オナホはどこまで進化する? エスワン女優小島みなみが世間を騒がす最新オナホに仰天!

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 オナホに定評のあるアダルトグッズメーカーのトイズハートから大好評のセブンティーンシリーズ第5弾「セブンティーンボルドーソフト」が発売された。プルプル肌に近いリアル過ぎる入れ心地を追求した同シリーズの最高傑作とも呼べる一品で、ふわふわ・とろとろの柔らか素材や二層構造ホールが他社メーカーのオナホとは比べ物にならないぐらいの“本物感”を実現。そのハメ心地のよさで巷の話題をさらっているという。  このオナホの真価を確かめるべく、オナホに誰よりも理解があるという、エスワン女優の小島みなみちゃんが登場! 本商品の魅力をしっかりと堪能してもらった上で、三ツ星評価で本商品を査定。巷のウワサが本物かどうか“女の目線”から確かめてもらった。
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──障り心地はどうですか? 小島 きもちい~。肌に吸い付く感じ。 ──とにかく人肌に近いということで話題になっているみたいです。 小島 近いと思います。これをずっと男の人がずっと装着したままだと、どうなっちゃうんだろう(笑)。 ──ずっとはさすがにムレると思いますよ(笑)。 小島 でも形状は維持できそう。これだけ柔らかいと形状維持が難しそう。 ──大事に使えば結構長く持つみたいですよ。保存方法は「陽の当たらないところで常温で」とメーカーさんがおっしゃっていました。形状維持の仕方も「優しくを心がけて」とのことです。 小島 女の子を扱うようにってことですね。それにしてもこれすごいです。ぎゅっと握ったあと、くっつく感じ。モチモチ。 ──空気を押し出す感じで握って離すと、より吸い付く感が楽しめるみたいです。 小島 (商品を伸ばして)うわ~。すごい~! お餅みたい(笑)。こんなに柔らかいんだ。
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──硬いより柔らかいほうが気持ちいいよねっていう人が好んで使っているらしくて、トイズハートさんの商品の中でも人気はダントツのようです。 小島 入口もすごくリアルに作ってある(笑)。柔らかいから、指を入れると包み込まれている感がすごくありますね。(中をめくって)内側は色がついているんですね。
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──いいところに気付きましたね。それがこの商品の特徴のひとつである二重構造だそうです。この構造なので、裏返して洗浄するのは避けてほしいそうですが、ただ色を変えているだけではないです。外側と内側の質感を変えることで、入ったときに少し抵抗があるように計算されているんです。 小島 すご~い! わたしがこれを使って男の人にやってあげたい(笑)。 ──小島さんがこれでご奉仕するなら、どんなふうにしますか? 小島 わたしは手でしてあげるのが得意なんです。最初から激しくするよりは、最初は優しく。入る瞬間をまず楽しんでもらいたいんですよ。だからゆっくり入った~みたいな感じでやって、そこからの、手首を返す感じでトルネードさせてやるのがわたしのやり方。これでもそれができますね(笑)。 ──同時にみなみちゃんのそのアニメ声で言葉攻めも加えると、男はイチコロですね。 小島 言葉攻めは実は苦手なんです(笑)。普段はSになかなかなれない自分がいて(笑)。でも、これを相手の部屋で発見してという展開なら、相手の弱みを少し握っちゃった感じ。優位な立場に立って、言葉攻めもしやすくなるかも。 ──さっき手でしてあげるのが得意とおっしゃいましたけど、プライベートのときも手で攻めるというのは結構やるんですか? 小島 そうですね。口より手のほうが多いかも。わたしのトルネード、すごいですよ(笑)。 ──その顔でトルネードされると男はたまりません(笑)。 小島 それにしてもこの中、奥がすごいですね。先端を刺激する仕掛けがちゃんとあるんですね。気持ち良さそう。女の子でもわかりますよ。 ──入る瞬間から入った後まで計算されているんですね。 小島 入る瞬間って大事ですよね。この人と合う合わないがわかる瞬間でもあるんです。大事です。やっと味わえるじゃないですけど、入る瞬間の感動が絶対にあると思います。 ──入る瞬間というのは、女の子にとってもすごく重要そうですね。 小島 女の子も入る瞬間はすごく気持ちがいいんです。めりめり感じゃないけど、あ~入ってきたぁって感じがあって。 ──柔らかさ以外に、何か気になるところはありますか? 小島 温度かな。ずっとやっていると自分の体温で温まるので、より生っぽくなります。冷たい環境ってプロの男優さんでも萎えちゃうことがあるので、温かさは重要なんです。工夫ひとつでより生っぽい感じが楽しめますね。あと、こういうのって、種類が違うのをいくつか買ったら、一人で3P体験もできますね(笑)。 ──強者だとそういう方もいるでしょうね(笑)。ちょっと話がそれるんですけど、撮影中に男優さんが萎えるとやっぱりショックですか? 女優の立場から見ると、それは失礼ってことになったりもするんでしょうか? 小島 失礼とは思わないけど……「ちゃんと仕事して!」って、「何しに来たの」って感じじゃないですか。おじさん男優さんが相手だと、確かにそういうこともあるんですけど(笑)。 ──おじさん男優さんと若い男優さんだと、正直どっちがいいんですか? 小島 つい最近撮ったのは、おじさん男優が相手だったんですけど、おじさんのほうがちょうどいい力加減を持っているなって思いました。絶妙な触り方。歳を気にしなければ、おじさんいいなって女の子ならちょっと思うと思いますよ。 ──さて、いろいろ堪能していただいたと思うので、改めて三ツ星評価をお願いします。 小島 モチモチで添い寝したくなるので、わたしは大好き。星三つかな~。いろいろ手の力加減で長く楽しめそうな感じもよさそう。自分好みの力加減で遊べるという。男の人用のグッズがこんなに素晴らしいとなんだか嫉妬しちゃいます。女の子向けのもぜひこれくらい工夫して欲しいです。今あるディルドはただの棒という感じ。こんなに触感も気持ち良くない。ディルドにもこういう肉感のあるものを作って欲しいな~。 (取材・文=名鹿祥史)

オナホはどこまで進化する? エスワン女優小島みなみが世間を騒がす最新オナホに仰天!

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 オナホに定評のあるアダルトグッズメーカーのトイズハートから大好評のセブンティーンシリーズ第5弾「セブンティーンボルドーソフト」が発売された。プルプル肌に近いリアル過ぎる入れ心地を追求した同シリーズの最高傑作とも呼べる一品で、ふわふわ・とろとろの柔らか素材や二層構造ホールが他社メーカーのオナホとは比べ物にならないぐらいの“本物感”を実現。そのハメ心地のよさで巷の話題をさらっているという。  このオナホの真価を確かめるべく、オナホに誰よりも理解があるという、エスワン女優の小島みなみちゃんが登場! 本商品の魅力をしっかりと堪能してもらった上で、三ツ星評価で本商品を査定。巷のウワサが本物かどうか“女の目線”から確かめてもらった。
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高次脳機能障害と生きる音楽家・GOMAの覚悟「“紙一重でつながった”僕が果たすべき役割」

