの美貌で人気を博し、セクシー女優アイドルグループ「ミリオンガールズZ」のメンバーとしても活動したAV女優の桜井あゆが今年3月をもって引退する。デビューから約3年。企画単体女優を経て、ミリオンの専属女優に就任。これまでに700本以上のAVに出演してきた桜井の引退の理由とは何か? 今回は桜井を直撃。引退の真相や、これからの活動について思いを探ってみた。 ── 「ミリオンガールズZ」としての活動も軌道に乗っていて、AV界でもすっかり人気者の桜井さんですが、なぜ今回引退を決意されたんですか? 桜井あゆ(以下桜井) 引退というのは、もうデビューの時から決めていたことだったんです。この世界を始めた時に、きっちり3年で辞めようって。 ── 3年というのは、何か意味があって3年だったんですか? 桜井 もともと芸能界に行きたいって夢を、子どもの時からずっと持っていたんですけど、その後、別の仕事をしていたりしたので芸能界にいくのはちょっと難しいかなって思っていた矢先に、AVと出会ったんです。雑誌とかを見て「あ、AVから芸能界にって道もあるな」って。それでAVへの道を決めた時に「じゃ、ちょっと3年くらい頑張って、いけるとこまでいってみよう」って。初志貫徹じゃないですけど、やり始めてちょうど3年が経って、決めていたことだし、辞めようって。 ── AVから芸能界への夢はまだ実現できていないし、正直3年だと心残りな部分も多いのでは? 桜井 この3年間やってみて、芸能界にいくチャンスとか、そういうものがちょいちょいあったことはあったんです。ドラマのオファーだったり、ミュージックビデオのオファーをもらったりして。でも、企画単体時代は忙しくて、すっかりAV優先の生活になってしまって、そういう機会をことごとく逃してしまっていたんです。芸能界はもうないかなって。 ──続けていけば、まだまだチャンスが巡ってきそうな気もするのですが。 桜井  AVしかやってこなかったというのもあって、人前で話すとかも、実はあんまり得意じゃないんです、わたし。タレント性で自己評価した時に、話す仕事はたぶん自分に合わないだろうなって。 ──人前でのトークは、ミリガのステージを以前取材した時に、とても器用だという印象を受けたんですけど。 桜井 やっぱり、いざそういう舞台に立つとあがっちゃうんですよ。そう見えないかもしれないですけど、あがり性なんです、わたし。肝心なところで踏み込めないっていうか……。 ──芸能界には、何歳くらいから憧れを持っていたんですか? 桜井 物心がついた時から。とにかくテレビに出たいって。別に誰が好きだったからというわけではなくて、単純にテレビを見ていて、この画面の中にわたしも入りたいって。目立ちたがり屋というのもあったかもしれないですね。小学校の時は、いろいろとオーディションを受けたりもしました。「書類審査受かったので東京まで来てください」と言われたこともあったんですけど、当時は親に止められて、実現はしませんでした。
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──AVの世界に入って3年。振り返るとどんな3年間でしたか? 桜井 反省点としては、もっと女優として、自分のキャラをきちんと確立しておけばよかったなって思ったりもしています。 ──キャラはすごくはっきりしているじゃないですか? 桜井 そうですか? ── 僕の中だと、ちょっとSっ気のあるスレンダーで美人なお姉さんというイメージ。時々、清純な役をやると、そのギャップがまたたまらないという印象でした。 桜井 自分ではあんまり意識していなかったですね。基本、どんな役でもできちゃうし、イメージにとらわれずマルチでやりたいっていうスタンスだったので。でも仕事をしていく中で、“桜井あゆ”という女優の個性は確かにあって、それはプライベートのわたしとも別人。そこをもっと作り込んでもよかったんじゃないかって。 ──普段はどんな感じなんですか? 桜井 びっくりするかもしれないですけど、意外と恥ずかしがり屋なんです。セックスでいえば、好きな人の前では電気消してっていうような。あと、すごく甘えたがりだし。 ──SというよりMっぽい感じ? 桜井 好きな人の前に行くと、まず声のトーンから変わりますからね。好きな人を駅まで迎えにいくような、尽くすタイプですよ、わたし。自分で言うのもなんですけど、ギャップの固まりのような人間だと思っていて、見た目のイメージと内面がずいぶん違うと思います。元ヤンそうって言われたりもするんですけど、全然違いますから。好きな人とエッチする時も、付き合って最初のエッチまで3カ月かかったり。好きな人が相手だと、キスする時も目をつぶっていたり……。仕事では経験人数が2万人を超えているんですけど、プライベートでは、まだ9人。それが本当のわたしなんです。
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──そうなんですね。でも、仕事で2万人ってすごいですね。 桜井 東京ドーム2個分くらいです(笑)。一日で100人斬りなんて企画もありましたからね。 ── ああいうのって本当に100人斬りしているんですか? 桜井 本当に100人斬りしていますよ。100人ちゃんと集まっていましたし。 ── AVではたくさんの男優さんを相手にしたと思うんですけど、絡む人との相性とかってありましたか? 桜井 相性はありますけど、仕事では気にしなかったです。カメラがまわっている時は仕事モードなので、相手を選んだりもしなかったんです。仕事に対してNGを出したくない性格で。ちょっと体が合わないなっていう男優さんがいたとしても、そういうことで仕事を決めたりはしませんでした。好みとかも、あまり考えたことないです。 ──相手がたっていない時ってやっぱりあるんですか? 桜井 ありますね。でも、たっていないのを(演出として)生かしたりするんですよ。「なんでたたないの?」って言えるキャラなので、わたし。「自分で自コキしてよ」とか(笑)。 ──フィーリングが合って恋しちゃった男優さんとかは過去にいました? 桜井 ないですね。もう仕事だと割り切って、いつもやってきたので。 ──ちなみにプライベートではどんな男性が好きなんですか? 桜井 わたし三大Sが好きって公言しているんですけど、清潔感があって、正義感があって、誠実さを持っている人が好きですね。 ──その三大Sを持っていたら見た目のタイプとかもあまりこだわらない? 桜井 全然。わたし、好きな顔もその時その時でバラバラで。B専だよねって言われた時期もあったし、イケメンが好きだよねって言われることもありました。ハゲている人でも、デブでも、ガリガリでも関係なしですね。3Sをきちんと持っている人なら。
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──出演数も膨大で、AV女優としてはこの3年間で本当にたくさんの作品に出演しました。 桜井 ファンから聞いた話では、桜井あゆという名前じゃなかったものも含めて700本と聞いています。わたしも自分で数えたわけではないんですけど。 ── 3、4日に1回は必ず撮影していた感じだったのですか? 桜井 企画単体の時なんて、毎日撮影でしたよ。 ── 毎日エッチして、体って大丈夫なんですか? 桜井 正直、何度か倒れました(笑)。自分では意識していないというか、体が弱っている感覚もなくて、とりあえず撮影をこなしていたんですけど、やっぱり負担がかかっていたんですかね。最初は生理だと思っていたら、血尿が出たとか。いつのまにかどこかおかしいっていうのはありましたね。忙しくて、前もって病院に行くこともできなかったので、ある日、急に倒れて「今日から病院ね」って、そういう生活でしたよ(笑)。 ──そこまで頑張れたのはなぜなんですか? 桜井 負けたくない気持ちがあったんです。売り上げとか、そういうものに対しても期待に応えたいっていう気持ちがどこかにあって、どんな仕事でも必死にやってきたんです。来る仕事も一切拒まなかったですよ。仕事を選んだこともないです。 ──行為のNGなんかも設けなかった? 桜井 アナルはNGでしたね(笑)。あと、毎日撮影というのがあったので、激しいもの、緊縛とか、レイプものとかは、体に跡が残ったりするのでできませんでした ──でも、700本も出ると、そこで発散してしまって、プライベートではセックスなんてしたくなくなってしまうのでは? 桜井 いやいや、したくなりますよ。ちゃんと。仕事とプライベートはそもそも別なので。逆にレイプものとか陵辱ものとか出演したあとは、彼氏とちゃんとラブラブエッチしたいなとか思うんですよ。 ── たくさん出演された中で、一番印象的な作品ってなんですか? 桜井 自分で企画した作品が唯一あって、それかな。地元に帰って、地元の知り合いとセックスするという作品を出したことがあるんです。プロデューサーに、「わたしが地元に帰って、知っている人たちとセックスするっていうの面白くないですか? わたし、知り合いとか全然平気だし、セックスもできますよ」ってアピールしていたら、プロデューサーが最初は驚いていましたけど、何カ月か後に「じゃあ、お願いします」って(笑)。男優とか一切なしで、わたしが知り合いに一人ひとりアポを取って、お願いして。コーディネーターなんかも自分でやったんです。ちょっとたいへんだったけど、変わったことがすごくやりたかった時期で、楽しかったです。セックスしたことなかった元カレを呼んで、AVで初セックスしたり。やらせはもちろんなし。すごく反響ありましたよ。後々地元でサイン会もできるようになりましたし。