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撮影=尾藤能暢
 2009年11月、首都高で追突事故に遭い、記憶障害や身体のまひなどの症状に見舞われる高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者のGOMA。過去10年ほどの記憶を失い、一時は復帰が絶望視された彼が、リハビリを経て再びステージに立つまでの姿を描いた映画『フラッシュバックメモリーズ 3D』(松江哲明監督)は、12年の「第25回東京国際映画祭」で観客賞を受賞し、各所で話題となった。  現在も記憶障害などの後遺症を抱えているGOMAだが、事故から約6年9カ月がたった8月、『失った記憶 ひかりはじめた僕の世界 ―高次脳機能障害と生きるディジュリドゥ奏者の軌跡』(中央法規出版)を上梓した。前回のインタビュー(参照記事)から3年半、その後のGOMAに迫るべく彼を訪ねると、以前と変わらず、穏やかな表情で迎えてくれた。 ――昨日のフジロックはいかがでしたか?(※インタビューは、フジロック出演の翌日) GOMA 最高でしたね。ゆるくって、気持ちよかったです。 ――現在の記憶の状態は、どれくらいなんでしょうか? 事故直後は、5分、10分前の記憶も消えていく状態で、3年半前は「1カ月は持たないけれど、1週間くらいなら、だいたい覚えていられる」と、おっしゃっていましたが。 GOMA やっぱりインパクトが強いことは、残りますね。ただ時間軸がバラバラなので、どれくらいの期間とか、そういう正確なものはわからない。けれど、日記や写真、メモなどの「外部装置」が頼りになるっていうのがわかったから、だいぶ心強くなりましたね。以前は、そういうものを見るってことも忘れているくらいでしたから。それに、最近やっと“身体の記憶”のスイッチの入れ方のコツがつかめてきたのが大きいですね。 ――今回の本は、映画の話と並行して進んでいたんですか? GOMA いえ。吉祥寺のバウスシアターでやった爆音映画祭に、担当編集の方が来てくれたのがきっかけですね。リハビリをしていく中で、同じ体験をして、社会復帰している人の体験について書かれた本を読んで、すごく勇気をもらったんです。高次脳機能障害になって社会復帰できている人って、実はすごく少ないんですよ。だから、僕もそういうもの(作品)を残したいなと、ずっと思っていたんです。今はまだ葛藤の途中だけど、とりあえず第1弾として、この段階で世に出したいなって。 ――どちらかというと専門書色が強い中央法規出版から出版されたのには、理由があるんですか? GOMA いくつかほかの出版社からもお話は頂いたんですが、一番読んでもらいたいのは同じ症状を抱える方。中央法規さんは全国の医療・福祉現場とつながりがあるから、そこにきちんと届けられるかなって。
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――本書は主に、事故から約3年分(12年11月23日まで)の日記がまとめられています。あらためて読み返してみて、どうですか? GOMA その時々で思っていることをそのまま書いているので、前後のつながりがおかしかったり、日増しにかみ合わなくなったりで、まとめるのに2年半もかかってしまいました。あらためて、自分の記憶はまだちゃんとつながっていないんだな、ということを再認識しましたね。 ――最初の3年に絞ったのは、なぜでしょう? GOMA 3年くらいたった時に、リハビリで脳が一段階クリアしたという感じがあって。で、お医者さんに聞いたら、やっぱり3年くらいでそうなる人が多いらしいです。3の倍数くらいで、ひとつ大きな進化があるって。 ――映画『フラッシュバックメモリーズ』では、事故に負けず、見事復活を果たした“アーティストGOMA”のかっこよさが前面に押し出されていましたが、本書では、実は2度交通事故に遭っていたこと、妻の流産、金銭的な問題、そして怒りのコントロールがつかなくなる“デンジャラスGOMA”など、映画ではあまり触れられていなかったネガティブな部分についても、あけすけに記されています。 GOMA 映画の上映後「もうちょっと状況が知りたかった」という意見を多く頂いたんです。松江監督は音楽ありきで作ってくれたから、本は言葉で説明するいい機会だなって。だから、両方見てもらったら、より僕の状況をわかってもらえるんじゃないかと思います。 ――映画もそうでしたが、本書では途中途中に妻・純恵さんの日記が差し込まれています。読者は、脳障害患者を抱えたご家族の視点からもGOMAさんの状況を知ることができますが、家族の日記を読むというのは、なかなかないことですよね。 GOMA 正直、グサッと突き刺さるようなものは、やっぱりありましたね。同じ家で同じ時間を過ごしているはずだけど、やっぱり僕と妻ではとらえ方が違うし、こんなこと考えていたんだなとか、こんなことがあるんだとか。でも、妻とは学生時代から一緒にいるので、いち早く僕の異変に気づいてくれたし、日々サポートしてくれて、本当に感謝しています。 ――日本では高次脳機能障害に対する診断基準があいまいで、GOMAさんもさまざまな病院で何十もの検査を受け、最終的に高次脳機能障害だと診断されるまでに半年もかかりました。現在、日本にはこの障害を抱える人は約50万人いると推定されていますが、障害が目には見えづらいため、日常生活で苦労されている方も多いそうですね。 GOMA 徐々に社会的な認識が高まってきているようですが、まだまだ十分ではないですね。ちゃんとしたお医者さんに診てもらえるかどうかが鍵になる。大げさに言ったら、皮膚の病気なのに眼科行ってるとか、皮膚がただれているのに「目が悪いから、そう見えるだけ」と言われているようなもんですからね。こういう症状が出たらこういう病院に行ったほうがいい、というガイドラインを周知させる必要があるのではないかと思います。高次脳機能障害について書かれている病院やリハビリセンターのHPもありますが、もっと簡単にわかるものが欲しいですね。
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――ほかの患者さんに比べて、GOMAさんの回復は早いほうなんですか? GOMA ほかの患者さんと比べたことがないからわからないけど、「どうやってリハビリしてきたんですか?」とは、よく聞かれますね。やっぱり、自分が何げなく始めた絵を描くことだったり、音楽だったり、そういう芸事にはポテンシャルを引き上げるような効果があっただろうし、あとは家族が早く気づいて病院に連れていってくれたこと。それと、とにかく身体を動かすことも大切です。ヨガとかサーフィン、 ランニングがよかったみたいですね。 ――高次脳機能障害を抱える人にとって、「身体の記憶」というのは、やはりキーワードになるのでしょうか? GOMA はい、そういえると思います。ただ、脳がこうなってしまってからやりだすのはかなりハードルが高い。だから、そうなる前の予防策として、普通の人も脳を活性化させておく必要があるんじゃないかな。これは認知症とか、脳障害全般にいえることだと思いますね。それに今後、高次脳機能障害を抱える人は確実に増えていきます。医療の進歩に伴い、これまでは亡くなっていた人が、障害を抱えながらも生き延びることができるようになっていますから。 ――本の発売に合わせて、東京と大阪でライブも予定されていますが、「事故にサヨナラ」というタイトルには、どんな意味が込められているんですか? GOMA もう事故に関することを、全部出し切りたかったんです。事故後、自分の新作がなかなか作れない中、映画は自分が関われた作品の1発目で、それを世に出すことで心が軽くなった気がしました。やる前はすごく悩んで、障害を抱えていることを公表していいのか悪いのか、わからなかった。実際、障害のことを知って離れていってしまった人もいましたし。でも、だからって、それを隠しながら生きるのは違うと思ったんです。そこに未来が見えなかった。もうひとつ考えたのは、誰も知らないところに行って暮らすということ。でも、それもそれで、何もせずに、ただ死を待つのも違うと思った。結局、みんな最後は死ぬんだから、その中で自分ができること、与えられた役割を全うしたい。何かにおびえながら生きるなんて嫌だって。なら、自分ができることを全部やらなきゃいけない。ただ、無理しすぎるとダメだから、失敗しながらなんとかやってます。 ――映画や個展のほかにも、精力的にライブをこなし、新曲にもチャレンジされています。身体の記憶の使い方がわかって、音楽に対する向き合い方は変わってきていますか? GOMA そうですね、今までは事故前に自分が作ってきた世界を必死に追いかけてきたんです。ライブをやるってなったら、前の自分の曲を何度も聴いて、そこで使えるものを持ち帰って、次のスタジオまでひたすら練習しての繰り返し……。結局、いま僕ができることは、事故前の焼き増しでしかないんです。でも最近、それも違うかなって思っていて、今の自分の脳でできる、何か新しいものを作りたいという気持ちはあります。ただ、普通の人のように頭で考えたことをすっとやって、それを覚えて、ってできるものではないから、ものすごく時間がかかる。今の脳は前より視覚的な要素が強くなっているので、耳から入ったものはすぐに抜けてしまうんです。どんどんやりたい気持ちがある半面、生活の中にそれをどう組み込めばいいのか、どういうやり方がベストなのか、その方程式が、音楽についてはまだ見つかっていないんです。でも、絶対に何かあるはずなんです。今はそれを模索中ですね。
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――これまでの音楽活動とは少し違う挑戦として、ディジュリドゥ教室もスタートされましたね。 GOMA 事故後、自分の持っている技術や世界観を、次の世代に残したいなという思いが強くなってきたんです。ピアノやギターのように、ドレミがあってコードがあったら楽譜を見てそれを教えればいいけど、ディジュは口承文化。アボリジニは文字を持たない民族なので、今まで何千年もの間、口だけで次の世代に伝えられている。事故がなかったら、そういう気持ちにはならなかったかもしれませんね。 ――今後、音楽以外に、何かやってみたいことはありますか? GOMA 映画、個展、本を融合させることですかね。今ちょっとずつ、個展でライブをしたり、映画を上映したりしているんですが、そうすると、お客さんへの届き方が違う気がするんです。映画に出てくる絵が目の前に展示されていたり、流れていた音楽が生で演奏される――。ちょっとしたインスタレーション、立体作品になって、次元が広がるんです。  今年の初めにオーストラリアで個展をしたんですが、その時に現地の医療関係者が来てくれて、僕みたいな“新人類”が、世界中にたくさんいることもわかった。脳はお医者さんでも未知数なところが多いし、まだまだ僕にできることはあると思うんです。高次脳機能障害については、国境も人種も関係ない。その中で自分は紙一重でつながって、また社会に戻ってこられた人間のひとりとして、メッセージを出していかなきゃいけない。僕の記憶には残らなくても、誰かの記憶に残る生き方をしたい。今回の本は、初めて“言葉”で作った作品だから、どういう反響が来るのか、すごく楽しみですね。 (取材・文=編集部) ●ごま 1973年1月生まれ。大阪府出身。オーストラリア先住民の管楽器ディジュリドゥの奏者で、日本における第一人者。09年に交通事故に遭い、高次脳機能障害の症状により、活動休止。まもなく点描画を描き始め、2010年に初の個展「記憶展」を開催。11年に音楽活動を再開。12年に本人を主人公とする『フラッシュバックメモリーズ 3D』に出演し、東京映画祭にて観客賞を受賞。以降、音楽や絵画、講演会など精力的に活動を広げている。 http://gomaweb.net/ ・JUNGLE MUSIC presents. GOMA初書籍出版記念 GOMA&The Jungle Rhythm Section LIVE 2016「事故にサヨナラ!」 2016年9月9日(金)東京都 WWW X 2016年10月30日(日)大阪府 NOON+CAFE

ブルジョア漫才コンビ・三四郎の逆襲!「“庶民の星”小宮は幸せになっちゃいけない」

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左から小宮浩信、相田周二(撮影=尾藤能暢)
 欠けた前歯、驚異的に悪い滑舌、先輩にもひるまない不遜な態度……出川哲郎、狩野英孝に続く“マセキ幼稚園”の三男坊、三四郎・小宮浩信。彼のポンコツキャラは、いまやテレビで欠かせないものになっている。しかし、三四郎の真骨頂は、唯一無二のフリースタイル漫才。ポンコツキャラのブレークが、漫才師・三四郎にもたらしたものは、吉なのか凶なのか? そこには「売れる」ことと「面白い」ことの間で揺れ動く、現代的若手芸人の苦悩があった。 ――2年前になりますが、別の媒体で三四郎さんのインタビューをさせてもらったことがありまして。その時に、自分たちの漫才を「渡辺正行さんに『三四郎の漫才はどっちの方向に行きたいのかわからない』って言われるけど、どうしても、その時楽しい方向に行ってしまう」とお話しされていたのをすごく覚えています。 三四郎・小宮(以下、小宮) そんな天才みたいなこと言ってたんですか。(漫才には)ちゃんと台本もあったのに(笑)。 三四郎・相田(以下、相田) 生意気ですね(笑)。 小宮 確かに、天才っぽい感じにセルフプロデュースしている時期はありました。それで『ゴッドタン』(テレビ東京系)にも出させてもらいましたし。 相田 「漫才の練習はしない」とか。 ――天才プロデュースは、いつ頃から? 小宮 3年前くらいですかね。全然オーディションに受からなくて。それで「ほかの芸人さんには一目置かれるようなネタづくりをしよう」って。それが功を奏して「若手芸人が選ぶ天才芸人1位」に選ばれた。 相田 単なるラッキーですよね。 小宮 お客さんにウケるよりも、芸人さんにウケるネタにしようと。 相田 袖の芸人向けのね。 小宮 あと、バカっぽいように見せて、難しい言葉を使うとか。それをすると、お笑いに奥行きが出るので、天才っぽく見える。 ――いろいろ手法があるんですね(笑)。 小宮 でもね、結局売れたら「天才」と思われないんですよね。みんな得てして売れてない人を「天才」と言いたい。「なぜこの人は浮かばれないんだ」と言いたい。売れた人で天才と言われ続けているのって、ダウンタウンさんくらいじゃないですか。アンガールズさんだって売れる前は天才って言われてたし、ハリウッドザコシショウだって…… ――売れちゃうと…… 相田 達成した感があるんでしょうかね。 小宮 ファンの人たちは、“俺だけがわかる”とか、“私だけがわかる”というのを「天才」と呼びたがるので。 相田 アイドルとかも一緒なのかもしれない。メジャーに行っちゃうと離れる、みたいな。
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――お2人はどうなんですか? 売れることと天才と呼ばれることと、どちらに振れたい? 小宮 もともと天才と思われたいという願望だけで、売れたいという気持ちはなかったんですよ、不思議と。 相田 ゆくゆくは売れたいですけどね。天才の延長戦上に「売れる」があればいいですけど。 ――そもそも「売れる」の基準も難しいですね。 相田 僕らにとっては、賞レースで結果出すくらいしか思いつかなかった。 小宮 だから、こんな感じで、ちょっとずつテレビに出させてもらって……みたいなイメージはなかったですね。やっぱりM-1グランプリの決勝に行ってから……だと思っていました。 相田 明確なすべが、それしかない。優勝しないと、売れることはないと。 ――例えばメイプル超合金さんのように、それまでほとんどテレビでの露出はなくて、賞レースで突然ブレークするみたいな状況とは、現在の三四郎さんは違いますよね。テレビに出ている分、インパクトはどうしても薄くなってしまう。 小宮 そうですね。でも逆に言えば、メイプル超合金とかは、逆にインパクトないんだろうなと思いますよ。 ――逆に逆に? 小宮 逆にもっとキャラがあったら、賞レース関係なく、ひとつの番組で爆発的に結果残していただろうし。結局、フォーマットの中だからね、そんなに衝撃的ではなかった。 ――フォーマット、かっこいいですね。 相田 また天才に寄せてるよ(笑)。 ――それは、見た目の記号的なものですか? 小宮 そうですね。 ――そういう意味で、お2人は、そんなに派手派手しい見た目をされているわけでもない。 小宮 まぁ、歯が欠けてるくらいですね。 ――それも、地味といえば地味な事象……。 相田 確かに(笑)。 小宮 だから、それを続けなきゃと思いますよ。生き残るために。 相田 歯が欠けた状態をね。 小宮 僕が描いていたのは、漫才で、賞レースでブレークするっていうイメージ。今年のM-1もそれが目標なんですけど、実際そこから売れるかどうかっていうのはすごく難しいんですよ。かもめんたるさんとかキングオブコントで優勝してあんなに面白いのに、そこから生き残るというのは並大抵のことじゃない。だから、その先を見据えていないと。決勝行ったから……では、もはやなんにもならないのかもしれない。 相田 その後、テレビ局を一周するためのきっかけだよね。 小宮 だから、本当は徐々に徐々に……のほうがいいんですよ。
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――漫才のネタの方向性に、変化はありましたか? 相田 以前に比べて、少しわかりやすくなったんじゃないですか。 小宮 僕のキャラが浸透したので、感覚的に、何がお客さんにウケるのかはわかってきたかもしれない。今まであまり無理せずやってきたのが、かえってよかったのかも。どうしてもウケたい、みたいな前のめりの感じがなかったのが。 相田 ひとつに固執してなかったですからね。どっちがボケるとかツッコむとか。漫才にも、いろんなバリエーションがあったから。 ――そういうガツガツしていない部分というのは、やはりお育ちからくるものなんでしょうか?(※三四郎は成城学園の同級生) 小宮 僕らは、別に桁違いにお金持ちってわけじゃないんですよ。友達には、すごいのいましたけど。 相田 ぶっ飛んでますからね。お年玉で100万円もらったとか。もうよくわからない。 小宮 僕の席の左は某消費者金融会長の息子で、前が某ハンバーガーチェーンの会長の孫、右は伝説の女性歌手の子どもでした。 ――ハングリー精神が育ちづらい環境ではなかったですか? 小宮 そうですね。「売れたい」よりも「面白くなりたい」と思っていました。養成所時代、僕ら実家だったんですけど……周りから「あぁ、実家なんだ」みたいに言われるんですよ。実家のやつ=ハングリー精神ない、みたいに言われる。それは悔しかったですね。僕、小学校中学校とイジメられてまして。ある日ね、僕がクラスメイトにいきなり怒ったことがあったんですよ。「やめてくれよ!」って。そしたら、大爆笑されて。怒ってるのにですよ? でも、そのあたりから「コイツ面白いな」って仲間に入れてもらえるようになった。だから、僕の中で「面白くないと仲間はずれにされる」という恐怖心が人一倍強いんです。だから「頑張って面白く居続けたい」という欲は、誰よりもあったと思います。周りの子たちは、もっと軽い感覚で入ってたから。実際、そんなに面白いと思うヤツはいなかったよな。 相田 そうだね。高校の友達のほうが面白かった。 小宮 でも、最初「僕らが間違ってるのか」っていうくらい、何言ってもウケなかった。そして1人2人と辞めていき、最終的にはうしろシティの阿諏訪泰義くらいしか残ってなかったな。 相田 みんな、お笑いを「教わろう」として入ってくるんですよね。学校に入れば何かやってくれるだろうと、受け身の人が多かった気がする。 小宮 例えば「街にヘンな人がいたら、観察しなきゃダメだよ」って教えられる。それをノートにメモってる。そういうことじゃないでしょう(笑)。もう逆に面白いよ。その感覚の違いですね。お笑いって、努力でできる部分は本当に少ないですよ。感覚だけですもん。でも、学校としては何かやらせなきゃいけない。最後のほうは「カラオケ大会」とか、意味のわからない授業まであった。

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相田 「前へ出るための」とか言ってね。やってたな~。 小宮 結局、道しるべなんで、芸人になるための。授業料は高いですけど、いま思えばそれでよかったと思いますよ。あんまり安いと、士気が下がるというか。60万円払えば、それなりの覚悟を持った人が集まるじゃないですか。 ――いいですね。ブルジョワジーの考えですね。かける資本はしっかりかける(笑)。 小宮 そのへんはそうですね。否めませんね(笑)。 ――中学時代から小宮さんを見ている相田さんにとって、小宮さんのポンコツキャラがここまで社会に周知されたことは驚きですか? 相田 いや、基本、学生の頃からイジられキャラではあったので、自然な感じではありますね。 小宮 たぶん(ヒエラルキーが)自分より上の人って、面白くないんですよ。なんていうか、僕はのび太みたいな存在だと思うんです。例えば僕が女の人と仲良くなって、デートとかして、でも最終的にはこっぴどく振られるみたいな台本って、書きやすいじゃないですか。誰もが「小宮だったら、こうなるに違いない」って書けるようなキャラでありたい。メイプルのカズレーザーだったら「ここでカズレーザーが○○する」って台本に書きづらい。どう行動するかわからないから。でも、既存のキャラクターであれば。イジられて、罰ゲーム食らって、「……おい!」みたいに書きやすい。それが、僕的には一番面白いと思うので。 相田 「負け」が圧倒的に似合うんですよ、小宮は。 小宮 だって、浮かばれてる人がお笑いやったって面白くないじゃないですか。結局、下に見たいんですよ、人は。僕だってそうです。バカにできるほうが笑えますもん。 相田 この間、占いをしてもらったときに、小宮は「庶民の星」なんだと。幸せであっちゃいけない。庶民の中の幸せの象徴。 ――幸せになっちゃいけない(笑)。 相田 だから、「あんまりブランドものとか着ないほうがいい」って。「デニムシャツを着なさい」って。 小宮 それはありますね。普通にTwitterとかでも「さっきラーメン屋に小宮がいた。小宮のクセにナイキ履いてた。天狗だな」って。なんでナイキ履いたらいけないんだよ! 相田 本当にのび太なんですよね。のび太のクセに生意気だの世界(笑)。視聴者はジャイアンでありたいんです。 小宮 でも、ナイキくらい、いいじゃないですか! ヴィトンじゃないんだから。 ――では、コンビとしてはどうでしょう? 三四郎は、これからどういう漫才コンビでありたい? 小宮 そうですね。相田がジャイアンかといえばそうではないし、これから相田がどんな感じでキャラを出していくかにかかっているんじゃないですか? ――なるほど。 小宮 相田は、普通に見えて、普通じゃないところがあるんです。それって、テレビ的ではないんですけど。だんだんラジオとかで、相田のそういう異常なところは出てきてると思います。小学生の頃、ご飯のおかずがキャビアだったとか。 相田 この前、ふと思い出して言ったら、ものすごく非難されました(笑)。 小宮 寝るときはウォーターベッドとか。 相田 ちょっと家庭環境が特殊だったんですよ。 ――ご飯にキャビアのっけて食べる小学生……。 相田 当時は、どの家でもそうだと思ってた。週一で父親がとらふぐの刺し身を買ってくるとか。 小宮 逆に、小学生でとらふぐの味がわかるのかっていう。普通、とらふぐよりサーモン、ケーキでしょ。 相田 でも、ご飯にかけてたのは僕だけで、家族はチコリっていう野菜にのせて食べてました。 小宮 チコリなんて普通のご家庭にない! 紀ノ国屋にしかない! (取材・文=西澤千央) ●三四郎の2枚目となる撮り下ろし作品DVD発売決定! タイトル:『一九八三~進化~』 発売日:2016年10月26日(水) 価格:\3,000+税 品番:ANSB-55226 発売元:コンテンツリーグ 販売元:アニプレックス

「ハイヒールでバッチバチに……」“元アウトローのカリスマ”瓜田純士の母が、瓜田本人より怖すぎた!?