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──僕が桜井さんの作品で印象的だったのは「隣の人妻」というドラマ作品です。恋に盲目になって不倫に落ちていく人妻を演じる桜井さんの姿が、すごく印象的で。普段の桜井さんのイメージと、また違った桜井さんの姿が楽しめました。 桜井 それ、結構、ファンの人に好きだったって言われますね。わたしのプライベートの姿って、意外とその作品に近いかもしれません。 ──あの作品で、演技がしっかりしているなと思ったんです。芸能人に話を戻すと、引退後は女優の道なんて選択肢もあるのでは? 桜井 わたし自身も女優になりたいって気持ちがあったんですけど、なりたいって思っているだけで何も行動できていない自分がいて……。 ──このままいくと引退後は本当に素人に戻ってしまうという感じなんですか? 桜井 はい。もう本当に表の世界には出ないです。でも、実は今、『スカパー!アダルト放送大賞2016』で女優賞にノミネートされていて、もし3月3日の受賞式で受賞できたら、キャラバンで1年とか半年、媒体さんをまわったり宣伝活動しないといけないんです。それは約束事なので、引退後であってもきちんとやろうと思っています。 ──『スカパー!アダルト大賞』の中には「サイゾー賞」もあるので、ひょっとしたらまた会える可能性がありますね。 桜井 一般人のわたしとして参加しますよ(笑)。だから、もし受賞したら引退は必然的に伸びますね。光栄なことだし、逆に最後スカパーで受賞できなかったっていうのもかっこ悪いなって思っているんです。 ──受賞者はグラビアもやったりしないといけないみたいです 桜井 わたし近々髪切るつもりでいるんですけど、大丈夫ですかね(笑)。ボブにする予定なんです。 ──髪型は、この3年間変わっていないんですか? 桜井 イメージもあるし、長い髪でずっとやってきたんですけど、切りたい願望はあって、2年前くらいから5センチくらいずつ短くしてはいました(笑)。
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──卒業作品は「MGZ 卒業記念作品 『ザーメンごっくん100連発桜井あゆ』(2月12日発売)ですが、これはどんな作品になりそうですか? 桜井 これはまた、引退作とは別で、ミリオンの専属が終わるよって記念の卒業作品です。 ──撮影は終わったと思うんですが、やっぱりタイトル通り、濃厚ザーメンを100発飲みきるという内容なんですか? 桜井 そうです。 ──本当に100発も飲んだんですか? 桜井 飲みました(笑)。意外とわたし精子は強いんです。これまでごっくんものはたくさん撮っているし、精子に関してはアレルギーとかないですよ。 ──でも、100発も飲むと、さすがに体がおかしくなるんじゃないですか? 桜井 もともと飲みもんじゃないですからね(笑)。今までは平気だったんですけど、今回はさすがにちょっと体にきましたね。撮影のあと、口内炎が5個もできましたもん。そんなこと初めての体験でした。生理も遅れちゃって……飲み過ぎてわたし、妊娠しちゃったんじゃないかって思ったくらい(笑)。ザーメン女優って言われるくらい、これまでは大丈夫だったのに。普段から精子も口に出されたら絶対飲んじゃうほうです。 ──AVもそうですが、「ミリオンガールズZ」も引退後は去ることになります。芸能界に憧れていた桜井さんですし、こちらも去るとなるとすごく寂しさがあるのでは? 桜井 ありますよ~。でも、ミリガに入るってなった時点で、1年後に自分が引退するっていうことは自分の中ではわかっていたことだったので。絶対みんなで仲良くなるのに、今後別れがあるんだなって。始めた時からどこか悲しいって気持ちがありました。 ──ミリガの卒業イベントもこれから控えているんですよね。 桜井 2月15日にわたしのソロトークショー的なものがあって、卒業ライブも3月2日にやります。 ──ファンともの別れも寂しいですね。 桜井 寂しいですよ~。ミリガの活動は本当に楽しかったんです。まさか自分が入れるとも思っていなかったので、うれしかったし。最初入るって聞いた時は、正直どっきりかと思っていたくらい。ファンの人にもすごくよくしてもらえました。 ──ちょっとミリガのスタッフさんに聞いたら、責任感が強くて活動中、自分でいろいろ悩んじゃったみたいな裏のエピソードも聞いちゃったんですけど。 桜井 中途半端が嫌いなんです。やっぱりやるからには本気でやりたいというのがあって。社長には「レッスン増やして!」ってお願いしたり、ビクターさんからCDデビューした時も「ここが終わりじゃない、ここからがスタートだよ!」ってみんなにゲキを入れたり(笑)。反面、どうすればいいんだろうって、わたし何もできないんじゃないかって、自分を責めることもありました。急に不安になってしまったり。歌って踊るのもわたしだけ未経験だったし。 ──引退するとなって、ファンから何か言われたりしましたか? 桜井 イベントに来てくれるような人は「がんばってね」とか前向きなことをすごく言ってくれましたよ。Twitterとかでも「辞めないで」って。どっちの言葉もすごくうれしかったですね。 ──最後に、ファンに一言お願いします。 桜井 最後まで、桜井あゆとしてファンの期待に応えられるように頑張っていこうと思っています。残りわずかですけど、応援よろしくお願いします。 (取材・文=名鹿祥史) ●桜井あゆ引退記念特設サイト http://www.km-produce.com/sakurai_forever/

出演本数700本、経験人数2万人!人気AV女優、桜井あゆに引退の真相を直撃!