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 かつて都内有名暴走族の中心人物として恐れられたプロボクサーの大嶽正史(37)が15日、日本フライ級タイトルマッチに挑んだ。選手生活15年、ボクサー定年の37歳にして迎えた最初で最後のビッグチャンス。会場の後楽園ホールには、不良時代の仲間や格闘界の友人ら数百名が応援団として大集結。その中には、14歳のときから大嶽の“心友”として付き合いを続けてきた“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)の姿もあった。 * * *  試合前、後楽園ホールのロビーは、アウトローの見本市と化していた。本職とおぼしき御仁や、筋骨隆々な格闘家、日焼けしたコワモテらが行き交い、まさに百鬼夜行といった様相。だが、その空気感は、どこか平和だ。笑顔で挨拶を交わし、近況を報告し合い、旧交を温める男たち。現在の立場はさまざまだろうが、いずれも「大嶽を応援する」という目的のもと集まっているため、過去に何があろうとも、この日ばかりは一致団結しようという不文律があるのかもしれない。  不良系格闘技大会「THE OUTSIDER(以下:アウトサイダー)」の出身者も散見された。現在は政治家として活動する与国秀行(谷山秀行)、現在はチャリティーファイトの「ASIATO」を主催する大山勇樹、現在はプロ格闘家として活躍中の小林聖人などだ。  そして、同じくアウトサイダー出身で、日刊サイゾーが追い続ける瓜田純士も、母・恭子と妻・麗子を連れて会場入り。昭和54年生まれの瓜田と大嶽、その付き合いは14歳のときに始まったという。瓜田が刑務所にいるときには大嶽が手紙で励ましたり、大嶽が試合に勝ったときには瓜田がネックレスをプレゼントしたりと、長きにわたって絆を深めてきた間柄だ。
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 “心友”の大一番を前に、瓜田は何を思うのか?   話を聞こうとしたら、丁重に断られた。「今日の主役はマーちゃん(大嶽の愛称)だから、僕が目立つわけにはいかない」というのがその理由。「試合後に別の場所で時間を作りますので、会場では応援に専念しましょう。マーちゃんの勝利を一緒に祈ってください」。  瓜田の真摯な要請を受け、記者も大嶽応援団に加わることになった。  試合開始。大声援に背中を押されながら、王者・粉川拓也(31)に立ち向かった大嶽だったが、フルラウウンドに及ぶ戦いの末、大差の判定で敗れた(100-90、100-90、99-91)。だが、打たれても打たれても倒れることなく前進を続け、最後のラウンドでは撃沈覚悟のノーガード戦法も見せた大嶽に対し、応援団からは惜しみない拍手が送られたのである。  声を枯らして応援を続けた瓜田ファミリーに、試合後、会場の外でインタビューを行った。
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――残念な結果に終わりました。 瓜田 最後の勇姿を、しかと見届けましたよ。規定上、引退しないといけない年齢。ここまでやれれば、本人も納得いったと思う。最後の執念がすごかったな。バテたふりして殴ったり、笑った直後に殴ったり。まさになりふり構わぬ戦いぶりで、どうしても勝ちたいんだという執念が伝わってきた。結果は負けですが、魂を揺さぶられる試合でしたね。  あの強いチャンピオン相手に、よく10ラウンドも戦ったわよ。アッパレだわ。 ――大嶽選手は途中から顔がだいぶ腫れていましたね。 瓜田 こっちまで痛くなっちゃって、ちょっと見てるのがつらくなった。あんなに頑張らんでもいいだろうに、とも思ったけど、彼にも意地があったんでしょう。ホント、すごい戦いを見せてもらいました。 ――応援団の人数もすごかったですね。 瓜田 何がすごいって、彼がデビューしてからの15年間、応援団の顔ぶれがほとんど変わってないってことですよ。いろんなことが変わっても、彼の応援となるとみんな来る。普通、15年は来ないですよ。みんな、ハートがあるよ。チケット買って来てるんだもん。 ――これだけ応援団が大人数だと、中には反目の人もいたりするのでは? 瓜田 いたとしても、今日は無礼講ですね。みんな「大嶽正史」を見に来てる。「マーちゃんの試合の日になんかあっちゃいけない」という思いは、みんな一緒でしょう。  わざわざ純士のところまで挨拶に来てくれた人もおったよね。 瓜田 会う人会う人に「いい顔になった」と言われてうれしかったですね。大山くんにも言われました。そういう大山くんも、いい顔してましたよ。彼が「ASIATO」でみんなから慕われてるのも、よくわかる気がします。彼は僕も入ったことがある松本少年刑務所でもカリスマ的存在でしたらからね。  前の席に、純士の元カノもおったな。  元カノ? 瓜田 ……わかんない。とにかくマーちゃんの試合になると、いろんな人たちが集まるんですね。都市伝説クラスの人たちが毎回。それだけマーちゃんはみんなの心をつかんでるってことですよ。  中学時代の友人知人もたくさん来てたね。 瓜田 中学の同級生が子供4人くらい連れて来てたり。ちゃんと落ち着いて家庭持ってえらいな、と思いましたよ。あとは、ほとんど忘れかけてた後輩とかも挨拶に来てくれてうれしかった。そういうのがまったくないのも、寂しいもんな。蚊帳の外みたいで。  みんな、大人になったよねぇ。相変わらず下品なのは私だけだった。アハハハハ! 瓜田 お袋がいきなり相手の応援団に向かって「黙れ!」と吠え出したから、勘弁してくれよ、と思いつつ笑いましたよ。でもお袋がヤカってくれたおかげで、相対的に僕がおとなしくなったように見えるというエフェクトがあるから、まぁ、助かってはいるんですが。 ――格闘技の会場でこれほどおとなしい瓜田さんを初めて見ました。以前は必ず、氷結やジャックダニエル片手に与太ってましたが、現在は禁酒禁煙して背筋を伸ばして観戦ですからね。  純士がここまで落ち着いたのは、ひよっけ(瓜田の妻の愛称)のおかげ。やっぱ男は、女の人で変わるんだねぇ。今日は純士がおとなしくしてくれたから、私は安心してガーガーやれました。私はもういいトシだから、何が来ようが大丈夫なんで(笑)。
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瓜田 でも今後はこういう機会がないのが寂しいね。一つのイベントが終了したような感じだね。  なんだかんだで今まで、マーちゃんの試合があるから、何年かに一度は仲間たちと会えてた部分があるもんね。毎回楽しみだったのよ。 瓜田 お袋は今回も、準備段階からすげえ張り切ってたもんなぁ。  私は毎回、脱ぐから(笑)。脱いでも大丈夫なように体型をキープしないといけないから、毎回準備が大変なのよ。応援しながら腕の贅肉をプルプルさせてたらみっともないでしょ? 瓜田 マーちゃんが引退かけて死ぬ気で戦うっていうのに、お袋とひよっけはすっかりイベント気分で、「大嶽戦までにあと何キロ痩せる」とか「服はどれにしよう?」とか直前までウダウダやってるんですよ。すっかり主役が自分らになってるんです。お前らの日じゃねぇよ! っていうのにさぁ……。  その点、純士は落ち着いたし、着る服も変わったよね。以前はギンギラギンだったけど、最近はおとなしい格好ばかりだもんね。 ――お母様としては、純士さんが変わったことは、うれしいんですか?  もちろんですよ! 以前の息子は怖すぎましたから。おかげで私は人の何千倍も苦労しましたよ。……ウソぴょーーーーーん! 瓜田 この人、僕より何倍も怖い人ですから。小学生の頃、お袋ってすごいな、と思ったことがあって。同級生にSっていう学級委員長がいて、そいつにクラスの運営を1日だけ任せて、先生は見てる、みたいな催しがあったんですよ。そしたらそのSが、「瓜田くんがこの学校から消えたほうがいいと思う人、手を上げてください」とか言って、いきなり多数決を取り始めたんです。だから僕はSをベランダにソッコー連れ出して、ボコボコにしたら、アバラにヒビが入っちゃって、親子で謝りに行くことになったんです。 ――相手も相手ですが、瓜田さんもやりすぎましたね。 瓜田 お袋からも「ケガをさせたアンタが悪い」「悔しくても頭を下げろ」と言われて、死ぬほど行きたくないSの家に2人で謝りに行きました。ここまではまぁ、よくある話だけど、大変だったのはそこから先ですよ。Sんちのババアが鬼面倒臭い奴で、ザーマス言葉でウチの家族のことを見下しながらボロクソに言ってきた。そのとき僕は、平身低頭謝り続けるお袋を横目で見ながらこう思いましたよ。「この人はこうして謝ってるけど、内心はめちゃくちゃ悔しいんだろうな。すべて俺のせいだ。でもこの人は俺をシバキもせずにグッと耐えてる。自分の親ながら、よくできた人間だ」と。で、Sの家を出て、ドア閉めて、そこから30メートルくらいお袋は無言だったんですよ。だから僕は、「いっぱい思うところあって悔しいながらも夜の風に吹かれてすべてを忘れようとしてくれてるんだろうな」と思ってたんですよ。ところが曲がり角を曲がって、人目につかない路地に入った途端、俺、ボッコボコにされましたからね(笑)。履いてたハイヒールを手に取って、ヒールの尖った部分で、バッチバチにシバかれました!
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 覚えてないなぁ。  ふふふ。純士と性格がよく似てますね。  面倒臭いところが?  いや、優しいところが。ホントに、ホントに!(笑) ――カッとなったら手が出てしまうところも、遺伝なのかもしれませんね。もとは暴れん坊だった瓜田さん。今回の大嶽選手の試合を見て、触発される部分もあったのでは? 瓜田 触発も何も、尊敬の念しかないですよ。だって普通はみんな、若いときヤンチャしててもどっかで丸くなって落ち着いて、少年のときのそういう思いを忘れてただのおっちゃんになっていくじゃないですか。そんな中、マーちゃんみたいに現役で戦ってる人間がいると、夢を諦めた男たちが、そいつに賭けるっていうか、夢を託すようなところがあるんですよ。だから今日は全員の夢が終わったような瞬間でもあった。よくこれまでみんなの期待に応えてくれたと思います。マーちゃんには「ありがとう」「おつかれさまでした」って言いたいですね。  純士のファンもそうやと思うで。私も、お母さんも、純士に夢を託してるんやで。でもお母さんは、「あの試合」だけはイヤなんですよね?  やだ冗談じゃない。あれだけは安目売るからやめてちょうだい! ――「あの試合」とは? 瓜田 まだ詳細は明かせませんが、実は僕、ある格闘技の試合にエントリーしてるんですよ。  絶対やだ! あんなのに負けたら最悪じゃん。やだそんなの。ダメですよ。絶対に反対です。 瓜田 つっても俺はやるんで(笑)。出場できるかどうかは未定だけど、もし今回この試合が決まったら、相手をパンチで仕留めたい。僕も大谷の真似して、横に回り込んで鉄槌しようと思ってるんですよ。 ――大谷とは、アウトサイダーの第二回大会で瓜田さんをKOした“北海の頑固一徹”こと大谷匡弘選手のことですね? 瓜田 ええ。回り込んで鉄槌。大谷にやられたように、やってやろうかと。「秘技・大谷返し」です。ちなみに、のちのアウトサイダーで大谷のセコンドに付いたのが、マーちゃんを含む大嶽兄弟なんですよ。「ひとりで遠くから来て可哀想だ」つって、セコンドに付いてあげた上、菓子パンまで食わせてやったのに、大谷は礼もごちそうさまも言わずに北海道に帰ったらしい(笑)。俺をボコボコにした上、大嶽兄弟をパシリに使うとは、あの大谷って男が一番のアウトローかもしれませんね(笑)。
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――それにしても、瓜田さんが格闘技復活を企んでいたとは驚きです。 瓜田 人前で裸になっても大丈夫なようにトレーニングを続けてます。8月くらいには腹筋が6つに割れる予定です。  私もこないだ仲良しの美容師さんに「ズボンの上にお腹の脂肪が乗ってる」と言われたのがショックで、ダンベル買ってトレーニングを始めたわよ。  お母さんはトレーニングの必要なんかないですよ。そのままで十分きれいです。小泉今日子に似てますから。  似てない、似てない(笑)。 瓜田 僕、最近パーマをかけてから、自分が誰似かわかったんですよ。楳図かずおです。  やだ! 全然似てない。何言ってんのよ。 ――でも赤と白のボーダーシャツ着てグワシしたら、確かにソックリかもしれませんね。 瓜田 ……自分で言う分にはいいけど、人に言われると腹立つな。なぁお袋、ちょっとコイツのこと、そこの路地裏でぶっ飛ばしてくるわ!(笑)  ハイヒール貸そうか?(笑) (取材・文=岡林敬太) ※瓜田純士チャンネル FRESH! by AbemaTV(フレッシュ バイ アベマティーヴィー)近日本格スタート! https://abemafresh.tv/junshi/26253 ※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。

セクシー女優の小島みなみ、最新オナホ用ローションに驚く「生っぽい!」

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 10年以上にわたってオナホを作り続けてきたアダルトグッズメーカー、トイズハートから、オナホーラーによるオナホーラーのための注目のオナホ専用ローション「おなつゆ」が発売された。注入後の使用感はもちろん、使用後の拭き取り感までを考慮した快適性重視の最先端ローションで、その使い心地の良さから、早くも巷のオナホーラーたちの間で愛用者が続出しているという。  この「おなつゆ」を今回、そのオナホーラーたちの永遠の憧れでもあり、エスワン女優の小島みなみちゃんが徹底検証。ローションには人一倍こだわりがあるみなみちゃんが、プロ目線でその使い心地や、手触りを厳しく採点してくれた! ──お忙しい中、本当にありがとうございます。 小島 わたしでお役に立てればうれしいです。 ──すごいローションが発売されたと聞いたので、みなみちゃんに検証してもらおうと今回の商品を持参しました。 小島 「おなつゆ」っていうんですね。ネーミングがかわいい! どんなローションなんですか? ──さらさら系のローションのようですね。あと、保湿に気を使っているみたいで、乾きにくさもポイントだそうです。 小島 乾きにくいっていうのはとても大事なポイントだと思いますよ。わたしも撮影でローションを使うことが結構あるんですけど、途中で乾いてきたら「痛い」って集中できなくなっちゃうんです。気持ちの部分もちょっと冷めちゃうし、「またローション足そうかな」みたいな行為、ないほうがいいと思います。乾きにくいってすごく重要。特に安いローションだと、すぐ乾いちゃうんです。 ──小島さんはローションプレイというのは、そもそもお好きなんですか? 小島 すごく好きです。撮影とかでもローションを使ってされるほうが気持ちいいんです。石けんとかよりずっとお肌に優しいし。たぶん男の人もそうだと思いますよ。 ──付き合った彼氏がローション派で、プライベートでもローションを使おうって提案してきたらどうしますか? 小島 全然気にしませんよ。じゃんじゃん使ったらいいと思いますけど(笑)。
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──これは素材的にはボディ用ローションと近いものみたいですが、オナホール専用。使用した際に滑りを良くするために使うとのことです。小島さんはちなみにプライベートで男性がオナホールを使用しているところを目撃したことはありますか? 小島 ありません(笑)。 ──リアルに目撃してしまうと、やっぱり引いてしまいますよね(笑)。 小島 でも、見せてもらうのは好きかも。自分が一人でしているところも、「見られるのは嫌……」と言いつつ、嫌じゃなかったりしますからね(笑)。 ──かわいい顔して天使のようなこと言いますね。 小島 オナホールでローションを使うときって、男の人は具体的にどんなふうにして使うんですか? ──人それぞれみたいです。メーカーさんによれば、ローションを自分の側に塗ってから使う人もいれば、ホールの入口の部分に塗って自分で押し込む派などがいるみたいです。 小島 へえ~。 ──基本はホールの中に垂らしてスベリをよくするためのものです。小島さん、さっそくこのローションの中身、試してみますか? 小島 試したい!
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ローションをカップに注いでまず質感を試す小島
小島 うわぁ~ハチミツみたい。楽しい~(笑)。 (顔を近づけて匂いもチェック) 小島 こういうの、香りはついていないんですか? ──無臭です。無臭で透明です。匂いをつけても売れないようですよ。嫌じゃないですか? 匂いがついていると。 小島 女の子の場合は、ローションに香りがついていても平気ですけどね~。 ──触ってみますか? 小島 触ってみます! (ローションのさらさら感を指で確かめる小島) ──手つき、慣れていますね! 小島 楽しい!! わ、確かにサラサラだ。でもいい感じにツルツルですね。気持ち良さそう~。少しの量なのに、すごく滑ります。滑りがいい! ちなみに男の人はこれを一回どのくらいの量、使えばいいんですか? ──人にもよりますが、1回7ミリリットルくらい使えば本来いいほうみたいです。メーカーさんによると、少なめだとホール内にいきわたらないので、多めに使って欲しいとのことです。 小島 実際にホールに入れてみてもいいですか? ──いいですよ。 (ホールに垂らして……) 小島 うわぁ~(笑)。こっちのほうがずっといい感じになりますよ。生っぽい(笑)。女の子の立場から言うのも変ですけど、これ絶対気持ちいいと思います! (指を入れ、じゅぼじゅぼと音を立てて遊ぶ小島) 小島 音もいい感じになります! なんだろう、遊んでいて楽しい(笑)。これは絶対使ってほしいですね。ものすごくホールの本物感が増した気がします! (だんだん遊びが止まらなくなる小島) 小島 すっご~い! 全然違う! ──すごくかわいいネイルをしていらっしゃるので、剥がれないか心配になります。 小島 本当だ(笑)。ネイルしているの忘れていました。
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──使ってみてどうですか? 星三つ評価で小島さんの採点をお願いします。 小島 星3つですよ! 文句なしです。ちょっとの量で滑る感じも素晴らしいです! あと、このパッケージの女の子もかわいい。 ──アニメキャラをローション商品で出したのは、トイズハートさんが最初みたいですよ。 小島 これ見ながらおかずにできそうじゃないですか(笑)。グッズって、やっぱりいいですね。エッチなことって、やっぱり自分の体だけじゃ限界があるんです。オナホールもローションもそうですけど、こういうアイテムがあると、よりいっそう気持ち良くなれるし、性の幅が広がるんです。エッチもオナニーもマンネリ感を感じている人がいたら、ぜひ使ってほしいですね! ──ちなみに小島さんが作って欲しいグッズってあるんですか? 小島 どうだろう。グッズを保存するかわいいケースを作ってほしいなとは思います。小物入れのような。 ──ストラップ付きのような? 小島 それは嫌ですよ。ぶら下げて歩く人っているんですか(笑)。お部屋で女の子に見つかっても大丈夫そうな、かわいい収納ケースがあればいいなっていう意味です(笑)。トイズハートさん、ぜひよろしくお願いします! (取材・文=名鹿祥史)