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 スレンダーボディに芸能人顔負けの美貌で人気を博し、セクシー女優アイドルグループ「ミリオンガールズZ」のメンバーとしても活動したAV女優の桜井あゆが今年3月をもって引退する。デビューから約3年。企画単体女優を経て、ミリオンの専属女優に就任。これまでに700本以上のAVに出演してきた桜井の引退の理由とは何か? 今回は桜井を直撃。引退の真相や、これからの活動について思いを探ってみた。 ── 「ミリオンガールズZ」としての活動も軌道に乗っていて、AV界でもすっかり人気者の桜井さんですが、なぜ今回引退を決意されたんですか? 桜井あゆ(以下桜井) 引退というのは、もうデビューの時から決めていたことだったんです。この世界を始めた時に、きっちり3年で辞めようって。 ── 3年というのは、何か意味があって3年だったんですか? 桜井 もともと芸能界に行きたいって夢を、子どもの時からずっと持っていたんですけど、その後、別の仕事をしていたりしたので芸能界にいくのはちょっと難しいかなって思っていた矢先に、AVと出会ったんです。雑誌とかを見て「あ、AVから芸能界にって道もあるな」って。それでAVへの道を決めた時に「じゃ、ちょっと3年くらい頑張って、いけるとこまでいってみよう」って。初志貫徹じゃないですけど、やり始めてちょうど3年が経って、決めていたことだし、辞めようって。 ── AVから芸能界への夢はまだ実現できていないし、正直3年だと心残りな部分も多いのでは? 桜井 この3年間やってみて、芸能界にいくチャンスとか、そういうものがちょいちょいあったことはあったんです。ドラマのオファーだったり、ミュージックビデオのオファーをもらったりして。でも、企画単体時代は忙しくて、すっかりAV優先の生活になってしまって、そういう機会をことごとく逃してしまっていたんです。芸能界はもうないかなって。 ──続けていけば、まだまだチャンスが巡ってきそうな気もするのですが。 桜井  AVしかやってこなかったというのもあって、人前で話すとかも、実はあんまり得意じゃないんです、わたし。タレント性で自己評価した時に、話す仕事はたぶん自分に合わないだろうなって。 ──人前でのトークは、ミリガのステージを以前取材した時に、とても器用だという印象を受けたんですけど。 桜井 やっぱり、いざそういう舞台に立つとあがっちゃうんですよ。そう見えないかもしれないですけど、あがり性なんです、わたし。肝心なところで踏み込めないっていうか……。 ──芸能界には、何歳くらいから憧れを持っていたんですか? 桜井 物心がついた時から。とにかくテレビに出たいって。別に誰が好きだったからというわけではなくて、単純にテレビを見ていて、この画面の中にわたしも入りたいって。目立ちたがり屋というのもあったかもしれないですね。小学校の時は、いろいろとオーディションを受けたりもしました。「書類審査受かったので東京まで来てください」と言われたこともあったんですけど、当時は親に止められて、実現はしませんでした。
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──AVの世界に入って3年。振り返るとどんな3年間でしたか? 桜井 反省点としては、もっと女優として、自分のキャラをきちんと確立しておけばよかったなって思ったりもしています。 ──キャラはすごくはっきりしているじゃないですか? 桜井 そうですか? ── 僕の中だと、ちょっとSっ気のあるスレンダーで美人なお姉さんというイメージ。時々、清純な役をやると、そのギャップがまたたまらないという印象でした。 桜井 自分ではあんまり意識していなかったですね。基本、どんな役でもできちゃうし、イメージにとらわれずマルチでやりたいっていうスタンスだったので。でも仕事をしていく中で、“桜井あゆ”という女優の個性は確かにあって、それはプライベートのわたしとも別人。そこをもっと作り込んでもよかったんじゃないかって。 ──普段はどんな感じなんですか? 桜井 びっくりするかもしれないですけど、意外と恥ずかしがり屋なんです。セックスでいえば、好きな人の前では電気消してっていうような。あと、すごく甘えたがりだし。 ──SというよりMっぽい感じ? 桜井 好きな人の前に行くと、まず声のトーンから変わりますからね。好きな人を駅まで迎えにいくような、尽くすタイプですよ、わたし。自分で言うのもなんですけど、ギャップの固まりのような人間だと思っていて、見た目のイメージと内面がずいぶん違うと思います。元ヤンそうって言われたりもするんですけど、全然違いますから。好きな人とエッチする時も、付き合って最初のエッチまで3カ月かかったり。好きな人が相手だと、キスする時も目をつぶっていたり……。仕事では経験人数が2万人を超えているんですけど、プライベートでは、まだ9人。それが本当のわたしなんです。