アイドル? シンガー? 15歳の道産子パフォーマー吉田凜音に聞く、「アイドル業界で生き延びるために私が考えていること。」

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 アイドルブームも過渡期を迎えている2016年。さまざまな女性アイドルがしのぎを削っているなか、圧倒的な実力でファンを増やしている“アイドルシンガー”がいる。2000年生まれ、北海道出身の高校1年生、吉田凜音だ。これまで出演してきたアイドルイベントはいずれも話題となり、14年2月に放送された『関ジャニの仕分け∞』(テレビ朝日系)には“歌うまキッズ挑戦者”として出演、歌唱力の高さも話題となった。  同年11月、ノーナ・リーヴスの西寺郷太プロデュースのもと、若干14歳でビクターよりソロメジャーデビューを果たし、同氏より「次世代のアイコンになれる存在」と太鼓判を押される。そして16年5月に発売されたDVDマガジン『IDOL NEWSING vol.2』では本格的なラップに初挑戦。Twitterに転載されたその「りんねラップ」の動画の再生回数は数十万回を突破、話題をさらった。  この7月22日(金)には、東京・新宿BLAZEにて開催される同DVDの発売記念イベント『IDOL NEWSING LIVE 2』(新宿BLAZE)にて、「りんねラップ」の生のライブパフォーマンスを披露予定。数段飛ばしでシンデレラストーリーを駆け上がる彼女と、彼女の所属事務所・5projectの外園栄太氏に、彼女の魅力の“源泉”を尋ねた。 ──外園さんは、吉田凜音さんが小学1年生の頃から通っていた北海道のアクターズスタジオの運営者として、長年に渡り吉田さんをご覧になっています。若いうちから注目され、ついには、西寺郷太氏らをバックにバンドデビューもされた彼女を売り出すに当たっての“戦略”とはどのようなものなのでしょうか? 外園栄太(以下、外園) 結局のところ、「戦略は吉田凜音」というところになるんだと思います。お客さんの対応だったり、企画だったり楽曲だったりを、プロデュースする大人たちの側が作り込むというのが、現在のグループアイドルの一般的な手法だとすると、彼女は違う。ボーカリストしても、芸能個性としても、非常に魅力的で面白いですから。今は、さまざまなスクールで小さい時から学んでいる若い人たちが増えていて、技術的に高い人たちもとても多い。でも、ただ、優等生で頑張っている人では、現状突破はできないと思うんです。感じる力や、考える力、意志の強さだったり、少しはみ出していしまう個性も、音楽を目指す人にとっては魅力的なポイントかなと思うんですよね。 吉田凜音(以下、吉田) 小学生の頃は、もしかしたらレッスンの時、はみ出していた日もあったかもしれないです(笑)。 外園 ソロアイドルだったり、ソロシンガーっていうのは、すごく夢があると思うんですよ。僕らの世代にとって「芸能人」っていうのはやっぱり特別な存在だし、カリスマだったじゃないですか。例えば、浜崎あゆみさんや、安室なみえさんのような時代の顔とも言える存在を生み出したいというのは、強く思うところで。そういう思いと、吉田凜音のファンキーな個性をどう同居させていくのかを考えるのが、僕らの仕事だと思っています。 ──そうした戦略を練るに当たって、吉田さんにも相談することはあるんですか? 外園 はい、むしろ常にそうしてます。結論や、運営側の意見を伝えすぎるより、本人にも考えてもらって、その上で話し合って決めることが多いです。メジャーデビューが決まったときも、アイドルグループだったらサプライズで発表して、メンバーが号泣するというような映像を撮ったりするんでしょうけど、吉田の場合は、レーベルの方との話が進んでいくなかで報告もしていたので、決まったときの吉田の反応も「あ~、よかったです~」っていうぐらいで(笑)。
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──吉田さん自身は、最初にアクターズスタジオに通い始めたきっかけってなんだったんですか? 吉田 テレビを見ていて、ダンスをやっている人にすごく興味を持ったんです。当時、アイドルがすごく好きだったわけじゃないんですけど、札幌で開催された中川翔子さんのライブをお母さんと観にいったときに、「こんなにお客さんをノセることができるってすごいな」って本当に感動して。で、ダンスと一緒に歌も習いたいと思ったです。 ──その後、しばらくは地元での芸能活動がメインでしたが、中学1年生になった13年頃から、東京での活動も開始します。当時を振り返っていかがですか? 外園 最初は、ひとりで東京に行くのをとにかく嫌がったよね?(笑) 吉田 地元で遊ぶのも楽しかったし、地元愛も強いので(笑)。札幌では公園でサッカーやったりして、普通に外で遊んでました。周りの友達が私を芸能人として特別視することもなかったし、実際すごく仲が良くて。とにかく、札幌の人と街が大好きだったんです。でも、お仕事はやっぱり刺激的なことも多くて面白いし、東京の友達も増えて。だから東京もすぐに楽しい街になって、慣れました。 ──新人だった当時は、秋葉原のライブハウスでダンスを披露したり、アイドルっぽい活動が多い印象でした。 吉田 はい。でも、「アイドルになりたい」っていう思いはあったのかなぁ。今でもそうですし、アイドルが大好きでアイドルのライブを見るのはほんとに大好きなんですけど、自分がアイドルだって自覚したことはないかもしれないです。なんか、すごいライブをやってやろうって気持ちでステージに立ってるだけで。だって、あんなにかわいくできないもん(笑)。 ──ちなみに、吉田さんが考えるアイドルのライブの面白さってなんですか? 吉田 うーん……。オタクの人が面白い。動きとか応援の仕方とか含めて全部が。(笑)。 ──運営側としては、当時からメジャーデビューを見越していたんですか? 外園 13年の7月からソロ活動を始めてその年の11月頃には、メジャーレーベルの方と一緒にやるっていうことがほぼ決まったんです。だから、トントン拍子だという印象はありましたね。ただ、今は能力がある人もあえてインディーズでやるという構造もあるから、なかなか難しいんですけどね。ただ吉田の場合は、マスの人に見てほしいという思いが明確にあるので、メジャーデビューという目標を達成できたのは大きな一歩でした。 ──その冬には、『関ジャニの仕分け∞』(テレビ朝日)に“歌うまキッズ挑戦者”として出演し、大きなインパクトを与えたり、翌14年夏にはTOKYO IDOL FESTIVAL 2014、@JAM EXPO 2014などショーケース型の大型アイドルフェスに次々と出演したりと、その勢いが加速した感じがありました。 吉田 大きな舞台に立ったのはZeppTokyoが初めてだったんですけど、最初の日はすごく緊張しました。その頃からバックダンサー(関東のダンスシーンでオーディションを開催し、「NATT!」というグループ名で専属バックダンサーとして活動)と一緒の活動も始まって、パフォーマンスもより楽しくなったんですよね。 『関ジャニの仕分け∞』に出たときは、オーディションを経ての出演だったこともあって、Twitterのフォロワーさんが一気に増えてすっごい驚いて、同世代のファンの方も増えたので、本当に嬉しかったです。収録現場には大物タレントさんもいるし、スタッフさんもたくさんいるし、そのなかで歌うのは緊張しましたね。
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──1stアルバム『Fantaskie』の発売、そして映画への出演などさらに活動の幅が広がった印象ある15年ですが、いかがでしたか? 外園 中2だった14年の7月から15年にかけてはリリースが続いたので、レコーディングを含めそうした準備が多かったなという印象ですね。中3になってからは、映画がきっかけで蒼波純さんとユニット「ずんね」をやることになったり(同い年であるミスiD2015の蒼波純と共に、“14歳期間限定ユニット”「ずんね」を結成。1カ月強の活動をおこなった)、いろいろなお仕事をさせてもらいました。そのなかで、アイドルの数が膨大に増えてアイドルシーンが成熟していくなかで、自分たちには何ができるかを模索していました。ただ、常に意識しているのは、日本の音楽シーンで彼女自身が本当に長い期間やっていくための進化ができるかというところでしょうか。その部分を判断基準として、常に大事にしています。 ──高校入学と同時に、愛着がある札幌を離れ、ついに上京を果たした吉田さんですが、東京に来て「すごいな」と思う方っていらっしゃいますか? 吉田 うーん……女性ミュージシャンでいうと、大森靖子さんですね。TIF(TOKYO IDOL FESTIVAL 2014)に出たときのソロのステージで、私の前の出番が大森さんだったんですね。その場を、普通のアイドルイベントじゃない雰囲気に一気に持っていていて、破壊力というか、パワーがすごくて、本当にかっこよくて。楽曲も独特で、靖子さんにしかできないことを歌っていて。 外園 吉田にもある意味“破壊者”になってほしいっていうのは強く思うんです。既存のシーンにとどまらず、新しいシーンをつくってしまうような。新しい価値観をつくって10年、20年活躍してほしい。今年の春から、西寺さんや村田シゲさんなど、大先輩のミュージシャンとバンドを組んだりもしているんですが、ちゃんと音楽に向き合う時間を15歳、16歳のうちにつくるっていうのは大事にしたいなと思います。最初に「戦略は吉田凜音」って話したように、このバンド活動が、吉田のこれからのシンガー人生にとって、よきものになればと思っています。 ──これまでの楽曲と違う方向性での活動としては、アイドルカルチャーマガジン『IDOL NEWSING vol.2』で初披露した「りんねラップ」がネット上で話題です。
吉田凜音 - りんねラップ ミュージックビデオ(short ver.)」(YouTube/jokemanhole)より
外園 SKY-HIの日高(光啓)さんがTwitter上で「ラップよかったよ」とリプライを吉田に直接くださったりとか、Twitterに転載された動画が数十万回再生されていたりとか、これまで吉田のことを知らなかった人たちに新たに広まっている感じがしていて、想定外にハマったのが嬉しいですね。 吉田 でも、実はそれまでまったくラップを聴いたこともなくて、自分でもどうなるかと思っていたんですけど、いろいろな方から評価をいただいて、やってよかったなって(笑)。 ──最終的に吉田さんが目指したい人を教えてください。 吉田 日本のジャスティン・ビーバーです!!! どうせ目指すなら、大きく言っときますよ!(笑) 外園 ジャスティン・ビーバーみたいな自由な振る舞いをみんなが楽しめる状況をつくれるように、最高のエンターテイメントを目指します!(笑) (文=竹下ジャパン/写真=FUSUMA SHOJI)
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●吉田凜音(よしだ・りんね) 2000年12月11日、北海道生まれ。現在高校1年生。アクターズスタジオ北海道本部所属時より、地元の情報番組などに出演し、13年からソロ活動を開始。14年にはシングル『恋のサンクチュアリ』でメジャーデビュー(プロデュースは西寺郷太)。15年には映画『女子の事件は、大抵トイレで起こるのだ。』に出演。今年に入り、西寺と□□□(クチロロ)の村田シゲらとともにバンド「MAGI(c)PEPA」を結成することを発表した。 ●ライブ情報 IDOL NEWSING LIVE2 2016年7月22日(金) 開場 18:00 / 開演 18:30 場所:新宿BLAZE 出演:アップアップガールズ(仮)、アイドルネッサンス、吉田凜音、Maison book girl、ひめとまほう、里咲りさ、りりか 吉田凜音&新井愛瞳(アップアップガールズ(仮))&石野理子(アイドルネッサンス)が、この日限りのコラボ曲をパフォーマンス! イベント限定の特別なグッズも多数販売予定。詳細はIDOL NEWSINGオフィシャルサイト<http://idolnewsing.com/>をチェック! イープラスにてチケット発売中 http://eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002194544P0030001