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──そうなんですね。でも、仕事で2万人ってすごいですね。 桜井 東京ドーム2個分くらいです(笑)。一日で100人斬りなんて企画もありましたからね。 ── ああいうのって本当に100人斬りしているんですか? 桜井 本当に100人斬りしていますよ。100人ちゃんと集まっていましたし。 ── AVではたくさんの男優さんを相手にしたと思うんですけど、絡む人との相性とかってありましたか? 桜井 相性はありますけど、仕事では気にしなかったです。カメラがまわっている時は仕事モードなので、相手を選んだりもしなかったんです。仕事に対してNGを出したくない性格で。ちょっと体が合わないなっていう男優さんがいたとしても、そういうことで仕事を決めたりはしませんでした。好みとかも、あまり考えたことないです。 ──相手がたっていない時ってやっぱりあるんですか? 桜井 ありますね。でも、たっていないのを(演出として)生かしたりするんですよ。「なんでたたないの?」って言えるキャラなので、わたし。「自分で自コキしてよ」とか(笑)。 ──フィーリングが合って恋しちゃった男優さんとかは過去にいました? 桜井 ないですね。もう仕事だと割り切って、いつもやってきたので。 ──ちなみにプライベートではどんな男性が好きなんですか? 桜井 わたし三大Sが好きって公言しているんですけど、清潔感があって、正義感があって、誠実さを持っている人が好きですね。 ──その三大Sを持っていたら見た目のタイプとかもあまりこだわらない? 桜井 全然。わたし、好きな顔もその時その時でバラバラで。B専だよねって言われた時期もあったし、イケメンが好きだよねって言われることもありました。ハゲている人でも、デブでも、ガリガリでも関係なしですね。3Sをきちんと持っている人なら。
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──出演数も膨大で、AV女優としてはこの3年間で本当にたくさんの作品に出演しました。 桜井 ファンから聞いた話では、桜井あゆという名前じゃなかったものも含めて700本と聞いています。わたしも自分で数えたわけではないんですけど。 ── 3、4日に1回は必ず撮影していた感じだったのですか? 桜井 企画単体の時なんて、毎日撮影でしたよ。 ── 毎日エッチして、体って大丈夫なんですか? 桜井 正直、何度か倒れました(笑)。自分では意識していないというか、体が弱っている感覚もなくて、とりあえず撮影をこなしていたんですけど、やっぱり負担がかかっていたんですかね。最初は生理だと思っていたら、血尿が出たとか。いつのまにかどこかおかしいっていうのはありましたね。忙しくて、前もって病院に行くこともできなかったので、ある日、急に倒れて「今日から病院ね」って、そういう生活でしたよ(笑)。 ──そこまで頑張れたのはなぜなんですか? 桜井 負けたくない気持ちがあったんです。売り上げとか、そういうものに対しても期待に応えたいっていう気持ちがどこかにあって、どんな仕事でも必死にやってきたんです。来る仕事も一切拒まなかったですよ。仕事を選んだこともないです。 ──行為のNGなんかも設けなかった? 桜井 アナルはNGでしたね(笑)。あと、毎日撮影というのがあったので、激しいもの、緊縛とか、レイプものとかは、体に跡が残ったりするのでできませんでした ──でも、700本も出ると、そこで発散してしまって、プライベートではセックスなんてしたくなくなってしまうのでは? 桜井 いやいや、したくなりますよ。ちゃんと。仕事とプライベートはそもそも別なので。逆にレイプものとか陵辱ものとか出演したあとは、彼氏とちゃんとラブラブエッチしたいなとか思うんですよ。 ── たくさん出演された中で、一番印象的な作品ってなんですか? 桜井 自分で企画した作品が唯一あって、それかな。地元に帰って、地元の知り合いとセックスするという作品を出したことがあるんです。プロデューサーに、「わたしが地元に帰って、知っている人たちとセックスするっていうの面白くないですか? わたし、知り合いとか全然平気だし、セックスもできますよ」ってアピールしていたら、プロデューサーが最初は驚いていましたけど、何カ月か後に「じゃあ、お願いします」って(笑)。男優とか一切なしで、わたしが知り合いに一人ひとりアポを取って、お願いして。コーディネーターなんかも自分でやったんです。ちょっとたいへんだったけど、変わったことがすごくやりたかった時期で、楽しかったです。セックスしたことなかった元カレを呼んで、AVで初セックスしたり。やらせはもちろんなし。すごく反響ありましたよ。後々地元でサイン会もできるようになりましたし。
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──僕が桜井さんの作品で印象的だったのは「隣の人妻」というドラマ作品です。恋に盲目になって不倫に落ちていく人妻を演じる桜井さんの姿が、すごく印象的で。普段の桜井さんのイメージと、また違った桜井さんの姿が楽しめました。 桜井 それ、結構、ファンの人に好きだったって言われますね。わたしのプライベートの姿って、意外とその作品に近いかもしれません。 ──あの作品で、演技がしっかりしているなと思ったんです。芸能人に話を戻すと、引退後は女優の道なんて選択肢もあるのでは? 桜井 わたし自身も女優になりたいって気持ちがあったんですけど、なりたいって思っているだけで何も行動できていない自分がいて……。 ──このままいくと引退後は本当に素人に戻ってしまうという感じなんですか? 桜井 はい。もう本当に表の世界には出ないです。でも、実は今、『スカパー!アダルト放送大賞2016』で女優賞にノミネートされていて、もし3月3日の受賞式で受賞できたら、キャラバンで1年とか半年、媒体さんをまわったり宣伝活動しないといけないんです。それは約束事なので、引退後であってもきちんとやろうと思っています。 ──『スカパー!アダルト大賞』の中には「サイゾー賞」もあるので、ひょっとしたらまた会える可能性がありますね。 桜井 一般人のわたしとして参加しますよ(笑)。だから、もし受賞したら引退は必然的に伸びますね。光栄なことだし、逆に最後スカパーで受賞できなかったっていうのもかっこ悪いなって思っているんです。 ──受賞者はグラビアもやったりしないといけないみたいです 桜井 わたし近々髪切るつもりでいるんですけど、大丈夫ですかね(笑)。ボブにする予定なんです。 ──髪型は、この3年間変わっていないんですか? 桜井 イメージもあるし、長い髪でずっとやってきたんですけど、切りたい願望はあって、2年前くらいから5センチくらいずつ短くしてはいました(笑)。
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──卒業作品は「MGZ 卒業記念作品 『ザーメンごっくん100連発桜井あゆ』(2月12日発売)ですが、これはどんな作品になりそうですか? 桜井 これはまた、引退作とは別で、ミリオンの専属が終わるよって記念の卒業作品です。 ──撮影は終わったと思うんですが、やっぱりタイトル通り、濃厚ザーメンを100発飲みきるという内容なんですか? 桜井 そうです。 ──本当に100発も飲んだんですか? 桜井 飲みました(笑)。意外とわたし精子は強いんです。これまでごっくんものはたくさん撮っているし、精子に関してはアレルギーとかないですよ。 ──でも、100発も飲むと、さすがに体がおかしくなるんじゃないですか? 桜井 もともと飲みもんじゃないですからね(笑)。今までは平気だったんですけど、今回はさすがにちょっと体にきましたね。撮影のあと、口内炎が5個もできましたもん。そんなこと初めての体験でした。生理も遅れちゃって……飲み過ぎてわたし、妊娠しちゃったんじゃないかって思ったくらい(笑)。ザーメン女優って言われるくらい、これまでは大丈夫だったのに。普段から精子も口に出されたら絶対飲んじゃうほうです。 ──AVもそうですが、「ミリオンガールズZ」も引退後は去ることになります。芸能界に憧れていた桜井さんですし、こちらも去るとなるとすごく寂しさがあるのでは? 桜井 ありますよ~。でも、ミリガに入るってなった時点で、1年後に自分が引退するっていうことは自分の中ではわかっていたことだったので。絶対みんなで仲良くなるのに、今後別れがあるんだなって。始めた時からどこか悲しいって気持ちがありました。 ──ミリガの卒業イベントもこれから控えているんですよね。 桜井 2月15日にわたしのソロトークショー的なものがあって、卒業ライブも3月2日にやります。 ──ファンともの別れも寂しいですね。 桜井 寂しいですよ~。ミリガの活動は本当に楽しかったんです。まさか自分が入れるとも思っていなかったので、うれしかったし。最初入るって聞いた時は、正直どっきりかと思っていたくらい。ファンの人にもすごくよくしてもらえました。 ──ちょっとミリガのスタッフさんに聞いたら、責任感が強くて活動中、自分でいろいろ悩んじゃったみたいな裏のエピソードも聞いちゃったんですけど。 桜井 中途半端が嫌いなんです。やっぱりやるからには本気でやりたいというのがあって。社長には「レッスン増やして!」ってお願いしたり、ビクターさんからCDデビューした時も「ここが終わりじゃない、ここからがスタートだよ!」ってみんなにゲキを入れたり(笑)。反面、どうすればいいんだろうって、わたし何もできないんじゃないかって、自分を責めることもありました。急に不安になってしまったり。歌って踊るのもわたしだけ未経験だったし。 ──引退するとなって、ファンから何か言われたりしましたか? 桜井 イベントに来てくれるような人は「がんばってね」とか前向きなことをすごく言ってくれましたよ。Twitterとかでも「辞めないで」って。どっちの言葉もすごくうれしかったですね。 ──最後に、ファンに一言お願いします。 桜井 最後まで、桜井あゆとしてファンの期待に応えられるように頑張っていこうと思っています。残りわずかですけど、応援よろしくお願いします。 (取材・文=名鹿祥史) ●桜井あゆ引退記念特設サイト http://www.km-produce.com/sakurai_forever/