フルマラソン後に騎上位? AV1,600本以上出演の大槻ひびきが挑んだ過酷なプロジェクトとは

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 去る5月8日、AV出演1,600本以上の人気女優、ひびやんこと大槻ひびきが女優人生をかけて、「マラソン未経験の大槻ひびきがフルマラソン42.195kmを走った後に騎乗位何回出来るか世界記録に挑戦!」という壮絶なプロジェクトに挑んだ。この模様がいよいよDVD化されるという。  当日はランニングコスチュームではなく、ブルマにポニーテールで登場。東京都庁を出発し、東京タワー、浅草を経て、東京ビッグサイトまで、気の遠くなる距離をファンやスタッフに励まされながらも15時間かけて完走したという大槻。フルマラソンをやり終えただけでもすごいことなのに、その後で、さらに騎上位までやってのけたというから驚きの女優根性だ。  CASでも生配信されたマラソンシーンに加え、本DVDではマラソン後の騎上位までを完全収録。果たして大槻は世界記録を達成することができたのだろうか?大槻を直撃して、今回のプロジェクトについて話を聞いてきた。 ──今回、フルマラソン後に騎上位という壮絶なプロジェクトに挑まれたわけですが、オファーをもらった時はどんな心境だったのですか? 大槻 うちのマネジャーさんがいつもより深刻な表情で今回のプロジェクトを持ってきて、「どうする?」って(笑)。いつもなら「仕事を選ぶな」とか、「何事も一生懸命頑張れ」っていうマネジャーさんで、わたしもそのつもりでずっと一緒にやってきたんですけど、さすがにこれは一瞬ためらいましたね。フルマラソンなんて走ったことありませんし、その後どういう体になって、騎上位が何回できるかなんて、想像もつかなかったので。 ──そもそもフルマラソンなんて、やったこともなかったんでしょう? 大槻 そうなんですよ。しかもわたし、運動がすごく苦手で……。学校のマラソン大会も毎回後ろのほうにいましたし、1キロですら走りきる自信がなかったほど。ジムも行ったことないし……。騎上位も、普通の騎上位でさえ、5分やるだけでも足パンパンになってしまって、疲労がすごいのに、マラソン後にできるだろうかって。だから「ちょっと考えさせてください」って言ったんです(笑)。 ──でも、オファーを結局受けた。 大槻 いろいろ考えて、やらないよりやるほうがわたしのためにもみなさんのためにも、新しいことが生まれる気がして……最終的にはその場で「やります!」って。
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──話が決まってからすぐにトレーニングを開始したと聞きました。 大槻 本番まで1カ月くらい猶予があったので、頑張って練習しました。生まれて初めてジムというものとも契約をいたしまして(笑)、わたし、こう見えて人見知りなので、本当はジムみたいに人が集ってくる場所は苦手なんですけど、そんなことももう言ってられないと思って決心して通いました。まわりで人が鍛えている中で初心者のわたしがトレーニングするのって、どうなんだろうって、最初はドキドキしちゃいましたけどね。 ──意外と人見知りなんですね。 大槻 人見知りですよ! 臆病なんです。“ビビる大槻”って言われていたこともあるんですよ(笑)。人前に出ることは昔から苦手。仕事だと思うと確かに割り切れたりもしますが、プライベートでは今でも無理です。学生時代も陰のほうにいる地味なタイプだったんです、わたし。今みたいにステージに立つとかも、当時の自分では考えられないことでした。みんなとわいわいするタイプでもなかったし。 ──ジムではランニングマシンがあったと思うのですが、走ってみて手ごたえはどうでしたか? 大槻 平均で5キロ、頑張ると8キロくらいだったかな。それくらいしかマシンで走れなくて、その何倍も走るんだってなったら、これは絶対無理だって思いましたよ(笑)。 ──普通そうですよね。3キロ走るのでもたいへんなのに。でも、ジムに通っていいこともたくさんあったのでは? 大槻 自分の体を良く知れたことかな。どのくらいで息が切れるとか、筋肉ついたな、痩せたな、太ったなというのもすぐわかりますし、日頃どれだけ健康を気にしていなかったかってこともよくわかりました(笑)。睡眠とかも、よくとれていない生活をしていたんです。 ──撮影が続いたりすると、女優さんは体調管理が大変ですね。 大槻 撮影は確かにいろんな面でハードなんです。AVを始めた頃は毎日筋肉痛。でも慣れてくると、自分にあった体位を見つけたり、工夫もできるようなりました。フェラものだと首とか頬の筋肉が、終わってからすごくたいへんなんです。騎上位ものだと足腰。気持ちいいので、その瞬間は舌や腰が自分から動いちゃうんですけど、終わってからがたいへん(笑)。腹筋を頑張って鍛えていた時期もありました。 ──時々休みを取ることも大切なんでしょうね。 大槻 でも不思議なんですけど、わたしの場合、普通の人とちょっと反対で、働いているときより、急に休みを取ったりしたときのほうが熱を出してしまったりするんです。「動いていないと死ぬ!」っていう魚みたいなところがあって(笑)。だから、仕事しているときは、なかなか体調がいいのか悪いのか気付きにくいですね。休むとわかるんです(笑)。
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──これまででAVは何本くらい出演されたんですか? 大槻 オムニバスとか、リニューアルされたものとか、そういうものも含めると1,600本以上リリースされているって聞いたことがあります。撮った本数とか詳しい数字はわからないです。1日に6本撮った日もあったりしたので。それを8年やっていますからね。もちろん1回で全部撮るわけではないし、フェラの日だけもあるんですけど。 ──マラソンとAVでは使う筋肉も随分違うのでは? 大槻 全く違いましたね。これまでと違うところが筋肉痛になるんです。これで実際、坂道とか走ったらどうなるんだろうって。 ──そうして実際、フルマラソンを走ってみて、どんな感想を持ちましたか? 大槻 路上じゃなくて歩道を走ったんですけど、10キロくらいは大丈夫でした。KMPの方たちも一緒に走ってくれたので心強くて、10キロまでは走っていても笑顔でした。でも、10キロを過ぎたあたりからは体の節々が徐々に痛くなって、スポーツブラのところが痛くなったり、筋肉痛が出たり、お腹もすいたりで、悪条件が重なって結構心が折れそうになりました(笑)。でも、そういうときにCASで見てくれていたファンの方が、「差し入れ持ってきたよ、一緒に走るよ」って現れて、前を走ってくださったり、本当にわたしが辛いときに、次々に天使が現れて……。思った以上にいろんな方が協力してくれたんです。メーカーの垣根を越えて他メーカーの方々や、お友達のエロ漫画家の方々も(笑)。みんな、応援に来てくれて、わたしの走る力につながりました。路上で倒れ込んだときに「ひびやん!」って声をかけられて、「この人たちのために走ろう!」って頑張れたんです。みなさんとの絆を再確認できた撮影になりました。 ──完走もしたんですよね。 大槻 しました! 最後、涙も出ました。いろんな人に無理って言われていたし、ここを完走しないと自分が変われないとも思っていたので、「やった、ゴール!」ってなったときは、泣いてしまって……。騎上位のことはすっかり忘れていました(笑)。そこがメインなのに! 泣いているところに監督が来て、「はい、じゃあ、騎上位行くよ」って。キャンピングカーが用意されていたので、そのキャンピングカーに光の速さで押し込まれ(笑)、そのままホテルで「は~れ~」って(笑)。 ──そんな状態で騎上位できたんですか? 大槻 できました! でも、詳しいことはDVDを見てのお楽しみです。
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――女優人生で一番過酷な撮影だったでしょう。 大槻 でもやってよかったですよ。フルマラソンは特に。完走できなかったら悔しい思いがあったかもしれないですけど。 ──マラソン直後のエッチってちなみにどんな気分だったんですか? 大槻 ランナーズハイってこういうことだなと思いました(笑)。走っている時からハイテンション。完走したあとは世界中の人を抱きしめたい気分になって、そこから連れ去られて、やっぱりハイテンション(笑)。 ──Mですね、大槻さん(笑)。 大槻 そうかもしれないです! 普段から辛い時は自分に「Mごっこだ」と言い聞かせてやっていたりするんです。逆境が大きければ大きいほど、負けず嫌いが出る感じの性格なので。 ──騎上位の相手は、もちろんプロの男優さんだったんですよね。 大槻 いつも一緒にやっている男優さんです。彼らもスタートからバイクでついてきてくれていたんです。給水ポイントで水を渡してくれたり。その男優さんにも感謝です。わたしがスムーズに騎上位ができるように、高めて待ってくださっていたんです。わたしが完走してお風呂に入るときも運んでくれたりだとか。仕事外の部分でも、いろいろ支えてくれました。 ──この作品ですが、「AV OPEN」に出すと聞きました。 大槻 そうです。こういう作品ですから、出すからにはもちろん1番目指そうって思っています。 ──ああいう場は誰かと比べられてしまう世界。参加するのがつらくなったりしませんか? 大槻 大丈夫です。負けないぞっていうより、自分らしさを大切にしたい、そんなふうに考えるようになってきたんです。以前は誰かみたいになりたいと考えていたりもしましたけど、今は「ひびやんだったらこうだよね」って言われるようなプレイを目指そうって。変化があったんです。自分の中で。 ──以前は比較されるのが辛かった? 大槻 辛かったです。デビューして最初の1、2年は、とにかくいろんな人と比べられて……例えば同期の女の子だったりとか……。自分の中の葛藤も大きかった時期でしたね。あの子のほうがかわいいとか、頑張っているとか、そういうちょっとしたことが耳に入るだけで泣いてしまったり……。わたし、潮吹きを習得したのも、そういうことがあってなんです。ライバルと言われている人たちに何かをして勝ちたいって。ただ、ライバル視していた人たちは仲間でもあり、友達でもあったりしたので、すごく助けてもらった部分もたくさんありました。その子たちと悩みを共有したりして励ましあうことも。わたしと同期の企画単体の子たちとの絆はすごく強いですよ。ともちん(友田彩也香)とかもそう。比べられつつも一緒に頑張ってきた仲間です。潮吹きに関しては、わたしだったらもっと飛距離を出せるかなって。言葉攻めもわたしらしい言葉攻めを追求したり(笑)。
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──大槻さんといえば演技力も大きな武器ですよね。ドラマものに出演されているとき感心することがあります。 大槻 お芝居もすごく好きなんです。最近だとサスペンスドラマとか映画を観て練習したりもします。 ──いろいろとジャンルがある中で、大槻さんの好きなジャンルってなんですか? 大槻 最近はまっているのはドキュメンタリー系。台本がないものって、自分次第で作品の良し悪しが決まる気がして。そういうものにはどんどん挑戦したいなって。この作品もそうです。自分がどう転がるかで作品が決まってくる。一番リアリティーが出るジャンルだと思うんです。 ──8年やると女優としての成長もすごく大きいのでは? 大槻 不思議なのは8年目の今になったほうが恥じらいの部分が大きくなったところです。デビューのときのほうが、パンチラも気にしないところがあったのに。ブラ紐でも興奮する人がいるんだとか、フェチな世界、いろんなことを知ってくると、全身が羞恥な部分に見えてきて……。最近は電車とかでもわたし、ブラ紐が出ていないかなって気にするようになりました(笑)。 ──このマラソンでエッチもそうですが、1,600本以上の出演の中で一通りのことは経験できたのでは 大槻 そうかもしれないです。でも、それで満足したくはないんです。わたし、バンジーとか、飛び降りる以外のことなら挑戦してみたいなって思っているんです。バンジーだけは1億円もらっても無理ですけど(笑)。童貞が好きなので、童貞さんを一杯募って、みんなの最初の女になるとか、そういうことはやったことがないのでやってみたいです。あとはお見合いをしてみたいです。いつかわたしが引退するときは、引退作はお見合いものにしようって決めているんです。わたしと引退後も付き合ってくださるような心の広い方を募って(笑)、体の相性も大切なので、ちょっと試してみて……みたいのをやってみたいなって。
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──なるほど。それでは最後に作品のPRを。 大槻 この作品はAV史上初の試みで、いろんな方を巻き込んで撮影をしました。AVに興味がない方でも楽しんでもらえる作品になっていると思います。笑いあり涙ありで、飽きずに見てもらえると思います。実際にわたしはマラソンを見るのも走るのも苦手。それがマラソンの素晴らしさに気付き、涙も流し、最後にはマラソンが大好きになっていました。映画を1本見るような気持ちで、ぜひ見てほしいです。マラソンに関しては他の女優さんたちにもぜひおすすめしていきたいって思います。42.195kmを走る間に、自分の知らなかった自分や、自分の知らなかったような感情とたくさん出会うことができます。この作品を見てそういった部分もチェックしてみてください! (取材・文=名鹿祥史) 大槻ひびき×KMPフルマラソン企画特設ページ https://www.km-produce.com/yanhibi-run/

フルマラソン後に騎上位? AV1,600本以上出演の大槻ひびきが挑んだ過酷なプロジェクトとは

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 去る5月8日、AV出演1,600本以上の人気女優、ひびやんこと大槻ひびきが女優人生をかけて、「マラソン未経験の大槻ひびきがフルマラソン42.195kmを走った後に騎乗位何回出来るか世界記録に挑戦!」という壮絶なプロジェクトに挑んだ。この模様がいよいよDVD化されるという。  当日はランニングコスチュームではなく、ブルマにポニーテールで登場。東京都庁を出発し、東京タワー、浅草を経て、東京ビッグサイトまで、気の遠くなる距離をファンやスタッフに励まされながらも15時間かけて完走したという大槻。フルマラソンをやり終えただけでもすごいことなのに、その後で、さらに騎上位までやってのけたというから驚きの女優根性だ。  CASでも生配信されたマラソンシーンに加え、本DVDではマラソン後の騎上位までを完全収録。果たして大槻は世界記録を達成することができたのだろうか?大槻を直撃して、今回のプロジェクトについて話を聞いてきた。 ──今回、フルマラソン後に騎上位という壮絶なプロジェクトに挑まれたわけですが、オファーをもらった時はどんな心境だったのですか? 大槻 うちのマネジャーさんがいつもより深刻な表情で今回のプロジェクトを持ってきて、「どうする?」って(笑)。いつもなら「仕事を選ぶな」とか、「何事も一生懸命頑張れ」っていうマネジャーさんで、わたしもそのつもりでずっと一緒にやってきたんですけど、さすがにこれは一瞬ためらいましたね。フルマラソンなんて走ったことありませんし、その後どういう体になって、騎上位が何回できるかなんて、想像もつかなかったので。 ──そもそもフルマラソンなんて、やったこともなかったんでしょう? 大槻 そうなんですよ。しかもわたし、運動がすごく苦手で……。学校のマラソン大会も毎回後ろのほうにいましたし、1キロですら走りきる自信がなかったほど。ジムも行ったことないし……。騎上位も、普通の騎上位でさえ、5分やるだけでも足パンパンになってしまって、疲労がすごいのに、マラソン後にできるだろうかって。だから「ちょっと考えさせてください」って言ったんです(笑)。 ──でも、オファーを結局受けた。 大槻 いろいろ考えて、やらないよりやるほうがわたしのためにもみなさんのためにも、新しいことが生まれる気がして……最終的にはその場で「やります!」って。
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──話が決まってからすぐにトレーニングを開始したと聞きました。 大槻 本番まで1カ月くらい猶予があったので、頑張って練習しました。生まれて初めてジムというものとも契約をいたしまして(笑)、わたし、こう見えて人見知りなので、本当はジムみたいに人が集ってくる場所は苦手なんですけど、そんなことももう言ってられないと思って決心して通いました。まわりで人が鍛えている中で初心者のわたしがトレーニングするのって、どうなんだろうって、最初はドキドキしちゃいましたけどね。 ──意外と人見知りなんですね。 大槻 人見知りですよ! 臆病なんです。“ビビる大槻”って言われていたこともあるんですよ(笑)。人前に出ることは昔から苦手。仕事だと思うと確かに割り切れたりもしますが、プライベートでは今でも無理です。学生時代も陰のほうにいる地味なタイプだったんです、わたし。今みたいにステージに立つとかも、当時の自分では考えられないことでした。みんなとわいわいするタイプでもなかったし。 ──ジムではランニングマシンがあったと思うのですが、走ってみて手ごたえはどうでしたか? 大槻 平均で5キロ、頑張ると8キロくらいだったかな。それくらいしかマシンで走れなくて、その何倍も走るんだってなったら、これは絶対無理だって思いましたよ(笑)。 ──普通そうですよね。3キロ走るのでもたいへんなのに。でも、ジムに通っていいこともたくさんあったのでは? 大槻 自分の体を良く知れたことかな。どのくらいで息が切れるとか、筋肉ついたな、痩せたな、太ったなというのもすぐわかりますし、日頃どれだけ健康を気にしていなかったかってこともよくわかりました(笑)。睡眠とかも、よくとれていない生活をしていたんです。 ──撮影が続いたりすると、女優さんは体調管理が大変ですね。 大槻 撮影は確かにいろんな面でハードなんです。AVを始めた頃は毎日筋肉痛。でも慣れてくると、自分にあった体位を見つけたり、工夫もできるようなりました。フェラものだと首とか頬の筋肉が、終わってからすごくたいへんなんです。騎上位ものだと足腰。気持ちいいので、その瞬間は舌や腰が自分から動いちゃうんですけど、終わってからがたいへん(笑)。腹筋を頑張って鍛えていた時期もありました。 ──時々休みを取ることも大切なんでしょうね。 大槻 でも不思議なんですけど、わたしの場合、普通の人とちょっと反対で、働いているときより、急に休みを取ったりしたときのほうが熱を出してしまったりするんです。「動いていないと死ぬ!」っていう魚みたいなところがあって(笑)。だから、仕事しているときは、なかなか体調がいいのか悪いのか気付きにくいですね。休むとわかるんです(笑)。
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──これまででAVは何本くらい出演されたんですか? 大槻 オムニバスとか、リニューアルされたものとか、そういうものも含めると1,600本以上リリースされているって聞いたことがあります。撮った本数とか詳しい数字はわからないです。1日に6本撮った日もあったりしたので。それを8年やっていますからね。もちろん1回で全部撮るわけではないし、フェラの日だけもあるんですけど。 ──マラソンとAVでは使う筋肉も随分違うのでは? 大槻 全く違いましたね。これまでと違うところが筋肉痛になるんです。これで実際、坂道とか走ったらどうなるんだろうって。 ──そうして実際、フルマラソンを走ってみて、どんな感想を持ちましたか? 大槻 路上じゃなくて歩道を走ったんですけど、10キロくらいは大丈夫でした。KMPの方たちも一緒に走ってくれたので心強くて、10キロまでは走っていても笑顔でした。でも、10キロを過ぎたあたりからは体の節々が徐々に痛くなって、スポーツブラのところが痛くなったり、筋肉痛が出たり、お腹もすいたりで、悪条件が重なって結構心が折れそうになりました(笑)。でも、そういうときにCASで見てくれていたファンの方が、「差し入れ持ってきたよ、一緒に走るよ」って現れて、前を走ってくださったり、本当にわたしが辛いときに、次々に天使が現れて……。思った以上にいろんな方が協力してくれたんです。メーカーの垣根を越えて他メーカーの方々や、お友達のエロ漫画家の方々も(笑)。みんな、応援に来てくれて、わたしの走る力につながりました。路上で倒れ込んだときに「ひびやん!」って声をかけられて、「この人たちのために走ろう!」って頑張れたんです。みなさんとの絆を再確認できた撮影になりました。 ──完走もしたんですよね。 大槻 しました! 最後、涙も出ました。いろんな人に無理って言われていたし、ここを完走しないと自分が変われないとも思っていたので、「やった、ゴール!」ってなったときは、泣いてしまって……。騎上位のことはすっかり忘れていました(笑)。そこがメインなのに! 泣いているところに監督が来て、「はい、じゃあ、騎上位行くよ」って。キャンピングカーが用意されていたので、そのキャンピングカーに光の速さで押し込まれ(笑)、そのままホテルで「は~れ~」って(笑)。 ──そんな状態で騎上位できたんですか? 大槻 できました! でも、詳しいことはDVDを見てのお楽しみです。
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――女優人生で一番過酷な撮影だったでしょう。 大槻 でもやってよかったですよ。フルマラソンは特に。完走できなかったら悔しい思いがあったかもしれないですけど。 ──マラソン直後のエッチってちなみにどんな気分だったんですか? 大槻 ランナーズハイってこういうことだなと思いました(笑)。走っている時からハイテンション。完走したあとは世界中の人を抱きしめたい気分になって、そこから連れ去られて、やっぱりハイテンション(笑)。 ──Mですね、大槻さん(笑)。 大槻 そうかもしれないです! 普段から辛い時は自分に「Mごっこだ」と言い聞かせてやっていたりするんです。逆境が大きければ大きいほど、負けず嫌いが出る感じの性格なので。 ──騎上位の相手は、もちろんプロの男優さんだったんですよね。 大槻 いつも一緒にやっている男優さんです。彼らもスタートからバイクでついてきてくれていたんです。給水ポイントで水を渡してくれたり。その男優さんにも感謝です。わたしがスムーズに騎上位ができるように、高めて待ってくださっていたんです。わたしが完走してお風呂に入るときも運んでくれたりだとか。仕事外の部分でも、いろいろ支えてくれました。 ──この作品ですが、「AV OPEN」に出すと聞きました。 大槻 そうです。こういう作品ですから、出すからにはもちろん1番目指そうって思っています。 ──ああいう場は誰かと比べられてしまう世界。参加するのがつらくなったりしませんか? 大槻 大丈夫です。負けないぞっていうより、自分らしさを大切にしたい、そんなふうに考えるようになってきたんです。以前は誰かみたいになりたいと考えていたりもしましたけど、今は「ひびやんだったらこうだよね」って言われるようなプレイを目指そうって。変化があったんです。自分の中で。 ──以前は比較されるのが辛かった? 大槻 辛かったです。デビューして最初の1、2年は、とにかくいろんな人と比べられて……例えば同期の女の子だったりとか……。自分の中の葛藤も大きかった時期でしたね。あの子のほうがかわいいとか、頑張っているとか、そういうちょっとしたことが耳に入るだけで泣いてしまったり……。わたし、潮吹きを習得したのも、そういうことがあってなんです。ライバルと言われている人たちに何かをして勝ちたいって。ただ、ライバル視していた人たちは仲間でもあり、友達でもあったりしたので、すごく助けてもらった部分もたくさんありました。その子たちと悩みを共有したりして励ましあうことも。わたしと同期の企画単体の子たちとの絆はすごく強いですよ。ともちん(友田彩也香)とかもそう。比べられつつも一緒に頑張ってきた仲間です。潮吹きに関しては、わたしだったらもっと飛距離を出せるかなって。言葉攻めもわたしらしい言葉攻めを追求したり(笑)。
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──大槻さんといえば演技力も大きな武器ですよね。ドラマものに出演されているとき感心することがあります。 大槻 お芝居もすごく好きなんです。最近だとサスペンスドラマとか映画を観て練習したりもします。 ──いろいろとジャンルがある中で、大槻さんの好きなジャンルってなんですか? 大槻 最近はまっているのはドキュメンタリー系。台本がないものって、自分次第で作品の良し悪しが決まる気がして。そういうものにはどんどん挑戦したいなって。この作品もそうです。自分がどう転がるかで作品が決まってくる。一番リアリティーが出るジャンルだと思うんです。 ──8年やると女優としての成長もすごく大きいのでは? 大槻 不思議なのは8年目の今になったほうが恥じらいの部分が大きくなったところです。デビューのときのほうが、パンチラも気にしないところがあったのに。ブラ紐でも興奮する人がいるんだとか、フェチな世界、いろんなことを知ってくると、全身が羞恥な部分に見えてきて……。最近は電車とかでもわたし、ブラ紐が出ていないかなって気にするようになりました(笑)。 ──このマラソンでエッチもそうですが、1,600本以上の出演の中で一通りのことは経験できたのでは 大槻 そうかもしれないです。でも、それで満足したくはないんです。わたし、バンジーとか、飛び降りる以外のことなら挑戦してみたいなって思っているんです。バンジーだけは1億円もらっても無理ですけど(笑)。童貞が好きなので、童貞さんを一杯募って、みんなの最初の女になるとか、そういうことはやったことがないのでやってみたいです。あとはお見合いをしてみたいです。いつかわたしが引退するときは、引退作はお見合いものにしようって決めているんです。わたしと引退後も付き合ってくださるような心の広い方を募って(笑)、体の相性も大切なので、ちょっと試してみて……みたいのをやってみたいなって。
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──なるほど。それでは最後に作品のPRを。 大槻 この作品はAV史上初の試みで、いろんな方を巻き込んで撮影をしました。AVに興味がない方でも楽しんでもらえる作品になっていると思います。笑いあり涙ありで、飽きずに見てもらえると思います。実際にわたしはマラソンを見るのも走るのも苦手。それがマラソンの素晴らしさに気付き、涙も流し、最後にはマラソンが大好きになっていました。映画を1本見るような気持ちで、ぜひ見てほしいです。マラソンに関しては他の女優さんたちにもぜひおすすめしていきたいって思います。42.195kmを走る間に、自分の知らなかった自分や、自分の知らなかったような感情とたくさん出会うことができます。この作品を見てそういった部分もチェックしてみてください! (取材・文=名鹿祥史) 大槻ひびき×KMPフルマラソン企画特設ページ https://www.km-produce.com/yanhibi-run/