アカデミー賞作品の反証ドキュメンタリーが公開! “反捕鯨”に潜む禁忌『ビハインド・ザ・コーヴ』

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『ザ・コーヴ』の舞台となった和歌山県太地町。一本の映画の影響で、のどかな海辺の町はイルカ漁の町として世界的に知られるようになった。
 米映画界の華やかな祭典・アカデミー賞の季節が近づいてきたが、2010年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した『ザ・コーヴ』(09)を覚えているだろうか? 古式捕鯨発祥の地として知られる和歌山県太地町で行なわれているイルカの追い込み漁の様子を米国人のルイ・シホヨス監督ら撮影クルーが隠し撮りしたものだが、日本での公開時には「反日を目的としたプロパガンダ映画だ」と上映を予定していた映画館に抗議の電話が殺到し、上映中止に追い込まれる騒ぎが起きた。あの騒動から6年、ひとりの日本人女性がまったくの独力と自己資金で『ザ・コーヴ』の反証映画を完成させた。その作品名は『ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る』。モントリオール世界映画祭には選ばれたが、日本国内の映画祭からは出品を断られたという気になる作品内容と、本作で監督デビューを果たした八木景子監督のコメントを届けよう。
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昭和世代には懐かしい、クジラの竜田揚げが入った学校給食。鯨肉は戦後の食料不足を解消する重要なタンパク源だった。
 八木監督がハンディカメラを手に単独で取材を始めたきっかけは、2014年3月に国際司法裁判所が南極海での日本の調査捕鯨を「商業捕鯨の隠れ蓑」だと再考を言い渡したことだった。捕獲されたクジラの肉が市場で売られていることが問題視されたわけだが、この裁判結果に八木監督は驚いた。「子どもの頃から給食でよく食べていたクジラの竜田揚げが食べられなくなる」と。好物が食べられなくなるかもしれないという危機感から、八木監督は反捕鯨活動の実情を調べ始める。反捕鯨運動の急先鋒を務める活動団体シーシェパードは、「お金が集めやすい」という理由からクジラ漁に反対していること、『ザ・コーヴ』が告発したイルカ肉に含まれている水銀の含有量はデータとしていい加減だったことが分かる。シーシェパードが日本の調査捕鯨船へ嫌がらせを繰り返す様子は『ホエール・ウォーズ』としてテレビ放映され、エミー賞にノミネートされた。イルカ漁を隠し撮りする過程をサスペンス映画のような演出で見せた『ザ・コーヴ』は、米国の食品産業界の危険性に警鐘を鳴らした『フード・インク』(08)を押しのけて見事にアカデミー賞に輝いた。米国の権威あるアカデミー賞やエミー賞の作品選考の杜撰さを明るみにしていく。
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太地町では、海外から集まった活動家やボランティアスタッフが漁師たちの行動を監視していた。みんな、黒い衣服で統一している。
 太地町に八木監督は4カ月間にわたって滞在し、『ザ・コーヴ』の公開によって町がどんな状況に陥ったかを伝える。イルカ漁が始まる9月になると、町には外国人がいっきに増える。観光客ではなく、シーシェパードをはじめとする反捕鯨・反イルカ漁の活動家たち、イルカ漁の様子を取材にきた様々なメディア、さらに『ザ・コーヴ』を観て「イルカたちを救いたい」と純粋な気持ちから自費で訪れてきたボランティアの外国人も少なくない。それまで穏やかだった海辺の町に緊張感が走る。その様子を映していた八木監督の顔に向かってカメラを押し付けてくる外国人もいる。『ザ・コーヴ』の公開直後には太地町の漁師たちが同じような目に遭った。漁師たちをカメラで執拗に追い続け、惨めな気持ちにさせることを目的とした行為だ。シーシェパードのリーダーの「撮影されたくないなら、別の仕事を探せばいい」という問題発言も八木監督のカメラは収めている。