PVが2年で5倍! 東洋経済オンライン編集長の手腕とは?

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 ビジネスマンが愛読する「東洋経済オンライン」は、経済ニュースを中心に、政治、キャリア、福祉などさまざまなジャンルの硬派な記事が並んでいるニュースサイトだ。そんな東洋経済オンラインは、2年前に山田俊浩編集長の就任以来、なんとそれまでの5倍以上となる1億7,000万PV/月へと異例の成長を遂げている! 芸能やエンタメといったジャンルの記事がPVを稼ぐ中、いったい、東洋経済オンラインはどのような作戦で右肩上がりの成長を達成したのだろうか? そして、敏腕編集長が考えるインターネットの未来とは? ──14年夏に山田さんが編集長に就任して以降、それまで3,000万PV/月程度だったサイトが、1億7,000万PVを数えるまでに成長していますね。いったい、どのような施策によってこの成長を実現しているのでしょうか? 山田 まず、僕が編集長になって取り組んだこととしては、記事に必ず写真を入れること、文字の色付や飾り付けなどはせずレイアウトを統一して「東洋経済オンライン」であることをユーザーにわかりやすくしました。そして、なるべくニュースに近いものを記事として掲載するようにしています。ニュース性の少ないインタビューやブログ的な記事を減らし、ニュースに対する分析を中心に据えています。 ──「読み物」から「ニュースを見るのに役立つ記事」へと比重を強めていったんですね。 山田 また、1日に配信する記事の本数も、それまでは5~10本だったものを25~30本程度に増やしています。6時、10時、15時の3回にわたって配信し、時間帯によって「朝はニュースの分析」「昼はキャリア・教育系」と色を変えているんです。記事の配信数としては、この程度が一日に読める限界数でしょうね。 ──つまり、成長の秘密は魔法のような作戦ではなく、地道にコツコツと伸ばしていった結果ということでしょうか? 山田 成功要因の8割はコンテンツを磨いていったことですね。ただ、それだけでなく、スマホからの流入という時代的な追い風も受けています。スマホゲームの伸長が落ち着き、ニュースサイトやニュースアプリを利用する人が増え、伸びている媒体は多いんです。業界全体の伸びと見比べてみれば、東洋経済オンラインも伸びているのではなく「横ばい」なのかもしれません。 ──ネットメディアでは、芸能ニュースが好まれる傾向にありますが、東洋経済オンラインでは芸能ニュースのような柔らかい記事はほとんどなく、硬派なニュースばかりが並んでいますね。 山田 なんでもかんでも配信するのではなく、知識を得ながら自分を磨くビジネスパーソンをメインのターゲットとしながら、配信する記事を考えています。ただ、切り口によって芸能人の話題を取り上げることもある。ベッキーさんの不倫が話題になったときには、東洋経済オンラインでは関連記事を配信していなかったので、他の媒体にユーザーを取られ、アクセス数がガクンと落ち込みました。そこで、なんとか切り口を探し「LINEのリスク」(http://toyokeizai.net/articles/-/100730)というテーマの記事を取り扱ったらヒットしたんです。 ──芸能系の媒体とは一線を画す切り口ですね。 山田 この記事に限らず、うちで配信する場合、必ず「経済メディアが取り上げる意味」が問われます。テーマこそ、経済、政治、キャリアと幅広いですが、どんな記事でも数字をしっかりと拾い、根拠を示すことを心がけることで、信頼性の高い骨太の記事になるんです。  また、7月からは、サヘル・ローズさんをキャラクターに「硬派な記事、もっと読もう!」という広告キャンペーン(http://toyokeizai.net/sp/160711sahel_lp/)を行います。ロイターによれば、日本のWebではエンタメ、芸能、スポーツなどの軟派な記事が多く読まれる傾向にあり、うちが配信するような政治・国際・ビジネスといったカテゴリは他の国々に比較して読まれにくい。このキャンペーンで、日本のWebの現状を少しでも変えられればと思います。 ──アクセスランキングを見ると、貧困系の話が上位に来ることも多くなっています。東洋経済オンラインのターゲットであるビジネスパーソンがこのような記事を読んでいるのは意外でした。 山田 もともと『週刊東洋経済』では、3カ月に一度程度雇用問題や格差問題を取り扱っていました。昨年、週刊誌のプロモーションのために『「中年フリーター」のあまりにも残酷な現実』(http://toyokeizai.net/articles/-/87614)という記事を転載したところ、とても長く読まれる記事になったんです。今は、貧困についてノンフィクションライターの中村淳彦さんによる「女性の貧困」、ジャーナリストの藤田和恵さんによる「貧困社会」、そしてルポライターの鈴木大介さんによる「貧困報道」についての3つの連載が動いています。もちろん、数字が取れるというメリットも有りますが、00年代から格差は拡大し続けているにもかかわらず、ビジネスエリートが目を背けることで、雇用問題は一向に改善せず社会が分断されたまま。そんな分断を乗り越えるために、ビジネスパーソンの目に触れるようにしたいと考えているんです。 ──「報道機関としての責任」という面もあるんですね。 山田 貧困の特集自体は、他の媒体でも取り上げられます。しかし、東洋経済オンラインらしく、ビジネスパーソンにむけて奨学金や給与などのリアルな数字を出すことで、他媒体とは異なったテイストにこだわっているんです。今後、ユーザーが広がっていく中で、記事の中にさまざまなバリエーションを持つことは一つの課題ですね。 ──東洋経済オンラインにとってライバルとなる媒体はどこなのでしょうか? 山田 やはり日本経済新聞のインターネット版は意識するメディアです。彼らは、1日900本あまりの配信しており、効率ではなく汎用性を重視している。日経が汎用性を意識しているからこそ、東洋経済オンラインでは狭くても深い記事に特化できるんです。他に、ニュースサイトとしては、アメリカのビジネスインサイダー(http://www.businessinsider.com/)、UIの部分ではYahoo!やAmazonのインターフェイスには常に注目しています。 ──最後に、山田さん自身としては、今後インターネットの未来はどうなっていくと考えていますか? 山田 10年後には紙のメディアはビジネスとして成り立たなくなるかもしれません。紙の新聞を読んだことのない人々が30代となり、書籍も高級化していくでしょう。「情報を得る」という目的は、Webに集約されていくと思います。その時には、今は紙媒体で活躍してるジャーナリストや記者もWebの世界に入ってきて、ますますWebが多様なものになっていくはず。また、人が集まることによって、お金を稼ぐ道も増えていきます。インターネットの未来に対して悲観的な意見をする人も少なくありませんが、お金、人ともにさらに集まってくれば、より晴れやかな世界になると思いますよ。 ──ありがとうございました! 【※企業PR記事】