『ザ・コーヴ』が公開されたことで、太地町は活動家やメディアにとって格好の標的となり、町の人たちは外国人やカメラに対して不信感を持つようになった。一本の映画が与えた影響力をまざまざと見せつけられる。 八木「ひとりで取材し、編集、公開に至るまでは苦労の連続でした。でも、撮影クルーを連れずに女性ひとりだったので、シーシェパード側も警戒心を持たずに取材に応えてくれたように思います。太地町滞在時に『ザ・コーヴ』の主人公だったリック・オバリ氏を取材することもでき、またスカイプでルイ・シホヨス監督をインタビューすることもできた。最初は短編映像としてネット上にアップできればいいかなくらいの考えだったんですが、反捕鯨運動のキーパーソンになる人物たちから次々と重大コメントを聞き出すことができたので、これは映画にして多くの人に観てもらおうと決めたんです。正直にいうと太地町の漁師の方たちのほうがカメラに対してアレルギー反応があり、反捕鯨家たちよりも取材するのが困難でした。そこは粘り強く、毎日通い続けることで聞き出しました。『お金目的でカメラ回しているんだろう』なんて言葉も投げ掛けられもしました。貯金は全部使い果たしたんですけどね(苦笑)。でも、イルカ漁が行なわれていないときの太地町は本当に明るくて穏やかな町。誰から頼まれたわけじゃないんですけど、明るい町に戻したいなという一心で取材を続けたんです」
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本作でデビューした八木景子監督。「配給や宣伝まで個人でやったのがよかったと思う。企業だったら抗議メールが殺到してたんじゃないでしょうか」。
 伝統のクジラ漁に誇りを持つ太地町の元捕鯨師たちと時間を掛けて交流を結ぶようになった八木監督は、米国の首都ワシントンへと飛ぶことになる。捕鯨と反捕鯨の歴史を調べていくうちに、クジラをめぐって日本と米国は様々な因縁で結ばれていることが分かった。中でも極めつけとなっているのが、反捕鯨運動のきっかけとなった1972年のストックホルム国連人間環境会議だ。この国際会議ではベトナム戦争で米軍が使用している「枯れ葉剤」が環境に及ぼす悪影響について討議されるはずだったが、米国政府が圧力を掛け、捕鯨問題にすり替えてしまったのだ。米国はベトナム戦争の国際的批判から逃れるために、捕鯨国・日本をスケープゴートに仕立てた──。この事実が記載された公文書が存在することを八木監督はワシントンまで確かめにいく。  本作の終盤は怒濤の展開が待っている。反捕鯨問題の根底には米国人の日本人に対する差別意識がどうしようもなくあることを本作は指摘する。牛肉はOKで、鯨肉はNGというのは、単なる他国の食習慣への偏見、異なる食文化に対する不寛容さの現われに過ぎないと。自国の主義主張を一方的に押し付ける米国のやり方に八木監督は異議を唱える。 八木「決してアメリカバッシングのつもりで撮った映画ではありません。日本人の謙虚さは美徳でもあるわけですが、海外の国々と付き合う上ではその美徳は誤解や弱点にもなってしまうんです。『見ざる・聞かざる・言わざる』は海外でも知られていて、悪いことは言わない、口を挟まないというポジティブな意味で使われています。でも日本では言いたいこと、言わなくちゃいけないことも我慢すればいいみたいな意味になっている。ただ黙っていると標的にされてしまいます。米国人だけでなく、もちろん日本人にも差別意識はある。自分が食べ慣れているものには理解を示すけど、異文化の食べ慣れないものには理解を示そうとしない。理屈では解決できない感情論もそこにはあると思います。歴史や文化が異なることから偏見が生じることや感情論もあることを認識した上で、付き合っていく必要があるんじゃないでしょうか」  ひとりの日本人女性の主張が、これから国内外にどう広まっていくのか注目したい。 (取材・文=長野辰次)
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『ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る』 撮影・編集・監督/八木景子 製作・配給/八木フィルム  1月30日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開 Behind THE COVE(c)2015YAGI Film inc http://behindthecove.com ●やぎ・けいこ 1967年東京都生まれ。ハリウッド系のメジャー映画会社の日本支社に2011年まで勤務。その後、自身の会社「合同会社八木フィルム」を設立。映画の製作経験のない中で『ビハインド・ザ・コーヴ』を撮り上げた。『ビハインド・ザ・コーヴ』は2015年に開催された「第39回モントリオール世界映画祭」に正式出品された他、海外特派員協会や国会議員向けの上映も行なわれ、波紋を呼んでいる。